森久保乃々「ええっ。もりくぼ以外、もりくぼじゃないんですけど」 (111)

ちょっと早い梅雨の日に贈るモバマスSS。
精神世界などが出てくるので苦手な人注意。
アイドルたちの独自解釈があったり、様々な点で原作と大きく乖離しているため注意。
書き溜めプロット一切なし。連載物予定。8月までに終わりたい。

作品内に登場する諸行為は真似しないでください。
少なくとも法に触れないとは思いますが、大きく健康を害する可能性があります。念のため。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1495211694

遠い日の記憶に浮かぶのは、新入生身体測定。小学校一年生になる前の時のこと。
4月の春の陽気に桜の薄い色が映えて、とっても綺麗だったのを覚えています。
私は視力検査が怖くて、心臓ばくばくでした。

「目にちゅうしゃをするんですか?」
「ののは目がみえなくなるんですか?」

何も知らない私は、これだけは達者だった想像力と妄想力と恐怖心を最大に発揮して、先生にしきりに質問していました。
うんうん、大丈夫だからね、平気だからね、と、何も根拠のない気休めの言葉をもりくぼは本能的に信用できないでいました。
次第に恐怖が恐怖を呼び、もりくぼはパニックになったのでした。

「あくまがののの目をたべちゃう!」
「せんせいはあくまのつかいだ!」
「みんなの目をくりぬいてなべでにこんでたべるんだ!」
「みんな目がみえなくなっちゃうんだ!!!」

もはやもりくぼ以外の子も怖がり始めました。泣き出す子もいました。吐いてる子や漏らしている子ももいました。
先生はものすごく慌てていました。慌てるくらいなら、ちゃんと説明するべきだったのに、と思います。

記憶はそこで途切れていました。そこから数日の記憶がないまま過ごしていたような気がします。

いつしか私は中学生になり、アイドルになっていました。
人生とはわからないものです。人間万事、塞翁が馬……って、言うんでしたっけ。

~~~~~~~
も、もりくぼです。
今日もまた机の下にいます。今、事務所にはもりくぼ以外誰もいません。独占してます。
照明もつけてませんから薄暗くて落ち着きます。無音で落ち着きます。ほっとします。
たまに「パキィ!」とか「ミシィ!」とかいう家鳴りがするのは本当に勘弁して欲しいですけど……

あれって、幽霊や妖怪の仕業とかではないらしいです。小梅ちゃんから聞きました。
あっ。でも、たまにいたずらしておどかしてくるとかも、き、聞きました……

あぅぅ……思い出しちゃったんですけど……むり、むぅーりぃー……
うぅぅ、怖くなってきました。こ、こういう時にはあれです。

「すぅー……はぁー……」

「すぅー……はぁぁーー…………」

「すぅー……はぁぁぁぁーーー………………」

深呼吸をします。机の引き出しにぶつかるかぶつからないかのぎりぎりで体を伸ばして落ち着きを取り戻します。
落ち着いたらまた体育座りします。うん、やっぱりこういう風に固まってたほうがいいです……

恐怖を追い出して自分のペースを取り戻す。
平常の心を取り戻したら、自分を癒すためにもりくぼはある場所へと行くのです。
深呼吸してるうちに目を閉じて、私は自分の世界へと深く入り込んでいきます。
机の下の肉体を離れて、私にしか行けない場所へと旅立っていく。

行く。行くの。行く。行く。行きたい、行きたい、行かせてほしい、着いて、早く着いて。早く、早く。着いて、着いて。早く。

そう祈りながら、私は体がどんどん軽くなっていくのを感じます。いい感じです。
私はこれからたどり着くそこのことを「もりくぼの森」と呼んでます。
もりくぼにしか行けない、もりくぼにしか見えない、もりくぼの好きなものだけが集まってる、そういう森です。

なぜ行けるようになったのかは知りません……ポエムとか絵本とか描いてたら、いつの間にか森にこれるようになってました……
行き方知ったところで、教えてもどうせわかってくれないです……たぶんもりくぼにしか行けませんから……

気づいたらもりくぼは黄緑で、背丈の低い草が地面を覆う広い場所に座っていました。
周りは木が覆っています。上を見上げると空が木々の枝葉の隙間から狭く見えます。

空は夕焼けと昼と夜が混じって、赤紫色と群青色の筋が、コーヒーにミルクを溶かしたばかりのようにまだら模様に混ざり合っていました。
大地はどこまでも草と木に覆われて、裸足の足元を風がくすぐっていきます。
もりくぼの森に着きました。手は……動きます。足は……伸ばせます。
立てます。歩けます。目ははっきりと見え、耳をすませば小鳥や小動物の鳴き声が聞こえてきます。

成功です。もりくぼの森に完全に入りました。
走れます。もりくぼは走れるんです。どんどん走れるんです。

もりくぼの森の中ではもりくぼは最強です。速くて強いもりくぼです。
どれだけ最強かというと、ものすごく早く走れます。
ものすごく足が速く動きます。

足と草が触れ合って奏でる音が、流水の音みたいになってきました。

あと、もりくぼの森にいるともりくぼは羽が生えて空が飛べます。
十分速く走った後に足に力を入れて空に飛び出します。
不思議な力を足から肩、肩甲骨のあたりに移すと、ぶわっと大きな翼が生えるんです。

もりくぼの森はとても広いですから、何処へでも飛んで行けます。
お気に入りの場所がありますから、そこから離れないように注意しないとだめですけどね。
高いところに来すぎると怖いですから、ちょっと降ります。

もりくぼが空を飛んでるうちに空は昼模様に整いました。
白い雲と眩しい太陽がどこまでも清々しい空でした。
手を伸ばすと空は掴めて、するっと引っ張ると水色のレースが手首に巻きつきました。
そのまま頭を下にして縦にくるりと一回転すると、もりくぼの翼は空のレースと編み合わさって長いスカーフのようになりました。
そのまま風を受けて、もりくぼは再び地に立ちます。

手のひらに花びらが降りてきました。すぅっと鼻から息を吸い込むと、鼻腔に花びらの甘く爽やかな香りが広がります。
吸った息そのままふぅっと吹きかけてやると、花びらは数百万もの花吹雪になって、もりくぼの森へと散らばって行きました。
やがて花びらが地面の草と草の間に落ちると、そこから大きな花びらを携えた花が、次々と咲き始めました。

まさに百花繚乱。そんな言葉が似合う光景でした。

両腕を広げ仰向けに倒れこむと、地面の草がもりくぼを優しく抱きとめます。
草たちはそのままたくさんの緑色の蝶々になって、もりくぼをゆっくりと、優しく、包むように空へと連れて行くのです。

ふわり、ぷかり、ゆめごこち。
きらり、ゆらり、しあわせ。

もりくぼの森は夜になる前に帰らないといけません。どういうことかわからないですけど、なぜかそうなっているみたいです。

今は大体……夕方の2つくらい手前です。藍子さんのように、量の指をカメラみたいな形にして空を覗くと、うっすらと文字が浮かびました。
これはもりくぼがポエムや絵本を書く時に使ってる文字ですから、もりくぼ以外には読むことも書くこともできません。

その文字たちは花のような、蔦のような形をしています。

4文字のうち右端が蛇になって、蔦になって、きのみになって……
多分時間はすぐきてしまいます。今日はいつもより時間の立ち方が早いのは、ここに来る前にちょっと怖い思いをしたからなんだと思います。

緑色の蝶々たちが雲に並んで飛んでいます。かなり高いところに来ました。もりくぼは下を見ることができません。森とはいえちょっと怖いので。
蝶々に飽きたので、下を見ないようにしながらもりくぼは蝶々から飛び降りました。

それと同時に、空が固まって氷のように透き通る大きな透明ガラスになったのです。もりくぼは文字通り空の上にいます。
空の上にいるようで実は空じゃないんです。さっきは木と草の森でしたけど、今は氷の森なんです。

上空を見つめると群青で雲ひとつない空に、キーンと厳しい冷たい風が通り抜けました。
寒さを感じないようにするのは難しいので、代わりにもりくぼは髪を前から後ろに撫でるのです。
そうすると火の小鳥が4羽、もりくぼの周りを飛んで、わたしを暖めてくれるのです。
そして氷の上ですることはひとつ。滑ります。当たり前です。
下を眺めると、すーっと薄い白色のもっと下に、先ほどの森が広がってるのが見えました。

ふと時間が気になりました。そうするともりくぼの森は敏感にそれを感じ取って、景色は一点に集約されてしまいます。

あぁ、今日は短かったなぁ。そう思いながら、白と黒の扉の前にもりくぼは立っていました。

白の扉をくぐるともりくぼの森から抜けて、真っ白の世界にとどまって、銀色の痛い光が黒く世界を塗りつぶして、現実に戻って来ます。
黒の扉はくぐったことがないのでどうなるかわかりません。
開けようとしても開かなかったので、多分飾りなんだと思ってます。

くぐる前に、私はあることをしています。

扉をくぐる前に、こうやって、事務所の好きな人に会うという儀式があります。
この凛さんは森の凛さんだから、本物の凛さんではないけれど……

凛「おいで、乃々」

その言葉をきっかけに、もりくぼは凛さんに抱きつきます。

あっ、でも森の小梅ちゃんとか、凛さんとかとは目を合わせられません……
いくら森で最強のもりくぼとはいえ、やっぱりそれだけはむりです。しんどいです。
でも森の凛さん達は何も言わずに私を抱きしめてくれるので、それはいいなって思います。
現実ではできないことでも、ここではできるんです。

私が凛さんの背中に手を回して、少し強く抱きしめると、凛さんは私の頭を撫でてくれます。
手に確かに感じる凛さんの体温。柔らかさ。鼻に感じる凛さんの匂い。花の香り。
ここは森だから、現実じゃないけど。でも、もりくぼにはそれで十分でした。

凛さんが離れて行った後、もりくぼは次に輝子さん、美玲さん、まゆさん、幸子ちゃん、小梅ちゃんに、同じことをしてもらいます。

全てが終わると、みんなは木の葉のかけらになって白い扉の周りに薄く積もります。

白い扉に手をかけました。そのままノブを回して押すと、完全な白が目の前にありました。

歩いて、歩いて、あるいて……ひたすら歩いて、そうすると、銀色の光が視界を走り始めました。
もりくぼはこのとき必ず頭が痛くなるので、「痛い銀色の光」と呼んでいるのです。

もうすぐ、現実に戻っていきます。
銀色の光が玉虫色に暗く光ると、銀の周りの色のついた部分から景色を抉りとるように白が削れていきます。
そこからだんだん本物の色が付いてきて……

~~~~~~
一瞬の意識の飛びの後、森久保は頭痛とともに目を覚ましました。頭を起こそうとして机に頭をぶつけました。
手足がじりじりと痺れます。きっと同じ姿勢を保持していたからだと思います。

誰もいないことを祈りながら、もりくぼは机から顔を出しました。
……森に行く前と変わらず、誰もいない事務所でした。
もりくぼはゆっくりと机から這い出ました。
……よかった。ちょっと暗くなってますけど、誰もいないなら問題ありません。このまま身支度を整えて帰ります。

帰り道、もりくぼは事務所で言われたことを反芻していました。

『そろそろ、本当に人と目を合わせられるようにならないとダメだぞ』

『インディヴィジュアルでテレビの撮影が入ったんだ』

『もちろん乃々、君のセリフや出番もある』

『やけくぼじゃダメなんだ。自然体の君が出演してくれないと』

『テレビとライブじゃわけが違う。わかるだろう?』

プロデューサーの言葉を頭の中で繰り返すたび、一言一言がもりくぼを追い詰めてきます。

いつもなら勢いに任せて、やけになってでも、時には光で全ての視界を飛ばしたりして乗り切ったライブの方法が、
テレビの撮影では使えないと悟った時、もりくぼには本当に全てが終わったように感じました。
いつもはギリギリながらでも乗り越えてきたお仕事。でも今回のお仕事は、最初からわけが違う。

本当に、本当に逃げ出したくなりました。
打ち合わせの時も気が気でなかったし、撮影スタッフさんとの挨拶も全くうまくできませんでした。

それを見かねたプロデューサーさんが、さっきのようなことを言ったのです。

……テレビの撮影なんて、絶対無理にきまってるんですけどぉー……

『ともかくこれはインディヴィジュアルズの大きな一歩になる企画だから、誰一人として欠けるわけにはいかないんだ。わかるよな?』

わかりますけど……

『だから最低限、目は合わせられるようになろう』

うぅ……

森久保は帰宅するまでずっとうつむきがちに歩いていました。
帽子を目深に被って、誰にも気取られないようにしながらも、頭の中はずっと『人と目を合わせること』ばかりを考えては、
無理だ無理だとかぶりを振り、逃れられない焦燥感とどうしようもなさに戸惑っていました。

当然帰宅してからもそのイヤな感じは消えないでいました。

テレビの撮影なんて……ライブと違って、いろんなスタッフさんが周りを取り囲んで、レポーターの人との掛け合いもやって……
そうすると確実に会話が発生するわけで……そのためには目を合わせなくちゃいけなくて。
うぅぅぅぅ……

もりくぼは自室に戻ってからも、なんだかライブの前のあのイヤな緊張のような不快感を持て余して、
部屋で机に座ることもできずうろうろとしていました。

レポーターに話題を振られて、何も答えられない私。
美玲さんと輝子さんがコメントする傍ら、何もいえない私。

全てありありと想像できました。

あぁ、企画は失敗してしまう。

むり。ぜったいむり。テレビの撮影なんて絶対無理ぃぃぃぃ……

でも、打ち合わせもやってしまった以上、逃げることは許されませんでした。
もう、もりくぼは企画に向かってやるしかないのです。

その段階でまず最初に障壁になるのは



人と目を合わせること。

~~~~~
人と目を合わせる練習は最初は自分と目を合わせることから始めようとしました。
今私は自宅の鏡の前で立っています。目の前には鏡。と、それに映るもりくぼ自身の姿。

改めて鏡を見ると、もりくぼが鏡に映ってるのが見えます。そりゃそうです、鏡ですから。

……あぁ、自分だってわかってるのに目を合わせるのがしんどい……

私、ここまで誰かを目を合わせるのが苦手だったんですね。
どんどん視野が下を向いていきます。私の歯ブラシが目に留まりました。
ピンク色で、おろしたてだから毛先が開いていない新品の歯ブラシです。

歯ブラシさんはいいなぁ……口の中に入れられちゃうから、人と目を合わせなくて済むんですから。
それに、口の中って狭くて暗くて、隠れるなら最高の環境です。
あっ……だめだめ!人と目を合わせるって決めたんだから。
だめ、歯ブラシばっかり見てちゃ。

目線を歯ブラシから上へうえへとずらしていくと、もりくぼの手が見えました。
やっぱり見られてる気がして、って、当然私が見ているから見られているように感じるのは当たり前なんですけど……
たとえ自分のでも目線が当たるのを感じると怖くてつらいです。じわぁ、と手に汗が滲みます。

右手を左手でつかんで、ぎゅっと力が入ります。見ている、見られてる、見られてる。
あっ、怖い……やっぱむぅーりぃー…………
手を見ているだけなのにどうしても緊張してしまって、力を込めた手のひらにはぶわーっと手汗が走ります。

「はぁっ!はぁ、はぁ……」

どーっと疲れが出てきて、もりくぼは思わず膝をつきました。
……わたし、いつもこんな感じで人と接してるんだ……

自分だけで自分を観察してるといつもは気にならないところまでくまなく目に入ってきます。
手に汗をかいた感覚、見られているという自覚。容赦なく突き刺さってきます。

そしてそんなプレッシャーに耐えられず、あっけなく屈した私のみずぼらしさ。
自信をつけるためだったのに、もりくぼはすっかり意気消沈してしまいました。
私は凛さんたちに、こんな姿を毎日、晒していたんだ……
そう考えるともうネガティヴな推測は止まりません。もしかしたらあの時、言葉にするのもおぞましい粗相をしでかしてしまったんじゃないか。
言ってはいけないことを言ってしまったのではないか。逆に、話しかけられたのに無視してしまったのではないか。
存在しないかもしれない過去を疑って反省と半数を繰り返しているうちに、もりくぼはもうボロボロになっていました。

「うぅ……」

もりくぼの自分改造計画は、前途多難でした。

今日の投下ここまで。次回の投下は5月25日を予定しています。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。

また、前作を読んでくださった方、今作も読んでくださって本当にありがとうございます。
今作も3ヶ月(予定)ほどお付き合いいただければと思います。

それでは。

(なんか目欄イかれた)

すみません、更新が非常に遅れていますが生存しています。
遅筆で申し訳ないです。

翌朝。なんだか夢でうなされていたような気がします。まぁ、どんな夢だったか覚えてなんていないですけど……
ともかく、寝起きの時点でも昨日の課題自体はなんともなっていないことだけは確かで、その事実がまだもりくぼを締め付けていたのでした。
どんな嫌なことでも、寝れば解決するなんて誰かさんは言います……いや、そんなの無理なんですけど……
朝の支度を終えて、今日は朝から事務所へ向かいます。本格的なお仕事は午後からです。
今日は開校記念日とやらで休日ですから、学校がありません。

事務所への道すがら、満員に近い電車の中で、森久保は小さく縮こまりながら、昨日の帰りの時みたいに顔をずっと伏せていました。
『人と目を合わせること』……『人と目を合わせる』……
うぅ、無理……
帽子を目深に被って、森久保はじっ、と周りを見ないようにしていました。
そういう風に周りの目を避けている自分が、問題解決の遠さを示しているようで、また胸が苦しくなりました。

事務所の最寄の近くの、多くの線が乗り入れている駅に止まったとき、
電車から降りる人の波に流され、また乗ってくる人の波に流され、もりくぼはハチャメチャにされていました。
その時でした。

帽子を、落としてしまいました。

もりくぼは頭が真っ白になりました。


誰かが「アッ」といったように聞こえて、もうだめだ。


そう思ったら、何かがふつっと切れるような感覚がして、森久保の記憶はそこで途切れたのでした。

~~~~~~
いつまで電車に乗っていたのか、いつ電車を降りたのか、落とした帽子をなぜまた目深に被っているのか、訳がわからなかったけど、どうやらもりくぼは事務所に着いたようでした。

事務所に着くと、真っ先に出会ったのは輝子さんでした。

「あ、ボノノちゃん……おはよう……」
「おはよう、ございます……」

私が迷わず机の下に潜り込むと、少し間を置いて輝子さんも入ってきました。
3人だと窮屈ですけど、2人だけだとまだ空間に余裕があって、付かず離れずの距離を保てます。
その距離を詰めるでも、離す様子でもなく輝子さんは座りました。

「ボノノちゃん、さ」
「はい……」
「昨日の打ち合わせ、あまり、聞いてなかったでしょ」
「えっ……」
「『テレビの撮影』って、聞いた時からずっと、ボーッとしてたよ……」
「そういえば、そうだったかもしれないです……」
「あ、あ、別に責めてるわけじゃないんだ……」

消え入りそうになった私の声を聞いてか、輝子さんは慌ててフォローします。

「ちょっと、気持ちがわかるから、さ……」
「……」
「私は、親友から、『いつものアレ』は無しで、自然体で頼む……
なんて言われちゃったからな……本当、気合い入っているんだろうけど……ついてけないよな……」
「はい……」

輝子さんも、プロデューサーさんからの"注文"に難儀していたようでした。

「……」
「……」
「ライブみたいに、ノリと勢いだけじゃ、乗り越えられませんから……」
「……そう、だな」
「そうすると、絶対に人と目を合わせなければいけませんし、会話も発生します……」
「たしかに……」
「そんなの、絶対にむぅーりぃー……」
「ま、まぁ……な……ライブは、こっちから一方的にアプローチするけど……テレビ番組は、他の出演者との絡みが、あるからな……
リアクションとか、取らないといけないし……」
「……」
「正直、私も、不安だ……」

はぁ、とも、ふぅ、とも取れないような、溜息のような息を発して、そこから私たちはじっと座って、なにも語らないでいました。

カチ。コチ。カチ。コチ。
すぐ上の机で、置き時計が時を刻むのが聞こえてきます。
どれだけの時間が経ったでしょうか。わたしたちはずっと机の下で縮こまっていました。
これから先に待ち受ける、避けようのない大きなものは、果たして自分たちの力で乗り越えられるのか。
答えはまだまだ、出せそうにありません。

「じゃ、ボノノちゃん。私は、ちょっと、発声をやってくるから……」
「はい……」
「その……なんだ」
「……?」
「あんまり、思いつめすぎないようにしよう……お互いに、な……」
「……はい」
「……」
「……」
「……じゃ、じゃあ、な」

輝子さんは机から出ると、伸びを思い切りやって、肩を回し、体をほぐしていました。
やがて事務所から出ると、駆け出したと思しき輝子さんの靴音とともに

「ヒャッッッッッッッッハアァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」

という、いつものシャウトが、遠ざかりながら聞こえてきました。

……発声って、そういうことじゃないと思うんですけど……

というか、レッスンルームまで我慢して欲しかったんですけど……

~~~~~~~
輝子さんが行ってしまった後でも、もりくぼはずっと机の下で縮こまっていました。出て行くタイミングを見失いました。あうう……
えっと、プロデューサーさんはまだ来ないから……

……森に、行けるかな。

すぅー……はぁー……
すぅー………はぁー………
すぅぅぅー……………はぁぁぁぁぁー……

……ダメです。心が全然落ち着きません。
いくら追い出そうとしても、昨日のことがずっと頭にこびりついてはなれないのです。

「ううぅぅぅあぅー……」

弱りました。森久保の唯一にして絶対の楽園であるはずのもりくぼの森に、ここぞという時に行けないだなんて。
私は一生懸命嫌なことを追い払おうと努めました。

「…………」

……ダメです。場所を変えましょう。

~~~~~~
机の中が一番落ち着くのですが、それでもダメな時は誰もいない仮眠室が次に落ち着きます。
ソファがあったりベッドがあったりするのですが、もりくぼはソファの上で横になりました。

はぁ……

……

いつまでそうしてたでしょうか。そろそろ朝日から昼少し前の暑い時間になってきました。
仮眠室には誰も来る気配はありません。外の足音や誰かと誰かが話しながら通り過ぎるのが聞こえてきて、段々と事務所に人が来ているのが知れました。
……お願いだから誰も来ないで……

不意に、ガチャっと仮眠室のドアが開きました。ひぃ。

「ふぅ……あっ、乃々」
「あ……」

来たのは、凛さんでした。平日なのに、高校生組がここにいるのはなんでなんですか……

「乃々も仮眠?」
「いえ、違いますけど……」
「ベッド、使っちゃっていい?」
「どうぞ……」
「じゃ、失礼」
「……」

……凛さんには悪いけど、正直森に行く前に会ってしまうと、集中できないので来て欲しくなかったです。
それにしても、なんで凛さんがこんな時間にここに?それに仮眠室にまで来るなんて……
そんな私の心の疑問を見透かしたように、凛さんが私に話しかけてきます。

「『なんで私がここにいるの』って思ってるでしょ」
「ひゃい!?」
「あぁ、ごめんごめん、脅かすつもりじゃなかったんだけど」
「いえ……」

仮眠室のソファはベッドからみて垂直の位置に設えられています。凛さんからは私の背中が見えていることでしょう。
だから私は、背中に凛さんの声を受けている状態です。
凛さんはそのまま続けました。

「今日はちょっと、調子が出なかったからお休みにしたんだ。
仕事は午後からだから、時間余らせちゃうのももったいないから、仮眠室で過ごそうかなって。
ねえ、乃々にもない?ちょっと調子が出ない時って」
「ええ……まぁ……」

凛さんは私が関わると、いつもよりも口数が多くなる気がします。
関わりを持とうとしているというか、たぶん、もりくぼのことを思ってのことなんでしょうけど……
それが時に重荷になってしまうことがあります。
迷惑ってわけじゃないんですが……

私も、凛さんのことは好きですし、憧れでもあります。
かっこよくて、綺麗で……もりくぼにないものばかり持っています。

「聞いたよ。テレビの仕事もらったんだって?」
「はい……」
「打ち合わせの時から大変だったんだってね。よく頑張ったね」
「いえ……」
「乃々、こっち向いてもらえる?」
「なんでしょう……」

いつのまにかベッドから立ち上がった凛さんが、もりくぼの後ろに立っていました。
そしてそのまま私を胸に抱いて……

「大変だと思うけど、頑張ってね。応援してるから、乃々」

……そう言って、頭を撫でられました。あわわわわ……燃えくぼになってしまうんですけど……

「そ、そんな赤くなんなくたっていいじゃない。私まで恥ずかしくなっちゃうよ」
「は、はひ……」

凛さんはそのままベッドに戻って掛け布団を被りました。
そこから顔だけを出して……

「私このまま寝るけど、隣で一緒に寝る?」
「ひぇ、いえ!大丈夫です!」
「あはは、冗談だよ。おやすみ」

心臓に悪い冗談はやめてほしいんですけど……
凛さんの隣でいっしょに寝たりなんかしたら顔の血管が爆発して事件の現場になるんですけど……

それでも、凛さんになでなでしてもらえたおかげで、なんだか気分が嬉しい気持ちに傾きました。
凛さん、本当にお花の香りがしてずっと嗅いでたいんですけど……
で、で、でも添い寝は……むぅーりぃー……

~~~~~~
しばらくすると、本当に凛さんは寝付いてしまったみたいで、薄い寝息がベッドから聞こえて来ました。
もりくぼもそろそろ森へ旅たつ時間です。

もう一回。

すぅー……はぁー……
すぅぅー…………はぁぁー…………
すぅぅぅー………………はぁぁぁー………………


……やっぱりダメです。全く集中できません。
凛さんに会っても全く取り除かれない、もりくぼの中の何かが大きく邪魔をして、
わたしの心のどこかに宿痾のように巣食っているようなのです。
それは明らかに昨日のことでした。

人と目を合わせること。

そういえばさっきから輝子さんも凛さんも、顔を見ないで話をしていた気がします。
やっぱり、無意識のうちに顔から目を外してしまっているんだな、と思いました。

なんとかしなきゃ。もりくぼの森に行くために、この問題をどうにかする必要がある。

思い立ったもりくぼは、凛さんを起こさないように気をつけながらそろりそろりと仮眠室から抜け出し、女子トイレへ向かいました。

~~~~~~~~
女子トイレには誰もいませんでした。全部ドアが閉まってるけど、多分誰もいない……はず。

「よし……」

もりくぼは女子トイレ入り口入ってすぐの大きな鏡に相対しました。
壁一面を覆う、大きな鏡。
そこにぽつんと1人、おどおどした少女が立っています。
もりくぼです。

ああぁぁ、緊張してきたんですけど。手汗がヌルヌルです。手を洗います……

手を拭いてもう一回。鏡の前に立って、ゆっくりゆっくり目線を上に……
ダメです。もりくぼの胸あたりで視線が止まってそこから上に向けることができません……

あぁぁぁぁあぁ……

気を取りなおすためにトイレの奥まで行って、森に行く時よりは浅い深呼吸をして、また鏡へ向かいました。

あぁぁぁあぁぁぁ……

深呼吸。もう一度挑戦。

あぁぁぁああぁぁあぁ……

深呼吸。もう一度。

あぁぁぁあぁぁぁあぁ……

トイレの奥から鏡へと何往復したでしょうか。森久保がまた鏡に向かおうとしたその時。

「ああ!もう!うるさいな!さっきから何やってるんだ!!」
「ひぃぃぃいいいい!?!?!?」
「って、ノノじゃないか!?何やってんださっきから!?」
「あわ、あわ、あわわわわわ……」

誰もいないと思ってた個室からいきなり人が飛び出して来たものですから、もりくぼも口から心臓が飛び出そうになりました。
出て来た人は、美玲さんでした。

「ガッサガッサうろうろ、トイレするわけでもなし、かと思えば奥で深呼吸……本当に何やってたんだ、ノノ」
「うううぅ……」

同じユニットです。輝子さんにも言ったことを話しました。

「うーん、人と目を合わすために鏡の自分で練習、かぁ……」
「ちなみに美玲さんは何をしていたんですか……?」
「ん?あぁ。ウチもな、テレビの撮影って聞いてからずっとどうしたらいいか考えててさ……
外じゃ喧しいし、かと言ってそれ専用の部屋があるわけでなし……だから人気が少ないこの棟のトイレを使ってたんだ。
そしたらガチャガチャガチャガチャうるさい奴が来たから飛び出したってわけ」
「ごめんなさい……」
「ああ、もう、いいから。ウチこそ、大声出してごめん」

この時でも、もりくぼは美玲さんの顔を見ることができません。
どうしても、どうしても顔を向けられない……

「うーん、鏡かぁ、鏡ねぇ……
そうだ!ノノ、ウチも手伝ってやるッ!」
「えぇぇぇ!?」

何を言いだすんでしょう。美玲さんが手伝うって……

「簡単だよ、ウチら2人で鏡の前で立って、自分の顔を見ればいいんだ」
「えぇ……?」
「何回も挑戦してダメだったってくらいだから相当難儀してるんだろうけど……
そこまで必死になってるノノを放って置けないからなッ!」
「あぅぅ……ありがとう、ございます……」
「じゃあ、鏡見るぞッ!」

~~~~~~~~
鏡の前に立っているのは、さっきの少女と、ビビッドピンクのフードと眼帯がチャームポイントの少女。

「ひえぇぇぇ……」
「大丈夫、手握っててやるから。怖がらなくていいぞ、ノノ」
「はいぃぃぃぃ……」
「ゆっくり目を上げていくんだ。目の前に立ってる奴らは怖くない。
だってウチらなんだからな。ウチのことだって、怖くないんだろ?ノノ」
「はいぃぃぃぃぃ……」
「ちょ、ノノ、意外に握力強いな……いてて、痛いって!」

緊張のあまり、もりくぼは美玲さんの手を全力で握りしめてしまいました。

「はうぅぅぅぅぅ……」
「ちょっ、緩めて緩めて!痛いって!」
「はっ、ご、ごめんなさい……」
「……まぁ、いきなり緊張を和らげるって言っても無理があるよな……
でも諦めないぞッ!まだまだウチは付き合うからなッ!」
「ありがとう、ございます……」

そして何十分と経ったでしょうか。
「あっ!今鏡の中のノノと目があったッ!やった!目を合わせられたぞッ!」
「あっ、あっ、あぁぁぁぁ……」

やっと、やっと、鏡の中の美玲さんと目が合いました。
思わず手洗い場の台に凭れ掛かります。ものすごい緊張から解放されて、私の顔からは汗が大量に吹き出ていました。

「良かったな、良かったな!これで自分とも目を合わせられるんじゃないか?」
「つ、付き合っていただけますか……?」
「もちろんッ!じゃあ続けるぞッ!」

鏡の中の美玲さんと目を合わせたのと同じようにして、もりくぼは私を見ようとしました。
視線をあげることも、今では苦でもありません。これは鏡。鏡なんだ。そう思うと、さっきと違って、何の恐怖もなくなりました。
一旦心理的ハードルを乗り越えてしまうとあとはスルスルと次の課題をクリアすることができました。





もりくぼの、榛色の目が、私の目に映る。









目が、映る。

…………………………。

なぜかもりくぼはそのまま硬直していました。美玲さんに話しかけられるまで、ずっとそうしてしまっていたかもしれません。

「おぉ!自分と目が合わせられるようになったじゃないか!やったぞノノっ!成功だ!」
「や、やりました……!」
「良かった良かった。これで第1のハードルは乗り越えられそうか?」
「た、多分。これからは他の人と顔を合わせられるようにしていきたいです……」
「うんうん、いいぞ、それでこそノノだッ」

美玲さんにお礼を言って、もりくぼは再び仮眠室に戻りました。
日はてっぺんを超えて、そろそろ1時になろうとしていた頃でした。
あぁ、早く森に行かないと、仕事になっちゃう。

まだ寝てるだろう凛さんを起こさないように、私も隣のベッドにお邪魔して、そのままもりくぼの森儀式を始めたのでした。

「すぅー……はぁー……」

「すぅー……はぁぁーー…………」

「すぅー……はぁぁぁぁーーー………………」

心に何のわだかまりもない平常の状態で、私は森へと意識を研ぎ澄ませました。

「すぅー……はぁー……」

一呼吸一呼吸ごとに、呼吸していることを意識しながら、暗闇の中で輝く塊を意識します。

「すぅー……はぁぁーー…………」

もう一段階。もりくぼは現実世界からストンと落ちた感覚を得ました。もう一超えです。

「すぅー……はぁぁぁぁーーー………………」

閃きがありました。暗闇に一握りの翡翠色の輝きは、私が両手で握りしめると、両手の隙間から光をこぼして、大きく広がりを放って拡散。
解放して思い切り手を振ると、下に緑、上に抜けるような紺碧が全ての方向へ向かって広がりました。

……途端、寒さが私を襲いました。緑だと思っていた芝生には霜が降り、白色になっていました。
すかさず綿の実から靴下と靴を編んで履きました。ついでに空を羽織って紺色のコートを着込みます。

4匹の小さい火の小鳥をすぐ呼んで、森久保の周りを飛んでもらいます。

それでも寒さは厳しくて、足の動きもなぜか鈍いままでした。おかしい。もりくぼの森では、もりくぼは最強なのに……
火の小鳥を使役して霜を溶かしても、溶けたそばからすぐに凍りついていく芝生たち。
それどころか吹いてくる風に白くちらつくものが混ざり始めました。
もりくぼは昨日みたいな春の野原は諦めて、おとなしく雪原を自分なりに楽しむことにしました。

冬の森と山だって、なかなかいいものです。吹雪に手を当てて、
そこから一枚の紙をつまむように手を動かすと、雪と同じくらい白いマントが現れました。

さらにマントを雪に埋めて形を整えて……ソリの完成です。

ぴぃっ、と指笛を吹くと、雪からぼごっと現れたのは真っ白な2匹の狼。
もりくぼは彼らに指示して、ソリを引いてもらうようにお願いしました。

どれくらい走らせたでしょうか?吹雪の中は視界が悪いからソリに乗っても全く景色が代わり映えせず、退屈でさえありました。

火の小鳥たちを目の前にに侍らせて、勢い付いている吹雪の雪粒からもりくぼを守らせます。

そうしているといきなり雪の狼がキャウンと鳴いて、見当違いの方向へ跳ね飛ばされてしまいました。
狼はそのまま雪に溶けて見えなくなってしまいました。

何が起きたのだろう、そう思ってソリから降りて確認すると、岩のような、尖ったものが進行を邪魔するように鎮座していたのです。
視界が悪かったからこのままぶつかってしまったんだな、ともりくぼは一人で納得して、またしても森に邪魔が入ったことに不快感を覚えながら、対処法を考えました。

森からあまり遠くに行ってもダメですし、今日の足の調子だと翼を生やすことも無理でしょう。第一飛んだところで吹雪の中では視界が確保できません。

もりくぼは禁じ手を使うことにしました。
疲れるのでたまにしかやらないことなのですが……今日は止むを得ません。

「すぅー……はぁー……」

森の中の森は森と大差ありませんから、さらに深い森へともりくぼは向かおうとしたのでした。
そこでここの鬱陶しい雪原を追い払うために、紅と光と熱を強くイメージしました。

「すぅー……はぁぁーー…………」

ストンと落ちました。いけます。赤の光を掴んで……

「はぁぁぁっ!!!」

無理やりの覚醒です。こうしてもりくぼはもりくぼの森の森からもりくぼの森へ短いトリップをすることが可能なのです。
森の森は疲れがひどいので、今回みたいな時以外は極力行かないようにしています。


掴んだ赤い光をもりくぼの心臓に叩きつけます。


力を得たもりくぼは目から光を放って、雪や吹雪を熱量で圧倒し、焼き払っていきます。
雪や霜は蒸発し、吹雪は水蒸気の嵐へと姿を変えました。

雪が司会から見えなくなる頃には、焼け野原とまでは行かないものの、ちょっと焦げた森がそこにありました。

そして向き直ってギョッとしたのです。

さっきぶつかった、岩のようなものは、岩でもなんでもなく、銀色の硬い何かでできた立方体のオブジェでした。
そして焦げた木から生えてきたのは銀色の棘。芝生は銀色の鋭い針となり、森久保が靴を履いていなければズタズタにされていたでしょう。
曇天の空はすぐに晴れたと思ったら音を立てて六角形に規則正しく割れ、小さな太陽がそこからいくつもいくつも覗いていました。


森が、おかしい。


森の森から力を借りたから?それとも他に何かあったっけ?

もりくぼはうろたえました。が、森に飲まれるわけには行かないので踏みとどまって、努めて冷静であろうとしました。

地面は銀色。岩も銀色、焼け焦げた木からグロテスクに生えている分岐の多いいびつな棘も銀色。

靴を硬く底が厚いものに変えて、バキバキと針を踏みつけながらもりくぼは変わり果ててしまった森を探索し始めました。
太陽からの光が乱反射して、四方八方から光が飛んできます。これがやかましくて仕方がありませんでした。
光を遮るために曇らせることはできても、細かく分散された太陽の光は薄い雲を透かすことができず、視界を暗くしてしまうのです。
目を眩しげに細めながら、もりくぼは銀と木が混在し、密生する森の中へ進んでいきました。

棘の森の中をしばらく歩くと、地面を覆っていた針は次第に群生するようにかたまって現れるようになり、むき出しの地面も見えてきました。
群生する針が次第に大きく太いものになり、もりくぼの身長ほどの霜柱のような立派な棘が林立するようになってきました。

そして。











銀色の棘の表面に映ったのは、もりくぼの顔でした。

もりくぼの顔。もりくぼの目。

ハッとした瞬間、景色は一点に集約され、いつもの黒と白の扉の前に立っていました。



木の葉ではなく、銀色の針が集まって、いつもの皆さんを形成していました。
今日は輝子さん、凛さん、美玲さんがいません。まゆさん、幸子ちゃん、小梅ちゃんだけでした。

抱擁を終えると、いつものように白の扉の前にバラバラになって薄く降り積もっていました。
今日は木の葉じゃなくて、銀色の針でしたけど。

白の扉に入って、しばらくして痛い方の銀色の光が全てを拭い去っていきました。

~~~~~~~~~~
頭痛と目覚め。いつものように現実に帰ってきて、体を起こすと、ちょうど凛さんは眠りから目覚めたようでした。
ぐーっっと伸びをして私の方に振り返ると。

「おはよう、乃々。乃々も寝てたんだね」
「えっ、まぁ、はい……」

もりくぼの森に行っただけなんですけど、そんなことを言っても頭がおかしくなったと思われるだけなので、
顔をそっぽに向けて適当に合わせました。
……もりくぼの森に行っているあいだのもりくぼって、他の人からはどう見えてるんだろう?
そんな疑問は、時計を見てフッと消え去ってしまいました。

「あっ、時間!」
「いけない!急がないと!乃々、行くよ!」
「はっ、はいぃ!」

そのあとギリギリで時間に間に合った私たちは、いつものようにレッスンをして、そのまま帰宅したのでした。

~~~~~
自宅の鏡で、今もりくぼはもりくぼと対峙しています。
昨日までとは全く違って、鏡の奥の自分の顔を、鼻を、口を。


そして目を。


しっかりと見つめることができるようになってました。

自分と顔を合わせること。

どうして昨日までできなかったんだろう。
できてしまえばなんてことはないのに。

でも、最初のステージは乗り越えました。
あとは他の人と顔を合わせることができれば、第一ハードルはクリアです。
トークとかそんなことよりも、人と顔を合わせることです。それができなければ話にならないのですから。
今日は鏡越しだけど、美玲さんとも目を合わせられたし、不可能ではないと思っています。


今夜のもりくぼは、ちょっとだけつよくぼでした。

そして鏡は相変わらず、無表情でこちらを見つめるもりくぼを映し出していました。











鏡に映ったもりくぼ、心なしか少し笑った……ように見えました。

1ヶ月も遅れてしもうた。申し訳ない。
今回の投下はここまでです。次回は6月26日になればいいかな……と思っています。

ここまで読んでくださってありがとうございました。次回もまたよろしくお願いします。


今回の参考楽曲

ガラスの森/ZABADAK
http://youtu.be/GLhXUnCsxFM

陰毛の話はでてきません(残念)
生存報告
明日か明後日に投下します

今日は学校です。目覚ましよりちょっと早く起きたもりくぼは、朝の支度をします。
トイレを済ませて、歯を磨いて、朝ごはんを食べて……また歯を磨いて。
そこで気づいたのですが、もりくぼ、毎朝こうやって鏡を見ながら歯磨きしてたじゃないですか。
なんでそんなことに気づかなかったんだろう。なんで自分と目を合わせるのにあんなに苦労していたのだろう……

なんだか昨日までのもりくぼの努力が徒労のように感じられて、少しげんなりしました。
歯を磨きながら、それでももりくぼは『意識して』自分の顔を見ることができたことを確認しました。
これがどんなに難しいことだったのかに思い出して、それを克服したのだから、進歩はしているのだ、と言い聞かせました。

口をすすいで水を泡とともに吐き出す。泡は水に流され、排水溝の奥へと吸い込まれてゆく。
再び顔を上げて、鏡の中の自分と相対する。

うん、やっぱり、さっきまで歯磨きしていたときと違うんだ。
今でも私はしっかり、鏡を通して自分を意識的に見ることができている。

徒労なんかじゃない。そう確信して、もりくぼはまた自信を取り戻しました。

行ってきます。いつもより少し大きい声で、そう言って家を出ました。

~~~~~~~~~
登校中、話はしないけど何となく一緒にいる2人と合流します。

乃々「……」コク

A「……」こくん

B「……」こく


いつもこんな調子で、全く会話はありません。

ふと、昨日のことが頭によぎります。

『第1のハードルは乗り越えられそうか?』

第1のハードル。それは、他の人と少しでも目を合わせること。
今こそ実践の時です。

乃々「……」じーっ

A「……」

乃々「……」じーっ

B「……」

乃々「…………」じーっ

A「……?」くるっ

乃々「!!」さっ

あうぅぅ……つい目を背けてしまいました……いつも一緒にいるとはいえ、やっぱり他人です。
目を合わせるのは、鏡の中の自分よりも相当に難易度が高いです。

B「……?」くるっ

乃々「!」さっ

通学路では二人を見つめては振り返られ、振り返られては目を逸らすのを際限なく続けていました。
……結局、目を合わせることはできませんでした。

~~~~~~
授業中はいつもより身が入っていたと思います。板書も漏れなく取れたし、演習問題の出来も悪くありませんでした。
国語で当てられた時も、教科書で顔を隠していましたけど、いつもよりは大きな声で読めていたと思います。

本当は教科書で顔を隠しながらの朗読なんて論外だと言われます。小学校の時はそう言われてきました。
でも中学の国語の先生は私のことをわかってくれるので、好きです。
あっ、今は関係ないですか、そうですか……

……国語の先生は女性ですけど?

~~~~~~
そうしてその日の授業をつつがなく終え、私はそのまま事務所へ向かいました。
京浜東北線から山手線に乗り換えて、しばらくすると事務所です。
いつもは下ばかり見てたからわからなかったけど、目を上げて電車の外を見てみると、案外悪くない景色でした。
森久保の左から右へ、景色が高速で流れていきます。

住宅地、川、ちょっとした木々の立ち並ぶ道路の傍……それらが数秒で入れ替わり立ち替わり、窓の外を流れていきました。


……慣れない目の動かし方をしたせいかちょっと酔ってしまいました。

今日は帽子が外れることなく、きちんと顔を隠して電車の乗り降りを済ませられました。
……いやいや、これじゃダメなんですけど……人と目を合わせないといけないのに、何で避けてしまうんでしょうか……

モヤモヤしながら事務所について、更衣室に入って制服から着替えました。

プロデューサーがタブレットと書類の束を小脇に抱えてこちらにやってきます。


P「おう乃々。今日はインディヴィの3人と番組の人たちで2回目の打ち合わせだ」


……聞いてないんですけど。

P「18時からだから、遅れないようにな。レッスンも入ってるから、
先方には早めに終わることを伝えてあるから、遅れたらシャレにならない。頼むぞ」

乃々「は、はい……」

……このプロデューサーは、こないだ私たちの担当になったばかりの人です。
仕事に熱心で、事務方からレッスンまで幅広くサポートできる凄腕の人です。

アイドルの扱い方が上手いらしく、担当になったアイドルはファンが増えたり、
芸風が広がったり、仕事が増えたりとまさに福の神のようなプロデューサーなのですが……

私達には、正直合わない人だと思っています。

こないだも言ったみたいに、仕事はいきなり持ってくるし、その内容も私達には相談もなかったものですから、私は頭が真っ白になったのです。
でも、決まってしまったものは仕方ない。だからこそ、私は変わらないといけないのですが……
……この人さえいなければ、こんな目に遭わなくて済んだのに、と思わないではいられません。

前の担当プロデューサー──インディヴィジュアルズ結成のきっかけをくれた、私たちの恩人──に、戻ってくれないかな、なんてことも、思っちゃいます。



P「乃々、早くしてくれ」

乃々「はい……」

~~~~~
小さめの会議室に、私と輝子さんと美玲さん、そしてプロデューサーと、番組のスタッフさんが3人。そしてちひろさんの8人が居ました。
ちひろさんはスタッフさんにお茶を出した後、そのまま奥へ引っ込んでいってしまいました。

内容の打ち合わせ、と言っても、どれもこれもプロデューサーやスタッフさんが決めてしまったもので、私たちはハイハイと相槌を打つばかりでした。

美玲「なあ」

P「なんだ美玲」

美玲「ここにウチらの意見って入ってるのか?」

P「……」
P「で、ここの演出ですが、ここは……」

美玲「無視するなッ!!」

P「ごめん、美玲、黙っててくれないか」

美玲「一昨日の時もそうだったけど、これは打ち合わせじゃなくてただの内容確認じゃんかッ ウチらいる意味あるのか!?」

プロデューサーは美玲さんの言葉をそのまま受け流して、スタッフさんとどんどん話を進めていってしまいます。
憮然とする美玲さんをよそに、番組の内容はどんどん具体的になっていきます。

食レポだとか、観光名所を巡るだとか、他の事務所の女優さんとの共演とか、物騒な単語がポンポン飛び出てくるのにもりくぼは気が気ではありませんでした。
結局プロデューサーとスタッフさんの4人で番組の骨子は決まってしまいました。

どうやら「東京の観光名所を巡りながら食レポをするバラエティ番組」ということになるらしく、
話がまとまったのか、スタッフさんたちはプロデューサーさんと握手をして帰っていってしまいました。



今回は一昨日と違って、内容はある程度把握できたし、一昨日よりは冷静ではいられたけど、決まったことはとんでもないことです。
いざ内容を反芻してみても、本当に出来るのか?という大きな不安は変わらずです。

乃々「本当に、私達にできる気がしないんですけど……」

P「できる気がしない、じゃない。やるんだよ」

P「凛から聞いたぞ。番組に向けて自分を変えようとしてるらしいじゃないか」

P「そういうのを俺は期待していたんだ。頼むぞ」

ハッ、となりました。

鏡の前の特訓のことを言われて、背中に槍を突きつけられたような気分になりました。
もりくぼがやってたのは、ただ単に『その場で恥をかかず、なるべく無難にその場をやり過ごす』ために最低限のできることをやろうとしてただけなのに……
それを、プロデューサーはどうやら『番組に対する前向きな姿勢』と勝手に解釈していたようでした。

インディヴィジュアルズの中で最も問題児の私がやる気なら、他の2人も付いてくるだろう。そう考えての暴挙だったのでしょう。
しかしこれに猛反発したのは、美玲さんでした。


美玲「そもそもオマエからの相談も前振りも無しで向こうから一方的に押し付けられてそれをやれって、
仕事としておかしいだろッ!?何考えてるんだオマエッ!!」


美玲さんはどんどんヒートアップしていきます。


美玲「しかも食レポに観光名所巡りだァ!?なんだよそのトンチキな内容の番組はッ!
いつもみたいにライブとか、それならゲリラ的なそれでもともかくさ!」

P「美玲、あのな……」

美玲「ウチは納得してないからなッ!!!」


美玲さんがふんっと鼻を鳴らして、そっぽを向きます。
そんな美玲さんに代わって、今度は輝子さんが

輝子「そもそも何で、一昨日の段階で内容が決まっていたのを疑問に思わなかったんだ……?」

と尋ねます。プロデューサーはそれに

P「『個性的な面々』が欲しいというのが先方の要求だったからだな」

と答えました。

美玲「呆れた、それでウチらに何の相談もなく勝手に引き受けやがったってのかよッ」

美玲さんの怒りは止まりません。ちょっと……もりくぼ逃げたいんですけど……

美玲「アンタに担当が変わってから、こういうミスマッチばっかりだッ!早くライブの仕事が欲しいんだよッ!!」

P「ライブは当分ないぞ」

美玲「ハァッ!?」輝子「嘘だろ……?」乃々「……」

P「だって"インディヴィジュアルズ"なんだろ?」

P「『個性』を売りに行くわけだからな。しばらくはテレビ番組の仕事が続くぞ。まったく今回の仕事は渡りに船だった」

美玲「……」

P「そういうわけだ。台本や企画書、次の打ち合わせの日程は追い追い伝える。
2日もかからないはずだから、今日の打ち合わせの内容を各自覚えておくように。じゃあ」

美玲「オイ待てッ!」

美玲さんの叫びも虚しく、プロデューサーはそのまま会議室を出ていってしまいました。

美玲「……あり得ないだろ……ッ」

輝子「正直、横暴だ……な」

乃々「……ごめんなさい」

美玲「は?ノノは何も悪くないじゃないか」

乃々「私が、人と目を合わせることの練習をしてたから……プロデューサーが勘違いしたんです……」

輝子「……まぁ、あのプロデューサーなら……ボノノちゃんのあの特訓を、そう捉える……だろうな」

美玲「にしても、相談もなしに勝手に仕事を取ってくるなんてアリかよ……ッ」

輝子「まぁ……あのプロデューサーがついたアイドルは必ず売れるって言われてるしな……」

美玲「売れる売れないの問題じゃないんだよッ!」

輝子「まぁ、抑えて……」

美玲「キノコも、普段のアレを封印されて、それで本領発揮できるのか!?」

輝子「言わないでくれ……私だってそれなりに悩んでる……」

輝子さんはこの状況をどうしたらいいのか図りかねているように見えました。

美玲「じゃあなんであの時「も、もうやめてください……」」

輝子「ボノノちゃん……」

乃々「……今、どうこう言ったって、どうにもなりません……企画も動いちゃってるんです……」

美玲「でも……」

乃々「美玲さんの気持ちもわかります……でも」






乃々「やるしかないんです」







美玲「……」輝子「……」

~~~~~~~~
乃々「はぁぁああぅぅぅぅ~~……」

なんて、2人の前で大見得切ってしまいましたけど、正直私もまだ『第1のハードル』を超えていないのに、
このままテレビ番組に出演なんてできません。したら放送事故必至です。
でも、これで完全に引っ込みは付かなくなってしまいました。
なんとしてでも、人と目を合わせられるようにならないとダメなんです。


不安と焦りと恐怖が綯交ぜになりながら、私は女子トイレの鏡の前に居ました。
そこに映る少女の顔は、今にも泣き出しそうでした。


……ううん、こんな顔してられないんだ。
もりくぼが、やる気になったのが今回の全ての原因なら、もりくぼが全部解決しなきゃいけないんだ。

大丈夫。もりくぼはできる。やらなきゃいけないんだ。


美玲さんと輝子さんにも約束したんだ。


もりくぼはできる。


もりくぼはやってみせる。




もりくぼは……

「できる……」


「もりくぼは、できる」


「もりくぼは、大丈夫」


「もりくぼは、成功させる」






「もりくぼは、やり遂げる」

「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」
「もりくぼはできる」

「もりくぼは、できる」

いつのまにか、夢中になって、自分自身に、いえ、『鏡に映る少女』に向かってできる、できる、やれる、大丈夫などと声をかけていました。
「できる、できる、できる……」

ハッと気づいて辺りを見回すと、外はもう暗くなっていました。

女子トイレにずっと入っているのを不審に思った2人から声がかかるまで、もりくぼはずっとそうしていたようでした。





でも、なんだか不思議です。

どうしてか、もりくぼの心からは不安や焦燥感が綺麗に無くなっていました。

~~~~~~~
いつまでも女子トイレにいる私に心配がる2人をどうにか先に帰して、今日も仮眠室で森の中へ行こうとしました。
親には遅くなることを伝えてあります。

もしここで泊まりになっても、此処から学校へ行けばいいだけの話です。
事務所のロッカーにはそのための制服の替えもありますし、シャワーもありますから問題ありません。

こんな時間の仮眠室なんて初めてですから、中に誰かがいるんじゃないかと不安になりましたが、知らない部署の男性が2人、寝ているだけでした。

知らない人でも寝てるならいいか、と、もりくぼはそのままソファに横になります。




「スゥゥゥゥ……ハァァァァァァーーーー……」
「スゥゥゥゥゥゥゥ…………ハァァァァァァァァァァァーーーー…………」



今回はすんなり行きました。
意識はストンと真下に落ち、黄色の光を手に取りました。

両手を合わせるように光を包み込み、光の動きたいがままに開放してやります。

降り立ったのは、少しの銀色の針が残る芝生が茂る小高い丘でした。

森は、前に来たときとあまり変わっていませんでした。
雪は降っていませんでしたが、空は相変わらず六角形に割れていましたし、銀色のトゲは相変わらずまばらに残っています。

特に目を引いたのが森の木でした。
緑は並存しているものの、鉄のような銀のような金属質な何かが木々から突き出しているのがこちらから見えます。
割合的にまるで小枝の刺さった金属タワシみたいになっています。
見ようによっては、森の中に無理やり金属ゴミを捨てたみたいになっています。

それらを祈りで消すことは森の中でもかなりの重労働でした。
木の質感を手触りで確認したり、金属を手で取り除いたりしていると、時間なんてあっという間に過ぎてしまいます。
木を一本元に戻すのに何分もかかるんですから、森を元に戻そうとしたら直ぐに現実に帰されてしまいます。

森久保は観念して、その金属を制御できないか試みました。

まずは森を操るように、緑色の筋を手元へと手繰り寄せます。
創造された森久保の森は、からくり人形よろしくこのようにすればある程度は動くのです。

が。

案の定金属が邪魔をして森を動かすことができません。
金属が引っかかっていて、木々の動きを完全に封じているか、
緑色の筋を完全に断ち切られてしまった木もあるようでした。

しかしここまでは想定内です。

次は金属にそのままアプローチしてみます……
よくよく考えてみれば、金属は私が意図して表したわけではないはずです。

もりくぼの森はもりくぼが快適に過ごせるはずの場所……

だとしたらこんな邪魔なものは消してしまって然るべきなのです。
しかし消えろと念じても金属たちはウゾウゾと気味悪く蠢くだけで、消えるそぶりを見せません。

では金属たちは操れるのか?
緑色の筋を手繰っていくと、私の後頭部から明らかに髪ではない何かの糸のようなものをつかみました。

直感的にこれが金属たちを操るスイッチだと確信しました。
引っ張ってみると、木にブロック状に寄生していた金属たちが同じ面をこちらに向けて回転し始めました。
昨日の大型金属ブロックも少し浮いて、ブロックの形にえぐられた地面の土が露わになりました。



金属のための筋は森久保から引き剥がそうとしてもどうしても剥がれませんから、緑色の筋に絡めるのは諦めました。
むしろ逆に、この筋を緑の筋に絡めてしまうのはどうだろうか。

両の手指10本から伸びる緑の糸は光を伴いながら繋がる先を森からもりくぼ自身へと変えていきます。

ああ、緑色が私に流れ込んでくる……

目をつぶっても緑の風、水、旗が私を覆ったり撫ぜたり浸したり。
あそこに見えるのはブロッコリーに似ていますね。

これは……シダ植物の葉っぱです。

これは屋久杉。これはトタン屋根。これはボールペン。

青汁
シリア
信号機
クレヨン
座椅子




緑色の瞳。



形を持ったり意味を持ったり、その逆に意味を失ったり形を失ったりしながら、緑はもりくぼを押し流していきます。

いけない、このまま流れっぱなしだと森に飲まれてしまう。

緑に飲まれかけながら自意識を森に固定したもりくぼは両の足で芝生と銀の針を踏み砕いて地面に降り立ちました。
指に残る感覚と後頭部の感覚が接続されているのがわかります。動かしてみましょう。

金属たちが、それはまるで最初から私のものだったかのように振る舞い始めました。
木から離れたり、ブロックの形であることを諦めたり、砕け散ったりしています。

金属を集めるように手と意識を持っていくと、金属たちは今度はブロックではなく、
パイプやギア、ダイヤル、ボルト、レバーなどに姿を変えて、木を避けるように自身らを再構築していきます。

次第に完成していく、森の中に無理やり建築されていく工場のような金属の組み合わせは森久保の自意識を反映しているのだなと直感しました。

工場さん、工場さん。あなたはそう呼ばれることを望みますか?

木から遠慮がちに離れた、ちょっと錆びた煙突から蒸気が勢いよく噴出します。

工場さん。これからよろしくね。それから森さん、これからは工場さんと一緒になるけれど、大丈夫?

一陣の風が強く走り抜け、木々のざわめきがゴウゴウと鳴り轟きます。

よかった。仲良くできるよね。

私が安心すると、それを反映したように工場さんが働き出しました。
ガウンガウン、ゴンガン、ガシャンガシャン、プシュー、ガッチャン。

ちょっとうるさいかな。森の歌声が聞こえなくなっちゃいそう。

何を作る工場になったのかな。
気になった瞬間、景色は一点に集約されました。
今日はここまでのようです。

凛さんたちと抱擁を交わしている間、白い扉だけでなく、黒い扉の方にも変化が起きているのに気づきました。

なんだろう。と、黒い扉に手をかけると。




『大丈夫だよ。心配ないから』




乃々「!?」

黒い扉から声が聞こえて、慌てて手を引っ込めました。




銀と緑の積もる白い扉から頭痛とともに現実に帰ると、満月の月明かりが天高くから仮眠室に降り注いでいました。

今回も読んでくださってありがとうございました。
次回もよろしくお願い申し上げます。

次回は来週になればいいかなって思ってましたけどそろそろ8月ですね。
8月までに終わらせるつもりだったのにえらいこっちゃ。

参考楽曲
遠い音楽/ZABADAK
http://youtu.be/k_FyGYKBC1s

生存報告
精神状態に異常が出て長文を操れなくなりました
しばらくすれば治るので時間ください

生存報告
リビアとシリア間違えてました……お恥ずかしい
9月4日を目標に投下したいと思います

生存
色々押してて手が回ってなくて申し訳ない。

のんびりです。すみません。
生存。

生存
四月をめどに再開します

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom