鶴屋さん「あたしがいじめてあげよっか?」 (34)

その日、突然呼び出しを受けた俺は書道部室で鶴屋さんと対峙していた。

昼休み時間に教室にふらっと現れた鶴屋氏に、おいでおいでと手招きをされたので、特に身構えることなくノコノコついて来たのだ。
その時の彼女はいつも通り快活な笑みを浮かべており、そもそも俺はこの見目麗しい先輩に対して何ら警戒心を持ち合わせていなかった。

だが、人気のない書道部室に入った途端、鶴屋さんは後ろ手にかちゃりと部屋の鍵を締めた。
その瞬間、俺は何か不穏な気配を感じた。
言い知れない不安を抱き、恐る恐る訪ねる。

キョン「ど、どうして鍵を締めるんですか?」

鶴屋さん「んー?どうしてだと思う?」

そんなことを言われても思い当たる節はない。
強いて言えば、秘蔵の『MIKURU』フォルダが彼女の目に触れてしまった可能性があるが、それにしては鶴屋さんは満面の笑みを浮かべて大変機嫌が良さそうで、怒っている様子はない。
下手なことを口走って薮蛇を突いてしまっては大変なので、返答出来ずに口ごもっていると、鶴屋さんは耳を疑うようなことを口にした。

鶴屋さん「キョンくんってさ、実はいじめられるのがめがっさ好きでしょ?」

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キョン「……はい?」

あまりに意味不明な問いかけに、頭が真っ白になる。なんだこれは、ドッキリか?
思わず室内を見渡すが、書道部室には現在俺と鶴屋さん以外人影は見受けられず、耳を澄ましても人の気配は感じられなかった。
キョロキョロと辺りを見渡す挙動不審な俺に、鶴屋さんは無言でツカツカと歩み寄ってくる。

一歩ごとに鶴屋さんが近づく。だいぶ近い。
彼女の長い睫毛や、含み笑いを浮かべる口元から覗く小悪魔めいた八重歯に視線を奪われる。
そして、とうとうその大きな瞳に間抜け面を浮かべる俺の顏が映り込んだ。かなり近い。
いや、近すぎる。今にも鼻先が触れそうだ。

思わず後ずさると、彼女はまた一歩踏み込む。
もう一歩、もう一歩、どんどん追い込まれる。
彼女の両脇に活路を見いだそうとしたが、俺の視線を察知して鶴屋さんはゆらりと通せんぼをする。その足運びは武術の達人じみていた。
まったく隙を見せない彼女に、ついに壁際まで追い込まれる。もう後退することは出来ない。

その時、ドンッ!と壁に手をつかれた。
堪らず反対側に逃げ出そうとするが、再びドンッ!と手を突かれて両側を塞がれた。
そして鶴屋さんはずいっと顔を近づけて、舌舐めずりをすると、こんな提案をしてきた。

鶴屋さん「あたしがいじめてあげよっか?」

キョン「じょ、冗談はよして下さいよ」

追い詰められた俺は、なけなしの勇気を振り絞って声を絞り出す。口の中が酷く乾いていた。
それを受けて、鶴屋さんは暫し黙ってこちらを見つめ、そして目を閉じて長嘆した。
吐息が口元かかり、頭がクラクラする。
俺の意識が遠のいたその瞬間、鶴屋さんは突然右手を振りかぶった。思わず目を見開く。

駄目だ!叩かれる!!
そう思い、慌てて見開いた目を閉じ、衝撃に備えた俺だったが、待てども待てども彼女の張り手が?を襲うことはなかった。
恐る恐る目を開く。すると、鶴屋さんはにやりと笑い、振りかぶった手で優しく?を撫でた。

鶴屋さん「ひとつ聞いてもいいかいっ?」

キョン「な、なんですか?」

こちらの?を撫でながら、突然優しげな口調で尋ねられ、動揺を隠せない俺は、盛大に目を泳がせながらビクついていた。
そんな俺に彼女は思いもよらぬ質問をした。

鶴屋さん「キョンくんはいっつもハルにゃんにいじめられてるのに、なんでわざわざ毎日毎日律儀に部活に行くんだいっ?」

キョン「ど、どうしてって言われても……行かなければ余計にどやされるだけですし……」

その問いかけにしどろもどろになりながらも返答を返す。改めてそう聞かれると、自分の行動が如何に不可解かが浮き彫りになってくる。
しかし、ハルヒにいじめられると言っても、俺も奴には言い返したりしているので、あれはいじめと言うよりは一種のコミュニケーションであると言えなくもない。それにもはや慣れた。
だから俺としてはSOS団の活動はそこまで苦ではないのだが、鶴屋さんは納得してくれない。

鶴屋さん「ふーん。じゃあさ、キョンくんはハルにゃんが好きってことかなっ?」

キョン「少なくとも、嫌いではないですね」

特に何も考えずにそう口走ると、鶴屋さんの右手が閃いた。一瞬のことになす術もない。

キョン「ッ!?」

どれほどの力が込められていたのか、風圧が?に伝わった。しかし、俺の?は無事だった。
その張り手は紙一重で寸止めされていたのだ。
唖然とする俺の?を、ややあって優しくぺチッと鶴屋さんは叩いた。痛みは感じない。

ただただ、恐怖だけがじわりと身に染みた。

鶴屋さん「あっはっはっ!びっくりした?」

キョン「し、心臓が止まるかと思いましたよ」

恐らく目が点となっている俺を見て、鶴屋さんはケタケタ笑い、ごめんごめんと再び頬を撫でてくる。そうされると、怒る気も起きない。
とにかくホッと安堵した俺に、鶴屋さんは次の質問を投げかけてきた。容赦はなかった。

鶴屋「じゃあ、あたしのことは好きかいっ?」

キョン「尊敬してますっ!」

口ごもることは許されないと思った俺は、早口で当たり障りのない返答を返す。完璧な解答。
だが、再び鶴屋さんの右手が閃き、パシンッと、今度は先ほどよりも強めに叩かれた。
俺の答えはお気に召さなかったらしい。

鶴屋さん「じゃあじゃあ君は、尊敬してる先輩にこんなことされたら、どう思うかなっ?」

愉悦を含んだ笑みを浮かべ、鶴屋さんは顔を傾けて、俺の顔面に接近してきた。近い近い。
仰け反っても背後は壁であり、すらりと背が高い彼女が背伸びをすればそれは届くだろう。

鶴屋さんの艶やかな唇が、迫って来ていた。

文字化けしている『?』は頬です
読みづらくしてしまい、申し訳ありません

【ルートα】

迫り来る鶴屋さんの唇にどうすることも出来ずに思考が停止した。反射的に目を瞑る。
なんとなく、この状況ではそれがマナーだと思ったのだ。つまり、俺はそれを期待していた。

キョン「……えっ?」

しかし、俺の唇に何かの感触が伝わることはなく、キョトンとして目を開くと、鶴屋さんは意地悪な笑みを湛えて俺のアホ面を眺めていた。
どうやら俺は揶揄われていたらしい。
そのことに気づくと、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。穴があったら入りたい気分だ。

鶴屋さん「おやおや~?何を期待してたのかなっ?君は尊敬する先輩と一体何をするつもりだったんだい?ほらほら、答えてみなよっ?」

恐らく、地球上で一番恥ずかしい生き物に成り下がった俺を鶴屋さんは執拗に攻撃してきた。
何も言い返すことは出来ない。俺は馬鹿だ。
そんな馬鹿な俺に、鶴屋さんは満足げな笑みを向けて、頬をキュッとつねった。

キョン「……ごめん、なさい」

痛みと羞恥で謝ることしか出来ない俺を救ってくれたのは、昼休みの終わりを告げるチャイムだった。その日はそれで解散となった。

鶴屋さん「そんじゃ、また明日、同じ時間に同じ場所でねっ!逃げるか逃げないかは君次第だから強制はしないよっ!ばいばーい!」

それだけ言って、カラカラ笑い声を残して鶴屋さんは立ち去った。彼女の言葉が脳内を巡る。
逃げるか逃げないかは俺次第、か。

そうして、毎日昼休みに鶴屋さんにいじめられる日々が始まったのだった。

翌日は、昼休みになっても鶴屋さんが俺の教室に出向いてくることはなかった。

どうやら本当に強制するつもりはないらしい。
机の上に弁当を置き、それを広げるかどうか逡巡する。逃げた方が身の為だろうか。
そう思いつつも、弁当を食うことを諦めて、逃げるならばきちんとその旨を伝えるべきだと、そう思い、重い足取りで書道部室へと向かう。

キョン「……し、失礼します」

意を決してガラリと扉を開けて室内に入ると、中は無人であり、鶴屋さんの姿は見えない。
そのことに安堵した反面、やはり揶揄われていただけと知り、なんとも言えない失意を感じていると、背後で扉がピシャンと閉まった。
ついで、ガチャリと鍵が締まる音がする。
驚いて、振り返ると、鶴屋さんが立っていた。

鶴屋さん「遅いにょろよ~青少年っ!あたしを10分も待ち惚けさせるたぁいい度胸じゃないかっ!この落とし前、どうつけるつもりだい?」

恐らく、扉の横で待機していたのだろう。
10分も待っていたらしい鶴屋さんは大変ご立腹で、それでいて大層嬉しそうだった。
その嗜虐的な笑みを見れば、いじめる理由が出来たことを喜んでいるのだとすぐわかった。
冷や汗が背筋を伝う。そんな俺を、鶴屋さんはおいでおいでと手招きして、呼び寄せる。

生唾を飲み、俺は彼女の元へと歩み寄った。

鶴屋さん「んじゃ、そこに座りなっ!」

キョン「……はい。わかりました」

遅刻をした俺に、鶴屋さんは書道部室に並べてある机の椅子に座るように指示した。
素直にそれに従い、着席する。
すると、鶴屋さんは椅子の前に置かれた机の上に腰を下ろした。しかも、向かい合う形で。

鶴屋さん「んー?何ジロジロ見てるんだい?」

キョン「す、すみません……」

彼女は現在、学校指定の制服を着用しており、つまり、いろいろと不味い状況だった。
辛うじて下着は見えないが、その美しい脚線美が目の前に晒されているだけで息が詰まる。
そんな俺を挑発するかのごとく鶴屋さんは足を組み、俺の眼前にそのつま先を向けてきた。

鶴屋さん「キョンくんを待ってて足が痛くなったから、脱がしてくれないかなっ?」

キョン「……わかり、ました」

俺の遅刻のせいで苦痛を受けたと言われたら、文句など言える筈もなく、従順に靴を脱がす。
靴を脱がし終えても、鶴屋さんはつま先を下ろそうとしない。仕方なく、靴下も脱がした。

鶴屋さん「ふーふーして欲しいにょろ」

殊更可愛くおねだりする鶴屋さん。
その可愛さに負けて、吐息をつま先に吹きかけた。すると鶴屋さんはくすぐったそうに笑う。

何故だか、褒められた気がして嬉しくなった。

その後、もう片方の足もふーふーし終え、ふくらはぎを揉んだりして、奉仕した。
俺は既に、鶴屋さんの従僕と化していた。
ここに来るまでは確かに断るつもりだったのに、そんな気はさらさらなくなってしまった。
何せ、彼女は褒めるのが上手い。
俺の拙いマッサージにすら、きちんと上手だねと褒めて、眩い笑みをこちらに向けてくれる。
鶴屋さんのその笑顔が見たくて、俺は夢中になって彼女に尽くした。完全に虜になっていた。

そんな俺を、たまに鶴屋さんは叱る。
例えば、こんな風に……

鶴屋さん「キョンくんってば、またパンツ覗こうとしてたよねっ?お見通しにょろよ~?」

キョン「……ご、ごめんなさい」

鶴屋さん「罰としてお尻ペンペンだよっ!ほら、さっさと尻を出しなっ!!」

キョン「わ……わかり、ました」

そうして、少し痛みを伴う叩き方で、尻を平手で打たれた。何が楽しいのか、鶴屋さんは狂ったような高笑いをしながら何度も叩く。

鶴屋さん「フハハハハハハハハッ!!!!」

怖いので、いつもの快活な笑みにして欲しい。
痛む尻をさすりつつ、そう思い、その日はお開きとなったのだった。

その次の日。
昼休みになるとすぐに教室を出て、急いで書道部室に向かった。中に入ると既に鶴屋さんが居た。

鶴屋「やっぽー!今日は早かったねっ!ご褒美あげるからこっちおいでー!!」

ご褒美と聞いて慌てて彼女の元へと向かう。
今日は鶴屋さんは普通に椅子に着席していて、駆け寄った俺に、向かい側の椅子に座るように指示した。間には机が置かれていて、その上には何やら大きな箱が置かれていた。

鶴屋さん「じゃじゃーん!どうだいっ!?」

キョン「こ、これはもしかして……!」

鶴屋さん「あたしの手作り弁当さっ!!」

それは弁当と呼べるサイズを遥かに上回る重箱だった。中には豪華な料理が詰まっている。
一番下の段に収納された、おにぎりよりも断然手間がかかるだろういなり寿司を見て、どれだけ早起きをしたのかと思いを馳せる。

鶴屋さん「ほらっ!見とれてないで食った食った!残したらただじゃおかないにょろよ~!」

箸を手渡されるが、なかなか動けない。
初めての手作り弁当への感動と、鶴屋さんへの感謝で胸がいっぱいだった。嬉し過ぎた。
そんな俺の感激の眼差しに気付いた鶴屋さんは、例の小悪魔めいた笑みで言い放つ。

鶴屋さん「あたしに見惚れてると、その間に全部食べちゃうからねっ!!」

その後、慌てて弁当をがっついた俺だったのだが、どうやら食い過ぎた。一歩も動けない。
辛うじて完食したものの、やはり多かった。
昼休みの終わりを告げるチャイムがなっても、腹が苦しくて動けない。そんな俺に、何故か鶴屋さんは満足げに微笑み、扉に鍵を締めた。
こんなに良くしてもらって、今更逃げるつもりはないと言おうとした俺は……愕然とした。

キョン「鶴屋さん……あの……」

鶴屋さん「んー?どうしたんだいっ?」

キョン「は、腹が痛いので……その……」

鶴屋さん「フハッ!」

キョン「……えっ?」

鶴屋さん「んーん。なんでもないにょろっ!」

キョン「そ、そうですか……あの、それで……」

鶴屋さん「なんだいっ?」

キョン「ト、トイレに……」

鶴屋さん「だぁーめっ!!」

満面の笑みで俺の要求を却下する鶴屋さん。
震える足をなんとか動かし、ヨロヨロと彼女の元へと向かう。鶴屋さんは現在、扉の前で仁王立ちして通せんぼしている。非常に不味い。
俺はなんとか、トイレに行かせて下さいと、その場にひれ伏した。彼女の足に縋りつく。
けれど、鶴屋さんは非情だった。

鶴屋さん「あたしの弁当をしっかりお腹が味わうまでそこで苦しみなっ!いいかいっ?漏らしたら許さないからねっ!!」

そう言って鶴屋さんはまたあの高笑いをする。
お腹に響く、狂気を含んだその笑い声。
腹痛に耐えながらも、笑い者にされても、何故だか不思議と嫌じゃなかった。ゾクゾクする。
そんな幸せな俺に、鶴屋さんの哄笑が響く。

鶴屋さん「フハハハハハハハハハッ!!!!」

それでもきっと、俺はこの笑顔の為に、この先ずっと鶴屋さんに飼われ続ける。
便意の限界を迎え、決壊する音を聞きながら、そんなことを思ったのだった。


【ルートα】


FIN

【ルートβ】

迫り来る鶴屋さんの瑞々しい唇。
この危機的状況で、俺は敢えて逃げなかった。
そもそも逃げようがないのだ。為せば成る。
だから、どうせならこちらから仕掛けてみようと、そう思い、自ら顔を近づける。悪戯心だ。
その刹那。

鶴屋さん「なっ!?」

俺の予想外の行動に、堪らず鶴屋さんは飛び退いた。軽やかなバックステップ。
そんなに嫌だったのだろうかと、少々傷ついた俺は、彼女の様子がおかしいことに気付いた。

鶴屋さん「な、なんのつもりだいっ!?」

顔を真っ赤にして大声を張り上げる鶴屋氏。
それは俺の台詞だと、そう思ったが、そんなことはひとまず置いておこう。瑣末な問題だ。
今は不審な彼女を問いただすのが先決だろう。

キョン「どうかしましたか?」

尋ねながら、何気なく一歩踏み込む。
すると鶴屋さんは一歩下がる。さっきと逆だ。
もう一歩踏み込むと、また下がった。
そうしているうちに、今度は彼女の方が壁際へと追い込まれる形となった。形勢逆転である。
調子に乗った俺は、壁にドンッと手をついて、尊敬する先輩と同じように、提案をしてみた。

キョン「俺がいじめてあげましょうか?」

さあ、反撃開始といこうじゃないか。

鶴屋さん「な、なにを馬鹿なこと言ってるんだいっ!?あたしにはそんな趣味なんて……」

キョン「なら、どうして逃げないんですか?」

鶴屋さん「!?」

壁に手をついたとはいえ、それは片手だ。
俺は彼女の逃げ場をなくすような真似はしなかった。卑劣な暴漢に成り下がるつもりはない。
俺が手をつく反対側から鶴屋さんはいつでも逃げられるのに、逃げる素振りを見せない。
そのことを指摘すると盛大に目を泳がせて返答に窮している様子だ。このまま畳み掛けよう。

キョン「顔が赤いですよ?」

鶴屋さん「うぅ……生意気っ!」

キョン「すみませんね。やられっぱなしはどうも性に合わなくて。……嫌ですか?」

鶴屋さん「そ、そんなこと聞くなってばっ!」

キョン「では質問を変えます。鶴屋さんは、俺のこと、嫌いですか?」

鶴屋さん「……べ、別にっ!」

まあ、こんなところだろう。気は済んだ。
羞恥に染まる鶴屋さんが見れただけでも胸がすく思いだった。しかし、ここで欲が出た。
欲張った俺は、昼休みの終わりを告げるチャイムと共に、明日の約束を取り付けた。

キョン「それじゃあ、また明日。もし気が向いたら同じ時間にここに来て下さい。強制はしませんよ。鶴屋さんの気持ち次第ってことで」

そうして、この日から鶴屋さんをいじめる日々が始まったのだった。

翌日。
俺は朝から国木田に質問責めにあっていた。
昨日鶴屋さんと何があったのかしつこく聞いてくる国木田に、誤魔化すのが面倒になった俺は、『プロポーズ』されたと言ってやった。
するとそれを真に受けた国木田は、青い顔をして午前中のうちに早退した。ナイーブな奴だ。

そんなこんなで邪魔者を排除した俺は、さしたる期待を抱かずに、一応書道部室に顔を出す。
どうせ居るわけがないと、昼休みになってから10分以上かけてのんびりとした足取りでやって来た俺を、意外なことに鶴屋さんは出迎えた。

鶴屋さん「……もう、来ないかと思ったよっ!」

だからそれは俺の台詞ですよ。
あんな偉そうに約束を取り付けた手前、若干申し訳なくなった俺だったが、この会合の趣旨を思い出し、気を引き締めた。弱気は厳禁だ。
なにせ今ここに鶴屋さんが居るということは、彼女は俺にいじめられたがっているのだ。
ならば、その役目を果たすのみ。それが、いつも世話になっている先輩への恩返しだろう。

そうして、その日の調教が始まった。

キョン「鶴屋さん、その髪はなんですか?」

鶴屋さん「へっ?……な、何か変かなっ!?」

キョン「いえ、そう言うわけではなくて……どうして、ポニーテールじゃないんですか?」

鶴屋さん「えっ?」

既に着座して俺を待っていた鶴屋さんの元に歩み寄る。既に施錠は終えて、準備万端だ。
彼女は今日も艶やかな長髪をそのまま背中に流しており、いつも通り麗しい。それが不満だ。
俺の指摘を受けて、鶴屋さんは困惑していた。
そんな彼女に、要求を叩きつける。

キョン「俺と会う時は、必ずポニテにして下さい。わかりましたか?」

鶴屋さん「わ、わかったよっ!ごめんよ、キョンくん……次からは気をつけるにょろ!」

キョン「今すぐ、結い直して下さい」

鶴屋さん「あぅ……い、今すぐ結い直すねっ!」

そうして鶴屋さんは椅子から立ち上がり、制服のポケットから髪留めを取り出すと、いそいそと髪を結い上げた。とても従順である。
髪を結う彼女を眺めながら、俺は満足げにどっかりと鶴屋さんが座っていた椅子に腰掛けた。

鶴屋さん「実はお弁当を作って来たんだっ!食べてみてくれないっかなっ?」

髪を結い終えた鶴屋さんは喜色満面の笑みを浮かべて、俺の眼前に弁当箱を突き出し、ぱかっと中身を開けて見せた。実に美味そうだ。
そして、近くにあった椅子を引いて腰掛けようとした彼女を、慌てて止める。

鶴屋さん「す、座ったらマズかったかいっ?」

いやいや。流石の俺もそこまで鬼畜ではない。
どうか誤解しないで貰いたいが、鶴屋さんをいじめるのは本意ではないのだ。彼女がそれを求めるからそうしているだけであり、弁当を作ってくれた鶴屋さんを立たせるつもりはない。
俺が指摘したのは、着座する場所である。

キョン「ここに座って下さい」

そう言って自分の膝の上を指し示す。
そこが彼女の指定席と言わんばかりに。

鶴屋さん「……わ、わかったよっ!」

その意味を鶴屋さんは瞬時に理解して、恐る恐る俺の膝に座った。極めて柔らかな質感。
しかし、彼女は座る向きを間違えていた。

キョン「……向かい合わせに座ったら、弁当が食べられないじゃないですか」

鶴屋さん「あっ……あははっ!ごめんごめん!」

そうして、鶴屋さんは膝の上に横座りをして、せっせと俺の口に弁当を運び入れてくれた。

キョン「……めちゃくちゃ美味いです」

鶴屋さん「本当っ!?それなら良かったっ!めがっさ嬉しいよっ!!」

口に新しいおかずが放り込まれる度に、俺は美味しいと呟き、鶴屋さんは喜んだ。
此の期に及んで料理の味に文句をつける気は毛頭ない。そもそも味付けからなにまで完璧だ。
さしたる問題は起きず、このまま標準サイズの弁当を食べ終えるかと思われた……その矢先。

キョン「ぶっふぉっ!?」

鶴屋さん「ああっ!?ご、ごめんよっ!!」

褒められてテンションが上がった鶴屋さんに、無茶なサイズの唐翌揚げを口に突っ込まれた俺は、盛大にむせた。もちろん、怒ってない。
どこぞの団長様とは違い、俺はその程度で怒り狂うことはない。しかし、粗相は粗相である。
粗相には、罰を与えなければいけなかった。

キョン「……お尻を、出して下さい」

鶴屋さん「……えっ?」

キョトンとする鶴屋さんを膝から降ろし、机に手を突かせて尻を突き出させる。
そして、おもむろに臀部を覆ったパンツを剥ぐと、俺はその綺麗な尻に平手打ちをかました。

鶴屋さん「ひゃんっ!?」

キョン「フハッ!」

もう一度、今度は反対側の尻たぶを打つ。
変な笑い声が漏れてしまったが、気にしない。
この時既に、俺は快感に目覚めていた。
両方の尻たぶについた鮮やかな自分の手のひらの跡を眺めながら、そのことを自覚した。

鶴屋さん「うぅ……お、お願いっ!もっと!」

キョン「今日はこのくらいにしておきます」

時を同じくして目覚めてしまった様子の鶴屋さんのお願いは、却下することにした。
個人的には彼女の尻で16ビートを刻み、失禁するまで叩き続けることはやぶさかではないのだが、それを鶴屋さんが望むのはダメだ。
何故ならば、それはお仕置きではないから。
こうしてお預けすることも、プレイの一環であると、この日俺は知ったのだった。

ふと時計を見上げると、そろそろ昼休みが終わる。その前に伏線を張っておくことにしよう。

キョン「鶴屋さん、明日はもっと大きな弁当を持ってきて下さい。……期待してますよ?」

次の日。
その日は朝から国木田の姿がなかった。
なんでも、赤痢とペストと腸チフスを併発して休むそうだ。心よりご冥福を祈っておこう。

そして昼休みとなった。
俺は意気揚々と書道部室へ向かう。
その途中でSOS団の部室に立ち寄り、とあるアイテムを手に入れてきた。大事な物である。
部室に居た長門に、一応このことは他言無用だと告げると、全てを見透かす対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェースは、呆れた眼差しでコクリと頷いた。

これで用意は整った。大丈夫、上手くいく。
気を落ち着かせ、書道部室をガラリと開ける。
すると嬉しそうに鶴屋さんが駆け寄って来た。

鶴屋さん「やっぽー!待ってたよっ!ほらほら見て見てっ!じゃじゃーん!!なんと、今日のお弁当は重箱にしてみたよっ!!」

彼女が持ってきたいかにも重そうな大きな重箱弁当を見て、思わず笑みが漏れる。完璧だ。
その規格外な弁当なら、必ず計画は成功すると確信して、俺は後ろ手に扉の鍵をかけたのだった。

キョン「ありがとうございます、鶴屋さん。早速ですが、頂いても構いませんか?」

鶴屋さん「うんっ!いっぱい食べてねっ!!」

重箱を机いっぱいに広げて、律儀に綺麗なポニテを結った鶴屋さんは、おずおずとこちらに視線を送る。膝に座る許可を求めているのだ。
もちろん、快く彼女を膝に乗せた。
そして、何気なく、小脇に抱えた、とあるアイテムを机の上に乗せる。ノートパソコンだ。

鶴屋さん「んにゃ?どうしてパソコンなんか持って来たんだいっ?」

キョン「すぐにわかりますよ。それより早く弁当を食べたいのですが……」

鶴屋さん「そうかいっ!それじゃあ、たんとお食べっ!はいっ!あーんっ!」

実に平和なひと時。まさに幸せの絶頂である。
昨日よりも豪勢な弁当に舌鼓を打ち、美味しいよえへへなんて繰り返してるうちに、パソコンが立ち上がった。そろそろ、頃合いだ。

キョン「実は今日、鶴屋さんに見せたい物があるんです。これなんですけどね……」

鶴屋さん「なっ!?こ、これってまさか……!」

デスクトップに表示されたとあるフォルダ。
そのフォルダ名に鶴屋さんは釘付けとなった。

何を隠そうそのフォルダには……

『MIKURU』と名付けてあったのだ。

キョン「今、開きますね」

鶴屋さん「み、みくるの写真ばっかりじゃないかっ!?これはどういうことだいっ!?」

キョン「見たままですよ。これは俺が作った、秘蔵の朝比奈さんの写真集です」

普段隠しフォルダとして隠蔽されているそのフォルダの中には、朝比奈さんのあられもない写真がぎっちり詰まっていた。肌色成分が多い。
その一枚一枚をスライドショーで鶴屋さんに見せると、始めは唖然としていた彼女だったが、次第にわなわなと唇を震わせ、とうとう下唇を噛んでこちらを睨みつけてきた。予想通りだ。

キョン「やっぱり、朝比奈さんはスタイル抜群ですよね。この写真を撮った時なんて……」

そんな鶴屋さんの視線など、どこ吹く風で、俺はいけしゃあしゃあと写真にまつわる思い出を語って聞かせた。そんなあからさまな挑発。
それに、彼女は見事に釣り上げられた。

鶴屋さん「ど、どうせあたしは貧相さっ!みくるのお乳が羨ましいよっ!!」

そう言って拗ねる鶴屋さん。
実に素直な反応に、思わず優しくしたくなる。
しかし、ぐっと堪えて、計画を進める。
ここまでくれば、あと一息だった。

キョン「鶴屋さんだって十分素敵ですよ」

鶴屋さん「ふんっ!同情するなら胸をくれよっ!!どうせキョンくんはめがっさおっきいお胸が好きなんでしょっ!?」

キョン「嫌いと言えば、嘘になりますね」

鶴屋さん「そらみたことかっ!!」

すっかりご立腹な鶴屋さんをあやしつつ、俺は決定的な一言を口にする。最終局面である。

キョン「鶴屋さんはたぶん、痩せ過ぎなんですよ。だから、いまからでも沢山ごはんを食べれば、きっとナイスバディになれますよ?」

鶴屋さん「本当かいっ!?」

言うや否や、鶴屋さんは重箱に詰まった弁当をかっ込み始めた。それはもう、一心不乱に。

全て、計画通りだった。
あとは時間の流れに任せるだけ。
胸を満たす充実感と、膨らむ期待が、刻一刻と俺の中に蓄積されていた。

鶴屋さん「うぷっ。もう食べられないにょろ」

キョン「それだけ食べれば充分ですよ」

鶴屋さん「お胸、おっきくなったかなっ?」

キョン「確認しましょうか?」

鶴屋さん「……馬鹿っ!」

そんな風にイチャコラしていると、あっと言う間に時が流れ、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。ぼんやりとその音を聞く。
お互い、動こうとしなかった。
お腹が苦しくて動けない鶴屋さんを置いて、自分だけ教室に戻るつもりはさらさらない。

なにしろ、お楽しみはこれからなのだから。

鶴屋さん「んっ……キョンくん、あのさっ」

キョン「どうしました?」

鶴屋さん「ちょっとお腹が痛いかもっ!」

キョン「フハッ!」

鶴屋さん「へっ?」

キョン「……いえ、気にしないで下さい。それで、どうかしたんですか?」

鶴屋さん「だ、だからっ!お腹が痛いから、その……ト、トイレに……」

キョン「駄目です。行かせません」

きっぱり断る俺に、鶴屋さんは絶望の表情を浮かべる。その顔だ。その顔が見たかった!!
愉悦を堪えながら俺はおもむろにポケットからスマホを取り出し、録画モードにして机の上に設置した。彼女の可愛い表情を記録する為に。

別に、身体を拘束しているわけではない。
膝から降りて、トイレに向かうのは鶴屋さんの自由だ。しかし、彼女はそうしようとしない。
俺の許可がないと、何も行動が出来ないのだ。

キョン「フハハハハハハハハハハッ!!!!」

俺の狂ったような哄笑に、堪らず鶴屋さんは身をよじってこちらを向き、抱きついてきた。
すっかり怯えて震える彼女の背中を優しく撫でると、一瞬身体が強張り、次の瞬間脱力した。

ややあって、俺の股間に暖かな温もりが伝わってくる。それでも鶴屋さんは離れない。
俺も離そうとしない。愛しさが溢れていた。

このまま時が止まればいいのに。

この日、俺と鶴屋さんは
お互いに同じことを思いながら、
糞尿に塗れて……愛を確かめ合った。

その一部始終を撮影した動画は、

新設された『TSURUYA』フォルダに

末長く、永久保存されたのだった。


【ルートβ】


FIN

以上です。
改めて、文字化けについてお詫びします。
ご精読、ありがとうございました!

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