モバPたち (25)


ふりむくと
一人の茜Pが立っている
彼は茜がテレビ出演を決めるたび
うれしくて
カレーライスを三杯も食べた



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ふりむくと
一人の元ほたるPが立っている
彼は選挙期間中だけ就活をやめ
ひたすらに投票券をかき集めた


ふりむくと
一人の肇Pが立っている
選挙に入れ込んで
半月後に恋人に捨てられた


ふりむくと
一人の智絵里Pが立っている
彼は智絵里にかくれて
まゆにも投票したことが
たった一度の不貞なのだ


ふりむくと
一人の久美子Pが立っている
彼女は選挙が始まった四月十日に
おもちゃのピアノを引っ張り出して
練習を始めた


ふりむくと
一人の菜々Pが立っている
彼は菜々をシンデレラにすると約束して三年後に
プロデューサーをやめた


ふりむくと
一人のきらりPが立っている
彼はファンに向かって手を振るきらりを見て初めて
外見以外にも美しさがあると知った


ふりむくと
一人の椿Pが立っている
彼は生まれて初めてもらった給料で
椿を撮るためにカメラを買った



ふりむくと


しとしと降り続く春雨の中に
ガラスの靴を用意出来なかった
沢山のモバPたちが立っている

何度も何度も打ちのめされ
もう痛みも感じられない彼らと
せめて
担当への慈しみのぶんだけ
拍手を交換しよう

モバPたち
彼らが引き上げていく宮城公演の会場には
希望だけが取り残されて
雨にうたれているのだ


ふりむくと
一人ののあPが立っている
舞台袖で表情も変えないのあに
掛ける言葉を選びながら
むかし楓と共に過ごした
下積み時代を思い出している


ふりむくと
一人の拓海Pが立っている
彼は職務質問の最中にも
拓海がいかに素晴らしいアイドルかを
警官に話してやっている


ふりむくと
一人のアヤPが立っている
彼は一番強いアイドルは渋谷凛だと信じ
サンドバッグに凛の写真を貼り付けては
アヤにこっぴどく叱られた


ふりむくと
一人の彩華Pが立っている
彼は選挙には一銭も使わず
ティアラが刻まれたバッグを買い
彩華にプレゼントした


ふりむくと
一人のさくらPが立っている
彼は最初の投票のあと
やけ酒を飲んで
しまい損ねたこたつの中で
眠ってしまった


ふりむくと
一人の未央Pが立っている
彼女は三つ年下になった未央から
挫折のない人生はないと
教えられた


ふりむくと
一人の美優Pが立っている
今年の勝利をどこかで信じていた彼は
中間発表の夜
美優と目も合わさずに帰宅した


ふりむくと
一人の裕子Pが立っている
彼の机の引き出しには
運命を分けたかもしれない
一枚の投票券が
今も入っている


もう誰も振り向く者はないだろう
うしろには暗い階段があるだけで
そこにはガラスの靴は
もうないのだから



ふりむくな


ふりむくな
うしろには夢がない
総選挙が終わっても
明日からはまた
次の仕事が始まる

夜が明けるころのスタジオには
来年の選挙に胸を焦がすアイドルたちが
ステップを踏む音が聞こえてくる


空にはまだ
雲と霧がかかっていて
天気の見立ては出来ないだろう


総選挙六回分の雨を心にためて
担当アイドルの進む一歩前に

モバPたちが立っている



(原詩 寺山修司『さらば ハイセイコー』)

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