藤原肇「ひとり言は、独りで」 (18)

ー藤原肇さん、時間です

スタッフの方の声で、我に返りました。
先に出番を終えていた比奈さんと裕美ちゃん、柚ちゃん、それに巴ちゃんから、思い思いの声が飛んできます。

ーまぁ、気楽にね

ー世界が輝いて見えたの

ー岡山の人間の度胸、見させてもらおうかのぉ

大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせます。

大丈夫、大丈夫
私はきっと、独りじゃない。

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ずっと、ひとり言を呟いてきました。
あの日、赤穂線伊部駅で電車に乗ってから。
そして、上京してからも、ずっと。

大丈夫、大丈夫。

同い年の子たちが、先にデビューしていっても。
後から入ってきた子たちが、先にデビューしていっても。

大丈夫、大丈夫。
私は、私だから。

ひとりで、何度も。

悲しいこと、辛いこと。
寂しいことや、苦しいこともありました。

岡山に帰ろうって、何度も思って。
だけどその度に、ひとりで呟きました。

大丈夫、大丈夫。
きっと、大丈夫。

私は私。
ここには土の匂いはしないけれど、私は私だから。

初めてのステージ。
お客さんは、50人くらい。

「藤原肇です」

その声に応えてくれる人は、いませんでした。
その日の夜、ベッドの中で繰り返しました。
大丈夫、大丈夫。
いつか、きっと。

初めての握手会。
わたしの前には10人ほど。
あのときのみなさんの顔、いまでも覚えています。

「応援してます」

そう言った下さったこと、ずっとずっと覚えています。

帰りの電車の中で、やっぱり繰り返しました。
大丈夫、大丈夫。
いつか、きっと……。

少しずつ大きくなるステージ。
少しずつ長くなる列。
変わっていく私と、変われずにいる私。
その両方が私で。


「今度は仙台でライブです!」

そう言いながらスケジュール帳をまとめている後輩の子を見ながら、胸がチクリと痛んで。
それもやっぱり、私で。

ーいつか、きらめく舞台へ

いつからかみんなの合言葉になったそのスローガンを、どこか遠くから眺めている私もいて。

「私は…私は……」

大丈夫、と言えなくなってしまった私がいました。

いつからか、

「小さなお仕事」

という理由で、無意識に手を抜くようになっていました。

大丈夫、というひとり言すら、口にしなくなった自分に気付いたとき、もう終わりかな、と思いました。

そんなとき、おじいちゃんから荷物が届きました。
小さなダンボールの、小さな荷物。

開けてみると、新聞紙にくるまれた小さなお茶碗。
おじいちゃんが焼いてくれた、備前焼のお茶碗。

土の匂いが、部屋中に拡がった気がしました。
だからお茶碗を抱きしめて、すぐに手紙を書きました。

『おじいちゃん、荷物届きました』

文字が震えていたのは、きっと私が弱いから。

『お茶碗を包んでた山陽新聞、おじいちゃんが読んだものだね。岡山の匂いがしました』

文字が滲んでいたのは、きっと私が情けないから。

支えてくれる人たちの思いを忘れてしまうくらい、弱くて情けないから。

「大丈夫、大丈夫……」

あのときの涙は、私が生きている限り忘れてはいけないと、そう思います。

300人になった会場。
30人になった握手会の列。

少しずつ減っていくひとり言の回数と反比例するように、増えていく声。

500人と40人。
2000人と150人。

「応援してます」

ひとつひとつの声が、弱くて情けない私の背中を押してくれました。

そして今日。
大きな会場の、大きなステージ。

熱気は控え室まで届いてきて、背中に汗をかいてしまうほど。

自分の席に座って、目を閉じている私。
ここに立つために「今まで」があったのに、足が震えている弱くて情けない私。

大丈夫、大丈夫。
大丈夫だから……。

あのひとり言を何度も何度も繰り返して、それでも震えは止まらなくて。

ー藤原肇さん、時間です

スタッフの方の声で、我に返りました。
先に出番を終えていた比奈さんと裕美ちゃん、柚ちゃん、それに巴ちゃんから、思い思いの声が飛んできます。

ーまぁ、気楽にね

ー世界が輝いて見えたの

ー岡山の人間の度胸、見させてもらおうかのぉ

大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせます。

大丈夫、大丈夫
私はきっと、独りじゃない。

大きな大きなステージの真ん中に私ひとり。
目の前には、数えきれない人、人、人。

それを前にして、声を失ってしまう私。
何も言えずに、立ち尽くしている私。

そんな弱くて情けない私に、いくつもの声が飛んできました。

ーおめでとう!

ーCD買うからね!

ーおめでとう、肇ちゃん!

…ああ
やっぱり私は、ひとりじゃないんだ。
本気でそう思えました。

「藤原肇です」

気のきいたことを言えないのは、たぶん性格。
直ることはないと思います。
それでも、伝えたい思いがありました。

「緊張していて声変わり小さいかもしれませんが……後ろの席の方、聞こえますか?」

大きな歓声。
私の声に応えてくれる人たち。
私を、ここまで来させてくれた人たち。 

少しだけ落ち着いて、会場を見渡しました。
いろんな色のサイリウムが、ゆらゆらと揺れています。

その光の海を見て、思いました。
あのひとり言は、もう口にすることは無いんだって。
私はもう、ひとりじゃないから。
ひとり言は、独りで言うものだから。

精一杯大きな声で、会場に呼びかけました。

『私の声、届きますか?』

返ってきたのは、もっともっと大きな声。
私が私であることを、後押ししてくれような、声。

私はきっと、忘れない。


お し ま い

肇ちゃんおめでとう!
感情過多のまま書いたのでワケわからん文章になってしまいましたが、悪しからず。
それでは。

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