高垣楓「私と青い薔薇」 (17)

アイドルマスターシンデレラガールズです。高垣楓さんのお話です。

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 今日の仕事を早めに切り上げてもらい、自宅までの道すがらにあるコンビニでお酒を買って帰路に着く。

 お酒を飲むのは好きだけど、お酒に頼らなきゃいけないほどお酒に依存しているわけではない。それでも、今日だけはお酒に頼らなければ一人で過ごせる自信がない。

「……いよいよ今日が発表ね」

 最近はせっかく飲むなら美味しいお酒を、と思って少々値が張るものを買って飲んでいたのだけど今日は質よりも量を重視してみた。

 学生の頃や駆け出しモデルでお金に余裕が無かった頃に、よくお世話になったワンカップ酒やペットボトルに入った焼酎、ウィスキーやら多種多様な安いお酒をテーブルの上に並べる。

「こんなに飲んだら怒られてしまうかしら」

 一日で全部飲むつもりはないのだけど、もしかしたらと言う事もありえる。最近はトレーナーさんからもお酒の量を控えるように言われているのだけども、今日だけはお目こぼししてもらうとしよう。

 今日、第6回シンデレラガール総選挙の結果が発表される。

 過去5度に渡って私とプロデューサーが挑み、手に出来なかったシンデレラガールの称号がまた今年もアイドルの誰かの手に渡る。

「……落ち着きましょう。とりあえず喉が渇いたし、懐かしいこれを」

 テーブルに並べたワンカップ酒を手に取り蓋を開け一口。うん。とても懐かしい味がする。最近飲んでいた少々値が張るお酒と比べるとやはり美味しいとは言えないけども、昔を思い出す懐かしい味。

「電子レンジで温めて熱燗にしようかしら」

 以前、コンビニでこのワンカップ酒を温めてくれと店員さんにお願いしていたおじさんを見かけたことがある。そのおじさんは温めてもらったワンカップ酒をお店の外で美味しそうに飲んでいたのでとても印象に残っていた。

 電子レンジの扉を開け、中にワンカップ酒を置いてからはたと気付く。

「これってどれくらい温めるのかしら……?」

 温めすぎてもよくなさそうだし、かと言って加熱時間が短いと熱燗にはならなさそうだし。

「えーっと……。やっぱりそのまま飲みましょう。その方が昔っぽいし」

 電子レンジの前で悩むこと数十秒。私が出した結論は温めないと言う物だった。

 やった事の無い事に一人で挑戦する勇気は今の私にはないみたい。誰かが私の背中を押してくれないと新しい事には挑戦出来ない。

 だから私がこうしてアイドルをやっていると言うのはちょっと不思議な気分だ。モデルですら自分としては挑戦だったのに。

「それもこれもプロデューサーのおかげね」

 私の背中を押してくれた私の大切な大切なパートナー。飲み友達でもありますけど。

「……」

 スマホを片手に、ワンカップ酒をちびりちびりと飲む。その大切なパートナーから今日、大切な連絡が入る予定。

 中間発表ではありがたい事に1位だったけど、最後まで結果は分からない。

 だって、過去に5度も私は1位を逃しているのだから。シンデレラガールに5度もなり損ねているのだから。

 いつしか世間では私の事を『無冠の女王』なんて呼んでいるらしい。何度も上位には入らせてもらえても栄冠を手にした事の無い私にはぴったりのあだ名だと思う。

 事務所のみんな、きっとプロデューサーもファンも私さえもよくわからないままに始まってよくわからないままに終わってしまった、一番最初の総選挙。あの時は11位と言う結果だったけども、私の事をこんなに見てくれる人が、好いてくれる人が居るのだと分かってとても嬉しくなった。

 でも、最近の私達はあの時の喜びを忘れて、シンデレラガールにのみしか目が向いていない気がする。その後の総選挙でも私は常に上位に居るのに、頂上に手が届かない。手が届きそうなのに手が届かないと、悔しくて悔しくて……私達はもうその頂上にしか目がいかなくなってしまった。

 昔、とある政治家さんが「二番じゃ駄目なんですか?」と言う質問をしていた事がある。当時の私は二番でも充分すごいのにって思ったのだけど、この立場になってみてよくわかった。二番では駄目なのだ。

 何を贅沢な事を、なんて言われてしまうかもしれない。でも、二番では駄目。一番と二番には壁が立ちふさがっている。超える事の出来ない高くて冷たい壁が。

 空になったワンカップ酒のカップにペットボトルの焼酎を注ぐ。グラスくらい持って来ればいいのだけど、今はこうやって飲みたい。とにかく早く酔ってしまいたい。

 どれだけ飲んでも酔える気はしないのだけど、素面のままで結果発表を待っていられるほど私の精神は強くない。

「……また今年もダメなのかしら」

 うつむいたままポツリと弱音を零す。ずっと言わないようにしてきたけど『無冠の女王』と呼ばれる度に頭をよぎった可能性。このまま私はシンデレラガールにはなれないのではないかと言う可能性。

 いっその事それでも良いのかも知れない。だって200人近く居るアイドルの中で二番なのだから。私の人生で二番を取った事なんて数えるほどもない。

 ぶんぶんと頭を振り、気弱な考えを遠くへ追いやる。

 でも、やっぱり私は頂上からの景色を見てみたいと思う。『無冠の女王』と呼ばれているからこそ一番の景色には誰よりも憧れる。それに、私はプロデューサーと一緒に頂上からの『シンデレラガール』だけが見られる景色を見たい。ずっと一緒に頑張って来たのだから。

「気分転換に何かおつまみでも作ろうかしら」

 何もしないと悪い方へばかり考えてしまう気がしたので、少しでも動いて気を紛らわす事にしよう。

 冷蔵庫の中身を思い出しながらキッチンに向かっていると玄関の方に何かが落ちているのが目に入った。

「これって……」

 落ちていたのは青い薔薇の花びらだった。

「あのお仕事の時に服か鞄に付いていたのね」

 最近、私はメイドさんのお仕事をやらせてもらった。綺麗なお庭で可愛いメイドさんの格好をさせてもらってとても楽しかったお仕事だ。

 お仕事の現場で使っていたお庭には色とりどりの薔薇が咲いていて、その中に青い薔薇もあった。とても綺麗に咲いていて、珍しかったのもあって見惚れてしまったのをよく覚えている。それに私は赤い薔薇よりもこの青い薔薇の方が気に入ったのだ。だから、この青い薔薇の花びらはあの時のものだろう。

「そう言えば薔薇って色によって花言葉が変わるのよね」

 事務所でお花が好きな娘達が話していたのを漏れ聞いただけなので本当かどうかはわからない。でも、現代はとても便利な世の中で手に持ったスマホですぐ調べられてしまう。

「薔薇……花言葉……青……」

 不安を紛らわすためもあったのだと思う。でも、軽い気持ちで調べた私はとても後悔してしまった。

「青い薔薇の花言葉は『不可能』……」

 検索して一番最初に出たページを開いてみたら、そこには青い薔薇の花言葉がちゃんと書かれていた。『不可能』と書かれていた。

 その三文字を見た瞬間に私はスマホから目を背け電源を落としてしまった。スマホをベッドに放り投げて、空いた手でテーブルの上に並べていたお酒を片っ端から煽っていく。

 だってあまりにも酷いじゃないか。あんなにも綺麗に咲いていたのに花言葉が『不可能』だなんて。私の左の瞳と同じ色の薔薇は、私にシンデレラガールになるのは『不可能』と言いたかったのだろうか。だから今更花びらを玄関に散らせたのだろうか。

 テーブルに並べたお酒を次々に空っぽにしていくうちに頭の中がふわふわとしてきた。いけない酔い方をしている。……でも今は飲まなきゃやってられない。

 左右で色の違う瞳から溢れてくる涙で失われていく水分を、お酒で補っているうちに段々と意識が遠くの方へと行ってしまった。遠い遠い夢の世界へ。

 夢の世界では私はシンデレラガールになったようだ。事務所のみんなに囲まれてプロデューサーさんからガラスの靴を渡してもらっている幸せそうな私がそこには居る。

 やはり夢は良い。こうやって都合の良いものだけを見られるから。例え現実がどれほど残酷で辛くても夢だけはこうして幸せなままだ。

 願わくばこのままずっと夢の世界で暮らしていきたい。

 そんな私のささやかな願いは無機質なピンポーンと言う音で妨げられてしまった。幸せな夢は徐々に遠ざかり、私がどれほど手を伸ばしてもつかめる事はなくそのまま遠ざかって消えてしまった。

 気が付くとはっきりとチャイムの音が聞こえた。最初は何の音か分からなかったのだが、どうやらこれはチャイムの音らしい。

 首を動かして時計に目をやり、時間を確認する。どうやら私は1時間程眠っていたらしい。

 まだ眠るには早い時間とは言え、こんな時間に尋ねてくるなんて。非常識ではないだろうか。

 元々あまりいい気分では無かったのだけど、ますます機嫌が悪くなる。

 インターホンで尋ねて来た主を確認すると、そこには私の不愉快の遠因になった青い薔薇の花束が写っていた。

「……どちら様でしょうか」

「あ、楓さん! 俺です!」

「プロデューサー?」

 私が声をかけると青い薔薇の花束が少し移動して、見知った顔がインターホンに映し出された。

「……今開けますね」

 きっと、私が眠っている間に総選挙の結果が出たのだろう。スマホの電源を切ってしまったから直接結果報告に来たみたいだ。慰めのために私が現場で気に入ったと口にした青い薔薇の花束を持って。

「お疲れ様です、楓さん」

「はい、お疲れ様です」

 扉を開けるとそこにはいつものスーツ姿のプロデューサーが居た。普段と違うのは先ほどインターホン越しにも見えた青い薔薇の花束を持っている事だろう。たくさんの『不可能』の束を。

「ちょっと散らかってますが、どうぞ」

 でも……せっかくだからプロデューサーの厚意に甘えるとしよう。私の気の済むまでお酒に付き合ってもらえればこの気持ちもいくらか晴れるだろうし。

「はい、お邪魔します」

 きっとこれから総選挙の結果が伝えられる。大丈夫、覚悟は出来ている。だって私は『無冠の女王』だから。

「でもその前に……おめでとうございます、楓さん」

 お邪魔します、と言ったわりにプロデューサーは靴を脱ぎもせずに私に青い薔薇の花束を差し出した。

「ありがとうございます……」

 お礼を言って受け取った花束はそれはもう美しくて。やっぱり私はこの青い薔薇が好きだなと思ってしまう。例え花言葉が『不可能』でもこの薔薇はとても美しい。

「また……ダメだったんですね」

「はい?」

 私が順位を確認するために問いかけると、プロデューサーからは間抜けな声が帰って来た。

「だってこの青い薔薇を持ってきたのはそういう事ですよね?」

「んん……? 確かにお祝いにって思ってこの薔薇を探しましたけど」

「え?」

 どこかプロデューサーと話がかみ合っていない気がする。

「わざわざ『不可能』が花言葉の青い薔薇を持ってきたって言うのは、またシンデレラガールになれなかったからではないのですか?」

 プロデューサーが怪訝そうな顔をしている。どういう事だろう。

 しばらく無言のままでお互いを見つめ合う。私もプロデューサーもきちんと事態が把握できていないようだ。

「……あぁ! そういう事ですか!」

 ようやくプロデューサーは合点がいったのだろう。ちょっと大きな声を出すと自分の鞄の中身を漁り始めた。

「プロデューサー……?」

「楓さん、違いますよ。青い薔薇の花言葉は『不可能』じゃない」

「……え? でも調べたら『不可能』って……」

 お目当てのものを探り当てたのだろう。茶封筒の中にはクリアファイルが入っており、そこにに収められた資料には総選挙の順位が示してあった。

「確かに、昔は『不可能』でした。でも、今の青い薔薇の花言葉は……」

 1位の、シンデレラガールの所には私が見間違えるはずもない名前が書かれていた。

「『夢かなう』ですよ」

「プロ……デューサー……!」

 青い薔薇の花束を手にしたまま目の前の人の胸に飛び込む。ずっと一緒に頑張って来た大切な人の胸に顔をうずめて、さっき流した涙とは別の涙を流す。

「『シンデレラガール』、おめでとうございます。楓さん」

「はい……! ありがとうございます、プロデューサー!」

 こうして私は……『無冠の女王』は、青い薔薇の花束を抱えた『シンデレラガール』になった。『夢かなう』瞬間を味わうことが出来たのだ。

End

以上です。

総選挙お疲れ様でした。ようやく楓さんがシンデレラガールになれましたね。楓さん、楓Pの皆さまおめでとうございます!

私の担当の『神谷奈緒』は15位、『佐藤心』は残念ながら圏外と言う結果になりました。
応援をしていただき本当にありがとうございました。
来年こそは『シンデレラガール』目指してより頑張ってくれると信じています。

それではお読み頂ければ幸いです。依頼出してきます。

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