三船美優「サイレントマジョリティ」佐藤心「ノイジーマイノリティ」 (55)


「ふぅ……」

1人だけのレッスンルームに、息を吐く音。念のために説明させてもらうが、深呼吸だ。溜め息ではない。
"レッスンが終わった後も自主練習をしている"と表現すれば聞こえはいいが、その実、そこまで素敵なものではない。例えるなら、テストで赤点を取ってしまい補修をしているとでも形容しようか。
……いや、流石にその表現も極端か。

「次回はこのステップの復習から始めますね」

というトレーナーさんの言葉を受け、不安だったから念のため確かめていた。その程度だ。



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ステップについては大丈夫だろう。そもそも、まだアイドルになってから何か月も経っていない。トレーナーさんだって、見るからに動きが鈍い自分にそこまで多大な期待を寄せてはいないだろう。
息を整えようと壁に寄りかかり腰を下ろす。
なるほど、OL時代には思いもしなかったのだが、スポーツドリンクというものは運動後に飲むと美味しい。

さて、息が整い、ダンスについての不安も、まあ薄れた。そうなると、胸の内から新たな不安が顔を覗かせる。

「私は何をしているんだろう」

人並みで、普通で、平均的な人生を送ると思っていた。
勉強をして高校に行って、勉強して大学に行って、就職して、恋をして、結婚をして仕事を辞めて。
上手くいっているつもりだった。でも躓いた。躓いていた。
与えられたものを消化するだけの人生に意味なんてないって、プロデューサーさんに気付かされて。アイドルになろうと言われて、初めて。

決断した。


高揚感はあった。今までの、敷かれていたレールの上を歩くだけの、相手が望むであろう選択肢を選び続けていただけの生き方にNOを突き付けたのだから。
しかし、こうして、ふと我に返る時がある。
果たしてこの努力は実るのだろうか。この努力に意味はあるのか。
答えなんて出るはずがない。結果がわかるのなんて、まだまだ先のことなのだから。
きっと、本当に意志のある人はこんなことは考えず、がむしゃらに夢へ走り続けることができるのかもしれない。
でも、自分はそうではない。いつだって不安でいっぱいだ。自分の行動は正しいのか。周囲から浮いていないだろうか。

自分はちゃんと

"多数派にいるだろうか"


~~~~~


この日はオーディションがあった。
テレビドラマの、小さな役。しかし、しっかりセリフもあり、中盤の3話くらいに連続して出演できるらしい。
恋に悩む主人公の相談を受ける、会社の先輩という役柄。つまりOL役だ。
もちろん、プロデューサーはそのあたりを考えてこのオーディションを回してくれたのだろう。踊りや歌に自信はなくとも、演技なら。トレーナーさんに褒めてもらうことも最近では多くなっている。
……お世辞でないことを祈ってはいるのだが。


「8番、三船美優です」

落ち着いて。落ち着いて。
自分に言い聞かせ、セリフを読み上げる。
審査員の方々の反応も悪くないようだ。
緊張も、上手く役に入り込むことで、少しずつ消えていくように感じられた。

与えられたセリフを、演技を終えて、一礼。席へ戻った。
周りから見て、今の演技はどうだったのだろう?
不安な気持ちを認めつつも、とにかく凛として座っていようと心掛けた。

さて、自分の番が終わり、少し心に余裕ができたのか、周りの様子が視界に入ってくるようになった。
やはり、役柄が役柄だ。皆、落ち着いた雰囲気を醸し出している。願わくば、自分もそう見えていればいいのだが。


もう少し、自分より後に演技をする人の並びを横目で見ていると。

(……え?)

なぜ開始前に気が付かなかったのだろう。いや、もちろん緊張していたからに他ならないのだが、それにしても。
明らかにこの場にそぐわない、金色……いや、クリーム色だろうか、の髪が目に飛び込んできた。
よく見れば衣装もなんだかおかしい。この役の説明を受けて、あんなパステルカラーのフリフリが付いた服を選ぶ人間などいないだろう。
……目の前にいるからこそ、美優は混乱しているのだが。

いったいどんな人なのだろう。と、美優が興味を持つのと、彼女の出番が回ってくるのはほぼ同時であった。

「はぁ~い♪ 12番! アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆ さとうしんことしゅがーはぁとだよぉ☆」

空気が、凍った。


もしかして、自分は受けに来るオーディションを間違えてしまったのか?
そう思ってしまうほどに、前述の女性は自信満々に自己紹介を終わらせ、セリフの読み上げに入った。

「や~ん♪ 悩みがあるならぁ、このはぁとに相談してもいいんだぞ☆」

「うんうん、大変だったね~、お姉さんの胸でお泣きな☆ ……おい、逃げんな☆」

「今がチャンスだぞ☆ 告っちゃえって♪」

「やっぱり、こういう時は」

「す、ストップ! さ、佐藤さん、もう結構です。お座りください」

「え~? はぁとの真骨頂はここからだぞ☆ あ、一人称はちゃんと役名に変えるから、そこは気にしないでも」

「お座りください」

「ぶ~。……よっこいせっ」

審査員は呆れたような顔を隠そうとしない。他の参加者からは苦笑が漏れている。
しかし美優は、いつしか彼女、佐藤心から目が離せなくなっていた。


「では、以上でオーディションを終了とします。結果は事務所を通じて後日ーー」

いつの間にか、最後の参加者の演技をもって、オーディションは終わっていた。
それでも、他の参加者が続々と部屋を後にするタイミングになっても、美優は心を見つめていた。

「お?」

視線に気が付いたのか、こちらを向いた心と目が合ってしまった。慌てて目を伏せるものの、どうやら遅かったらしい。

「お疲れ様ぁ~♪ はぁとの魅力に、釘付けってカンジ? う~ん、でも、はぁとにそっちのシュミはなくって……え? 違う? テヘ☆」

「え……あ、す、すみません」

「謝らなくっていいんだぞ☆ はぁとが誰かをメロメロにしちゃうのはいつものことだ・か・ら♪」

「……あ、あの」

「ん? どうした? 聞きたいことがあるならなんでもござれ☆」

「オーディション……間違えてませんか……?」

「あ?」


言ってから気が付く。これは失礼だ。余りにも。

単純に、疑問を言っただけだった。
普段の美優なら絶対に言わないだろう。普段の、相手の顔色を見て、言葉を選び、慎重に話を進めていた美優だったら。
ではなぜ言ったのかと聞かれれば、それは純然たる好奇心。
とにかく知りたかった。目の前の人間について。
誰もしないような恰好。誰も言わないような自己紹介。誰も予想しないようなセリフのアレンジ。
自分とは真逆の存在について知ること、それはまさに、自分の人生において関わるはずのなかった"アイドル"というモノについて知ることに他ならないのではないだろうか。
そんな期待と恐怖が入り混じっていた。

「ご、ごごごめんなさい……! そういうつもりではなく……」

「募集要項」

「……え?」

「募集要項に、金髪禁止って、書いてあった?」

「い、いえ……なかったかと……」

「フリフリ禁止って?」

「か、書いてなかった……と思います……」

「そゆこと☆」

「……え?」

「じゃ、はぁとはしゅがしゅが星に帰るから♪ ……いや、この設定は流石になしだな☆」

そう言い残して、心は部屋を去って行った。


呆然と会場を後にし、自宅に帰っても、美優の頭の中には、あの異質な存在が支配していた。
彼女は一体なんだったのだろうか。
もしかして、募集要項には隠れたメッセージが書いてあって、あの恰好が正解なのでは?
まさか、本当に宇宙から……?

「……」

疲れているのかもしれない。
その日は、早めにベッドへ潜り込むことにした。


~~~~~


さて、レッスンの日々に戻り、心のことも頭から抜け落ちようかという時、美優に吉報が届いた。
先のオーディション、見事合格を掴んでいたらしい。

(ということは、あの人は……)

と考えたところで、トレーナーさんから演技レッスンを増やす旨が告げられた。
今回の仕事を踏み台に、少しでも関係者の目に留まってくれれば、ということなのだろう。


あっという間に撮影の日はやってきた。
役柄上仕方がないことではあるが、衣装はOL風のもの。袖を通す際に少し、嫌な気分が胸をよぎった。
それに加えて、初めての撮影現場。見るからにこの世界で長そうな方から、歳は下でも自分より落ち着いた人まで。

平たく言おう。緊張していた。

台本は何度も、何度も確認したはずだ。もともと口数の多い役ではない。
選んでもらったのだから、期待に応えなくては。周りの期待に。求められているものを。

「続いて、〇〇役の三船美優さんです! お願いしまーす」

スタッフさんが紹介してくれる。

「あ……お、お願い……します……」

小さな小さな声を誤魔化すようにお辞儀をして、せりあがってくる緊張に向き合う時間がやってきた。


ドラマ撮影の現場というのは、とにかく目まぐるしい。邪魔にならないようにと端に立ち、全体を眺めてはいるものの、何も頭に入って来てくれない。
そうこうしている間に美優の出番がやってきてしまった。
思えば、今までの人生でここまで他人から注目を浴びることがあっただろうか。
何かを代表して前に立ったことなど一度もない。見られないように、目立たないように生きてきたのだから当然だ。

声が出ない。

突然、後悔がこみ上げてくる。

ああ、やっぱり自分はアイドルになんてなるべきではなかったのだ。
こんな少しの役の演技だけで、こんなにもいっぱいいっぱいなのだから、例えばライブなんてやることになったら……。
汗が滲む。手が震える。

訝しんだスタッフが止めようとした時、その声が響いた。


「あるぇ~? はぁとの役はまだ? ねえねえ! あ! 真打は遅れて来るみたいな? 待ってろよ☆」


その場にいた全ての人間の視線が、彼女に注がれる。
当の本人は涼しい顔だが。

「~♪ あ! 続けちゃって~?」

なぜ? なぜ?
美優がここにいるということは、彼女はオーディションには受かっていないはずだ。
しかし今、美優の耳が間違っていなければ、"はぁとの役は"と言っていた。
役があるということは、どうにかして、掴み取ったのか。やはりあの恰好は勝算があったのか。

「あなたはオーディションで落ちたので、役はありません! お帰りください!」

「……え?」

スタッフの声に、誰より先に、美優が声を出してしまった。

「そんなこと言うなよ☆ エキストラとかあるだろ☆ ……え、ない?」

辺りもザワついている。
というか、今のやり取りは本当なのか。本当に役があるわけでもないのにやってきたのか。
そう美優が悩んでいる間も、心とスタッフの言い争いは終わらない。


(あっ……と、とにかく……)

「す、すみません」

「お?」

「え?」

たまらず声をかけると、心とスタッフが振り向いた。それだけではない。心に向けられていた視線が、また美優に戻ってくる。
だが、今は声が出そうだ。

「そちらの方、私の友人でして……、見学だけでも……」

「あー……、そーそー♪ そっちのベッピンさんに免じて……な?」

"見学"という言葉に一瞬ムッとした表情を見せた心も、このままだと追い出されると思ったらしい。こちらの言葉に乗ってきた。
ああ、そういえば面と向かっては名乗っていない。おかげで三人称が"そっちのベッピンさん"などという奇妙なものになってしまった。

「そう仰るなら……」

なんとか、撮影に戻ることができた。時間が押しているらしく、そのまま美優の撮影が始まり、特に問題なく、終えることができた。


「……あれ?」

"問題なく"?

いや、自分はさっきまで、とても撮影などという状態ではなかったはずだ。記憶が正しければ、アイドルになったことを後悔すらしていた。
それが、いつのまにやら、撮影を無事終了させている。
監督さんも、スタッフさんも、満足気な表情で労いの言葉をかけてくれた。

(……まさか)

その可能性が浮かぶまで、長く時間のかかる美優ではなかった。
いくらなんでもタイミングが良すぎる。それに、役がないのにあのタイミングで声を出すはずがない。
ああ、そうか、心は自分のことを気遣ってくれたのだ!


「え? 電車が遅れてて、あのタイミングで着いちゃっただけだぞ♪ まさか撮影が始まっていたとは、はぁと予想外☆ てへ☆」


感謝の気持ちを伝えようと駆け寄った美優に対し、心のセリフは実にあっけらかんとしたものだった。


「あれあれ? もしかして美優ちゃん、"私のためにわざわざ……"なんて思っちゃった~? そういうの、嫌いじゃないぜ☆」

「い、いえ、そ、そういうわけでは……なくて……」

声が小さくなっていくのは、まさに図星だったからに他ならない。

「あ、あの、それより、佐藤さんはどうしてここに……」

「え~? またそういう質問かよ☆ さては美優ちゃん、はぁとに惚れてるな☆」

「え? い、いえ……」

「ばっきゃろ☆ そこはウソでも頷いとけ☆」

「は、はい……?」

「ってか佐藤ってのやめろ☆ せめて心ってな?」

「わ、わかりました……し、心さん……?」

掴めない。掴めない。掴めない。
この人の真意はどこだ。この人の期待する返答は何だ。普通はどう答えるのか。

「で、来た理由? んーとね~。ま、"オーディションに落ちた現場に行っちゃいけない"なんて法律はないから。かな☆」

……わからない。


「でもでも~、期待してたおこぼれはないのかな☆ 帰ろっと☆ んじゃね♪ ……あ、美優ちゃん、オーディション通過おめでと♪」

またもや、こちらが唖然としているのをよそに、心は目の前からいなくなっていた。

「……あれ? 名前……」

どこまで自分を悩ませるのだろう。
と思いながら。美優も現場を後にした。


~~~~~


いくらか時間が経ったある日、事務所のPCを借りて、調べてみることにした。
どうやら、あの佐藤心という女性は、美優と同じ年齢のアイドルらしい。
派手な格好と高めの声で、自分よりは年下に見えたのだが。

出演情報……は、あまり多くない。所属事務所も、そこまで大きなところではなかった。

"気にならない"と言えばウソになる。しかし、また会いたいかと聞かれれば……。

と、考えたところで、部屋にプロデューサーと、女性が入ってきた。

(あの方は確か……モデル部門の部長さん……?)

プロデューサーの顔はあまり明るいものではない。
美優の胸に一筋、陰りが走った。


「モデル部門への異動……ですか?」

なんでも、この事務所は近々、モデル部門の強化を図るつもりらしい。
アイドルという業界全体が近ごろ不振気味で、タレント部門やモデル部門の方が使いやすいという業界の流れもあるようだ。
そこで美優に白羽の矢が立った。

幸い、あくまでもこれは"提案"であり、この瞬間に即決する必要もないということなので、考える時間をもらうことにした。
アイドルよりはモデルの方が、自分には合っているだろう。それは間違いない。
しかし、それでも、最近は歌や踊りにも慣れてきたし、人前に立つのも……断言はできないが。
なにより、自分をこの世界に導いてくれたプロデューサーとは離れることになる。それは辛い。
だが、モデル部門直々の誘いだ。これは会社の意向ということだろう。
期待されているのなら応えたい。なにもプロデューサーと一生会えなくなるわけではない。

揺れていた。
優柔不断な、即断即決という言葉の裏側に生まれてきてしまった自分を呪いながらも。


「……どうしましょう」


「お? 美優ちゃん、悩み事かい☆ 悩みがあるならぁ、このはぁとに相談してもいいんだぞ☆」


「……え?」


その声を聴いた瞬間、まず美優は、自分のいる場所を確認した。
当然ここは事務所のアイドル部門の部屋。間違いない。
そして振り返り、その対象を視認した。
頭に浮かぶ顔と一致するかどうか、いや、一致してしまうだろう。このセリフには聞き覚えがある。もちろん、声にも。


「はぁ~い♪ アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆さとうしんことしゅがーはぁとだよぉ☆」


ダメだ、理解が追い付かない。思わずプロデューサーを見ると、目を丸くしていた。
……アポなしらしい。


「ま、そんな顔すんなって☆ ここ、座っても?」

「は、はい……」

「いや~、ウチの事務所、アイドル部門、なくなるんだってさ☆ はぁと困っちゃう♪」

「……はい?」

その軽い口調からは想像できないような話が、心の口からは飛び出してきた。
いや、ついさっき、"アイドルという業界全体が近ごろ不振気味"という説明を受けたばかりなのだからおかしな話ではないのだが。

「だからさ? はぁとを、雇って?」

「わ、私に言われても……」

「おっと、失敬失敬♪ ……"失敬"ってアイドルっぽくないな☆」

そう呟きながら、心はプロデューサーの方を向いた。

「お願い☆ はぁとを雇って? なんでもするぞ☆ ……裏工作とか☆」

プロデューサーは返答を迷っている。当然だ。こちらの事務所だって、アイドル部門を縮小しようというタイミングで、他事務所のアイドルを拾うだなんて。
すぐに返答が帰ってこないことを察してか、心は美優の方へ向きなおした。

「で、美優ちゃんは何に悩んでたのかな?」

「い、いえ、心さんに話すようなことでは……」

「つれないぞ~? これから一緒にアイドルとして頑張っていくんだから☆」

「アイドル……」

「お?」

「アイドルじゃ……なくなるかもしれません……」

「……どゆこと?」

「あっ……い、いえ、なんでも……」

「そんな気になるとこまで言っといて"なんでも……"はズルだろ☆ ほらほら~」

ここから逃げることはできないだろう。観念して、美優は心に、大まかな状況を話すことにした。


「やっぱり、どこもアイドル部署は大変なんだな☆」

「そのよう……ですね……」

「で、どうすんの?」

「……」

「……」

「やはり、会社直々の指名ですから……、モデル部門に……」

「ふーん? それが美優ちゃんの意志?」

「……え?」

「いやいや、"え?"じゃないだろ☆ 会社の意向とかじゃなくてさ☆」

「私の……意志……?」

「そそ♪ だって、人の意見で自分の道を決めるなんて、アホらしくない? 今までだって、そうじゃなかった?」

「今まで……? いえ、考えたことも……」

「は?」

「え?」

「いや☆ あるだろ☆ "ああ、アイツの言うことなんて聞かなきゃよかった!"とか"ほら、自分の言う通りにしてよかっただろ"とかさ☆」

「……いえ……一度も」

「おおう……マジか……。思わずはぁともドン引きだぞ☆」

……引かれているらしい。
なぜ? なぜ? なぜ?
私はおかしいのだろうか。いや、そんなはずはない。目の前の、奇怪な格好に身を包んだ奇特な人間の方がよっぽどおかしいはずだ。
なのに、それなのに、彼女のセリフには得も言われぬ重みがある。
それでも、反論をせずにはいられなかった。


「で、ですけど……っ」

「ん?」

「わ、私だって、あ、アイドルになろうと思った時は……決断……自分で……しましたし……」

言ってから気が付いたが、話の流れとしては、全く噛み合っていない。
美優は単純に、"何も決められないお子様"と思われるのが嫌なのだ。自分は大人として、決断をしたことがある。それを言いたくて仕方がなかった。まるで子供のように。

「ふーん? いいじゃんいいじゃん☆ いきなり事務所に飛び込んで、"アイドルにしてください!"って言ったとか?」

「え? ……い、いえ、プロデューサーさんに、声をかけていただいて……アイドルにならないか……と」

「……おいおい☆ それじゃ、選択肢は出してもらってるじゃんか☆ それは決めたんじゃないぞ? 選んだって言うの♪」

「……!」

ああ、なんという嫌な気分か。
今まで、並べられた選択肢から、周りが喜びそうなものを選ぶだけの人生だった。
"アイドルになる"という決断は、それまでの生き方に一石を投じたと思っていた。
違う。選んだ選択肢の刺激に酔っていただけだった。心の言う通りだ。誰にも、何も言われずに、アイドル事務所の門を叩いたなら、それこそ文句のない"決断"となるのだろうが、そうではなかった。


「……やっぱ、美優ちゃんってはぁとの思った通りだったわ☆」

「……どういう……意味ですか」

聞きたくない。この人の言葉は、容易く自分のこれまでを否定してきそうで。
でも聞きたい。この人の言葉は、弱い自分を変えてくれそうで。


「美優ちゃんさ」


「何をしていいか、なんて見ないで、何をするべきか、だけ見てそうだよね」


「……」

「あん♪ 図星かな♪」

……声が出ない


「いいこと教えてあげる♪ この世って、"ダメ!"って言われなきゃ何をやってもいいんだぞ☆」

「何を……?」

「うんうん、OL役のオーディションに金髪で行っても、落ちた撮影に遊びに行ってもね♪」

「でも……」

「意味があるのかって? わかんないぜ☆ もしかしたら、審査員が金髪大好き! とか、急に代役が必要になった! とか☆ チャンスって、そうやって掴むモノなんじゃないの♪」

「そ、そんなの、普通じゃ……」

「うん、普通じゃないよ? 知ってる知ってる☆ 美優ちゃんの感覚の方が普通だから安心しな☆」

"普通"と言われ、少し安堵している自分に嫌気を感じる。この期に及んで。

「でも、はぁとは普通のアイドルなんてまっぴらゴメンなの! 黙ってても勝てないの! だから、チャンスを見つけに走り回るの!」

「……」

「チャンスの前髪をグワァって掴んでー☆ 絶対に離さない! そうやって、みんながはぁとを見つけるまで暴れまわってやる☆」

そうか、自分が初めて心を見た時に、目が離せなかったのは、その覚悟や信念に対してだったのだ。
誰かにやらされるのではなく、自分で決めて、走る。
自分自身がおかしくて、変で、少数派であることなんて全部分かったその上で。


「ってわけでぇ……」

心がプロデューサーの方を再び向く。

「はぁとを雇ってくれ☆」

今の心の信念が響いたのは美優だけではない。気が付くと、プロデューサーは美優を見ていた。


これだって、決断ではない。モデルか、アイドルか、与えられた選択肢から選んだだけに過ぎない。
それでも、後悔することになろうと、この瞬間だけは、美優の口から、その選択を届ける必要があった。

「私も……私もアイドル、つ、続けます……っ!」

「……うん♪ よく言ったな☆」

何故か誰よりも満足気な心。少し前までの美優なら、"この展開を予見して……?"などと考えていたところであるが、それは違うようだ。
彼女は、可能性に対して足を止めないだけ。だから今、掴んだ。アイドルとしての道を。途切れそうになったその道の続きを。


~~~~~


日常というものは、選択の連続だ。

眠い朝、今起きるか5分の惰眠を貪るか。
昼食はAランチを頼もうかBランチを頼もうか。
電車で本を読もうかスマホをいじろうか。

そんな些細な選択の連続だ。

心と行動を共にすることが多くなった美優は驚く。自分の選ぶ選択肢と、心の選ぶ選択肢が、絶対に重ならないのだから。
選ばれにくいものをわざと選んでいるのではなく、彼女の信念が、見苦しいほどの執念が、世間一般の大多数が選べないものに手を伸ばす。
だから人々は嗤う。眩しくて直視できないから。
だから人々は忌避する。羨ましいから。
自分たちはそこまで真っすぐにはなれなかったから。


(あっ……)

数メートル先にある青信号の点滅を捉えた美優は、思わず歩みを緩める。

「おっ♪ 赤になっちゃう☆ いっそげ~☆」

同じ風景を見ているはずの心は、全く反対の行動を選択した。……美優の手を掴んで。

「きゃっ!」

「ぎりぎりセーフ☆」

「い、いきなり引っ張らないでください……」

「え~?」

「撮影の時間まではまだあるんですから……」

「まあまあ☆ 余った時間で語り合おうぜ~?」

「もう……」


心が事務所に加入して早数か月。美優は、小さなライブをこなすまで成長していた。
アイドルとしても知名度が上がり、その容姿から撮影の仕事が増えている。
……なにやらセクシーな衣装が増えているような気がするのはきっと気のせいだ。仕事の母数が増えただけだ。きっと。

心も、熱狂的なファンをどんどん増やしている。そもそも移籍してきた時から、ライブ等は何度もやっているらしい。

「その筋では大人気なんだぞ☆」

と言って舌を出す心に対して、

「どの筋ですか……?」

と聞いてもはぐらかされるだけかもしれないが。


この日は、美優のグラビア撮影が予定されていた。心はオフのはずだが、前述のように、美優の手を引いて点滅する信号を駆け抜けている。
つまり、また"おこぼれ"を狙っているのだ。
個人での仕事だって増えているのに、いつだって心はチャンスの気配を逃さない。
もはや、美優の仕事について行く心の姿は恒例となっていた。

そんな心の姿勢を見つめる美優の目は、いつの間にか……いや、やってきたその日から、憧れと形容する以外には難しい。

自分と反対だからこそ目を離せない。
自分と反対だからこそ、憧れと、諦めも。


(もう夏なんですね……)

撮影用に用意された水着を着た美優は、目まぐるしい日々のせいで失われた季節感を取り戻すように呟いた。
あまり際どい水着ではないことは救いかもしれない。

(以前に際どい水着の撮影だった時、プロデューサーさんをずっと睨んでいた甲斐があったのかもしれません……)

なんて考えている美優の口には、自然と笑みがこぼれていた。
自覚はなくとも、美優は随分と強かになっているのだが、本人は気が付かない事だろう。

「休憩入りまーす!」

スタッフの声で、緊張感が少し、緩和された。無事にここまで撮影をこなしたことに安堵しつつ、カメラの前から離れていく。
パーカーを羽織って休憩スペースへ戻った美優だが、そこにいるはずの心はいなかった。


(あれ?)

少し見渡したところ、何かスタッフと話をしている心を見つけることができた。

「あの方は……」

そうだ、あの人は、今回グラビアを載せる雑誌の編集部の人だ。記憶が正しければ、編集長とまではいかずとも、それくらいの立場であったはず。
心はその人に直接営業をかけに行っている。

(心さんったら……)

見慣れた光景だ。が、案外あれが仕事に結びつくことも少なくないのだから馬鹿になどできない。
心の売り込みを邪魔しても仕方がない。休憩後の撮影に向けて集中しよう。

……そう思っていたのだが。


「しつこいぞ!!!」

大きな声に、美優のみならず、一斉にそちらを向く。
しかし、言われた本人は、眉を1つとしてしかめない。

「い・け・ずぅ☆ ほらほら♪ はぁとだってダイナマイトなぼでぃなんだぞ☆ うるさくってもぉ、写真なら関係ナシ☆」

「聞こえなかったのか! お前のようなイロモノに時間を割いているヒマなどない!」

「やぁん☆ しんらつぅ♪」

「もういい歳だろうにそんな恰好、恥ずかしくないのか! お前なんぞに需要などない! 帰れ!」

「ぶぅ~☆ はぁとにだってファンはいるんだぞ☆」


「ならそのファンもイロモノだな。ファンとやらの親も、お前の親もお前の周りも可哀想でならない。せいぜいお情けで活動を続けるんだな」


男性はそう言い残し、心に背を向け去って行く。
心が"お手上げ"のポーズをしながら美優のところへ戻ろうとするのと、立ち上がった美優が心の方に歩き出すのは同時だった。


「あ、美優ちゃん、心配してくれてるの♪ いやあ、けんもほろほろってやつかな☆ ……あれ? ほろろ? まいっか☆」

「……」

「それより、前半の撮影、超セクシーだったぜ☆ 後半もがんば……あれ?」

「……」

美優に声をかけつつ近づく心。しかし、美優の目は心を捉えてはいなかった。

「……何がわかるんですか」

心の数センチ横を素通りしながら、美優は何かを呟いている。

「……あっ、コレ、やばいやつ」

その迫力を、心には止められなかった。


「あなたに……心さんの何がわかるんですか!!!」


「あ?」


"反論する"だなんて、今まで、一度だって考えたことはなかった。
意見がぶつかれば自分のものを撤回した。
相手の意見に納得がいかなくても黙っていた。

今まで選ばなかった選択肢を創った。選んだ。
自分のためではない。もっと、大きなもののために。

怖くはなかった。だって、きっと反対の立場なら、心は怒ってくれただろうから。

「み、美優ちゃーん? はぁとなら平気だぞ……?」

「わ、私が平気ではないんです! 撤回してください!!」

「お前はあのイロモノの肩を持つのか?」

「そ、その発言も撤回してください! 心さんは……」


「心さんは、アイドルです!!!」


冷静になった美優が、"撮影はどうなるんだろう""口喧嘩なんてしたことがない"と慌てるまで残り数秒。
男性は、つまらなそうに舌打ちをして去って行った。

「……あっ」

急に緊張から解き放たれた美優が床にへたり込む。
と、同時に心が体を支える。

「あ、ありがとうございます……心さ……」

見ると、心は顔を背けていた。

「無茶……しすぎだっての☆」

少し声が震えているような気もするが、気のせいということにしておこう。

「ですが……」


「"仲間を馬鹿にされて反論しちゃいけない"なんて、どこにも書いてません……よね?」


若干、空気には緊張感が残っていたが、撮影は無事に終わらせることができた。

「お疲れ~♪ さいこーだったぜ☆」

「ありがとうございます。……あの、さっきは……」

「よし☆ 打ち上げ行くか♪」

「えっ?」

「ほらほら☆ こういう日は飲むに限るっての☆」

心が美優の仕事について行った帰りに、2人で打ち上げを行う。これも恒例となっている流れだ。

「そ、そう……ですね」

「じゃ、いつもの居酒屋に」

「あ、待ってください……!」

「おろ?」

「あの……最近、料理を勉強していて……」

「ふんふん☆」

「た、たまには……私の……部屋で……なんて……」

「おお☆ まさかの美優ちゃんから宅飲みのお誘いとは♪」

「どうでしょう……?」

「もちのろん♪ それなら潰れても問題ないな☆ 飲むぞー!」

「あ、つ、潰れるのは流石に……」

「じゃあ、美優ちゃんを潰しちゃうぞ☆」

「ええっ!? そ、それも……」

「じょーだん☆」

「冗談に聞こえませんでしたけど……」


掴めないのは相変わらずだ。しかし、少し、ほんの少しだけ、わかってきた気がする。


~~~~~


「おらぁ~……! はぁとの酒が飲めねえのかー……」

「し、心さん~……」

この展開は、"案の定"と呼ぶべきなのだろうか?
美優の部屋で飲み始めた2人だが、とにかく心のペースが早い。
それにつられるように、美優もいつもより酔いが回っていた。

「まったくよぉ~ はぁとはイロモノじゃないっつの~☆」

「そうですよね……、心さんは立派なアイドルなのに……」

「でもでも~、美優ちゃんが"てめぇふざけんな!"って言ってくれて、……嬉しかったぞ☆」

「い、言ってません……」

「美優ちゃんも強くなって……ぐすん☆」

「な、泣かないでください……」

「いや、どう見てもウソ泣きだろ☆」

「でも……」

「ん?」

「私を強くしてくれたのは、……心さんです」


酔っているからだろうか。いつもなら言わないことが、言えないことが、言える。

「心さんは……私のアイドルです」

「おう……照れるぞ☆」

「本当に……感謝しているんです……言いたいことを言うって、とっても難しくて……。心さんが私に勇気をくれるんです。"そんなんじゃダメだ"って。最近では、"心さんならどうするだろう"って考えたりするんですよ。……なんて、おかしいですよね」

「……」

「……心さん?」

「歳をとると……涙もろくてなー☆」

「な、なにか失礼なことを……」

「ちゃうわ☆ そ、そんなこと言うなら美優ちゃんだって!」

「え?」

「あのオーディションの時から、コイツすげぇな☆ って思ってたんだぞ☆」

「そ、そんな……」

「この際だから言っちゃうけどな☆ はぁとも美優ちゃんみたいに、素で綺麗に生まれてたらこんなに必死にならなくてもよかったのに! とか、普通にしてるだけでファンがたくさんできるのすごいなとか!」

「え? え?」

「美優ちゃんは凄いのに! なんで自信ないんだよ☆ ズルだ! この美人!」

「で、でも、私のライブとか……心さんみたいな空気にはできませんし……」

「……」

「……?」

「……あのね?」

突然、心の表情が真剣なものになる。
何か、自身の根幹に触れるかのような雰囲気を纏いながら。


「はぁとは……はぁとのファンは、少数派なの」

「……で、でも」

「当たり前でしょ? 普通とは遠い道で、必死にかき集めたファンだもん」

「……」

「でも、……いや、だからこそ、大きな声をあげるんだ☆ "ここにいるぞ!!!"って」

「……ここに……いるぞ」

「そ☆ 上等だっての☆ 初めから一般ウケなんて知ったもんか! はぁとは、はぁとを見つけてくれたファンと一緒に叫ぶの☆ ノイジーなマイノリティを、それを率いるはぁとを、誰に止めさせるものか!!! ってね☆」

「やっぱり……」

「お?」

「カッコいいです……心さんは……」


「……」

「……え? し、心さん?」

心が美優を見つめている。少し、睨むような眼で。

「ど、どうしたんですか……?」

「美優ちゃん」

「は、はいっ」

「騒がしい少数派って、絶対勝てない相手がいるの」

「……?」

「それはね、騒がしい多数派。……美優ちゃん、この前の事務所合同ライブのアンケ、見た?」

「い、いえ、見てないです……」

「あれね、一番満足度高かったの、美優ちゃんだよ」

「……え?」

「はぁとがいっちばん! 会場を盛り上げた自信はあったんだぞ☆ でも、それよりもたくさんの人が、美優ちゃんに酔ってたの」

「私に……」

「美優ちゃんさ……? どうせまだ、心のどこかで"自分なんて"って思ってるでしょ?」

「……」

「だからさ、ファンも声をあげないんだぜ☆」

「……」

「一回、盛り上げてみればいいんじゃない……? アイドルとして、ファンを導いてあげな……って……」

「……心さん?」

「すぅ……すぅ……」


言いたいことは全て言ったのだろう。心は、実に気持ちの良さそうな寝息を立てている。


みんながチャンスをくれる。変わるチャンスを。人生を変えるチャンスを。

いや、これまでだって、そうだったのかもしれない。
掴まなかったのは自分だ。気付けなかったのは自分だ。
だからこそ、今、このチャンスだけは逃せないのだ。
目の前で眠っている、この憧れの存在がくれたチャンスを。

「ファンを……導く……」

1人、現実世界へ残された美優も、心の言葉を反芻するうちに、眠りにつくこととなった。


~~~~~


「お、美優ちゃん、衣装似合ってるじゃん☆ ライブ、頑張ってな♪」

今まさに、美優のライブが始まりそうな時、当然のように心は舞台袖にいた。

「はい。……心さん」

「ん☆ どした?」

「……見ていてください」

「え?」

その言葉を放った美優の顔に浮かんでいたのは、今までにないような、決意。


喋ることは苦手だ。MCなんて、何を話せばいいのか分からない。
歌さえ届けばいいと思っていた。ファンだって、それを心待ちにしていた。

でも。

今の美優には、届けたい言葉がある。
驚かせたい人がいる。

手にした、小さな勇気と自信がある。

ステージの中央でスポットライトを浴びる美優。
曲はかからない。マイクを手に取る。

三船美優の舞台が、始まる。


すぅ、と息を吸い込む。

そして、放つ。


「みなさん……」


「これから先、何があっても」


「ずっと……、ずっと!」


「私の傍に……」



「私の、隣にいてください!!!」



普段の、三船美優というアイドルからは想像もできないようなその言葉は。
会場を、観客を、スタッフを、仲間を、その全てを巻き込み、その全てに向けられた、情熱的なその言葉は。
一瞬の静寂の後に。

爆発を引き起こした。



笑顔で歌を歌い、ダンスを踊る美優。

その耳に

「……あんなんズルだって☆」

という呟きは聞こえていないだろう。





おわり




ありがとうございました。



普段はコメディ書いてます。



過去作


智絵里「茄子さんと行く!」朋「LackLuckの!」ほたる「開運ツアー!」

堀裕子「なんでも増えるーむ!」

【アイマスSS】桜庭薫「手品同盟?」真壁瑞希「ふむふむ」堀裕子「サイキックです!」

渋谷凛「何かお話を」本田未央「書いてみたい?」


などもよろしくお願いします

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