喜多見柚「多くは望まないカモ♪」北条加蓮「私、欲張りになったね」 (284)

――まえがき――



後半は「第5回シンデレラガールズ総選挙」を取り扱ったお話です。ご理解の上お進みくださいませ。



「にぱゆる」シリーズ、続きます。
第3話/全5話。喜多見柚編。

北条加蓮「何してんの?」相葉夕美「こっちこっちっ」(完結済み)
北条加蓮「何してんの?」相葉夕美「こっちこっちっ」 - SSまとめ速報
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相葉夕美「ありすちゃんには……ニチニチソウかなっ」橘ありす「ニチニチソウ?」(完結済み)
相葉夕美「ありすちゃんには……ニチニチソウかなっ」橘ありす「ニチニチソウ?」 - SSまとめ速報
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イマココ)喜多見柚「多くは望まないカモ♪」北条加蓮「私、欲張りになったね」

橘ありす「子供扱いとか、しなくていいですから」高森藍子「ありすちゃん……」
高森藍子「今日はどこに行こうかな?」喜多見柚「遊びに行こうっ!」


※ここから読んでも大丈夫で原作無視まみれで相変わらず短くないです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1494223481

「柚の思い出(0)」


――回想・ある雪の日の公園――

『……? だれ?』

プロデューサーだよ。アイドルの。

『へーっ、アイドルのプロデューサーなんだっ』

『え?』

『プロデューサー? ってことは、スカウト? ……柚を?』

そう。君をスカウトしたいんだ。

『えっ、えっ、アタシを!? え、あのっ、アイドルってあのアイドル……だよね?』

『わーっわーっ!? すすす、スカウト受けちゃった!? アタシが!?』

『……あ、でも』

『アタシ、なんにもできないよ? 歌とか音痴だしみんなに笑われるし、ダンスとか全然やり方知らないし。可愛くなんてないし』

大丈夫だよ。練習すれば、すぐにできるようになるから。

『……アタシ、すっごく頑張ったりとかもできないよ?』

頑張ることだけが、アイドルじゃない。

『そなの?』

アイドルは、楽しいよ。

『……楽しいの?』

すごく楽しいよ。せっかくのクリスマスイブなのに、君がすごくつまらなさそうにしていたから、声をかけたんだ。

『う、うん。楽しいことないなーって思ってた、けど……』

どう、やってみないかい?

『ホントっ? ……そんなに、楽しいの?』

あぁ。約束する。

『そっかー』

『……そっか』

『じゃあ……アタシやってみるっ!』

ありがとう。

『へへっ。アタシは喜多見柚! いっぱい楽しいことを探してるんだっ』

『アイドルはよく分かんないけど、せっかくスカウトも受けちゃったし。いっぱい楽しむぞーっ』

うん。一緒に楽しもう。これからよろしくね、柚ちゃん。

「ある朝に」


――朝・喜多見柚の家――

……。

…………。

<どたどたどた!

柚「ちこくーっ! 今何時っ!? ギャー8時! 8時!? 予定何時だっけ!?」

柚「お、おかーさん! なんで起こしてくれなかったのー!」

<起こしたわよ?

柚「ぐぬぬっ。朝ごはん食べてるヒマないーっ! えとっ、今日の予定っ、今日の予定は!」

柚「……アレ?」

柚「あっそっかー! 今日の撮影はお昼からだった! 9時から取材ってのは昨日のことだった!}

柚「ってことでー、おかーさん、朝ごはん!」

<はい、柚。しっかり噛んで食べなさい

柚「やたっ! いただきまーす!」モグモグ


……。

…………。

柚「んーんんー。……面白いテレビないなぁ。まだ早いけどー、事務所に行っちゃお!」

柚「おかーさん、アタシ事務所に行ってくるね! お土産、期待してていーよ!」

<はい、期待して待ってるわね

柚「へへっ。今日は何系でいっちゃおっかな。お菓子系? グッズ系? でもなー、小道具っていうのも捨てがたいっ」

<……。

<柚

柚「なにー?」

<柚は、いつまでアイドルを続けるつもりか決めてる?

柚「……??」

<いつもみたいに、やーめた、で済む問題じゃないから
<アイドルが急に辞めたら迷惑をかけるでしょ?

柚「やめないよっ。だってアイドル、楽しいモン!」

<どうだか

柚「今回は絶対だよっ」

<毎回そう言っているでしょ?

柚「そ、そうかもだけど、今回はホントにホントなの!」

<だと、いいけどね

(作者です。修正という程ではありませんが>>4の最初の柚の名前表記は「喜多見柚」ということでお願いします……)



柚「じゃ、行ってきまーす!」

<はい、行ってらっしゃい



――事務所――

<がちゃ

柚「おはよーっ!」

高森藍子「あ、おはようございます、柚ちゃんっ」
橘ありす「おはようございます。……予定は午後からだったのでは?」

柚「おっ、ありすチャンよく覚えてた! そんなありすチャンに、柚グッズを進呈!」スッ

ありす「ありがとうございます。……これは……リボン、ですか?」

柚「へへっ。柚お手製の髪留め!」

藍子「柚ちゃんの手作りなんですね。わ、可愛いっ」

ありす「……でもこれ、端のところがほつれてしまっているようですが」

柚「なんですと!?」

藍子「あ、本当ですね……。糸がほぐれてしまっています」

柚「ぐぬぬーっ」

藍子「よければ、直してみましょうか? こういう細かい作業は、けっこう得意ですからっ」

柚「ううんっ、アタシがやる! アタシお手製だからアタシが直したいっ」

柚「藍子チャンとはー、いつかコラボる感じで!」

藍子「ふふっ。分かりました」

柚「アタシ、また作り直してくるっ。そしたらまたありすチャンにあげるね!」

ありす「別にいいですよ。……このリボンは、」

柚「失敗作だからいーよっ。捨てちゃお!」

ありす「いえ。せっかく頂いた物ですから、机にしまっておきます」

柚「えーっ。ハズいよ。どうせなら成功したのをとっといてよ! 藍子チャンもそう思わない!?」

藍子「うーん……でも、失敗の積み重ねが、成功の秘訣ですから」

藍子「失敗だって捨てちゃうんじゃなくて、とっておいていいと思いますよ」

柚「……藍子チャンがそう言うならそうしよう! ありすチャンっ、それは捨てちゃダメだよ!」

ありす「はあ」

柚「さてさてー、今日も頑張ろっ!」

藍子「おーっ」

柚「ありすチャンも! 今日も、頑張ろー!」

ありす「え? ……ぉ、おー」

柚「声が小さいぞっ」

ありす「お、ぉー……」

柚「変わってないっ」

藍子「ふふっ」

「柚の思い出(1)」



それは、加蓮サンと出会って少し経った頃のこと。


――回想・柚の通う高校――

柚「LIVEお疲れ様っ。アタシと加蓮サンのコンビもいい感じになってきてるっ。ね、そう思わないっ?」

加蓮「お疲れ様。ようやく柚についていけるようになってきた感じ……。私的には、まだまだかな」

柚「うーん。そっかっ。でも、今日は打ち上げだっ。肩の力を抜いて、まったりしよー」

加蓮「うんっ」

柚「打ち上げってことで、今日は加蓮サンをバド部にご招待! みんないい部員なんだよっ。加蓮サンも、きっとすぐ意気投合できると思うっ」

加蓮「部外者だけど、入っちゃっていいの?」

柚「オッケーオッケー。アタシの学校、そこらへん緩いんだっ。アタシと同じ!」

加蓮「そっか」

加蓮「……なんだか緊張しちゃうなぁ」

柚「え? どして?」

加蓮「初めて会う人って緊張したりしない? 1対1でもそうなのに、今日は柚の部活仲間がいっぱいいるんでしょ?」

加蓮「それに、私って部活とか入ったことないから、雰囲気とか分かんないし……」

柚「部活やったことないの!? それはダメだよっ加蓮サン! すっごく損してるっ」

加蓮「そ、そんなに?」

柚「みんなでお菓子食べて、ジュース飲んで、わいわいして、カラオケとかボーリングとか行ってっ」

柚「そーいうの全然したことないの!? それすっごく損だよっ」

加蓮「……いや、バドミントンは?」

柚「へへっ。ちゃんとやってるよー」

柚「柚スマッシュ!」バッ

柚「こんな感じ! どう? どう? 決まってるっしょ!」

加蓮「なんかビシって感じがしていいね」

柚「でっしょー! ととっ、加蓮サンを案内しなきゃ。こっちだよっ」

……

…………。

(……作者です……>>11の最初の加蓮の名前表記は「北条加蓮」ということでお願いします……)



――体育館――

柚「ってことで、こっちが加蓮サン! アタシのアイドル仲間だよっ」

<こんにちは!
<わ、すごく大人っぽい人が来た……!
<髪きれーい! 肌しろーい!

加蓮「……こ、こんにちは」

柚「どしたの加蓮サン? もっとこう、いつもみたいにビシっとしてていいんだよっ」

加蓮「だって……」

<柚にこんな友達がいたんだ。意外ー
<緊張しなくていいよー!
<アイドル仲間って言った? アイドルなんだー、納得かも

加蓮「……うん。あの、北条加蓮、です――」

柚「カタいカタい! 加蓮サンの代わりにアタシが言っちゃう!」グイ

加蓮「わっ」

柚「アタシが柚でー、」

<知ってるぞー!

柚「う、うっさいっ。今いいとこなの! そんで、こっちが加蓮サン!」

加蓮「いつも通り……。こんにちはっ。加蓮だよ」

柚「オッケー? アタシが柚! こっちが加蓮サン!」

<そっちがアホで、こっちが加蓮さんだね!
<アホと、加蓮さん!
<アホの柚と、美人の加蓮さん!

柚「だ、だれだーっ! アタシをアホアホ言ってるのは!」

加蓮「……ぷ、ぷくくっ」

柚「加蓮サンまで!」

加蓮「あはははっ! んーん、柚の言う通りだ。なんだか緊張してるのがバカバカしくなってきちゃった……!」

柚「……み、見て見て! 加蓮サンだってアホっぽいとこあると思う!」

加蓮「なにおう!? 柚にアホってだけは言われたくないよ!?」

柚「なにおう!?」

<あれ? もしかして、加蓮さんって可愛い系?
<今すごい同い年っぽかったねー
<加蓮ちゃんって呼んでもいい?

柚「おととっ、加蓮サンにも紹介しなきゃ! えと、こっちから――」

……。

…………。

<行くよ! えーいっ!

加蓮「っ、やっ!」ポコン

<たーっ!

加蓮「わ!」ボトッ

柚「加蓮サンの負け!」

加蓮「はー、はー……ちっくしょー。バドミントンって意外とハードなんだね」

柚「普段はゆるーくやってるけど、加蓮サンが来たからかな? 今日はちょっぴり本気モードって感じ!」

<私だってバド部だもん。負けたくないし!
<部長候補の私としては、ここはいいとこ見せなきゃ的な?
<加蓮ちゃん! 次、私と一緒にやろっ!

加蓮「うんっ。じゃあ――」

柚「おっとすとーっぷ! 加蓮サンはね、あんまり体力がないの。だから1回休み!」

柚「代わりにー、アタシが相手するよ! さーかかってこーい!」

<えー、柚が相手ー? いつもやってるのにー

柚「なにおう!?」

柚「……よし決めた! 今からアタシが加蓮サンの門番をするっ」

加蓮「門番?」

柚「加蓮サンと戦いたければ、アタシを倒すことーっ!」

<えー!
<柚だけズルくない!? 私も加蓮ちゃんとやりたいのに!
<空気読めーっ

柚「ふっふっふー」

<でもさ、柚だよ?
<あ、そっか、柚だね
<楽勝じゃん

柚「ちょ、ひどくない!? こうなったらアタシの本気を見てぎゃふんと言わせてやるっ」

柚「実はー、今までのアタシはホンキではなかった的な!」

……。

…………。

<はい私の勝ちー

柚「あっれぇ!?」

加蓮「あーあ、負けちゃったねー」

柚「ぐぬぬぬ……! 明日から猛特訓だっ」

柚「あ、でも、アイドルの練習もしなきゃ。……アタシどーしたらいいの!?」

加蓮「アイドルの練習をやりながら、バドミントンの練習もしたらいいんじゃない?」

柚「おおっ! 加蓮サン天才っ」

加蓮「う、うん」

加蓮「(小声)……ちょっと聞いてみるけど柚って前からこうなの?」

<そうですよー
<柚だし
<柚ちゃんだもんねー

加蓮「そっか……なんだか安心した」

柚「?」

加蓮「ううんっ。じゃ、次は私の番だね!」

加蓮「ふふふっ。実は、私も柚と同じで――」

<!
<ご、ごくっ
<ゆ、柚と同じで……?


……。

…………。

加蓮「バドミントン超苦手ー」バタッ

<あ、柚と同じだ
<同じだね
<同じだったね

<でも、なんか絵になってる感じじゃなかった?
<テニスをしてるお嬢様みたいな感じだった!
<えー、スポ根マンガっぽくてかっこいいと思ったんだけど

柚「なんか柚と評価違いすぎない!?」

加蓮「まーまー」

加蓮「でも、運動系は苦手だよ……。今までぜんぜんしてこなかったし」

柚「そなの?」

加蓮「そだよ。あー、腕疲れたー……。ラケットを振るのってこんなにしんどいんだね……」

加蓮「走るのもキツイし……。ダンスレッスン、ううん、それ以上にやばかったかも。途中からフラフラだもん」

加蓮「……でも、楽しかったっ」

柚「ホント!?」

加蓮「うん! こういう風に身体を動かすのも、すっごく楽しいんだね」

柚「やった!」

加蓮「部員のみんなも、今日はありがとっ。そろそろ帰らなきゃ……お邪魔しました!」

<また来てねー!
<私も楽しかったよ!
<加蓮ちゃん、応援してるねー!

加蓮「ありがとー!」

――帰り道――

柚「へへっ、へへへっ♪」

加蓮「ん? どうしたの?」

柚「今日はすっごく楽しかった! 加蓮サンを誘ってよかったなーって!」

加蓮「そっか。……私も、誘ってくれてありがとう」

柚「どーいたしまして! そういえば加蓮サン、息抜きが上手になったね!」

加蓮「そう?」

柚「だってさー、前の加蓮サンって、ちょっと時間ができたらすぐ自主レッスンとかしてたじゃん」

柚「それに楽譜を読んでる時とか、CDを聴いてる時とか、いっつもこう、デコにしわがよってたし」

柚「こんな感じに!」ウニョーン

加蓮「えー、そんな顔してたの?」

柚「してたよ! だからっ、もっと肩の力を抜けばいいのにっていつも思ってたんだっ」

加蓮「……だから今日、誘ってくれたんだ」

柚「アタシのバド部、いい場所だったでしょ」

加蓮「うん。いい場所だったね」

柚「やたっ。そんでそんで、今日の加蓮サン、すっごくいい顔だった!」

柚「エート、」

柚「……エート」

柚「…………いい顔だった!」ペカー

加蓮「また思いつかなかったのね……」

柚「とっとにかく! なんかこー、今の加蓮サンは、こわばってなくて、ちょっぴりゆるーくなってて、いい感じだと思うっ」

柚「次のお仕事の時も、そんな感じでやろうよ! その方が、きっと楽しいから!」

加蓮「……うんっ。今日はありがとう、柚。すっごく楽しかったよ」

柚「アタシも!」

加蓮「よかったらまた誘ってね」

柚「あいあいさー!」

それから加蓮サンは、やっぱり厳しい時には厳しくて、頑張る時には頑張ってたケド、ときどき、まるっこい笑顔を見せてくれるようになったんだっ。
んん? まるっこい笑顔ってなんだろ。
えーっと……今の加蓮サンみたいな笑顔!
……あれっ? 意地悪な顔しか浮かばないよ!?

と、とにかくっ。
つんつんしてた加蓮サンが、ちょっぴりまるっこくなったお話でしたっ。

「ツイッター」


夕美のツイート
「今日、いつもの道で綺麗なたんぽぽを見つけたんだ。私もこの子みたいに、逞しく綺麗に咲きたいなっ」

加蓮のツイート
「新作のネイルだよ~。どう? うまくできてるかな?」

藍子のツイート
「撮影の帰り道、今日もいつもの黒猫さんがいました。今度は食べ物をあげようかな?」

ありすのツイート
「事務所で作ったいちごパスタです。会心の出来です。今度こそ美味しいと言わせます」

…………。

柚のツイート
「みんな写真祭りだっ。むむ、今日はネタがないっ。何かないカナー」

…………。

柚のツイート
「加蓮サンの寝顔大公開!」

…………。

加蓮のツイート
「春の新作を試着してる柚」

柚のツイート
「ほっぺたにケチャップつけた加蓮サン!」

加蓮のツイート
「寝ぼけ眼でパジャマがよれよれの柚」

柚のツイート
「パジャマパーティーの加蓮サン!」

加蓮のツイート
「勝手に私の服を着た柚」

柚のツイート
「おなか出して寝てる加蓮サン!」

……。

…………。

――翌日・事務所――

藍子「おはようございますっ」

相葉夕美「藍子ちゃん! おはようっ」

藍子「モバP(以下「P」)さんは来ていますか?」

夕美「あー……」ポリポリ

夕美「Pさんなら休憩室で……お説教中、かなっ」

藍子「お説教?」

夕美「うん。加蓮ちゃんと柚ちゃんが、ちょっとね」

藍子「またあのおふたりですか……」アハハ

夕美「ツイッターでなんだか白熱しちゃったんだって」

藍子「ツイッターで?」

夕美「うん。寝顔とか下着とか投稿しまくってて、Pさんから何やってるんだーって」

藍子「あはは……」

「ザ・天敵」


――ある日の事務所――

柚「……………………」

いちごパスタ<ズモモモモ

柚「……………………えーと、ありすチャン? これは何……カナ?」

ありす「いちごパスタです」

柚「そーじゃなくてっ! なんで柚、事務所に来ていきなりコレとご対面? そーいう企画の番組? 実はカメラが回ってるとか!」

ありす「カメラは回っていません。あくまで私個人がやっていることです」

ありす「『にぱゆる』での活動方針ですが、やはり私達らしさが重要だと思うんです」

柚「う、うん。アタシ達らしいってのは大切だよね」

ありす「最近は夕美さんのプロデュースしたガーデニング企画や、加蓮さんをモチーフとしたネイルが流行りつつあると聞きました」

ありす「私も、ここで私らしさが出て、かつインパクトのある要素を準備すべきです」

ありす「しかし、私もプロのアイドルです。未完成の物を提供する訳にはいきません」

柚「えーと、それってつまり」

ありす「柚さん。食べてください」

柚「そーいうことじゃんかー!」

ありす「柚さんが美味しいと感じれば、このいちごパスタは完成と言えます」

柚「前から思ってたケドなんでアタシばっかり試食係に指名するの!? 夕美サンとかでもいいじゃんっ」

ありす「夕美さんに美味しいと思ってもらうのは、今のところ1つの目標ですが……」

ありす「私の料理を最も正確に、かつ客観的に理解しているのは、柚さんだと思うんです」

柚「た、確かにアタシが一番ありすチャンの料理を食べてるケドっ、むしろ食べさせられてるケドっ」

ありす「柚さんの評価とアドバイスなら信じられます。それに、責任……だから、食べてください」

柚「ぐぬぬぬぬ……」

ありす「……」

ありす「……私、もっともっと、上達したいんです」

ありす「ファンの皆さんに、美味しいと言わせる料理を作りたいんです」

ありす「"子供が頑張って作った料理"ではなく、真に美味しいという評価を貰いたいんです」

柚「ありすチャン……」

ありす「……その為に……協力してくれると……」

柚「……えーい!」モグ

ありす「!」

柚「…………」モグモグ

ありす「ど、どうでしょうか? 今回は味付けを少し変えてみました。イチゴ本来の甘みを活かす為にも生クリームを煮込んで、」

柚「うん! マズイっ」

ありす「!?」

ありす「そんな筈は……! 今回こそは傑作の筈なのに」

柚「って言ってもマズイんだからマズイとしか言えないよ?」

ありす「ど、どこがどう美味しくないのか指摘してください! そんな曖昧な言い方では――」

柚「どこって……パスタなのにヌメってしてて、口の中でもごもごーって感じがして、しかもべちゃって感じに甘くてっ……そんな感じ?」

ありす「ヌメヌメしていて、もごもごしていて、べちゃっとしてい――訳が分かりません!」

柚「とにかくそーいう感じっ!」モグモグ

柚「……うぷっ。これ変な感じに甘いっ。水水ーっ!」ダダッ

ありす「変な感じに甘い……。生クリームは失敗だったのかな……」

――またある日の事務所――

柚「……………………」

いちごパスタ<ズモモモモ...

ありす「柚さんの指摘を受けて改良しました。食べてください」

柚「……あの、なんで2日続けてるの?」

ありす「日々の努力こそが成功の基です。1日だって欠かす訳にはいきません」

柚「お、おやすみだって重要だって思うなっ」

ありす「そんなことはありません。例えばフィギュアスケートの選手は、1日休むと3日分技術が低下するそうです」

ありす「きっと料理も、そしてアイドルも同じです。毎日練習を続けることが重要なんです」

柚「スケートは分かんないけど絶対違うよ!」

ありす「とにかく食べてください。さあ」

柚「むむ~。いただきますっ」パク

柚「……」モグモグ

ありす「…………」ドキドキ

柚「……うんっ。マズイっ」

ありす「な――どうして!」

柚「なんかこー、このパスタは面白くないっ!」

ありす「面白い料理より美味しい料理であることの方が大切です!」

柚「でもこれは面白くないよっ。柚が言うんだから間違いないっ」

ありす「……確かに、柚さんが面白くないと言うならば、それは確かだとは思いますが……」

柚「こう、インパクトがないって感じ? ジェットコースターなのにのろのろ降りてるヤツみたい!」

ありす「要するに、味付けが弱いということですか? ……生クリームの反省を意識しすぎました。次こそは上手くやってみせます」

――またまたある日の事務所――

柚「……………………」

いちごパスタ<また会ったね……(ニチャリ

柚「なんだろ……。今日のコイツはネバっとしてる気がする……」シンダメ

ありす「柚さんのアドバイスを受けて、味付けのバランスを意識し、かつ甘すぎないよう調節しました」

ありす「今度こそ完成です。今日こそ、柚さんは美味しいと言う筈……!」

柚「……いただきます……」モグ

ありす「どうでしょうか。率直な感想をお願いします」

柚「……」

柚「……うん。マズイっ」

ありす「!?」

ありす「……何が……いけないんですか?」

柚「えーと、なんかネバっとしてそうなのに食べたらそんなことがなかったーっていうのは、柚的にポイントあると思うっ」

ありす「……ねばっと?」

柚「ネバっと! だってこのパスタ、人の顔にしたら絶対こー、にちゃぁ……みたいな顔になってると思う!」

ありす「どういうことですかそれ。……それより、ポイントがあるというのなら何が駄目なんですか?」

柚「んーと、パスタってたぶん、がぶって噛んで、ばっ、って水が出て、それが甘いってことはないんじゃないかなっ}

ありす「つまり――」

柚「イチゴはやめるべきじゃないかな!」

ありす「ありえません。イチゴが如何に優れているかはさんざん説明しました」

ありす「イチゴほど栄養のバランスがよく、調理に適しており、愛されている食材は他にはありません」

ありす「何より――私は、……だって……私は、イチゴが大好きなんです」

ありす「イチゴをやめるくらいなら料理自体をやめます! 私はそれくらいのつもりです!」

柚「わ、わわっ。そ、そっかー。好きなことを続けるのは、うん、大切だと思う!」

柚「あ、でもさ、ならパスタをやめるってやり方もあるんじゃないかな!? 例えばー、フルーツにするとか!」

ありす「確かに、いちごパスタというのはあまり前例のない料理かもしれません」

ありす「ですが歴史はいつだって初めの一歩から始まり、そして弛まぬ努力と進化によって創り上げられてきました。今さら後戻りはしません」

ありす「……でも……柚さんの評価は受け止めさせてもらいます」

ありす「今日もありがとうございました……」

柚「う、うんっ」

――そして数日後の事務所――

柚「ンー」

柚「最近なんかやってないよーな。藍子チャン、わかる?」

藍子「うーん……。バドミントンとか?」

柚「最近藍子チャンとやってないっ。今度公園に行こうよ!」

藍子「はーいっ」

柚「でもバドじゃないよっ。昨日久々に部活に顔出したし」

藍子「それなら、加蓮ちゃんと一緒にレッスンとかっ」

柚「昨日やってきた! 加蓮サン、前より体力ついてるみたいっ。でもまだルームランナーは柚が勝ったよ!」

藍子「おめでとう、柚ちゃん」

柚「加蓮サンやっぱり悔しがってた。また今度、勝負するんだ!」

藍子「でも、レッスンも一緒にやっているんですね。それでもないのなら……夕美さんでしょうか?」

柚「ンー、違うと思う。アタシあんまり夕美サン誘うことないしー」

藍子「あれ? そうなんですか?」

柚「夕美サンはよく誘ってくれるけどっ」

藍子「柚ちゃん、よく夕美さんと一緒にいたずらとかしているから、てっきり柚ちゃんの方からも誘っているのかと――」

柚「そ、それよりさ! アタシのやってないこと、なんだと思う?」

藍子「加蓮ちゃんでも、私でも、夕美さんでもないなら、ありすちゃんかもしれませんね」

柚「ありすチャン――あっそうだ思い出した!」バッ

藍子「あ、柚ちゃん待って~」

ありす「…………」

柚「ありすチャーン!」

ありす「……柚さんですか。何か用ですか?」

柚「あれっテンション低い! どしたの? なんかあった?」

ありす「別に何も」

柚「そっか! えとねっ、ありすチャンに質問です!」

ありす「はあ」

藍子「柚ちゃん、急に走り出したらびっくりしちゃ――」


柚「いちごパスタ、作らないのカナっ?」


藍子「!?」
ありす「え……?」

柚「なんか最近見てないなーって思ったんだけどっ、それってありすチャンの例のアレだと思う!」

柚「しかもっ、ありすチャンなんだか落ち込んでるし!」

柚「こういう時こそ、好きなことやろーよ! ねねっ、どうカナっ?」

ありす「……いいです」

柚「えー」

ありす「あれから上手くいかないんです。何度やっても、成功だと思える物ができあがらなくなってしまって」

ありす「これでは柚さんを美味しいと言わせることができません。柚さんに言わせることができないのであれば、きっと他の人にも」

ありす「……今作ってもどうせ美味しくなりません。だから、今は――」

柚「それはわかんないと思うっ」

ありす「え?」

柚「えとえとっ、こう、そういうのってやってみないとわかんないと思う!」

柚「やる前から上手くできないーとか言ってたら、ホントに上手くできなくなっちゃうよっ。……っていうのは加蓮サンと、それからー、藍子チャンが言ってたこと! だよねっ」

藍子「そ、そうですけれど――」

柚「それにありすチャン言ってた! 毎日頑張るから上手くなるんだってっ」

柚「アタシはまったりやる派! だけどありすチャンは料理を極めたいんだよねっ」

柚「じゃあさ! 悩む時間なんてもったいないよっ。悩むくらいならやってみようっ」

ありす「……」

藍子「……ふふっ。柚ちゃんの言う通りですよ、ありすちゃん」

藍子「いつも原因や理由を考えたり、ミーティングの時は分析がすごいありすちゃんだけれど、時には考える前に実践してもいいと思うの」

藍子「もしかしたら、予想していない結果が出るかもしれませんよ?」

藍子「それに、やってみないと分析もできないんじゃないかな……」

ありす「……藍子さん、柚さん」

ありす「……」

ありす「分かりました。ここで落ち込んでいても仕方ありませんよね。私……やってみます!」

柚「やたっ。ありすチャン、復活!」

ありす「今から準備してきます。柚さんはそこで待っていてください」

柚「あいあいさー!」

<ばたん

柚「……あれっ?」

柚「ありすチャンが復活した、ってことはー……」

柚「あれ!? 柚、またアレ食べなきゃいけないの!?」

藍子「ええぇ!? 分かってて、でもありすちゃんを励ましてあげてたんじゃ……!?」

柚「なんにも考えてなかった!」

藍子「なんにも!?」

柚「ギャー! 自爆したーっ! うううっ……あ、藍子チャン! あのー、一緒にさ、そのー」

藍子「……今日は、私も付き合うことにしますね」

柚「やたっ」

……。

…………。

(数十分後……)

柚「うん、マズイっ」

ありす「」

藍子「……ごめんね、ありすちゃん。私も……これはちょっと……」

ありす「」

柚「マズイからっ、作ったらまた見せてよ! 最初に美味しいのを食べたいし!」

柚「それまでずっと、し、試食、係……試食係を……」

柚「……それはやっぱり無理ーっ! やっぱりイチゴはやめるべきだと思うな!」

ありす「どうしてですか。イチゴほど優れた食べ物は――」

柚「でもこれマズイもんっ。アタシはもっと別の物も――」

藍子「あはは……」

藍子「……」モグ

藍子「あうぅ」

藍子「……でも、美味しくなる日が楽しみですね。ありすちゃん、柚ちゃん」

「柚の思い出(2)」


それは、加蓮サンにウェディングのお仕事が来た時のこと。


――回想・結婚式の撮影現場の控え室――

<ぎぃ

柚「お、おおおおおおおおおお……!?」

加蓮「……えっと……どう? ウェディングドレスなんて……もちろん着るのは初めてだけど……変じゃない、かな?」

柚「加蓮サン」(手を取る)

加蓮「きゃっ。な、何?」

柚「けっこんしよう」キリッ

加蓮「柚……」

加蓮「……ってアンタも女の子でしょうがっ」ベシッ

柚「あたーっ! は、はたいちゃダメなんだぞっ。でもなんか今のでいつも通りの加蓮サンになった気がするっ」

加蓮「はっ。いけないいけない。今日は大人しく、最高のお嫁さんになって撮ってもらうって決めてるんだった」

加蓮「すぅー、はぁー。ふうっ」

加蓮「……ダメじゃない、柚。ここは神聖な式の会場なんだよ? はしゃいだら、はしたない子だって思われちゃうよ?」

柚「あ、あいあいさー」

加蓮「ふふっ」

柚「……」

加蓮「……」チョコン

柚「……」ウズウズ

加蓮「……」

柚「……」ウズウズウズウズ

加蓮「柚?」

柚「なんか今日の加蓮サン一緒にいて落ち着かないっ! かか、加蓮サンって何歳だっけ!? 加蓮サンは加蓮サンだっけ!?」

加蓮「……私は16歳だし、私は私だと思うけど……」

柚「わかんない!」

加蓮「そう」

柚「とにかくっ、今の加蓮サンといると……そ、そわそわしちゃうっ。ううううう……」

柚「柚ちょっと探検してくるーっ!」バッ

加蓮「あ、ちょ――」

<ばたん

加蓮「……落ち着かないって何よー。もう」スワリナオシ


――廊下――

柚「ふーっ。に、逃げてきちゃった。だってしょーがないもんっ、あの加蓮サンはヤバイって!」

てくてく。

柚「きっとあの加蓮サンを見たら、みんな結婚したいとかって思うんだろうなー」

柚「柚が同じドレスを着ても、加蓮サンの半分くらいの人もそうは思わない気がする……」

柚「……だ、誰かいるカナ? 柚と結婚してくれるって言う人。いる……よね?」

柚「結婚!? きゃーっきゃーっ、そんなのダメ! アタシはアイドルだもんっ」

柚「……あっそっか! アタシ、アイドルじゃん! じゃーオッケーだ!」

てくてく。

柚「……」

柚「……あれ!? ここどこ!?」キョロキョロ

柚「迷子!? 柚、迷子になっちゃった!?」

柚「ギャー! こ、高校生になってまで迷子とか笑われるっ。絶対大笑いされるっ」
(※作者注:魔法の言葉「サザエさん時空」)

柚「どうしよどうしよ。でも、テキトーに歩いたらヘンな場所に行っちゃいそう」

柚「そうだ! 道を聞けばいいんだ! そうと決まればっ」チラッ

柚「……」

柚「……うん。道を聞くのは、やめよう」

柚「なんかスーツびしって感じですっごくかたそうだし、こっちをじろーって見てるし、あんまり話しかけたくないカナー……」

てくてく。

<……なこと……でも、
<ふふっ……感じだと……

柚「ン?」

柚「なんか聞こえる。女の子の声?」

柚「女の子なら道も聞けちゃいそう! できればっ、アタシと同じくらいがいいなっ」

<たたっ

――別の控え室――

<ばんっ!

柚「たのもーっ!」

ありす「!」ビクッ
藍子「え?」

柚「やたっ、予想当たりっ! あのさあのさ! アタシに道を教えてっ!」

藍子「道……ですか? でも、私もここのスタッフではないので――あれ?」

柚「ン?」

藍子「見たことがあるような……、……あっ!」

藍子「もしかして、前に加蓮さんと一緒にいた――」

柚「加蓮サンのこと知ってるの!? なら話は早いっ! あのねっ、アタシ加蓮サンのとこに戻りたいんだ!」

柚「あっアタシは喜多見柚! 柚でいいよ!」

藍子「じゃあ……柚ちゃん。私は高森藍子ですっ」

柚「あいこチャン? ……あーっ! 前に加蓮サンが話してた……っけ?」

柚「ってことは、たぶん藍子チャンもアイドルだよね!」

藍子「はいっ。それに、柚ちゃんと同じ事務所ですよ?」

柚「あれっ!? そう言われてみれば見たことある気がする」

藍子「やっているお仕事が違うと、会う機会もあまりありませんから――」

ありす「…………」ジー

藍子「あっ……ごめんね。私だけお話しちゃって。柚ちゃん。こっちの子は、橘ありすちゃんです」スッ

柚「アタシは柚だよ!」

ありす「……初めまして。橘ありすです。橘、と呼んでください」

柚「たちばなチャン! ……言いづらいっ。ありすチャンでいいー?」

ありす「いえ、橘――」

柚「って、ありすチャンもドレス着てるっ! ってことはまさかまさか、今日撮影だったりっ?」

柚「そそっそれともガチの結婚!? わーわー、なんか歴史みたいっ」

藍子「歴史?」

柚「もっと昔ってちびっこが結婚とかしてたんでしょ! 加蓮サンがね、教えてくれた! テスト対策の時っ」

藍子「ふふっ。残念ながら、ありすちゃんも撮影ですよ」

柚「そーだったかー」

藍子「私は付き添いで、ありすちゃんは今日の主役の1人なんです」

柚「加蓮サンも撮影で来てるの! ありすチャンも同じなんだね!」

ありす「私のことは橘と呼――」

柚「ありすチャンは撮影終わったの?」

藍子「ううん、まだこれからですね」

ありす「……もういいです」

ありす「"かれんさん"というのは、北条さんのことですか? 確かに今日、一緒に撮影してもらうことになっていましたが」

藍子「そうなの? ……あ、本当っ。予定表に書いてありますね」

柚「ちなみにアタシも藍子チャンと同じ! 加蓮サンの付き添いだっ」

藍子「ふふ。おんなじですね♪」

柚「同じ事務所で同じ撮影なら控え室も同じにしてくれればいいのにっ」

柚「そしたら迷子になんてならなくても藍子チャンとありすチャンに会え――」

柚「ああっ今のウソ! 迷子ってのはウソ! 迷子なんかじゃないからねっ」

ありす「戻り方が分からないのは十分迷子なのでは?」

柚「違うったら違うっ! こ、高校生にもなって迷子とかハズいじゃん!」

藍子「それなら、お散歩ということにしちゃいましょうっ」

柚「へ? おさんぽ?」

藍子「色んな場所をお散歩していたら、色々なものと出会えるんです。人だったり、景色だったり、建物だったり」

藍子「私も、あまり知らない場所をお散歩していたら、柚ちゃんみたいに出会いが生まれることがあるんですよ」

柚「そっかー。お散歩……うんっ、じゃー、お散歩ってことで! 藍子チャン、ナイスアイディア!」

ありす「さすが藍子さん。素敵な考えです」

藍子「加蓮さんのところに戻りたいんですよね。ありすちゃん、加蓮さんの控え室はわかる?」

ありす「はい。まだ撮影まで時間はありますし、やはり顔は合わせておくべきです。今から行きましょう」

柚「あいあいさー! じゃあ、おさんぽの続きだっ」

藍子「はーいっ」


――加蓮の控え室――

柚「ただいまーっ!」

加蓮「お帰り、柚」

柚「ねえねえ加蓮サン! 藍子チャンとありすチャンを連れてきたっ」

加蓮「藍子ちゃんと……ありすちゃん?」

藍子「こんにちはっ。お久しぶ――わぁ……綺麗なドレス姿……!」
ありす「……私とは全然違います。これが、本格的なウェディングの……」

加蓮「ホントだ。藍子ちゃんじゃん。久しぶり~」

藍子「こんにちは、加蓮さんっ。お久しぶりです」ペコッ

加蓮「そっちがありすちゃん? 初めまして。北条加蓮だよ」

ありす「……初めまして。橘です。橘と呼んでください。北条さん」

加蓮「うん。……なんでそんなに固いの?」

柚「加蓮サンが加蓮サンだからだと思う!」

加蓮「いや分かんない」

藍子「私は分かりますよ。だって今の加蓮さん、すごく綺麗で……」

ありす「……あまり人と比べるなとは言われていますが、これは意識せざるを得ません。北条さんに比べたら私なんて、ただ着ているだけのようなものじゃないですか……何故こんな残酷な……」

加蓮「…………」

加蓮「……とりあえず、その加蓮さんとか北条さんっていうのやめてよ。溝、感じちゃうじゃん」

藍子「でも、加蓮さん、私より――」

加蓮「同い年だよ?」

藍子「……え?」

加蓮「同い年。私16だし。藍子ちゃんも16でしょ?」

ありす「……!?」

加蓮「そっちが驚くんだ」

柚「あれ!? 加蓮サンって16歳だっけ!?」

加蓮「なんで柚まで」

柚「だってだって、今の加蓮サンって……え、え、16歳って、高校生、だっけ?」

加蓮「柚と同じ高校1年生だけど?」

柚「なのにこんなすごいドレス姿だよっ! 加蓮サン、反則! イエローカード! ぶぶーっ!」

柚「レッドカードにされたくなかったら柚に何かおごること! 何がいいかなー。やっぱりここは、シュークリームがいいかなっ」

加蓮「はいはい。帰りに買ってあげるね」

藍子「……そっか。同い年だったんですね」

加蓮「アニバーサリーLIVEの時もほとんど喋ってないし、知らないのも無理はないと思うけど……」

藍子「じゃあ……加蓮ちゃんっ」

加蓮「……その方が安心できるよ。藍子」

藍子「加蓮ちゃん、久しぶりっ」

加蓮「うん、久しぶり」

藍子「あれから元気にしていましたか? アニバーサリーの時、もっとお話できればよかったんですけれど」

加蓮「バタバタしてたもんね。しょうがないよ。それに私は元気だよ。藍子こそ、写真、あれからいっぱい撮れた?」

藍子「いっぱい撮っちゃいましたっ」

加蓮「あ、そうだ! どうせなら今の私も撮ってもらっていい?」

藍子「私の方からお願いしたかったくらいですっ」



柚「むむー。なんだか楽しそうでズルいぞー。ヒマだからありすチャンと仲良くしちゃうっ」

ありす「どういう理屈ですかそれ。……あの、ほっぺたをぷにぷにとしないでください」

柚「おー、柔らかいっ。ありすチャンもドレス姿綺麗だねっ。でもでもー、アタシには心を決めた相手がいるから!」

ありす「え……!? ……あの、そういうこと大声で言って大丈夫なんですか?」

柚「たぶん大丈夫! だって加蓮サンだしっ」

ありす「……はい?」



藍子「はい、チーズっ♪ ……ありがとうございます、加蓮ちゃんっ」

加蓮「こっちこそ。綺麗に撮ってくれてありがとっ」

加蓮「……あ、そうだ。言ってなかったっけ」スクッ

ありす「!」

加蓮「ありすちゃん……だっけ。今日はよろしくね」スッ

ありす「あ……はい。よろしく、お願いします……」

加蓮「? やっぱり固いね。撮影までもうあんまりないと思うけど、大丈夫?」

ありす「は、はい……」


柚「うーん。アレは加蓮サンがアレだからしょうがないかなっ」
藍子「加蓮ちゃんの雰囲気に、すっかり呑み込まれちゃってますね……」

ありす「……」

加蓮「何かお話でもしよっか。そういえば、ありすちゃんも藍子と知り合いだったんだね」

ありす「……橘、です……。藍子さんとは……少し前に、何度かレッスンで、お世話になって」

加蓮「そうなの?」

ありす「私の舞台と、藍子さんの舞台の日程が、近かった、ので……あ、あの、北条さん」

加蓮「加蓮でいいよ。何?」

ありす「…………」

ありす「……自信をなくしてしまうのでこれ以上近づかないでください!」


柚「はっきり言ったっ」
藍子「言ってしまいましたねっ」

加蓮「えー……。でも、どうせ撮影の時には一緒にやるんだよ?」

ありす「本来今日の主役級は北条さんの方です」

加蓮「でも同じスタジオで撮影するし、一緒に並ぶ時だってあるでしょ」

ありす「それはそうですが……」

加蓮「それに、私だってドレスを着るのなんて初めてだよ。ありすちゃんは?」

ありす「……私だって初めてです。……同じ初めてなのに……」

加蓮「私はありすちゃんも似合ってると思うなぁ」

ありす「慰めはいいです」

加蓮「本音だよ?」

ありす「……いいんです。私はまだ12歳。ドレスを着るには早すぎると、分かっているつもりです」

ありす「でも、こんな形で現実を突きつけられるとは思ってもいませんでした」

ありす「……あの、北条さん」

加蓮「加蓮」

ありす「加蓮さん」

ありす「私も、あと4年したら……加蓮さんのような、素敵な女性になれるでしょうか」

加蓮「なれると思うよ。ありすなら。……って、私がこれ言うのって恥ずかしいね。あはは……」

ありす「……ありがとうございます。決めました」

ありす「自信をなくしてばかりでは意味がありません。あと4年……いえ、4年以内に、加蓮さんのようなドレスが似合う女性になってみせます」

加蓮「ん……そっか。……えーっと、何て言えばいいんだろう。頑張れ、とか?」

ありす「はい。今日、あなたと共演できてよかったと思います」

ありす「……今は、まだ小さな存在だけかもしれませんが……いつか、私も――」


藍子「……逆に、いい刺激になったみたいっ」
柚「もしかしてー、加蓮サンに強力なライバルが登場? その前に柚がいるぞーっ」

これが、ありすチャンとの出会いっ。あと、藍子チャンとも出会った!
加蓮サンと藍子チャンがアニバーサリーLIVEで一緒だったのは、アタシも知ってたケド……。
あれから加蓮サン、いっかい藍子チャンと離れてるんだよね。
なんか、加蓮サンの方から避けてた感じっ。
聞いてみたら、「少し警戒した」んだってさ! どゆことだろ?

ありすチャンは、この時も今もこんな感じっ。藍子チャンが大好きでー、加蓮サンが目標なんだって!
加蓮サンが目標かー。柚としても、なんだか鼻が高くなっちゃうっ。
いつか加蓮サンみたいな人になれるといいねっ。ありすチャン♪
そしたら柚も、ありすチャンのこと、ありすサンって呼んじゃおーっと!

「実はどっちも受け身」


――サービスエリア――

柚「うおーーーーーーーーーーーーーーーうっ!」

藍子「!?」ビクッ

藍子「び、びっくりした……。どうしたんですか? 柚ちゃん。急に、大声なんてあげて」

柚「あっゴメンっ。やっと外だーって思ったらつい!」

藍子「移動時間、長かったですよね。それなら少し、体を動かしてみませんか?」

柚「いいねっ! 休憩時間はー、えー、10分だけ!? Pサン、もうちょっと時間をくれてもいいと思う!」

柚「……ぐぬぬっ。それなら藍子チャン急ごうっ! 時計のカウントダウンは始まってるっ!」

藍子「あ、柚ちゃんっ! 走ったら車――待っ、あ、Pさん私もちょっと行ってきますね。……待って~!」

――店内――

柚「お土産悩むっ。たこ焼きがいいかなっ、レモンパイがいいかなっ」

藍子「こっちの……お饅頭、美味しそう! でもこっちのカステラは、ここのサービスエリア限定なんだ……」

柚「あ、このガム見たことある! なんか噛んだらヤバイやつっ。眠気覚ましかー。今は眠くないやっ」

藍子「……あ、あれ? 柚ちゃん? どこに……あ、いたっ。もう~、急にあっちこっちに移動しないで、」

柚「こっちにはストラップがある! カバンにつけてみよっかなー。でもこれ、ちょい子どもっぽいかもっ?」

藍子「ああっ、待って~!」ダッ

柚「こっちは――おわっと」
藍子「わっ」

柚「び、びっくりしたっ。いきなり目の前に出てくるなんて藍子チャンもマジシャンだったか~」

藍子「マジシャンではありませんけれど……。あんまりばたばたしていると危ないですよ? 柚ちゃん」

柚「あいあいさー!」

藍子「……」

柚「……」

藍子「……」

柚(……あ、アレ? えーっと……あ、アレ?)

藍子「?」ホケー

柚(アレっなんだろ言葉が出てこないぞ!? えーと、えーと……)

藍子「??」ホケー

柚(あっ、藍子チャン何か言って~~~! 空気がだんだん重くなってくぞっ)

柚(……ハッ! これって――

このまま空気が重くなり続ける

休憩時間が終わる

車の中でも空気が重い

しかし逃げられない

……ヤダ! それはヤダーっ!)

藍子「???」ホケー

柚(藍子チャン、何か言って! 何か言うのだーっ! この柚の気持ち藍子チャンに伝われーっ!)ビビビ

藍子「????」ホケー

柚(伝わってないーっ!)

柚(や、やはり柚がやるしかないのか)

柚(えと、えと……)

柚(…………)

柚「うきゅ……」

藍子「柚ちゃん?」

柚「えわっ藍子チャン! いつからそこに!?」

藍子「い、いつからって……落ち着いてください、柚ちゃん。私はさっきからずっとここにいますよ?」

柚「声かけてくれてもいいと思うなっ。水っぽいぞー!」

藍子「水? ……水臭い、ですか?」

柚「それそれ!」

藍子「柚ちゃんが、何か言いたそうにしているから、邪魔しない方がいいのかなって思っちゃって」

柚「そなの? アタシずっと、藍子チャンなんか言ってーっ! って思ってたっ」

藍子「そうだったんですか。少しすれ違ってしまいましたね」

柚「アタシは藍子チャンを待って、藍子チャンはアタシを待つ。ホントだ! すれ違いだっ」

柚「えとえと……あのねっ。なんかこー、藍子チャンを見てるとさっ」

柚「アタシ何話してたっけー、とか、何言えばいいんだろー、とかなっちゃってっ。いつもの感じが消えちゃってた!」

柚「アハハっ」

藍子「……あ、あはは?」

柚「アタシ、ヘンだよねっ」

藍子「ううんっ。そんなことないですよ」

藍子「ときどき、言葉に詰まってしまったり、いつもはどんな風にお話していたか忘れることって、誰にでもあると思うんです」

藍子「私だって、ついこの間あったばっかりで」

柚「藍子チャンもあったんだ!」

藍子「はいっ。加蓮ちゃんと夕美さんとお話していて、急に、普段加蓮ちゃんをどう呼んでいたのかなって、思い出せなくなってしまって」

柚「そーいえば藍子チャン、前に加蓮サンのこと加蓮サンって呼んでたよねっ」

藍子「昨日も、呼んじゃいました」

柚「あちゃーやっちゃったかー。加蓮サン、どんな反応してたっ? こう、目を……こんな感じに!」

柚「ぐるんっ」

柚「ってしてなかった?」

藍子「してましたしてましたっ。それから、額をピタッと触られちゃいました。熱なんてないのにっ」

柚「わかる! それすっごく加蓮サンらしいよね!」

藍子「ですよね!」

柚「ところでこれなんの話だっけ?」

藍子「……何のお話でしたっけ?」

柚「忘れちゃった! でもいいやっ。あっヤバイっ! 休憩時間終わっちゃう。お土産先に買っといてよかったー!」

藍子「ええっ。私まだレジを透してません。どうしよう……」

柚「藍子チャン今がチャンス! レジ、空いてるっ! 急げーっ!」グッ

藍子「きゃあっ。引っ張らないで~!」

「(その後)あれ、こんなに仲良かったっけ?」


――後日・事務所――

柚「おはよーっ!」

加蓮「おはよう、柚」
ありす「おはようございます」
藍子「おはよう、柚ちゃんっ」

柚「やーやー、出迎えご苦労! なんちゃってっ」

柚「あっねえねえ藍子チャン聞いて! これこれ、柚にグルメリポートの仕事が来たんだっ。ほら前にバスで話してたヤツ!」

藍子「わぁ。おめでとうございますっ」

柚「これっ、予定表!」

藍子「ふんふん。食べ歩きがメインで、雑貨屋やアパレルショップも取材して、通行人からお話を聞いたり、ときどきスタッフさんにも参加してもらう……」

柚「みんな仲良くやるのがポイントなんだって! 柚にできるかな?」

藍子「きっとできますよ! 柚ちゃんにピッタリのお仕事ですっ。きっと、Pさんもそれを分かってお仕事を持ってきたんだと思いますよ」

柚「そかなそかなっ。あっそれでね! このロケ地なんだけど、藍子チャン前にお散歩で行ったことあるって言ってなかったっけ?」

藍子「そうですね。前に、少し遠くまで行きたくなった時に」

柚「なんかオススメのお店とか教えて! 柚も、ロケ終わったら藍子チャンに教えてあげるからっ」

藍子「それだったら……ええと、確か、すごく素敵な雑貨屋さんがあったような?」

柚「雑貨とかすごく大人っぽいっ。ならなら、今回はあだるてぃーな柚、お披露目かもっ」

藍子「確か、お店の名前は……」

柚「お店の名前は!?」

藍子「えーっと……」

柚「早く早くっ。じらさないでーっ」

藍子「せ、急かさないでくださいっ。確か……確か……」

柚「ももももももももも!」ブルブルブル

藍子「もも? あ、でも、その時の写真、アルバムに保存していたような気もしますから……」

藍子「お店の名前も、メモしていたかもしれません。今度、持ってきまし――」

柚「それなら今日は藍子チャンの家に遊びに行くっ! んでんでー、お店の名前も教えてもらう! いいっ!?」

藍子「ましょ……あ、それもいいですねっ。分かりました。美味しいお菓子を用意して、待ってますね♪」

柚「やたーっ!」


加蓮「……ねえ、ありす。あの2人ってあんなに仲良かったっけ?」

ありす「さあ……。柚さんがまくし立てているのはいつものことですが、前はこんなことはなかったような気がします」

加蓮「だよね……」

ありす「……」

加蓮「……」

ありす「……」

加蓮「なんか置いてけぼり感」

ありす「加蓮さんもですか? 私もです。奇遇ですね」

加蓮「……なんだろ。この、飼い犬がよその人に懐いた的なの」

ありす「……藍子さん」シュン

加蓮「……私達で遊びに行っちゃおうか」

ありす「加蓮さんがそう言うならしょうがありません。ついていきます」

「(その後のその後)結局仲良しっ!」


――夜・北条加蓮の家――

<ぴんぽーん

<がちゃ

柚「お邪魔しまーす!」
藍子「お邪魔しますっ」

加蓮「え? 柚に藍子?」

ありす「……?」ヒョコッ
ありす「……!」
ありす「藍子さん! 柚さんも! こんばんは……!」

藍子「はいっ♪ こんばんは、ありすちゃん」
柚「こんばんわーっ!」

加蓮「今日は藍子の家に行ってたんじゃ……」

柚「色々話してたら加蓮サンの家に行こうってことになったんだ! 藍子チャンがね、加蓮サンから聞きたいことがあるって」

藍子「加蓮ちゃん。前に……ほら、加蓮ちゃんが連れて行ってくれたアパレルショップがどこだったか、覚えていますか?」

加蓮「アパレル? それ、いつのこと?」

藍子「2ヶ月くらい前に。小雨が降ってた時ですっ」

加蓮「あ、それなら隣駅のじゃない? ほら、藍子が行きたい場所があるって言って、帰りがけに見つけたから寄った――」

藍子「思い出しましたっ。あそこですね。柚ちゃん。私がその帽子を見つけたのは、そのお店ですっ」

柚「なるほどー」

加蓮「……あの、もしかしてそれをわざわざ聞きに来たの? それなら連絡でもくれれば、」

柚「藍子チャンの用事は終わりっ。じゃーあとはフリーだよねっ」

柚「あっいい匂い! これはー、加蓮サンのおかーさんの肉じゃがの匂い! へへっ、柚覚えたんだ!」バタバタ

<おばちゃーん! 肉じゃが、柚にもちょーだい!

加蓮「もう夜なのに元気だなー……」

藍子「それが、柚ちゃんですから。私の家にいた時も、柚ちゃん、ずっとお話していたんですよ」

<いたぁ! ぶ、ぶたなくてもいーじゃん! おばちゃんはおばちゃんでしょ!
<ギャー! やめてーっ! 2回目はかんべんっ

加蓮「馴染んでるなー」

ありす「それが柚さんですから。……あの、藍子さんは今日は……」

藍子「私も、お邪魔していいですか?」

加蓮「いいよいいよ。柚1人で5人分くらいなんだし、ここに藍子1人増えたくらいなんてことないよ」

ありす「やったっ。あ、あの、今加蓮さんと今後の『にぱゆる』について話し合っていたところなんです」

ありす「まだもう少し宣伝を意識するべきか、それよりもLIVE等の派手なメディア露出を増やすべきかという点を――」

藍子「あっ……そのお話は、どこか落ち着ける場所でしませんか? ここ、玄関ですからっ」

ありす「確かに。立ち話もなんですから中に入ってください」

ありす「夕食はもうすぐ完成するそうなので、それまで私達も手伝いましょう」

藍子「そうだね。お邪魔しますね、加蓮ちゃん」

加蓮「はいはいー」

加蓮「……っていうかありすもありすで我が家みたいだねー。ま、いっか」

<加蓮サンのおかーさんもなかなかやるなーっ。あっ鍋! 鍋がじゅーって言ってる! アタシも手伝うねっ
<私もやります
<私も、手伝いますっ
<ありすチャンと藍子チャンも来た! 頼もしい助っ人って感じ!

加蓮「おーい、私がいるぞー?」ボソッ

加蓮「まあ私は手伝わないけど」


加蓮(あれ? 何か忘れてるような……)

「(その後のその後のその後)のけものが1人いるみたいですね」


――翌日・事務所――

夕美「なんで私を誘ってくれなかったの!? なんで!? ねえなんで!? 連絡してくれてもよかったじゃん!」ユサユサユサ

加蓮「うぶぶぶぶぶ揺らすな揺らすなっやめてよっ!」

夕美「私その時事務所にいたんだよっ誰もいなくて寂しかったんだよPさんが来るまでずっと!」ユサユサユサ

夕美「部屋の隅の観葉植物に話しかけたり一人芝居で気を紛らわせたり踊ってみたけどワンコーラスで萎れちゃってやめちゃって」ユサユサユサ

夕美「そんなことしてる間に加蓮ちゃん達はパーティーしてたの!? なんで!? なんで!?!?」ユサユサユサユサ

加蓮「だから私に言われても知らなっ、揺れっ、やめてっ気持ち悪くなってきたから!」


藍子「悪いこと、しちゃいましたね……」

ありす「日頃の行いの結果です」

ありす「それに……また、次に誘えばいいんですから」

藍子「ふふっ、そうだね♪」

「犬か。」


――事務所――

夕美「ただいまーっ。あ、柚ちゃん! 1人?」

柚「えわっ。あ……お、お帰り夕美サン。今は柚だけだよ」

夕美「そうなんだっ。みんなどこに行ったのかなっ」

柚「えと、加蓮サンがそろそろ帰ってくる頃で、藍子チャンはお散歩で、ありすチャンは分かんない」

夕美「じゃあ、待っていれば帰ってくるみたいだねっ。私もここで待たせてもらっていい?」

柚「い、いーよー」

夕美「お邪魔しまーす♪」

夕美「何してたのっ。あ、これこの前発売したマンガだよねっ。私も読んだんだー。立ち読みだけどねっ」

柚「そなの?」

夕美「うんうん。続きがすっごく気になるなぁ。ね、柚ちゃんはこの後どうなると思う?」

夕美「主人公がすっごくピンチだけど、どうなっちゃうのかなっ」

柚「アタシはー、えとっ」

夕美「うんうん」ニコニコ

柚「あ、アハハっ。……たぶんこう、仲間が助けてくれる感じかなーって」

夕美「うんっ、やっぱりそうだよね! 続きが早く読みたいなー」

夕美「ね、マンガを読んだ後ってさ、真似とかしたくならない? 魔法とか技とかっ」

夕美「マンガの技ごっことか、昔よくやってたなぁ。小さい時、それでよく男の子とケンカしてたっけ」

柚「ゆ、夕美サンも子どもだなー」(←昨日やった人)

柚「えと、えと」

夕美「ん? なあに?」

柚「え、ええとですな、ええと……加蓮サンってまだ帰ってこないかな!?」

夕美「加蓮ちゃん? どうだろっ。どこかで見てたら一緒に帰ってきてたんだけど……」

柚「そっかー……」

夕美「ふふっ。柚ちゃんは、本当に加蓮ちゃんが大好きなんだね♪」

柚「ま、まあね!」

<がちゃ

加蓮「ただいまー。はー、疲れ――」

柚「! 加蓮サンっお帰りー!」バッ

加蓮「とりあえず回避」

柚「うぎゃ」ベチャッ

夕美「お帰り、加蓮ちゃんっ」

加蓮「夕美もいたんだー。ただいま、夕美」

夕美「ふふ♪ 柚ちゃんがね、ずーっと加蓮ちゃんが早く帰ってくればいいなーって言ってたよっ」

加蓮「ふーん……」

柚「加蓮サーン!」バッ

加蓮「回避」スッ

柚「うぎゅ」ベチャ

夕美「あははっ、たまには受け止めてあげたらどうかな?」

加蓮「そしたら調子乗ってずっと離れなくなるもん。今ちょっと汗かいてるし、少し座って休憩したいし――」

柚「加蓮サーン!」バッ

加蓮「回避」スッ

柚「きゃんっ」ベチャ

夕美「なんだか、飼い主を見つけた犬みたいだねっ」

加蓮「わかるー。……でもどうしたの柚? いつもは1回で懲りるのに。なんかあった?」

柚「聞いてよ加蓮サン! あのねっ、夕美サンにいじめられた!」

夕美「(・ワ・)Σ!?」

加蓮「夕美が?」

柚「うんっ!」

加蓮「柚を?」

柚「うんうんっ!」

加蓮「…………」チラ

夕美「い、いやいじめてないよ!? ホントだってっ。普通にお話してただけだよ?」

加蓮「…………」チラ

柚「いじめられたーっ! ちらっちらっ」

加蓮「…………」ハァ

加蓮「よしよし。もう大丈夫だよ、柚。こわかったねー」ナデナデ

柚「くぅーんっ」

夕美「あれ!? そうじゃないよね!? っていうか加蓮ちゃん分かってるよね!?」

加蓮「こわかったねー。一緒にあのお花お化けを退治しようねー」

柚「加蓮サーンっ!」

夕美「加蓮ちゃん!? 柚ちゃん!?」

……。

…………。


柚「アタシちょっとトイレっ」ダダッ

加蓮「いってらっしゃーい」

加蓮「…………」チラ

夕美「ふーんだ。どーせ私は悪役だもんっ」

加蓮「夕美」

夕美「……」ツン

加蓮「これお土産。夕美が前にほしがってた珍しい花の種。これであってた?」

夕美「え、ホントっ!? わぁ、ありがとう加蓮ちゃん! これよく見つけたね!」

加蓮「たまたまロケ先に珍しい花をたくさん置いてる花屋があったんだよ」

夕美「そうなのっ!? 場所教えて! 今度行かなきゃっ」

加蓮「……膨れてたのはもういいの?」

夕美「え? そんなの忘れちゃったよっ。それよりお店ってどこ!?」

加蓮「……あー、うん」

<がちゃ

柚「ただいまーっ」

加蓮「お帰り」

夕美「お帰りーっ」

柚「ねねっ、さっき廊下でPサンと会ったんだけどっ、Pサンネクタイが水色だった!」

加蓮「Pさんの? へー、珍しー」

夕美「いつも黒とか灰色のネクタイばかりしてるよね」

柚「まさかまさかー、誰かのプレゼントとか!」

加蓮「夕美」

夕美「ううんっ、私は違うよ?」

柚「だったら藍子チャンとかありすチャンとか!?」

夕美「水色のネクタイを選ぶなら藍子ちゃんっぽい気がするね。ありすちゃんなら、もっと落ち着いた色を選びそうだもんっ」

柚「あっそれ分かる! キリッとしたの選びそう!」

加蓮「いやいや、ああ見えてありすは意外と……ね?」

柚「そなの?」

加蓮「ファッションを教えた頃から、結構色々と手を伸ばすようになったみたい」

夕美「えー、でもっ、だからこそありすちゃんは落ち着いた色をチョイスするんじゃないかなっ」

夕美「基本が大切です、とか言っちゃって!」

加蓮「あーそれ言いそう」

柚「ありすチャンすっごく真面目だもんねっ」

夕美「ちょっと賭けてみよっか。私はありすちゃんが選んだっていうのに1票っ」

柚「じゃー柚は、藍子チャンに1票! ジュースでいいよっ」

加蓮「私は加蓮ちゃんに1票」

夕美「えっ、それってもしかして」

加蓮「そだよー。あれ私がプレゼントしてあげたの。ってことで夕美ー、柚ー、ジュースちょーだい♪」

柚「加蓮サン、ズルいっ。さすが加蓮サンだ!」

夕美「それより大切な話があるよ! Pさんにプレゼントしてあげたの!? いついつっ!?」

柚「あっそーだった! さー加蓮サン、ぜんぶゲロるのだー。Pサンどんな感じだった!?」

加蓮「えーそんなに聞きたいのー? あれはねー、1週間前の――」

「(その後)18歳の、今度は割と真面目な相談。」


柚「じゃーアタシ先に帰るねっ。今日はおかーさんとおとーさんとご飯食べに行くんだっ。食後のデザートもバッチリなんだ!」

柚「楽しみ楽しみー♪ じゃあねっ加蓮サン夕美サン!」

加蓮「じゃあねー、また明日」

夕美「お疲れ様、柚ちゃんっ」

<ばたん

加蓮「デザートかぁ。いいなぁ」

夕美「えーっ。ジュースのついでにロールケーキまでせがんだ加蓮ちゃんの言うこと?」

加蓮「夕美だって一緒に食べたでしょ?」

夕美「うんっ。すっごく美味しかった!」

夕美「……」

夕美「……ね、加蓮ちゃん。ちょっとだけ、いい?」

加蓮「ん?」

夕美「加蓮ちゃんって、柚ちゃんと仲良しだよね」

加蓮「そうだけど……?」

夕美「相談なんだけど、……相談っていうか……うーん」

夕美「柚ちゃんさ、私のこと何か言ってた?」

加蓮「夕美のこと……?」

夕美「なんだかね。気のせいかもしれないけど……いやホントに気のせいかもしれないんだよ? それに、柚ちゃんの悪口を言うつもりとかも全然なくて……」

加蓮「うん」

夕美「私……なんだか、ちょっぴり、ホントにちょっぴりだけど……」

夕美「柚ちゃんから、避けられてる気がするの」

加蓮「…………」

夕美「さっきね。私、柚ちゃんと一緒にお話してたんだ。加蓮ちゃんが帰ってくるまで」

夕美「柚ちゃん、ずっとそわそわしてたの。急にお話を変えたり、ぜんぜん目を合わせてくれなかったり……」

夕美「でも、加蓮ちゃんが帰ってきてからは、いつも通りの柚ちゃんになってたから……」

夕美「もちろんっ、柚ちゃんが加蓮ちゃんを大好きだっていうのは知ってるよ。でも、ちょっとヘンだなーって思っちゃって」

加蓮「…………」

夕美「だから聞いてみたの。柚ちゃんから何か聞いてないかな、って。心当たりとかない?」

加蓮「…………」

夕美「加蓮ちゃん……?」

加蓮「……少なくとも、嫌われてるってことは絶対ないと思うよ」

夕美「ホントかなぁ……。自信なくなってきちゃったよ」

加蓮「ガチで嫌ってるとかなら、私がいるとかいないとか関係なくさっさと逃げるでしょ?」

夕美「それもそっか」

加蓮「ま、今度柚に言っとくね。夕美が悩んでたって」

夕美「お願いしてもいい?」

加蓮「ん。今すぐどうこうできるって保証はないけど、言うだけは言っとくね」

夕美「お願いしまーす……。私も帰るね……」トボトボ

<がちゃ

加蓮「お疲れさま」

加蓮「……」

加蓮「…………」


加蓮(気付いてなかった訳じゃないけど……避けてる、かー)

加蓮(……んー……)

「柚の思い出(3)」


それは、ありすチャンと一緒に料理番組に出た時のこと。


――回想・イタリアンクッキングの収録スタジオ――

<休憩入りまーす

柚「あいあいさー!」

ありす「ふう……」

柚「ありすチャンっ。ずっと真剣な顔してたねっ。どんな感じカナっ」

ありす「見ての通りです。……なかなか上手くはいきません」

ありす「理論のみを備えていても駄目なんですね。頭の中で思い描いた内容と実際の映像に、こんなにギャップを抱いたのは初めてです」

柚「……??」

ありす「……つまり、予習が無駄になったということです」

柚「そっかっ。ヤマはったら爆発したテストみたいっ」

ありす「テストですか。学校のテストはいつも完璧に準備できていましたが、これは学校の勉強とは全く違うんですね」

柚「アタシは逆にー、こっちの方がやりやすいかもっ」

ありす「柚さんはいつも、自由奔放でいますよね。……正直、羨ましいです」

柚「そお? アタシはありすチャン賢くてスゴいなーって思ってるよっ」

ありす「気休めは結構です。……はぁ。せっかくPさんに頂いた仕事なのに、このままでは……」

柚「…………」ソロォ

ありす「どうしたらいいんでしょうか。Pさんのアドバイスを、もっと……でも……」

柚「ぱくーっ!」

ありす「!? 柚さん!? それはまだ未完成の――」

柚「…………」モグモグ

柚「…………」モグモグ

柚「…………ん、んん?」

ありす「ああっ、まだPさんに味見をしてもらってないのに……! 最初に食べてもらおうと思ってたのに」

柚「……あのー、ありすチャン?」

ありす「何ですか」ナミダメ

柚「なにこれ?」

ありす「イタリアンです」

柚「イタリアン」

ありす「牛肉の煮込み料理です。スペッツァティーノ、と言うようですね」

柚「牛肉」

ありす「……何か問題でも? 確かに牛肉と言えば日本食を連想するかもしれませんが、これはれっきとしたイタリアンですよ?」

柚「……なんでこれ、イチゴの味がするのかな?」

ありす「イチゴソースで煮込む予定だからです」

柚「イチゴソース」

ありす「イチゴは最高の食材です。栄養満点で味付けに優れ、何よりイチゴというネームバリューがあります」

ありす「イタリアン……は私にはあまり馴染みがありませんが、調べてみたところ格式高い料理ということが分かりました」

ありす「これらを組み合わせば最高の料理ができる筈です。そうは思いませんか?」

柚「……」

柚「…………」

柚「………………」

――スタジオの隅――

藍子「加蓮ちゃん。休憩みたいですけれど、柚ちゃんの様子を見に行かなくていいんですか?」

加蓮「大丈夫でしょ。藍子こそいいの? ありすちゃん。今回の出演者の中でも最年少なんでしょ」

藍子「そうですね……」

加蓮「ありすって藍子にすっごい懐いてるし、休憩時間に行ってあげれば、ありすも安心するんじゃない?」

藍子「気になっちゃいますけれど、今はやめておきます。今日のありすちゃんは、あまり邪魔したくありませんから」

加蓮「すごく下準備してたよね、あの子」

藍子「今回の出演で、お母さんに見せてあげたいって言っていましたよ。料理ができるようになった自分を」

加蓮「そっか。それは本気にもなるね」

柚「加蓮サンっ大変大変!」

加蓮「ん」
藍子「柚ちゃん?」

柚「ありすチャンがおかしくなっちゃった!」

加蓮「は?」
藍子「ありすちゃんが……!? 何があったんですか!? 教えてください!」

柚「えとっ、ヘンなの! ヘンっていうか、えとっ……」

<休憩終わりまーす

柚「あああああ! どうしよどうしよ!」

加蓮「……ありすが変って、どういう風に? すごく緊張してるとか具合が悪そうとか」

柚「そういうんじゃないケドっ」

藍子「怪我をしてしまったとか……?」

柚「それも違ってて!」

ありす「ここにいたんですか、柚さん」

柚「ひゅい!?」

ありす「収録を再開するそうです。進行役の柚さんがいなければ撮影が進みません。戻りましょう」グイグイ

柚「えあのちょっとありすチャンアタシまだ話が――」

ありす「さっきレシピを調べ直しました。今度こそ成功する筈です!」ムンッ

柚「ああああああーっ! 待って待って大事なのそこじゃ――」

……。

…………。

加蓮「…………」ミアワセ
藍子「…………」ミアワセ
加蓮「……なんだったんだろ」
藍子「さあ……?」

――収録中――

ありす「橘流フルコース、なんとか完成しました。特に目玉はこのいちごパスタです」

いちごパスタ(初登場)<ズモモモモ...

<ざわざわ
<ざわざわ
<あれは、なんだ?
<イタリ……アン?

ありす「今日はイタリアンの歴史が変わる日になります。さあどうぞ、食べてください」

柚「う、ウン……」


加蓮(端っこで見学中)「…………私、料理しないしイタリアンとかさっぱりなんだけど……イチゴって、こういう風に使うの?」
藍子(端っこで見守り)「普通は、使わないと……」
加蓮「……柚が悲鳴を上げてたのって、このことだったのかな」
藍子「で、でもっ、食べてみると意外と美味しいかもしれませんよ?」

柚「い、行くぞーっ! ぱくーっ!」

ありす「……ど、どうでしょうか」ドキドキ

柚「…………」

柚「……………………」

<ざわざわ
<ざわざわ
<おい、これ大丈夫か……? 喜多見さん固まっちゃってるぞ……
<いや、あれは柚ちゃんなりのタメってやつじゃ――


加蓮「あぁ」トオイメ
藍子「ありすちゃん……緊張してる。柚ちゃんっ、あんまり溜めないで言ってあげて~っ」

柚「……………………」

柚「ウンっ! すっごく面白いと思う!」

ありす「!」パアッ

<ざわざわ!!
<ざわざわ!?

柚「アタシもたまーに料理とかするケド、イチゴは使ったことないなー。今度使ってみよっと!」

柚「うんうん! 美味しいイタリアンもいいと思うっ。でも、これってチャレンジクッキングだしー、新しい料理をみんなで作るっていうのもいいと思うなっ」

柚「ありすチャンにはー、柚からイチゴ賞を進呈だ!」

ありす「よかった……! あの……ありがとうございます、柚さん」

柚「ウンウン! よーしっ。みんなで試食タイムだー!」

<お、おー
<……おいお前先に行けよ、柚ちゃんのお墨付きだぞ
<わ、私からですか? これはちょっと難易度が……
<確かに……面白くはあるのか……?


藍子「よかった……。ね、加蓮ちゃん。料理って奥が深いんですっ」
加蓮「……いや、あれは多分……」
藍子「?」

――収録終了後・帰り道――

柚「つかれたーっ。柚もうヘトヘト! お腹いっぱいでー、でもっ、打ち上げしたいかもっ」

柚「ねね、ありすチャン。打ち上げする場所、どこがいいと思う?」

ありす「…………」

ありす「え? ……ごめんなさい、何ですか?」

柚「あちゃー。ありすチャンおねむかー。しょうがないっ」

加蓮「もう遅いもん。私だって、何もしてないのに疲れちゃってるくらいだし……」

ありす「別に眠い訳ではありません。いえ、眠いことは眠いですが……今のは考え事をしていただけです」

藍子「ありすちゃん、大丈夫? 手、繋いだ方が――」

ありす「だから大丈夫だと言っています!」

藍子「えっ……ご、ごめんねありすちゃん」

加蓮「……?」

柚「加蓮サンは何もしてないなんてことないよ! アタシとありすチャンを見守ってくれてた!」

加蓮「ホントに見てただけだけどね。藍子と喋ってばっかりだったし」

柚「そなの? 藍子チャンいーなー。ねねっ、加蓮サン、今度柚とも1日中おしゃべりしよう!」

加蓮「1時間したら遊びに行こうって騒ぎ出すにジュース1杯」

柚「なにおう!? アタシそんな子どもじゃないやいっ」

藍子「じゃあ、私は30分に賭けちゃいますっ」

柚「わーん藍子チャンまで! ひどいっ」

藍子「ふふ、冗談です♪」

ありす「…………」

藍子「ありすちゃん……?」

ありす「……ずっと気になっていることがあるんです」

加蓮「気になってること?」

ありす「私の料理を、柚さんや審査員のスタッフさんは"面白い"と言ってくれました」


柚「ぎくっ」
加蓮「そのリアクション早くない?」
柚「えわっ。ゆ、柚にはナンノコトダカ」

藍子「うん。すっごく盛り上がっていたよね。Pさんも、ありすちゃんの番が一番盛り上がったって――」

ありす「ですが」

ありす「……ですが」

ありす「…………誰も……"美味しい"と言ってくれた人がいなかったと思うのは、邪推なんでしょうか?」

加蓮「!」

柚「…………エト……」

藍子「……」

藍子「……考え過ぎだと思うよ? ほら、ありすちゃんの料理を皆さんが食べた時、すっごく盛り上がっていたでしょ?」

藍子「だから、ありすちゃんが聞き落としたんじゃないかな……?」

ありす「……そうでしょうか」

藍子「そうですよっ。きっとそ――」

ありす「柚さん」

柚「ぎくっ」

ありす「私の料理を食べた時、固まっていましたよね。それから一瞬カメラの方を見て、進行をしてくれました」

ありす「あれは――」

柚「ま、待って待って! 面白いって思ったのはホント! それはホントなのっ!」

ありす「それは? ということは、別のことは本当ではないんですね」

柚「ぎくぎくっ」

藍子「……」

加蓮「……ハァ」

加蓮「柚」カタポン

加蓮「柚に隠し事は無理。諦めなさい」

柚「なにおう!?」

ありす「……………………そう、ですか」

藍子「ありすちゃん……」

ありす「…………」

加蓮「…………」

柚「だ、だからー、面白いってホントのことだしっ、アタシはウソついてない……しっ……」

柚「あたっ……アタシは面白いのが一番いいと思う!」

柚「ほらっ、インパクト! そうインパクトだよ! 前に柚、画面の隅でちょこーんってしてたらぜんぜん映らなかったもん!」

柚「上手い上手くないはその次でいいと思うなっ! そうそう、きっとそうだ!」

ありす「……」

藍子「……」

ありす「……決めました」

ありす「柚さん」

柚「な、何っ!?」

ありす「励ましてくれてありがとうございます。少しだけ、元気が出ました」

柚「そっかーそれはよかっ」

ありす「ですが根本的な問題は解決していません。私はあの料理に魂を込めました」

ありす「美味しいと言われないまま引き下がる訳にはいきません」

ありす「そして、私の料理を最初に食べたのは柚さんです。だから、柚さんは責任を取る義務があります」

柚「せ、責任って?」


ありす「いつか必ず私の料理を美味しいと言わしめます。橘流を認めさせてみせます。だから、それまで練習に付き合ってください」

柚「ありすチャンっ」

加蓮「……!」

藍子「ありすちゃん……!」

ありす「きっとあの場にいた審査員は……悔しいですが、私の料理を美味しいとは思っていなかったと推測できます」

ありす「いつか必ず、あの人達全員に私の料理を美味しいと言わせてみせます。美味しいという本音を建前で塗りつぶせないくらいに上達してみせます」

柚「おおおおお……!」


加蓮「……ふふっ。すごく前向きなんだね。誰かさんに影響されたのかな?」チラッ
藍子「ありすちゃん、よくネガティブに考えてしまいますから……前向きに、って言うようにしているんです。伝わったのかな……?」

柚「分かったっ。そういうことならこの柚にお任せだっ」

ありす「お願いします。……次からは、美味しくない時は素直に美味しくないと言ってください。じゃないと練習になりませんから」

柚「あいあいさー! ねね、これってアタシありすちゃんの料理をいっぱい食べれるってことだよね! 得した気分っ♪」

柚「へへっ、うらやましい? 加蓮サンうらやましい? でもっ指名されたのはアタシだよ! へへへっ」


加蓮「…………うん、そうだね」トオイメ
藍子「あれ? 練習の間、ずっと料理を食べ続けるってことは――」
加蓮「藍子っ」シー
藍子「!」コクコク


ありす「帰ったら早速今日のおさらいを――」フラッ

柚「おわっと! ありすチャンっ今ふらっとした! 大丈夫?」

ありす「……はい。でも、おさらいは明日にしましょう。今日はもう……限界です」

柚「じゃー明日の朝からミーティングだっ。楽しみだなー♪」

以上、「例のアレ」と初対面だった時の話でしたっ!
……加蓮サーン! どうなるか分かってたなら教えてよ! 柚アレからずっと食べさせられてるんだよぅ!?
でもっ、ありすチャンは頑張り屋サンだしっ。最近では、マズイっ、って言うのが楽しくなってきちゃってるんだっ。
ありすチャンが料理の王様になるまで、アタシは見続けるぞーっ。これでアタシもお姉サンっぽくなれてるかな?

「柚の思い出(4)」


「へー、Pサンはアタシを選んでくれたんだ。……へへっ、なんか嬉しくなってきちゃった♪ トップ目指すのも悪くないかなー?」
(喜多見柚・第4回総選挙投票セリフより。一部小説用に表記変更)

「また私に幸せな時間をプレゼントしてくれるの? 私は、あの日Pさんに選ばれただけでも十分なんだけど……。」
(北条加蓮・第4回総選挙投票セリフより。一部小説用に表記変更)

「第5回総選挙」


――事務所――

柚「おはよーっ! 加蓮サン加蓮サン、今度の――」


加蓮「打倒、夕美」

夕美「私?」

加蓮「順位だけで言うなら、私がこの中で負けてるの夕美だけだもん」

ありす「あれはしょうがありません。何が、とは言いませんが」

加蓮「じゃあありすは別にいいって思うの?」

ありす「……いい訳ないじゃないですか。前回は私も歯痒い思いをさせられました。もう、泣かないと決めました」

加蓮「私も。どんな理由があっても負けは負けだし……それに、今回は直接勝負だよ。夕美」

夕美「私が勝ち越してやるんだからっ」


柚「……いっしょに……」

藍子「柚ちゃん?」ヒョコッ

柚「わわっ。う、後ろからいきなり話しかけるの反則っ。なな、何の用カナ? 藍子チャンっ」

藍子「びっくりさせちゃってごめんなさいっ。出入り口で立ち止まっているから、何をしているのかな? って思って」

柚「ん、んー。何かしているよーな、してないよーな?」

藍子「……?」


夕美「結局『にぱゆる』メンバーで結託とか、そういうのは無しでいいんだねっ?」

ありす「論外です。総選挙である以上は夕美さんも加蓮さんも敵ですから」

夕美「そっかっ。でも、何か困ったことがあったら言ってね。アイドルのこと以外なら、いつでも力になるからっ」

ありす「はい。……夕美さんが敵、ですか。改めて考えると」ジー

夕美「?」

ありす「……なんでもありません。ではレッスンに行ってきます。失礼します」

<ばたん

夕美「私もプロモの確認行ってくるねーっ」

<ばたん

加蓮「…………」

柚「夕美サンとありすチャン、すごい気合だったっ」

藍子「それだけ真剣なんですね。私も、もう少し見習った方がいいのかな……」

加蓮「あ、柚。来てたなら言ってくれればいいのに」

柚「お、おはよっ加蓮サン! えとえと、そのー、ちょっと柚には声をかけづらいかな? なんてっ」

藍子「今日は、事務所がいつもよりピリピリしていますね……」

加蓮「……まぁ、告知が入っちゃったもんね」

藍子「総選挙……」

加蓮「私からすれば藍子と柚が羨ましいくらいだよ。のんきに――ごめん、今のは無し」

加蓮「Pさんを待たせてもよくないし、準備してくるね」

柚「い、行ってらっしゃいっ」

藍子「行ってらっしゃい、加蓮ちゃん」

<ばたん

柚「……そっかー。加蓮サン、ガチなんだ」

藍子「ちょっと……話しかけづらい感じでしたよね」

柚「アイドルモードの加蓮サンがガチガチなのは知ってたけど、なんか今日の加蓮サン、ちょっと怖かったカモ」

柚「好戦的っていうのカナ? 前の加蓮サンを見てたら……誘えそーだったのにな……」

藍子「柚ちゃん?」

柚「ととっ、どしたの藍子チャン」

藍子「……ううんっ。柚ちゃんはいいんですか? 総選挙」

柚「アタシ? アタシはー、んー、もちろん頑張るよ。でもこう、なんていうのかなー。ほどほどに頑張ろっ、みたいな?」

藍子「ほどほどに?」

柚「うんっ。ほどほどにふつーにやってー、そんでハッピーエンドっ! 今回はそんなとこを目指してみよっかなー」

柚「藍子チャン……は、いつも通りだよねっ」

藍子「はいっ。私も、あまり焦りすぎないでいきたいと思っています」

藍子「あんまり意識しすぎたら、いつもの雰囲気を出せなくなってしまうかもしれないから……」

藍子「いつでも、私に会いに来てくれたファンが優しい気持ちになれるように……。こういう時だからこそ、基本が大切かな? って♪」

柚「おおーっ。さすが藍子チャンだ!」

柚「あっそうだ! ならさっ、藍子チャンはアタシとコンビ組まないっ!? まったりやる同士で!」

藍子「いいですねっ。私でよければ♪」

……。

…………。

「アタシの行き場所」


――ある日のラジオ番組――

加蓮『今日は私の新曲、「Texture Frame」を初披露します。みんな、聴いていってねっ』

~~~♪ ~~~~♪

加蓮『ありがとうっ。いつもとは違うテクノポップなイメージだけど、どうだったかな?』

加蓮『それで……えっと、ここで言っていいのか分かんないんだけど』

加蓮『今度、私達の系列の事務所で、トップを決める総選挙があるんです』

加蓮『ふふっ。私の歌を聴いて、"いいっ!"って思ってくれた人は、応援、お願いねっ♪』

――ある日の握手会会場――

夕美「応援してくれてありがとうございますっ♪」

夕美「あのね、今度総選挙があるのっ。相葉夕美によろしくお願いします!」

夕美「次の方ーっ。いつも応援してくれてありがとうっ♪ 今度――」

……。

…………。

夕美(休憩中)「休憩時間……なんだか勿体無いなぁ」

夕美「そうだっ。今のうちに、言い方を考えてみよっと♪」

夕美「応援お願いしますっ。……うーん、ちょっとカタいかな。応援お願いねっ。……フレンドリーすぎ?」

――ある日のミーティングルーム――

ありす「……このPVでは少しインパクトが弱いと思います。Pさん。もう少しどうにかできませんか?」

ありす「今から演出を追加しても大丈夫です。すぐに覚えて、撮影も今日中には終わらせますから」

ありす「え? ……当たり前です。今アピールしないでいつアピールするんですか」

ありす「出る杭は打たれると言いますが、この業界に限っては引っ込んでも何もはじまりません」

ありす「私はアイドルです。この事務所で、Pさんにプロデュースしてもらっているんです。生半可な結果では終わりたくありません」


……。

…………。

――数日後・事務所の廊下――

柚「~~~♪ ~~~~♪」テクテク

柚「ン?」

<ふうん。ありすはネットをメインに展開していくんだ
<ありすちゃんらしいって言えばありすちゃんらしいよね。どう対抗しよっかなぁ

柚「加蓮サンっ、それに夕美サンだ!」テテテッ

柚「やほっ。2人とも、なんか久しぶり!」ニパッ

加蓮「……柚」

夕美「こんにちは、柚ちゃん♪ そういえば最近、柚ちゃんとはあまり会っていなかったっけ?」

柚「そだよー。最近事務所に藍子チャンしかいないから、アタシ寂しかった!」

夕美「そうなんだねっ。ごめんね?」

柚「う、ううんっ。へーきへーき! 最近藍子チャンといっぱい喋ってて楽しくてっ。今のうちに独占だー、なんちゃって!」

加蓮「…………」

柚「……おーい加蓮サン? 柚だぞー。柚がここにいるぞー。窓の外に柚はいないぞー」

加蓮「あ、ごめん……。ちょっと今日のスケジュールを思い出してて」

柚「今日は何をするのっ?」

加蓮「今日は……お昼ご飯を食べたら音楽番組の収録に行って、多分夕方に終わるから近くのファミレスで取材」

加蓮「その頃にPさんが迎えに来てくれることになってるから車の中で1週間の予定を確認して」

加蓮「帰ったらトレーナーさんに振り付けだけ確認してもらって、家に帰る感じかな……」

柚「すごいぎっちりスケジュール! なんだか加蓮サンが一流アイドルって感じ!」

加蓮「……一流かは知らないけどそりゃそうでしょ」

柚「そっかー。たまには一緒に遊びたいなーって思ってたケド、今日はやめとくねっ」

柚「今日の分のレッスンは終わったし、今日も藍子チャンとまったりしよーっと」

柚「あっでも柚も取材を受けるんだった! 練習はしとかなきゃっ」

加蓮「もういい?」

柚「へ? ……あ、ゴメンね加蓮サン! あんまり無茶して倒れたりしたらダメだぞっ」

加蓮「分かってる。柚も、取材の時にしっかりアピールしてきなさいよ? 柚の元気らしさとか、楽しさとか」テクテク

夕美「じゃあまたね、柚ちゃんっ」テクテク

柚「あいあいさー!」

<夕美はラジオの収録だっけ
<今日は公開収録の日なの。簡単な握手会っぽくもするんだっ
<やっぱりそういうのって大事だよね

柚「……」

柚「…………あの、加蓮サン!」

加蓮「んー?」クルッ

柚「……や、やっぱりなんでもないやっ。じゃね!」タタッ

加蓮「……?」
夕美「何か言いたいことでもあったのかなっ?」
加蓮「さあ……」

――事務所――

柚「ただいまーっ」

藍子「お帰りなさい、柚ちゃん。レッスン、お疲れ様です」

柚「やほっ、藍子チャン。なんか最近、藍子チャン以外がソファに座ってるとこ見たことないなー」

藍子「加蓮ちゃんじゃなくてごめんなさいっ」

柚「加蓮サンならそこで会ったよ! 夕美サンと一緒に歩いてたっ……」

柚「夕美サンと、一緒に、歩いて……」

柚「……あっ、そんでねそんでね。今日も予定がたくさんあるんだって! さっすが加蓮サンだね!」

藍子「大活躍していますよね。最近は、テレビ越しに見ることの方が多くなってしまったみたいで……」

柚「藍子チャンもあんまり話してないんだ」

藍子「今は、あんまり邪魔したくありませんから」

柚「そかっ。じゃー藍子チャン。ここで加蓮サンのモノマネを!」スワル

藍子「え、え? えっと……ごほんっ。『神様がくれた~♪ 時間が溢れる~♪ あとどれくらいかな~』」

柚「おおっ。ぜんぜん似てないけどすっごく上手い!」

藍子「さすがに加蓮ちゃんほど綺麗な声は出せませんけれど……」

柚「そんなことないっ。今のすごく藍子チャンっぽかった! あ、でもさでもさ、歌詞間違えてない?」

柚「たぶん、時間"が"じゃなくて、時間"は"だったと思うっ」

藍子「そうなんですか? 間違えて覚えちゃってた……」

柚「これはー、後で加蓮サンに謝らないといけないヤツですな」

藍子「一緒にごめんなさいって言いましょうか」

柚「オッケー! ……アレ? 柚も?」

藍子「一緒にいてくれたら、嬉しいですっ」

柚「そう言われちゃしょうがない! それにー、柚もやらかして隠したままのことがあるし。藍子チャンのついでに許してもらおうっ」

藍子「何をやっちゃったんですか?」

柚「えーとね、アレは1週間前のことだったのっ。アタシが事務所に帰ってきた時、今日みたいに加蓮サンが事務所にいなくてー」

藍子「ふんふん……」

……。

…………。

――ある日のCDショップ――

加蓮「買いに来てくれてありがとう♪ それで、今度私達の事務所で総選挙……ううんっ、なんでもないです」

加蓮「え? 投票してくれる? ……ふふっ、ありがとうございます!」

……。

…………。

加蓮(休憩中)「……いや、ちょっとこれは卑怯かも。何人かはしょうがないなぁって顔してたし」

加蓮「Pさんはこういう路線もありだって言ってたけど……それって、同情票っぽくなるところがあるよね」

加蓮「……"病弱アイドル"として見られたいんじゃない。私は"アイドル"として見られたい」

加蓮「決めた。今回はもっとガツガツやっちゃおう。夕美だってドストレートに投票してほしいって言ってたし、私だって!」

――ある日のテレビ番組――

<今日は、この番組のエンディングテーマを歌ってもらってます、相葉夕美さんに来て頂きました!

夕美「こんにちはーっ。今日は生歌披露ってことで、いっぱい見に来てくれてありがとう!」

<夕美さんと言えば、今、アイドル総選挙が開催されているんですよね?

夕美「実はそうなのっ。みなさんの声援が、大きな花を咲かせることになるから……投票、お願いしますっ!」

<応援してあげてくださいね! では、歌の方をお願いします!

――ある日の事務所――

ありす「新作プロモの宣伝効果はどうなっていますか? ……そうですか。反応は薄いんですか」

ありす「……私はこれくらいでめげたりしません。次の手を打つだけです」

ありす「そこで考えたんですが、もっと私ならではの方法があると思って」

ありす「今は無料で動画が見られる時代です。そこで新キャンペーンの宣伝をしつつ……え? もう案に入れていた? さすが、Pさんは先見の明がある人ですね」

ありす「……成程。ネットで活躍することそのものが、アピールになるんですね」

ありす「はい。今から大丈夫です。打ち合わせして、すぐに撮影に移りたいです」

ありす「それと、今度のラジオで、私も総選挙の話をしていいですか?」

ありす「加蓮さんと夕美さんを見ていると、もう少し……私も何かやっておくべきだと思いました」

――数日後・事務所の廊下――

柚「~~~~♪」テクテク

柚「そーいえば前にもここを歩いてたら、加蓮サンがいたなー。最近ぜんぜん喋ってないなー……」

柚「ン?」

柚「あっ、加蓮サンだ!」テテテッ

加蓮「……」チラ

柚「加蓮サンっ。やほっ。何してんのー?」

加蓮「やっほ。今はPさんからの連絡待ち」

柚「Pサンから? なら事務所の方にいればいいのに。ここだと寂しいぞーっ」

柚「今からなんとっ。アタシと藍子チャンまでついてくる! これは事務所に行くしかありませんなー」ウンウン

加蓮「……だから行かないようにここで待ってるんだけどね……」ボソッ

柚「ン?」

加蓮「ううん。事務所に行ったらのんびりしちゃうし、ここで待つことにするよ」

加蓮「これからすぐに次の取材を受けないといけないもん。下手にスイッチは切りたくないから……」

柚「そ、そかっ」

加蓮「……ねえ、柚」

柚「ン?」

加蓮「柚はさ、最近どう? ……ほら、あまりレッスンとか見てないから様子が分からなくて」

柚「なになに? 柚のこと気になってた感じ? きゃーっ」

加蓮「ふふっ。ま、ちょっとね」

柚「アタシはいつも通りっ。レッスンしてー、Pサンとミーティングしてー、お仕事してー、って感じカナ」

柚「あっそうだ。最近藍子チャンとばっかり喋ってるかもっ」

柚「藍子チャン、お散歩コースのこととかカフェのこととかすっごく詳しいんだ! あとっ、写真をいっぱい持ってる!」

柚「今日もアルバムを持ってきてくれるんだって! お昼ごはんを食べながら一緒に見るんだっ。楽しみだなー♪」

柚「そうだっ。加蓮サンも一緒に……って、お仕事なんだよね」

柚「じゃあさじゃあさっ。お仕事が終わったら、加蓮サンも見てみようよ! 藍子ちゃんの写真っ。きっとスゴいのがいっぱいあるよ!」

加蓮「…………」

加蓮「あのさ」

加蓮「……あのさ」

柚「ン?」

加蓮「私、今回の選挙、ちょっと気合を入れてるんだ」

柚「うん。分かるよ」

加蓮「前回は……そんなに気にならなかったの。アイドルができているってだけで、十分満足してたし」

加蓮「でも、今回は気合を入れる理由があるの」

加蓮「上を目指したい、っていうのもそう。Pさんに応えたいっていうのもだし……打倒夕美、っていうのもあるし」

加蓮「でもさ。一番気になってたのは……」

加蓮「柚」

柚「へ? アタシ?」

加蓮「前回の選挙から今まで、柚って色んなことして、活躍して……ずっと一緒にいた柚が、すごい勢いで迫ってくる気がしてて」

加蓮「……柚が、怖かったの」

柚「え、え?」

加蓮「前の柚は怖かった。LIVEの時だって、キャンペーンとかしてる時だって、無意識のうちにみんな笑顔にして、色んな人から応援されてて……」

加蓮「負けそうかも、って思ったら、怖くなった」

柚「そ。そっかー。あははっ。じゃーアタシ、もしかして加蓮サンに勝てちゃったり――」

加蓮「でも」


加蓮「今の柚は全然怖くない」

柚「……加蓮、サン?」

加蓮「……あ、Pさんから連絡来てる。じゃあね、柚」

すたすた・・・

柚「え、えとっ、なん、だろ……?」

柚「えとっ……」

柚「……えーっとっ……」

柚「…………」

柚「……事務所に行こーっと! そうだっ、藍子チャンに写真を見せてもらわなきゃ!」

「心置きに心置きなく」


――ある日のミーティングルーム――

夕美「歌対決の企画っ? 私と、加蓮ちゃんで?」

加蓮「ふーん……。総選挙の宣伝が意外な方向に転がってるんだね」

夕美「対決とかってみんな盛り上がるもんね! うんっ、分かった! 私はそのオファーを受けるねっ」

加蓮「もちろん私も。……ふふっ。前哨戦、かな?」

夕美「負けないよ?」

加蓮「こっちこそ」

――ある日の収録現場――

ありす「っ!」ピコーン!

<ここで2位のありすちゃん、果敢に攻めていったーっ! さあ答えはっ!

ありす「"三平方の定理"です」

<正解っ! 問題の答えもですが、ありすちゃんはまだ小学生を卒業していないとのことです!

ありす「今から学業の余裕をしておけば、中学校に入ってからも芸能活動に時間を割けると思ったので、予習を」

<まさに天才少女――っ! アイドルだからといって侮るなかれ! では次の問題!


ありす「……!」ピコーン!

<ありすちゃんが押したッ! 答えは!

ありす「確か……紫式部、だったと思います」

<…………残念!

ありす「……そうですか」シュン

<か、悲しそうな姿に正解にしてあげたいのですが、この問題の答えは――

ありす「……次こそは……次で、挽回します」

<頑張れありすちゃん! ……えーと、次の問題、ありすちゃんだけに教えちゃダメ?
<ちょ、ブーイングはやめてください! みなさんブーイングはやめてください! 大人げないでしょうあなたたち!

――ある日の取材――

夕美「みんなピリピリしてて……あははっ。そういう時期だからかなぁ……」

夕美「うんっ。私の周りの仲間も、総選挙ってことで目の色を変えてるよっ」

夕美「もちろん私も! 記者さんも応援してくれると嬉しいなぁっ」

夕美「はいっ、お願いします! ――私にとってのアイドルは、やっぱり花を咲かせることかなっ。お花って――」

――ある日のCM撮影現場――

<カット! オッケーでーす! お疲れ様でした!

加蓮「ふうっ……」

加蓮「お疲れ様、Pさん。……えー、びっくりするとこおかしくない? 一発オッケーなんてお手の物だよっ」

加蓮「今は、少しでもたくさんのことをしておきたいもん。ミスで時間が消えるのは嫌」

加蓮「ね、Pさん。この後挨拶回りするんでしょ。私も連れて行ってよっ。ね、いいでしょ!」

――ある日のミーティングルーム――

ありす「素直にやるように、と言われたので子供らしさを意識してみました。どうでしょうか」

ありす「正直に言ってください」

ありす「……わざとらしいという意見があった、ですか。私も、少し変な感じはしていました。でもこれは演技の問題ではありませんよね」

ありす「私、今は論破を封印しようと思っているんです。……なんですかその顔は。そんなに意外なんですか?」

ありす「正論を主張することは重要です。ですが、それは今ではないと思っています」

ありす「何が大切で何を後回しにするべきか、教えてくれたのはPさんと、……アイドルの先輩方ですから」


……。

…………。

――数日後・事務所――

藍子「はいっ、柚ちゃん」コトッ

柚「ありがと! ごくごくっ……ぷはーっ。藍子チャンのお茶も飲み慣れちゃったっ」

柚「今ならアタシ、藍子チャンが淹れたお茶を当てることとかできるよ!」

藍子「今度、クイズっぽくやってみちゃいましょうか」

柚「景品もつけてね! そしたら柚、超頑張れるから!」

藍子「はーいっ」

柚「外もう真っ暗だねっ。藍子チャンのおかーさん、いつ来るかな?」

藍子「ちょっと渋滞しているので遅れちゃうかも、って言っていました」

柚「そかー。じゃー、まったり待とうっ」

<~~~♪ ~~~~♪

柚「あっ加蓮サンだ!」

藍子「最近、色んな番組で見ますよね」

柚「前に歌対抗番組って言ってたけど、これのことかな?」

藍子「みたいですよ。ほら、右上のテロップ」

柚「ホントだ書いてある。そんで、この新曲も何回も聞いた!」

藍子「CD、いっぱい売れているみたいですよ」

柚「そっかー。加蓮サンきっと喜んでくれてるだろーなー」

<~~~~♪ ~~~~♪

藍子「今度は夕美さんの番ですね」

柚「だねー」

藍子「あ、結果が出るみたいですね。……わ、すごい。2票差ですっ」

柚「接戦だ! でも加蓮サン負けちゃったね」

藍子「加蓮ちゃん、すごく悔しそうにしてますね」

柚「そんで夕美サンは朝ドヤ顔だ! 加蓮サンに勝てたのが嬉しかったのかな?」

藍子「今は"勝負に勝てたこと"が、大切な時期なのかもしれませんね」

柚「そっかー」

柚「……」

藍子「?」

柚「……ヘンなの。なんで勝負とかするんだろ」

柚「負けたらすっごく悔しいのに。楽しければオッケー、じゃダメなのかな」

藍子「柚ちゃん……?」

<~~~♪
<~~~~♪

<わああああああああーーーーー!

柚「……ヘンなの」

「心置きなく心の在り処を」


――夜・北条加蓮の家――

加蓮「……そっか」

藍子『夜遅くにごめんなさいっ。ただ、柚ちゃんの様子がどうしても気になってしまって……』

加蓮「ううん。どうせごろごろしてただけだし。教えてくれてありがと、藍子」

加蓮「……柚には悪いことしちゃったかな」

藍子『え?』

加蓮「柚さ、藍子とずっと一緒にいるんだよね? ゆっくりまったりするー、って感じで」

藍子『はい。今までは、柚ちゃんらしくマイペースで、ときどき遊びに誘ってくれてたりもしてて……すごく、いつも通り、って感じでした』

加蓮「そっか」

藍子『あの、加蓮ちゃん』

加蓮「んー?」

藍子『悪いことをしちゃった、っていうのは?』

加蓮「たぶんなんだけど、柚、私と一緒に総選挙のあれこれをやりたかったんだと思う」

藍子『……ふふっ、きっとそうですね。柚ちゃん、加蓮ちゃんのことが大好きですから』

加蓮「それだけじゃなくてさ。前回の総選挙の時、私がそんな感じだったんだ。今の柚みたいっていうか」

加蓮「ゆっくりやろう、って。なんていうか……もうこれ以上はいいかな、って思ってた時期だったから……」

藍子『これ以上は……?』

加蓮「上なんか目指さなくてもいい。頂点なんてどうでもいい。アイドルをやれてるから満足だし、私は幸せ――」

加蓮「とか思っちゃっててっ。あはは、今から思い返すとすんごい黒歴史なんだけどねっ」

藍子『えーっ。私は、そういう考えの加蓮ちゃんもいいと思いますけれど……』

加蓮「藍子らしいね。でも今回は――ちょっと、気合入っちゃって」

藍子『見ていて伝わります。今日の番組に出ていた加蓮ちゃんだって、いつもよりずっと、目が離せませんでしたよ』

加蓮「今日? ……あ、歌対抗番組の放送かー。夕美に負けちゃったヤツ」

藍子『最後は2人で歌っていたじゃないですか。あのフェスLIVEの時みたいに、息ピッタリで』

加蓮「夕美だもんね。相変わらずだよ」

加蓮「……前回の選挙の時なんて、柚の方がむしろ気合を入れてたくらいなのに」

加蓮「冗談まじりにトップを目指すとか言ってさ。結果は……柚にしてはいいとこ行ってたよね」

藍子『そうですね。前回の柚ちゃんは、今回の加蓮ちゃんみたいな感じだった気がします』

加蓮「なのに……」

藍子『まるで、加蓮ちゃんと柚ちゃんが入れ替わっちゃったみたいですね』

加蓮「……もしホントにそうなったら大惨事だよ。私が柚だよーとか言い出して、柚がふふって笑ったりするよ?」

藍子『そ、想像してみたらすごいことになりそうでした……。柚ちゃんも加蓮ちゃんも、イメージが変わってしまいそう』

加蓮「…………」

藍子『加蓮ちゃん?』

加蓮「……あの子、寂しそうにしてたりする?」

藍子『ちょっとだけ。加蓮ちゃんと遊びたいって、よく言っていますよ』

加蓮「そか……」

加蓮「退いた方がいいのかなぁ、今回の選挙」

藍子『え……?』

加蓮「柚を寂しがらせるなら、退いた方がいいかな? って言ったの」

藍子『それは……』

加蓮「正直……たまに思うし。柚とまったりのんびりしてた方が楽しいかも、とか」

加蓮「でも、……スイッチ入っちゃったんだよね。上を目指したいっていう」

加蓮「今回ばかりは柚を切り捨てるべきなのかな?」

加蓮「……どっちも、やだなぁ。どうしたらいいんだろ」

藍子『……』

加蓮「ね。どうしたらいいと思う?」

藍子『……そんなに極端なことを言わなくても、いいって思ってしまいます』

加蓮「私、あんまり器用じゃないからどっちもっていうのはできないの」

加蓮「できないけど、どっちかを切り捨てるっていうのも嫌」

藍子『そうですよね……』

加蓮「ホントは柚が――」

藍子『……柚ちゃんが?』

加蓮「……なんでもない。ごめんね藍子、ちょっとの間だけでいいから柚のこと見ててくれる?」

藍子『それはいいですけれど……』

加蓮「明日も早いしそろそろ切るね。今日は電話してきてくれてありがと、藍子。柚のことはまた考えてみるから」

藍子『……いえ。おやすみなさい、加蓮ちゃん』

加蓮「おやすみ、藍子」ピッ

<どさっ

加蓮「(ベッドに寝転びながら)はー……」

加蓮「……」

加蓮「……やっぱり……」

加蓮「今の柚は……やだなぁ……」

「柚の過去(5)」


それは、第4回総選挙が終わった少し後のこと。


「こんにちはっ。私は相葉夕美って言うのっ。前から藍子ちゃんに聞いてたけど、会えて嬉しいな♪」

「私は北条加蓮だよ。藍子が言ってたから興味があって。私も会えて嬉しいよ」

――回想・ある日の事務所の廊下――

柚「ついに柚にもグラビアのお仕事が来た! 水着水着っ。いいの探さなきゃ!」テクテク

藍子「私も、ありすちゃんに似合う浴衣を探してあげなきゃっ」テクテク

柚「今度のフェスのだよねっ。ねね、それアタシもついていっていい!?」

藍子「ふふっ、もちろんですよ」

柚「やたっ。じゃーアタシ、藍子チャンの水着も一緒に選んじゃうっ」

藍子「い、いいですよっ。私は水着のお仕事は入っていませんし……」

柚「んー、なんとなくだけど藍子チャンにも来そうな気がするから、その時に備えて?」

藍子「いいですってば~」

――事務所――

<ばーん

柚「ただいまっ、加蓮サンいる!?」

加蓮「お帰りー、柚」
夕美「お帰りなさいっ、柚ちゃん!」

柚「あ……夕美サンといたんだねっ」

加蓮「うん。私に何か用だった? 今ちょっと次のトーク番組の打ち合わせしてるから……」

柚「そ、そっか。じゃあ後でいいやっ」

加蓮「ゴメンね? それで夕美、どこまで話したっけ」

夕美「アポ取りのところまでだねっ。ガーデニングのことでホムセンも紹介したいから――」


柚「……」

柚「……ぶー」

藍子「柚ちゃん、お茶を淹れまし――膨れちゃってる……」

――またある日の事務所――

加蓮「夕美。ちょっと聞いていい?」

夕美「うんっ。何?」

加蓮「前の収録がさ、すごく長引いたって言ってたじゃん。体力的な問題とかなかったの?」

夕美「うーん。正直結構しんどかったけど、休憩時間をうまいこと使ったのっ」

加蓮「休憩時間を……」

夕美「体にやすらぎを与えてくれるハーブティーと、30分だけ寝て回復する為のアロマディユーザーと」

夕美「あとねっ、どれくらいの濃さでコーヒーを淹れたらすっきり起きられるかとか計算してみたのっ」

加蓮「色々工夫したんだね」

夕美「長い収録だったから休憩も多くて。ちゃんとリフレッシュして、無事乗り越えられたんだ」

夕美「そうだっ。加蓮ちゃんにも教えてあげるね!」

加蓮「ふふっ、ありがと」

――またある日の事務所――

加蓮「いいのないなぁ……」パラパラ

夕美「何見てるのっ?」

加蓮「雑誌ー。春物が欲しいんだけど、ピンと来るのがなくて」

夕美「そっかっ。加蓮ちゃんは、どういうのが欲しいのかな?」

加蓮「ちょっとイメージ変えていきたい感じ。ジャケット系のとか……何かない?」

夕美「それだったらこの辺とかオススメだよ! かなり薄いけど、薄水色のジャケットなら加蓮ちゃんにも合うんじゃない?」パラッ

加蓮「そーそーこういうの! こういうの探してたのっ。ナイス夕美!」

夕美「えへへっ。じゃあ、加蓮ちゃんにも選んでほしいな」

加蓮「? 選ぶって?」

夕美「ちょうど私も春物を新調しようと思ってたから、私に似合いそうなジャケットとかっ」

加蓮「それならどうせだし、次の休みに一緒に行かない?」

夕美「賛成っ。一緒に行こっか!」


……。

…………。

柚「加蓮サンを取られた。最近、夕美サンとばっか楽しそうにしてる」シクシク

藍子「元気出してください、柚ちゃんっ」

柚「藍子チャンのせいだー!」

藍子「ええっ」

柚「藍子チャンが夕美サンを加蓮サンに紹介するから、加蓮サン取られたじゃんっ」

藍子「うぅ、ごめんなさい。でも、夕美さんのお話を聞いていると、加蓮ちゃんとすごく仲良くなれそうな気がして……」

藍子「それに、加蓮ちゃんにも夕美さんのことをお話したら、興味があるって言うから」

柚「確かにすっごく仲良しだっ。まだ会って2週間くらいしか経ってないよねっ?」

藍子「すぐに意気投合しましたよね」

柚「藍子チャンは夕美サンのこと、前から知ってたの?」

藍子「ときどき、カフェでご一緒していたんですよ。お気に入りの場所があるんですけれど、夕美さんもよく行っていて……」

柚「偶然なんだっ」

藍子「最初は、偶然でしたっ」

柚「そっかー。偶然ってスゴいね!」

藍子「ふふっ。すごいですよね」

柚「……でも加蓮サン取られた」ブー

藍子「元気出してくださいっ。ほら、柚ちゃんも混ざってきたらいいと思いますよ。夕美さんなら喜んでくれると思いますっ」

柚「でも、そーしたら藍子チャン1人になっちゃうよ?」

藍子「心配ご無用ですっ。柚ちゃんがあっちに行くなら、私もついていきますよ」

柚「そっかー」

柚「……」チラ


<でさ、その店にネイルコーナーがあって……
<珍しいんだねっ。花のコーナーはないかな?


柚「やめとく。なんか……なんかヤダ」

藍子「……?」

柚「なんかヤダだからヤダっ」

藍子「……じゃあ、私もやめておきますね。私が行ったら、柚ちゃんが1人になっちゃうから」

柚「うん……」

藍子「そうだっ。私、前に現場の人からもらったお菓子があるんです。柚ちゃんも一緒に食べませんか?」

柚「食べる食べるっ! なになに!?」

<がちゃ

ありす「みなさんいますか?」

柚「ありすチャンっ」
藍子「ありすちゃん。Pさんとのミーティングは終わったんですか?」

ありす「はい、終わりました。……加蓮さんと夕美さんも聞いてください。重大発表です」

加蓮「なにー?」
夕美「重大発表?」

ありす「はい。ご、ごほんっ」

ありす「Pさんからの伝達です。――この5人で、新しいユニットを組むことが決まりました!」

柚「!」
藍子「ユニット?」
加蓮「5人ってことは、夕美も加わってだよね」
夕美「わぁ……私も混ざっちゃっていいの!?」

ありす「はい。むしろ夕美さんが入ることで盛り上がるのではないかと、Pさんが」

藍子「私ももちろんっ、夕美さんが入ることに大歓迎ですよ」

ありす「私も反対する理由はありません。今までは4人でLIVEに出ることもありましたが、やはり5人の方がバランスが取れています」

ありす「それに……夕美さんには聞きたいことがたくさんあります。この前のレッスンのこととか……」

夕美「ありがとうっ♪」

加蓮「異議ないよー。こんなに意気投合できるんだし、私も大丈夫だと思う。柚は?」

柚「うぇ? あ、えとっ、えとっ、ゆ、柚も大丈夫!」

夕美「みんな、ありがとう! 新参者ですけど、よろしくお願いしますっ」ペコッ

加蓮「こっちこそよろしくー」
藍子「楽しいユニットにしましょうね」
ありす「多くのことを勉強させてもらいます」

柚「……」

加蓮「……? 柚?」

柚「な、なんでもない! そのー、ほら! 加蓮サンと遊ぶ時間が減っちゃいそうだなーって思ってたり思ってなかったり?」

加蓮「ふふっ。何遠慮してんのよ。柚らしくない。誘ってくれたらいくらでもついていくよ?」

柚「ホント! じゃー今週末……は、夕美サンと行くんだっけ……。それならその次の日! どうかなっ」

加蓮「空いてるよー」

柚「やたっ! あのさ、水着! 水着見に行こ! アタシ今度水着の撮影あるんだっ。加蓮サンにも手伝ってほしくて!」

柚「そんでそんでー、帰りにプールにも行こ!」

加蓮「水着かぁ……。私も探さなきゃ」

柚「あれ? 加蓮サン持ってないのっ? じゃー一緒に探そ!」

ありす「……それよりも先にユニット活動のことを考えて欲しいのですが」

藍子「スケジュールは、もう決まっているの?」

ありす「はい。Pさんから渡されましたが……これ、5人分の予定が1つの手帳にまとめてあって、整理するだけで一苦労なんです」

藍子「じゃあ、私も手伝うね。1つの紙にまとめて、みんなで見やすいようにしましょうっ」

ありす「分かりました。私もやります」

夕美「ユニット活動……ユニット活動かぁ。ふふっ、楽しみだなぁ……♪」

これが、夕美サンと出会った時――じゃなかったっ。夕美サンと出会って、ちょっとした頃の話。
最初は加蓮サンが取られちゃうって思ったけど、それは心配しすぎてた。
それに、夕美サンもすっごく楽しい人なんだっ。
一番年上なのに、イタズラのやり方とかいっぱい知ってて。
花のことに詳しくてー、器用でなんでも作れてー、歌もダンスもスゴくスゴいっ。
それにそれに、ちびっこにすっごく優しいから、ありすチャンなんてすぐ懐いちゃった。よく子ども扱いするなーって言ってるケドっ。

……何もかもが。
アタシよりスゴくて。
まるで、アタシの役割を、ぜんぶ奪っていきそうな人で。

楽しかったケド、ときどき、胸が痛くなりだしたのも……この頃だった、かな。

「下と、上」


――レッスンスタジオ――

夕美「……柚ちゃん、来ないね」

加蓮「どこで何やってるんだか……」

夕美「加蓮ちゃんは見かけてないの?」

加蓮「うん。最近、あんまり柚と一緒にいないし。今日だって久しぶりの合同レッスンなんだし」

夕美「柚ちゃんと一緒に歌うのも久しぶりだよねっ。ちょっと楽しみかも」

加蓮「……相変わらず夕美は余裕があるんだね」

夕美「だから余裕なんてないよっ。これでも精一杯なの!」

加蓮「そうは見えないんだけど」

夕美「ホントなんだけどなぁ……」

……。

…………。

(3分後)

加蓮「……ごめん。迎えに行ってくる。夕美は?」

夕美「私は……ここで待ってていい? もしトレーナーさんが来たら説明しないといけないし」

加蓮「ついでにPさんが来たら私は探しに行ったって伝えといてくれる?」

夕美「うんっ。加蓮ちゃんは柚ちゃんと大の仲良しだもんねっ。柚ちゃんのこと、任せちゃうねっ」

加蓮「……一緒にいるだけだよ。行ってくる」

夕美「行ってらっしゃいっ」

てくてく・・・

――事務所――

<がちゃ

柚「!」ビクッ

加蓮「……いたんだ。どうしたの? ソファの前に立ち尽くして。レッスンの時間だよ?」

柚「加蓮サン……」

加蓮「って……ホントにどうしたの……? なんかすっごく顔色悪くない? 具合でも悪いとか……」

柚「……」フルフル

加蓮「そう」

加蓮「……」

柚「……」

加蓮「……」

柚「……さっき……Pサンがいたんだ。今はありすチャンの付き添いだけど」

加蓮「うん」

柚「最近の加蓮サンのこと聞いて……びっくりした。加蓮サン、1日に何個も何個も予定があって、すごく頑張ってるって聞いたんだ」

柚「スゴい、って思った。……頑張ってる加蓮サン、スゴいなって」

加蓮「最初の時にもそう言ってくれたよね、柚は」

柚「……加蓮サン、スゴいよね」

加蓮「……? あ、そうだ……。私も藍子から柚のことを聞いたよ」

柚「藍子チャンから?」

加蓮「最近の柚のこと。藍子と一緒にのんびりしてることとか。昨日私の出てる番組を見てくれたこととかさ」

加蓮「ねえ、柚。私と一緒に、色々やりたかったの?」

柚「……」コクン

加蓮「……私が気合を入れてるのを見て、引っ込んじゃったの?」

柚「……」コクン

加蓮「……」

柚「……」

加蓮「……」

柚「……」

加蓮「……なんで?」

柚「え……」

加蓮「なんで引っ込んだの?」

加蓮「柚さ、いつも振り払っても堪えないじゃん。どんだけ私が呆れてもいつもアホっぽく笑ってるじゃん」

柚「……だって」

加蓮「だって?」

柚「……まったりしよー、って、思ってて。加蓮サンならきっと、柚に賛成してくれるかな、って」

加蓮「うん」

柚「でもあの時の加蓮サン、目がすっごく鋭かったから……前に、行けなかった」

加蓮「……」

柚「……」

加蓮「……」

加蓮「柚」

柚「!」ビクッ

加蓮「ちょっと座りなさい」

柚「……うん」スワル

加蓮「あのね……。確かに私、らしくなく気合を入れてるよ? 柚とはやり方が違うかもしれないよ」

加蓮「でもさ。……言ったよね。今の柚は怖くない」

加蓮「だって今の柚は逃げてばっかりだもん」

加蓮「頑張れないから引っ込んだ? 違うよね。柚はただ逃げてるだけ。私にはそうにしか思えない」

加蓮「まったりやる同士だから藍子と手を組んだ? 違う。そこならのんびりする言い訳が作れるから柚はそうしてるだけで、」



柚「……逃げたくもなるよ」

加蓮「……え?」

柚「逃げたくもなるよ! だって加蓮サン、スゴすぎるもん!」

柚「夕美サンだってそうだよ! アタシの持ってないもの、ぜんぶ持ってて……アタシよりぜんぶすごくて……!」

柚「加蓮サンとか夕美サンとかとバトったらアタシ勝てる訳ないじゃん!」

柚「じゃあ、逃げていいじゃん!」

柚「ふつーにやってほどほどにやってハッピーエンドでいいじゃん!」

柚「逃げてなにが悪いの!!」

加蓮「……」

加蓮「……悪いよ」

柚「っ……」

加蓮「逃げることとやり方を変えることは別だよ。でも今の柚は逃げてるだけ。できないって決めつけて逃げてるだけだよ」

加蓮「今の柚は、間違って――」


柚「加蓮サンの方が上にいるじゃん! 柚よりも!!」

加蓮「え……っ?」

柚「上から見ても柚のことなんて分からないよ!」

柚「逃げたくなる気持ち、加蓮サンにはわかんないよ!」

柚「加蓮サン、ぜんぶ努力で解決しちゃうもん!」

柚「アタシの気持ち、加蓮サンに分かるワケないっ!!」ダッ

加蓮「ちょ、柚! 待ちなさい! 待ちなさっ――」

<ばたん!

「いつも見上げていた少女の世界」


……。

…………。


――喜多見柚の家・柚の部屋――

勝っても負けても、みんなハッピー。
ミスっちゃっても、笑っちゃえ。
楽しければ、それでいいから――

そんなこと、加蓮さんや夕美さんを見てたら、全然言えなくなってた。

駆け込むようにして帰ってきたあたしは布団に身を投げだしていた。おかーさんが何か言ってたけど全部ムシした。
顔をシーツに、ぎゅ、と押し当てて、目の前を真っ暗にした。
そのまま眠っちゃえばどんだけ幸せだろう。
イヤなことなんて見なくて、考えなくて、寝て起きて、スイッチ、切り替えていこうっ――なんて。
今は、できない。

あたしはいつも、みんなのこと、すごいなぁって思う。
特に加蓮さん。
第一印象だけじゃないよ。
加蓮さんって、意外と……なんていうのかな。欠点? が、多いの。
体力がぜんぜんなくて、言動がちょっときついから誤解されやすいことがあって、Pさんも苦戦してた。
それに、加蓮さんは課題も多いみたい。ダンスはいつも大変みたいで、歌だって、Pサンやトレーナーサンからすごく期待されてて、いつもすごいレベルのことやってるもん。どうやったらそんな歌が歌えるんだろ、ってくらいに。

でも、加蓮さんはそういうのを全部、努力で解決してきた。

すごく、頑張る人なんだ。

あたしは……あんなに、頑張ることなんて、できない。

ごろん、と転がった。部屋の電気がいつもより白くて冷たそうに見えた。
さっきからカバンが何か言ってる。専用の着信音が、何度も、何度も。
……うるさい。
蹴っ飛ばそうとして足を伸ばした。でも蹴っ飛ばせなかった。もういいや、ってなって、またごろんと寝返りを打った。

静かな静かな部屋で、独りきり。
事務所はいつも賑やか。
夜はすぐに眠っちゃう。
それに最近は加蓮さんのところで寝ることが多いから……こんなに静かな場所に放り込まれたことなんて、すごく久しぶりかも。
こうしてごろんって寝転がってたら、強く実感することがある。

あたしには、なんにもないんだ。

加蓮さんみたいに、何が何でもって情熱もないし。
藍子ちゃんみたいに、優しくなれないし。
夕美さんみたいに、なんでもできるすごい人じゃないし。
ありすちゃんみたいに、賢くもなれない。

あたしって、何なんだろ。

『柚は、いつまでアイドルを続けるつもりか決めてる?』

そういえば、おかあさんが言ってたっけ。
アイドル、いつまで続けるのか、って。

……やめちゃっても、いいのかな。

こんなに苦しくなるなら、やめちゃった方が……いいのかな。

加蓮さん、たぶん優しいから、あたしがアイドルじゃなくても遊んでくれるよね。
それに、あたしがアイドルじゃなくても、事務所に遊びに行くくらい、いいよね。
前みたいに一緒にあたしの部活に遊びに行ったり、加蓮さんの撮影を見学しに行ったり、一緒にありすちゃんの応援をしたりしてもいいよね。
……あれ?
でも、加蓮さんとの思い出、アイドルのことばっかりだ。
じゃあアイドルはやめたくない。やめちゃったら、ほんとにあたしには何も残らなくなる。

でも。

……また着信音が鳴った。今度は電話じゃなくてメッセっぽい。
スマートフォンを手にとって大声で叫んだりしたら何か起きたりしないかな。
魔法みたいなことが起きて、あたしがなんでもできるようになって、胸にずしんとくる重たさもなくなって、ぜんぶ楽しくなったりしないかな。

見上げ続けて疲れちゃう毎日が、終わったりしないかな……。

……。

…………?

なんだろ。
何か、聞こえた。
耳を澄ましてみよう。

下の方から、声が聞こえる。
おかあさんの声だ。

"――ゃんが、――わよ"

???
聞こえないや。
聞きたくもないけど。
耳をぎゅっと塞いだ。
そしたら。

がちゃり、と扉が開いた。

おかあさんがいる。

あたしを見て、少しだけ息をのんで、それから、こう言った。


「加蓮ちゃんと夕美ちゃんが来てるわよ」


……え?

「格好悪く」


――喜多見柚の家・玄関――

加蓮さんがいた。あたしを、睨むようにして見てた。
夕美さんもいた。加蓮さんに、肩を貸してあげてた。

「加蓮さん、夕美さん……」

すごく荒い息遣い。加蓮さんだ。加蓮さんが、ぜー、ぜー、って息を荒くして、それでもずっと、あたしを見てる。
あぁ、この目、見たことある。
猛練習してる時の目だ。
上手くいかなくて、体力もなくなって、しんどくて、倒れ込みたくなって――そんな時、加蓮さんは猛獣みたいな目を見せる。
情熱とか、気力とか、気合とか。
燃やせる物を燃やし尽くして、何が何でも負けない、って主張するように。

「はーっ、はーっ……ごほっ……。柚ぅ……!」
「ひっ」

びくってなった。
怖かったから。
加蓮さんと出会ってけっこう経つけど、こんな声、聞いたことない。

「アンタ、ねぇ……」
「……何しに来たの加蓮さん。来ないでよ。あっち行ってよ」

でもそれで、あたしも言えるようになった。

「逃げたいって柚言ったじゃん。逃げさせてよ! 追っかけてこないでよ!」
「……」
「どっか行っちゃえっ! あたしなんてどーでもいいでしょ!? 加蓮さんはスゴいアイドルやっててよ!」
「……」
「あたしなんて放っとけばいいじゃん! 来ないでよ!!」
「…………」

下唇が痛い。あと胸が痛い。それとぎゅっと掴んでる左手も痛い。ぜんぶ、痛い。

「来ないでよ! あたしのこと怖くなんてないんでしょ? じゃあ今はどーでもいいじゃん! 夕美さんとかありすちゃんの方を見てればいいじゃん! 勝負してるんでしょ!? 勝ち負けが大切なんでしょ!? ならあたしのことなんてどうでもいいじゃん!」
「うっるさいなあ!!」
「っ!!」

痛いのに、加蓮さんはもっと痛くしてくる。
あたしを上から押しつぶしてくるみたいな叫び声で、凶悪な表情で、ずい、と乗り出してくる。
隣で夕美さんが片目と口元を歪めてた。加蓮さん、夕美さんの肩を借りたままだもん。爪が食い込んでるんだと思う。

「放っとける訳ないでしょ!? どうでもいい訳がないでしょ!? アンタ誰から逃げてるのよ。なんで何もかもから逃げ出すのよ!」
「だからっ逃げて何が悪いの!? 勝てっこないんだよ!?」
「違う! それだけじゃない!」
「逃げて何が悪いのっ!!」
「勝負とか総選挙からじゃない。私から逃げてるでしょ! 逃げてることを言い訳にして逃げてるでしょうが!!」
「っ……!」

加蓮さんはまた咳き込んだ。何度も何度も。すごく苦しそうにしていて、左手を膝に押し付けている。
崩れ落ちそうな状態を夕美さんが支えて、何か話しかけているけど、加蓮さんはぜんぶ拒否した。
しがみつくように夕美さんの体を借りて、汗びっしょりになりながらも立ち上がって、また、あたしを睨む。

「……勝手に……勝手に私が柚の気持ちを分からないって決めつけて……人を傷つけるだけ傷つけて、逃げないでよ……!」
「だって分かる訳ないじゃんか! 加蓮さんっあたしみたいに逃げたりしないでしょ!? 逃げたくなるあたしの気持ち――」
「そうだね。すぐには分からないかもしれない。私は柚と違う」
「でしょ!? だったら――」
「でもさ、そうやって分からないって決めつけて私から逃げないでよ! 分からせようともしないで! アンタがそうやって逃げたら、誰が柚のことを助けてあげられるのよ!?」
「え……っ……」

誰が、あたしのことを、助け……?

「く、っ……」
「か、加蓮ちゃんっ。座って話そ? 気持ちは分かるけどそれじゃ加蓮ちゃんの方が――」
「ごめん、夕美、も、ちょっとだけ……っ! ね、柚ぅ……? 今の私、最高にかっこ悪いでしょ?」
「は……?」

何言い出すの。かっこ悪い? 誰が?

「友達の家に来るだけでこんなんになるんだよ? 夕美の手を借りなきゃ立ってもいられない。ホントはさ、1人でここまで来ようとしたんだ。……でも、事務所を出てすぐにバテたの。急いで柚のところに行きたくて、全力疾走したら、駅にたどり着く前にバテたの」
「何の、話……」
「そしたら夕美が追いかけてきちゃって助けてくれた。私は夕美に助けられないと、ここに来ることも、柚を説得することもできなかった」
「…………」
「ね? 最高にかっこ悪いでしょ? アハハハっ!!

加蓮さんの笑みがこんなに怖いことなんて、1回もなかった。

「まだあるよ」

「どんなに頑張っても頑張っても夕美には勝てない。ステージだっていつも夕美が先に完成させて、逆に気遣われるくらいだし。歌の対抗企画だってやっぱり負けた。絶対勝って踏ん切りにしてやろうって決めてずっとずっと練習しても負けた」

「柚にだって勝てないよ? 覚えてるでしょ。体力勝負。1回も勝てたことないよね。いつも私が先にダウンするよね」

「しかもこの歳になって1人で寝れないとか言い出すんだよ? 寂しいとか言い出すんだよ? どんだけかっこ悪いのって話でしょ?」

「でも私は逃げないって決めてる。どんなに格好悪くても、自分から逃げないって決めてるの」

「自分から逃げたら、もう本当に、何も始まらなくなっちゃうから……」

「なのにアンタは誰から逃げてるのよ! 逃げないといけないくらいかっこ悪いのがイヤなの!?」

「くっだらないプライド張るのやめなさいよ! 私にアンタを助けさせろ! アンタの気持ちを理解させろ! かっこ悪くてもいいから思ってることを言えっ!!」

「柚が逃げてばっかりじゃ、私だって何もできないでしょうが!!」

叫んだ加蓮さんは、げほっ、と強く咳き込んで、そして、何かをちょっとだけ吐き出した。
夕美さんの、加蓮さんを心配する声のトーンが、少し変わる。
見間違いじゃなかったら、少しだけ血色が混ざってたみたいに見える。

……加蓮さん、最近、スケジュールびっしりだったっけ。
くたくたになってるはずだっけ。
なのに今、ここでこうして、支えられながら、吐きながら、でも崩れ落ちたりしないで、あたしに叫んでる。
あたしに向かい合ってくれてる。

「ぜー、ぜー……正直、言うとさ……柚のことが分からないっていうのが、怖いの」
「……分からないのが、こわい……」
「柚って……げほっ……頼んでもないのに色んなこと喋るし、楽しかったーとかつまんなかったーとか言ってくれるし……ってか見れば分かりやすいし……。なのに今の柚はぜんぜん分かんないの。柚が、私から逃げて教えてくれないから」
「……」
「せいぜい分かるのは逃げたいっていう気持ちだけ。それだけじゃ分かんないよ。教えてよ……。私から逃げてないで、教えてよ……っ!!」
「……」

……加蓮さん、……泣いてるの?
なんで?
泣きたいの、あたしの方なのに。
涙を拭いながらも加蓮さんは私をじっと見据える。もう色々とぐちゃぐちゃなのに、終わるまで絶対に倒れない、帰らないって気持ちが、すごく伝わってくる。

「私から、逃げないでよ……!!」

自分のことをかっこ悪いって言うけど、ぜんぜんそんなことはなかった。
今の加蓮さん、すごいと思う。
ドラマとかでも絶対見ないくらい、必死で、懸命で、泣いてるのに強くて。
そんな加蓮さんが、あたしを知りたいって言ってる。
言ってくれてる。

…………。

「……怖かった」
「え?」
「あたし、怖かった。加蓮さんと逆だ。分かってるのが、怖かった」
「……」
「加蓮さんとか、夕美さんとか、戦って勝てる訳ないって……分かってるから……戦って負けるのが、すっごく怖かったの」

あたしには何もなかった。
何もなかったから、怖かった。

「勝負したら、あたしが負ける。負けたら……負けたってことが、叩きつけられる」
「……うん」
「……夕美さん」
「へっ? わ、私?」
「あたし……夕美さんがあたしたちのところに来てから、ずっとざわざわしてたんだ。だって夕美さん、あたしと似てて……それなのにあたしよりすごくて……全部すごくて。だから、あたしの場所、なくなっちゃうんじゃないかなって……。加蓮さんの隣が、とられちゃうんじゃないかなって……すっごく、怖かった」

夕美さんと話すのが怖かった。
向かい合うのも怖かった。
目を逸らしてたことと、直面させられるから。
だからできるだけ見ないように、周りに合わせて、盛り上がって、不安を忘れてしまうようにしていて。

「加蓮さん、夕美さんが来てからずっと、夕美さんと仲良くて……。LIVEの時とかも、息ぴったりで、そんなの見てたら、怖くなって……怖くて、逃げたくなったの」
「……それで、逃げたんだね、柚」
「うん」
「プライドとかじゃなくて、負けるって結果が怖かったのね」
「うん……」

誤魔化してばっかりだった。
楽しければぜんぶオッケー、なんて言って。うまくできない自分から逃げてた。
うまくできないあたしじゃ、加蓮さんの隣にいられないし……夕美さんがいたら、あたしはいらなくなる。

「馬鹿」
「……えっ」

「柚が馬鹿だっていうのは知ってたけど……もうっ、ホントに大馬鹿だよ」
「なっ、そっ、ひ、ひどいよ加蓮さん! あたしこれでも真剣にっ」
「いーや柚は大馬鹿だ。なんでそう色々決めつけるのよ。誰が柚をいらないって言った? 誰が上手くできないから邪魔だって言った?」
「……だって、アイドルってそういう――」
「何言ってんのよ。じゃあ聞くけど、柚は何の為にアイドルをやってるの?」
「…………」
「上手くやる為? 誰にも負けないステージを作る為? トップになる為? そういう考えもあると思うけど、柚はそうじゃないでしょ」

何の為に、アイドルを?
……あれ?
あたし、なんでアイドルをやってるんだっけ?
っていうか、アイドルってなんだっけ。

「思い出しなさい。見失った時は一番最初の場所に戻るのがいいの。最初の自分を振り返れば思い出せる。柚がいつも言ってることが、柚の答えなんだって」

最初の頃。
あたしは、Pさんにスカウトされて、アイドルになって。
って、なんでアイドルになったんだっけ。
えーと。
可愛くなりたかったから! ……とかじゃ、なくて。
歌がうまくなりたかったから! ……でも、なくて。

あぁそうだ、思い出した。

「……楽しいこと、見つけたかった」

「思い出した?」
「……あたし……あたしは、楽しむためにアイドルをやってるっ」
「うん」
「楽しいことが見つけたくて、アイドルをやってたっ」
「うんうん」
「楽しくやりたかった!」
「じゃあ、ちゃんと楽しもうよ。かっこ悪くてもいい。負けたっていい。楽しくやろうよ!」

いつからかな。
あたしの中にもう1つの気持ちが生まれたのは。

たぶん、加蓮さんと一緒にやろうって決めたあの日だ。

加蓮さん、本当にすごかった。
それがアイドルなんだなーって。
加蓮さんのこと、ずっと尊敬してた。
上ばっかり向いてて、もっと前のこと、あたし自身のことを忘れちゃってたんだ。

そしたら、総選挙が始まって……勝ち負け、って話になって。
じわじわと、出てきちゃった。

すごいことがアイドルだから。
すごくないといけない、って、思っちゃったんだ。
あたしよりすごい人がいるなら、あたしはいらない、って、逃げたくなっちゃったんだ。

「あ、あの……私からも、いい?」

はっと我に返ったら、夕美さんがものすごく困った顔で手を上げてる。
……ちなみに加蓮さんは、くたり、と、役目は果たしたって感じで、夕美さんに体を預けて目を瞑っている。
し、死んじゃったりしないよね?
少しだけ不安。だって……加蓮さんをそうさせたのは、あたしなんだから。

「……夕美、さん」
「う、うん。あの、ね……。柚ちゃんがそういう風に考えてたってこと、私、なんにも知らなかったから……」

そうだよね。
あたし、ずっと隠して、逃げ続けてたもん。
特に夕美さんからは。

「私、……ずっと勘違いしてたの! 柚ちゃん、いつも楽しそうだし、悩みなんてなさそうだし……だから、助けとかいらなくて……大丈夫かな? って思ってたの」
「うん」
「それに、なんだか私、ちょっぴり避けられてるかも? なんて思っちゃってたから……。でも、そんなに悩んでたんだね……」
「……うん。あたし、夕美さんを避けちゃってた」
「柚ちゃんと一緒に過ごしてて、私、すっごく楽しかった。……柚ちゃんに気付いてあげられないまま、私だけ、楽しんじゃってたんだね」
「い、いーよ。あたしだもん」
「でもはっきり言わせて。その……ごめんっ! それとっ……その……私は、自分が柚ちゃんよりすごいとか、優れているとか、そういうことを思ったことは1度もないの。本当に、絶対に1度もないの!」

……今なら、受け止めれる。

「大きくて綺麗な花があったからって、小さい花に価値がないってことは絶対ない。全部、その花の魅力ってあるもん!」
「…………」
「……う、うぅ、今何を言っても上から目線になっちゃうよね……。私どうしたらいいんだろ……。と、とにかくっ、柚ちゃんが思ってることなんて絶対ないから! それだけははっきりさせて!」

夕美さんが困ってる。加蓮さんと同じだ。
あたしのせいだ。あたしが、ずっと逃げ続けてたから。
逃げて傷つくのは、自分だけだって思ってた。
自分が痛いだけなら、夜に寝て、全部忘れて、そして明日からまた楽しいことを探せばいいやって思ってた。
嫌なこともぜんぶ上書きできちゃうくらいに、楽しいこと。
それでもあたしは、押しつぶされて……しかも、加蓮さんや夕美さんにまで迷惑をかけちゃった。

だから、もう、逃げ続けるのはやめよう。

今のあたしにできるのは、きっとそれだけだ。

「あ、あのね、夕美さん」
「うん……」
「ごめんなさいって言うのは柚の方! そ、その……えと……だ、だってあたし、夕美さんから逃げ続けちゃってたから!」
「でも――」
「加蓮さんさっき言ってた。逃げてばっかじゃ何もできないよね! ずっと……怖かったから、逃げちゃってたけど、それじゃダメなんだよね!」
「……うん」
「逃げちゃってたから、あたし、夕美さんのこと、もしかしたら何にも知らないかも!」
「うん」
「だからごめんなさいっ! もう逃げないから……もし夕美さんに勝てなくても、逃げたりしないから! あたしはあたしなんだって胸張って言えるから!! だからっ――」

あの時。
あたし達に夕美さんが加わった時、あたしだけ、言えなかったことがある。

「だからっ……!」

こみ上げてくる涙をぎゅっと拭って、えい、とほっぺたをぶっ叩いて。
パン! っていういい音が、あたしを押してくれた。

「あたし、喜多見柚っ! 楽しいことを探して、アイドルをしてるの!」
「……!」
「夕美さんに言うの忘れちゃってた――ううんっ、怖くて言えなかったから! えとえとっ……ゆ、夕美さん! 相葉夕美さん! これからよろしくねっ。楽しいこと、いっぱいやろうっ! "夕美サン"!」
「……うんっ……! 私は相葉夕美。大きな花を咲かせたくてアイドルをやってるのっ……! よろしくね、柚ちゃん!」

夕美さんが笑う。涙を流しながら、でも笑う。
笑顔を見た時、加蓮さんがどうしてリーダーは夕美さんしかありえないって言っているのか、分かった気がした。
……怖かったもん。
夕美さんがリーダーだったら、あたしは何だろうって思っちゃったから。
周りが言ってるのに合わせることしか、できなかったけど。

でも大丈夫。あたしたちは、自己紹介をしたから。
これでやっと、あたしが始まったんだ。
Pさんにスカウトしてもらって、加蓮さんに見惚れて、藍子さんやありすちゃんと仲良くなって。
最後に夕美さんと出会って、これで5人。『にぱゆる』メンバーの完成だ!

くたっ、ってなってる加蓮さんが、ほんの少しだけ笑った、気がした。

「変えるだけの力に、気付いていなかっただけだから。」


――翌日・事務所――

柚「と、ゆーことで、アタシも選挙やることにしたっ!」

藍子「ふふっ、分かりましたっ。じゃあ、まったりコンビは解消ですね」

柚「えー何言ってるのー。藍子チャンも一緒にやろうよっ」

藍子「へ?」

柚「へへっ。アタシも選挙やるけど、加蓮サンとか夕美サンとかみたいにがつがつやるんじゃなくて、まったりやるって決めてるんだっ」

柚「でもさ、逃げるのはやめたのっ。それは昨日までの柚!」

柚「まったりやってー、のんびりやってっ。上手くいかなくても、楽しければオッケー!」

柚「でも1人やるのは……アハハ、ちょっぴり自信がなくて。だから、藍子チャンも一緒にやろ!」

藍子「……そういうことなら、是非、一緒にお願いしますっ」

柚「やったっ! よーしっ。じゃーアタシと藍子チャン、まったりコンビ再結成だ!」

藍子「おーっ」


ありす「……何かあったんですか?」

夕美「うんっ。ちょっとね」

ありす「そうですか。……よく分かりませんけど、いいことなんですよね?」

夕美「すっごくいいことだよ!」

ありす「夕美さんがそう言うのなら信じます。でも、それだけですから」

夕美「分かってるよっ。今日も手は抜かないもんっ」

ありす「……ところで、加蓮さんは? もうお仕事ですか?」

夕美「あ、あははっ、加蓮ちゃんは……1日休憩かな?」

ありす「はあ」

夕美「……あれだけの状態になって1日で済むから、加蓮ちゃんの気合もすっごいんだよね」

ありす「……?」

夕美「それよりっ、今のうちにだよ。加蓮ちゃんがお休みしているんだから、その分チャンスだもんっ」

ありす「それもそうですね。……少し心配ですが、今は目の前のことをやることにします」

――ある日の音楽番組――

夕美「街のあちこちでアイドルのみんなが頑張ってる姿を見るよね。今、総選挙の真っ最中なの!」

夕美「まだ投票していないファンの皆さんは、是非っ、私に1票をお願いしますっ♪」

――ある日のラジオ収録現場――

加蓮「応援、いつもありがとう! もっと頑張って輝くから……北条加蓮、今日はトップを目指してます!」

加蓮(……ふふっ、柄じゃなかったかな?)

――ある日のバラエティ番組――

ありす(っ……800m走での勝負なんて、私の体力じゃ――)

ありす(……冷静に考えれば、こんなの選挙と関係ないに決まっています)

ありす(というか、今こんなバラエティに出るくらいなら、もっとプロモーションとか――)

<がんばれーありすちゃん!
<応援してるよーっ!
<がんばってーっ!

ありす(……!)

ありす(いけない。何を馬鹿なことを考えていたんでしょうか。目の前のお仕事すべてに全力になる。それがプロのアイドルです)

ありす(Pさんも言っていました。それでも結果はついてくる、って)

ありす(……信じますからね、Pさん)ダダッ

<わああああああーーーっ!
<すげえ……アイドル、だよな?
<ちっちゃいのに、すごく頑張ってる!
<がんばれーーーー!

――そして、ある日のLIVEステージ――

柚「『気持ちを込めた日和の中っ♪』」
藍子「『幸せが――いつまでも――続きますようにっ♪』」

<パチパチパチパチ
<わああああああああーーーーーー!!!

柚「へへっ! みんなーっ! 楽しんでるカナっ! アタシは、すっごく楽しいぞーっ!」

<わああああああああーーーーーー!!!
<俺もだぞーっ!
<俺も俺もーっ!

柚「やったね藍子チャン!」

藍子「はいっ♪ じゃ、柚ちゃん。今日の主役は柚ちゃんですよ?」

柚「おっとそーだったっ。ねーっ、藍子チャンって優しいよねーっ!!」

<わああああああああーーーーーー!!!
<わかるーっ!
<女神だよな……
<ああ……

藍子「あ、ありがとうございますっ……き、急にそんなこと言われたら照れちゃいますよ!」アタフタ

<かわいー!
<その反応がもう……ね……
<わかる……

柚「さてさてっ。次の歌に行く前にー、柚たちから1つだけ言いたいことがっ。だよね、藍子チャン♪」

藍子「はいっ。実は、今、アイドル総選挙が行われているんです」

<知ってるぞー!
<投票したよー!

藍子「わあっ……ありがとうございます!」

柚「さすが藍子チャンだっ。でさでさ。えとっ、ゆ、柚もそのー、……えとー……」

<がんばれー!
<がんばってー!

柚「う、うんっ。柚もー、そのー……あ、アタシ喜多見柚って言うんだ! 柚って言うの!」

<あはははっ
<知ってるー!

柚「ううううっ。えとえと……」チラ

藍子「うん。……私たち、ちょっと前まで、総選挙のことはあんまり意識していなかったんです」

藍子「気にしすぎていたら、こういうステージでも上手くいかないかもって、思ってしまって」

藍子「私と柚ちゃんは、いつもどおりに行こう、って決めていました」

柚「そうそう! それにっ……アタシ、その……が、頑張っても勝てないスゴい仲間とかいるからっ、勝負とかイヤだなーってちょっぴり思っちゃった!}

藍子「私も、あまり争うのは……って、引っ込んでしまっていました」

柚「でもね! その仲間……スゴい人からっ、逃げるな、って言われちゃった!」

柚「そんで……」

柚「……そんで……」

<がんばれー!
<ゆっくり聞いてるよー!

柚「えわっ。あ、アタシ何が言いたかったんだろっ。えーっと、つまりっ」

柚「……そう! 今は選挙とかいーから楽しんでいけーっ!」

<わああああああああーーーーーー!!!
<わああああああああーーーーーー!!!
<わああああああああーーーーーー!!!

柚「わ、わわわわわわっ!」

藍子「ふふっ。ナイスです、柚ちゃんっ」

柚「う、うん! じゃー次の歌行ってみよーっ!」
藍子「はいっ。私たちから、幸せをお届けしますっ♪」

<わああああああああーーーーーー!!!

――数日後・事務所――

柚「今日は選挙の中間発表かー。あっPサンだ! 選挙どうなってるー?」

柚「……え? やだなー、柚だって気になるよっ」

柚「それに……」

柚「上手くいかなくても、逃げるのはやめって決めたもん。今の柚がどこにいるのか、受け止めなきゃ」

柚「ささっ、言うならキッパリ言っちゃえ! かくごはできてるぞーっ」

柚「…………」

柚「…………え?」

柚「……えと、それって……」

<がちゃ

加蓮「こんにちは。あ、Pさんに柚。選挙どうなってる? 今日中間だよね?」

柚「……………………」

加蓮「あ、柚だ。柚も見に来て……柚? 何ぽかーんとしてんの。……もしかして、上手くいってなかったの?」

柚「……………………」フルフル

加蓮「……? ちょっとPさん、中間結果見せて――って」

加蓮「え……ホントに!? これって――」

柚「アタシが……パッショングループの、3位? このまま行くと、選抜メンバー……?」

加蓮「みたいだね。……す、すごいじゃんっ。すごいところにいるじゃん! 柚!」

柚「……え?」

柚「…………え?」

柚「……………………えええええええええ!? なんで!? なんで!?」

加蓮「なんでって……なんでって言われても」

柚「えええええええええええええっ!?」

加蓮「よかったね、柚。このままなら選抜メンバーも狙えるんじゃない?」

柚「え、あ、うんっ! ゆ、柚の時代来ちゃった!? 来ちゃってるの!?!?」

加蓮「きっと柚を応援してた人がいっぱいいたんだね。柚が頑張りだしたから、ファンがもっと増えたんだよ」

柚「まってまってえっとちょっとまってほんとにまって、ほんとにっ――」

加蓮「ふふっ。えーと、私は……クールグループ7位だ」

加蓮「……」

加蓮「……ね、柚」

加蓮「世の中って、そんな深刻に悩むほど難しいものじゃないと思うの」

加蓮「確かに世界は意地悪かもしれないけど、やってできないことなんてないんだからっ」

加蓮「柚が頑張ったから……逃げないって決めたから、この結果が出たんだよ?」

柚「加蓮サンっ……! えぁ、う、うぁ、アタっ、アタシ今、ちょっと……すごく、嬉しいかも――」

加蓮「うんうん。おめでとう、柚」

柚「ありがと! ……あれっ? あのー、加蓮サン?」

加蓮「んー? なあにー?」ニコニコ

柚「……コワイよ?」

加蓮「なーあにー? 別にー? なーんにも含みなんてないよー?」ゴゴゴゴゴ

柚「」

加蓮「んー?」ゴゴゴゴゴ

柚「……か、かっこ悪くてもいいって言ったの加蓮サ」

加蓮「んんー?」ゴゴゴゴゴ

柚「コワイ」

加蓮「……負けてらんない。絶っ対、負けたくない」

加蓮「Pさん! 今日は私と一緒にお仕事行ってくれるんでしょ! 収録すぐ終わらせて次の準備もしたいから早くっ! 早く早くっ!」グイグイ

<ばたん

柚「行っちゃった」

柚「……」

柚「……」

柚「……わ」

柚「わわわわわわわわわ」

柚「わわわわわわわわわわわわわわわ……! やばい。ちょっとやばいこれ。うそでしょ。3位。3位!? ほんとやばい。やばいって。やばいやばいやばいっ……!」

柚「わ~ーーーーーーっ! わあああああああーーーーーーーーーーっ!!」ゴロゴロ

<がちゃ

ありす「おはようございます。今日は総選挙の中……間……」

柚「わああああああああーーーーーーーーーーーー……ぁ?」ゴロゴロ...ピタッ

ありす「……」

柚「……」

ありす「……」

柚「……」

ありす「……」

柚「……(・ω<)」

<ばたん

柚「待って!? 待ってありすチャン! ま、待てーっ!!」ドタドタ

「第5回総選挙終了」


――事務所(総選挙結果発表日)――

加蓮(第18位→第16位)「こんなものかー……。もうちょっと上、目指したかったなぁ」

夕美(第4位→第45位)「     」

加蓮「……あ」

夕美「     」

加蓮「いつもの顔になる余裕もなかったんだね」

夕美「     」チラッ

夕美「     」

加蓮「……ほら、Pさん言ってたじゃん。今回ってファンが新しい子のデビューを望んだ傾向にあるからって……」

夕美「     」

加蓮「……うん。ごめん」

藍子(第34位→第29位)「お疲れ様、ありすちゃん。総選挙、どうでしたか?」

ありす(第45位→第24位)「……Pさんは大躍進だと褒めてくれました。ですが正直に言えば満足できていません」

藍子「そうなんだ……」

ありす「早速反省会です。今から次回に向けて――」フラッ

ありす「あ、れ……? おかしいです。体がふらついて……」

藍子「ありすちゃん」ギュッ

ありす「わ……」

藍子「ありすちゃん、ずっと頑張ってたよね。だから、疲れが溜まっちゃってるんだと思うな」

ありす「……ですが……」

藍子「ううん。大丈夫……。ありすちゃんの頑張りは、みんな知ってるから……」

藍子「だから、今はお休みしましょう? ゆっくり休んで、そうしたら、また頑張ろ?」

藍子「今度は……私も、一緒にやるから。それじゃ、ダメかな……?」

ありす「……藍子さんっ」ギュー

藍子「ふふっ。お疲れ様でした、ありすちゃん」ナデナデ

<がちゃ

柚(第33位→第11位・属性別第4位)「おはよーっ!」

加蓮「おはよう、柚」
夕美「     」
藍子「おはようございます、柚ちゃん」
ありす「……!(慌てて離れて)おはようございます。柚さん」

柚「おおっ、みんな揃ってる! すごく久々かもっ。うんうん、『にぱゆる』はこうでなきゃ!」

ありす「…………」ワタワタ

柚「ん? どしたのありすチャン?」

ありす「今のは……その、違うんです。違うったら違うんです! 今のは……違うんです!」

柚「よ、よく分かんないけど違うんだね? あいあいさーっ」

藍子「そうだ! せっかく集まったことですし、総選挙が終わったってことで……記念に1枚、いいですか?」

柚「いいよーっ!」
ありす「わっ……き、急に引っ張らないでください柚さん。暑苦しいです!」
夕美「     」
加蓮「……1人ヤバイ顔のままだけどいいのかな……いっか」

藍子「タイマーを起動して……」ポチッ

藍子「よしっ。じゃあみなさん、行きますよ!」


はい、チーズっ!

柚「へへっ。あっそうだ! 藍子チャン、選挙お疲れ様ーっ! ゆったりコンビ、楽しかった! またやろうね!」

藍子「私の方こそ! また一緒にやりましょう、柚ちゃんっ」

柚「やろうやろう! ……あれっ? ゆったりじゃなくて、まったりだっけ?」

藍子「どっちもしちゃいましょうっ。ゆったりして、まったりしましょ♪」

柚「そだねそだね!」

夕美「     」

夕美「はっ」

加蓮「あ、お帰り」

夕美「う、うん」

夕美「ねえ、加蓮ちゃん……。私、どうしてこうなったんだろう……。何がいけなかったのかな……」

加蓮「夕美……」

夕美「あ、あははっ。ううんっなんでもない! 私は大丈夫っ。大丈夫……だから……」

加蓮「……いいんじゃない? リーダーだって、泣きたい時は泣いていいと思うよ」

夕美「ひぐっ……わあああああああああ~~~~~ん!」ダキッ

夕美「あんなに頑張ったのに~~~~~~~! わあああああああああ~~~~~んっ!!」

加蓮「……ん」ギュ


<わ!? なになに!?
<夕美さんが、泣いてる……!?
<は、初めて見ました……

……。

…………。


ありす「では、今日はもう帰ります」

柚「えー? もう帰るの? 打ち上げしよーよ、打ち上げ!」

ありす「今日は結果を聞きに来ただけで、この後家族との用事があるので」

柚「そっかー」

ありす「……最近、私もお母さんとあまり会っていませんでしたから……総選挙も終わりましたし、話したいことがいっぱい――」

ありす「と、とにかく用事があるのでこれで失礼します!」

柚「じゃあねありすチャン!」

<ばたん

藍子「私も、今日は家でゆっくりしようかな……。少し、疲れてしまいましたから」

柚「藍子チャン、最後の方は一緒に頑張ったもんねっ」

藍子「ちょっぴり、気合が入っちゃいましたから。柚ちゃんの中間の結果があって……なんだか、私まで燃えちゃって!」

柚「へへっ」

藍子「今日は温かいお茶を飲んで、お風呂に入って、早めに寝て……また明日から、ゆっくり歩んでいきますね」

藍子「総選挙、お疲れ様でした!」

柚「お疲れーっ!」

<ばたん

柚「あーあ。ありすチャンも藍子チャンも行っちゃった。久々にみんなと遊びたかったなー」

加蓮「また予定を空けてパーティーやろうよ。打ち上げってことでっ」

柚「いいねそれ! 当然、会場は加蓮サンの家!」

加蓮「またー? ま、いいけど。最近お母さんが張り切るようになっちゃってさー」

夕美「……ふうっ」

柚「あ、夕美サン!」

夕美「あ、あははっ、みっともないとこ見せちゃったね……」

柚「ううんっ、ぜんぜんそんなことないと思う!」

柚「かっこ悪くても、逃げないでいよう! だよね、加蓮サンっ」

加蓮「うん。夕美……その、今回は、ちょっと残念だったけど……」

夕美「大丈夫っ。い、いやまぁショックなんだけど……へこんでばかりもいられないもんっ」

夕美「それに、今度は私が柚ちゃんの番になっただけだよっ」

柚「夕美サンが、アタシの番?」

夕美「柚ちゃんに追い抜かれちゃったから、今度は私が追い抜く番!」

夕美「そう考えたら、なんだかやる気になっちゃった。次こそ負けないからねっ」

柚「わ、わっ。やっぱり夕美サン……う、ううんっ」

柚「えとっ、ゆ、柚はいつでも挑戦を受け付けるよ! か、かかっておいでなさーい!」

加蓮「柚なら大丈夫。次もきっと、夕美に勝てるよ」

柚「そ、そっかなー。そっかそっか。……へへっ♪」

夕美「むぅ~。絶対私が勝つんだから」



柚「ねね、加蓮サン」

加蓮「んー?」

柚「あと、夕美サンもっ」

夕美「なにかな?」

柚「えとねっ。柚、言いたいことが……」

加蓮「……どうしたの。改まって」

柚「えとー。えー、っとぉ……」

夕美「大丈夫っ。ゆっくりでいいから、焦らないでね」

柚「……ゆ、柚、加蓮サンにも勝っちゃったぞー! なんてっ」

加蓮「あん?」

柚「ギャー!? コワっ!? コワイよ加蓮サン!? わわわっこっち来ないで!?」

加蓮「……」ハァ

夕美「い、今のは怖がると思うよ……?」

加蓮「……ま、ごめん。夕美じゃないけど私もマジで悔しかったし……。で、本当に言いたかったことって?」

柚「えとえと……。あ、あのねっ。そのー……ありがと!」

柚「あの時、加蓮サンと夕美サンが来てくれたから、アタシ今ここにいれるんだっ」

柚「事務所に来れたり、藍子チャンとステージに上がれたり、……アイドル続けられるの、加蓮サンと夕美サンのお陰だから!」

柚「そ、総選挙の結果は、びっくりしちゃったケド、でも、それもきっと、2人のお陰!」

柚「だからあの時、アタシを助けに来てくれてありがと! 助けてくれてありがと!」

加蓮「どういたしまして」

夕美「加蓮ちゃん、すっごく必死だったもん!」

加蓮「ちょっ、……別にいいじゃん。ちょっと柚のことほったらかしにしすぎたかなーっていうのは気にしてたんだし」

柚「そーだそーだー! アタシ、1人だと寂しくてまるまっちゃうぞっ」

加蓮「あ、アンタが逃げてばっかりだったからでしょうが……!」

柚「(・ω<)」

加蓮「……あんだけ大泣きしてたのにこの顔1つで済ませられるのって、ある意味才能だよね」

夕美「そこが柚ちゃんのいいところだと思うよっ」

加蓮「あー、確かにこれ柚と夕美は似てるのかも」

夕美「・ワ・?」

柚「加蓮サンもやろうっ! 顔芸!」

加蓮「やらな――分かったよっ、もぅ。また探してみるね」

加蓮「ね、柚」

柚「はいっ!」

加蓮「『にぱゆる』メンバー第1位、おめでとうっ」

柚「加蓮サンっ! へ、へへ……へへへへへへっ……」

加蓮「……ちょっとヤバイ笑みになってるよ?」

夕美「あ、あんまり見せたらいけない感じだね……」

柚「おっとと。そんでそんで! これからも、よろしくねっ!」

加蓮「ん。……次は一緒にやろうね、柚。まったりでもなんでもいいから」

柚「うんっ!」

夕美「私こそ! これからよろしくねっ。でも、次こそ負けないよ!」

柚「へへっ。夕美サン、よろしくね!」

……。

…………。

柚「じゃーアタシお昼ごはん買ってくる! 加蓮サンと夕美サンの分も選んでくるね! 楽しみにしててねっ」

加蓮「行ってらっしゃ~い」
夕美「行ってらっしゃい♪」

<ばたん

夕美「みんな行っちゃったね」

加蓮「選挙が終わった途端、急にほんわかしだしたよね。事務所」

夕美「元通りって感じかな? ……ううん、ホントに元通りってだけじゃなくてっ」

加蓮「柚、でしょ?」

夕美「うんうんっ! ね、加蓮ちゃん。私、前に柚ちゃんから避けられてるんじゃないかって相談したことあったでしょ?」

夕美「……じ、実際避けられてたみたいだけど……でもね。あの時より今の柚ちゃん、私に話しかけてくれるようになったんだっ」

加蓮「よかったね、夕美」

夕美「ふふっ♪」

加蓮「……柚さ」

夕美「うん?」

加蓮「相変わらず、アホっぽくて、楽しくて、アホっぽくて、見てて笑顔になれて、アホっぽいけど――」

夕美「そ、そこまでアホアホ言うことはないんじゃないかな……」

加蓮「あの子、大泣きした跡があった」

夕美「……そっか」

加蓮「昨日は柚、うちに泊まってたし、朝起きたらもういなかったし……たぶん事務所に最初に来てた」

加蓮「だから、最初に選挙の結果を聞いたのは――」

夕美「柚ちゃん、ってこと?」

加蓮「うん。全体第11位、属性別第4位。……最終結果でギリギリ、選抜メンバーから外れちゃってるんだよね」

加蓮「中間発表でああなってれば、そりゃ浮かれちゃうと思うし」

夕美「それは……落ち込んじゃうかもしれないね」

加蓮「でも」

夕美「でも?」

加蓮「なんていうか、逆だと思う。柚も……しっかり自分の結果を受け止めて、泣くことができたんだなって……」

夕美「大泣きしたってことは、ちゃんと逃げないで向かい合ったってことでもあるよねっ」

加蓮「しかも復活超早いし」

夕美「いつも通りだったね、柚ちゃんっ」

加蓮「全く。これで本当に、柚が怖くなってきちゃったよ」

夕美「怖いの? 私は柚ちゃんを見てると楽しいなーってしか思わないけどっ」

加蓮「本当に一番強い(こわい)のはああいう子なの。天性と感覚だけでぜんぶ持っていって……何も持ってないとか言ってたけど、ある意味私達で一番アイドルらしいでしょ、あの子」

夕美「え~。私はっ?」

加蓮「……真面目に話してるんだけ――」

<ばたん

柚「ただいまーっ!」

加蓮「あれ? 早いね」

夕美「もう買ってきたのかな?」

柚「それがさ! なんかキャンペーンやってて新商品がいっぱいで! 決めきれないから一緒に行こーって戻ってきちゃった!」

柚「ってことでー、加蓮サンも夕美サンも一緒に行こうよっ」

加蓮「……」チラ

夕美「……ふふっ。やっぱりいつも通りだねっ」

加蓮「ま、柚に限っては、杞憂はたいてい杞憂だからね」

柚「?? 何の話? きゆう、って?」

加蓮「んーん。じゃ、私も行こっか。夕美も来るでしょ?」

夕美「もちろんっ♪ ね、柚ちゃん。どんな新商品が売ってたの?」

柚「えとねっ、まず――あっ、これは到着するまでのお楽しみ! その方がきっと楽しいもんねっ」

「エピローグ.今日も少女は探しに行く」


<わああああああああーーーーーーー!!!


――控え室――

「せーのっ」


加蓮・柚・夕美「「「いぇーいっ♪」」」ハイタッチ!


柚「お疲れ様っ、加蓮サン、夕美サン!」

加蓮「お疲れ様。はーーーっ。楽しかったぁ……」

夕美「お疲れ様でしたっ。私も! みんな笑顔で、いっぱい声援を送ってくれて……嬉しかったし、ちょっとほっとしちゃったっ」

加蓮「ほっとした?」

夕美「私を応援してくれる人はいっぱいいる、って……あ、あはは、私、まだちょっと引きずっちゃってたみたいっ」

柚「ダメだぞー夕美サン。アタシなんて、嫌なことがあっても寝たらすぐ忘れられるんだ!」

夕美「そうなの? いいなぁ。私もそういう風になりたいなっ」

加蓮「……よく言うねー。総選挙の結果が出た日から3日くらいずっと夜に、」

柚「ギャーーーーーーーーー! あーあーあーアタシは何もしてないっ! それたぶん加蓮サンの夢! 夢の中だから!」

夕美「3日も連続して同じ夢を見たの?」

加蓮「確かに、柚といたら似た夢ばっかり見るけど」

柚「でしょ! でしょ!? だからそれは加蓮サンの夢なの!」

加蓮「そういうことにしちゃおっか」

夕美「うんうんっ」

柚「ふ、ふーっ。でもっ、やっぱり夕美サンはすごいや! 一番拍手をもらってたの夕美サンじゃない?」

夕美「そ、そんなことないよっ。柚ちゃんのトークですっごく盛り上がったじゃない! お客さん、いっぱい笑ってたよっ」

柚「そんでそんで、加蓮サン!」

加蓮「え?」

夕美「なんたってすごいのは加蓮ちゃんの歌だよね。ほらっ、2曲目の加蓮ちゃんのソロパート!」

夕美「あそこで泣いてたお客さん、結構いたみたいだよっ」

加蓮「そ、そう? 大げさに言ってるだけじゃ……」

柚「夕美サンやっぱりよく見てるっ。歌ってる時もー、柚のこと、ちらちらって見てたよね」

夕美「あれは柚ちゃんが気になっちゃって! 今回はいっぱい練習したでしょ? だから、どうしてもっ」

夕美「それに……ちゃんと自己紹介をしてから柚ちゃんと一緒にLIVEしたのは、初めてだったから」

柚「夕美サン……うんうん! アタシは柚だぞっ」

夕美「私は夕美ですっ♪」

加蓮「何のやりとりよ……」

……。

…………。

夕美「ふうっ。着替えも終わったし、今日はもうおしまいかなっ?」

加蓮「あとはPさん待ちだよね。何やってるんだろ……」

柚「ねねっ、夕美サン、加蓮サン。Pサンから連絡! ちょっと遅れちゃうだってさ!」ズイ

加蓮「ホントだー」

夕美「次のお仕事の打ち合わせかなっ?」

柚「だからさ! それまでアタシ達、ちょっと遊びに行こうよ!」

加蓮「えー今から? 私疲れちゃったよ……」

夕美「それなら私がおぶってあげるね! えいっ」

加蓮「ちょ……わっ!?」

柚「おー。そーいえば夕美サン前に加蓮サンをお姫様抱っこしてたよね。いいないいな! 柚もやっていい?」

加蓮「あ、アンタがやったら絶対落とすでしょ!」

夕美「下にマットを敷くとかして、準備万端にしてからにしよっか」

柚「あいあいさー! じゃ、出発しよっ。何か見つかるといいなー」

夕美「うんっ。レッツゴー!」

加蓮「……ふふっ。ホント、元気だね。柚は」

柚「当たり前だよっ! だって柚だもんっ」


「さっ、今日も面白い物、いっぱい見つけに行こう!」

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お疲れ様でした。
読んでいただき、ありがとうございました。

北条加蓮「何してんの?」相葉夕美「こっちこっちっ」
相葉夕美「ありすちゃんには……ニチニチソウかなっ」橘ありす「ニチニチソウ?」
喜多見柚「多くは望まないカモ♪」北条加蓮「私、欲張りになったね」
ツギココ)橘ありす「子供扱いとか、しなくていいですから」高森藍子「ありすちゃん……」
高森藍子「今日はどこに行こうかな?」喜多見柚「遊びに行こうっ!」

※次回投下は少し遅くなります

以下、今回の目次です。
もう一度読みたくなったお話はありましたか? もしあるのなら、私はとても嬉しいです。

>>2 「柚の思い出(0)」

>>4 「ある朝に」

>>11 「柚の思い出(1)」

>>29 「ツイッター」

>>33 「ザ・天敵」

>>55 「柚の思い出(2)」

>>79 「実はどっちも受け身」
>>88 「(その後)あれ、こんなに仲良かったっけ?」
>>93 「(その後のその後)結局仲良しっ!」
>>98 「(その後のその後のその後)のけものが1人いるみたいですね」

>>99 「犬か。」
>>112 「(その後)18歳の、今度は割と真面目な相談。」

>>118 「柚の思い出(3)」

>>141 「柚の思い出(4)」

>>142 「第5回総選挙」

>>149 「アタシの行き場所」
>>169 「心置きに心置きなく」
>>178 「心置きなく心の在り処を」

>>185 「柚の過去(5)」

>>198 「下と、上」
>>208 「いつも見上げていた少女の世界」
>>217 「格好悪く」
>>239 「変えるだけの力に、気付いていなかっただけだから。」
>>256 「第5回総選挙終了」

>>277 「エピローグ.今日も少女は探しに行く」

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