春香「あれ? あの人……」 (58)


ねぇ、知ってる?

濡女っていう妖怪のお話

え? ううん、違う違う

その濡女は海からくる妖怪でしょ?

私が言ってる濡女はね? 雨の日に現れるのよ

そう、ちょうど今日みたいな大雨の日

小走りとか、カバンとかじゃ全然ダメな大雨

そうね。折りたたみ傘でもちょっと大変かもしれない

そんな雨の日に現れるのが濡女

なによ

名前が一緒だから解らなくなる?

じゃぁそうね……傘女とでもしておくわ

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学校、会社、バイト、散歩

あなたはいつものように日常を過ごして、

いつものように家に帰ろうとしていた

でも今日はちょっとおかしな天気で、大雨が降りだしたの

そう、夕立みたいな大雨

朝に降って、夕方に降って……

じめっとして嫌な気温

傘を片手にあなたは走ったわ

着込んでいる服がビショビショになるのも構わずに。ね?

だって雨だけじゃなく風も強いんだもの

傘だけじゃただただ濡れるだけ。

それでも差さないよりはマシという感じ

そんな帰り道に一人の女の人が佇んでいたのよ


服装は白いワンピース

あ……雪歩じゃないわよ?

髪の長い女の人が傘も差さずに佇んでいるの

誰かを待っているのかもしれない

もしくは誰かを待っていたのかもしれない

この雨の中でも待つのは健気だとあなたは思うの

予報では曇止まりだったし、周りにはコンビニはないし、傘がないのは不自然じゃない

だから優しいあなたは女の人に寄って行ってこう言うの

「良ければ私の傘、使いますか?」

女の人は無言で顔を上げて、その垂れた前髪の奥にある瞳があなたを見て

ちょっと怖いなと思いつつも、

やっぱりダメとは言えなくて、あなたは傘を差し出す

「……本当に、良いんですか?」

女の人はか細い声で訊ねてくる

あなたはやっっぱり頷くしかない

「はい、家は近いですから」

「……そうですか。なら。お借りします」

ぺこっと頭を下げる女の人に対し、

あなたは「なんだ。礼儀正しい普通の人じゃないか」そう思って立ち去っていく

彼女が貴女をずぅーっと、ずぅーーーーーーーっと

見つめていることにも気づかずに


その夜のこと

あなたが雨に濡れた体を浴室で癒していたら、

がちゃっと玄関が開く音がする

お父さん? お母さん?

呼んでも返事はない

聞こえなかったのかな?

そう思ったあなたは、「お風呂を出てから確かめよう」そう考えて、

少し大雑把に済ませて浴室を出ていくのだけど、

おかしい。部屋には誰もいない

あれ? 足音一つしない?

でも、誰か来たよね?

あなたはだんだんと怖くなる

強盗? ううん、鍵はちゃんと閉めた

じゃぁ……誰が入ってきたんだろう?

不安と恐怖でいっぱいのあなたの背後から、

ポタ……ポタ……

水の滴る音がする

振り向きたくない。でも、振り向かなきゃいけない

そしてあなたが振り向くと――



         「 た だ い ま 」

ぬ~べ~に濡れ女あったな大雨の日に微笑み反応した相手にとり憑くみたいな話


「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

「……まだ終わってないんだけど」

伊織の怪談を遮って真たちの悲鳴が上がり、

場の空気は一気に落ち込んでいってしまった

「あ~あ、もう良いわよ。おしまいおしまい」

伊織は気だるそうに言い捨ててソファにもたれかかって、

怪談は終わってしまった……う~ん……不完全燃焼

「響」

「ん? 貴音?」

「わたくしは今日、どうしても響の家族に会いたくなってしまいました」

そういえば、貴音さんも怖いのは苦手だとか

ミステリアスなだけに、そこは得意であって欲しかった反面、

「食事時にらぁめんを食べたくなるような衝動が襲っているのです!」

「た、食べ物で例えるなぁーっ!」

こういった一面は可愛いなぁと思えるから苦手でよかった。なんて……

みんなもう怪談とかどうとかいう雰囲気じゃないし、

今日は解散かな?


「ほーら~いつまで事務所にいるつもり?」

「ホラーだからほ~ら~……なんちゃって」

「あぁみぃ~っ!」

律子さんのことをからかってか、亜美はそんなことを言ってにやっと笑う

けど、そんなつまらないギャグで笑う人なんて――

「ふふっ、ホラーでほ~ら~……」

あぁ……いた

いたよ。私の親友の千早ちゃんが。

笑いのツボがどこにあるのか、オヤジギャグとかで笑えてしまう

普段はクールなだけあって、このギャップはプラスかマイナスか……悩ましい

「冗談はともかく早く解散しろー。春香ー間に合わなくなっても知らんぞー」

「えっあぁっ!?」

私の家はみんなよりも遠く、

仕事終わりの夕方からの怪談大会だったこともあって、

今から急がないと終電に乗り遅れかねない

私は結局駅まで送ってもらい、

「ありがとうございました~また明日ですね。プロデューサーさんっ」

そういって一人電車へと乗り込んだ


一旦ここまで

続きは明日

短編の予感

それとも短編集?

いやこの傘女で1つの予定
もしかしたら他のと合わせるかもしれないけど


「続きが気になるなぁ……」

ポチポチと携帯を弄っては見るものの、

傘女でも濡女でも雨女でも伊織のいうような妖怪の話は存在していなかった

伊織の作り話だろうか

ザァァァァァァ……と電車の外から聞こえる強い雨音

家に帰る最後の電車には乗れたものの、

大雨がお出迎えとはついてない

「濡れちゃうかな」

ここまで強い雨だと迎えに来てなんてお願いも憚られる

仕方がない。歩いて帰ろう

『まもなく~~~~~~』

私の最寄駅

頑張れ私、頑張れ体

……風邪。引きませんように


真っ暗ではないけれど、

それでも心もとない明かりだけしかない帰り道

雨音のBGMに自分の足音を交えながら歩いていると、

ふと。視界に入る一人の女性

「あれ? あの人……」

大雨の中

傘も差さずに佇む一人の女性

なんということでしょう

伊織の言う通りの女性でした

しっかりと律儀に白いワンピース

「ドッキリ?」

あたりを見渡してみるものの、

撮影しているカメラさんとかは見当たらない

なら、あれは……何?


「よし、ちょっと待とう私」

伊織の怪談を気にしすぎるあまり、

夢を―――ぁ、痛い

夢じゃないかぁ

じゃぁなに? 気にしすぎ? きっとそうだろう

待ち合わせ? こんな時間に?

いや、健気なら待ち人こずでそのまま……

次第に靴が浸水を許し、靴下のぐしょっという感触が気持ち悪く、

それが不安をより一層大きくする

あの怪談で、待っていたのは誰なんだろう?

あの女の人は誰を待っていたんだろう?

「あの、大丈夫ですか?」

「………………………」

あれ? どうして私は女の人に話しかけているんだろう?

「良ければ私の傘、使いますか?」

ねぇ、待って。待ってよ私

話が勝手に進んでいく

私の意思などそっちのけで進んでいく


まるで逆らえない何かに動かされているような、

自分が自分じゃないような。そんな嫌な感覚

「……良いんですか?」

消え入りそうな声

けれど、少しだけ高音のいかにもな声

「はい、家はもうすぐそこなので」

「そうですか、なら」

私は傘を渡してしまった

あの物語のように、

私の傘は女の人に渡ってしまった

逃げたくて走り出す

背中に感じる視線

振り向かない、振り向けない

大雨の中、私はただひたすらに走っていった


「はぁっはぁっはぁっ……」

鍵は締めた、チェーンもつけた

「へ、えへへ……」

大丈夫、だってチェーンを付けてあるんだから

「お帰り~――ってどうしたの!? 傘持たせたわよね?」

「う、うん……どこかで擦ったんか穴空いちゃってて」

適当のごまかして、私はお風呂に入ることにした

……おかしいな

なんでだろう。

どうしてだろう?

ううん、雨で濡れたらお風呂に入るのが当たり前のことだってわかってる

でも、私は伊織の物語を不幸なことに順調に進んでしまっている

髪を洗って、体を洗って、湯船に浸かっていると、

ガチャっとどこかの扉が開く

お母さんだろう。お母さんだよ。お母さんだよね……?

不安だけが募る

お風呂を出ると、キッチンからお母さんの鼻歌が聞こえてきた


「ふふふ~ん~」

「………………」

お母さんがいる

ほら、物語は壊れた!

「お母さん、ありがと!」

思わず私は満面の笑みでそう口走ってしまった

「な、何よ急に……」

「えへへ」

本当にありがとう、

これほど感謝したのはもしかしたら――

「部屋に戻ったなら荷物も持っていけば良かったのに」

言葉が消えた

思考が消えた

お母さんは何を言っているんだろう?

「部屋に……戻った?」

「?」

そんな分からないなんて顔しないでよ

私の方が解らないよ

「お、お母さん」

「ん~?」

「一緒に来てくれない?」

お母さんの手を強引に引いて部屋へと向かう


「……あ、あははは」

「なんなのよ全く……」

誰もいなかった

勝った。私は物語に勝った!

「ご飯用意しておくから」

お母さんはそう言って部屋から出ていく

「あ~あぁ……気にしすぎだよ」

うん、そう

ただただ気にしすぎただけ

気が抜けた私はベッドへと倒れ込む

「明日伊織に――ううん、いま文句を言おう」

電話をかける……あれ?

なぜか圏外だった

「……あ」

誰かが私を見ている

ポタポタと滴る音がする

「ぁ、う……」

声が出ない。天井を見つめる私の視界に影が入り込んでくる

逃げられない、そらせない

影が入り込んでくる方からサァァ........という感じの冷たいような、血の気が引いていくような

言葉にし難い不思議な空気を感じる

やがて、視界に映りこんだそれは私を見下ろし、笑う


        「 た だ い ま 」


悲鳴を上げることもできずに視界は闇に包まれ、私は意識を失った


中断

乙乙

おいィ、なんで良いところで切るんですかねえ

乙 ここできるとか勘弁してくださいよぉ!
めっちゃ気になって夏休みの宿題できないんすよ


ふわふわとした感覚

ちょっと言葉にするのは難しいけど

脱力しているような感じ

それだけじゃなくて、なんていうんだろう?

力を入れることすらできないような感じ

もっとわかりやすく言うなら、体の感覚を無くしてしまったような……

「春香ー!」

お母さんの声がする

「はぁーい!」

私の声がする

……なんだろう

何かが変だ

体に力が入らない私なのに

どうやって返事を返したんだろう?

どうして……目の前にいる私は動けているんだろう?

ううん、そもそも

鏡を見ていないのに、なんで私は私を見ているんだろう?


私が私を見てる

ううん、私に見える誰かが私を見てる

見てる、微笑んでる、笑ってる

ありがとうって笑ってる

「今日はすぐ事務所に行かなきゃ」

目の前の誰かは嬉しそうに言う

やめて、待って、貴女は誰?

声が出ない

伸ばしたはずの手は薄く透けて見える

「えへへ、今日も頑張らないと」

誰かが笑う

誰かが私なのだとしたら

私は誰? ねぇ、私は誰なんですか?

私は答えない

誰かである私を見て、笑うだけだった


私は事務所に向かう春香の後を追う

誰も私を見なかった

誰も私を気にすることはなかった

ウロウロとしてみたけれど、

だれも見てはくれなかった

私は見える人なのかな?

もしかして、私は誰にも見ることはできないんじゃないだろうか

そんな恐怖が私の胸を締め付けていく

ただ女の人に傘を貸しただけ

貸しただけなのに、なんでこうなったんだろう

伊織の馬鹿、伊織があんな話なんてしなければ

そうすれば、私は……

「ん~っふわぁ……まだちょっと眠いなぁ」

春香はそう言って体を伸ばす

あれは私だったはずなのに、

今はもう、私じゃなくなってしまった


「おはようございまーす!」

「おはよう、春香ちゃん」

小鳥さんもあれが春香だって思ってる

「おはよう、春香」

プロデューサーさんも……春香だって思ってる

っ……どうして

私の体はだんだんと薄くなっていく

知り合いが、大切な人が、

あの春香を私だと思うたびに薄く消えていく

「春香、今日はオーディションだがいつも通りで行くんだぞ」

「はい!」

私の全てが奪われていく

家も、家族も、仕事も……存在も

「よし、行くか」

春香はオーディションへと向かい、

私はそれについていこうともせず、事務所のソファで項垂れていた


「おはようございます」

「はいさーい!」

貴音さんと響ちゃんは昨日、本当に一緒だったらしい

一緒に事務所へと来た

「あれ? ピヨ子だけなのかー?」

「?」

「プロデューサーさんがさっきまで……でも、春香ちゃんと一緒に行っちゃって」

小鳥さんと響ちゃんの会話のさなか、

なぜか貴音さんが私を見つめていた

「小鳥嬢、本当に事務所にいるのは小鳥嬢のみですか?」

「え、う、うん。響ちゃんと貴音ちゃんを数えなければそうだけど……」

もしかしたら見えるのかもしれない

そう思って手を振ったけれど、貴音さんは反応せず、

私を見ていた理由であろう言葉を呟いた

「……誰かの視線を感じたのですが気のせいでしょうか」

「盗撮かしら?」

「ここは1階じゃないだからそれはないと思うぞー」

ダメだった

私は消えてしまうのだろう

天海春香はあの偽物になり、私は消える

なんだっけ……ドッペルゲンガー?

えへへ。もう、なんでもいいや……


気づけば夕方だった

あれからも亜美、真美、あずささん、千早ちゃん達が来たけれど、

誰ひとりとして私を認識してくれることはなく、

その嫌な現実が出てくるたびに私が消えていく

「……ふぅ、オーディションどうだったのかしら」

小鳥さんはいつもみんなを大切に思っていてくれたんだなぁ……

時々ふざけているけど真面目な時はすごく頼れる人

そんなことが、今日もう消えてなくなる今知ることができた

みんなと話せること、笑えること

それがどれほど大切であるかを思い知らされた

そんな当たり前のような日常が、必ずあるという考え方が間違っていたと。思い知らされた

こんなことになるなら、プロデューサーさんに好きだと言ってしまいたかった

何もかも中途半端で、何もかもを失う私は、

惨めで、情けなくて……

「戻りましたー!」

「春香、走るなって」

戻ってきた。春香と、プロデューサーさんが


中断

もうすぐ終わるかと

貴音は気付きそうだなw

乙乙

ペーパーマリオでランペルに存在を奪われたマリオのようだ・・・


「大成功ですよ! 大成功!」

「それはそうなんだけどな……」

大喜びの春香とは対照的に、

プロデューサーさんは少し納得いかないといった表情だった

また961プロに何かされたのかと思ったけれど、

不思議と。あるいは当然。私はどうとも思わなかった

むしろ、春香がダメになれば良いのにとさえ思ってしまった

あれはもう私ではなく、私の姿を真似た他人

私を殺して成り代わった何かだから。

「お疲れ様です、聞くまでもなく合格だったみたいですね」

小鳥さんも嬉しそうに言う

私とプロデューサーさんだけが不服で、

春香のことを見つめていた


「送ってくれるんですか!?」

「ああ、まぁ遅くなっちゃったしな」

帰ってきた段階でもう18時頃で、

春香はすぐには帰らず、プロデューサーさんの手伝いをしていた

そのせいで今はもう20時

プロデューサーさんは春香を心配して送ってくれる

でも、春香は私を見つめる

良いだろう。羨ましいだろう

触れ合えること、会話できること、

認識されることを自慢するようにその口を三日月型に歪めて笑う

悔しかった、苦しかった、辛かった

でもどうしようもなくて、

自分という存在が薄れていくのを見ているしかない

「春香、行くぞ」

「はい!」

私は2人についていくことにした

もし可能ならば、春香を呪い殺そうと決意して


返してよ。返して

それは私の体なんだから

返して、お願い

そこは私の居場所なんだから

叫んでも、怒鳴っても

春香は私を見ようとはしない

助けて、プロデューサーさん!

私はここです! それは私じゃないんです!

どんなに近くで叫んでも

プロデューサーさんには届かない

同じ世界にいるはずなのに

違う世界にいるかのような感覚

寂しい、苦しい、辛い、悲しい……

負の感覚だけが、負の感情だけが募っていく


もうすぐ駅に着くといったところで、

春香は小さく笑った

「今日はありがとうございました」

「いや、ありがとうは俺が言うべきだよ。頑張ってくれたんだから」

「えへへ、そうですか?」

腹立たしく思う。

自分じゃない誰かが成った天海春香が

プロデューサーさんに褒められているということが

笑顔にさせているということが。

でも、それらを覆して、プロデューサーさんは困った表情をして。

ため息をついて、真剣な表情で春香を見つめた

「春香、一つ……大切な話があるんだ」

「え……?」

月明かりに照らされた車内で、春香とプロデューサーが見つめ合う

その状況下でも、私には呪うことすらできない

嫌だ。だめ。そんなの嫌

思うことしかできない。邪魔することなんてできない

「春香――」

そして、プロデューサーさんは口を開いた



         「お前は本当に春香なのか?」



「え?」

え?

私と春香が被って言葉を漏らす

プロデューサーさんはなおも真剣に、

だけど申し訳なさそうな表情だった

「な、何言ってるんですか? 私ですよ? 天海春香です!」

春香は乾いた笑い声を漏らしつつ、

私のものだった名前を言う

「それは知ってるよ」

「じゃ、じゃぁなんでそんな冗談言ったんですか? どこからどう見ても誰に聞いても。私は完璧に天海春香じゃないですか!」

春香は本当に悲しそうに怒鳴っていた

私はただ呆然とそれを見ているだけ。

「ひどいですよ……そんなこと言うなんて……」

それでも世界は動いていて。だから

「そうだ完璧だ。今日の春香は完璧すぎた。完璧に――普通だったんだ」

「っ………」

まさかそんなことを聞くことになるとは思わなかった

さすがはプロデューサーといったところやな

プロデューサーかっこいい! 乙

プロデューサーってすごい!

プロデューサー! 抱いて!


「どんなに嬉しくても、緊張してても。春香は、いや。お前は一度たりとも躓くことなんてなかった」

「わ、私だって毎回転ぶわけじゃ――」

「普段はそうでも嬉しい時とかテンションが上がってる時は必ず転ぶ。それが俺の知っている春香だ!」

プロデューサーさんは言い放つ

正直言ってかなり酷いことを

私がむっとしていると、プロデューサーさんは言葉を続けた

「だから教えてくれ。誰なんだ……お前は」

「……ふざけないでくださいよ」

俯いた春香の表情は見えず、

けれどその声は冷たく、そして熱くもあって、

怒りに震えているような感じがした

「何が俺の知ってる春香ですか? あははっ知ったような口きかないでくれませんか?」

「………………」

「躓かないから春香じゃない!? なんですかそれ! そんなので私が春香じゃないなんてよく自信が持てますね!?」


そんな風に怒鳴ること

それこそが証明だとプロデューサーさんは思ったらしく、

その表情を悔しそうに歪めた

「何も知らないじゃないですか! 貴方が知ってる天海春香なんてアイドルの天海春香じゃないですか!」

あっ……と、私とプロデューサーさんは声を漏らし、

顔を上げた春香を見て驚いていた

泣いていた

春香を騙る何者かは、泣いていた

私の代わりに、泣いていた

「女の子である天海春香を知らないじゃないですか! 本当の天海春香を知らないじゃないですかぁっ!」

あれは私の気持ちを語ろうとしていた

私の代わりになった何者かは。

私の気持ちを……代弁してしまっていた

隠し続けていた私の思いを。あっさりと告げようとしていた


「天海春香の気持ちを知らないくせにっ! そんなわけのわからない理由で偽物だなんて――」

春香が怒鳴って、

でも、それ以上に大きな声が車に響き渡った

それは私でも、春香でもない

「お前だって知らないだろ!」

プロデューサーさんの声だった

「そんなわけの解らない事? ふざけるな!」

プロデューサーさんは怒っていた

天海春香という誰かに対し怒鳴っていた

それはプロデューサーさんの知る私という天海春香のための怒り

「ずっと見てきたから。ずっと気にかけてきたから……だから、だからそんなちっぽけな理由でも」

プロデューサーさんは春香を睨んでいた

私という春香を返してくれと、睨んでいた

「俺はお前が春香じゃないって断言できるんだ!」

私は何も言えなかった

春香も何も言わなかった

言えないんじゃない。いう必要がないと。そう思ったから


「ずっと見てたんですか? ずっと春香を見て、気にかけていてくれたんですか?」

「……当たり前だ」

プロデューサーさんは残念そうに言葉を呟き、

春香を……ううん、私に化けた誰かを見つめた

「春香を返せよ、返してくれ」

「……春香のことが、好きなんですか?」

誰かは問う。

私が絶対に口にはできない問いを。

天海春香として、問う

「…………………」

プロデューサーさんは少しだけ戸惑って、躊躇して。

だけど意を決したかのように誰かを……ううん、もう。私だ

私だと気づかずに、プロデューサーさんは春香を見て、

「好きだよ。プロデューサーとして間違っている意味でも」

悲しそうな声で教えてくれた

「えへへ……じゃぁ両想いですね!」

私は答える。言うことはできないと思っていた気持ちを


「え……?」

涙が溢れてくる

戻ることはできないと思ったいた世界に戻れたから?

伝えられることはないと思っていた気持ちを伝えられたから?

春香が私ではないと見破ってくれたのがプロデューサーさんだから?

全部だ、全部が嬉しくて

だから私は泣いてしまう

涙を止めることもできずに笑ってしまう

「春香……?」

プロデューサーさんは困ったように訊ねてきて、

だから私はそのままに答える

「プロデューサーさん……ただいま!」

そう言った私に対してプロデューサーさんは嬉しそうに笑う

「おかえり」

そして優しく頭を撫でてくれた


落ち着いてから、

私達はとんでもない発言をしてしまったと赤くなって黙り込む

だからといって、言葉を取り消すことなんてできなくて。

「……聞かなかったことには?」

「しません!」

「……本気なのか?」

「本気です!」

後戻りなんてできないから

無かった事になんて出来ないから

「……そっか」

プロデューサーさんは諦めたのか、

小さく笑うと頷いた

「春香、これからも宜しくな」

「っ――はいっ!」

これからもよろしくという言葉は

今までとは少し違う意味を持っていて

それがわかったからこそ、私は嬉しく、笑顔で返事を返すことができた



ねぇ、傘女って知ってる?

知らないの?

じゃぁ、相合傘って知ってる?

相合傘はね、恋のお呪いなのよ?

それと傘女の関係?

そうね。もしかしたら傘女は、

相合傘を代行する……お節介な妖怪。だったりするかもしれないわね



―終わり―


短いのに時間がかかってしまったけれど、これで終わりです

ありがとうございました

乙乙

乙ー

>「お前は本当に春香なのか?」

「お前は本当に春香なのか?」と言い彼女の前に立った。
プロデューサーさんは何か呪文のようなものを唱え「破ぁ!!」と叫んだ。
すると、プロデューサーさんの手から青白い光弾が飛びだし、傘女を吹き飛ばした。

みたいな流れかと思った……。



いいラストだな



良い春香SSだった

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