あずき「肇ちゃんのはじめてのお相手」 (67)

デレマスの肇ちゃんとあずきちゃんがPと一緒に釣りに行くお話です

いたって健全なお話ですので意味深な内容を期待された方は申し訳ありません



少し長い内容ですが、ゆっくり投下していきます

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1493991393

「なんであずきが?」



NA、N、DE、A、ZU、KI、GA?

その単純な質問に、プロデューサーさんは答えた。



「いいから来てよ。俺が肇と二人きりで行ったりしたら、周りがうるさくなりそうだもの」

「えー? ……まあ、予定はないからいいよ。行くっ」



こんなやりとりから、午前オフの日に三人で釣りへ行くことになったのが一昨日のこと。

……そして。

ジリリリリリリリリ!!!!!!



「はれっ!? あ、今日釣りに行くんだっけ……」



予想以上の早起きを強いられたことに、ちょっぴり後悔しているのが、いま現在のあずきの心情。

当日の起床時間を後になってから知らせるという、プロデューサーさんのずる賢さが恨めしくなる朝だった。

朝早く。二人だけの食堂で、対面に座る肇ちゃんが言った。



「寮で、こんな時間に誰かと朝ご飯を食べるのは久しぶりです」



女子寮の一階にある食堂。

厨房の方から聞こえる調理音。そして、肇ちゃんの声が妙に響く朝食だった。

「私は、いつもこれくらいに食べに来るけれどなかなか他の人と会わないんですよね。食堂は6時から開いているのに……」

「んん……」

「このこと、あずきちゃんはどう思います?」

「…………んー」



あずきたちのいる女子寮では、346プロに所属するアイドルがたくさん住んでいる。

そんな子たちが、イベントの出演やヘルプなんかの都合で朝早くから起きなきゃいけない時もあるんじゃないかな。というか、あずきも実際に経験してるから間違いないと思う。だから、食べに来る人が少なくても普段から朝早くに食堂を開けているんじゃあ……。

……と、いうようなことを短くまとめて肇ちゃんに伝えたかったけれど。

残念なことに、起きたばかりのあずきの口は上手に回ってくれなかった。

「……うーん、むにゃむにゃ…………」

「ふふふ。かわいい……」



なんか子供扱いされちゃったー、なんて考えつつも寝ぼけまなこで時計を見やると、朝の6時を過ぎたばかり。

しっかり起きてる肇ちゃんはえらいなぁと思いながら、もそもそと、朝食の玉子焼きをを口へ運ぶことにした。

「ごちそうさまでした」

「ごちそーさまでした」



なんだかんだで、朝食を食べ終えると頭はすっきりするものだ。

早起きをしたときに特有の、ふわふわした感じがあずきを包む。言葉にすると「無理してるけど、なんだか気持ちいいかも!」という具合の不思議な気分だね。



「早速ですけど、待ち合わせ場所まで向かいましょう。きっと、プロデューサーさんが待ってくれています」



そう言った肇ちゃんの表情は、自然体なのに凛々しくて、あいさんや真奈美さんのそれとは違う意味でかっこよく、クールに見える。

食事を終えたばかりにも関わらず、きれいなままの唇に感心しちゃう朝の一幕だった。

出かける準備を整えて寮から少し歩いていくと、すぐそばの道路脇には見慣れた車が停められている。

少し待つと、目当ての人物があずきたちの方へ歩いてくるのがわかった。



「おはようございます、プロデューサーさん」

「おはよ、プロデューサー!」

「おぉ。二人とも、待たせてごめんな」



朝の挨拶もそこそこに、プロデューサーさんに促されて肇ちゃんと二人で後部座席に陣取る。

プロデューサーさんの「しゅっぱーつ」という間延びした声を合図に、あずきたちを乗せた車はエンジンを回し始めた。

朝早くに出てきた甲斐があったのだろうか。街の道路は、ちょっとごみごみしているけれど静かで結構いい気分っ。

あずきたちのいる空間には、車内オーディオが流すCDとプロデューサーさんの鼻歌が響いている……。



「プロデューサーさん。音、もっと大きくしていいですよ」



肇ちゃんが言うと、プロデューサーさんはこう返す。



「いいの。小っちゃなボリュームで聴こえてくる歌って、かわいいだろ?」

「またそういうこと言って。私たち、目も覚めてますし大丈夫ですよ」

「な、なにがだよ……」



はぁ、とため息をつく肇ちゃん。多分、プロデューサーさんに気遣いをやめてほしいんだろうな。

表情も声も、まるでプロデューサーさんのお母さん…………いやいや、お世話焼きの妹さんみたい。もっとも、プロデューサーさんの家族なんて会ったことないけど。

妹さんがいるかも知らないし、あくまでもイメージの話だよ。

よぉし。あずきも、頭の体操を兼ねて会話に混ざってみようっと!

空もだんだん白んできて、お日様も目を覚ましそうな時間帯! そろそろちゃんと起きないと、お寝坊さんになっちゃうからね。



「でもさでもさ、その曲ってロックなやつでしょ? 『かわいい』聴き方しちゃっていいの?」

「おっ。あずきでもジャンルがわかるか、そうかそうか……」

「なっ、なによその言い方ー! 怒るよ、プロデューサーさん!」



もう怒ってるじゃないか、なんて声といっしょに二人の笑い声が車内に響く。あずきの朝コミュ大作戦、成功したけど笑われたのがちょっぴり悔しい。



だいたい、『あずきでも』ってどういうことなのさ!

オーディオの中でドンドン鳴ってる楽器の音とか、ベイビーとかジャンキーとか言っている歌詞とか、そういうの聴けばわかるんだからねっ。

そういう感じで、車に揺られてしばらく経って。

目的地である、海つり公園へあずきたちは到着したのであった。



「ようし、釣るぞ釣るぞ釣るぞー! めざせ大物、がんばるぞ!」

「……あっ、はい。がんばりましょう」

「ふぁ…………あれ?」

「……ぁぁっ。もぅっ」



……え? もしかしてやっちゃった?

多分、プロデューサーさんはあずきと肇ちゃんの二人から相槌してほしかったんだと思うけど。

うっかりあくびでタイミングを逃したせいで、プロデューサーさんが一人だけで張り切ってる変な人になっちゃった。心の中で、ちょっとごめんねと謝っておこう。

「なんだよ二人ともぉ……。せっかく早起きしてきたのに、寂しいじゃないか……」

「そ、そんなことないですよ! 私たち楽しみでここに来たんですから!」 

「め、目指せ大物です! ね、あずきちゃん?」

「……う、うん! …………えっと、プロジェクトB! BIGのBね!」



わたわたしながら二人で声を張ると、プロデューサーさんはその様子を見て力なく笑う。

まさかまさか、あずきのあくびが原因でこんないたたまれない空気が生まれちゃうとは思わなかったねっ。

こんなに微妙で痛々しい雰囲気になったのも、きっと朝の静けさのせいだろう。

それを紛らわせたかったからか、あずきたち三人はせかせかと急ぐように釣り道具を取りに歩いた。



釣り竿や餌を受け取ると、今度はプロデューサーさんについて釣りポイントまで徒歩、徒歩だ。

まだ7時くらいなのに、釣り具のレンタルをしてるなんて公園の管理者さんはすごいと思う。早起きさんなのは、少し尊敬しちゃうかも。

それでもすごいことなのに、この公園は6時から釣りをしてもいいみたいで。

今日も、こんな時間なのに釣り糸を海へ垂らした人がちらほらと目についた。みんな、本当に釣り好きな人たちなんだね。

「ここって、有名なポイントなんですかね。私たちも、釣れるでしょうか」



疑問形の語尾。それでも、肇ちゃんの瞳は朝の日差しに負けないくらいキラキラだ。

心の中の釣り好きなハートに、この風景が火を点けたのかもしれない。



「釣れるさ。俺たち三人、全員が釣った魚を持って帰って事務所のみんなを驚かせてやるんだよ」



そう答えたプロデューサーは、さっきの痛々しさも忘れて声を弾ませている。

……ようし。

あずきも二人に負けずに、やる気いっぱいでがんばろうっと!

「早朝から楽しめて、いい写真を撮るチャンスもできて、飯の種にもなるんだから釣りっていいよなぁ」



もう釣った気分でいるのかな。

本当に、さっきの沈んだ顔はどこへやら。プロデューサーさん、もう上機嫌であずきの隣を歩いてる。



「でも、ほんとに大物なんて釣れるの?」

「釣れる釣れる。公園のHPでも朝早くから色々釣れたという情報があるし、サメやアナゴを釣った人もいるらしいぞ」

「うそーーー!?」



サメ! そんなの釣れたらどうするんだろう?

「それって、腕のいい一部の釣り人さんの話じゃないですか? アナゴなんかは、続けて釣れることもあるそうですけど」

「夢がないのはつまらないぞ~? ……ま、初心者でもフッコなんかが釣れるそうだし十分大物だよ」



フッコ。後で肇ちゃんに教えてもらったけど、スズキっていう出世魚の別名らしい。

スズキならあずきも名前を知っていたけど、大きさによってセイゴとかフッコとか、他にはシーバスと呼ぶ人も居るみたいで、ずいぶんややこしそうだった。



「私も少し調べましたが、この辺りではアジが釣れるんですね。お刺身でも焼き魚でも美味しいですし、今から、少し楽しみです」

「アジか。いいなぁ……いいね、アジ!」



二人とも、なんだか顔がだらしない……。アジって、そんなに美味しい魚だったかな。それとも、自分で釣ったらそれだけ美味しくなるんだろうか。

なんだか珍しかったので、肇ちゃんと、ついでにプロデューサーさんのゆる~い表情を、横からゆっくり眺めつつ歩くことにした。

そうして歩いて、気付いたら海の上。

横目で見える、海面は風に揺れている。さすがに、橋は風で揺れてない……よね?

いつのまにやら、あずきたち三人、陸から離れた桟橋の先に立っていて…………。



「雲が出てきましたかね。針を隠してくれますし、釣る分には都合がいいです」

「ここまでくると、海のど真ん中だなぁ。こんなところで釣るなんて初めてだから楽しみだ」



釣りへの期待感を声に出して表している二人。

その一方で、あずきの気持ちはというと……。

「……ぅぅ」



岸からスーッと伸びた桟橋の先を、直角に折れてずーーーーっと行った場所が、今、あずきたちの立つ沖桟橋。

ちょうど日差しがなくなって、空が暗くなったのもあって、正直…………。



「……っ」



……正直、怖いかも……。

手すりからあえて身を乗り出して、海面を見つめてみた。今は風がなくて、ゆらりと波で凪いでるだけだ。

水深、わからないけど結構深そう。万が一、万々が一ここから落ちたら――。



「…………っ」



考えたくないことを考え始めちゃったせいで、暗くて怖くて嫌な気分だ。

みんなで楽しもうと思って来たのに、こんなことを想像しちゃうなんて。

そう思っていた、あずきの肩を。

「どうしたあずき。魚、いた?」



プロデューサーが、ポンと叩いて話しかけてきてくれて。



「ふふ。こんなに沖の方まで来ちゃうだなんて、少し、ドキドキしちゃいますね」



そう言って笑う肇ちゃんが、きゅっと手を握ってくれて。

ちょっぴりネガティブ気分な曇り空が、気にならなくなるような。

そんな晴れやかな気持ちを、二人がプレゼントしてくれたのだった。

沖桟橋の先端、「橋」の「はし」から、数十メートルくらい離れた場所にあずきたちは陣取った。

橋の先端部では、既に釣り糸が垂らされている。竿の傍に立ってる人はいないけど、あずきたちよりも早くやってきた人が、あそこに目をつけていたのかな。



「海釣りでは、橋や堤防の端部がいいポイントなんです。流れが変化する場所は、色々な種類の魚が集まってくるので」

「へぇー。どうして流れが変わると魚が集まってきやすいの、プロデューサーさん?」

「えっ!? それは、潮の流れや水温がうんたらかんたらで……えーっと」

「うんたらかんたらじゃわかんないよー」

「あー……そんなことより肇、あずき! 念のためにこれを着ておきなさい!」



プロデューサーさんは、あずきの質問に答えないまま慌てた様子で救命胴衣を押し付けてきた。大人って、ずるいなぁ。

「終了時刻は9時目安で、今から2時間弱くらいだな。三人で、適当に釣り糸垂らして獲物を待とう」



針と餌をいじりながらプロデューサーさんが言う。午後は三人ともお仕事があるので、お昼前には余裕をもって帰りたいところだ。

プロデューサーさんとあずきは小さなエビ(あとで聞いたけれど、本当はエビじゃなくてプランクトンの一種らしい)を餌にしたけれど、肇ちゃんはルアーを手に持ち元気いっぱいだ。



「大物狙いですからねっ。出世魚を釣り上げて、トップアイドルへのゲン担ぎにします」



ふんす、と鼻を鳴らして興奮している肇ちゃん。

ステージに立つと堂々とカッコいい表情や、きれいでセクシーなポーズを見せてくれる肇ちゃん。

その姿は見慣れていたけど、これはこれで新鮮だなぁと思えてなんだか楽しかった。

「あずきは意外と堅実だな。てっきり、最初から大物狙いでいくのかと」

「……ふふ。作戦をキメるには最初の一歩が肝心なんだよ? たとえ小さくても、一匹二匹と釣って調子を上げてから大物をしとめるの!」

「ほー。ボウズも避けやすくなるし、なかなか理にかなった考え方じゃないか」



本当は、ルアーや餌で釣れる魚の違いが分からなかっただけだけどね。

無理に否定する意味もないし、プロデューサーさんにはこのまま勘違いしてもらおっと。



「ま、小物狙いだからって釣れるとは限らないけどね。肇の方に先に魚が来るかもしれないし、逆に、俺やあずきの餌に大物がヒットするかもしれないからな」



プロデューサーさんの言葉に、肇ちゃんが「それが釣りの醍醐味です」と応じる。

醍醐味、ダイゴの味……。ダイゴって、どんな食べ物なんだろう?

気になって二人に訊いてみたら、プロデューサーさんから「雫に会ったら訊いてごらん」って言われて話を打ち切られちゃった。

これで、質問の答えを二度連続ではぐらかされたことになる。でも、雫ちゃんに話しかけるきっかけが出来たのはいいことなのかもしれなかった。

今回はここまでで一旦休憩します。続きは後日投下します

釣りSSはあまり書いたことがないので、これから投下する箇所に変な描写が混じってしまうかもしれません。申し訳ないですが、そのときは脳内修正お願いいたします

そんなこんなで、いよいよ釣りの時間である。

あずきと肇ちゃんは、沖桟橋の上に並んで堤防の外側へ。プロデューサーさんは、あずきたちと反対側に立って堤防の内側へと仕掛けをキャストした。

二筋の銀糸が、朝焼けの残る波間へと溶けていく。一瞬の時間を経て、かすかな手応えといっしょにあずきたちの釣り餌は着水した。



「天気は、やや曇りがちな晴れといった具合でしょうか……。釣りにぴったりの、いい日和ですね」



『ひより』だって! こういう細かい言葉の使い方が、あずきにとって肇ちゃんという存在を遠くのものに感じさせる…………っていうのはさすがに大げさかな。



「大げさだと思います……」



苦笑交じりに返事をする肇ちゃん。

そうして笑みを浮かべたまま、肇ちゃんはあずきへ向かってこう言うのだった。

「私も、あずきちゃんのことを近くて遠い存在だと思うことがありますよ」

「えっ」



それってどういうこと? 

近いは分かるけど、遠いっていうのは……。……あずきの打ち出す大作戦が、肇ちゃんの想像を越えるくらいに凄いとか?



「あずきちゃんのことは、身近にいてくれる仲よしのお友達で、同僚で、ライバルだとも思っています。けれど、同時にあずきちゃんは私にないものを持っていて羨ましいなぁ、敵わないなぁと思うこともあるんですよ」



ほ、褒めすぎだよ肇ちゃん! 急にそんなこと言われたら……恥ずかしくて、顔が真っ赤になっちゃうや。

釣り竿を持ちながら照れ隠しにあれこれ言うけど、肇ちゃんはうふふと余裕を見せて笑うだけ。そういう態度はずるいなぁ。

と、こんな風に二人でわちゃわちゃ話していると、脇から思わぬ横やりが入ってきた。

「あずき、肇、竿持ったままこっち向いて!」

「はい、ポーズ!」



言われるがまま、あずきと肇ちゃんは声の方向へ振り向き笑顔を作って写真撮影に応じてしまう。

しまう、というか。声の主はプロデューサーさんだったからいいんだけど、ディレクションがあると、うっかり期待に応えたくなっちゃうのは職業病かもしれないね。

「いいじゃん、職業病でも。アイドルは撮られてなんぼだもの」



なんてことをつぶやきながら、あずきたちのカメラマンは写真を収めたスマホをいじっている。

なにしてるんだろ。写真の出来を見直すには、ちょっと間が長いような気がするけれど……。



「ちょっとだけ加工して、SNSにアップしてるんだ。朝早くから公式アカウントが投稿してたら、ファンの人たちも喜んでくれるはずだよ」



えぇー…………。

投稿するのは別にいいけど、そのために写真を撮るならひとこと言ってほしかったな、って思っていると。

「一つ……よろしいですか?」

「ん、なに?」

「今のプロデューサーさんが求めているのは、アイドルの私たちでしょうか? それとも、プライベートでの私たちでしょうか?」



す、鋭い……!

あずきがのんきに考えている間に、肇ちゃんは大人顔負けの言葉でプロデューサーさんを静かに追及するんだもの。こういう頭のよさとか、女の子としての強さみたいなのがいいなぁ、なんて思っちゃう。

これ、もしかして変な空気にならないよね? プロデューサーさん、なんて答えるんだろう……。

「ああ、別に普段の趣味を楽しんでるのと同じ態度でいいよ。今みたいに写真撮ったりコメント取ったりするかもだけど、二人には純粋に釣りを楽しんでほしいな」

「コメント?」

「うん。なんかしら釣り上げたら、釣った時の気持ちを教えてほしい。『やったー!』とか『とったどー!』みたいのでいいから、写真と一緒にこれもSNSに記録しておこう」



なるほど……。そういうの、テレビで野球を見たときのヒーローインタビューみたいな感じで楽しそうだね!



「ただし、俺が同行しているからには最低限のアイドルマナーは守ってもらうからな……。釣れないあまりにうたた寝でもしたら、そこを撮られても文句は言わないことだ」

「……はぁ。そういうことを、楽しそうに話すのはやめてください」



呆れる肇ちゃんの横で、カメラマンのような撮影姿勢をとるプロデューサーさん。

構えているのがスマホなせいで、どことなく間の抜けた雰囲気が漂っていた。

話をしている最中でも、肇ちゃんの手が細かく動いていたことにあずきは気が付いた。



「ルアーの位置を、ちょっと。根掛かりしないか確かめつつ、底へ沈めて、それでいて波に揺られるようにしておきたかったんです」

「ネガカリってなに? それに、ルアーが波で動いてるってどうしてわかるの?」



あずきの疑問に、肇ちゃんは丁寧に答えてくれた。

根掛かりっていうのは仕掛けが海底や海中の岩なんかに引っかかることで、ルアーの動きはウキの動きや竿の手応えとかで大まかに判断するんだとか。



「へぇ~。あずきも釣りしたことはあるけど、そういうのは知らなかったよ。ありがと、肇ちゃん!」

「いえいえ。他にも気になることがあればいつでも教えますから、遠慮せず聞いてくださいね!」



言葉だけ見れば肇ちゃんの優しさがあふれた会話っぽいけど、その表情はどこか楽しそう……。

というのも、そのときの肇ちゃんの目の輝きは、とある誰かを思い出させるものだったのだ。

誰かというか、ぴにゃこら太のウンチクを語ってる時の穂乃香ちゃんだけど。比奈ちゃんや紗南ちゃんも、漫画やゲームのこととなるとこういう目つきで豆知識を教えてくれたっけ。

そんなこんなで時間は過ぎて、もうすぐ釣りを始めて1時間にもなりそうな感じになったけど……。

肇ちゃんにアタリが一度あっただけで、未だに三人の誰も釣果を得ることはできていなかった。



「いやあ、なかなか釣れないね。俺が朝飯と一緒に買ってたおやつ、二人も食べる?」



プロデューサーさんがコンビニ袋から取り出したおやつを、ありがたくいただく。

エネルギーを充填しながら、暇つぶしを兼ねてスケジュールを確認しあうあずきたちであった。

わざわざ海まで来たのにやることがお仕事の打ち合わせなんて……はぁ。

ため息をついていると、プロデューサーさんに変な説教をされた。



「結果が出ない以上、つまらないのも仕方がないさ。こんな暇つぶしが嫌なら魚を釣ればいいわけで、そこは社会の厳しい現実だな」

「プロデューサーさん? なに言ってるかわかんないんだけど……」

「楽しみたいなら結果を出そうってこと。結果が出なくても楽しめるのが、ある意味一番いいことなんだが」



どこから持ち出したのか、大きめのメモ帳を持ってプロデューサーさんはあずきたちに今日のスケジュールを確認していく。

そんな中で、肇ちゃんが受けているお仕事と、あずきの受けてるお仕事との、ちょっとしたスケールの差に落胆してアイドルって厳しいなぁと思った矢先だった。

気のせいかな? プロデューサーさんの後ろに見えてる釣り竿が、大分しなって糸も引っ張られているような……。



「プロデューサーさんっ!」



ああ、やっぱりそうだったんだ。肇ちゃんが注意を促すと、プロデューサーさんもアタリがあったことに気が付いたのか、



「おお! どうやらかかったみたいだな!」



とか言いながら、それまで持っていたメモ帳をばん! と音が聞こえるくらいに橋へ叩きつけ、釣り竿へひた走る。

竿を掴んだプロデューサーさんは、「よっしゃー!」、「こいやー!」と勢いよく叫びながらリールを巻き取ろうとしていた。

プロデューサーさんの格闘風景を見ること、1分くらい。



「釣れたー! 釣れた、釣れたぞー!!」



勝どきの声をあげるプロデューサーさんは、その手に釣果をぶら下げている。

見た目は鯛に似てるかな。ちょっぴり小さくて、銀色ウロコの特徴らしい特徴のないお魚さんだ。

おめでとうございます、と手をたたく肇ちゃんに合わせて誇らしそうな顔をするプロデューサーさん。

その表情は、ひと回りも年が若返った男の子みたいだった。

「あれは確か……ウミタナゴ、でしたかね。お刺身にすると美味しいそうですが」



再び、あずきと肇ちゃんは肩を並べて海を見る。潮のにおいが鼻をくすぐってきて、朝の陽ざしが温かい。

うん。肇ちゃんが言ってた『いい日和』の意味、わかってきたかも!



「ルアー釣りはですね。こう、クイっとルアーを動かした瞬間に獲物が食い付いてくれると凄く楽しくて病みつきになるんですが……!」

「ふふふっ。肇ちゃん、さてはプロデューサーさん相手に燃えてるでしょー?」

「一日の長がありますし、負けたくないですからね。それでも落ち着いて、焦らずに……」

「おぉ……」



今日の肇ちゃん、やる気に燃えて熱さを感じるよっ。メラメラ大作戦!

そんな空気につられたわけではないだろうけど、桟橋の上には少しずつ釣り人さんが増えてきていて。

いつもだったらまだ眠たげな時間帯でも、あずきの周りは忙しい雰囲気になり始めていた。

「だいじょぶだいじょぶ! 肇ちゃんとあずきなら、この前みたいによさげなお魚釣れるって!」

「……そうですね。時間も余裕がありますし、のんびり待ちましょうか」



と、肇ちゃんの表情はいつもみたいに柔らかくなった。

メラメラ肇ちゃんもいいけど、やっぱりこういう表情の方が肇ちゃんには似合ってるね。



「あのときは、なかなか釣れませんでしたね。けれど、二人で歌いながら魚を待ったり、油断した頃に獲物がかかって大慌てしたり、楽しい時間でした」



思い返すのは、肇ちゃんと夜釣りに行った日のことだ。

色々あった肇ちゃんとの釣り体験だったけど、魚が針にかかった、あのときの感触は今でもあずきの手に残っている。うん、多分、残ってるはず。

ワンモア、あのときの感触! 目をつぶって、そんな風に神様にお願いすると…………。

ビシッ! そんな音が聞こえそうな、力強い手ごたえがあずきの竿を震わせた。



「きっ、た、かも! これ来ちゃったかも、肇ちゃん!」

「あずきちゃん凄い! そのまま少しずつ、少しずつリールを巻いていってください!」



釣り糸をぐんぐん引っ張る力に負けじと、あずきもぐぐっと力を込めて竿を握る。

これでもか、としなる竿を注視しながら少しずつ、それでも急いでリールを巻きつづけて……。……巻きつづける、はずが。

「…………あれ?」

「あら……」

「……逃げられ、ちゃった?」

「みたいですね。残念です」



がんばって巻き上げた針の先には、何もかかっていない。

餌もどこかに消えちゃった。多分、取られて食べられたんだろう。



「相手が一枚、上手でしたね」

「……うん」

「大丈夫。また、チャンスは来ます」



そう言って慰めてくれる肇ちゃんのまっすぐな瞳だけが、あずきにとっての救いだった。

そんなこんなで釣り糸を垂らし、魚もかからず餌だけ取れたり、二人で延々待ちぼうけたりと時間が経って。



「もー! 感触だけがよみがえったって意味がないよぉー!」

「へ?」

「あ、こっちの話ね」



どのくらい経っただろうかとポケットの中のスマホを見ると、時刻は8時半すぎ……ということは、あと20分くらいで帰らなきゃいけないってこと!?

もう少し、時間は多く残ってると思ってたのにな。タイムリミットを延長してもらおうかなんて、弱気な考えがあずきの頭に浮かび始めていた。

ここへ来てから1時間と30分。タイムリミットの目安は2時間で、あずきも肇ちゃんも成果ナシ。

そんな中で、同じく釣りに来ていたプロデューサーさんはと言うと。



「よーーーし! イカ二匹目、じゃない二杯目――!!」

「おぉ! 兄ちゃん、よく釣れるね!」

「ありがとうございます。……って、そちらも魚かかってますよ! ほらほら!」

「おっ、本当だ。だっはっは、いい釣り場だね!」



ウミタナゴの後も、イカを釣り上げてご満悦だ。

同じく好調そうな隣の釣り人さんと打ち解けているのが、あずきをなんともいえない気持ちにさせてくれる。

「はー、楽しい楽しい。そっちは釣れてないけど、あれかな。今更だけど場所変わろうか?」

「けっこうです」



と、プロデューサーさんの提案をはねつけた肇ちゃん。

柔らかい表情のままで、ぴしゃりと言ったのが少し怖いような……。



「……怖かったですか? アタリがないせいで、ちょっと気が立ってたかも……すみません」



えっ。あずき、もしかして今考えてたこと口に出してたの?



「あずきはそういうところがあるからなー。あざとい演技を続けてきた副作用みたいなものだね」

「えっ、演技なんてしないよ!」



もう。プロデューサーさん、いじわるなんだから! 



……まあ、わざと考え事を口にしちゃうような、うっかりさんでかわいい系の女の子を演じることがない……とも言えないんだけども!

そんなプロデューサーさんとのやりとりを聞いて、肇ちゃんは何かを考えるように言う。



「演技であっても、あずきちゃんのあずきちゃんらしさは変わりませんよ」

「自然のままとか、素であることの美徳というのはありますが……。なにかを演じることで引き立つような、あずきちゃんらしい可愛さもあると私は思いますね」



こういうことを、いつもと変わらない表情で言えるのが肇ちゃんはずるいんだよね。

あずき的には、羨ましいとも言う。



「狂人の真似をすれば……なんて、昔の人は言ってたね。演技すること自体が自然になってくると、今度は自然ってなんだよ~、って堂々巡りになりそうだ」



うーん。一体全体、どうしてあずきのうっかりがこんな話に発展したのやら。

そんな表情を作ると、察してくれたプロデューサーさんが「とりあえず、今は釣りに集中な」と話を打ち切ってくれたので助かった。

あずきの欲しい反応を引き出したって意味では、今のが本当の『演技』だったのかもしれないね。

目安にしていた時間制限はもうすぐだけど、気持ちが緩んだのかな。

あずきも、肇ちゃんも、海へ目をやりはしても釣り竿のことは全然気にしていなかった。

プロデューサーさんも同じみたいで、現状の釣果を三人で見合わせたり、写真を撮ったり、なんでもない話をしたり。

さっきまで、プロデューサーさんと仲良くしていた釣り人のおじさんも一緒になって釣り談義なんてしていた頃だった。



「あらっ? またかかったみたいだし、いっちょ釣り上げてくるかー」



自分の竿にアタリが来たのに、プロデューサーさんの口調はのんびりさんで緊張感がない。

とはいえ、竿へ駆け寄る動作は口調とは対照的に素早かった。どんな魚が釣れるのか、感心しながら眺めていると、一緒にいた釣り人さんが、



「ねえキミ。あれ、キてるからすぐに糸見た方がいいよ」



なんて言い出したから……。

「えっ! これ本当に引いてる!? ええっと……二人とも、どうしよ……」

「さっきみたいに、リールを引いて一定のリズムで巻いていきましょう! 大丈夫、すぐに気が付けましたしきっと釣れます!」

「うう、うん! がっ、がんばるっ」



さっきまでが嘘みたいに、あずきもみんなも大慌て! 

肇ちゃんも、会ったばかりの釣り人さんも、あずきの後ろであれやこれやと口早にアドバイスをくれるけどなかなか聞き取れない。だって、こんなに元気に竿がしなってるんだもん!



「やー、みんな見てくれよ。せっかく釣ったのにこんな小物……あれ?」



プロデューサーさんがなにか言ってるけど、その声はあずきの耳を通り抜けてすぐにどこかへ行っちゃった。

今は、とにかく目の前の作戦を成功させることだけ考えなくちゃ!

「うっ、あぅ、うぅぅぅぅう」



あっちへふらふら、こっちへふらふら。相手の動きにつられて、こっちも橋の上を右往左往してしまう。



「お姉ちゃん、踏ん張って! 焦らずいこうや!」



名前も知らない釣り人さんも、あずきを応援してくれていた。

あずきがぶつかったりしないように、自分の釣り竿を確保しに行った肇ちゃんの声援がないのがちょっぴり寂しい。



「ふぬー! うっ、ぐっ、ぐっ、ぐぅぅ~~~!」



本当にこんな感じの、あずきにしてはかなり太い声を出しながら踏ん張るために腕とおなかに力を込めた。

ボイトレやダンストレーニングで鍛えてきた腹筋とか体幹とかがこんなところで役立つなんて…………思ったのとは違うけど、アイドルやっててよかった!!

……と、そこまで思ったところで。というか、そんな風に思って油断しちゃったせいだろうか。

ふっ、と手ごたえが消えたかと思うと、糸も竿も、急に力強さを失って。



「……?」

「?」

「!?」



あずきと、プロデューサーさんと、釣り人さん。

みんなで驚く間もなく、あずきの餌にかかった相手は水中へと潜ってしまいましたとさ。

……はぁ。

瞬間、ピピッという電子音が鳴る。音のした方向へ目をやると、スマホのカメラを構えたプロデューサーさんがばつの悪そうな顔をしていた。



「ごめん。あずきがあまりにもわかりやすく落胆していたから……絵になりそうだと思って」



変なところでプロ意識を見せた即席カメラマンさんが、あずきのがっかり顔をしっかりと撮ったみたい。

ちょっとむかっとしたけど、それ以上に喪失感と虚脱感の方が大きくって怒る気にもなれなかった。

「逃した魚は大きい、なんて言ってみたりしちゃいますか」

「ねぇ。だいぶ引きが強かったし、大物だったかもなぁ」



大人二人は、つい先ほどの光景を思い返してしみじみと大人の会話をしているみたい。

なんかもう、本当にため息しか出てこないや。



「朝釣り大作戦、失敗しちゃったなぁ……」



今まで、なんだかんだで作戦という作戦を決めてきたのに……。うなだれあずき、ここに誕生だ。

そうやって、気持ちも身体もがっくり下向きになったあずきの耳に肇ちゃんの大きな声が届いてきた。

「あずきちゃ……プロデューサーさんも! だれか! 網、持ってきてください!!」



あれ? 肇ちゃん、そういえば何してたんだっけ?



「あの、かなり大きい子がかかって……!」

「今行く! 待ってろ!!」



あずきが肇ちゃんの方へ向き直る間に、大人二人は立ち上がって、それぞれ網と釣りバケツとを持って肇ちゃんの元へ急行していた。

……って、もしかして肇ちゃんの竿にアタリが? それも……かなりの大物!?

「あ~、こりゃ大したもんだ! かかりにくいのによく釣れたなぁ!」

「最初は根掛かりかと思いましたが……」

「ああ肇、目を離すな! もう少しで網が届くからもうちょい! もうちょい巻いて!」

「は、はいっ。最後まで油断せず……」



なにやらみんな興奮しているようで、すわ、何が釣れるかと肇ちゃんの元へあずきも駆け寄ったけれど大人二人に邪魔されてなかなか釣り糸の先は見えてこない。

どうやら、もうすぐ獲物が姿を見せてくれるみたいなんだけど…………。

「ラストは一気にな! 十分まで引き寄せたらぐっと上げて!」

「はい! ……いきます!」

「っしゃーーーー! 捕ったぁ!!」



ここ一番の盛り上がりを強調する雄々しい声の中心で、肇ちゃんがひかえめに腕を振り上げる。ガッツポーズ。

桟橋に揚がった網の中から、姿を現したのは……………………。

「いやー、二人を釣りに誘ったのは色々理由があったんだよ~。こういう時期だからこそ趣味を楽しんでほしいとか、結果で一喜一憂したり、逆に結果関係なく楽しむ姿勢を思い出して欲しいとかさ~」



帰りの車の中で、プロデューサーさんが上機嫌で話している。でも、あずきと肇ちゃんはそんなの気にせず例の獲物の話で夢中だった。



「えっ! 肇ちゃん、あれ釣ったことなかったの!?」

「そうなんですよっ。私、釣り上げるどころか食いつかれたのも初めての相手で……」

「結果的に、楽しみながら仕事もできて一石二鳥だったよなー。ボウズの写真も大物釣りの写真も撮れてSNSの反響も上々だよ!」

「あれ、どうするの。どこかに持って帰ってみんなで食べるよね?」

「そうです……ね! 寮の食堂の、冷凍庫とかで預かってもらいましょうかね?」

「俺としてはさ、やっぱり七海に見せてみたいな! 生でいきなりこいつ見せたら絶対驚いてくれると思うんだよ!」

「確かに!」

「他の子なら……あっ! 葵ちゃんなら、腕をふるってくれそうですしその後みんなで食べても……」



三人が三人とも、自分の話をしたと思ったら相手の提案にすぐに乗ったり、相手の言ったことを忘れちゃったり、何度も何度も同じことを言っちゃったり。

そんなこんなのてんやわんやで、車の中は大はしゃぎだった。

「しかし、タコが釣れるなんてな~。何人分のたこ焼きができるかな~」

「余ったら、大人の皆さんでおつまみにして食べてくださいね」

「たこわさとか? いや~、よだれが出るね~」



肇ちゃんが、最後に釣り上げた大物。タコさん。

平均的な大きさはわからないけど、500gはあったらしい。今は、クーラーボックスの中で他の釣果と一緒に冷凍中だ。



「あのとき、三人みんなにアタリきてたよねっ。……はー、あずきも釣りたかったな~」

「まあまあ、終わりよければすべてよしってことでな。俺が釣ったイカや魚も一緒に、みんなで一緒に食べようじゃんか」

「プロデューサーさんが釣ったのはなんだったんです? タナゴ、イカに……」

「あー、カサゴだったかなぁ? どうしようか迷ったけど、小さかったし海に帰したよ」



その後は、マグロ漁に出るアイドルの話とか、町のお祭りでタコをさばいたアイドルの話とかになって。

そんなことをする人たちがいるなんて、アイドルってすごいなぁと思っている内に、車は目的地に着いていた。

「クーラーボックスは、今から俺が食堂の方に持ってくから。とりあえず、ここで三人解散ってことにしよう」



プロデューサーさんの言うまま、寮のそばの駐車場で、流れ解散になった。

解散とは言っても、あずきも肇ちゃんも、寮の部屋に戻ってのんびりしたり、午後からの予定に準備したりするからそこまでは一緒だ。

寮へ歩く少しの時間、歩きながら二人で色々と話をした。

「んん~~~~~……。早起きはつらかったけど、肇ちゃんと釣りに行ってよかったよ~~~~」



うーっと「のび」をしながら、肇ちゃんへの先制パンチ。

釣りの最中、何度も褒めてくれた分を少しお返ししないとね。



「私もです。よければ、また予定が合うときにどこかへ出かけませんか?」

「もちろんおっけー!」



つくづく、肇ちゃんと知り合えてよかったなぁって実感する。

事務所にたくさんいる友達の中で、肇ちゃんは年も近いのに、静かで優しくて、いつもみんなを支えてくれて。

それでいて、ふっと気付いたときに今日みたく楽しいことに誘ってくれるからありがたいんだっ。

……なんてことを言うと、肇ちゃんははにかんで笑った。かわいい。

そのまま一緒に歩いていると……。



「あずきちゃん」



肇ちゃんに呼びかけられた気がして、立ち止まる。

肇ちゃんも、あずきを呼び止めたその場で立ち止まっていた。

「私たち、また…………」



『また……』の続きが来るまでの間は、長かった。

桜並木の枝に、少しだけ残っていた花びらが、散った。

「私たち、また……同じステージで、歌えるといいですね」

「……うんっ。一緒に、歌って踊りたいねっ♪」



肇ちゃんと一緒にお仕事をしたときのことを思い出す。桜祭りって言うには、今の時期は少し遅いかな。



「……行きましょうか。急に変なこと言って、すみませんでした」

「ううんっ。あずきだって同じ気持ちなんだし、変なことなんてなんにもないよ」

たとえば、最後に残った桜の花もみーんな散って、葉桜まで少しずつしおれていって。

あと一週間も経ったら、あずきたちの立ち位置も、今とは少し変わっちゃうのかもしれないけれど。

それでも、こうやって一緒に歩いて行けたらいいよね、なんて思いながら。

肇ちゃんと、二人で並んで女子寮へ足を進めていった。



(おわり)

おわり、です。読んでいただき本当にありがとうございました

最近、例の行事で盛り上がってるのか肇ちゃんの二次創作がもりもり出てきてとてもいいことだと思います。あずきももっと書かれていいのよ?

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