ありす「ユニット活動、です」 杏「ふわぁ~」 (58)


※モバマスSSです

※ありすと杏がメインです

※アニメ設定が出てきますがアニメ時空ではありません

※続き物です。前作と繋がっています。

 前作:ありす「あのっ!」 杏「んぁ……?」
 ありす「あのっ!」 杏「んぁ……?」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1473421580/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1493899276


 ~収録スタジオ~

ありす「……」ドキドキ

杏「くー……」

ありす「……もう一度、台本を読んでおこう」ソワソワ

杏「すぴー……」

ありす「……」ペラペラ

杏「……」ゴロン

ありす「……あと、あと何かやることは」キョロキョロ

杏「……あのさ」

ありす「は、はい!?」

杏「緊張しすぎ」

ありす「それは……その」

杏「というか、ライブのときより緊張してるじゃん。これただのラジオ収録だよ? しかも生放送じゃなくて録音の」

ありす「で、でも」

杏「あのときと比べたらお客さんだっていないし、スタッフだって直ぐにフォローできる場所にいる」

杏「録音だから失敗しても最悪カット編集使えばなんとかなるし」

ありす「そ、そうかもしれませんが……インターネット上に公開されるんですよ? この間のライブと比べて、もっと大勢の人の目に触れる可能性があるんです」

杏「そうだね」

ありす「だからこそ、このお仕事で私のことを皆さんにしっかりと伝えないといけません」

杏「うん」


杏「でもね、ありすちゃん」

ありす「なんですか」ペラペラ

杏「今回ね、その台本使わないよ」

ありす「……」ペラッ

ありす「はっ?」

スタッフ「本番入りマース」

杏「はいはーい」

ありす「え、ちょっとっ、どういうことですか!?」

スタッフ「カウント始めマース。5ー」

ありす「せっ、説明っ、説明してください!」

<4ー

杏「ほら、本番始まるんだからちゃんと席に着かないと」

<3ー

ありす「いや、おかしいですよね!」

<2ー

杏「大丈夫、なんとかなるから」

<1ー

ありす「そういう問題ではなくて――」

杏「はい、始まったよ。マジックアワーのお時間になりました。今回のパーソナリティは双葉杏だよ」

杏「早速ですがゲストを紹介しまーす。杏と一緒にユニット「ストロベリィキャンディ」を組んでいる橘ありすちゃんです」

ありす「え、あ、あのっ。橘ありす、です……?」

杏「なんで疑問系? 緊張しすぎだって」

ありす「誰のせいだと思ってるんですか……っ!」

………

……



 ~収録終了後~

ありす「――ですから、こういったことはですね!」

杏「はいはい」

ありす「本当に分かっているんですかっ?」

杏「うんうん」

ありす「そもそもですね――」クドクド


ありす(結局、ラジオ収録はあのまま進んでしまいました)

ありす(予め渡されていた台本は偽物で、私は収録の殆どをアドリブでこなすはめに)

ありす(……きっと、ひどいラジオになってしまったに違いありません)

ありす(ラジオが終わって少し落ち込んでいたら、杏さんやスタッフさんは、いいラジオだったよと言ってくれましたが、そんなことはないです)

ありす(質問だって想定していたものとは全く違って、ちゃんと答えられませんでした。終始戸惑って、つっかえて。これがプロの仕事だなんて信じられないくらい)

ありす(問い詰めたところ、この企画を提案したのは杏さんとプロデューサーの両名であることが発覚し、プロデューサーさんが迎えに来るまで杏さんに説教をしているのが現状です)


ありす「――というわけです。分かりましたか?」

杏「よく分かったよ。というわけで、もう杏寝てもいい?」

ありす「絶対分かってないですよね! もうっ!」


 ~事務所~

ありす「どう思いますか、ちひろさん」プンプン

ありす(事務所に帰ってきた私は、アシスタントであるちひろさんにラジオ収録であった出来事を全て話しました)

ありす(杏さんは早々に寝てしまい、プロデューサーは営業に行ってしまったため、説教を続けられなくなったからです)

ありす(……ちなみに、ちひろさんと名前で呼び合うようになったのは、あのときのライブ以降です)

ありす(名前で呼ばれるのに慣れるように、と杏さんから働きかけがあったようで、そのときのちひろさんは「ようやくありすちゃんを名前で呼べる」と喜んでいました)

ありす(ちひろさんは私の話を聞いて、ううんと悩む仕草をしてから言いました)

ちひろ「そうね……でも、プロデューサーさんや杏ちゃんの言っていることも分かる気がするの」

ありす「どうしてですか?」

ちひろ「ありすちゃん、多分台本読んで色々調べたりして、受け答えとか完璧に練習していったでしょう」

ありす「当然です。お仕事ですから、きちんと前準備をして行かないと」

ちひろ「やっぱり。それを二人とも予想していたんでしょうね。だからこんなことをしたのかも」

ありす「……準備して、完璧にやろうとするのは、だめなことなんですか?」

ちひろ「ううん、そんなことはないわ。むしろ、ありすちゃんのその考え方はとっても大切で、それを実践できるのはすごいことよ」

ありす「じゃあ、なんで」

ちひろ「ありすちゃんは、これから杏ちゃんとユニットを組んでやっていくでしょう?」

ちひろ「杏ちゃんは裏表のないあのスタンスを崩すつもりはないだろうから、普段通りの二人を知ってほしかったんじゃないかしら」

ちひろ「完璧な受け答えや態度じゃない、自然体でありのままの姿を、ね」

ありす「でも、普段通りなんて……アイドルらしくないです」

ちひろ「あら。杏ちゃんはお仕事のときもああいった態度だけれど、ファンの方たちは応援してくれていますよ?」

ありす「それは、そうですけど……」

ちひろ「もちろん、そうは言ってもありすちゃんを騙すような形でやったことは悪いことだと思うわ。だから、あとで私からも二人に言っておきます」

ありす「はい、よろしくお願いします」

ちひろ「けど……ふふっ。案外、放送されたら好評かもしれませんね」

ありす「そう、でしょうか」チラッ

杏「……zzz」

ありす(杏さんのファン層を考えると、案外ああいった雰囲気のラジオが好きな人もいるのかも? いや、でも……うーん)


 ~後日~

モバP「いやあ、思った通りだ」

杏「はー、想定以上にウケがよかったね」

ありす「……」

ありす(もしかしたら、とは思いましたが、まさか本当にあのラジオが好評だなんて)

ありす(……芸能界というのはよく分かりません。こういうものなのか、それともこれが特殊な例なのか)

ありす(ぺらぺらと、印刷された感想のコメントを読んでいきます)

『フリーダムな杏ちゃんと、それに振り回されるありすちゃんがかわいかったです』

『二人とも何だかすごく自然体に思えて、このユニットのことがとてもよく分かりました』

『気ままな杏ちゃんと生真面目なありすちゃん。とてもよいコンビだと思います』

ありす(誉めてもらえているのは分かりますが、なんだか納得がいかないというか)ペラッ

『いつもと同じようで少し変わった杏ちゃんを見られてよかったです』

『今までのユニットとはまた違った組み合わせで、この二人もいいなぁと思います』

ありす(……今までとは違う、か)

ありす(杏さんは先輩で、私よりも長い間アイドルをやっている)

ありす(その間に、私以外の人ともユニットを組んだりしていて)

ありす「……」

杏「ん? どうしたの、ありすちゃん」

ありす「……いえ、なんでもありません」

杏「んー……? まあ、なんでもないならいいけど」

ありす「……はい」

………

……



ありす(ラジオの配信以降、私たちの仕事は増えました)

ありす(基本的にはユニット揃ってが多いです。とはいえ、知名度で言えば杏さんを目当てで呼んでいるようなもので、私はバーターに近いものでした)

ありす(それに文句を言うことはありませんし、新人である私を呼んでもらえるだけでもありがたいことです)

ありす(ですが……ユニットを組んでいる以上、私と杏さんは一組みで扱われます)

ありす(私は新人です。まだ、デビューしたばかりで、知名度なんて殆どない)

ありす(対して杏さんは有名アイドル。売り出し中で、人気も伸びている一方)

ありす(私は杏さんに吊り合ってない。私が足を引っ張っているのではないかと、そう、不安になります)

ありす(杏さんもプロデューサーも、そういったことは言いません。あの二人はむしろ、世話をかけてごめんね、なんてことを言います)

ありす(まあ、確かに常にどこかへ逃げようとしたり寝ていたりする杏さんをどうにかするのは大変ですが、それだって私の功績ではありません)

ありす(杏さんは手を抜きます。ですが、求められているギリギリのラインを見極めて、そこに合わせているので基本的に問題はでません)

ありす(ある意味ではこれも怠惰と言えるのかもしれませんが……無駄な力を極力使わない、という点に関してはプロデューサーも褒めている点です)

ありす(ですから、私がいなくても杏さんは問題ありませんし、それに彼女にはプロデューサーがついています)

ありす(私以上に長い付き合いのプロデューサーは、どこに杏さんが隠れているかすぐに分かりますし、どうすれば杏さんを動かせるのかも知っていますから)

ありす(……プロデューサーは、私と杏さんのユニットを元々考えていた、と言っていました)

ありす(なら、なんでプロデューサーは私たちをユニットにしようと思ったんだろう)

ありす(そう、考えるようになりました)


 ~事務所~

ありす「おはようございます」ガチャ

ありす「……? 誰もいないのかな」

ありす「でも、この時間だったら杏さんは来て――」

『にょわ――☆』

『うわ――っ!』

ありす「杏さんの悲鳴!?」タタタッ

ありす「杏さん!? どうしたんです、か……」

きらり「ひっさしぶりの杏ちゃんだにぃ☆ はぐはぐぅ!」ギュウウウウウ

杏「ぶべっ、きらり、ちょっ……! つよ、強いぃ……!」

きらり「うっきゃーっ☆」ギュウウウ

杏「うごごごごご……」

ありす「はい……?」

ありす(悲鳴が聞こえて駆けつけたら、そこには見覚えのない女の人と、抱き“締め”られている杏さんの姿)

ありす(杏さんは苦しそうに腕の中でもがいていますが、その拘束は全く緩みません)

ありす(そこまで考えて、ようやく女性が誰か気づきました)

ありす(確か、諸星きらりさん。非常に高い身長に抜群のプロポーションと、まるで海外のモデルのようなスタイル)

ありす(それと特徴的な口調とファッションが印象的なアイドルで――杏さんがストロベリィキャンディ以外でユニットを組んでいるメンバー)

杏「んっ!? あ、ありすちゃん、助けてぇ……」

きらり「んゆ?」クルッ


ありす「え、あ、その、初めまして、橘ありすと――」

きらり「きゃーっ☆ かわうぃー!」ガバッ

ありす「へっ? きゃあっ!」

きらり「ありすちゃんも、ぎゅううってしたげるー☆」

ありす「え? え? えええっ?」

杏「ふっ……もうこうなったらきらりが満足するまで待つしかないよ……」

ありす(諦観したような杏さんと対象的に満面の笑みを浮かべる諸星さん)

ありす(私は呆然としたまま、しばらく二人まとめて抱きしめられていたのでした)

………

……



きらり「うぅ、ごめんねぇ」

杏「まったく、杏はまあ慣れてるけど、ありすちゃんとは初対面でしょ?」

きらり「うん……ありすちゃんも、ごめんね? ありすちゃんがとぉってもかわいかったから、思わずぎゅってしちゃったにぃ……」

ありす「い、いえ、別に構いません……」

杏「で、きらりはどうしたの」

きらり「あ、そうそう! あのね? 一緒にご飯食べにいかないかなぁって誘いにきたの☆」

杏「ご飯? まあいいけどさ、杏の予定が合わなかったらどうするの」

きらり「ちゃ~んとPちゃんにスケジュールの確認しといたからバッチシ☆」

杏「あ、そう……それでどこ行くの?」

きらり「事務所の近くにねぇ、きれーなレストランができたからそこに行こうと思ったんだにぃ☆ ご飯もとぉってもおいしいんだって☆」


杏「ふーん。まあいいけどね」

きらり「んふふ~☆ それじゃあ早速ゴー!」

きらり「あっ、そうだ☆ ありすちゃんも一緒に行こぉ?」クルリ

ありす「え、でも杏さんを誘いに来たんじゃ」

杏「杏はありすちゃんがいいならいいよ」

きらり「ね? どうかなぁ」

ありす「……だったら、その、お邪魔します」

きらり「うんうん☆ よーし! れっつごー☆」ニコニコ

杏「うーい」

ありす(背負われてる……というか寝てる?)


 ~レストラン~

きらり「ねぇねぇ☆ 二人はどれにすゆ?」

杏「杏はピザにするよ」

ありす「私は……カルボナーラで」

きらり「それじゃあ、きらりんはグラタンにしようかな~☆ 注文おねがいしま~す☆」

杏「じゃあ杏は料理が届くまで寝てるから。来たら起こして」

ありす「あっ、だめですよ、こんなところで寝たら!」

杏「だって寝てる途中で起こされたから眠いんだもん……」

ありす「どうせその前にしばらく寝てましたよね!」

杏「よく分かったね」

ありす「いつものパターンですから」

杏「じゃあこれから杏がどうするか分かるよね」

ありす「はい?」

杏「おやすみ……」バタリ

ありす「あっ!」


杏「zzz……」

ありす「ちょっ、杏さん! だめって言ったのに!」ユサユサ

杏「うおお……杏は寝るんだ……。もはや梃子でも動かない所存だよ……」

ありす「意味のよく分からないことを……! もう、折角誘って下さった諸星さんに申し訳ないと思わないんですか!?」

杏「大丈夫、そのためのありすちゃんだから……」

ありす「理由になっていません! そもそも諸星さんは杏さんを誘ったのであって私はついで……」

きらり「まあまあ落ち着いて☆ ありすちゃんも、あんまり大声出すと~……」

ありす「え、あっ……すみません、お店の人たちに迷惑でした……」

杏「zzz……」

ありす「ああ、結局寝ちゃった……」

きらり「別にだいじょーぶ☆ ごはんが来ればちゃーんと起きるから☆」

ありす「いえ、そういう問題ではなくですね。諸星さんはいいんですか? 杏さんとお話しするために誘ったんじゃ」

きらり「えっとねぇ? 確かに杏ちゃんとお話ししたいなぁって思ってもいたけど~……」

ありす「けど?」

きらり「ありすちゃんともお話ししたいなって思ってたの☆」

ありす「わ、私とですか?」

きらり「うん☆ 杏ちゃんとはね、実際に会ってお話しするのは久しぶりなんだけど、電話は結構するんだにぃ☆」

きらり「それでね、最近だとありすちゃんのことを聞くようになったの☆」


ありす「私の話、ですか」

きらり「うんうん! とぉってもかわうぃ女の子で、楽しい子だって杏ちゃんが☆」

ありす「楽しい? ……意味がよく分かりません」

きらり「う~ん。でも、きらりはなんとなく分かる気がすゆ☆」

ありす「え?」

きらり「だって、ありすちゃんに怒られてるとき、杏ちゃん楽しそうにしてたから」

ありす「鬱陶しそう、じゃなくてですか」

きらり「うん☆ だから二人とも仲良くやれてるんだなぁって」

ありす「いやいや、ないですよ」

きらり「そうかなぁ~? とっても仲良しさんだと思うにぃ☆」

ありす「はあ……。あの、諸星さん」

きらり「きらりでいいよ☆」

ありす「え、あの……きらり、さん?」

きらり「は~い☆」

ありす「ええと、質問なんですが……きらりさんは杏さんとユニットを組んでいるんですよね」

きらり「そうだよぉ?」

ありす「杏さんは、やっぱり前からこうなんですか?」

きらり「うん☆ でもぉ……少し変わったかなって気がすゆ」


ありす「変わった、ですか?」

きらり「そぉ!」

ありす「具体的にはどんな辺りがでしょう」

きらり「うみゅ……そう言われると、うま~く答えられないけど、でもそう思うの☆」

きらり「きっと、ありすちゃんが杏ちゃんを変えたんだなぁって」

ありす「私が、ですか?」

きらり「うん☆ だから、きらりんびっくりしちゃった!」

ありす「……うーん」

きらり「あ! ご飯、来たみたい☆ ほぉら、杏ちゃん! 起きて~!」

杏「んぐっ……んぐぐ……」

きらり「杏ちゃ~ん!」ユサユサ

ありす(これまでとは変わった杏さん……。いったい、なにがどう変わったというんでしょう)


 ~後日 撮影スタジオ~

スタッフA「お疲れさまでーす! 今日も良かったですよー!」

ありす「お、お疲れさまです」

スタッフA「後はこちらでやりますから、楽屋で休んでてくださいね。プロデューサーさんから連絡来てますから」

ありす「はい、分かりました」

ありす(――徐々に私にも仕事が増えてきました。ジャンルはまちまちですが、色々な体験をさせていただいてます)

ありす(今日は単独でモデルの仕事、子供用ファッションブランドの服を着ての撮影です)

ありす(……ええ、今日はましな撮影でした。子供服ながら、子供っぽさは控えめに、きれいでかっこいい服で)

ありす(ポーズの指定もいつものように笑顔でかわいく、というものではなく、凛々しくかっこよくと言われました)

ありす(そう、これですよ。こういう仕事がようやくいただけました)

ありす(どうもプロデューサーは私のキャラクター性を間違って認識しているように思えます)

ありす(やたらとふりふりなかわいい衣装を……まあ、そこまで嫌いというわけではないですが……そういった衣装を私に割り振ってきます)

ありす(杏さんもビジュアル面ではそういった方向性なので、ユニットである私もそれに合わせているのだと思いますが、どちらかと言えば知的でクールな……)

ありす「……あれ」

ありす(プロデューサーに対する文句を心の中で呟いていた私は、ふと甘い匂いに気づきました。それは香水とか、芳香剤のようなそれではなく……お菓子のような)

?「わあ……すごい、これも作ってきたの?」

?「うんっ、昨日は時間があったから、久々に作ってみたの! 結構たくさん作っちゃったから、事務所にも置いてきたんだけど……一緒に食べよっか」

?「ふふっ、楽しみだなぁ」

?「確か今日は杏ちゃんも事務所に来るって行ってたし、帰ったら一緒に食べれるかな?」

ありす「杏さん……?」

ありす(呟かれた名前に思わず反応してしまいました。声のした方向を見ると、喋っていた二人組と目が合います)


?「あ……えっと、橘ありすちゃん、ですよね」

ありす「は、はい」

智絵里「初めまして、緒方智絵里です。あの、ありすちゃんのことは杏ちゃんから聞いてます」

かな子「私は三村かな子って言います。うわぁ、ほんと話通り」

ありす「え、あの、杏さんはなんて……」

かな子「あ、そうだ! 私、今日お菓子を作って持ってきたんです。良かったら、一緒にどうかな?」パカ

ありす「いえ、あの、……イチゴのタルト?」

智絵里「え、えっと、かな子ちゃんのお菓子、とってもおいしいんですよ」

ありす「で、ではその、お邪魔します」

かな子「うん! あ、じゃあ私たちの楽屋こっちだから、着いてきてね」

ありす「はい。……あ、プロデューサーに連絡をしてもいいですか?」

智絵里「どうぞ。杏ちゃんと同じプロデューサーさんだったら、わたしたちのことも知っていると思いますから」

ありす「ありがとうございます」

………

……



ありす(……思わず、着いていってしまいました)

ありす(これは杏さんが私の話をしているということについて聞きに行っただけで、決してお菓子に釣られたわけではありません)

ありす(ええ、決して。そのようなことは)

ありす「――いただきますっ!」

かな子「はい、召し上がれ」

ありす「わぁ……あむっ」パクッ

ありす「おいしいですっ!」キラキラ

かな子「よかったぁ。そう言ってもらえて嬉しいです」

智絵里「ありすちゃん。良かったら紅茶もどうぞ」

ありす「ありがとうございますっ。いただきます」

ありす「……ふぅ、この紅茶もおいしいです」

智絵里「ふふ、喜んでもらえてよかったです」

かな子「良かったらもう一切れ食べますか? まだあるから、遠慮しないで言ってね」

ありす「いいんですか!? ……あ、いえ。これで結構です」

かな子「そう? もし食べたくなったらいつでも言ってくださいね」

ありす「はい、ありがとうございます。改めまして……橘ありすです」

智絵里「うん。よろしくね、ありすちゃん」

かな子「よろしく~。ありすちゃんのことは杏ちゃんからよく聞いてるよ」

ありす「あの、そのことなのですが……杏さんはなんと?」


智絵里「えっ!? えっと……」

かな子「ええっと……」

ありす「言いよどむような内容なんですか……」

智絵里「ちがっ、違うよ!?」

かな子「う、うんっ。ほんと、すごく杏ちゃんも褒めてて……」

ありす「……」

ありす(――目の前で慌てているお二方は、緒方智絵里さんと三村かな子さん)

ありす(きらりさんと同じく、杏さんとユニットを組んでいる方です)

ありす(こちらもまた、杏さんとはタイプの違った方たちです。……いや、杏さんと同じタイプの方が別にいたら大変ですけど)

ありす(私がじっと見つめているのを見て、二人はおずおずと口を開きました)

かな子「あのね? これは杏ちゃんなりの親愛表現であって、決してありすちゃんを、その、ばかにしてるわけじゃなくて……」

智絵里「そう、そうなんですっ。あの、杏ちゃんはちょっと素直じゃないところがあるだけで……」

ありす「いえ、いいですから。そのまま教えてください」

かな子「…………ありすちゃんは普段は落ち着いた風に見えるけど子供っぽいところも多い、とか」

智絵里「…………かっこいい恰好の方が好きと言ってるけどフリフリの衣装を着るときニコニコしてる、とか」

ありす「あの人は……!」

智絵里「ああっ、落ち着いてっ」

かな子「ほ、ほらっ、イチゴタルトもう一切れどうぞ!?」


ありす「……ふう、大丈夫ですよ。別に、予想はできたことですから」

かな子「そ、そう?」

智絵里「で、でもね。それだけじゃないんですよ? ありすちゃんを褒めるようなこともきちんと……」

ありす「大丈夫です」

智絵里「あうう……」

かな子「ど、どうしよう……」オロオロ

ありす「あの、少しいいですか? お二人に聞きたいことがあるんです」

智絵里「は、はい!」

かな子「な、なんでしょうかっ」

ありす「ちょっとした質問なんですけど……お二人から見て、今の杏さんは以前の杏さんと違って見えますか?」

ありす(私の質問にきょとんとした表情を見せた二人でしたが、すぐに答えました)

かな子「うん……確かに、変わったかな」

智絵里「そう、だね。そんな気はするかも」

ありす「具体的には、どのような場所が変わったと思いますか」

智絵里「え? うぅん……」

かな子「具体的に、って言われると、どう説明すればいいんだろう……」


ありす「以前の杏さんはどのような人だったんでしょうか」

智絵里「そう、ですね。えと、大体は変わってないんですけど」

ありす「やたらと寝てたり仕事から逃げようとしたり、ですか」

かな子「あ、あはは……やっぱりそこは治ってないよね。でも、色々と助けてもらったなぁ」

智絵里「うん。わたしが失敗しちゃったときも、すぐにフォローしてくれたり」

かな子「ああ見えて結構世話焼きだから、困ってる人がいるとなんだかんだ言いながら助けてあげるんだよ」

ありす「まあ、確かにそういうところはあるかもしれません。杏さんには助けてもらったこともありますし」

智絵里「そういうところは昔から変わってないのかなって思います」

かな子「あとは……そうだなぁ。あ、でも前よりもお仕事をサボろうとしてることが増えた、って聞いたかも」

ありす「増えた、ですか……」

ありす(やっぱり、私との仕事は辛いのでしょうか)

ありす(足を引っ張ってしまうことで、フォローをしてくださる杏さんに苦労をかけてしまっていますから、……当然といえば、当然です)

智絵里「……多分、ありすちゃんの考えているようなことじゃないんじゃないかな」クスッ

ありす(そう考えていると、智絵里さんが笑みを浮かべて言いました)

ありす「え……?」

智絵里「杏ちゃんってね、とっても優しくて困っていたら助けてくれる面倒見のいい子だけど、同じくらい面倒くさがり屋さんなの」

ありす「え、ええ。そうですね」

智絵里「だから、杏ちゃんもたまには誰かに甘えたくなっちゃうんだと思うんです」


ありす「甘える? ええと、どういう意味ですか?」

智絵里「杏ちゃんって、サボったり逃げようとしたりすることはあるけど、それって頼れる人が周りにいないとしないことなんです」

かな子「特にプロデューサーさんかな。後はきらりちゃんもそうかも」

ありす「で、でも、私なんて新人だし、年下だし、頼れるところなんて……」

智絵里「そこは杏ちゃんじゃないとはっきりは言えないけと……なんとなく分かるかな」

ありす「それは一体……?」

智絵里「うーん……正反対だから、かな」

ありす「正反対だから?」

智絵里「わたしたちじゃそうはなれないから。きらりちゃんもきっとそうだと思います」

ありす「……よく分かりません」

かな子「ふふっ。つまり、ありすちゃんにはありすちゃんのいいところがあって、杏ちゃんもそこが好きで、甘えているんだと思うよ」

ありす「……」

かな子「もし悩んでることがあるなら、一度杏ちゃんと話し合ってみるといいんじゃないかな」

ありす「でも、もし迷惑に思われたら」

かな子「そこは大丈夫だと思うけど……もし不安だったら、私たちも話を聞くくらいのことはできるから」

智絵里「あまり頼りにはならないかもしれないですけど、よければどうぞ」

ありす「……あの、私――」


 ~事務所~

ありす「ただいま戻りました」

ありす(結局、緒方さんと三村さん……智絵里さんとかな子さんには、色々と話を聞いていただきました)

ありす(愚痴にも近い話ではありましたが、お二人は嫌な顔一つせず、親身になって話を聞いてくれて)

ありす(少しはすっきりとした気がします)

杏「あ、おかえり~」グデーン

ありす(事務所に帰ってきた私を出迎えたのは、ソファに横になった、いつもの姿の杏さんでした)

ありす「また寝てたんですか?」

杏「やることもないからねぇ。あ、そういえば智絵里ちゃんから連絡があったよ」

ありす「連絡?」

杏「向こうの仕事現場でありすちゃんと会ったって。仕事自体は入れ替わりになったみたいだけど」

ありす「……他には何か言っていましたか?」

杏「え? 特には何も言ってなかったかなぁ。ああ、イチゴタルトを食べてたありすちゃんが年相応でかわいかったとは言ってたかな」

ありす「そ、それは三村さんの作ったお菓子がおいしかったからってだけで!」

杏「まあまあ。でもかな子ちゃんのお菓子はおいしいからねぇ。そうなる気持ちもわかるよ」

杏「それで、どうだった? 仕事の方は」

ありす「問題なく終わりましたよ」

杏「お、よかったじゃん。いつごろ見本届くの?」

ありす「なんでですか?」

杏「杏も見たいから」

ありす「えっ」

杏「なんでそんな驚いてるのさ。プロデューサーから聞いてるよ、今回の仕事は結構ありすちゃん好みの服だったって」

杏「前々からやりたがってた感じの仕事だから、いつも以上にノリノリでやったんだろうなー、と」

ありす「な、ななな……」


ありす(そう言われて、撮影のときの態度を思い出しました)

ありす(少しばかり……ええ、少しばかり。いつもと比べてもはしゃいでいたかもしれません)

ありす「た、確かに、少し気分は高翌揚していたかもしれませんが、そんな、杏さんが期待するほどでは」

杏「後でプロデューサーに見せてもらえるように言っとこ」

ありす「わああっ! だめですっ!」ダダッ

杏「むぐっ!? ちょっ、なんで襲い掛かってくるの……!」ジタバタ

ありす「いいですから! 杏さんは別に見なくていいですから!」

杏「照れ隠しにしてはちょっと激しくない!?」

ありす「照れてません!」

杏「んじゃ、少しくらいいいじゃん」

ありす「それは……杏さんはだめですっ」

杏「ええ~」

ありす「いいですかっ?」

杏「は~い」

ありす「ふぅ……」

杏「…………ま、後でプロデューサーに見せてもらうけど」ボソッ

ありす「? 何か言いました?」

杏「べっつに~?」

ありす「……あ! 何か企んでますね? そうなんですね!?」

杏「何も考えてないよー、ほんとだよー」

ありす「う、嘘ですっ」

ギャーギャー

………

……



ありす(それから二日が経って。今日はストロベリィキャンディとしての活動です)

ありす(新曲のレコーディング……ユニットとしての曲です)

ありす(ポップで明るい曲調で、歌詞もそれに合わせたものになっています)

ありす(この曲は嫌いじゃありません。聞いていて楽しい気分になれますから)

ありす(杏さんもそう思っているようで、サンプル音源を聞いたときの表情は柔らかいものでした)

ありす(とはいえそこは杏さん)

ありす(練習をサボろうとするのはもちろんのこと、パート分けの部分を私に多く割り振ろうと画策する、デュエット部分で声量を抑えようとする)

ありす(そのたびに軌道修正をするのは大変でしたが、でも、なんとか仕上がったと思います)

ありす(私にとっては二曲目の収録。そして、初めて誰かと一緒にするレコーディング)

ありす(緊張と不安。やっぱりそれは拭えません)

ありす(……いつもなら堅くなっている私をからかう杏さんは、丁度席を外していました)

モバP「ああ、橘さん。そろそろ始めるみたいだから準備しといてくれるかな」

ありす「は、はいっ」

モバP「はは、緊張してるね。杏がいないと、やっぱり静かだから落ち着かない?」

ありす「そんなことはありません。それに、まるで私が寂しがり屋みたいに言うのはやめてください。違います」

モバP「……そんな耳を真っ赤にして否定しなくても」

ありす「違いますっ」


ありす「……」ムスーッ

モバP「いや、悪かったよ。からかうつもりはなかったんだって」

ありす「……本当ですか?」

モバP「本当だよ。ただ素直な感想を言っただけで……」

ありす「もういいです。分かりましたから」プイッ

モバP「あー……うん、悪かったよ」

ありす「ですから気にしてません!」

モバP「うん、分かった分かった」

ありす「ほんとに分かったんですか……? じゃあ、行ってきます」

モバP「行ってらっしゃ……ああ、ちょっと待って!」

ありす「なんですか?」

ありす(振り返ると、プロデューサーは真面目な顔をして言いました)

モバP「あのさ、話したいことがあるなら一度しっかり言ったほうがいいよ」


ありす「……なんの話ですか?」

モバP「最近、なんだか悩んでるように見えたから。杏と何か話したいことがあるんじゃないの?」

ありす「別に、そんな」

モバP「まあ、大した話じゃないなら言わなくてもいいかもしれない。だけど、橘さんの中じゃ大事な話なんじゃない?」

ありす「……どうしてプロデューサーはそう思ったんですか?」

モバP「え? うーん……勘かな」

ありす「勘?」

モバP「まあ人と接する仕事だから、段々そういう感覚も鍛えられてくるんだよ」

ありす「そういうものですか?」

モバP「そういうもんだ。というわけで、何か言いたいことがあるなら早めに言って解消したほうがいいよ」

モバP「なんだったら俺の方から機会をセッティングしてもいいし」

ありす「べ、別にいいですっ。そこまでしてもらうことじゃありません!」

モバP「そう? あ、そうだ。今度の土日は二人ともオフになってるから確認しといてね」

ありす「え? は、はい」

モバP「じゃあレコーディング頑張って」

ありす「はい、行ってきます……」

ガチャ、トコトコ、トコ……

ありす「……はっ! これ、お膳立てされてるっ!?」

ありす(そう気づいたのは、収録スタジオに入る直前でした)


 ~事務所~

ありす(まんまとプロデューサーに乗せられてしまいましたが、ここは好機であると考えましょう)

ありす(杏さんを誘って……誘って?)

ありす(あの面倒くさがりな杏さんを、休日にどうやって外に出せばいいんですか?)

ありす(杏さんのことだし、外には出たがらない可能性が高いはず)

ありす(なら、杏さんの家に直接行く? いや、それはそれで迷惑になってしまいそう)

ありす(……別に、そんな、休日を一日使うような話でもないと思うし……)

ありす「うん……それでいいはず」

杏「なにが?」ニュッ

ありす「きゃっ! あ、杏さん? いつからいたんですか」

杏「今来たとこだけど」

ありす「そ、そうですか。いえ、なんでもありません」

杏「そう? あ、そうだ。ちょっといいかな」

ありす「なんですか?」

杏「あのさ、明日の土曜って空いてる?」

ありす「明日の……はい、空いています。何か仕事でも入りましたか?」

杏「いや、休みのままだけど……。もし暇なら、少し付き合ってくれない? 出かける用事があってさ」

ありす「えっ?」

杏「……なにをそんな驚いた顔してるの」

ありす「いえ、その、意外だったと言いますか」


杏「杏だって必要なときくらいは外に出るよ。それで、どうかな」

ありす「そう、ですね」

ありす(いい機会かな)

ありす「分かりました。お付き合いします」

杏「いや~、悪いね。一人だと絶対外に出ないだろうから、誰かがいてくれると助かるんだ」

ありす「誘っておいて来ない、なんて止してくださいよ」

杏「あー、うん。大丈夫だと思う」

ありす「確約じゃないんですね」

杏「努力はするよ。まあ、安心して。流石に小学生を付き合わせておいて約束すっぽかすようなことはしないから」

ありす「本当ですか?」

杏「ほんとほんと」

ありす「なら、いいですけど」

杏「ありがとね。いやー、これできらりに叱られなくて済む」

ありす「きらりさん、ですか?」

杏「うん。前にきらりが家に来たとき、服が全然無いって言われてさ。後で後でって言ってたら、いつの間にか衣替えの季節になってたんだよね」

杏「次の季節向きの外で着れる服が殆ど無くて、これは流石にまずいと思って服を買いに行こうと思ったはいいけど、きらりと休みの予定が合わなくて」

ありす「……アイドルとして、いや、それ以前に女子としてどうなんですか」

杏「うぐ、きらりも濁した言葉をはっきりと……」

ありす「杏さんはぐうたらキャラとして通ってますけど、限度があります。きらりさんに注意されるのも無理ないですよ」

杏「うぅん……耳が痛い」


ありす「とにかく、そういうことでしたらきちんと服を買いにいきましょう。どこに行くかは決めてあるんですか?」

杏「この間ミニライブをしたあのショッピングモールでいいかなぁと思うんだけど」

ありす「あそこですか。少し失礼します」スッ

杏「ん? どしたの、タブレット取り出して」

ありす「モール内の店舗を調べているんです」

杏「うわ、そんなの全然気にしてなかったよ」

ありす「もし無かったらどうするんですか」

杏「あれだけ大きい施設だし、平気でしょ」

ありす「確かにそうですが……うん、杏さんに合いそうな洋服を売ってそうなお店はいくつかありますね」

ありす「というより、欲しい服のジャンルとか、店によっては置いてあるところとないところがあるでしょう」

杏「ジャンルねぇ……そういうのは気にしたことないなぁ。基本的にテキトーなものを買うから」

杏「そうじゃない場合もきらりとか他の人が選ぶのが殆どだったし」

ありす「はあ……もう分かりました。とにかく、買い物はあのショッピングモールということでいいですか」

杏「うん、そういうことでよろしく」

ありす「はい」

ありす(……期せずして杏さんと出かけることになりましたね。でも、これはチャンスかもしれません)

ありす(できれば、その日に何とか杏さんと話すことができればいいな)


 ~休日 待ち合わせ場所~

ありす(杏さんと出かける当日になりました。十五分前には待ち合わせ場所に着いて待機しています)

ありす(休日だけあって、人の往来は多いです。そしてその多くがショッピングモールへ向かうことを目的としているのだということも分かります)

ありす(駅と隣接していて交通の便もいいので、こうして人が集まるのでしょう)

ありす(……こうして人の流れを見ていると、ライブのときを思い出します)

ありす(もしかしたら、ライブを見てくれた観客の方がこの中にいるかもしれません)

ありす(そんなことを考えていると、杏さんの姿を見つけました。小柄な体躯が人混みからちらちらと覗いています)

ありす(杏さんもこちらを見つけたのか、まっすぐこちらに向かってきました)

杏「おはよー」

ありす「杏さん。おはようございます」

杏「もしかして待たせちゃったかな」

ありす「いえ。待ち合わせ時間ちょうどですから、問題ありません」

杏「ならよかった」

ありす「はい。……あの、杏さん。その恰好は」

ありす(杏さんは少し、いつもとは違った恰好をしていました。髪型を変え、帽子と伊達眼鏡をつけています)

ありす(たったそれだけなのに受ける印象はかなり変わって、不思議な感覚です)


杏「これ? 一応変装をね。普段通りの格好だとばれる可能性があるから」

ありす「変装……」

ありす(聞いて、私は納得しました)

ありす(そうですよね。杏さんはアイドルで、テレビで見るような人なわけですから)

杏「ありすちゃんも、そろそろそういうの気にし始めた方がいいんじゃない?」

ありす「えっ?」

杏「少しずつメディアへの露出も増えてきたでしょ? もしかしたら、町中でありすちゃんのことを知ってる人がいるかもしれないし」

ありす「そんな……私なんて、全然」

ありす(全く、想像もしませんでした)

ありす(先ほど考えていたこと。往来の人たちの中に、あのライブを見てくれた人がいるかもしれないということ)

ありす(その人がもし、私を見たらどう思うか、なんて)

ありす(戸惑いを隠せずにいると、杏さんは手をひらひらと振って言います)

杏「ま、そこまで深刻に考えなくてもいいよ。ちょっと気に留めといた方がいいってくらいだから」

ありす「はい……」

杏「ほら、行こうよ。お店、どこか知ってるんでしょ?」ギュッ

ありす「わ、わかりましたから、引っ張らないでください!」


テクテク……

ありす「ここですね」

杏「ふぅん……なんか結構かわいいところだね」

ありす「最近人気のブランドなんですよ。ティーン向けで、ローティーンのものが多めなんだそうです」

杏「へー。そういえば見たことあるかも。……ん? ローティーン?」

ありす「あ、その、ハイティーン向けの服もありますよ? ただ……杏さんの体格だとサイズ的にはそうかな、と……」

杏「まあ、確かにそうだけど。いつもそうだし。でも改めて言われると、なんか複雑な気分になるね……」

ありす「え、ええと、とりあえず、行きましょう」

杏「は~い」

………

……



ありす「これはどうですか、杏さん」

杏「うん、いいんじゃないかな」

ありす「って、さっきからそればかりじゃないですか」

杏「そう言われてもねぇ。素直な感想だし」

ありす「それにしたってもっと他の言葉はないんですか」

杏「う~ん……着やすいよ?」

ありす「はあ……」


杏「いやいや、かなり重要な項目だよ。外に出ようってときに着替えるのが面倒で止めることもあるんだから」

ありす「どれだけ出不精なんですか」

杏「そういうことってない?」

ありす「ありません!」

杏「むむ……中々共感を得られない」

ありす「それで、どうするんです。もう少し見ていきますか?」

杏「いいや、とりあえずこのくらいでいいよ。これだけあれば着まわして1シーズンくらい乗り切れるでしょ」

杏「それに、これ以上荷物が多くなっても持ち帰れないしね」

ありす「……そうですね。必要ならまた来ればいいわけですから」

杏「えっ、いや、そういう意味で言ったわけじゃ……」

ありす「半年後の服はどうなんです」

杏「あー……多分大丈夫」

ありす「覚えてない、の間違いではなくてですか」

杏「そうとも言うかも。まあいいじゃない。とりあえずこれだけ買ってくるよ」スタスタ

ありす「まったく……」

………

……



 ~フードコート~

ありす「いいんですか、お昼をごちそうになってしまって」

杏「いいのいいの。今日ついてきてくれたお礼だから」

ありす「そういうことでしたら……いただきます」

杏「いただきま~す」

ありす「はむっ……おいしい」

杏「ね。ここのモールはご飯がおいしいところが多いね」

ありす「はい。ライブの日に食べたイチゴパフェもとってもおいしかったです」

杏「そうだね。それじゃ後で行こうか」

ありす「え?」

杏「そういう気分じゃなかった?」

ありす「いえ、行きたくはありますけど……あれだけ外に出るのを渋っていたくらいですから、すぐに帰ろうとするかと思ってました」

杏「帰ったところで特にやることないし、だったらせっかくだしありすちゃんと遊ぼうかなって」

ありす「そ、そうですか……」

杏「どうする?」

ありす「私もそんなに忙しいわけではないので、構いませんよ」

杏「おっけー。ならちょっと回ろうか。そういえばここってゲームセンターも入ってるんだよね」

ありす「ああ、確かに案内板に書いてありましたね」

杏「食べ終わったら荷物をロッカーに預けて、見に行ってみよう」

ありす「はい」


 ~ゲームセンター~

杏「うん。モールの施設だけあって、家族連れが多いね。客層に合わせてるのかな、複数人で遊べるゲームが多いみたい」

ありす「そうですね……」キョロキョロ

杏「広いから種類も豊富だなぁ。逆に格ゲーとかの筐体は少ないかも」

ありす「ええ……」キョロキョロ

杏「とりあえず一周ぐるっと回ってみよう。なんか変わったゲームとか置いてたりして」

ありす「はい……」キョロキョロ

杏「……ありすちゃん?」

ありす「は、はいっ?」

杏「どうしたの、そんなきょろきょろ辺りを見回して」

ありす「えっ、あ、その……こういうところに来るの、あまりなくて」

杏「ああ、そういえば小学生だったね。いやー、珍しいものを見た気がするよ」

ありす「そ、それは別にいいでしょう!」

杏「まあまあ。悪いと言ってるわけじゃないからさ。じゃあ今日はありすちゃんの興味あるものを見て回ろうか」

ありす「え? でも、それだと杏さんが退屈なんじゃ……」

杏「ゲーセンってのは案外、ぐるぐる回ってるだけでも楽しいもんなんだよ。特にやりたいゲームがあるわけでも無いのに、見かけるとふら~と立ち寄りたくなったりね」

ありす「そういうものなんですか? 私はいつも家でやるようなゲームしかしないので、よく分かりませんが……」

杏「まあ、これも経験だよ。ほら、行こう」スタスタ

ありす「あっ、待って下さい!」


………

……



ありす「……本当に色んなゲームがあるんですね」

杏「そうだねー。でも、ここはすごいよ。こんだけ色々種類があるゲーセンはなかなか見ないから」

ありす「ここが特別なんでしょうか」

杏「まあ、見る限り集客は悪くないんだろうし、結構力入れてるのかも。置いてあるのも比較的人気の高いゲームだから」

ありす「でも、これだけあると何をしようか迷っちゃいます」

杏「そうだなぁ、ゲーセン初心者におすすめなのはやっぱり大型の筐体だね」

ありす「大型?」

杏「うん。そういうゲームはゲーセンじゃないとできないから。例えば音ゲーとかガンシューとか」

ありす「おとげー……がんしゅー……」

杏「ま、実際にやってみれば分かるよ」

ありす「……できるでしょうか」

杏「そこまで構えるようなものでもないって。何事も挑戦だよ。ほら、行こう」

ありす「わ、分かりました」


ありす(……それから私たちは、色々なゲームで遊びました)

ありす(ガンシューティングゲーム、音楽ゲーム、レースゲーム、メダルゲーム。他にも、なんとジャンル分けしていいのか分からないゲームまで)

ありす(どれもこれも初めての経験でした。家庭用ゲームでは味わえないダイナミックさ、体全体で遊ぶ感覚)

ありす(こうしてゲームセンターという場が成立している理由が、理解できた気がします)

ありす「すごかったですね! なんというか、びっくりしましたっ」

杏「でしょ? 家庭用でもアーケード移植用に専用コントローラーがあるけど、やっぱり実際の筐体でやるのとは全然違うからね」

ありす「はいっ。一つ一つのゲーム機が大きくて、迫力がありました!」

ありす「ゲーム画面だけじゃなくて、ゲームの筐体そのものに動く仕掛けがあったり、まるでびっくり箱みたいで……」

杏「うんうん、楽しめたみたいでよかったよ」

ありす「あっ……お、おほん。すみません、少しはしゃいでしまいました」

杏「なんで恥ずかしがってるのさ」

ありす「別に、恥ずかしいわけでは」

杏「耳まで真っ赤なのに?」

ありす「もうっ! 杏さん!」

杏「いいじゃない、年相応で。楽しいなら楽しいって素直に言っていいんだから」

ありす「で、でも、そんなの私のキャラじゃありません」

杏「えっ?」

ありす「……なんですか、その露骨に驚いたような表情は」


杏「ありすちゃんは普段つんけんしてるけど、ふとしたときに素直になるっていうギャップが売りでしょ?」

ありす「なっ、違います! 私はもっと、クールで、かわいいよりもかっこいいという方向を……」

杏「あ、今度のお仕事ふりふり衣装だって」

ありす「またですかっ!」

杏「まあ、いいじゃない。ありすちゃんにそういう衣装すごく似合ってるよ?」

ありす「そ、それは……その、ありがとうございます」

杏「それに、心配しなくてもそういう仕事も段々入ってくるよ」

ありす「え?」

杏「うちのプロデューサー、なんだかんだ優秀だからね。アイドルの希望は可能な限り汲んでくれるんだ」

ありす「杏さんもそうだったんですか?」

杏「うん。杏の場合は寝てるだけのお仕事した~い、って言ったらベッドとかクッションのイメージモデルを持ってこられたよ」

杏「今は杏とのユニット組んでる関係でそういう仕事多めに取られてるけど、プロデューサーもちゃんと考えてるから」

杏「ありすちゃんはいやかもしれないけど」

ありす「そ、そこまでは言ってません」

杏「そう? まあ、その内プロデューサーが仕事取ってくると思うから、それまでちょっと我慢してね」

ありす「……はい」

ありす「あの」

杏「なぁに?」


ありす(杏さんは、私とのユニットをどう考えているんですか?)

ありす(そう訊きたかったけれど、そのときはなぜか言えなくて)

ありす「……いえ、なんでもありません」

ありす(私は言葉を濁したのです)

………

……



ありす(それから杏さんとショッピングモールを回っている間も、頭の片隅には口に出せなかった問いかけが常にちらついていました)

ありす(杏さんに先導されるという珍しい経験を経ても、私の心は別の方向に引っ張られているようで)

ありす(態度に出してはいないはずですが、でも少しだけぼうっとしてしまいました)

杏「ありすちゃんはどうする? こないだと同じイチゴパフェでいい?」

ありす「はい。それで大丈夫です」

杏「ん。すいませ~ん、注文お願いしま~す」

ありす(……あるいは、杏さんにはばれてしまっているのかもしれません)

ありす(こうして率先して物事をやる杏さんというのは珍しく、中々見れるものではありませんから)

ありす(それとも、考えすぎ、かな)

ありす(杏さんが注文する姿を見ながら、そう考えていました)


杏「さて、注文も終わったことだし」パタン

杏「ちょっとお話しようか」

ありす「え……?」

杏「別に身構えなくてもいいよ。別に叱ろうっていうんじゃないから」

ありす「は、はあ」

杏「ありすちゃんさ、何か言いたいことあるんじゃない?」

ありす「それは……」

杏「まあ何を言いたいのかは知らないけど、これでも一応先輩だし、ユニットの相方だからさ。相談くらいは乗るよ」

杏「さっきもちょっと話したけど、仕事のことだったりするのかな」

ありす(杏さんはそう言うと、テーブルに置かれたコップに手を伸ばしました)

ありす(私はその間、どうすべきか悩んでいました。だって悩んでいる内容は、杏さんが私とのユニットについてどう思っているのか、ということ)

ありす(いえ、元々杏さんと出かけようと考えていたのは直接杏さんと話がしたかったからで、当初の目的からはなんら外れてはいないのですが)

ありす(話の先手を取られたことに動揺してしまって、どう話してよいのか、咄嗟に言葉にできずにいました)

ありす(私が言葉に詰まっていると、杏さんが言います)

杏「こっちから言い出したことだけどさ、話しにくいことなら話さなくてもいいからね。もし杏に言えるような相談ごとがあれば、遠慮なく言ってくれていいって話だから」

ありす「はい……、いえ、杏さん」

杏「ん?」

ありす「聞いても、いいですか」

杏「答えられることならね」


ありす(私は意を決して、杏さんに問いかけました)

ありす「杏さんは……私とのユニットのことをどう思っていますか」

杏「ありすちゃんとの、ってことは"ストロベリィキャンディ"について?」

ありす「杏さんはきらりさんや智絵里さん、かな子さんとユニットを組んでいますよね」

杏「そうだね」

ありす「その、ですから……単刀直入に言えば、そちらの活動を優先したいのではないかと」

杏「うん?」

ありす「杏さんにとって、私とユニットを組む利点が少ないように思えます。杏さんは既に人気アイドルなのですから、私のような新人と組むのではなく、実績もあって付き合いの長いきらりさんたちと一緒に仕事をした方がいいはずです」

ありす(私と杏さんのユニットを評価してくださるファンの方々もいますが、やはりそれまでのユニットが人気も高く、今でもそちらのユニットとして活動することがあります)

ありす(ただし頻度は少なく、今はストロベリィキャンディの活動を優先させているようです)

ありす(プロデューサーさんがどのように考えて杏さんをプロデュースしているのかは知りませんが、あまり杏さんにとってプラスになっているとは考えられません)

ありす(それに……性格的にも、杏さんにとって、あまりいい相方ではないでしょう)

ありす(口うるさいずっと年下の新人よりも、付き合いが長く杏さんのこともよく理解している気のおけない友人の方が、一緒に仕事していて楽しいはずですから)

ありす(――ぽつりぽつりと語る内容を、杏さんは何かを言うでもなくただ聞いていました。私も、杏さんの言葉を待たず話し続けます)

ありす(少しして喉の渇きを覚えた頃、私は話を止めました。これ以上は愚痴になってしまうと判断したからです。いえ、既に愚痴になっていたかもしれません)

ありす(視線を感じて、テーブルに視線を落とす。膝の上に置いていた手のひらには、じんわりと汗が滲んでいました)

杏「……はあ」

ありす「っ!」ビクッ


ありす(聞こえたのはため息)

ありす(失望、でしょうか)

杏「あのさ」スッ

ありす(ぎゅっとスカートを握りしめていると、対面に座る杏さんが動く気配がありました)

ありす「っ、はい」

杏「えい」ムギュ

ありす「……んぇ?」

ありす(間抜けな声が口から出ました。それは精神的なものから起こったのではなく、物理的な作用によって起こった音でした)

杏「ほっ、よっ」ムニムニ

ありす「ひゃ、ひゃめ……」

杏「んんー、柔らかい。さすがの子供肌って感じ」

ありす「ん、んんっ、もうっ! なんなんですか、急に!」バッ

ありす(杏さんはテーブルに身を乗り出して、両手を伸ばしていました。この手で私の頬を摘んでいたようです)

ありす(私が離れたことで杏さんは席へと座り直します。顔に浮かべているのは……呆れの表情?)

杏「ありすちゃんさぁ、色々と言いたいことがあるけど……考えすぎ」

ありす「え、え?」

杏「ありすちゃんの言いたいことも分かるよ? 確かにきらりたちとは付き合い長いし、仕事のあれこれもお互いに分かってる」

杏「けどさ、ありすちゃんが新人で年齢も下だとしても、それは劣ってるってわけじゃないんだよ」

ありす「それは……」


杏「それと、ありすちゃんは何を考えてプロデューサーがユニットを組ませてるか分からないって言ったよね」

ありす「は、はい」

杏「理由はあるよ。きちんとね」

ありす「それは一体、どのような」

杏「第一にイメージの転換かな」

ありす「イメージの転換?」

ありす(そういえば、と思い出す)

ありす(きらりさんたちは、皆口を揃えて杏さんは少し変わったと言っていましたが……)

ありす「以前までのそれと比べても、あまり変わったようには思えませんけれど」

杏「まー、杏はこのスタンスを崩すつもりはないからね。正確には、環境を変えることで結果的にイメージを変えるというか」

杏「ようするに写真に映る人のポーズや表情が同じでも、明暗や背景によって印象って変わってくるよね、って話かな」

ありす「だから私、ですか? 確かに、杏の以前のユニットメンバーと比べるとタイプは違うかもしれませんが、私以外のどなたかでも良かったのでは……」

杏「言ったでしょ? 理由があるって」

杏「ありすちゃん、遠慮とかはいいから、杏のことどう思う? 主観でも客観でもいいよ」

ありす「……いつもぐうたらで、レッスンやお仕事が嫌いで、でもそれをサボろうとすることには全力だったりする人、です」

杏「……あー、うん。まあ、そういう評価になるよね」

杏「って、いやそこは別にいいんだ。ええと、つまり杏が言いたいのは、そんなぐうたらアイドルとユニットを組みたがるような奇特な人は少ないってこと」

杏「特に、ありすちゃんみたいな杏とは正反対な性格の人ならなおさら、ね」

杏「そんな性格が真逆のありすちゃんがなんだかんだ言いながら面倒見のいい女の子だから、プロデューサーもユニットメンバーとして起用したんじゃないかな」


ありす「それは……じゃ、じゃあ杏さんはどうなんですか」

杏「は? 杏?」

ありす「さきほども言ったように私は杏さんと正反対の性格です」

ありす「ずっと年下で新人の、口うるさい後輩がユニットの相方なんて、杏さんからしたら嫌でしょう」

ありす(……思わず、言っていました)

ありす(しまった、と思ったときにはもう遅く、杏さんはぽかんと口を開けてこちらを見ていました)

ありす(気まずく感じて、杏さんとただ視線を合わせていると……)

杏「――ぷっ」

ありす「えっ?」

杏「ぷっ、くく、あはははっ!」

ありす(杏さんが急に笑いだしました。それも、お腹を抱えてテーブルに額を押し付けるほど)

ありす「な、なんで笑うんですか!」

杏「だ、だって……ふふっ。普通は逆でしょ、どう考えたって」

ありす「でも、杏さんは年上で、先輩で……」

杏「自分で言うのもなんだけど、客観的に見たらその年上の先輩が年下の新人に迷惑かけているようにしか見えないよ」

杏「この会話も最初はありすちゃんがユニットを嫌がってるのを遠まわしに伝えているのかなぁと思ったけど……」

ありす「そ、そんなことはないです!」ガタッ

杏「……けど。ありすちゃんの態度を見てたらそうじゃないんだなって分かったから。だからそんなに身を乗り出して否定しなくても……」

ありす「あっ、その……すみません」ストッ

杏「それで、杏がどう思っているか、だっけ」

ありす「っ、はい」


杏「あー、んー、そうだねぇ。まず……」

ありす「……」ドキドキ

ありす(そうして杏さんが口を開きかけた瞬間)

店員「失礼します。ストロベリーパフェです」コトッ

杏「あ、はい」

店員「ごゆっくりどうぞ」ペコッ

ありす(頼んでいたパフェがやってきました。そういえば、と思うほど思考の外に追いやられていました)

ありす(以前に頼んだときと同じく、見事な出来栄えのパフェです。自宅で作ろうとしても、こうはならないでしょう)

ありす(合わせていた二人の視線がパフェに注がれ、杏さんが言いました)

杏「ん、とりあえず食べよっか。アイス溶けちゃうし。いただきまーす」

ありす「えっ、あ……はい」

杏「むぐむぐ……おいしー」

ありす「そう、ですね……」

ありす(パフェのクリームをパクリと一口。ベリーソースがかかったそれは、クリームの滑らかさと優しい甘さをソースの酸味が際立たせていて、おいしいです)

ありす(うん、おいしい……んですけれど)

ありす(言いかけていた言葉が気になって、味に集中しきれない……)モグ……

ありす「あ、あの……」

杏「なに?」

ありす「その、ですね。杏さんの言いかけた話を、聞かせて欲しいのですが……」

杏「……言わなきゃだめ?」

ありす「お願いします」


杏「だよねー」

ありす(杏さんはそう言いながら、スプーンでイチゴとクリームを掬います。そのまま口に運ぶのかと思えばそうではなく、じっとそれを見つめながら言いました)

杏「……ありすちゃんには感謝してる」ボソッ

ありす「えっ?」

杏「聞き返さないでよ、恥ずかしいんだから」

ありす「あっ、はい」

ありす(杏さんはそっぽを向いたまま、スプーンを咥えました。その頬はまるで、イチゴの色が移ったように赤く染まっています)

ありす(今まで見たことがない、杏さんの照れ隠しでした)

杏「……ありすちゃんはさ。杏にとってあんまり付き合ったことのないタイプの人間なんだよね」

ありす「それは、どういう……」

杏「生真面目で、ストイックで……杏とは縁のない人だよ。それこそ、アイドルやってなきゃあ、付き合いも無かっただろうしね」

ありす「そんなことは……」

ありす(言いかけて、確かに、と納得する。杏さんの性格を考えると、あまり積極的にそういった性格の人と接しようとはしないでしょう)

ありす(……出会った当初に私が杏さんに対して抱いていた感情を思い出せば、お互いに関わりを持ちにくいことは容易に想像できます)

杏「だから、接し方も分からなくてさ。最初の方の頃なんてあんまり話さなかったでしょ?」

ありす(必要最低限……挨拶や、サボろうとしている杏さんに声をかけるときくらい、だったでしょうか)

ありす(振り返ってみれば、杏さんにレッスンのアドバイスをもらったときが、初めて向こうから積極的に話しかけてきたときだったと思います)

杏「だから、レッスンのアドバイスって形で声をかけたわけだけど……あれ、役に立ったかな」

ありす「はい。……杏さんのアドバイスがあったから、ここのステージできちんとパフォーマンスができたんです」

杏「そっか。それなら良かった。いやぁ、あのときなんとなく思ったことを適当に言っただけだったけど、役に立ってよかったよ」

ありす「えっ」


杏「それは置いておいて」

ありす「……あまり無視したくはない発言でしたが」

杏「まあまあ。で、そういう風に話していくにつれて、ありすちゃんがどういう子なのか段々理解していったんだ」

杏「生真面目で、ストイックで、年不相応に落ち着いていて……」

ありす「……」

杏「でもそれだけじゃなくて、イチゴや甘いものが好きだったり、ゲームの勝ち負けに拘ったり、時々年相応にはしゃいだり……」

ありす「そ、そんなことまで言わなくてもいいですっ」

杏「あはは、ごめんごめん。でも、杏はそういうところがいいと思ってるよ」

ありす(杏さんは真面目な顔で、まっすぐに私を見ながら言いました。……なんだか恥ずかしさから顔が熱くなってきます)カァ

杏「そんなありすちゃんだから、杏はユニット活動を続けられてるんだ」

ありす「そんな私だから?」

杏「はい、もーおしまい。パフェが溶けちゃうからね」パクッ

ありす「はい」

ありす(……十分に訊きたいことを聞けた、というわけではありません)

ありす(でも、今日はこれで十分かも。そう思って、再びパフェを食べます)

ありす(甘酸っぱいパフェのおいしさに、頬が緩みました)


 ~後日~

ありす(休日が終わり、次の仕事の日。事務所に出向いた私は、プロデューサーのデスクへ向かいました)

ありす「おはようございます」

モバP「ああ、橘さん。おはよう。休日は楽しめた?」

ありす「……楽しかったですけど、あれはやっぱりプロデューサーの仕込みだったんですね」

モバP「仕込みだなんて人聞きが悪いな。それで悩みは解決した?」

ありす「それを狙って私たちの休日を合わせたんですか」

モバP「確かに、まあ、そうなんだけど。杏の方から誘ったって聞いたときは俺としても驚いたんだよ」

ありす「ほんとですか?」

モバP「ほんとほんと。まあ、タイミングが良かったってことかな」

ありす「……一応、言いたいことは言えましたし、最低限聞きたいことは聞けましたから、意義のある休日にはなりました。その、ありがとうございます」

モバP「なら良かった」

ありす「あの、プロデューサー。少し、お聞きしたいことがあるのですけど、いいですか」

モバP「なにかな」

ありす「プロデューサーは、私たちのユニットをどう思っていますか」

モバP「どう、っていうのは、一体何に対して?」

ありす「ユニットの相性や、仕事の具合などです」

モバP「うーん。個人的な感想で言うなら、相性のいい二人だと思う。これまで杏が組んできたユニットと比べても、引けは取らないんじゃないかな」

ありす「それは……どうしてですか?」

モバP「そんな風に聞くってことは、橘さん自身はあまりそうは思っていないってところ?」

ありす「……まあ、少しは」

ありす(少し。そう答えたのは、杏さんとの先日のやり取りがあったからでしょう)

ありす(私が答えると、プロデューサーはうんうんと頷きました)

モバP「確かにそう思うのも無理はないか。でも、杏のことをよく知っていると、そうでもないと感じるようになるよ」


ありす「……」

モバP「よく分からないって顔してるね」

ありす「はい。できれば、説明していただけると」

モバP「分かった。さて、何から話そうか……。橘さん、杏の他のユニットメンバーと会ったことはある?」

ありす「あります。きらりさんと智絵里さん、それとかな子さんの三人には」

モバP「なるほど。彼女たちと会ってみて、どうだった?」

ありす「……納得した、といったところでしょうか。あの人たちなら、杏さんと上手くやっていけるだろうなと思いました」

モバP「まあ、その感想で間違ってないかな。杏との相性を重視して組ませたユニットだから」

モバP「さて、それじゃあそれぞれのユニットについて所見を少し……」

ありす「は、はい」

ありす(思わず姿勢を正してしまうほどの緊張感を抱きながらプロデューサーの言葉を待っていると、言いました)

モバP「まず、諸星さんだが……キングサイズのベッド、って感じだな」

ありす「はい?」

ありす(出てきた言葉がユニットに対する感想であると一瞬理解ができず、聞き返してしまう)

ありす「……一体どういう意味ですか」

モバP「あ、いや、例えだよ、例え。どうせだから杏っぽい例え方をね」

ありす「だから寝具ですか?」

モバP「うんうん」

ありさ「……はあ、とりあえず、続きをお願いします」

モバP「あ、うん。……あんまりうまくはなかったかな」


ありす(プロデューサーはぼそぼそと呟きつつ、説明を再開しました)

モバP「キングサイズのベッドっていうのは、何かにぶつかったり、ベッドから落ちたりする心配がない」

モバP「自由に、気ままに、何も気にせずその場にいられる。杏にとって諸星さんっていうのは、そういう存在なんだ」

ありす(……私は、杏さんのきらりさんへの対応を思い出しました。自由気まま、思うがまま。本当の意味で、素の状態。気のおけない仲、と言うんでしょうか)

モバP「だから、杏そのままのキャラを一番出していけるのはこのユニットかな。杏がある程度自由にやっても、諸星さんがカバーしてくれる」

モバP「かといって諸星さんに全ての負担をかけるんじゃなくて、折衷しようと杏も自分で動く。息の合う二人だから成り立つユニットだ」

ありす「なるほど……」

モバP「次に、緒方さん、三村さんとのユニットだけど……例えるなら、最高級の寝袋って感じかな」

ありす「寝袋、ですか」

モバP「そう。寝袋だから動けないけど、その寝袋はかなり居心地がいいからそのくらいの不自由は十分許容できる」

モバP「だから杏もあのユニットでの活動のときはあまり無茶をしないし、かといって必要以上に体力を使うこともない」

モバP「杏が一番疲れないでいられるのが、このユニットなんだ」

ありす(私は説明を聞きながら、その都度頷いていました)

ありす(例えはちょっと変わっていましたが……言いたいことは伝わりましたし、その評価があながち間違ってはいないのだろうとも感じます)

ありす(自由であること。居心地がいいこと。それぞれのユニットで杏さんが得ているメリット。では、私は?)

モバP「さて、じゃあ最後に、橘さんとのユニットについてだね」

ありす「っ、はい」

モバP「橘さんは、そうだな。シングルベッドで一緒に寝てる、みたいな感じかな」

ありす「一緒に……それは、一体どのような意味ですか?」


モバP「シングルベッドに二人で寝るっていうのは、結構狭苦しいと思う」

モバP「寝返りや、手足を動かすことも満足にできないし、すぐ隣に人がいる状況って緊張するだろうしね」

モバP「ただ……それも悪いことばかりじゃない」

モバP「一緒にいると安心感を得られることもあるし、くだらないことで話が盛り上がることもあるかもしれない」

モバP「距離が近いからお互いに触れあうこともできる。じゃれあってみたりね」

ありす(プロデューサーからそう言われて頭に浮かんだのは、以前に杏さんの家に泊まった日の記憶でした)

ありす(布団が無いから、と一緒のベッドて寝たときのこと。一人用のベッドは狭くて、室内灯を暗くした状態でも杏さんの表情が見えるくらいだったのを覚えています)

ありす(今思い返してみれば、あの距離感だったからこそ、ああして話ができたのではないかと感じます)

モバP「自分が何かすれば、相手にも絶対に影響が出る。善かれ悪しかれね。君らの関係は、俺が見た限りではそんな感じかな」

ありす「私は、何か杏さんに影響を与えているんでしょうか?」 

モバP「もちろん。昨日は杏の方から橘さんを誘って出かけてきたんだろう? 以前までの杏だったら絶対にやらないことだよ」

ありす「きらりさんたちにもですか?」

モバP「あの子らは先に自分で誘うからね。まあ橘さんみたいに誘おうとしてためらってる姿を見ると、流石の杏も焦れるってことなのかな」

ありす「う……」

ありす(確かに杏さんにはばれていたようですが、改めて指摘されるとなんだか恥ずかしさが……)

モバP「とまあ、そうやって積極性を出させるくらい、橘さんは杏に影響を与えているわけさ」

ありす「そうなんでしょうか」

モバP「そうだよ。二人が接してる姿を見て、ユニットを組ませようと考えたんだから」

モバP「橘さんとのユニットは、杏にとっては楽しいユニットなんだ」

ありす「楽しい、ですか」


モバP「言い方は悪いかもしれないけど、橘さんは打てば響く性格をしてるから。杏にとっては自分で行動すればするだけ、橘さんの反応が返ってくる」

モバP「それが杏にとっては楽しいんだよ。それこそ、今まで付き合っていなかったタイプの子だからね」

モバP「だからわざとサボろうとしたりして、橘さんの反応を見てるんだ」

モバP「まるで構ってほしいからいたずらする子供みたいにね」

ありす「……そう、ですか」

ありす(きらりさんが杏さんから聞いた、私が楽しい子だという評価)

ありす(かな子さんが言っていた、前よりも仕事をサボろうとしていることが増えたという話)

ありす(そして智絵里さんが、私が思っているようなことではないと言っていた理由。それがはっきりとしました)

ありす(まったく、人の反応を見るためにわざとサボろうとするなんて、やっぱり杏さんはしょうがない人です)

ありす(でも……)

モバP「あれ、橘さん。もしかして笑ってる?」

ありす「っ! そ、そんなことありません。なんて迷惑な人なんだろうって、そう思っただけです」

モバP「本当?」

ありす「本当です!」

ガチャ

杏「おはよーございまーす」

モバP「ああ、杏。おはよう」

ありす「おはようございます」

杏「んー、二人ともおはよ」テクテク

杏「んじゃ、杏は寝るから」ゴロン


ありす「杏さん、今日は仕事のある日ですよっ」

杏「んんー? まだ時間あるでしょー」

ありす「移動や準備の時間がありますから、もうそろそろ出る頃です」

杏「杏は寝てるからありすちゃん行ってきていいよー」

ありす「今日の仕事はユニットとしての仕事ですから、杏さんもですっ」

杏「んんー……、ふんっ」ガバッ

ありす「あっ! またそんな毛布を被るとか……!」

杏「そんなに仕事させたいならこのまま連れて行ってくれればいいよ」

ありす「またそんなこと言って! ほら、出てきてくださいっ」グイィーッ

杏「ふ、ふふ、どうしても仕事に連れていきたいっていうなら、この杏を運んでからにするんだね」ギュウウ

ありす「くっ……また面倒な……! プロデューサー! ちょっと手伝ってください!」

モバP「はいはい」



ありす(私たちストロベリィキャンディは、それまでと少し変わったようで、でも変わっていないやり取りを繰り返しています)

ありす(相変わらず杏さんはサボろうとしたり、手を抜こうとしたりして、私がそれに怒る)

ありす(少し不安だったユニットは、でもこれでいいのかな、なんて思ったりもします)

ありす(変わったアイドルのユニットなんだから、少し変わったユニットになるのは当たり前ですよね)

ありす(……別に私はイロモノではありませんが)

ありす(けれど、その変わったユニットだから、今の私はここにいて)

ありす(色々とあるけれど、やっぱり楽しいユニットであるのは間違いないでしょう)

ありす(だから――これからも、どうかよろしくお願いしますね。杏さん)


 終わり


以上です。読んでくださってありがとうございます。HTML化依頼行ってきます

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