凛「店番してればアイドルがやってくる」 (26)

澄み切った青空に薄暗い雲が波のように押し寄せてきたかと思うと、叩きつけるような雨が降りはじめた。
天気予報では一日快晴だったはずなのに、夏の夕立はいつも突然やってくる。
店の出入り口には軒先テントがあるけど、外に出している商品をもう少し奥にずらした方がいいかもしれない。
濡れるのを覚悟して店から外に出ようとしたとき、雨で視界の悪くなった街の先からよく知る人物がひとり。そんなある夕立の日のこと。

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ほたる「あ、凛さん……お疲れ様です」

凛「ほたる、ちょっと待って凄いずぶ濡れ!」

ほたる「はい、傘持ってないので……でも、雨に打たれるの慣れてますから」

凛「慣れなくていいよそんなこと……ほら、入って。いまタオル持ってくるね」

ほたる「え……そんな悪いです……」

凛「放っておくほうが悪いから。さ、早く入って」

ほたる「……はい、お邪魔します……」

凛「はい、タオル」

ほたる「ありがとうございます……」

凛「通り雨だからしばらくしたら止むだろうし、それまで雨宿りしていきなよ」

ほたる「でも……私がいたらお店のものを壊しちゃったりするかもしれませんし」

凛「そんなことないから――っうわ!」ガシャン!

ほたる「凛さん! 大丈夫ですか!」

凛「うん、大丈夫……棚の植木鉢が倒れて落ちたみたい」

ほたる「……やっぱり私がお店にいるから……ごめんなさい」

凛「もう、ほたるが謝ることないよ。それより怪我なかった?」

ほたる「あ、はい。私は大丈夫です……」

凛「よかった。すぐ片付けるから花でも見て待ってて。勝手に帰ったら駄目だからね」

ほたる「わ、わかりました……」

……


凛「お待たせ、じっと見てるけど、何か気になる花とかあった?」

ほたる「あ、いえ。どれも綺麗だなって……」

凛「ほたるは好きな花とかあるの?」

ほたる「好きな花、ですか……前のお仕事で、スズランがモチーフの衣装を着たことがあったので……スズランは好きです」

凛「スズランの花言葉は……その顔は知ってそうだね」

ほたる「はい、“幸福の訪れ”ですよね」

凛「衣装決めたのもプロデューサーでしょ。私や光といい、やっぱりそういうところあるなぁ……」

ほたる「なにかあったんですか?」

凛「あ、ううん。こっちの話」

ほたる「見渡してみたんですけど、スズランはないですね……」

凛「元々北国の花で暑さに弱いからね。開花時期も春の花だし、ちょっと旬を過ぎちゃったかな」

ほたる「じゃあ仕方ないですね……あれ、このつぼみ……」

凛「どうしたの?」

ほたる「これ、月見草ですよね。私、月見草も好きです……夜にひっそり咲く姿が、自分と重なるみたいで……」

凛「自分と重なる?」

ほたる「私の不幸で周りの人にも迷惑かけちゃいますし……でも、お日様の下でなくても、咲くことができるんだって……」

凛「もう、ほたるは何でも自分のせいだって抱えすぎ。迷惑なんてかけてないよ」

ほたる「そんなことないです……いまの雨だって、私が折り畳み傘を持っていたらきっと降らなかったでしょうし……」

凛「……ほたるに見せたい花があるから、ちょっと待ってて」

ほたる「私に……?」

……


凛「ほたる、この花なにかわかる?」

ほたる「これも月見草ですよね。あれ……でも、昼なのに咲いてる……?」

凛「そう、これはヒルザキツキミソウ。いまは品種改良も進んで、昼に開花する種類もあるの」

凛「本来は夜に咲く花だけど、太陽の下で咲いている姿が見たいと人が願う人がいたから……そんな思いが形になった花」

凛「ほたるは優しいから周りのこと考えて距離を置こうとしてるのはわかるよ。でも、そんなほたるを応援してる人も、周りにたくさんいるんじゃない?」

ほたる「そう、でしょうか……」

凛「ヒルザキツキミソウには“自由な心”なんて、月見草にはない固有の花言葉があるんだ」

凛「周りを気遣うのは良いことだけど、自分の素直な気持ちも大事だから。ね、ほたるはなんでアイドルになりたいと思ったの?」

ほたる「それは、私はみんなを不幸にしてしまうから……だからこそ、私はみんなを笑顔にしたくて……こんな私でも、みんなに幸せを届けたいからです!」

凛「うん。ほたるのめげない真っ直ぐところ、私はいいなって思う。あんまり自分を卑下しすぎないでね」

ほたる「すみませ……あ、いえ……ありがとうございます」

………
……


ほたる「雨も上がったので、そろそろ行きますね」

凛「うん。ありがとね」

ほたる「り、凛さんからお礼を言われるようなことなんてしてませんよ?」

凛「私、雨上がりの空気とか雰囲気、嫌いじゃないから。ほたるが夕立を連れてきたのなら、いまの気持ちの良さはほたるのおかげってこと。だから、ありがとね」

ほたる「……私も、凛さんとお話しできたので、今日の不幸は不幸じゃなかったです。ありがとうございました!」



何が幸せで不幸かなんて、受け取りかた次第じゃないかな。
先程までの雨が嘘のように空は晴れ渡り、濡れた街に太陽の光が差し込む。
ビルや街路樹やアスファルトまで辺り一面がキラキラと光を反射して、いつもの見慣れた風景が違って見える。
こんな綺麗な景色を見れたのなら、夕立も悪くはないよね。

春の陽気は少しずつ暑さに変わっていき、梅雨前線もすぐそこまで近づいている。
その日、忙しかった母の日が過ぎて、落ち着いた店内で残り少ない春のにおいを満喫していた。
母の日では正にだけど、花は贈り物に買う人が多い。それに、生花は開花時期があるから1日で同じ花の説明を何度もすることだってある。先週はカーネーションを何度紹介したんだろう……。そんな梅雨入り前の日のこと。

凛「いらっしゃいませ……って、泉」

泉「お疲れ様です。いま大丈夫ですか?」

凛「どうしたの?」

泉「ちょっとお花が欲しくて。選んでもらえますか?」

凛「うん、もちろんいいよ。贈り物?」

泉「贈り物……とはちょっと違うかもしれません」

凛「えっと、詳しく話きいていいかな。とりあえず奥入りなよ」

泉「はい、失礼します」

凛「それで、何用で花が欲しいの?」

泉「先日、ニューウェーブでライブをしたんです」

凛「うん、それは知ってる。けっこう規模も大きかったよね」

泉「そうなんです。前から入念に準備もして、私たちの中でも大きな意味のあるステージでした」

凛「確かに気合入ってたもんね。で、上手くいったんでしょ?」

泉「はい! ライブは大成功でした!」

凛「ふふっ。それで?」

泉「今日これから亜子とさくらの3人で祝勝会なんですけど……」

凛「つまり、2人に花をってこと?」

泉「贈るというより、飾ろうかな、と。寮の自室でやるので、テーブルの上が華やかになればいいなって」

凛「なるほどね。うん、お祝いの素敵な花見繕うよ」

泉「はい、よろしくお願いします!」

凛「祝勝会って具体的に何するの?」

泉「ええと、3人でお料理してそれを食べます」

凛「メニューは?」

泉「お好み焼きです。実は前もやったことあるんですが、楽しかったのでまたやろうって」

凛「つまり……お好み焼きパーティー?」

泉「言いえて妙ですね」

凛「お好み焼きに合う花……なんか急に難易度あがった気がする……」

泉「ふふっ、料理の内容は気にしないでください」

凛「ニューウェーブ……お祝い、か……」ブツブツ

泉(凛さん凄い真剣だなぁ……)

凛「ん、決めた。これとかいいんじゃないかな?」

泉「バラ、ですか。見事に咲いてますね」

凛「今が時期だからね。お祝いごとでも定番の花」

泉「ほかにも理由が?」

凛「少ない本数でも文字通り華が出るかなって。テーブル囲んで食べるなら、大きすぎると邪魔になりそうだし」

泉「確かに……」

凛「あとは、せっかくニューウェーブのお祝いごとだから、それらしい揃え方したいと思って」

泉「それらしいとはどういうことですか?」

凛「バラは色も豊富だからね。ピンク、黄色、青を1輪ずつならお洒落で邪魔にもならないでしょ」

泉「なるほど……うん、いいですね。これにします!」

………
……


凛「お待たせしました、どうぞ」

泉「ありがとうございました。さぁ、2人が来る前に準備しないと」

凛「ん、楽しんできて」

………
……


さくら「はぁい! 凛さんこんにちはぁ♪」

凛「さくら? これからお好み焼きパーティーじゃないの?」

さくら「えっなんで凛さんが知ってるんですかっ!」

凛「あ、えっと……事務所でそんなこと話してるの、聞こえたから」

さくら「そっかぁ、事務所でも話してた……かなぁ?」

凛「あー、あ! その持ってる買い物袋、つまりさくらは買い出し係?」

さくら「うん! 前もそうだったんだぁ」

凛「それで、なんでうちに?」

さくら「ふっふっふっ……お花屋さんに来たのなら目的はひとつだよ。お花を買おうと思って!」

凛「……このこと、泉と亜子には相談した?」

さくら「してないですよぉ、せっかくのお祝いだからお花があればもっといいかなって思って……凛さん、なんで笑ってるんですかぁ?」

凛「ふふっ、なんでもない。じゃあ花持ってくるから待ってて」

さくら「えぇ、もう決めちゃったんですかぁ!」

……


凛「この花はどうかな」

さくら「ピンク、黄色、青のバラの花が1本ずつ……あ、わかりましたぁ! この色はつまり私たちってことですねぇ♪」

凛「そういうこと。あんまりたくさんでも困っちゃうかもしれないし、1輪ずつの方がお洒落だと思うよ」

さくら「こんなに青いバラもあるんですねぇ」

凛「品種改良が進んで青っぽい色には近づいてるけど、ここまで濃いのは特別な染料で染め上げてる種類かな」

さくら「なんだか凄い世界ですぅ……この青いのバラを作るためには手間がかかるんですねcつ」

凛「自然界には元々ない色だからね。蒼のバラの花言葉は“奇跡”“夢が叶う”なんてのがあるよ」

さくら「色によって違うんですか?」

凛「例えば黄色なら“友情”、ピンクなら“温かい心”とか。同じ色でも濃淡で意味も変わるから、バラの花言葉ってすごい数なんだ」

さくら「面白いですねぇ! 温かい心に友情で夢が叶う! とっても素敵ですぅ♪」

………
……


凛「はい、どうぞ。リボンもそれぞれの色にしといたよ」

さくら「わぁ、ありがとうございますぅ♪」

凛「2人とも、喜んでくれるといいね」

さくら「きっと大丈夫ですよぉ! それじゃあ、あんまり遅いと怪しまれちゃうし、もう行きますねぇ」

凛「うん。楽しんできて」

………
……


凛「いらっしゃ……だよね、やっぱりそんな気はしてた」

亜子「えっ、やっぱりって何なんですか?」

凛「ふふ、こっちの話。で、どうしたの?」

亜子「これからいずみとさくらの3人でちょっとした打ち上げとお祝いがありまして、そこで花でもあればなぁ、なんて……はは、らしくないですよね」

凛「そんなことないと思うよ。むしろ、流石って感じ」

亜子「よくわからへんけど……ありがとうございます?」

凛「これからなら時間もあんまりないんじゃない? すぐ選ぶから待ってて」

亜子「なんか今日の凛さん、何時にも増して理解度が高いなぁ……」

……


凛「お待たせ。ピンクと黄色と青のバラを1輪ずつ、合計3本でどう?」

亜子「1本の値段は……んーこれなら花束買うよりお財布にも優しい!」

凛「今がちょうど時期だから綺麗でしょ、今日だけでもう何人も買ってるよ。これ逃したら次はないね」

亜子「凛さん、購買意欲を掻き立てるの上手いですね。さすが花屋の娘さん」

凛「まぁ事実だし」

亜子「そういえば、バラって本数によって意味が違うらしいじゃないですか」

凛「へぇ、よく知ってるね」

亜子「桃華ちゃんの曲の歌詞で知りました! 前に『一輪とか7本とか、あれどういう意味なん?』なんて話になりまして」

凛「ラヴィアンローズの歌詞、色と本数が違って出てくるんだよね」

亜子「そうそう! 教えてもらったときはなるほど~ってみんなして言ってましたわ」

凛「3本の意味は知ってる?」

亜子「いえ、どんな意味なんですか?」

凛「3本のバラの意味は“告白”“愛しています”……想いを伝えるときの意味だね」

亜子「うーん、いずみとさくらに対して恋愛一直線なその意味は……」

凛「そう? 告白も愛も恋愛とは限らないでしょ。感謝の気持ちを伝えるのだって一種の告白じゃないかな」

亜子「そう言われると確かにそうやけど……」

凛「それに、このバラはもっと別の意味もあるから」

亜子「そうなんですか? あ、何か特別な花とか?」

凛「いや、これ自体は普通のバラだよ。でも、バラじゃないと駄目なんだ」

亜子「もー、凛さんもったいぶらずに教えてくださいよー!」

凛「それは泉とさくらの3人で調べればすぐわかるよ。さ、どうする?」

亜子「ほんと商売上手やなぁ……信じて買いますよ! 元々そのつもりでしたし!」

………
……


凛「はい、お待たせしました」

亜子「アタシが花持ってくるなんて、2人ともびっくりするやろなー」

凛「間違いなくみんなびっくりすると思う」

亜子「そ、そこまで言い切れるんですかね?」

凛「うん。みんな、ね」

亜子「それにしても、別の意味ってなんやろ……3人で調べればわかるって?」

凛「ふふ、とりあえず向かいなよ。行けばわかることもあるかもしれないし」

亜子「まぁ時間ギリギリになりそうなのは確かですしね。凛さん、ありがとうございました!」



こうして、仲の良い3人のプレゼント選びが無事に終わった。
3人が集まったとき、どんな反応するんだろう。想像するだけで可笑しくて口元が緩みそうになる。別の意味、わかってもらえるかな?
その後、泉から画像つきのメールが送られてきた。
お揃いのバラを抱えた3人が笑顔で映っている。メール本文は『いつまでも一緒にいます』
9本のバラの意味、ちゃんと伝わったみたいだ。

過去作

凛「店番してたらアイドルがやってきた」
凛「店番と、アイドルと」
凛「店番しててもアイドルはやってくる」
凛「店番、時々アイドル」
凛「店番してるとアイドルがやってきて」
凛「店番、たまにアイドル」


ラヴィアンローズの歌詞の意味はググれば出てくると思いますので、知らない方は是非。
ここまで読んでくださった方に花束を。

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