ヴィーネ「悪魔的行為」ガヴリール「お前には無理」 (30)

※ガヴリールドロップアウトSSです
※地の文アリ
※時系列は原作4巻カバー裏おまけ漫画の後ですが、読んでいなくても全く問題ありません
※次レスから悪魔的行為開始

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 通い慣れた階段を登る。私の体重に軋む音が、どこか心地よかった。天候もいい。風はなくカラッと晴れている。こういう日はどこかに出かけたくなるなあ。土曜日で、学校も休みだ。

ラフィ「あらヴィーネさん」

 そんなことを考えていたら、見知った天使の声が聞こえた。比喩ではない、事実として彼女はあれでも天使なのだ。

ヴィーネ「ラフィじゃない、もしかして貴女もガヴのところ?」

ラフィ「いえ、私はこれからサターニャさんで遊びに」

ヴィーネ「今確実にサターニャ『で』って言ったわね」

 そうですか、などと無垢な笑顔で宣う。私が言えたことではないけれど、本当に天界は大丈夫なのだろうか。こんな人が次席でアレが主席だなんて。

ラフィ「ヴィーネさんはガヴちゃんとお出かけですか」

 本当ならそうしたいところなんだけれどね。あの子とても可愛いし、その気があればいくらでも私が見繕ってあげるのになあ。でも絶対に面倒臭がるし。はあ、勿体ない。

ヴィーネ「ううん、掃除よ掃除。ほっとくとすぐゴミ屋敷になっちゃうんだから」

 最初の内は自分でやるように促したり、せめて少しでも手伝ってもらおうとしたり頑張ったんだけどね。最近はもう諦めてほとんど私一人であの子の部屋を片付けている。

ラフィ「あらー、甲斐甲斐しいですね。通い妻みたいです」

 か、通い妻!?

 顔が熱くなるのを感じた。もう、急に何を言い出すの。

ラフィ「前々から思っていたんですけれど――」

 見れば、ラフィが満面の笑みを浮かべている。うう、嫌な予感がする。あれはサターニャを弄っているときと同じ表情だ。

ラフィ「どうしてそんなにガヴちゃんのお世話をするんでしょうか」

ヴィーネ「そ、それは……」

 ガヴリールが、どうしようもない子だからだ。自堕落だし、宿題やってこないし、すぐ学校をサボろうとするし。誰かが監督してあげないともっと駄目になっちゃいそうで。

ラフィ「もしかして、そうやってガヴちゃんを自分に依存させて堕天させようとしているとか?」

ヴィーネ「えっ」

 それは、思いがけない言葉だった。そんなこと、考えたこともなかった。

 依存。

 ガヴが、私に依存?

 天真=ガヴリール=ホワイトは、駄目な天使だ。私がしなければ掃除もしない。私が誘わなければ外にも出ないで一日ずっとゲームをしている。宿題は私と一緒じゃないとやらない。私がいなくて食事をまともに摂れなかったことだってあった。

 そう、あの日最の子が最初に助けを求めたのは――私だったじゃないか。

ラフィ「なあんて……あら、もうこんな時間」

ラフィ「早くサターニャさんを導いてあげないと、それではごきげんよう」

 足早に去っていくラフィエルに、しかし私は挨拶も出来ぬまま呆然としていた。

 もしかして本当に、あの子は私に依存してしまっているのではないか。

ラフィ「私、最低だ……」

 へたりと、その場に座り込んでしまう。立って歩く気力がなかった。

 下界にやってきもう1年以上経つ。その間に私は、ガヴと友情を築いてきたつもりだった。天使と悪魔という立場の違いはあったけれど、それでも私たちは友だちだった。そう、信じていた。

 でもその実、どうだろうか。中身はそんな綺麗なものではなかったのかもしれない。私はあの子を利用して、自分に依存させて、堕落させていたのではないか。思い返せば、海に行った時だってハロウィンの時だって、あの子は乗り気じゃなかった。私が無理矢理、やらせていただけなんじゃないか。

ラフィ「ガヴ……」

 名前を呟く。そうすると、あの子の色んな思い出が蘇ってくる。私は、私はずっと楽しかったと思っていた。苛つくことも、迷惑に思うときだってあった。けれどそういうのも全部ひっくるめて、私は楽しかった。

 二人で過ごす時間が好きだった。

 なのに全部、まやかしだったのだろうか。私が一方的に想っていただけだったのだろうか。

 胸が苦しい。これまでに感じたことのないような、痛みだ。涙が出そう。

prrrr

 ビクッと背中が震えた。あまりにもタイミングが良すぎたからだ。この着メロは、ガヴ用に設定したものだ。

 一つ、深呼吸する。

ガヴ『あ、ヴィーネ? お前家に来るだけで何分かかってるんだよ』

 家を出る前、電話で今から行く旨を伝えていたのを思い出した。

ガヴ『何かあったのか?』

ヴィーネ「う、ううん、大丈夫。ちょっとラフィと会って話し込んじゃって……。もう目の前だから切るね」

 もう一度深呼吸。

 切り替えていかないと、ガヴに心配させてしまうかもしれない。否、それも私の悪行ではないのか。心配してくれたとして、それは私が依存させているからだ。

 思考が悪い方向にしか行かない。こんなんじゃ駄目だ。

ヴィーネ「早く、ガヴのところに行かないと」

 口に出して、身体に鞭を打つ。なんとか立つことが出来た。

 再び歩きだし、扉の前で更に深呼吸をする。

ヴィーネ「お邪魔するわよー」

 鍵は開いていた。

 玄関にはゴミ袋が一つ転がっている。珍しいことに、きちんと自分で掃除していたのだろうか。とは言っても、お世辞にも綺麗だと言えるような状態ではない。やはり物が散乱しているいつもの部屋だ。

ガヴ「遅いよ……腹減ったから何か作ってくれない?」

 朝から何も食べていないのだと言うその顔も、いつも通りだ。悪びれもしない、頼めば私がやってくれると思っているのだろう。実際私は、そうなるだろうと思って自宅から食材を持ってきている。

 やっぱりガヴは私に――

ヴィーネ「うん、待ってて。すぐに作る――」

ガヴ「おいヴィーネ!」

 突然、ガヴが声を荒げた。何故だろう、目を見開いている。

ガヴ「お前、何泣いてんだよ」

ヴィーネ「え?」

 自分の頬に手をやる。確かにそこには、熱い水が流れていた。

ヴィーネ「あれ、なんで、私、嘘」

 両目を拭う。

ヴィーネ「ごめ、ごめんねガヴ。すぐっ、すぐに、泣き止むからっ」

 言葉とは裏腹に、拭えば拭うほど涙は出てくる。ああもう、今日の私はダメダメだ。格好悪いなあ。そう思って、余計に涙が出てきてしまう。

 こんなつもりじゃなかったのに。

 今日はガヴの部屋をお掃除して、ゴミを出して。ご飯を作ってあげて。それから一緒に宿題をやって。どうせあの子ったら、何も言わないとまた当日になって見せてって泣きついてくるから。それも終わったら、スーパーにでも軽く買い物に行こう。いつも冷蔵庫の中身にまともなものが入っていないから、買い出ししておかないと。ついでにお夕飯も一緒に食べたい。もしガヴがよければ、そのまま泊まって……。

 そんな、甘いことを考えていた。

ヴィーネ「うっ、ううっ」

 思い浮かぶのは、全部ガヴリールの顔だった。気怠げで、でもとびきり美少女で。たまに見せてくれる笑みはまさしく天使で。

 でもそんな笑みも、彼女の心からのものではなかったのかもしれない。私が、悪魔として彼女を堕落させていただけ。

 それが、とてつもなく悲しい。私に向けられていた笑みは、偽物だったんだと思うと、胸が苦しくなる。切なく、なる。

 そっか。私はガヴリールが好きなんだ。

 すとんと、納得がいった。多分初めて会ったあの日、彼女から友だちになってほしいと言われたあの時から、私は恋に堕ちていたんだ。

 だから今、こんなにも辛い。あの子を自分のものにしたいがために、依存させている自分が憎い。どうしてこんなふうになってしまったんだろう。

ガヴ「もう、なんだよお前。急に泣き出して鬱陶しい」

 言葉は乱暴なのに、声がした方から優しい感触が私を包み込んだ。

ヴィーネ「ガヴ?」

 気付けば、ガヴに抱きしめられてあまつさえ頭を撫でられていた。髪に触れる手が、柔らかく温かい。

ガヴ「もう、私がこんなことしてやるの、お前だけなんだからな」

 困ったように、ガヴは笑っていた。

 その優しさが痛いほど染みたから、私からも強く彼女を抱きしめた。

ガヴ「お、おい、痛いって!」

ヴィーネ「ガヴぅ、ガヴうううう」

 名前を呼ぶ。何度口にしたかわからない、愛しい名を。

ヴィーネ「私、私ね、ガヴが好きなの!」

 堪えられずに、感情をぶちまけていた。

ヴィーネ「好き、好き、好きなのお」

ガヴ「も、もう、なんなんだよ」

 小さな子どもみたいに、ただ泣きじゃくって彼女を呼ぶ。

ガヴ「はいはい、私も好きだよ」

 ぽんぽんと、今度はあやすように撫でられる。ああもう、普段はそんな優しい態度とってくれないくせに。

 こんなときに、こんなふうにされちゃったら。もっと駄目になってしまう。

ガヴ「なあヴィーネ、何があったんだよ」

 聞き慣れたその声すらも、優しく響いた。

 腕の中にある、小さな身体。こんなに小さくて可愛い子に、私はなんてことをしてしまったのだろうか。

 そんな罪悪感に押しつぶされそうで、楽になりたくて。私は話し始めてしまった。

ヴィーネ「私、私ガヴに酷いことして」

ガヴ「うん」

ヴィーネ「私が、私がガヴのこと好きだから、自分に依存させようと仕組んだの」

ガヴ「うん」

ヴィーネ「私が、私がガヴを堕天させたの」

ガヴ「そっか」

ヴィーネ「ごめんなさい、私の我儘で……ガヴを駄天使にしちゃって」

ガヴ「うん」

 ただ静かに、ガヴは聞いてくれていた。

 ずっとガヴの胸に顔を埋めたまま喋っていたから、表情は見えない。少なくとも相槌は、穏やかなものだった。

 今彼女は、何を考えているのだろう。何を思いながら私の話を聞いてくれていたのだろうか。

 これは罪の告白だ。私が加害者で、彼女が被害者。きっと自己満足でしかない。これすらも、私の悪魔としての性質に起因する行動でしかないのかもしれない。

 きっとガヴは許してくれないだろう。それだけ酷いことをした。天界の期待と未来を背負った優秀な彼女を、私が潰したのだ。私がガヴリールの人生を滅茶苦茶にしたんだ。

 あるいは、許されてしまうかもしれない。ガヴは私に依存しているから。

 ならば、私はどう責任を取るべきだろう。彼女の面倒を一生見る? 馬鹿な。それでは今と何も変わらない。

 離れなきゃ。

 距離を取ろう。悲しいけれど、私たちは近くにいない方がいい。最後にお昼ごはんをつくってあげて、それで終わりにしよう。一度魔界に帰って、自分を見つめ直そう。そう、思った。

ヴィーネ「あのね、ガヴ――」

ガヴ「ヴィーネ」

 私の言葉を遮って、ガヴが言葉を紡ぐ。

ガヴ「お前は自意識過剰か! あと失礼過ぎる」

 ぽふ、と柔らかい音がした。

ヴィーネ「え?」

 頭にチョップをくらったのだと気付き、思わず顔を上げる。

ガヴ「あのな、私はネトゲが楽しくて勝手に駄目になったんだよ。お前の所為なんかじゃない」

 面倒くさそうに言う。あ、いつものガヴだ。

ヴィーネ「でも、それは私の悪魔的行為で」

ガヴ「お前には無理だよ」

ヴィーネ「きゃっ」

 またチョップされる。何故だろう、少し嬉しい。

ガヴ「そんな馬鹿な思い込みして泣いてるような悪魔に出来るわけないだろ」

 呆れたように言う。

ガヴ「まあ確かに、ちょっとヴィーネには頼りすぎかもしれないけどさ」

ヴィーネ「ほら、やっぱり」

ガヴ「でもそれはさ、ヴィーネが優しいからだし、私がヴィーネのこと好きだからだよ」

 かぁっと顔が赤くなるのを感じる。ガヴも、少し頬が上気しているように見えた。

ガヴ「初めて会った日に、言ったでしょ。『私と友達になってくれませんか』って」

 そう。その言葉を切掛に私たちは仲良くなっていった。

ガヴ「それは私の意思だよ。私が、お前と、仲良くなりたいって思ったんだよ」

 もうガヴの顔は、真っ赤になっていた。そしてきっと、私もそうなのだろう。

 でもそんなことも気にならないくらい、今は胸が高鳴っていた。

ヴィーネ「ガヴ!」

 またしても感情のままに、ガヴに抱きつく。

ガヴ「うわ、ちょっと」

 さっきみたいな悲しい気持ちじゃない。喜びと感謝を込めて。

ヴィーネ「ねえガヴリール」

 支えきれずにガヴが床に倒れる。期せずして、押し倒すような形になってしまった。

ヴィーネ「私、貴女のことが好き」

 床に手をついたまま、語りかける。

ガヴ「私も」

ヴィーネ「ねえ、キスしてもいい?」

ガヴ「うん……いいよ」

 ゆっくりと顔を近づけていく。やっぱり可愛いなあ、この子。もっと可愛い服着ればいいのに。

ヴィーネ「んっ」

 そんなことを考えている内に、

ガヴ「んっ……」

 唇は触れ合っていた。




 結局のところ、何も解決はしていない。振り出しに戻っただけだ。

 私はこれからもガヴを甘やかしてしまうのだろうし、彼女もそれに甘えてしまうのだろう。けれどそこに、罪悪感が生まれることはもうない。きっとそうなる。

ヴィーネ「……」

 目の前の、整った顔を見つめる。

ヴィーネ「ねえ、ガヴ」

 何故だろうか、とても穏やかな表情だった。

ガヴ「何?」

 少し掠れた声が、心地いい。先程のちょっとした運動で乱れた息が、艶やかさも感じさせた。

ヴィーネ「新婚旅行は何処にしよう」

ガヴ「気が早いわ、バカ」

 ぶっきらぼうな照れ隠しがいじらしくて、私はもう一度その口を塞ぐことにした。

おわり

お付き合い、有り難うございました。

後ほどHTML化依頼を出しておきます。もしよろしければ、ご意見ご感想をお聞かせください。

ご感想有難うございます。途中ヴィーネの台詞なのに表示がラフィになっているところがあり、お見苦しかったと思います。失礼しました。

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