【艦これ】元艦娘は独り、歩く。【朝潮】 (99)

少し成長した朝潮のSSです。
地の文あり。

ー昼下がりのある日。

近所に住む子供たちの騒ぐ声を聞きながら、私は目を覚ましました。

這い出すようにベットから降り、そのまますぐ近くのラグへとうずくまります。
昨晩、少しお酒を飲みすぎてしまったのでしょうか。
打ち付けるような頭の痛みと猛烈な吐き気はとどまることを知りません。

私は家具を伝いながらトイレへと向かい、そこで何度も嘔吐しました。

そうしてやっと、私の一日が始まります。

すっかり毎日の日課となった散歩は、自分が生きていることを実感できる唯一の時間。
近所の河原に始まり、時には海岸まで行くこともあれば、電車に乗って街へ赴くこともありました。

…………

川辺で水遊びを楽しむ子供たちを見て、ちょうど夏休みが始まったころだった、と思い出します。

すれ違う人たち。……楽しそうな顔の子供達、友人と語り合う学生、私と同じように散歩をする老人。
確かな平和が、そこにはありました。

…………

ー午後七時。

いつもの日課を終えた彼女は、ひとり古びたアパートへと帰宅する。
靴を脱ぐと着替えることもなく酒瓶を掴み、ベットへと倒れこむ。

かつて、彼女は英雄だった。

世界中が事変に恐怖し、希望が失われかけた時代に、彼女は艦娘と呼ばれていた。

数トンもの質量を持った兵器と身を一つにし、海から湧き出る怪物たちを退ける。
世界中を巻き込んだ戦争は数年続き、そしていつの間にか終結した。
怪物はもの言うことなく何処かへと消え去り、彼女らはその日から英雄と呼ばれることになった。

しかし、彼女は常に、孤独だった。

幼少の頃から戦いに己の身を削るばかりで、普通の少女でいることを許されなかった彼女はすぐに同年代の輪から孤立し、
それに追い打ちをかけるように大人たちは彼女をいたずらに祭り上げる。

教師たちは彼女を畏れ、ときに腫れ物のように扱った。
自宅には有名人を出迎えるが如く、連日のように記者たちが訪れ、時には菊花紋を掲げた車の隊列が訪れた。

ついには彼女は心を病み、倒れた。

しかし、その彼女を助けるものは誰もいなかった。
世間の関心から捨てられた艦娘は、ただ毎月淡々と振り込まれる軍人恩給を頼りに、無為な日々を送ることとなった。

ー午前五時。

いつもより早く目が覚めた彼女は、妙に己の体が軽いことに違和感を覚えた。
枕元にある酒瓶は、昨夜のまま一滴も減っていない。ふと壁面にかかった鏡を眺める。

……ひどい顔。

瞼は赤く腫れ上がり、長く伸びた黒髪は寝癖で四方に散っていた。

夢の中で涙を流したのだろうか、と記憶を辿るも
酒瓶を片手にベットへ飛び込んだところから、何も思い出すことができなかった。

彼女は箪笥から衣類を数点掴み取ると、シャワールームへ向かった。

このわだかまりが、少しでも洗い流せるならば。

「熱ッ」

シャワーヘッドから噴出した熱湯に、彼女は思わず声を上げる。

いつもは泥酔しながらの入浴か、入浴せずにそのまま眠ってしまうばかりで、温度の調節すらままならなかった。
何度も熱湯と冷水を交互に浴び、その都度情けない悲鳴を上げる。
やっとのことでぬるま湯が流れるようになった頃には、彼女は髪までずっぷりと濡れ上がっていた。

……

全身の泡を洗い落とした頃には、浴室に備え付けられた小窓から朝日と小鳥の鳴き声が流れ込んでくる。

「……全然、変わってないな」

鏡に映る自らの身体を眺め、彼女はそうつぶやいた。

――――――――

ー正午。

彼女は、いつものように川辺を散歩していた。普段日陰に沿って歩くはずの歩道には、さんさんと日光が降り注いでいる。
一歩歩くたびに額から汗が滲む。ああ、こんなことならばもう一度休んでから出かければ良かった。と心の中で後悔しながら
彼女はどこか一息つける日陰がないだろうか、と辺りを見回した。

水辺では少年たちが、衣服が濡れる事を気にすることもなく全身で水を浴び、きゃっきゃと笑っている。

少年たちの無邪気の姿を眺め、放心していたその時だった。

ぽつり。

ぽつり、ぽつり。

微かな水音が、彼方で響いた。

……やがてそれは間隔を狭めながら音を強めていき、辺りをあっというまに濡らす。

ー嫌だわ。せめて日傘でも持って来れば良かったな。

水音はあっというまに轟音となり、見渡す限りの雨粒が舞った。
水辺の少年たちは、悲鳴をあげながらもどこか楽しそうに走り回り、各々でどこかへと四散していく。

高架の下までたどり着いた頃には、彼女は全身から雫を滴らせるほどにこっぴどく雨を受けていた。
長い髪を掴み、ぎゅっと毛先まで絞ると、水滴がしたたり辺りのコンクリートを染め上げる。

突然の天気雨。この調子だと、あと十分ほどは降り続けるだろうか。
彼女はふう、と一息ついて、湿ったコンクリートに腰を下ろす。土の香りと、滴る雨の音だけが辺りを包んでいた。

ふと、背後に視線を感じ、彼女はぴくりと肩を震わせる。
恐る恐る背後を覗くと、ダンボールに横たわった汚い身なりの男性が、彼女をじっと見つめているではないか。

「ひゃッ」

腰を下ろすまで気付く事のなかったその視線と人影に、思わず彼女は小さく悲鳴を上げる。

彼は、動じる事なく、彼女をじっと見つめていた。髭をたっぷりと貯えた、四十路ほどの男性だ。

「……ごめんなさい。お邪魔してしまいました」

彼女はあわてて謝ると、まだ小雨がばらつく高架の外へと歩き出した。

「……君は……」

どこか聞き覚えのある声に、彼女は男の方へ振り返る。

「君は、朝潮……かい?」

「司令……官?」

二度と聞くはずのなかった懐かしい声に、彼女は目を丸くした。
低く囁くような喋り方に、優しい笑顔。身なりは汚れきり、顔は長く伸びた髪と髭に埋もれてはいるものの、確かに提督その人であった。

「十年ぶり、かな……こんなところで会うとはね」

紙面に映る、レンズから逃れるように自宅の門から走り去る姿。
……彼女が彼の姿を最後に見たのは、八年ほど前の事だった。

彼は暫くの間、世間からまるで重罪人の如き扱いを受けた。

児童虐待に汚職、ありもしない悪口雑言が紙面を賑わせた。

無論、彼に味方がいなかったというわけではない。
幾人もの艦娘たちが彼を擁護し、その中でも彼女、
……提督の秘書艦として戦時常に寄り添った朝潮は、最後まで彼を守り続けた。

しかし、彼は自ら消息を絶ち、そこでつながりは全て途切れた。
仕方の無いことだ、全て終わったしまった。いつの時からか、彼女は自分に言い聞かせるようになっていた。

……今、目の前で彼が生きている。ただそれだけで彼女にとってはこの上ない幸せなのであった。

「お隣、失礼しますね」

ちょうど、高架の陰に隠れるようにくずおれる彼の隣へ彼女は腰を下ろした。
彼女は、秘書として彼の隣にいるその時、微かに感じる石鹸の香りが好きだった。

――うーん、少し独特のにおいがするなぁ。

……でも、やっぱり司令官の側は……安心するわね――

彼女があまりにも近くに腰を下ろしたためか、彼はあわてて起き上がり、わずかに距離を取る。

「す、すまん……俺、こんな身なりだからさ……」

「あっ、そんな、朝潮は気にしていません!」

ぎこちない言葉が飛び交う。誰よりも近い場所にいた二人の距離も、長い年月が真っさらに戻してしまったようだった。

しばしの沈黙が続いた後、先に口を開いたのは彼の方だった。

「……朝潮は、あの時からあまり変わらないな」

「確かに、あの頃から…その、身体はほとんど成長していませんが……」

まるで子供のまま成長が止まったかのような幼い容姿に人知れず大きなコンプレックスを抱いていた彼女は、彼の何気ない一言を盛大にひねくれて捉えた。
むぅ、と口を曲げて不満げに見つめる朝潮に、彼は慌てて言葉を見繕う。

「いや、その、だな!幼いとか、そういった意味で言ったわけでは無く……だな」

狼狽する彼に、思わず彼女はふふっ、と微笑んだ。

「司令官は随分と変わられましたね。
 今ならば、歴代の艦長と並ばれても遜色ない出で立ちです」

「うっ……やっぱりこの身なり、気になってたんじゃあないか……
 ……それはそうと、少しは冗談も言うようになったんだな
 昔はプレゼントをしても『何かの作戦か?』なんて言っていたのにな」



「あ、あれは……」

彼女はとたんに口ごもり、赤面した。

彼女はそのプレゼントの意味を幼心なりに理解していた。しかし、突然の告白に、思わず返した素っ頓狂な返事。
そのことを、彼女は今でもしっかりと覚えている。

現に、彼女の部屋には未だ、彼から貰った銀の指輪が飾られている。殺風景な部屋に輝く、唯一の装飾品。

…………

「雨……上がったみたいだな」

気がつくと、高架下の端まで眩しい日光が降り注いでいた。
川を挟んだ向かい側の空にはくっきりと七色の虹がかかり、それを川辺の少年たちが指で指しながら歓声をあげている様子が見える。

思わず彼女もわぁ、と息を飲む。

「……司令官、綺麗な虹……。一緒に、観に行きませんか?」

彼女の問いかけに、彼はコンクリートへと倒れ込み、虚空を見たまま答えた。

…………

「ここからの景色で十分だよ。俺は、ずっとこういうじめじめとした陰にいつづける。そう決めたんだ」

彼女は、ただ黙ることしかできなかった。数秒の間、まるでこの高架下の空間だけがすっぽりと切り取られたように沈静する。
川の流れる音、子どもたちの声、草木のざわめき音。そのすべてがここにあって、それでいて、どこか遠くの出来事のようだった。
彼女は、すっと彼の側から立ち上がり、一歩、歩みを進めながら言った。

「また……明日も、ここへ来ていいですか?」

「明日、俺がここにいるかは分からないよ。
 夜のうちに、どこかへ消えていくかもしれない」

「明日も……司令官、きっとここにいます、よね?」

彼女は、堂々とした声でそう返した。確証はなくとも、また彼とは会える。そのような気がしてならなかったのだ。

「……ああ、来てくれて構わないよ」

彼がそう小さく呟いた頃には、彼女は高架下からはるか遠くの道を歩んでいた。

その日から、彼女は毎日のように高架の下へと赴く。

些細な景色の変化、昨日の出来事。
そんな、日常を二人で共有するだけの時間であった。

それでも、彼女にとってその数十分が大きな心の支えと変わっていくこととなった。

「なぁ、朝潮。明日……何処かへ出かけないか?」

それは、唐突な提案だった。
立ち上がる姿を見ることさえ稀となっていた彼の言葉に、彼女は目を丸くした。

「司令官は……その、良いのですか?」

「もうすぐ……いや、なんでもない。たまには気晴らしも必要かと思ってね」

―翌朝。

彼女は、鏡の前で独り言を呟きながら身支度を進める。
その顔には、艦娘であった幼少の頃以来見せていなかった、うわついた表情が浮かぶ。

「うーん……こう……違うわね……えーと」

生まれて初めての化粧。何度も失敗を重ね、彼女の顔はまるで子供の落書きか、パーティの仮装の様な様相となっていた。
むっ、と自らを睨みつける鏡の中の自分に、思わずふっ、と笑い出す。

メイクを洗い落とし、着替えを終えると、そこにはいつもと変わらない彼女がいた。

ーいつもの高架下。

ちょうどすっぽりと陰に隠れるよう築かれた雑多ながらくたに囲まれ、コンクリートに伏せた彼がいるはずの場所。そこが、本来の姿へと戻されていたのだった。
うだる暑さとけたたましく鳴くセミの声。夏の景色から切り取られたようにひんやりと静かな陰で、彼女は一人立ち尽くしていた。

ー司令官……どこへ行ったの……かしら。


…………

…………

突然、背後から駆け足と、懐かしい声が聞こえる。

「朝潮、ごめんな。待ったか……?」

振り返ると、あの頃の司令官が、息を切らして立っていた。
肩元まで伸びた髪も髭も、汚れた衣服もなく、そこにいるのは
執務室にいたあの頃の彼そのもの、とまでに感じられた。

「……司令官っ!」

子供のように駆け寄った朝潮は、彼の胸元へと飛び込み、ぎゅっと抱きしめた。
あの時の、そのままの彼がそこに、確かにいたからだ。

「ちょっ、わっ、朝潮?!」

しばらくして、彼の胸元から離れた彼女は、顔をじっと見つめながらにっこりと微笑んだ。

「司令官、ご命令を。この朝潮が、お供させていただきます!」

微かに聞こえる波の音。どこからともなく漂う磯の香り。
軽い食事を済ませた後に、二人が向かった先はかつてのホーム、帰る場所であった。
無論、鎮守府としての機能は失われ、今現在では、半ば観光施設のような形相と化している。検問では、数組の観光客が入場に列を成しているようだった。

「うーん、さすがにこの中へ入り込むのは目立ちすぎるかなぁ」

「……司令官!クルーズ船が出ているみたいですよ!
もし良かったら、久しぶりに鎮守府近くの海を……見てみませんか?」

『当船は……鎮守府近海を巡航致します……時に帰港を予定しており……』

船体は原速にて緩やかに海面を割り進んでいた。
かつて自らの足でこの海を駆け巡った少女は今、まるで初めての航海に胸をときめかせる子供のようにデッキから身を乗り出し、潮の香りを、遠く浮かぶ島々を楽しんでいた。


「……わぁ。司令官……とっても、綺麗な海……」

船体に大きな風穴を空け、満身創痍で座礁した貨物船。
回収すらされることなく、虚空を睨むフリゲート艦。
海岸から一歩踏み出せば、船の墓場とでも言うべき有様であった戦時の面影は消え去り、今は、青い海に海鳥の鳴き声が鳴り響く。

「……すっかり、平和になったなぁ」

彼の瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。


「なぁ、朝潮?」

………………

彼女はくるりと振り返る。長い髪が、潮風に揺れた。

「明日、俺はここから、遠い所へ発つ。
……もう一度、全部やり直そうと思うんだ」

………………

一瞬、驚いたような表情を見せるも、すぐに彼女は微笑んだ。

「……そんな予感が、していました」

レールにかけた手を離しステップから降りた彼女は、彼の側へと寄り添う。

それは、彼女の、精一杯の強がりだった。

偶然の再会から、少しづつ彼女の日々には光が差し込んだ。
しかしそれも、彼への依存が全て。再び独りになった彼女が毎日を生きていけるようになったのだろうか。

彼女は、その答えを出す勇気を持ち合わせてはいなかった。

ー夕刻。

刻一刻と、時間は過ぎていった。

「朝潮?」

残り少ない二人の時間を、できる限り記憶に刻み込もうとするも

「おい、大丈夫か?」

今の彼女には、難いばかりだった。

夕食を終え、いつもの河原へと向かう。
遠くの空では、夕陽がゆっくりと燃えるように煌めいていた。

「朝潮?具合が悪いのか……?」

彼女の見つめる先は、緩やかに流れる川の流れでも、隣を歩く彼でもない、虚空だった。
船を降りて以降、まるで心ここにあらずといった彼女へ心配そうに声をかける。

「……っ!あ、あはは。そうですね!朝潮も、綺麗な景色だと思います!」

何度目かの呼びかけで彼の声に気づいたのか、無理に笑顔を取り繕う。

会話は、何度も堂々巡りするばかりだった。

気がつけば、いつもの高架下までたどり着いていた。
今日はここで別れようと決めていたはずだったが、彼女は一歩を踏み出せずにいた。

煮え切らない彼の言葉に、彼女の作り笑いが返される。

いつしか、夕陽は沈み、空には月が昇っていた。

「今世の別れって訳じゃないんだ。連絡だったらいつだって……」

「朝潮は、だ、大丈夫です!平気ですから……あはは……」

…………

…………

「朝潮。聞いてくれっ!」

「……っ」

彼は、諭すように彼女へと語りかける。
その真剣な表情に、彼女は真っ直ぐと彼を見つめた。

「……俺は朝潮ともう一度会ってから、このままじゃ駄目だって気づけたんだ」

「一度愛を伝えた相手の前で……いや、今も大切だって思える……
そんな君の前で、頼りない姿を見せてしまっていた。
そんな俺でも優しく振舞ってくれる君に、俺は依存していた」

「……俺が君の近くにいれば、それだけで君には迷惑がかかる。
いくらあの頃から時間が経ったとはいえ、いつまでこうやっていられるかも分からない」

「……だから、俺は……」


「司令官」

彼女の瞳から、涙が零れる。


彼女の小さく細い指先が、彼の手首へとからまる。

「私を……指輪をくれたあの日と同じように、想ってくれるのなら……」

「今日だけ。今日だけでいいから、私のことを離さないでください。
それだけで、私は…………」

彼女の手に引かれるまま、あてもなく夜の街を彷徨い
気が付けば二人は、薄暗い部屋の中央で立ちつくしていた。

妙な意匠が施された巨大なベッドに、わざとらしく鳴り響く音楽。初めて訪れるこの空間に、二人はただ呆然と立ち尽くすほかなかった。

「わ、私……汗かいちゃってますし……
 ……お風呂……お先に失礼しますね!」

俯いたままの彼女が、足早に浴室へと逃げ込んでいく。

「あっ……おい」

……

ばたん。

浴室のドアが勢いよく閉められ、彼は一人部屋に取り残される。
ベッドに倒れこむと、天井には鍍金で作られた星空がぎらぎらと輝いていた。

枕元のダイヤルを回し、けたたましく鳴り響く音楽をラジオへと切り替える。
どこかで耳にした弦楽器のフレーズと共に、落ち着いたパーソナリティのナレーションが流れ出す。

『復興より十年……再興する海洋産業に……平和な海を……』

ー”平和な海”、か……

船上から見た水平線を想起しながら、彼は静かに瞼を閉じた。

「あ、あの……司令……官……?」

遠慮がちなその声に彼は目を覚まし起き上がる。
目前では、ぶかぶかのバスローブを羽織った彼女が不安そうに座りこみ、彼を見つめていた。

彼女のほのかに上気した頬が、首筋が、薄闇の中で彼へと近づき、そして重なる。

「ん……っ」

唇が重なり合ったその時に、彼女の体を覆っていたバスローブがはらりと落ち、白い素肌が露わになった。

初めは、啄むような軽いキス。
数秒ほど唇が重なり、先に離れたのは彼の方だった。

「……っ」

彼女の潤んだ瞳が、じっと彼の唇を見つめる。互いに懇願するように数秒の間見つめあい、視線が交差する。

「んっ……ちゅぱっ、じゅる、んちゅっ、ん……!」

そっと壊れ物を扱うかのように、彼の手が白い素肌へと触れる。
掌で包み込んだ彼女のふくらみは、絡み合う舌の動きに合わせて鼓動していた。
硬く隆起した小さな隆起を指先で転がすと、彼女はびくびく、と身体を震わせる。

「あっ……ん……ふぁあ……ひゃっ……」

「っ……ちゅぱっ、朝潮……っ、綺麗だ……んっ……」

「んっ、ぷはぁっ」

長い接吻を終えると、二人の絡みあった唇から糸が繋がる。

「司令官だけ、ずるい……っ」

それまでぎゅっと彼の袖を掴んでいた彼女の小さな手が動き、彼のシャツをゆっくりと剥がしてゆく。
ベルトの金具を外し、黒地のズボンを下ろすと、張り詰めた下着が現れる。

「あっ……おっきく……なってます……」

彼女は犬のように伏せると、下着の上から彼のモノにキスをする。
口の中で、かすかにしょっぱいような、甘いような味が広がる。
下着の腰あたりを掴み、ゆっくりと脱がせると、彼の硬く勃ったものが露わになった。

「司令官の……んっ、れろっ、ちゅぱっ」

汁が溢れ出す亀頭の先を、彼女の小さな舌がなぞっていく。

「く……っ」

ちゅぽっ。

ずちゅっ。

彼女の唇が、彼のものを咥え込んだ。唾液と汁が絡み合い、淫靡な音を立てる。

「んむっ、ちゅぷっ、ちゅぽっ、んぷっ、じゅぽっ」

口腔を埋め尽くす彼のモノ。

「じゅぽぽっ、ぐぅっ、けほっ、んちゅっ」

時々苦しい表情を見せながらのどこかぎこちないフェラチオだった、が。

「じゅぷっ。ひれえかん、ひもひいいれふか?」

嗜虐心をそそる涙を蓄えた彼女の大きな瞳に、彼の敏感な部分を責め立てる舌先に、限界が訪れようとしていた。

「うっ、くうっ、朝潮っ、出るっ」

「らひてっ、じゅぽっ、じゅぱ、っぽっ!」

びゅくっ、びゅるるっ、どびゅっ!

彼女の口内に、上りつめた白濁液ををたっぷりと吐き出す。

「……ううっ、苦い……です……っ」

「今度は、俺が気持ち良くしてやるからな……っ」

彼はゆっくりと彼女を枕元へ押し倒すと、ほっそりとした白い太腿を掴み左右に押し開いてゆく。
産毛すらない恥丘が開かれ、しっとりと濡れた紅色の粘膜が露わになる。

「司令官……そんなっ、いきなり……恥ずかしい……」

か細く抵抗する彼女の太腿を固定すると、スリットに沿って舌先を滑らせる。
上部、小さなつぶに舌先が触れる刹那、彼女は大きく身体を痙攣させた。

「ひゃあんっ!」

彼女が激しく反応した部分―ピンク色の蕾を包む薄い皮を優しく
指先で剥ぎ、その部分を何度も舌先で責め立てる。

「んんっ、ダメっ、しれ……そこっ、敏か……あっ、んんっ!」

唾液に、自らの愛液にまみれた陰核は、舌先で少しづつ硬くなってゆく。

「あんっ、やっ、いっ!イクっ!イっちゃうっ!」

彼女は何度も全身を痙攣させ、
愛液と潮の混ざった液をまるで失禁するかように零し絶頂した。

――――

『最後に、この曲をお送りします。映画、"ひまわり"より……』

二人は再び向かい合うような姿勢になり、きつく抱き合った。
微かに流れるピアノの、弦楽の、そのうら悲しい旋律に。
二人は大げさなほど感傷的になり、互いの身体を貪るように愛撫する。

「あっ、しれっ……んっ、ちゅぱ、んちゅっ、離さない、で……っ!」

首筋を、硬く隆起した薄桃色を、鼠蹊部を、彼の舌がなぞる度によがり声をあげる。

「あっ、ん……っ!はぁっ、あん、しれ……欲しいっ……」

先ほど射精したばかりのペニスは、すでに雄々しく勃ち上がっており
彼女の脚部に汁を垂れこぼしていた。

「……っ……朝潮……っ!」

彼女の太腿を大きく左右に広げ、汁が溢れんばかりの双丘に熱をもった彼のものが触れる。

ぬちゅっ。

血管の張った肉棒の筋をなめらかなスリットに沿わせるように滑らせると、互いの汁が絡み湿った音を立てた。


ずぷぷっ。

彼のものが、柔らかな肉襞をかき分けて彼女の中へと入り込む。

「い……ッ!!」

一瞬、先端に引っかかるような感触を感じ、彼女が痛みに悶える。

「……っ!朝潮……お前……っ」

彼が動きを止める。

「だいじょ……うぶ……だからっ、司令官のくれる痛みなら……私……っ……!」

「……朝潮っ!」

ぎゅっと、互いの身体を抱きしめ合い、再び二人は近づいてゆく。
彼の先端に、やわらかな粘膜が突き当たる感触。その瞬間、二人は繋がれた。

しばらくの間、二人は一つになった身体をきつく抱きしめ合いながら接吻していた。
ふと彼女が、じっと彼の顔を潤んだ瞳で見つめる。

「しれ……っ、動いて、みて下さい」

じゅぷっ、じゅぷっ。

彼の腰が上下に動くたびに、粘液の擦れ合う音が響く。

「あっ……んッ……」

彼女は初めこそ彼の硬いものが蠢くたびに、顔を苦悶させていたものの
徐々に強まっていく、ペニスと膣壁が擦れ合うたびに全身を駆け抜ける電撃に嬌声を出すまでになっていた。
快感を得るにつれ、精液を求めるように収縮する膣が、彼の雄棒を激しく刺激する。

「朝潮っ……くっ、すごい……っ……絡みついて……」

「あっ、んっ、ひゃっ、あ、んっ!しれいか、のっ、なかでっ、動いて、っ、あっ!」

ずぷっ、じゅぷっ、にゅぷっ!

次第に、繋がりの動きは激しさを増し、
粘膜の音が、互いの吐息が、嬌声が、それに合わせて大きくなっていく。

大きく肥大した彼のペニスが、子宮口を激しくこすりたてる。

「ひゃああっ、だめっ!おかしく、なっ……んっ!ああっ!」

「いッ、あああっ!しれ、かんっ、イっちゃうっ、突かれてっ、まっしろにっ、んっ!あああっ!」

「俺もっ、出るっ、っ、朝潮っ、好きだっ!愛してるっ!」

彼女は、脚を彼の背中に絡め、まるで絶叫するような嬌声を上げながら絶頂した。
彼は、限界まで張り詰めた肉棒を、彼女の一番深い場所に思い切り押し付ける。

びゅくっ!びゅううっ!

溢れんばかりの精液が、彼女の子宮口へと注がれていく。

……

…………

……………………

「朝潮……泣いている……のか?」

「……っぐ……っ……」

「…………」

「……っ、私、っぐ……司令か、っ……離れたく……ないよっ……」

「……朝潮」

「……っ」

――二年後。

ーある日の、朝。

微かに開いたカーテンの隙間から、溢れる朝日。微かな潮の香り。

こみ上げる悪心に目を覚ました私は、家具伝いにトイレへと駆け込み、何度も嘔吐しました。抜けきらない眠気と頭痛で思わず足をよろめかせ、立っているのがやっとの事でした。

今日も、一日が始まります。

「朝潮っ!大丈夫か?!」

気がつくと、私は司令官の胸に体を支えられるようにして抱きしめられていました。
先ほどまでの苦しみが、すっと抜けるように消えてゆきます。

「あっ……あなた…っ。ありがとう……楽になりました」

「……あなたとの赤ちゃん……できたみたいです」

司令官と二人、何処かの国の、何処かの海辺。
初めの頃は、何もかもが手探りの毎日。しかし、その時間でさえ司令官と二人ならば苦になることはありませんでした。
まるで、司令官と再会するまでの間に過ごした無為な日々までもを塗り替えるような、毎日。


司令官は優しく微笑み、私をもう一度、抱きしめてくれました。

「この朝潮、あなたのお側で……いつまでも……」



おわり

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