高垣楓「リング・リング」 (19)

・モバマス・高垣楓さんのSS
・超短い
・総選挙応援企画

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 ひとり。窓の外を見る。
 眼下に広がる街並みの灯りに、私は息をひとつ。
 心が、泡立つ。

 トラブルがあったからと、プロデューサーさんは一足先に東京へ帰ってしまった。
 私は翌日の仕事をこなし、単身戻ることに。
 今日、ひとり。
 そんなことはよくあることだと、たぶん誰もが言うと思う。
 でも今の私には、その事実が肌に痛い。


 シンデレラガール。

 年にひとりだけ選ばれる、栄え。
 私たちアイドルはみな、そこを目指しているといっても過言ではないだろう。
 それだけに。
 この時期はどこにいても、ピリピリとした空気が辺りを支配している。
 私は眼下に広がる灯りを眺めながら、ドライジンを一口。
 焼けるような熱さを喉に感じ、私はひとときの熱にたゆたう。
 そしてお守りのネックレスを首元から引きずり出し、左手で握りしめた。
 そこには、チープなプラスチックの指輪。握りこめば簡単に壊してしまいそうなそれを、私は大事にしている。
 つぶやく。誰もいない、私だけの部屋で。

「プロデューサーさん」

 と。




 確か、どこか地方でのロケだった。
 移動の合間に寄った駄菓子屋さん。
 ほどよい加減に大人な私とプロデューサーさんは、懐かしさに酔っていた。
 見かけたのは、おもちゃが当たるくじ。

「プロデューサーさん」
「ん? なんです?」
「ちょっと引いてみません? ロケの今後の運試しに」

 ふたりでえいや、と。一発勝負。
 プロデューサーさんはそこそこ大きなスーパーボール。私はプラスチックの指輪。

「楓さんは、小吉くらいですかね?」
「いえ?」

 苦笑するプロデューサーさんに私は答えた。

「こうすれば……」

 指輪をプロデューサーさんに預け、私は左手を差し出す。そして、言ったのだ。

「私に、嵌めてください」

 と。


 チープなおもちゃのおかげだったのかもしれない。
 ひかりもしないその指輪は、薬指にぴったりとフィットする。

「いや、これは」

 さすがに動揺するプロデューサーさん。私は、彼のために微笑み。

「身に余る光栄です」

 そう、答えたのだった。
 おふざけにしては、やり過ぎだったと思う。でも。

「これは、ふたりだけの秘密ですね」

 児戯と呼ぶにはあまりに大人なふたり。
 そんなふたりだけの空間は今でも、覚えている。


 それ以降、ゲン担ぎというわけではないけれど私は、なにか大きな仕事に取り掛かるたび、その指輪に祈るのだ。
 きっと。きっとうまくいく。
 彼も知らない、私だけのルーチンワーク。
 プロデューサーさんの不断の努力と、それに報いたいと思う私の努力。
 大きくなっていく。
 仕事のレベルも。キャパシティも。そして、知名度も。
 彼のおかげで私は、シンデレラガールの選挙順位を少しずつ伸ばしていった。
 純粋に嬉しかった。
 報いていると、実感していた。
 でも。




 一年前。私は選挙で二位という順位を得た。
 充実感を抱え、私は事務所に顔を出す。プロデューサーさんに会いたい、その想いで。

「あら?」

 彼は、いつもの机にいなかった。

「ちひろさん、プロデューサーさんは?」
「ああ、たぶんいつものコーヒータイムじゃないですか?」

 私の問いにちひろさんは答えた。
 ああ、そっか。いつもの自販機でいつもの缶コーヒーかしら。
 事務室を抜け、休憩コーナーへ。
 いた。

「プロデューサーさん」

 と声をかけようとしたその時、私の足は歩むのをやめる。
 声が、出せない。
 私は咄嗟に、彼の死角に隠れた。


 プロデューサーさんはうつむいて、コーヒー缶を握りしめる。
 震える彼の手。そして。
 みしり。手の中のコーヒー缶がつぶれる。
 うつむいたまま彼は、絞り出すようにつぶやいた。

「悔しい」

 と。一言。

 ああ、何ということだろう。
 私は、気がついてしまった。
 そうだ。プロデューサー業に勤しむ人ならみな、頂点を目指さないはずがない。
 まして、もう少しで手の届くところだったのだ。
 彼との付き合いは短くはない。いや、長いと言える。
 プロデューサーさんは長い間努力したのだ。
 でも、今回も届かなかった。

 その場でへなへなとへたり込んでしまう私。
 落涙。
 力の入らない手で、私はネックレスに通した、あのプラスチックの指輪を取り出した。
 そして。

「ごめんなさい……」

 と、小声でつぶやいた。


 心が揺れ動く。
 涙がこぼれる。
 私もプロデューサーさんも努力している。誰よりも、きっと。
 その居心地の良さに、私は目を曇らせていた。
 そして、私は気づいてしまった。。

 私は彼に、恋慕している、と。

 私がこれほど努力できるのも、それを楽しいと思えるのも。
 それは、恋心のなせる、業。
 泡立つ。
 私はプロデューサーさんが気づく前に立ち上がり、ふらふらとその場から去る。
 今、彼に会うわけにいかない。どんな顔をして会えばいいというのか。

 ひとり部屋に戻り、私は気付にドライジンをワンショット、あおった。
 涙をぬぐう。そして、心を決める。
 彼の想いを。私の想いを。真実にするために。
 新たな一年を、始めよう、と。


 次の日から。
 私もプロデューサーさんもなにも変わらない日々を過ごしている、ように見える。でも。

 知ってしまった。違っていた。
 気づいてしまったこの気持ちを押し込めて、日々を過ごすことの難しさを。
 どのような状況であっても笑顔を張り付けられた、モデル時代の私はもう、いない。
 プロデューサーさんは、どうなのだろう。どう、思っているのだろう。

 そんな私の心持を、彼は知る由もない。
 タイトロープの日々。
 時間は容赦なく私たちを、シンデレラガールの舞台へと送り出していく。
 そして。




 ひとりの部屋がどことなく広すぎたから。
 私はプロデューサーさんに電話を掛ける。
 プルルル……プルルル…… 七度目のコールで。

「はい」

 ああ。この声だけで。
 私はひどく安心するのだ。

「プロデューサーさん?」
「ああ、楓さん。本当に今日はすいません」
「いえ、いいんです……クレーム、片付きました?」
「はい。おかげさまで」

 お互いの状況を確認する私たち。
 電話をしながら、私は指輪をもてあそぶ。
 この一年、指輪の奇蹟にすがっていたせいか、プラスチックのそれは少しやせたように思える。
 まるで、私自身のように。


 会話が、止まる。互いの息遣いが、私の心を苦しくさせる。
 外は、街灯り。にじむ視界が私を狂わせる。

「プロデューサー、さん」
「……どうしました?」

 私は、告げてはいけないと歯止めをかけてきた言葉を、口にする。

「苦しいです……さみしいです……」
「……」
「……好きなんです。どうしようもなく」

 一度告げた言葉は元へ戻ることはない。私はもう限界だった。そして、彼は。

「よく……解ります」

 そう、応えた。


「知っている」でもなく、「そう言われても」でもなく。
 ああ。

 その一言で、私は理解した。
 彼もまた、私を恋慕しているのだ、と。
 私たちは、私たちを理解していた。
 そして、細い細いこの声だけのつながりで、私たちは寄り添えた。
 もう黙する必要はない。

「プロデューサーさん……私はこの一年、シンデレラになるために努力しています。あなたの、ために」
「僕は、楓さんをシンデレラにするために、努力しています。それは……あなたが好きで、あなたのためだけに向けている、そういうものなんです」


 指輪がやせていくように、お互いの心が悲鳴を上げていく、そんな一年でも。
 それは。お互いに解っていてそれでなお、心を捧げたいと信じてきた日々。

「私、おもちゃの指輪でも嬉しかったんです」

 だって、左手の薬指にしてくれたんですから……

 シンデレラガールの発表が近づいてくる。
 その時、なにかが決定的に変わる。そんな気がしている。

 その時、私は。いえ。
 私たちは……




(おわり)

終わりです。お疲れさまでした。
少々ハーレクイン風味にしました。

頂点しか、欲しくないんです。
今年こそ。

皆様の琴線に触れれば幸いです ノシ

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