喜多見柚「桜並木のセレナーデ。最後はちょっと、急ぎ足」 (10)

 最近のマイブームは早朝散歩!

 春眠暁をなんとやらっていうけれど、みんながまだ寝てる時間に眠い目をこすりながら澄んだ空気を吸うのって、贅沢を独り占めしてる感じがして好き!

 もちろんアイドルだってばれないようにマスクと伊達眼鏡をして、ちょっと花粉症気味な女の子に変身するのは忘れない。
 
 ぼやけた頭の中に朝の新鮮な空気を送り込んで、霧が晴れるように頭が冴えてくる瞬間が大好き。

 プロデューサーサンにこのことを話したら似合わないなんて笑われてしまったから、人差し指でたるみ気味のおなかをぷにぷにしてやったらショックを受けたような顔をしていたっけ。


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 お気に入りの散歩コースは近くの遊歩道の桜並木。

 ジョギングをしている人を傍目に見ながらアタシはのんびりとお散歩。

 まだ喧噪なんてやってこないのどかな朝。

 聞こえるのは小鳥のさえずりと、遠くから聞こえる車の音と、ジョギングをしている人の足音だけ。

 そんな音もBGMにして、アタシは桜並木をのんびりと歩くのが好き。

 藍子ちゃんにこのことを話したら『今度一緒にお散歩でもどうですか?』なんて言われちゃった!

 藍子ちゃんとのお散歩を思い浮かべながら、小さく笑みを浮かべてアタシは一歩ずつ桜並木を歩く。

 ごつごつとした木の幹や風に揺れる枝、その先に結ばれた桜色の花なんて、まじまじと見つめたのはいつぶりだろう。

 視線を下に落とせば散った桜の花びらと名前を知らない桃色の花が混ざっている。

 鼻をつんとさすような冷たい風も、マスクのおかげでへっちゃら!

 でもなんだか、もったいない……。

 近くに誰もいないことを確認して、少しだけマスクを下ろす。

 そうして大きく息を吸い込んで、吐いて、また吸い込む。

 冷たい風が鼻をさして、それでもなんだか特別な気分がして、一人でにへらと笑みを浮かべて。

 マスクを直して、また歩き続ける。

 桜並木はもう終わり。

 くるりと回れ右をして、今来た道を引き返す。

 アタシの今日の早朝散歩、特別な時間はあと半分。

 風が吹いて桜の花びらが散る。

 桜色の吹雪が吹いて、ふと桜の木を見上げると桜の花があった場所にはおしべとめしべと、緑色のちいさなはなびらみたいなもの。

 あれ「がく」っていうんだって!! 大昔に勉強したような気がするけど、すっかりわすれちゃった。

 ほんの数分前に通り過ぎた道でも、反対から見るとまるで違う場所の風景を見ているようで。

 ほとんど毎日歩いている場所なのに、毎日違う桜並木を歩いているようで。
 
 そんなとりとめのないことを考えられるこの時間がアタシは好き。

 桜並木の出口まであと200メートルくらい。

 周りに誰もいないことを確認して、ちょっとだけ恥ずかしいことをしちゃおうか。

 大きく足を前に踏み出して、地面をける。

 とんとんと軽い調子で地面をけって、桜並木の終わりまで一直線に走る。

 あと100メートル、50メートル。

 眼鏡が跳ねる。マスクのせいでちょっとだけ息が苦しい。

 30メートル、10メートル……。

 桜並木が終わる、アタシの特別な時間ももうすぐおしまい。 

「ゴールっ!」

 両手を思いっきり上にふりあげて、青空に向けて大きく宣言!

 こんな自由なことができるなんて、アタシはきっと幸せだ!

 今日も一日頑張って、楽しくアイドルやっちゃおう!!
 


――――FIN

短いですが以上です。おかっぱが似合うパッションの一番星、喜多見柚をどうかよろしくお願いします。

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