ガヴリール「また会う時に、幸せを」 (36)

 高校を卒業して、天界での修行を経て
 あれから数年の月日がたった。

 出会いと別れを繰り返し、私も少しは天使らしくなっただろうか。
 こんな私にも愛する家族が出来た。

 もうしばらく下界に降りていない。

 親愛なる悪魔たちは元気にしているだろうか。
 彼女らも私と同じように魔界で暮らしているはずだ。

 今日は何かが起こる気がする。
 今日は何かが起こってほしいと願ってしまう。

「ネトゲのイベントがあるんだ」

 旦那にはそう告げ、希望を胸に下界へ降り立った。


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「なんにも変わってないな」

 それが数年ぶりの下界の第一印象。

 何度も歩いた道のりは今もなお続いている。
 折角の下界だ、思い出の場所でも見て回って目一杯懐かしもう。

 学校。

 流石に中に入るほどの用事は持ち合わせていなかった。

 今は授業中か。
 外からでは風になびくカーテンしか見ることは出来なかった。

 あんなに面倒だった学校なのに、いざ入れないとなるとどうももどかしい。

 喫茶店。

 マスターは一人で経営しているのだろうか。
 なんだかんだお世話になったので礼が言いたいが、理由もなく足を踏み入れるのは少し恥ずかしい。

 他のところを先に回って、一服をするために足を運ぼう。
 ここの営業時間は私が一番よく知っている。

 家。

 私が下界にいたころ住んでいた家だ。
 ここで、いろいろなことがあった。

 ヴィーネが朝起こしに来て、
 サターニャと勝負をして、
 ラフィエルと一緒にサターニャをいじって。

「明かりは……点いてるな」

 そこが、もう私の部屋ではないのだと実感する。

 何も変わってはいないのに
 全部変わってしまった。
 きっともう下界に私の居場所はないのだ。


 ふと、懐かしい香りが鼻をくすぐった。


「やっぱりここに居た」
「久しぶり、ガヴ」

 久々の再会は運命か、必然か。

「どうして下界になんているんだよ」

「だって今日はガヴに会いたかったから」
「今日は、ガヴの誕生日だもの」



 私とヴィーネは喫茶店で一服することにした。
 マスターは私たちの再訪を喜んでくれたし、私も世話になった礼を言うことが出来た。
 私も成長しているんだな。

「それで、ヴィーネは最近どうなんだ」

「今は公務員志望なんだけれどね」
「年々厳しくなってて……」

 そんな他愛のない話。

「実は私結婚したんだ」
「ヴィーネは?」

「うん、私も結構前に結婚して」
「今は子供もいるの」

 良かった。
 ヴィーネも幸せそうだ。
 それだけは確認して起きたかった。

 おめでとう、おめでとうとお互いに言い合って
 お互いに幸せを語り合う。

 今の話に続いて、過去の話。
 私たちが一緒だった時の話に明け暮れた。



 高2の冬。
 今日は朝から雪が降っていた。

 雪の日に寒さを我慢して学校に行くなんて言うのは愚の骨頂。
 賢い私は今日一日を布団の中で過ごすのだ。

「ほらガヴ! 学校いくわよ!」

「おま、なんでチャイム鳴らさないで入ってくるんだよ!」

「鳴らしてもどうせ出てこないと思って」

「確かに出ないけどさ」

「朝ごはん食べた?」

「昨日から何も食べてない」

「昨日から!?」
「今日はまだ時間あるからなにか朝ごはん作ろうと思うんだけど」

「ん」
「お願い」

 会話をして少し目が覚めた。
 でも寒いものは寒い。
 温もりを求め布団にもぐりこむ。

 台所に立つヴィーネの後ろ姿を眺めながら、
 結婚したら毎日こんな感じなんだろうなとか考えてみたりする。

「お味噌をまぜまぜ溶かしますー」

 変な歌を歌いながら料理をするのはヴィーネの癖。
 初めは少し怖かったが慣れると気にならなくなった。

 何かを煮込んでいる間にヴィーネは私の着替えを用意する。
 場所を教えた覚えもないのにてきぱきと下着や制服を見繕う。

 微動たりともしない私と裏腹に動き続けるヴィーネ。
 申し訳ない気持ちは山々だが寒さには勝てないんだ。

「ほら、そろそろ布団から出なさい!」

 布団を引っぺがされる。
 寒い。悪魔だ。

「いい匂いがする……」

「朝だから簡単なものだけどね」

 ご飯、お味噌汁、目玉焼き、ふりかけ、漬物。
 ご飯は昨日炊いてないから家から持ってきたのだろうか。

「いただきます」

 うん。流石、ヴィーネは私の好みを知り尽くしている。

 お味噌汁を飲み終わり一息つく。
 身体が温まってきた。

 しっかり味わいたい気持ちはあったがこれ以上時間をかけると学校に遅刻するとヴィーネに怒られるので急いでかき込む。

「ほら、ばんざーいして」

「子供じゃないんだから……」

 そう言いつつも万歳をする。
 ヴィーネに服を着せてもらうのはなんだか落ち着く。
 これが母性というものか。

「うー、寒」

 防寒をしても家から一歩出れば雪国だ。
 足が止まる。

「やっぱり帰って寝る」

「こら!」
「っていうかあんた手袋は?」

「無い」
「無くした」

「これからの時期手袋がないと辛いわよ」
「ほら、私の貸してあげる」

 そう言ってヴィーネは自分の手袋を外そうとした。

「別にいいよ」
「ヴィーネだって寒いだろ」

「でも……」

「……」
「それじゃあ、片方だけ貸してくれ」

「片方?」

「ああ
「それで十分」

「あんたがそれでいいならいいけど」

 ヴィーネから右手の手袋を受け取り、手にはめる。
 少しヴィーネの体温が残っていた。

「……」

 片方が温かくなるともう片方の寒さが際立つな。
 そうだ。

「なあヴィーネ」
「お前も右手寒いだろ」

「え? そうね」

「じゃあ、こうしよう」

 ヴィーネの右手を握る。

「あ、ちょっと」
「……でもいい考えね」

「そうだろう」

 繋いだ手に伝わる温もりは
 手袋のそれとはまた違う優しさを含んでいた。

 暖かい手。

 ほどけないように強く握ると、ヴィーネもまた強く握り返して来てくれて
 それがなんだか嬉しかった。



 そうだ、私はヴィーネの事が好きだったんだ。
 きっとヴィーネも気持ちは同じ。

 二人ともお互いを好きで、二人とも最後まで気持ちを伝えられなかった。

 今更そんなことを思い出してももう手遅れなのに
 なんで思い出しちゃったかな。

「こんな話をすると、なんだか高校生の頃に戻ったような気分になるわね」

 ヴィーネが笑った。
 同意を込めて私も微笑んだ。

 もう一度
 もう一度だけ
 今日だけでいい

 高校生の頃みたいに無茶をしたい。

「なあヴィーネ」
「軽い気持ちで聞いてほしいんだけどさ」
「私、ヴィーネのこと好きだっだよ」

「……」
「私も好きだった」

「それでさ」
「私たちで、駆け落ちしないか」

 なんてことのない冗談のように。
 それでいて、ヴィーネの目をまっすぐ見て真剣なように言い放った。

「駆け落ち……?」

 天使と悪魔は結ばれない。
 住む世界が違うからだ。
 そんな二人が結ばれる方法はたった一つだけ存在する。

 お互いに羽を捨て、下界で人間として過ごすこと。

 私はそんなとんでもない提案をしている。

 ヴィーネだって冷静に考えればそんなことはしてはいけないと気づくはずだ。
 だがこの時だけは違った。
 ヴィーネも私と同じように思考が正常ではなかった。

 昔の話に花を咲かせた私たちは
 身も心も昔に戻っている。

 どんな無茶もどうにかなってしまうような
 そんな希望を抱いている。

「それもいいわね」
「うん、凄くいい」

「じゃあ決まりだな」

 私たちは酔っているんだ。思い出に。
 それでもいい。

 またヴィーネへの恋心を見失うなんて
 同じ後悔を二度もしたくはない。



 暮らす場所を探そうとかなんとか言って私たちは町をぶらついている。
 実際に暮らす場所を探しているわけではない。
 ただ何かしらの理由をつけて二人で歩きたかっただけだ。

「ここ、懐かしいわね」

「なにかあったっけ」

 なんて、冗談。
 忘れるわけがない。

「あんたねえ!」

 ヴィーネが声を荒げる。
 そんなに大切な場所と思ってくれているのなら、私も嬉しい。

「私たちが初めて会った場所、だろ」

 迷っていたヴィーネをまだ綺麗だったころの私が道案内をした。
 そんな私たちの出会いの場所。

「思えばここから全てが始まったのよね」

「大げさだな」
「ここで出会ってなくてもきっと私たちは出会ってたよ」

 そうに決まってる。
 堕落していなくてもきっとヴィーネを好きになってた。

 ヴィーネが居たから楽しかった。
 ヴィーネが居たから幸せだった。

 ヴィーネのことならなんでも知ってる。

 ヴィーネが本当は夢見がちな乙女だってことも。
 ヴィーネは誰よりも優しいってことも。
 ヴィーネが、どちらを選択してもいつかきっと後悔するってことも。

 私はもう、十分すぎるほど幸せをもらった。
 本当は私が幸せにしてやりたい。

 でも、ヴィーネが後悔する姿なんて、見たくない。

 私の中のヴィーネは怒ってるか、笑ってるかだけでいいんだ。

「なんてな」
「暗くなってきたし、そろそろ帰るか」

 羽を落として、下界で一緒に暮らす?
 そんなの、幸せすぎる。
 そんなものは夢物語だ。

 私たちはもう子供じゃない。
 私たちはもう一人じゃない。

 だから、無茶なんて出来ないんだ。

「ちょっと、ガヴ……」
「じゃあさっきまでのは冗談……だったの?」

 ヴィーネは、きっと本気だった。
 当たり前だ、私だって本気だった。

「ヴィーネ」
「夢を見ていられる時間はもう終わったんだよ」

 私は誰よりもヴィーネのことをわかってる。
 ヴィーネは誰よりも私のことをわかってる。

「……」
「そうね」
「今日は、本当に楽しかった」
「本当に夢みたいで」
「このまま……覚めて欲しくないくらい」

 ヴィーネは両手で顔を覆う。
 泣くなんて、ヴィーネもまだまだ子供だな。
 そんな風に考えながら、私も自分の目を拭った。

「じゃ、またな」

「うん、またね」

 さようなら、大好きだった人。

 きっと私はこれから幸せになるよ。
 だからヴィーネも、どうか幸せになってください。

 そしていつかまた、お互いの幸せを語り合おう。


ガヴリール誕生日おめでとう

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