【咲-Saki-】京太郎「そんなオカルトありえません」【SS】 (30)

十月某日

とある金曜日

北海道


朝、エトペンの目覚まし時計が午前を十時を指す頃

私こと真屋由暉子は、布団の中でカッと目を見開き、眠りから覚ましました

今日は有珠山の高校の創立記念日。私はガバッと布団からとび起きて「天上天下唯我独尊!」と叫び、おどろうきっずのダンスをシャカシャカ踊って朝の運動をします

しかし創立記念日の休日だからといって朝からテンションを上げてみたものの、特にすることもありません

爽先輩と誓子先輩は受験勉強、成香先輩は家のお手伝いで揺杏先輩は長野へ旅行に行っています

朝食をはむはむと食べた私は、面白いことを探しに近くの公園へと向かいました



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……






公園に行くと、ベンチの周りに小学生達が集っています

そして小学生達の中心、ベンチには、一人の青年が座っています

色褪せた作務衣を着た彼はマンドリンを構え、彼の前の地面には、修道女の服装をした人形が横たわっています

彼がポロロンとマンドリンをかき鳴らすと、あら不思議。修道女の人形がすくっと立ち上がりました

小学生達の間から漏れる関心の声。続けて彼がマンドリンでポロロンポロロンと不気味な曲を弾くと、それに合わせて人形がくるくると踊りだします

マンドリンをかき鳴らし、人形劇を披露する彼は、通称情報屋さん

彼は20半ばのアラサーに入りたてのおっちゃん。しかしその若さにしてマイホームを持つ、一国一城の主です

彼の家は、公園にあるのです

自分で建てたという、ダンボールとビニーシートでできたマイホームに君臨する情報屋さん

北海道の冬の寒気と雪にメゲる事もなく、彼は公園にウエハースような薄っぺらい居を構えています

その家で寒さに耐える姿は高潔さを感じ、公園でひたすらハトの餌を奪い取る仙人的な生き方には韜晦さを感じます

彼が情報通なのは確かで、食べ物か幾ばくかのお金を渡せば、公園で井戸端会議を開く御老婦や女子高生の会話から盗み聞きした噂話等を教えてくれます

ちなみに貰ったお金は、なにやら鉄の球を散らし穴に入れ数字が揃えば数倍になって帰ってくる遊戯に費やしているようです。なんとロマンのあるお方でしょうか

そして彼の前でくるくると踊っている修道女の服装をした人形の名前は、[スタペリア人形]というらしいです

なんでも、情報屋さんが少し前に奈良県に行った時に、山の中の洋館で見つけた人形らしいです

本来なら美しい髪をもち瀟洒なドレスを着ているらしいですが、その姿があまりに美しく蠱惑的すぎるので、修道服で髪を隠し着替えさせたとのことです

くるくると回るスタペリアちゃんのダンス。曲の終わりにスタペリアちゃんが一礼をすると、子供達は大拍手をし、手持ちの10円玉や飴やチョコレートを、情報屋さんの用意したカゴの中に放り込みます

暫くして子供達がいなくなった後、ホクホク顔で戦利品を勘定する情報屋さんに、私は近寄りました

「おはようございます」

私が挨拶をすると、彼はこちらに目を向け「おはよう」と返します

私が彼に、家で作ったおにぎりを渡すと、彼は勘定を止め、諸手を挙げて喜び、おにぎりを食べ始めました

私はスタペリアちゃんを抱きかかえ、頭を撫でながら、むしゃむしゃとおにぎりを食べる情報屋さんを眺めます

彼の姿は、山にこもり創作活動に励む芸術家にも、鞍馬山に住む天狗にも、公園に住むホームレスにも見えます

おにぎりを食べ終わり指にくっついた米粒一つまでペロリと舐めとった彼は、キセルを取り出し食後の一服します

「久々にうまいもん食えた」とご満悦の情報屋さん。しかし私はなにも、無償の奉仕をしているわけではありません

もちろん、彼から何か面白い情報を教えてもらうためにおにぎりを差し出したのです

一服が終わった情報屋さんは、顎髭を撫でながら思案しています

そしてふと思い出したように、私にこう告げました

「そういえば、迷宮堂に面白い品が入荷したらしい」

「面白い品?」

迷宮堂というのは、裏通りある小さな骨董品屋さんです

よくわからない謎の品物が幾つも置いてあり、眺めているだけでワクワクします

私の周りの面白い事は、大抵は麻雀部の先輩方と情報屋さんと迷宮堂で成り立っているのです

「うむ。なんでもーー大海賊アルデンテの遺産の場所を記した宝の地図らしい」

「大海賊アルデンテ、ですか?」

情報屋さん曰く、大海賊アルデンテというのは明治時代文明開化の頃、オホーツク海を縄張りにした義賊らしいです

クリオネを模した海賊旗を掲げ、海外との密輸品を運ぶ北海道豪商の船を襲い、奪った金品は貧しい者たちへと与えたとか

その彼は晩年姿を眩まし、妻であるペペロンチーノさんと共に、秘密の場所で余生を過ごしたそうです

その場所は今も知られておらず、そこには彼と妻の遺体と共に大量の財宝が隠されているとか

実にワクワクするお話です

その地図を手に入れ、成香先輩と共に宝探しに行きましょう

私は手を振るスタペリアちゃんと哀愁漂うマンドリンの音色に見送られ、公園を後にしました

……






迷宮堂は、何やら怪しげな雰囲気漂う裏通りの奥に位置しています

裏通りはボロアパートや廃屋に囲まれ、アパートのベランダには物干し竿に、男物の下着とともに干し柿が吊るされていたり、七輪でサンマを焼く匂いが漂ったりしています。さらには般若心経も聞こえてきました

この辺をうろついているのは野良猫くらいでしょうか。私の足元に寄って顔を擦り付けてきたので、顎を撫でてあげると気持ち良さげに目を細めています

そういえばネズミもそこら中を走り回っていますが、この猫ちゃんは追いかけなくてよいのでしょうか。猫とネズミの間で何やら不可侵条約でも結ばれているのでしょうか

サンマの焼く匂いと般若心経に包まれながらしばらく猫と戯れていましたが、私はここに来た目的を思い出しました

猫ちゃんに別れを告げ、迷宮堂を目指します

しばらく歩き、裏通りの突き当たり。迷宮堂に辿り着きました

薬局のカエルとキューピーちゃんに両脇を挟まれた扉を開けると、店内には高い棚が幾つもそびえ立っています

迷宮堂は高い陳列棚が幾つも並び、その名の通り迷宮のような店内をしています

さらに棚の位置もころころ変わるので、もはや不思議なダンジョンみたいです

私は数々のワナをくぐり抜け、おにぎりを食べて満腹度を回復し、HPが減れば薬草と弟切草で回復し、店内の奥へと辿り着きました


奥のカウンターには、小柄な老婆がポツンと座っています

もはやどこに目と鼻と口があるのかわからないほどシワクチャな顔をしたこの老婆こそ、迷宮堂の店主なのです

「よく来たねユキちゃん」

お婆ちゃんは私を見るなり、ニッコリと笑いました。口元は見えませんが、私くらいの常連になると、シワのより方でなんとなく表情がわかります

「お婆ちゃん。情報屋さんから面白い商品が入ったと聞いたのですが」

「面白い商品……?」

口元(らしき場所)を梅干しのようにすぼめるお婆ちゃん

「ああ、あの地図のことかい」

合点がいったのか、疑問と顔のシワが氷解していきます

「ちょっと待ってておくれ。今探すからね」

お婆ちゃんはそう行って、カウンターの内側をゴソゴソと探し出します

その間、私はカウンターの横に置いてある三角錐の発泡スチロールを眺めたり、宇宙人の剥製と睨めっこをしたり、亀のぬいぐるみをつついたりして待っていました

しばらく漁ったあと、お婆ちゃんは申し訳なさそうな顔をしてこちらに向き直りました

「ごめんよ、ユキちゃん。今思い出したけど、あの地図はつい昨日売れちゃったんだ……」

なんと。すでに買われてしまいましたか

私がここで待っていたあの時間はなんだったのでしょうか。というか頑張ってここまで来たのはなんだったのでしょうか

これではまるで、カギを持たずに不思議の宝物庫に潜ってしまったかつての私ではありませんか

さらにこうなると、もはや情報屋さんにおにぎりをあげ損ではないですか

「代わりといってはなんだけどね」

項垂れている私を見かねたのか、お婆ちゃんはカウンターから一冊の手帳を取り出します

ゴムで綴じられた、茶色く無骨で古い革製の手帳。なにやらおどろおどろしい不気味なふいんきが漂っています

「これは……?」

「これはねーーとある殺人事件に巻き込まれた被害者の手帳なんだよ」

殺人事件とは何やら不穏な話です

そう語るお婆ちゃんも、心なしか魔女のように思えてきます

「けれど書かれている内容はどうにも不思議でね。謎めいているんだよ」

謎めいた殺人事件を記した手帳ーー不謹慎ですが、凄く面白そうです

この手帳を読み、安楽椅子探偵のように解いてみるのもまた一興

今日はこれで手を打ちましょう。情報屋さんにあげたおにぎりも、スタペリアちゃんの可愛さに免じて許してあげましょう

私は100円玉を3枚渡して手帳を購入し、ウキウキしながら家へ帰りました

……






部屋に戻り手帳を開こうと思い立った時、ふと机の上の本に目がとまりました

それは、はやりんライブツアー北海道公演の物販で買った写真集

須賀さんと松実さんに購入を頼まれていたものです

休日中に発送すると約束していたのをすっかり忘れていました

もうすぐ夕方

早くしないと郵便局が閉まってしまいます

私は慌てて写真集を梱包し、郵便局へ行って宅配をお願いしました

これでようやく用事が済みました

あとはゆっくり手帳を読んで……

手帳を……

……

……はて?

机の上に置いていたはずのあの手帳が、忽然と消えて無くなっています


手帳はーーーーーーいずこに?

……






二日後 日曜日

長野県 京太郎の部屋


京太郎「ふふふ……やっと届いたぞ、北海道公演のはやりんの写真集!」

京太郎「真屋さんには後でお礼を言っとかないとな。玄さんのついでに無理やり頼んだんだから」

京太郎「……ん?」

京太郎「なんだ、この手帳」

京太郎「真屋さんのものかな……でも女の子が持つには似つかわしくない気が……」


京太郎「でも、なんか不気味な雰囲気の手帳だし、あの子ならこういう手帳くらい持ってるかも……」



ピンポーン



京太郎「っと、来客だ」

京太郎「はーい!」



玄関


和「こんにちは、須賀くん」

京太郎「お、和。どうしたんだよ」

和「この前お借りしていた漫画を返しにきました」

京太郎「サンキュ。って、別に明日学校で返してくれてもよかったのに」

和「その……この続きが気になって、早く読みたくて……すいません、休日に押しかけてしまって」

京太郎「はは。いいって」

京太郎「それじゃあ、俺はお茶を入れてくるから、和は部屋にあがっててくれよ」

和「わかりました。おじゃまします」

京太郎の部屋


和「いつ来ても、男の方の部屋というのは不思議な感じがしますね」

和「あれ、この机の上に置いてある写真集は……」

和「……」

和「はぁ……。咲さんという者がありながら、須賀くんには困ったものですね」

和「これはあとでお説教ですね」

和「……ん?これは、手帳?」

和「父もそうですけど、男の方の手帳って無骨ですね」

和「……」

和「ちょっとだけ中を……」ソーッ

京太郎「(ガチャ)和。お茶はいったぞ」

和「ひゃい!?」

京太郎「は?」

和「あ、お茶ですねお茶。ありがとうございます!」

京太郎「?」

京太郎(あ)

京太郎(まずい、はやりんの写真集を出しっぱなしだった!)

京太郎(このままじゃ、また正座させられて二時間くらいお説教される……!)

京太郎(なんとか誤魔化さないと!)

京太郎「そ、そういえばこの手帳なんだけど……」

和「見てませんよ!?」

京太郎「?」

京太郎「なんか荷物に混じってたんだけど、なんだろう」

和「あ……須賀くんのじゃないんですか?」

京太郎「ああ。それで中を読もうとしたけど、なんかおどろおどろしい感じがして……」

和「そうですか?私はなにも感じませんけど」

京太郎(オカルト信じないもんなー和は)

和「ちょっと中を読んで見ますか。持ち主がわかるかもしれませんし」

京太郎「そうだな」


ペラッ






『私は今、とある殺人事件に巻き込まれている』






京太郎「!?」

和「!?」

京太郎「これって……」

和「……続きを読んでみましょう」

『私はとある殺人事件に巻き込まれている

しかも、とても不可解な状況だ

こうして部屋に閉じこもっている間にも、私も命を狙われているかもしれない

だが、犯人がわからない。……いや、犯人が人間なのかすらもわからない

このまま部屋でビクビク過ごしていたら、気が狂いそうになる

だから、状況を整理すると同時に、私に何かあった時のために、この手帳に書き記すことにした



今は2月。私は祖父の家を訪ねて山奥の村に向かう途中だった

しかし道は途中で雪で塞がれていた

時刻は夕方。車でUターンして最寄りの村に戻るよりは、車をここに停め、このまま歩いて祖父の住む村まで行った方がいいと判断した

しかしそれが過ちだった

歩いているうち、次第に雪は強くなり暗くなり、道を判別することもできず私は雪山で遭難したのだ

だが、幸運にも、雪山で明かりを見つけた

いや、後から思えばこれは幸運でもなんでもなかったが

私はその明かりの場所にたどり着いた

そこは二階建ての山小屋だった

私が中に入ると、すでに三人の先客がいた

暖炉の前で談笑していた三人が、こちらを振り向く

中学生くらいだろうか。急に入ってきた私に驚いたようだ

私は慌てて自己紹介をし、ここにきた理由を説明すると、安心した様子で警戒を解いてくれた

そして、私に自己紹介をしてくれた

軽薄そうな雰囲気をし、線の細い身体つきをしているのは「鉢屋 圭介(はちや けいすけ)」。私は身長が低い方なので、圭介と身長は変わらない

残る二人は「美玖磨 真奈美(みくま まなみ)」と「美久磨 香苗(みくま かなえ)」。同じセミロングの髪型に、お揃いの服とヘアピンをしている。

香苗は真奈美の妹だという。確かにこの二人はソックリな外見をしている

しかし香苗は笑顔が眩しくよく喋る子だが、対する真奈美の方はムスッとしとおり、滅多に喋らない。喋っても低くか細い声で相槌を打つだけだ

私が山小屋に入ってしばらくすると、雪が止んだようだ。明日には下山できるだろう

我々は暖炉を囲み、ポツポツと話をした。とはいっても、圭介と香苗が私に一方的に話しかけているだけだが

三人はこの辺りの小さな村の友人同士で、中学生三年生らしい

卒業を控えた三人は、村に伝わる「雪薔薇」というものを見に山に入ったが、先ほどの雪で遭難しかけ、この山小屋に来たという

雪薔薇というのは三人の住む村に伝わる名物で、山の中のとある場所に、その場所特有の地形に流れ込む風により、大きな薔薇の形をした雪の結晶が生まれるのだという

それからも、圭介と香苗は色々な話をしてくれた

美久磨家は村で一番の名家で、鉢屋家は二番手らしい

美久磨家の当主は真奈美と香苗の祖母である

迷信深い老婆だが、行う儀式や祝詞により村は何度も危機を逸脱したとか

そして話は、村に伝わる「首夜叉」という物語になった

その村の山には、首夜叉と呼ばれる化け物がいる

首のない化け物で、声帯から直接発せられる不快な声と、そこから空気がもれるヒューヒューという呼吸音を発している

そして、雪の降る夜に村におりてきて、15、16歳ほどの男児の首を狩っていくのだという

その年になる男児は扉を叩く音がしても、決して開けてはいけない

扉を開けると、そこには、首夜叉が立っている……

圭介は「俺も気をつけないとな」と自嘲気味に笑った

そして話終わる頃には、暖炉の火はほとんど消えていた

気がつけば深夜の10時になっていた

私たちは、二階の部屋で眠ることにした

二階の部屋は全部で6つ。それぞれ一部屋ずつ割り当てた

ちなみに、部屋は全部確認したが、誰もいなかったので我々は好きな部屋で寝ることにした

私は布団に入ると、泥のように眠った



嫌な予感がし、ふと眼が覚めた

携帯を確認すると、時刻は深夜2時

ひどく喉が渇いた私は、一階におりて水を飲むことにした

階段をおりると、そこには先ほど我々が暖炉を囲んでいた居間がある

そこで私は、異臭を嗅ぎ取った

携帯のライトで部屋を照らすと、床には赤い染みがある、さっき二階に上がった時にはなかったものだ



そしてーーーーーー首のない死体が横たわっていた



服を剥かれ全裸で放置された、男の死体

首元がこちらを向いており、首の断面図が目に飛び込む

思わず私は吐き気を催し、トイレに駆け込んだ

そしてさらに悲鳴をあげる

トイレにもまた、首のない死体があった

同じく服を剥かれ全裸で放置された、女の死体

私はその場で吐いてしまった

この死体は、おそらく先ほどの三人のものだろう

だが、一体誰がこんな事を?

私が寝ている間に、脱獄した死刑囚でもやってきたのだろうか。そんなドラマのようなことが起きうるのか?

念のため窓の外から扉の前を見たが、足跡は私がやってきた時のものにうっすら雪が積もっているだけだった

つまり、外部から誰かがやってきたわけではない

犯人は我々四人の中にいる

私が犯人でないことは自分がよくわかっている

そして、男の死体と、女の死体が一体づつ

ならば、残った一人が犯人だろう

部屋にこもるか?いや、それだけでは心許ない

とにかく身を守るための武器が必要だ

私は武器を探しに台所に行く






そしてーーーーーー台所の机の上には、真奈美と香苗の生首が置いてあった






私は唖然とし、混乱した


どういう事だ?


誰が犯人だ?



いやーーーーーーそもそも犯人は、人間なのか?



私の脳裏に「首夜叉」という名前がよぎる



そして今、私は部屋にこもりこの手記を書いている

ここまで書いたが、やはりわからない

みんな死んでしまった



恐らく私も死ぬだろう






今、私の部屋の扉を叩く音が聞こえているから』






京太郎「手記はここで終わってる……」

和「なるほど……雪山に遭難し、みんな首夜叉に襲われ死んでしまった、という話ですか」

京太郎「なあ、これって本物なのか……?」

和「それはわかりませんが……」

和「首夜叉が殺しにきただなんてそんなオカルトはありえません。恐らくはただの悪ふざけで作られたものでしょう」

京太郎「……それもそうだな」

京太郎「ちょっとトイレに行ってくるわ」ガチャ






ヒュー






ヒュー






京太郎「!?」

和「?」

和「今の音は……」

京太郎「一階から聞こえた……」

京太郎「首から空気が漏れるような、呼吸音……」

京太郎「ま、まさか……」






あ"……






あ"あ"あ"……






京太郎「!!」



ガチャッ



京太郎「の、和!」

和「なんですか?」

京太郎「聞いたか!?今の声!」

京太郎「声帯から直接発せられるような不快な声……それに、あの呼吸音……」

和「私の空耳だと思っていましたけど、須賀君にも聞こえたんですね」ズズッ

京太郎「なにノンビリお茶をすすってるんだ!だって、あの音は……」

京太郎「首夜叉が……この手帳を読んだ俺たちの元に……」

和「言ったでしょう。首夜叉なんてそんなオカルトはありえませんよ」

京太郎「でも現に……」

和「んー」

和「何か他の音が、首夜叉の声なりに聞こえてしまっただけかもしれませんよ」

和「なにせ、あんなのを読んだ後ですから、そうなっても仕方ありません」

京太郎「確かにそれは一番ありそうだけと……」

和「ただ……こうして耳を澄ませていると」



和「一階から裸足で歩いている足音が聞こえますね」



京太郎「……!!」

和「それに、心なしか一階の部屋をノックする音も聞こえます」

京太郎「……ほんとだ」

京太郎「てことはやっぱり……首夜叉が……」

和「ですから、そんなオカルトはありえませんよ」

京太郎「でも現に首夜叉のものとしか思えない音が……」

和「んー」

和「暗示的なものでの集団催眠かもしれませんね」

京太郎「……どういう事だ?」

和「この手帳はただの手記とは思えないような、読むものを怖がらせる行間や間の開け方をしています」

和「そもそも出だしからして読む者の興味を惹きつける一文ですからね」

京太郎「確かに……」

和「無意識のうちに何らかの暗示にかけられるような仕掛けがあるのかもしれません」

和「そして読んだ者は催眠状態になり、首夜叉の存在を感知してしまう」

和「これらはデカルトによって言われている事ですから、オカルトではありません」

京太郎「……なら、この状況は放っておいてもいいのか?」

和「それもどうでしょう。ここまで強烈な暗示ですから」

和「ストレスで胃に穴が空くように、質量を持たないはずの人間の心理状態が肉体に異変をきたすのはよくある話です」

和「もしこのままにして首夜叉が訪れてしまったら、心臓発作でも起こるかもしれません」

京太郎「それこそ……リングウイルスや貞子みたいに、呪い殺されるみたいなものか」

和「まあ突飛な話ですけどね」

京太郎「なら、俺たちはどうすればいいんだ?」

和「んー」

和「そうですね……。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ってところですか」

京太郎「……え?」

和「この手帳を読んで、首夜叉がやったとしか思えない状態という物語から、私たちの元に首夜叉が生まれたわけです」

和「なら、首夜叉がやったわけではない。という事にし、首夜叉の存在を否定すればいいんじゃないでしょうか」

京太郎「それってつまり……」

和「はい」






和「この殺人事件の謎をーーーーーー解くんです」





.

京太郎「ちょっと待てよ。もしこれがただの創作で首夜叉が行なった話で なら、真犯人はいない。って事になるんじゃないのか?」

和「そうですね。まあ真犯人がいれば、創作でない。という可能性も生まれるわけですが」

和「けれど、別に真実を探る必要はありません」

和「私たちで「首夜叉はいない」と納得できる推理ができれば、それで催眠状態は解けるはずです」

京太郎「な、なるほど……」

京太郎「でも無理だろ。これはどう考えても首夜叉か、じゃなきゃなんかの化け物の仕業だ」

京太郎「まず、男の死体が見つかる。これは圭介のものだろ」

京太郎「そして、女の死体。これは真奈美か香苗のものだ」

京太郎「だから死体じゃない方が犯人かと思いきや、台所で真奈美と香苗の生首が見つかる」

京太郎「容疑者全員が死んでるんじゃ、お手上げじゃないか」

和「そうでもありません。ミステリーでは稀にある話です」

和「有名どころではアガサクリスティの「そして誰もいなくなった」ですね」

京太郎「そして誰もいらなくなった?」

和「そして誰もいなくなった。ですよ、知らないんですか?」

京太郎「……ミステリーは疎くて」

和「はぁ……。咲さんが熱弁してると思ったんですけどね」

和「UNオーエンを名乗る者によってインディアン島に集められた10人の男女が、童謡に沿って一人ずつ殺されいき、最後に残った一人も何者かに殺される。という話です」

京太郎「ちょっと待て。みんな殺されるのか?」

和「はい」

京太郎「みんないなくなるなら、犯人がいないじゃないか」

和「いいえ、ちゃんと犯人はいますよ」

京太郎「でもみんな死んでるんだろ?」

和「はい」

京太郎「……どういうトリックがあるんだ?」

和「それは自分で読んで確認してください」

和「とにかく、登場人物みんな死んでしまう。というミステリーは存在するし、トリックもあります」

和「だからこの話も、何らかのトリックが隠されている可能性があります」

京太郎「なるほど……」

京太郎「で、そのトリックって?」

和「それを今から考えるんですよ」

和「まず状況を整理すると、深夜10時に「私」と三人はほほ同じ頃に二階に行き、六つある部屋にそれぞれ泊まった」

和「深夜2時に「私」がなんとなく目が覚めて居間に降りると、全裸の男の首なし死体」

和「トイレに駆け込むと全裸の女の首なし死体」

和「台所に向かうと、真奈美と香苗の生首」

京太郎「なあ、ふと気になったんだけど、なんで首を切ったり服を剥いたりしたんだ?」

和「服はわかりませんが、首無し死体はミステリー小説でよく使われるのは「死体入れ替わりトリック」ですね」

和「所持品や服から被害者Aと思われる首なし死体が見つかるが、実はそれは殺害後Aの服を着せられたBの死体だった。という感じのものです」

和「あとは身元を隠す目的ですね」

和「首がなければ、誰かわからりませんから」

京太郎「なるほど……でもこの場合はどっちにも当てはまらないんじゃないのか?」

和「というと?」

京太郎「だってそもそも服を着てないんだから入れ替わりは起きないし、身元も結局真奈美と香苗の生首が見つかってるんだら、残った男の遺体も圭介のものだってわかるんじゃないのか?」

和「そうですね」

京太郎「そうですねって……ダメじゃないか」

和「私はあくまで例をあげただけですよ。他に何かの理由があるのかもしれないし、ないのかもしれません」

京太郎「ない……?」

和「はい」

和「もしかしたら、すでに山小屋にやってきた異常性癖の脱獄死刑囚がいて、部屋の中の物陰に隠れていて、皆が寝静まった頃に殺して服を剥いた。という可能性です」

京太郎「それは……でも誰もいないことは確認したんだろ?」

和「誰も泊まっていない事だけを確認するのに、わざわざ物陰を確認する人はいませんよ」

京太郎「なら……それが真実なんじゃないか?いまのところ納得できるし……」



ぺたん



京太郎「……!」

和「階段を上がってきていますね」

京太郎「い、いまの推理のなにがダメなんだよ!?」

和「だって……脱獄して雪山を歩き山小屋についたなら、真っ先に暖炉にあたるじゃないですか」

和「なら三人が着いた時、そこには火がつきっぱなしの暖炉があるはずです。でもそんな奇怪な状況が起きていた様子を語ってはいませんから」

京太郎「そんな……」



ぺたん



ぺたん



京太郎「じゃあ誰が犯人なんだよ!?」

和「んー」

和「大きく分けて問題点は三つ」

和「まず、首を切られ服を剥かれた死体の状況」

和「そして、「私」を除いたら容疑者が三人しかいないのに三人とも死んでいると思われていること」

和「最後に、もう一体あるはずの女の死体と、圭介の首が台所にない事」

京太郎「台所にないこと?」

和「ええ」

和「真奈美か香苗か……ここは「美久磨遺体」としましょう。美久磨遺体はトイレにあり、その周辺ではもう一人の美久磨遺体は見つかりませんでした」

和「つまり美久磨さん達は離れた場所で殺害されたか、もしくは殺害されたあと、トイレとそこから離れた場所に置かれました」

和「それなのに、わざわざ首は並べてある。それならもう一人の圭介の首も並べるべきじゃないですか?」

京太郎「そう言われると、そうだけど……」

京太郎「わかった!」

和「?」

京太郎「犯人がわざわざ首を切った理由も、真犯人もわかった!」

和「本当ですか?」

京太郎「ああ」

京太郎「多分、犯人は美久磨姉妹のどっちかで、生首は、圭介の生首にカツラを被せるなりなんなりして自分と誤認するようにしたんだ!」

和「んー」

和「さすがに無理がありませんか?」

京太郎「なんでさ!」

和「確かにあの状況で生首だけでカツラでも被せられてついでに化粧でもされたら、間違えるかもしれません」

和「けれど、「私」によると、二人はそっくりなんですよ?いくらパニック状態だったとしても、もう片方の生首も並べられたら、似ていない事に気付きません?」

京太郎「でも、他に解釈が……」



ぺたん



ぺたん



京太郎「……!」

京太郎「だんだん近づいてきてる……!」

和「でも、いい線をいっているかもしれません」

京太郎「え……?」

和「首と身体を切り離し、一人の死体を二人分の死体に見せかけた……」

和「生首が両方美久磨姉妹のものなら、圭介が生きていて犯人」

和「でも、圭介の身体は見つかっている」

和「んー……」

京太郎「まずい、もうすぐそばまで首夜叉が……」

和「首夜叉……」

和「……」

和「……!」

和「わかりました」

京太郎「……え!?」

和「犯人が、わかりました」

和「犯人は、鉢屋圭介です」

京太郎「まてよ和。圭介の遺体は居間で……」

和「あれは圭介の遺体ではありません」

和「真奈美か香苗か……恐らく真奈美のものでしょう」

京太郎「え?でも見つかったのは男性の遺体で……」

京太郎「……まさか」

和「そのまさかです須賀君」






和「美久磨真奈美は……男性だったんです」




.

京太郎「……ちょっとまて」

京太郎「それは今までの解釈で一番無理があるんじゃないか?」

京太郎「真奈美が女装した理由はなんなんだよ」

和「それこそ、首夜叉伝説のせいです」

和「首夜叉は15、16歳の男児を狙う。そして、美久磨家当主の老婆は迷信深い」

和「ならーーーーーー美久磨家の跡取りの男児が首夜叉に狙われないよう、その期間だけ女装させていた。という可能性です」

京太郎「んな……」

和「それに「私」の記述によると、真奈美は低くか細い声で相槌しかうっていません」

和「それは男性である自分の声を聞かれないようにしたのではないでしょうか」

京太郎「なるほど……それなら辻褄があうな」

京太郎「けど、動機は?圭介が美久磨姉妹……いや、兄妹を殺害した動機」

和「まあ、恐らくはお家騒動ですね。美久磨家が一番の名家で鉢屋家が二番手。跡取りの美久磨兄妹を殺害することで下克上を狙ったんだじゃないでしょうか」

京太郎「でも、鉢屋圭介の仕業だってバレないか?美久磨真奈美が男だってのは、「私」と首夜叉は騙せても、警察は騙せないだろ」

京太郎「なら、山小屋で美久磨兄妹の身体と生首が見つかる。それなら一緒にいたはずなのに山小屋からいなくなってる、鉢屋圭介の仕業ってすぐにわかるじゃないか」

和「……須賀君は部屋の外に首夜叉がいるとして、ノックしてきて部屋の鍵を開けますか?」

京太郎「開けないな」

和「恐らく「私」もそうだったと思います。そんな天岩戸に閉じこもった者を殺害するなら……山小屋に火でもつけるんじゃないでしょうか」

京太郎「?けどそれがどう繋がって……」

和「仮に火をつけられたとして、「私」は部屋からでて殺されるか、そのまま焼け死ぬか」

和「そしてそのまま「私」の首を狩って持ち出してしまえば、後に残るのは男二人と女一人の焼死体。男の一方には首が見当たらない」

京太郎「……まさか」

和「確か……「私」と圭介は身長が同じくらい。でしたよね」

京太郎「圭介は、「私」の首なし焼死体を作り上げて、自分と誤認させようとした。っていうのか!?」

和「それならば、犯人が誰かもわかりません。なぜなら美久磨兄妹と鉢屋圭介は遺体なのですから」

京太郎「なるほどな……」

和「ま、恐らく真相はこんなものですね。これでハッキリしました」






和「首夜叉はいません」キリッ











コンコン






京太郎「!?」

和「!?」

京太郎「の、ノックの音が……」

和「今の解釈が、間違っていたんですか……?」

和(いえ……推理自体は、恐らく間違っていないでしょう)

和(なら、まだ解けていない謎がある?)

和(この手帳の中に、謎が……)ペラペラ

和(……違う)

和(まさか、手帳自体に……?)

和(……まさか!)ペラペラ

京太郎「和……?」

和「……できすぎています」

京太郎「……は?」

和「この手帳はできすぎです」

京太郎「それってどういう……」

和「そして誰もいなくなった形式は、みんな死んでしまうため、犯人は告白文のようなものを残します」

和「読者に真相がわかるように」

和「そしてこの手帳も、それと同じようなものなんです」



コンコン



和「この手帳を読み返しましたが、気づいたことがあります」



コンコン



和「この手帳には」



コンコン






和「「彼」「彼女」「少年」「少女」という代名詞が使われていないし、香苗が真奈美の妹と書かれていても、真奈美が香苗の姉と書かれていないし、この二人を姉妹とも表現していません」






コンコン






和「真奈美を女性と表記する部分が全くない、意図的に地の文へとフェア性を取り込んだ手帳なんです」






京太郎「それって、どういう……」



和「事件の渦中にいる人間かこんな事をするわけがありません」



コンコン



和「真相を知っている人間にしかできません」



ガチャ






和「つまり、これを書いたのは……「私」が書いたという体で書いたのは、鉢屋圭介です」

京太郎「……」

和「……」

京太郎「ノックの音が……」

和「止みましたね」

和「恐らくこれが、この手帳の真実なんでしょう」

京太郎「鉢屋圭介が、この手帳を書いた。自分の行なった事件を、ミステリー形式で」

京太郎「でもそれだと、矛盾しないか?鉢屋家のために美久磨兄妹と殺して自分を死んだことにしたのに、真相がわかるようにフェアにした記録を書くなんて」

和「恐らくは動機の解釈自体が間違っていたのか、すでに数年経ちこの山奥の村がなくなって鉢屋家も消えたから、これを書いても問題なかった。といったところでしょう」

和「なんにせよ、首夜叉がいなくて、犯人もこの手帳が生まれた理由もわかった事に変わりはありません」

京太郎「なるほどな……」


和「やっぱりーーーーオカルトはありませんね」


和「それさておき須賀君。漫画の続きを貸してください。超鈴音との戦いの続きが気になるんです」

京太郎「あ、ああ。わかった」



京太郎(ほんとに、オカルトを否定さる事で撃退しやがった……)



京太郎(そんなオカルトはありえません。か)




京太郎(無敵の言葉だな)




カンッ

これで終わり

和が怪奇現象に遭ったら。という話を書きたかっただけです。なので作中の事件や推理に関しての矛盾があってもスルーしてもらえれば私のガラスの灰皿のように繊細な心は傷つかずに済みます

……






竜華「……」

竜華「あ、一斉送信したメールから獅子原さんから返信きたわ」

竜華「……」

竜華「んー。なるほどな」

竜華「五決の縁でメアド交換しといてよかったわ」

竜華「獅子原さんの後輩が知ってたみたいやな」

竜華「スタペリア人形の行方を」

竜華「……」

竜華「うん。わかっとるよ」

竜華「大切な明華お姉ちゃんを守るためやもんな」

竜華「スタペリア人形の首飾りは手に入れたるわ」

竜華「任せとき」



竜華「エミリアちゃん」



……






由暉子「そういえば」

情報屋「ん?」

由暉子「私は情報屋さんのことを何も知りませんね」

情報屋「自分語りが苦手で、語ってないからのう」

情報屋「……まあ君とは長い付き合いだ」

情報屋「少しくらい私のことを語っておこう」

情報屋「私は実は本州の生まれでな。小さな村の旅館の長男で跡取りだったが、幼い頃からその旅館に何か言い知れぬ不気味さを感じたのだ」

由暉子「不気味さ……ですか」

情報屋「うむ」

情報屋「何か……得体のしれぬ憎悪と怨念がひしひしと染みついている」

情報屋「それが怖くて逃げ出し、北海道までやってきて、こうして生活しているのだ」

由暉子「本州生まれですか」

由暉子「そういえばイントネーションには東北弁を感じますが……」

情報屋「バレたか」

情報屋「私の生まれは、岩手県ーーーーーー」



情報屋「狐鈴音村だよ」


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