奈緒「シンデレラガールズ」 (503)

世界観はオリジナルですが、プロダクション名は346プロです。

あと、あらかじめ自白しておくと、アイドルとの出会いの場面はデレステをパク―――オマージュしてます。

ご了承ください。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1492168345



第1話 はじまりはいつも突然に



―――ある春の日の休日。


その日、あたし、神谷奈緒は、友達と映画を観に行くために待ち合わせをしていた。


奈緒「あいつ、おっそいなぁ……」

???「―――待たせたな」

奈緒「やっとかよー、遅かったじゃんか。ったく、なにやってんだ。ほら、行くぜ。つぎの上映、はじまっちゃ―――って、友達じゃねえし! アンタ誰だよ⁉」



スネーク?「俺の名は―――ス○ーク」



奈緒「嘘つくんじゃねえよ!」

スネーク?「いいセンスだ」

奈緒「やかましいわ! 背広を着たスネー○がいるか! なんか声低くしてるけど全然似てねえし!」

偽スネーク「ばれたか……その通り、俺はスネ○クじゃない。よくぞ見破った!」

奈緒「見破るも何も現実にス○ークいねぇから! お前……さてはティッシュマンだな⁉ いらねーってのにティッシュねじ込む気だろ!」

偽スネーク「ふっ、そうぞうりょくがたりないよ。俺、ティッシュ持ってますか?」

奈緒「あ、確かに……なんだ、違うのかよ? まぎらわしいな……。じゃあ、飲み屋の勧誘とか?」

偽スネーク「ぶっぶー。残念ながら飲み屋の勧誘でもありませーんっ」

奈緒(うぜっ!)

奈緒「はーあ……待ち合わせ場所、変えるか……。こんなのにつきまとわれたら、キリないしな。じゃあ、そーゆーことで」



偽スネーク「アイドルやってみませんか?」



奈緒「なんだ急に⁉」


偽スネーク「どうですか? アイドル?」

奈緒「……えっ、アイドル? アイドルって……あの……アイドル? めちゃめちゃ可愛い服着て、LIVEする、あの……アイドル?」

偽スネーク改めP「ああ。何を隠そう、この俺はアイドル事務所のプロデューサーなのさ!」

奈緒(こ、こいつがプロデューサー?)

P「そして……君をアイドルにスカウトしたい!」

奈緒(あ、あたしをアイドルに? そ、それって、あたしがめちゃめちゃ可愛い服着て、LIVEするってことだよな……。あたしがそのアイドルに……………………はっ⁉)

奈緒「いや、いやいやいやっ、そんなワケねぇし。あたしがアイドルに勧誘されるワケないよな。話がうますぎる。はいはい、でたよ、そのパターンな」

P「なんだパターンって……言っておくが俺は本物のプロデューサーだぞ。……こ、この後だって、ザギンでスーシー食べる予定だし」

奈緒「なんか急にそれっぽい業界用語使い出した! 怪しさ倍増だわ! あと、それを言うならスーシーじゃなくてシースーだろ⁉」

P「あ、やべ間違えた⁉」

奈緒「あーもうっ、絶対だまされないからなっ。いや、だまされないってか信じない!」

P「自分を信じるな! 俺を信じろ! お前が信じる俺を信じろ!」

奈緒「グレン○ガンか! だからあんたのこと信じてねぇんだよ! てゆーかホントだとしても無理に決まってんだろ!」

P「無理なんかじゃない! 君にはアイドルの見込みがある!」


怪しい男が、あたしの目を真っ直ぐに見てそう言い放った。
その言葉を聞いて、若干心が揺さぶられるあたし。


奈緒「……見込みあるって、本当? それ、本気で言ってんのか?」





P「いや、勢いで言っただけだ」





奈緒「正直だな、あんた! そこは黙っとけよ、口下手か!」

P「しまった、つい本音が……!」

奈緒(駄目だこいつ……一瞬信じたあたしが馬鹿だった!)


奈緒「付き合ってられるか! あたし、もう行くからな!」


男に背を向け、歩き出すあたし。……だが男は諦めていなかった。



P「あ、アイドルになれば、可愛い格好もできますよ!」



奈緒「!」


その言葉に、またしても揺れるあたしの心。気が付けば歩みはその場で止まっていた。


奈緒(可愛い……格好? え、それって、テレビで見るような……ああいう服、着られたりする感じ? あ、あたしに似合うかな………………じゃなくて!)

奈緒「いや……べ、べつに可愛いカッコとか……興味ねぇし……き、興味ねぇから! ホントだから!」

P「あとサイリウムコーデも着られますよ!」

奈緒「それは絶対嘘だろ⁉ あんたの事務所はプリ○ラにあんのかよ!」

P「と、とにかく話だけでも聞いてください! お願いします!」


男があたしに頭を下げてくる。


奈緒(……。…………ここまでされると、あれじゃないか? 話聞くくらいなら、してやるべきじゃないか? だってほら、可哀想じゃん。こいつ、頭まで下げてるんだし、このままどっか行くのは人としてさ。けっして、あたしがアイドルに興味があるとかじゃなく)

奈緒「はぁ……仕方ないなぁ。友達も来ないし、話ぐらい聞いてやるよ。いや、関心とかないけどさ。これはその……人助けだから!」

P「ありがとうございます! では……」



P「へい、タクシー!」



奈緒「なにタクシー停めてんの、あんた⁉」

P「話をするなら、うちの事務所に来てもらった方が早いから」

奈緒「ざけんな! 友達と待ち合わせてるって言っただろ! そんなとこまで行けるか!」

P「じゃあ、そっちはキャンセルということにしてもらえませんか?」

奈緒「なんでだよ! そんなの――」

友達「お待たせ―、奈緒」

奈緒「なんでこのタイミングで来た⁉」

友達「へ? 何が? ところでその人、誰?」

P「実はかくかくしかじかで――」

友達「え、奈緒をアイドルに⁉ すごいじゃん! 映画なんていいから行ってきなよ、奈緒!」

奈緒「いや、いいからじゃなくて! あたし、今日は映画観に来たんだけど⁉」

友達「私、応援してるよ!」

奈緒「なんか応援された! あたしやる気ないのに!」



友達「プロデューサーさん、奈緒は素直じゃないんですよ」

P「あ、な~る。そういうことですか」

奈緒「余計なこと言うな!」

P「では奈緒さん、事務所へ行きましょうか」

奈緒「行かないって言ってるだろ⁉ 2人とも人の話聞いてないのか⁉」

友達「まあまあ、映画は私が代わりに観とくからさ」

奈緒「映画観るのに代わりとか無くね⁉」

友達「入場特典はちゃんとあとであげるから」

奈緒「……え、いいのか? いやぁ、なんか悪いなぁ」

奈緒(まあ、特典が貰えるんならいいかな? 映画は後で見ればいいし)

P「では話もまとまったようだし、タクシーに」

奈緒「オッケー!」


あたしは男と一緒にタクシーに乗り込んだ。


P「じゃあ、346プロまでレッツゴー!」


そしてタクシーが動き出した瞬間―――あることに気付く。


奈緒「……ん? いや待て。あたしたちもう高校生だから、特典とかもらえないだろ!」


あたしが観ようと思っていた映画は、特典配布をするのは中学生まで。

神谷奈緒、現在高1もうすぐ高2。
友達、現在高1もうすぐ高2。
……もらえるわけがなかった。


友達「ばれたか……ま、もう遅いけどね。奈緒、頑張ってねー!」

奈緒「あとで覚えてろよ!」



―――タクシー内


奈緒「くそぅ……」

P「あ、そういえば……」

奈緒「何だよ……?」

P「お名前教えてもらってもよろしいですか?」

奈緒「神谷奈緒! しばらくほっとけ!」



―――346プロ前


P「ここが俺の事務所、346プロだ」

奈緒「ホントに来てしまった……」

P「どうだい? 結構大きいだろ?」

奈緒「確かにでかい……けど、それよりも気になることがあるんだけど」

P「何?」

奈緒「なんでこんなに建物が並んでるんだ?」

P「ああ、あっちにあるのは寮だ」

奈緒「寮?」

P「346プロに所属するモデルとか役者とかが住んでるんだよ。一応、アイドル寮もある」

奈緒「へー」

P「で、目の前にあるのが本社ビル。隣のは夏に完成予定の新本社ビルだ」

奈緒「ほー」

P「アイドル部門の事務所は、本社ビルの3階にある」

奈緒「このビルの3階か。これだけでかいビルなんだから、その事務所も広いんだろ?」

P「……そうだよ」


男は露骨に目を逸らした。


奈緒「おい、正直に言え」

P「……346プロはアイドルだけじゃなく、モデル部門とか、役者部門とかに分かれてるんだ。だからアイドル部門の事務所はこのでっかいビルのうち……一部屋だけ」

奈緒「え、こんだけでかいビルの、たった一部屋なのか?」

P「ひ、一部屋って言っても、わりと広いんだ。まあ、それ以外にもレッスン室とかあるし」

奈緒「ふーん、ビル内にレッスン室なんてあるのか」

奈緒(あたしもアイドルになったら、そこでレッスンするのかな。…………なるって決めたわけじゃないぞ⁉ か、勘違いするなよな! い、いや、誰に言い訳してんだ、あたし)

奈緒「と、ところでさ、あんたさっきから敬語とタメ口が混ざって気持ち悪いんだけど。どっちかにしてくれ」

P「オッケー、分かったでござる」

奈緒「新たに珍妙な喋り方すんな!」

P「冗談冗談。じゃ、これからは普通に喋ることにするわ。いやー、なんか堅苦しいの苦手なんだよな、俺」

奈緒「よくそれでプロデューサーが務まるな、あんた」

P「ふっ、まあな」

奈緒「いや、褒めてないんだけど」





凛「―――プロデューサー?」





奈緒「ん?」



P「よ、凛。今来たとこか?」

凛「うん、そうだよ。……プロデューサー、その子は?」

P「うちの新人アイドルだ」

奈緒「ああ! あたしは新人アイドルの―――って違う⁉ まだアイドルやるなんて言ってないだろ! 話聞きに来ただけだ!」

P「ふっ、『まだ』ということは、これからやると言うってことだろ?」

奈緒「ただの言葉の綾だから! そんな『分かってるぜ』みたいな目でこっち見んな!」

凛「プロデューサー、もしかしてスカウトしてきたの?」

P「そういうことだ」

凛「……珍しいね。スカウトなんて、全然してなかったのに」

P「あれが終わって一段落したことだし、そろそろ新戦力が増えてもいい頃だと思ってな」

凛「確かに、ずっと3人だったしね」

奈緒(……あたしにはよく分からん話をしてる)

凛「はじめまして、私は渋谷凛。あなたは?」

奈緒「あたしは神谷奈緒。まだアイドルやるかは分かんないけど、よろしくな」

凛「うん、よろしく」

P「奈緒、凛のことは知ってるだろ? 今、絶賛売り出し中だからな」

奈緒「え?……ま、まあな」
 
奈緒(凛……渋谷凛か。……え、えぇっと………………)


あたしは懸命に自分の中のアイドルの記憶を辿った。

……だが、出てきたのはアイドルアニメの映像だけだった!


凛「知らないなら知らないって言っていいよ。別に気にしないから」

奈緒「……悪い。正直知らない」

P「むぅ……まだまだ営業努力が足りないか」

プロデューサーが若干悔しそうな顔をしている。凛本人より、こいつの方が気にしてるな。

凛「プロデューサー、ここで立ち話していても仕方ないし、事務所に入ってもらおうよ」

P「それもそうだな。さ、行くぞ奈緒」

奈緒「……さっきから気になってたけど、あんた随分馴れ馴れしいよな」




―――346プロ アイドル部門


P「おはようございまーす」

ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん。あ、凛ちゃんも一緒だったの?」

凛「うん。おはよう、ちひろさん」

ちひろ「おはよう、凛ちゃん。……? プロデューサーさん、そちらの方は?」

P「うちの期待の新人です」

奈緒「だから勝手に決めんな!」





卯月「え、新人さんですか⁉」

未央「突然すぎてびっくり仰天だよ⁉」





奈緒「あ、いや、ちが―――」

卯月「わー、この人がそうなんですね!」

未央「この事務所にも、ついに新人が入ってきたんだね!」

奈緒「いや、だからまだ新人とか――」

卯月「私、島村卯月って言います。これからよろしくお願いしますねっ♪」

奈緒「え⁉ いやこれからって――」

未央「私は本田未央。気軽に未央様って呼んでね」

奈緒「分かった未央さ――って呼ぶか! それだと、あたし家来みたいだろ!」

P「あ、俺のことはビッ○ボスでいいぞ」

奈緒「いつまでそれ引っ張るんだ! 呼ぶわけねぇだろ!」

卯月「私は卯月でいいですよ」

奈緒「だから呼ぶわけ――いや、普通の呼び方だった⁉ じゃ、じゃあ卯月はそう呼ばせてもらうな」

卯月「はいっ♪」

奈緒(この子、唯一の癒しだな……)

P「なんだよ、卯月だけひいきかよ……」

未央「世知辛い世の中だ……」

奈緒「ひいきとかじゃなくね⁉ あんたらの要求がおかしいだけだから!」


未央「ま、冗談はさておき、あなたの名前なんて言うの?」

奈緒「……神谷奈緒。奈緒でいいよ」

未央「そっか。よろしくね、かみやん♪」

奈緒「なんだその呼び方⁉ 奈緒でいいって言ったよな⁉」

凛「未央は人をあだ名で呼ぶのが好きなんだよ」

未央「そそ、しぶりんの言うとおり」

奈緒「しぶりん?」

卯月「凛ちゃんのことですよ。ついでに言うと、私はしまむーです」

奈緒「な、なるほど……かみやんは冗談じゃなかったのか」

奈緒「それでえーと、あなたは?」

ちひろ「私は346プロダクションの事務を担当している、千川ちひろと申します。神谷さん、よろしくお願いしますね」

奈緒「あ、はい。よろしくです」

P「さて、紹介も済んだことだし……奈緒、これから一緒にアイ活頑張ろうな!」

奈緒「おう!」

奈緒(よーし、目指すはトップアイドル―――)

奈緒「って、いやいやいやいやいや! あたしまだアイドルやるなんて言ってないだろ⁉ なんでやることになってるんだよ! ていうかこれ言うの何度目だ⁉」

未央「おぉ、中々のノリツッコミ!」

P「だろ? アイドルの素質あると思うんだ」

奈緒「ツッコミで分かる素質は芸人のじゃね⁉」

P「ま、とにかく話をさせてくれ。奈緒、そこのソファに座って」

奈緒「さっきからあたし、アイドルやる気どんどん無くなっていってるぞ……」

P「じゃあ率直に聞くが……アイドル、興味はあるか?」

奈緒「いや、無いって」

P「本当に?」

奈緒「ああ」

未央「本当に?」

卯月「本当ですか?」

凛「……本当?」

奈緒「詰め寄って来んな! あー、もうっ! ほ、ホントはちょっと……き、興味あるよ!」

P「やれやれ……最初から正直に言おうぜ?」

奈緒「うるせぇよ!」

P「で、アイドルに興味があるんなら、やってみないか?」

奈緒「いや、でも……」

卯月「やりませんか?」

凛「やらない?」

未央「やろうよ!」

奈緒「だからなんで詰め寄ってくるんだ!」


P「さてどうしたものか…………あ、そういえばさっき……」

奈緒「? なんだよ?」





P「奈緒、可愛い衣装着てみたいか?」





奈緒「か、可愛い衣装⁉ そ、そんな……そんなの、べ、別に着たくなんかないし! な、ないからな、ホントに! 何言い出してんだ急に!」

P「ふーん…………未央、『あれ』を持ってきてくれ」

未央「オッケー!」

奈緒「あれ?」

未央「はい、お待ちどう!」

P「サンキュー。さあ奈緒、このア○カツのDVDを今から一緒に観る―――って違う! 未央、なんでこんなもん持ってきてんだ!」

未央「だって『あれ』を持ってこいって」

P「お前の中で『あれ』って言ったらアイ○ツのDVDなの⁉ っていうか、誰だ事務所にこれ持ってきたの!」

凛「プロデューサーでしょ」

P「……あ、そうだっけ」

奈緒「お前かよ!」

P「ま、まあこれは置いといて。未央、持ってくるのは衣装だ」

未央「ならそう言ってよ。どの衣装?」

P「なんでもいい。テキトーに可愛いので」

未央「りょーかい」


―――少し経って


未央「こんな感じのでいい?」

P「ああ、十分だ。……奈緒、これ着たいか?」

奈緒「なっ⁉ そ、そんなこと一言も言ってないだろ⁉ なんなんださっきから!」

P「そうか悪かった。……あっ! 仕事のことで大事な話があるの思い出した。凛、卯月、未央、ちひろさん。ちょっと会議室に」

卯月「え?」

未央「なんでわざわざ会議室に行くの?」

ちひろ「私もですか?」

P「いいから。奈緒、悪いが少し待っててくれないか?」

奈緒「まあいいけど」


暇になったあたしは、部屋の中を眺めた。


奈緒「ふーん……これがアイドルの事務所か……」


視線をあちこち彷徨わせていると……衣装の所で視線が止まる。


奈緒「……衣装……」


扉の方を見る。


奈緒(……うん。……あいつら、まだ戻ってこない……)

奈緒「……ち、ちょっと触るだけなら……いいよな?」


恐る恐る衣装を手に取る。


奈緒「これがアイドルの衣装かぁ……。これ着てライブとかするんだよな……こ、こんな感じ?」


近くにあった鏡の前に移動し、衣装をあててみる。


奈緒「ふふーん、たらららーん♪……な、なーんて、へへっ」



《ガタッ!》



奈緒「⁉」


奈緒(なんだ今の物音⁉ まさか誰かいるんじゃ……⁉)


あたしは動きを止めたまま全神経を耳に集中すると……扉の方から、ひそひそと話し声が聞こえてきた。





P「卯月、音立てるなっ」

卯月「す、すみません」

未央「もう、しまむーったら!」

凛「未央も声が大きいよ」

ちひろ「静かにしないと気付かれちゃいますよ」





奈緒「……」


あたしは、それはもう静かな動作で、衣装を側にあるテーブルに置き、ゆっくりと扉へ近づいて行った。……よく見ると、少しだけ扉が開いている。


《ガチャッ!》



『あっ』



奈緒「な……な……何してんだ、お前らぁ――――――――っ⁉」

奈緒「ま、ままままさかずっと見てたのか⁉ 会議室行ったふりして、ずずずずっとここで覗いてたのか⁉」

凛「ううん、覗いたりなんてしてないよ」

ちひろ「ええ、そんなことしていません」


この2人、ポーカーフェイスを駆使している……!


P「の、覗くとか、ナンノコトヤラー」

卯月「み、みみみ見てないですよ?」

未央「ぴ、ぴゅーひゅるるー」

奈緒「とぼけるの下手か! 正直に言えっ!」

P「し、正直も何もないけど?」

奈緒(こ、こいつ、まだ誤魔化す気か。なら……!)

奈緒「……卯月」

卯月「は、はいっ⁉」

奈緒「怒らないから、どうか正直に言ってくれ。大丈夫、絶対に怒ったりしないから」

卯月「ほ、本当ですか?」

奈緒「ああ、信じろ。……覗いてた?」





卯月「覗いてました」





奈緒「やっぱり覗いてたんじゃねーか! ふざけんなっ!」


卯月「お、怒らないって言ったのにぃっ⁉」

未央「しまむー、チョロいにもほどがあるよ⁉」

凛「まあ言わなくても、あれじゃバレバレだっただろうけど……」

ちひろ「神谷さん、プロデューサーさんが全部悪いんです」

P「なに罪を俺1人に被せようとしてんですか! ちひろさんもノリノリで覗いてたくせに!」

奈緒「お、お前ら最低かっ! 何考えてんだ⁉」

P「いや、奈緒が衣装着たそうだったから、1人にすれば本心見せるかなーと」

奈緒「そ、それであたしはまんまと……み、見られているのにもかかわらず……あんな……あんな……」

P「思った通り、着たかったんだな」

奈緒「ち、違うっ! そん、そんなんじゃないっ! あ、あれ、あれはその、あれで……き、ききき、着たいとか、そういうんじゃなくて……とにかく違うんだっ!」

P「うんうん(にやにや)」

凛「着たくないんだよね(にやにや)」

未央「分かってる分かってる(にやにや)」

卯月「可愛いですよね、衣装(にまにま)」

ちひろ「ふふ、違うんですよね(にやにや)」

奈緒「そ、そのにやにや笑いを今すぐやめろぉーっ!」



―――数分後


奈緒「もう嫌だ……なんでこんな恥ずかしい目に……」


あたしはソファーで体育座りをしながら、ブツブツとこの世の不条理を呪っていた。


P「奈緒、そろそろ素直になってもいいんじゃないか? アイドル、やりたいんだろ?」

奈緒「……べ、別に、やりたくなんか……」

P「可愛い衣装、着たいんだろ?」

奈緒「そんなの、着たいとか思ってねぇし」

凛「今更それは無理があると思うけど」

奈緒「う、うっさい!」

P「奈緒、ここからは真面目に聞いてくれ」

奈緒「……なんだよ」

P「やりたいっていう気持ちが少しでもあるんなら……アイドル、やってみないか? 俺は、奈緒を本気でプロデュースしたい」


男は、これまで見た中で1番真剣な目をしていた。


奈緒(こいつ、こんな目も出来るのか……)

P「踏み出すのに、勇気がいるのは分かる。でも、一歩踏み出してみないか? 踏み出した先には、新しい世界が広がってるはずだ。俺と一緒に……いや、俺だけじゃないな」


男は卯月、凛、未央、ちひろを見渡してから、告げる。



P「俺たちと一緒に、その先へと進んで行こうぜ。絶対に後悔はさせないからさ」



その言葉に、あたしの心はまた……揺れ動いた。


奈緒「……あんたってさ」

P「ん?」

奈緒「口下手だと思ってたけど、案外口が上手いな」

P「プロデューサーだからな」

奈緒「なんだそれ。……じゃあ今回は、あんたの口車に乗せられてやるか」

卯月「じゃあ、奈緒ちゃん……!」

奈緒「その……ア、アイドル、やらせてもらうよ」

凛「奈緒、ようこそ346プロダクションへ」

未央「歓迎するよ、かみやん♪」

P「これでうちの4人目のアイドル誕生だな」

奈緒「4人目? 卯月、凛、未央、あたし……え、これで全員? 少なくね? 今この場にいないだけで、もっといるのかと思ってたんだけど」

P「うちのアイドル部門、去年新設されたばかりでな。それに色々事情もあったりで、ずっと3人だったんだ」

奈緒「事情って?」

P「……大人の事情だ」

奈緒「出た! 何かを誤魔化すのに便利な言葉、大人の事情!」

P「やかましい! とにかく奈緒、うちに入ったからには大船に乗ったつもりでいていいぞ。必ずお前を立派なアイドルにしてやるからな」

奈緒「……その大船、タイタ○ック号じゃないよな?」

P「いや、サント・ア○ヌ号かな」

奈緒「それアニメだと沈むんだけど⁉」





―――あたしの出会いと波乱に満ちたアイドル生活は、こうして幕を開けたのだった。




第1話 おわり

とりあえず、1話終わりです。
2話以降もちょいちょい上げてこうと思います。

第2話 可憐な彼女は花蓮のように



―――???


奈緒「……ふにゅう……ふぁ……あれ?」


目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。


奈緒「ここどこだ⁉ あたしの部屋じゃないし!」


《ガチャ―――》


未央「かみやん、朝からどしたの?」

奈緒「未央⁉ なんで……あー、そっか。あたし、昨日から寮に入ったんだっけ」

未央「ははーん、さてはかみやん、寝ぼけてたね?」

奈緒「なんかそうみたいだ。顔洗って目を覚ますよ」

未央「そうしなよ。朝ごはんもう準備できてるからさ。食堂に来てね」

奈緒「ああ、分かったよ」



―――346プロ アイドル寮 食堂


奈緒「うまっ! 未央って料理上手いんだな。なんか意外」

未央「ふふん、これくらいは女の嗜みってやつさね」

奈緒「これからは毎日交代で作ってくんだよな……あたし、ここまで上手く作れないぞ?」

未央「いいって。料理は愛情だから。作る人も食べる人もね」

奈緒「なるほどなー。じゃ、せいぜいたっぷりと愛情を籠めて作ることにするよ」

未央「ラブパワーたっぷり注入してね?」

奈緒「いや、ラブじゃなくてライクだけど。……にしてもこの寮って今、あたしたち2人しかいないんだよな」

未央「そーだよ。かみやんが来るまでは私1人だったんだから。しぶりんとしまむーは実家だし」

奈緒「2人は実家が東京だもんな。わざわざ寮に住む必要ないか」

未央「その点、私たちは千葉だから、寮住まいの方が楽なんだよね」

奈緒「だな。せっかくの寮なのにあたしたちだけっていうのは、少し寂しい気もするけど」

未央「正確には、管理人のおばちゃんもいるけどね」

奈緒「あ、そういやそうか」



―――346プロ アイドル部門


奈緒「おはよーございまーす」

未央「やっぴー」

奈緒「なんだその挨拶」

ちひろ「おはよう、2人とも。未央ちゃん、今日はなんだかご機嫌?」

未央「えへへー、まーね。かみやんが寮に来てくれて、ようやく寂しい1人暮らしから脱却出来たからさ」

ちひろ「ふふっ、そういうことね。奈緒ちゃん、寮は気に入ってもらえた?」

奈緒「いいとこだと思うよ。逆にちょっと落ち着かないけど」

未央「すぐに慣れるって」

奈緒「そーかな。そういえばちひろさん、プロデューサーは?」

ちひろ「まだ来られてないの。多分、遅刻だと思うけど」

未央「たまにするんだよね」

奈緒「あいつ、社会人失格だろ」


《ガチャ―――》


P「うぃーっす」

奈緒「出たな人間失格」

P「出勤早々なんだいきなり⁉」

奈緒「いや、遅刻とはいいご身分だなぁと思ってさ」

P「遅刻じゃないわい! まだ出勤時間には10分も余裕あるんだよ!」

奈緒「え、そうなのか? でもちひろさんが遅刻だって」

ちひろ「プロデューサーさん、今日はいつもより30分早く来ていただくことになっていたはずですが……」

P「……あ、そういえばそうでしたね」

奈緒「やっぱり遅刻じゃんか」



―――数十分後


凛「じゃあ奈緒、私たちは仕事に行ってくるね」

卯月「いってきます、奈緒ちゃん」

未央「かみやんも頑張ってねー」

奈緒「ああ、そっちも頑張れよなー」


《ガチャ―――バタン》


奈緒「で、あたしは何すればいいんだ? やっぱりレッスンするのか?」

P「奈緒は今日、俺と一緒だ」

奈緒「うん? どういうことだよ」

P「ま、とりあえず付いて来てくれ。ちひろさん、いってきます」

ちひろ「いってらっしゃい、プロデューサーさん、奈緒ちゃん」



―――街中


奈緒「言われるがまま付いてきたけど、こんな街中で何するんだ?」

P「じゃ、俺はこっちの方見てるから、奈緒はそっちな」

奈緒「……は?」

P「……」

奈緒「……」

P「……」


無言の時間が流れる。


奈緒「いや説明しろよ! あたし何すればいいんだよ!」

P「何って……なんかいい感じの子を見つけてくれればいいから」

奈緒「なんだそれ⁉」

P「だから、今日奈緒は、俺と一緒に新人アイドルをスカウトするんだよ」

奈緒「なんで⁉ アイドルってスカウトはされても、する方じゃなくね⁉ あんたの役目だろ、それ!」

P「しょうがないだろ。今日、奈緒はレッスンの予定だったんだけど、担当のトレーナーさんが風邪ひいたらしくて来られないんだとさ。だから丸々予定空いちゃったんだよ」

奈緒「マジか……」

P「そして俺も仕事の予定が相手方の都合でキャンセルになっちゃってな。同じく予定が空いた。で、それなら暇人2人でスカウトしに行こうかと思ってな」

奈緒「思ってなじゃないだろ! せめて事前にあたしに伝えろよ!」

P「悪い悪い、ちひろさんが伝えたと思ってたんだ」

奈緒「む……なら、しょうがないか」

P「それで、スカウト手伝ってくれるか?」

奈緒「いいよ、どうせ暇らしいしな」



―――1時間後


ナンパ野郎「へい彼女! 可愛いねー、一緒にお茶しない?」

ギャル「え、何? 悪いけどそういうのお断りだから」


ナンパ野郎が女子高生に声をかけて、撃沈していた。


ナンパ野郎「くっ、失敗か……」


ナンパ野郎――もとい、プロデューサーがそんなことを呟く。


奈緒「……スカウトが? それともナンパが?」

P「スカウトに決まってるだろ!」

奈緒「今の台詞は完全に怪しいナンパだろ! スカウトする気ホントにあるのか⁉」

P「うーむ……もしかして言葉選びが駄目?」

奈緒「もしかしなくても駄目だよ! さっきから1人も成功してないだろ! 話すらまともに出来てないぞ!」

P「むっ、じゃあ次は奈緒がやってみろよ。意外と難しいんだぞ」

奈緒「あ、あたしか⁉」

P「ああ。そして俺の苦労を知れ」

奈緒「なんでそうなるんだ……」

P「じゃあ次にいい感じの子を見つけたらアタックしてみてくれ」

奈緒「まあいいけど……その言い方、ナンパみたいだからやめろよな」

P「……」

奈緒「…………お、あの子とかいいんじゃないか?」

P「どの子だ?」

奈緒「あの子」


あたしの指した先には、街路樹に寄りかかってスマホをいじっている少女がいた。


P「ふむ、確かにいいかもな……」

奈緒「だろ? なんかビビッときたんだ」

P「よし、行け奈緒。俺はここから見守ってるぞ」

奈緒「ついて来ないのかよ!」



―――あたしは、その少女に近づいて声をかけた。


奈緒「なあ、ちょっといいか?」

加蓮「ナンパなら、どっかいってよ。そーゆーの、興味ないから」

奈緒「ちげーよっ! スマホ見てないでこっち見ろ! あたし、女だろ⁉ ナンパなんかするか!」

加蓮「……ん、それもそっか。なら、どちら様?」

奈緒「あたしは神谷奈緒って言うんだけど……あんたをアイドルにスカウトしたいんだ」

加蓮「……スカウト? なにそれ、なんの冗談?」

奈緒「いや確かにうさんくさいかもだけど、マジな話だ。これがプロデューサーの名刺」

加蓮「プロデューサー……?」

奈緒「本人はあれだ。あそこの―――」



P『あ、時限イベ始まってる』



奈緒「なんでスマホゲーやってんだ!」

加蓮「あれがプロデューサー……?」

奈緒「い、一応プロデューサーなんだ。で、あたしはあいつのプロデュースするアイドル」

加蓮「アンタがアイドル? 全然テレビとかで見たことないけど」

奈緒「そりゃそうだ。あたし、先週アイドルになったばっかりだから」

加蓮「……へー、そーなんだ。じゃ、そういうことで」

奈緒「流れるようにこの場から離れようとしないで⁉ 嘘っぽいけどホントなんだって!」

加蓮「……ま、その必死さに免じて信じてあげてもいいけど。でもなんでアイドルのアンタがスカウトしてるの? そういうのってプロデューサーの仕事じゃない?」

奈緒「確かにそうなんだけど……あいつはスカウトの才能がゴミクズなんだ」


P『おい、聞こえてるぞ! 誰がゴミクズだ!』


奈緒「お前はそのまま黙々とスマホゲーやってろ!……で、仕方ないからあたしが代わりにスカウトすることになったんだよ」

加蓮「なるほどね。……でも、なんでアタシなわけ?」

奈緒「なんていうかこう、ビビっときたからかな。なんか、うちの事務所の他のアイドルと似たようなもん感じたんだ」

加蓮「何それ。でも……アタシがアイドルに? ふぅん……アタシがアイドルねー。昔、病院のテレビでよく見てたなー、アイドル番組。ふふっ」

奈緒(病院……?)

加蓮「あ……ごめん。やっぱいいや。名刺、返すよ。アイドルなんて……そんな夢みたいなこと、叶うわけないから。声かけてくれたのは嬉しいんだけどさ、アタシには無理だから」

奈緒「無理って……なんか病気とかなのか?」

加蓮「ううん、今は違うけど……だってアタシ、いろいろ最低最悪でさ……。今はもう、なんか人生諦めムード入ってるんだよね。だから、バイバイ。悪いけど他探して」

奈緒「あ、ちょっと!……行っちゃったし。何かあるのかな、あいつ……」



P「―――やっぱり失敗したか。どうだ、スカウトって難しいだろ?」



奈緒「スマホゲーしてたやつが偉そうに言うな!」




―――346プロ アイドル部門


奈緒・P『ただいまー』

ちひろ「お疲れ様です、2人とも。スカウト、どうでしたか?」

奈緒「駄目。全滅だよ」

P「何人か良さそうな子はいたんですけどね」

奈緒「プロデューサーのおかげで、全員まともに話すらさせてもらえなかったんだ」

ちひろ「プロデューサーさんって、そんなにスカウト下手でしたっけ?」

P「いや、そんなことは無いと思うんですが……」

奈緒「どの口が言うんだ」

P「お前だって1人失敗しただろうに」

奈緒「そうだけど……でもあの子はなんかワケアリっぽかったんだよなぁ」

P「奈緒……言い訳は見苦しいぞ?」

奈緒「あんたホントにむかつくな」

ちひろ「まあまあ」


《ガチャ―――》


卯月「ただいま戻りましたー」

未央「やっぷー」

凛「なにその挨拶」

奈緒「お、みんなお疲れー」

P「どうだった? 今日の仕事、うまくいったか?」

凛「うん、大体は」

未央「しまむーがちょっとこけたくらいかな」

卯月「い、言わないでよぉ、未央ちゃん」

P「大丈夫だ。それはいつものことだから失敗には含まれん」

卯月「プロデューサーさぁん!」

未央「それでかみやんは今日どうしてたの? やっぱりレッスン?」

奈緒「いや、プロデューサーとスカウトしてた」

凛「? なんで奈緒がスカウトなんてしてるの?」

奈緒「レッスンが急に休みになってさ。暇だからプロデューサーに付き合ってたんだ」

卯月「レッスン休みになっちゃったんだ。残念だね」

奈緒「まあなー」

未央「どんまい、かみやん。……そうだ。今日の夕飯、かみやんの好きなもの作ってあげるよ。何がいい?」

奈緒「え、いいのか?」

未央「リクエストしてくれた方が、作りやすいしさ」

P「俺、かつ丼がいい」

奈緒「プロデューサーは関係ないだろ⁉ 勝手に一人で食ってろよ!」

未央「オッケー! じゃ、今日の夕飯はかつ丼ね」

奈緒「それ採用するんだ⁉」



―――翌日


P「奈緒、トレーナーさんはまだ風邪が治らないらしくて、レッスンは今日も休みだ」

奈緒「またか……ま、昨日の今日だし、そうだよな」

P「今日は俺も卯月たちに付いてかなきゃいけないから、奈緒はテキトーに過ごしててくれ。いわゆるオフってやつだ」

奈緒「まだ仕事もしてないのにオフって……あっ、なら今日は映画でも観に行こうかな。この前はどっかの誰かのせいで見られなかったし」

P「……。……ま、まあ好きにしてくれ。じゃ、3人とも行くぞー」

卯月「はい、プロデューサーさん」

凛「奈緒、ちひろさん、いってきます」

未央「かみやん、今日の夕食当番忘れないでねー」

奈緒「ああ、分かってるって。いってらっしゃい」

ちひろ「みなさん、頑張ってきてくださいね」


《ガチャ―――》


奈緒「それじゃ、あたしも行くことにします」

ちひろ「はい、いってらっしゃい奈緒ちゃん」



―――街中


奈緒(今日こそあれを見られる……わくわくが止まらない……!……ん? あいつ……)


視線の先には、昨日あたしがナン――スカウトしようとした少女がいた。


奈緒(昨日の……そういえばあいつとの最後のやり取り……)


『だってアタシ、いろいろ最低最悪でさ……。今はもう、なんか人生諦めムード入ってるんだよね。だから、バイバイ。悪いけど他探して』


奈緒(普通に断られるんならともかく、あれはなんか気になるよな……。あ、そうだ。ちょうど2枚あるし……)


あたしは少女に近づき、声をかける。


奈緒「よ、奇遇だな」

加蓮「? またアンタ……? しつこいんだけど」

奈緒「今日は別にスカウトしに来たわけじゃないって。ホントに偶然通りかかっただけ」

加蓮「どうだか」

奈緒「えっと……そういえば、名前なんて言うんだ?」

加蓮「……加蓮だけど」

奈緒「加蓮か。加蓮は昨日も一人でいたけど、誰かと待ち合わせでもしてるのか?」

加蓮「別に。1人でぶらついてるだけ」

奈緒「へぇ……暇なの?」

加蓮「……その言い方は気に入らないけど」

奈緒「実はあたしも暇なんだ。……あ、良いこと思いついた。加蓮、あたしと映画観に行かないか?」

加蓮「はぁ? なんでアタシがアンタと映画観なきゃいけないの?」

奈緒「どうせ暇なんだろ? ちょっと付き合ってくれてもいいじゃんか。安心しろ、オススメの映画だから」

加蓮「いや、知らないし」

奈緒「1人でいるより、2人のが楽しいって! さ、映画館にレッツゴー!」

加蓮「ちょ、なんなの⁉」


あたしは戸惑う加蓮の手を握り、無理矢理映画館へと引っ張っていった。



―――映画館前


加蓮「ホントに映画館まで引っ張ってこられたし……それで、映画って何観るの?」

奈緒「ふっふっふ……あれだ!」

加蓮「あれって……ま、まさかプ○キュア?」

奈緒「そう! この前観るはずだったんだけど、邪魔が入って見れなかったんだよなぁ」


なぜか、加蓮が可哀想なものを見る目であたしを見てくる。


加蓮「アンタ……その歳でまだプリ○ュアとか見てるの?」

奈緒「う、うるさいな。いくつになっても面白いものは面白いの! ほら、前売り券2枚あるから、代金は心配しなくていいし」

加蓮「ホントにアタシも観るわけ……?」

奈緒「加蓮はプリキュ○見たことあるのか?」

加蓮「昔は見てたけど、今のは全然知らないよ」

奈緒「昔見てたんなら大丈夫。オールスターズだから」

加蓮「なにそれ」

奈緒「ま、観れば分かるって。入ろ入ろ」

加蓮「……なんでこんなことになってるの?」



―――2時間後


奈緒「いやー、やっぱ○リキュアはいいなぁ! 加蓮はどうだった?」

加蓮「まあ、思ってたよりはね。アタシの知ってるプリキュ○も出てたし……なんだか昔を思い出したよ」

奈緒「あたしはもう高校生だから、入場特典のミラクルライトが貰えないのだけが不満だけど……ま、仕方ないか」

加蓮「アンタ本当にプリ○ュアが好きなんだね」

奈緒「まあなー」

加蓮「なんとかライトだっけ。……そういえばアタシはぎりぎり中3だから貰ったけど、これあげよっか?」

奈緒「いいの⁉」

加蓮「いや、アタシいらないし。映画の代金もアンタが払ったんだし」

奈緒「じゃ、じゃあ遠慮なく……やったぁ!」

加蓮「満面の笑みだね、アンタ」

奈緒「はっ⁉ べ、別にそこまで嬉しいわけじゃないし! ほ、ホントだからな⁉」

加蓮「はいはい」

奈緒「さ、さてこれからどうする? 加蓮はどっか行きたいとことかある?」

加蓮「そうだねアタシは……待って。なんでこの後もアンタと一緒に行動する感じになってるの?」

奈緒「いいじゃんか。このまま今日1日、一緒に遊ぼう」

加蓮「あのねぇ……映画に付き合ってあげたんだから、もう十分でしょ」

奈緒「そんな冷たいこと言うなって。加蓮を映画に付き合わせたから、今度はあたしが加蓮に付き合うよ」

加蓮「いや、別にいいんだけど……」

奈緒「遠慮しない遠慮しない」

加蓮「むしろアンタが遠慮しなさすぎだと思うんだけど!」



―――???


奈緒「で、なんだこの店? これ何? プラモの塗料?」


店に置いてあった塗料らしきものを手に取る。


加蓮「何言ってんの? それはマニキュアでしょ」

奈緒「マニキュア……あ、ああマニキュアな! あの……あれだよな!」

加蓮「……アンタもしかして、マニキュア知らないの?」

奈緒「……プ○キュアと関係あったりする?」

加蓮「全然関係ないから。ほら、これ」


加蓮が自分の指を見せてくる。


奈緒「爪?……伸ばしすぎだろ、危ないぞ」

加蓮「アタシの勝手でしょ! そうじゃなくて爪に塗ってあるやつ! これがマニキュアなの!」

奈緒「あ、そっちか。へー、これ自分でやったのか?」

加蓮「まあね。一応、ネイルはアタシの趣味だから」

奈緒「ネイルか……なんか聞いたことあるかも」

加蓮「聞いたことあるって……アンタ本当に女子高生なの?」

奈緒「れっきとした女子高生だよ! ネイルしてない女子高生だっていっぱいいるだろ!」

加蓮「マニキュアをプラモの塗料と間違えるのはそんなにいないと思うけど」

奈緒「……よくあることだろ、多分」

加蓮「いや、まず無いから」



―――某ファーストフード店


加蓮「あ~、この体に悪い感じ、たまんない♪」

奈緒「マッ○ポテト食ってそんな感想言うやつ、初めて見た」

加蓮「アタシもその歳でハッピー○ット頼む人、初めて見たけどね」

奈緒「い、いいだろ別に。ハッ○ーセットのおもちゃはここでしか手に入らないんだから」

加蓮「ふぅん……」

奈緒「そ、それより加蓮は○ック好きなのか?」

加蓮「マ○クっていうか……いわゆるジャンクフードが好きなの」

奈緒「へー、ジャンクフードねぇ……」



―――カラオケボックス


奈緒「加蓮は何歌うー?」

加蓮「まずアンタが歌っていいよ。どうせアニソンだろうけど」

奈緒「決めつけんなよ!」

加蓮「違うの?」

奈緒「……当たりだけどさ」

加蓮「やっぱりそうなんじゃん。で、何歌うの? やっぱりプリキュ○?」

奈緒「だから決めつけんなよ! あたしが歌うのは君の知らな○物語! だからプリ○ュアは加蓮に譲る!」

加蓮「アタシは別にプリ○ュアとか歌いたくないんだけど⁉」

奈緒「ドキ○リのOPでいい?」

加蓮「良くないから。それ知らないし、歌えないから」

奈緒「ぴっぴっぴと……よし」

加蓮「ねぇ、勝手に曲入れないで」



―――公園


あたしと加蓮は、公園のベンチで小休止していた。

奈緒「あー、歌った歌った」

加蓮「結局、一日中アンタと一緒って……」


加蓮は小さくため息をついた。


加蓮「あのさ……」

奈緒「ん?」

加蓮「どうしてアタシのこと引っ張りまわすわけ?」

奈緒「どうしてって……一緒に遊びたかったからだけど」

加蓮「だから、なんでそんな風に思うのかって訊いてるの。アンタとは友達でもなんでもないでしょ」

奈緒「え……」

加蓮「あ、いや、うん、もう友達かも。だからそんな悲しそうな目で見るのやめて」

奈緒「べ、別にそんな目では見てないけど、あたしはもう加蓮のこと友達だと思ってるからな」

加蓮「あっそ……じゃあ訊き方変える。なんで今日、アタシにまた話しかけたの? あの時点では、友達でもなんでもないでしょ?」

奈緒「それは……ちょっと、加蓮のことが気になって」

加蓮「え、アンタそういう趣味……やっぱり昨日のはナンパ……⁉」

奈緒「そういう気になるじゃねーよ!」

加蓮「じゃあ、何が気になったわけ?」

奈緒「昨日、なんか言ってただろ? 最低最悪だの、人生諦めムードだの」

加蓮「ああ、そういえばそんなこと言ったっけ……」

奈緒「それに加蓮の目。つまんなそうっていうか、寂しそうっていうか……そんな感じの目だったからさ」

加蓮「……ふぅん。やっぱり、そういうことか」

奈緒「? なんだよ、やっぱりって」

加蓮「つまり、そんな可哀想に見えたアタシを哀れんだってことでしょ? ホント……そういうの、もういい加減にしてほしいんだけど」

奈緒「な、なに急に不機嫌になってんだ、加蓮」

加蓮「アタシ、もう行くから」

奈緒「は?」

加蓮「もうアンタに付き合う気はないって言ってんの。じゃ、ばいばい」


そう言うと、加蓮はベンチから立ち上がった。


奈緒「いやいやいや! 『じゃ』じゃないだろ! 待てよ、加蓮!」


加蓮を行かせまいと、あたしはその手首を掴む。


加蓮「手、離して。もうアンタの顔見るだけでイライラするから」

奈緒「なんだそれ! あたし、何か怒らせるようなこと言ったか⁉」

加蓮「いいから離せって言ってんでしょ!」

奈緒「そんなこと言われて離すわけないだろ! 今手を離したら、あたし、加蓮と喧嘩したまま別れることになるじゃんか!」


加蓮「は、はぁ? 別にいいでしょ、それで。もう会うこともないんだし」

奈緒「いいわけあるか! せっかく仲良くなったのに、このままサヨナラなんて、絶対に嫌だからな!」

加蓮「! あ、アンタ……」

奈緒「そ、それに……あ、そうだ、スカウト」

加蓮「す、スカウト?」

奈緒「そう、スカウト! あたしのスカウト、まだ終わってないぞ! 加蓮には346プロでアイドルやってもらうんだ。逃げられてたまるか!」

加蓮「なに勝手に決めてんの⁉ やらないって昨日言ったでしょ⁉」

奈緒「実は今日一緒に遊んだのも、スカウトのためなんだからな」

加蓮「さっき『あ、そうだ』って聞こえたけど⁉ 今考えたでしょ、それ!」

奈緒「そうだよ、今考えたよ!」

加蓮「開き直った!」

奈緒「あたしが加蓮と今日一緒に遊んだのは、スカウトとか関係ない! それに……哀れんだわけでもない! いや、最初に話しかけた時は、正直そういう気持ちもあったかもだけど、そんなの映画観た辺りでなくなった! ただ一緒にいて楽しかったから、一緒に遊びたかったんだ!」

加蓮「た、楽しかった……? そんな理由……?」



奈緒「友達と一緒に遊ぶ理由なんて、それで十分だろ!」



加蓮「! アンタ、本当に友達って……」

奈緒「思ってるって言っただろ」

加蓮「……。…………ふふっ。そっか、分かった。アンタ、相当な変わり者なんだ」

奈緒「え、その言い方は酷くない?」

加蓮「アンタ……えっと……そういえば、名前なんて言ったっけ?」

奈緒「今日一日一緒にいたのに、あたしの名前も覚えてなかったの⁉ 滅茶苦茶ショックだぞ!」


そういえば一度も名前を呼ばれていないことに気付く。


加蓮「だ、だから、ちゃんと覚えるために、聞いてるんでしょ!」

奈緒「なんでそっちがキレてるの?……神谷奈緒だよ。もう忘れるなよな」

加蓮「神谷奈緒……奈緒ね。うん、今度は覚えた。アタシは北条加蓮」

奈緒「それは知ってる……あ、そういや苗字は聞いてなかったっけ」

加蓮「ちゃんと覚えてよね」

奈緒「よくその台詞言えるな!」



―――加蓮は再び、ベンチへと腰を下ろした。


加蓮「……ねぇ奈緒、ちょっと話付き合ってよ」

奈緒「? いいけど」

加蓮「……アタシさ、小さい頃から病弱で、長い間入院してたんだ」

奈緒「入院……そっか。病院のテレビとか言ってたのって……」

加蓮「そういうこと」

奈緒「今はもう……大丈夫なんだよな?」



加蓮「けほっ、こほっ」



奈緒「大丈夫じゃない⁉」

加蓮「なーんて、今はもう全然平気」

奈緒「おどかすな!」

加蓮「まあ、ちょっと人より体力はないと思うけどね。それでも、日常生活には何ら問題ないし」

奈緒「……なら良かったよ」

加蓮「だけど、やっぱり長いこと入院してたっていうことで、家でも、学校でも、そういう風に見られるんだよ」

奈緒「そういう風?」

加蓮「いまだに病人扱いされるってこと。ホント、勘弁してほしいんだけどね」

奈緒「でも……それは加蓮を心配してるからだろ?」

加蓮「まあ、そうなんだろうけど……。それでもうざったいことに変わりないの」

奈緒「……あ、さっき怒ったのって」

加蓮「そういうこと」

奈緒「そっか……。…………。……じゃあさ、加蓮」

加蓮「何?」


あたしはベンチから立ち上がり、加蓮を正面から見つめて、告げた。



奈緒「一緒にアイドルやろ!」



加蓮「なんでそうなるの⁉」

奈緒「アイドルやって、今の加蓮は全然元気だって、みんなに教えてやればいいじゃんか。 ステージの上で加蓮が歌って踊ってるの見たら、みんなの心配なんて吹き飛ぶって」

加蓮「え、えぇ……? そ、それはそうかもしれないけど……」

奈緒「アイドル、全然興味ない?」

加蓮「なくはその……ないけど」

奈緒「じゃあやろ! あたしはもう、加蓮をそんな目で見たりしない。っていうか加蓮、今日一日あちこちで一緒に遊んで、ずっと元気だったし」

加蓮「で、でもアイドルとかそんなの、アタシには無理だし」

奈緒「なんで? 自分で言ってたじゃんか。今はもう全然平気って」

加蓮「言ったは言ったけど……」

奈緒「……あ、なるほど。ビビってるんだな」

加蓮「……は?」

奈緒「だって、体は平気、アイドルに興味もある、なのにやらないってことは、そういうことだろ?」

加蓮「……」


なんか、加蓮の体がぷるぷると震えている。


奈緒「そうかぁ……ビビってるんじゃ、しょうがないよな。挑戦するの、怖いんだもんな……ぷふっ」

加蓮「(ぶちっ!)」


加蓮から何かがキレたような音が聞こえると、加蓮は勢いよくベンチから立ち上がった。





加蓮「やるよ! やればいいんでしょやれば! アイドルだろうとなんだろうと、そんなの余裕だからっ!」





奈緒「そっか! じゃあ一緒に頑張ろうな!」

加蓮「もち!……はっ⁉ あ、いや、今のな――」

奈緒「よろしく、加蓮!」

加蓮「な、奈~緒~~~っ!」


それからしばらく、あたしと加蓮は公園で追いかけっこを続けた。



―――346プロ アイドル部門


奈緒「というわけで、加蓮連れてきたぞ」

加蓮「ど、どーもー。北条加蓮でーす」

P「というわけって何⁉ なんだその子⁉」

奈緒「ほら、プロデューサー。昨日あたしがスカウトした子だよ」

P「え? あー、そういえば昨日の子だな」

加蓮「そういうあなたは、昨日のスマホゲーの人ですよね?」

凛「スマホゲー?」

P「……いや、それはなんのことだか分からんが。え、でもなんで? 奈緒、お前今日は映画観に行ったんじゃなかったのか?」

奈緒「行ったよ。加蓮と一緒に」

P「いつの間に交友関係を⁉」

卯月「奈緒ちゃん。つまり奈緒ちゃんがその子をスカウトしてきたっていうこと?」

奈緒「あー、まあそうなるのかな」

未央「すごいね、かみやん! プロデューサーは数か月かかってようやく2人目だったのに、かみやんは2日で1人スカウトしちゃったよ!」

P「うぐぅっ⁉」

凛「奈緒、プロデューサーより全然スカウトの才能あるよ」

P「うぐぐぅっ⁉」

ちひろ「これは社長に報告案件ですかね」

P「俺が無能って報告する気ですか⁉ 勘弁してください!」

奈緒「それでさ、プロデューサー。加蓮のこと、あたしが勝手にスカウトしてきちゃったけど……大丈夫かな?」

P「……まあ、俺もその子は良いと思ってたしな。その子がアイドルやる気あるって言うなら、こっちは大歓迎だ」

奈緒「良かったぁ。連れて来といて駄目だったら、どうしようかと思ってたんだ」

加蓮「えっと……じゃあアタシ、ここでお世話になっていいのかな?」

奈緒「ああ。加蓮はもう、あたしたちの仲間だ」

加蓮「じゃあ……みなさん、これからよろしくお願いします!」


奈緒「よろしくな、加蓮」

凛「私は渋谷凛。これからよろしくね、加蓮」

加蓮「うん。よろしくね、凛」

卯月「島村卯月です。卯月って呼んでくださいね」

加蓮「卯月、よろしくね。私のことは加蓮でいいよ」

ちひろ「事務員の千川ちひろです。何か困ったことがあったら、いつでも私に言ってくださいね」

加蓮「はい。その時はよろしくお願いします、ちひろさん」

未央「私は本田未央! 気軽に未央様って呼んでね!」

加蓮「オッケー、未央様」

未央「ホントに呼んでくれた⁉ うぁーっ、でも実際呼ばれるとくすぐったい! 普通に未央って呼んで!」

加蓮「ふふっ、分かったよ、未央」

P「あ、俺のことはビッ○ボスでいいぞ」



加蓮「オッケー、ボ○ブラック」



P「ホントに呼んでくれ――てない⁉ なんか違う! それじゃ俺、缶コーヒーじゃん!」

奈緒「呼んでもらえて良かったな、缶コーヒーP」

凛「その呼ばれ方、似合ってるよ」

P「嘘つけ! そのにやけ顔はなんだ! うぅ……もう普通にプロデューサーって呼んでくれぇ」

加蓮「ふふっ、りょーかい、プロデューサー」



―――数日後、346プロ アイドル寮 玄関


奈緒「なんだ、この大量の荷物⁉」

加蓮「やっほー♪」

奈緒「加蓮⁉」

未央「かれん、これどうしたの?」

加蓮「私も今日から、ここに住むんだー」

奈緒「そんなの聞いてないぞ⁉」

加蓮「だって言ってなかったし。驚いた?」

奈緒「そりゃ驚くわ! ていうか加蓮、実家東京だろ? わざわざ寮に住む必要あるのか?」

加蓮「だってここのが事務所に近くて楽だしさ。それに奈緒と未央が一緒なら、退屈しなさそうだしね」

奈緒「退屈って……」

未央「私は寮に人が増えるのは大歓迎だよ。よーし、今日はかれんの歓迎会だー!」

奈緒「あたしの時はそんなのやってなくね⁉」

加蓮「じゃあまとめてやろうよ。2人分の歓迎会をさ」

未央「いいねー、そうしよ!」

加蓮「あ、でもその前に荷物運ぶの手伝ってくれない? さすがに一人じゃきつそうだから」

未央「うん、任せて。さ、かみやんも早く!」

奈緒「分かってるよ。まったく……」

奈緒(なんだか、楽しくなりそうだな)

加蓮「ん? 何か言った?」

奈緒「何でもないよ。さ、とっとと運ぼうぜ」

加蓮「よろしくね、奈緒。私、応援してるから!」

奈緒「おっけ、任せろ!……いや、お前も運べよ!」

加蓮「えぇー……だって重いじゃん」

奈緒「あたしだって重いよ! ほら、そっち持て!」

加蓮「しょうがないなぁ……」

奈緒「……言っとくけどこれ、加蓮の荷物だからな? 手伝ってるの、あたしだからな?」

加蓮「はいはい。ありがとありがと」

奈緒「感謝がおざなり!」



未央『2人とも、喋ってないでテキパキと運んでよー!』



奈緒「すぐやるよー。……じゃ、行くぞ加蓮」

加蓮「うん、りょーかい」



第2話 おわり

第3話 スタートライン


―――346プロ アイドル部門


P「奈緒、加蓮、今日は重大発表がある」

奈緒「どうしたんだ、改まって」

加蓮「重大発表って?」

P「実はな―――」



P「ついに、ソロデビューが決定したんだ!」



加蓮「ソロデビュー⁉」

奈緒「ま、マジで⁉」

P「マジだ! だから2人とも――」



P「卯月たちが事務所に戻ってきたら、お祝いしてやってくれ!」



奈緒「あたし達じゃないのかよ!」

加蓮「……ま、そりゃそうだよね。私、まだ事務所に入って1週間だし」

奈緒「プロデューサー! わざと期待させるように言ったな⁉ 一瞬期待しちゃっただろ! これが大人のやることか!」

P「ちょっとしたお茶目だ」

奈緒「……なあ、頼むから一発殴らせてくれ」

P「お、落ち着け奈緒。確かにまだ奈緒と加蓮のデビューは決まってないが、既に準備は進めてる。早いうちに伝えられるはずだ」

奈緒「ホントかよ……?」

P「俺のこの目を信じろ」

奈緒「あんたの目、なんか濁ってるんだよな……」

加蓮「うんうん」

P「……とにかく信じてくれ。さすがにこんな嘘つかないからさ」

奈緒「分かったよ。まああたしたち、まだデビューできるほどの実力がついたとは思えないしな」

加蓮「だね。気長に待つよ」

奈緒「でもさっきみたいのはもうやめろよな。次やったらマジで殴るぞ」

P「肝に銘じておきます」



加蓮「それよりさ、卯月たちのソロデビューはホントなんでしょ?」

P「ああ。今までは卯月、凛、未央の3人でnew generationsとしてユニット活動していたんだが、そろそろ新しい可能性を模索してもいい頃だと思ってな」

奈緒「それでソロデビューか。でもニュージェネはどうするんだ?」

P「もちろん、これからも今までと変わらず活動してくよ。ソロ活動も始めるだけで、ニュージェネをやめるわけじゃないからな」

奈緒「そっか。良かった」

P「というわけだから……3人が戻ってきたら、これ鳴らしてくれ」

加蓮「これ、クラッカー?」

奈緒「おい、誕生日じゃないんだぞ」

P「じゃ、よろしくな。俺はケーキの用意してくる」

奈緒「誕生日かっ!」

ちひろ「それだけ嬉しいんですよ。プロデューサーさん、担当するアイドルのこととなると、自分のことのように喜びますから」

加蓮「へぇ、プロデューサーにも可愛いとこあるんだね」

ちひろ「ふふっ、きっと奈緒ちゃんと加蓮ちゃんがデビューする時も、同じようなことをすると思いますよ」

奈緒「ま、マジですか……?」

加蓮「でもさ、祝ってもらって悪い気はしないよね」

奈緒「……ま、それもそうだな」



―――それからしばらくして


凛「ただいまー」


《パンパンッ!》


凛「⁉ な、なに⁉」

未央「まさか、事務所が襲撃を受けたの⁉」

卯月「うえぇ⁉」


P・奈緒・加蓮・ちひろ『ソロデビュー決定おめでとー!』


凛「あ……」

未央「……なるほどね。またプロデューサーのあれか」

卯月「びっくりしましたよぉ」

P「さあ3人とも、ケーキのろうそくの火を吹き消してくれ」

奈緒「だから誕生日かっ!」

加蓮「まあお祝い感はあるし、いいんじゃない?」

未央「じゃあ3人一緒に」

卯月「吹き消そう!」

凛「うん、そうだね」

卯月・凛・未央『ふぅ~』



《カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!》



卯月「ひゃぁ⁉」

凛「ちょっと、プロデューサー! なんで写真撮るの⁉」

P「いいだろ、記念だ」

未央「それにしても撮りすぎじゃない⁉」


P「じゃあちひろさん、ケーキ切るのお願いできます?」

ちひろ「はい、お任せください」

凛「まったくもう……」

加蓮「そういえばさ、ソロデビューの日っていつなの?」

凛「プロデューサーから聞いてないの?」

奈緒「今日のあいつは凛たちを祝うことしか頭に無かったからな。細かいことは聞いてないんだ」

凛「……まったく、プロデューサーは」

未央「来週の日曜にニュージェネのライブをするんだけど、その時に発表するんだー」

卯月「それで、そのまま一緒に曲も披露することになってるんだ」

奈緒「へぇ、サプライズってやつか」

未央「ふふーん、そういうこと!」

加蓮「頑張ってね、みんな。私たち、ライブ応援に行くからさ。ね、奈緒」

奈緒「ああ、行くっきゃないよな」

卯月「わぁ……! ありがとう、2人とも!」

凛「応援に来てもらえるのは嬉しいけど……でも、加蓮と奈緒はレッスンがあるんじゃない?」

奈緒「……あ」

加蓮「そういえば……」

奈緒「……プロデューサー!」

P「なんだ?」



奈緒「ライブ行きたいから、レッスン休みにしてくれ!」

P「いいぞ」



奈緒「いいんだ⁉ わりとヤケクソ気味だったんだけど!」

加蓮「随分あっさりだね」

P「ライブを観るのも、勉強になると思うからな。ルキちゃんには俺から言っとくよ」

奈緒「サンキュー、プロデューサー! あたし、初めてあんたを見直したよ!」

P「……なあ、俺のこと今までどう思ってたんだ?」



―――翌日、街中


加蓮「今日の夕飯の買い出しかぁ……カップラーメンじゃ駄目?」

奈緒「手抜きしようとすんな! そんなことしてたら、いつまでたっても料理上達しないだろ!」

加蓮「ちぇ~、なんで寮って当番制なの? 出来る人がやった方が良くない?」

奈緒「だったら加蓮は何するんだよ」

加蓮「私は……ネイルとか?」

奈緒「うん、とりあえずその係は今いらない。あたしも未央もネイルしてないだろ」

加蓮「これからすればいいじゃん。爪も伸ばしてさ」

奈緒「でも爪伸ばすとゲームやりづらいんだよなぁ」

加蓮「奈緒さぁ……もう少し女子力上げたら?」

奈緒「今のあたしは女子力低いと⁉」

加蓮「少なくとも、現役女子高生の平均よりは下かな」

奈緒「えぇ……? けっこうショックでかいぞ……ん? なんだ?」



『なあ、一緒にお茶ぐらいいいじゃんか』

『だから、そういうのお断りって言ってるでしょ! もうあっち行って!』

『そんな冷たいこと言わんでもよくね?』



加蓮「なんか……女子高生が絡まれてるっぽい?」

奈緒「加蓮、一応聞くけどあれ、スカウトしてるんじゃないよな?」

加蓮「いや、普通にナンパでしょ」

奈緒「やっぱそうだよなぁ……。じゃあ、ちょっとでしゃばるか」

加蓮「え、ちょっと奈緒?」



あたしはナンパしてる2人に近づいた。


奈緒「あんたたち、その辺にしとけって」

男A「なんだお前?」

男B「急に出てきやがって。邪魔だ、あっちいけ」

奈緒「いや、その子嫌がってるっぽいじゃんか。もうやめときなって」

JK「あなた……」

奈緒「いいか? あたしが、あんたたちにいいことを教えてやるよ」

男A「いいこと?」

男B「なんだってんだ?」

奈緒「それはな……」



奈緒「嫌がってる子と一緒にお茶しても、気まずいだけだぞ!」



JK「……え、そこ?」

男A「……たしかにそうだ!」

男B「なんで気が付かなかったんだ……」

JK「納得したの⁉」

奈緒「だからナンパするんなら気が合う奴を探した方がいいって。大丈夫、世の中は広いんだからさ。きっといい子が見つかるよ」

男A「お前……いいやつだな!」

男B「よーし、さっそく出会いを見つけに行こうぜ!」

男A「おう!」


男たちはまだ見ぬ出会いへと走り出していった。


奈緒「頑張れよー」

加蓮「何をするのかと思ったら……何してるの、奈緒?」

奈緒「あいつらのナンパがなってなかったから、ちょっと説教を」

加蓮「でしゃばり方おかしくない?」

JK「えぇっと……一応助けてくれたんだよね。ありがと」

奈緒「大したことしてないよ。……あれ? あんた、どっかで会ったことないか?」

JK「え?」

加蓮「ちょっと、なに奈緒までナンパみたいなこと言ってるの?」

奈緒「いやそうじゃなくてさ。確かどこかで―――」



その時、あたしの頭に先日のある一場面が浮かんだ。


P『へい彼女! 可愛いねー、一緒にお茶しない?』

ギャル『え、何? 悪いけどそういうのお断りだから』



奈緒「―――思い出した! 前にプロデューサーがスカウトしようとした子だ!」

加蓮「え、そうなの?」

JK「プロデューサー? スカウト?……なんの話?」

奈緒「覚えてないか? 1週間くらい前に、背広を着た怪しい奴にナンパされただろ?」

JK「……あー、そういえばそんなことあったかも」

奈緒「あいつ実はアイドル事務所のプロデューサーでさ。あの時は、あんたをスカウトしようとしてたんだよ」

JK「え、そうだったの? てっきりナンパだと思ったんだけど」

加蓮「プロデューサー、どんなスカウトしたの……?」

奈緒「それであたしたちは、一応あいつのプロデュースするアイドルなんだ。まあアイドルって言っても、まだ初めて1ヶ月も経ってない新人だけどな」

JK「へぇ、そうなんだ」

奈緒「あたしは神谷奈緒。で、こっちが」

加蓮「北条加蓮だよ。よろしくね」

美嘉「アタシは城ケ崎美嘉。2人とも、よろしく☆」

加蓮「……ん? 城ケ崎美嘉? あなた、どこかで見たことがあるような……」

奈緒「それはもうあたしがやったんだけど」

加蓮「そうじゃなくて。……あっ、モデルの城ケ崎美嘉! 雑誌で見たことある!」

奈緒「えっ、モデル⁉」

美嘉「あはは、うん。まあ一応モデルやらせてもらってるよ」

加蓮「一応なんてもんじゃないでしょ。カリスマJKって呼ばれるくらい人気なのに」

奈緒「そうなのか?」

加蓮「女子ならみんな知ってるって! 奈緒はもっと女子力磨きなよ!」

奈緒「美嘉のこと知らないくらいで、そこまで言わなくてもいいだろ⁉」

美嘉「ま、まあまあ落ち着いてよ」

加蓮「あ、ごめん」

奈緒「わ、悪い。でも美嘉はモデルなのか……じゃあアイドルとか元から無理だったな」

美嘉「無理? アタシ、アイドルやってみたいんだけどな」

奈緒「え?」



―――346プロ アイドル部門


奈緒「というわけで、美嘉連れてきたぞ」

美嘉「どーもー、城ケ崎美嘉でーす☆」

P「というわけって何⁉ なんかデジャヴなんだけど!」

奈緒「ほら、プロデューサー。この前あんたがスカウトしようとした子だよ」

P「え? あー、そういえばあの時の子だな」

美嘉「あ、この前のナンパの人だよね。ホントにプロデューサーだったんだ」

凛「ナンパ? プロデューサー、どういうこと……?」


ナンパという単語に、凛の目が妖しく光った。


P「……。……いや、それはなんのことだか分からんが。え、でもなんで? まさか加蓮に続いてまた――」 

卯月「奈緒ちゃんがこの子をスカウトしてきたってこと?」

奈緒「いや別にスカウトってわけじゃないけどさ。美嘉、アイドルやりたいらしいんだ」

凛「それスカウトだよね」

未央「すごいね、かみやん! プロデューサーはこの前かみやんをスカウトしたのが半年ぶりの成果だったのに、かみやんは2週間もかからずに2人スカウトしちゃったよ!」

P「うぐぅっ⁉」

凛「もうプロデューサーより、奈緒がスカウトを担当したほうがいいんじゃない?」

P「俺の仕事を奪うような提案するなよ!」

ちひろ「これは社長に報告案件ですね」

P「なんでいちいち報告しようとするんですか⁉ お願いですから勘弁してください!」


プロデューサーがちひろへ土下座をしていると、美嘉が卯月たちを見て声を上げた。


美嘉「あっ! ニュージェネの3人じゃん! えっ、ここってニュージェネの事務所だったんだ!」

奈緒「え? 美嘉、卯月たちのこと知ってるのか?」

美嘉「そりゃ知ってるよ。だってニュージェネって言ったら、この前のスターライトステージで新人ユニット賞獲った3人だよ?」

奈緒「……スターライト? なんだそれ?」

加蓮「スターライト……えっ⁉ そうだったの⁉」

美嘉「え、同じ事務所なのに知らなかったの?」

加蓮「私、最近はアイドル番組見てなかったから……そっか、そうだったんだ」

奈緒「え、何の話?」

P「奈緒はスターライトステージ知らないのか?」

奈緒「知らない。……スターライトブ○イカーと関係あったりする?」

P「欠片も関係ねぇよ!」



P「いいか? スターライトステージって言うのは、1年に一回だけ開かれるアイドルたちの祭典だ。その1年で目立つ活躍をしたアイドルたちがそれぞれライブを行って、その年のナンバーワンアイドルを決めるんだよ」

奈緒「へぇ……じゃあ、それで未央たちはナンバーワンになったのか?」

未央「……古傷を抉ってくるね、かみやん」

奈緒「え?」

卯月「あはは……そんなに前のことじゃないけどね」

凛「私たちの順位は5位。1位にはなれなかったんだ」

奈緒「そ、そうだったのか、悪い」

凛「別にもう終わったことだし、気にしてないよ。……来年は絶対に勝つから」

奈緒「滅茶苦茶気にしてる!」

加蓮「でも、5位でも十分凄いよ。私、全然知らなかったなぁ」

P「別に黙ってたわけじゃないんだけどな」

奈緒「……ん? じゃあ新人ユニット賞って言うのはなんなんだ?」

P「それは順位とは別で、1年間の活躍に与えられる賞なんだよ」

奈緒「そんなのもあるのか」

P「お前、何にも知らないのな……」

奈緒「うっさいな! しょうがないだろ! そ、それよりプロデューサー、美嘉をうちの事務所に入れてくれるのか?」

P「ん? まあ一度俺もスカウトしてるしな。こっちは大歓迎だ」

美嘉「じゃあみんな、これからよろしくね☆」

卯月「はい!……なんだか私、事務所がどんどん賑やかになってきて、嬉しいです!」

未央「だね、今月だけで3人だもん」

凛「私たち3人しかいない期間が長かっただけに、感慨深いよね」

加蓮「大丈夫、まだまだ増えてくよ。奈緒がどんどんスカウトするだろうからさ」

奈緒「いや、あたしにスカウトの権限ないから! それプロデューサーの役目だから!」



―――その日の夜 アイドル寮 奈緒の部屋


奈緒「……なあ、なんであたしの部屋に集まるんだ?」

加蓮「だって未央、奈緒、私の順に部屋が並んでるんだから、真ん中の奈緒の部屋に集まるのが一番いいでしょ?」

奈緒「どの部屋でも大して変わらないと思うけどなぁ」

未央「それにかみやんの部屋って、漫画とかいっぱいあって退屈しないもんね」

奈緒「あたしの部屋は漫画喫茶じゃないぞ!」

加蓮「奈緒―、紅茶ちょうだい」

奈緒「自分で淹れろよ!」

加蓮「えぇー……じゃあいいや」

奈緒「いいのかよ……。……それにしても、未央たちがスターライトステージなんてのに出てたなんてな」

未央「まあ、かみやんが事務所に入る前にも、色々頑張ってたわけですよ。……でも、もうその話はやめない? まだそんなに日が経ってないから、悔しさがけっこう残ってるんだ」

加蓮「未央もなんだ……」

未央「そしてしまむーもね」

奈緒「そっか、なんかごめんな」

未央「ううん、別にいいって」


奈緒「じゃあ話変えるけど……美嘉が事務所に入っても、寮は3人のままか」

加蓮「美嘉は東京に住んでるんだから、わざわざ寮に入ったりしないでしょ」

奈緒「それは加蓮もだろ」

加蓮「私はここの方が楽なんだもーん」

未央「そういえば美嘉ねーって、妹がいるらしいよ」

奈緒「妹? それって未央じゃなくて?」

未央「私はただニックネームで呼んでるだけだって。そうじゃなくて本物の妹。美嘉ねーとその子、すっごい仲良しみたいだから、寮に入ったりはしないんじゃないかな」

加蓮「妹かー。いいなー、私一人っ子なんだよね」

奈緒「あたしもだ」

未央「私は兄と弟がいるよー」

奈緒「え、マジで?」

加蓮「てっきり未央も一人っ子かと思ってたよ」

未央「なんか分からないけど、よく言われるなーそれ」

奈緒「じゃあ未央は妹であり姉でもあるのか……一粒で二度美味しいな」

未央「私はグ○コじゃないよ⁉」

加蓮「ほら未央、加蓮お姉ちゃんが飴あげるよー」

未央「わーい!―――って喜ばないから! なにいきなりお姉ちゃんぶってるのさ!」

加蓮「せっかくだから、姉の気分を味わってみたくて。ちょっと付き合ってよ」

未央「えぇ……結構恥ずいよ、それ」

加蓮「それ未央、飴ちゃんとっておいでー! ぽいっ!」

未央「わーい!」

奈緒(なんだかんだ言っても、ちゃんと付き合ってやる辺り、さすがだよな……)

未央「―――ってこれ妹っていうより犬じゃん!」

加蓮「あはは、ごめんごめん。そういえばさ、私犬も飼いたいんだよね」

奈緒「残念ながら、この寮はペット禁止だぞ」

加蓮「じゃあ未央、次は犬を――」

未央「もうやらないよ!」

加蓮「ちぇ~」

未央「まったくもー……あ、でもそういえばしぶりんが犬飼ってるよ」

奈緒「凛が?」

未央「ハナコって言うんだ。もうしぶりん溺愛してるの」

奈緒「溺愛って……なんか想像つかないな」

加蓮「凛って、ペットの前だと性格変わるタイプなのかな」

未央「しぶりんとハナコの写真あるよ。えーと……これこれ」

奈緒「凛、めっちゃ笑顔だ!」

加蓮「へー、いつもクールなのに、ペットの前だとこんな感じなんだ」

未央「意外でしょ?」



―――渋谷家


凛「くしゅん!……風邪かな?」

ハナコ「キャンキャン!」

凛「ハナコ、心配してくれてるの?」

ハナコ「キャン!」

凛「ふふっ。ありがとね、ハナコ」



―――翌日、346プロ レッスン室


奈緒「今日からは美嘉も一緒にレッスンか」

美嘉「2人とも、よろしくね☆ それでさ、レッスンって何するの? やっぱりダンスしたり、歌ったり?」

加蓮「うん、大体そんな感じかな。あとは基礎体力をつけるトレーニングとか」

美嘉「へぇ、そんなのもやるんだ」

ルキトレ「やるんですよー」

美嘉「わっ⁉ び、びっくりしたー……」

加蓮「やっほー、ルキちゃん」

美嘉「ルキちゃん?」

加蓮「ルーキーのトレーナーだから、ルキちゃん。私たちと同じで新人なんだよ」

美嘉「あ、そうなんだ。……え、本名は?」

奈緒「そういえば聞いてないな……」

ルキトレ「別にルキちゃんでいいですよ。プロデューサーさんすら、そう呼んでますし」

美嘉「じゃあ、ルキちゃん☆」

ルキトレ「はい。あなたが城ケ崎美嘉ちゃんですよね? ふっふっふ、今日からバシビシいきますから、覚悟してくださいよ……!」

美嘉「は、はい……ん? バシビシ?」

加蓮「ルキちゃん、ビシバシじゃない?」

ルキトレ「あぅっ⁉……間違えたぁ」

奈緒「威厳が無いのに威厳を出そうとしても、無理な話だぞ。0.1秒でボロが出てるし」

ルキトレ「うぅ……やっぱりまだ私はお姉ちゃんみたいには無理だなぁ」

美嘉「お姉ちゃん?」

加蓮「ルキちゃんのお姉さんって3人いるんだけど、みんなトレーナーなんだよ。その中でも一番上のお姉さんは、ルキちゃんとは違って威厳ありありらしいよ」

ルキトレ「いつか、お姉ちゃんのようになるのが私の目標なんです……!」

美嘉「そっか……頑張ってね、ルキちゃん☆」

ルキトレ「はい!……あっ⁉ 今日のレッスン内容書いた紙、更衣室に忘れちゃった⁉ ご、ごめんなさい、ちょっと取ってきます!」

奈緒「……目標に届くのは、当分先になりそうだな」



―――レッスン休憩 346プロ 廊下


あたしは1人、自販機の前に立っていた。


奈緒(くっそー、『ジャンケンで負けた奴が飲み物買ってくることにしよう』とか言わなき
ゃ良かったなぁ。まさかあたしが負けることになるなんて……言い出しっぺは損だな)

奈緒「……あれ? そういえば買ってくる飲み物決めてなくないか?……あたしたち、バカなのか? どうしよっかな、色々あるけど……うーん……」



???「すみません。悩んでいるのでしたら、先に買わせてもらってもよろしいですか?」



奈緒「え? あ、すみません、どうぞどうぞ」

???「ありがとうございます」

奈緒(……え、この人抹茶買ったよ)

???「実はさっきからのどが渇いていて、ずっと飲み物が欲しかったんです」

奈緒「そうでしたか。でも抹茶とは渋いですね」

???「ふふ、少し苦いですけど、慣れれば美味しいですよ。だから私、最近抹茶にはまっちゃってるんです」

奈緒「へぇ、抹茶にはまっちゃ―――」

奈緒(え、まさか今のダジャレ?……いや、そんなこと言うような人には見えないし、偶然か)

???「あなたは……どこかの新人さんですか?」

奈緒「あ、はい。この前アイドル部門に入った、神谷奈緒って言います」

???「アイドル部門……そんな部門あったかしら?」

奈緒「なんか、半年前くらいに出来たばっかりみたいですね」

???「ああ、そうだったの。アイドル部門……アイドル……」

奈緒「あの、どうかしましたか?」

???「あ、いえ、なんでもありません。では」

奈緒「あ、はい。……なんか不思議な人だったな。凄い美人さんだったけど。さて、飲み物どうしようかな………………抹茶でいいか」



―――レッスン室


美嘉「ちょっと奈緒! なんで抹茶なんて買ってきてるの⁉」

加蓮「ジャンケン負けたからって、これは酷くない? 罰ゲームじゃないんだからさ……」

奈緒「いや、自販機の所で会った人が美味いって言っててさ。2人とも、抹茶飲んだことあるのか?」

加蓮「無いけど……」

美嘉「そういえば、アタシも無いなぁ」

奈緒「だったら飲んでみなくちゃ苦いかなんて分かんないだろ? 意外と美味いかもだぞ?」

加蓮「えぇー……ホントかなぁ?」

美嘉「じゃあ、試しに飲んでみる?」

奈緒「飲め飲め。文句は飲んでから言えって」

加蓮「しょうがないなぁ」





奈緒・加蓮・美嘉『…………苦っ⁉』



―――レッスン後 346プロ廊下


加蓮「ほら奈緒。きびきび歩く」

美嘉「早くしないと置いてくよー」

奈緒「くぅう……なんであたしが2人の分の荷物まで持たなきゃならないんだ……」

加蓮「あんなもの私たちに飲ませてくれたんだから、当然の罰でしょ?」

美嘉「うんうん。まだ口の中に苦みが残ってるんだからね」

奈緒「だから悪かったって何度も謝ったじゃんかー」

加蓮「事務所までなんだから、そんなかからないでしょ。さ、行くよ」

奈緒「うぅ……いつもより廊下が長く感じるなぁ……」



―――346プロ アイドル部門事務所


奈緒「やっと着いたー!」

加蓮「お疲れ、奈緒」

美嘉「運んでくれてありがとね☆」

奈緒「持たせといてよく言うよ……」

???「おかえりなさい、奈緒さん」

奈緒「あ、ただいま―――ってさっき自販機のとこで会った人じゃん⁉ なんでいるの⁉」

加蓮「自販機……?」

美嘉「っていうことは、この人が抹茶の人?」

???「抹茶の人……? いえ、私は高垣楓と申します」

美嘉「あ、これはどうもご丁寧に。アタシは城ケ崎美嘉って言います」

奈緒「ちひろさん、どういうことなんだ?」

ちひろ「いえ、それがですね―――」


《ガチャ》


P「戻りましたー」

楓「おかえりなさい」

P「あ、ただいま―――ってどちら様ですか⁉」

未央「なになに? どうしたのプロデューサー?」

卯月「あ、なんだか凄く綺麗な人がいます!」

凛「本当だね……誰だろう?」


P「え、えーっと……はじめまして、私はこの事務所のプロデューサーをしている者です」

楓「あ、そうでしたか。私は高垣楓と申します」

P「高垣さんはうちの事務所に何かご用が?」

楓「実は私、346プロのモデル部門に所属しているのですが……」

P「ああ、高垣さんはモデル部門の方でしたか」

楓「はい。ですがこの度、アイドル部門に異動したいと考えていて……」



P「これから一緒に頑張りましょう、楓さん!」



奈緒「即決かよ!」

楓「では、異動しても大丈夫なのでしょうか? まだモデル部門の上の方には伝えていないのですが……」

P「大丈夫です。そんなもんどうとでもなります」

奈緒「おいプロデューサー、ホントに勝手に決めちゃっていいのか?」

P「いいんだよ。楓さんが来たいって言ってくれてるんだから」

奈緒「いや、でもモデル部門の上の人の許可とかいるだろ」

P「まあいるだろうけど……あ、そうだ。モデル部門と言わず、社長の許可取ってくりゃいいんだ。俺、ちょっと行ってくるな」

奈緒「いや、やめとけよ! 社長に直訴とか下手すりゃクビだぞ!」

加蓮「……もう行っちゃったよ」

奈緒「……あいつとも今日でお別れか」



―――30分後


P「楓さんの異動、OKだってさ」

奈緒「許可取れたの⁉ あんた、意外にデキるやつなのか⁉」

P「うちの社長は話が分かる人だからな。楓さんの意思を尊重してくれたんだ。アポなしで突然会いに行ったからぶん殴られたけど」

奈緒「うちの社長バイオレンスだな!」

P「楓さん、そういうわけなので、これからはアイドル部門所属になります」

楓「ありがとうございます、プロデューサーさん。私のためにわざわざ……」

P「いえいえ。アイドルのために尽力する、それが私の仕事ですから」

楓「まあ……さすがはプロデューサーさんですね」

P「いやぁ、それほどでもないですよ。あっはっはっは」





凛「……プロデューサー、年上が好きなの?」





P「どうした急に⁉」

凛「随分嬉しそうだったから」

P「そりゃ所属アイドルが増えたら嬉しいだろ」

凛「ふーん……」


凛が少し不機嫌になっている。



――少し離れた位置で


加蓮(……あれ? 凛ってもしかして……)

未央(あ、気付いた?)

美嘉(え、そうなの⁉ 意外……)

奈緒(え、何の話?)

卯月(凛ちゃんがプロデューサーさんのことを好きだって話だよ)

奈緒(へー、そうなのか……)



奈緒「えぇぇぇぇぇええええええええええええええええ⁉」



P「奈緒⁉ どうした⁉」

奈緒「おま、お前、凛……えぇ⁉」

加蓮「あまりの驚きに錯乱してる……」

凛「奈緒、一体どうしたの?」

卯月「あのね―――」

凛「うん。―――なに余計なこと教えてるの⁉」

卯月「だ、駄目だった?」

凛「駄目だよ!」

未央「どうせすぐバレるんだから、いいじゃん」

凛「良くないよ! せ、せめて加蓮と美嘉には……」

加蓮「いや、もう知ってるけど」

美嘉「うん」

凛「なっ⁉……。……2人とも、今知ったことは他言無用のトップシークレットだから。誰かに話したりしたら、絶対に許さないよ……?」

加蓮「怖い怖い怖い! 目が怖いって!」

美嘉「わ、分かった、誰にも言わないから!」

凛「ならいいよ。……奈緒も――」



奈緒『なおはプロデューサーにこうげきした』

P『ちょぉいっ⁉ 何こんらん状態になってんだ⁉』



凛「……奈緒には後で釘を刺そう」



―――???


???「ふむ……この短期間に神谷奈緒、北条加蓮、城ケ崎美嘉、高垣楓の4人がアイドル部門に新たに所属、か……。あいつだけの力とは考えにくいな……。ならやはり……偶然かもしれんが、試してみる価値はあるか……」



―――ニュージェネライブ当日 楽屋


奈緒「よ、3人とも」

加蓮「約束通り、応援に来たよー」

美嘉「やっほー☆」

楓「お邪魔しますね」

卯月「あ、みなさん!」

未央「おっ、来たねー」

凛「みんな、わざわざありがとう」

加蓮「いいって、レッスンサボれるし」

奈緒「おい」

加蓮「ジョーダンだって」

奈緒「ホントかよ……」

美嘉「ライブ、けっこう大きなとこでやるんだね」

卯月「うん。今までで一番大きな会場なんだ。だから緊張が……」

凛「こればっかりは、何度ライブしてもね」

未央「じゃあ私たちの緊張をほぐすために、かみやんの一発ギャグをどうぞ!」

奈緒「やらねーし! 持ちネタとか無いから!」

加蓮「奈緒、未央たちのために一発ギャグくらいやってあげなよ」

奈緒「他人ごとだと思って何言い出すんだ、加蓮!」

美嘉「大爆笑のやつでお願いね☆」

奈緒「そしてハードル上げるの⁉ ますますやだよ!」

楓「みんなの緊張を、奈緒ちゃんが治してあげて。……ふふっ」

奈緒「楓さんそれ言いたいだけですよね⁉」

凛「奈緒。……頑張れ」

奈緒「止めてくれないのか、凛!」

卯月「大爆笑の一発ギャグ……いったいどんなギャグなのかな……私、楽しみです!」

奈緒「純粋な視線が眩しい!」


加蓮「さあ奈緒、準備はいい?」

奈緒「……うぅ、なんでこんな……ぎゃ、ギャグとか……何を……」

未央「じゃあ、張り切ってどうぞ!」

奈緒(くっ、こうなりゃヤケだ!)






奈緒「ライブ前は緊張でつらいぶ。な、なーんちゃって……」






『……………………』


一同の間に静寂の時間が流れる。
それはほんの数秒のことだったが……あたしには永遠に感じられた。


楓「……くすっ」


1人笑う楓さん。トドメだった。


加蓮「奈緒……今のは……」

未央「一発ギャグというか……ダジャレ……しかも若干無理が……」

奈緒「あ、あぅ……うぁぁ……うきゃぁ―――――――っ!」


《ガチャッ!》


美嘉「あ、ちょっと奈緒⁉」

卯月「奈緒ちゃん、凄い速さで出ていっちゃいましたよ⁉」

凛「恥ずかしさに耐え切れなかったみたいだね」

加蓮「しょうがないなぁ……追いかけてくるね」

未央「あー、お願いかれん。かみやんに無茶振りしてごめんって伝えといて」

加蓮「うん、りょーかい」

美嘉「じゃ、アタシたちも」

楓「そうね。みんな、ライブ頑張ってね」

卯月「はい!」

凛「絶対、良いライブにします」


《ガチャ》


凛「……2人とも、奈緒のアレで本当に緊張がほぐれたんじゃない?」

未央「あ、そういえばそうかも」

卯月「いつの間にか緊張が解けてるみたい」

凛「私もなんだ。ギャグとしてはアレだったけど、奈緒には感謝しないとだね」



―――観客席


奈緒「うぅ……もう寮に戻ってアニメ見たい……」

加蓮「なに言ってるんだか……。奈緒、もうすぐライブ始まるんだから、そろそろしゃっきりしなよ」

奈緒「そんなすぐ切り替えられないよぉ……」

美嘉「思ったよりダメージでかいね」

楓「奈緒ちゃん。私はあれ、いいと思ったわよ」

奈緒「うぎゃあぁ―――――っ!」

美嘉「楓さん、それはフォローじゃなくて追い打ち」

楓「あら……?」


『お待たせいたしました。これよりニュージェネレーションズ新春ライブを開始いたします』


加蓮「もう、奈緒! ホントに始まるよ!」

奈緒「うぅ、分かったよぉ……あっ! 未央たち出てきた」


ステージに卯月、凛、未央が現れ、最初の曲を歌い始めた。


『小さく前ならえ! 詰め込んだ気持ちが―――』



『―――未来デビューだよ、よろしくっ!』


new generationsの曲、『できたてEvo! Revo! Generation!』が終了する。


奈緒「凛たちのライブ、初めて見たけどすごいのな! な、加蓮!」

加蓮「……もうすっかり立ち直ってるし」

奈緒「ん? なんか言った?」

加蓮「なんでもないよー」


そんなやりとりをしていると、ステージで卯月が喋り始める。


卯月『ここで私たちからみなさんに、大事なお知らせがあります!』

凛『この度、私たち3人は……』

未央『なんと、ソロデビューすることになりましたー!』


その発表に、会場が沸き上がった。


卯月『ソロデビューと言っても、ニュージェネの活動はこれからも続けていきます!』

未央『だからみんな、安心してねー!』

凛『そしてもう一つサプライズ。そのソロデビュー曲を、今からここで初披露するよ。それじゃ、まずは未央から』

卯月『私たちは一旦、ステージから離れますね』

未央『―――それじゃ、聞いてね! 私のソロ曲『ミツボシ☆☆★』、本邦初公開だよ!』



『燃―やせっ! 友情パッションはミツボシ!』




『愛をこめてずっと、歌うよ―――――――――っ!』


卯月『ありがとうございました!』


未央の歌に続き、卯月が自分のソロ曲、『S(mile)ING!』を歌い終わる。


そのライブを、あたしは無言で食い入るように観ていた。

奈緒「……」

加蓮「奈緒? どうかしたの?」

奈緒「……ん? いや、なんでもない」

美嘉「最後は凛だね」

楓「どんな曲か、楽しみね」


未央『それじゃあ、いよいよ次で最後だね! みんな分かってるだろうけど……』

卯月『最後に歌うのは、凛ちゃんです!』 

未央・卯月『曲は―――Never say never!』


卯月と未央がそう告げると同時に、ステージの中央に凛が現れる。



『―――ずっと強く……そう強く……あの場所へ、走り出そう!』





―――ライブ後、楽屋


美嘉「3人とも、最高のライブだったよー!」

楓「本当に、いいライブだったわ」

卯月「ありがとうございます!」

未央「いやぁ、私たちにかかればこんなもんだよ」

凛「調子に乗らない」

未央「てへへ」

加蓮「でもホント、良かったよ。ね、奈緒?」

奈緒「……え? あ、ああそうだな。みんな凄い盛り上がってたし」

加蓮「……さっきからどうかしたの?」

奈緒「ちょっとな……」


《ガチャッ》


P「卯月、凛、未央、3人ともお疲れさん! ライブ大成功だったな!」

奈緒「いたのかプロデューサー」

P「いたよ⁉ ずっと裏で仕事してたんだよ!」

卯月「プロデューサーさんもお疲れさまです!」

凛「お疲れ、プロデューサー」

未央「お疲れさま!」

P「ああ、ありがとな」

奈緒「……」

加蓮「奈緒……?」



―――その日の深夜 寮の屋上


加蓮「何してるの奈緒、こんな夜中に」

奈緒「加蓮……? どうしたんだ?」

加蓮「どうしたもこうしたも、奈緒の部屋の扉が開いた音がしたから、気になって来たんだけど」

奈緒「そっか。起こしてごめん」

加蓮「別にいいけど……奈緒、ライブ終わってから変じゃない? どうしたの?」

奈緒「……あのさ、今日のライブ見て、加蓮どう思った?」

加蓮「どうって……すごかったよね、3人とも。私、ライブとか初めてだったから、すごい盛り上がっちゃったよ」

奈緒「そうなんだよなぁー……すごいんだよなぁー」

加蓮「……なんなの?」

奈緒「いやさ、あたしたちも一応アイドルなわけじゃんか。あたし、最初は普通にライブを楽しんでたんだけど、途中から色々と考えちゃってさ」

加蓮「色々って……どんな?」

奈緒「いつかデビューした時、あたしに凛たちみたいなライブが出来るのかなぁ……とか、そもそもホントにあたしがアイドルとか出来るのかなーとか……そんな感じ」

加蓮「つまり……未央たちのライブ見て、ショック受けちゃった?」

奈緒「ショック……。そっか、あたしショック受けてたのか。卯月たちがあんまりすごかったもんだから……」

加蓮「奈緒……」



加蓮「……てりゃっ!」



奈緒「うぇっ⁉ にゃ、にゃにすんだ! ほっへあひっはんにゃ!(な、何すんだ! ほっぺた引っ張んな!)」

加蓮「あははっ、面白い顔―!」

奈緒「ひゃらうにゃー! (笑うなー!)」

加蓮「奈緒さー、そんなこと考えてても仕方ないって。私たちはついこの間アイドルやろうって決めたばっかりの、アイドル新入生なんだから。もう何度もライブやって経験積んでる未央たちとじゃ、レベル違うの当然でしょ?」

奈緒「いにゃ、しょりゃしょうやけろさ……(いや、そりゃそうだけどさ……)」

加蓮「これから経験積んでいけば、きっと私たちもあんなライブが出来るようになるよ。だから、暗い顔してないで笑顔笑顔♪ ほら、むに~っ!」

奈緒「む、むりにゃりえきゃおにしゃしぇるにゃ! ひいきゃけんひゃ~にゃ~しぇ~っ!(む、無理矢理笑顔にさせるな! いい加減は~な~せ~っ!)」

加蓮「ふふっ、はいはい」

奈緒「ったく、やっと解放されたよ……」

加蓮「それでどう? ショックはまだ残ってる?」

奈緒「おかげさまで、どっかに行っちゃったよ。……そうだよな、まだあたしは何にもやってないんだ。今までは準備運動みたいなもん……気合を入れ直したここからが、あたしのアイドル活動の本当のスタートだ! よーし、やるぞー!」

加蓮「じゃあ私も、奈緒と一緒にスタートすることにするよ。目標も出来たもんね?」

奈緒「目標?……そうだな。本人たちには恥ずかしいから絶対言わないけど……あたしたちの目標は、ニュージェネだ! いつかは凛や卯月、未央に追いついて、そして追い越す! 加蓮、一緒に頑張ろうな!」

加蓮「ふふっ、りょーかい♪」




―――屋上から降りる階段にて


加蓮「……あ、そうだ。さっきの奈緒のほっぺ、ぷにぷにしてて気持ちよかったよ」

奈緒「なっ⁉ ぷ、ぷにぷにって……そ、そんな感想とか言わなくていいんだよぉーっ!」



第3話 おわり




キリのいいとこまで上げたくて一気に3話まで上げました。
次に上げる時は0話を上げようと思います。

奈緒がまだ事務所にいない頃の話なので、Pの一人称になり、文体も少し変わります。
ご了承ください。

な、何やらPの評価が著しく低いようですが、今から上げる0話はPが主役です。

この話で、きっとPの汚名挽回が出来ると思います。


それと、その0話ですが。
最初はこのスレにこのまま上げようと思っていたのですが、別スレを立てた方が番外編感が出ると気付いたので、そっちに上げます。


【モバマス】P「―――待たせたな」
【モバマス】P「―――待たせたな」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1492268143/)


……あと、こっちには、今ノリで思いついた次回予告でも上げておきます。




次回予告



???「アイドル部門のプロデューサーをクビにしたので、早急に手続きを」

少女「出ました! 『飴あげるからこっちおいで』って声かけてくる人です!」

おばちゃん「まあ大変! すぐに通報しなくっちゃ!」

奈緒「あたしは神谷奈緒。こっちが相棒のピカ○ュウ」

加蓮「ぴ○ちゅ」

未央「ハロー! ワターシはミオ・ホンーダ!」



―――次回、シンデレラガールズ第4話
『アリス・イン・アイドル部門』



???「壁に向かって正座でもしていろ!」

P「壁に⁉」



……だいたいあってるので、ご了承ください。



えー……4話を上げる前にミスを自白します。

3話の>>54にて美嘉が奈緒を呼び捨てにしていましたが、本来『奈緒ちゃん』呼びです。
気付かずにそのまま上げてしまい、申し訳ありません。

>>54では怒っていたから呼び捨てにしたということにしておいてください。


第4話 アリス・イン・アイドル部門


―――346プロ 社長室前


奈緒「社長から呼び出しって……あたし、なんかまずいことしたか?」

P「奈緒、社長の椅子に勝手に座ったりしてないよな?」

奈緒「してねぇよ! っていうか社長に会ったことすらないし!」

P「うーむ……奈緒が呼び出された理由は分からんなぁ。でも何もしてないんだったら、悪いことじゃないだろ」

奈緒「そうだといいけどさ」

P「それより俺が呼び出された方が問題だ。……何がバレたんだ? 社長の椅子でうたた寝したことか? それとも差し入れに持って行った弁当が賞味期限切れてたことか? いや、それともこの前こっそり落書きを―――」

奈緒「あんた色々やってんな! なんか社長に恨みでもあるのか⁉」

P「あるっちゃある」

奈緒「あるんだ⁉」

P「ま、堂々としてれば誤魔化せるか。入るぞ、奈緒」

奈緒「あんたは入らないほうがいいんじゃないか……?」


《コンコン》


???『入れ』


《ガチャ》


P「失礼しまーす」

奈緒「失礼します」

社長「よく来てくれた。私がこの346プロダクションの社長だ」

奈緒(社長って、女の人だったのか……しかも若っ⁉)

社長「君が神谷奈緒だな?」

奈緒「は、はい。はじめまして、神谷奈緒です」



P「そんで社長、俺らになんか用すか?」



奈緒「軽くね⁉」

社長「……もしもし人事部か? アイドル部門のプロデューサーをクビにしたので、早急に手続きを―――」

P「調子乗ってました申し訳ありませんでしたクビは勘弁を!」

社長「ジョークだ、安心しろ。今かけたのはただの時報だ」

P「相変わらず先輩のジョークは笑えませんね!」

奈緒「先輩?」

P「あの人、俺の学生時代の先輩なんだ」

奈緒「へぇ、そうなのか……。指差すなよ」



社長「後輩、それが社長に対する態度か? いっそ本当にクビにするぞ」

P「な、なんかそれは本気っぽいですね……。分かりました、先輩じゃなくて社長に対する態度にしますよ。それで……今回はどのようなご用件でしょうか?」

社長「アイドル部門の今後について、少し話があってな」

P「今後……ですか?」

社長「この半年で、お前がプロデュースしたnew generationsは新人とは思えぬほど高い人気を獲得した。少しシャクだが、このことについては、私はお前を高く評価している」

P「ありがとうございます、社長。……でも先輩が人を褒める時って、なんかあるんだよなぁ」

奈緒「心の声漏れてるぞ」



社長「だがっ!」



奈緒・P『⁉』

社長「この半年でアイドル部門に加入したアイドル、少なすぎるだろう! なんだ4人って! 何してたんだお前は!」

P「プ、プロデュース活動してたんですよ」

社長「ああそうだな、それは存分にしろ。だがお前がアイドル部門設立当初、私に言った台詞を覚えているか?」

P「……俺、なんか言いました?」



社長「半年後にはアイドルで事務所をいっぱいにしてやります! 俺に任せといてください、先輩!」



社長「……そう言ったんだ」

P「あー、そういえば……言った気も……」

社長「それなのにたった4人だと……? うちの事務所は漫喫の個室並みに小さかったか? 答えてみろ!」

P「ひぃっ⁉ その数十倍はあります!」

社長「分かっているのなら話は早い……アイドルをもっと増やせ、後輩! だからいつまで経ってもアイドル部門が弱小部署のままなんだぞ!」

P「そ、そんな理由だったんですか⁉」

社長「まあそれ以外にも理由はあるが……とにかく、お前への用件はそれだけだ! 彼女との話が終わるまで、そこで壁に向かって正座でもしていろ!」

P「壁に⁉」

社長「早くやれ!」

P「は、はい!」

奈緒(マジでやらされてるよ……すごいシュールな絵面だな)


社長「はぁ……すまないな、神谷。学生時代から、どうも奴という存在は私の神経を逆なでするんだ」

奈緒「いえ、その気持ち分かります」

P「分かるのかよ!」

社長「まあ奴のことはもういい。では君への用件を話させてもらおう」

奈緒「はい」

社長「今の後輩とのやり取りでも言ったように、私はアイドル部門のアイドルをもっと増やしたいと考えている。今のアイドル部門はnew generationsの一本柱で成り立っているが……それだけでは限界がある。346プロがアイドル業界のトップを目指すためには、より多様なアイドルを集め、育成する必要があるのだ」

奈緒「多様なアイドルですか……」

社長「そこで神谷奈緒、君に頼みがあるのだが―――」



社長「君にも、我が346プロのアイドルのスカウトを担当してもらえないだろうか?」



奈緒「えっ⁉」

P「ちょっと先輩、正気ですか⁉」

社長「いつ正座をやめていいと言った! それと社長と呼べ!」

P「じゃ、じゃあ正座したまま……正気ですか、社長! 奈緒はアイドルですよ!」

社長「アイドルだろうが関係ない! 少なくともお前よりはスカウトの才能があるだろう! 千川から報告を受けているぞ!」

奈緒「ち、ちひろさんから⁉」

P「あの人ホントに報告してやがった!」

社長「千川が言うに、北条加蓮、城ケ崎美嘉の2人は神谷がスカウトしてきたそうだな?」

奈緒「い、いやスカウトっていうか……偶然が重なったというか……」

社長「それに高垣楓も、神谷からアイドル部門のことを聞いたことでアイドルに興味を持ったそうだ」

奈緒「そ、そうだったんですか⁉」

社長「本人に聞いたので間違いはない。つまり神谷、君がきっかけとなり、この短期間に3人がアイドル部門に所属したんだ」

奈緒「いや、きっかけとか大げさな……どれも偶然ですよ!」

奈緒(あ、いや……加蓮はあたしがスカウトしたようなもんか。でもややこしくなるから黙っとこ……)


社長「偶然が3つも続くとは思えん。君にはスカウトの才能がある。私はそう判断した」

奈緒「そ、そんな才能とか……」

社長「なら一つ試してみよう。……ここに2枚の写真がある。君はこの2人の少女のどちらにアイドルの素質を感じる?」

奈緒「え? 素質とか言われても……どっちも可愛いけど、右の子かな」

社長「その写真の少女は、活躍中の人気アイドルの10年前の姿だ。やはり、君には素質を見抜く目が備わっているようだな」

奈緒「えぇ……? 二分の一の確率じゃ……」

社長「たとえ二分の一でも、君は当てて見せたのだ。外していたら見込み違いとみなしたのだが……当てたからには、私の君への期待はうなぎ上りになっているぞ」

奈緒「過剰評価!」

社長「ちなみに言うと、もう片方の写真は学生時代に後輩が女装した時の写真だ」

奈緒「これプロデューサーかよ! なにしてんだ、あんた!」

P「若気の至りで……」

奈緒「じゃあこれ、外すほうが難しくないですか⁉」

社長「いや、後輩の女装はそれなりにレベルが高い。現に君は言われるまで気付かなかっただろう?」

奈緒「う、確かに。普通に女の子に見えた……」

社長「この写真を使ったのはただのジョークだが、ここに映っている後輩は普通の女子と遜色ない。むしろ美少女と言っていい。だが君はきちんと感覚で見抜いた。良い目を持っているということだ」

奈緒「そうかなぁ……?」

社長「私が言うのだから間違いない。……はずだ」

奈緒「はずだって聞こえたんですけど⁉」

社長「幻聴だろう。引き受けてもらえないか? どうも後輩は頼りにならんのだ」

P「俺、酷い言われようですね」



社長「実績では神谷の方が上だろう。お前がまともにスカウトしたのは、渋谷と神谷くらいだったはずだが」

P「い、一応卯月もですよ!」

社長「それでもイーブンだ。どうだ、神谷?」

奈緒「で、でもスカウトなんて出来るとは思えないんですが」

社長「難しい話じゃない。例えば道を歩いている時に、神谷がこれだと思う子を見つけたら、話しかけて、少し話をしてくれるだけでいい。簡単だろう?」

奈緒「確かに簡単に聞こえはしますけど……」

社長「神谷はあくまでアイドルであるから、本格的にスカウトをしてくれとは言わない。日常生活のついででいいんだ。引き受けてもらえないか?」

奈緒「うーん……でも……」

社長「……まあ、首を縦に振らないのであれば、こちらも相応の手段を取るつもりだが」

奈緒「⁉ し、手段って、いったい何を……⁉」

社長「たしか神谷は、アイドル寮に住んでいるんだったな?」

奈緒「そうですけど……。ま、まさか立ち退きとか……⁉」

社長「もし君がこの話を受けないのであれば―――」



社長「アイドル寮からテレビのアンテナを全て取り除くことにしよう」



奈緒「なんてこと考えるんだ!」

社長「たしか神谷はアニメ鑑賞が趣味だったか? いやー、残念だな。アニメはネットのオンデマンドで見ることだ」


あたしの顔が絶望に染まる。


奈緒「そ、そんなの耐えられるわけが……リアタイで一切アニメ見れないとか……!」

P「先輩、なんて惨いことを……」

社長「さて、どうする? 私はどちらでも構わないが」

奈緒「くぅうう……謹んでやらせていただきます……!」

社長「そうか、やってくれるか。そう言ってくれると思っていたぞ、神谷!」

奈緒「くそぅ……この人やっぱりプロデューサーの先輩だ」

P「それどういう意味⁉」



―――346プロ アイドル部門事務所


P「というわけで、奈緒がスカウト部長に就任した」

奈緒「させられたの間違いだろ……」

凛「まさかホントに奈緒がスカウトを担当することになるなんて……」

ちひろ「びっくりですねぇ」

奈緒・P『報告したの、あんただろ!』

ちひろ「さて、事務仕事を片付けないとですね~」

奈緒「逃げやがった」

加蓮「私はスカウト部長、奈緒にぴったりだと思うよ。スカウトされた私が言うんだから、間違いないって」

奈緒「加蓮……」

楓「奈緒ちゃんなら、きっと出来るわ」

美嘉「うんうん、奈緒ちゃんならなんとかなるって」

奈緒「楓さん、美嘉……」

未央「かみやんがいっぱいスカウトしてくるの、期待してるよ!」

奈緒「プレッシャーかけんな!」

凛「私も、未央じゃないけど楽しみにしてるよ、奈緒」

奈緒「凛まで⁉」

卯月「奈緒ちゃん。私、奈緒ちゃんの力でこの事務所がもっと賑やかになったら、すごく素敵だと思うな」

奈緒「卯月……。はぁ……仕方ない、もうやるって言ったんだしな。ホントにあたしに出来るかは分からないけど、やるだけやってみるよ」

加蓮「うん。その意気だよ、奈緒」

P「俺も、これからもスカウト続けるからな」

未央「うん、あんまり期待しないでおくね」

P「俺の扱い、こっちでも酷い!」



―――街中


奈緒「スカウトかー……社長も日常生活のついででいいとか言ってたし、気楽にやるか」

加蓮「それでいいんじゃない? 無理してスカウトする必要も無いでしょ。元々プロデューサーの仕事なんだし」

奈緒「だよな。……まあ、そのプロデューサーがろくにスカウトできないから、こっちにとばっちりが来たわけだけど」

加蓮「じゃあやっぱりたくさんスカウトする? 可愛い子見つけたら、片っ端から声かけるとか」

奈緒「いや、数撃ちゃ当たるってわけでもないだろ。アイドルやれそうな子じゃないと駄目だって」

加蓮「でも、そんなの分かる?」

奈緒「社長が言うには、あたしなら見抜けるらしい。……怪しいとこだけど」

加蓮「へー。じゃあ奈緒的に見て、今周りにいる人の中でいい感じの子いる?」

奈緒「そんなポンポンいないって。アイドルのバーゲンセールか……ん?」

加蓮「いたの? アイドルの卵」

奈緒「そんなのはいないけど……迷子見つけた」

加蓮「迷子?」

奈緒「あれ」



少女『えぇと……この大通りを真っ直ぐ……? さっき右に曲がったから……左……? うーん……』



加蓮「あれは……確かに迷子っぽいね。タブレット見ながらあっちこっち動いてる。小学生かな?」

奈緒「あの子、中々の大物かもな」

加蓮「なんでそう思うの?」

奈緒「だってタブレット使ってるのに迷子とか、逆にすごいぞ」

加蓮「……確かにルート案内のアプリとかあるもんね。使ってないのかな?」

奈緒「とりあえずほっとけないし、助け船出そうぜ」

加蓮「だね」



あたしは、その女の子の後ろにそおっと近づいて声をかけた。


奈緒「よ、お嬢ちゃん。どうしたんだ? 迷子?」

少女「ひゃっ! な、なんですか、いきなり……! わ、私に何か用ですか……? こ、これ以上近づくと……大声で人を呼びますよ」

奈緒「え、不審者扱い? ち、違うって。あたしはただお嬢ちゃんに……あ、そうだ、飴舐める?」

少女「出ました! 『飴あげるからこっちおいで』って声かけてくる人です! い、今こそ防犯ブザーの使いどころ!」

奈緒「え⁉ ちょ―――」



《ブゥ―――――――――――――――!》



防犯ブザーのやかましい音が辺りに響き渡った!


その辺歩いてたおばちゃん「何なの⁉ どうしたのお嬢ちゃん!」

少女「こ、この人が飴を! 私に飴を!」

おばちゃん「まあ大変! すぐに通報しなくっちゃ!」

奈緒「いやちょっと待ってくれません⁉ この子が迷子みたいだったから声かけただけですよ!」

おばちゃん「不審者はみんなそう言うのよ! えーっと、110番って何番だったかしら」

奈緒「あたし不審者に見えます⁉ あたし女子高生ですよ⁉ こんな女の子に何かすると思いますか⁉」

おばちゃん「……言われてみればそうね。じゃああなた、この子に何するつもりだったの?」

奈緒「だから道案内ですって!」

おばちゃん「お嬢ちゃん。この人こう言ってるけど、どうなの?」

少女「……そういえば、迷子かどうか聞かれました」

おばちゃん「お嬢ちゃん、迷子なの?」

少女「ま、迷子じゃないです!……ちょっと道が分からないだけで」

おばちゃん「……そうなの。なるほどね……あなた、この子のことお願いできる?」

奈緒「え? は、はい」

おばちゃん「ごめんなさいね、誤解しちゃって。じゃあね」

奈緒「あ、はい。さよなら」

少女「さようならです」


おばちゃんは去っていった。



奈緒「納得してもらえたのか……良かったぁ」

加蓮「災難だったね、奈緒」

奈緒「加蓮……今までどこにいたんだ?」



加蓮「巻き込まれるの嫌だったから、そこのコンビニに行ってた」



奈緒「この薄情者!」

加蓮「もちろん、ホントに危なくなったら助けに入るつもりだったよ」

奈緒「ホントか? それ見てると信用できないんだけど」


加蓮はその手に袋の空いたポテチを持っていた。


加蓮「奈緒も食べる?」

奈緒「いらねーよ!」

少女「あの……」

奈緒「あ、悪い。えぇっと……誤解は解けたんだよな? あたし、お嬢ちゃんに変なことしたりしないからな?」

少女「はい……私の勘違いだったみたいです。すみませんでした」

奈緒「ああいや、分かってくれればいいんだ。でさ、お嬢ちゃん道に迷ってたよな?」

少女「ま、迷ってないです。ただちょっと、目的地にいつまで経ってもたどり着けないだけです」

奈緒「それを迷子って言うんだけど……まあいいや。それで、どこ行きたいんだ?」

少女「……この本屋さんです」

奈緒「ああ、ここか。じゃあ案内するよ、行こうぜ」

少女「い、いえ、道を教えてもらえれば十分です」

奈緒「あたしたちも、ちょうどその本屋に行こうと思ってたんだ。な?」

加蓮「あ、うんそうなの」

奈緒「だから遠慮しなくていいって」

少女「そ、そうなんですか? なら、よろしくお願いします」

奈緒「ああ、任せとけ」

加蓮(ほっといたらまた迷子になりそうだもんね)

奈緒(タブレットあるのに迷子になるんじゃ、道教えただけでたどり着けるかどうか分からないからなぁ)


そして、あたしたちは本屋へと歩き始めた。



奈緒「そういえば、お嬢ちゃんの名前なんて言うんだ? あたしは神谷奈緒。こっちが相棒のピカ○ュウ」

加蓮「ぴ○ちゅ―――って違うから。北条加蓮だよ、よろしくね」

少女「私の……名前は……橘……橘ありすです」

奈緒「ありすか。良い名前だな」

加蓮「うん、可愛い名前だね」

ありす「あの、やめてください。私、自分の名前、キライなんです」

奈緒「そうなのか?」

ありす「『ありす』なんて……童話に出てくるような子供っぽい名前ですから。だから、私のことは橘って呼んでください。奈緒さん、ピカチュ○さん」

加蓮「加蓮だからね⁉」

ありす「そ、そうでした。加蓮さん」

加蓮「もう、奈緒がふざけた紹介したせいで変な風に覚えられちゃったじゃん!」

奈緒「ははっ、やなかんじー?」

加蓮「いい加減にしなよ……?」

奈緒「わ、悪かったよ。ごめんなさい」

加蓮「よろしい」

ありす「お二人は仲がいいんですね」

奈緒「え? このやりとりのどこでそう思った?」

ありす「違うんですか?」

奈緒「いや、まあ、その……違わないけどさ」

加蓮「相棒だもんね?」

奈緒「だから、あたしが悪かったって。それで話を戻すけど……ありすのことは橘って呼んだ方がいいのか?」

ありす「はい、橘でお願いします」

奈緒「そ、そっか。うーん……」

加蓮「なんか呼びづらいね。小さい子を苗字呼びって」

奈緒「だよなぁ。でも本人の希望だし……」

加蓮「じゃあ……橘ちゃん?」

ありす「それでお願いします」

奈緒「じゃあダディヤナサンで」

ありす「誰のことですか⁉ 私はた・ち・ば・な・です!」

奈緒「……本当にありすじゃダメか?」

ありす「ダメです! 橘です!」

奈緒「……分かったよ、橘」

ありす「ようやくですか……無駄に疲れました」


奈緒「あ、橘、さっきの飴舐めるか? 甘いいちご味のだぞ」

ありす「で、ではいただきます。……はむっ―――」



ありす「ほわぁぁ……!」



奈緒(飴食ってこんなに幸せそうな顔するやつ初めて見た!)

加蓮(さっきまでは堅い表情だったけど、こういうとこは年相応だね)

ありす「おいしぃ……!」

奈緒(にやにや)

加蓮(にまにま)

ありす「はっ⁉ な、なんでこっち見てにやけてるんですか⁉」

奈緒「やっぱりありすって呼ぶな。うん、そっちのが似合ってる」

ありす「なんでですか⁉」

加蓮「ありすちゃん、飴美味しかった?」

ありす「はい、おいしかったで――ま、まあまあでした!」

奈緒「ぷふっ!」

ありす「なんで吹き出したんですか⁉」

奈緒「いや、ありすが面白くて」

ありす「私は何も面白いことなんてしてないです!」

奈緒「そうかそうか、悪かったな」

ありす「なんで頭なでるんですか⁉ 子ども扱いしないでください!」

奈緒「んん? ふーむ……」


あたしは、あることに気付いてありすを見つめた。


ありす「こ、今度はなんですか? じろじろ見ないでください」

加蓮「どうしたの、奈緒?」

奈緒「……例の件。ありす、良くないか?」

加蓮「例の件って……もしかして、卵発見?」

奈緒「かもしれない」

加蓮「でもありすちゃん、小学生だよ?」

奈緒「社長、多様なアイドルを集めたいとかどうの言ってたし。年齢層も広げたほうがいいんじゃないかな」

加蓮「なるほどねぇ……」

ありす「さっきからなんの話を……?」



奈緒「あのさ。ありす、アイドルとか興味ないか?」

ありす「アイドル? いきなりなんですか?」

奈緒「実はさ、あたしたちアイドルやってるんだ」



ありす「ふっ」



奈緒「なんで鼻で笑った⁉」

ありす「奈緒さん、私がそんな嘘に騙されると思ったんですか? 見え見えですよ」

奈緒「嘘じゃないんだって! あ、そうだ社長からこういう時に渡せって……ほら、うちの社長の名刺だ!」

ありす「私を騙すためだけにこんなものまで……用意周到とはこのことですね」

奈緒「騙してないから! ホントなの!」

加蓮「ありすちゃん、嘘っぽいけどホントなんだよ。信じてくれないかな?」

ありす「……分かりました。一応、信じてもいいです」

奈緒「なんでいつも信用されないんだ……?」

加蓮「知名度が無いからじゃない? 凛たちなら別かもね」

奈緒「確かにそうかもしれない……。それでありす。うちの事務所今アイドル募集しててさ、良かったらアイドルやってみないか?」

ありす「アイドル……私がですか?」

奈緒「そう、ありすが」

ありす「……私が……」

加蓮「アイドル、興味ないかな?」

ありす「アイドルに興味はありませんけど……。……レッスンは、ちょっと興味があります」

加蓮「レッスン?」

ありす「実は私、将来、歌や音楽をお仕事にしたいと思っているんです。でも……どうやったらなれるのかわかりませんし、家でも学校でも、練習できる場所は無いですし……」

加蓮「そっか……。レッスンやりたくても、できないんだね」

ありす「はい。だから、詳しく話を聞かせてもらってもいいですか? 親と相談して、返事しますから」

奈緒「ああ、分かった。……とか話してる間に着いたな」

ありす「あ、来たかった本屋さんです」

加蓮「じゃあ話の続きは本を買ってからにしよっか?」

ありす「はい、それでお願いします」

奈緒「あたしもちょっと見てみよっかな」

加蓮「奈緒、漫画コーナー以外にも興味持ったら?」

奈緒「なんだその言い方⁉ まるであたしが漫画以外読まないみたいな!」

加蓮「あ、ラノベも読むか」

奈緒「だからそれだけみたいな言い方するなよ! あ、あたしが見ようとしてたのはだな……えっと……れ、恋愛小説のコーナーだ!」

加蓮「ぷふっ!」

奈緒「なんで笑った⁉」

加蓮「だ、だって奈緒が恋愛小説とか……くくっ……ラブコメ漫画の間違いじゃないの?」

奈緒「勝手に決めつけんな! ま、マジで恋愛小説買うんだからな!」

ありす「あの……早く入りませんか?」



―――その日の夜、アイドル寮 奈緒の部屋


未央「えー⁉ もうスカウトしたの⁉ 早っ!」

加蓮「さすがはスカウト部長だよね」

奈緒「偶然だから。持ち上げるのやめい」

未央「いやいや、偶然でそんなうまくいかないって」

加蓮「だよね。奈緒、スカウトの神様に愛されてるのかも」

奈緒「そんなの担当してる神様いるのか……?」

未央「それで、今度はどんな子なの?」

加蓮「ありすちゃんだよ」

未央「外国の子⁉ アリスちゃんか……どうしよ? 私、英語話せないよ」

奈緒「ま、そこはボディランゲージで頑張れ」

未央「その手があったか! よーし、私のパッションを伝えるよー!」

奈緒(面白そうだから誤解は解かないでおこ)



―――翌日 事務所


奈緒(この小説勢いで買ったけど、全く読む気しないな……。『今一番泣ける恋愛小説』とかいう宣伝文句だったけど、でも読む気しない、どうしよう?)

卯月「ふんふふんふふーん♪」

奈緒(お、ちょうどいいとこに)

奈緒「卯月、これやるよ」

卯月「はい? これって、今人気の恋愛小説? どうして私に?」

奈緒「あたしは読まないけど、卯月なら読むかなーって。あ、くれぐれもあたしがあげたってのは内緒な?」

卯月「え? どうして内緒にするの?」

奈緒「馬鹿にされるから」

卯月「? よく分からないけど……ありがとう、奈緒ちゃん」

奈緒「おう」

卯月「そういえば奈緒ちゃん。未央ちゃんが急に変な動きの練習を始めたみたいなんだけど……」



未央『はっ! せい! とうぁっ!』

凛『……未央、何してるの?』

未央『国際交流の準備! えやっ! ほあっ!』

凛『ごめん、意味が分からない』

加蓮『くっ……くくっ……』

美嘉『加蓮、どうしたの?』

加蓮『う、ううん……な、なんでもない……くふっ』



卯月「あれは何をしているのかな?」

奈緒「……さあ? 未央の考えることは、たまに分からん」



―――そして数日後 346プロ事務所


P「えー、みんなもう知ってると思うが、今日からうちの事務所に新たなメンバーが加わることになった」

未央「待ってました!」

P「おおうっ⁉ や、やけにテンション高いな、未央」

未央「それでアリスちゃんはどこにいるの?」

P「ああ。もうすぐ来ることになってるんだが……」


《トントン》


P「お、来たみたいだな。入ってきてくれー」


《ガチャ》


未央「ハロー! ワターシはミオ・ホンーダ! よろしーくねっ!」

ありす「ひきゃぁっ⁉ な、なんですかこの人⁉ 今度こそ危ない人ですか⁉」

P「何してんだ未央⁉ なんだそのへんてこ踊りは⁉」

未央「……あれ? 日本語? それにどう見ても日本人……あなた、アリスちゃんじゃないの?」

ありす「わ、私は橘ありすですけど……」

未央「なるほど、橘ありすちゃんかー……。……かみやん、かれん、騙したなー!」

加蓮「あははははっ! も、もう駄目!」

未央「笑ってるんじゃないよ!」

奈緒「未央、騙したとは人聞きが悪いぞ。あたしも加蓮も、ありすが外国人だなんて一言も言ってないだろ?」

未央「確かに言ってないけど! 確かに言ってないけどね⁉」

凛「加蓮、どういうこと?」

加蓮「じ、実はね―――」

卯月「そ、そんなことを……」

美嘉「なるほど、最近の未央の奇行はそういうことだったんだ」

未央「くぅう……悪質! 悪質な詐欺だよ、これ! 私のここ数日の特訓時間返してよ!」

奈緒「悪い悪い。その分は料理当番代わるから、許してくれ」

未央「むー……なら許す!」

凛「許すんだ」

ありす「……あの、ここアイドル事務所で合ってますよね?」

ちひろ「はい、合ってますよ」

ありす「そうですか……」

楓「ありすちゃん、これからよろしくでありんす。ふふふっ」

ありす「でもなんだか思ってたのと違います!」



奈緒「これからよろしくな、ありす」

ありす「橘ですっ!」

P「未央、奈緒、加蓮。ありすはアイドル寮に入ることになってるからな」

ありす「だからたちば―――」

奈緒「え、そうなのか?」

加蓮「ありすちゃん、まだ小学生でしょ? 両親と一緒の方がいいんじゃないの?」

P「ありすの両親、共働きであんまり家にいないらしくてな。だから寮の方が安心なんだそうだ」

ありす「たち―――」

未央「そういうことなら、私たちがきちんとありすちゃんの面倒見なくちゃね」

奈緒「だな」

加蓮「ありすちゃん、何かあったらいつでも頼ってね」

ありす「た―――」

卯月「どうしたの? ありすちゃん」

凛「ありす、さっきから何か言いたそうだけど」

美嘉「ありすちゃん、何かあるなら聞くよ?」

楓「遠慮なく言ってね、ありすちゃん」

ありす「だ、だから……」



ありす「だから橘ですぅ――――――――っ!」



第4話 おわり


以上で、第4話終わりとなります。

ちょっと短かったかもですが、これからも話によって多かれ少なかれ文章量が変わります。

ご了承ください。

第5話 にゃんにゃん!……うふふ♪



―――346プロ アイドル部門事務所


P「奈緒、加蓮、今日は重大発表がある」

奈緒「またこのパターンか……」

加蓮「今度は何?」

P「実はな―――」



P「ついに、初仕事が決まったんだ!」



奈緒「へー、誰の?」

加蓮「美嘉? 楓さん? それともありすちゃんかな?」

P「お前ら、リアクション薄くなったな……お前たち2人の初仕事だよ!」

奈緒「へー、あたしたちのねぇ……」

加蓮「そうなんだー……」



奈緒・加蓮『あたし(私)たちの⁉』



P「そう! その反応を待ってた!」

奈緒「ぷ、プロデューサー! ホントか⁉ ホントにあたしたちの仕事なのか⁉」

加蓮「ホントにホントなの⁉ 別の人じゃなくて⁉」

P(2人とも一回騙したせいで疑心暗鬼に……悪いことしたなぁ)

P「本当に奈緒と加蓮の仕事だ。ある雑誌の知り合いから、今度やる企画に参加できるアイドルはいないかって聞かれてな。それで2人に参加してもらおうと思ったわけだ」

加蓮「企画って……何するの?」

P「その名も―――アイドル100番勝負!」

奈緒・加蓮『アイドル100番勝負?』



奈緒「なんだそりゃ?」

P「その名の通り、アイドル同士が色んな種目で100回勝負するんだ。で、勝った方が次回の雑誌の表紙を飾れる」

奈緒「へー……なんかキワモノっぽい企画だな。大丈夫か、その雑誌?」

P「ちゃんとした雑誌だよ。ほら、これだ」

加蓮「あ、この雑誌知ってる。若い女性に人気のやつだよ」

奈緒「へぇ、そうなのか。……表紙でミカン持ってるのが気になるんだけど」

P「それはあの有名雑誌のパクリだそうだ。編集長に聞いた」

奈緒「あ、やっぱそうなんだ。……大丈夫か、この雑誌」

P「そういうちょっとふざけたとこも人気の理由らしい」

奈緒「そ、そうなのか……それで勝負とか言ってたけど、まさかあたしと加蓮が勝負するのか?」

P「いや、2人はペアを組んでもらって、相手のペアと戦ってもらう。相手のアイドルは別の事務所のアイドルだ」

奈緒「加蓮とはペアか」

加蓮「頑張れ、奈緒」

奈緒「だから、あたしだけ頑張るのはおかしいぞ?」

加蓮「でもプロデューサー。100回勝負するってことは、けっこう時間かかるよね?」

P「いや、1日で全部やるらしいぞ」

奈緒「1日で⁉」

P「スタジオ何日も借りられないそうだ。だから次々に勝負をやっていくことになるな」

奈緒「なんか思ったより大変そうだな……」

P「あとこの企画、WEBとの連動企画だそうで、勝負の様子を動画に撮ってサイトに上げるらしい」

奈緒「動画⁉ Y○utubeとかにUPするってことか⁉」

P「なんでも、一気に100勝負分の動画をUPする気らしい。インパクトを与えたいとかで」

奈緒「その雑誌、ホントに大丈夫か⁉」

P「何度目だ、それ聞くの。大丈夫だって」



―――その日の夜 アイドル寮 奈緒の部屋


奈緒「なんかプロデューサーって信用できないんだよなぁ」

加蓮「確かにちょっと変な企画かもね」

未央「2人とも、心配しなくても大丈夫だよ。プロデューサー、普段はちょっとアレだけど、プロデュースの腕は凄腕なんだから」

ありす「そうなんですか?」

未央「そうだよー。自分で言うのもなんだけど、ニュージェネのプロデュースしたの、プロデューサーなんだし」

奈緒「あ、そういやそうか」

未央「だから変な仕事とかは持ってこないって。……多分」

加蓮「それでも若干信じ切れてないんだね、未央も」

未央「普段が普段だからね」

奈緒「まあ当日になってみれば分かるか。さて、せっかくあたしの部屋に来たんだし、アニメでも見るか? ありす」

ありす「子供扱いしないでください」

加蓮「ありすちゃん、これは子供扱いしてるんじゃないよ。奈緒、ただのアニメ好きだから」

ありす「そ、そうなんですか?」

奈緒「うーん……でもアンパ○マンは流石に録画してないんだよなぁ」

ありす「やっぱり子供扱いしてるじゃないですか! アンパン○ンなんて見ませんから!」

奈緒「じゃあワンパ○マンでいいか」

未央「それは一文字違うだけで内容は全然違うんじゃないかな。やめときなよ」

奈緒「……確かにそうだ。危ない、ノリで見せちゃうとこだった。なら何見る?」

ありす「だから別に見たくないです!」

奈緒「じゃ、ゲームでもやる?」

ありす「……やります」

加蓮(ありすちゃん、ゲーム好きかー)



―――仕事当日 某スタジオ


奈緒「ここでやるのかー、本格的だな」

加蓮「勝負って、何するんだろうね?」

P「それはお楽しみってやつだ」

奈緒「もしかしてプロデューサーも知らないんじゃないのか?」

P「ま、まあな。……さて、着いたぞ。2人とも、挨拶はきちんとな」

奈緒「分かってるよ」

加蓮「りょーかい」


《ガチャ》


P「おはようございまーす!」

奈緒・加蓮『おはようございまーす!』



???「本当にごめんなさい!」



奈緒「……なんだ?」

女性「あなたが悪いわけじゃないでしょう? 謝らなくていいわ。でも、困ったわね……」

P「編集長、どうかしたんですか?」

編集長「ああプロデューサーくん。実はちょっと困ったことになっちゃってね」

P「困ったこととは?」

編集長「この子の相方が、急に来られなくなっちゃったみたいなのよ」

???「……」

P「彼女は……もしかして、今回の企画でうちの相手をする?」

編集長「ええ、そうなの」

みく「はじめまして、前川みくって言います」



P「どうもはじめまして。346プロのプロデューサーです。でもなるほど……それは確かに困りましたね」

編集長「でしょう? このスタジオは今日しか借りられないし、今から他のアイドルを呼ぶにも……」

奈緒「プロデューサー、美嘉か楓さんを呼ぶのは?」

P「ここに来るまでに結構時間かかるだろうからなぁ……」

加蓮「確かにそうだね……」

編集長「どうしたものかしらねぇ……」

みく「うぅ……」

P「うーん……」

社長「なるほどな」



『…………』



P「先輩⁉ なんでいるんですか⁉」

社長「たまたまここに仕事で来てな。時間が空いたから、お前たちの様子を見に来てみた」

加蓮「奈緒、この人どちら様?」

奈緒「うちの社長だよ」

加蓮「社長⁉」

編集長「お、お久しぶりです、社長さん」

社長「編集長、事情は大体分かった。私に良い考えがあるんだが」

編集長「良い考え?」

P「先輩、何かアイドルにあてがあるんですか?」

社長「あても何も、ここにいるだろう」

P「ここ?」



社長「お前だ」



P「……。……すみません、理解できる言語で話してもらえますか?」

社長「お前、女装して企画に参加しろ」

P「何言ってんの、あんた⁉」



編集長「社長さん⁉ なんですか女装って⁉」

社長「こいつは女装すると美少女になるんだ。代わりがいないなら、こいつを使えばいい」

編集長「使えばいいって、そんな無茶な⁉」

加蓮「……奈緒。私、耳がおかしくなったかな。プロデューサーが女装するとか聞こえたんだけど」

奈緒「……残念ながら、あたしも聞こえたよ」

みく「女装て……」

P「先輩! 悪い冗談はやめてくださいよ!」

社長「本気だぞ」

P「余計たち悪いわ!」

編集長「さ、さすがにそれは……」

社長「では編集長、この写真を見てもらえるか?」

編集長「はい?……あら、凄い綺麗な子ですね」

社長「そうだろう。お前たちはどう思う?」

みく「わ、本当に美人さん」

加蓮「まさに美少女って感じの子だね」

奈緒「へぇ、どれどれ?」


気になってあたしも写真を見てみると、そこに写っていたのは加蓮たちの言うとおり、とんでもない美少女だった。

まず、そのすらりとした背丈に目をひかれた。
長い黒髪は後ろでまとめており、どこかボーイッシュさを感じさせる。
そして、何かを恥ずかしがるように赤く染まる頬。


……。……なんか、どこかで見た気がする。……いや、見た。思い出した。そうだ、これはこの前、社長室で社長に見せられた写真だ。


ということは、つまり、この子は―――。


奈緒「これプロデューサーじゃん!」

加蓮「何言ってるの? この子がプロデューサーとか――」

社長「その通り、この写真の少女はここにいるこいつだ」

加蓮「えぇっ⁉」

P「なんで写真持ち歩いてるんですか!」

みく「え、この子がこの人……嘘⁉」

編集長「女装ってレベルじゃないわよ、これ⁉」

社長「編集長、凄い綺麗な子なら企画に参加しても問題ないだろう?」

編集長「えぇ⁉」



P「いやいやいや! 問題ありますから! むしろ問題しかないですから! アイドルの企画ですよ⁉」

社長「大丈夫だ。女装したお前は、既にうちのアイドル名簿に登録してある。No.0でな」

P「なに勝手にそんなことしてんですか⁉」

社長「いいからやれ! こいつらの初仕事、台無しになってもいいのか⁉」

P「ぐぅっ⁉ そ、それを言われると……」

奈緒「あの、すみません、社長」

社長「なんだ、神谷」

奈緒「女装したプロデューサーと一緒に仕事するというのは、台無しには含まれないんでしょうか?」

社長「……。……さあ後輩、やれるのか?」

奈緒「無視された!」

P「……やります」

加蓮「やるの⁉」



―――十数分後


P「―――待たせたわね」

社長「相変わらずのクオリティだな、後輩」

奈緒「もう口調変えてるし……。実際に見るとホントに男だと分からないな」

加蓮「全然美少女で通用するね……」

奈緒「ていうか、よくウィッグとかあったよな」

編集長「プロデューサーくん、女装が趣味だったの?」

P「違いますよ! 高校の時に、先輩によく悪ふざけでやらされてたんです!」

奈緒「すごい青春送ってるな」

社長「編集長、今日のこいつはアイドル『Pii』ということでよろしく」

編集長「……もうなんでもいいです」

奈緒「編集長もうヤケだな」

社長「神谷と北条も、こいつのことはプロデューサーとは思わないで、『Pii』だと思え」

奈緒「そっちのが精神衛生上良さそうですね……じゃあPiiって呼ぶことにするよ」

加蓮「私もPiiさんって呼ぶね」

Pii「それでいいわ。奈緒ちゃん、加蓮ちゃん」

加蓮「ち、ちゃんって……うぅ、ちょっと鳥肌立った」

Pii「俺だってやりたくてやってんじゃないんだぞ!……じゃなかった。―――じゃないのよ!」

奈緒「あのさ、なんで声まで高くなってるんだ……?」

Pii「裏声よ」

奈緒「あんたの裏声すげぇな!」

加蓮「そういえば、前川さんは?」

編集長「彼女も着替えてくるそうよ」



みく「お待たせにゃ!」



『……にゃ?』

編集長「ま、前川さん? どうしたの、その猫耳?」

みく「よくぞ聞いてくれました! この猫耳こそ、みくのアイデンティティ! アイドルと言ったらカワイイ! カワイイと言ったらネコチャン! というわけで、みくはネコチャンアイドルなのにゃ!」

編集長「あなたはマトモな子だと思ってたのに!」



加蓮(あっちのチーム、キャラ濃いなぁ)

Pii「みくちゃん。今日はパートナー、よろしくね」

みく「え、さっきのプロデューサーさんですか……? ホントに男の人とは思えない……」

Pii「もう私はプロデューサーではなく、アイドル『Pii』よ。一緒に頑張りましょうね」

みく「あ、はい……よろしくね、Piiチャン!」

奈緒「前川さんすげぇ! ドン引いてたのに、もうスイッチ切り替えたぞ!」

加蓮「やっぱり根っこのところはマジメなのかもね、前川さん」

みく「あ、2人ともみくでいいよ。前川さんとか言われるとムズムズするから」

奈緒「そっか。じゃ、あたしも奈緒でいいよ、みく」

加蓮「私も加蓮で」

みく「うん、分かったにゃ」

社長「さて、では私は仕事があるのでもう行くか」

Pii「余計なことだけして去っていくんですね」

社長「じゃあな。Pii」

Pii「やかましいわ!」

加蓮「嵐のような人だったね」

奈緒「被害甚大だもんな……」

Pii「はぁ……。さて、奈緒ちゃん、加蓮ちゃん。私はみくちゃんとペアを組む以上、あなたたちの敵……たとえ担当アイドルでも手加減はしないわ! 本気でかかってきなさい!」

奈緒「言われなくてもプロデュ―――Piiに手加減なんてする気ない! ぶっ倒してやる!」

Pii「完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ……!」

奈緒「やれるもんならやってみろよ……!」

みく「ふ、2人とも熱いにゃ!」

加蓮(Piiさん、勝っちゃったら表紙に載ることになるって覚えてるのかな……?)



―――1戦目 ジェンガ勝負


奈緒「……なぜにジェンガ?」

加蓮「これで勝負するんですか?」

編集長「そうよ」

奈緒「これ、わざわざスタジオでやらなくても……」

編集長「他にも色々やるのよ。まずはそれ。もうビデオの準備は出来てるから、早く始めちゃって」

Pii「じゃあ最初は私からよ。見せてあげるわ、私の力を! はぁっ!」

奈緒「なにぃっ⁉ 一瞬でジェンガを取っただと⁉」

Pii「ジェンガの極意―――それはためらわないこと!」

奈緒「くっ、このPiiのオーラ……! こいつ、歴戦のジェンガリストか!」

加蓮「ジェンガリストって何?」

奈緒「次はあたしの番だ! くらえ、人差しの一刺し(ワンポイントストライク)!」

Pii「必殺技ですって⁉」

加蓮「ねぇ、さっきから2人ともテンション高すぎじゃない? うざいくらいに」

Pii「次はみくちゃんの番よ! 目にもの見せちゃいなさい!」

みく「分かったにゃ! 必殺、ネコチャンハンドー!」

奈緒「猫の手でジェンガを取ろうとするだと⁉」


《ガシャーン!》


みく「しまったにゃ! 猫ちゃんの手じゃジェンガなんて取れなかったにゃ!」

奈緒「そりゃそうだろ!」

編集長「1戦目は奈緒&加蓮ペアの勝ちね」

加蓮「……まさか今日一日このテンションでいくの?」



*テンションがうざいので以下ダイジェストでお送りします(本筋に全く関わらないので飛ばし読み推奨)


―――13戦目 卓球勝負


Pii「くらいなさい! シューティングスタードライブ!」

奈緒「ボールを高く打ち上げた⁉ そんなの入るわけないだろ!」

Pii「それはどうかしらね?」

奈緒「何⁉」


《シュルルルルル――――カーンッ!》


奈緒「馬鹿な⁉ 卓球台の端をかすめただと⁉」

Pii「ボールに超高速の縦回転を加えることで、ボールの高さが頂点に達した時、流星のように急降下するのよ!」

加蓮「もう人間業じゃないね」

みく「みくはネコチャンにゃ」


―――32戦目 遊○王タッグデュエル勝負


Pii「トリ○ューラでダイレクトアタック!」

奈緒「ぐぁああああっ!」

Pii「これで……満足したわ」


―――63戦目 カラオケデュエット勝負


みく「Piiチャン、何歌う?」

Pii「もう決まってるわ。みくちゃんと一緒に歌うんだもの、ここは――」

みく「ネコチャンの曲?」

Pii「『みく○くにしてあげる♪』よ!」

みく「それは違うみくにゃ!」


―――84戦目 しりとり勝負


奈緒「りんご」

Pii「ゴリラ」

加蓮「ラムネ」

みく「ネコチャン!」

編集長「はい、終了ね」



―――100戦終了


編集長「さて、ようやく100戦終わったわけだけど……まさかのどちらも50勝50敗になったわ。だから延長戦として、101戦目をやってもらうわね」

奈緒「ケリをつけてやる!」

Pii「勝つのは私たちよ!」

みく「ここまで来たら負けられないにゃ!」

加蓮(ようやく終わるよ……すごい疲れた。みんなのテンションが)

編集長「最後の勝負は……ジャンケンよ!」

奈緒「最後がそれ⁉」

編集長「だって101戦目なんて考えてなかったんだもの。だから準備もしてないし」

奈緒「な、なら仕方ないか」

編集長「それぞれ代表者を出して、1対1でやってもらうわ」

奈緒「加蓮、あたしがやっていいか?」

加蓮「い-よー(もうどうでも)」

Pii「私たちはどうする?」

みく「みくにやらせてPiiチャン」

Pii「……分かったわ。頼んだわよ、みくちゃん!」

みく「任せるにゃ!」

編集長「さあ、泣いても笑ってもこれが最後よ! せーの、ジャーンケーン」



奈緒・みく『ポン!』





―――スタジオ 廊下


P(ようやく元の格好に戻れたよ……。女装って何度やっても慣れないよな……慣れたくないけど。さて、奈緒と加蓮を待たせてるし、とっとと外に行くか。廊下を走るのは危ないから、競歩で……!)


《どんっ!》


???「きゃっ!」

P「うおっ⁉」



P(な、なんだ⁉ あ、女の子とぶつかっちまったのか!)

P「す、すみません、怪我は無いですか?」

少女「えぇ、すみません、だいじょうぶ……です……」

P「立ち上がれます? 良かったら手に掴まってください」

少女「あ、ありがとう……ございます……。はっ……………………」

P「? どうかしましたか?」

少女「な、なんでもありません……で、では……」

P「あ、はい」

P(あの子、行っちゃったけど……あの様子なら大丈夫そうだな。さて、やっぱり競歩も危ないな……歩いて行くことにしよ)




少女「見つけた……」




―――スタジオ 外


奈緒「今日は疲れたな、加蓮」

加蓮「ホントだよ。すっごい疲れた」

奈緒「やっぱ仕事って疲れるもんだなー」

加蓮(仕事かどうかは関係ないなぁ……少なくとも私は)

P「待たせたな、2人とも」

奈緒「ようやく男に戻ったかプロデューサー」

P「まあな」

加蓮「残念。似合ってたのに、『Pii』の格好」

P「似合ってても全然嬉しくないからな?」

奈緒「ノリノリだったくせに何言ってんだ」

P「ああでもしてないと、精神がもたないんだよ」

みく「Pチャン、奈緒チャン、加蓮チャン、お疲れさま」

P「お、みくちゃ―――じゃない! みく、お疲れさま」

奈緒「まだ『Pii』が残ってるな」

P「仕方ないだろ。今日一日、ずっとそう呼んでたんだから」

みく「みくは別にみくちゃんでいーよ?」

P「こっちが恥ずかしいんだ。もう普通に呼ばせてもらうよ」

みく「Pチャンがそう言うならそれでいいけど。みく、今日はすごく楽しかったにゃ」

奈緒「あたしも楽しかったよ」

加蓮「あんまり仕事って感じしなかったよね」

みく「みんな、また一緒に仕事する時があったら、その時もよろしくね」

奈緒「ああ、こっちこそだ」

加蓮「また楽しくやろうね」

みく「でも、その時は負けないにゃ! 次こそみくが勝つからね!」

奈緒「いや、今度も負ける気はないぞ。な、加蓮」

加蓮「そだねー(今度はまともなテンションだといいなぁ)」



みく「それとPチャンも。もうみくとPチャンは相棒にゃ!」

P「そうだな。またどっかで一緒に仕事できるといいな、みく」

みく「その時はまた女装よろしくね」

P「いや、あれは今回限りだから」

みく「ふふっ、じゃあみくはもう行くにゃ。3人とも、バイバーイ!」

P「おう、じゃあな!」

奈緒「またな、みく」

加蓮「またね、バイバイ」


《プルルルル!》


P「ん? 電話か?」

みく「あ、みくのにゃ。……もしもし? どうしたんですか、社長? 今日の仕事はなんとか無事に……え⁉ そ、それホントですか⁉ じゃあみくは……好きにしろって何それ⁉ ちょっと社長! しゃ―――切りやがったにゃあーっ⁉」

P「お、おい。どうした、みく?」



みく「……みくの事務所、潰れたらしいの」



P「えぇ⁉」

奈緒「そんな急に⁉」

みく「いや、前々からいつか潰れるんじゃないかなぁとは思ってたんだ……。みくがネコチャンアイドルやりたいって言った時あの社長、『猫は古い! これからはキリンアイドルでいこう!』とかわけの分かんないこと言ってたし」

加蓮「キリンって……発想が明後日の方向見てるね」

みく「でもまさかこんなに早く潰れるなんて……もう駄目にゃ……みく、実家に帰るしかないにゃ……」

加蓮「みく……」

奈緒「さすがに可哀想すぎるだろ……。あのさプロデューサー、みくのこと……」

P「ああ、そうだな。―――みく、良かったらうちの事務所に来るか?」

みく「Pチャンたちの事務所……? みく、行っていいの?」

P「ああ、みくが良ければ」

みく「行く……行くにゃ! 良いに決まってるにゃ! ありがとう、Pチャン!」

P「ふっ、相棒をほっとけないからな」

みく「Pチャン……! みくは……みくは今モーレツに感動してるにゃ!」

奈緒「なんだこの茶番」

加蓮「まださっきの熱が残ってるのかな……」



―――翌日 346プロ アイドル部門事務所


未央「おはよー」

???「おはようございます」

未央「うん、おは―――どちら様⁉」

加蓮「何言ってるの、未央?」

奈緒「昨日説明しただろ? 新しくみくが――」

???「おはようございます」

加蓮・奈緒『誰⁉』

ありす「この人がみくさんじゃないんですか?」

奈緒「いや違うって! みくは――」


《ガチャ》


みく「おはよーございまーす! 今日からお世話になります、前川みくでーす! よろしくにゃ!」

奈緒「みくはこっちだ!」

みく「にゃ?」

ありす「そ、それじゃあ、この人はいったい……?」

加蓮「ちひろさん、彼女は?」

ちひろ「え、えーと、それがね―――」


《ガチャ》


P「うぃーっす」

???「プロデューサーさん!」

P「えっ⁉」

奈緒「なんだ、プロデューサーの知り合いか」

P「……どちらさま?」

???「プロデューサーさん、まゆのこと、覚えてないんですか……?」

P「え、どっかで会った……?」

奈緒「おいプロデューサー、それはないだろ」

加蓮「どっかで会ったって……この子、プロデューサーに会いに来たんじゃないの?」

未央「それなのに忘れてるとは……」

ありす「最低、ですね」

みく「Pチャン、ひどいにゃ……」

P「そんな蔑むような目で見るなよ! 本当に覚えが……あっ! もしかして、昨日スタジオの廊下でぶつかった子?」

まゆ「覚えていてくれたんですね!」



P「いや、まあ、うん。でもなんでここに? やっぱりどこか怪我してたの?」

まゆ「いいえ、そうじゃないです。まゆ、今日はプロデューサーさんに……プロデュースしてもらうために来たんですよ。うふふ♪」

P「プロデュース⁉」

奈緒「へぇ、いつの間にこんな子スカウトしてたんだ?」

加蓮「意外とやるね、プロデューサー」

P「えっ⁉ あれ⁉ スカウトなんてしたっけ俺⁉」

未央「何言ってるの? スカウトしたからここに来てるんじゃん」

ありす「スカウトしてないのに、事務所に来るわけないじゃないですか」

P「いや確かにそうなんだけども! でも君、えっと……」

まゆ「あ、まだ自己紹介してなかったですよね。私、佐久間まゆって言います。15才の、B型、乙女座です。うふ♪」

P「そうか、君は佐久間まゆって言うのか。……絶対スカウトしてないよね⁉ 俺、スカウトしてたら名前ぐらい聞くし!」

まゆ「はい、スカウトはされてないですよ。だから自分から来たんです」

P「どういうこと⁉ だって俺そもそも事務所の場所どころか、俺がプロデューサーだってことすら言ってないよね⁉」

まゆ「うふふ、そんなことはどうでもいいじゃないですか」

P「どうでもいい⁉ そうかな⁉ けっこう重要じゃないかな⁉」

奈緒「え、なんだ? 加蓮、あたしちょっと訳分かんなくなってきたんだけど」

加蓮「私も……。でもなんか、プロデューサーが一番困惑してるみたいだよ」

まゆ「昨日お会いしたときは、まゆ、撮影の帰りだったんです。まゆ、読者モデルだったんですよ」

P「あ、そうだったのか。……ん? だった……?」



まゆ「もうやめました」



P「昨日の今日で⁉」

まゆ「だって、まゆ、決めたんです。アイドルになって、貴方にプロデュースされるって。読モは引退して、親も説得しましたよぉ」

P「随分フットワーク軽いね⁉」

まゆ「だからプロデューサーさん、まゆのこと、プロデュースしてくれますよね?」

P「え、えぇ……うーん……」

奈緒「プロデューサー、男なら潔く決めろよ」

女性陣『そーだそーだー!』

P「何だそのお前らの観客目線は! わ、分かったよ! まゆ、君をプロデュースさせてくれ!」

まゆ「ありがとうございます、プロデューサーさん♪」

P(なぜだろう、何か取り返しのつかないことをしてしまった気がする……)



―――レッスン室


まゆ「みなさん、これからよろしくお願いします」

みく「みくもよろしくねー!」

卯月「こちらこそ、よろしくお願いします」

凛「事務所に来たら、まさか2人も増えてるなんてね」

美嘉「びっくりしたよ。ね、楓さん」

楓「ええ、そうね」

まゆ「ところで、まゆ、みなさんに1つ聞きたいことがあるんですけど……」

奈緒「ん? なんだ?」



まゆ「みなさんは、プロデューサーさんのこと、好きですか?」



凛「なっ⁉」

奈緒「? まあ別に嫌いではないぞ。たまに殴りたくなるくらい、むかつく時あるけど」

加蓮「私はまあまあかな」

ありす「私は……普通ですね」

みく「Pチャンはみくの相棒にゃ!」

楓「プロデューサーのことは好きよ」

美嘉「アタシも嫌いじゃないよ」

卯月「私は大好きですよ、プロデューサーさんのこと」

未央「私もプロデューサーは好きだよ、それなりに」

凛「わ、私もまあその……嫌いではないかな」

まゆ「そうですか……分かりました」



まゆ「とりあえず、凛ちゃんだけですね」



凛「何が⁉」

まゆ「うふふ♪」

凛「うふふじゃなくて! なんだか私を見る目が急に怖くなったんだけど!」

まゆ「……」

凛「何か言ってよ!」

奈緒「お、落ち着け凛。よく分からないけど、落ち着け!」



加蓮「今の質問の意図に気付けたの、どれくらいいるー?」

未央「私は気付いたよー」

美嘉「私もー」

卯月「? なんのこと?」

ありす「糸ですか?」

みく「にゃ?」

楓「……?」

加蓮「奈緒も気づいてないっぽいし、私たち3人だけかー」

未央「しぶりんに強力なライバル出現だね」

美嘉「修羅場にならないといいけど……」

加蓮「そういえば、プロデューサーって好きな人いるのかな?」



凛・まゆ『!』



奈緒「な、なんだどうした2人とも。急に動きを止めて」

未央「うーん、好きな人かぁ……」

まゆ「プロデューサーさん、好きな人がいるんですか……?」

加蓮「い、いや、分かんない。だからそんな怖い目しないで」

凛「プロデューサーの好きな人……考えたことなかったかも」

未央「無かったんだ……」

ありす「何の話をしてるんですか?」

卯月「さあ? なんでしょう?」

加蓮「ありすちゃんにはまだ早いかな」

ありす「子供扱いしないでください!」

みく「落ち着くにゃ、ありすちゃん。ほら、ねこじゃらしー!」

ありす「猫扱いもしないでください!」

奈緒「なあ、ていうかいつレッスン始めるんだ?」

加蓮「だってルキちゃん全然来ないし」

奈緒「確かに遅いな……何してんだろ?」

未央「あのさ、誰かプロデューサーに聞きに行ってみない?」

美嘉「え、直接聞くの⁉」

未央「それが一番手っ取り早いじゃん」

加蓮「でも誰が行くの?」



まゆ「……!」
凛「……!」



加蓮「とりあえず、そこでにらみ合ってる2人はやめとくとしてさ」

未央「ジャンケンでいいんじゃない?」

美嘉「テキトーだね」

未央「さあ、みんな集まってー! ジャンケンするよー!」



―――346プロ アイドル部門事務所


奈緒(なんであたしなんだよ! プロデューサーの好きな人とか、激しくどうでもいいのに!……なんかいつもジャンケン負けてる気がするぞ、あたし)



加蓮『ちらっ』
未央『ちらっ』
美嘉『ちらっ』
凛『ちらっ』
まゆ『ちらっ』



奈緒(なんかあいつらドアから覗いてるし! なんだあいつら! 卯月たちと一緒にレッスン室でルキちゃん来るの待ってろよ! あー、もうっ!)

奈緒「よ、よう、プロデューサー」

P「ん? 奈緒? レッスンどうしたんだ?」

奈緒「今はあれだ、休憩中」

P「なんでわざわざ休憩中に事務所に戻ってきたんだ、お前?」

奈緒「いや、ちょっとプロデューサーに聞きたいことがあってさ」

P「聞きたいこと? なんだ?」

奈緒(えーと、さりげなく聞けとか言ってたよな……なら、好きな人という表現を変えたほうがいいな……よし!)



奈緒「プロデューサーの好きなギャルゲーのヒロインって誰?」



P「なんだその質問⁉」



―――事務所の廊下


未央「なに聞いてんの、かみやん⁉」

美嘉「どうさりげなくしたらああなるの……?」

加蓮「奈緒、真面目にやってよ……」



―――事務所


P「え、ギャルゲーのヒロイン? 好きなアニメのヒロインとかならまだしも、随分範囲狭いな……」

奈緒「い、いいから、とにかく答えろって!」

P「うーん……ギャルゲーのヒロインかー……でも一口にギャルゲーと言っても、色々あるからなぁ。例えば、サク○大戦はギャルゲーでいいのか?」

奈緒「あれはギャルゲーでいいと思うぞ」

P「なら、遊○王タッグフォースは?」

奈緒「そ、それは難しいとこだな……でもまあ、6はほぼギャルゲーみたいなもんだし……」


『プルルルル―――』


奈緒「ん? 電話? はい、もしもし?」

加蓮『ギャルゲーの話とかどうでもいいから! もうその話題やめて、別の質問して!』


『プツッ』


P「なんだ? 電話誰からだったんだ?」

奈緒「……なんでもない。プロデューサー、やっぱ今の質問答えなくていいや」

P「え、いいのか?」

奈緒「ああ。その代わり、別の質問に答えてくれ」

P「他にも質問あるの?」

奈緒(別の質問と言われても……どう聞きゃいいんだ?……あ、そういえばハ○ヒに○ョンが……キョ○のあれでいくか!)



奈緒「プロデューサーってどんな髪型に萌える?」



P「お前さっきからその変な質問何なの⁉」



―――廊下


未央「馬鹿なの、かみやん⁉」

美嘉「……これは人選ミスじゃない?」

加蓮「……そうかも」



―――事務所


P「萌え⁉ 髪型に萌えるって何⁉」

奈緒「あ、あるだろ! 男ならポニーテール萌えとか!」

P「お前男を何だと思ってるの⁉ 髪型……髪型かぁ……特にそういうの無いんだけどなぁ……」

奈緒「なるほど、可愛ければなんでも萌えると」

P「なんか言い方に棘ないか⁉」


『プルルルル―――』


奈緒「……またか。はい、もしも―――」

加蓮『ちゃんと聞いて!』


『ブツッ』


奈緒「……」

P「また電話? 相手、誰だ?」

奈緒「……そんなことより、もう一つ質問いい?」

P「えぇー……まだあるの……?」

奈緒(なんか質問考えるのめんどくさくなってきた……もう、さりげなくとかいいや)

奈緒「あー、えーと……ぷ、プロデューサーはさ」

P「今度は何だよ……」



奈緒「ぷ、プロデューサーは……その……す、好きな人とか……い、いるのか?」




―――廊下


未央「直球ぶん投げたー⁉」

美嘉「ここに来てついに奈緒ちゃんがやったよ!」

加蓮「私、信じてたよ、奈緒!」



凛「!」
まゆ「!」



未央「ふ、二人の目が急に怖く……」




―――事務所


P「好きな人?……そりゃ、いっぱいいるけど」

奈緒「いっぱい⁉」

P「アイドル部門のみんなだろ? あと友達もだし、家族も当然―――」

奈緒「そうじゃねぇよ!」

P「え? だって好きな人って……」

奈緒「マジかあんた⁉」



―――廊下


未央「かみやんがやっと直球ぶん投げたと思ったら、今度はプロデューサーかぁ――!」

美嘉「プロデューサーあれ、本気で言ってるのかな?」

加蓮「あの顔は本気だと思うよ……」

社長「ほう、中々面白そうなことをしているじゃないか」

未央「いや、それが全然面白くならなくて―――って社長⁉」

加蓮「なんでここに⁉」



―――事務所


奈緒「おいプロデューサー! せっかくあたしが聞いてやったってのにそれはないだろ⁉ それはないだろ⁉」

P「な、なんでキレてんだ⁉」

奈緒「これがキレずにいられるか!」

社長「まあ落ち着け、神谷」

奈緒「いくら社長に言われても―――社長⁉」

P「先輩、なんでいるんですか⁉」

社長「暇な時間が出来たんでな、暇つぶしに来てみた。そうしたら実に面白いことをしているじゃないか。なあ、神谷?」

奈緒「いや、面白いって……」

社長「後輩、神谷を借りていくぞ」

奈緒「え⁉」

P「先輩、奈緒をどうする気ですか?」

社長「なに、少し話をするだけだ。さあ、行くぞ」

奈緒「え⁉ え⁉ え⁉」



―――廊下


社長「さあ、お前たちも付いて来い」

未央「私たちも⁉」

美嘉「お、怒られるのかな……」

加蓮「そ、そうなんじゃない……?」

社長「勘違いするな。お前たちが知りたいことを私が教えてやろうと思っただけだ」

凛「私たちが知りたいこと……?」

まゆ「それって……」

社長「あいつの好きな相手について……知りたいんだろう?」

凛・まゆ『!』

社長「ここで話すのもあれだからな。社長室で話そう。さあ、来い」

奈緒「あの、社長! それよりそろそろあたしのこと離してくれませんか⁉ あたしその話興味ないんですけど!」

社長「そう言うな、神谷。どうせだからお前も付き合え」

奈緒「なんで⁉」



―――社長室


社長「さて、では話すとするか。後輩の好きな相手について」

美嘉「後輩?」

奈緒「社長、プロデューサーの学生時代の先輩なんだってさ」

美嘉「え、そうなんだ」

社長「そう。だから後輩の好きな相手についても心当たりがある」

凛・まゆ『……!』

未央「そ、それはいったい……?」

社長「結論から言おう。―――奴に好きな相手などいない!」

凛・まゆ『!』


凛とまゆが小さくガッツポーズをした。


未央「えぇ⁉」

美嘉「いないの⁉」

加蓮「でも社長、好きな相手について知ってるって……」

社長「いないということを知っているという意味だ」

奈緒「紛らわしい言い方を……」

美嘉「で、でもそれホントなんですか⁉」

社長「間違いない。……昔話をしよう、奴が高校2年生の時の話だ。その日、あいつは同級生の女子に屋上に呼び出された」

奈緒「え⁉ まさか告白⁉ プロデューサーってモテたんですか⁉」

社長「基本的にはモテないんだがな。一部からはモテたんだ」

奈緒「一部ってどんな……?」

社長「そこは今どうでもいい。とにかく後輩は屋上に呼び出され、その女子に告白された」

未央・美嘉・加蓮『おおっ!』

凛・まゆ『……』

奈緒(2人の目が怖い……)



―――回想


女子「あの……私……」

P「……」

女子「私、あなたのことが好きなの!」

P「……俺も好きだ」

女子「! じゃ、じゃあ――」

P「でもなんで今さらそんなこと言うんだ? 好きじゃなきゃ友達やってないだろ?」

女子「はあ⁉」

P「え、どうかした?」

女子「……おらぁっ!」

P「げふぉっ⁉」



―――現在


社長「その女子は後輩にドロップキックを食らわせて去っていった」

未央・美嘉・加蓮・奈緒『うわぁ……』

社長「つまりな……あいつは朴念仁なんだ。鈍感さが尋常じゃない。さっき神谷が聞いた時もそうだっただろう?」

奈緒「確かに……」

社長「あいつに好きなタイプを聞いてみろ。間違いなく、くさタイプと答えるぞ」

奈緒「それ好きなポ○モンのタイプ!」

加蓮「でも、なんで社長がその告白のこと知ってるんですか?」

未央「もしかして、その時告白したのって……」

社長「いや、私じゃないぞ? 私はその時物陰から隠れて見ていたんだ。ドロップキックが見事に決まった瞬間は腹を抱えるほど爆笑させてもらった。いやー、あの時は最高だったな」

奈緒(性格悪っ!)

社長「神谷、今何か思ったか?」

奈緒「いえ、何も!」

社長「まあ、とにかくあいつはそう言う奴なんだ。だから好きな相手などいるわけがない。そもそも恋愛感情を理解しているかどうかさえ怪しい。いや、多分理解していない」

未央「な、なるほど……」

社長「奴を落とすのはすさまじく難しいぞ? だからせいぜい頑張るんだな、そこの2人は」

まゆ「はい。情報提供ありがとうございます、社長さん」

凛「わっ、私は別にそんな……」

社長「渋谷……お前あんなことになっておいて、今さらごまかしても……」

凛「そ、そのことは言わないでください!」

奈緒「? そのことってなんだ?」

凛「何でもないから!」

加蓮「えぇー、気になるなぁ」

未央「いやー、実はね?」

凛「未央、あれだけは話したら絶対に許さないからね……?」

未央「……はい」

美嘉「一体何があったの……?」



 第5話 終わり



―――レッスン室


卯月「凛ちゃんたち、戻ってきませんね」

楓「そうね。何をしているのかしら?」

みく「こうにゃ、ありすちゃん。にゃあー!」

ありす「にゃ、にゃあー」

みく「もっと元気よく、にゃあー!」

ありす「に、にゃあー!」

みく「うん、完璧にゃ!」

ありす「……あの、これ本当にアイドルに関係あるんですか?」



……ほんとにおわり


以上で、第5話終わりとなります。

凛の過去に何があったかは……いずれ明かされると思います。
ご了承ください。

第6話 あたしらのウォーゲーム!



―――事務所


奈緒「おはよーっす」

未央「おはよー」

ありす「おはようございます」

P「おう、おはよう」

ちひろ「おはようございます」

P「ん? お前らだけか? 加蓮たちはどうした?」



奈緒・未央・ありす『ああん⁉』



P「うぇえ⁉ な、なんだその不機嫌そうな顔は⁉」

奈緒「プロデューサー、その名前をあたしたちの前で出すな!」

P「え、何? どしたの?」

未央「ぺっ!」

P「未央⁉ 唾吐くとか……あ、吐いたふりか。でもなんでそんな真似した⁉」

ありす「むぅー、はらわたが煮えくり返ります……!」

P「煮えくり返るて。よくそんな言葉知ってたな、ありす」

奈緒「あたしたち、もうレッスン室行くからな!」

未央「ここにいると、奴らと顔合わせることになるし!」

ありす「そんなの耐えられません……!」

奈緒・未央・ありす『じゃあな(じゃあね・では)!』


《ガチャ―――バタン!》


P「……今の、なんだったんでしょう?」

ちひろ「さあ……。虫の居所でも悪かったんですかね」



―――数分後


加蓮「おはよー」

みく「おはよーにゃ!」

まゆ「おはようございます」

P「おう、おはよう」

ちひろ「おはようございます」

P「なあ、お前らに聞きたいんだけど、奈緒たちのこと―――」



加蓮・みく・まゆ『は……?』



P「うぇぇ⁉ な、なんだその凍てつくような冷たい目は⁉」

加蓮「プロデューサー、私たちの前でその名前を口にしないで!」

P「え、お前もそれ言うの⁉ じゃあまさかみくも――」

みく「ぷぇっくしゅ!」

P「違った! くしゃみしただけだった!」

まゆ「あぁ……はらわたを取り出して刻んでやりたいです……!」

P「こっちも違うけど、すげぇ怖いこと言ってる!」

加蓮「私たち、もうレッスン室行くから」

みく「ここにいるとあいつらと顔を合わせることになっちゃうにゃ!」

まゆ「そんなの、耐えられませんよね……!」

加蓮・みく・まゆ『じゃあね(では)!』


《ガチャ―――バタン!》


P「……あいつらまでなんなんだ?」

ちひろ「話を聞く限り……喧嘩をしているみたいですね」

P「多分そうでしょうね……ん? ちひろさん、加蓮たちレッスン室に行くって言いましたよね……?」

ちひろ「はい、そう言って――あっ⁉ 奈緒ちゃんたちもさっきレッスン室に行くと言って……⁉」

P「やべっ、あいつら鉢合わせちゃいますよ!」


《ガチャ》


卯月「おはようございます」

凛「おはよう」

楓「おはようございます」

美嘉「おはよー☆ いやー、ちょうどそこでみんなと会ってさー」

P「緊急事態だ! レッスン室に行くぞ!」

卯月「え、えぇっ⁉」

凛「緊急事態って……」

楓「穏やかではないですね」

美嘉「なになに、どうかしたの?」

P「いいから急げ!」



―――レッスン室


奈緒「お前ら、よくあたしたちの前に顔出せたな!」

加蓮「それはこっちの台詞なんだけど!」

未央「ミャー!」

みく「ニャー!」

ありす「むくぅー!」

まゆ「むむむ…………ふふっ」

ありす「な、なんで笑うんですか!」


《ガチャ!》


P「遅かったか……!」

ちひろ「既に争いが始まっていますね……!」

美嘉「争い? あ、奈緒ちゃんと加蓮が喧嘩してる!」

楓「未央ちゃんとみくちゃんは、威嚇し合ってるわね」

凛「ありすとまゆは、にらめっこしてるだけに見えるんだけど……」

卯月「み、みなさん落ち着いてください!」

奈緒「あたしは、加蓮たちがしたことを絶対に許さないからな!」

加蓮「それもこっちの台詞だから! 奈緒たちがしたこと……まだ怒りが収まらない!」

P「お、お前ら喧嘩すんなって。そもそもなんで喧嘩してんだ? 俺たちに説明しろ」

奈緒「加蓮たちが、あたしたちの大切な―――」

加蓮「奈緒たちが、私たちの大切な―――」



奈緒「ゲームのデータを消したんだ!」

加蓮「手作りのお菓子を食べたの!」



P「……はぁ?」

凛(……なんか、すごくどうでもよくなってきた)



―――昨日 アイドル寮 奈緒の部屋


奈緒「さあ、今日もゲームの続きやるぞー!」

未央・ありす『おぉー!』

奈緒「最近ちまちまやってるけど、まだまだ終わりそうにないもんな」

未央「今中盤くらいかな?」

ありす「多分、そうじゃないですか? もう10時間以上はやってますし」

未央「じゃあありすちゃん、操作は任せたよ!」

ありす「任されました!」



―――同じ時間 アイドル寮 食堂


加蓮「それじゃ、まゆ先生のお菓子作り教室、始めよっか」

まゆ「加蓮ちゃん、先生はやめてくださいよぉ」

みく「まゆチャンはみくたちにお菓子の作り方教えてくれるんだから、先生でいいと思うにゃ!」

まゆ「みくちゃんまで……仕方がないですね」

加蓮「それで先生、今日は何作るの?」

まゆ「今日作るのは、ドーナツです」

加蓮「ドーナツ? ドーナツ作るのって、けっこう難しいんじゃない?」

まゆ「そんなことありませんよ。やってみれば、意外と簡単に作れるんです」

みく「へー、そーなんだぁ」

まゆ「では、まずは材料を用意しましょう。ドーナツは色々な種類がありますから、材料も作りたいドーナツによって大きく変わるんです。今日は主に小麦粉を使ってオールドファッションを作ってみましょう」

加蓮・みく『はーい、先生』

まゆ「ではまずはバターと砂糖を―――」



―――奈緒の部屋


奈緒「ありす、こいつには氷系の魔法が効くはずだ!」

ありす「氷系ですね! 了解です!」

未央「よし、そのまま連続攻撃!」

ありす「はい、いきます!」



―――食堂


『勝ったぁ―――――!』


加蓮「……奈緒たち、随分盛り上がってるね」

みく「最近、ずっとゲームにハマってるみたいだにゃ」

まゆ「そんなに面白いんですかね?」

加蓮「うーん、私にはいまいち面白さが分かんないや。それより先生、次はどうするの?」

まゆ「あとは油であげて、最後にチョコをかければ出来上がりです」

みく「よーし、ラストスパートにゃ!」



―――奈緒Room


奈緒「ま、負けた……!」

ありす「強いです……!」

未央「ど、どうする? レベル上げる?」

奈緒「いや、もう攻撃パターンも弱点も分かった。このままもう一度だ!」

ありす「はい、次こそ勝ちます!」



―――食堂



『出来たーっ!』



みく「やっと出来たね」

まゆ「お疲れさまでした」

加蓮「どれ、じゃあ美味しく出来たかなー?」

みく「はいストップ」

加蓮「な、なんで止めるの」

みく「もう夜中なんだから、お菓子とか食べちゃ駄目。明日にするにゃ」

加蓮「えぇ⁉ で、でもせっかく作ったんだよ?」

みく「アイドルなんだから、食生活はきちんとしなきゃ」

加蓮「うぅ……一理ある」

まゆ「明日、事務所に持って行って、みんなで食べましょう」

加蓮「そうだね……そうしよっか」

まゆ「では使った道具を片付けましょう。片付けまでが料理です」

加蓮「はーい」

みく「片付けたら、お風呂に入ろうよ」

まゆ「そうですね」

加蓮「ならとっとと片付けますか」



―――奈緒Room


奈緒「行け、ありす!」

未央「これで決めるよ!」

ありす「はい!」



『いっけぇー!』



奈緒「……」

未央「……」

ありす「……」



『…………』



奈緒「よっしゃ!」

未央「勝ったぁー!」

ありす「やりましたっ! やりましたっ!」



『いえーいっ!』

《パァンッ!》



奈緒「ふぅ……中々手強いボスだったな」

未央「どうする? このまま続きやっちゃう?」

ありす「少し休憩にしませんか?」

奈緒「そうだな、少し疲れた」

ありす「じゃあセーブして……終了です」

未央「ねぇ、食堂に行って何か食べようよ。私、お腹空いちゃった」

奈緒「いいな、賛成」

ありす「けっこうエネルギー使いましたもんね」

未央「決まりだね。じゃ、食堂に行こっか」

奈緒「あ、待った待った。どうせならそのままお風呂にも行かないか?」

ありす「そうですね。ゲームに熱中していて、けっこう汗かきましたし」

未央「じゃあ着替えを持ってく感じ?」

奈緒「2度手間になるより楽でいいだろ」

ありす「では、着替えを持って食堂へ行きましょう」



―――大浴場


加蓮「んー、気持ちいい♪」

みく「安らぎのひと時だね……」

まゆ「加蓮ちゃん、みくちゃん。お風呂から上がったら、奈緒ちゃんの部屋に行ってみませんか? そろそろゲームやりすぎだと思うので」

加蓮「そうだね、私たちで止めるとしますか」

みく「やれやれ、世話が焼けるにゃ」



―――食堂


奈緒「あれ? 加蓮たち居ないな。あたしたちがゲーム始める前に、何か食堂でやるとか言ってなかったか?」

未央「そういえば言ってたような……何やるって言ってたっけ?」

ありす「……ゲームすることしか考えてなかったので、あまりよく覚えてないです」

未央「……私も」

奈緒「……あたしもだ。ちょっと夢中になりすぎてたかも」

未央「だね……。……んん? 何かあるよ?」

ありす「これは……ど、ドーナツです!」

奈緒「お、ホントだ。ちょうどいいや、これ貰おうぜ」

未央「お腹が空いた私たちへの、神様からのプレゼントだね♪」

ありす「ですね♪……いやいや、それはないです。加蓮さんたちのうちの誰かのものじゃないですか?」

奈緒「まあ、そうだろうけどさ。こんなとこに出してあるんだし、食べても大丈夫だろ。むしろ食べてくれって感じじゃないか?」

ありす「確かに……食べられたくないなら、しまっておきますよね」

未央「じゃあ3人で食べちゃお!」



奈緒・未央・ありす『いっただっきまーすっ!』




―――奈緒の部屋


加蓮「奈緒―、まだゲームやってるのー?……あれ? 居ないし。どこ行っちゃったんだろ?」

みく「さっきまであんなに騒がしかったのに」

まゆ「もうゲームはやめているみたいですね……あ、これが奈緒ちゃんたちのハマっているゲームですか?」

みく「多分そうだと思うよ」

加蓮「……ねぇねぇ、ちょっと私たちもやってみない?」

みく「これを? うーん……じゃあ、試しにやってみちゃう?」

まゆ「でも勝手にやるのはまずいんじゃ……」

加蓮「大丈夫じゃない? 少しやるだけなら」

まゆ「そ、そうですかね……?」

みく「漫画借りるのと同じだよ。えっと電源は……これかにゃ?」

加蓮「あ、みく正解みたい。点いたよ。えーっと……はじめから、でいいのかな」



―――大浴場


奈緒「にしても、さっきのドーナツ美味かったな」

未央「誰が買ってきたんだろうね?」

ありす「後でお礼を言いましょう」




―――奈緒Room


加蓮「はっ! もう30分も経ってる⁉」

みく「え、そんなに⁉」

まゆ「ゲームをやっていると、時間が経つのが早いですね」

加蓮「もうやめよ。わりと面白かったけど、ミイラ取りがミイラになっちゃうし」

みく「そうだね」

まゆ「やめるには、このまま電源を切ればいいんでしょうか?」

みく「いや、ここまでやったんだし、セーブしておこうよ。そうすればまたここから再開できるはずにゃ」

加蓮「セーブって……これかな?……よし、じゃあ電源を切ってと」

まゆ「それにしても、奈緒ちゃんたち戻ってきませんね」

みく「何してるんだろ?」

加蓮「ちょっと探してみよっか」



―――数分後、奈緒Room


奈緒「さて、じゃあもう少しだけやるか?」

未央「だね」

ありす「ではちょっとだけ――――あれ?」

奈緒「どした?」



ありす「せ、セーブデータが……消えてます……」



奈緒・未央『なんだって⁉』

奈緒「ちょ、え⁉ マジで消えてるじゃんか!」

未央「なんで⁉ バグ⁉」

奈緒「いやこんなバグあったら、即修正されるぞ!」

ありす「これは消えたというより、データの上書きをしたような……」

奈緒「上書き……この寮であたしたち以外にそんなこと出来る奴は……!」



―――食堂


加蓮「食堂にもいないや」

みく「もしかしてお風呂入ってるのかな?」

加蓮「あ、そうかも。じゃあ部屋で待ってれば良かったかな」

まゆ「……あれ? 加蓮ちゃん、みくちゃん、ドーナツ移動させましたか?」

みく「? してないけど」

加蓮「私も」



まゆ「でも、ここにあったドーナツが無くなっているんですが……」



加蓮・みく『えぇ⁉』

加蓮「ど、どこかに無いの⁉」

まゆ「え、えーっと……」

みく「……ああっ⁉」

加蓮「どうしたの、みく?」

みく「シ、シンクに……ドーナツを乗せておいたお皿が!」

加蓮「お皿……だけ?」

みく「……うん」

まゆ「じゃあ、ドーナツは……もう……」

加蓮「この寮で、私たち以外にそんなこと出来るのは……!」


《ドタドタドタ―――ガチャ!》



奈緒「―――加蓮っ!」

加蓮「! 奈緒っ!」




奈緒「加蓮たちのうち誰か、あたしたちのゲームのセーブデータ消しただろ!」

加蓮「奈緒たちのうち誰か、私たちの作ったドーナツ食べたでしょ!」

未央「ドーナツ……あっ」

みく「ゲームのセーブデータ……あっ」

ありす「そ、その反応、やっぱり心当たりあるんですね!」

まゆ「そ、そっちこそ心当たりがあるって顔に書いてありますよ!」

奈緒「ああ、ドーナツなら3人で美味しくいただいたよ!」

加蓮「やっぱり! 作った私たちもまだ食べてなかったのに!」

奈緒「それよりあたしたちのゲームやったんだな⁉」

加蓮「やったよ! 3人でちょっとだけね!」

奈緒「やっぱり! せっかくあそこまで進めたのに!」

加蓮「それより人のドーナツ食べるってどういうこと⁉」

奈緒「置いてあったんだから食べていいんだと思うだろ!」

加蓮「はぁ⁉ 普通食べたりしないでしょ! 意味分かんないんだけど!」

奈緒「あたしからすればそっちのが意味分かんないけどな! なんで人のゲーム勝手にやるんだ! いや、やるだけならまだいい! データ消すことないだろ!」

加蓮「そんなの知らないし!」

未央「知らないじゃ済まされないよ!」

みく「知らないものは知らないにゃ! それよりドーナツ返してよ!」

ありす「食べちゃったのに返せるわけないじゃないですか! それよりデータ元に戻してください!」

まゆ「消えちゃったなら元に戻らないでしょう! そもそも戻し方とか分かりません!」

奈緒「とにかくまずは謝れ! あたしたちに謝れ!」

加蓮「謝るのはそっちでしょ! 私たちに謝って!」

未央「誰が謝るもんか!」

みく「こっちだって謝るとかありえないにゃ!」

ありす「なっ⁉ そっちがその気なら、もういいです!」

まゆ「許せません! もうありすちゃんたちとは――」



『絶交だっ!』




―――現在


凛(そんなくだらないことで……)

P「……お前ら、そんなくだらないことで喧嘩してたの?」

凛(言っちゃったよ)

奈緒「くだらないだと⁉」

加蓮「プロデューサーには分からないかもしれないけどね!」

未央「あのセーブデータには私たちの努力が!」

みく「あのドーナツにはみくたちの真心が!」

ありす「目いっぱい詰まってたんです!」

まゆ「たくさん籠ってたんですよ!」



『だから、全然くだらなくなんてないんだよ(です)!』



P「お、おう、そうか。わ、悪かった」

奈緒「ちっ、こんな奴らと一緒の部屋でレッスンなんてできるか!」

未央「私たちは隣の部屋でやるからね!」

ありす「ふんっ、です!」


《ガチャ!》


P「あいつら……」

凛「どうする?」

P「なんとか仲直りさせるしかないだろ」

加蓮「仲直りなんてする気ないから!」

P「……駄目だ。みんな、一旦出よう」



―――廊下


P「お互いにヒートアップしてるから、なんとかクールダウンさせないと、まともに仲直りとかしそうにないな……」

卯月「ど、どうすればいいんでしょう?」

P「……とにかくそれぞれと話をしよう。ちひろさん、加蓮たちの方、お願いできますか?」

ちひろ「はい。ではプロデューサーさんは奈緒ちゃんたちを?」

P「俺もゲームはわりとやるんで、奈緒たちの話をちゃんと聞いてやれると思うんです。でも俺、お菓子作りはやったことないので……」

ちひろ「そういうことでしたら、確かに私の方が加蓮ちゃんたちの話を聞くには適任かもしれませんね」

P「お願いします」

美嘉「私たちは?」

P「そうだな……なら2人ずつ一緒に付いて来てくれ」



―――奈緒side レッスン室A


P「なあ、お前ら。セーブデータって全部消えたのか? 完全に最初から?」

奈緒「……そうだよ」

未央「くっ、別のスロットにバックアップしておけば……」

ありす「まさか消されるなんて思いませんよ……」

P(大分落ち込んでんな……)

P「ど、どのくらいやってたんだ?」

奈緒「10時間ちょい」

P「なんだそんなもんか」

奈緒「なんだと!」

P「やべっ⁉」

凛(なんで余計なこと言うかな……)

奈緒「確かに数百時間とかじゃないけどな! それでもあのゲーム、あたしたち3人で毎日ちまちまと進めてきたんだ!」

未央「それを消された悲しみと怒り、プロデューサーに分かる⁉」

ありす「分かるわけありません!」

P「お、落ち着けお前ら! そんなもんとか言って悪かったから――」



奈緒「例えばプロデューサー! あんたのモン○ンのデータ、全部消されたらどうする⁉」



P「……」

未央「それでも怒らずにいられる⁉」

P「……多分、キレる」

ありす「なら私たちの気持ちも分かるでしょう!」

P「めっちゃ分かる! 加蓮たちなんてことしやがったんだ!」

凛「プロデューサーがヒートアップしてどうするの!」

美嘉「駄目だこりゃ」



―――加蓮side レッスン室B


ちひろ「みんな、ドーナツを食べられて悲しいのは分かるけれど、もう許してあげたらどう?」

加蓮「そんな簡単に許せることじゃないです!」

みく「そうにゃ! そもそもあのドーナツ、今日事務所に持ってきてみんなに食べてもらうつもりだったのに!」

ちひろ「え、そうだったの?」

まゆ「はい、プロデューサーさんにも食べてもらおうと……。それなのに……!」

加蓮「奈緒たち3人で、全部食べちゃったんですよ!」

ちひろ「そう……」

加蓮「もちろん、ちひろさんの分もあったんですけど……」

ちひろ「……それも奈緒ちゃんたちがもれなく食べたと?」

加蓮「はい」



ちひろ「許しがたい行為ね……!」



卯月「ちひろさん⁉」

楓「食べ物の恨みは怖いと言うけれど……」



―――廊下


P「これはどう考えても加蓮たちのが悪いですよ!」

ちひろ「いいえ、奈緒ちゃんたちの方が酷いことをしていると思います!」

美嘉「戦火が広がったね」

凛「この2人は駄目だよ」

楓「どうすればいいかしら……」

卯月「プ、プロデューサーさん……」

P「セーブデータって言うのはですね、血と汗と涙の結晶なんですよ! それを消すなんてとんでもない!」

卯月「ちひろさんも……」

ちひろ「女の子が心をこめて作ったお菓子は、何物にも代えがたいものなんです! それを勝手に食べるなんて……!」



卯月「……2人とも、やめてくださいっ!」



P「……卯月?」

ちひろ「卯月ちゃん?」

卯月「喧嘩なんてやめてください。未央ちゃんたちを仲直りさせなきゃいけないのに、プロデューサーさんたちまで喧嘩をしていたら、仲直りなんてさせられないと思います」

P「うっ」

ちひろ「正論すぎます……」

卯月「だから、まずはプロデューサーさんとちひろさんが仲直りしませんか? それで次は未央ちゃんたちです」

P「……すみません、ちひろさん。奈緒たちに共感しすぎてました」

ちひろ「いえ、こちらこそすみません。ドーナツを食べられなかった恨みから、つい……」

美嘉「仲直りさせちゃった」

楓「卯月ちゃん、すごいわ」

凛「さすがだね、卯月」

卯月「そ、そんなことないよ」

P「いや、おかげで目が覚めた」

ちひろ「ありがとう、卯月ちゃん」

卯月「あ……えへへ」

P「さて、じゃあ次はあいつらをどうにかしないとな」

凛「ねぇ、プロデューサー。私、今いい考えが浮かんだんだけど」

P「奇遇だな、俺もだ」



卯月「……え? どうして2人とも、私を見ているんですか?」




―――奈緒side レッスン室A


未央「? しまむー、どうしたの?」

卯月「え、えーっと……未央ちゃんたち、まだ加蓮ちゃんたちのこと怒ってるの?」

未央「怒ってるよ!」

奈緒「当然だろ!」

ありす「怒髪天です!」

卯月(こ、これはプロデューサーさんとちひろさんとは怒りの度合いが違うよぅ……。チラッ……やっぱり無理です、プロデューサーさぁん!)



―――レッスン室 廊下


P「なんかこっちをすがるように見てるな……」

凛「助け船がいるかも……」

P「よし、行け美嘉!」

美嘉「アタシ⁉ 行けって、どうすればいいの⁉」

P「卯月とまともに話が出来るように、未央たちを落ち着かせるんだ! だから……ごにょごにょ」

美嘉「……はぁ⁉ やだよ、そんなの! ていうかそれ絶対効果ないでしょ!」

P「俺を信じろ! 凛も一緒にやるから!」

凛「なんで私を巻き込むの⁉」



―――レッスン室A


卯月(プロデューサーさぁん……あれ? 凛ちゃんと美嘉ちゃんが入ってきた)

卯月「凛ちゃん、美嘉ちゃん?」

凛「……本当に……の……?」

美嘉「……しかないでしょ……」

卯月「?」

未央「しぶりんと美嘉ねー、何か用?」

美嘉「……か……か……」

未央「か?」



美嘉「カリスマJK城ケ崎美嘉の!」

凛「女子力アップ☆特別講座ー!」



『急になんか始まった⁉』

凛「さあ今日も始まりましたね~、美嘉先生」

美嘉「そうですね~、凛アシ」

卯月「なんですかこれ⁉」

美嘉「では今回は、アイドル部門の中でも女子力が格段に低い、奈緒ちゃんにスポットを当てたいと思いまーす☆」

奈緒「格段に低い⁉」

凛「『昨日TV何観た?』と聞けば『木曜はポケ○ンに決まってるじゃんか』と答え、『好きな本は?』と聞けば『最近はこ○すばかな~』と答える女子力の低い奈緒ですが……」

奈緒「べ、別にいいだろっ!」

凛「美嘉先生にかかればあら不思議! あっと言う間に女子力アップです!」

未央「さすが美嘉ねー!」

ありす「ノッてる⁉」

美嘉「じゃあまずは奈緒ちゃん、軽くメイクでもしてみよっか?」

奈緒「えぇー……」



奈緒「メイクとか仕事の時だけで十分だって。ほら、落とすのもめんどいだろ?」



『…………』



美嘉「……ごめん、これはアタシの手には負えないや」

奈緒「そんな目で見るな⁉」

凛「美嘉先生にかかっても、どうしようもなかった奈緒の女子力。彼女の女子力が上がる時は来るのでしょうか?」

奈緒「お前らもあたしに喧嘩売ってるのか⁉」

凛「……じゃ、私たちもう帰るから」

美嘉「……あとよろしくね」

卯月「え? う、うん」

奈緒「何しに来た⁉」



―――廊下


美嘉「ねぇ、むしろ奈緒ちゃんヒートアップしてたけど⁉」

P「……いや、煽りすぎだろ」

凛「プロデューサーがやれって言ったんでしょ!」

P「あそこまでボロクソに言えとは言ってないけど⁉」

ちひろ「卯月ちゃん、大丈夫かしら……?」

楓(あ、今日の帰り、洗剤買って帰ろう)



―――レッスン室A


奈緒「なんだったんだあいつら⁉」

卯月「み、みんな。じゃあさっきの続きだけど……加蓮ちゃんたちのこと、まだ怒ってる?」

奈緒「なんか凛たちの乱入で怒りの矛先あっちに向いた感あるけど……怒ってるよ、まだ」

未央「まあ、そうだよね」

ありす「やっぱり、許せませんから」

卯月「本当に? みんな、本当はもう怒ってないんじゃない?」

未央「そ、そんなことないよ」

卯月「未央ちゃん。本当のこと、教えて?」

未央「……うぅ、しまむーには敵わないよ。……うん、正直、もうそこまで怒ってない」

卯月「やっぱり。奈緒ちゃんとありすちゃんも、そうなんだよね?」

奈緒「あ、あたしはまだ……」

ありす「奈緒さん、意地を張るのはもうやめましょう」

奈緒「……まあ、未央と同じだよ。データ消されたのはむかついたけど……考えてみたら、あたしたちもドーナツ勝手に食べてるしなぁ」

未央「そうなんだよねぇ……」

ありす「加蓮さんたちには悪いことをしました……」

卯月「なら仲直りしようよ」

奈緒「で、でもあいつらデータ消してるしさ」

未央「私たち今、怒りと申し訳なさがミックスされた感じなんだよ」

ありす「すごく複雑な心境です」

卯月「うーん……3人とも、自分たちも悪かったって思ってるんだよね?」

未央「ま、まあね」

卯月「それなら、きちんと謝らないと」

奈緒「だけど加蓮たちも―――」

卯月「加蓮ちゃんたちも、きっと謝ってくれるよ。そうしたら、許してあげて? 奈緒ちゃんたちが謝ったら、加蓮ちゃんたちもきっと許してくれると思うから」

奈緒「……どうする?」

未央「もう、仲直り……」

ありす「……しましょうか」

奈緒「……そうするか」

卯月「良かった。じゃあ私、加蓮ちゃん達ともお話してくるね。ちょっと待ってて」



―――廊下


P「よくやったぞ、卯月。これでもう奈緒たちは大丈夫だな!」

卯月「は、はい……でもその、プロデューサーさんは大丈夫ですか? 後ろから、美嘉ちゃんと凛ちゃんが、なんだか凄い目で睨んでますけど……」



美嘉「……っ!」
凛「……っ!」



P「……気にするな。さあ、次は加蓮たちだ。頼んだぞ!」

卯月「は、はいっ、頑張ります!」



―――加蓮side レッスン室B


みく「あ、卯月チャン、どうしたの?」

卯月「その……みくちゃんたち、まだ奈緒ちゃんたちのこと怒ってるのかな?」

加蓮「当たり前でしょ!」

まゆ「怒ってますとも……!」

みく「みくの怒りは止まらないよ!」

卯月(や、やっぱりこっちもまともに話しができそうな状態じゃないよぅ……。チラッ……プロデューサーさぁん……!)



―――廊下


P「またこっちを縋るような目で見てるな……」

凛「もうやらないからね」

美嘉「絶対にね」

P「わ、分かってるよ。……じゃあ楓さん、お願いできませんか?」

楓「私ですか?」

凛「次は楓さんにあれをやらせる気なの?」

P「違う、別のだ! ごにょごにょ……」

楓「……? そんなことでいいんですか?」

P「はい、お願いします。サポートでちひろさんを付けますので」

ちひろ「どうして私が⁉」



―――レッスン室B


卯月(プロデューサーさぁん……あっ。今度は楓さんとちひろさんが入ってきた)

卯月「楓さん、ちひろさん?」

楓「では……」

ちひろ「は、はい……」

卯月「?」

加蓮「楓さんにちひろさん、何か私たちに用ですか?」

楓「はぁぁ……なんだか疲れました」

加蓮「?」

ちひろ「楓さん、それならあそこに椅子がありますよ」

楓「あ、本当ですね。ねぇ、加蓮ちゃんたち」

加蓮「は、はい」



楓「椅子に座っても、いいっすか?」



―――瞬間、部屋の空気が凍りつく。


加蓮「……」

みく「……」

まゆ「……」

卯月「……え、ええと……?」

ちひろ「か、楓さん、そういえば私の家、最近雨漏りに悩んでいまして」

楓「まあ、大変ですね」

ちひろ「多分、屋根が傷んでいると思うんですよ」

楓「屋根が……」



楓「それはやぁねぇ」



―――部屋の温度が氷点下まで下がった。(*体感)


加蓮「……な、何が……」

みく「みくたちの前で……」

まゆ「いったい、何が行われているんですか……?」

卯月「わ、分からない……何も分からないよ……」

ちひろ(も、もう十分そうですね。楓さん、そろそろ――)

楓「屋根、雷にでも打たれたのかしら? それは悲惨だぁ」

ちひろ「楓さん、もういいですよ」

楓「今日のおつまみ……とりあえず、イカはいっかな」

ちひろ「楓さん、もういいので! 卯月ちゃん、あとはお願いね!」

卯月「は、はい」

加蓮「なんだったの……?」



―――廊下


P「ふっ、やはり上手くいきましたね。あいつらめっちゃクールダウンしてますよ」

ちひろ「プロデューサーさん、楓さんが止まりません。相手お願いします」

P「えっ?」

楓「プロデューサー。私、そばにある蕎麦屋の店頭で転倒してしまって」

P「そ、そうですか」

楓「それで車を呼んでもらって、来るまで待っていたんです」

P「な、なるほど……」

楓「そうしたら、猫がいきなり現れて、きゃっと驚いてしまい―――」

P(たすけて)

凛(……自業自得だよ)

美嘉(ていうか、巻き込まれたくない……)



―――レッスン室B


加蓮「もう春なのに……真冬みたいな寒さだったよ……」

みく「あ、あれが、楓さんの本気……」

まゆ「恐怖すら抱きました……」

卯月「み、みんな。気を取り直して、さっきの続きだけど……奈緒ちゃんたちのこと、まだ怒ってる?」

加蓮「お、怒ってるよ……」

みく「みくの怒りはまだまだ沸騰中にゃ……」

まゆ「そんなに簡単に怒りは無くなりません……」

卯月「みんな……でも、もう怒ってるようには見えないよ?」

加蓮「いや、その、うん……楓さんのせいで、気勢が削がれたというか……」

みく「ちょっと冷静になったよね……」

まゆ「若干、落ち着きました……」

卯月「じゃあ、そんな加蓮ちゃんたちにお願いなんだけど……奈緒ちゃんたちのこと、許してあげてくれないかな?」

加蓮「で、でもあっちが……」

卯月「奈緒ちゃんたち、加蓮ちゃんたちに謝りたいんだって」

加蓮「えっ? ほ、本当に?」

卯月「うん。3人とも、まだ奈緒ちゃんたちのこと、許せない?」

加蓮「う。いや、私たちも悪かったし……」

みく「だよね……ドーナツ食べられたのは、いらっとしたけど……」

まゆ「私たちも、ゲームのデータを消しているわけで……」

加蓮「その、あっちが謝ってくるんなら……許してもいいかな」

卯月「じゃあ、加蓮ちゃんたちも、奈緒ちゃんたちに謝れるかな?」

みく「……うん、謝るよ」

まゆ「仲直り……しましょうか」

加蓮「……そうだね」

卯月「うん、それがいいよ。じゃあ私、奈緒ちゃんたち呼んでくるね」



―――廊下


P「さ、さすがだ、卯月。か、加蓮たちも、ううう上手くいったみたいだな」

卯月「あ、あのー、どうしてプロデューサーさん、震えているんですか?」

P「ち、ちょっと寒さにやられただけだ。さあ、後は仲直りさせるだけ。もうひと頑張りだ!」

卯月「は、はいっ」



―――レッスン室B


奈緒「……」

加蓮「……」

未央「……」

みく「……」

ありす「……」

まゆ「……」

卯月「さあみんな、お互いに謝ろう?」

奈緒「あー、その……」

加蓮「えーと、あの……」

奈緒「……なんだよ?」

加蓮「……そっちこそ。謝るんじゃないの?」

奈緒「加蓮が先に謝ったらな」

加蓮「奈緒が先に謝ってよ」

奈緒「いや、そっちが先だろ」

加蓮「そっちが先だから」

奈緒「……」

加蓮「……」



奈緒・加蓮『そっちが先に謝れっ!』



美嘉「ち、ちょっとやめなって2人とも!」

楓「どうしてまだ喧嘩するのかしら」

P「面倒な奴らめ……」

ちひろ「それ絶対言っちゃ駄目ですよ」



凛「まったく……未央、最初に素直に謝って。そうすればみんな素直になるよ」

未央「ぐ……ドーナツ勝手に食べちゃって、ごめんなさい」

みく「……ゲーム、データ消しちゃってごめんなさい」

ありす「……すみませんでした」

まゆ「……ごめんなさい」

凛「さあ、あとは奈緒と加蓮だけだよ?」

卯月「奈緒ちゃん、加蓮ちゃん」

奈緒「くっ……」

加蓮「うっ……」

奈緒「……その……ドーナツ食べて……」

加蓮「……あの……データ消しちゃって……」



奈緒・加蓮『本当にごめんっ!』



奈緒「……」

加蓮「……」

凛「同時って……」

美嘉「見事にハモったね」

奈緒「か、加蓮! あたしがせっかく先に謝ろうとしたのに、被せてくることないだろ!」

加蓮「か、被せたのは奈緒でしょ⁉ 私の方が先に言おうとしてたの!」

卯月「まだ喧嘩を……」

未央「ううん、しまむー。もう仲直りしてるよ」

みく「いつも通りにゃ」

奈緒「だいたい加蓮はな―――」

加蓮「奈緒はそうやって―――」

卯月「あ……確かに、もうどっちも怒ってないね」

P「やっと仲直りしたか。卯月、今回はよくやってくれたな」

卯月「い、いえ、私はそんな褒められるようなこと――」

凛「十分褒められることしたよ、卯月。ご苦労さま」

卯月「凛ちゃん……うん、ありがとう」

P「卯月がいなかったら、もっと長引いてただろうからな」

未央「なんか、しまむーの笑顔見ると、毒気が抜かれるんだよね」

みく「うんうん、卯月チャンの笑顔は解毒剤にゃ」

ありす「その言い方はないですよ。鎮静剤の方が合っていると思います」

卯月「あ、あはは……」

卯月(どっちも微妙に嬉しくないなぁ……)



P「卯月。労いに今日、晩飯でも奢ってやろうか?」

卯月「い、いいですよ、そんな」

P「遠慮するなって」

凛「プロデューサー、私たちには?」

美嘉「あんなことさせといて、何も無いわけ?」

P「わ、分かったよ。お前たちも奢ってやるよ」

ちひろ「もちろん、私たちにもですよね?」

楓「ありがとうございます、プロデューサー」

P「は、はは、分かりました」

未央「え、みんなだけ奢ってもらえるの?」

みく「ずるいにゃ! みくたちにも奢ってよ!」

P「何でお前たちにまで奢るんだ⁉ お前たちは迷惑かけた側だろ! むしろお前たちが奢れよ!」

ありす「……奢り……」

奈緒「おいプロデューサー。小学生に奢れとか、ありえないだろ」

加蓮「サイテー」

P「お前たち言い争いしてたんじゃなかったのか⁉」

まゆ「プロデューサーさんに奢り……貯金を全部おろしてこないと……!」

P「こなくていい! あー、もう、じゃあ全員奢ってやるよ! たまにはいいだろ!」

奈緒「やりぃ!」

加蓮「プロデューサー、サイコー!」

P「凄まじい早さの手のひら返し!」


ちひろ「せっかくですから、ルキちゃんも呼びましょうか?」

P「なに余計なことしようとしてんですか! これ以上増やすのは――」

ルキトレ「ごちになります♪」

P「どっから出てきたの、ルキちゃん⁉」


《チロリン♪》


ルキトレ「あ、返信来た。お姉ちゃんたちも来れるそうです」

P「さらに2人増えた!」

未央「プロデューサー。今連絡したけど、社長も来るって」

P「先輩にまで連絡するな!」

未央「でも社長、プロデューサーにただ奢らせるのは悪いから……」

P「お、もしかして割り勘とか……」

未央「代わりに高級レストランの予約しておくってさ」

P「あの人、ちっとも悪いと思ってないだろ!」

奈緒「へー、高級レストランか」

加蓮「一度行ってみたかったんだよね」

P「俺は行きたくないんだけど! 俺、何人に奢るの⁉ どれだけ金かかるの⁉」



未央「ミッツボシ☆☆★→レッストッランでプロデューサーの奢り~♪」

『奢り~♪』



P「腹立つ替え歌を合唱するな! くそぅ……ちひろさん、経費で――」

ちひろ「落ちませんよ」

P「……ははは、もう笑うしかねぇや。あは、あはは、あはははははははっ」

卯月「プロデューサーさん、笑顔なのに目が笑ってないですよ⁉」



第6話 終わり



―――数日後、奈緒の部屋


加蓮「それで、この後どうすればいいの?」

奈緒「一旦戻って回復して、準備を整えてから、ボス戦突入だ」

加蓮「えー、めんどくさいなぁ。このまま行っちゃおうよ」

奈緒「ボスを舐めるな! そういう風に油断して行くとボコボコにやられて、むしろ時間かかるんだよ」

ありす「その通りです。一旦戻りましょう」

未央「急がば回れの精神だよ」

みく「でも、またここまで来るの大変じゃない?」

奈緒「途中までワープできるし、道順も覚えたからそうでもないだろ」

まゆ「なるほど……色々と考えてやるものなんですね」

奈緒「さあさあ、戻れ戻れ」

加蓮「はいはい……あ、もうやめる時間じゃん」

奈緒「えぇー、まだいいだろ?」

みく「駄目だよ、やりすぎは」

ありす「仕方ないですね……」

未央「また明日やろっか」

奈緒「ちぇ~」

加蓮「セーブして、と。じゃ、まゆ先生のお菓子作り教室の準備しよ」

まゆ「だから先生はやめてくださいよぉ」

奈緒「先生、今日は何作るんだ?」

まゆ「……もう一度、ドーナツです♪」



ほんとにおしまい


以上で、第5話終わりとなります。
えー、終わりとなりますが……上げた後にミスに気付きました。

>>152にて、美嘉の一人称が『私』になっていました。当然、本来なら『アタシ』です。

なぜこうも美嘉に関してだけチェックが甘いのか我ながら分かりませんが、決してわざとじゃないので、信じてもらえるとありがたいです。

申し訳ありませんでした。



それと次の話なんですが、書いているうちに少し長くなってしまったので、前後編に分割して上げようと思います。
分割しても、それぞれ今回の話と同じ程度の文章量ですので、ご了承ください。



さらに間違えました。第6話でした。

第7話 みんなで合宿!(前編)



―――アイドル部門事務所


P「よし、やっぱりこれが一番いいな」

ちひろ「何がですか、プロデューサーさん」

P「これです」

ちひろ「これは……なるほど。いよいよというわけですね」

P「ええ、いよいよです」


《ガチャ―――》


ルキトレ「プロデューサーさんっ、少しいいですか?」

P「ルキちゃん、どうかしたの?」

ルキトレ「所属アイドルも増えてきたことですし、久しぶりにあれをやるのはどうかと思いまして」

P「あれ? あれって何?」



ルキトレ「合宿です!」



P「合宿……なるほど、いいかもね。でもルキちゃん、また唆されたわけじゃ……」

ルキトレ「違いますよぅ! 今回は自分で思いついたんです!」

P「そ、そっか、ごめん」

ちひろ「合宿ですか……前にやった時は大変でしたねぇ」

P「あー、そういえばそうでしたね。……待てよ? ルキちゃん、こんなこと言い出したってことはまさか……」

ルキトレ「はい、今度レイお姉ちゃんが帰ってくるんです。だからちょうどいいかなって!」

P「……マジかー」

ちひろ「あの人が……また……」

ルキトレ「? どうかしましたか?」

P「あ、あはは、何でもない何でもない」

ルキトレ「あ、それと今回はセイお姉ちゃんとメイお姉ちゃんも来れるそうです」

P「え、ホントに? トレーナーさんたちも来てもらえるなら、それは心強いな。……うん、じゃあやろうか合宿。こっちとしてもちょうどいいし」

ルキトレ「ちょうどいいって?」

P「これだよ」

ルキトレ「……! これって……」



―――数日後


P「みんな、今週末に合宿を行うことになった!」

奈緒「合宿?」

加蓮「へぇ、合宿かー」

美嘉「なんか楽しそうだね」

未央「……そんな甘いもんじゃないよ、美嘉ねー」

美嘉「え? 未央、どういうこと?」

未央「前に合宿をやった時は、いつもの数割増しの厳しさでレッスンさせられたんだよぉー……」

美嘉「げっ、しんどそう……」

P「そりゃそうだ。言っておくが、遊びに行くわけじゃないんだからな?」

凛「……前の合宿の時、プロデューサー、釣り竿持って行ってたよね」

奈緒「遊びに行ってるじゃねぇか!」

P「す、少しぐらいはいいんだよ! せっかくの海なのに、遊ばないとかありえんだろ!」

奈緒「あんた本当に大人か⁉……ん? 海?」

加蓮「合宿所って海にあるの?」

卯月「うん、そうだよ。ちょっと歩けばすぐ海なんだ」

ありす「海ですか……この時期じゃ、まだ入れないですね」

卯月「でも、潮風がとっても気持ちいいよ」

凛「それに、海って見てるだけでもいいものだから」

ありす「そうですか……少し、楽しみになってきました」

楓(海はたのsea……微妙ね)

ありす「楓さん、どうかしましたか?」

楓「ううん。海、楽しみね」

みく「Pチャン、合宿って何日やるの?」

P「今回は2泊3日だ。ゴールデンウィークで休みだろ?」

まゆ「プロデューサーさんと、2泊3日……うふふ♪」

凛「まゆ、私たちもいること忘れてないよね?」

奈緒「でも、今週末って随分急じゃないか?」

P「ちょうど卯月たちの仕事が入ってなかったんだ。それにこの合宿で……いや、なんでもない」

奈緒「? なんだよ? 今、何か言おうとしてなかったか?」

P「ふっふっふ……それは後でのお楽しみだ」

奈緒「……ろくでもないことじゃないといいけどな」



―――その日の夜 女子寮 奈緒の部屋


奈緒「プロデューサーのやつ、何か企んでる気がするぞ」

未央「もしかして……」

みく「未央チャン、何か心当たりあるの?」

未央「プロデューサー、前の合宿の時に、私たちをユニットデビューさせることを決めたんだよ」

まゆ「そうなんですか?」

奈緒「なら、今回も……?」

加蓮「私たちの中から、ユニットデビューさせようとしてるってこと?」

未央「いや、今回もそうかは分かんないけどね」

ありす「ですが、もしそうだとしたら……」

みく「デビューチャンス到来にゃ!」

未央「ま、まだ分かんないよ? 違ってて怒るの無しだからね?」

奈緒「怒りゃしないって。……ただ、期待させた罪で未央には罰を受けてもらうけどな」

未央「怒るより酷いことされそう!」

ありす「さすがにそんなことはしないので、安心してください」

未央「良かったぁ……」

加蓮「まあデビューじゃなかったとしても、何かはありそうだし」

まゆ「合宿の楽しみが一つ増えましたね」

みく「みく、俄然やる気出てきたよー!」

奈緒「さて、どんな合宿になるんだかな」



―――そして、合宿の日がやって来た!


未央「うーみだぁ―――――っ!」

奈緒「おぉー! 海だ海!」

美嘉「この時期に海来るとか、初めてだよ」

加蓮「夏以外はあんまり来ようとは思わないもんね」

ありす「本当に潮風が心地いいです……」

まゆ「海に来たって感じがしますね」

みく(海が近い……ご飯に魚料理出たりしないよね……?)

楓「みくちゃん、顔が青いけれど大丈夫?」

みく「な、なんでもないにゃ!」

凛「ここに来るのも久しぶりだね」

卯月「うん、前に来たのは去年の夏だったもんね」

ちひろ「プロデューサーさん、合宿所まではあの道をまっすぐでしたよね?」

P「はい、そのはずです。じゃあみんな、合宿所に行く――」



???「よく来たな、お前たち!」



P「ぞぉうっ⁉」

奈緒「な、なんだ⁉」

加蓮「どこからか声が……⁉」

卯月「こ、この声は……」

凛「もしかして……」

未央「はっ⁉ みんな、上だよっ!」

美嘉「上?……あっ⁉」

みく「き、木の上に人がいるにゃ⁉」

ありす「なぜあんな所に⁉」



???「とうっ!」



まゆ「飛び降りた⁉」

楓「危ない!」

ちひろ「いえ、あの人なら大丈夫です」

楓「えっ?」


《ヒュ―――――ズザザッ!》


???「―――私、見参!」



奈緒「あの高さから無傷で着地した⁉」

加蓮「しかもその後にポーズまで決めたよ⁉」



???「ふっ、やはり登場にはインパクトがないとな。そうだろ、プロデューサー?」

P「インパクトありすぎですけどね!」

???「そうか? お、そこの4人も久しぶりだな。そして残りは、はじめましてだ」

奈緒「プロデューサー、この人のこと知ってるのか⁉ なんなんだこの人⁉」

P「あー、この人はだな……」



マストレ「私はマスタートレーナー! この合宿の間、お前たちのレッスンを担当する! よろしくな!」



奈緒「ま、マスタートレーナー⁉」

加蓮「トレーナーさんなの⁉」

マストレ「そう、トレーナーさんだ。だが私のことは師匠と呼ぶように」

美嘉「師匠って何⁉」

みく「なんでそうなるにゃ⁉」

卯月「師匠、今回もよろしくお願いします」

マストレ「おう」

ありす「本当に呼びました⁉」

P「えー、簡単に紹介するけど、師匠はルキちゃん姉妹の、一番上のお姉さんなんだ」

まゆ「あ、ルキさんたちのお姉さんだったんですね」

楓「師匠さんは、普段は346プロとは別の所でトレーナーをされているんですか?」

P「いえ、この人は普段、世界中を旅してるんです」

楓「旅……ですか?」

未央「なんとその旅、武者修行の旅なんですよ!」

奈緒「何言ってんだ。そんな漫画みたいな……」

凛「……それが、本当なんだよ」

奈緒「マジで⁉」

マストレ「この前はホッキョクグマと戦ったが、あいつ見掛け倒しだったな。てんで弱かった」

加蓮「ホッキョクグマって、そんな……」

凛「すごく嘘っぽいけど……さっき木の上から飛び降りて、無傷で着地したの見たでしょ?」

加蓮「……じゃ、じゃあ本当にクマと?」

P「みんなは知らなかったかもしれないが、トレーナーさんたちの実家は道場なんだよ。で、師匠はそこのトップ」

加蓮「トレーナーさんたちの実家、道場だったの⁉」

奈緒「何その、今明かされる衝撃の真実!」

マストレ「まぁ、私はずっと道場を空けているんだがな。道場は可愛い妹たちに任せて、武を極めるために世界を回っているわけだ」

美嘉「この人、トレーナーじゃなくて、武闘家なんじゃ……」

P「武闘家だが、トレーナーとしての腕も一流なんだよ」

美嘉「やっぱり武闘家ではあるんだ!」



奈緒「こ、この人がルキさんの言ってたお姉さんなんだよな……」

加蓮「ルキちゃん、威厳のある素敵なお姉さんだって言ってたけど……」

マストレ「姉妹の中でも、私が一番すごいトレーナーなんだぞ? レッスンならこの私、美人トレーナーにお任せあれ☆」

加蓮「……聞いてたイメージと大分違うね」

奈緒「だな……」

マストレ「聞こえてるぞ、そこのツインテっ娘!」

加蓮「ツイッ⁉ わ、私⁉」

マストレ「聞いていたイメージと違うだって……?」

加蓮「あ、いや、す、すみま―――」

マストレ「そうだろうそうだろう! 聞いていたよりも実物はさらに美人だろう? イメージを越えてしまって悪いな!」

加蓮「ふぇ?」

奈緒「あの言葉をそう取るなんて……!」

マストレ「さて、ではお前たち、さっそく合宿所に向かうとしようか。あの道をまっすぐだ!」

『は、はーい!』



―――合宿所


ルキトレ「みなさん来ましたね~」

美嘉「あ、ルキちゃん」

マストレ「おお、我が愛しの妹よ! 会いたかったぞー!」

みく「すごい速度で抱きついたにゃ!」

ルキトレ「わ、お姉ちゃん! 久しぶりー! みなさんと一緒に来たんだ!」

マストレ「ああ、木の上で待ち伏せしていたんだ」

ルキトレ「お姉ちゃんは変わらないなぁ」

トレーナー「ケイ、プロデューサー殿たちが到着したのか?」

ベテトレ「ん? 姉さんもいるな」

マストレ「出迎えご苦労! お前たちも久しぶりだな!」

卯月「これは……4人揃いましたね」

未央「これ見ると、全員集合って感じするなー」

ちひろ「今回の合宿のメンバーも、これで全員揃いましたしね」

楓「あ、そうなんですね。全員で……16人ですか」

凛「前に比べて随分増えたね、プロデューサー」

P「ああ、賑やかな合宿になりそうだ」

マストレ「さてお前たち、荷物を部屋に置いたら、着替えて玄関前に集合するように。さっそくレッスンを始めるぞ!」



―――砂浜


マストレ「では、まずお前たちの基礎体力を確認する。さあ、走れ!」

奈緒「いきなり走れって言われても!」

美嘉「どれくらい走ればいいんですか?」

マストレ「ん? どれくらいも何も、私がやめと言うまで走り続けろ」

みく「まさかのゴール無し⁉」

加蓮「うわぁ、一番きついやつだよ……」

P「あの、師匠? 今日の予定は―――」

マストレ「分かっている。体力の確認をするだけだ」

P「ならいいですが……みんな、ファイトだ!」

マストレ「ファイトじゃないぞ、お前も走れ」

P「俺も⁉」

マストレ「前回もそうだっただろう?」

P「またかよ……!」

奈緒「え、プロデューサーも走るのか?」

マストレ「……彼は、アイドルたちだけに苦しい思いをさせたくないそうだ。自分も一緒に走ることで、苦しみを分かち合いたいらしい」

P「俺の言葉を捏造しないでくれません⁉」

奈緒「プロデューサー、中々いいとこあるじゃんか。……存分に苦しむといい」

P「こ、こんにゃろう……!」

マストレ「では位置について、よーい…………ドン!」

卯月「みなさん、頑張りましょう!」

凛「行くよ、みんな――」



未央「一位は私が貰うよ!」

奈緒「いや、どうせやるならあたしが貰う!」

みく「トップの座はみくの物にゃ!」

P「男の俺がお前らに負けられるか!」

まゆ「ならまゆは、プロデューサーさんの後ろを走ります♪」

未央・奈緒・みく・P・まゆ『だぁあああああああああっ!』



凛「……そんなに速くは行かない方がいいと思うんだけど」

楓「最初からあんなに速いペースで……」

ありす「あの5人、絶対すぐにばてますね」

美嘉「アタシは自分のペースで走ろっと」

加蓮「私もそうするよ」



―――数十分後


凛「はぁ、だから言ったのに……」

卯月「大丈夫?」

未央「だ、だいじょばない……」



マストレ(ふむ、渋谷と島村は前回に比べて随分体力が付いたようだな。本田も、ちゃんとしたペースで走れば、同じくらいか)



奈緒「くそぉ……未央より、あたしたちのが……」

みく「さ、先にばてたにゃ……負けたにゃ……」



マストレ(3人に続いて、神谷と前川だな。2人とも既に、それなりに体力が付いている)



楓「まゆちゃん、そう落ち込まないで」

まゆ「ぷ、プロデューサーさんに……付いて行けませんでした……」

美嘉「いや、けっこう付いてけてたと思うよ」



マストレ(その次に高垣、佐久間、城ケ崎か。まあ、この3人は及第点といったところだな)



加蓮「はぁ……はぁ……」

ありす「か、加蓮さん、大丈夫ですか?」

加蓮「……う、うん。全然、平気……」



マストレ(そして最後に北条と橘か。橘は年齢が離れているから仕方がないとして……北条は随分体力がないな。何か理由があるのか?)

P「し、師匠。俺が一番ですよ……おぇっ……」

マストレ「それくらいでいばるな、プロデューサー。男なんだから当然のことだ」

P「あはは、そっすね、当然っすよね。……ちくしょうっ」

マストレ「それより、北条は体が弱かったりするのか?」

P「え? 加蓮からは特に何も聞いてないですけど……何か気になりました?」

マストレ「いや……なら、ただ単に体力がないだけか。随分疲れているように見えたんでな」

P「加蓮が……?」



加蓮「はぁ……はぁ……」

奈緒「加蓮、大丈夫かー……?』

加蓮「……自分の、心配したら……?」

奈緒「いや、あたしも大分あれだけどさ……加蓮も相当参ってるように見えるぞ?」

加蓮「……だい、じょぶ……」

奈緒「ホントかよ……」



P「……確かにそんな感じですね。師匠、少し休憩伸ばしてもらえます?」

マストレ「ああ、そうするか」



―――30分後


マストレ「さて、次のレッスンからは4組に分かれて行う」

卯月「4組ですか?」

マストレ「私たち姉妹が、それぞれの組に付く。だから4組だ」

未央「今回は師匠が全員を見るわけじゃないんですか?」

マストレ「前回はお前たちが3人だから出来たんだ。今回はお前たち、10人もいるだろう。まあ見られなくはないが、効率が悪くなる」

凛「なるほど……」

マストレ「ではまず渋谷、島村、本田の3人だが……」

ベテトレ「お前たちは私が見る」

未央「やった!」

マストレ「……本田、そんなに私じゃなくて嬉しいか?」

未央「あ、あはは。やだなー、そんなわけないじゃないですかー」

マストレ「ははは、そうかそうか」



マストレ「セイ、本田だけきつめにレッスンしてやれ」



ベテトレ「はいはい、姉さん」

未央「そんなぁ⁉」

凛(余計なこと言わなきゃいいのに……)

マストレ「では次に高垣、城ケ崎、前川の3人。お前たちは……」

トレーナー「私だ」

楓「よろしくお願いします、トレーナーさん」

美嘉・みく『お願いしまーすっ』

マストレ「そして佐久間、橘が……」

ルキトレ「私ですよ~」

ありす「まゆさんとですか」

まゆ「ありすちゃん、よろしくお願いしますね」

加蓮「あとは私と奈緒だね」

奈緒「それで、あたしたちに付くのは……」

マストレ「私だな」

奈緒「……やっぱ、そうですよねー」

加蓮(未央も嫌がってたし、一番きつそうだなぁ……)

マストレ「お前たち、今回の合宿の間は、ずっとこの組み分けでレッスンを行うからな」

加蓮「ず、ずっと?」 

奈緒「次のレッスンだけじゃないんですか⁉」

マストレ「毎回組み分け変えるのも面倒だろう。……何か文句でもあるのか?」

奈緒「……ないでーす」

加蓮「きっついなぁ……」




―――山中


マストレ「神谷、北条、ここがお前たちのレッスン場所だ」

加蓮「ず、随分歩かされたね……」

奈緒「海の近くなのに、山もあるとは思わなかったな……。こんな所で、どんなレッスンするんだ?」

P「さあ? 今日やる内容は、トレーナーさんたちに一任してるんだ」

奈緒「プロデューサーも知らないのかよ……っていうか、なんで付いてきたんだ?」

P「師匠に、お前も一緒に来いって言われたんだよ。まあ、言われなくてもみんなの様子は順番にチェックしようと思ってたからな」

奈緒「ふーん……」

マストレ「さてお前たち、最初に言っておくが……」



マストレ「私は今日、まともなレッスンをする気はない!」



奈緒「とんでもないこと宣言された!」

加蓮「レッスンしないの⁉」

マストレ「まともなレッスンは明日から行う。まず今日は神谷と北条の……ここを鍛える!」

奈緒「……胸筋ですか?」

マストレ「そうそう、胸筋を鍛えてバストアップ☆――って違う! 鍛えるのはハートだ!」

加蓮「ハ、ハート?」

マストレ「私がお前たちに、アイドル魂を刻みつけてやる!」

奈緒「アイドル魂ってなんだ……」

マストレ「で、だ。……神谷、私の後ろに崖があるな?」

奈緒「ありますけど……」

マストレ「では聞こう。頂上を目指して山を登っている時、目の前に崖が現れたら、お前はどうする?」

奈緒「どうするって……道を間違えたんだろうから、引き返して別の道を――」



マストレ「甘ったれるな!」



奈緒「えぇ⁉」

マストレ「崖があろうと谷があろうと、越えていくのがアイドルというものだろう!」

奈緒「それ登山家じゃないですか⁉」

マストレ「バカもの、比喩だ!」

奈緒「だったらそう言ってくださいよ! 目の前に実際に崖があるせいで、比喩だとは思いませんよ!」



マストレ「いいか、お前たち!」



マストレ「頂上とはトップアイドル!」

マストレ「山とはそこに至るまでの長き道のり!」 

マストレ「崖とは襲い掛かる苦境!」 



マストレ「神谷! お前がこれからアイドルとして様々な苦境に立たされた時、お前は引き返すのか!」

奈緒「そ、そういうことなら話は別です。引き返したりしません!」

マストレ「北条、お前は!」

加蓮「え、えっと……越えていこうと思います」

マストレ「よし!……だが、言葉だけならなんとでも言える」



マストレ「お前たち、実際にこの崖を登ってみろ!」



奈緒・加蓮『えぇ―⁉』

奈緒「なんでそうなるんですか⁉」

加蓮「さっきの話、比喩じゃなかったんですか⁉」

マストレ「さっきの話は比喩だが、お前たちは引き返さずに越えていくと言った。その言葉を体に刻み込むために、実際に苦境を乗り越えてみろ!」

奈緒「プロデューサー、あの人無茶苦茶言ってるぞ!」

P「ちょ、ちょっと師匠、いくらなんでもそれは話が違――」

マストレ「ふっ、安心しろ。命綱はちゃんとある」

P「確かにそれは大事ですけど! でもそういう問題じゃなくて!」

マストレ「この2人が登るのをサポートさせるために、お前を連れてきたんだしな」

P「一緒に来いって、そういうことだったの⁉ 俺、崖なんて登ったことないですよ!」

マストレ「大丈夫だ、お前ならいける」

P「何を根拠に⁉」

マストレ「さあお前たち、とっとと準備をしろ! 登るぞ!」

奈緒「や、やるしかないのか……?」

加蓮「他のみんなも、こんなことしてるのかな……?」




―――まゆ・ありす組 合宿所


ルキトレ「アイドルにとって大事なのは個性! というわけで、今日は自分の個性を再発見しましょ~!」

ありす「個性の再発見、ですか?」

まゆ「具体的には、何をするんでしょうか?」

ルキトレ「ふっふっふ……これでーす!」


《ば~んっ!》


ありす「な、なんですかこれ……?」

まゆ「たくさんの……服?」



ルキトレ「そう! 今日はいろんな服を着て、コスプレしちゃいましょう♪」



ありす「コ、コスプレ⁉ どうしてそうなるんですか⁉」

ルキトレ「まずはこれとかいいと思うんですよ~……魔導士の衣装♪」

まゆ「これが個性の再発見になるんでしょうか……?」



―――楓・美嘉・みく組 海辺


美嘉「……」

みく「……」

楓「……」

トレーナー「……」

みく「……ねぇ、美嘉チャン」

美嘉「……何?」



みく「どうしてみくたち、釣りなんてしてるのかな?」



美嘉「……アタシも知りたいよ。あの、トレーナーさん」

トレーナー「なんだ?」

美嘉「やっぱりこれ、アイドル関係なくないですか?」

トレーナー「いや、関係はある。だから続けろ」

美嘉「はあ……」

みく「どう関係が……?」

楓「中々食いつかないわね……」

みく「楓さん、真剣にやってるにゃ」

美嘉「すごいね、こんな意味不明なのに」

みく「……もしかしてこれは、アイドルとしての忍耐力を鍛えてるのかも」

美嘉「アイドルに忍耐力って必要なの?」

みく「……分かんないにゃ」

美嘉「何それ……」

楓「トレーナーさんがああ言ってるんだもの。必要なことだと思うわ」

美嘉「そうなんですかね……?」

みく「今は信じるしかないにゃ……」

美嘉「……そういえば、みくちゃん魚苦手じゃなかったっけ? 釣りとかして大丈夫なの?」

みく「……あ、アイドルを目指す先に魚が待ち受けると言うなら、みくはそれを越えていくにゃ!」

美嘉「そ、そう……」



『………………』



美嘉「……はぁ、それにしても……暇だなぁ」



―――ニュージェネ組 合宿所レッスン室


ベテトレ「さて、お前たちは他の組とは事情が違うからな……」

卯月「? なんの話ですか?」

ベテトレ「……お前たちに聞くが、きついのと楽なの、どちらがいい?」

未央「なんですか、その2択⁉」

凛「……きつい方で」

未央「しぶりん⁉ そっちでいいの⁉」

凛「楽な道を選んでたら、成長できないと思うから」

卯月「凛ちゃん……! うん、そうだよね!」

未央「い、いやそうかもだけど……選択肢の意味を聞いてからでも良かったんじゃ……」



凛「……あっ」



未央「逸りすぎだよ、しぶりん!」

ベテトレ「よし、きつい方だな。ならお前たちはレッスンだ。普段の3倍の厳しさで行う」

未央「3倍⁉」



―――奈緒・加蓮組 崖


奈緒「くそぉ、なんでこんなことに……アイドルが崖登りとかアイ○ツかっ!」

P「じゃあこの後は木の伐採だな……」

奈緒「シャレにならないこと言うなよ! ホントにやらされそうで怖いだろ!」

加蓮「はぁ、はぁ……奈緒、元気だね……意外と余裕?」

奈緒「余裕なんてないよ!」

加蓮「わりとありそうだけど……」

P「加蓮は随分余裕なさそうだな」

加蓮「わ、私はまだまだ余裕だよ?……ぜぇ、はぁ」

P「そうは見えないんだが……」

マストレ「ほれお前たち、もうすぐ上に着くぞ。ラストスパートだ」

奈緒「よ、ようやくか……」

P「よし、じゃあ一気に登り――」

マストレ「サポートなのにお前が先に上がってどうする!」

P「そ、そうっすよね。2人とも、頑張れー」

奈緒「ずっと頑張ってるよ!……よし、もうちょい……着いたーっ!」

加蓮「……も、もうちょいが……遠い……」

奈緒「ほら加蓮、あたしの手に掴まれ。引っ張るから」

加蓮「うん……」

奈緒「よし、せーの」

マストレ「ファイットォー!」

奈緒「いっぱぁあああ――――ってそんなことやってる余裕ないですから! ふざけるの
やめてくださいよ!」

マストレ「いや、今のは普通に応援しただけなんだが」

奈緒「あのタイミングじゃ紛らわしいんですよ!」

マストレ「悪い悪い」

奈緒「まったく……」

加蓮「奈緒……引き上げてくれるんなら、途中でやめないで……。この状態、すごい辛い……」

奈緒「あっ⁉ ごめん加蓮! よ、よいしょっと!」

加蓮「ようやく……着いた……」

P「よっこらせっと。ふぅ……2人とも、お疲れ」

奈緒「ああ、そっちもお疲れさん」



マストレ「神谷、北条、ちゃんと登りきれたな。中々根性があるじゃないか」

奈緒「そりゃどーも……」

マストレ「これは明日からのレッスン、指導しがいがありそうだな」

奈緒「……明日からは普通にレッスンするんですよね?」

マストレ「ああ、安心しろ」

奈緒「よ、良かったぁ。な、加蓮」

加蓮「……」

奈緒「……加蓮?」

加蓮「……な、奈緒……私、さ……」

奈緒「ど、どうした?」

加蓮「もう……限界っぽい……」

奈緒「限界って……」

加蓮「……」

奈緒「お、おい加蓮⁉」

P「なんだどうした?」

奈緒「加蓮が返事しないんだ!」

P「返事を……加蓮、俺の声聞こえるか?……加蓮、しっかりしろ!」

マストレ「これは……意識を失っているな。プロデューサー、北条を木陰に運ぶぞ。ゆっくりな」

P「分かりました!」

マストレ「神谷、私のバッグにタオルが入っているから、それを水筒の水で濡らしてくれ」

奈緒「は、はい!」



―――木陰


加蓮「……」

奈緒「加蓮……」

マストレ「そう心配するな。見たところ、貧血だろう。大事はないはずだ」

奈緒「でも加蓮、ずっと入院してたから……やっぱり心配で……」

マストレ「入院?……おいプロデューサー、話が違うぞ。どういうことだ?」

P「……俺も初耳です」

奈緒「え、加蓮から聞いてないのか?」

P「ああ、聞いてない……入院って、何かの病気なのか?」

奈緒「今は治ってるんだけど……前は難しい病気で、長いこと入院してたって」

P「そうか……」

マストレ「北条に体力がないのはそのせいか……ちっ、そうと分かっていれば……。神谷、北条の病気は完治しているんだよな?」

奈緒「そう聞いてます……」

マストレ「……なら神谷もプロデューサーも、そんなに暗い顔をするんじゃない。心配ない、じきに目を覚ます」

奈緒「……はい」



―――数十分後


加蓮「……う、ん……」

奈緒「! か、加蓮!」

P「加蓮、大丈夫か!」

加蓮「奈緒……? プロデューサーも……。私……あ、そっか。崖を登りきってそのまま……」

マストレ「北条、体の具合はどうだ?」

加蓮「えっと……大丈夫ですぁっ⁉」

奈緒「危なっ⁉」


加蓮が起き上がりかけると同時に倒れそうになったので、あたしは慌てて加蓮の体を支える。


P「ナイスキャッチだ、奈緒!」

加蓮「ご、ごめん奈緒……」

奈緒「全然大丈夫じゃないじゃんか……起き上がれないなら無理するなよ」

加蓮「うん……」


あたしは加蓮をそのまま地面に寝かせた。


マストレ「体力を完全に使い果しているようだな。体力が戻るまで、しばらくそのままにしていろ」

加蓮「はい……」

P「……加蓮、聞きたいことがあるんだが」

加蓮「何?」

P「なんで入院してたこと、黙ってた?」

加蓮「!……奈緒が話したの?」

奈緒「ああ。まさか言ってなかったとは思わなかった」

加蓮「そっか、バレちゃったか……」

P「バレちゃったかじゃないだろ。こんな大事なこと……」

加蓮「だって、今はもう元気だしさ」

P「いや、そうかもしれないけどな。それで何かあったらどうするんだ?……というか、今実際に倒れてるんだぞ」

加蓮「あー……ごめんなさい。言うと、そういう目で見られると思って……」

P「そういう目ってお前……」

加蓮「……嫌なんだ。いつまでも、病人を見るような目で見られるのは」

P「……」

加蓮「奈緒にも、前にそういう話したよね」

奈緒「……そうだな」

加蓮「奈緒は、私のことそんな目で見ないって言ってくれたけど……みんなそうだとは限らないから」

P「っ! お前な――」



奈緒「待て、プロデューサー」



P「……奈緒?」



奈緒「……加蓮、あたしが間違ってた」

加蓮「間違ってたって……?」

奈緒「確かにあの時、あたしは加蓮をそんな目で見ないって言った。でも、それで加蓮は今倒れてる。あたしがもっと、ちゃんと加蓮を見とけば良かったんだ」

加蓮「そ、それは奈緒のせいじゃないでしょ。倒れたのは、私の体力がないからだし」

奈緒「でも、加蓮に体力がないの分かってたのに、気をつけて見てなかったあたしも悪いんだ。……だから、これからはきちんと加蓮を見ることにする」

加蓮「でも、私はそんなの……」

奈緒「さっき加蓮が倒れた時……あたし、凄く怖かったんだ」

加蓮「え……?」

奈緒「また加蓮が入院することになったりしたら……どうしようって……。加蓮が起きるまで……ずっと、そんなこと考えてて……」

加蓮「奈緒……」

奈緒「あたし……そんなの、絶対に嫌だから……っ……」

加蓮「な、奈緒……? 泣いてるの……?」


加蓮にそう言われると、自分の頬から透明な滴が垂れていたことに気付いた。


奈緒「う、うぇっ⁉ な、泣いてなんてないっ!」


あたしは一旦後ろを向いて、頬と目元を拭う。


加蓮「でも今……」

奈緒「と、とにかくっ!」


あたしは涙を全部拭い、加蓮へと振り向く。


奈緒「加蓮のことは必要以上に病人扱いしたりはしない! 無理してないか気にかけるだけだから! いいだろ?」

加蓮「……でも。それでも、私……」

奈緒「そ、そんなに、あたしに気にかけられるのが嫌なのか……?」

あたしがそう訊くと、加蓮はなぜか俯きがちに答えた。



加蓮「……奈緒とは、対等でいたいから」



奈緒「た、対等?」

マストレ「……くっ……はははははっ! 対等ときたか!」

加蓮「ど、どうして笑うんですか!」

P「くっ、くふっ……あははははっ!」

加蓮「プロデューサーまで! もう、なんなの!」



マストレ「い、いや、お前たちは随分仲がいいんだなと思ってな。なぁ、プロデューサー?」

P「はは、そうですね。お前ら、とても出会ってからまだ1ヶ月とは思えないぞ」

加蓮「1ヶ月……」

奈緒「そっか、まだ1ヶ月しか経ってないのか……なんか、ずっと一緒の気がしてた」

加蓮「……私も」

奈緒「あのさ、加蓮。別にあたしがちょっと加蓮のこと気にかけただけで、あたしたちの関係が変わったりはしないって」

加蓮「……でも、迷惑かけることになるから……」



奈緒「てりゃっ」

加蓮「わにゃっ⁉」



奈緒「はははっ、面白い顔―!」

加蓮「にゃ、にゃにするの! ほっへはひっはらにゃいでよー!(な、何するの! ほっぺた引っ張らないでよー!)」

奈緒「加蓮。迷惑かけて、かけられるのが友達だろ? いや、そもそもあたしは迷惑だなんて思わない。加蓮が心配だから気にするんだ。そこに上だったり、下だったりはないじゃんか」

加蓮「にゃお……(奈緒……)」

奈緒「ぷふっ! い、今のみくみたいだ……!」

加蓮「にゃっ⁉ ひ、ひいきゃけんひゃ~にゃ~ひ~へ~っ!(なっ⁉ い、いい加減は~な~し~て~っ!)」

奈緒「くくっ、はいはい」

加蓮「まったく……」

奈緒「で、加蓮。まだ文句あるのか?」

加蓮「文句って……もう。……迷惑、たくさんかけるよ?」

奈緒「あたしだって、加蓮に迷惑かけることあるじゃんか。お互いさまってやつだよ」

加蓮「お互いさま、か……そうだね。じゃあ奈緒……私のこと、倒れたりしないようにちゃんと見ててくれる?」

奈緒「ああ、任せとけって」

加蓮「ふふっ。うん、任せた」




マストレ(……プロデューサー、これは今日の目的達成じゃないか?)

P(まあ……一応、そうですね)

マストレ(ふっ、やはり崖登りにして正解だったな。さすが私!)

P(調子に乗らないでください。今日のことは後でトレーナーさんたちに報告しますからね)

マストレ(よ、よせっ! それだけはやめろ!)




加蓮「そういえば、奈緒にはいっぱい迷惑かけられてるしね」

奈緒「え、いっぱい? そ、そこまでかけてはいないだろ?」

加蓮「……」

奈緒「その無言の間はなんだよ!」

加蓮「よし、決めた。これからは遠慮せずに迷惑かけることにしよっと」

奈緒「うん、それはいいんだけど。あたしの質問に答えろ、加蓮!」

加蓮「あ、そうだ。プロデューサー、今まで黙っててごめんね」

P「まぁ、もういい。だが俺も加蓮のこと、気にするからな?」

加蓮「うん。でもほどほどにお願い」

P「ああ、分かったよ」

奈緒「なぁ、あたしの声聞こえてる?」

加蓮「そういえば、他のみんなにも入院してたこと言った方がいいのかな?」

P「うーん……まあ、わざわざ言わなくていいんじゃないか? でも大人であるルキちゃんたちトレーナーとちひろさん、あと楓さんには伝えるぞ」

加蓮「はーい」

奈緒「師匠、あたし存在してます? 透明になったりしてません?」

マストレ「くっきり見えるな」

奈緒「なら無視するなよ、加蓮!」

加蓮「さっきからうるさいなぁ……現在進行形で私に迷惑かかってるんだけど」

奈緒「これ迷惑にカウントするの⁉」

加蓮「そういえばプロデューサー。私、どうやって合宿所に戻ればいいかな。まだ動けそうにないんだけど」

P「ああ、それなら……そこに人力車がいるだろ?」

マストレ「おい、それは私のことか?」

P「師匠なら加蓮を背負うのなんて、赤ん坊背負うのと変わらないでしょう?」

マストレ「そんなわけあるか! ぬいぐるみ背負うのと変わらんくらいだ!」

P「より軽いじゃないですか! じゃあお願いしますよ!」

マストレ「いやお前男なんだから、自分で背負うくらいは言ったらどうだ!」

P「え、俺が……?」

奈緒「プロデューサーが加蓮をおんぶするってことか?」

加蓮「そ、それはさすがに恥ずか――」

P「でも俺、疲れてるので、重くて運べないと思うんですが……」

加蓮「早く運んでプロデューサー」

P「なにゆえ⁉ 今恥ずかしいとか言おうとしてたろ!」

加蓮「私は重くなんかない」

P「oh……そ、そういうことか。い、いやさっきのは言葉の綾だ。加蓮は軽いよ」

加蓮「軽いなら運べるでしょ?」

P「ちくしょうっ!」


奈緒「お、おいやめとけ加蓮」

加蓮「嫌だよ。私の乙女心は深く傷ついた」

奈緒「でも、そんなことしたら凛とまゆが―――」

加蓮「やっぱりプロデューサーはいいよ! 師匠、私を運んでください!」

マストレ「なぜ急に心変わりを⁉」

P「俺は助かったけど」

マストレ「……まあ、別にいいか。その代わりプロデューサーは私のバッグを持て」

P「ああ、それくらいなら――」

奈緒「いや、それはあたしが持ちます」

マストレ「ん? いいのか?」

奈緒「はい、持たせてください」

マストレ「……なら頼む。だがそうすると、プロデューサーだけ手ぶらになるな」

P「え、何か問題が?」

マストレ「男であるお前が、一番楽をするのは心苦しいだろ?」

P「ま、まあそうですけど……」

マストレ「……あ、ちょうどいい。プロデューサーはそこの丸太を背負っていけ」

P「背負う意味ないでしょう! 無駄に疲れるだけじゃないですか!」

マストレ「……今、お前の心の声が聞こえたぞ。私たちだけに苦しい思いをさせたくない。自分も一緒に重荷を背負うことで、苦しみを分かち合いたいと」

P「だから捏造やめてくださいよ!」

奈緒「プロデューサー。男なんだし、そんぐらいやってみせようぜ?」

P「他人ごとだと思ってお前……!」

奈緒「大丈夫だよ。そこまで大きくはないし、加蓮よりは軽いって」

加蓮「師匠、奈緒も丸太背負いたいそうです」

奈緒「言ってないけど⁉」

加蓮「私が重いとは言ったよね……?」

奈緒「い、いや重いとも言ってないだろ。丸太のが軽いって言っただけで……」

加蓮「軽いんなら持てるでしょ」

奈緒「持てるか! あんなの背負うの馬鹿がやることだろ!」

P「馬鹿がやることを俺にさせようとするな!」

マストレ「うるさいぞ馬鹿ども! いいからとっととしろ! 早く合宿所に戻らないと日が暮れるだろうが!……ほら、北条乗れるか?」

加蓮「あ、はい……よいしょ」

マストレ「よし。さあ、神谷は私のバッグ、プロデューサーは丸太を背負え!」

奈緒「わ、分かりました!」

P「俺、本当に丸太背負うの⁉」

マストレ「では行くぞ! 目指すは合宿所だ!」

加蓮「はい、お願いしますっ」

奈緒「……頑張れよ」

P「……初めて、お前に応援された気がする」



―――そうして、あたしたちは合宿所への帰路についたのだった。



 つづく

以上で、第7話(前編)終わりとなります

少し今までと雰囲気が違ったかもしれませんが、このssは必要以上に話を暗くしないように書いています。
シリアスな話はそれはそれで読み応えあるんですが、読むと少し疲れるんですよね。

なので、このssはこれからも基本的に明るい雰囲気でお送りしていきます。

シリアスな話をお求めの方には期待に応えられませんが、ご了承ください。

第7話 みんなで合宿!(後編)



―――合宿所


奈緒「ようやく着いたー!」

マストレ「お客様、代金は730円になります」

加蓮「タクシーですか⁉」

未央「あっ、かみやんたち、やっと帰って来たよ」

凛「随分遅かったね。みんなもう戻ってきてるよ」

奈緒「やっぱそうか」

卯月「どうして加蓮ちゃんはおんぶされてるの?」

加蓮「あはは、ちょっとね。師匠、大分体力戻ったので、もう降ろしてもらって大丈夫です。ここまでありがとうございました」

マストレ「代金がまだだ」

加蓮「ホントに払うんですか⁉」

マストレ「仕方ない、ツケにしておく。よっこいせっと――」

加蓮「わっとと……。……あの、冗談ですよね?」

マストレ「どうだろうな?」

加蓮「……冗談だと信じてます」

奈緒「未央、他のみんなは?」

未央「美嘉ねーとみくにゃんとかえ姉さまは、お風呂。ありすちゃんとさくまゆは、早めにレッスン終わったみたいで、晩御飯の準備手伝ってくれてるんだって」

奈緒「未央たちはもう風呂入ったのか?」

未央「うん。だからこれから私たちも、晩御飯の準備手伝ってくるよ。かみやんとかれんは、お風呂行っちゃって」

奈緒「ああ、じゃあそうするな」

加蓮「疲れてるから、今日のお風呂は気持ちいいだろうなー」

凛「……あれ? そういえば、プロデューサーはどうしたの?」

奈緒「ああ、あいつなら……」

加蓮「もうすぐ来ると思うけど……」

マストレ「おっ、ちょうど来たぞ」



P「―――つ、着いた……がくっ」



凛「プ、プロデューサー⁉」

卯月「どうして丸太なんて背負ってるんですか⁉」

未央「え、これどういう状況⁉」

奈緒「話せば長くなるんだ……だからあたしと加蓮は風呂行くな」

未央「話してくれないの⁉ めちゃくちゃ気になるんだけど!」

加蓮「後で話すよー」

未央「今話してほしかった!」

卯月「プロデューサーさん、しっかりしてください!」

P「……」

未央「へ、返事がない……ただの屍みたいだよ⁉」

凛「なに縁起でもないこと言ってるの!」



―――数十分後 合宿所 食堂前


加蓮「あー、気持ち良かった♪」

奈緒「加蓮、もう体は平気なのか?」

加蓮「うーん、まだ本調子じゃないけど……とりあえずはね。明日には回復してるよ」

奈緒「だといいけどさ……」

加蓮「心配ないって。それより、なんか食堂静かじゃない?」

奈緒「そういえばそうだな。みんないるはずなのに……まあ、入ってみれば分かるか」


《ガラッ―――》


『…………』


加蓮「え、なにこの雰囲気……」

ありす「あ、お2人ともようやく来ました」

奈緒「あ、ありす、みんなどうしたんだ? やけに静かだけど……」

ありす「さあ……? 多分、みなさん疲れているんだと思います」

奈緒「そ、そうか……あれ? プロデューサーがいないのはさっきの様子からして分かるけど、ちひろさんとトレーナーさんたちは?」

加蓮「楓さんもいないよ?」

ありす「なんでも、大人組は部屋で食べるそうですよ」

加蓮「ふーん……お酒でも飲むのかな?」

ありす「さあ、お2人も早く席に着いてください。奈緒さんと加蓮さんを待っていたので、まだ食べ始めていないんです」

奈緒「あ、そうだったのか、悪いな」

加蓮「早く座ろっか」


―――そうして席に座ったあたしたちの前には、とんでもないものが待ち受けていた。



奈緒「……」

加蓮「……」

ありす「ではみなさん揃いましたので、いただき――」

奈緒・加蓮『ちょっと待った!』

ありす「ひゃっ⁉ な、なんですか?」

奈緒「……なあ、ありす、聞いていいか?」

加蓮「この……お皿に乗ってるのは、何……?」

ありす「これですか? これは――」



ありす「橘流イチゴパスタです」



奈緒「……橘、流……?」

加蓮「イチゴ、パスタ……?」

ありす「私のオリジナル料理です。パスタに、生クリームとイチゴをトッピングしてみました」

加蓮「と、トッピング……?」

奈緒「あ、ありすが作ったのか、これ?」

ありす「はい、我ながら完璧な出来だと思います」

奈緒「……ありすって、料理の経験あったっけ?」

加蓮「寮では、ありすちゃんには料理当番させてないけど……」

ありす「経験はありません。ですが知識はありましたから」

奈緒(何の知識だ!……って言いたい! すごく言いたい!)

加蓮(み、みんなが異様に静かなの、これのせいだ……!)

ありす「? とにかくそういうことです。ではいただき――」

奈緒「ま、待った!」

ありす「な、なんですか、さっきから!」

奈緒「の、飲み物が足りないんじゃないか?」

ありす「え、そうですか? お茶とジュースを持ってきてありますけど……」

奈緒「みんなレッスンして疲れてるし、そんなんじゃ足りないって! もっと持ってこよう! み、みんなも手伝ってくれ! キッチン行くぞ!」

加蓮「奈緒、一体何言って……はっ! そ、そうだね! みんな行こう!」

未央「?……そ、そうか! 行くよみんな!」

ありす「いや、全員で行く必要はないんじゃないですか?」

加蓮「あ、そうだね! じゃあありすちゃんは残ってていいよ!」

ありす「い、いえそうじゃなくてですね。そもそも2人もいれば十分だと――」

奈緒「さあ、行くぞ!」

ありす「話聞いてください!」



―――大人組 合宿所、2階大部屋


楓「ふぅ……美味しいですね」

P「楓さん、明日もレッスンあるのに、お酒飲んで大丈夫ですか?」

楓「明日に残したりはしませんから」

P「ならいいですが……それにしてもちひろさん、なんで俺たちはここで食べるんですか? 凛たち、食堂で食べてるんですよね?」

ちひろ「お酒を飲むのでしたら、別々の方がいいかと思いまして」

P「うーん……まあ、そうですね」

ちひろ「……それに一緒だと、とばっちりが来るかもしれないので」

P「今なんか言いました?」

ちひろ「いえ、何も言ってません」

P「そうですか。……ところでこの夕食、俺の好きなものばかりの気がするんですけど、偶然ですかね?」

ちひろ「ああ、それはまゆちゃんがメニューを決めたからですよ」

P「まゆが?……あ、そういえば前に好きな食べ物聞かれたなぁ」

ちひろ「今日の私たちの夕食は、私とまゆちゃんで作ったんです」

P「そうだったんですか。なら、後でまゆにお礼を言っておこう……ちひろさんも、ありがとうございます」

ちひろ「いえ、私はそのために合宿に来ているようなものですから」

ルキトレ「私とありすちゃんも作ったんですよー!」

P「え、そうなの? でもちひろさん、まゆと2人で作ったみたいに……」

ルキトレ「私たちの夕食はちひろさんとまゆちゃんが作ったんですけど、子供組の夕食は私とありすちゃんで作ったんです」

P「あ、そうなんだ。ルキちゃん、料理出来たんだね」

ルキトレ「もちろんです。私の作るお菓子は、美味しいって評判なんですよ♪」

P「へぇ……ん? お菓子? え、普通の料理は?」

ルキトレ「似たようなものですよ」

P「全然違くない⁉ ち、ちひろさん、大丈夫なんですか⁉」

ちひろ「出来上がったものを見ましたが……食べられなくはないと思います」

P「その言い方、不安が募るんですけど! 凛たち、まともなもの食べてるんですよね⁉」

ちひろ「……」

P「そこで無言なんですか⁉ ち、ちょっと様子を見に――」

マストレ「落ち着けプロデューサー。私の可愛い妹が作った料理が、まともじゃないわけないだろう?」

ルキトレ「そうですよー、その言い方はひどいですっ」

P「あ……そ、そうだよね、ごめん。……でも不安が半端じゃないんだよな」

ちひろ「プロデューサーさん。いざとなれば、キッチンには私たちの作ったちゃんとした料理が余っていますから、そんなに心配いりませんよ」

P「……いざとなるかもしれないんですか?」

ちひろ「……あくまで仮定の話です」

P「本当ですね? 信じますからね?」

ちひろ「ささ、プロデューサーさんもお酒いかがですか?」

P「露骨に話を逸らしに来た!……まあ、ありすも一緒だったらしいし、変なことにはなってないか」



―――キッチン


奈緒「じゃあ、緊急会議を始めよう。……なんだあの物体Xは⁉ なんであんなもんがこの世に生まれてるんだよ⁉」

未央「私たちが来た時にはもうあったんだよ! さくまゆ、なんでああなったの⁉」

まゆ「そ、それが、ありすちゃんがせっかくだから料理を作ってみたいと……それで私とちひろさんが大人のみなさんの分を、ありすちゃんとルキさんが私たちの分を作ることにしたんです」

美嘉「どうしてわざわざ別々に作るの……」

まゆ「プロデューサーさんのご飯は、まゆが作りたかったので……うふふ♪」

凛「……」

加蓮「凛、今は睨んでる場合じゃないから」

凛「べ、別に睨んでないよ」

奈緒(嘘つけ)

みく「ていうか、ルキチャンが付いてたのに、あんなのが出来上がったの?」

卯月「ルキさんって、料理の腕はどうだったかな?」

未央「確か、お菓子は作れるとか聞いたことあるけど……」

凛「料理上手だったら、あんなものは出来上がらないよ」

未央「だよねー」

奈緒「さて、どうしてああなったのかは分かった……次は、これからどうするかだ」

加蓮「どうするって……」



奈緒「……食べるかどうかだ」



『⁉』


加蓮「あ、あれを……食べるの……?」

美嘉「でもあれはもう、食べ物と呼べる代物じゃ……」

未央「あんなの、犬でも食べないよ!」

凛「そこで犬を出すのはやめて」

未央「あ、ごめん……じゃ、じゃあ猫でも食べないよ!」

みく「猫もやめるにゃ!」

未央「めんどくさいなぁ、もう!」


卯月「み、みんな、せっかくありすちゃんが作ってくれたんだから……」

奈緒「卯月は食べると?」

卯月「えっ⁉……た…………た、食べ…………食べ、ま…………………………」





卯月「食べますっ!」





奈緒「すげぇ葛藤してたけど、食べるって言った!」

凛「う、卯月が食べるなら、私もた……た、食べるよ!」

未央「なら私もた、たべ……食べないわけにはいかないね!」

奈緒「おぉ、ニュージェネの絆を見たぞ……! こうなったら、あたしも食べる!」

美嘉「み、みんなが食べるのに、アタシだけ食べないなんてずるいよね!」

みく「あれも食材を使っている以上は食べられるはず……みくもやるよ!」

まゆ「あれが今存在するのは、私の責任でもありますから……私も食べます!」

加蓮「……え、みんな食べるの? 正気?」

奈緒「加蓮も食べるだろ?」

加蓮「えぇ……。私は……遠慮したいかなーって」

『…………』

加蓮「み、みんなしてそんな『空気読めよ』みたいな目で見ないでよ! あれ食べたら私、せっかく戻って来た体力を根こそぎ持ってかれるかもしれないでしょ!」

奈緒「う、そう言われると……し、仕方ない、加蓮の分はあたしが食べる!」

未央「かみやん本気⁉ 1人分でも相当きついよ⁉」


奈緒「いやいける。あたしは既に……あいつの攻略法を思いついた」

凛「攻略法?」

奈緒「あれは一見すると物体Xだが、冷静に考えてみると、個々のパーツはなんらおかしくはないんだ。あれはただ―――」



奈緒「パスタにイチゴパフェが乗ってるだけなんだ!」



加蓮「それ絶対おかしいけど⁉」

奈緒「だから、合わせるとおかしくなるんだよ! 別々に食べれば、大したことないんだ!」

みく「にゃるほど!」

美嘉「その発想はなかった!」

奈緒「まずは上のクリームとイチゴを平らげて、その後パスタを食べればいい。デザートとメインの順序が逆の気がするけど、いけなくはないはずだ」

卯月「て、天才です!」

まゆ「それなら、確かにいけるかもしれません……!」

加蓮「……ねぇ、みんな疲れてない? 疲れてまともな思考出来なくなってない?」

奈緒「いくぞ、みんな。これならきっといけ――」

未央「……あぁっ⁉」

凛「ど、どうしたの未央?」

未央「忘れてた……ありすちゃんの分はどうしよう⁉」

『あっ⁉』

奈緒「そ、そうか! あんなの、ありすに食べさせるわけには……!」

みく「奈緒チャン、もう1人分いっちゃうにゃ!」

奈緒「それは胃袋の容量的に無理だよ!」



卯月「……私が食べるよ」



凛「卯月⁉」

卯月「ありすちゃんの……ありすちゃんのために……っ!」

未央「し、しまむーから、優しさがあふれ出してる……!」

美嘉「まるで、聖母のような微笑み……!」

まゆ「人を幸せにする笑顔って……これのことなんですね……!」

加蓮「みんなテンションおかしいよ……合宿だから?」

奈緒「よし、みんな! 戦場に帰還するぞ!」

『おぉーっ!』

加蓮「お、おぉー」



―――決戦の地(食堂)


ありす「あ、みなさん、随分遅かったですね。……あの、飲み物はどうしたんですか?」

奈緒「あっ⁉……悪い、忘れた」

ありす「何しに行ってたんですか⁉」

奈緒「ま、まあここにあるので十分だろ」

ありす「じゃあ行かなくて良かったじゃないですか!」

奈緒「悪い悪い。さ、さあみんな、食べるとしようか」

卯月「あ、その前にありすちゃんにお願いがあるんだけど、いいかな?」

ありす「? なんでしょうか?」

卯月「ありすちゃんの分のイチゴパスタ、私にくれない?」

ありす「そうしたら私が食べる分がなくなりますよ!」

卯月「お、お願いありすちゃん。実は私、イチゴパスタが大好物なんだ」

ありす「え、そうなんですか……って、これ作ったの今日が初めてなのに、そんなわけないじゃないですか! 私のオリジナルですよ⁉」

卯月「あぅっ⁉ え、えーっと……」

奈緒「わ、分かった、ありす。あたしの分のイチゴやるから、な?」

ありす「いや、イチゴだけ貰っても……」

未央「み、みんな、ありすちゃんにイチゴあげようよ」

凛「はい、ありす」

『どーぞどーぞ』

ありす「どうしてみなさんイチゴを私に⁉」

奈緒「それだけあれば、卯月にパスタあげてもいいだろ?」

ありす「いや、デザートだけになるじゃないですか! 主食がなくなります!」

加蓮「な、ならありすちゃん。私と一緒に、キッチンで新しく料理を作ろうよ」

ありす「今からまた作るんですか⁉」

加蓮「そ、そんなに時間かからないと思うよ? 大人組の分のご飯が余ってたしさ」

ありす「で、でもせっかくのイチゴパスタが……」

奈緒「ありす……ここは大人の余裕で譲ってくれ」



ありす「! お、大人の……余裕……!」





ありす「……分かりました。どうぞ、卯月さん」

卯月「わ、わーいっ! ありがとう、ありすちゃん」

ありす「いえいえ、これぐらいどうってことないです。……ふふ」

加蓮「じゃ、じゃあキッチンに行こっか」

ありす「はい。みなさんはお先に食べていてください」

奈緒「あ、ああ、そうするよ」


《―――ガラッ、ピシャン》


奈緒「……なんとかなったな」

未央「かみやんの一言が効いたね」

凛「ねえみんな。期せずして、イチゴパスタがクリームパスタになったわけだけど……」

みく「それでも、攻略法は変わらないよ」

美嘉「クリームを食べてから、パスタを食べればいいだけだもんね」

まゆ「で、では……食べますか?」

奈緒「いよいよか……大丈夫か、卯月?」

卯月「大丈夫……頑張れば、大丈夫なはず……!」

奈緒「じゃあ……いただきます!」

『いただきます!』



―――十数分後、食堂前


加蓮「大人組の料理、結構余ってたみたいで良かったね」

ありす「はい。温めるだけだったので、そんなに時間がかかりませんでした。……そういえば、なぜ加蓮さんもイチゴパスタを食べないんですか?」

加蓮「えっ⁉ わ、私、実はイチゴとパスタを同時に食べるとアレルギーが出ちゃうんだ」

ありす「そんなアレルギーあるんですか……?」

加蓮「あるんだよ。世の中、いろんなアレルギーがあるからね」

ありす「なるほど……勉強になりました」

加蓮「さ、さて、食堂に着いたね。みんなもう、食べ終わってたりするかな?」

ありす「わりと早く戻ってきましたから、まだじゃないですか?」

加蓮「……そうじゃないといいけど」

ありす「今何か言いました?」

加蓮「何も言ってないよ。じゃ、入ろっか」


《ガラッ―――》


『…………』


加蓮「み、みんな⁉ テーブルに突っ伏してどうしたの⁉」

ありす「ど、どうなってるんですか、これ⁉」

加蓮「な、奈緒、一体何があったの?」

奈緒「……ふ、伏兵……が……」

加蓮「伏兵? 何のこと?」

奈緒「……パスタの……下、に……」

加蓮「パスタの下? パスタの下に何が……こ、これは―――」



加蓮「パスタの下に、さらにクリームとイチゴが⁉」



ありす「え? あ、はいそうですよ。見えないところも凝っておこうと思いまして、パスタの下にもトッピングをしておきました」

加蓮「……こ、これにみんなやられたんだ」

ありす「やられた?」



加蓮「こ、これはもう……。……。……ありすちゃん、みんな疲れて寝てるみたい」

ありす「え、寝てるんですか⁉ テーブルで⁉」

加蓮「そ、そうみたいだね。だから部屋に行って、布団を敷いておいてくれないかな? 私は、みんなのお皿とか片付けるから。その後に、みんなを部屋に連れていこう」

ありす「わ、分かりました。すぐ行ってきます」


《ガラッ―――》


加蓮「……これでいいね。みんな、意識はある?」

未央「……あるけど……今は、動けそうにない……」

加蓮「り、了解。じゃあ私がこの兵器を片付けるよ。食べ物を粗末にはしたくないけど……
これはもう食べ物じゃないから」

卯月「……あ、ありすちゃんに……気付かれない所に……捨てて……」

加蓮「うん、分かってる。みんな、もう大丈夫だから……ゆっくり休んでて」

凛「……そう、するよ……」

加蓮「よし、じゃあお皿を片付けて……あっ⁉」



加蓮「み、みんなパスタまでは全部食べてる!」



『…………』


加蓮「こんなになってまで……みんなの意思は、私が引き継ぐよ! こんなものは、世界に存在してちゃいけないから! 捨てるよ、ひとつ残らず……!」





 【イチゴパスター・ウォーズ】
  《ファントム・メナス》

      ~完~




―――1階 大部屋


卯月「凛ちゃん、私、頑張ったよ……」

凛「うん。すごい頑張ったね、卯月。えらいよ」

卯月「えへへ……」

奈緒「にしても、酷い目に遭ったな……」

未央「もうありすちゃんには料理させちゃ駄目だよ」

奈緒「いや、それだと隙が出来た時に危ない……むしろきちんとした料理を教えるべきだろ」

みく「そうだね、その方がいいと思うにゃ」

まゆ「なら寮の料理当番、これからはありすちゃんにも手伝ってもらうことにしましょう」

美嘉「頼んだよ、寮組」


《ガラッ》


加蓮「あ、みんなもう動け――起きてるんだね」

奈緒「ああ、起きてる。もう大丈夫だ」

ありす「てっきり、部屋に移動したらそのまま眠るのかと思っていました」

未央「ぎ、逆に目が覚めちゃったんだよ」

ありす「逆に?」

美嘉「そんなことより、みんな揃ったし話でもしようよ」

みく「あ、そうだね。ささ、ありすチャンもこっち座って」

ありす「はい、分かりました」


未央「ねぇねぇ、みんな今日のレッスンどうだった? 私たち、いつもの3倍厳しくされてさ~」

奈緒「なんだ3倍って……ん? 未央たち、どんなレッスンしてたんだ?」

未央「どんなレッスンって、ダンスにボーカルに……」

奈緒「そんな普通なのか⁉」

未央「え、なんでそんな驚いてるの⁉」

奈緒「じゃ、じゃあまさか、あたしたちだけ?」

加蓮「そりゃあねぇ……あんなのやらないよねぇ……はぁ」

凛「? 奈緒たちは、何か別のレッスンしてたの?」

奈緒「あたしたちは崖登ってたんだ」

凛「……ごめん、日本語でお願いしていい?」

奈緒「日本語だよ! 崖登ってたの!」

卯月「が、崖⁉」

凛「どうしてそんなことを……」

未央「かみやん、ア○カツじゃないんだからさ……アニメの影響、受けすぎだよ」

奈緒「いや、あたしがやりたかったわけじゃないから! 師匠が崖登るとか言い出したんだよ!」

未央「師匠が?……納得」

加蓮「納得なんだ」

凛「あの人なら言い出しそうだから」

卯月「で、でも崖って……大変だったね」

奈緒「大変なんてもんじゃなかったぞ」

加蓮「ホントだよね……。あ、じゃあさ、ありすちゃんとまゆは何してたの?」

ありす「私たちは、その……」

まゆ「コスプレ大会をしていました」

奈緒・加蓮『なんか楽しそうなことしてる⁉』

奈緒「なんだそれ⁉ あたしたちのと比べて天国と地獄だぞ!」

ありす「そ、そう言われても……」

まゆ「ルキさんが決めたことなので……」

加蓮「姉妹でこうも違うんだ……じゃ、じゃあ美嘉たちは?」

美嘉「アタシたちは……釣り」

奈緒「海満喫してる!」

加蓮「そっちもいいなぁ……。じゃあ、まともにレッスンしてたの、未央たちだけ? どういうこと?」

奈緒「あたしには分からん……未央たち、先輩アイドルとして何か思い当たることないか?」

未央「うーん……とりあえず、あれだよね」

奈緒「お、何か分かったのか?」

未央「釣りとかコスプレ大会とかって、もう普通に遊んでるよね」

奈緒「……うん、それはあたしも分かってた」

美嘉「なっ⁉ 遊んでたとか―――」



―――数時間前


美嘉「あっ、みくちゃん、引いてる引いてる!」

みく「えっ⁉ き、きたにゃ! お、重い……!」

トレーナー「重いということは、それだけ大物だということだぞ!」

楓「みくちゃん、手伝うわ!」

美嘉「アタシも!」

みく「ありがと! ぐぐぐ……」



みく・楓・美嘉『いっけぇー!』


《ざばぁーんっ!》



みく「つ、釣れたぁ!」

楓「ふぅ、やったわね」

美嘉「はいっ!」

みく「……って、魚がこっちに―⁉ め、目合ったにゃ! きもいにゃ! にゃぁ――――っ⁉」

美嘉「お、落ち着いて、みくちゃん!」

楓「網はどこだったかしら……?」

トレーナー「ここにある、私がやろう」

みく「お、お願いします、トレーナーさん! 早く!」

トレーナー「分かった分かった」

美嘉「にしてもでっかいなぁ……よーしっ、次はアタシも大物釣るぞー☆」




―――現在


美嘉「……あ、遊んでたわけじゃない……と思うよ?」

みく「そ、そうにゃ! きっと忍耐力を鍛える特訓……かもしれないし」

奈緒「2人とも疑問抱いてるじゃんか!」

まゆ「そういえばルキさんは、コスプレをするのは個性を再発見するためと言っていました」

加蓮「それで、再発見は出来たの?」

ありす「えっと……」



―――数時間前


ルキトレ「きゃー! ありすちゃん、似合ってますっ!」

ありす「そ、そうでしょうか?」

ルキトレ「少女魔導士……いいですっ! クールさの中にある可愛らしさ……ありすちゃんにぴったりですよ!」

ありす「く、クール!……ふふふ、今の私はクール橘です……っ」

まゆ(ありすちゃん、意外とノリノリ……)

ルキトレ「それとまゆちゃんは天女! 神々しいですよっ!」

まゆ「この衣装なら、プロデューサーさんに喜んでもらえるでしょうか?」

ルキトレ「ろんもちです! 写真撮っておきましょう!」

まゆ「うふふ♪ お願いします」

ルキトレ「ささ、ありすちゃんもパシャッとしましょ」

ありす「……ポーズはこうでいいですか?」



―――現在


ありす「……で、出来ましたよ?」

奈緒「ならなぜ目を逸らす」

まゆ(遊んでいただけだったような……)

加蓮「釣りもコスプレも、一応目的はあったのかな?」

奈緒「そういえば、あたしたちが崖登りさせられたのは、アイドル魂を刻みつけるためとかだったっけ」

凛「アイドル魂って、どんなものかよく分からないけど……刻みついたの?」

奈緒「……根性はついたような気がする」

卯月「……だ、大事だよね、根性」

加蓮「卯月、気を使わなくていいから」

奈緒「うぁーっ! やっぱ一日無駄にしただけの気がするぞ! ちょっとあたし、プロデューサーに今日のこと聞いてくる!」

加蓮「あ、じゃあ私も」

未央「なら、みんなで行こっか」



―――合宿所、2階大部屋


ルキトレ「えっ⁉ お姉ちゃん、奈緒ちゃんと加蓮ちゃんに崖登りなんてさせたの⁉」

ベテトレ「また姉さんは……何考えてるんだ」

トレーナー「プロデューサー殿、その場に居たのなら止めてください」

P「止めたんですけど、押し切られてしまいまして……我ながら情けないです」

マストレ「い、いやケイ、私にも考えがあってだな……」



ルキトレ「お姉ちゃん、そこに正座しなさい!」



マストレ「……はい」

ルキトレ「どんな考えがあったとしても、それで加蓮ちゃんが倒れちゃったんでしょ? お姉ちゃんが無茶させるから、そんなことになったんだよ?」

マストレ「ま、まあ、そうかもしれないが……」

ルキトレ「かもじゃないでしょ!」

マストレ「は、はい! 私のせいです!」

ルキトレ「ちゃんと反省すること!……じゃあ、ここからはお姉ちゃんたちにタッチ」

ベテトレ「ああ、引き継ごう」

トレーナー「その件以外でも、山ほど言いたいことがあるからな」

マストレ「げっ⁉」

ベテトレ「だいたい姉さんはだな―――――」



ルキトレ「ふぅ……久しぶりに怒って疲れました」

P「ルキちゃん、師匠のことあんまり怒りすぎないであげてくれる? 加蓮が倒れたのは、師匠だけじゃなくて、俺の責任でもあるからさ」

ルキトレ「プロデューサーさんは悪くないですよ。お姉ちゃんが無茶苦茶やったんですから」

P「うん、無茶苦茶やったのは否定しないけど。でも俺がちゃんと、加蓮に昔入院していたことを聞き出しておいて……それを師匠に伝えてたら、無茶させなかったと思うんだよ」

ルキトレ「それは……でも加蓮ちゃん、そのこと隠してたんですよね?」

P「そうだけど……それでも俺の怠慢だよ。俺は加蓮のプロデューサーなんだから」

ルキトレ「プロデューサーさん……なら、プロデューサーさんもお姉ちゃんたちの説教受けてきます?」

P「えっ⁉ くっ……! そ、そうだね……じゃあ俺も――」

ルキトレ「いやいや、冗談ですよ!」

ちひろ「プロデューサーさん。今後はこういうことがないように気をつけていけば、それでいいと思いますよ」

P「ちひろさん……はい、そうします」

楓「……プロデューサー」



楓「もう一杯いかがですか?」



P「この流れで⁉」

楓「今は食事中なんですから。お酒を飲むのが正しい流れですよ」

P「そ、そうですかね?……じ、じゃあいただきます」

楓「はい、どうぞ」

P「ごくごく……ふぅ」

楓「美味しいですよね、このお酒」

P「はは、そうですね。……うん、美味いです」

ちひろ(楓さん、もしかしてプロデューサーさんの心を切り替えさせるために……?)

楓「……はぁ、美味しい」

ちひろ(……考えすぎですかね)


ルキトレ「プロデューサーさん、私も一杯くださいな♪」

P「うん、じゃあルキちゃんもいっぱ―――ってまだ未成年でしょ! 駄目だよ!」

ルキトレ「むぅ、もうすぐ20歳なのに……」

P「まだ19歳なんだから駄目だってば。……そういえばさ、ルキちゃん。今日やった内容なんだけど、お互い事前に話してなかったの?」

ルキトレ「レイお姉ちゃんだけ、教えてくれなかったんですよ。今日の目的を電話で伝えたら、『それならいい考えがある!』とだけ言って」

P「いい考えが崖登りか……いや、まあ確かに結果的には目的に沿ったけど」

ルキトレ「ですけど、崖登りはやりすぎです」

P「うん、それはそうだよね」

楓「プロデューサー、今日の……レッスン? の目的とはどのようなものなのでしょうか? 私たちも、釣りをしていただけですし……」

P「あ、楓さんたちは釣りしてたんですか。ルキちゃんは、ありすとまゆに何を?」

ルキトレ「私たちはコスプレ大会です♪」

P「コ、コスプレ?……内容に姉妹の性格が表れてるなぁ」

ルキトレ「何か言いました?」

P「ああいや、なんでもないよ。それで楓さん、今日の目的なんですけど……あ、でもこれ話すとあのことも一緒に話すことになるな……」

楓「あのこと?」

P「えー、そのですね……」

楓「あ、話しづらいのでしたら……」

P「ああいえ、そうじゃないんです。……どうしようかな」

ちひろ「プロデューサーさん。どうせ明日には話すんですし、いいんじゃないでしょうか?」

ルキトレ「そうですそうです」

P「……まあ、ここで話さないのも意地が悪いですもんね。楓さん、実は―――」



《ガラッ―――》


奈緒「やいプロデューサー!」



P「うぉおおぅ⁉ な、なんだよいきなり!」

加蓮「ちょっと話があるんだー」

P「話?」

まゆ「プロデューサーさん。今日の夕飯、どうでしたか?」

P「ああ、まゆが作ったんだって? 美味かったよ、ごちそうさま」

まゆ「うふふ♪ お粗末さまでした」

凛「プロデューサー、お酌してあげるよ。どんどん飲んで。夕飯の味を忘れるくらいに」

P「そんな飲まないから! ていうか、みんな来たのか?」

みく「うん、みんな来たよー」

未央「ねぇねぇ、なんで師匠説教されてるの?」

P「ちょっとな」

ルキトレ「とりあえずほっといていいですよ」

卯月「ルキさんがそう言うなら……」

美嘉「うん、姉妹のことに他人が関わるもんじゃないよ」

マストレ『……』

ありす「助けを求めるような目でこちらを見てますが……」

奈緒「気のせいだ、ほっとけ」

ありす「はあ……」

奈緒「そんなことより、プロデューサー。今日の崖登りとか、釣りとか、コスプレ大会ってなんだ?」

美嘉「やった意味が全然分からないんだけど」

P「あー、それ聞きに来たのか……」

ちひろ「それはいいタイミングで来ましたね」

加蓮「いいタイミング?」

楓「ちょうど、私がそれを聞くところだったのよ」

加蓮「あ、そうだったんですか」

奈緒「ならあたしたちも聞くぞ、プロデューサー」

P「え、えぇー? でも、それ話すと……はぁ、仕方ないか」

ルキトレ「教えるの、1日早まるだけじゃないですか」

P「もっとこう、場の空気を整えてから伝えようと思ってたんだけど……」

奈緒「空気とかいいから、早くしろって」

P「せっかちか、お前は。あー……じゃあみんな、注目!」

まゆ「はい、プロデューサーさん♪」

みく「なになに、Pチャン?」

ありす「どうしたんですか、改まって」



P「今日みんなにしてもらったことなんだが……それぞれ、親睦を深めてもらうのが目的だったんだ」

奈緒「親睦? 今更?」

P「今だからだ。これは明日発表しようと思ってたんだけどな……みんな、よく聞けよ?」



P「みんなの、ユニットデビューが決定したんだ!」



美嘉「……え?」

ありす「ユニット……」

まゆ「デビュー……?」

楓「私たちが……ですか?」

みく「や、やった――」



奈緒「いや喜ぶのは待て!」



みく「にゃ⁉」

奈緒「慌てるな、みく。……プロデューサー、それ本当か?」

加蓮「そういえば、前科があるからね……」

P「本当だよ! 今回デビューするのは、奈緒、加蓮、楓さん、美嘉、みく、まゆ、ありすだ!」

ちひろ「ふふ、本当ですよ。私が保証します」

ルキトレ「私も、保証しますよ」

奈緒「じゃ、じゃあ本当に……」

加蓮「私たち、デビューできるの?」

奈緒「……」

加蓮「……」



奈緒・加蓮『やったぁ――――――っ!』



P「まったく、そうやって最初から素直に喜べよ」

奈緒「プロデューサーが前にあたしと加蓮を騙したからだろうが!」

P「そ、そういやそうだっけ……悪い」

奈緒「でも今はそんなのどうでもいいや! プロデューサー、ユニットってどんなユニットなんだ?」

加蓮「私、誰と一緒なの?」

P「今日親睦を深めてもらったの、なんでか考えてみ?」

加蓮「……もしかして、奈緒と?」

奈緒「加蓮とのユニット?」

P「そう! 加蓮と奈緒、楓さんと美嘉とみく、そしてまゆとありす! これがそれぞれのユニットメンバーだ!」



楓「なるほど、それであの組み分けだったんですね」

美嘉「みくちゃんと楓さんか……面白そう☆」

みく(2人とも、猫耳付けてもらおっと)

ありす「私はまゆさんと……」

まゆ「よろしくお願いします、ありすちゃん」

ありす「は、はい、こちらこそです」

未央「ついにみんながデビューかぁ……!」

卯月「なんだか、私も嬉しいです!」

凛「みんな、おめでとう」

奈緒「ああ、サンキュ!」

未央「よーしっ、今日はお祝いパーティだよ!」

みく「朝まで騒ぐにゃ!」

P「やめとけ! 明日はレッスンあるんだぞ⁉」

美嘉「でもアタシたち、嬉しくて今日は寝られそうにないよ!」

P「だから明日になってから発表しようと思ってたのに……!」

凛「そういうことだったんだ」

奈緒「おーしっ、シャンパン開けるぞーっ!」

加蓮「あはは、やっちゃえ、奈緒―!」

P「それ日本酒の酒瓶だけど⁉ 開けても普通にこぼれるだけだからやめろ!」

凛「確かに明日の方が良かったかもね……」

P「あー、もう分かった! 1時間だけ騒いで良し! だけど1時間経ったらおとなしく寝ること! いいな?」



『はーいっ!』




―――数十分後



みく「前川みく、一発芸やります!……ネコチャンの真似! にゃあー♪」

奈緒「それ、いつもどおりじゃねーか!」

加蓮「じゃあ逆に私たちがやろうよ。にゃあー♪」

美嘉「いいね、にゃあー☆」

まゆ「にゃあー♪」

ありす「に、にゃあー♪』

楓「にゃあ♪」

みく「にゃあーっ⁉ みんなでやると、みくのアイデンティティが崩壊しちゃうにゃ!」

加蓮「ほら、奈緒もやるにゃ♪」

奈緒「あたしも⁉ に……に、にゃ……そ、そんな恥ずかしいこと出来るかぁーっ!」

加蓮「もう奈緒ったら……じゃあ猫耳を付けてあげるにゃ♪」

美嘉「なら尻尾も付けようよ。これでにゃあって言わなくても、猫ちゃんになれるにゃ☆」

奈緒「いやいや! そっちのが恥ずかしいだろ⁉ や、やめ―――にゃぁあああ⁉」





P「あいつら、随分盛り上がってんなぁ……」

ルキトレ「それだけ嬉しいんですよ」

P「でもあんなに騒いで、明日のレッスン大丈夫なのか……?」

ちひろ「みんな、それくらいの分別はついていると思いますよ」

P「そうですかね……」





加蓮「さあ奈緒、どうぞ!」

奈緒「くぅぅ、もうヤケだ!……に、にゃあー♪」

美嘉「いいねー☆」


《パシャッ》


奈緒「今パシャって聞こえたぞ⁉ 美嘉、撮ったの消せ!」

美嘉「ん? いいよー、はい」

奈緒「お、わりと素直に消したな……」

美嘉「もうクラウドに保存してあるからね」

奈緒「そっちも消さないと意味ないだろ!」

加蓮「美嘉、後で私に送ってね」

美嘉「オッケー☆」

奈緒「あたしの写真を拡散するなぁーっ!」





P「……ついてますかね」

ちひろ「……おそらくは」



凛「そういえばプロデューサー。私たちだけ今日普通のレッスンだったのは、もうデビューしてるから?」

未央「今さら親睦を深める必要ないもんね」

P「え? 確かに親睦深める必要はないと思ってたけど……今日は未央たちもレッスン休みにするって話だったはずなんだが」

未央「え⁉」

P「いつもレッスンや仕事で疲れてるだろうから、今日くらいは休みにって……」

未央「ベテトレさん! 師匠に説教してないでちょっと! どういうことですか⁉」

ベテトレ「ん? いや、私もレッスンを休みにしようかと思ったんだが……お前たち、きつい方がいいと言っただろう?」

未央「あれかぁ――――っ⁉ きついか楽かってそういうこと⁉」

ベテトレ「楽な方がいいと言えば、休みにしていたんだが」

未央「ならそう説明してくださいよ!」

卯月「まあまあ、未央ちゃん」

ベテトレ「だがお前たち、説明する前に決めただろう」

未央「……しぶりん」

凛「……。……レッスンは無駄にならないよ」

未央「そうだけどさ! 休めるんなら休みたかったっていう思いもあるよ⁉」

卯月「まあまあ、未央ちゃん」

P「なんだ凛たち、今日普通にレッスンしてたのか? さすがの向上心だな」

凛「ま、まあね」

未央「なんか釈然としない……」

卯月「まあまあ、未央ちゃん」

未央「しまむー、さっきからそれしか言ってないよ⁉」

卯月「まあまあ……甘々……おいしぃ……」

未央「……あ、船こいでる」

凛「卯月、眠いみたいだね」

P「ならちょうどいいか。もうそろそろ1時間経つし、お開きにしよう。みんなー、騒ぐのはもう終わりだ! さ、部屋行って寝ろ寝ろ!」






美嘉「えぇー⁉」

加蓮「これからがいいとこなのに……」

奈緒「いいとこじゃないだろ⁉ 猫耳と尻尾だけじゃなく、肉球手袋まで着けさせやがってぇー!」

みく「みくの……みくのアイデンティティが……! 奈緒チャン、それ返してよー!」

奈緒「喜んでお返しするよ!」






P「お前たち、明日は朝からレッスンなんだから、寝ないと体力もたないぞ。……一応言っとくと、明日からはユニット単位でのレッスンになるからな」

ありす「はい、ユニットでの……れっすん、れすね……」

P「……ありすも大分眠そうだな。みんな、明日と明後日しっかりレッスンして、明後日の午後には合宿終了なんだ。体壊さないためにも、とっとと寝ること。分かったか?」

『はーい……』

P「……あとトレーナーさんたち、そろそろ説教はいいんじゃないですか? 師匠、正座したまま寝てますよ」

ベテトレ・トレーナー『えっ⁉』

マストレ「むにゃ……牛タンもう一皿追加で……」

ベテトレ「ほ、本当だ……」

トレーナー「説教するのに夢中で気付かなかった……」

P「ま、まあトレーナーさんたちも、もう寝られた方がいいですよ」

ルキトレ「ぐー……」

P「……ルキちゃん、もう寝てるしね」



―――合宿所 1階 大部屋


卯月「すぴー……」

ありす「くー……」

未央「もう食べられないよ……」

奈緒(……疲れてるはずなのに、眠れない。でもみんな寝てるっぽいし……)

未央「……でもデザートは別腹だから……食べる……」

奈緒(食べるのかよ!……いや、寝言にツッコんでも仕方ないな。羊でも数えるか……○リープが一匹……メリ○プが二匹……メ○ープが3匹……メリー○が4匹……あっ、モ○コに進化した!)

加蓮「……奈緒、まだ起きてる?」

奈緒「!……起きてたのか、加蓮」

加蓮「……眠れない」

奈緒「でも寝なきゃだぞ……ただでさえ加蓮は今日、倒れてるんだし」

加蓮「分かってるけど、まださっきまで騒いでた熱が残ってるみたいで……ね、ちょっと外の風に当たりに行かない?」

奈緒「あたしの話聞いてた?」

加蓮「ちょっとだけだって。クールダウンにさ」

奈緒「……。……みんなを起こさないように、静かに出るぞ」

加蓮「うん、分かってる」



―――合宿所、外


合宿所から出て空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。


加蓮「……星、綺麗だね」

奈緒「そーだなー……こんな星空見たの、初めてかも」

加蓮「あっ」

奈緒「どうした?」



加蓮「丈夫丈夫丈夫」



奈緒「どうした⁉」

加蓮「流れ星見つけたから、3回お祈りしたの。体が丈夫になるようにって」

奈緒「なんだそういうことか……」

加蓮「奈緒だったら、何お願いする?」

奈緒「あたし?……あたしは特にお願いすることないかなぁ」

加蓮「奈緒、つまんない」

奈緒「悪かったな!」

加蓮「あ、トップアイドルとかは?」

奈緒「それは……自分の力でなるものじゃんか」

加蓮「……それもそだね。流れ星に願うことじゃないか」

奈緒「じゃあ……あたしも加蓮の体が丈夫になりますようにでいいよ。そうすれば、効果2倍だし」

加蓮「2倍って……何それ」

奈緒「あっ」

加蓮「え?」



奈緒「丈夫丈夫丈夫」



加蓮「え、怖い……」

奈緒「さっき加蓮も言ってただろ!」

加蓮「そうだけど……ん? じゃあ奈緒、今の……」

奈緒「流れ星、流れたから願っといた。これで効果2倍!」

加蓮「……ホントにやるとか」

奈緒「い、いいじゃんか別に」

加蓮「……なら、丈夫になるようにこれから頑張るかな」

奈緒「無理しない程度で頑張れ」

加蓮「うん、そうする」



そうしていると、ようやくあたしに眠気がやってくる。


奈緒「……ふぁ……。加蓮、もう戻って寝ないか?」

加蓮「そだね、もう熱も冷めたし」

奈緒「じゃあ戻ろう」

加蓮「……あっ、奈緒」


合宿所の中に戻ろうとすると、加蓮があたしを引き留めた。


奈緒「ん?」

加蓮「えっと、デビューも決まったことだし……」


加蓮は自分の頬をぽりぽりと掻いてから、あたしの目を真っ直ぐに見つめて―――はにかむように笑い、告げた。







加蓮「これからも、よろしくね。奈緒」






そして、あたしも―――。








奈緒「こちらこそ、よろしくな。加蓮」






―――笑いながら、告げたのだった。




―――翌日


マストレ「それではレッスンを始める! 準備はいいな?」

奈緒・加蓮『はい!』

マストレ「いい返事だ。ではまず、この曲を聞け」


《――――――♪》


奈緒「……この曲は?」



マストレ「お前たちのデビュー曲だ」



奈緒「デビュー曲……」

加蓮「これが、私たちの……」

奈緒「加蓮……!」

加蓮「奈緒……!」

マストレ「さあ、デビューまでそう長い時間はないぞ。私がお前たちを見てやれるのは今日と明日だけだが、みっちりレッスンしてやるからな!」

奈緒・加蓮『はいっ! お願いしますっ!』



第7話 終わり



―――合宿終了後


P「師匠、今回もありがとうございました」

マストレ「いや、私も楽しかった。やはりいいな、トレーナー業も」

P「トレーナーには戻られないんですか?」

マストレ「そうだな……修行の旅が終わったら、戻るのも悪くないかもな」

ルキトレ「プロデューサーさん。その時は、お姉ちゃんも346プロで雇ってもらえますよね?」

P「うん。ぜひ来てください、師匠」

マストレ「ふっ、まあ考えておくか。神谷と北条、それまでに立派なアイドルになっておけよ?」

奈緒「はい!」

加蓮「ありがとうございました!」

ルキトレ「お姉ちゃん、今度はどこに行くの?」

マストレ「北の果てまで行ったんだ。次は南の果てに行ってくる」

卯月「南の果て……」

凛「南極だね」

未央「そんなとこでどんな修行するんだろ……?」

ルキトレ「いってらっしゃい、お姉ちゃん!」

トレーナー「いってらっしゃい、姉さん」

ベテトレ「いってらっしゃい、あまり無茶苦茶しないように」

マストレ「ああ、またな妹たちよ!……あー、それと北条」

加蓮「? はい」



マストレ「初日は悪かった! じゃあな!」



加蓮「え? あ……行っちゃった」

奈緒「師匠、意外と気にしてたんだな、加蓮が倒れたの」

加蓮「……もう、別に師匠のせいじゃないのに」

P「さて……じゃあ、俺たちも帰るとするか」



 ほんとにおしまい


以上で、第7話終わりとなります。

本当なら、この次に過去編の続きである0.1話を上げたかったのですが、イマイチ筆が進まず書き上がりそうにないので、普通に8話を上げます。

その第8話もちょっと長いので前後編に分けます。
奈緒たちのデビューも決まり、いよいよ次はデビューライブ……ではありません。

0.1話の代わりにもならないですが、またテキトーに思いついた次回予告でも上げておきます。




次回予告



P「ん? やっと起きたか」

奈緒「な、なんでプロデューサーがあたしの部屋にいるんだ⁉」

?「とっても甘いキスだったわ……まだ舌が味を覚えてるくらい」

???「ちっちゃくてきゃわゆいーっ!」

ちひろ「そこの彼女は不法侵入者です」

??「そうなんですよー! ちょろっと警備の目をかいくぐって」

??「こ、これが、アイドルなんですね……!」



次回 第8話
『すかうてっどがーるず!』



?「印税貰いに来ましたー♪」

P「なんだその子⁉」



……だいたいあってるので、ご了承ください。

第8話 すかうてっどがーるず!(前編)



―――346プロ アイドル部門事務所


P「みんな、自分たちのユニット名を決めてくれ」

奈緒「ユニット名?」

加蓮「私たちが決めるの?」

まゆ「プロデューサーさんが決めるのではないんですか?」

P「それでもいいんだけどな。自分たちのユニット名なんだから、自分たちで決めた方がいいだろ?」

美嘉「それは確かにそうだね」

楓「いつまでに考えれば?」

P「そうですね……期限は日曜の朝までで。つまり今日を入れて、あと4日だな。そんだけあれば何かしら思いつくだろ?」

ありす「何かしらって……」

みく「思いつかなかったら?」

P「そん時は俺がテキトーに決める」

加蓮「テキトーに決められるのはやだなぁ……」

奈緒「でもユニット名かー、悩むな」



―――レッスン室 休憩中


奈緒「うーん……いいのが全然思い浮かばない」

加蓮「加蓮と奈緒だから……加奈?」

奈緒「ユニットっぽくなくないか? 普通に人名だろ、それ」

加蓮「じゃあ苗字から取って、北条と神谷で……北神」

奈緒「神になってどうすんだ!」

加蓮「もう、奈緒さっきから文句ばっかりじゃん。奈緒も何か案出してよ」

奈緒「え? えーっと…………ゴッドノゥスとかは?」

加蓮「さっきの英語にしただけだし……ボツ」

奈緒「あーっ! いいのが全然浮かばない!」

美嘉「2人とも、随分悩んでるねー」

加蓮「まあねー……そっちはどう?」

美嘉「アタシたちも、まだ全然決まりそうにないよ」

奈緒「やっぱ悩むよなー」

みく「……あっ、いいの思いついた!」

美嘉「え、なになに?」

みく「プリティー☆ネコチャンズ!」

美嘉「ほら、こんな感じで決まらないんだ」

奈緒「そっち大変だな」

みく「美嘉チャン、だめ?」

美嘉「あはは……じゃあ1案として残しておこっか。楓さんは、何かないですか?」

楓「そうね……バスというのはどう?」

美嘉「バス? なんでバスなんです?」

楓「ユニット名がバスで、ユニットバス。……ふふっ」

美嘉「……ほら、こんな感じで決まらないんだ」

奈緒「マジでそっち大変だな」



加蓮「ありすちゃんたちも苦戦してるみたいだよ」



ありす「う―ん……いいのが全然浮かびません」

まゆ「PDCというのはどうでしょうか?」

ありす「PDC? どういう意味ですか?」

まゆ「プロデューサーさん大好きクラブの略です♪」

ありす「そんなの嫌です!」



奈緒「あっちはあっちで難航してるなぁ……」

加蓮「うーん、何かいいのないかなー……」

美嘉「あ、じゃあさっきのみくちゃんの案、加蓮たちにあげるよ」

奈緒「いらないけど⁉」

みく「みくあげていいなんて言ってないよ⁉」

美嘉「まあまあ、みくちゃん。さっきのやつさ、プリティーの部分が加蓮の名前とかかってるでしょ?」

みく「……あ、そっか。プリティーは日本語で可憐って意味だもんね。確かに加蓮ちゃんにぴったりにゃ」

美嘉「だからプリティーをそのままにして、あとは奈緒ちゃんの名前をどこかに入れたら、ユニット名として使えるんじゃない?」

加蓮「なるほどね。なら、ネコの部分を奈緒に変えよっか」

美嘉「じゃあユニット名は――」



加蓮・美嘉『プリティー☆ナオチャンズ!』



奈緒「それあたしが可愛いみたいになってるじゃん!」

加蓮「ぷふっ。奈緒ったら、自分で自分のこと可愛いって言ってるし」

美嘉「ウケるー☆」

奈緒「ウケるじゃねーよ! そんな痛々しいユニット名に誰がするか!」

加蓮「いいじゃん、奈緒可愛いよ?」

美嘉「うんうん、可愛い可愛い」

奈緒「か、可愛いとかないから! テキトー言うなぁっ!」

楓「ふふ、奈緒ちゃん可愛いわ」

みく「そうにゃ、奈緒チャン可愛いよ。……ネコチャンには負けるけど」

奈緒「だ、だから、可愛いとか言うなって……」



『かーわいいっ! かーわいいっ! かーわいいっ!』



奈緒「や、やめろぉ――――――――――――っ!」

ルキトレ「……そろそろレッスン再開しますよー」



―――事務所


奈緒「ちくしょうっ、みんなしてあたしをからかいやがって!」

卯月「た、大変だったんだね、奈緒ちゃん」

加蓮「別にからかってないよ。可愛いって言っただけでしょ?」

奈緒「あの可愛いコールはからかい以外の何物でもないだろっ! 新手のいじめか!」

加蓮「ホントに可愛いのに」

奈緒「卯月~、加蓮がいじめる~っ!」


あたしはしつこい加蓮から逃げるように、卯月に泣きついた。


卯月「ふぇっ⁉ か、加蓮ちゃん、そのくらいにしない?」

加蓮「ふふっ、だって可愛いんだもん。卯月もそう思うでしょ?」

卯月「え? えっと……」


あたしは若干涙目になりながら、卯月を見上げる。



奈緒「う、卯月ぃ~……!」



卯月「可愛いですっ!」

奈緒「まさかの裏切り⁉」

未央「かみやん、なら今度は私の胸に飛び込んでおいでっ!」

奈緒「……もういいや、飽きた」

未央「うん、どうせ来ないだろうなーとは思ってたけどね!」

凛「……この茶番、いつまで続くのかと思ったよ」

奈緒「あたしがからかわれたのはホントだぞ。ったく……何がプリティーだ。そういうのはありすのが似合ってるだろ」

ありす「突然私に振らないでください! 何ですかプリティーって⁉」

奈緒「ありすたちのユニット名、プリティー☆ありすチャンズ!……なんか、魔法少女っぽいな」

ありす「勝手に変なユニット名を付けないでください……あれ? まゆさんはどこに……」



まゆ「プロデューサーさん。ユニット名、PDCというのはどうですか?」

P「PDCか。何の略か分からんが、いいんじゃないか?」



ありす「いいわけないです! それは嫌だって言ったじゃないですかぁーっ!」


ありすはまゆのもとへ、とたとたと走っていった。



奈緒「……ありすも大変だな」

加蓮「ねぇ、未央たちは何かいい案ない?」

未央「そうだなぁ……」

凛「ユニット名か……」

卯月「そういえば、私たちの時も悩んだね」

凛「うん、色々なアイデアを出したっけ」

未央「そうだったねー。……ぷふっ!」

凛「? 未央、どうして今こっち見て笑ったの?」

未央「くふふ……そうだ、いい案があるよ」

奈緒「未央、いい案ってなんだ?」



未央「プリンセスブルー!」



凛「⁉ そ、それは忘れてって言ったでしょ!」

未央「あれ、そうだったっけ?」

凛「未央~っ……!」

未央「きゃ~、しぶりんこわい~!」

奈緒「なんだなんだ?」

卯月「プリンセスブルーは、ニュージェネのユニット名を考えている時に凛ちゃんが出した案なんだ」

加蓮「え、凛の案なの?……ぷふっ」

凛「もう、加蓮まで笑わないでよ」

加蓮「ご、ごめんごめん。いいユニット名だったから、つい笑っちゃって」

凛「絶対そんなこと思ってないよね」

奈緒「いや、今まで出た案の中じゃ、一番マシな気がするぞ。……これでいっちゃう?」

加蓮「いいかもね」

凛「やめて」



奈緒・加蓮『私たち、プリンセスブルーです!』



未央「わー、ぱちぱちー」

卯月「ぱちぱちー」

凛「なんで卯月まで拍手とかしてるの⁉」

卯月「あっ⁉ つ、つい……ごめんね、凛ちゃん」



凛「もう……みんな、そろそろからかうのやめてよ」

奈緒「ま、からかわれるウザさはあたしもよく分かるし、こんぐらいで勘弁してやるか」

加蓮「だね、私もやめるよ。良かったね、凛」

凛「どうして上から目線なんだか……」

未央「まあまあ、しぶりん」

凛「まあまあ……? この流れを作った元凶が、よくそんなこと言えるね?」

未央「お、おぉふ……。しぶりんの体から殺気が……そ、そうだ。今日私、料理当番だった!食材買いに行かなきゃ!」

凛「あっ、逃げる気……⁉」

未央「当番だから仕方ないよ!……あ、みくにゃん、荷物持ち付き合って!」

みく「えぇー……もう、しょうがないなあ」

未央「じゃ、また明日ねー!……明日には忘れててねー!」

凛「絶対忘れないから!」

奈緒(あたしたちがからかったことは、もう忘れてそうだな)

加蓮(怒りの矛先、全部未央に向いてるっぽいしね。ラッキー♪)

凛「―――奈緒、加蓮。言っておくけど、2人がからかってくれたことも忘れてないからね」

奈緒・加蓮『ごめんなさいでした!』



―――その日の夜 女子寮 奈緒の部屋


奈緒「未央、一人だけ逃げやがって!」

加蓮「あの後私たち、凛に正座させられて説教まで聞かされたんだから!」

未央「し、しぶりんそこまで怒ってたんだ。からかいすぎたかな……?」

奈緒「卯月が止めてくれたから、案外早く済んだけどさ」

加蓮「あの時は卯月が女神に見えたよ」

未央「おお、さすがしまむー」

奈緒「……ていうか、結局ユニット名決まんなかったな」

加蓮「まあまだ時間はあるし、焦ってもいいの思いつくわけじゃないじゃん」

奈緒「うーん……でも早いとこ決めたいよなぁ」



ありす「早く決めないと……本当にPDCになってしまいます……」



いつの間にか、部屋の中にどんよりとした目のありすが佇んでいた。


奈緒「……ありす、いつの間に来てたんだ?」

ありす「うぅ……あんなユニット名嫌ですぅっ!」

加蓮「おー、よしよし」


《ガチャ―――》


まゆ「すみません」

みく「ありすチャンいるー?」

奈緒「加蓮の胸で泣いてるぞー」

まゆ「そ、そこまで嫌がられるとは思いませんでした……。ごめんなさい、ありすちゃん。ちゃんと2人で、いいユニット名を考えましょう?」

ありす「うぅ……分かりました」

まゆ「それでありすちゃん―――」



まゆ「ユニット名のどこかにプロデューサーさんは入れていいですか?」



ありす「駄目ですっ!」

加蓮「これはまだまだかかりそうだね」

奈緒「だな。さて、あたしたちはどうするか……」



―――翌日 街中


奈緒(今日一日、学校でも考えてたけど、いまいちいいのが浮かばないなぁ。こうなったら、本当にプリンセスブルーで……凛が怒りそうだから、それはやめとくか)

奈緒「う~ん……いっそシンプルに……いや、やっぱり凝った方が……ん?」



???「う~、お、重い……」



奈緒(なんか、ちっちゃい子が両手いっぱいに買い物袋ぶら下げてるぞ……買いすぎだろ)

少女「ぐぬぬぬぬ……よいしょ、よいしょっと……あ~、めんどくさがってこんなに買い込むんじゃなかった……う~、手がもげそう……。誰か手伝ってくれたらいいのに……って、いないか……」

奈緒(確かに周りには誰もいないな……あたし以外は)

少女「……あぅっ!……チラッ、チラッチラッ。誰か、優しい人が手伝ってくれないかなー……」

奈緒「わざとらしいな!」

少女「チラチラッ。誰か、手伝って、くれないかなー……?」

奈緒「もうそれいいから! いいよ、手伝ってやるよ」

少女「え? 手伝ってくれるの? なんていい人なんだ……! ありがとう~♪」

奈緒「しらじらしいな!」

少女「じゃあ、そこのマンションのエレベーターまで、よろしく~♪」

奈緒「全部あたしに持たせようとすんなよ! 少しは持てよ!」

少女「……けちくさいなぁ」

奈緒「聞こえてるけど⁉……ったく、なんでこんなに買ったんだ? おつかいにしては多すぎだろ」

少女「おつかい? 違うよ、これは自分で買ったやつ」

奈緒「自分で?」

少女「家でだらだら引きこもるために、一週間分の食料を買い込んだんだよー」

奈緒「なるほど、確かにこれだけあれば―――って引きこもる⁉ なんで一週間も引きこもるんだ⁉」

少女「? だから、だらだらするためって言ったじゃん」

奈緒「そんな理由⁉ その歳でニートかよ!」

少女「ニートに歳は関係ないでしょ」

奈緒「いやいや、小学生がニートとかさすがに――」

少女「小学生?……そっか、そう見えるか。私、これでも高校生だよ」

奈緒「え、そうだったのか⁉」

少女「人を見かけで判断するのはよくないね」

奈緒「た、確かにそうだな。小学生とか勘違いして、悪かったよ」

少女「別にいいよ、これ持ってくれれば」

奈緒「そんなに持ちたくないの⁉ あー、じゃあもういいよ、持ってやるよ!」



少女「……なんかさっきからすごいツッコむね。疲れないの?」

奈緒「疲れるよ! ツッコませるようなこと言うからだろ!」

少女「別に毎回ツッコむ必要はないと思うけどなぁ」

奈緒「言われてみれば……なんかもう無意識にツッコんでるな、あたし」

少女「それにしてもあんた、わざわざ人を手伝おうなんて、お人好しだね」

奈緒「あれだけしらじらしい演技しといて、よくそんなこと言えるな……」

少女「だって、それでも無視することできたのに。本当に手伝ってくれるとは思わなかったよ」

奈緒「あんなのほっとけないだろ。こんなに荷物あるのは、事実なんだから」

少女「やっぱりお人好しだね。あ、お礼とかできないから、期待しないでね~」

奈緒「もとから期待なんてしてないけど、自分で言われるとむかつくなぁ」

少女「……あ、そうだ。やっぱりお礼あげるよ」

奈緒「なんで急に気が変わった? すげぇ怪しいんだけど」

少女「ほら、これがお礼の――」



杏「杏のスマイル♪ プライスレス♪」



奈緒「すげぇ⁉ なんてまぶしい愛想笑いなんだ!」

杏「荷物を運んでくれて、ありがとうございましたー♪」

奈緒「さっきと全然キャラが違う! し、知らなかった……人はここまで愛想を振りまくことができるのか!」

杏「ふぅ……おしまい」

奈緒「あ、戻った。今のすごいな」

杏「あれこそ杏の、本気の外向きの顔だよ」

奈緒「あんなのが出来るとは……待てよ? あれならもしかして……」

杏「どうしたの? 早くエレベーターまで運んでよ」

奈緒「分かってるって。でもその前にちょっと話があるんだけどさ。えっと……名前、杏って言うのか?」

杏「そうだけど、話って何? 長いのは付き合ってられないよ」

奈緒「杏さ……」



奈緒「アイドルやらないか?」
杏「やらない」



奈緒「即答⁉」



杏「何を言い出すのかと思えば、アイドル? そんなのやるわけないよ。働くのなんて、ありえないから」

奈緒「発想がニートすぎだろ……」

杏「ていうか、なんでアイドルやるかとか聞いてきたの?」

奈緒「実はあたし、アイドルやっててさ。……デビューはまだ先だけど」

杏「へー、アイドルやってるんだ」

奈緒「え、信じてくれるのか?」

杏「え、信じない方が良かったの?」

奈緒「そうじゃないけど、いきなり信じてもらえたの初めてだ。今まではそそくさとその場から離れようとされたり、鼻で笑われたりしてたからさ……」


脳裏に浮かぶのはツインテとちびっ子。


杏「ま、いきなりアイドルとか言われたら『何言ってんだこいつ』ってなるよね」

奈緒「だからあたしは今、猛烈に感動してる……信じてくれてありがとう!」

杏「ど、どういたしまして……?」

奈緒「それじゃあ、話の続きだけど……あたしの所属してる事務所、今アイドル募集してるんだ。で、良さそうな子見つけたらスカウトしろって社長に脅は――頼まれててさ。それで杏にアイドルやらないかって聞いたんだよ」

杏「ふーん……まあ、頑張ってね。残念だけど、杏はやる気ないから」

奈緒「駄目かー……さっきのあれ、アイドルに向いてると思ったんだけどなぁ」

杏「杏はそもそも、働くのが向いてないんだよ」

奈緒「駄目人間だ! 駄目人間がここにいる!」

奈緒(うーん……どうにかして興味持たせられないかなぁ。スカウトもそうだけど、こいつ、ほっといたらマジで駄目な大人になりそうだ。……既に大分手遅れ感はあるが)

奈緒「杏……働きたくないんだよな?」

杏「そう言ってるじゃん」

奈緒「でも、お金がなきゃ生きていけないよな?」

杏「まあ、それはそうだね」

奈緒「……印税って、知ってるか?」

杏「知ってるけど、それがどうし―――ま、まさか⁉」

奈緒「気付いたか。トップアイドルになれば、印税ががっぽがっぽ入る。印税だけで、一生暮らせるくらいに!」

杏「一生……!……い、いや、騙されないぞ! 印税なんて、数%しか入らなかったはず!」

奈緒(げっ、そうだったっけ⁉)

奈緒「た、確かにそうだけど、それでもかなりの額になるって。そ、それにアイドルは印税だけじゃないぞ。他にもえーっと……グッズとか、そういう収入源があるんだ」

杏「とかって何⁉ なんかふわっとしてない⁉」

奈緒(まずい……そういうのよく分からない! せっかくいけそうなのに……いや、こうなったらこのまま押し切る! そういう説明は後でプロデューサーにさせりゃいいんだ!)

奈緒「よ、よく考えてみろ、杏!」



奈緒「アイドルなんて、そんな何十年も続ける仕事じゃない! たかだか数年働くだけで、あとの人生遊んで暮らせるんだぞ!」



杏「な、なんだって―――――――――――――っ⁉」

奈緒「目指せ、不労所得!」

杏「ふろう……しょとく……!」

奈緒「どうだ、それでもアイドルやらないか?」

杏「アイドル……やろうじゃないか! 目指すは印税生活! 不労所得! だらだらし放題だー!」



―――346プロ アイドル部門事務所


奈緒「おはよーっす」

P「おう、おはよう」



杏「印税貰いに来ましたー♪」



P「なんだその子⁉ 印税⁉ 何言ってるの⁉」

奈緒「久々にスカウトしてきたんだよ」

P「す、スカウト? じゃあその子アイドルに―――」

杏「……あ、もう無理。ここに来るので大分疲れた……そこのソファ借りるね」

P「いきなりソファで寝ちゃったぞ⁉ この子、本当にアイドルやる気あるのか⁉」

奈緒「あー、いや、その―――」


―――説明中


P「なるほど……お前、スカウトの仕方酷いな。印税で釣るとか……」

奈緒「し、仕方ないだろ! それしか食いつかなかったんだから!」

P「うーん……でもそんなんで大丈夫なのか? 正直――」

杏「すぴ~……」

P「この姿を見るに、不安しかないんだけど」

奈緒「ま、まあ気持ちは分かるけどさ。ほら、さっき写真撮らせてもらったんだけど……これ見てみ」

P「ん?……まぶしっ⁉ 何その笑顔満開の子⁉ え、それこの子⁉ 別人じゃん!」

奈緒「この営業スマイル、かなりの武器になるよな?」

P「そ、そうだな。ここまでの営業スマイルが出来る子は、そうそういない」

奈緒「いけそうだろ?……本人のやる気さえあれば」

P「ああ、いけるかもな。……本人のやる気さえあれば」



杏「すやすや……」



奈緒・P『やる気さえ、あればね……』



―――数十分後


加蓮「で、まだ寝てるんだ」

奈緒「そ」

杏「……むにゃ、もう眠れないよ……」

奈緒「なら起きろよ!」

加蓮「ま、その子のことは分かったよ。それより奈緒、ユニット名いいの思いついた?」

奈緒「え?……思いついてないです」

加蓮「もう、しっかりしてよね。私も思いつかなかったけど」

奈緒「それでよくしっかりしてとか言えたな!」

加蓮「だって……うーん、意外と思いつかないよね」

P「お前ら、ちょっと考えすぎじゃないか? もっとフィーリングとかで決めてもいいんだぞ」

奈緒「そんなこと言ったって、一度決めたら変えられないわけだろ?」

P「そりゃそうだけどな。でもよっぽど変なのじゃなきゃ、気にすることないって」

奈緒「……じゃ、もっと気楽に考えるか?」

加蓮「そうしよっか。悩んでても、疲れるだけだし」

P「ま、決まったら教えてくれ」

加蓮「りょーかい、プロデューサー」

P「それと――」

杏「……あめ……」

P「この子は俺とちひろさんで見とくから、レッスン行ってきていいぞ。起きたら、色々と説明したいし」

奈緒「じゃあ、頼んだ。……いつ起きるか分からないけど」

P「早く起きてくれないかなぁ……」



―――さらに翌日の朝 事務所前


奈緒「結局これだってのは思いつかなかったな……」

加蓮「明日には決めなきゃなんだから、頑張って考えてよ」

奈緒「だから加蓮も思いついてないだろ⁉ あたしだけのせいみたいに言うなよ!」

みく「みくはあと少しで何か思いつきそうな気がするにゃ……」

未央「みくにゃん、昨日もそんなこと言ってたよ」

ありす「だからまゆさん。お願いですから、何かにつけプロデューサーをユニット名に入れようとするのやめてください」

まゆ「分かってはいるんですけど、なぜかプロデューサーさんが入っちゃうんです」

ありす「無意識だったんですか⁉」

加蓮「これみんな大丈夫なのかな?」

奈緒「やばいかもなぁ……」


《ガチャ―――》


奈緒「おはよーっす」

???「おはよう。その顔は、何か悩み事かしら?」

奈緒「ああ、そうなんだよ―――って誰⁉」

加蓮「え、何? またそのパターン?」

未央「この事務所、ちょいちょい知らない人が何食わぬ顔でいるよね」



???「え……私のこと、忘れちゃったの……?」



奈緒「えっ⁉ ど、どこかで会ったかな……えーっと………………悪い、思い出せな――」

???「まあ、初対面なんだけれど」

奈緒「じゃあ忘れたも何もないじゃねーか! あたしの謝罪返せ!」

???「ふふっ、あなたも面白いわね」

奈緒「それ褒めてないよな⁉」

P「おっ、寮組来たのか」

奈緒「プロデューサー、この人誰だよ?」

P「少し待て。みんな来たら紹介するから」

奈緒「みんな来たらって……それまでもやもやするだろ」

P「まあ、簡単に言うと……うちの新人アイドルだ」



―――十数分後


奏「速水奏よ。よろしくね」

P「というわけで、奏だ。俺がスカウトしてきた。……俺が!」

凛「別に強調しなくていいよ」

P「だって最近奈緒ばっかりスカウトしてくるだろ? 俺も負けてられないからな」

奈緒「勝手にライバル意識持つなよ……別にあたしの負けでいいよ」

P「ほーお? さすがスカウト部長さんは余裕がありますねぇ」

奈緒「だからあたしそんなのになった覚えないから!」

P「そのわりにスカウトしてくるんだよな……」

ちひろ「それにしてもプロデューサーさん、いつスカウトなんてされたんですか? 昨日は一日、事務所で仕事漬けでしたよね?」

P「昨日は仕事終わりにちょっと出かけたんですけど、そこで偶然奏と出会ったんですよ」

凛「仕事終わりって、もう遅いよね……。どこに行ってたの?」

P「ちょっと海にな」

奈緒「なんで仕事終わりにそんなとこ行ってんだ。しかも、この前海行ったばっかじゃんか」

未央「プロデューサーって、時々突拍子もない行動とるよね」

奏「ああ、やっぱりそうなのね」

ありす「やっぱり? 奏さんの前でも既に、突拍子もない行動をしてるんですか?」

奏「ええ、あれは今思い出しても……ふふっ」

みく「何したの、Pチャン?」

P「いや、特に何もした覚えはないぞ?」



奏「あら、冷たいのね? 昨日はあんなに激しく私を求めてきたのに」



P「なっ⁉」

凛・まゆ『⁉』

凛「プ、プロデューサー、どういうこと⁉ 答えて!」

P「お、落ち着け、誤解だ! みんな、今のはスカウトのことだ!」

まゆ「そ、そうですよね。プロデューサーさんがそんなこと――」



奏「誤解? ふぅん……昨日は、私にキスをくれたのに?」



凛・まゆ『キス⁉』

加蓮「うわぁ……2人とも固まっちゃったよ」

奈緒「あたしも結構驚いてるけどな。……あ、やばい、凛とまゆの目が妖しい光を灯し始めたぞ」



凛「……プロデューサー、キスってどういうこと……?」

まゆ「本当に、したんですか……?」

P「い、いやしたとかじゃなくて――」



奏「とっても甘いキスだったわ……まだ舌が味を覚えてるくらい」



P「何言い出すの⁉」

凛「舌⁉」

まゆ「味⁉」

加蓮「あ、口から魂出てきた」

未央「うおぉう、生々しいね……」

美嘉「舌ってあれだよね。いわゆる……うぁ……っ」

未央「美嘉ねーはしたことあるの?」

美嘉「うぇ⁉ あ、アタシは……ふふ、未央の想像に任せるよ」

未央「ひゃー! 美嘉ねー、おっとなー!」

みく「ありすちゃんにはまだ早いにゃ」

ありす「? ? どうして耳を塞ぐんですか?」

凛「プロデューサー……したんだ……キス……」

まゆ「プロデューサーさん……まゆ以外に……」

奈緒「初対面の女子高生にキス、か……」

加蓮「しかも舌って……」

P「そんな目で見るなよ! キスなんてしてないから!」

奈緒「この期に及んでそんなことを……見苦しいぞ」

P「ホントだよ! 奏、そろそろ勘弁してくれ! ホントのことをみんなに!」

奏「あら? 私はさっきから嘘なんてついていないけれど? キス、くれたわよね?」

P「いやまあね⁉ あげたけどね⁉」

奈緒「ついに認めたか」

P「いや認めたとかじゃないんだよ! 言っただろ、あげたって! 表現おかしいことに気付け!」

奈緒「今さらそんなことを――」

加蓮「いや待って。確かにちょっとおかしくない? キスを『した』なら分かるけど、『あげた』って……それに奏もさっきからキスを『くれた』とは言ってるけど、キスを『された』とは一言も言ってなくない?」

奈緒「……そういえばそうだな。どういうことなんだ?」

P「だからそもそもキスなんてしてないんだよ! 俺は……」



P「魚のキスをあげただけなの!」



『……は?』

奈緒「さ、魚の……キス?」

加蓮「……待って、状況が全然理解できない」

P「だから昨日はな―――」



―――昨夜 海岸


P「ふんふーん♪……到着!」

P(いやー、たまにはこういうのもいいよなぁ。1人でまったりと、静かに夜釣り。別に賑やかなのは嫌いじゃないけど、うちの事務所賑やかすぎるからな。たまには静かなのもいいもんだ)

P「さーて、どこで釣るか……いいポイントないかなーっと……ん?」

P(あそこ、誰かいるな。こんな時間に海岸に……釣り仲間かな? いや、それにしてはシルエットがおかしいような……あれ、女の子じゃね? こんな時間になんで……ちょっと心配だし、近づいてみるか)

奏「……はぁ。今日は……いろんなこと、ありすぎたな。なにがなんだか、自分でも……高校生活なんて、しょせん全部遊びなの? だとしたら……私って、なんなのかしら」

P(どうしたんだ、この子? テストの点でも悪かったのかな?……それにしても綺麗な子だな。……そうだ、スカウトするか。たまには俺もスカウトしないと……奈緒に負けてられないし。さて、どう声をかけたものか……奈緒の時のはなぜか失敗だったし……この雰囲気に合った台詞は……よし!)



P「今日は……風が騒がしいな」



奏「……?」

P(……はい、失敗。駄目だ、普通に話しかけよう)

P「ちょっと君、少しいいかな?」

奏「悪いけど、今、話しかけないでくれる? そういうの、求めてないから」

P(えぇー……普通に話しかけても駄目だったー……)

奏「いまの私、怒りと悲しさと寂しさを、ミキサーにかけたみたいな状態なの。そんな心境で、誰かと話す気分じゃないし。だから、ひどい言葉を浴びせられるのがイヤだったら……。ここからすぐに立ち去って?」

P「あ、ああそう」

P(立ち去るか……いや、でもせっかく良さそうな子を見つけたのに、おめおめと諦めるのはもったいなくないか?)

奏「……」

P(それにここで諦めると、奈緒に負けた感じが……俺のプロデューサーとしてのなけなしのプライドが無くなる気が……かろうじて残っているプライドが0に……)

奏「……。あ、待って」

P「へ?」



奏「あなた、どうして私に声をかけたの? ナンパにしては……ちょっとおかしかったし」

P「わざわざこんな夜中に、海岸でナンパする奴なんていないって。俺は、芸能事務所のプロデューサーをしているんだ」

奏「プロデューサー……あなたが?」

P「そ。で、君をスカウトしたいんだよ。うちでアイドル、やらないか?」

奏「ふぅん……私をアイドルに……? 冗談でしょう。そういう人、多いのよね」

P「冗談じゃないって。俺は本物のプロデューサーだぞ。こ、この後だって、ザギンでシースー食べる予定だし」

奏「なら、早く行ったら?」

P「いや今のは嘘です、ごめんなさい!」

P(やべぇこの子、奈緒と違ってノリ悪い――いや、逆か。奈緒がノリ良すぎなんだ。初対面だろうとボケた瞬間ツッコんで来るからな、あいつ)

P「でもプロデューサーっていうのはホントなんだよ。本当に君をスカウトしたいんだ」

奏「みんな、そうやって言うのよ。でも、そうじゃない。傷つくのはいつだって言われた方なのに。そんな嘘、もう慣れちゃった」

P「これは嘘じゃないって! 本気でスカウトしてるんだよ。……説得力ないかもだけど。な、どう?」

奏「うーん、どうしようかなぁ……」

P「やろうぜ、アイドル」

奏「フフ、こうなったら、ヤケね。今日の私、おかしいから。そんなに誘いたいなら……」



奏「いま、この場で、キス……してくれる?」



P「……キス? キスが欲しいの?」

奏「してくれたら、なってもいいよ。どう? あなたにできる?」

P「……う、うーん……キスかぁ……」

奏「……なんてね。じょうだ――」



P「よし、分かった!」



奏「えっ……ホントにする気?……ふふっ、まさか乗ってくるなんて――」



P「せいっ!」


《シュッ!》



奏「⁉」



P「……」

奏「……」

P「……」

奏「……何を、しているの?」

P「見て分かるだろ? 釣りだよ」

奏「それは分かっているんだけれど……このタイミングで始めた意味を教えてくれない?」

P「君が欲しいって言ったんだろ、キス」

奏「え、ええ、言ったけれど……」

P「キスが釣れるか分かんないけど、とりあえずやってみるから、少し待っててくれ」

奏「釣れる……? キス……鱚? まさかあなた……鱚を釣る気なの?」

P「ああ。見てろ、俺のフィッシングテクを!」

奏「……そう来るのは予想してなかったわ。鱚って……しかも本気みたい」

P「? 本気でスカウトしたいって、さっきから言ってるだろ?」

奏「そうじゃないわ……あっ!」

P「えっ? あっ、もう来た! くっ、中々大きいぞ…………だが……せやっ!」


《ばしゃっ!》


P「よっしゃ、釣れた!……おっ! 見ろこれ、鱚だぞ! 一発で釣れた! やっほい!」

奏「っ!……も、もう駄目ね……」

P「へ?」



奏「あははははははっ!」



P「どうした⁉」

奏「き、鱚って……そっちじゃないでしょ……! しかも本当に釣るなんて……面白すぎよ、あなた……!」

P「え、何? なんで笑ってるの? と、とにかくこれでアイドルやってくれるんだよな?」

奏「……い、いいわ、やってあげても。こんなことされたら、断れないもの」

P「やった! スカウト成功!」



―――現在


奈緒「なんで夜釣りとか行ってんだよ!」

P「別に行ったっていいだろ⁉ 合宿で楓さんたちが釣りしたって聞いて、俺もやりたくなったんだよ!」

奈緒「それに鱚とか、紛らわしいにもほどがあるだろ!」

P「奏がわざと誤解させるように言ったんだ! 俺は知らん!」

美嘉「ねぇ、甘いキスって……」

奏「今日の朝に食べたんだけれど、あの鱚美味しかったわ。とっても甘いのよ」

未央「さっきのはただの朝ご飯の感想⁉」

加蓮「なーんかおかしいとは思ったよ。良かったね、凛」

凛「?……何が? 私は最初から、そんなことじゃないかと思ってたよ」

奈緒「嘘つけ」

まゆ「まゆはプロデューサーさんを信じていました」

加蓮「さっきこの世の終わりみたいな顔してなかった?」

奏「ああ、そうそう。その後にドライブデートをしたわ」

奈緒「いや、もう騙されないって」

奏「つれないわね」

楓(釣りだけに……ふふっ)

P「車で家まで送っただけだからな」

凛「……車には乗せたの?」

P「夜中だったし、その方が安全だろ?……なんでそんな目で見る」

凛「別に」

P「ま、まあいいや。みんな誤解は解けたな? とにかくそういうわけで、奏がうちに所属することになった。あと昨日来た杏もな」

加蓮「でもいないよ?」

P「いるよ……そこのソファの裏に」

卯月「……あ、ホントですね」

杏「ぐう……」

みく「寝てるにゃ。ずっとここにいたんだ」

ありす「よくこんな所で寝られますね……」



P「とりあえずほっとけ。さて、新しい仲間が一気に2人も増えたわけだが……社長に報告したら、もっと集めてこいと怒鳴られた」

奈緒「集めてこいって、そんなポ○モンじゃないんだからさ……」

P「俺もそう言ったんだが……なんか先輩、考えてることがあるらしいんだ」

奈緒「なんだそれ?」

P「詳しくは教えてもらってない。とにかくもっと所属アイドルを増やせってさ。奈緒にも言っとけって」

奈緒「あたしもその所属アイドルなんだけどな……」

加蓮「ま、頑張りなよ」

奈緒「他人ごと!」

P「だからみんな。俺は今日、用事済ますついでに町にスカウトに出るから。何かあったら、連絡してくれ」

卯月「はい、分かりました」

P「そして奈緒、お前も今日はスカウトに出てくれ」

奈緒「なんでだよ! あたし今日はレッスンあるんだぞ!」

P「ルキちゃんが風邪ひいたんだ。レッスン休み」

奈緒「また⁉」



つづく

以上で、第8話(前編)終わりとなります。

夜時間が取れなさそうなので、ちょっと早いですが上げます。

第8話 すかうてっどがーるず!(後編)



―――街中


奈緒「……だいたいさ、これプロデューサーの仕事じゃんか。なんであたしがやるんだ?」

加蓮「もうそれ聞き飽きたから。いい加減諦めなって」

奈緒「それにあたしたち、ユニット名考えなきゃいけないっていうのに……」

加蓮「だから私も付いてきたんでしょ。考えながらスカウトしなよ」

奈緒「簡単に言うよ……」

加蓮「事務所の仲間が増えるのは、いいことじゃん」

奈緒「そうだけどさ……。……まあ、それはそれとして」

杏「……ねむ……」

奈緒「散々寝ただろ!」

杏「……あ、そこの公園通って。近道だから」

奈緒「ああ、はいはい―――じゃなくて! なんであたしが杏をおんぶして、家まで送らなきゃいけないんだよ!」

杏「ついでだからいいじゃん」

奈緒「何のついで⁉ こっちに用なんてないんだけど!」

杏「アイドルに向いてそうな子が、その辺を歩いてるかもしれないよ?」

奈緒「そんなポンポン見つかるか!」



少女「こんにちは~」



奈緒「? あ、はい、こんにちは」

少女「ふふっ♪ いいお天気ですね」

奈緒「そうですね~」

加蓮「……知り合い?」

奈緒「初対面だと思う……。あの、どこかで会ったことありました?」

少女「? いいえ、初対面だと思いますよ?」

奈緒「あ、やっぱりそうですよね」

加蓮「なら、どうして声を?」

少女「えっ? すれちがった人にご挨拶するのは、普通のことじゃありませんか?」

杏「確かにそうかもねー。……杏はしないけど」

奈緒「おんぶしてるから、小声でもあたしには聞こえてるぞ」

少女「私、お散歩してるワンちゃんやねこさんにも挨拶しますし……もちろん、あなたたちにもっ♪」

加蓮「あははっ、そういうことですか」

杏「ねぇ、ちょうどいいし、この人でいいんじゃない?」

奈緒「ちょうどいいとか言うなよ!……でもうん、確かにいいな、この人」

少女「どうかしましたか?」

奈緒「あのー、アイドルとか興味あります?」

少女「……アイドル?」



―――公園


奈緒「―――ってわけなんだよ、藍子」

藍子「そうですか、奈緒ちゃんたちはアイドルをやってるんですね」

奈緒「ああ、そうなんだ」

藍子「それで……私もアイドルをやらないかって?」

加蓮「うん、どうかな?」

杏「印税もらえるよー」

奈緒「杏、ちょっと静かにしてような?」

杏「でもお金の話は大事じゃない?」

奈緒「ま、まあそうかもだけど、いきなり生々しい話しなくてもいいだろ」

杏「杏は誰かさんに、いきなりその生々しい話されたんだけどなぁ」

奈緒「……」

杏「あとの人生遊んで暮らせるとかも―――」

奈緒「ちょっと黙ろうか!」

加蓮「……奈緒、そんなこと言ってたの?」

奈緒「そんなことより藍子、アイドルやってみる気ないか?」

加蓮「誤魔化したね」

奈緒「……。やってみる気ないか?」

藍子「そうですね……でも、私にはつとまらないと思います。目立つことは得意ではありませんし……」

加蓮「うーん、そっか……」

藍子「それに、他の子にはない特技なんて、なにもありませんから……」

奈緒「特技があればいいってわけでもないって。杏の特技なんて、だらだらすることだし」

杏「それは別に特技じゃないぞっ!」

奈緒「じゃあ趣味?」

杏「趣味とも違うね……」



杏「杏はただ、だらだらしたいからするんだよ」



奈緒「なんか深いようで浅い言葉だな……」

杏「ま、杏はともかくさ、藍子は優しいのが特技なんじゃない?」

藍子「優しい? 私がですか?」

加蓮「あ、そうだね。まだ会ってからそんな経ってないけど、藍子が優しいの分かるもん」

藍子「私の、優しさ……? そんなものが特技になるんですか? 優しいのは、誰でも普通のことだと思いますけど……」

杏「家族とか友達に優しいっていうのは、ほとんどの人がそうだろうけどさ。誰にでも優しい人は、そんなにいないと思うよ。……いや、そういえば、ここにもう一人いたね」

奈緒「……え? あたし? あ、あたしは別にそんな優しいとかじゃ――」

杏「あ、違うか。奈緒はただのお人好しだった」

奈緒「――ないし、お人好しでもないよ!」



加蓮「いや、お人好しではあると思うよ」

奈緒「加蓮まで⁉」

杏「やっぱりそうなんだ」

加蓮「うん、346プロのミスお人好し」

奈緒「そんな称号持ってないよ!」

加蓮「お人好しの奈緒がアイドルやってるんだから、優しい藍子もアイドルやれるよ」

藍子「そ、そうでしょうか?」

奈緒「……前半は肯定しないけど、後半はあたしもその通りだと思うぞ。優しい人って、他の人も優しい気持ちに出来るからさ」

藍子「他の人を……」

奈緒「だから、もう一度訊く……あたしたちと一緒に、アイドルやらないか?」

藍子「……。……私が誰かを優しい気持ちにしてあげられるなら、それってきっと、すてきなことですよねっ」



藍子「だから私、高森藍子は……アイドル、やってみようと思いますっ」



奈緒「! なら、これからよろしくな、藍子」

藍子「こちらこそよろしくお願いします、奈緒ちゃん、加蓮ちゃん、杏ちゃん」

加蓮「また1人、一緒に頑張る仲間が増えて、嬉しいよ」

杏「杏は頑張らないけどね」

奈緒「台無しだろ!」

藍子「あはは……」

奈緒「はぁ……じゃあ藍子、いつでもいいから、346プロに来てくれ。これ、うちの社長の名刺。これを受付で見せて、スカウトされたって説明すれば、アイドル部門の事務所に来られるからさ」

藍子「分かりました。……あ、今から行くのは駄目ですか?」

奈緒「え、今からで大丈夫なのか?」

藍子「はい、今日はお散歩の予定だったので」

奈緒「そっか。でもプロデューサー戻ってきてるかな……少し待つことになるかもしれないけど、それでもいいか?」

藍子「はい、大丈夫ですよ」

奈緒「なら一緒に346プロまで行くか」

加蓮「じゃあ、決まりだね」

杏「でもまずは杏を家まで送ってよ」

奈緒「何言ってるんだ? 杏も一緒だぞ」

杏「そっちが何言ってるんだ⁉ どうして杏も一緒に行くことになるのさ! 杏はもう今日は事務所に用はないんだぞっ!」

奈緒「どうせ家に帰っても、だらだらしてるだけだろ? それなら、一緒に事務所まで行こうぜ」

杏「もうあそこにマンション見えてるのに⁉」

奈緒「さ、行くぞー」

杏「こ、ここまで来て帰れないのか……! 藍子の優しさ分けてもらえーっ!」

加蓮(でも奈緒、またおんぶしてくんだ……やっぱりお人好し……)



―――原宿


P「……で、なんで付いてきたの?」

奏「あら、駄目だった?」

P「まあ別にいいけどさ。つまんないと思うぞ?」

奏「そう? プロデューサーさんと一緒だと、面白いことの方が多そうよ」

P「そんなに面白くないと思うけどなぁ……スカウトするだけだし」

奏「スカウトね……。女の子ならたくさんいるけど……どの子にするの?」

P「手あたり次第スカウトするわけじゃないって。『これだ!』って感じの子じゃないと」

奏「ずいぶん感覚で決めるのね」

P「感覚の方が、頼りになるからな。俺は見た目だけじゃ決めないんだ」

奏「なるほどね……プロデューサーさんはそういう人なんだ」

P「? そういう人って?」

奏「自分で考えてみたら?」

P「……イケメンということか?」

奏「っ! そ、そうね……っ」

P「笑い堪えてるじゃん! 絶対違っただろ!」

奏「ふふっ、やっぱりあなた最高よ」

P「それ褒めてるのか⁉」

奏「それも自分で考えたら?」

P「……絶対褒めてないな!」

奏「さあ、どうかしらね?」

P「だから、どうなのかを言えって―――」

奏「! 前!」

P「え?」


《どんっ!》


P「おぁっ⁉」

???「きゃんっ⁉」



奏「ちょっと、大丈夫?」

P「いつつ……ああ、俺はな」

???「いたた……」

P「すみません、怪我はないですか?」

???「にょわ?」

P・奏『(にょわ?)』



???「うん、きらりんならへーきだにぃ☆」

奏(きらりんさんって言うのかしら……?)

P「た、立てます? 良かったら、掴まってください」

きらりん?「あ……ううん、大丈夫だよ」

P「そうですか?」

きらりん?「うー、よいしょっ!」

P(でかっ⁉ お、俺より身長大きかったのか……倒れてたから気付かなかった)

きらりん?「にゅ? どうかした?」

P「あ、いえ、ぶつかってしまい、申し訳ありませんでした」

きらりん?「んーん、きらりんもよそ見してたから、おあいこっ!」

P「そう言ってもらえると……」

きらりん?「それじゃ―――」



P「ところで、アイドルとか興味ないですか?」



きらりん?「アイドル?」

奏「プロデューサーさん。ぶつかった相手をスカウトするのは、流石に失礼だと思うわ」

P「ま、まあそう思ったんだけど……でも『これだ!』って思って」

奏「『これだ』、ね……」

P「あの、実は私、芸能事務所のプロデューサーをしているんです」

きらりん?「プロデューサー?」

P「はい。それであなたをスカウトしたいんです。うちの事務所で、アイドルやってみませんか?」

きらりん?「え、えええっ⁉ す、スカウトって……まさかまさか、きらりんを⁉」

P「はい、きらりん――あの、お名前はきらりんさんでいいんですかね?」

きらりん?「あ、そうじゃないにぃ。名前はねー、諸星きらりって言うの!」

P「なら、きらりさん。うちでアイドルやりませんか?」

きらり「で、でも、その……きらりん、こんなおっきいし、みんなびっくりしちゃうゆ。アイドルって、ちっちゃくてきゃわゆい子じゃないと……」

P「ちっちゃくてきゃわゆい子なんて、うちの事務所にも2人しかいませんよ!」



―――ちっちゃくてきゃわゆい子その1


ありす「へくちっ!」

まゆ「ありすちゃん、風邪ですか?」

ありす「いえ、大丈夫です。それより、ユニット名考えましょう」



―――ちっちゃくてきゃわゆい子その2


杏「くしゅんっ!」

奈緒「おうわっ⁉ あ、杏! なんであたしの背中でくしゃみなんてするんだ!」

杏「ごめんごめん、急に出て」

奈緒「せめて横向いてしろよ!」

藍子「杏ちゃん、ティッシュ使います?」

加蓮(……奈緒、それでも降ろさないんだ)



―――原宿


P「だから大丈夫です!」

きらり「……でも、こんなきらりんが、アイドルなんて、なれるわけないにぃ……」

P「いやそれは――」

きらり「も、もー! からかうと、ほっぺプニプニ! だよぉ?」

奏「からかってなんていないわ。本気よ、この人」

きらり「え……?」

奏「ね、プロデューサーさん?」

P「ああ、本気だ!」

奏「その証拠に、キスしてもいいって」

きらり「ふぇっ⁉」

P「そんなこと言ってないけど⁉」

奏「あ、するのは私によ?」

P「なんで奏にキスするんだよ! それ本気の証拠にならないだろ! むしろからかってるだろ!」

奏「なら本気の証拠ってどんなものなの?」

P「えっ⁉ え、えーっと……きらりさん、私の目を見てください! この目は本気の目ですよ!」

きらり「め、目?」

P「じー……!」

きらり「え、えぇっとぉ……」

P「じぃー……!」

奏(っ……やっぱり面白いわ、この人)

P「じぃいー……!」

きらり「も、もういいにぃっ! 本気、十分伝わったから!」

P「分かってもらえましたか!」

奏(見つめられて、照れただけの気がするけど……)

きらり「本気の本気だって言うのは、分かったけど……こんなきらりんが、アイドルになれるの?」

P「さっきから『こんな』とか言ってますけど、そんなに自分を卑下しなくていいですよ。きらりさんがアイドルになれるってこと、私が保証しますから」

きらり「……うん、分かった! そこまで言ってくれるなら、やってみるにぃ!」

P「そうこなくっちゃ!」

奏(あら、本当に上手くいっちゃった。……プロデューサー、意外と人を乗せるのが上手いのね。ふふっ、考えてみれば私も乗せられたようなものだし)

P「きらりさん、この奏もうちのアイドルなんですよ」

きらり「え、そうなの?」

奏「一応ね」

きらり「じゃあ、これからよろしく……おにゃーしゃー☆」



―――346プロ前


藍子「おっきいビルですね……ここが346プロなんですか?」

奈緒「ああ、この中にあたしらの事務所があるんだ」

杏「本当にここまで戻ってくるとか……」

加蓮「まあ、また奈緒が送ってくれるよ」

杏「……ならいっか。杏は疲れないし」



???『Pちゃん、あそこのおっきいビルがそぉ?』

P『ああ、あれが346プロだ』



杏「ん? なんだ?」

奈緒「……あ、プロデューサーと奏じゃん」

奏「あら、奈緒たちじゃない」

P「事務所の前でどうしたんだ?」

奈緒「スカウトした藍子を連れてきたんだよ」

P「へぇ、それならちょうど良かった。俺たちもそこにいるきらりを―――何してんの、きらり?」

きらり「じー……」

杏「な、何? 杏のことじっと見て」



きらり「ちっちゃくてきゃわゆいーっ!」

杏「なんだぁっ⁉」



奈緒「うぉっ⁉ 杏がもぎとられた!」

きらり「Pちゃん! この子がPちゃんの言ってた、ちっちゃくてきゃわゆい子?」

P「あ、ああ、そうだけど」

きらり「本当に、ちっちゃくてきゃわゆいっ! きらりん、はぴはぴしちゃうにぃ!」

杏「は、放せ~っ! 杏は、杏はぬいぐるみじゃないぞっ!」

加蓮「す、すごい子スカウトしてきたね」

奏「中々の逸材だと思うわよ?」

藍子「こ、これが、アイドルなんですね……!」

奈緒「否定しようと思ったけど、うちの事務所わりと濃いのもいるから否定できない!」



―――346プロ内 廊下


きらり「♪」

杏「どうしてこうなった……」

奈緒「良かったじゃんか、きらりに運んでもらえて」

杏「これは違くない⁉ 脇に抱えられるのは荷物と扱いが変わらないぞ!……あ、でも楽」

加蓮「楽ならなんでもいいんだ……」

藍子「アイドル部門事務所……あの部屋がそうですか?」

奏「ええ、そうよ」

P「藍子もきらりも、中で詳しい話をさせてもらうな」


《ガチャ―――》



少女「ようやく戻ってきましたね!」



P「……え、誰? 奈緒、お前がスカウトしたのか?」

奈緒「いや、知らないぞ」

加蓮「今日このパターン2度目だよね」

奈緒「もういいよなぁ。さすがに飽きたって」

少女「なんですかその扱いは⁉ 初対面なのに、ボクに対して失礼じゃないですか⁉」

P「あ、もしかして君……」

少女「ふっ、気づいたようですね。そうです、ボクは――」



P「不法侵入者?」



少女「そうなんですよー! ちょろっと警備の目をかいくぐって―――って、違いますよ! さっきから本当に失礼じゃないですか⁉」

P「あ、そうだ。ちひろさんに聞けばいいんだ。ちひろさーん!」

少女「ボクを無視しないでください!」

ちひろ「ふぁぁ……はい、プロデューサーさん。どうかしましたか?」

P「……もしかして寝てました?」

ちひろ「そんなわけないじゃないですか」

少女「嘘です! さっきからそこのソファで居眠り――」

ちひろ「あ、そこの彼女は不法侵入者です」

少女「――なんてしてなかったですよー! ボクが保証します、ちひろさんはずっと起きてましたとも!」

ちひろ「あ、不法侵入者ではなく幸子ちゃんでしたね。ついうっかり間違えちゃいました」

幸子「しらじらしいですね!」



P「ちひろさん、誰なんですこの子?」

ちひろ「彼女は輿水幸子ちゃんと言いまして、社長曰く……『未央ちゃんの再来』らしいです」

P「未央の……再来?」

奈緒「そ、それどういう意味だ?」

加蓮「アイドルとしての才能が、未央と同じくらいにあるってこと?」

P「つまり、期待の新人ということですか?」

ちひろ「いえ」



ちひろ「未央ちゃんと同じように、アイドルオーディションと間違えて別のオーディションを受けに来たそうです」



『…………』

幸子「な、なんですかその残念なものを見る目は! カワイイボクをそんな目で見ないでください!」



―――数時間前 オーディション会場


幸子「はい! 1番、輿水幸子です!」

社長「では、志望動機を……いや待て、輿水幸子?……君の番号は10番じゃないか?」

幸子「え? だってここに1……はぁ⁉……ぜ、ゼロがついてた」

社長「……」

他の面接官『……』

他の志望者『……』

幸子「い……い……いやいやいや、勘違いしてもらっちゃ困りますね!」

社長「勘違い?」



幸子「『一番』っていうのは、オーディションの順番ではなく『ボクが一番カワイイ』ってことですから!」



会場の全員『(なんか無茶苦茶な言い訳し始めた!)』

幸子「そうなんです。ボクは何でも一番! ハッキリ言って、ボクが一番カワイイでしょう! 成績で言っても……たぶん一番、身長順で並んでも一番です!」

社長「身長順で一番って、それむしろワースト――」

幸子「というか、アナタたちは相当にラッキーですね! ボクは将来、世界を席巻するであろう存在! そんなボクをオーディションで見つけ出せたわけですから!」

社長「……あ、うん。そうだな」

面接官A(社長、このまま続けるんですか? 番号10番なのに)

社長(今更やめさせるのも面倒だ。どうせ後でやることになるんだし、このまま続ける)

社長「……じゃあ次に特技でも言ってくれ」

幸子「え? 特技……ですか? んー? ノートの清書です! 趣味であり、特技ですからね!」

会場の全員『(趣味であっても特技とは違う気が……)』

幸子「世界で一番カワイイ、このボクの存在自体が、もはやスペシャル。ナンバーワンでありオンリーワン、それがボクなんです。だから、特技とか細かいことは気にしないでください!」

社長「……そうか」

幸子「それより、このオーディション会場にプロデューサーさんはいないんですか?」

社長「……なんて?」

幸子「プロデューサーさんですよ、プロデューサーさん。ボクの不安は、たったひとつだけです。それはプロデューサーさんが、この超新星・輿水幸子を、ちゃんとプロデュースできるか? ということだけです!」

社長(おい、嫌な予感がしてきたんだが……)

面接官A(私もです……)



幸子「ボクをちゃんとトップアイドルにすることが、ここのプロデューサーさんにできますか? どうなんですか⁉」



社長「……」

他の面接官『……』

他の志望者『……』

幸子「……あれ?」



社長「……すまない、よく聞こえなかった。今の、もう一度聞かせてくれるか?」

幸子「あ、はい。えー、こほん……ボクをちゃんとトップアイドルに――」

社長「もういい分かった」

幸子「まだ途中ですけど⁉」

社長「……おい、お前もやっぱり聞こえたか?」

面接官A「……やっぱり聞こえました」

面接官B「またかよ……」

志望者A「嘘でしょ……」

志望者B「とんでもないわね……」

幸子「? ? な、何かおかしなこと言いましたか?」

社長「……君、これが何のオーディションか分かっていないだろう?」

幸子「はい? 分からないのに来たりしませんよ。所属アイドルを決めるオーディ―――」



社長「違う! 所属女優を決めるオーディションだ!」



幸子「……え?」

社長「……」

他の面接官『……』

他の志望者『……』

幸子「……。…………し……」



幸子「知ってましたよ⁉ あえてですよ、あえて!」



会場の全員『あえて⁉』

幸子「ほ、ほら、カワイイボクともなれば? 女優としても余裕でやっていけますし? あえて、女優のオーディションを受けてみるのも悪くないかなーと。あえて」

社長「嘘つけ、お前」

幸子「う、嘘じゃないですよっ!……あ、でもやっぱりボクはアイドルになるべきですよね、こんなにカワイイんですし! というわけで……これでボクは失礼しますっ!」


《ガチャ!》


社長「……また逃げたか」

面接官A「どうするんです社長? また追いかけるんですか?」

社長「いや、面倒だ」


《プルルルル―――》


受付嬢『はい、受付です。社長、どうされました?』

社長「今から顔を真っ赤にした少女がそっちに向かうから、捕まえてアイドル部門の事務所に放り込んでおけ」

受付嬢『よく分かりませんが、分かりました』


《――ピッ》


社長「さて、面接を続けるか。じゃあ本当の番号1番から―――」



―――現在


P「そうか……君はアホなんだな」

幸子「しみじみと言わないでください! このカワイイボクを捕まえてアホとはなんですか!」

P「まさか、未央と同じことをする子がいるとは……」

奈緒「なあプロデューサー、同じことって……未央も間違えたのか?」

P「ああ、未央は元々モデルオーディションを受けに来たんだ。アイドルオーディションと間違えて」

加蓮「そんな面白エピソードがあったんだ……あとでからかお」

奈緒「ほどほどにしとけよ」

P「それでちひろさん、この子がここにいるということは……」

ちひろ「社長から伝言です。『こいつ、お前がプロデュースしろ』」

P「やっぱそういうことなんだ……まあ、所属アイドルが増えるのはいいことか」

幸子「いやー、あなたは幸運ですね! この世界一カワイイボクをプロデュースできるんですから!」

P「……そーですね」

幸子「なんですかその気のない返事は! そんなんでボクのプロデューサーが務まるんですか!」

P「俺が務まらなかったら、うちに他のプロデューサーいないし、このまま君にはお帰り願うしかないわけだが……」

幸子「そういう返事もいいですよね! 気があればいいってわけじゃないですよ!」

P「何言ってんだ? 返事は気があった方がいいに決まってるだろ」

幸子「だったら気のある返事してくださいよ!」

加蓮「この子、いじられオーラが出てるよね」

奈緒「既に大分いじられてるしな」

P「ま、幸子いじりはこれくらいにするとして」

幸子「幸子いじり⁉」

P「ちょっと言うのが遅くなったが……藍子、きらり、ついでに幸子」

幸子「ついで⁉」



P「346プロにようこそ! 俺とちひろさんと愉快なアイドルたちは、お前たちを歓迎するぞ!」

奈緒「誰が愉快なアイドルだ!」


《ガチャッ》


みく「ただいにゃー! ネコチャンアイドル前川みく、ただ今戻ったにゃ!」



奈緒「愉快なのが来た!」

みく「戻ってきてそうそう、その言い草は酷くない⁉」

美嘉「あれ? 奈緒ちゃんたち戻ってきてるんだ」

楓「スカウトはどうだったの?」

加蓮「見ての通りですよ」

ありす「あ、知らない人が3人もいます」

まゆ「大成功みたいですね」


《ガチャッ》


卯月「なんだか事務所が騒がしいね」

凛「見た感じ、全員戻ってきてるみたい」

未央「へぇ、新顔も増えてる」

加蓮「あ、初代オーディション間違えの未央だ」

未央「なんでそれ知ってるの⁉ そして初代って何⁉ 2代目いるの⁉」

奈緒「ほい、2代目の幸子」

幸子「2代目ってなんですか⁉」

未央「え、この子も間違えたの?」

幸子「え、この人も間違えたんですか?」

P「未央はモデル、幸子は女優のオーディションと間違えたんだ」

未央「あはははっ! じょ、女優のオーディションと間違えるって、そんな子いるんだ!」

幸子「あはははっ! モデルのオーディションと間違えるとか、斬新ですね!」

奈緒「どっちも変わらないのに、よく相手のこと笑えるな!」

加蓮「自分を棚に上げてるよ……」

P「おっ、凛たちが帰ってきて、事務所のメンバー全員揃ったな。幸子が入ったから全部で……15人か」

奈緒「これだけいれば、とりあえず社長も満足するんじゃないか?」

P「そうだといいけどな」



―――翌日 事務所


P「さて、じゃあユニット名は今日が締め切りなわけだが、その前に聞きたいことがある。……奈緒、加蓮、お前たちのその目の隈はなんだ?」

奈緒「隈? そんなの出来てるのか?」

加蓮「あ、ホントだ。奈緒、隈出来てるよ」

奈緒「そう言う加蓮もじゃんか」

奈緒・加蓮『あははははっ!』

美嘉「え、笑うとこ?」

みく「この2人、朝からテンションが変なんだよね」

ありす「朝ご飯の時、目玉焼きにジャムを塗って爆笑していました」

まゆ「その後、それを嬉々として食べていましたよ」

楓「そんな奇行を……?」

P「そのおかしなテンション……お前ら、昨日何時に寝た?」

加蓮「昨日? 昨日はねー」

奈緒「昨日は2人でユニット名考えてたから、朝まで起きてたぞ」

P「じゃあ徹夜ってことか⁉ 馬鹿か、お前ら!」

奈緒「いやー、しっくりくるのが思いつかなくてさー」

加蓮「結局、朝までかかっちゃったんだー」

P「この前、気楽に考えるとか言ってただろ⁉」

加蓮「やっぱりこれもアイドルとして、真剣にやった方がいいと思って」

P「その気持ちは大事だけども!」

奈緒「ふっふっふ……徹夜で考えたおかげで、最高のユニット名を思いついたぞ」

P「最高って……ど、どんなユニット名だ?」

加蓮「その名も……」



奈緒・加蓮『北神ガ蒼造セシ可憐ナル双姫(オーディンズ・プリンセスブルー)!』



Pたち『(うわぁ……)』



奈緒「略してオープリ☆」

P「略さんでいい」

加蓮「北神が北条と神谷にかかってて――」

P「解説もいいから!」

美嘉(大分酷いの来たね……)

みく(Pチャン、このユニット名で大丈夫なの……?)

P(大丈夫なわけあるか!)

奈緒「なあなあ、どうだプロデューサー?」

加蓮「すごくいいユニット名でしょ?」

P「ああ、そうだな。いいユニット名だから、ちょっとこっち来いお前たち」

奈緒「なんだよ?」

P「いいから。2人とも、そこのソファに横になれ」

加蓮「なんで?」

P「いいから。そんでそのまま目を閉じろ」

奈緒・加蓮『?』

P「羊が一匹……羊が2匹……羊が3匹……」

奈緒「……くー……」

加蓮「……むにゃ……」

まゆ「もう寝ちゃってますね……」

P「とりあえず、このまま寝かしておこう」

ありす「正常な判断力を失っていましたからね」

楓「プロデューサー、今日の奈緒ちゃんたちのレッスンは?」

P「こんな状態でレッスンなんてやらせられませんよ。午前中は寝かしときましょう。ルキちゃんに伝えておいてもらえますか?」

楓「はい、分かりました」

P「さて、じゃあ楓さんたちとまゆたちのユニット名を―――」



―――数時間後


奈緒「……ん……ふぁぁ……」

P「ん? やっと起きたか」

奈緒「ふぇ?……な、なんでプロデューサーがあたしの部屋にいるんだ⁉」

P「お前の部屋じゃないから! ここは事務所だ!」

奈緒「事務所?……あ、ホントだ」

加蓮「……ん……うるさいなぁ……」

奈緒「加蓮?」

加蓮「……なんで奈緒が私の部屋にいるの?」

奈緒「加蓮の部屋じゃないから! ここ事務所だよ!」

加蓮「……あ、ホントだ」

P「ようやく2人ともお目覚めか」

奈緒「……あたしたち、事務所で寝てたのか?」

P「そうだよ。朝からずっとな」

加蓮「朝からって……えっ、もう昼過ぎ⁉」

奈緒「げっ、マジだ! レ、レッスンは?」

P「午前中は休みにしといた。さて、起きたばかりであれだが……これから説教をします」

加蓮「せ、説教?」

P「お前たちなぁ……アイドルなんだから、体調管理はちゃんとしなさい!」

奈緒「うぅ!」

P「徹夜とか論外! 二度とやらないこと!」

加蓮「うぅ!」

P「はい、分かったら復唱!」

奈緒「これからはちゃんと体調管理します……」

加蓮「徹夜なんて二度としません……」

P「よろしい。……はぁ、マジでもうやるなよ?」

奈緒「分かった……」

加蓮「反省してるよ……」

P「それならいい。さて、ぐっすり眠ったお前たちに聞くが……ユニット名、本当にあれでいいのか?」

奈緒「ユニット名?」

加蓮「どんなのにしたっけ?」

P「北神ガ蒼造セシ可憐ナル双姫(オーディンズ・プリンセスブルー)」

奈緒「あたしたち、そんな痛々しいのにしたの⁉」

加蓮「や、やだよ! そんな恥ずかしいユニット名は絶対に嫌!」



P「正常な判断が出来るようになってなによりだ。じゃあ、これは無しだな」

奈緒「なんであんなのいいと思ってたんだ……」

加蓮「徹夜って怖い……」

P「で、それが無しになると、お前たちのユニット名は白紙に戻るわけだが……残念ながら、もう締め切りは過ぎている」

奈緒「え?」

加蓮「ということは……」



P「お前たちのユニット名、俺がテキトーに決めたから」



加蓮「ホントにテキトーに決められたの⁉」

奈緒「も、もう少しだけ時間をくれ!」

P「残念ながら、もう決定事項だ」

奈緒「ちょっとぐらい待ってくれてもいいじゃんか!」

P「駄目なんだよ。今日の朝が締め切りだったのは、その後に雑誌の取材があったからなんだ」

奈緒「ざ、雑誌の取材?」

P「その取材の時に、お前たちのユニット名を記者の人に伝えることになっててな。……で、もう取材は終わった」

加蓮「終わったって……」

P「もう俺の決めたユニット名を伝えたってことだ」

奈緒「なんてことを!」

加蓮「じゃあもう変えられないの⁉」

P「そういうことだ」

奈緒「そ、その人に電話でもして変えてもらえば……」

P「あちらさんに迷惑かかるから駄目」

加蓮「そんなぁー……」

P「まあ別に変なユニット名にしたわけじゃないから、安心しろ」

奈緒「ど、どんなのにしたんだ……?」



P「『なおかれん』」




加蓮「奈緒?」

奈緒「加蓮?」

P「平仮名で、『なおかれん』だ」

奈緒「そのまんま!」

加蓮「名前くっつけただけだし……」

P「文句は受け付けません! とっとと飯食って午後のレッスン行け、なおかれん」

奈緒「もう呼び始めた!」

加蓮「なおかれんかー……」

奈緒「はぁ……決まったからには仕方ないし、なおかれんで行くしかないか」

加蓮「まあ、シンプルでいいかもね」

奈緒「それじゃプロデューサー。なおかれん、お昼ご飯食べに行ってくるな」

加蓮「なおかれん、しゅっぱーつ!」

P「……わりと気に入ってね?」


第8話 終わり



―――後日


凛「北神ガ蒼造セシ可憐ナル双姫(オーディンズ・プリンセスブルー)……これ何?」

P「ん? ああそれは―――」

凛「新曲のタイトルだったりするの? いい感じだね」

P「えっ?」

凛「えっ?」



 ほんとにおしまい

以上で、第8話終わりとなります。

明日もちょっと時間があまりないので、短めな8.1話を上げたいと思います。
ご了承ください。



第8.1話 明かされる真実



―――事務所


幸子「えっ、寮って料理当番制なんですか?」

奈緒「そうだぞ」

加蓮「だから幸子も当番の時はちゃんと作ってね」

幸子「えぇー……そんなルールがあったとは。仕方ないですね」

杏「……あのさー」

奈緒「どうした杏?」

杏「今ちょっと聞こえたんだけど、当番制っておかしくない? 寮で料理当番とか、聞いたことないけど」

みく「うーん……そうかもだけど、うちの寮はそういう風にやってるんだよ」

杏「でもさー、今は人数少ないから大丈夫なのかもしれないけど、もし寮の人数が今よりもっと多くなったらどうするの? 例えば20人分とか作れる?」

まゆ「そ、それは厳しいですね」

杏「でしょ? だから普通は、自分のご飯は自分で調達するんだしさ。寮で当番制は無理があるって」

ありす「言われてみれば……」



幸子「そもそも、その当番制って誰が決めたんですか?」

加蓮「さ、さあ? 私が入った時には奈緒にそう言われて、そういうものなんだなって」

奈緒「あたしも未央に言われて…………待てよ? おい未央! あたしが入るまでは寮には未央だけだったはずだろ⁉ 当番も何もないじゃんか!」

加蓮「あ、そうじゃん!」

未央「……ついに気付いてしまったか」

奈緒「じゃあやっぱり……!」



未央「そう! 当番制とか、私が勝手に言い出したことなんだよ!」



寮組『な、なんだってーっ⁉』




奈緒「どういうことだ、未央⁉」

未央「それはね……せっかくかみやんが入って来たのに、1人でご飯とか嫌だったんだよー! だってかみやんが入って来るまで、寮には私1人だけだったんだよ?……寂しいじゃん!」

奈緒「管理人のおばちゃんがいるだろ!」

未央「おばちゃんは別でしょ! とにかくそういうわけだよ……ご飯はみんなで作って、みんなで食べたほうが美味しいでしょ!」

加蓮「逆ギレしてるし……」

奈緒「じゃあ当番制でやる必要は別にないのかよ……でも今さら変えるのもなぁ」

加蓮「まあ、朝も作るから規則正しい生活を送れるし……そういう意味じゃ悪くないけどね」

未央「でしょ?」

奈緒「調子に乗るな!」

未央「はい……」



奈緒「みんな、どうする?」

ありす「とりあえず、このままでいいんじゃないでしょうか」

まゆ「今は特に作るのに苦労はしませんしね」

みく「そうだね。人が増えたら、その時に考えればいいにゃ」

加蓮「私もそれでいいかな」

奈緒「幸子はそれで大丈夫か?」

幸子「そうですね……なら、ボクもそれでいいです」

奈緒「じゃあ、このままでいいか。……だが未央、お前は後で処罰するからな」

未央「処罰って何する気⁉」



―――未央のその日の夕食は、ありす特製『橘流イチゴパスタ改~ストロベリーづくし~』となった。



第8.1話 終わり

以上で、第8.1話終わりとなります。

今回は短めでしたが、次は普通に9話上げようと思います。

第9話 オルゴールの小箱


―――事務所


奈緒「カップリング曲?」

P「そうだ。ファーストシングルのカップリング曲が出来たから、2人に歌詞と曲を渡そうと思ってな」

加蓮「そっか。収録する曲、もう一曲あるんだね」

P「ほれ、これがその歌詞だ」

奈緒「お、サンキュ」

加蓮「曲名は『オルゴールの小箱』だって」

奈緒「なんか洒落た感じの曲名だな。どれ、歌詞は……ふむふむ……こ、これラブソングじゃん!」

加蓮「あ、ホントだ」

P「ラブソングだけど、それがどうかしたか?」

奈緒「ら、ラブソング歌うのか? あたしが?」

P「いや、奈緒と加蓮がだけど……え、何か問題あった?」

奈緒「問題というか……い、いや、大丈夫だ。問題ない」

P「ならいいが。これから数日はこの曲のレッスンになる。2人とも、カップリング曲だからって気を抜くなよ?」

奈緒「わ、分かってるって」

加蓮「りょーかいしましたっ、プロデューサー殿」

P「うん、レッスンではふざけないようにな?」



―――廊下


加蓮「奈緒、どうかしたの?」

奈緒「え? 何が?」

加蓮「『オルゴールの小箱』の歌詞見た時、明らかに挙動不審だったじゃん」

奈緒「き、挙動不審? そ、そんなわけないだろ? あ、帰りにポテト食べてく?」

加蓮「食べてくけど、話をそらさない。2人で歌うんだから、隠し事は無しでしょ?」

奈緒「う、そうだよな……」

加蓮「それで、何なの?」

奈緒「いや……あのさ? これ、ラブソングじゃん」

加蓮「うん、そうだね」

奈緒「歌詞にも、好きとかそういうの書いてあるし……」

加蓮「うん、書いてあるね」

奈緒「でもさ……どんな気持ちで歌えばいいか、分からないんだけど」

加蓮「……はい?」

奈緒「だからさ……恋愛の歌とか、どういう気持ちで歌えばいいんだ? あたし、経験ないから全然分かんないんだよ」

加蓮「経験ないって……奈緒、恋したことないの?」

奈緒「……ない」

加蓮「年頃の女子高生なら、普通は恋の一つや二つしてるのに、奈緒は全くしてないと?」

奈緒「そ、そうだよ! 悪いか!」

加蓮「悪くはないけど……私は今、とても残念な人を目の当たりにしてる」

奈緒「そこまで言わなくてもいいだろ⁉ じゃ、じゃあ加蓮は恋したことあるのかよ!」

加蓮「私? そんなの、聞くまでもないでしょ」

奈緒「え、まさかあるの――」



加蓮「ずっと入院してたのに、恋とか出来るわけないじゃん」



奈緒「あたしが悪かった!」

加蓮「あーあ、奈緒のせいで私のガラスのハートに傷が付いちゃったなー……。……ポテト食べたいなー」

奈緒「分かったよ! 見え見えの小芝居だけど、実際無神経だったし、おごってやるよ!」

加蓮「やった♪ 良かったね、傷が治ったよ」

奈緒「ガラス製なのに治るの早いな!……ったく、でもどうする? それなら加蓮も恋する気持ちとか、分かんないだろ?」

加蓮「まあ確かにね。でも、気持ちとかそんなに気にする必要ある?」

奈緒「気持ちが籠もってるかどうかは、大事なとこじゃんか。ルキさんにも、いつも言われてるだろ? 歌には自分の伝えたい思いを込めろって」

加蓮「うーん……でも、こればっかりはどうしようもなくない? 分からないものは分からないんだし」

奈緒「そ、そうなんだよなぁ。どうにかなんないかなぁ……」

加蓮「そうだなぁ……恋してる人に聞いてみるとかは、どう?」

奈緒「恋してる人? そんなのどこに……いたな」

加蓮「いるでしょ? 身近にさ」

奈緒「ああ、2人もいた」



―――その日の夜 アイドル寮 まゆの部屋


まゆ「恋する気持ち、ですか?」

加蓮「うん。どんな感じなのか、教えてもらえないかな」

奈緒「ラブソングを歌うには、どうしても知る必要があるんだ」

まゆ「なるほど、そういうことなら構いませんよ」

加蓮「良かった。ありがとう、まゆ」



―――1時間後



まゆ「―――つまり、まゆとプロデューサーさんは運命の赤い糸で結ばれているんです。他の誰であろうと、2人の邪魔をすることは出来ないんですよ。うふふ♪ プロデューサーさんのことを考えるだけで、ほっぺたまで真っ赤になっちゃいますよぉ。赤い薬指の糸は永遠に繋がっていて、まゆの心まで真っ赤に震えてて……もうこの恋は真っ赤――」



奈緒「す、ストップストップ! もういい分かった! 十分です!」

まゆ「え、もうですか? まだまだ話せることがあるんですけど……」

加蓮「う、ううん、もう十分参考になったから。ありがとね、まゆ」

まゆ「いえ、また何かあったら、遠慮なく聞いてください」

奈緒「ああ、その時は頼むよ」

奈緒(まゆの恋愛観は、独特過ぎてちょっと理解が難しかったな)

加蓮(プロデューサーのことが大好きだっていうのは、伝わったんだけどね……)

奈緒(こうなったら、もう一人の方に頼るしかないか)

加蓮(うん。でもあっちは素直に話してくれるか分からないから、作戦を―――)



―――翌日 女子寮 奈緒の部屋


凛「大事な話って、何? わざわざ寮まで連れてくるなんて」

奈緒「実はだな……あたしと加蓮は今、アイドルとして大きな壁にぶつかってるんだ」

加蓮「このままだと、歌を歌えないかもしれないの」

凛「えっ⁉ そんなことになってたんだ……ごめん、気付かなかった」

奈緒「い、いやいいって。それでさ、その壁を越えるために、凛の力を貸してほしいんだ」

凛「うん、私に出来ることなら、何でもするよ」

奈緒・加蓮(ニヤリ)

加蓮「ありがと、凛」

奈緒「じゃあ遠慮なく聞くけど――」



奈緒・加蓮『プロデューサーへの恋心について教えて!』



凛「そうだね…………は⁉ な、何言ってるの⁉」

加蓮「だから、プロデューサーのことどう思ってるのか、教えてほしいな~って」

凛「なんでそんなこと教えなきゃ……壁にぶつかってるんじゃないの⁉」

奈緒「うん、そう。今度ラブソング歌うことになってさ。でもあたしたち、恋したことないからどういう気持ちで歌えばいいのか分かんないんだよ」

加蓮「それで、恋する乙女にご教授願おうと思ったんだ」

凛「そういうこと……。騙したね、2人とも……!」

奈緒「だ、騙してはいないぞ? 壁にぶつかってるのはホントだし!」

加蓮「そうそう、決して面白半分とかじゃないから。……興味本位とかじゃないから!」

凛「じゃあそのキラキラした目は何⁉ 嫌だよ、絶対にそんなの話したりしないからっ!」

加蓮「さっき何でもするって言ったじゃん」

凛「そ、それは……そうだけど……! で、でもこれだけは無理だから!」



奈緒「そっか……」

加蓮「なら仕方ないか……」

凛「ほっ……分かってもらえて良かった――」



加蓮「仕方ないから、未央に聞くね。凛っていつからプロデューサーのこと好きなの?」

未央「そうさねぇ、意識し始めたのは――」



凛「未央――――――っ!」

未央「もがもごっ⁉」

奈緒「一瞬で口をふさいだ⁉」

加蓮「そんなに聞かれたくないんだ……」

凛「い、いつからいたの、未央⁉」

未央「もご……最初からいたよ? 押し入れの中に隠れてた」

凛「こざかしい真似を……っ!」

奈緒「未央に聞くのも駄目か?」

凛「当たり前でしょ!」

加蓮「じゃあしょうがないか……」



加蓮「卯月に聞こっと。凛、プロデューサーのこと好きになって何か変わったりした?」

卯月「えっとね、恋心を自覚してすぐの―――」



凛「卯月―――――――――っ!」

卯月「もごっ」

奈緒「また口を⁉」

凛「卯月までいたの⁉」

卯月「もご……クローゼットの中に隠れてたの」

凛「2人して何してるの!」



未央「いやー、かみやんとかれんに頼まれてさ」

卯月「凛ちゃんのこと、教えてほしいって」

奈緒「凛に許可貰うまでは何も聞いてないから、安心しろよな」

凛「許可なんてあげてないよ!」

加蓮「だから、さっき何でもするって言ったでしょ?」

凛「い、言ったけど……言ったけどさ……!」

加蓮「大丈夫、聞くのは私と奈緒だけだから」

奈緒「ありすたちには、大事な話してるから入って来ないでくれって言ってあるし」

加蓮「だから遠慮なく話しちゃっていいよ」

凛「そういう問題じゃないよ!」

卯月「凛ちゃん。奈緒ちゃんと加蓮ちゃんが困っているのは本当みたいだから、ちょっとだけでも話してあげない?」

凛「く……で、でも……」

未央「じゃあさ、あの時のことだけでも話してあげたら?」

凛「あの時……?」

未央「バレ―――」



凛「未央、それ以上口を動かしたら絶対に許さない……!」



未央「……」

奈緒「凛から尋常じゃない殺気が!」

加蓮「バレ? 何、バレって?」

凛「加蓮、そこから先は考えない方がいいよ。思考をそこで停止させて――」



卯月「バレ……あ、そっか。バレンタインの――」



凛「卯月―――――――――――っ!」

卯月「もごご」



奈緒「バレンタイン?」

加蓮「へぇ、バレンタインに何かあったの?」

凛「何にもないよ。……あ、そういえばプロデューサーに義理チョコ渡したかな。それだけそれだけ」

未央「……」

卯月「もごご」

奈緒「未央に殺気を送りつつ、卯月の口を封じながら言われても……」

加蓮「絶対何かあったでしょ」

凛「何もないって言ったよね? 聞こえなかったのかな……?」

奈緒「や、やばい。凛の目がマジで怖いぞ。も、もう詮索するのやめとかないか?」

加蓮「えー、でも気になるなー……恋する気持ちについて分かるかもしれないし」

奈緒「そうかもだけど……」

加蓮「凛、真面目に話を聞かせてもらえない? からかったりしないから」

凛「加蓮……で、でもあの時のことだけは……」

奈緒「そんなに話しにくいのか?」

卯月「えっと……そうだね、自分じゃ話しづらいかも」

未央「だからこそ、私たちが代わりに話そうじゃないか!」

凛「……未央、話したいだけじゃないの?」

未央「そ、そんなことないって。かみやんとかれんの為だよ!」

凛「……。…………。……はぁ、もう好きにしたらいいよ」

奈緒「い、いいのか?」

凛「うん。2人のために、私は犠牲になるから」

加蓮「大げさすぎでしょ」

凛「……奈緒、押し入れ貸して。話し終わるまで、籠ってるから」


《ガラッ――》


奈緒「籠るって……本当に入ったし」

加蓮「あの凛の様子……バレンタインに何があったの?」

卯月「あはは……じゃあ、話すね」

未央「事の始まりは、今年のバレンタインの少し前のことだったよ―――」



―――2月上旬 事務所からの帰り道


未央「そういえばさー、もうすぐバレンタインだよね」

卯月「あ、そうだね。未央ちゃんは、誰かにあげたりするの?」

未央「兄弟とか、友達とかかなー。しまむーは?」

卯月「私はお父さんに。あと、プロデューサーさんにも渡そうと思ってるよ」

未央「あ、そっか。プロデューサーのこと忘れてた」

卯月「わ、忘れないであげて未央ちゃん」

未央「しぶりんはどうするの?」

凛「私もお父さんにはあげるつもりだけど」

未央「プロデューサーは?」

凛「そうだね……まあ、あげてもいいかな」



未央「本命チョコを?」



凛「……は⁉ な、何言ってるの未央! 義理だよ!」

未央「え、なんで義理なの?」

凛「なんでって……みんなだって義理じゃないの⁉」

卯月「う、うん、私たちはそうだけど……」

未央「しぶりんは本命渡すのかと思ってた」

凛「なんでそうなるの⁉」

未央「いや、だってさ……」



卯月「凛ちゃん、プロデューサーさんのこと好きなんだよね?」



凛「……えっ⁉ い、いやいやいやいやいや! す、好きとかじゃないよ! いや、好きではあるけど、でもそれは恋愛とかそういうのじゃないから! 全然違うから!」

未央「いや、その反応はどう考えても……」

卯月「だよね……」

凛「だ、だから違うのっ!」



―――その日の夜、渋谷家 凛の部屋


凛(まったく……卯月も未央も何言ってるのかな……。私がプロデューサーのこと好きとか……)



凛(……好き? 私が、プロデューサーを?……いや、そんなわけないよ。うん、それはない)



凛「だって、プロデューサーだし……。あのプロデューサーだよ? 好きになるとか、そんなわけ…………そんな、わけ……」



凛(でも、そういえば、最近プロデューサーのことをよく考えてる気が……しかもプロデューサーのことを考えると、胸が苦しくなって……)



凛(……え? これって……い、いやいやいやいや、違うよ。そんなんじゃないよ。そんなのおかしいよ。でもこれでもこれ、まさかまさか……)











凛「私、本当に……ぷ、プロデューサーのことが…………好き、に?」











凛「…………う、うあうぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」


《ドタドタドタ―――ガチャッ》


凛母「り、凛⁉ どうしたの⁉」

凛「―――はっ⁉ な、なんでもない!」

凛母「でも今大声を上げて……」

凛「なんでもないから! 大丈夫だから!」

凛母「そ、そう? それならいいけど……」


《―――ガチャン》


凛「……あ、明日から私、どんな顔して、プロデューサーに会えば……っ」



―――翌日、事務所


凛「……お、おはよう」

未央「おはよー、しぶりん」

卯月「おはよう、凛ちゃん」

ちひろ「おはようございます」

凛「う、うん……」

P「おはよう、凛」

凛「⁉」


《シュタンッ!》


P「うおっ⁉」

卯月「凛ちゃん⁉」

ちひろ「なんですか今の動き⁉」

未央「しぶりん、なんで飛びのいたの⁉」

凛「べ、別に特に理由は無いけど」

P「理由も無いのに飛びのいたの⁉」

未央「しぶりん、今の動き忍者みたいだったよ⁉」

凛「そ、そう……き、昨日呼んだ漫画のせいかな」

卯月「ま、漫画を読むとあんな動きが出来るようになるの?」

ちひろ「それは無いと思うけれど……」



P「……なあ凛、なんで俺から目を逸らしてるんだ?」

凛「べ、別に特に理由は無いけど!」

P「理由も無く目を逸らされるって結構傷つくんだけど⁉ ほら、こっち向けって!」


《ぐいっ》


凛「ふあっ……⁉」


《ボンッ!》


P「どうした⁉ 急に顔が真っ赤になったぞ⁉ お、おいまさか熱でもあるのか⁉」

凛「無いから! 大丈夫だからあっち行って!」

未央(……ん?)

卯月(まさか凛ちゃん……)

ちひろ(あら……?)

P「いや、でも――」



凛「いいから私から離れて! 半径10m以内に近づかないで!」



P「えぇっ⁉」

凛「わ、私もうレッスン室行ってくるから! プロデューサー、レッスンの様子見に来たりしないでよ⁉」


《ガチャッ!》


P「……り、凛に……」

ちひろ(凛ちゃん、もしかして……)

未央(しぶりん、ついに自覚したみたいだね)

卯月(でも、今の凛ちゃんの台詞じゃ……)



P「凛に嫌われたぁあああああああああああああああ⁉」



卯月(……そうなっちゃいますよね)



―――レッスン室


凛(あ、危うく心臓が爆発するかと思った……駄目だ、私。さっきので確信した……。私、プロデューサーのこと……本当に、好きなんだ……)



卯月「りーんーちゃんっ♪」
未央「しーぶーりんっ♪」



凛「ひきゃっ⁉ う、卯月に未央。いつの間に来てたの?」

未央「今来たとこ」

卯月「凛ちゃん、プロデューサーさん泣いてたよ? 『凛に嫌われたぁ!』って」

凛「えっ⁉ べ、別に嫌ってなんか……」

未央「だよねー。本当はその逆だもんね」

凛「逆……?」

未央「しまむー、嫌いの反対はー?」

卯月「好き、だよね」

凛「⁉ ち、ちがっ⁉ すすすすきとかそっそそそんなのじゃないから!」

未央「うんうん、それはもういいからさ。……認めちゃえよ、楽になるぜ?」

凛「だ、だから認めるとか認めないとかじゃなくて……!」

卯月「凛ちゃん、気持ちを隠す必要なんてないよ」

凛「卯月……」

未央「隠してるつもりでも、もうバレバレだからね」

凛「えぇっ⁉」

卯月「み、未央ちゃん!」

凛「うぅぅ…………す……き、だよ」

未央「え? なんて?」











凛「私はプロデューサーのことが好きだよ! 悪いっ⁉」











―――社長室


P「ひ、ひっく……こ、こんなのって無いですよ……」

社長「こ、後輩、お前な……」

P「凛が……凛に、嫌われるなんて……」

社長「だからと言って私の所に泣きついて来るな!」

P「先輩までそんな冷たいこと言わないでくださいよぉおおおお!」

社長「ええい、うざいやつだ! お前、そこまでメンタル弱かったか⁉」

P「ぐすっ……り、凛はなんというか……担当アイドルというより、妹みたいに思ってたので……ショックが大きすぎて……」

社長「妹か……確かに妹に嫌われるのは、きついものがあるな」

P「でしょう? 先輩、シスコンですもんね……」

社長「お前は私にも嫌われたいのか?」

P「先輩には別に嫌われても……」

社長「なら今度、北極へ出張に行かせてやろう」

P「嫌わないでください、先輩!……うぅ……凛……なんでだよぉ……!」

社長「……重症だな」



―――アイドル部門 事務所


社長「千川、渋谷はどこにいる?」

ちひろ「あ、社長。凛ちゃんですか? 今はレッスン室だと思いますが……もしかして、プロデューサーさんがそっちに?」

社長「ああ、泣きついてきた」

ちひろ「どこに行ったのかと思っていましたが……」

社長「あいつ、邪魔にもほどがあるぞ。とにかく、レッスン室だな」



―――レッスン室


未央「し、しぶりん、そんな隅っこにいないで、こっち来なよ」

凛「もう未央なんて知らない」

未央「ごめんって! からかった私が悪かったよー! ちゃんとしぶりんの恋、応援するから!」

凛「なっ⁉ お、応援とかいいから!」

未央「でもしぶりん許してくれないし……」

凛「もう許したから! 余計なことしないで!」

卯月「凛ちゃん、プロデューサーさんに告白したりしないの?」

凛「こくはっ⁉ そ、そんなのしないよ!」

未央「なんで?」

凛「なんでも何も……わ、私たちアイドルだよ⁉ 恋愛とか駄目に決まってるでしょ!」

未央「本音は?」

凛「告白する勇気が……はっ⁉」

未央「……うん、アイドルは恋愛駄目だよね」

凛「み、未央~っ!」


《ガチャ―――》


社長「おい渋谷」

凛「し、社長? どうしたんですか?」

社長「どうしたもこうしたもあるか。後輩をなんとかしろ。私の所に泣きついてきたんだぞ」

凛「プロデューサーが⁉」

未央「社長のとこに行ってたんだ……」

社長「まったく、うざくてかなわん。渋谷、あいつのことが嫌いになったというのは本当か?」

凛「い、いえ、嫌いになんてなっていないです」

社長「ふむ……ではあの馬鹿、勘違いで私の所に来たというわけか……一発殴らなくては気が済まんな……!」

卯月「し、社長さん⁉ 落ち着いてください!」

未央「プロデューサーが勘違いするのも仕方ないこと、しぶりんが言ったんです!」

社長「……なんと言ったんだ、渋谷?」

凛「え、いや、その……あの…………」

社長「なんだ、渋谷らしくない。はっきり言え」

凛「あ、あう……うぅ……」

社長「?」

未央「社長、実はゴニョゴニョ―――」



社長「!……くっ……くくっ、ははははははははっ! なるほどな、そういうことか! どうりで渋谷の様子がおかしいわけだ!」

凛「未央、何言ったの⁉」

未央「何って、全部話したけど」

社長「くくっ、いや、うん。事情は理解した。そうかそうか……くふっ」

凛「そ、そんなに笑うようなことですか⁉」

社長「だってなぁ……人の恋愛話ほど面白いものはないだろう?」

未央「確かに」

卯月「み、未央ちゃん!」

社長「それにしても、ようやく自覚したのか」

凛「よ、ようやくって……」

未央「そうなんですよ。そしたらプロデューサーとまともに顔も合わせられなくなっちゃったみたいで」

社長「そこまでなのか?」

未央「しぶりん、ゆでだこみたいになってました」

凛「未央っ!」

社長「……こっちはこっちで重症というわけか。だが渋谷、後輩の勘違いは早く解け。このままでは仕事に支障が……いや、既に私の仕事に支障が出ているぞ」

凛「す、すみません」

社長「顔を合わせられないのなら、電話で話してみたらいいだろう。今持っているか?」

凛「は、はい。……。…………」

卯月「り、凛ちゃん? もしかして電話すら……」

凛「で、出来るよ⁉ さすがに電話くらい……くっ!」


《プルルルル―――プルルルル――》


P『はい、もしもし……?』

凛「ぷ、プロデューサー?」

P『凛⁉……ど、どうしました……?』

凛「あ、あのさ……私、べ、別にプロデューサーのこと、き、嫌いとかじゃないから」

P『ほ、本当ですか?』

凛「な、なんで敬語なの……?」

P『ああいや、つい……でも本当に?』

凛「ほ、本当に! だから変な勘違いとかして、落ち込んでないで!」

P『そ、そっか。……良かった。凛に嫌われるって、かなりショックだったからさ』

凛「そ、そうなんだ」



P『凛だって、好きな人に嫌われたりしたら、ショック受けるだろ?』



凛「す、好き⁉ 好きな⁉ わ、わた、すす好き⁉」




未央「しぶりんが壊れた!」

卯月「り、凛ちゃん、しっかりして!」

社長(これはいいな……尋常でなく面白いんだが……!)

P『え、何? どした? 俺、なんか変なこと言った?』

凛「すすすす好きっててて、ぷぷぷプロろろろデューサー」

卯月「凛ちゃん、もう駄目だよ!」

未央「しぶりん電話、電話貸して!」

凛「あ、ああぅぅ……」

未央「プロデューサー、なんだか電波が悪いみたい!」

P『え、未央? 電波? あ、どうりでまともに聞こえないわけだ』

未央「とにかくそういうわけだから、もう切るね! ばいばい!」

P『ああ、じゃな』


《プツッ》


未央「なんとかごまかせたね……」

凛「あう、あ、うぁぁぅ……」

社長「普段クールな渋谷が、ここまで壊れるとはな……」

未央「恋は人を変えるというやつですね」

卯月「そ、それは意味が違うような……」

社長「……いや、待てよ? 今日は仕事が無いようだからまだ問題ないが……渋谷はこの状態でまともに仕事が出来るのか?」

未央「……」

卯月「……」

凛「ぁぁ……ぅぅ……」

未央「……プロデューサーが現場にいなければ、なんとかなるんじゃないですか?」

社長「あいつ、付いて行くこと多いんじゃないのか?」

卯月「プロデューサーさんは、他に仕事が無ければ、必ず付いて来てくれます」

社長「……なら無理だろう」

未央・卯月『どうしよう⁉』



―――社長室


社長「おい、後輩」

P「あ、先輩。さっきはすみません。もう出ていくんで―――」



社長「お前にこれから少しの間、社長代理を任せる」



P「なに言い出すんですか突然⁉ そんなに怒ってるんですか⁉」

社長「怒ってはいるが、それとは別だ。少し、アイドルたちの普段の仕事ぶりを見てみたくなってな。お前の代わりに、私がプロデューサー代理をすることにした」

P「いや無茶苦茶言わないでくださいよ! そんなの出来るわけないでしょう⁉ 社長の仕事とか、代わりにやれるもんじゃないでしょうが!」

社長「大丈夫だ。今週はそこまで重要な仕事は入っていない。お前でも何とかなるだろう」

P「そうだとしても社長代理なんて――」

社長「いいからやれ! 他の者には私が説明しておく! 言っておくが、お前に任せている間に業績が下がったら、許さんからな!」

P「なら代理とかさせないでくださいよ!」



―――アイドル部門事務所


社長P「これでしばらくは大丈夫だな」

未央「会社が大丈夫じゃないんじゃ……」

社長P「少しの間だ。あいつなら上手くやるだろう」

卯月「社長さん、プロデューサーさんのこと、信頼しているんですね」

社長P「まあ……仕事の腕はな。それより、そこでソファに顔を埋めている渋谷のことだ」

凛「……」

ちひろ「凛ちゃん、大丈夫?」

凛「……まだ、大丈夫じゃないです……」

社長P「早くいつも通りの渋谷に戻さなければ……」

未央「でも、どうすればいいんでしょうか?」

社長P「……分からん」

卯月「社長さん⁉」

社長P「うーむ……私は恋愛経験が無いからな……」

未央「え、その歳で?」

社長P「本田、お前も後輩と一緒に代理をするか?」

未央「失言でした! すみませんでした!」

社長P「まったく……。しかしどうすれば……そうだ! あいつに聞けば……」

卯月「あいつ?」

社長P「お前たち、少し待っていろ」

未央「? はい」

卯月「分かりました」


《プルルルル――プルルルル――》


???『お姉ちゃん? 何か用?』

社長P「あー、いや、実はだな―――」



―――数分後


社長P「―――助かった。ありがとうな」


《プツッ》


未央「社長、今の誰なんですか?」

社長P「ん? ああ、妹だ」

卯月「妹さんだったんですか」

社長P「さて、渋谷を元に戻す方法だが……」

未央「何かいいアイデア教えてもらえました?」

社長P「今週末に、バレンタインデーがあるだろう? そこで渋谷には、後輩にチョコを渡してもらう」

凛「ちょ、チョコ⁉ ぷ、プロデューサーに……チョ……あぁぅ――――っ!」

ちひろ「凛ちゃん⁉」

未央「しぶりん、こんな状態でチョコとか渡したら死んじゃうんじゃないですか⁉」

社長P「いや死にはしないだろう。それに渡すチョコは別に本命でなくてもいい。義理というていで渡せばいいんだ」

卯月「てい、ですか?」

社長「妹によるとだな、今の渋谷は自身の恋愛感情が膨れ上がっている状態なんだ。そして上手くコントロールできていない。今まで自覚していなかったものを、急に自覚したからだと思われるな。ロマンティックが止まらないわけだ」

未央「ふざけるのやめません?」

社長P「バレンタインに後輩にチョコレートを渡すのは、一度、膨れ上がる恋愛感情に歯止めをかけるためだ。自身の恋愛感情を遠回しにでも相手に伝えられれば、ひとまず落ち着けるだろう」

卯月「な、なるほど……」

社長P「……下手をするとさらに恋愛感情が膨れ上がる可能性があるが、その時はその時だ」

未央「今、小声で何か言いませんでした?」

社長P「何も言っていない。とにかくそういうわけだ。渋谷、聞いていたか?」

凛「……はい」

社長P「やれるな?」

凛「……。…………」

社長P「やれ!」

凛「⁉ は、はい!」

社長P「本田と島村は、渋谷のサポートをしてやれ」

未央「了解!」

卯月「凛ちゃん、頑張ろうね!」

凛「うん……」



ちひろ「あの、社長、一つ聞いてもよろしいですか?」

社長P「なんだ千川」

ちひろ「凛ちゃんはアイドルですけれど……恋愛ってしても大丈夫なのでしょうか?」

社長P「恋愛は個人の自由だろう。例えアイドルだろうと、好きにすればいい」

凛「社長……」

社長P「――というのが私個人の考えだが、社長の立場としては見過ごせないことだな。仮に渋谷が後輩に告白して上手くいったら、その時は最悪引退してもらうしかないだろう」

卯月・未央『引退⁉』

凛「引退、ですか……」

社長P「あくまで仮の話だ。そもそも渋谷、お前告白できんだろう」

凛「……うぅ」

社長P「だがまあ、もし本当にそうなったら、あいつと一緒に花屋でもやればいいんじゃないか?」

凛「ぷ、プロデューサーと……花屋……⁉」





P『じゃあ凛、今日も店を開こうか』

凛『うん。……あなた』





凛「きゃわぁ――――――――――――――――――――っ⁉」

卯月「凛ちゃん⁉」

未央「これまでで一番悶えてるよ⁉」

社長「……やはり、早く治さなくては駄目だな」



―――島村家 キッチン


卯月「じゃあ手作りチョコ作り、始めよう!」

凛「……手作りの必要あるの?」

未央「本命なんだから、手作りに決まってるじゃん」

凛「ぎ、義理って話だったでしょ!」

未央「それはあくまで義理っていうていなだけでしょ? 実際は本命なんだからさ」

凛「ほ、本命……うぁぅ~~~~~っ!」

卯月「凛ちゃん落ち着いて!」

未央「し、しぶりん、本命って言ったぐらいで取り乱さないでよ!」

凛「……ご、ごめん。私、なんかもう駄目みたい」

未央「恋患いって、ここまで厄介な病気なんだね」

卯月「凛ちゃん、意識しすぎじゃないかな……?」

凛「自分でも分かってるんだけど……」

未央「まあ、それを治すためにチョコを渡すんだしね。チョコ渡せば、元のしぶりんに戻れるって」

凛「あのさ……それ、本当なのかな? いまいち、チョコを渡しても治る気が……」

卯月「凛ちゃん、社長さんを信じようよ!」

未央「そうだよ、しぶりん!」

凛「そ、そうだよね。今は、信じるしかないよね」



卯月・未央(正直、私たちもあの話、怪しいと思ってるけど)




卯月「それじゃあ、チョコを作ろうか。型は……やっぱりハート型だよね」

凛「それは無理だからやめて! そ、そんなの渡せないから!」

未央「でも本命って言ったらハートの形じゃ――」

凛「私のハートが持たないのっ!」

未央「そ、そっか。じ、じゃあ別のにしようね」

未央(なんだろう……今のしぶりん、凄く可愛いんだけど。すごくなでなでしたい……!)

卯月「未央ちゃん、どうかした?」

未央「……ううん、ニュージェネの新しい愛玩枠について考えてただけだよ」

卯月「そもそもそんな枠無いよね⁉」

未央「……知らずは本人ばかりなり」

卯月「どういう意味⁉」

未央「さて、とにかく1回作りますか。やるよ、しぶりん」

凛「……うん」



―――社長室


P社長代理「書類の山が、全然減らない……」

秘書「社長代理、この書類追加です」

P社長代理「また増えた! これ絶対代理のやる量じゃないですよ! 早く社長呼んできたほうが―――」

秘書「社長代理ならば、この程度は朝飯前だと―――いえ、むしろ半日戻って夕飯前だと社長がおっしゃっていました」

P社長代理「なんで半日戻ったの⁉ 夕飯前って日が暮れてますよね⁉」

秘書「では私はこれで」


《ガチャ――バタン》


P社長代理「事務的な対応ですね! くそぉ……なんでこんなことに……」


《コンコン》


P社長代理「ひぃっ、また来た⁉……ど、どうぞ」

ちひろ「お疲れさまです、プロデューサーさん」

P社長代理「ち、ちひろさん……! もしかして応援に――」

ちひろ「仕事が大変だと聞いたので、スタドリを差し入れにきました」

P社長代理「これ飲んでまだまだ働けと⁉」

ちひろ「では私はこれで」


《ガチャ――バタン》


P社長代理「また事務的! こ、こうなったらいいさ……やってやらぁ―――――っ!」



―――そんなこんなで、バレンタインデー当日 アイドル部門事務所


未央「ついにバレンタインの日がやってきたよ、しぶりん」

凛「うん……」

卯月「いよいよだね……頑張ってね、凛ちゃん」

凛「うん……」

ちひろ「凛ちゃん、応援してるわ」

凛「うん……」

未央「……しぶりん、1+1は?」

凛「うん……」

未央「しっかりしてよ、しぶりん!」

凛「⁉ ご、ごめん未央……」

社長P「渋谷、別に告白しろと言っているんじゃないんだ。チョコを渡すだけなんだぞ?」

凛「わ、分かっているんですけど……」

社長P「それも本命ではなく、義理というていで渡すんだ。緊張することなど何もないだろう」

凛「そ、そうなんですけど……」

社長P「……あーもうっ、じれったい! 渋谷、お前の携帯を貸せ!」

凛「えっ⁉ な、何をする気ですか⁉」


《ピ、ポ、パ……ピッ!》


社長P「……よし! 屋上に後輩を呼び出してやったぞ」

凛「なに勝手なことしてるんですか⁉」

社長P「いいからとっとと屋上に行け! 私は社長室へ行って、後輩の社長代理の任を解いてくる! すぐに奴を屋上へ向かわせるから、それまでに覚悟を決めておけよ!」

凛「そ、そんな……」



―――346プロ 屋上


凛「チョコを渡すだけチョコを渡すだけチョコを渡すだけチョコを渡すだけ―――」



―――屋上 凛から少し離れた隠れ場所


未央「しぶりん、自分に自己暗示かけてるよ……」

卯月「よっぽど緊張してるんだね……」

ちひろ「見ているこっちまで緊張してきますね……」

社長「お前たち、もうすぐだぞ」

未央「社長⁉ 社長室に行ったんじゃ……⁉」

社長「後輩の任を解いて、すぐさまここに来たんだ。途中でばれないように後輩を追い越すのは大変だったぞ」

卯月「そ、そこまでして見に来たんですか……」

社長「ここまで来て見逃せるか」

ちひろ「あっ、来ましたよ!」



―――凛side


P「……あ、凛」

凛「コを渡すだっ⁉ ぷ、プロデューサー⁉」

P「今、なんか変なこと言ってなかったか?」

凛「い、言ってない! プロデューサーの気のせい!」

P「そうか……まあ、疲れが溜まってるからなぁ」

凛「プロデューサー……やつれてない?」

P「社長代理とかやらされたせいで、もうくたくただ。まったく、先輩の気まぐれにも困ったもんだよ」

凛「そ、そっか」

P「凛にもしばらく会ってなかったな。この1週間、ちゃんとやれてたか?」

凛「ま、まあ、うん。だ、大丈夫だったよ」

P「それなら良かった。それで、用ってなんだ?」

凛「! あ、ああ、うん……その…………えっと…………あの……」



―――野次馬side


卯月「凛ちゃん、頑張って!」

未央「いけいけ、しぶりん!」

ちひろ「凛ちゃん、ゴーゴー!」

社長「さて、どうなるか……」



―――凛side


凛「あ、あの……ぷ、プロデューサー!」

P「お、おお? な、なんだ、凛?」

凛「こ…………これっ! あ、あげる!」

P「え? あ、ありがとう」

凛「……うぅ…………」

P「えっと……これ、何?」

凛「き、今日はバレンタインだからっ!」

P「バレンタイン?……あ、あれ今日か! 社長代理やってたせいで、日付の感覚が曖昧になってた! そっかそっか……じゃあこれ、チョコなんだな?」

凛「そうだけど! わ、悪い⁉」

P「えぇ⁉ い、いや悪くはないけどさ……」

凛「ぎ、義理だから! 義理だからね⁉ 義理チョコなのっ!」

P「3回も言わなくてもよくね⁉ 分かってるって。……でもすげぇ嬉しい。ありがとな」

凛「……う、うん」

P「……そういや、本命あげる相手とかいるのか?」

凛「うぁえぇぇ⁉」

P「そんなに驚くの⁉ ま、まさか本当にいるのか⁉」

凛「いや、それは、いな、いあ、あう……う、うううぁああああっ!」

P「どうした⁉ え、どうしたの⁉」

凛「き、聞いて! 聞いて、プロデューサー……!」



―――野次馬side


未央「え、まさか告白しちゃうの⁉」

卯月「凛ちゃん、思い切ってそこまで⁉」

ちひろ「まさかの急展開ですか⁉」

社長「面白くなってきたぞ……!」



―――凛side



凛「わ、わた…………私、は…………」




P「う、うん」






凛「…………プ、プロデューサーの…………こと、が…………」






P「うん?」








凛「すっ……………………………………す、き―――」
























凛「―――き、嫌いじゃないからっ! プロデューサーのこと!」
















―――野次馬side


卯月「え?」

未央「なんて?」

ちひろ「はい?」

社長「……ヘタレめ」



―――凛side


凛「ほ、ほらプロデューサーこの前誤解してたよね⁉ 私から嫌われてるとか! 誤解解けてるか心配だから、ちゃんと言っておこうと思って! 嫌いじゃないからね⁉」

P「え、ああ、うん、そっか。……いや、でもそれはこの前の電話で分かって――」

凛「ちゃんと分かった⁉」

P「わ、分かりました!」

凛「はぁ……はぁ……」

P「……それで、本命の相手は結局い―――」

凛「⁉」

未央「ひっさしぶりー、プロデューサー!」

P「うおっ⁉ み、未央⁉ どっから出てきた⁉」

卯月「プロデューサーさん、お元気でしたか?」

P「卯月まで……お前たち、どっかに隠れてたのか?」

未央「そんなことより! 私からも義理チョコあげるね!」

P「お、おう? さ、サンキュな」

卯月「はい、プロデューサーさん。私からも義理チョコです」

P「卯月もありがとな。……でもさ、なんでお前たちわざわざ渡す時に義理って言うんだ? 別に言わなくても分かってるぞ」

未央「そこはまあ一応ね」

卯月「一応です」

P「一応ってなんだ」

未央(ふぅ……間一髪だったね、しぶりん)

卯月(ギリギリで間に合って良かった)

凛(2人とも、ありがとう。あのままだったら、私……)

未央(しぶりんはよく頑張ったよ)

卯月(もう十分だから)

凛(うん……。私、もう無理……)

P「? どうしたお前たち?」

未央「何でもないよ!」

P「なんか隠されてる気が……」



ちひろ「気のせいですよ、プロデューサーさん」

P「え、ちひろさん? ちひろさんまでいたんですか?」

ちひろ「いたんです。そしてこれが義理チョコです」

P「おお、ちひろさんからも貰えるとは。ありがとうございます」

ちひろ「いえいえ、今日出勤する時にコンビニで買ったものですから」

P「その情報要らなくないですか⁉」

社長「後輩、私からも義理チョコをやろう」

P「先輩までいたんだ……。先輩、今年もチロ○チョコですか?」

社長「毎年それでは芸がないからな。今年は一味違うぞ」

P「お、ということはようやく10円チョコじゃなくなって――」

社長「5円チョコだ」

P「まだ下があっただと⁉」

社長「ホワイトデーには100倍返しでよろしくな」

P「図々しさ半端じゃないですね!……まあ100倍でも500円ですし、それぐらいいいですけど」

未央「プロデューサー、私たちの分も忘れないでね。……特にしぶりんの分を!」

卯月「ホワイトデー、楽しみにしています。……特に凛ちゃんが!」

凛「ふ、2人とも何言ってるの⁉」

P「なぜ特に凛なのかは分からんが、ちゃんとお返しはするよ。みんな、ありがとな」

凛「……チョコレート、溶けないうちに食べてよ」

P「冬なんだから、溶けたりしないだろ?」



凛「……プロデューサーの、ばか」



―――社長室


社長「ふふ……今日は実に面白いものが見られたな」

秘書「し、社長」

社長「なんだ?」

秘書「社長が社長代理に業務を任せていられた間の、我が社の株価なのですが……」

社長「ああ、下がったか?……まあ仕方ない。なんとか元の――」

秘書「いえ、むしろ上がっていまして……」

社長「何だと⁉」

秘書「た、たまたま社長代理を任された期間に、上がっただけかもしれませんが……」

社長「あ、あいつ……そういえば、溜まっていた書類はどうした? 見当たらんぞ」

秘書「す、全て社長代理が処理しました」

社長「あれを全部だと⁉ あ、相変わらず後輩のやつ、仕事の腕だけはいいな……これからも、たまに任せてみるのも悪くないか……?」

秘書「そ、それはもうやめてください!」



―――翌日 アイドル部門事務所


未央「そういえばチョコは渡せたけど、しぶりん、あの重度の恋患い治ったの?」

凛「うん、もう大丈夫。2人とも、昨日まで迷惑かけてごめん」

卯月「迷惑なんかじゃないよ。ふふっ、凛ちゃんが元に戻って良かった」



P『おーい凛。ちょっと次の仕事のことで話があるんだけど』



凛「あ、うん。分かった」



P「―――そういえば、凛。貰ったチョコすげぇ美味かった。あれ、手作りなのか?」

凛「うん、そうだけど」

P「やっぱそうか。手作りだからか、市販のものより美味い気がしてな」

凛「味なんて大して変わらないよ」

P「違うって。……そう言われると自信無くなるけど」



卯月「普通にプロデューサーさんと話せてる……本当に元に戻ったみたいだね、凛ちゃん」

未央「やっぱり、しぶりんはああじゃないと」

卯月「うん。……うん? あぁっ⁉」

未央「ど、どうしたの、しまむー?」

卯月「み、未央ちゃん! 凛ちゃんの右手!」

未央「右手?……あっ⁉ し、しぶりん―――」



未央「右手で自分のももをつねってるー⁉」




P「―――いや、やっぱり美味かった。普通、手作りは市販より美味いだろ?」

凛「それ、どこの普通?」

P「だって手作りには作った人の愛情が籠ってるじゃんか」

凛「……作るの、片手間だったかも」

P「片手間だったの⁉ 愛情0じゃん⁉」

凛「冗談だよ。それなりにちゃんと作ったから」

P「それでもそれなりなんだ!」



未央「しぶりん、澄ましてあんなこと言ってるけど、つねるの止めたら絶対また顔真っ赤になるよ⁉」

卯月「表情も、若干にやけが堪えられていないような……プロデューサーさんは気づいてないみたいだけど……」

未央「しぶりん治ってないじゃん! 無理矢理耐えてるだけじゃん、あれ!」

卯月「た、耐えられるほどにはなったって思えば……」

未央「見える、私には見えるよ……しぶりんから出る、恋する乙女オーラが……! 全然隠しきれてないもん!」

卯月「こ、これはもう……どうしようも……」

未央「……だね」



P「えぇ……それなりかぁ……。……まあ、それでもいいか。美味かったし」

凛「……ぅぅ」

P「? どうかしたか?」

凛「何が? どうもしてないよ」

P「そっか。ならいいけど」






凛(私の作ったチョコ、美味しいって……)










凛(……私、やっぱりもう駄目だ)















凛(プロデューサーのこと…………好きすぎる……っ)
















―――現在


未央「―――ということがありましたとさ。おしまい」

奈緒「そ、そんなことが……」

加蓮「あったんだ……」

卯月「あったんです」

凛『……笑いたければ笑えばいいよ。さあ笑いなよ、私の醜態を笑いなよっ!』

奈緒「い、いや、そんなこと言われてホントに笑ったらクズじゃんか。笑わないって」

加蓮「からかわないって約束したし、笑ったりしないよ。私たちがお願いして聞かせて貰ったんだしさ」

凛『……笑わないの? 『普段澄ましてるくせに、ぷふーっ』とか』

奈緒「だからそれ最低だろ! そんなこと思ってないから!」

加蓮「まあ恥ずかしいのは分かるけどさ。いい加減押し入れから出てきなよ」

凛『……うん』


《ガラ―――》


凛「―――2人とも、顔がにやけてるんだけどっ!」

奈緒「い、いやー、これは仕方なくないか? 『普段澄ましてるくせに、ぷふーっ』とは思わないけどさ」

加蓮「『普段澄ましてる、あの凛がねぇ……にやにや』とは思うよ」

凛「それ大して変わらないよね⁉……よく見たら、卯月と未央もにやけてるし!」

卯月「あ、あはは、あの時のこと思い出したら、こうなっちゃって」

未央「あの時のしぶりん、微笑ましくてねー」

凛「うぅ……だ、だから嫌だったのに……!」

加蓮「ふふっ、凛の意外な一面が分かったね」

奈緒「恋する乙女モードと名付けようか」

凛「名付けなくていいから!」



卯月「それで2人は、恋する気持ちは分かったの?」

奈緒「そうだなぁ、なんとなく分かったような……」

加蓮「分からないような……」

凛「私がこんな思いをしてるのに、それはないよね……?」

奈緒「い、いやうん、分かった気がする! 今、唐突に理解した!」

凛「あからさますぎるよ」

奈緒「ほ、ホントに分かったって。あれだよな……恋って言うのは、自分でも制御できないほどに強烈な思いなんだよな」

加蓮「私も分かったよ。好きな人のことを考えると、その辺を転げまわるくらいになっちゃうんだよね」

凛「2人とも、遠回しに私をからかってるよね?」

奈緒「そんなつもりないって!」

加蓮「そうそう。凛の恋愛話、ホントに参考になったよ。ありがと♪」

凛「……ならいいけど。2人とも、さっきの話は他言無用だからね。誰かに話したら、絶対に許さないよ」

奈緒「わ、分かった分かった」

加蓮「はい、指切りげんまん」

凛「……卯月と未央もだよ? もうこれ以上、あのことを知っている人を増やさないで」

卯月「うん、分かった」

未央「別に隠す必要ないのに」

凛「未央?」

未央「了解しました、サー!」



―――翌日 事務所


凛「おはよう」

P「おう、おはよう凛」


《シュタンッ!》


P「なんで飛びのいた⁉」

凛「ちょ、ちょっと今日は勘弁して……明日にはもう大丈夫だから」

P「何が⁉」

卯月(凛ちゃん、昨日あのこと話したから……)

未央(あの時みたいに意識しちゃってるね)

奈緒(あれがそうなのか)

加蓮(ふふっ。凛、かーわいっ♪)

凛「そ、そこの4人。今すぐ、そのにやにや笑いをやめて。……やめてったら!」



 第9話 終わり



―――凛の話を聞いた日の夜 女子寮 大浴場


加蓮「まさか、凛にあんなことがあったなんてね」

奈緒「意外だったよな」

加蓮「恋かー……どんなのなんだろう?」

奈緒「話を聞いて、おぼろげには分かった気がするけど……やっぱ実際のとこは、自分が恋してみなきゃ分かんないもんな」

加蓮「奈緒は恋してみたいって思ったりは……しないよね、奈緒だし」

奈緒「それ、どういう意味だ⁉ あ、あたしだって、人並みにそういうのに憧れたりするよ!」

加蓮「えっ、意外。奈緒でもそう思うんだ」

奈緒「別に意外じゃないだろ⁉ あたしだって、年頃の女子高生なんだぞ!」

加蓮「あ、そういえばそうだったっけ」

奈緒「そんな今まで忘れてたみたいな⁉」

加蓮「あははっ。ねぇ、奈緒。私たちは、どんな人を好きになるんだろうね?」

奈緒「……さあなー、想像できない」

加蓮「私は、優しい人だったらいいなーって」

奈緒「そりゃ冷たいよりは優しい方がいいだろ」

加蓮「……そういうの、よくない? そういう揚げ足みたいなの、今はよくない?」

奈緒「うっ、悪かったよ。うんうん、優しい人がいいよな」

加蓮「それと……意地悪じゃない人がいいよね」

奈緒「今の間はなんだ? なんでこっち見てから目を逸らした?」

加蓮「別にー」

奈緒「あたしは加蓮も十分意地悪だと思うぞ!」

加蓮「いやいや、十二分に意地悪な奈緒には負けるよ」

奈緒「こ、このぉ……!」

加蓮「……やる気?」

奈緒「ああ、やろうじゃんか……!」

加蓮「なら、受けて立ってあげる……!」



奈緒・加蓮『くらえぇっ!』




―――数分後


奈緒「あははははっ! あ、あたしの負けだからっ! もうやめっ!」

加蓮「そうはいかないなぁ♪……こちょこちょこちょこちょっ!」

奈緒「わひひひひっ! の、のぼせるって!」

加蓮「もみもみ」

奈緒「どこ触ってんだ⁉ や、やめっ、やめろぉ―――――っ!」



―――加蓮の部屋


未央「で、ホントにのぼせちゃったんだ……かれんが」



加蓮「きゅぅ……」



幸子「逆じゃないですか?」

奈緒「ったく、自分がのぼせてちゃ世話ないよな」



 ほんとにおしまい

以上で、第9話終わりとなります。

季節感ガン無視な話なのはツッコまないでいただけるとありがたいです。



―――レッスン室


ルキトレ「―――はい、お疲れさまでした!」

加蓮「ふぅ……」

奈緒「ルキさん、どうだった?」

ルキトレ「そうですねー…………十分合格点です!」

奈緒「よっし!」

加蓮「やった!」

ルキトレ「でも、ライブまでもう少しありますから、明日からは完成度を上げていきましょう」

奈緒・加蓮『はーいっ』



―――レッスン後 事務所前廊下


奈緒「いよいよもうすぐデビューライブか」

加蓮「なんとか間に合って良かったね」

奈緒「だな」


《ガチャ―――》


奈緒「なおかれん、戻ったぞー」

P「おう、お疲れさん。お前たちにプレゼントが届いてるぞ」

加蓮「プレゼント?」

奈緒「誰から?」

P「俺からだ」

奈緒「加蓮、お菓子でも食べようぜ」

加蓮「確かポテチがあったはずだけど……」

P「一瞬で興味を失っただと⁉」

加蓮「だって、どうせびっくり箱とかでしょ?」

奈緒「そういうのは幸子にでもやれよ」

幸子「なんでボクなんですか!」

奈緒「あ、いたのか」

幸子「最初からいましたよ!」

藍子「まあまあ幸子ちゃん。クッキーでも食べて落ち着いてください」

幸子「そんなことで落ち着きますか! もぐもぐ……あ、美味しいですね、これ」

奈緒「落ち着いてるし……」

加蓮「藍子たち、ティータイム?」

藍子「はい、みんなでお茶会をしてたんです」

きらり「きらりたち、先にレッスン終わったから、事務所でまったりしてたんだぁ」

杏「うーん……飴には紅茶が合うね」

奈緒「え、合うか……?」

P「わりといけるんじゃないか?……じゃなくて! 奈緒と加蓮、俺の話を聞け!」

奈緒「だからびっくり箱とかいいって」

P「違うっつうに!」

奏「でも確かにプロデューサーなら、びっくり箱とかやりそうね」

P「お前らは俺をなんだと思ってるんだ……そんな小学生みたいなことするか」

奈緒「この前、ドアに黒板消し挟んでた奴が言えた台詞か!」

加蓮「もれなく幸子が食らってたね」

P「……たまには童心に返りたい時もある」

加蓮「しょっちゅう返ってるくせに……」



P「……。……なぁ、前から気になってたんだけど、お前ら俺に冷たくないか? 気のせい?」

奈緒「冷たいって言うより……ぞんざいな扱いかな」

P「より酷くね⁉」

加蓮「プロデューサーがろくなことしないからでしょ……。まあでも、嫌いとかじゃないから、安心していいよ」

P「本当か?」

奈緒「特に好きでもないけどな」

P「その補足いらなくね⁉……ったく、せっかくライブの衣装が届いたってのに」

奈緒・加蓮『衣装⁉』

P「耳ざとい奴ら!」

奈緒「プレゼントって衣装のことだったのか!」

加蓮「どんなの? 見せて見せて!」

P「残念ながら、俺の扱いがぞんざいな2人には、最後に見せることにします。他のみんなが戻ってくるのを、今か今かと待つがいい……!」

奈緒「そういうことするからだろ!」



―――少し経って


P「デビュー組、全員揃ったな。じゃあ衣装を出すぞー」

奈緒「マジでみんなが来るまで見せなかったな……」

加蓮「やることが小さいんだから……」

P「聞こえてるぞ!……はい、まずは楓さんたちの分です」

楓「ありがとうございます、プロデューサー」

美嘉「へぇ、かっこいいじゃん☆」

みく「……可愛くないよ、Pチャン!」

P「曲のイメージに合った衣装なんだから、そりゃそうだろ。前にも説明しただろ、みく」

みく「む……仕方ないにゃ」

奈緒「みくたちのデビュー曲、クールな感じの曲だったっけ」

P「みくの奴、それで合宿の時に文句言いに来たからな……」

加蓮「文句?」



―――合宿中の一コマ


みく「どういうことにゃ、Pチャン!」

P「何が⁉」

みく「みくたちのデビュー曲、全然可愛くないよ! ネコチャンアイドルとして、異議を申し立てるにゃ!」

P「ああ、そういうことか。……ふっ、浅はかなり、前川みく」

みく「にゃ⁉」

P「確かに猫は可愛い。ネコチャンアイドルであるみくが、可愛らしい曲を歌う……道理だろう」

みく「うんうん、その通りにゃ。だからもっと可愛い曲に――」



P「それが浅はかだと言っているんだ!」



みく「にゃにゃ⁉」

P「みく、お前に問う……お前の言うネコチャンとは何だ?」

みく「それはもうプリティーで、キュートで、チャーミングで、みんなの心を癒してくれるカワイイ生き物にゃ!」

P「大分似たような単語ばかりだった気がするが……まあいい。確かに猫は可愛いな」

みく「そうでしょー?」



P「だがしかし!」



みく「にゃにゃにゃ⁉」

P「可愛いだけが猫じゃないだろう! よく考えてみろ、みく! お前が言うネコチャンは、そんなにいつも愛想を振りまいていたか⁉」

みく「⁉ ネコチャンは……ネコチャンは普段わりとそっけないにゃ!」

P「そう! 猫は甘えてくるときもあるが、普段は澄ましてる! いつもいつも可愛くにゃんにゃん言ったりはしない! それが本当の猫だろう! みく、お前が目指すのがネコチャンアイドルだと言うのなら、時にクールさも必要なんじゃないのか!」

みく「クールさ……! め、目から鱗にゃ……確かにPチャンの言うとおりかも……」

P「だろう? そしてクールさを見せてから、キュートアピールをすると……」

みく「ぎゃ、ギャップ萌え……! 相手はいちころにゃ!」

P「そう! だからデビュー曲はクールな感じで行こうぜ」

みく「分かったにゃ!……でもやっぱりカワイイのも歌いたいなぁ」

P「そう言うと思って、カップリング曲は可愛い感じのを用意してるから、安心しろ」

みく「さすがPチャン!」



―――現在


加蓮「そんなやりとりがあったんだ……」

奈緒「それでクールなわけか」

P「そういうことだ。さて、じゃあ次はまゆとありすの衣装だな……これか。ほら、2人とも」

まゆ「ありがとうございます、プロデューサーさん♪」

ありす「これが私たちの衣装ですか……悪くないですね」

奈緒「悪くないって……ありす、目が輝いてるぞ」

ありす「⁉ そ、そんなことありません!」

加蓮「素直じゃないんだから」

P「そういえば、ありすも曲に文句を言いに来たな……」

奈緒「え、また回想入るのか?」



―――合宿中の一コマ その2


ありす「どういうことですか、プロデューサー!」

P「今度はなんだよ⁉」

ありす「私たちのデビュー曲、全然大人っぽくないです! もっとクールな曲でお願いします!」

P「お前らはどれだけ注文が多いんだ……。逆に聞くが、大人っぽい曲ってどんなのだ?」

ありす「それは……クラシックとか?」

P「アイドルの曲にそれ求めるの⁉ オペラじゃないんだぞ!」

ありす「あ、あくまで例を挙げただけです!」

P「なんの例にもなっていない気がするが……。ありす、そもそも大人っぽい曲である必要はあるのか?」

ありす「そ、それはもちろんあります。え、えっとですね……」

P(今考えるのか……)

P「ありす……そもそも大人なら、大人っぽい曲を歌いたいとか言わないと思うが」

ありす「えっ⁉」

P「だってそうだろ? 大人なんだから、どんな曲を歌おうと、それは大人の曲。大人っぽいとか言わんだろ」

ありす「! 目から鱗が落ちました」

P「お前が大人なら、どんな曲を歌おうと大人っぽいんだ。そうだろ?」

ありす「そうですね、その通りです!」



―――現在


奈緒「おい、今のはみくのと違って理由になってないだろ。テキトーにあしらっただけだろ」

P「人聞きの悪いこと言うな!……ちょっと誤魔化しただけだ」

奈緒「意味同じだろ!」

P「じゃあ奈緒は、ありすとまゆに大人っぽい曲歌わせた方がいいと思うのか?」

奈緒「……。……やめといた方がいいと思う」

P「そうだろ。優しい嘘と言うのも、時には必要なんだ。まあ、いつかはそんな曲も歌わせてやりたいけどな」

奈緒「ああ、いつかそうしてやってくれ」

P「さて……これで、ちゃんとみんなに衣装を渡し終えたな」

奈緒「おい」

加蓮「プロデューサー、いい加減にしないと本気で怒るよ?」

P「じょ、冗談だよ。えーと……ほれ、お前らの衣装だ」

加蓮「やっと私たちのだよ……。わ、いいね、この衣装♪」

奈緒「へー、これが……え、これ、あたしが着るのか?」

加蓮「何言ってるの?」

P「お前以外に誰が着るんだ」

奈緒「だ、だって、美嘉たちみたいな、かっこいい系じゃないのか?」

P「いや、お前たちの曲はクール系じゃないだろ」

加蓮「奈緒、あの曲にはこれで合ってると思うけど?」

奈緒「で、でもこんな……こんな可愛い衣装、あたしが着るのか⁉ む、無理無理無理無理無理っ! これ着てステージ立つとか、恥ずかしすぎるから!」

P「こ、これそこまで可愛い系か?」

加蓮「そうでもないと思うけど……ありすちゃんたちの方が、ずっと可愛らしい衣装だし」

奈緒「スカートひらひらしてる! そして短い! あと、なんかハート付いてる! この王冠、何⁉ あぅぁ―――――っ!」

P「お、落ち着け!」

加蓮「王冠関係ないし……」

奈緒「き、着れない! こんなのあたしは着れないからっ!」

加蓮「一回着ちゃえば、そんなに恥ずかしくないって」

奈緒「一回も着たくなーいっ!」

加蓮「あー、もう、わがまま言わない! みんな手伝って! 奈緒に無理矢理この衣装を着させるよ!」

美嘉「オッケー☆」

みく「分かったにゃ!」

楓「任せて」

ありす「了解です」

まゆ「奈緒ちゃん、すぐに済みますから」

奈緒「わ、馬鹿やめろ! っていうかプロデューサーいるだろ!」

加蓮「プロデューサー、今すぐ出てって。ついでに私たちも衣装に着替えるから、覗いたりしたら目を潰すよ」

P「怖い!」



―――廊下


P「おかえりー」

凛「ただいま……こんなところで何してるの?」

P「女子の着替え待ちだよ。学生時代に戻った気分だ」

未央「着替え? 事務所で?」

P「ライブの衣装が届いたから、奈緒たちが着替えてるんだよ」

卯月「衣装が……それはすぐに着たくなりますよね」

P「まあ、約一名そうでもなかったんだが」

卯月「? じゃあ私、ちょっと中に――」

P「いや、今は開けるな! 俺の目が潰されるだろ!」

卯月「どういうことですか⁉」

P「もうすぐだろうから、とにかくちょっと待て」



美嘉『もういいよ、プロデューサー』



P「タイミングいいな……じゃあ開けていいぞ、卯月」

卯月「は、はい? じゃあ―――」


《ガチャ―――》


美嘉「じゃじゃーん☆」

みく「これぞ、クールみくにゃ☆」

楓「あら? 卯月ちゃんたち、戻ってきてたのね」

卯月「わぁ……! 楓さんたち、すごくかっこいいです!」

未央「へー、みくにゃんも意外と似合ってるね」

みく「そうでしょー? クールネコチャンだからね」

未央「何その宅急便みたいな」

みく「そっちじゃないにゃ!」

凛「まゆとありすは可愛らしい衣装だね」

ありす「大人は何を着ても大人ですから」

凛「……? そ、そう」

まゆ「プロデューサーさん、どうですか?」

P「似合ってるぞ、まゆ」

まゆ「うふふ♪ ありがとうございます♪」


凛「……あれ? 奈緒と加蓮は?」

卯月「そういえば、いないね」

未央「2人の分の衣装も届いたんじゃないの?」

P「届いてるんだが……どこ行ったんだ?」

美嘉「2人なら、あそこ」



奈緒『やだ! あたしはここから出たくない!』

加蓮『なに杏みたいなこと言ってるの! 机の下なんかに入ってたら、衣装がしわになっちゃうでしょ! 早く出てきなって!』

奈緒『いーやーだーっ!』



凛「何をしてるの?」

みく「奈緒チャンがぐずってるんだよ」

P「往生際の悪い奴だ……」



加蓮『しょうがない……きらり、お願い』

奈緒『⁉ そ、それはずるいだろっ!』

きらり『奈緒ちゃん、良い子だから出てくるにぃ☆』

奈緒『や、やめ……いやぁ――――――――――っ⁉』



P「強硬手段に出たか」

凛「無理矢理引きずり出したね」

きらり「―――よいしょっと。奈緒ちゃんをお届けっ☆」

奈緒「うぅ……あたしは杏じゃないぞ!」

杏「その言い方おかしくない? 杏も荷物じゃないぞっ!」

幸子「いつも運ばれてるじゃないですか」

加蓮「全く、やっと出てきたよ。なんで隠れるかな」

奈緒「だ、だってさ……ん?」

P「へぇ……」

奈緒「っ! らぁっ!」

P「危ねっ⁉ の、覗いてもいないのに目を潰そうとするな!」

奈緒「プロデューサー、あたしのこと見てただろ!」

P「見てたけど⁉ 見てたら目を潰すのか、お前は⁉」

奈緒「その目が気に入らない……あたしを馬鹿にする目だ……!」

P「いや、馬鹿になんてしてないぞ⁉」

奈緒「嘘だっ!」



P『ぷふーっwww こいつ、この衣装似合わねーwww』




奈緒「とか思ってるんだろ!」

P「被害妄想しすぎだ、お前! そんなこと思うか!」

奈緒「じゃあ、なんて思ってるんだ?」

P「いや普通に、似合ってるなって――」

奈緒「らぁっ!」

P「だからやめろっつうに! なんで似合ってるって言ったのに、再度攻撃するんだ⁉」

奈緒「こ、こんなカッコ似合うワケないだろ! 馬鹿にすんなっ!」

P「どう言えば満足なの、お前⁉」

加蓮「いい加減にしなって、奈緒。普通に似合ってるよ、その衣装」

奈緒「加蓮は似合ってるけどさ……あたしは別に―――」

加蓮「奈緒、本当はその衣装着られて嬉しいくせに」

奈緒「なっ⁉ う、嬉しいわけあるか! ちっとも嬉しくなんかないっ!」

加蓮「へー……でも、私は見逃さなかったよ? その衣装を着た時、奈緒の口元が一瞬にやけたのをね!」

奈緒「⁉ にゃ、にゃにを根も葉もないことを!」

P「図星か」

凛「分かり易いね」

奈緒「ち、違うっ! そんな、そんなにやけたとか――」

加蓮「奈緒、写真撮るよー? はい、決めポーズ」



奈緒「キラッ☆」

《パシャッ》



『………………』



奈緒「……はっ⁉」

加蓮「そ、そんなポーズまでやっといて、嬉しくないとか……っ」

P「最高に笑顔だったな」

凛「うん、今まで見た中で一番の笑顔だった」

卯月「奈緒ちゃん、可愛いです!」

未央「かみやん……ナイススマイル!」

奈緒「う……うぁ……うぁぁ……」

加蓮「奈緒、素直になりなって♪」

奈緒「う、うわ―――――――――――んっ!」



―――数分後


P「―――よし。みんな、衣装のサイズが違ったりはしなかったみたいだな。問題なくて良かった」

凛「衣装とは別の所で問題が発生してる気がするけど」

奈緒「うぅ……もう嫌だ……恥ずかしさで死ぬ……」

加蓮「死なないから」

P「奈緒、お前そんなんでライブとか出来るのか?」

奈緒「! で、出来るに決まってるだろ!」

P「そんな真っ赤な顔で言われても説得力無いんだが……」

奈緒「あ、赤くなんかないっ!」

P「ゆでダコみたいだけど⁉」

加蓮「大丈夫、プロデューサー。このカッコを奈緒に慣れさせればいいだけだよ」

P「慣れさせる?」

奈緒「ど、どうやって?」



加蓮「このカッコで、今から社内をぐるりと回って来るの」



奈緒「なに馬鹿なこと言い出してるんだ⁉」

加蓮「馬鹿なことじゃないでしょ。人前に出れば、そのカッコも慣れるって」

奈緒「人前に出るのがおかしいだろ!」

加蓮「ついでにライブの宣伝もすれば、一石二鳥!」

奈緒「身内に宣伝してどうすんだ!」

加蓮「じゃあ外行きたいの?」

奈緒「い、行きたくないけど……」

加蓮「ならいいじゃん。さすがに私も、この衣装着て外歩くのはきついし。宣伝すれば、他の部署の人がライブに来てくれるかもしれないでしょ? 少しでも多くの人が来てくれた方が、嬉しいしさ」

奈緒「い、いや、確かにそうだけどさ」



加蓮「というわけでプロデューサー、行ってくるけどいいよね?」

P「うーん……まあいっか。会議してるとことかには行くなよ?」

加蓮「りょーかい」

奈緒「ホントに行くのか⁉」

美嘉「あ、宣伝するなら、アタシたちも行くよ」

楓「みんなのライブだものね」

加蓮「じゃあ、全員で行こっか」

みく「うん、面白そうにゃ!」

ありす「わ、私もこの衣装で人前に出るのは多少恥ずかしいんですが」

まゆ「じゃあ、奈緒ちゃんと一緒に克服しましょう」

奈緒「なんでみんな乗り気なんだよ! は、放せ加蓮! あたしは行くとは――」

加蓮「奈緒が行かなきゃ意味ないでしょ。さ、行くよー」

奈緒「い、嫌だぁ―――――っ!」


《ガチャ―――バタン》


P「本当に往生際が悪いな、奈緒の奴」

凛「プロデューサー、大丈夫なの? 他の部署の迷惑になるんじゃ……」

P「まあ大丈夫だろ。もうすぐ定時だし。うちの会社、良い人ばっかだしな」

凛「楽観的なんだから……」



―――1階 ロビー


加蓮「私たち、今度の日曜ライブやるので、良ければ見に来てくださーい!」

奈緒「場所言わなきゃ来れないだろ!」

加蓮「詳細はWEBで」

奈緒「サイトのアドレスは⁉」

加蓮「この辺に出てるでしょ」

奈緒「現実世界じゃテロップは実装されてないんだけど!」

若手社員「へー、漫才ライブをやるのか」

奈緒「いや漫才ライブじゃなくて、アイドルのライブですよ!」

若手社員「あ、言われてみれば、そんな感じの衣装だ。てっきり漫才コンビかと思ったよ」

奈緒「うち、お笑い事務所じゃないでしょう⁉」

女子社員「あなたたち、アイドル部門の子?」

加蓮「はい、そうです」

女子社員「ふふ、可愛い衣装ね。2人とも似合ってるわ」

加蓮「ほら奈緒、似合ってるって」

奈緒「い、いちいち言わなくていいっ!」



―――3階 食堂


美嘉「カリスマJK、城ケ崎美嘉でーす☆」

みく「ネコチャンアイドル、前川みくにゃ!」

楓「夕飯はぶりの照り焼きにします、高垣楓です」

みく「楓さん、それ何の紹介にもなってないにゃ!」

美嘉「おばちゃんたち、暇だったらライブ見に来てね」

食堂のおばちゃんA「あいよ」

おばちゃんB「子供と一緒に行こうかねぇ」



―――5階 廊下


まゆ「さあ、ありすちゃん」

ありす「ら、ライブやります。ぜひ来てください」

おじさん「ほう……お嬢ちゃんたちが?」

ありす「はい」

おじさん「ふむ……時間があれば、ぜひ行ってみるとしよう」

ありす「あ、ありがとうございます!」



―――6階 廊下


奈緒「加蓮、まだやるのかー? もういいだろー」

加蓮「んー、じゃあこの階を回ったらね」

奈緒「この階は回るのかよ……」

社長「……何をしているんだ、お前たちは」

奈緒・加蓮『社長⁉』

社長「それはライブの衣装か? なぜそれを着てこんな所にいる?」

加蓮「え、えーっとですね―――」


―――説明中


社長「―――なるほどな。……社内で宣伝してどうする」

奈緒「あたしもそう言ったんですけど……」

社長「はぁ……、まあ好きにしろ。だが、あまり遅くならないうちに帰宅しろよ」

加蓮「あ、はい……社長って意外と優しいよね」

奈緒「確かにそうだな」

社長「……ああ、そういえば神谷」

奈緒「なんですか?」

社長「くくっ、中々いい笑顔だったぞ」

奈緒「? なんの話ですか?」

社長「この写真だ」

奈緒「写真?……これさっき加蓮が撮ったやつじゃん⁉」

加蓮「あれ? どうして社長が?」

社長「本田から送られてきた」

奈緒「未央の奴、なにしてんだ⁉……いや、そもそもなんで未央がこの写真のデータを……加蓮! 未央に送ったな⁉」

加蓮「うん。未央というより、事務所のみんなに送ったけど」

奈緒「あたしの恥ずかしい写真をみんなに送るなーっ!」

社長「その台詞は誤解を招きそうだな」

奈緒「い、今すぐそれ消してください社長!」

社長「こんな面白――もとい、可愛い写真を消せるはずないだろう?」

奈緒「今、面白いって言いかけましたよね⁉」

社長「アイドルらしくていいじゃないか。その調子で頑張れよ、神谷。……くくくっ」

奈緒「ニタニタ笑いで頑張れとか言われても、馬鹿にされてるとしか思えないんですけど!」



―――事務所


未央「あ、戻って来た」

P「やっとか。どうだった?」

奈緒「最悪だ……なんで社長まで……恥ずかしさで死ぬ……」

P「出てった時と変わってなくね⁉」

加蓮「これは別のことだから、大丈夫」

P「別って何だ」

加蓮「それよりプロデューサー、みんなは?」

P「もう遅いし、帰らせたよ。残ってるのは寮組の未央と幸子だけだ」

幸子「戻ってくるの遅いですよー。待ちくたびれました」

みく「ごめんね、幸子チャン。お詫びにこれあげるにゃ」

幸子「……なんでおせんべいなんですか?」

加蓮「プロデューサー。奈緒、もうこの衣装は恥ずかしがってないよ。人前でも普通にしてたから」

P「そうなのか?」

奈緒「恥ずかしくなくはないぞ……我慢してるだけだ」

加蓮「我慢できれば十分」

未央「かみやん、大丈夫そうじゃない?」

P「そうだな。それで、宣伝もちゃんとしてきたのか?」

美嘉「バッチリ☆」

みく「おばちゃんから、おせんべい貰ったよー」

幸子「あ、このおせんべい、そういうことですか」

ありす「私も、なぜかお菓子を貰いました」

まゆ「プロデューサーさんにおすそわけです♪」

P「お、サンキュ―――って、ハロウィンか! 宣伝しに行ったんじゃないのか⁉」

楓「宣伝していたら、なぜかみなさん色々とくださったんです」

P「楓さんまで貰ったんですか……仮装だと思われたのかな」

加蓮「でも、わりと興味持ってもらえたと思うよ」

P「それは良かったな。……身内だけど」

奈緒「ライブ当日、身内しかいなかったりしないよな……」

P「笑えないこと言うな! ちゃんとこれまでPR活動してきたんだから、それなりには来てもらえる!……多分」

奈緒「多分って言ったし!」

P「いや、100パー保証は出来ないからなぁ……」

未央「大丈夫、きっと来てもらえるって。最悪、もし誰もいなくても、私たちがいるしね!」

奈緒「未央……ライブ見に来るのか?」

未央「そこから⁉ 行くに決まってるじゃん! ね、さっちー?」

幸子「はい。カワイイボクが、ちゃんと見に行ってあげますよ」

未央「もちろん、他のみんなも一緒にね。だから、お客さんが0だったりはしないから、安心して、かみやん」

奈緒「そっか……サンキュな」



―――そして、ライブ前日 アイドル寮 奈緒の部屋


奈緒「……いよいよか」

加蓮「……いよいよだね」

みく「……いよいよにゃ」

ありす「……いよいよですか」

まゆ「……いよいよです」

奈緒「いよいよいよいよ、うるさいな!」

未央「初めに言ったの、かみやんじゃん」

奈緒「そうだけど、続けとは言ってないぞ⁉」

幸子「みなさん、いよいよ明日がライブですね」

加蓮・みく・ありす・まゆ『いよいよ……』

奈緒「もういいって!」

未央「もしかしてみんな……緊張してる?」

みく「ぎくり。な、何言ってるのかにゃー?」

ありす「そ、そんなことないですよー?」

幸子「いや、どう見ても緊張してますよ」

まゆ「わ、分かっちゃいますか」

加蓮「あはは……当たり。すごく緊張してるよ」

未央「やっぱりそうなんだ。私もそうだったなー」

加蓮「未央も?」

未央「デビューライブの前日は、緊張して中々眠れなかったもん」

まゆ「へぇ……未央ちゃんでも緊張したんですね」

未央「そりゃするよー」

奈緒「そういえば前にライブ行った時も、緊張してるって言ってたな」

未央「そうだったっけ? まあ、何度やっても緊張はするよ。でも、それに飲まれちゃ駄目だよ、みんな。上手くコントロールしないとね」

奈緒「未央が……未央が先輩っぽいこと言ってる!」

未央「驚くとこじゃないよ⁉……ていうか、かみやんは緊張してないの? みんなと比べると、わりといつも通りな感じだけど」

奈緒「ふっ、あたしは緊張なんてしてない」

未央「嘘⁉ すごいね、かみやん!」

加蓮「奈緒、さっきからその貧乏ゆすりやめてくれない?」

奈緒「……え、そんなのしてた?」

未央「思いっきり緊張してるじゃん!」

奈緒「バレたか……そ、そりゃ、あたしだって緊張するよ」



未央「なんかみんな心配になるなぁ……集まっといてなんだけど、今日はもう解散しよ。早いうちに寝たほうがいいよ」

奈緒「そ、そうか。そうだな。じゃあみんな、自分の部屋に帰れー」

加蓮「うーん……よし、そうしよ」

ありす「ね、眠れるでしょうか」

まゆ「でも寝ないと……」

みく「こうなったら、羊を1万匹くらいまで数えまくるにゃ」

幸子「逆に目が冴えそうですね、それ」

未央「それじゃあね、かみやん。おやすみー」

奈緒「おやすみー」


《ガチャ―――バタン》


奈緒「さて、じゃあとっとと寝ようかな。……寝られるか分かんないけど」


《ガチャ―――》


奈緒「? 誰か忘れ物でも……」

加蓮「―――よいしょ、よいしょ」

奈緒「加蓮⁉ な、なんで布団なんか持ってきてるんだ⁉」

加蓮「よい、しょっと……ふぅ。なんでって、ここで寝るからに決まってるじゃん」

奈緒「いや勝手に決めるなよ!」

加蓮「じゃあ奈緒、今日は一緒に寝ようよ」

奈緒「寝ようよって……まあ、別にいいけどさ」



―――数分後


奈緒「電気消すぞー」

加蓮「はーい」


《ピッ》


奈緒「じゃ、寝るか」

加蓮「寝られるの?」

奈緒「……寝られなくても、寝るしかないじゃんか」

加蓮「寝られそうにないよねぇ……」

奈緒「もしかして、それで一緒に寝ることにしたのか?」

加蓮「そういうこと。1人だと、どんどん緊張してっちゃう気がして」

奈緒「そっか……それもそうかもな」

加蓮「というわけで……えいっ♪」

奈緒「ひゃんっ⁉ な、何だいきなり⁉」

加蓮「大げさだなぁ……手を握っただけじゃん」

奈緒「だから握る前に言えよっ!」

加蓮「ごめんごめん。ね、このまま繋いでていい?」

奈緒「……いいけど」

加蓮「ありがと。なんかこうしてると、落ち着く気がするんだ」

奈緒「……あたしもちょっと落ち着いた気がする」

加蓮「でしょ?」

奈緒「うん。……そういえばさ、加蓮」

加蓮「なに?」

奈緒「ニュージェネのライブの時にした話、覚えてるか?」

加蓮「覚えてるよ、もちろん。奈緒がへこんでた時のでしょ?」

奈緒「そ、そうだよ」

加蓮「ほっぺぷにぷにの」

奈緒「それは言わなくていいよ!」

加蓮「あははっ。それで、あの時の話がどうかした?」

奈緒「いや、あたしたちのスタートラインがあそこならさ……デビュー目前の今は、どの辺りなのかな?」

加蓮「うーん、そうだなぁ……まだ全然じゃない? ちょっと進んだくらい。下手すると一歩進んだだけかもね」

奈緒「そこまで進んでないの⁉ さすがにもうちょっと進んでるだろ!」

加蓮「どうかなぁ……確実に言えることは、ニュージェネはまだまだ遠いってこと」

奈緒「う。それは否定できない……でも、このまま突っ走っていけば、いつか追いつけるよ」

加蓮「……追いつけるかな。目標は遠いよ? 止まっててくれないしさ」

奈緒「なら、ニュージェネより早く走ればいいだけだろ?」

加蓮「……そうだね。うん、そうかも」

奈緒「そう考えると、明日のライブはスピード上げるのにちょうどいいよな。……なんか、緊張よりもワクワクの方が大きくなってきたかも」

加蓮「ふふっ……私、奈緒のそういうとこ、好きだよ」



奈緒「すっ⁉ そ、そういうこと言うの、恥ずかしいからやめろぉ!」

加蓮「えー? なんでー? 奈緒のこと、好き好きだーい好きっ♪」

奈緒「うぁ―――っ! や、やめろって言ってるだろーっ⁉ からかうなーっ!」


《ガチャッ!》


未央「うるさいよーっ! みんな眠れないでしょーっ!」

奈緒「あっ⁉ わ、悪い、未央」

未央「……って、なんで2人で寝てるの?」

加蓮「んー、明日ライブだから、なおかれん2人で仲良く寝ようと思って。その方が緊張も薄れるしさ」

未央「なるほどねー……でも静かにしなよ? みんなただでさえ眠れないだろうに、余計に眠れなくなっちゃうからさ」

奈緒「ごめん、気を付ける」

未央「2人も早く寝なねー。でもユニットで寝る……はっ⁉ みくにゃんは美嘉ねーもかえ姉さまも寮にいないから……よーしっ!」


《―――バタン》


奈緒「……なあ、加蓮。今、未央の奴最後に……」

加蓮「多分、みくの所に行ったよね……」



みく『にゃーっ⁉ なんで布団持ってきたの、未央チャン⁉』

未央『みくにゃんが寂しくないように、私が一緒に寝てあげるよ!』

みく『どうしてそうなるの⁉』

未央『ついでにさっちーも連れてきたよ!』

幸子『どうしてボクまで⁉』



奈緒「やっぱり……」

加蓮「まあ、みくの緊張が薄れていいんじゃない?」

奈緒「そうだといいけどな」



―――みくの部屋


幸子「……あの、狭くないですか?」

みく「2つの布団に3人で入ってるんだから、そりゃそうだよ」

未央「もう一つ敷けたらなー」

幸子「すみません。ボク、自分の部屋で寝ていいですか?」

未央「何言うの、さっちー! みくにゃん1人じゃ可哀想でしょ!」

みく「別に大丈夫だよ⁉ いつも1人で寝てるよ⁉」

未央「みくにゃん、無理しなくていいって。私とさっちーが、ちゃんと一緒に寝てあげるから!」

みく「話聞いてないにゃ!」



―――まゆの部屋前


ありす「……」


《コン、コン―――》


まゆ『……ありすちゃん?』

ありす「⁉」


《ガチャ―――》


ありす「……ど、どうして分かったんですか?」

まゆ「なんとなくです」

ありす「そ、その……眠れなくて……」

まゆ「……今日は、一緒に寝ましょうか?」

ありす「あ……。……はい、お願いします」



―――美嘉の家 美嘉の部屋


美嘉「莉嘉。本当に明日来る気?」

莉嘉「もちろん! お姉ちゃんのデビューライブだもん!」

美嘉(莉嘉が来るとなると、絶対に失敗できないなぁ……プレッシャーが増すよ)

莉嘉「? どうかしたの?」

美嘉「……なんでもないよ。楽しみにしてな、莉嘉。最高のライブを見せてあげる☆」

莉嘉「うん!」



―――楓の家


楓(デビューライブかぁ……ライブって、どんな感じなんだろう?)

楓「卯月ちゃんたちのライブを見たことはあるけれど……自分でやるのとは、全然違うわよね」

楓(美嘉ちゃんとみくちゃんと一緒に立つステージ……どうなるのかしら?)

楓「……楽しみね」



―――奈緒の部屋


加蓮「奈緒。未央にも言われたし、もう寝よっか」

奈緒「……もうからかうなよな」

加蓮「別にからかってないって」

奈緒「嘘つけ」

加蓮「手は……繋いだままでいい?」

奈緒「……うん。おやすみ、加蓮」

加蓮「おやすみ、奈緒」



―――翌日 ライブ会場


凛「奈緒たち、大丈夫かな? 緊張してないといいけど」

卯月「どうだろうね……」

未央「もしまだ緊張してたら、私とさっちーの爆笑コントで緊張をほぐすから、大丈夫!」

幸子「そんなの準備してませんよね⁉」

奏「2人なら、アドリブで出来るんじゃない?」

幸子「無茶言わないでください!」

未央「なら、あーちゃんとのコンビで天然漫才を」

藍子「天然漫才? なんだか、体に良さそうですねっ」

未央「天然水とかとは違うから!」

幸子「既に出来てる⁉」

杏「そもそも、お笑いやる必要ないでしょ」

きらり「でもでも、2人の漫才すっごく面白いよ、杏ちゃん」

杏「面白いとか関係ないって……」

凛「……さて、ここに奈緒たちが――」



奈緒『いや、なんであたしなんだよ⁉』



凛「? 奈緒の声だ」

卯月「どうしたのかな?」

凛「入ってみよう」



《コンコン、ガチャ―――》


凛「みんな、応援に来たよ」



奈緒「それなら、まゆの方が適任だろ!」

まゆ「私もそうしたいんですが……」

加蓮「まゆだと、意味が変わっちゃうでしょ」

まゆ「……そういうことみたいです」

奈緒「くぅう……で、でも――」

楓「奈緒ちゃんが適任だと思うわ」

美嘉「奈緒ちゃんはアタシたち2期生のリーダーなんだからさ」

奈緒「2期生なんて単語初めて聞いたんだけど⁉」

みく「とにかく任せたにゃ」

ありす「私たちは遠くから見守っていますので」

奈緒「お前ら、押し付けたいだけだろ!」



卯月「? なんの話かな?」

凛「さあ……?」

未央「みんなー、応援に来たんだってば―!」

奈緒「え? あっ、いつの間に⁉」

藍子「今のは、なんの話ですか?」

加蓮「悪いけど内緒。今はね」

奏「ふぅん……なんだか意味深ね」

杏「見た感じ、全然緊張してなくない?」

みく「してるよー」

ありす「でも、もうそれほどでもないかもしれません」

幸子「確かに昨日に比べると、そんな感じですね。どうしたんですか?」

まゆ「……どうしてでしょう?」

幸子「ボクがそれを訊いてるんですけど⁉」

加蓮「緊張よりも、ワクワクが大きいから……だよね、奈緒?」

奈緒「な、なんであたしに振るんだ!」

美嘉「ま、せっかくのデビューライブ、楽しまなきゃ損だし☆」

楓「早くライブの時間にならないかしら」

卯月「み、みんなすごいです」

凛「もっと緊張してるかと思ってたのに……」



未央「しまむー、しぶりん……私たちの時とは時代が違うんだよ」

凛「まだ1年も経ってないよね」

未央「じゃあ違うのは器だとでも言うの、しぶりん⁉」

凛「そ、それは…………時代が違うよね、やっぱり。緊張しないのが、今のトレンドだよ」

卯月「? 凛ちゃん、緊張しないトレンドって何?」

凛「……。……卯月は深く考えなくていいから」

杏「みんな、ただ能天気なだけじゃないの?」

奈緒「なんてこと言うんだ!」

加蓮「まさか……奈緒の能天気が感染った?」

美嘉「そんな……!」

みく「悪夢にゃ!」

奈緒「さもあたしが感染源みたいな言い方するなよ! あたしは別に能天気じゃないだろ!」

楓「能天気……天気が悪いと、雨がうぇざーっと降るわね。ふふっ」

奈緒「楓さんも相当じゃないか⁉」

まゆ「楓さんは能天気と言うより……」

ありす「天然の方が近いかと」

楓「奈緒ちゃん、何言うてんねん」

奈緒「楓さんが何言ってるんですか!」


《コンコン》


P『入るぞー』


《ガチャ――》


P「なんか随分賑やかだな」

奈緒「ほら、ナンバーワン能天気が来たぞ! 感染源こいつだろ!」

P「いきなりなんの話だ⁉ お前、俺の扱いぞんざいにもほどがあるだろ!」

加蓮「あれ、プロデューサーが来たってことは……もうすぐ?」

P「そうだよ。……お前ら、準備出来てるか?」

奈緒「とっくに出来てるよ」

加蓮「いつでも大丈夫」

P「そうか……じゃあ、行くぞ!」



奈緒「おう!」加蓮「うん!」美嘉「オッケー☆」楓「行きましょう」みく「ゴーにゃ!」ありす「分かりました!」まゆ「はい、プロデューサーさん♪」




―――ステージ裏


P「奈緒、加蓮、まずはお前たちだ。……恥ずかしがって、歌えなかったりするなよ?」

加蓮「しないでよ?」

奈緒「大丈夫だよ!」

P「よしっ、じゃあ行ってこい!」

奈緒「ああ、行ってくる!」

加蓮「行ってくるね、プロデューサー!」



奈緒「それじゃ、加蓮」

加蓮「うん、奈緒」





『……行こうっ!』





そして、あたしたちは輝くステージへと駆け上がった……!










―――SAY☆いっぱい! 輝く……輝く、星にな-れっ! 運命のドア開けよう―――今、未来だけ見上げて!



―――なおかれんライブ終了後 ステージ裏


奈緒・加蓮『楽しかったーっ!』

P「お疲れ! じゃあ次は、まゆとありす。2人とも、大丈夫か?」

ありす「……はい」

まゆ「大丈夫です、プロデューサーさん」

P「……なんか堅いな」

奈緒「任せろ、プロデューサー」

P「ん?」

加蓮「ねぇ2人とも。ちょっと右手を上げてくれる?」

ありす「はい?」

まゆ「こうですか?」

加蓮「オッケー」

奈緒「それじゃ―――」


《パァン―――!》


奈緒「はい、交代」

加蓮「次、任せたよ?」

ありす「あ……はいっ!」

まゆ「ふふっ、任されました♪」

P「よし……行ってこい!」



ありす・まゆ『いってきます!』




―――観客席



―――夢みたいに綺麗で泣けちゃうな、これから沢山イイコトあるよ



卯月「ありすちゃんとまゆちゃんのライブも、すごくいいね」

凛「うん。さっきの奈緒と加蓮も。……うかうかしてられないね、私たちも」

未央「もう、しぶりんは真面目だなぁ。ライブの時はそんなこと考えてないで、思いっきり楽しもうよ!」



―――もし手を伸ばしたら届くかな……明るい空、見つけた一筋の流れ星



凛「……それもそうかも。たまにはいいこと言うね、未央」

未央「たまには⁉ もっと沢山言ってるよー!」

卯月「あはは……」



―――ステージ裏


まゆ・ありす『お、終わりましたー!』

P「お疲れ! それじゃあ最後は――」

美嘉「アタシたちだね☆」

みく「待ってました!」

楓「ステージに、上がりましょう」

ありす「あ、ちょっと待ってください」

美嘉「ん? なーに、ありすちゃん?」

ありす「そ、その……手を……」

美嘉「あ、さっき奈緒ちゃんたちとやってたやつ?」

みく「そうだね、みくたちもやろっか」

楓「じゃあはい、ありすちゃん」

ありす「! まゆさんも」

まゆ「はい、分かってますよ」


《パァン―――!》


ありす「交代、ですっ」

美嘉「うん、バトンタッチ☆」

まゆ「最後、お願いします」

みく「任せるにゃ!」

楓「綺麗に締めてくるわ」

P「じゃあ3人とも……」



美嘉・みく・楓『いってくるね☆(いってくるにゃ!・いってきます)』



P「先に言われた⁉……いってらっしゃい!」



―――観客席



―――たとえ、孤独が滲み始め足が震えていても……遠い日の約束―――叶えなきゃ掴まなきゃ絶対!



莉嘉「お、お姉ちゃん……」



―――自由が歪み始め、歌の中舞い上がる……未来に響かせて―――勝ち取るの、この歌で絶対!



莉嘉「……ちょーかっこいいっ! すっごーいっ! さっすがお姉ちゃん!」



―――掴め! starry star!



莉嘉「よーし、決めた!……アタシもやるっ☆」




―――デビューライブ終了後 楽屋


《ガチャ―――》


P「みんな、ライブお疲れ―――」

凛「しっ、プロデューサー」

P「へ?」

凛「……寝てるから」



『……くー……』



P「ぜ、全員寝てるのか?」

卯月「ライブが終わって、緊張の糸が切れたみたいです」

未央「やっぱり、昨日はあんまり眠れてなかったみたいだね」

幸子「……未央さん。みくさんが眠れなかったの、ボクたちのせいなんじゃ……」

未央「き、緊張で眠れなかったんだよ! むしろ私たちがいた方が眠れてたと思うよ!」

幸子「そ、そうですよね! きっとそうです!」

藍子「みんな、ぐっすりですね」

奏「ええ、幸せそうな顔」

杏「なんだか、杏も眠くなってきた……寝よ」

きらり「もう、杏ちゃんったら……」

P「やれやれ……」



P「……お疲れさま。最高のライブだったぞ、お前たち」





奈緒「……にへへ……」

加蓮「……ふにゅぅ……」





第10話 Star!!


 終わり



―――数日後 事務所


奈緒「……」

P「……奈緒、今日ずっと俺のこと見てないか?」

奈緒「⁉ べ、別に見てないぞ? 気のせいだろ」

P「そうか……? ならいいけど」

奈緒「はぁ……」

加蓮「奈緒、いい加減にしなって」

美嘉「早くしてったら」

奈緒「だったら自分でやれよ! なんであたしなんだよ!」

凛「どうしたの?」

みく「ちょっとね」

加蓮「さあ、もう行っちゃえ」

奈緒「待て! ここで⁉ みんないるんだけど!」

ありす「別にいいじゃないですか」

奈緒「ありす、自分がやらないからって……!」

まゆ「奈緒ちゃん、やっぱり私がやりましょうか?」

奈緒「い、いいのか?」

加蓮「だからそれは駄目だって! あくまで私たちのなんだから!」

まゆ「……奈緒ちゃん、そういうことみたいです」

奈緒「くぅう……」

楓「プロデューサー、ちょっといいですか?」

P「はい?」

奈緒「楓さん⁉」

楓「いつまでもそうしていても、仕方ないわ」

加蓮「楓さんの言うとおり。そんな大したことじゃないんだから」

奈緒「うぅ……プロデューサー!」

P「な、なんだよ?」



奈緒「……こ、これ、受け取れ」



あたしは、プロデューサーに小さな箱を差し出した。



P「? なんだこれ?」

未央「あれ? なんだか既視感があるよ?」

卯月「まさかあれって……」

凛「……それ、チョコじゃないよね?」

奈緒「違うから! 凛たち3人の考えてることとは全然違う!」

P「まさかこれ、びっくり箱か⁉」

奈緒「それもちげーよ! そんなくだらないことするか!」

P「じゃあ、これ何だ?」

奈緒「……プレゼントだよ。あたしたちからの」

P「プレゼント? 奈緒たちからって……」

加蓮「だから、デビューしたばっかりの私たち7人からの―――」



加蓮「プロデューサーへの、お礼のプレゼントだよ」



P「……え」

奈緒「あー、その……前にプロデューサーのこと、特に好きじゃないって言ったけどさ」

P「あ、ああ」

奈緒「それは本音だ」

P「本音なのかよ!」

奈緒「で、でも、特に好きじゃないけど……感謝はしてる」

P「感謝……?」

奈緒「あんたがスカウトしてくれたから、アイドルやろうと思ったし……あんたがプロデュースしてくれたから、デビューライブも上手くいったし……」

P「……」

奈緒「だ、だからその……い、一回だけしか言わないからな!」
















奈緒「……いつもありがと、プロデューサーさん」
















P「!」

奈緒「~~~っ! も、もう無理! あたし帰るっ!」


《ガチャ―――》


加蓮「あ、ちょっと奈緒!……そういうことだから、いつもありがとね、プロデューサーさんっ♪ 奈緒、待ってよー!」

美嘉「サンキュ、プロデューサー! じゃねっ☆」

楓「いつもありがとうございます、プロデューサー。お先に失礼します」

ありす「その、感謝してます、プロデューサー。それでは」

みく「Pチャン、ありがと! ばいばーいっ!」

まゆ「プロデューサーさん、いつもありがとうございます♪ また明日」


《―――バタン》


未央「……怒涛の勢いだったね」

卯月「みんな改まってお礼を言うの、照れたんだよ」

P「……なんだあいつら、言い逃げかよ」

凛「プロデューサー……泣くほど嬉しかった?」

P「な、泣いてなんかないだろ⁉」

凛「じゃあ、そういうことにしておいてあげるよ」

P「だから泣いてないっての! 泣いて、ないけど…………め、滅茶苦茶嬉しい……っ!」

凛「……やっぱり、泣いてるじゃん」



 ほんとにおしまい

以上で、第10話終わりとなります。

Absolute NIneがAbsolute THreeになってたりで、選曲にツッコミ所があるかもしれませんが、自分でも分かっているのでそのツッコミは胸に秘めていていただけると有り難いです。

それと次の11話ですが、まだ書き上がっていないので明日は無理かもです。

それと今書き忘れましたが、過去編の第0話の続きなんですが……。
いつ書き上がるか分からないほど進んでいないので、一旦第0話のスレはHTML依頼出して、書き上がったら新規スレ立ててそっちに上げようと思います。



―――事務所


美嘉「おはよー☆」

奈緒「おはよ……う……?」

加蓮「おはよー、美嘉」

美嘉「最近暑くなってきたねー」

加蓮「ここはエアコン効いてるから、快適でいいよ」

奈緒「……」

加蓮「奈緒? どうかしたの?」

奈緒「どうもこうも……あれ」

加蓮「あれ?」



美嘉『さて、今日の予定はっと』

少女『そろーり……そろーり……』



加蓮「……何あれ」

美嘉「? 2人とも、どうかしたの?」

奈緒「それはこっちが聞きたいんだけどな」

加蓮「さっきから美嘉の後ろにくっついてる子、何?」

美嘉「後ろ?」

少女「⁉」


《ササッ》


美嘉「?……誰もいないじゃん」

奈緒「今度は前だよ」

美嘉「前?」

少女「⁉」


《ササッ》


美嘉「……やっぱり誰もいないし。何? からかってるの?」

奈緒「違うって」

加蓮「はい美嘉、鏡。これで後ろ見てみなよ」

美嘉「鏡で見たって何も――」

少女「やばっ⁉」

美嘉「……」

奈緒「見えたか?」

美嘉「……うん」

加蓮「良かった。背後霊とかじゃなかったみたいで」

美嘉「……アンタ、何してんの莉嘉―っ!」



莉嘉「……てへっ☆」




―――少し経って


莉嘉「はじめまして! 城ケ崎莉嘉でーす! よろしくねーっ☆」

P「……美嘉、妹連れてきたのか?」

美嘉「勝手に付いてきたの!」

奈緒「よくあれで気付かなかったな……」

美嘉「全く……莉嘉、アンタなんで事務所に付いて来たの?」

莉嘉「決まってるじゃん、お姉ちゃん」



莉嘉「アタシもアイドルになるためっ!」



美嘉「はぁ⁉」

莉嘉「えっと……うだつが上がらないプロデューサーって、どの人?」

P「お前、俺のこと家でそんな風に言ってたの⁉」

美嘉「ち、違うよ⁉ そんなの初めの頃に一回しか言ってないって!」

P「いや、一回でも言ってんじゃねーよ!」

美嘉「ごめんごめん!」

莉嘉「あ、プロデューサーってアナタ?」

P「あ、ああ、そうだけど」

莉嘉「じゃあアタシをアイドルにして!」

P「えぇ⁉」



莉嘉「いいでしょ? いいよね? いいんだ、やったぁー!」

P「俺、何も言ってないよね⁉」

莉嘉「え……駄目なの……?」

P「そんな悲しそうな目で見ないでくれ! そ、そうだなぁ…………やる気は十分あるみたいだし…………なら、美嘉とご両親の許可があればいいよ」

莉嘉「じゃあもう決まりだよ! お母さんたち反対なんてしないし。お姉ちゃんだって、ねー?」

美嘉「ねー、じゃないでしょっ!」

莉嘉「ふぇっ?」

美嘉「莉嘉。アタシ、アンタがアイドルやりたいなんて初耳なんだけど?」

莉嘉「あのねー? この前のお姉ちゃんのライブ見て、アタシもあんな風にかっこよくライブとかしたいなーって思ったの!」

美嘉「……そ、そっか」

奏「随分嬉しそうじゃない、美嘉」

美嘉「う、うるさいよっ! こほん……莉嘉、アンタ本当にやる気あるの?」

莉嘉「もちろん!」

美嘉「……じゃあいいよ、莉嘉。好きにしな」

莉嘉「わぁーいっ! お姉ちゃん、大好きっ☆」

美嘉「もう、調子いいんだから……」

莉嘉「プロデューサー!……なんかカタいね。じゃあPくん!」

P「ぴ、Pくん?」

莉嘉「それに事務所のみんなも!」



莉嘉「これからよろしくなんだからーっ☆」


第11話 シンデレラガールズ



―――莉嘉が加入してから数日後、アイドル部門事務所


P「良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」

奈緒「急になんだ」

加蓮「みんなを集めたと思ったら……」

P「一度言ってみたかったんだよ。さあ、どっちから聞きたい?」

未央「そりゃもちろん、良い方だよ」

奏「ふぅん……未央は持ち上げて落とされるのが好み?」

未央「……やっぱり悪い方。上げて落とされるの、けっこうきついよ」

P「よし、じゃあ悪い方だな。……実は昨日、先輩に呼び出されてな」

凛「社長に?」

P「ああ。それで……」

卯月「そ、それで……?」

P「それで晩飯奢らされたんだ! おかしいよな⁉ 普通、上司が奢る方だろ!」

美嘉「……えっ、悪い知らせってそれ?」

P「そうだ」

幸子「どうでもいい知らせの間違いじゃないですか⁉」

P「俺にとっては悪い知らせなんだよ!」

加蓮「わざわざみんな集めて言うことじゃないでしょ……」



凛「はぁ……じゃあ、良い知らせって言うのは?」

奈緒「またどうでもいいことだろ」

P「良い知らせって言うのは……」



P「今度行われるフェスに、うちのアイドル全員で参加してもらうことになったってことだ」



奈緒「ほらな。果てしなくどうでもいい」

加蓮「だね」

凛「まったく、プロデューサーは」

卯月「……えっ? あれ?」

未央「美嘉ねー、その雑誌見せてー」

美嘉「いいよー」

莉嘉「アタシも見たいっ」

藍子「みくちゃん、何を読んでるんですか?」

みく「英語の参考書。テスト勉強してるんだ」

奏「幸子はテスト大丈夫?」

幸子「だ、大丈夫ですよ。ボクはカワイイですし」

ありす「ふふふ……ドロー4! そしてUNOですっ!」

楓「じゃあ私も、ドロー4で」

きらり「ならきらりもっ」

杏「ありす、悪いね。杏もドロ4」

ありす「そんな⁉」

まゆ「プロデューサーさん、お茶が入りました♪」

P「おう、ありがとな、まゆ。……ところで卯月。俺、フェスやるって言わなかった?」

卯月「い、言ったと思います」

加蓮「卯月もポテチ食べる?」

卯月「あ、うん、加蓮ちゃん。もぐもぐ……」

奈緒「お茶とポテチは合うよな」

P「あ、俺にもくれ」

凛「はい、プロデューサー」

P「サンキュー」




『……』




『…………』





『………………ん?』






『フェスやるの⁉』






P・卯月『反応遅くない⁉』




奈緒「プ、プロデューサー! フェスやるのか⁉」

P「そう言っただろ! お前ら、あまりに無反応だから何かと思ったわ!」

加蓮「し、しかも全員参加って言わなかった⁉」

P「そうだよ。みんなで出てもらう」

奏「みんなって……私たちも?」

P「ああ。奏たちも合わせて、全員でだ」

杏「じゃあ杏にもやれって言うの⁉」

P「嫌そうな顔するなよ!」

莉嘉「Pくん、アタシも出ていいの⁉」

P「あー、莉嘉はこの前入ったばっかりだろ? だから……」

莉嘉「え、じゃあアタシだけ……」

P「レッスンきついかもしれないが、大丈夫か?」

莉嘉「! だいじょーぶっ! ありがと、Pくん!」

凛「でも全員って……どういうことなの?」

P「つまりだな……お前たち全員で、1つの曲を歌ってもらうんだ」

卯月「私たちみんなで、1つの曲を……!」

P「どうだ、面白そうだろ?」

未央「すっごい面白そう!」



P「浮かれるんじゃないっ!」



未央「自分で訊いたくせに⁉」



P「全員で1つの曲を歌うということは、全員の心を1つにしなければならないんだぞ。今のままのお前たちじゃ、ライブを成功させることは出来ないだろう!」

未央「むっ、そんなことないよ! 我ら346プロアイドル、生まれた時は違えど死ぬときは同じ!」

凛「そんな誓いした覚えないよ」

P「なら試してみよう。卯月、ちょっとこい」

卯月「? はい、プロデューサーさん」

P「未央と卯月に訊きます。……今、食べたいものはなんですか?」



未央「フライドチキン!」
卯月「生ハムメロンです!」



P「ほら気持ちバラバラー!」

未央「そんな⁉」

卯月「がーん……」

凛「いやいやいや、今の質問と心を1つにすることは何ら関係ないでしょ。お互いに好物を言っただけだよね?」

P「どうだ、未央。よく分かっただろう?」

未央「くっ、完全に論破された……!」

凛「されてないよ!」

加蓮「奈緒、今日はあんまりツッコまないね」

奈緒「たまには休もうと思って」

莉嘉「ねぇ、お姉ちゃん。この事務所って、お笑い事務所みたいだよね」

美嘉「それは言っちゃ駄目! わりと的を射てるから!」



P「まあ冗談はさておき。実際、お前たちは今まで同じユニットのメンバーぐらいとしか、一緒にステージに立ったことがないわけだ」

凛「それはそうだね」

P「さらに言うなら、デビュー前組は、そもそもステージに立ったことがない」

奏「まあ、当然ね」

P「だからフェスまでに、お前たち全員の結束力を高めたいと思う」

奈緒「でも結束力って……そんなもん、どうやって高めるんだよ」

加蓮「また合宿でもするの?」

P「そうしたいと思ったんだが、残念ながらスケジュールに空きがなくてな。合宿は無理だ」

奈緒「じゃあどうするんだ?」



P「これからフェスまでの間、全員で寮に住んでもらおうと思う!」



奈緒「……寮に?」

P「共同生活を送れば、絆が深まるだろうからな」

加蓮「まあ、確かにそうかもだけど」

P「寮の部屋は余ってるだろ?」

未央「そりゃ7人しか住んでないからね。余りに余ってるよ」

ありす「でもそんなこと、勝手に決めていいんですか?」

P「許可はちゃんと先輩に取ったし、寮の管理人のおばちゃんにも既に話はしてある」

奏「手回しがいいわね」

P「だから、あとはお前たち次第だな。どうだ? 寮での共同生活、やってみないか?」

未央「私、賛成! 寮が賑やかになるのは、ウェルカムだよ」

奈緒「確かに今はちょっと寂しいもんな」

加蓮「だね。みんなが来てくれるなら、楽しくなりそう」

P「寮組は全員賛成ってことでいいか?」

未央「うん、満場一致」

P「よし。じゃ、残るは凛たちだが……」

楓「プロデューサー、私は大丈夫です」

杏「杏も別にいいよー」

卯月「あの、プロデューサーさん。私も寮に住んでみたいんですが……お母さんに相談してみないと分からないです」

P「あー、まあそうだよな。なら、残りのメンバーは親御さんに相談してから返事を――」



凛「私は反対」



P「……えっ?」



凛「結束力を高めるなら、一緒にレッスンするだけでも十分だと思うよ。わざわざ寮に住む必要はないんじゃないかな」

P「いや、まあそれも一理あるが。だけど同じ時間をより多く共有することでだな―――」

凛「多ければいいというわけでもないんじゃない? 大切なのは共有する時間の密度だと私は思うけど」

P「お、おぉふ……」

奈緒「さっきの茶番と違って、本当に論破されてるぞ」

加蓮「確かに、凛の言い分も分かるけど……」

未央「しぶりん、そんなに寮に住みたくないの……?」

凛「あ、いや、そうじゃないよ。ただ私は、わざわざみんなで寮に住む必要は無いんじゃないかって……」

未央「だから、要は寮に住みたくないんでしょ? うぅ……そんなに嫌なら、そう言えばいいじゃん!」

凛「嫌とは言ってないよ!」

未央「嫌じゃなきゃ反対なんてしないでしょ⁉ いいよいいよ、しぶりんは実家でハナコと仲良く暮らしてなよ!」

凛「うっ」

卯月「ハナコちゃん…………あっ、もしかして凛ちゃん」

凛「⁉ 卯月、余計なこと言わな―――」



卯月「寮が嫌と言うより、ハナコちゃんと離れたくないだけなんじゃ……?」



凛「…………」

未央「……しぶりん」

凛「ち、違うよ? そんなんじゃないよ? ハナコは一切関係ないよ?」

未央「あー、うん、そうだよね。ごめんね。しぶりん、ハナコ大好きだもんね」

凛「だ、だからハナコは関係ないから!」

奈緒「どう見ても関係あるうろたえ方だろ(にやにや)」

加蓮「やけにプロデューサーに突っかかると思ったら、そういうことだったんだ(にやにや)」

凛「み、みんな、そのにやけ顔やめてよ! 違うって言ってるでしょ!」

P「うんうん、そうかそうか」

凛「ななな、なんで頭撫でるの⁉……はっ⁉ まゆ、言っておくけど今のはプロデューサーから――」

まゆ「プロデューサーさん、次はまゆに撫でさせてください」

凛「えぇ⁉」

P「さて、困ったなー。ハナコと離れられないんじゃ、確かに寮に住むのは無理だよな……うーん、どうするか」

凛「くぅっ……も、もういいよ! 私も寮に住む! 住めばいいんでしょ、住めばっ!」



―――数日後 アイドル寮 玄関


寮組『いらっしゃーいっ!』


未央「みんな、よく来たね! 私が寮長の本田未央だよ!」

奈緒「お前いつの間にそんな役職に就いた⁉」

未央「ここでは私が正義……! 寮長が白と言えば、黒いものだろうとそれは白になるんだよ……!」

藍子「わっ、オセロをするんですか? 楽しそうですねっ」

未央「おおっとぉ。さすがあーちゃん、その返しは予想してなかったよ……」

藍子「?」

加蓮「いつまでも玄関で話し込んでないで、みんなに上がってもらわない?」

ありす「そうしましょう」

凛「それで、私たちの部屋はどこになるの?」

みく「はい、これにゃ」

卯月「? みくちゃん、この箱は何?」

幸子「部屋決めBOXです」

『部屋決めBOX?』

まゆ「未央ちゃんが、せっかく一緒に住むのに、ただ空いている部屋に住んで貰うのはつまらないと言い出しまして」

未央「この中に私たちの名前の書いてある紙が入ってるから、引いた名前の人の部屋に一緒に住んで貰うよ!」

凛「またおかしなことを……」

杏「つまり、相部屋ってこと?」

きらり「楽しそうかもっ」

奏「まあ、絆を深めるのが目的なんだし、いいんじゃないかしら?」

凛「奏まで……」

未央「ささ、まずはしぶりん、引いてみて」

凛「……しょうがないなぁ」


《ガサッ》



【さくまゆROOM】




凛「⁉…………ふーん」

未央「? 誰の部屋引いたの、しぶり―――げぇっ⁉ さくまゆの部屋⁉」

まゆ「!…………うふふ、凛ちゃんと一緒ですか」

凛「……お世話になるよ、まゆ」

奈緒「さっそく目と目で火花散らし合ってるぞ!」

加蓮「未央が余計なこと思いつくから……」

未央「さ、さあ! しまむー達もどんどん引いちゃって!」

卯月「えっと……あ、みくちゃんの部屋です」

みく「よろしくね、卯月チャン! あ、みくの部屋の中では猫耳付けてもらわないと駄目だからね?」

卯月「うえぇ⁉ う、うん、分かった。私、猫耳付けるねっ!」

奈緒「騙されるな卯月! そんなルールないから!」



莉嘉「アタシは幸子ちゃんの部屋だって☆」

幸子「カワイイボクと一緒とは、ツイてますね、莉嘉さん!」



奏「よろしくね、奈緒」

奈緒「ああ、よろしくな、奏」



美嘉「アタシは加蓮の部屋だってさ」

加蓮「……なんだ美嘉とか」

美嘉「なんだとは何⁉」



楓「私はありすちゃんの部屋みたい」

ありす(楓さんと一緒……大人らしさが学べるかも……!)

ありす「楓さん、よろしくお願いしますっ」

楓「よろしくでありんす、ありすちゃん。ふふっ」

ありす「……。……それ、前にも聞きました」

楓「⁉ わ、私としたことが……」



きらり「? きらりの引いた紙、☆が書いてあるよ?」

杏「杏が引いたのもそうなんだけど」

未央「あ、それはね? 寮に元々住んでるのって7人だから、2人余るんだよ。だからその☆マークを引いた2人は、一緒に空き部屋に住んでもらおうと思って」

杏「⁉ じゃ、じゃあ杏はきらりと一緒の部屋ってこと⁉」

きらり「やったぁー! 杏ちゃんと一緒なんて、きらり、はぴはぴするにぃ☆」

杏「あ、悪夢だ……」



未央「じゃあ最後のあーちゃんは、私の部屋だね」

藍子「オセロをするの、楽しみです♪」

未央「まだ言ってるの⁉ う、うん、じゃあやろっかオセロ」



こうして、あたしたちの短い共同生活が始まったのだった。



―――とある日の奈緒と奏の部屋


『あなたのこと……愛してる!』

『俺も……俺も、君を愛してる!』

『あなた!』

『君!』



奈緒「奏、なんで恋愛ドラマなんか見るんだよ⁉」

奏「あら、年頃の女子高生が恋愛ドラマを見るのは、何もおかしいことじゃないと思うけど」

奈緒「そ、そうかもだけど……!」



『ああ、あなた……!』

『ああ、君……!』

『あな、た……』

『き、み……』



奈緒「キ、キスし始めたぞっ⁉」

奏「恋愛ドラマなんだから、キスくらいするわよ」

奈緒「あぅ、うぅ、ああぅぅ……!」

奏「……顔真っ赤にしながらも、しっかりとTV画面は見るのね」

奈緒「⁉ ベ、ベベ別にあたしこんなドラマ興味ないしっ! な、ないからな⁉ ホントだぞ⁉」

奏「ふぅん……じゃあ、興味があるのはキスにかしら? 試しに、私としてみる?」

奈緒「か、奏とキス⁉ そ、そそそそんなこと誰がするかぁ―――――――っ!」

奏(ふふっ……奈緒をからかうの、面白すぎるわね。癖にならないように気を付けないと)



―――とある日の加蓮と美嘉の部屋


加蓮「なんかさ、美嘉と一緒ってあんまり新鮮味ないよね」

美嘉「若干その言い方気になるけど、まあ確かにそうかもね」

加蓮「……ハズレか」

美嘉「言い方! ちょっと加蓮! 最近アタシへの態度フランク過ぎない⁉ 言っとくけど、アタシの方が年上なんだからね⁉」

加蓮「今さら何言ってるの? うちの事務所って、年功序列とかほとんどないようなものじゃん」

美嘉「そ、それは……そうだけど」

加蓮「それにそれを言うなら……私の方が、この事務所では美嘉より先輩なんだけど?」

美嘉「うっ⁉」

加蓮「……美嘉さん。あなた、先輩への態度がなっていないんじゃなくて? ほら、お茶でも汲んできなさいな」

美嘉「急に先輩風吹かせてきた!」



―――とある日のありすと楓の部屋


ありす「……どうして、こんなことに」



ちひろ「ごくごく……ですからね、楓さん。私そう思ったわけですよ」

楓「ごくごく……はい、その通りだと思います」

ちひろ「ごくごく……ですよね! 絶対そうですよね!」



ありす「どうしてお2人とも私の部屋で酒盛りとか始めてるんですか⁉ ちひろさん、プロデューサーの代わりに私たちの様子を見に来たんじゃなかったんですか⁉」

ちひろ「ええそうよ、ありすちゃん。でも、うちのアイドルって未成年の子ばかりだから、楓さんのお酒に付き合える人いないでしょう?」

楓「だから、今日はちひろさんが付き合ってくれることになったの」

ありす「だからといって普通小学生の私の部屋で飲みますか⁉ せめて食堂に行って飲んでください!」

ちひろ「ああ、それもそうね。なら行きましょうか、楓さん。……ひっく」

楓「そうしましょうか、ちひろさん。……ひっく」

ありす「お2人とも足がふらついているんですけど⁉ だ、誰か、誰か来てくださーいっ!」



―――とある日のみくと卯月の部屋


卯月「にゃんにゃんにゃん♪ うづにゃんにゃん♪」

みく「いいよー、その調子にゃ!」

卯月「うづにゃん、うづにゃん、うづにゃんにゃん♪」

みく「いいねいいねー、もっと上げてくにゃ!」

卯月「にゃにゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃ、にゃおにゃ~お♪」

みく「もっともっと!」

卯月「にゃあ! にゃあ? にゃあ♪ にゃあ☆」

みく「さあラストー!」

卯月「にゃ~んて甘い、子猫じゃにゃいのよ♪ うづにゃんっ♡」

みく「……完っ璧にゃ! いけるよ、卯月チャン! これならみくと組んで、ネコチャンユニット結成出来るにゃ!」

卯月「あ、あはは……ありがとにゃん」



―――とある日のまゆと凛の部屋


凛「……」

まゆ「……」

凛「…………」

まゆ「…………」

凛「………………」

まゆ「………………」

凛「……………………」

まゆ「……………………」

凛「…………………………」

まゆ「…………………………」


《―――カタッ》



凛「女装したプロデューサー(学生時代)のウインク写真っ!」

まゆ「寝起きのプロデューサーさんの目こすり写真ですっ!」



凛「……」

まゆ「……」

凛「…………」

まゆ「…………かはっ⁉」

凛「この勝負は私の勝ちだね、まゆ」

まゆ「こ、こんなものを隠し持っていたなんて……! でも、次はまゆが勝ちます!」

凛「何度だって受けて立ってあげるよ……!」



まゆ「でも、その前にこの写真の入手経路を教えてもらえませんか?」

凛「社長に頼めば、喜んで譲ってくれるよ」



―――とある日の幸子と莉嘉の部屋


莉嘉「ねー、幸子ちゃん。どうすればアタシ、お姉ちゃんみたいになれるかなー?」

幸子「美嘉さんみたいにですか?」

莉嘉「うん。アタシもお姉ちゃんみたいなカリスマギャルになりたいの!」

幸子「なるほど……」

莉嘉「ねー、ねー、どうすればいいかなぁ?」

幸子「な、中々難しい質問ですね。ち、ちょっと考えさせてくれませんか?」

莉嘉「はーいっ」

幸子「うーん………………どうすればいいかは、莉嘉さんが一番分かっているんじゃないですか?」

莉嘉「え? アタシが?」

幸子「莉嘉さんはずっと美嘉さんを見てきたんですよね? なら、美嘉さんが今の美嘉さんになるまで、何をしてきたのかも見ているはずです。それを参考にすればいいんじゃないでしょうか」

莉嘉「……なるほど! アタシが見てきたお姉ちゃんの真似をすればいいんだっ」

幸子「真似……ま、まあ大体そんな感じですかね」

莉嘉「幸子ちゃん、いいこと教えてくれてありがとーっ☆」

幸子「いえいえ。カワイイボクにかかれば、これくらいわけないですよ」



―――とある日の杏ときらりの部屋


杏「……きらりさー」

きらり「なぁに、杏ちゃん?」

杏「なんか、思ったよりも静かだよね。もしかして、気を遣ってたりする?」

きらり「気を遣うっていうか……あんまりきらりがうるさいと、杏ちゃん、迷惑なんじゃないかなぁって」

杏「それが気を遣ってるって言うんだけど……別に、いつも通りでいいよ」

きらり「えっ?」

杏「きらりがそんなだと、なんか調子狂うっていうか……心置きなくだらだら出来ないっていうか……迷惑とか、杏思わないしさ」

きらり「杏ちゃん……。……うん、分かった! ありがとう、杏ちゃん!」

杏「お、お礼を言うことじゃないでしょ」

きらり「杏ちゃん、はぐはぐ☆」

杏「だ、抱きしめていいって言ったわけじゃないんだけど⁉ 杏はぬいぐるみじゃないぞ~っ!」




―――とある日の未央と藍子の部屋


藍子「これで角を取れましたっ」

未央「げっ、しまったな~」

藍子「ふふっ、この調子でどんどん白くしちゃいますよ」

未央「私だって、まだまだ負ける気はないよ、あーちゃん」

藍子「……あ、2個目の角です」

未央「ま、また? 私、迂闊だな~……。……そういえば、今何時くらいだろ―――って、もう2時間もオセロやってるじゃん⁉」

藍子「え、もうそんなに経つんですか?」

未央「お、恐るべし、あーちゃんのゆるふわ空間……!」

藍子「? でも未央ちゃん。せっかくですから、この勝負が終わるまでは続けませんか?」

未央「あ、そうだね。よーしっ、ここから奇跡の大逆転を見せちゃうよー!」



そうして、普段よりも賑やかなアイドル寮の日々が過ぎていった。



―――フェス前日の夜 アイドル寮 共同スペース


未央「いよいよ明日はフェスの日。……なので、今日はこの共同スペースで、全員で寝たいと思いまーす!」

奈緒「なんかこうしてると、合宿の時みたいだな」

加蓮「確かに。合宿もみんなで同じ部屋に寝泊まりしたもんね」

未央「そう。でも思い返すと、あの時やり忘れていたことがあったんだよ」

ありす「やり忘れていたこと?」

まゆ「なんですか?」

未央「それはね…………これだよっ!」


《シュッ―――ぽふっ!》


みく「ふにゃっ⁉」

卯月「みくちゃん⁉」

幸子「顔に枕が直撃しましたよ⁉」

凛「未央、まさかやり忘れていたことって……」



未央「枕投げ、開始――――っ!」



みく「汚いにゃ、未央チャン! 始める前にぶつけないでよ!」


《シュッ―――!》


未央「遅いっ!……汚い? ふっ……みくにゃん、忘れたの?」

みく「な、何を?」

未央「言ったはずだよ……」



未央「私は寮長の本田未央! ここでは私が正義なんだよ!」



みく「腐ってやがるにゃ!」

未央「我が正義の前に屈するがいい、みくにゃん! トドメ―――」


《シュッ―――ぽふっ!》


未央「かはっ⁉ ば、馬鹿な……今の狙撃は……?」

奈緒「後ろががら空きだぞ、自称正義の味方さんよ」

未央「かみやん、貴様か!……だが、残念ながら間違ってるよ」

奈緒「? 何がだ?」

未央「私は正義の味方じゃなくて―――」



未央「―――正義そのものなんだよ! やってしまえ、お前たちっ!」

美嘉・ありす・まゆ・莉嘉・きらり・杏・藍子『ははーっ!』



奈緒「いや、『ははーっ!』じゃないだろ⁉ なんで未央に従ってるんだお前ら⁉」




美嘉「今こそ、加蓮への恨みを晴らす時!」


《シュッ―――!》


加蓮「お茶汲みさせたのそんなに根に持ってたの⁉」



楓「ありすちゃん、どうして……⁉」

ありす「忘れたとは言わせません……酔っぱらった楓さんが、私を無理矢理に抱きしめて眠り、そのまま朝までずっと離してくれなかったことを!」


《シュッ―――!》


楓「……ごめんなさい」



まゆ「34勝34敗2引き分け……決着をつけたいと思いませんか?」

凛「……そうだね。つけようか、ここで……!」



幸子「どうして莉嘉さんもそっちに⁉」

莉嘉「幸子ちゃんが、お姉ちゃんの真似すればいいって教えてくれたでしょ? だから、アタシもお姉ちゃんがいるこっちにつこうと思って!」

幸子「そういう意味じゃないんですけど!」



杏「やるよ、きらり! 未央様の敵を薙ぎ払うのだーっ!」

きらり「よーしっ、きらり、頑張っちゃうにぃ☆」


《シュッ―――!》


卯月「ふ、2人とも、どうしてそんなにノリノリなの?」

きらり「……杏ちゃん、未央ちゃんに飴で買収されたんだよぉ」

卯月「……そ、そういうことなんだ」

みく「卯月チャン、みくも加勢するにゃ! みくたちのネコチャンスピリッツで、杏チャンときらりチャンをやっつけるよ!」

卯月「う、うん! 分かったよ、みくちゃん!」



奏「藍子はどうしてそっちに?」

藍子「未央ちゃんに、どうしてもとお願いされたので」

未央「さあやるよ、あーちゃん! 私たちが(オセロとかで)培った絆で、悪を撃ち滅ぼそう!」

藍子「というわけです奏ちゃん。えーいっ」


《シュッ―――!》



奏「そういうことなら、遠慮はしなくてよさそうね」

奈緒「あっちが2人なら、こっちも2人だ」

奏「私たちも、培った絆で戦いましょうか」

奈緒「なんか、ずっとからかわれてただけの気がするんだけど……」

奏「あら、気付いてたのね」

奈緒「やっぱりかよ!」

未央「戦闘中におしゃべりが多いよ!」


《シュッ―――ぽふっ!》


奈緒「あうっ⁉ や、やったな、未央っ!」


《シュッ―――!》


未央「残念! 当たらなければどうということは―――」


《シュッ―――ぽふっ!》


未央「なうぇ⁉ くっ、はやみん!」

奏「油断大敵よ、未央」

藍子「……えいっ」


《ぽふっ!》


奏「⁉ あ、藍子、いつの間にこんなに近くに……⁉」

藍子「未央ちゃん、やりましたっ!」

未央「さすが、あーちゃん!」

奏「……未央のこと言えないわね、これじゃあ」

奈緒「まだまだ勝負はこれからだ! 行くぞ―――」

美嘉「加蓮、逃げるな―っ!」

加蓮「甘いよ、美嘉! 奈緒ガード!」

奈緒「へ?」


《シュッ―――ぽふっ!》


奈緒「はぅ⁉」



加蓮「所詮は美嘉……。その程度で私に当てようなんて、へそで茶が湧くよ」

美嘉「ど、どこまでもアタシに対して……! 加蓮、絶対に当てるからね!」

加蓮「やーだよーっ!」

奈緒「逃げる前にあたしに謝ってけ!」

楓「ごめんねっ!」

奈緒「なんで楓さん⁉」

ありす「私は、抱き枕じゃないんですっ!」


《シュッ―――ぽふっ!》


奈緒「おぁっ⁉」

ありす「あ、狙いがそれました……まあいいです。楓さん、覚悟してください!」

楓「許して、ありすちゃんっ!」

ありす「許すのはこの枕を当てた後ですっ!」

奈緒「だから、その前にあたしに謝れ!」

奏「あっ、奈緒また!」

奈緒「え?」


《シュッ―――ぽふっ!》


奈緒「うぁ⁉ こ、今度は誰だよ!」

奏「……あれの流れ弾よ」



凛「後から来たくせにっ!」


《シュシュシュッ――――!》


まゆ「運命の赤い糸は、まゆと繋がっているんですっ!」


《シュシュシュッ――――!》



奈緒「……あそこだけレベル違うな」

奏「……ううん、あっちも相当よ」



《シュッ―――どふっ!》


みく「かはっ⁉」

卯月「みくちゃん、しっかり!」

みく「杏チャンは後ろで指示出してるだけだから、実質きらりチャンだけなのに……つ、強すぎるにゃ……がくっ」

卯月「み、みくちゃあ―――んっ!」

きらり「あ、杏ちゃん、もうこれくらいでいいんじゃない?」

杏「未央様の望みは悪の殲滅だよ。正義は杏たちにあり!」



奈緒「どう見ても杏が悪にしか見えないんだけど……」

幸子「今こそ、好機です!」



奈緒「幸子⁉ こ、好機って、なんでだ?」

幸子「カワイイボクのスマートな説得によって、莉嘉さんがこちらに寝返ってくれました!」

莉嘉「えへへ☆」

美嘉「莉嘉⁉ アタシたちを裏切ったの⁉」

莉嘉「お姉ちゃん……」



莉嘉「アタシはお姉ちゃんを倒すことで、お姉ちゃんを越えるっ!」



美嘉「! り、莉嘉……アンタ、いつの間にそんなに大きく……っ」

未央「いや美嘉ねー、感動してる場合じゃないよ! これじゃ―――」

奏「9対7。パワーバランスが崩れたわね」

未央「くぅっ! だ、だがまだこっちには―――」

杏「未央。飴舐め終えたから、杏抜けるね」

未央「ちょお―――――いっ⁉」

きらり「きらりも、卯月ちゃんたちが可哀想になってきたから……」

未央「きらりんまで⁉」

奈緒「これで11対5だな」

未央「くぅううううう……! で、でもあーちゃん! あーちゃんは、最後まで私に付いて来てくれるよね⁉」



藍子「ふぁぁ……ふぇ?」



未央「……」

藍子「あ、ごめんなさい、未央ちゃん。今何か言いました?」

未央「……うん、もう眠いよね。ごめんね、付き合わせて」

奈緒「さあ……覚悟しろよ、未央?」

みく「未央チャン、よくもさっきはやってくれたね?」

未央「あ、あはは……2人とも、顔が怖いよ? 枕投げは、みんなで楽しくね?」

奈緒・みく『お前が言えた台詞かっ!』


《シュッ―――ぽふっ!》


未央「あぶぅっ⁉」



―――枕投げ終了後


未央「……あんまりじゃない? 最後は私一人を滅多打ちなんて」

奈緒「自業自得だろ」

みく「当然の報いにゃ」

未央「あーちゃん、かみやんとみくにゃんが冷たいよぅ!」

藍子「よしよし、未央ちゃん」

加蓮「もう寝るんだから、静かにしてよ」

ありす「その通りです。明日は朝早いんですし」

未央「……はーい」

みく「……あっ⁉」

卯月「どうしたの、みくちゃん?」

みく「とんでもなく大事なことを忘れてたにゃ……」

幸子「大事なことですか?」

凛「みく、もう枕投げみたいなことをやってる時間はないよ」

みく「そんなことじゃなくて!」



みく「みくたち、ユニット名決めてないでしょ⁉」



莉嘉「ユニット名?」

楓「ああ、そういえば決めていなかったわね」

奏「でも、決めていないと言うより、決める必要がないだけでしょう?」

まゆ「そうですね。プロデューサーさんは、私たちは『346プロオールスターズ』としてフェスに参加すると言っていましたし」



みく「そんな名前つまんないにゃ! もっとちゃんとしたの考えようよー!」

杏「前日の夜に決めることじゃないでしょ……」

未央「いや、みくにゃんの言うとおりだよ。名は体を表すって言うでしょ?」

奈緒「未央、よくそんな言葉知ってたな」

加蓮「偉いね、未央」

未央「私、これくらいで感心されるの⁉ と、とにかく、みんなでいい感じのを決めようよ。さあ、意見出してー」

みく「プリティー☆ネコチャンズがいい!」

楓「私はバスがいいと思うわ」

美嘉「2人とも、まだ諦めてなかったの⁉」

まゆ「私はPDCがおすすめです」

ありす「だから嫌ですっ!」

幸子「カワイイボクと愉快なアイドルたち!」

奈緒「お前も愉快なくせに!」

莉嘉「カリスマぎゃるーず☆」

加蓮「それだと全員がギャルみたいになるって」

きらり「ハピ☆ハピガールズ!」

杏「そこまで悪くはないからツッコミにくいよ、きらり……」

藍子「わぁ、どれも素敵なユニット名ですね」

未央「あーちゃん⁉ 今の所ろくなの出てないよ⁉」

奏「凛は何かアイデアないの?」

凛「何を言っても馬鹿にされそうだから、何も言わない」

未央「こうなったらプリンセスブルーしか……」

凛「私が何も言わなくても、お喋りがいたね……!」

未央「ひっ⁉ じゃ、じゃあ北神ガ蒼造セシ可憐ナル双姫(オーディンズ・プリンセスブルー)で」

奈緒「未央。お前は今、3方向に喧嘩を売ったぞ……!」

加蓮「人様の過去を笑いものにするとは、良い趣味してるよね……!」

未央「じょ、冗談だって。ならしまむー、何かアイデアない?」

卯月「わ、私? うーん…………あっ!」

未央「おっ、何か思いついた?」

卯月「明日私たちが歌う曲から取って……こういうのは、どうかな?」



―――翌日 フェス会場 ステージ裏


P「……さて、じゃあもうすぐお前たちの出番だ。せっかくだから、出る前に円陣でも組んでみるか?」

未央「あ、いいね、それ。……なら、まずはしぶりんの手が一番下で」

凛「? まあいいけど」

未央「次にしまむー!」

卯月「? うん、未央ちゃん」

未央「で、次が私」

奈緒「あ、分かったぞ。それじゃ、次はあたしだな」

加蓮「その次が私だね」

美嘉「あ、なるほどね」

莉嘉「お姉ちゃんの次、アタシがいいっ」

美嘉「莉嘉、悪いけどアンタは最後」

莉嘉「え⁉ なんでー⁉」

楓「ごめんね。美嘉ちゃんの次は私なの」

ありす「事務所に入った順、というわけですか」

みく「まゆちゃん、みくの方がちょっと先だよね?」

まゆ「はい、ちょっとだけ」

杏「次、杏だっけ?」

奏「それで私ね」

藍子「私たちはどっちが先なんでしょう?」

きらり「んー……藍子ちゃんが先でいいと思うにぃ☆」

幸子「はい、最後が莉嘉さんです」

莉嘉「やっとアタシだよ~……」



未央「じゃ、円陣も組めたことだし。しぶりん、号令をお願いね」

凛「え、私? 年長者の楓さんがするべきじゃ……」

楓「ここは凛ちゃんの方がいいと思うわ」

卯月「凛ちゃんは、346プロの最初のアイドルだもん」

凛「卯月と未央も1日しか変わらないよね?」

未央「1日でも先輩は先輩だって」

卯月「うん、そういうこと」

奈緒「頼んだぞ、先輩」

加蓮「しゃんと決めてよね」

凛「もう……分かったよ」






凛「えっと…………私たち、みんなでやるライブ」






凛「全力で楽しんで――――全力で、楽しませよう!」







凛「シンデレラガールズ!」



『ステージ―――オン!』










―――お願い! シンデレラ 夢は夢で終われない 動き始めてる……輝く日のために!



第11話 終わり

以上で、第11話終わりとなります。

次の12話で、一旦完結です。



―――とある日の夜 アイドル寮 奈緒の部屋


加蓮(……眠い)

奈緒「―――というわけでさ、あたしもそろそろ、そういうことに興味があるというか……なんというか……」

加蓮(昨日ちょっと夜更かししちゃったから……すごく眠いなぁ)

奈緒「それに、いつまでもこのままなのもどうかと思うわけで……」

加蓮「……ふぁ……」

奈緒「加蓮、ちゃんと聞いてるのか?」

加蓮「ふぇ? あ、聞いてるよ、もちろん」

奈緒「ならいいけどさ」

加蓮(ホントは全然聞いてなかったけど。何かに興味があるとか、いつまでもこのままがどうの言ってたような……なんの話だろ?)

奈緒「じゃあ、本題に入るぞ?」

加蓮「うん、何?」

奈緒「そ、その、つまりだな……あたし、ずっと気になってて……」

加蓮(気になる……? なんか奈緒、顔赤い……)

奈緒「……だ、だから……あの……」





奈緒「付き合ってくれ、加蓮!」





加蓮(ふーん、付き合うねぇ…………え、ちょっと待って? え、付き合ってって…………私と?)





加蓮「えぇぇぇえぇぇええぇぇぇぇぇぇええ⁉」






奈緒「そ、そんな驚くことないだろっ!」

加蓮「いやいやいやいやいや、驚くでしょ⁉ つ、付き合ってって……冗談だよね⁉」

奈緒「ひ、人が勇気を出して言ったのに、冗談扱いは酷いぞっ!」

加蓮「じゃあ本気なの⁉」

奈緒「本気だよ!」

加蓮「で、でもそんな……私、女の子なんだよ⁉」

奈緒「知ってるけど⁉」

加蓮「奈緒も女の子なんだよ⁉」

奈緒「それも言われるまでもなく知ってるよ! だからどうした!」

加蓮「だからどうした⁉ な、奈緒には女同士とか関係ないってこと⁉」

奈緒「いや関係ないって言うか、むしろ女同士だから付き合ってくれって言ってるんだろ!」

加蓮「むしろ⁉ むしろ女同士のがいいの⁉ な、奈緒ってそうだったの⁉」

奈緒「だって男となんて、考えられないだろ!」

加蓮「えぇぇええええええええぇぇぇぇええ⁉」

奈緒「だから、そこまで驚くことか⁉」

加蓮「あ……ご、ごめん、そうだよね。うん、そういうのは人それぞれだもんね」

奈緒「人それぞれ……?」

加蓮「で、でもなんで私なの?」

奈緒「なんでって……」



奈緒「加蓮が好きだからに決まってるじゃんか」



加蓮「すっ⁉」

奈緒「あたしなりに色々考えたけど、加蓮と一緒がいいって思ってさ」

加蓮「一緒って!」

奈緒「さっきからなんだ、その反応! なんだよ……や、やっぱりあたしとじゃ……いや?」

加蓮(上目遣い⁉ ほ、本気だ……奈緒、本気なんだ! なら私もちゃんと答える必要が……でもそんなすぐに無理だからっ!)

加蓮「ごめん奈緒! ちょっと考えさせて!」

奈緒「え、考える?」

加蓮「私、すぐに返事できそうにない……でも、ちゃんと答え出すから!」

奈緒「ま、まあいいけど……なら、10分ぐらい待てばいい?」

加蓮「短い! そんなすぐに決められるわけないでしょ⁉」

奈緒「そ、そうか?」

加蓮「そう! と、とにかくそういうわけだから……私、もう部屋に戻るからね!」

奈緒「え、ちょっと加蓮⁉」


《ガチャ――――バタン!》





奈緒「……あたしと一緒に可愛い服買いに行くのって、そこまで悩むことなのか……?」

第12話 アイドル部門のいちばん長い日



―――加蓮の部屋前


《コンコン》


未央「かれんー、この前借りた本返しに来たよー」


《ガチャ―――》



加蓮「スキ、キライ、スキ、キライ、スキ、キライ―――」

《ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち―――》



未央「かれん、何してるの⁉」

加蓮「見て分かるでしょ……花占い」

未央「いやそれ花じゃないよ⁉ 梱包材のぷちぷちじゃん! なに好き嫌い言いながらぷちぷち潰してるの⁉ すごく怖いよ!」

加蓮「だって花がなかったんだもん……」

未央「無いからって普通それ選ぶかなぁ⁉」

加蓮「……未央。私、どうしたらいいか分からないよ……」

未央「……え、何があったの?」


―――説明中


未央「―――かみやんに告白された⁉」

加蓮「大きな声出さないでよ! 奈緒、隣の部屋にいるんだからね⁉」

未央「あっ⁉ ご、ごめん……でも本当に?」

加蓮「私も信じられないけど……でも直接言われたし」

未央「そ、それは間違えようがないね」

加蓮「未央……私、どうすればいいと思う?」

未央「どうすればって……相談してもらったのに悪いけど、私にも分からないかな……」

加蓮「役立たず……」

未央「ストレートにぶつけてくるね⁉ だ、だって……そうだ! ここは恋愛経験豊富な、美嘉ねーに聞いてみようよ!」

加蓮「美嘉に……?」

未央「美嘉ねーなら、きっといいアドバイスしてくれるって」

加蓮「そうかなぁ……」

未央「そうだよ。じゃあさっそく電話してみよ」

加蓮「……未央、お願い。じ、自分で話すのちょっと……」

未央「しょうがないなぁ……」



―――美嘉の家 美嘉の部屋


美嘉「ん? 電話? あ、未央からだ」


《ピッ》


美嘉「もしもし未央?」

未央『あ、美嘉ねー。ちょっと相談があるんだけど、いいかな?』

美嘉「相談? いいけど、何?」

未央『実は……告白されちゃったんだ』

美嘉「告白⁉」


《ゴトン!》



―――加蓮の部屋


未央「実は……告白されちゃったんだ」

美嘉『告白⁉』


《ゴトン!》


未央「かれんが―――って美嘉ねー、今の音、何?」

美嘉『み、未央、それ本当なの⁉』

未央「あ、うん、びっくりでさ」



―――美嘉の部屋


美嘉「はっ⁉ あ、あまりに驚いてスマホ落としちゃった。拾ってと……み、未央、それ本当なの⁉」

未央『あ、うん、びっくりでさ』

美嘉(まさか未央が告白されるなんて……)

美嘉「で、でも告白って……誰にされたの?」

未央『それは……え、遠回しに?』

美嘉「未央? どうしたの?」

未央『あ、ちょっとかれんがね』

美嘉「加蓮? 加蓮も一緒にいるの?」

未央『そりゃいるよ』

美嘉(なんだ、加蓮にも相談してたんだ)

未央『それでえっと……美嘉ねー、同じユニットのメンバーって言えば分かるよね?』

美嘉(同じユニットってことは……ニュージェネだよね。でも凛にはプロデューサーがいるから……卯月が⁉)

美嘉「う、嘘でしょ⁉」

未央『だから、ホントなんだって』

美嘉「え、でもそれって……女の子同士じゃん⁉」

未央『だから悩んでるんだよー。美嘉ねー、いいアドバイスくれない?』

美嘉「えぇー……そ、そうだなぁ……じゃあ未央の気持ちはどうなの?」

未央『へ? 私? 私は……正直、ちょっと複雑な感じ』

美嘉「ま、まあそうだよね」

未央『私は、どっちも(かみやんもかれんも)好きだからさ』

美嘉「どっちも⁉」

美嘉(どっちもってどういうこと⁉ 何の2択⁉……はっ! ま、まさか……男も女も好きってこと⁉)

美嘉「み、未央、アンタそうだったの?」

未央『うん、そりゃもちろん(友達だし)』

美嘉「もちろんって……い、いや、うん。そういうのは人それぞれだしね」

未央『人それぞれ?』

美嘉「で、でもそれなら、あとはあの子(卯月)のことをどう思ってるかじゃない?」

未央『あの子(かみやん)のことをどう思ってるかかー……まあ、やっぱりそこだよね』

美嘉「まあ色々と考えるのは分かるけどさ。あ、アタシはどういう選択をしても、2人のことを応援するよ。友達として」

未央『み、美嘉ねー……そうだよね! 友達として、応援するべきだよね!』

美嘉「え、自分で言うんだ。そ、そうだね、応援するから」

未央『ありがと、美嘉ねー! じゃ、また明日ね!』

美嘉「う、うん、また明日―」


《プツッ》


美嘉「……アタシ、これまでと同じように未央に接すること出来るかな……。……い、いや、そういうのもちゃんと理解しないとね、うん」



―――加蓮の部屋


未央「かれん。私はかれんがどんな選択をしても、応援するから!」

加蓮「未央……ありがと……!」

未央「それでかれん。かれんはかみやんのこと、どう思ってるの?」

加蓮「ど、どう思ってるって……友達としては、もちろん好きだよ? で、でもそういうのは今まで考えたことも無かったし……」

未央「まあ、そうだよね……」

加蓮「付き合ってほしいなんて言われるとは、思ってもみなかったし……」

未央「うん、そうだよね……」

加蓮「だから、自分の気持ちとか、全然分かんないよ!」

未央「で、でもかれん。かみやんは、告白の返事待ってるんだから」

加蓮「……うぅ……」



―――ありすの部屋 


ありす「……ふぅ、中々面白かったですね」

ありす(加蓮さんに借りたこの恋愛小説、読み終わったので返さないと)




―――加蓮の部屋 前


ありす(今は自分の部屋にいるのかな……あ、そうだ。ちょっと中の音を聞いてみよう。なんだかスパイみたいで、一度やってみたかったし)



加蓮『―――付き合ってほしいなんて言われるとは、思ってもみなかったし』



ありす「……はい?」

ありす(え、加蓮さん、誰かに付き合ってほしいって言われたんですか? そ、それって告白……い、いやいやまだ決めつけるのは早いです。買い物に付き合ってほしいとかかもしれないですし。あ、きっとそうですね。もう一度聞けば――)



未央『―――告白の返事待ってるんだから』



ありす「……あ、あわ、あわわわわわ」

ありす(み、未央さんが、告白の返事を待ってる? そ、それって……わ、私、とんでもないことを聞いて……)



―――加蓮の部屋


未央「でもまさか、かみやんがかれんのこと好きだったなんてね……全然気付かなかったよ」

加蓮「私だって……奈緒の恋愛対象が女性だったことも知らなかったし」

未央「……あ、そもそもさ。かれんはそういうの、大丈夫なの?」

加蓮「そういうのって?」

未央「かれん、女の子を恋愛対象として見られる?」

加蓮「えぇ⁉ そ、それは……少なくとも、今まではそんな風に見たことなかったけど……」

未央「じゃあ、これからは?」

加蓮「こ、これから……う、うぅ…………うにゃあ―――――っ!」

未央「かれん⁉ の、脳の処理限界を越えちゃったんだ! 落ち着いて! どうどう!」

加蓮「はっ⁉ ご、ごめん未央。取り乱しちゃって」

未央「いいって。私、かれんのことサポートするって決めたからさ」

加蓮「未央……! ありがとう! 未央の気持ち、すごい嬉しいよ!」



―――加蓮の部屋 前


まゆ「ありすちゃん、流石にそれは聞き間違いだと思いますよ?」

ありす「で、でも、しっかりこの耳で聞いたんです! 付き合ってほしいとか、告白とか!」

まゆ「恋愛ドラマでも見ていたんじゃないですか?」

ありす「そ、そんな音してなかったです! 試しにまゆさんも聞いてみてください!」

まゆ「……仕方ないですね。盗み聞きは悪い気がしますけど……」



未央『―――かれん、女の子を恋愛対象として見られる?』



まゆ「……」

ありす「ど、どうでした?」

まゆ「い、いえ、聞き間違いです」

ありす「何を聞いたんですか⁉」

まゆ「も、もう一度聞けば……」



加蓮『―――未央の気持ち、すごい嬉しいよ!』



まゆ「……ありすちゃん、このことは私たちの胸にしまっておきましょう」



―――加蓮の部屋


加蓮「……ふぁぁ……」

未央「かれん、眠いの?」

加蓮「う、うん。でも眠ってる場合じゃないから……」

未央「いや逆でしょ! そんな頭で考えることじゃないよ! 今日はもう寝て、また明日考えよう?」

加蓮「でも……」

未央「いいから、ね?」

加蓮「……分かった、そうする」



―――廊下


みく「ん? まゆチャンとありすチャン、どうしたの?」

ありす「え、えぇっ?」

まゆ「ど、どうしたのとは?」

みく「なんか、深刻そうな顔してない? 何かあったの?」

ありす「な、ななななな何もないですよ? 私、何も聞いてないですし、何も知りません!」

まゆ「あ、ありすちゃん!」

みく「? よく分からないけど、何か悩みがあるなら聞くよ?」

まゆ「だ、大丈夫です。悩みとかではないですから」

ありす「(こくこく!)」

みく「それならいいけど……」


《ガチャ――》


未央「あれ? みんな廊下で何してるの?」

ありす「み、みみみみみみみ未央さん⁉」

未央「みが大分多いよ⁉ ど、どうしたの、ありすちゃん⁉」

ありす「あわわわわわ……」

まゆ「あ、ありすちゃん、動揺しすぎです……!」

ありす「み、未央さん。わ、私はどうもしてないですよ? 橘、平常通りに営業中ですっ!」

未央「そ、そう? 明らかに様子がおかしいような……」

みく「そういえば未央チャン、今部屋から出てきたけど、加蓮チャンと何してたの?」

未央「うぇ⁉ え、えーと、なんて言うか……ぷ、ぷちぷち潰し競争してたんだ!」

みく「そんなくだらないことしてたの⁉」

未央「い、いや、意外と楽しいよ? ぷちぷちって」

みく「未央チャン、よくその歳でそんなのに熱中できるね……ある意味尊敬するにゃ」

未央「あ、あはは、まあそれほどでもないって。じ、じゃあ私もう寝るから。おやすみっ!」

みく「あ、うん、おやすみー」

まゆ(あ、あの未央ちゃんの様子……)

ありす(や、やっぱり、加蓮さんと……)

みく「ふ、2人とも、大丈夫? すごい汗かいてるよ?」

まゆ「さ、最近暑いですから! ありすちゃん、お風呂入りに行きましょうか?」

ありす「い、いいですね! さっき入りましたけど、こんなに汗かいちゃいましたし!」

まゆ「じゃあ、もう一度入りましょう!」

ありす「レッツゴーです!」

みく「え、そんなに急ぐほど⁉……2人とも、何か隠してる気がするにゃ」



―――大浴場


ありす「まさか未央さんと加蓮さんが……」

まゆ「あ、ありすちゃん、その話はもうやめましょう。2人が関係をオープンにするまで、触れないでおいた方がいいと思います」

ありす「そ、そうですね」

まゆ「今は別のことでも話して、そのことは頭の奥にしまいましょう。……そういえば、ありすちゃん、さっき本を持っていましたけど、あれは?」

ありす「あれは加蓮さんに借りた恋愛小説です」

まゆ「か、加蓮ちゃんから……」

ありす「はい、加蓮さんから……」

まゆ「そ、それで、どんな内容なんですか?……まさか、同性愛を扱った作品じゃ……」

ありす「い、いえ、男女の恋愛のお話でした」

まゆ「そ、そうですよね。ただの小説ですしね」

ありす「そ、そうですそうです」

まゆ「じ、じゃあ、どんなお話だったんですか?」

ありす「簡単に説明すると……主人公の少年が余命一ヶ月の女の子と恋をするお話なんです」

まゆ「余命一ヶ月ですか……それは悲しいお話ですね」

ありす「ですが2人は、その短い時間で一緒にたくさんの思い出を作るんです。最後の一ヶ月を最高の一ヶ月にするために」

まゆ「感動的なお話なんですね」

ありす「はい。恥ずかしいんですが読んでいる途中で……私、号泣してしまいました」



―――大浴場 脱衣室


みく「あの2人、絶対何か隠してるにゃ」

幸子「……なんでボクも一緒に盗み聞きしなくちゃいけないんですか?」

みく「1人だと罪悪感あるけど、共犯者がいればそこまででもないでしょ?」

幸子「そんな最低の理由で⁉ 嫌ですよ! ボクもう部屋に戻ります!」

みく「ま、待つにゃ幸子チャン! 確かに盗み聞きは良くないことだけど……でも、友達が悩んでいたら、力になりたいでしょ? 幸子チャンは違うの?」

幸子「そ、それは……確かにそうですが……」

みく「直接訊いても何も教えてくれなかったんだから、もう盗み聞きするしかないよ」

幸子「でも、そこまで飛ぶ必要あるんですかね⁉ まだ他に出来ることありそうですよ⁉」

みく「さあ、幸子チャンも一緒に扉に耳を当てるにゃ」

幸子「えぇ……あんまり気乗りしないんですけど……」



まゆ『―――余命一ヶ月ですか……』



みく「……え」

幸子「……余命、一ヶ月……?」

みく「……い、いやいやいや聞き間違いにゃ」

幸子「そ、そうですよね。それはないですよね」

みく「もう一度聞いてみよ、幸子チャン」

幸子「はい、そうすれば聞き間違いだと―――」



ありす『―――私、号泣してしまいました』



みく「あ、あのありすチャンが……号泣……?」

幸子「あ、ありすちゃんが号泣した所なんて、今まで一度も見たことないですよね……?」

みく「そ、それじゃやっぱり、ありすチャン……不治の病なんじゃ……!」

幸子「そんな⁉」



ありす『? 誰かいるんですか?』



みく「ま、まずいにゃ! 離れるよ、幸子チャン!」

幸子「わ、分かりました!」



―――みくの部屋


みく「とんでもないことを知ってしまったね……」

幸子「み、みくさん、不治の病って……」

みく「だって、余命一ヶ月って……それしか考えられないよ」

幸子「で、でもやっぱり聞き間違いということは?」

みく「それだけじゃないよ。さっきまゆチャンとありすチャンに会った時、2人とも凄く深刻そうな顔してたんだ……」

幸子「し、深刻……で、でもそれだけじゃ……」

みく「それにありすチャン、わざとらしく『何も聞いてないし、何も知らない』とか言ってたし……あれはきっと、お医者さんに病気のこと聞いたの、隠そうとしてたんだ……」

幸子「そ、そんな……じゃあ本当に……? そ、そんなのって……そんなのってないですよ!」

みく「ありすチャン、まだ小学生なのに……なんで……!」

幸子「み、みなさんにも知らせましょう!」

みく「待って、幸子チャン!」

幸子「どうして止めるんですか⁉」

みく「ありすチャンが病気のことを隠してるのは、きっと残りの1ヶ月を、みんなとこれまで通りに過ごしたいからじゃないかな……。だからきっと、同じユニットのまゆチャンにだけ話したんだよ」

幸子「な、なるほど……確かにそうかも……」

みく「でも、みんながこのことを知ったら……」

幸子「これまで通りには……いかないですね……」

みく「だから、このことはみくと幸子チャンの胸にしまっておこう? それで、ありすチャンともこれまで通りに接して……あげるのが……い、一番だよ……うぅ……」

幸子「み、みくさん……。分かりました、そうですよね……ありすちゃんの……望み通りに、してあげるべきですよね……ひっく……」



―――翌日 アイドル部門事務所


奈緒「お、おはよーっす」

P「おう、おはよう。どうした? 調子でも悪いのか?」

奈緒「いや、あたしはいつも通りなんだけど……」

加蓮「お、おはよう……」

未央「お、おはよー」

奈緒「……なあ。なんであたしから視線を逸らすんだ?」

加蓮「な、なんでって……」

未央(かれん。かみやんはみんなの前では普通にしようって言ってるんだよ)

加蓮「あ、そ、そっか。そうだよね、うん。わ、分かったよ、奈緒。視線逸らしたりなんか……」

奈緒「……?」

加蓮「や、やっぱり無理ぃーっ!」

未央「か、かれん! あからさますぎるよっ!」

P「……加蓮の奴、どうしたんだ?」

奈緒「いや、あたしにもさっぱりでさ……。それに……」

まゆ「お、おはようございます……(ちらっ)」

ありす「お、おはようございます……(ちらっ)」

奈緒「まゆとありすは、なんで朝から加蓮と未央をちらちら見てるんだ?」

ありす「み、見てないですよ⁉」

まゆ「な、奈緒ちゃんの気のせいじゃないですか?」

奈緒「いや、絶対見てるだろ。それと、みくと幸子に至っては……」

みく「おはよー!」

幸子「おはようございます!」

みく「もう! Pチャン、元気ないよ!」

P「え、そうか? いつも通りだと思うんだが……」

幸子「もっともっと明るくです! さあ、今日も一日!」

みく「張り切っていくにゃ!」

みく・幸子『おぉーっ!』

P「な、なんだ、こいつらのこのテンション」

奈緒「朝からずっとこうでさ」

P「奈緒以外、全員様子がおかしいわけか……何か心当たりないのか?」

奈緒「それが全く……昨日の夕飯の時は、みんな普通だったんだけど」

P「うーん……それは謎だな……」



《ガチャ―――》


美嘉「お、おはよー……」

莉嘉「おはよー☆」

P「お、美嘉、莉嘉。おはよう」

美嘉「う、うん……」

未央「あ、美嘉ねー。おはよー」

美嘉「⁉ お、おはようございます!」

未央「なんで敬語なの⁉」

美嘉「あっ⁉ み、未央、おはよー☆」

未央「ど、どうしたの、美嘉ねー」

美嘉「ど、どうもしないよ? アタシはいつも通りだよ?」

未央「そう? あ、昨日はありがとね」

美嘉「あはは、全然いいって、あれぐらい。……そ、それで、どうするか決めたの?」

未央「うーん……それがまだ。なんていうか、今は照れちゃって、相手の顔すら見られないんだよね」

美嘉「そっか……」

未央「だから、今日は仕事なくて良かったよ」

美嘉「そういえば、今日は珍しくみんな仕事が無い日だっけ」

未央「うん、だから―――」


《ガチャ――》


卯月「おはようございますっ」

未央「あ、おはよー、しまむー」

美嘉「って、普通に見てるじゃん!」

未央「え? かれん、見られたの?」

美嘉「いや加蓮に聞かなくても分かるでしょ!」

加蓮「ううん、まだ見るのとか無理そう……」

美嘉「節穴⁉ 加蓮の目、節穴なの⁉ 思いっきり目合わせてたよ⁉」

未央「み、美嘉ねー、本人が言ってるんだから、まだ無理なんだって」

美嘉「えぇ……ま、まあそうなのかな……」

ありす「み、美嘉さん!」

美嘉「? 何、ありすちゃん?」

ありす「空気読みましょう!」

美嘉「え? 空気?」

ありす「いいからこっちに来てください!」

美嘉「え、なんで? アタシ、どこの空気読めてなかった?」

みく「美嘉チャン! ありすチャンがこっちに来てって言ってるんだから、さっさと行くにゃ!」

幸子「そうです! うだうだ言ってないで、早く行ってあげてください!」

美嘉「そこまで言わなくてもよくない⁉ わ、分かったよ……いつでも話聞くからね」

加蓮「ありがと、美嘉」

未央「頼りになるなぁ、美嘉ねーは」



奈緒「なあ、加蓮」

加蓮「⁉ な、なに?」

奈緒「そういえば、昨日の返事は?」

加蓮「ま、まだ決められないよ!」

奈緒「まだ決めてなかったの⁉」

未央「かみやん、そんなすぐ決められることでもないでしょ⁉」

奈緒「なんで未央が⁉ 関係ないだろ⁉」

加蓮「ご、ごめん、奈緒。未央にあのこと、話しちゃったの」

奈緒「え、未央に話したのか?」

未央「うん、かれんから話は聞いたよ……美嘉ねーにも話しちゃった」

奈緒「なんで美嘉にも話してんだ⁉」

加蓮「そ、相談に乗ってもらいたかったの!」

奈緒「相談って……ああ、そういうことか。ならいいかな」

奈緒(服買いに行く店の相談なら、仕方ないな……ん? なんだ、じゃあ一緒には行ってくれるってことか)

未央「あのさ、かみやん。返事はもうちょっと待ってあげて? かれん、今真剣に考えてるからさ」

奈緒「え、そんな真剣に考えてくれてるのか?」

加蓮「う、うん……」

奈緒「そっか……ありがとな。やっぱり加蓮に話して良かったよ」

加蓮「うにゃ⁉」

奈緒「何その鳴き声⁉」

未央「か、かみやん、ちょっとかれんから離れようか。考えまとまらなくなるからさ」

奈緒「そ、そこまで集中したいのか……」

奈緒(はっ! なるほど……加蓮と未央の様子がおかしかったのは、行く店をどこにするか考えてたからなんだな。あたしのために、そこまで考えてくれるなんて……!)

奈緒「……じゃあ、決まったら教えてくれよな」

加蓮「わ、分かった。ちゃんと決めるから……待たせてごめんね」

奈緒「いいよ、別に。あたし、待ってるからさ」



―――レッスン室の一角 休憩中


奏「未央、今日はどうしたの? いつもみたいな元気がないけど」

未央「え⁉ そ、そうでもないって! 未央ちゃんはいつでも元気だよー!」

奏「そうかしら……嘘ついてたら、キスしちゃうわよ?」

美嘉「ちょっと奏、何言ってるの⁉」

奏「え、いや、少しからかっただけなんだけど……」

美嘉「冗談には言っていいことと悪いことがあるでしょ⁉ 本気にしたらどうするの⁉」

奏「ち、ちょっとどうしたの、美嘉? いつも私、似たようなこと言ってるわよね?」

美嘉「そ、そうだけど、相手を選びなよ! ほら、未央はその……年下でしょ!」

奏「え、そこ?」

美嘉「とにかく未央とか……卯月とかもからかっちゃ駄目!」

奏「わ、分かったわ。分かったから、落ち着いて美嘉」

莉嘉「お姉ちゃん、今日変だよ? 具合悪いの?」

美嘉「ぐ、具合? すこぶる快調だって! あー、有酸素運動したいなぁ!」

奏「……美嘉、あなた疲れてるのよ」

莉嘉「……休んだ方がいいよ、お姉ちゃん」



―――レッスン室の別の一角


きらり「まゆちゃんとありすちゃん、何か気になることでもあるの?」

ありす「何もないです何もないです!」

まゆ「だからありすちゃん、挙動不審すぎです……!」

杏「どしたの? 未央と加蓮と、何かあった?」

ありす「なんで未央さんと加蓮さんが出てくるんですか⁉」

杏「いや、さっきから2人してチラ見してるじゃん」

まゆ「奈緒ちゃんにも言われましたけど……そ、そんなに見てました?」

杏「うん。本人たちは気づいてないみたいだけどね。なんか、あっちはあっちで様子変だし」

きらり「2人と喧嘩でもしてるの?」

まゆ「いえ、そうじゃないんですが……」

ありす「ワタシ、ナニモ、シリマセン」

まゆ「ありすちゃん……」

杏「ここまであからさまに何か隠してると、気になるよね。話せないことなの?」

まゆ「い、いえ、私たちだけで抱え込むには大きすぎるみたいです。……聞いてもらえますか?」


―――説明中


きらり「―――えぇー⁉」

ありす「しーっ! きらりさん、しーっです!」

杏「……いや、それは流石にないでしょ。まゆとありすの勘違いだと思うよ」

まゆ「私も最初はそう思ったんですが……あれを見てください」



未央『かれん、答え決まった?』

加蓮『……まだ』



まゆ「何を話しているのかは聞こえませんが、今日の未央ちゃんと加蓮ちゃん、ずっと一緒にいませんか?」

杏「そ、そういえばそうだけど……だからと言って、付き合ってるって言うのはさ……」

きらり「きらりもちょっと信じられないなぁ……」

ありす「ですが、事実なんです……」

杏「だからそんな事実はないと思うよ。試しに、2人に聞いてみたら?」

ありす「そ、そんなこと出来ません……」

まゆ「聞くのには勇気がいりますね……」

杏「しょうがないなぁ……じゃあ、杏が聞いてきてあげるよ」



―――レッスン室のまた別の一角


杏「2人とも、ちょっといい?」

加蓮「杏?」

未央「どしたの?」

杏「2人って付き―――」

杏(あ、直接的な訊き方はやめた方がいいか。遠回しに訊こう)

杏「2人って、好きな人とかいるの?」

加蓮「げほっ、ごほっ!」

杏「加蓮⁉」

未央「だ、大丈夫、かれん⁉」

加蓮「だだだ、大丈夫大丈夫!」

杏(え、この反応まさか……本当に?)

杏「か、加蓮? それで、好きな人はいたりするの?」

加蓮「そ、それはその……分かんないよっ! もう自分の気持ちが分かんないよぉ!」

杏「えぇ⁉」

未央「お、落ち着いてかれん!」

加蓮「私、好きなの⁉ どうなの⁉ むしろ教えてよーっ!」

未央「あ、杏ちゃん、ごめん! かれん、今ちょっとナーバスだから! そういう恋バナとか、またの機会にしてあげて!」

杏「わ、分かった。なんか、ごめんね」



―――レッスン室の別の一角


杏「……」

きらり「杏ちゃん、どうだった?」

杏「……限りなく黒に近い、グレー」

きらり「……そ、それって……」

杏「でも何か違う気も――」

ありす「やっぱり! やっぱりそうなんですね……!」

まゆ「2人は付き合って……!」

きらり「びっくりだにぃ……」

杏(付き合って……るのかなぁ? 確かに、加蓮のあの反応は何かありそうだったけど……)



―――レッスン室のさらに別の一角


みく「ほら凛チャン、猫耳付けるにゃ!」

凛「い、いいよ、猫耳とか」

幸子「楓さんも、どうぞ!」

楓「どうして、猫耳を?」

みく「決まってるにゃ! 猫耳を付ければ可愛さ倍増!」

幸子「カワイイボクが、さらに可愛くなります!」

楓「なるほど……」

凛「いや、なるほどじゃないですよ」

みく「……それに、この方がきっと楽しいにゃ……」

幸子「少しでも……楽しい時間を……」

凛「ふ、2人とも、今日ちょっと変じゃない? やけにテンションが高いと思ったら、急に下がるし」

みく「……ひっく……」

幸子「……うぅ……」

凛「え、泣いてるの⁉」

楓「みくちゃん、幸子ちゃん、どこか痛いの?」

みく「なんでも……ないにゃ……」

幸子「いつも通りの……ボクたちですよ……」

凛「それは無理があるよ……辛いことでもあった?」

みく「辛いのは、みくたちじゃ……」

楓「え?」

幸子「もう、無理です……2人とも、聞いてください……」


―――説明中


凛「……いやいやいや、不治の病って、そんなことあるわけないよ」

みく「でもあれを見るにゃ!」



ありす『……わ、私、どうすれば……』

まゆ『……これからどういう風に、2人と接していけばいいんでしょうか……』



幸子「何を言っているのかは聞こえませんが、明らかに元気がないですよ!」

楓「……確かに、そう見えるわね」

みく「うぅ、ありすチャン……」

凛「だからないって。……仕方ない、私が確認してくるよ」



―――レッスン室の別の一角


凛「ありす、ちょっといい?」

ありす「はい、なんですか?」

凛「えっと……」

凛(もし仮に本当だったら、ストレートに聞くのは悪いよね……)

凛「ありす、最近何か変わったことあった?」

ありす「⁉ な、ななななな何もないですよ⁉ なんですか変わったことって⁉」

凛(え、この反応まさか……本当に?)

凛「ま、まゆ、ありすから何か聞かされたこととかある?」

まゆ「⁉ な、ないですよ⁉ 何言ってるんですか、凛ちゃん! まゆは何も知りません! い、今、私たちその、あれなので、あっち行ってください!」

凛「そ、そう……」



―――レッスン室のさらに別の一角


凛「……」

楓「凛ちゃん、どうだった?」

凛「……2人とも、何かを必死になって隠してました」

みく「やっぱりにゃ!」

幸子「自分が病気であることを、隠そうと……っ!」

凛「そんな……ありす……っ」



―――レッスン室の中心辺り


藍子「奈緒ちゃん、何を読んでいるんですか?」

奈緒「んー? ファッション誌」

卯月「珍しいね、奈緒ちゃんがファッション誌なんて」

奈緒「あたしも一応女子高生だからなー。今度加蓮と一緒に服買いに行くんだ。加蓮が今、行く店考えてくれてて」

卯月「へぇ~」



加蓮『……同姓の親友に告白されました。どうすればいいですか?』

未央『知恵袋に相談はやめない⁉』



藍子「何を話しているかは分かりませんが、確かにスマホで調べ物をしているみたいですね」

奈緒「加蓮、服選ぶのとか好きだろ? だから加蓮に頼んだんだ」

卯月「確かに、それなら加蓮ちゃんが適任だね」



―――昼休憩


P(うっし! 仕事も終わったし、飯食うか。今日は凛たちもいるし、誰かのとこに混ぜてもらおうかな……あ、未央たちのとこでいいか。ちょうど事務所に居るし)

P「おい、未―――」



未央「かれん、かみやんに告白されて考え込むのは分かるけどさ。レッスンあるんだから、ご飯はちゃんと食べたほうがいいって」

加蓮「うん、分かった……。……はぁ、ホントに、どう返事すれば……」



P(……加蓮が、奈緒に告白された?……え、今そう言ったよな? え、え、え、どういうこと? そういうこと? え、え、え、マジで? 駄目だ俺混乱してる。と、とにかく、ここから離れよう)



―――屋上



P(……奈緒が加蓮に告白か……ま、まあ、そういうのは人それぞれだもんな。うん。俺はあいつらのプロデューサーなんだから、そんぐらい広い心で受け入れないと)



奏「美嘉、それはさすがに……」

莉嘉「ないと思うよ……」



P(……ん? 奏たちじゃん。あいつら屋上で飯食ってたのか。よし、じゃあ奏たちと一緒に食べるか)

P「おい、かな―――」



美嘉「ホントなの! 昨日の夜に未央が卯月に告白されたって電話してきて! さらには男も女も好きだってカミングアウトされたのっ!」



P(うっし! エレベーター戻ろ!)



―――社員食堂


P(……奈緒と加蓮だけじゃなく、未央と卯月までとは……。それに加えて未央、男も女もって………………い、いや、うん、人それぞれだからな。人それぞれ。人それぞれだ。広い心で受け入れろ、俺! プロデューサーだろ!)



杏「だからさ……まだ確実にそうとは言い切れないって」

きらり「ほ、ほら、杏ちゃんもこう言ってるよ?」



P(あ、まゆたちだ。……。…………。…………い、一緒に、食べようか、な。うん。だ、大丈夫。もうさすがに今までのみたいな話が聞こえることも無いだろ)

P「おい、ま―――」



ありす「言い切れてしまうんですっ! 未央さんと加蓮さんが付き合っているって!」

まゆ「流石にもう、疑いようもないです……!」



P(回れー、右っ!)



―――廊下



P(OK、俺。いったん整理しよう)

P(まず、奈緒が加蓮に告白したらしい)

P(次に、卯月が未央に告白したらしく、ついでに未央が美嘉にカミングアウトしたらしい)

P(しかし、未央と加蓮は既に付き合っているらしい)

P(…………)

P「人間関係ドロドロかっ!」

P(え、うちの事務所いつの間にこんなことになったの⁉ なんか百合の花が狂い咲きしてない、これ⁉ これは流石に―――う、う、受け入れろ、俺! 俺は……俺はプロデューサーなんだ! アイドルたちにどんな人それぞれがあろうとも、受け入れるのがプロデューサーというもの! 人それぞれなんかに、俺は負けないっ!)



凛『……なんで……こんな……っ!』

楓『信じたく……無いわね……』



P(? 凛と楓さんの声?……あ、ここレッスン室の前じゃん。あの2人なんでまだレッスン室に?)



みく『どんなに、信じられなくても……っ!』

幸子『ありすちゃんの余命があと1ヶ月なのは、変えられない事実なんです……っ!』



P(……。…………。………………うん、もう、あれだよね)





P「もう無理だぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!」






―――カフェテラス



藍子「今日はいいお天気ですね」

奈緒「こんな日は、カフェテラスで食べるに限るよな」

卯月「お日様の日差しが暖かくて、落ち着くね」

ちひろ「これぞまさに、至福のひと時よね」



―――社長室


P「俺にはもう無理ですっ! 何がプロデューサーだ! 俺の狭い心じゃ、あそこまでの人それぞれは受け入れられないっ! 人それぞれにもほどがあるでしょうがっ!」

社長「お前急にどうした⁉」

P「奈緒と加蓮と未央と卯月が告白で! さらに未央はカミングアウトで! でも未央と加蓮は既にデキてて! ありすがあと一ヶ月で! もうどうしたらいいのか俺には分かりませんよぉっ!」

社長「いや意味が分からん⁉ お、落ち着け後輩! お前がここまで取り乱すとは、何があった⁉ もっと要領よく説明しろ!」

P「かくかくしかじかぁ――――――――――――――っ!」



―――かくかくしかじかと説明中



社長「―――そんなわけあるか馬鹿が! 何を馬鹿なことを馬鹿みたいに喚き散らしながら馬鹿丸出しで言っているんだお前は!」

P「だ、だって! あいつらそう言って―――」

社長「そんな馬鹿は修正してやる!」


《どごぉっ!》


P「がはっ⁉」

社長「普段のお前なら、『これが……若さか……』とでも呟いているところだぞ。いい加減冷静になれ、後輩」

P「ふ、普段の俺って一体……でも俺、本当にそう聞いたんですよ」

社長「聞いたからどうした。お前はネットに書いてある情報を全て鵜呑みにするのか?」

P「そ、それは……しませんけど。でもそれとこれとは……」

社長「同じだ馬鹿者! 直接本人から聞いたならまだしも、他人の話だけで真偽を判断出来るものか!」

P「うぐぅっ⁉」

社長「行くぞ、後輩」

P「い、行くってどこへ?」

社長「今言っただろうが。直接本人に確かめる。まずは……他の話とは深刻さが異なる、ありすの所だ」



―――食堂


P「ありす」

ありす「ひゃぅっ⁉ ぷぷぷ、プロデューサー⁉」

社長「私もいるぞ」

まゆ「し、社長さん? 何かまゆたちにご用ですか?」

社長「単刀直入に訊く。……ありす、お前余命一ヶ月なのか?」

P「ちょ⁉ もっとオブラートに――」

ありす「?……なんの話ですか?」

P「あれ?」

ありす「余命一ヶ月……あ、確かにこの前、それが題材になっている小説は読みましたけど」

P「小説⁉ え、じゃあ、ありすが余命一ヶ月ってわけじゃないのか⁉」

ありす「縁起でもないこと言わないでください! そんなことあるはずないじゃないですか!」

P「……」

社長「案の定だろうが、この馬鹿Pが」

P「……俺、今日大分馬鹿って言われてますね」

まゆ「あの、どういうことでしょうか?」

ありす「どうして、私が余命一ヶ月だなんてことに?」

P「ああ……実はな―――」



凛「ありすっ!」



ありす「? 凛さん?」

凛「ごめん……ごめん、ありす!」

ありす「な、なんで抱きしめるんですか⁉」



凛「ありすが辛い思いをしてたのに……私、全然気付かなかった」

ありす「つ、辛い思い?」

楓「ありすちゃん、もう1人で抱え込むことないわ」

ありす「か、楓さん? 抱え込むって何を……はっ⁉ ま、まさか、楓さんたちも(未央さんと加蓮さんのことに)気付いて……?」

みく「昨日、みくと幸子チャンが、ありすチャンとまゆチャンが話しているのを聞いちゃったんだ……」

まゆ「き、聞かれてたんですか⁉」

幸子「聞かなかったフリをしようと思ったんですけど……やっぱり、そんなこと出来ません!」

みく「ありすチャン……」



みく「みくは、ありすチャンが大好きにゃ!」



ありす「大好き……え、えぇえええええええええええええええええええ⁉」



幸子「ボクも、ありすちゃんが大好きです!」

楓「もちろん、私も大好きよ!」

凛「私も大好きだよ、ありす!」



ありす「凛さんたちもですか⁉ ちょ、ちょちょちょままま待ってください⁉ そ、そそそそんなこと言われても私そんな……こ、困りますっ!」

まゆ「あ、ありすちゃんまで告白されるなんて……」

きらり「よ、4連続告白……⁉」

杏「……何か違う気がするんだけど」

社長「おい、後輩。これはまさか……」

P「ま、まさかかもしれません」



ありす「と、ととととにかく、まずは離してください、凛さん!」

凛「ううん、離さない! もう……もう絶対離さないからっ!」

ありす「そんな⁉」

楓「私たちはずっと、ありすちゃんの傍に居るわ!」

みく「これからみんなで一緒に、色んなことしよう?」

幸子「そして、楽しい思い出をたくさん作りましょう!」

ありす「いいですいいです間に合ってます!」

凛「もう無理しなくていいんだよ、ありす」

ありす「無理してません! お願いですから離してください!」

凛「離さないって言ったよ、ありす。こうして、ぎゅっと抱きしめることで……」





凛「ありすの身体の温もりを、少しでも私に感じさせて……っ!」





ありす「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉」

凛「ありす、温かいね……。すごく、温かいよ……っ」

ありす「誰か⁉ 誰か助けてくださいっ⁉」

まゆ「り、凛ちゃん、それはさすがにアウトです!」

凛「まゆ……まゆも抱きしめたいのかもしれないけど、今は私に抱きしめさせてほしいな」

まゆ「抱きしめるつもりないですよ⁉」

きらり「ま、まさかまゆちゃんも、ありすちゃんのこと好きだったのぉ⁉」

まゆ「違います違います! まゆはプロデューサーさん一筋です!」

P「え、なんでここで俺⁉」

みく「ま、まさかPチャンもなの⁉」

凛「う、嘘でしょ……プロデューサー……っ!」

幸子「そ、そんなことって……っ」

楓「私たちは……どれだけ大切なものを失うことに……っ」



社長「お前ら全員落ち着けっ!」



『⁉』



社長「アイドル部門は馬鹿の集まりか⁉ さっきから聞いていれば、明らかに会話が噛みあっていないだろうが!」

みく「か、会話が?」

まゆ「噛みあって……いない?」

杏「社長の言うとおり、何かおかしいと思うよ。みんなでちゃんと話を整理するべきじゃないかな」

幸子「せ、整理と言われましても……」



―――ちゃんと話を整理中



ありす「―――私は不治の病なんかじゃありませんっ! なんですか余命一ヶ月って⁉ さっきプロデューサーにも言いましたけど、縁起でもない勘違いはやめてください!」

楓「ごめんなさい、ありすちゃん……」

凛「……みく、幸子」

みく「……」

幸子「……」

みく「……い、いやー、ありすチャンが何ともなくて良かったにゃ!」

幸子「そ、そうですね! 無事で何よりですよね!」

みく・幸子『めでたしめでたし!』

凛「めでたしじゃない! よくもまあ2人とも人騒がせなことを……!」

みく「助けてPチャン!」

幸子「凛さんがかつてなく怖いです!」

P「お、落ち着け凛!」

凛「私はこの上なく落ち着いてるよ。落ち着いてるからとっととその2人を渡して、プロデューサー……!」

P「落ち着いてる奴の目じゃないんだけど!」

社長「待て、渋谷。今はそんなことより、次の馬鹿話の真偽を確かめるのが先だ」

凛「馬鹿話?」

社長「本田と北条が交際している……だったか?」

凛「ああ……まゆ、ありす、それはないよ」

まゆ「で、でも確かに聞いたんです」

ありす「はい、この耳でしっかりと」

社長「しっかりも何も、盗み聞きなんだろう?」

まゆ・ありす『…………そうですけど』

杏「まあ、こうなってくると怪しいよね」

P「じゃあ、未央と加蓮のいる事務所に向かいます?」

社長「そうだな」

まゆ「ま、まゆたちも行きます」

ありす「真実を確かめたいので」



―――廊下


美嘉「だから、なんで信じてくれないの⁉」

奏「ちゃんと信じてるわよ」

莉嘉「うん、信じてるよ、お姉ちゃん」

奏「信じてるから……」

莉嘉「……今日はもう帰って寝よ?」

美嘉「信じてる人の台詞じゃないでしょ、それ!」



P「……美嘉たちが何か口論してるな」

社長「そういえば城ケ崎(姉)も何かたわ言を言っていたんだったか?」

P「未央が卯月に告白されて……さらには、未央が男も女も好きだとカミングアウトしたとかなんとか」

凛「美嘉……」



美嘉「はっ⁉ り、凛、なんでそんな哀れなものでも見るかのような目でアタシを見てるの⁉」

凛「……美嘉、きっと疲れてるんだよ」

美嘉「だから疲れてないから!」

奏「プロデューサーたち、そんな大勢でどうしたの?」

P「実はな―――」


―――ここまでの流れを説明中


奏「―――そういうことね。なら美嘉、あなたのもまず間違いなく勘違いよ」

美嘉「アタシは別に盗み聞きしたわけじゃないんだよ⁉ 電話でちゃんと未央と話したんだから!」

P「まあ、確かにちょっと事情が違うが。でもなあ……冷静に考えると、まずありえないだろ」

美嘉「そ、そりゃ、アタシも最初は信じられなかったけど。でも、実際に未央がそう言ってたの!」

社長「ああ、もういい。ありすたちの件も含めて、まとめて本田に確かめた方が早い」

P「そうですね、事務所に行きましょう」



―――事務所


加蓮「……未央」

未央「どうしたの?」



加蓮「私、決めたよ」



未央「ど、どうするか、決めたの?」

加蓮「うん。……今から奈緒に返事してくる。確か、カフェテラスに行くって言ってたよね?」

未央「そ、そうだったと思うけど……」

加蓮「じゃあ、行ってくるね。……未央。悩んでいる間、ずっとそばに居てくれてありがとう」

未央「!……かれん、どんな答えにしたかは今は聞かないよ。でも……全部終わったら、ちゃんと聞かせてよね?」

加蓮「ふふっ、分かった。一番に未央に話すよ」

未央「かれん……頑張れっ!」

加蓮「うん、頑張ってくる!」


《ガチャ―――バタン》


未央「……まったく、世話が焼けるんだから」

未央(さっきのかれんの晴れ晴れとした顔……あの顔は、きっとそういうことだよね)

未央「さて、じゃあ――」



《ガチャ―――》


美嘉「未央!」



未央「あぇ⁉ び、びっくりしたぁ。何、美嘉ねー?」

美嘉「あんた、昨日の夜アタシに電話したよね⁉」

未央「う、うん、したけど」

美嘉「告白されたから、その相談のためにだよね⁉」

未央「う、うん、そうだけど」

美嘉「ほら! ホントでしょ⁉」

P「……マジか」

奏「……信じられないわね」

未央「ど、どうしたの? みんな揃って。社長まで」

社長「あ、ああ、少しな……」



美嘉「それで未央。あんたアタシに、男も女もどっちも好きって言ったよね?」

未央「う、うん、言っ―――てないよ! 何言ってるの美嘉ねー⁉ そんなこと言うはずないでしょ⁉」

美嘉「あれ⁉」

奏「……美嘉」

美嘉「い、いや、だって、どっちも好きとか言ってたでしょ⁉」

未央「ど、どっちも好き?……それはかみやんとかれんのことでしょ⁉」

美嘉「奈緒ちゃんと加蓮のこと⁉」

ありす「えぇ⁉」

まゆ「み、未央ちゃん、加蓮ちゃんだけでなく奈緒ちゃんのことも好きだったんですか⁉」

未央「なんでそんな驚いてるの⁉」

凛「み、未央……」

未央「なんで距離取るの、しぶりん⁉」

美嘉「そ、それじゃ卯月は? 卯月のことはどう思ってるの?」

未央「しまむー? しまむーのことだってもちろん好きだけど」

みく「もちろん⁉ 今、3人が好きなのをもちろんって言った⁉」

幸子「さ、最低ですよ、未央さん!」

未央「なんで⁉ 友達なんだからみんな好きに決まってるでしょ⁉」



『……友達?』



未央「ど、どうしたのみんな。今度はそんなキョトンとして」

社長「……おい、どこまでも話が噛みあっていない気がするんだが」

P「……整理しましょうか」



―――話を整理中



未央「なんで私がしまむーに告白されたなんてことになるの⁉ そんな話全然してないよ!」

奏「……ほら見なさい、美嘉」

美嘉「……アタシが愚かでした」

未央「それに私とかれんも付き合ってないから! 何言ってるの、みんな⁉ 正気⁉」

ありす「……正気じゃなかったかもです」

まゆ「……そうですよね、冷静に考えたらおかしいですよね」

未央「まったくもー!」

社長「本当に馬鹿ばかりだな、この部門……そろそろ解散するか?」

P「真顔で言わないでくれません⁉ 冗談に聞こえませんよ!」



社長「はぁ……残る馬鹿話は、神谷が北条に告白したというやつか。どうせそれも勘違いだろう?」

未央「あ、社長、そう思うのも無理はないですけど……それはないですよ。かれん、かみやんから直接告白されたんです。昨日の夜、かみやんの部屋で」

社長「直接だと?……そ、そうか。なら勘違いのしようがないな……驚くべきことだが」

P「その話だけは本当ということか……」

凛「まさか奈緒が加蓮に……そ、そういえば、その加蓮はどこに行ったの?」

未央「……かみやんに、返事してくるって」

『⁉』

未央「どう返事するかは聞いてないけど……」

P「……。……みんな。あいつら2人の関係性がどうなっても、俺たちはこれまで通りに奈緒と加蓮と接していこう。いいな?」

凛「……うん、分かってる」


《ガチャ―――》


卯月「……あれ?」

藍子「どうしたんですか、みなさん集まって」

ちひろ「社長まで……何かご用でしょうか?」

社長「ああいや、大したことじゃない。もう済んだ」

ちひろ「はあ……」

未央「しまむー、かみやんは?」

卯月「奈緒ちゃんなら、加蓮ちゃんが何か大事な話があるからって、屋上に連れていったよ」

未央「……そっか」



『…………』



藍子「な、何でしょうか、この空気は?」

ちひろ「どうかされたんですか?」

P「い、いえ、何でもないです! え、えっと……あっ! う、卯月、その持ってるの何だ?」

卯月「はい? これはただのファッション誌ですけど……」

P「へ、へー、ファッション誌か。新しい服でも買うのか?」

卯月「あ、いえ、これは奈緒ちゃんのなんです」

藍子「今度、加蓮ちゃんと一緒に服を買いに行くそうですよ」



『もうデートのこと考えてるの⁉』




卯月「うぇ⁉ な、なんですかみなさん⁉」

藍子「デート?」

ちひろ「なんの話ですか?」

P「い、いやいやいや何でもないです! ええ、何でもないですよ!」

未央「かみやん、返事OK貰えるって確信してるんだ……」

凛「奈緒……そこまで加蓮のこと……」

卯月「? あ、そういえば未央ちゃん、その買いに行くお店はどこになったの?」

未央「へ? なんで私に聞くの?」

藍子「なんでって……未央ちゃん、朝から加蓮ちゃんと一緒に、ずっとどのお店にするか考えていたんですよね? まだ決まっていないんですか?」

未央「? 一体何の話してるの? 私、そんなこと考えてなんかないよ?」

卯月「え? そうなの?」

藍子「でも、奈緒ちゃんがそう言っていたんですが……」

未央「かみやんが……?」

卯月「確か加蓮ちゃん、美嘉ちゃんにも相談したとか」

美嘉「え、アタシ? アタシもそんなの知らないよ?」

社長「……おい、城ケ崎(姉)が相談されたというのは、まさかさっきのあれのことじゃないのか?」

美嘉「あれ?……まさか未央の電話のこと⁉」

未央「え⁉ で、でもそれはそんな相談じゃないですよ⁉」

杏「もしかしてさ……奈緒が、そう勘違いしてるんじゃないの?」

『⁉』

未央「か、かみやんが⁉ なんでそんな……⁉」

奏「……そもそも、本当に告白なんてしたのかしら?」

未央「はやみん⁉」

奏「みんな、考えてみて。今日の奈緒、何かおかしなところはあった?」

凛「お、おかしな所?」

莉嘉「いつも通りだったと思うよ」

P「ああ。様子がおかしかった寮組の中で、奈緒だけが普段通りだったな」

社長「……おい待て。それは本当か?」

P「? はい」

社長「普段通りだと? あの神谷が? すぐに恥ずかしがって赤面する、あの神谷がか? 告白をした翌日に、なんら変わりなく普段通りにしていたと?」

P「……あっ」



社長「あいつにそんな器用な真似が出来るか!」



『ああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉』




未央「ど、どういうこと⁉ え、じゃあ、まさか、告白なんてしてないの⁉」

杏「まず間違いなく、してないと思うよ」

未央「で、でも、だって、かれん、かみやんの部屋で告白されたって!」

社長「島村、高森。神谷は服を買いに行く約束をしたのはいつだか言っていたか?」

卯月「確か、昨日の夜だと言っていました」

藍子「奈緒ちゃんのお部屋で、加蓮ちゃんに服を買いに行くのに付き合ってくれとお願いしたそうです」

P「……おい、未央。お前の話だと、加蓮はその時に……」

未央「……………………」

凛「で、でもそんな……普通そんな勘違いする? 目の前で話してるのに?」

未央「……そういえば昨日、かれん、すごく眠そうだった」

ありす「ね、眠そう……だった……?」

まゆ「そ、それって……」

みく「眠気のせいで、奈緒チャンの話……」

幸子「……中途半端にしか、聞いていなかったんじゃ……」

奏「付き合ってくれという単語しか、まともに聞いていなかった可能性があるわね……」

杏「……あーあ。杏知らないよ」

未央「……」

P「お、おい、未央……」

未央「い……い……」



未央「今すぐ止めなきゃ⁉ かれん、早まらないでっ!」




―――屋上


奈緒「加蓮、屋上なんかに連れて来てどうしたんだ?」

加蓮「ここなら、落ち着いて話が出来るから」

奈緒「話?」

加蓮「昨日の……返事」

奈緒「あ、ようやく決まったのか?」

加蓮「うん、やっと答えを出せたんだ」

奈緒「そっかー」

加蓮「ごめんね、待たせちゃって」

奈緒「いいよ、そんなの。そもそもあたしのためなんだしさ。むしろあたしが加蓮にありがとうって言うべきだろ」

加蓮「ありがとうって……ふふっ」

奈緒「え、笑うとこじゃなくないか?」

加蓮「奈緒はこんな時も奈緒なんだね」

奈緒「? どういう意味?」

加蓮「すぅー……はぁー……。……奈緒」

奈緒「な、何だ、深呼吸なんかして」

加蓮「私、奈緒の気持ち聞いて、正直すごく戸惑ってた」

奈緒「え?」

加蓮「奈緒にあんなこと言われるなんて、思ってもみなかったから」

奈緒「思ってもみなかったの⁉ そこまで⁉」

加蓮「だって普通は、親友にあんなこと言われるとか……考えないよ」

奈緒「親友関係なくない⁉」

加蓮「それに、奈緒は女の子だし……」

奈緒「そうだよ! 女の子だよ! だからおかしいことなんてないだろ⁉」

加蓮「な、奈緒はそうなのかもしれないけどさ。私は、今まで奈緒をそういう風に見たことなくって……」

奈緒「そういう風って⁉ あたし、どんな風に見られてたの⁉」

加蓮「だから普通に友達としてしか見てなかったの!」

奈緒「……。……いやだから友達関係ないだろ⁉ むしろ友達だからこそ、あたしの気持ち分かるべきだろ!」

加蓮「そ、そんなの言われなきゃ分かんないよ!」

奈緒「言われなきゃって……ま、まあ確かに今までそんなこと言ったことないけどさ」

加蓮「もう、奈緒はそういうとこも奈緒だよね」

奈緒「さっきからあたしを何かの形容詞みたいに言うのやめろ!」

加蓮「あははっ。……それでさ、私、今日ずっと考えてたんだ。どうすればいいのかなぁって」

奈緒「あー……随分悩ませちゃったみたいだよな」

加蓮「うん、すっごい悩んだ。考えても考えても、全然分からないんだもん」

奈緒「分からないか……まあ、色々あるもんな」

奈緒(服売ってる店、あちこちにあるし)



加蓮「でも、分からないんじゃなくて、分かろうとしてなかったみたい」

奈緒「? どういうこと?」

加蓮「奈緒の気持ちを聞いて……私、ずっと頭だけで考えてた。だけど頭じゃなくて、心に聞くべきだったんだよね。実際、そうしたら、すぐに分かったから」

奈緒「えっと……それはフィーリングで決めたってことか?」

加蓮「その言い方はあれだけど……そんな感じ」

奈緒「まあ、あたしは加蓮が決めたんなら、それでいいよ」

加蓮「奈緒……じゃあ、私の答え、聞いてくれる?」

奈緒「ああ、聞かせてくれ」

加蓮「私ね……」



加蓮「奈緒には、すごく感謝してるんだ」



奈緒「……え、何の話?」

加蓮「いいから。最後まで黙って聞いて」

奈緒「あ、うん……」






加蓮「奈緒と初めて会ったあの日……私に奈緒が声をかけてくれなかったら、今、私はここにいない。事務所のみんなとも知り合えなかったし、アイドルにだってなれなかった」





加蓮「アイドルになった後だって、奈緒がずっと隣にいてくれたから、一緒に頑張れた。私1人だったら、途中で投げ出してたかもしれない」





加蓮「奈緒が、私の世界に色をつけてくれたの」





加蓮「だから、今の私があるのは……奈緒のおかげ」





奈緒「い、いや、加蓮。それは言い過ぎだと思うぞ」

加蓮「ううん、言い過ぎなんかじゃないよ……」











加蓮「ありがとう、奈緒」











奈緒「! そ、そんなお礼とか、やめろって。あたし別に、そんなあれじゃ…………そ、それを言うなら、あたしも加蓮に感謝してるよ!」

加蓮「えっ?」

奈緒「あたしだって……加蓮が一緒だったから、今まで頑張れたんだ。加蓮と同じだよ。だ、だから……」











奈緒「ありがとう、加蓮」











加蓮「あ……」

奈緒(うぅ……あ、あたしたち、なんでこんな恥ずかしいこと言い合ってるんだ……? ていうか、服屋は? 服屋はどうしたの?)

加蓮「……うん。やっぱり、奈緒ならいいかな」

奈緒「い、いいかなって?」

加蓮「ホントのこと言うとね? 私、まだ奈緒のことをそういう風には見られないんだ。そういう意味で好きかって訊かれると……好きじゃないと思う」

奈緒「えぇ⁉」

奈緒(好きじゃない⁉ え、加蓮、あたしのこと嫌いだったの? あ、いや、そういう意味とか言ってたな……どういう意味⁉)

奈緒「か、加蓮、それって―――」

加蓮「でも、奈緒の気持ちはすごく嬉しかった。驚きはしたけど……嫌じゃなかった。その気持ちに応えたいなって、思ったんだ。だから、その……これからじゃ、駄目かな?」

奈緒「へ?」

加蓮「これからは奈緒のこと……そういう風に見ようと思う。これからは奈緒のこと……そういう意味でも好きになっていこうと思う」

奈緒「あ、あのさ、『そういう』ってどういう―――」

加蓮「だから、奈緒……」





















加蓮「そんな私でも、いいかな?」







































奈緒「……何が?」





















加蓮「何がって、だから……そ、そういうこと!」

奈緒「……。…………。………………つまりどういうこと?」

加蓮「ここまで言っても分からないの⁉」

奈緒「分からないよ! 結局、何が言いたいんだ⁉ ていうか、決めたっていう答えはどうした⁉」

加蓮「今言ったじゃん!」

奈緒「え、言ってないだろ⁉ いつ言ったの⁉」

加蓮「に、鈍すぎでしょ……。だ、だからその……奈緒、いい⁉」

奈緒「う、うん」

加蓮「私、奈緒と付き合―――」



《ガチャ―――!》
未央「かれん、すとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっぷ!」



加蓮「うぇあ⁉」

奈緒「なんだぁ⁉」

未央「間に合った⁉ 間に合ったよね⁉ 間に合ったって言って、かれん!」

加蓮「な、何の話⁉ 今、私、奈緒に大事なこと伝えようとしてたんだけど⁉」

未央「『ようとしてた』ってことはまだ伝えてないんだね⁉ セーフ! ギリギリセーフ私!」

加蓮「いやセーフじゃないでしょ⁉ 人の大事な話邪魔しといて!」

未央「こっちのが大事な話だから!」

加蓮「そ、そこまで大事なことなの? 何?」

未央「かれん、いい? 落ち着いて聞いてね?」



―――落ち着かせながら説明中



加蓮「…………………………………………………………………………………………えっ?」

未央「……そういうことみたい」

加蓮「え、いや、だって、そんな、まさか……嘘でしょ?」

未央「かれん、思い当たる節、ないの?」

加蓮「お、思い当たる節って……」

未央「よく思い出して、かれん。昨日の夜にかみやんは、本当はなんて言ってた?」

加蓮「昨日の……夜……」






奈緒『―――というわけでさ、あたしもそろそろ、そういうことに興味があるというか……あたしだって、たまには可愛い服着てみたいって思うんだよ』

奈緒『それに、いつまでもこのままなのもどうかと思うわけで……年頃の女子高生なんだから、もう少し可愛い服持ってるべきじゃないか?』

奈緒『そ、その、つまりだな……あたし、ずっと気になっててさ。この雑誌に載ってるような服、買いに行きたいんだ』






加蓮「あ」

未央「思い当たる節、あったんだね……」

加蓮「……な、奈緒」

奈緒「何だよ? なんかさっきから未央とこそこそと話してるけど」

加蓮「奈緒、昨日の夜さ……私に、なんて言った?」

奈緒「なんて言ったって……一緒に服買いに行くの付き合ってくれって、頼んだじゃんか」

加蓮「………………………………………………………………………………………………」

奈緒「?」

未央「か、かれん?」

加蓮「……すぅ―――――――――――――――――――――――――――――――――」





加蓮「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」





奈緒「ど、どうした、加蓮⁉」

未央「落ち着いて! 落ち着いてかれん!」

加蓮「落ち着けるわけないでしょ⁉」






加蓮「私が!」



加蓮「あんなに!」



加蓮「真剣に!」



加蓮「悩んで!」



加蓮「勇気振り絞って!」



加蓮「雰囲気まで出して!」



加蓮「答えようとしたのに!」










加蓮「それが服⁉」



加蓮「服屋に付き合え⁉」



加蓮「何それ⁉」



加蓮「それ頬赤らめて言うこと⁉」



加蓮「上目遣いで言うこと⁉」



加蓮「あんな恥ずかしそうに言うことじゃないでしょ別にぃ――――――っ!」






奈緒「な、何⁉ 加蓮どうしたんだ⁉」

未央「か、かれん、かみやんは何も悪くないよ⁉」

加蓮「良い悪いの問題じゃなーいっ! 奈緒! よくも……よくも私の気持ちを弄んで……!」

奈緒「さっきから何の話してるんだ⁉」

加蓮「奈緒の……奈緒の、大馬鹿奈緒――――――――――――――――――――――っ!」



―――事務所


P「……結局、全部が誤解だったってことか」

未央「……そうみたい」

加蓮「ほんっと信じらんない……!」

奈緒「な、なあ、だからなんでそんな怒ってるんだよ? あたし、何かしたか?」

加蓮「話しかけないで!」

奈緒「なんで⁉」

凛「奈緒、とりあえず今は加蓮には近寄らないでおこうよ」

未央「かみやんは全然悪くないよ? でもね……さすがにね……」

奈緒「何なんだよ……」

社長「この部門のメンバー、本当に救いようがないな……」

P「だからそういうこと言わないでくださいよ!」

社長「…………まあ、馬鹿な子ほど可愛いとも言うか」

P「? 今、なんて呟きました?」

社長「さあな。では私は仕事に戻る。もうこんな馬鹿騒ぎはするなよ、後輩」

P「分かってますって。みんなもうこりごりですよ」


《ガチャ―――バタン》


P「さて―――」


《ガチャ―――》



ルキトレ「なんで誰も来ないんですかぁ―――――っ!」



P「うわ⁉ ル、ルキちゃん⁉ どうしたの?」

ルキトレ「どうもこうもないですよ! なんで誰もレッスン室に来ないんですか⁉ 私、ずっと待ってたんですよ⁉」

P「レッスン室?……あ、そうじゃん! お前らなんでまだ事務所に居るんだ⁉ もうとっくにレッスン始まってる時間だろ!」

『あっ、忘れてた⁉』

ルキトレ「忘れてた⁉ 忘れてたって言いましたか、みなさん⁉ 大事なレッスンを忘れるなんて、みなさんそれでもアイドルですか!」

『……返す言葉もございません』

P「ル、ルキちゃん、怒る気持ちも分かるけど、こっちも色々あってさ――」

ルキトレ「色々あったからなんですか! 色々あったらレッスンサボってもいいって言うんですか⁉」

P「……返す言葉もございません」



ルキトレ「とにかく、みなさん早くレッスン室に来てください!……どうやら弛んでいるようですので、今日のレッスン内容は、レイお姉ちゃん直伝『地獄の猛レッスン~スーパーモード~』に変更しますからね!」

『そんな⁉』

ルキトレ「文句は受け付けません! さあ、早く行きますよ!」

ちひろ「……みんな、ご愁傷さま」

P「……骨は拾ってやるからな」

凛「まったく、なんでこうなるかな……」

卯月「み、みんな、頑張りましょう!」

未央「辛くなったら、未央ちゃんの元気パワーおすそ分けするねっ!」

美嘉「莉嘉、きついかもしれないけど頑張りなね?」

莉嘉「もっちろん! 頑張って、いつかはお姉ちゃんみたいに……!」

楓「地獄のレッスン……きっと、かなり体力がヘルわね。ふふっ」

ありす「楓さん、余裕ありそうですね……。私も、頑張らないと」

まゆ「いってきますね、プロデューサーさん♪」

杏「杏、事務所で寝てたいんだけど……」

きらり「だーめっ! さ、杏ちゃんも行くにぃ☆」

みく「みくたちも行くよ、幸子チャン! にゃんにゃんダッシュにゃ!」

幸子「う、腕を引っ張らないでください! カワイイボクの腕が伸びちゃいますよっ!」

奏「この事務所って、本当に賑やかよね」

藍子「ふふっ、そうですね。でも私、この賑やかさ大好きです」

奈緒「あたしたちも行こうぜ、加蓮。ったく、そろそろ機嫌直せよな」

加蓮「はぁ………………。……奈緒」

奈緒「ん?」



加蓮「服買いに行くの、今度のオフの時でいい?」



奈緒「!……ああ! サンキュな、加蓮!」

加蓮「はいはい、どういたしましてですよ~」



第12話 終わり





―――To Be Next Stage

以上で、この物語は一旦の完結となります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


一応、続きも書きたいとは思うのですが、まだ全然書き上がっていません。
書き上がったら、新規スレを立てようと思います。


奈緒の説明不足からの始まった、加連の暴走からのオチが地獄のトレーニングと言う平和だな

>>494
何を言っているんだ?

>>494

聞 え  /~ヽ /~ヽ
こ ?  |∩| |∩|
え   |||| ||||
な 何  |∪| |∪|
い ? /   ̄ `く

   / __  __\
  /  ( ●) ( ●)|
  |  `ー´ `ー´|
  ⊥__   ▼   |
  ⊥__ (_人_) \/
  /\―  LL/ ヽ/
 /ヘ >――――イ

 | ヽ_\/_/ /
 |  ノ`ー只-′/

>>494

聞 え  /~ヽ /~ヽ
こ ?  |∩| |∩|
え   |||| ||||
な 何  |∪| |∪|
い ? /   ̄ `く

   / __  __\
  /  ( ●) ( ●)|
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>>494

聞 え  /~ヽ /~ヽ
こ ?  |∩| |∩|
え   |||| ||||
な 何  |∪| |∪|
い ? /   ̄ `く

   / __  __\
  /  ( ●) ( ●)|
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  ⊥__   ▼   |
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>>494

どんなにくるしくても
とんふぁーもって
きっくしたらかてるよ
      ハハ
    ┣((゚∀゚∩┫

    ┃ \  〈┃
       ヽヽ_)

とんふぁーきっく!

      ハハ
   ハハ((゚∀゚∩┫
∵・((゚∀゚(O_ 〈┃

   〉 _O ヽ_)
   (_/

>>494

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