古畑「それより。あなた、西住まほさんですよね。西住流の」まほ「ええ」 (189)

古畑「えー…私には苦手な乗り物がいくつかありまして」

古畑「まずひとつは船です。あんなにぐらぐら揺れる乗り物に乗って移動するぐらいならいくら時間がかかっても自転車で移動します」

古畑「次はえー、戦車です。あァれはどうにも好きになれませぇん。中は狭いし揺れは酷いし何より戦う為の乗り物です。要するに主に頭脳労働が仕事の私とは対称的な存在でして。だから苦手なんです」

古畑「さて今回は…、あー…私の苦手な船の上で暮らし、更に。私の苦手な戦車に日常的に乗っている…、そんな人物が登場です」

古畑「んー…アハハ、あー…あまり気が進みません」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1492162025

古畑任三郎vsガルパンの西住まほのクロスSSです。既にシリーズ化して何本も書いてる方がいるので何番煎じになるのかわかりませんが、主に休みの日にちまちま書いていきます。

〜隊長室兼ミーティングルーム〜

まほ「…」

コンコン

まほ「入れ」

「失礼します」

ガチャッ…バタン

佐久間綾(1年)「…お呼びでしょうか、隊長」

まほ「ああ。そんなに硬くならなくていい、楽にしろ」

綾「はい」

まほ「先日の練習試合、佐久間のチームは見事な活躍だった」

綾「…、ありがとうございます」

まほ「単独での撃破6輌、更に常に敵の先手を取りフラッグ車を追い詰める役目を担っていた」

綾「読みが冴えていたんです、あの試合では」

まほ「読みが冴えていた、か…。確かにそうだな。あの試合、車長としてお前は一番優れていたかもしれない」

綾「一番だなんて、そんな…」

まほ「イカサマの腕では、な」

綾「…え?」

まほ「私がお前の不正に気がつかないほど無能な指揮官だと思っていたのか?」

綾「…っ」

まほ「あの試合、お前は敵の無線を傍受していた。そうだな?」

綾「ぁ…、わたしは、その…」

まほ「『はい』か、『いいえ』で訊いている」

綾「…っ、…」

まほ「無言は肯定と受け取るぞ」

まほ「私はこれまでの試合、訓練での全員の成績を把握しているんだ。あの練習試合でのお前の戦車の動きは直前の成績から考えても明らかに不自然だった」

まほ「通信傍受機をお前が使っていることはすぐにわかった」

綾「お言葉ですが…、隊長」

まほ「なんだ」

綾「通信傍受機の使用は制限されているわけではありません。私は決してルールに違反したわけでは…」

まほ「確かに通信傍受機の使用禁止はルールに明記されているわけではない。それは使用すること自体を念頭に置いていないからだ」

綾「ですが!圧倒的火力と一糸乱れぬ統制で敵を撃破する、勝利至上主義の西住流であれば、情報戦の上でも相手を圧倒することが…」

まほ「お前はどこまで西住流を…、いや、戦車道そのものを侮辱するつもりだ?」

綾「っ…」

まほ「言っておく。お前にはこれ以上この黒森峰で戦車道を続けることは許さない」

綾「なっ…」

まほ「今日の練習から謹慎だ。詳しい処分は追って伝える」

綾「隊長…」

まほ「話は以上だ。下がれ」

綾「…っ」

綾「隊長がそのおつもりなら…、わたしにも考えがあります」

まほ「何…?」

綾「わたしを除隊されるというのであれば、黒森峰が公式戦でも通信傍受機を使っていたということを公表します」

まほ「公式戦でも、だと?そんなデタラメが通用すると思っているのか?」

綾「もちろん嘘です、公式戦ではまだ通信傍受を行ったことはありません」

綾「でも現役隊員からそんな告発があっては、疑いの目で見られるのは避けられないと思いますよ。本人が通信傍受をしていないことを証明するのは難しくても、していたことを証明するのは簡単です。練習試合とはいえ実際に行っていますから」

綾「去年だって、10連覇を逃したときは色々な憶測が流れて苦労されたと聞きました。それで副隊長だった隊長の妹さんが転校されたとも。でしたらデタラメでも、黒森峰や西住流の名前に泥を塗るような内容を公表されるのは避けたいのではないですか?」

まほ「…」

綾「…沈黙は、肯定と受け取っていいんでしたよね?」

綾「汚名を被って戦車道を続けられなくなれば、わたしの人生はおしまいです。わたしもそれは避けたいんです」

綾「ですから隊長、わたしの除隊を考え直していただければ…このことは口外しません。もちろん通信傍受機も二度と使いません。どうですか?」

まほ「…ふっ、窮鼠猫を噛むとはこのことだな」ボソッ

まほ「わかった、除隊については取り消す。下がれ」

綾「…ありがとうございます。隊長は正しい判断を下されたと思います」

まほ「…私としても学園や西住流の名を汚す真似は避けなければならない」

綾「では…、失礼します」

まほ「ああ」

ガチャッ…バタン

まほ「…」フゥ

まほ「…新しい『処分』について、考えなければいけないな」

〜翌日〜

エリカ「お呼びでしょうか」

まほ「ああ、今日演習場Aで行う予定の1年生の技量不足車輌の補習についてだが、場所を変更する」

まほ「補習は演習場Bだ。演習場AはCで行う予定だった2年生の陣形訓練に充てる」

エリカ「了解しました。ですが、なぜ急に変更なのですか?」

まほ「補習は射撃訓練だが、今回は稜線射撃を中心に行うことにする。その内容であれば地形的に演習場AよりBの方が適しているだろう」

エリカ「なるほど、稜線射撃ですか…、わかりました。変更については皆に伝達しておきます」

まほ「頼むぞ。それと、先日報告のあった近道の件はどうなっている?」

エリカ「はい、その件でしたら隊長の指示通り風紀委員にも現状を知らせて、明日から見回りを強化してもらうよう依頼してあります。罰則の周知も行いましたし、おそらくこれで違反者はいなくなるかと…」

まほ「そうか。過去の事故の例もある。何かあってからでは遅いからな」

エリカ「そうですね」

まほ「では下がっていい、ご苦労だった」

エリカ「失礼します」

ガチャッ…バタン

まほ「…さて。パンツァー・フォー、だな」

〜演習場B・敷地内〜

ポチポチ…

綾「お、今日調子いいや」ポチポチ

綾「それにしても、隊長直々の呼び出し、とくれば無視するわけにはいかないけど…」

綾「どうしてこんなところへ…、演習場の、林の中なんて…人目につかないところにしてももっと他にあったんじゃないの?」

綾「それにしても遅い…もう30分は待ってるわ。目印は、演習場で一際高いこの一本杉で合ってるのよね…」

ガサガサ…

綾「っ!?」

まほ「すまない、待たせたな」

綾「隊長…、な、なんなんでしょうか、こんなところへ呼び出して…」

まほ「昨日のことについて大事な話がある」

綾「大事な話…って」

まほ「あれから考えてみたんだ。この問題にどう対処するのが正解か、と」

まほ「黒森峰と西住流の名誉を守る為には、お前に黙っておいてもらうのが一番だ」

まほ「だが…、お前の要求を呑んだ上で黙っておいてもらうのは、私がお前に屈したということになる。それは私にとっては屈辱的なことだ。となれば…」

綾「…?」

まほ「黙っておいてもらうのではなく、黙らせておくのが最善の道だ、という結論に至った」

綾「それはどういう…」

まほ「お前には死んでもらう」

綾「は…?な、何を、隊長、冗談を…」

まほ「本気だ」

綾「バカな、そんなことしたら隊長だってただでは…」

まほ「心配するな、後先考えずにこんな大それたことをするはずがないだろう」ジリ…ジリ…

綾「く…っ!」クルッ、タタタ…

まほ「…」タタタッ

ガンッ!

綾「うぐっ…」

ドサッ

綾「」

まほ「『窮鼠猫を噛む』…、か。ああ、確かに歴史上、そのようにして窮地を切り抜けてきた例はいくらでもある」

まほ「ただ、鼠がそうやって常に窮地を切り抜けられるわけではない。むしろ切り抜けられないことの方が遥かに多い」

まほ「噛みつく相手を間違えたな」

まほ(さて、急がなければ。佐久間をこっちに運んで…、この辺りでいいか)ズルズル

まほ(それと…、あった。これを持って行かなければ)ゴソゴソ、スッ

まほ(よし、すぐにここを出よう)

タタタ…

コンッ

まほ(…ん?)チラッ

まほ「これは…」ガサッ

まほ(袋の中に…ビールの缶が5本、か)

まほ(ここを近道にしている連中は飲酒までしているのか?全く…)

まほ(とにかくこれを…、いや、今ここで持ち帰るのはマズいな)

ガサガサ…

まほ(とりあえずここに置いておくか…)

タタタ…

〜演習場B・射撃場〜

ドォン!ドンドン!ズドォン!

エリカ「狙った目標は確実に仕留めなさい!パンター2号車!そんなことでは動いている標的になんて卒業するまで当たらないわよ!」

まほ「どうだ、調子は」

エリカ「あっ、隊長!あー…ご覧の通りです」

まほ「…なるほど、まだ厳しいな」

エリカ「まったく、中等部でいったい何をしてきたのかしらこのどんくさ娘たち…!」

まほ「そう熱くなるな」

まほ「一旦射撃をやめさせてくれ」

エリカ「え?は、はい。全車射撃やめ!」

ドンドン…ドォン…

まほ「私が手本を見せる」

エリカ「隊長が…、わかりました」

まほ「…」スタスタ…

1年生車長「どうしたんですか、副隊長…って、隊長!?」

まほ「乗せてもらえるか」

1年生車長「はっ、はい!どうぞ!」

エリカ「今から隊長が射撃の手本を見せるから、みんな見ておきなさい!」

ガチャッ

まほ「きみ、変わってくれ」

1年生砲手「は、はい!」

まほ「…砲手席に座るのは久しぶりだな」スッ、カチカチ

1年生達「…」ドキドキ

まほ「…」

ドォン!

…ズドォン!

1年生砲手「わっ!殆ど狙わずに…」

1年生車長「あ…、でも的からは逸れて、林の中に…」

まほ「…すまないな、久しぶりだったので1発試し射ちさせてもらった」

まほ「さて…きみ、頼むぞ」

1年生装填手「は、はい!」

ドォン!…ドォン!…ドォン!

1年生操縦手「うわぁ…!すごい、全部的のど真ん中に…!」

1年生砲手「さすが隊長…、砲手としても百発百中だよ…」

1年生装填手「わわ…、そ、装填が追いつかない…」

ドォン…!ズドォン!

まほ「ふぅ…」

1年生砲手「あ、あの…どうやれば、そんなに正確に当てられるんですか?」

まほ「技術的な面より、まず標的を狙い過ぎないことだ。狙いを定め過ぎると、身体全体に余計な力みが入る。そうすると照準にも微妙なズレが生じて命中精度が落ちる」

まほ「がむしゃらに当てようとするな。下手な鉄砲数撃てば、は黒森峰のやり方ではない。1発で標的を仕留めるよう心掛けろ」

1年生砲手「っ、気をつけます!」

まほ「その為には車長も的確に指示を出して砲手をサポートしろ。キューポラは飾りではない」

1年生車長「す、すみません!」

まほ「そして装填手。迅速に、かつ砲手と息を合わせて装填しろ。1秒の装填のズレが実戦では命取りになる」

1年生装填手「はっ、はい!」

まほ「よし、では訓練に戻れ」

1年生達「「はい!」」

まほ「…」スタスタ…

エリカ「さすがですね、隊長」

まほ「砲手席に座るのは久しぶりだったんだが、腕が落ちていなくてよかった」

エリカ「杞憂でしたね」

まほ「ふっ…、ああ。全射的中だった」

ここで一旦終了です。

~翌朝、東京湾海上・ボート上~

ババババババババ…

今泉「いやぁー、近づいてみるとやっぱデカいなぁ」

西園寺「僕もバックパッカーとして放浪していたときに各国の学園艦も見て回りましたが、ここまで大きな学園艦はそう多くはありませんでしたね…」

今泉「そういや世界中うろちょろしてたんだっけ。どこ見て回ったの?」

西園寺「アメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、フィンランド、ロシア…その他にも色々と」

今泉「はぇ〜、お金持ちだなぁ」

西園寺「そんなことは…、あ、古畑さん、そろそろ着きますよ」

古畑「…」

今泉「着くまで起こさない方がいいよ、この人船弱いから」

西園寺「そうなんですか」

古畑「…起きてるよ、船の上なんかで寝られるわけないじゃないか」

今泉「あ、起きてた」

古畑「あぁあ…、なぁんで四六時中海の上で暮らそうなんて考えた人がいるんだろうね。気がしれないよ私は」

今泉「これからの教育は海上でって言った人がいるみたいですよ」

西園寺「学園艦は災害にも強く、教育の結果も良好だそうですから…」

古畑「地に足付けて暮らすのが人間のあるべき姿だよ。あぁあ…」

今泉「気難しいなぁこの人。いやぁ、それにしても初めての学園艦!楽しみだなぁ」

西園寺「どうしてですか?」

今泉「だってこの学園艦は中高一貫校だろう。ということは陸上じゃほぼ絶滅した制服姿の女子中高生が拝めるんだよ!テンション上がっちゃうよぉ!」

西園寺「…」

古畑「きみ今すぐ海に飛び込んで頭冷やしたらいいよ。あぁあ…」

ババババババババ…

~黒森峰学園艦上・演習場B~

古畑「乗船してからここまで来るのに車で30分もかかるなんてさぁ…。どうして船の上で車に酔わなきゃいけないんだい」

西園寺「人口10万人の学園艦ですからね。それだけの広さがあるのは当然かと」

今泉「10万人かぁ。10万人ってどれくらい?」

西園寺「中央区の2/3程度ですが、千代田区のおよそ倍の人口です」

今泉「えーと…?よくわかんないよぉ、もっとわかりやすい例えで言えよ!」

西園寺「およそ東京ドーム2個分の収容人数です」

今泉「ああ…、なるほどそれぐらいかぁ」

古畑「あぁあぁ…私疲れたよ。ちょっと西園寺くん、先現場行って状況確認してきてよ」

西園寺「わかりました」

スタスタ…

今泉「古畑さんまだ気分悪いんですか」

古畑「あー…」

今泉「船の上って割にはあまり揺れないじゃないですか」

古畑「船の上ってだけで酔うんだよ私は」

今泉「難しい人だなぁ…。いやぁ、でもすごいですよね、10万人が一つの船の上で毎日暮らしてるなんて。びっくりだよぉ」

古畑「私からすれば日がな一日船に揺られて暮らそうなんて考える人間が10万人もいることの方が驚きだよ」

今泉「別にここだけじゃないじゃないですか、学園艦は世界中にあるんですから」

古畑「理解できない」

今泉「いいなぁ、うちの署も海の上に移転しないかなぁ」

古畑「きみはイカダでも作って1人で生活してなさい」

今泉「遭難しちゃいますよぉ!ロビンフッドじゃないんだから」

西園寺「今泉さん、それを言うならロビンソンです。ロビンソン・クルーソー、『ロビンソン漂流記』の主人公です」

今泉「うるさいなぁ!似たようなもんだろ!」

西園寺「ロビンフッドは中世イングランドの伝説上の義賊です。架空の人物という点しか合っていません」

古畑「おかえり、早かったね」

西園寺「はい。現場の状況は、何というか…、一目瞭然だったもので」

古畑「どんな状況だったの」

西園寺「ええ…、端的に説明すると、その、砲弾が直撃したようで」

古畑「…」

今泉「え…、な、何に?」

西園寺「…人間に、です」

今泉「うわぁ…」

古畑「…」

西園寺「遺体の損傷が激しくて…、現状、即死であったということしかわからないようです」

古畑「あぁ…ますます気分が悪くなってきた」

古畑「身元は」

西園寺「まだ断定はできませんが、持ち物などから昨日から行方不明の佐久間綾さんという女子生徒だと思われます」

西園寺「現在彼女の所持品から指紋が同一のものかどうか調べているところです」

古畑「なんでさぁ、その子はそんなとこにいたの。砲弾が当たったってことはなに、訓練中だったの?」

西園寺「具体的な死亡推定時刻はまだわかりませんが、そのようです。訓練中に林の中に入り、的を逸れた砲弾が当たったと考えるのが妥当かと」

古畑「なんでそんなときに入ったんだろうね、危ないなんてことはわかってるのに」

西園寺「さぁ…」

今泉「飛んでくるとは思わなかったんじゃないの?」

西園寺「それはないと思います。亡くなったのが佐久間さんであれば、彼女は戦車道の受講者なので訓練中の敷地内が危険かどうかは把握していたはずです」

古畑「あー戦車道の隊員だったの」

西園寺「そのようです」

古畑「それなら訓練中に入るのが危険かどうか知らないわけがないね」

西園寺「しかしそうなるとますます演習場の中にいた理由がわかりませんね…」

古畑「じゃあとりあえずね…、訓練の責任者に会おうよ。何かわかるかもしれない」

一旦終了です。

再開する前に、本編後の西住流の処遇などに関して。

流派によって違いはあるものの、実在の華道や茶道の流派では基本的に師範は免状を取った人がなれるものであって、その流派唯一の存在というわけではない場合が殆どです。西住流も本家の血筋であるしほが後継者筆頭だったというだけで、分家なり弟子なりに後継者候補となる師範自体は他にもいるはずなんです。このSSのようにまほが事件を起こしたとなれば母親であるしほは劇場版で継いでいた家元の座を譲らざるを得なくなるとは思いますが、だからと言って西住流ごと消滅するというわけではなく、別の後継者候補が西住流家元の座を継ぐ形になるんじゃないかと思います。ただ、映画で見せたような学園艦教育局への影響力みたいなものは弱くなるかもしれません。

といった感じの認識で書いてますが、本編後にどうなるかはご想像にお任せします。

では再開します。

〜隊長室兼ミーティングルーム〜

古畑「どうも古畑と申します。こちらは部下の今泉と西園寺で」

まほ「黒森峰女学園高等部戦車道隊長の西住まほです」

今泉「すごい、早口言葉みたい」

まほ「…」

ペシッ

今泉「いたっ!」

古畑「ちょっと黙ってなさいきみは。すみません西住さん」

まほ「いえ…」

古畑「それより。あなた、あの西住まほさんですよね。西住流の」

まほ「ええ」

古畑「いやぁ、昨年のプラウダ高校との決勝戦、拝見していました。実に惜しい試合でしたね」

まほ「へぇ…現地でご覧になっていたんですか?」

古畑「いえ実家のテレビで」

まほ「…そうですか」

西園寺「ぼくは6連覇を達成したときの決勝は現地で観ていました。中盤の鶴翼隊形で相手の戦力の3割を削ったのは見事の一言でした」

まほ「ああ、IV号ティーガーが行進間射撃で2000m先のフラッグ車を撃破して決着がついた試合でしょう。よくご存知ですね」

今泉「ぼくも去年の決勝戦は見てましたよ!おばあちゃんとテレビで!あの、あれですよね。フラッグ車の車長が戦車から降りちゃって撃破されて、10連覇逃しちゃった試合ですよね!いや〜、ほんとバカなプレイだったよなぁ、あれ。誰なんだろうほんと」

まほ「…私の妹ですが」

今泉「えっ」

まほ「何か?」

古畑「アハハ、アハ、あー…、今泉くんきみもういいから黙ってなさい」

今泉「いや、は、えと…なんか、あの、すみませんでした」

古畑「すみませんうちの部下が。失礼な奴ですほんと」

まほ「いえ…」

古畑「いやぁーしかしあれですねぇ、アハハ、船の上とは思えないぐらいの快適さですね」

まほ「学園艦ほどの大きさになると、多少の波による揺れはありません。時化で海が荒れれば多少揺れることもありますが、基本的に天候の不安定な海域は避けて航行していますから」

古畑「はぁーそういうことができるんですか。それなら天気を気にせず自転車に乗れるなぁ」

まほ「もちろん雨も必要なので、故意にそういう海域を通ることもありますが」

古畑「ある程度自由に天気を選べるということですね。なるほど船の上で暮らすのも悪くないなぁ」

今泉「来る時は船の上で暮らす人の気がしれないとか言ってたのに調子いいなぁ」

ペシッ

今泉「いたっ!」

古畑「あー、それでは本題に移りましょう」

古畑「えぇと。黒森峰女学園は確か熊本の学園艦ですよね。今日はどうしてこちらへ?」

まほ「今週は関東で練習試合の日程が組んであるんです。10日前に母港を発って、一昨日東京に」

古畑「10日前に発って一昨日到着したんですか?熊本からはそんなに時間がかかるものですか」

まほ「何も関東に来ることだけが目的ではありませんから。船舶科のスケジュールに合わせて太平洋上を大回りしながら航行したんです」

古畑「なるほど。それで一昨日到着してからはどうされていたんですか?」

まほ「一昨日は東京のプライオリ女子学院と練習試合を行い、その後は自由時間を少々取って各自東京を散策しました。昨日は通常通りの日程で、明後日には横浜の聖グロリアーナ学院との練習試合を予定しています」

古畑「プライオリ女子学院…?なんか聞いたことあるなぁ」

西園寺「プライオリ…、といえば、もしかして昔古畑さんが解決した…」

今泉「あー!あれですよ!あのすっごい戒律に厳しい先生が犯人だった事件!」

古畑「あー宇佐美先生の事件かぁ。確か『陸から離れて生活してはいけない』って戒律があるから未だに学園艦を作ってない学校だっけ」

今泉「いや、あの先生が逮捕されてからは一気に学園艦の建造に傾いたらしいですよ。あそこの学園長、あんまり戒律守る気なかったみたいだし」

古畑「あ、そうなの?」

今泉「はい、それで戦車道も今までやってなかったんですけど、同時に始めたんですって」

西園寺「今泉さん、詳しいですね」

今泉「そうだろ?これでもね、ぼく昔から戦車道好きなんだよ」

古畑「どうせ女の子目当てなんだろう」

今泉「女の子だけが目当てじゃないですよ!ちゃんと戦車も好きですよ、あの、バーンドカーンって撃ち合って迫力があるところとか!」

まほ「…あの」

古畑「はい。ああすみません。だから黙ってなさいって今泉くん話が逸れるから」

今泉「ぼくだけですかぁ!」

まほ「そんなことより、身元の確認は取れたんでしょうか?」

西園寺「先ほど確認が取れました。やはり佐久間綾さんという1年生の生徒で間違いないようです」

まほ「…そうですか」

古畑「お気の毒です。お察しします」

西園寺「お気を落としのところ申し訳ないのですが、いくつか質問しても構いませんか?」

まほ「ええ、構いません」

西園寺「ありがとうございます。最初に、亡くなった佐久間さんは演習場Bで補習が行われていた時間は他の練習には参加していなかったんですか?」

まほ「ええ。その時間帯、1年生は演習場Bで補習を受けていた隊員を除いて休憩中でした」

古畑「学年によって休み時間が別々ということでしょうか」

まほ「そういうわけではありません。各自車輌点検を行わせた後の空き時間を休憩に充てたんです」

古畑「あぁそういうことですか」

まほ「はい。それで行方不明だと判断して、ちょうどここに停泊中だったものですからまず艦内の無線通信部門に依頼して、携帯のGPS機能を頼りに場所を特定したんです」

古畑「民間人なのにそういった依頼を聞いてもらえるんですか。普通そういったものは警察でもない限り受け付けてもらえないのでは…」

まほ「学園艦の運営は全て学生が行っていますから。無線通信部門も例外ではないので、正当な理由があり、かつ私的な依頼でなければ可能です」

古畑「はぁ〜、この巨大な船を学生だけで。いやぁアハハ、私が学生の頃には考えられないですねぇ」

まほ「今はこれが当たり前ですからね。それで、GPSが示した演習場Bの中を捜索した隊員が、遺体を発見したわけです」

古畑「なるほど」

西園寺「次に亡くなった佐久間さんなんですが、どんな性格だったかご存知ですか?」

まほ「…性格?」

古畑「はい。無鉄砲だったとか、命知らずだったとか」

まほ「さぁ、そこまでは…。なぜです?」

古畑「いや、佐久間さんがどうしてあんなところにいたのか気になりましてね。えーと、訓練でも当然実弾を使われるんですよね」

まほ「もちろんです」

古畑「実弾ということは…あー、殺傷能力の方も…」

まほ「競技用とはいえ一応兵器と呼べる代物ですから。花火や爆竹などとはわけが違います」

古畑「そうですよねぇ。そこで気になったんです、彼女がなぜあんなところにいたのか。彼女は戦車道の受講者です。いや例えそうでなくても訓練中の演習場の敷地内に入ることの危険性ぐらいわかりそうなものですが」

まほ「確かにそれは私も気になっていました。しかし、ひとつ思い当たることがあります」

古畑「伺いましょう」

まほ「佐久間さんは、演習場Bの林の中を近道として利用していたのではないかと思うんです」

古畑「はぁ、近道ですか…」

まほ「ええ。実は、最近になってそういった報告が上がって来ていたんです。風紀委員に報告して今日から見回りを強化してもらうことになっていたんですが」

西園寺「具体的にはどことどこを結ぶ近道なんですか?」

まほ「黒森峰の学生寮と戦車庫です。本来であれば演習場Bの外周を大回りしなければいけませんから、15分ほどは移動時間を短縮できるはずです」

古畑「なるほど」

まほ「実は過去にも…これは私が入学する前の話ですが、演習場Bで同じような事故があったんです」

古畑「演習場に立ち入った生徒が射撃訓練に巻き込まれた」

まほ「ええ、その際には死者は出なかったのですが」

古畑「んー、するとつまり佐久間さんはこっそりと演習場Bの中を近道として利用していて今回事故に巻き込まれた、と…」

まほ「その可能性が高いとみていいと思います」

古畑「なるほど…、その点についてはこちらで調べてみましょう。しかしまだわからないことがあります。なぜ彼女はわざわざ訓練が行われている真っ最中に、演習場の敷地内に入ったんでしょうか」

まほ「それは単純に、佐久間さんが演習場Bで射撃訓練が行われること自体を知らなかったからでしょう」

古畑「知らなかった?そんなことがありえるんですか?」

まほ「はい。昨日の射撃訓練は元々演習場Cで行うはずだったんですが、稜線射撃を主体とした訓練をさせる為に、訓練が始まる前にそれに適した地形の演習場Bに変更したんです」

古畑「はぁーなるほど。そういう変更はよくあるんですか?」

まほ「頻繁ではありませんが、ときどきあることです」

まほ「その変更が偶然、佐久間さんの耳に届いておらず、彼女は訓練が始まる直前に演習場Bに入ってしまった…」

まほ「これは事故です。そして原因は…急な変更を行った私にもあります」

古畑「そう気に病まないでください。んー…まぁとにかくこちらの方で捜査を進めましょう」

まほ「よろしくお願いします」

古畑「では我々はひとまずこれで…、行くよ2人とも」スクッ

今泉「あ、お邪魔しました」アタフタ

西園寺「失礼します」スクッ

古畑「しかしまぁ実に質素な…整頓された部屋ですね。今泉くんねぇ君も見習いなさいよ」

西園寺「今泉さん、まさかまだテレビの上に電子レンジを載せてらっしゃるんですか?」

今泉「さすがに移動したよぉ!模様替えしたから、今はテレビの上には炊飯器か置いてあって、電子レンジはクローゼットの中」

西園寺「更に迷走しているじゃないですか…」

古畑「んー、あの十字に黒森峰、と書かれている大きなタペストリーはなんなんですか?何かのデザインですか」

まほ「あれは黒森峰の校章をあしらったタペストリーです。あれが何か?」

古畑「いや、他に絵や写真が飾ってない実に機能的な部屋なのに、あれだけが装飾品として飾ってあるのが気になりましてね」

まほ「この部屋には代々これが飾ってあるんです、この校章を見て初心を思い出すように、と。黒森峰の戦車道隊員は長年この校章を背負って勝ち続けてきた。相手はこれが刻まれた戦車の姿を見るだけで圧倒されるんです」

まほ「この校章はいわば学園の歴史と強さの象徴のようなものです」

古畑「んーなるほどあなたにとっても誇りであるというわけですねぇ」

まほ「…まぁそういったものかもしれませんね。私の母もこの校章を背負って戦ったんです」

古畑「んふふ。いや、いいお話を聞けました」

〜演習場B・敷地内〜

古畑「はぁ…凄い状況だねぇ」

西園寺「ええ。ここに限らず何発も林に飛び込んだようです。そこに人がいたとなると…」

古畑「…あまり考えたくないねぇ」

西園寺「しかし林とは言っても鬱蒼と木や草が生い茂っているわけではないですし、近道として利用するのは十分可能だと思えますね」

西園寺「ただそれでも、稜線射撃を行っていた位置からここに人がいることを視認するのは不可能でしょうが…」

今泉「事故事故、間違いないよ」

古畑「佐久間さんはここを通ってどこへ向かってたんだろうね」

西園寺「佐久間さんの姿が最後に確認されたのが、この演習場で訓練が始まるおよそ30分前、車輌点検が終わって戦車庫で友人と別れたところです。恐らくその後暫く戦車庫付近に留まってからこの近道を通って寮に向かおうとしたのではないかと思われます」

古畑「ふんじゃあここは線車庫の近くになるの」

西園寺「ええ、位置的にはそのようです」

古畑「戦車庫ってのはどっち」

西園寺「あちらです」

古畑「寮は?」

西園寺「あちらです」

古畑「ありがとう」

西園寺「それとこちらが被害者の所持品です」

古畑「えーと?カバンと…、上着のポケットにはペン、ハンカチ…少ないね」

古畑「んー…ペンはあるけど、メモ帳みたいなものは持ってなかったの?」

西園寺「いえ、特には」

古畑「そう」

西園寺「カバンはこれ自体も中の物も、着弾の衝撃でかなり破損していますね」

古畑「んー確かにコンパクトも鏡が粉々に割れてるしタオルもボロボロ、この鍵も…歪んでるねぇ」

西園寺「それはおそらく部屋の鍵だと思います。これも衝撃で形が歪んだようですね…」

古畑「んー…これじゃ使えそうにないね。マスターキーを借りといてよかった」

今泉「あ、今週号の雑誌が落ちてる!…うへぇ、ぐちゃぐちゃに濡れてて読めないや」

古畑「そういえば地面がぬかるんでるねぇ。雨でも降ったのかな、陸地では降らなかったのに」

西園寺「そのようですね。だから佐久間さんの足跡も殆ど消えてしまっていて…。昨日は雨の降る海域でも通ったんでしょうか」

古畑「一応後で船舶科に確認取っておいて」

西園寺「わかりました」

今泉「こっちの雑誌は…、あっ、これは袋に入ってたから濡れてない!ラッキー」

西園寺「今泉さん、さっきから何をされてるんですか?」

今泉「いや、雑誌とか結構落ちてるからさ、読めそうなやつを集めてるんだよ。割と新しいのばっかだし」

西園寺「みっともない真似はやめましょうよ…」

今泉「ほっといてくれよ!今月新しい冷蔵庫買ったから余裕ないんだよ!」

古畑「確かに、ゴミも多い…」スタスタ

西園寺「そうですね…。人目につかない場所ですし、近道ついでにポイ捨ても横行していた可能性はありますね」

古畑「…んー?あれはぁ?」

西園寺「ああ、それは佐久間さんのスマートフォンのようです」

古畑「鑑識さんこれもう動かしていいの?」

鑑識「どうぞ」

古畑「んー…」ヒョイ

古畑「なんでこんなとこに落ちてたの。佐久間さんの遺体からは距離があるよね」

西園寺「さぁ…慌てて逃げようとして、落としたのではないでしょうか?」

古畑「…」チラッ

古畑「あっちと、こっち…んー…」

今泉「えー…とぉ?」ガサゴソ

西園寺「…今泉さん何されてるんですか?」

今泉「いや、こっちの木陰の方にも何かないかと…お?」

今泉「これは…、わっ!ビールの空き缶だよぉ!」ガサガサッ

西園寺「ビール?」

古畑「…?」

今泉「ほら!えーと…5、6、7本もありますよぉ!誰が飲んだんだろこんなに」

西園寺「普通に考えれば、ここに立ち入った…近道に使っていた生徒が捨てたんでしょうか」

今泉「未成年で飲酒かぁ、生意気だなぁ」

古畑「そこの木陰に落ちてたの?」

今泉「え、はい、茂みの奥に隠すように」

古畑「…ふーん、そこにねぇ」

一旦終了です。

〜資料室〜

まほ「…」ペラ…ペラ…

ガチャッ

古畑「ああ、どうも」

まほ「古畑さん…?」

古畑「なにされてるんですか」

まほ「…なに、ちょっとした調べ物です。古畑さんこそここでなにを?」

古畑「いやぁ、私この学園艦や黒森峰の戦車道について何も知らないものですから、何か参考になる資料がないかと思いまして」

古畑「そうだ。西住さん何かオススメの資料ございませんか」

まほ「ここには…そういった類の書籍はありませんね」

古畑「あー…ないんですか」

まほ「試合についての詳細な戦績や資料ばかりなので。図書室に行かれた方がいいと思いますが」

古畑「図書室に」

まほ「ええ。『黒森峰女学園艦史』という本が置いてあるはずです」

古畑「『黒森峰女学園艦史』」

まほ「それにはこの学園艦の概要や黒森峰の戦車道についても纏められています」

古畑「ありがとうございます。メモしておこう、えぇと…『黒森峰女学園艦史』…、と。はいありがとうございました」

まほ「いえ。図書委員に聞けばすぐ見つかるでしょう」

古畑「すみませんお邪魔しました。早速行ってみます」ガチャッ

古畑「あ…」

まほ「…?」

古畑「そうだ。西住さん、佐久間さんのスマートフォンの話、まだしていませんよね」

まほ「…ええ」

古畑「現場となった林の中に彼女のスマートフォンが落ちていたんですがね。これがどうもわからなくて」

まほ「というと?」

古畑「スマートフォンは彼女の遺体から少し離れた場所に落ちていまして。んーこれが引っかかるんです」

まほ「それは…、砲撃から逃げる途中に落としたということなのでは?」

古畑「んーしかし、スマートフォンは遺体よりも戦車庫寄りに落ちていたんです」

まほ「わかりませんね…それのどこが問題なんですか?」

古畑「遺体があったのは林の中でも戦車庫側に近い位置でした。となると射撃訓練が始まれば、より近い戦車庫の方に逃げたはずなんです。ところがスマートフォンは佐久間さんの遺体より戦車庫寄りに落ちていた。つまり逃げる途中で落としたのであれば彼女はより遠い学生寮の方に向かって逃げたことになるんです」

まほ「林の中で位置感覚があいまいになっていたのかもしれませんよ」

古畑「確かにそうも考えられます。しかしもし彼女が普段から近道として使っていたのであれば、自分がどの程度歩いたのか、だからどちらに逃げた方が早いか、ということぐらいは判断できたはずです」

まほ「…まぁ、そうですね」

古畑「なぜ遺体より戦車庫寄りにスマートフォンが落ちていたのか…」

古畑「私ねぇ西住さん、もしかすると誰かが動かした可能性があるのではと思うんです」

まほ「動かした…?スマートフォンをですか?」

古畑「んー、この場合スマートフォンをというより、佐久間さんの身体を、です」

まほ「どういうことでしょう?話が見えませんが」

古畑「つまり、林の中で佐久間さんを誰かが気絶させた。そしてスマートフォンが地面に落ち、その後誰かが気絶した佐久間さんを動かした…、あ、現場はまだご覧になっていませんでしたよね?」

まほ「ええ」

古畑「彼女が倒れていたのは大きな杉の木の根元でした。彼女は気絶させられた後でそこに運ばれたのではないでしょうか」

まほ「待ってください、そうなるとこれは殺人、と仰りたいのですか?」

古畑「そうとは言えません。ただ林の中を通り過ぎようとした佐久間さんの身に何かが起きた。その後で運悪く砲弾が直撃し、彼女は亡くなった。その可能性もあると考えています」

まほ「まさか…信じられませんね」

古畑「んーまぁ刑事というものは様々な角度から捜査を進める必要がありまして。ただもし実際に彼女が気絶させられてから杉の木の根元に運ばれたのだとして、その理由はわかりませんがね。いずれにせよこれが単なる事故だと断定するのは早計だということです」

まほ「…あなたの仰りたいことはよくわかりました。いずれにしても警察の捜査には必要な限り協力します」

古畑「ありがとうございます、そう言ってもらえると助かります」

古畑「では『黒森峰女学園艦史』、図書室で借りてみます。すみませんお邪魔しました」

〜校舎内・応接室〜

西園寺「当日の訓練の様子について、お聞かせ願えますか」

1年生車長「…と、当日の訓練って言っても…」

1年生操縦手「いつもと変わりはなかったですけど…」

古畑「すみません、その『いつも』を私どもは知らないものですから」

西園寺「昨日は何時頃から補習が始まったんですか?」

1年生車長「えっと…昨日は、確か…」ペラ…ペラ

古畑「…それ、生徒手帳ですか?」

1年生車長「え?はい」ペラ…

古畑「表紙に校名と大きく校章が書かれているだけですか。んふふ、なんかあれですね、警察手帳みたいなデザインですね」

1年生車長「あはは、そうでしょうか…」

古畑「しかし立派ですねぇ、きちんと生徒手帳を持ち歩いてるなんて。必ず携帯しないといけないんですか」

1年生操縦手「はい、学園艦の中ではこれで身分を証明したり、買い物や施設の利用のときも生徒手帳があれば色んな割引を受けられたりするので…」

古畑「なるほど便利ですねぇ。私は警察手帳持ち歩かない主義ですから割引あっても意味ないんですけども、アハハ」

1年生装填手「え、じゃあ刑事さん今警察手帳持ってないんですか?」

古畑「ええ、かさばるので。んふふ」

1年生車長「あ、ありました。補習は3時15分からです」

西園寺「その時間、あなた方を含めて7輌の車輌が補習に参加されていたんですよね」

1年生車長「は、はい」

西園寺「どのような訓練内容だったんですか?」

1年生砲手「稜線射撃です。こう、丘の上から砲塔だけを出して、標的を狙撃する訓練なんですけど、わたしの命中率がよくないので補習になっちゃって…」

西園寺「他の車輌も全て命中率が低く補習になった、ということですね」

1年生砲手「はい…だと思います」

古畑「そういったデータが取ってあるんですか」

1年生通信手「はい、普段の訓練の成績から練習試合や公式戦の戦績まで、車輌としても搭乗員個人としても記録が残るんです」

古畑「はぁーそういえば先ほど行った資料室でそんな話を聞きました。いや強豪校ともなると違いますね、ンフフ」

1年生砲手「あの…ちょっとすみません」

西園寺「なにか?」

1年生砲手「佐久間さんって、敷地の中で流れ弾に当たって死んじゃったんですよね…」

西園寺「それは…」

古畑「んー…それを調べているところなんでして、今はまだなんとも」

1年生砲手「も、もしわたしが外した弾が当たって死んじゃったんだったら…どうしよう…」

古畑「まだそうと決まったわけではありません」

1年生装填手「す、すみませんっ、この子、自分が殺人罪になるんじゃないかって、ずっと心配してて…」

西園寺「もし万が一あなたの撃った弾が当たったのだとしても、それは事故です。林の中にいた彼女の姿は見えなかったんですし、あなたが責任を問われることはありませんよ」

1年生砲手「ほ、本当ですか…?」

古畑「ええ、もちろんです」

1年生車長「そうだよ!そんな、みんながみんな補習のときの西住隊長みたいに百発百中じゃないんだから、ね?」

古畑「ん…待ってください、補習のとき、西住さんも射撃を行ったんですか?」

1年生車長「え、はい。訓練の途中にいらっしゃって、みんなに射撃の手本を見せてくれて…」

1年生操縦手「でも凄かったですよ、1発も的を逸れなくて…あ、よかったらそのときの動画もありますけど」

古畑「…よろしければ見せてもらえませんか?」

1年生操縦手「隣の車輌の子が撮ってたんですけど…」スッ

西園寺「戦車に乗り込むところから、ですね…」

古畑「…」

『ドォン!』

古畑「…ん、1発目は逸れたみたいですけども…」

西園寺「いきなり撃ったからか映像では着弾先は追えていませんね」

車長「あ、これは試射だそうです。久しぶりだから撃つ感覚を確かめたかったって」

古畑「あー…」

『ドォン!ドン!ドン!』

西園寺「確かに、百発百中のようですね…」

1年生操縦手「っと、ここで終わりなんですけど…」

古畑「いや、興味深いものを見せていただきました。ありがとうございます。参考までに今の動画、後で我々にもデータをいただけないでしょうか」

1年生操縦手「はい、いいですよ」

1年生車長「あの…もう戻っても大丈夫ですか?」

古畑「はい。あ、最後にひとつだけ…」

古畑「稜線射撃の訓練というのは、射撃を行う位置は決まっているんですか?」

1年生車長「はあ、だいたい…」

1年生砲手「練習なので、停車させる位置が決まっていて、そこから的を狙うような感じです」

古畑「なるほど、ありがとうございます。もうお戻りになられて結構です、どうも」

一旦終了です。

〜演習場A〜

キュラキュラキュラキュラ…

ドンドン!ドォン!

まほ「狙った標的は確実に仕留めろ!1秒の遅れ、1センチのズレでも試合では命取りだと思え!」

古畑「いやぁ〜凄い迫力ですねぇ」

まほ「っ…、古畑さん、西園寺さん」

古畑「すみませんこんなところにお邪魔してしまって」

まほ「いえ…、構いません」

西園寺「もう練習再開ですか?」

まほ「…いつまでも悲しんでいるわけにはいきませんから」

古畑「んん〜ご立派です。えーとこれは、なんの訓練なんですか?」

まほ「行進間射撃です」

古畑「行進間射撃。なるほど走りながら標的を撃破する訓練ですね?あぁこれは難しそうだ」

まほ「自身が動きながら標的を狙って撃破する必要がありますからね。何より砲手の腕が問われますし、指示を出す車長にも正確さが求められます」

古畑「いやー私にはとてもじゃありませんが無理そうです、アハハ。あ、そういえば西住さん、あなたも砲手としての腕は相当なものだそうですね」

まほ「なんのことですか?」

古畑「補習に参加していた1年生達に聞いたんです。あなたが手本として実際に射撃を行って見せたのだと」

まほ「ああ…あれですか。ああいったものはただ口で説明するより、実際にやって見せた方が伝わるものですから」

古畑「いや、その通りですね。狙った的には全射的中だったとか」

まほ「そうでしたか」

古畑「あー…ただそうでした。最初の一発だけ的を外れたようですね。まぁ弘法も筆の誤りと言いますから」

まほ「試射のことですか?あれは感覚を掴む為に一発適当に撃ってみただけです」

古畑「はぁなるほど試射ですか…、しかしあなたほどの腕前でも試射が必要なんですか?」

まほ「久しぶりのことでしたし、手本を見せると言ってから的を外しては説得力がないでしょう」

古畑「もっともです」

まほ「それで、古畑さん。御用件は」

古畑「はい?」

まほ「まさか練習の見学の為だけにここにいらっしゃったわけではないでしょう」

古畑「あぁそうでした。えぇとですね、私先ほど確認の為に無線通信科の方に行ってきたんですがね。そこで気になることが出てきまして」

まほ「気になること?」

古畑「ええ。佐久間さんなんですがね、亡くなる直前に林の中にいたのは間違いないんですけれども、どうも彼女、亡くなる30分ほど前から林の中にいたようなんです」

まほ「どうしてそんなことが…」

古畑「佐久間さんのスマートフォンです。彼女のスマホは、亡くなる直前までの30分間定期的に位置情報を送信していたようで。その記録によると彼女はほとんど林の中から動いていなかったんですよ。妙だと思いませんか」

まほ「…確かに…」

古畑「なぜ彼女は30分も林の中にいたんでしょうねぇ」

まほ「…少し待ってください、古畑さん」

古畑「はい」

まほ「全車停止!」

ドォン…キュラキュラ…キュラ…

まほ「…暫く休憩だ。20分後陣形を整えて再び集合」

「「「はいっ!」」」

古畑「…」

まほ「…、先ほど古畑さんは、佐久間さんは林の中で気絶させられていた可能性もあると仰っていましたが」

古畑「はい」

まほ「もしかして、彼女は射撃訓練の始まる30分前から林の中で気絶させられていたのではないでしょうか?それでスマートフォンの位置情報も林の中に留まったままだった」

古畑「んーそれは恐らくないと思います」

まほ「…なぜです?」

古畑「彼女のスマホが位置情報を定期的に送信していたと言ったでしょう。んー、彼女、実はゲームをしていたようでして」

まほ「…ゲーム」

古畑「『ボコの大冒険』というゲームアプリをご存知ですか」

まほ「いえ…ボコは妹が好きなので知っていますが」

古畑「最近一部の女子高生の間で流行っているそうです。んーどうもそのアプリはプレイする為にプレイヤーの位置情報を利用するそうで。彼女は30分間そのアプリで遊んでいたようです」

まほ「なぜそうだとわかるんですか?」

古畑「彼女の友人も同じアプリをダウンロードしていましてね。ついさっき、11時頃にフレンド一覧の画面から佐久間さんの最終プレイがいつだったのか確かめさせてもらうと、約20時間前でした。計算すると前日の午後3時頃、彼女が亡くなった頃だということになります」

まほ「…なるほど」

古畑「演習場の林の中で30分間動かずにゲームをしていた…かなり不可解な状況です」

古畑「私思うんですよね西住さん。佐久間さん、あの林を通り過ぎる為に敷地内に立ち入ったのではなく、あそこで誰かと待ち合わせしていたのではないかと」

古畑「そうだとすると辻褄が合うんです。彼女が亡くなっていたのは演習場Bの林の中でも目立って高い杉の木の下でした。待ち合わせの目印としては丁度いい。彼女が30分間動かずにゲームをしていたのも相手が来るまでの暇つぶしだった」

まほ「そしてその相手が彼女を気絶させ、直後に始まった射撃訓練で佐久間さんは亡くなった、と?」

古畑「その可能性もあると踏んでいます」

まほ「…なるほど。では古畑さんは、やはりこれは事件だとお思いなんですね?」

古畑「んーそこまでは。佐久間さんと待ち合わせていた誰かが彼女を気絶させてしまい、とりあえず杉の木の下に置き去りにして逃げた。そこに砲弾が着弾して…といった事故の可能性もないとは言えませんから」

古畑「いずれにしても佐久間さんの待ち合わせ相手を探す必要があります」

まほ「その相手の人物像は浮かんでいるんですか?」

古畑「はい、おおよそは。まず演習場には関係者以外が近づくことはほぼあり得ません。よって戦車道の受講者ですね。さらにその人物は林の中が近道に使われていることを把握していました。そうでなければあんなところでわざわざ待ち合わせるはずがありませんからね。そして彼女をあんな場所で30分も待たせることができる、つまり彼女と親しいか、もしくは彼女より目上の人物ということになります」

古畑「西住さん、そんな方に心当たりはございませんか」

まほ「…いいえ、特には」

古畑「そうですか。ちなみにあなたは射撃訓練が始まる直前には何をされていましたか?」

まほ「古畑さん、これは尋問なんでしょうか?」

古畑「とんでもない、あくまで形式的なものです。こういう点の確認をおろそかにしておくと後で上司がうるさいもので」

まほ「戦車道連盟への提出書類を纏めていました。それが終わって真っ直ぐ演習場Bに」

古畑「演習場Bに到着したのは射撃訓練が始まる前ですか?」

まほ「いえ、もう始まっていましたね」

古畑「そうですか。んん…いやどうもありがとうございます」

〜黒森峰学院・学食〜

まほ「…」モグモグ

古畑「やぁ。遅いお食事ですね」

まほ「…ええ。練習が長引いたもので。古畑さんたちも昼食にしては遅いのでは?」

古畑「捜査が長引きまして。んっふっふ、よければ食事をご一緒してもよろしいでしょうか」

まほ「構いませんよ、どうぞ」

古畑「ありがとうございます」

西園寺「失礼します」

古畑「いやぁどうですか皆さんの調子は」ガタッ

まほ「まずまず、と言ったところです。ただ本調子ではありません」

古畑「まぁあんなことがあったと後ですから。仕方ありません」

古畑「えぇと?それは…カレーですか?」

まほ「ええ」

古畑「やぁ、おいしそうですね〜。あ、そうそう、私さっき驚いたことがあるんです」

まほ「…、なんですか?」

古畑「スーパイコのことです」

まほ「…は?」

古畑「スーパイコです。熊本って酢豚のことをスーパイコって呼ぶんですね」

まほ「ああ…、はい。そうですよ」

古畑「さっきメニュー見て驚きました。なぁ」

西園寺「ええ、ぼくも初耳でした」

古畑「それでですね。どうでしょうか、ここのスーパイコ。おいしいですかね」

まほ「さぁ、食べたことがないので」

古畑「そうですか。私思いっきり酸っぱいのが好きなんですけどね、西園寺くんどう思うこれ」

西園寺「そうですね、見た目はおいしそうに見えますが」

古畑「うーん…まぁ考えてても仕方ない。食べよう、食べましょう。いただきます」

西園寺「いただきます」

モグモグ…

古畑「…うん。なかなかいけますね。酸味が効いてる。西園寺くんそっちの鯖の味噌煮はどうだい」モグモグ

西園寺「おいしいです」

まほ「…」モグモグ

古畑「あ、そうだ。私の部下の今泉。あのデコの広いあいつです。あいつが現場で気になるものを見つけましてね」

まほ「あるもの?」

古畑「西園寺くん、あれ」

西園寺「はい」

まほ「…?」

古畑「…えー、これです」ガサゴソ

まほ「…、それは」

古畑「ビールの空き缶です。これも、これも、これも」コトッ、コトッ、コトッ

古畑「現場のゴミに紛れて捨てられていたんです。茂みの奥に隠すように」

まほ「…」

古畑「…あ、すみません食事中でした。汚いですね片付けます」ゴソゴソ

古畑「えーこれぇー…どう〜思われますか」

まほ「…あそこを通っていた生徒達の中には飲酒している者もいて、そのゴミをあそこに捨てていたということになりますね」

古畑「はいそうです。んーしかし女子高生が、しかも規律を重んじていそうな黒森峰の戦車道の隊員がビールなんかに興味を持つものなんでしょうか。あ、もちろん近道だって規律を破ってはいますけども」

まほ「興味ぐらいは持ちますよ。むしろ黒森峰の生徒だからこそ」

古畑「どういうことでしょうか」

まほ「ご存じないでしょうが、この黒森峰の学園艦の主要産業はノンアルコールビールの製造なんです」

古畑「ノンアルコールビール。そうなんですか」

西園寺「そういえば『シュヴァルツヴァルト』というノンアルコールビールを聞いたことがあります。確か関東の方でも販売されているはずですね」

古畑「そうなの?すみません西住さん私あまりそういうのはやらない人間でして」

まほ「いえ。この学園艦の学生の、年間のノンアルコールビール消費量は平均150リットルとも言われています」

古畑「150リットル!そんなに飲むんですか。いやぁー信じられないなぁ」

まほ「そんな場所ですから、ノンアルコールビールでは物足らず、アルコールの入ったビールに興味を持つ者がいてもおかしくないというわけです」

古畑「なるほどわかりましたぁ…、んーまぁ未成年の飲酒についてはちょっと如何なものかと思いますが」

まほ「…申し訳ありません」

古畑「…まぁそこは我々の管轄外ですから。一先ず置いておきましょう」

まほ「ありがとうございます。この件に関してはこちらで責任を持って厳正な調査と処分を行います」

古畑「んふふ、それがいいと思います」

古畑「あ、そうだ西住さん。そういえばあなた、昨日雨を降らせたそうですね」

古畑「現場の土がぬかるんでいました。朝あなたにお会いしたときに、学園艦は基本的に天候が安定した海域を選んで航行していると聞いていたものですから気になったんです」

古畑「船舶科に確認をとったところ、一昨日あなたに雨の降る海域を航行してくれるよう頼まれたそうで、昨晩は東京湾を出て雨天だった八丈島近海を航行したそうです。間違いありませんか?」

まほ「ええ、確かに依頼しました。今朝の行進間射撃の訓練の為に。地面が乾燥していると砂埃が立って標的が見えにくいので」

古畑「無線通信科に佐久間さんのGPSの探索を依頼したように、私的な依頼でなければ可能なわけですね」

まほ「何が仰りたいんですか?」

古畑「はい?いえいえ何も。ただ昨夜の雨で足跡追及や現場に残っていたであろう痕跡の採取が困難になっていたものですから、理由を知りたかっただけです」

まほ「そうですか。それはタイミングが悪くて申し訳ありませんでした。ですが一昨日はまさかあんなことが起きるとは思いもしなかったので」

古畑「それは勿論そうでしょう。今回の事件が起きた翌日に限って学園艦では滅多に降らないであろう雨が降った。…んっふっふ、実にタイミングが悪かった、それだけのことです」

まほ「全くですね。…ん?」

ツカッツカッ…

古畑「…?」

「お久しぶりですわね、まほさん」

まほ「…ああ、久しぶりだな」

「こちらの方たちは?」

まほ「今回の事故の捜査をしてらっしゃる東京の刑事さんたちだ」

古畑「古畑と申します」

西園寺「西園寺です」

ダージリン「あら、警察の方たちですの…。私は聖グロリアーナ女学院の戦車道隊長、ダージリンです。こちらはオレンジペコ」

オレンジペコ「お初にお目にかかります」

古畑「ダージリン、オレンジペコ…?あの、外国の方ですか?」

ダージリン「いえ、こう見えても横浜生まれの横浜育ちですわ」

西園寺「確か聖グロリアーナ女学院では幹部クラスやその候補の生徒には、紅茶にちなんだニックネームが与えられていると聞いたことがあります。彼女達の名前も紅茶の銘柄から来ているニックネームなのでは?」

ダージリン「ええ、そうです。よくご存知ですわね。だから本名は明かせませんの」

まほ「それで、ダージリン。一体どういった用件でここに?」

ダージリン「ええ、用件の前に…事故のことを聞きました。お悔やみ申し上げますわ」

まほ「ああ、ありがとう」

ダージリン「それで…、今回伺ったのは、明後日の練習試合をどうされるのか、直接確認しておこうと思いましたの」

まほ「その為だけにわざわざここに?」

ダージリン「いえ、ついでというわけではありませんけれど、他にも東京の方に用件があったものですから」

まほ「そうか」

ダージリン「それで練習試合の方は…こんなことがあった後ですから、やはり中止にされますか?」

まほ「いや、心配には及ばない。練習試合は予定通り行うつもりだ」

ダージリン「まぁ…、いいんですの?」

まほ「ああ。隊員の動揺は大きいが、集中できるものがあった方がいいだろう。こんなときに試合まで中止にしてしまうと、事故のことばかり考えて更に動揺が広がりかねないからな」

ダージリン「まほさんがそう仰るのであれば構いませんけれど…」

まほ「よろしくお願いする」

ダージリン「…ええ、わかりましたわ」

まほ「話はそれだけか?」

ダージリン「ええ」

まほ「そうであれば私は練習に戻る。古畑さんたちもごゆっくり」

古畑「はい」

まほ「ではダージリン、明後日試合で会おう」

スタスタ…

ダージリン「…あんなことがあっても、いつも通りですのね、まほさんは」

古畑「あのー…」

ダージリン「あら、なにか?」

古畑「少し伺いたいことがあるのですが。よろしいでしょうか?」

ダージリン「私にですか?この後も予定があるので、少しでしたら構いませんけれど」

古畑「ありがとうございます、手短に済ませます」

ダージリン「オレンジペコ、ヘリの準備が出来たら呼んでちょうだい」

オレンジペコ「わかりました」

ダージリン「それで、お話というのは…あ、食後の紅茶はいかが?」コポポポ

古畑「いただきます」

西園寺「ありがとうございます」

ダージリン「どうぞ。砂糖はよろしくて?」

古畑「いえ結構です、医者から甘い物止められてんです私」ズズッ

古畑「あー、美味しい紅茶ですねこれ。なんていうんですか?」

ダージリン「これはダージリンのSilver Fine Tippy Golden Flowery Orange Pekoe, 通称SFTGFOPと呼ばれる等級のものです」

古畑「なんですか、あー、ダージリンの、シルバー…?」

ダージリン「Silver Fine Tippy Golden Flowery Orange Pekoe」

古畑「あー、はいはい、シルバー…あー、オレンジペコですね。アハハ、今度スーパーで探してみようかなぁ」

ダージリン「それは無理だと思いますわ。これは現地の指定農園から特別に空輸しているものですから」

古畑「あれぇ、そうなんですか?」

ダージリン「それで、古畑さんと仰いましたかしら。お話というのは?」

古畑「そうでした。あのですね、えー。技術さえあれば戦車から目視できない標的でも狙撃することは可能でしょうか?」

ダージリン「理論上できないことではないと思いますわ。技術はもちろんのこと、標的までの距離、位置、そして戦車の性能まで全てを正確に把握できていれば、標的が直接視認できない状態でもそれを狙撃することは可能でしょう」

ダージリン「もっとも技術や知識だけではありませんわ。寸分のズレも許されない緻密な射撃を、標的が見えない状態で行うということへのプレッシャーに耐え得る精神力も求められますわね」

古畑「んん…つまり技術面精神面共にずば抜けた優秀さを兼ね備えた人物だけがそれを成功させることができると」

ダージリン「ええ。そんな人物は国内でも数えるほどでしょうけれど」

古畑「なるほど…」

ダージリン「では逆にこちらからも一つ質問してもよろしいかしら?」

古畑「どうぞ」

ダージリン「古畑さんはまほさんを疑っておいでなのかしら?」

古畑「はい?」

ダージリン「質問の意図はわかりませんけれど、ただの事故の捜査であればそんなことを訊く必要はないでしょう?そしてさっき私が来たときの雰囲気…とても楽しい会食という風には見えませんでしたわ」

古畑「あー…んっふっふ、鋭いお方だ。でも決してまほさんを疑ってるわけではないんです。ただこういった事件か事故か判断が難しい場合は、あらゆる可能性を考えなければいけませんから」

ダージリン「なるほど、ふふ…まぁそういうことにしておきますわ」

ダージリン「そうだ、古畑さん。もし仮にこれが事件だったとして…、さらに万が一まほさんが犯人だったとしても…逮捕するのは暫く待っていただけないかしら?」

古畑「いやぁそれはァ〜…どうしてです?」

ダージリン「今年も大会では黒森峰に負けてしまったんです。もし仮にまほさんが捕まってしまったら、戦車道の試合、彼女の勝ち逃げになってしまいますもの」

古畑「いやぁー別にこれが事件だとも彼女が犯人だとも考えているわけではないのですが…なるほど、そうですね…善処しましょう」

ダージリン「…善処、ですか…。ふふ、職務熱心な方なのね」

古畑「んっふっふ」

ダージリン「職務熱心といえば、古畑さん。こんな小話をご存知?」

古畑「なんでしょうか」

ダージリン「ある日道を歩いていると、向こうから頭に赤い洗面器を載せた男が歩いて来たんです」

古畑「…!」

ダージリン「洗面器にはたっぷりの水が入っていて、男はその水を1滴も零さないようにゆっくり、ゆっくりと歩いていたんです」

古畑「続きを」

ダージリン「そこで、勇気を出して男に聞いてみましたの。『失礼ですが、あなたはどうして赤い洗面器なんて頭に乗せて歩いているんですか?』ってね」

古畑「その先は?」

ダージリン「ふふっ、興味がおありなんですね。すると男はこう答えたんです。『それは…』」

スタスタ

オレンジペコ「ダージリン様、ヘリの用意ができました」

ダージリン「あら…、そう。すぐに行くわ」スッ

古畑「えっ、あのー…ダージリンさん続きは?」

ダージリン「すみません古畑さん。わたくし次の予定があるんです」

古畑「いやあと一言、続きぐらい教えてくれても…」

ダージリン「イギリス人はプライベートでは時間にルーズですけれど、ビジネスでは日本人より時間厳守ですの」

古畑「でもあなたイギリス人では…」

ダージリン「すみませんわね、それではごきげんよう。行くわよ、オレンジペコ」

オレンジペコ「はい」

スタスタ…

古畑「…あぁ」

〜校舎内・図書室〜

司書「黒森峰女学園艦史…、黒森峰女学園艦史…、と」

古畑「見つかりませんか」

司書「いや、あるはずなんですけど…あ、あった!」ゴソゴソ

古畑「これですかぁ?やー分厚い…わっ、ンッハッハ、ほこ、埃だらけですねぇ」

司書「ああっ、すみません、ちょっと埃払いますね」ポンポン

司書「いやぁ、こんな本、って言ったら悪いですけど、中々借りる人いないですから…」

古畑「んっふっふ、まぁそうでしょうね」ペラ…

古畑「…あー最後に借りられたのは2年前ですね…、おや、これ西住さんだ」

司書「ああ、西住隊長が…まぁ隊長なら読んでるでしょうね。よく図書室を利用されてますから」

司書「この学園艦や戦車道関連の蔵書については、私より詳しいと思いますよ」

古畑「なるほどさすがその方面の教養も深いんですねぇ。ではこれ、ちょっと読ませて頂きます」

古畑「さて…」ペラ…ペラ…

『黒森峰女学園の歴史は古く、その起源は戦国時代まで遡り…』

『…母港は熊本港であるが、学園艦の巨大さ故に建造当時から現在に至るまで実際に熊本港に接岸した事は一度もなく、物流や人員の輸送は当時としては画期的な…』

『さて、黒森峰の歴史を語る上で欠かせないのは西住流本家との繋がりである。西住流は日本最大の戦車道流派であり、黒森峰女学園とは一体と言っても過言ではない程に強い結びつきを…』

『…第1次世界大戦によって一時期途絶することとなっても、当時の熊本県とドイツ帝国との関係性は戦後揺らぐことなく続き…』

『…黒森峰女学園の校章は、創始者である彼がドイツ人以外としては初めて授与された大鉄十字勲章が由来となっている。更に西住流の勝利至上主義の精神を表すデザインとして、鉄十字の上に【黒森峰】の文字が刻まれて…』

今泉「あっ、いた!古畑さぁん!」

古畑「…」

今泉「古畑さん!古畑さんってば」

ペチッ

今泉「いたっ!」

古畑「騒がしいなァ君は、図書室では静かにするもんだよ」

今泉「酷いじゃないですか!僕を置き去りにして捜査進めるなんて!」

古畑「いてもいなくても同じじゃないか」

今泉「またすぐそういうことを…、何読んでるんですか、電話帳ですか?」

古畑「この学園艦の資料」

今泉「そんなもの役に立つんですか?」

古畑「んー、さぁ」ペラ…

今泉「あ、そういえば聞いてくださいよ、他にやることなくて聞き込みしてたら、なんか佐久間さんの上着を間違えて着て帰ってたって生徒がいたんですよ」

古畑「上着を間違えて…?」

今泉「はい、なんか昨日の車輌点検のときに取り違えたって…」

古畑「…、一応話を聞いてみたいんだけど、なんて生徒?」

今泉「はい、えーと名前はなんだったかな…」

今泉「あ、朝倉さんです、朝倉マリさん。1年生らしいです」

古畑「んーちょっとその生徒のところに案内して」

〜校舎内・中庭〜

今泉「この子です」

古畑「どうも古畑と申します、あなたが朝倉さんですか?」

マリ「はい」

今泉「どうぞ、どうぞ」

マリ「…ありがとうございます」

古畑「えーと、あなたの上着を佐久間さんが間違えて持って行ったんですね?」

マリ「はい…」

古畑「車輌点検の際に」

マリ「そうです…」

古畑「どういう状況だったんですか?」

マリ「車輌点検のときに、汚れるからと思って上着を脱いでたんです。それで近くの棚の上に置いてたんですけど、そこに佐久間さんも置いていて…それでお互い間違えて持って帰ったみたいで、後で気がついたんです」

古畑「んーなるほど」

マリ「あの…私の上着って、返って来ないんですか」

古畑「それはァ…佐久間さんが着ていたものですから、損傷が激しくて。お返しできる状態ではないもので」

マリ「そう、ですか…」

古畑「…すみません、朝倉さん。佐久間さんの上着は、今どちらに」

マリ「ああ…、これ、なんですけど…」

古畑「拝見します」

古畑「やはり気づかないものですか、取り違えても」

マリ「はい、サイズも同じだったし、名札もないから…」

古畑「そうですか…。これ、ポケットの中身を調べてもよろしいですか?」

マリ「はい」

古畑「んー、と。ペン、小銭入れ、生徒手帳、ハンカチ、あと…ガムの包み紙」

古畑「全部佐久間さんのものですか」

マリ「そうです」

古畑「ちなみに、あなたが上着のポケットに入れていたのは?」

マリ「えっと…、生徒手帳と、ペンと…、あっ、あとハンカチです」

古畑「んーでは佐久間さんの着ていた上着から見つかった遺留品は全て朝倉さんのものということに…ん?生徒手帳も持ってたんですか?」

マリ「はい、そうですけど…」

古畑「確か佐久間さんの所持品に生徒手帳はなかったんですが…あー」

今泉「どこかに落としたとか」

古畑「んー…朝倉さん、何か心当たりございませんか」

マリ「さぁ…」

古畑「そうですか。今泉くん、一応佐久間さんの生徒手帳が現場近くになかったかもう一度搜索しといて」

今泉「1人でですかぁ!」

古畑「いいだろう暇なんだから」

今泉「チキショウ、人遣い荒いなぁもう…!」ドタドタ

古畑「あー、朝倉さん。ありがとうございました、大変参考になりました」

マリ「はい…失礼します」

スタスタ…

古畑「…ん~…」

フタリノコイハ~♪オワッタノネ~♪

古畑「ん、もしもし」ピッ

古畑「ああ西園寺くん。なに、ヘリの用意が出来たの?よし、じゃあ行こうか」

一旦終了です。

〜黒森峰女学院・戦車庫〜

まほ「…」キュッキュッ…

スタッ

まほ「…」フゥ

「こんにちは」

まほ「っ!」

古畑「んっふっふ」

まほ「古畑さん…なぜここに?」

古畑「逸見さんに戦車庫へいらっしゃると伺ったもので」

古畑「おひとりでどうされたんですか?」

まほ「車輌の点検です。こう見えても戦車はデリケートなので」

古畑「そうですか、いやぁ熱心ですね」

まほ「それで、古畑さんはどのような御用件でいらしたんですか」

古畑「えー、はい。西住さんに少しお伺いしたいことがありまして」

まほ「…私は今からこれに乗るところなんですが」

古畑「え、戦車に?」

まほ「ええ」

古畑「今から」

まほ「そうです」

古畑「あー…、じゃあ待ってます、はい」

まほ「乗ってください」

古畑「は」

まほ「どうぞ。中で話を」

古畑「戦車に乗るんですか、私も」

まほ「ええ、どうぞ」

古畑「いや…、あー…その」

まほ「なにか」

古畑「苦手でして」

まほ「戦車が?」

古畑「ええ」

まほ「なぜ」

古畑「いやわたくしあの、主に頭脳労働の方を担当していましてですね。ですからこういうこう派手な立ち回りをする乗り物には苦手意識g」

まほ「言い訳はいいですから」

古畑「」

まほ「乗ってください」

古畑「はい」

まほ「ここからどうぞ」

ガコッ…

古畑「ありがとうございます、よいしょ、っと…」スッ

まほ「…」スッ

バタン

古畑「はぁ、ええと、どこに座ればいいんでしょうか」

まほ「そちらにどうぞ、砲手席に」

古畑「ここですか。アハハ、いや戦車になんて乗るの初めてです私」

まほ「これを」

古畑「はい?なんですかこれ」

まほ「車内の通信装置です。この中ではこれを介さないと騒音で会話ができないので」

古畑「なるほど。ありがとうございます、お借りします」

古畑「あ、あーあー。聞こえますか?」

まほ「ええ」

古畑「これはなんていう戦車なんですか?」

まほ「Ⅵ号戦車ティーガーE型、通称ティーガーⅠの初期型です」カチッ、カチッ

古畑「あー、どこかで見た戦車だと思ったんです。タイガー戦車ってやつですね」

まほ「ティーガーです」

古畑「あ、失礼しました。いやぁ、そういえば子供の頃見た映画に出てきましたぁ。ご存知ですか、『戦略大作戦』。第2次世界大戦中にアメリカ軍の主人公達がドイツの銀行の金塊を狙うんですけど、そのときその銀行を守ってるのがタイガー戦車の一団でしてね」

まほ「ティーガーです」

古畑「あ、すみません」

まほ「さぁ、知りませんね。あまり娯楽映画は見ないもので」ガコッ

古畑「そうですか。まぁ古い映画ですしね」

ブルン、ドルルルルル…

古畑「わっ、アハハ、凄い音ですね」

まほ「これでもその戦闘室は設計上騒音は遮蔽されているんです」

古畑「そうなんですか」

ドッドッドッドッド…

古畑「ああ、動いた」

まほ「それで、古畑さん。話というのは」

古畑「はい。実は先ほどまで本土の方に行っていまして、プライオリ女子学院の方に話を伺いに。覚えてますよね、一昨日の練習試合の相手です」

まほ「もちろん」

古畑「それで、練習試合の内容について聞いてきました。いやぁ圧倒されたと仰っていましたよ。やはり全国大会の連覇経験もある強豪校相手ではなす術がなかったと」

まほ「そうですか」

古畑「中でも目立ったのはIII号戦車の動きであったと」

まほ「III号…」

古畑「亡くなった佐久間さんが車長を務めていた車輌です」

古畑「まるで自分たちの動きが見透かされているようであったと。ことごとく相手の先手を取り、最後にフラッグ車を撃破したのも佐久間さんのIII号だったようですね」

まほ「ええ、確かに」

古畑「んー確かにあなたのおっしゃっていた通り、1年生にしては優秀な車長であったようです。少なくともあの試合においては」

まほ「気になりますね」

まほ「少なくともあの試合においては、とは?」

古畑「はい。あの試合においては彼女は神がかり的に勘が冴えていた。そういうこともあるでしょう女性の勘は侮れませんからね。しかしそれにしてもいささか不自然に感じたんです」

古畑「そこで、以前の公式戦や練習試合の成績も調べてみました。さすが強豪校です、車輌ごとの戦績も詳しくデータとして取ってあるんですね。先ほど資料室に行って借りてきました」

まほ「それで?」

古畑「はい。そこでわかったのは、佐久間さんはその他の試合においては特段目立った戦績は残していなかったということなんです」

古畑「これだけ多くの隊員がいる黒森峰です。1年生ともなると出場機会は限られます。現に佐久間さんのIII号も公式戦はまだ数試合のみで、あとは練習試合のみ。戦績も確かに1年生としては良い方ではありましたが先輩達が搭乗する車輌と較べると見劣りします」

古畑「それだけに一昨日の活躍は目立ちます。なぜそんな活躍ができたのか?」

まほ「…」

古畑「西住さん、通信傍受というのは不正行為に当たるのでしょうか?」

まほ「…なるほど。あなたは彼女が相手の通信を傍受していたから、この前の練習試合で活躍できたのだと仰りたいんですね」

古畑「可能性はあると考えています。佐久間さんは高校からの入学者で、中学3年生の頃には全国大会でも上位を争うチームの一員でした。しかし黒森峰女学園に入学後は戦績が伸び悩んだ、それまでのプライドを傷つけられた彼女は勝つ為に相手の通信を傍受するという手段を用いた。だから一昨日の試合では相手の動きを見透かしたような動きが出来た…いかがですか?」

まほ「…通信傍受の禁止は、ルールには明記されていません。つまり試合での不正行為には当たりません」

古畑「はい」

まほ「しかしそれを行う者はまずいません」

古畑「なぜです?」

まほ「戦車道の精神に反する行為だからです。そのような方法での勝利には価値がない。暗黙のルールとしてどこも通信傍受は行わないんです。それを行うのはある意味ルール違反よりも恥ずべき行為であると言えます」

古畑「なるほど」

まほ「彼女も戦車乗りであるならば、そのような愚行に出ることはないでしょう。第一そんな方法を用いていれば、隊長である私が気がつくはずです」

古畑「はい」

まほ「それに例え佐久間さんが無線傍受を行っていたとしても…それだけで彼女を殺すほど私は短絡的ではありません」

古畑「え、あなたが殺人?とんでもない、あなたが一隊員の無線傍受で殺人まで犯すことはないでしょう。不名誉な行為をとった佐久間さんを追放すればいいだけですから」

古畑「ただ、無線傍受を咎められた佐久間さんが開き直って、『無線傍受を公表されたくなければ自身の行為を不問にしろ』とでも言えば…あなたは黒森峰と西住流いずれの名誉も守らなければと考えるのでは?」

まほ「ふっ…それはそのときになってみないとわかりませんね」

古畑「ん〜…そうですか。あのすみません話は変わるんですが…、まだ止まりませんか」

まほ「なぜですか」

古畑「やっぱり落ち着かなくて。いやタイガー戦車って」

まほ「ティーガーです」

古畑「そうでした。ティーガーってのはこんなに揺れるもんですか」

まほ「ティーガーⅠに限らず戦車はみなこのようなものです」

古畑「そうなんですか?いやもう酔っちゃいました。やっぱり戦車は苦手です」

まほ「そうですか。しかしあなたはいい戦車乗りになれると思いますが」

古畑「私が?なぜでしょう?」

まほ「これと思った相手には付きまとい、じわじわと追い詰め、ひたすら隙を見せるのを待ち続ける。その辛抱強さ、執拗さ…敵にすれば確実に厄介な相手になるでしょうね」

古畑「ンフフ…ありがとうございます」

まほ「ただ、西住流の教えとは…私の戦い方とは、相容れない」

古畑「…」

まほ「古畑さん、私のことを疑っているのであれば、正直におっしゃってください。回りくどいやり方は好きではありません」

古畑「…わかりました、えー、では。正直に申し上げましょう」

古畑「本当のところ、私、あなたのことを疑ってるわけではないんですよ」

まほ「…?」

古畑「確信してるんです。あなたが犯人であると」

まほ「…!」

古畑「ンフフハハハ…」

まほ「…ふふっ、なるほど」

ドッドッドッドッド…ギイィ…

古畑「あれ、止まりました?」

まほ「ええ。そこから外が覗けるでしょう」

古畑「はい。あー…平地と、的と、林が見えます」

まほ「昨日私が稜線射撃の手本を見せたときの戦車の停車位置と同じ場所です」

古畑「ああ、ここが」

まほ「どうですか、現場は見えますか」

古畑「…いえ、木に隠されています。あの大きな杉が立っている辺りだとは思いますが」

まほ「これでも佐久間さんを狙撃するのが可能だったとお思いですか」

古畑「…西住さん。今回の事件、これが殺人であるならばよほどの射撃の腕を持った人物が犯人です。しかも確かにここからでは木々に囲まれ現場は直接見えません。並の腕ではまず不可能です」

古畑「えー、去年の全国大会後にあなたが受けた雑誌のインタビュー記事。図書室にあったので読ませていただきました」

古畑「あなた、大会で何度となく見せた好判断について質問されこう答えています。『西住流本家で育った子供は物心ついた頃より戦車に乗り、戦車に関するあらゆる事は、頭で覚えるより先にまず身体に染み込ませる。』と。だから視界が悪くともエンジン音によって、敵味方の戦車の位置や動きがある程度は把握できるし、砲塔の向きを見ただけでもどの辺りに着弾するか予想がつくのだと。丁度現場はここからも見える大きな杉の根元です。その杉の木を目印にしたとしたらどうでしょう」

古畑「んー、確かに常人には不可能に近い犯行です。しかし幼い頃から未来の西住流の後継者と期待され育てられた結果、戦車道においては超人的な能力を持ち、かつ。黒森峰の隊長として保有する戦車に関して誰よりも深い知識を持つあなたであれば。標的が直接見えなくとも、それを狙うことは不可能ではないのではないでしょうか」

まほ「…」

古畑「どうでしょうか」

まほ「…ええ、確かに。恐らく不可能ではないでしょう」

まほ「…いや」

古畑「…?」

まほ「できます、私なら」

古畑「…!自分なら可能だとお認めになる?」

まほ「ええ。物心ついた頃から今日まで西住流で鍛えられてきたんです。その自信はあります」

まほ「ただ、『可能』だからと言って『実行』したということにはなりませんよね」

古畑「ええ…確かに」

まほ「あの時間にこの敷地内で戦車に乗った人間で、佐久間さんを狙撃する技術があったのは私だけでしょう。ですが私がそれを実行したという証拠はあるんですか?」

古畑「んーっふっふ…それはまだ」

まほ「それに古畑さん、あなたは佐久間さんが気絶させられていた可能性について言及されていましたが」

古畑「はい」

まほ「いくら見えない標的を狙う技術があったとしても、それが動いているとなればまず当てられません。佐久間さんを狙撃したと言うのであれば、確かに彼女を気絶させるなりして動けない状態にしておく必要があるでしょう」

まほ「となると当然、犯人が誰であれ一度林の中へ彼女に会いに行ったことになる」

古畑「そうです」

まほ「では私を犯人だと断定するのであれば、私があの場所に、彼女に会いに行ったという証拠も示さなければなりませんね」

古畑「そうなりますね」

まほ「古畑さん。あなたの推理力には敬意を表します。しかし証拠がないのであればあなたの推理は所詮机上の空論でしょう」

まほ「あなたがどのような証拠を持って来られるのか、期待しています」

古畑「…西住さん。昔ね、将棋の棋士だった方に教えてもらった言葉があります」

まほ「…?」

古畑「『負けて当然、勝って偶然』。将棋の世界の格言だそうです。どういう意味かお分かりになりますか?」

まほ「…おそらく、駒を進める毎に相手に付け込まれるリスクが増す、といった意味ではないですか」

古畑「んっふっふ、その通りです。さすが、長年戦車道の隊長を務めてらっしゃるだけある」

まほ「戦車道の試合でも作戦や陣形の展開の際には、そのスキを相手に突かれないよう気を配りますから」

古畑「んん素晴らしいです。将棋の場合はですね、一番スキのない布陣は戦う前の状態、つまり最初に並べた状態なんだそうです。そこから一手指す毎にスキが出てくる。つまり負けて当然、というわけです」

古畑「んー、私ね、これ殺人にも同じことが言えると思うんです」

まほ「というと?」

古畑「私が扱った事件の犯人は、皆さん完全犯罪を目指してあの手この手で自分の犯行を誤魔化そうとしてらっしゃった。でも私に言わせれば、そうやって小細工を弄すれば弄するほどどこかに痕跡が残ったり、ボロが出たりするものなんです。まさに一手指す毎にスキが出てくる、そんな状態です」

古畑「だから本当に捕まりたくないのであればね。戦う前の状態を維持すること、つまりそもそも人を殺さないこと、これしかないんです」

まほ「殺人を犯した時点で犯人の負け、だと」

古畑「ええ」

まほ「ではこの事件も解決出来そうですか?」

古畑「そう時間はかからないでしょう」

まほ「大変な自信ですね」

古畑「いやぁー、自慢になりますけれども私今まで解決できなかった事件はないものですから」

古畑「では私、もうここで降りますね」

まほ「いいんですか、戦車庫まで戻らなくて」

古畑「ええ、あの揺れで酔ったようで。歩いて戻ります」ガコッ

まほ「そうですか」

古畑「よいしょっと。ではまた伺います、西住さん」

まほ「…ええ、お待ちしています」

バタンッ…

〜校舎内・図書室〜

古畑「…んー」

古畑「間違いない…けど証拠もない…」

西園寺「古畑さん」スタスタ

古畑「ん」

西園寺「先ほど被害者の部屋の捜索が終わりました」

古畑「ご苦労様。どうだった?」

西園寺「特別おかしなものはなかったんですが、ひとつ気になるものが」

古畑「何かあったの?」

西園寺「これです。黒森峰女学園の生徒手帳なんですが、これは佐久間さんのものではないんです」

古畑「これ…朝倉さんの?」

西園寺「はい…、え?ご存じだったんですか?」

古畑「さっき佐久間さんと上着を取り違えたって子がいて、生徒手帳も佐久間さんのものを持ってたんだよ。それで、これは佐久間さんの部屋にあったの?」

西園寺「ええ」

古畑「…」

西園寺「もしかすると、どこかで生徒手帳が入れ替わっていたことに気づかずに、部屋に持ち帰ったんでしょうか」

古畑「いや、上着を取り違えたのは車輌点検の時なんだよ。だからその後部屋に戻ったはずは…、…っ!」ガタッ、スタスタ

西園寺「古畑さん?」

古畑「『黒森峰女学園艦史』は…、と」スッ

古畑「…」ドサッ、ペラ、ペラ…

古畑「…」ジー

古畑「…んっふっふ」

〜暗転〜

古畑「…えー完全犯罪かと思われた西住まほの犯行、しかし彼女はひとつ決定的なミスを犯しました。彼女は明確な殺意を持って戦車に乗り込み、驚異的な射撃技術と精神力でもって佐久間さんを狙撃したんです。さてそれをどうやって証明するのか。んー、ヒントはこの、生徒手帳。んっふっふ…、古畑任三郎でした」

一旦終了です。

〜隊長室兼ミーティングルーム〜

まほ「…」カリカリ…カリ…

コン、コン

まほ「…」チラッ

まほ「…古畑さんですか?」

ガチャッ

古畑「んっふっふっふ、よくわかりましたね」

まほ「勘です」

古畑「勘ですか、んっふっふ」

まほ「それで、どういったご用件でしょうか。明日は聖グロリアーナとの練習試合の前日準備に佐久間さんの追悼式もあって、今から忙しいのですが」カリカリ…

古畑「んー…では単刀直入に申し上げましょう」

古畑「あなたに犯行を認めてもらいに来ました」

まほ「…」ピクッ

古畑「これで事件は解決です」

まほ「…それはつまり」チラッ

まほ「私が佐久間さんを殺したという証拠が見つかった、ということでしょうか」

古畑「その、通りです」

まほ「…伺いましょう」

古畑「えー…いくつか見ていただきたいものがあります」

古畑「まずこれです」

まほ「写真ですか?」

古畑「ええ。正確には動画のある部分を印刷したものです」

まほ「これは黒森峰の…、III号戦車ですね。これが何か?」

古畑「はい。これ実は、昨日の補習中に、あなたが手本として射撃を行う直前の画像なんです」

まほ「…、なるほど。誰が撮影を?」

古畑「本人の名誉の為に名前は明かせませんが、昨日の補習に参加していた方です」

まほ「補習中に何を考えて…」

古畑「どうか怒らないであげてください。憧れのあなたの射撃を間近で見られるのが嬉しくて、つい撮影してしまったそうなんです」

まほ「…まぁいいでしょう。それで?これがどうしたんですか」

古畑「はい。横から撮影した映像ですが、背景などからおおよそどの位置に戦車があったのかはわかります」

古畑「さらにこの画像から砲塔の向きや仰角などを科研で詳しく解析してもらいました。その結果重要なことがわかったんです」

古畑「III号戦車がこの位置からこの方向に、この仰角で射撃した場合、その着弾地点はおよそ佐久間さんの遺体が見つかった位置になるそうで」

まほ「…」

古畑「佐久間さんのいたとされる付近に着弾した砲弾は1発です。つまり、佐久間さんを死に至らしめたのは、ほぼ間違いなくあなたの射撃だったということになります」

まほ「ふむ…、そうですか。すると、彼女を死なせてしまったのは私である可能性が高いようですね」

古畑「ええ」

まほ「しかし、それがどうだというんですか?」

古畑「どうだ、とは?」

まほ「確かにこの画像から算出される着弾地点は佐久間さんの遺体が見つかった場所なのかもしれません。しかしそれは結果論でしょう」

古畑「彼女に当たったのは偶然だと仰るんですか?」

まほ「その通りです」

古畑「ではこれはやはり事故だと」

まほ「ええ。私の射撃によって佐久間さんが亡くなった。これが事実だとしてもそれは殺人などではなく、不慮の事故だということです。もちろん、私の射撃によって引き起こされた結果という意味では、責任は私にありますが」

まほ「この画像からわかるのは私が自身の射撃によって彼女を死に至らしめた可能性が高い、という事実だけです。私が殺意を持って彼女を射撃し殺害した、ということはこの画像だけでは立証のしようがないでしょう」

古畑「…んー実に頭のいい方だ。そうなんです、これによって証明できるのはあなたが佐久間さんを死なせてしまったということだけ。しかも狙ったわけではないと言われれば立件できたとしても業務上過失致死です、それさえも人があんな場所にいると言う状況が予測できなかったとなれば起訴まで出来るかどうか」

古畑「ただ。お見せしたいものはもうひとつありまして」

古畑「これです。…んふふ、なんだかおわかりですね」

まほ「…?生徒手帳ですか?」

古畑「ええ。亡くなった佐久間さんの部屋にあった物です。んーこれがどうにも不自然でして」

まほ「佐久間さんが生徒手帳を置いて外出していたことがですか?それは昨日の朝佐久間さんが部屋を出るときに生徒手帳を忘れただけなのでは…」

古畑「いえそうではありません。確かに朝部屋を出る際に佐久間さんが生徒手帳を忘れて行ったのだとすれば、これが部屋にあったことの辻褄は合います。ただ不自然なのはこれが佐久間さんのものではないということなんです」

まほ「…え?」

古畑「ほら。見てください。これ、朝倉マリさんという1年生のものなんです」

まほ「…」

古畑「朝倉さんによると、昨日の午後行われた車輌点検の際に、脱いでいた上着を取り違えたそうで。佐久間さんの遺体が着ていた制服の上着も朝倉さんのものだと確認できました」

古畑「そして、佐久間さんが間違えて着て帰った上着のポケットの中には朝倉さんの生徒手帳も入っていたそうです」

古畑「さて。ここで不思議なのは、なぜ朝倉さんの生徒手帳だけが佐久間さんの部屋にあったのかということなんです」

古畑「この学園艦では生徒手帳は外出中常に携帯しておくものだそうですねぇ。んーもちろんたまには家に忘れてしまうこともあるでしょう。佐久間さんの部屋にあった生徒手帳も佐久間さん本人のものであれば単に置き忘れていたんだと納得できます。ただ、もし仮にこの朝倉さんの生徒手帳を佐久間さんが部屋に置いて出たのだとすると、車輌点検後に学生寮に戻り、生徒手帳だけを置いて部屋を出たということになります。しかも手帳も上着も他人のものだと気づかずに。どう考えても不自然です」

古畑「そこでピンと来ました。この生徒手帳を置いていったのは別の人物なんだと。佐久間さんを林の中で気絶させた際、この生徒手帳だけを持ち去って彼女の部屋に置いたんです」

古畑「ではなぜそんなことをする必要があったのか。考えられるのは、砲撃によってこの生徒手帳が傷つけられるのを防ぐ為です。んー中に書かれている何かの情報が大事なものだったんでしょうか?いやそんなはずはありません、手帳が他人のものだと気づかず置いていたということは、犯人は手帳の中身を確認していないんですから。手帳の中身は関係ない」

古畑「では生徒手帳のどこを守りたかったのか…」

まほ「…」

古畑「んー…これ、実にシンプルなデザインの生徒手帳です。黒い表紙に校名と、校章が描かれているだけ」

古畑「…この校章。犯人にとってはこれが大事だったのではないでしょうか」

古畑「えー…黒森峰学園艦史、図書室から借りて来ました。この中に校章のことも詳しく載っています」ペラ、ペラ…

古畑「この校章は創始者がドイツ人以外として初めて授与された大鉄十字勲章をモデルとしているそうですね。また『十』は慣用表現で『全て』を表します。その上に『黒森峰』の文字が刻まれている。つまり、黒森峰は全ての頂点に立つべし、という意味も込められている。これには建学当初から黒森峰女学園と結びつきが強かった西住流本家の影響があるそうです」

古畑「すなわちこの校章には西住流の、強きこと、勝つことを至上とする精神も含まれている…」

古畑「んー校章の由来や意味についてここまで詳しく知っている人物はそうはいないでしょう。それこそ数年に一度しか借りられないようなこの本を借りて読んでいるような生徒ぐらい…」ペラ…

『貸出日:20XX/04/05 氏名<西住まほ>』

古畑「えーその生徒はこの校章に特別な思いを抱く理由が十分な人物です。つまり親子揃って黒森峰女学園出身で、自身も戦車道の隊長を務め、更には西住流の正統後継者と目されている、学園と西住流双方に誇りを持つ人物」

古畑「なおかつ、この生徒手帳を佐久間さんの部屋に置いておくことができる人物。佐久間さんの部屋の鍵は着弾の衝撃でひしゃげていました。彼女が死の直前まで鍵を持っていたのは間違いない、佐久間さんが亡くなった後その鍵を使って彼女の部屋に入ることは不可能です」

古畑「しかし。彼女の死後もあの部屋の鍵を開けられる人物が1人だけいます」ゴソゴソ…スッ

古畑「戦車道の隊長は戦車道受講者の寮の寮長として、これ」チャリチャリン

古畑「この各部屋のマスターキーも所持しています。ありがとうございました、これもう必要ないのでお返ししますね」

まほ「…」

古畑「さて。んふふもうおわかりですねぇ?」

古畑「この生徒手帳を林から持ち去る理由があったのも。これを佐久間さんの部屋に置くことができたのも。この学園艦の中であなたひとりなんです」

古畑「あなたは知っていたんです、自分が行う砲撃が、林の中で気絶している佐久間さんに直撃することを。佐久間さんが生徒手帳を持ったままではこれが傷つけられてしまうということも。この生徒手帳が佐久間さんの部屋に置かれていたという事実が、あなたの殺意の証明です」

古畑「いかがですか」

まほ「…っ」

古畑「…」

まほ「…」フッ

まほ「…見事です。古畑さん」

古畑「んっふっふ、ありがとうございます」

まほ「この校章は…母の代よりも、更にずっと前から受け継がれて来た、西住流と黒森峰の強さの象徴なんです」

まほ「黒森峰の隊員は代々これを背負って戦って来たんです。その誇り高い校章を血で汚すことには…どうしても抵抗があった」

まほ「…、どこで、私に目をつけたんですか?かなり早い段階から疑われていたと思うんですが」

古畑「えー…、ビールの空き缶の入った袋、あれです」

まほ「あの、現場に落ちていた?」

古畑「ええ。あの袋、茂みの中に隠すように置かれていました。他のゴミは無造作にポイ捨てされていたのに。まぁ確かに飲酒は隠したい事実でしょうがあそこを近道に使っているのはごく少数の隊員です。ましてその中に飲酒を咎めるような隊員がいるとは考えにくいです。だからビールの空き缶を捨てるのにも人目を気にする必要などありません。よって捨てたのと隠したのとは別の人物」

古畑「ではなぜ隠してあったのか。私こう思ったんです、あの空き缶を見つけた人物は飲酒は見過ごせないが見つけた時点で持ち帰るわけにはいかなかった。そして隠したのは、後からそこに同じく飲酒を見咎めかねない大勢の人間が来るとわかっていたから。警察が、です」

古畑「だからわかったんです、これがただの事故ではないと。そして戦車道の隊員の恥ずべき行為を見過ごせない人物となれば、真っ先に思い浮かぶのは厳格で誇り高い黒森峰戦車道の隊長です」

古畑「んっふっふ…咄嗟に隠してしまったのは失敗でしたね」

まほ「…」

まほ「いいえ。そもそもこの場所に寄港したのが失敗です」

古畑「?」

まほ「ここに寄港しなければ、あなたがこの事件の担当になることも、こんなに鮮やかに事件を解決されることもなかった」

古畑「んっふっふっふっはっは…」

まほ「…ふふっ」

古畑「…行きましょう」

まほ「…」コクリ

これで本編はおしまいです。校章の話や黒森峰女学園に関する話など、ガルパンの中で描写がなかった部分は本編の展開上考えたオリジナルですので、その辺りは公式とは関係ありません。ここまでお読み頂いてありがとうございました。

今泉「えー私には、苦手な乗り物が、いくつかあります。えー、まずひとつは、自動車。私は、自律神経にちょっと問題があるので、あれを運転するぐらいなら、いくら時間がかかっても徒歩で移動します」

今泉「次はえー、観覧車。あれはほんとに好きになれないんです。中は狭いし揺れは酷いし何より、えー、爆弾と一緒にあれに、閉じ込められたことがありまして。要するに、トラウマの塊。だから苦手なんです」

今泉「え?観覧車は乗り物じゃなくて遊具?あー…、いや、でも名前に車ってついてるし…、あと何かの映画で、転がって戦車追いかけてたのも見たこともあるし…、いいでしょ?乗り物で」

〜科捜研〜

桑原「今泉さん、今回黒森峰の学園艦乗って来たんでしょ?」

今泉「そうだよ。あ、ほらこれね、お土産」

桑原「え、いいの?うわー律儀な人だねぇ」

今泉「おれ、結構マメなんだよそういうとこ」

桑原「へー…で、これ何入ってるの?」

今泉「馬刺し」

桑原「馬刺し!?」

今泉「だって、熊本の学園艦だもん。熊本って言ったら馬刺しだろぉ!」

桑原「や、そうだけど…学園艦のお土産で馬刺しかぁ」

今泉「ナマモノだから早めに食べてね」

桑原「うん…、まぁありがとう」

桑原「やーだけど羨ましいなぁ、ぼく学園艦なんてまだ乗ったことないからさー。ねぇどうだったどうだった?」

今泉「や、別に?大したことなかったよ?ちょっと大きい船って感じ」

桑原「え、そうなの?」

今泉「そうそう」

桑原「そんなもんかぁ」

今泉「そーだよ。おれ暇だったから色々見て回ったんだけどさぁ、見学ツアーとか」

桑原「ちゃっかり楽しんでんじゃない!」

今泉「や、まぁその、記念だよ記念」

桑原「というか見学ツアーって…、真面目に仕事しなよ今泉さん」

今泉「だってぇ、古畑のヤロウがおれをほったらかしにしてチビ太とばっかりいちゃいちゃしてるんだもん!おれなんにもやることなかったんだよぉ」

桑原「だからって遊んでちゃダメでしょ」

今泉「遊んでばっかじゃないよ、おれだって怪しい奴がいなかったかとか、気になることがないかとか聞いて回ってたんだから。黒森峰の女子高生に」

桑原「それただ単に今泉さんが女子高生と話したかっただけじゃないの?」

今泉「それだけじゃないよぉ決まってんだろぉ!れっきとした捜査だよ捜査!」

今泉「しかもさ、それがきっかけで事件が解決したんだよぉ」

桑原「え、そうなの!?」

今泉「そうだよ、今度の事件の決め手は、おれが聞き込みしてたらたまたま被害者と上着を取り違えて帰ってたって女の子を見つけてさ、それが手がかりになってわかったことなんだよぉ!」

桑原「へ〜、凄いじゃない」

今泉「そうなんだよぉだから今度の事件、おれが解決したようなものなんだよ」

桑原「いやでもそれ、今泉さんが解決したって言うのはどうかなぁ…」

今泉「あ、そうだ実は写真撮ってるんだよ、黒森峰の学園艦の。見る?見る?」

桑原「写真?」

今泉「そそ、見学ツアーのときに。えーと携帯に…」ぽちぽち

桑原「今泉さんまだガラケーなの?」

今泉「スマホはよくわかんないんだよぉ使い方が。あ、ほらこれこれ」

桑原「どれどれ?」

今泉「それとこれとぉ、これと…」ぽちぽち

桑原「ふんふん…って今泉さん、ちょっと今泉さん」

今泉「これ…なん、なんだよ」

桑原「どれもこれも女子高生ばっかり写り込んでるじゃん!」

今泉「え、そ、そうかなぁ」

桑原「そうかなぁじゃないよちょっと貸して!」バッ

桑原「ほらぁ、これも、これも、これも!黒森峰の制服の子ばっかり!絶対狙ってるでしょこれ!」ポチポチ

今泉「た、たまたまだよたまたま!たまたまおれが、カメラ向けた方に女子高生がいただけだよ!」

桑原「ほんとにぃ?」

今泉「ほんとほんと、偶然だって。ほ、ほらこれなんか!女子高生写ってないもん」

桑原「どれどれ?ってこれ撮る時に今泉さんの指がレンズに被ったからなんも写ってないだけじゃない!」

今泉「とにかくおれは女子高生なんかには一切興味ないんだよぉ!」

桑原「そうなのぉ?」

今泉「そうそう!おれが興味あるのは、あの、戦車!戦車だから」

桑原「戦車ぁ?ほんとなのそれ?」

今泉「ほんとだよぉ!タイガーとか、あのー…タンクトップとか」

桑原「タンクトップは下着でしょ」

今泉「あ、そうだ聞いてくれよぉ、今度の事件!この事件にはその戦車が関わってるんだよぉ」

桑原「あーそれならうちで画像の解析したよ〜。犯人は、戦車から被害者までの距離と戦車の性能を正確に把握した上で、目視できない被害者を狙撃したんでしょ?まぁ西住流本家の後継者候補筆頭で全国大会MVP、おまけに国際強化指定選手なんて肩書きを持ってる犯人にしかできないような芸当だよねぇ」

今泉「それなんだけどさぁ、ほんとに犯人はちゃんと狙って撃ったのかなぁ」

桑原「どういうこと?」

今泉「だってそうだろ!何百メートルも先にいるちっこい人間に、しかも木に囲まれて見えないのにだよ?当てられるわけないよぉ、絶対たまたまだよ」

桑原「や、だからそれを当てるだけの技術が犯人にはあったんでしょ?」

今泉「技術があったって無理に決まってるよぉ!犯人もきっと当たると思ってなかったんだよぉ、きっと。いつもの古畑のハッタリに騙されて、つい狙ってたような気持ちになっちゃったんだよぉ!」

桑原「そんなことないと思うけどねぇ」

今泉「そもそもさぁ、古畑が言う犯人が被害者を狙ってたって根拠もよくわかんないんだよおれは」

桑原「またなんでよ」

今泉「だって、なんで別人の生徒手帳が被害者の部屋に置いてあったからって犯人が被害者を狙撃した証拠になるんだよぉ」

桑原「あれは生徒手帳を現場から持ち去って部屋に置いていたってことが、故意に被害者を狙撃したってことの証拠になったんでしょ?」

今泉「朝、部屋出るときに置き忘れたのかもしれないじゃないか」

桑原「いや、それが偶々事件の直前に取り違えてた別人のものだったから、犯人が現場から持ち去って置いたってわかったんでしょ。そしてそれができたのも、する理由があったのも犯人だけだったから…」

今泉「やー、理解できない。いつもそうなんだよ、古畑の推理はああいう根拠のない当てずっぽうの推理なんだよ」

桑原「おたくほんっとにいつも古畑さんの推理にケチつけるねぇ」

今泉「あんな理由で追い詰められたって普通自白しないよぉ、おれが犯人だったら絶対しないね」

桑原「…ほんとにぃ?」

今泉「ほんとほんと、おれ意思固いもん」

桑原「じゃあ今泉さん、さっきの写真見せて」

今泉「え、な、なんで?」

桑原「まま、いいから」

今泉「なんだよぉ、気になるなぁ」ポチポチ

桑原「おほん。いい、今泉さん。これにも、これにも、これにも、どの写真にも女の子が写ってるよね」

今泉「さっきも言ったろ、偶然だって!」

桑原「まぁまぁ最後まで聞いてよ」

桑原「ここで、今泉さんの好みの女性の特徴を考えてみようよ」

今泉「おれ、おれの好みの女性?」

桑原「そう。まるでゴールデンハーフのエバみたいな…、細面で鼻筋の通った、目がぱっちりした女の子…」

今泉「…っ」

桑原「ほら、これも」ポチ

今泉「…」

桑原「これも」ポチ

今泉「…」

桑原「これも」ポチ

今泉「…」

桑原「これもこれもこれも、全部!」ポチポチポチポチ

今泉「…」

桑原「…写ってるのはどれも、今泉さんの好みの女の子じゃない!」

今泉「…!」

桑原「これでもまだ…、自白しないっていうの、今泉さん」

今泉「…っ、はうっ!」ガシッ

桑原「あーよしよし」ナデナデ

今泉「お、おれ…ひさ、久しぶりの、女子高生に会えて…、嬉しくって、つい…」

桑原「あーうんうん、わかった、わかったから…」

アーヨシヨシ…ガチャッ…バタン

これで本当におしまいです。最初はみほを犯人にしようと思って考えてた話だったのですが、やっぱりまほの方が犯人役に向いてそうだと思って変更になりました。
この話のベースとしては、事故に見せかけて殺した古畑1期の「殺人リハーサル」や、訓練中の事故に見せかけたコロンボシリーズの「迷子の兵隊」などの話を参考にしてます。
古畑クロスの前作としては、ずいぶん前に書いたラブライブとのクロスの古畑「ふーん、ミューズねぇ」があります。
最後までお読み頂いてありがとうございました。

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