黒衣の本分 (16)

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ディレクター「……あの、プロデューサーさん」

プロデューサー「ん? どうかしたか?」

ディレクター「本来、ディレクターの身分でこんな事を言うのはどうかと思いますが……」

ディレクター「流石に、依怙贔屓が過ぎませんか? 最近特に」

プロデューサー「……は?」

プロデューサー「依怙贔屓って……?」

ディレクター「プロデューサーさんの意向で、特定のアイドルを贔屓し過ぎではないですか、という事です」

プロデューサー「……はぁ?」

プロデューサー「俺が…… アイドルを贔屓してるって?」

ディレクター「はい。正確には依怙贔屓ですけど」

プロデューサー「いや、何を言ってるのか分からないな」

プロデューサー「この俺が贔屓なんてする筈が――」

ディレクター「本気で……! そう思っているんですか、貴方は……!!」

プロデューサー「だ、だから、俺は、そんな……」

プロデューサー「そ、そもそもっ、お前は一体誰の事を、何の根拠が有って言ってるんだ!」

プロデューサー「上役に向かって、そんな失礼な事を!」

ディレクター「……○○○さん」

プロデューサー「……!」ピクッ

ディレクター「私は、○○○さんの事を言ってるんですよ……!」

プロデューサー「……」

プロデューサー「い、いやっ! してないぞ! ○○を贔屓なんてっ!!」

ディレクター「本当ですか?」

プロデューサー「ああっ! プロデューサーとして、公明正大に職務を遂行しているだけだっ!」

ディレクター「いえ、私にはとてもそうは考えられません」

プロデューサー「だから! 何を根拠に言ってるんだお前は!?」

ディレクター「では、これ迄に行われた人気投票の結果はどうでしたか?」

プロデューサー「……!」ピクッ

ディレクター「○○○さん、デビュー以来一度もランキング圏内に入った事が有りませんよね?」

ディレクター「デビュー以来、ずっと圏外でしたよね?」

プロデューサー「うっ!」

ディレクター「なのに、彼女の持ち歌、何曲有りますか?」

ディレクター「ソロとユニットソングを含めれば4~5曲は持ってますよね?」

ディレクター「4~5曲持ち歌が有るって、人気投票最上位クラスのアイドル並み持ち数ですよ?」

ディレクター「うちの事務所の場合」

ディレクター「そもそも、人気投票の圏内に入ったことの有るアイドルですら持ち歌なしのケースが多いですし」

プロデューサー「……まあ、な」

ディレクター「それに、VRコンテンツにも登場させましたよね?」

ディレクター「あのコンテンツにはうちの事務所のなかでも人気投票上位のアイドルしか参加させてなかったのに

プロデューサー「まあ…… うん」

ディレクター「少し前にアニメ化された時にも、彼女のメイン回が有りましたよね?」

ディレクター「正確には複数人ユニットの一人としてですが」

ディレクター「それでも人気投票圏外のアイドルとしては破格の厚遇ですよね?」

プロデューサー「そう……かもな」

ディレクター「それに、今度の短編アニメ作品では、当たり前の如くキービジュアル入りまで果たして」

プロデューサー「いや…… まあ」

ディレクター「極めつけはSSRカードとSSR+カードの枚数」

ディレクター「彼女は合わせて4枚カード化されてますが、この枚数の意味、プロデューサーさんなら分かりますよね?」

ディレクター「人気投票圏内常連のアイドルですらSSRカード化自体希なのに、彼女は4枚」

ディレクター「これは人気投票最上位アイドル、トップランカークラスの枚数だって事が」

プロデューサー「……はい」

ディレクター「これでも、依怙贔屓の類いはしてないと?」

プロデューサー「……」

プロデューサー「…………」

プロデューサー「…………………」

プロデューサー「うるせえ……」

プロデューサー「うるせえよっ!!」

プロデューサー「だったらなんなんだよ!!」

プロデューサー「俺はプロデューサーだぞ! 推すのも干すのも、裁量権は俺に有るっ!」

プロデューサー「俺が特定のアイドルを推して何が悪い!?」

プロデューサー「別にいいだろっ!? こんなに大勢アイドルがいるんだぞ!? 1人くらい贔屓したってよぉ!」

プロデューサー「それともなにか? お前の推しメンも贔屓して欲しいってのか?! そうすりゃ満足かぁ!?」

プロデューサー「大体なぁ! 人気投票つったって、そんなの名ばかりのものだってお前だって知ってるだろうが!?」

プロデューサー「実態は単なる札束の殴り合いで…… 純粋な人気の有り無しなんて分かったもんじゃねぇ!」

プロデューサー「所詮、あんなもの、体よく金を搾取する為の催しでしか―――」

ディレクター「―――いい加減にしてください……!!」

ディレクター「少しは、アイドルとファンの人達の事を考えてください!」

ディレクター「アイドルの皆さんはトップアイドルを目指して日々努力をして、プライベートの切り売までして」

ディレクター「皆さん多かれ少なかれ、人生を賭けてアイドルという道を進んでいるんです……!」

ディレクター「ファンの皆さんだって、少なくないお金や時間を彼女たちに投じています」

ディレクター「自分が推すアイドルが、少しでも活躍して欲しいという一念で」



ディレクター「……それに、確かに、貴方の言う通り」

ディレクター「『人気投票』とは銘を打ってますが、金を出せば、何枚でも投票券が買える」

ディレクター「この時点で、各アイドルの人気の指標、つまり文字通りの意味での人気投票とは言えないのでしょう」

ディレクター「そして、アイドルの皆さんも、ファンの皆さんも、それについてもう思い至っているのでしょうね」

ディレクター「……ですが、それに縋るしか…… 懸けるしかないんですよ」

ディレクター「アイドルの皆さんも、そして、ファンの皆さんも、人気投票という名ばかりイベントに」

ディレクター「縋るしかないんですよ……!」

ディレクター「だって、皆さんにとって、それだけが我々内部の人間に対する唯一の意思表示の手段であり、可能性の糸なんです」

ディレクター「もしかしたら、圏内に入れば…… 上位に入れば…… 出番が、活躍の機会が与えられるのではないか
あるいは、運営に、人気が有るんだと、金を運べるアイドルなんだと知ってもらえるのではないか」

ディレクター「そんな、儚く不確かな可能性に、懸けているんです……!」

ディレクター「裁量権を持たない、外部の人間であるファンには、票を投じる事ぐらいしか手段がないからこそ」

ディレクター「この投票だけは、自分が応援するアイドルに対して出来る、確かな後押しになってくれると信じて」

ディレクター「決して、少なくないお金と時間を引き換えに」

ディレクター「票を投じているんです!」

ディレクター「この人気投票の如何に因って、彼女の未来が変わる筈だと、そう信じて!」


ディレクター「だからこそ……」

ディレクター「我々は、人気投票の結果に対してだけでも、せめて、真摯に、誠実に向き合うべきなんです……!」

ディレクター「決して、我々内部の人間が軽んじてよいものではないんですよ!」

ディレクター「……それなのに、貴方個人の意向で、それを無下にするなんて」

プロデューサー「……」


ディレクター「どうか、考えてみてください、プロデューサーさん」

ディレクター「我々の事務所のアイドルの中には、これ迄に参加した人気投票全てで
圏内入りしたアイドルは勿論、複数回圏内入りした者も多く居ます」

ディレクター「ですが、彼女たち全員が自分の楽曲を持っているわけでは有りませんよね?」

ディレクター「中にはこれまでずっと30位以内や40以内を守ってきたアイドルですら持っていないケースも有ります」

ディレクター「圏内入りを複数回果たしたのに、SSRカード化すらされてないアイドルも居ます」

ディレクター「なのに、一方では、一度も圏内入りをしたことがないにも関わらず、数多くの活躍の機会を与えられるアイドルも居ます」

ディレクター「内部の人間の意向という、錦の御旗の下に」

プロデューサー「……」

ディレクター「どうでしょうか、 プロデューサーさん」

ディレクター「優遇を受けられないアイドルやそのファンの皆さん気持ち」

ディレクター「本来与えられるべき待遇すら与えられないアイドルやそのファンの皆さんの気持ち」

ディレクター「少しだけでも、考えてあげられないでしょうか……」


プロデューサー「……」

プロデューサー「……本当は」

プロデューサー「本当は…… 分かってたさ……」

プロデューサー「人気投票が、ファンにとっては唯一の頼みの綱であり……軽んじてはいけないものだということも」

プロデューサー「活躍する場や機会は限りが有って」

プロデューサー「一人を、格別に贔屓すれば…… 誰かがその分の割を食うことになることも」

プロデューサー「それくらい…… 分かっていたさ……」

プロデューサー「……それでも」

プロデューサー「俺は……! 〇〇にっ、トップアイドルになって欲しかったんだ!!」

ディレクター「……プロデューサーさん」

ディレクター「私にだって、私が応援するアイドルを贔屓したいという気持ちが無いわけでは有りません」

ディレクター「自分の好きなアイドルに、トップを獲って欲しいと思うのは当然の気持ちでしょうから」

ディレクター「ですが、もうこれ以上は、〇〇〇さんの為にはなりません」

ディレクター「寧ろ、悪影響を及ぼすかも知れません」

プロデューサー「……?」

ディレクター「もう、感じ取ってるんですよ」

ディレクター「アイドルの皆さんも、ファンの皆さんも」

ディレクター「〇〇〇さんが事務所から意図的にプッシュされているって事を」

プロデューサー「そ、そうなのか……?」

ディレクター「はい。あそこまで不自然に優遇されてたら、誰だって、何かの力が働いてると気付きますよ」

ディレクター「ただ、表立っては言わないだけで」

ディレクター「……だって、情けないじゃないですか」

ディレクター「『あのアイドルだけ依怙贔屓されてズルい』とか」

ディレクター「『もっと俺の推しメンを贔屓しろ』だとか」

ディレクター「そんな情けないこと、言いたくないに決まってるじゃないですか……」

ディレクター「ですが、表立って言わないだけで、皆さんフラストレーションは溜まっている筈です」

ディレクター「今後、そのフラストレーションの捌け口が、事務所や我々でなく、〇〇〇さんに向く可能性を
配慮すべきだと私は思いますよ、プロデューサーさん」

ディレクター「……それに、事務所がゴリ押ししたタレントの行く末がどんなものなのか」

ディレクター「我々は知っている筈ですよ、プロデューサーさん」



プロデューサー「……」

プロデューサー「……俺は」

プロデューサー「間違えたのか……?」

ディレクター「……分かりません」

ディレクター「ただ、貴方が〇〇〇さんを強く贔屓した所為で、彼女への不平や忌避が生まれたのかも知れません」

ディレクター「その一方で、貴方が彼女を贔屓しなかったら、今のように
何かしらの話題の際に、名前が挙がるアイドルではなかったのかも知れません」

ディレクター「結局のところ、貴方の行為の正誤は……」

ディレクター「今後の彼女自身の在り方、頑張り方如何…… ではないでしょうか」

プロデューサー「……随分と、月並みな答えだな」

プロデューサー「結局は、〇〇次第ってか……」

ディレクター「……そうですね」

ディレクター「だって、彼女がアイドルである以上、彼女の成否を決めるのは、彼女自身とオーディエンスであり」

ディレクター「我々が決めてよいものでも…… 決められるものでも…… 無いじゃないですか……!」

ディレクター「プレイヤーは彼女であって…… 我々は、裏方でしかないんですから……!」

プロデューサー「……!」



ディレクター「……何れにせよ」

ディレクター「もっと、信じてあげられはしませんか? 」

ディレクター「彼女を…… 貴方が見込んだアイドルを」

ディレクター「誰かが錦の御旗をはためかせずとも、しっかりと、自分の足で、頂きまで辿り着けるアイドルなんだと」

ディレクター「最高のアイドルになれる存在なんだと」


ディレクター「だって、貴方が見込んだからこそ、彼女は今この世界にいるんですから」

ディレクター「貴方が信じないで、どうするんですか!」

プロデューサー「……!」

プロデューサー「……」

プロデューサー「ああ…… そうだったな……」

プロデューサー「俺が…… 見込んだからこそ…… だったんだよな……」

プロデューサー「……お前は」

プロデューサー「お前は、強いんだな」

プロデューサー「お前にだって、力が…… 不確かな後押しでなくて、確かに背中を押せるだけの力が在るのに」

プロデューサー「それでも、それを使おうとせず、ただ信じ続けられるんだから……」

プロデューサー「お前の応援するアイドルは、きっと、本当に、凄いんだな」

プロデューサー「……そして、幸せ者だな。そこまで、信じて思ってくれる人が居るんだから」

ディレクター「勿論…… 不安はありますよ」

ディレクター「それに、私に与えられた権限を、使ってしまえという誘惑に駆られることも」

ディレクター「それでも、彼女には…… 正々堂々と、頂点に輝いて欲しいと」

ディレクター「そう、私は思っているんです」

プロデューサー「そうか……」


プロデューサー「って、彼女って…… まさか……」

プロデューサー「お前の応援するアイドルって……」

ディレクター「……」

プロデューサー「……」

プロデューサー「……そうか」

プロデューサー「ふふっ……」

プロデューサー「……戻るか」

プロデューサー「俺も…… 俺の、本来の役割に」

ディレクター「そうですね。ただ、彼女を信じて……」

ディレクター「戻りましょう……」



「「黒衣に、裏方に……」」

プロデューサー「あっ、でも、もう紅白ねじ込んじゃったんだが、これどうしよう……」

ディレクター「ぱねぇ…… あんたの政治力マジぱねぇ……(ドン引き」



終わり

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