和久井留美「素直な言葉を貴方へ」 (20)

「ねえ、留美さん」

「何かしら」

「いや、大したことではないんですけど。ちょっと……」

「……ああ、プロデューサーくん」

「ん、はい?」

「それは、やめてもらってもいいかしら」

「え? やめ、って……その、えっと?」

「その視線よ。そうして私を見つめるのはやめてもらえると助かるのだけど」

「あ、あっと……」

「そうして見つめられては作業に差し支えるわ。貴方のために片付けなければならない、貴方の信頼に応えるため終わらせなければならない、貴方と過ごす時間のために済ませておかなければならない、そんなこれらの仕事に手が付かなくなってしまう。張り裂け、壊れてしまいそうなほどに胸が高鳴って。ぼんやりと、恍惚や幸せに他のすべてを塗り潰されて頭の中を貴方一色に染め上げられて。痺れて震えて、身体の自由を強引に手放させられ奪われて。そうして、駄目になってしまう。

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貴方のためではなく、私の願う欲のままに動いてしまう。そうならざるを得なくなってしまう。だから、そうあまり視線を送られては困るの。プロデューサーくん自身は自覚をしていないようだけれど、私にとって貴方はそれほどの存在なのよ。貴方の視線をこの身に受ける……それだけで、私は身体を制することができなくなってしまう。貴方の瞳に私の姿が……それだけで、私は心を抑えることができなくなる。貴方にそうして見つめられてしまったら、私はもう、この私のままでいられない。本当の私になってしまう。貴方を求めて、貴方を望んで、貴方を願って、貴方を……プロデューサーくんを愛する真実偽りのない私に、何も取り繕わないありのままの私になってしまう。貴方のアイドル、そう在る私を失って……貴方を想うただの人、一人の女、一つの存在になってしまう。なって、しまうのよ。私としてはそれも構わなくはあるわ。そうなってしまっても、そうして貴方に溺れてしまっても私としては構わなく。貴方と共に在るのが、貴方への愛に浸るのが、貴方からの想いを自らの全存在を以って感じるのが私の幸せ。これ以上はない、並ぶものも比べられるものすらもない至上で至高の幸せなのだから。そんな幸せに浸れて満たされて、溺れられるというならむしろ……それは、私から望んで祈りすらしてしまうところよ。……だけど、今はそうもいかないもの。そうして自分の幸せだけにただ悦びを感じているだけではいけない。

私は貴方の部下。私は貴方のアイドル。貴方の女で貴方のもの。貴方の……プロデューサーくんの、妻となるもの。それが、そうして自分の幸せにだけ落ちてしまってはいけない。それでは失格。プロデューサーくんの一番として、届いていないし至っていないわ。自らの幸せではなく、それよりも想う相手の幸せを。貴方の一番であるのなら……貴方の助けとなり貴方の力となり、貴方をより良く導かなければならないもの。ならないし、それに私自身だってそうしたいの。誰よりも何よりも私自身よりも、貴方を……プロデューサーくんを幸せにしてあげたいの。そしてそのためにはまず、積み重なったこの仕事を早くに終わらせなければならないわ。貴方に任せてもらったこれらを、貴方の信頼を裏切らないためにも片付けなければならない。だから、プロデューサーくん。それはやめて。そうして視線を注ぐのは……今はまだ、どうか許してほしい。速やかに粛々と、出来得る限りの力を注いで終わらせるわ。終わらせる……だから、それまではどうか」

「え。あー……ん、うん? えっと、あのー……」

「プロデューサーくん」

「あ、はい?」

「それもよ。それも、やめてちょうだい」

「えと、え……?」

「その声。プロデューサーくんの、声よ」

「声……?」

「そう。その声。プロデューサーくんの声。蕩けるように甘くて包み抱くように優しい、私を貫いて犯す罪な声。先にも言わせてもらったように、プロデューサーくんの存在は私にとって大きいもの。誰より強く何より濃く、他のどんなすべてよりも大きな……いいえ、もう大小なんて言葉で表せるものじゃない、私のすべてなの。私の身体、私の心、私という存在の何もかもを占めるすべてなのよ。その、そんな貴方の発するものは……たとえそれがほんの数言にしか過ぎないものであったのだとしても、どんなに小さくどこまで控えめなものであったのだとしても、どこへ向けられたどんな意味を持つものであったのだとしても、何という言葉を紡ぐ声だったとしてもそれは蜜。感じたそれだけで全身が燃え上がって、もうそのまま焼け焦げて朽ち果てていってしまいそうになるほど甘い……もう毒のようにすら思えてしまうような筆舌に尽くしがたい蜜。私にとって、貴方の発する言葉はすべて余さず例外なくそれなのよ。

私の意思を無視して身も心もあらゆるものを蹂躙してしまう甘露なの。それを……そんな素敵で素晴らしく愛おしい貴方の声を、そうまで幾度も幾重にも注がれてしまったら……贈られて伝えられ、どうしようもなく感じさせられてしまったら……何も、できなくなってしまう。手に付かない。考えられない。こなすことができない。貴方のために終わらせなければならない仕事を、進めることができなくなってしまいう。それは、私としては望まないところ。先にも伝えた通り、私は貴方の幸せを優先したい。他のどんなものよりも、私自身の一方的な幸せよりも何よりも前に叶えたいと思っているの。だけど、そうも魅惑的な声を聞かされてしまってはそれを成すこともできなくなってしまう。正直に告白すると、今の時点でもう既に心も身体もかなり危うい状態にあるのよ。貴方への愛ゆえに水際で堪えてはいるのだけど……でも、貴方への愛ゆえに抑えられなくなってしまいそうなの。席を立ってしまいそう。歩みを進めてしまいそう。触れ合いを求めてしまいそう。済ませるべき抱えた責任を投げ捨てて、貴方のことを……プロデューサーくんのことを、ただひたすら想いに任せて欲してしまいそうなの。

だから、ごめんなさい。否定ばかり。反対ばかり。拒絶ばかり。好意を向ける相手からの贈り物を、こうして受け取ることなく投げ返してばかり。本当は誰よりも貴方を受け入れて何よりも貴方を抱き締めなければならない立場にありながら、こうも無下にしてばかり……本当に、申し訳なく思ってはいるわ。私としても辛いし苦しいの。だけど、どうか分かって。貴方が好きだから、貴方を愛しているから、貴方を想い慕っているから、なのよ。だから、お願い。あまり無闇にそう無造作に、その声を紡がないで。私を惑わせ狂わせないでちょうだい。私の力の及ぶ限り……いえ、私の力を越えてでも、無理を押し通してでも、情理を捻じ曲げ歪めてでも迅速に早急に終わらせるわ。仕事を済ませ、信頼に報い、プロデューサーくんのその愛に私のこの愛を以って応えられる自由な時間を創る。そこへまで至ってみせるわ。だからどうか、それまでは……」

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「ああえっと、留美さ……」

「プロデューサーくん」

「……どうしろと」

「まったく、貴方っていう人は。……もう、それに」

「?」

「その、匂いも……」

「あ、ああ、すみません。午前中、美優さんに手伝ってもらいながら小さい子たちの送迎やら何やらで走り回ってて……汗とか、かいちゃいましたから……」

「……なるほど。まあ、余計ないろいろ。聞き捨てのならない部分もあったけれどそれはそれ。とりあえず、その匂いのわけは分かったわ。……だけど」

「嫌でしたよね。すみません、困らせてしまって……」

「余分な言葉は要らないわ、プロデューサーくん。襲ってしまうわよ?」

「……」

「ええそう。……そして、嫌であるはずがないじゃない。困りはするし、実際困ってしまってはいるけれど……でもそれは嫌だから、じゃないわ。その逆だから、だから困るのよ。貴方の匂いが、ふんだんに醸されて潤沢に放たれたプロデューサーくんの匂いが私にとって良すぎるから。だから困るの。視線を堪え、声を耐え、そうして抑えていたものを、今にも抑えられなくなってしまいそうになっているのよ。貴方の視線が私にとっての劇薬であるように、貴方の声が私にとっての甘露であるように、貴方の匂いは私にとって抗いがたく蠱惑的な炎なの。それをこうまで濃厚に……大胆に盛大に強く濃く、感じさせられてしまったら……。浸み込まされ、注ぎ入れられ、教え込まれ、隅々までどこまでも隙なく余さず痛感させられてしまったら……私、駄目になってしまうわ。

貴方への好意を、貴方への愛を、貴方への想いを、プロデューサーくんへ向かう私自身を抑えていられなくなってしまう。プロデューサーくんが欲しくて、どうにもならなくなってしまうの。……そうこうしている間にも、こうして言葉を送っている間にも、もう。貴方の匂いに犯されて、震わされ揺すられて、刻一刻だんだんと……身体が、心が、どうしようもなく追い詰められて、もう……本当に、私。……プロデューサーくん、駄目なの。視線、声、そしてこうも濃密な匂いまで感じさせられて……私、昇り詰めてしまいそう。貴方を求めて貴方を欲して、今この瞬間にも貴方のために出来上がっていってしまっているの。心が……プロデューサーくんを想って叫んで脈打ち、軋んで崩れ壊れてしまいそうなほどに高鳴って。身体が……プロデューサーくんを想って溢れる液に濡れながら燃え上がって、プロデューサーくんを貪り尽くしてプロデューサーくんを受け入れようと焼けた熱に染まり上がって。貴方と繋がって、貴方と交わって、貴方と結ばれたくて……心が身体が私という女が、プロデューサーくんという人のために出来上がろうとしてしまっているの。

……ほら、分かるでしょう。貴方にも見えるはず。聞こえて、感じられるはず。私が貴方への想いにたまらなくなってしまっているのが、もうどうしようもなく。分かるはずよ。頬どころか顔全体が一面すへて紅色に濡れて、触れずとも聞こえてしまいそうなほど高く鼓動が刻まれて、想いに尽くされて支配された手足の指が小刻みに震えて……そうして外へ、どうしようもなく感情が表れて漏れ出してしまっているのを。……吐息も熱い。ぼうっとする。貴方に……プロデューサーくんに昇り詰めて……ああ。もう私、達しようとしてしまっているのよ。はしたなく漏らして、溢れさせて、身を焦がして……抑えておける限界の先へ、至ってしまいそうなの。幸せになりたい、とそれだけ……プロデューサーくんのことだけしか考えられず思えない、想いに塗り尽くされた私になってしまいそうなの。だからプロデューサーくん。しばらくの間、あまり近くには……」

「……」

「貴方のアイドル。貴方の、一番のアイドル。貴方の私。その存在を懸けて速やかに終わらせるわ。早く、速く。だからごめんなさい、どうかそれまでは、待っていて」

「……」

「それから、その後に関しても今から前もって謝罪させておいてちょうだい。済ませるべきこれらが済んだ後、きっと私はもう止まれない。だから……プロデューサーくんの時間を貰ってしまうこと、そして貰った時間に交わす睦み合いでは常軌を逸して激しく求めてしまうだろうこと、その事についてはごめんなさい。どうか、許してちょうだい」

「……」

「ええ。沈黙を以っての快諾、ありがとう。それじゃあ……」

「……あの、留美さん」

「……だからプロデューサーくん、そうあまり」

「すみません。だけど一つだけ質問、しても?」

「……できれば、短く端的にだけお願いね。あまり聞かされてしまうと、我慢が」

「じゃあ、はい。……率直に、どうして今日はそんなに饒舌なのかなんですかね。それにその、熱も凄いといいますか……」

「あまり短くなかったようにも思うけれど……。……だけど、そう。それに関してなのね」

「はい」

「結論だけ言えば本を読んだから。もっと元を辿って言えば、貴方と……プロデューサーくんと、今よりもずっと深い関係になりたかったから、よ」

「え、っと……?」

「知っての通り、私は至ったわ。貴方と共に歩んで、貴方と二人、貴方と私で至った。あんなにも輝けるステージへと立てるアイドルになれた。まだ一番、シンデレラへまでは届いていないけれど……でも、それと並ぶことを許されるまでには届いたわ。……だけど、これは私にとって通過点。本当に目指すべきは、本当に願い望み欲するものはこの更に先へある。まずは貴方のアイドルとして輝いて……そしてその後、その先。そこへ至るには……そこを目指して競い合う他の皆に追い着かれず越えられてしまわずそこへ届くには、今よりも強くこれまでより固く、プロデューサーくんとの仲を深めなければならないの。……そしてそのために、プロデューサーくんとの仲を深めるために何を為すべきなのか。その答えを求めて、手にした中から選び抜いて、練り出した結果がこれなのよ」

「これ、っていうのは」

「プロデューサーくんへ伝えること。好意を、愛を、想いを、そのすべてを言葉として貴方へ伝えて贈ること。それが私の達した結論だったの。好意は伝えなければ相手の中へ溶け込んでいかない。愛は贈らなければ朽ちて褪せてしまう。想いは形にして届けなければ受け止めてもらえない。……不安だったのよ。誰にも負けず何にも劣らないと自負しているプロデューサーくんへの想いだけれど、でもそれを私は果たして伝えられているのか、って。私はプロデューサーくんを、私からの想いで満たしてあげられているのか。贈れていないというそのことで、プロデューサーくんの中の私は時を経る度に薄く褪せていってしまっているんじゃないか。これまでを振り返って、今までのいろいろを反省する中で私はそんなふうに思い至って……そしてそれなら、伝えればいいんだって。

言葉なら伝えられる。言葉でなら、私の意思次第でどうにでもすることができる。恥ずかしさはあるわ。躊躇いも、不安も。……でもそんなもの、貴方へ尽くしたいって想いに比べてしまえば些細なものだもの。だから言葉を紡いで……普段はあえて口にすることもなかったものを、秘めていた感情を、燻らせていた想いを、それらをすべて言葉にしてプロデューサーくんへ贈ろう、って。それが私の至った結論で……だからこその、今のこのやりとりなのよ」

「……」

「戸惑うのは分かるわ。突然こんなふうにされて、困ってしまうのも。……でもごめんなさい。私はもう、貴方へのことを何も隠さないと決めたの。何も、何も。……それに、そしてそれを、叶うなら貴方には許してほしい。……この私は、この私も、真実の私だから。プロデューサーくんを好いて、プロデューサーくんを愛して、プロデューサーくんを想う私。自分のすべてを懸けて、深く激しく一途に貴方だけを想っている私も……この私こそ本当の私、だから」

「……」

「もしかしたら迷って、困って、受け入れられずに壁を作られてしまうのかもしれない。想いのすべてを伝えることで、好意と逆の感情を抱かれてしまうこともあるのかもしれない。……だけど、でもこれが本当なの。好きなの。大好きなのよ。愛しているわ。だから、プロデューサーくん……」

「あ、えっ……と、留美さん……」

「ごめんなさい。貴方への想いを口にしていたら身体もそれに引きずられてしまって。……こんなにも近く、こんなにも貴方を感じられる場所まで来てしまって。貴方の吐息を感じる。貴方の高鳴りを感じる。貴方、こんなにも感じる。貴方と、ほんの少し手を伸ばせば抱き合えてしまうような距離まで近付いてしまって……私、もう」

「ん……あ、っ……」

「貴方からお願いされた手伝いを、最後まで終えられなくてごめんなさい。埋め合わせは必ずするわ。必ず、何があっても。……でもごめんなさい。今は、こうして、全身で貴方を感じさせて。愛させて……」

「留美さん……」

「愛しているわ……。プロデューサーくん。貴方のことを、誰よりも、何よりも。……本当に、心の底から大好きよ……」

以上になります。
お目汚し失礼しました。

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以前に書いたものなどいくつか。
もしよろしければどうぞ。

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