例えば○○があったらいいですよね。 (5)


『例えばこんなものあったらいいですよね!』

時刻は三時。AM。
夜は更け、暗闇の極地。朝の日へもう一歩という時の頃になっても尚、寝付けずにいた。

『この商品の凄いところは―――』

気まぐれにつけてみたテレビの中では、人工的な客が歓声を響かせている。
僕は特に興味もなく、画面をただ虚ろに見ている。

『でもお高いんでしょ~?』

どうせ安いに決まってるのだ。

『なんとこちら、今回限り、100万円!』

意外や意外。高い。
と、思ったその時、耳元で風が吹いた気がした。
窓は閉め切ってるはずなのに。

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いつの間にか寝ていたみたいだ。分厚いカーテン越しの朝日が気持ちよい。
うつ伏せに沈んだ体を起こす。

――いや、分厚いカーテン?僕の部屋にはカーテンは無いはずだが。

そう気づいたが先か、ふと鼻を着いたのは嗅ぎ慣れぬ部屋の匂い。
見渡すが、その場所は僕の部屋とは違っていた。
正確には、僕が住むアパートの、その寝室とは違っていた。

誰の部屋だ?どこの部屋だ?見た目はごく普通の部屋だ。寝室だ。
しかし見覚えがない。
脳内の引き出しを開け散らかして、ここに合致する風景を探す。
そうして思考を巡らせていると、背後から一筋、光が漏れた。
振り返る。ドアが開いている。
人影だ。

「あっ。」

向こうが一言。

「起きたの。」

気軽だった。
何の気なしの調子で。

「あの。」

とりあえず何でもいいから言葉を発さなければならなかった。
なぜなら、その人影が全くもって見覚えのない様子だったからである。

「いいわ。ココアを入れてあげましょう。」

意味のない発声に何を察したのか、ドアの戸締りは程々にその人物は向こうへ引っ込んでいった。
奇妙だ。
明らかに奇妙だった。
僕はなぜここにいるのだ。あれは誰だ。
ドアの先には何があるのだ。元来、僕は臆病なのだ。

ドアへと向き直り、半開きになったドアを見つめる。細く細く光が漏れている。
見たい。覗こう。
欲に駆られるまま、情け無く這い寄りドアに静かに手をかける。
静かに、静かに、顔を出す。

覗いたのは顔だった。
「ねえ、何してるの。」


「うわぁっ」と飛び退いた。

ケタケタと笑っていた。
奇妙だ。


「入れたけど。飲むよね?」

「あ、ああ。」

湯気の上がるマグカップ。それを両手に一つずつ。
断れ無い。

「ちょっと熱いよ。」

その人物は二つあるマグカップのうちの片方を、恭しく差し出してきた。それを両手で受け取る。
マグカップから白く立ち上る湯気と共にココアのいい香りがする。
その人物は僕にマグカップを渡すと、翻り、再度ドアへ向かった。

「あ、あの――。」

僕が呼び止めようとすると、その人物から固い音が響き、直後、部屋の明かりが点灯した。

「別にどこにも行かないわよ。」

そして部屋が明るくなったことで、先程から目の前にいる人物の容姿が見える。

細身の若い女性だった。年の頃なら20代前半だろうか。
黒髪で、白いシュシュで一つ結びにしたおさげを肩から前に垂らしており、
服も上はTシャツに下は細身のスウェットで、印象としては、清楚で、家庭的。
顔もそこそこのようだった。
こうして全容が明らかになってみれば、先口調はもちろん、声も女性的であったように思える。

部屋の明かりを点けたその女性はそのまま僕と対面の位置まで来てゆっくりと正座し、手元のマグカップに口を付けた。

沈黙。

対面の女性は静かに目を瞑り、両手で包んだカップからココアを啜る。
とりあえず沈黙を破ろうと、

「あの――」

と声を出すと、それを遮るように女性はこちらに手をかざした。

「まずはそのココアを飲んで。」

納得はいかないが、致し方ない。何が、とは言えないが、不利なのは恐らくこちらの方なのだ。
ココアに口を付ける。
美味しい。体の内側が温まる。とても家庭的な味だった。
少しだけ安心し、深呼吸をしたおかげか、今の状況を客観的に見る事が出来る。

なんだこの状況は。知らない部屋で知らない女性とココアを飲み交わしている。奇妙だ。

そして、また沈黙。

そのまま相手の意に沿うように、部屋にかかった掛け時計の音だけを聞きながら静かにココアを頂戴していると、
囁くように女性が口を開いた。

「どう、温まった?」

未だ不信感は拭えない。
しかしココアという色々と温かいものを頂いた上にそのような言葉をかけられると、臆病な僕としてはつい希望的観測をしてしまう。

「ああ。」

生返事で応える。

「そう。」

女性もまた生返事だった。

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