美城専務「君に仕事を頼みたい」きらり「にょわ?」 (39)

モバマスSSです。

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――専務室



『ガン! ガン! ガン!』

美城「……入りたまえ」

『ガチャ』

きらり「にゃっほーい! しつれいっしゃー☆ 専務さんおっすおっすぅ、急にお呼ばれしちゃってきらりびっくりしちゃったにぃ☆ なんだか学校の職員室みたいでどっきどっきぃ!」

美城「ふむ、職員室とは言いえて妙だな。しかし諸星君、私の知っている限りでは君の素行に問題があるという話は耳にしない。君でも教師に呼び出されるなどということがあるのか?」

きらり「きらりわるいことはしないにぃ☆ でもでもぉー、きらりちょっとだけ普通の子より力つおーいからぁ、そのつもりがなくてもたまーに物を壊しちゃうことがあるんだぁ☆」

美城「……なるほど、力が強いというのも考え物だな。ああ、力と言えば――ドアをノックするときはもう少し軽めでかまわない。あまり強く叩くとドアが痛む」

きらり「りょーかい☆ それでそれでぇ、専務さんきらりになにかご用かにぃ?」

美城「そうだな……ひとまずそこのソファにかけたまえ、楽にしてくれて構わない」

きらり「はーい、お邪魔しゃー☆ うっきゃー! 専務さんのお部屋のソファすっごい座り心地いいにぃ☆」

美城「それはなによりだ。さて本題だが……ひとつ、君に仕事を頼みたい」

きらり「にょわ? お仕事?」

美城「そうだ。私はつい先日、とあるパーティに出席してきたのだが」

きらり「専務さんパーティーでハピハピ?」

美城「いや……楽しめるようなものではなかったな。所詮はビジネス上の立場で招待されたものだ、仕事の延長と言っていいだろう」

きらり「うきゅ~、ざんねーん……それでそれで?」

美城「コムナ・ヴァイダンというファッションブランドを知っているか?」

きらり「もっちろん知ってるにぃ! とってもハピハピでうっきゃーなお洋服がいっぱーい☆ でもでもぉ、お値段もとぉーってもハピハピだからぁ、きらりのお小遣いじゃなかなか買えないにぃ、しゅーん……」

美城「なるほど、ある程度は詳しいようだな。そのパーティの招待客の中にコムナ・ヴァイダンのデザイナーがいて、少々話をする機会があった。そこで先方からひとつの提案があった。諸星きらり、君をフランスのパリで行われる次期春夏コレクションのショーモデルとして起用したいとのことだ」

きらり「ショー……モデル? モデルさん?」

美城「ああ、ファッションショーのモデルだな。君は――というか、わがプロダクションのアイドルに経験した者はいないはずだが」

きらり「えっとぉ、ファッション雑誌のモデルさんなら何回かやったことあるにぃ☆」

美城「それはもちろん私も把握している。しかし、雑誌モデルとショーモデルは、同じモデルと呼ばれてはいても、全くの別物だと思っていい」

きらり「そんなに違うにぃ?」

美城「そうだな……大まかに言えば、商品をより多く購入してもらえるよう宣伝として着用するのが雑誌モデル、一方で洋服が最も美しく見えるよう着用するのがショーモデルといったところだ」

きらり「いちばん綺麗に見えればいっぱい買ってもらえるんじゃないかにぃ?」

美城「そうとも限らないのが販促の難しいところだな。写真に写るモデルがいかに美しく着こなしていようとも、それを見た誰かが自分で着用して同じように美しいかは別の話だ。顧客は一般人、モデルではない。だからスタイルの良すぎるモデルは参考にならない。もちろんある程度は見栄えも必要だから、標準よりややスタイルがいいというのが、多くの場合雑誌モデルに求められる体型だろう」

きらり「……にぃ」

美城「だが、コレクションブランドのデザイナーになるような人間は、本心では多く売るために手加減をすることなんて望んではいない。デザイナーとは商売人であると同時に一種の芸術家でもあるのだ。己の作品は、最も見栄えのよい形で披露したいと思っている。そのための場が、ファッションショーというものだな。ショーには莫大な費用がかかる。多少売り上げが伸びたとしても到底回収しきれないほどにな。だから、利益のみを追求するのであれば、むしろ行わない方がいい。事実、ファッション業界において好業績をあげているのはショーなどとは無縁のファストファッションを主としている企業がほとんどで、世界中で知られているような高級ブランドの会社が万年赤字ということも珍しくない」

きらり「そうなんだぁ、ちょっと意外だにぃ」

美城「ここまでで何か質問はあるかな?」

きらり「えっとぉ、そのお仕事がきらりに来たのは、やっぱし、きらりがおっきぃから、なのかなぁ……?」

美城「そうだな、我が社にはアイドル部門とは別にモデル部門があるが、君はモデル部門所属の誰よりも背が高い」

きらり「……そっかぁ」

美城「素晴らしいことだと思う」

きらり「え?」

美城「先ほど言った通り、ファッションショーは宣伝としては全く割に合わない、デザイナーのプライドの発現の場だ。商売ではないからこそ、クオリティを追求する。そして、創り出した作品を最も美しく見せるためのモデルを躍起になって探し求める。その眼鏡にかなうのは簡単なことではないぞ、背丈というのはどれだけ望んでも、努力しても決して手に入らないものだからな。君の長い手足は大いなる武器だ。天から与えられた才能だ。私としては是非とも引き受けたいと思っている」

きらり「そ、そんなふうに言われると恥ずかしいにぃ☆」

美城「……ただし、私から君に、ひとつ条件をつけたい」

きらり「じょーけん?」

美城「言葉遣いを改めてほしい」

きらり「!!」

美城「君のアイドルとしての活動は武内君に一任している。今更口出しする気はない。が、この仕事は彼ではなく私に依頼されたものだ。君の行動・言動の責任は私が全面的に担うことになる。コムナ・ヴァイダンは日本でも屈指のハイブランドだ、自然と立場の高い人間と関わることも多いだろう。ならば君の口調の矯正は必須だと思っている」

きらり「…………」

美城「……君が現在、その特徴的な言葉遣いを含めて世間に認知され、人気を集めていることは知っている。だが、この仕事にはそれを差し置いてでも手を伸ばす価値があると私は思っている。……受けてくれるか?」

きらり「きらりは……」

美城「…………」

きらり「…………」

美城「……すぐに答えは出さなくていい、一度持ち帰ってゆっくり考えたまえ。それから、気が進まないのであれば断ってくれても一向に構わないし、その場合でも君に不利益になるようなことはない。これまでと変わらずアイドル活動を続けていけると、私が保証しよう」

きらり「……はい」

美城「…………」

きらり「失礼……しました」



美城「――ああ、少し待ちたまえ」

――CP部屋



未央「おっつかれーい! いやぁ、この未央ちゃんも着々と人気が出てきて、忙しくてたまらないですなぁ! これはトップアイドルの座も遠くない……って、ちひろさんだけかぁ」

ちひろ「お疲れ様です。未央ちゃんはいつも元気ですね」

未央「そりゃあもう、私と言えば元気が取り柄ですから! 元気だけが取り柄ですから! 元気を取ったらなにひとつ残らないですから……」

ちひろ「そういう反応に困るのやめましょうよ。あ、お茶飲みますか?」

未央「んー、もう帰るからお茶はいいかな。えっと、明日の予定は……」

ちひろ「午前中レッスンが入ってますね。きらりちゃんと杏ちゃんが一緒です。午後からはテレビの収録ですね」

未央「ほほう。うーん……杏ちゃん、ちゃんと来るのかな? きらりんも一緒なら引っ張ってきてくれるか……」



『ガチャ』



未央「っと噂をすれば、きらりんお疲れー! 明日レッスン一緒だってさ」

きらり「……未央ちゃんお疲れ様。レッスン、頑張ろうね」

未央「うんうん、じゃあ私は今日はお仕事終わったからお先に失礼するよ。また――ん?」

きらり「ちひろさんも、お疲れ様です」

ちひろ「へっ? あっ、ハイ!」

きらり「私も、お先に失礼しますね」

ちひろ「はっ、ハイ! オツカレサマデス!」

未央「き、きらりん!?」

きらり「未央ちゃん? どうしたの?」

未央「いや、その…………また明日」

きらり「……うん、また明日」ガチャ

『トボトボトボトボ』



未央「…………」

ちひろ「…………」

――杏宅



未央「――というわけなんだよ!」

杏「いや、話はわかったけど、なんでウチに来るのさ? 杏、今日オフなんだけど」

未央「いいじゃん、オフって言ってもどうせ家でゴロゴロしてるだけでしょ」

杏「そこは言い返す余地もない」

未央「あと、あんまり言いふらすのもどうかと思うし、杏ちゃんは明日レッスンで会うことになるから、知らせておいてもいいかなって」

杏「意外とちゃんと考えてはいるんだね。それにしても……あのきらりがねぇ……」

未央「というと、杏ちゃんも心当たりは無い感じ?」

杏「無いねー、昨日事務所でちょっと顔合わせたけど、そのときはいつも通りだったし」

未央「そっかぁ……じゃあ昨日か今日に何かあったのかな……」

杏(それと、未央の話を聞いた感じだと、ちひろさんもなにも知らないか……)

未央「どうしたらいいかな?」

杏「ん、杏も実際見てみないと何とも言えないからね。とりあえず明日かなー」

未央「……そだね。じゃあ私、帰るね」

杏「うぃ、また明日ー」

未央「あっ、あと杏ちゃんさ」

杏「なに?」

未央「少しは掃除しなよ。しまむーの部屋よりひどいよ、これ」

杏「……気が向いたらね」

――翌日



杏「おいーっす」



未央「あっ、杏ちゃんおはよ」

きらり「杏ちゃんおはよう」

ちひろ「おはようございます」

杏「ん、おはよー未央にきらり、とちひろさん」

きらり「……あ、杏ちゃん飴あるけど、食べる?」

杏「お、ありがと」

未央「…………」

ちひろ「…………」

杏「ところできらり、いつもと口調違うね、なんで?」

未央(ド直球!)

きらり「あ……その……へ、変……かな?」

杏「別に変じゃないよ、むしろそれが普通だしね。ただ、なんでかなって思ってさ」

きらり「……えっと、なんとなく……じゃダメ?」

杏「もちろんダメなわけないよ。なんとなくかー、そういうこともあるよね」

きらり「きら――私、レッスン行かなきゃ」

杏「うん、いってらー」

未央「…………」

ちひろ「…………」

杏「……ふぅん」

未央「って、杏ちゃん! 私らもレッスン行かなきゃだよ!」

杏「まだ時間あるでしょ、この飴舐め終わったら行くよ」

未央「本当に? じゃあ私も杏ちゃんと一緒に行くから待ってるよ」

杏「信用ないねー」

未央「日頃の行いだよ。……でさ、きらりんのこと、どう思う?」

杏「んー、昨日聞いた通りって感じだけど、そうだなぁ……」

未央「…………」

杏「…………あぁ、なるほど」

未央「!! もうなんかわかったの!?」

杏「まぁ、ちょっとだけね。まだほとんどなにもわかってないよ」

未央「ちょっとでも教えてよ! 私、登場人物がほぼ全滅するまで動かない名探偵は嫌いだよ!」

杏「そんなぶっそうなことにはならないから。っていうかね、気になるんならきらりに訊けばいいんだよ。なんでそうしないのさ?」

未央「む……」

杏「きらりを心配してのことだってのはわかるけど、陰でコソコソ探られるってのは、あまりいい気分はしないと思うよ」

未央「……んっと、昨日はその多少の混乱もありまして、機を逃したとでも言いますか」

杏「ふむ」

未央「落ち着いてからも、はたしてこれは訊いていいものなのか、判断がつかなくて」

杏「なるほど」

未央「でも、伝えたのは杏ちゃんにだけだよ、これは本当に」

杏「そこんとこは疑ってないよ」

未央「……でね、やっぱり杏ちゃんに伝えたのは正解だったって思ったよ」

杏「ん? なんで?」

未央「さっきのやりとり見ててさ、私はあんなふうに堂々と訊けない。たぶん私以外でも無理。杏ちゃんじゃなきゃダメだと思う」

杏「まぁ、杏はみんなよりちょっときらりと付き合い長いからね」

未央「やっぱり、きらりんのことは杏ちゃんに任せるよ。なんかそれが一番うまくいく気がする」

杏「えぇ? 責任重大だなぁ……」

未央「でも、『面倒臭いなぁ』って言わないんだね」

杏「まぁ、ね」

未央「じゃ、そろそろレッスン室行くよ。あんまりギリギリだとベテトレさんに怒られちゃうし」

杏「レッスン面倒臭いなぁ……」

未央「杏ちゃん……」

――レッスン終了後



ベテ「諸星」

きらり「……はい」

ベテ「今日はミスが多かったぞ、お前らしくもない。体調でも悪かったか?」

きらり「申し訳ありません。体は……大丈夫です」

ベテ「だったらいいんだが……」

きらり「…………」



ベテ「双葉」

杏「はいはい?」

ベテ「振付を省略するなと何度も言っているだろう」

杏「あれ、バレてた? 気付かれない程度にしたつもりだったんだけど」

ベテ「本番ではそれでもいいが、レッスンではちゃんとやれ」

杏「なかなか聞かない言葉だね、それ」



ベテ「本田」

未央「はい!」

ベテ「……特に無しだ」

未央「なんで名前呼んだんですか!?」

ベテ「では解散! 体調管理には気を付けるようにな」

未央「答えてくれないの!?」




杏「あー疲れた。きらり飴持ってない?」

きらり「……ごめん、もう持ってない」

杏「そか。ふたりはこの後なんかある?」

未央「午後からテレビの収録だよー」

杏「忙しいねー、きらりは?」

きらり「お仕事はないけど……」

杏「じゃあ一緒に帰る?」

きらり「あ……ごめんね、用事あるから。少し残ってく」

杏「……そう」

――CP部屋



未央「じゃ、私はそろそろ向かうから」

杏「いてらー」

きらり「未央ちゃん、がんばってね」

未央「……うん、行ってくるね」ガチャ

『テクテクテク……』



きらり「杏ちゃん、帰るんじゃ……?」

杏「レッスンで疲れたから、ちょっと休憩してから帰るよ」

きらり「そっか。えっと……ちひろさん珍しくいないね、どこ行ったのかな?」

杏「杏が席外しててって頼んだからね。独りカフェでもしてるんじゃないかな」

きらり「……なんで?」

杏「そのほうが話しやすいかと思ってさ」

きらり「なにを、話すの?」

杏「大体わかってるでしょ。いや杏としては、本人から相談されたわけでもないのにこんなことするのって、余計なお世話だと思うんだけどね」

きらり「……余計なお世話だよ」

杏(こういうきらりも新鮮だなぁ。……さて、どうしたものか)

きらり「私、用事あるから行かなきゃ」

杏「そんな急がなくたって、専務は逃げやしないでしょ」

きらり「!! 誰から聞いたの!?」

杏「誰からも聞いてないよ。当てずっぽうってわけでもないけど、しいて言えばきらりからかな」

きらり「どういうこと……?」

杏「前にエレベーターで専務と乗り合わせたことがあってさ――」




   ◇◇◇



美城「……何階だ?」

杏「んっと、7階おなしゃす」

美城「…………」ポチッ

杏「…………」

美城「…………」

杏(専務とふたりきりかぁ、なんか気まずい……)

美城「……双葉君」

杏「はい?」

美城「君は、飴が好物だと聞いている。間違いはないだろうか?」

杏「あーはい。飴、好きですけど……」

美城「では、これを受け取りたまえ」スッ

杏「どうも……」



エレベーター『チーン、ゴカイデス』



美城「…………」カツカツカツ

杏(……なんだったんだ)



   ◇◇◇


杏「――ってことがあってね。もらった飴、食べてみたらおいしかったから後で探してみたんだけど全然見つかんないの。どこで売ってるんだろうね、あれ」

きらり「…………」

杏「今朝、きらりがくれた飴だよ。杏の知ってる限りじゃ、あれは専務からもらうしかない。だから昨日かな? きらりは専務と会ってる。……杏にわかってるのはそれだけだよ、どんな話をしたとかは全然知らない」

きらり「…………」

杏「種明かしついでに言っちゃうけど、昨夜未央が杏の家に来たよ。きらりを心配して、杏に相談しにね。昨日専務と会った後、未央とも会ったでしょ?」

きらり「……相談するようなこと?」

杏「ん?」

きらり「私が普通の喋り方してたら、そんなに変?」

杏「今朝も言ったけど、別に変だとは思わないよ。杏も、未央もね」

きらり「え?」

杏「ちょっと勘違いさせたかな。未央が相談にきたのは、昨日のきらりが元気なかったからだよ。口調が普段と違ったかもとは言ってたけど、そっちはメインじゃない」

きらり「そう……なの?」

杏「きらりはさ、ちょっと嫌なことあったり落ち込んでたりしても、元気な振りするでしょ、みんな知ってる。そのきらりが見てわかるぐらいにしょぼくれてるって、慌ててたよ」

きらり「……そんなに、元気ないように見えたかな」

杏「現在進行形でそう見えてるよ。でも、きらりは口調のことばかり気にしてるみたいだね。じゃあ、それが専務の指示?」

きらり「…………」

杏「なんてね、尋問みたいになっちゃってるけど、杏は無理に聞き出そうとは思わない。きらりが話すの嫌だってんなら、そろそろ帰るよ」

きらり「……あ」

杏「っと、そうだ。きらりも知ってるだろうけど、未央さ、最近かわいそうに人気出てきちゃって、仕事の予定ぎっちり入ってるんだよ。
なのに昨日、電話でもなんでもいいだろうに、わざわざ杏の家まできらりのこと話しに来たんだ。疲れてるだろうにさ」

きらり「…………」

杏「だからきらりには……無理をしろとまでは言わないけど、できるだけでいいから、未央の――みんなの前では、元気な姿見せててほしいかな。じゃあ、またね」



きらり「――待って!」





杏(……危ない危ない、ここで引き止められなかったらホントに帰らなきゃならないとこだったよ)



きらり「杏ちゃん!」

杏「ん、なに?」クルッ

きらり「…………」バンバンバン!

杏「えっと、そこ座れって?」

きらり「…………」コクッ

杏「はいはい……よっと、座ったよ」

きらり「お話! する!」

杏「お、おう」

きらり「…………」

杏「…………」

きらり「……どこから、話せばいいのかな?」

杏「あ、その前にいっこ注文。杏はどっちでもいいんだけど、きらりが喋りやすいほうの口調で喋ってくれる? どうせここは杏しかいないんだから、いいでしょ?」

きらり「…………わかった、にぃ」

杏「あぁ、そっちなんだ」

きらり「……もう癖になっちゃってるにぃ」

杏「そっか、専務はそれを直せって?」

きらり「ううん、そうじゃなくて……杏ちゃん、コムナ・ヴァイダンって知ってゆ?」

杏「あのどこへ着ていくんだってぐらいド派手で馬鹿高い服のブランドね。知ってるよ、それが?」

きらり「専務さんが、きらりにパリでやるファッションショーのモデルさんをやってみないかって」

杏「へぇパリかー……ファッションショー……コムナ・ヴァイダンの……!? ――パリコレぇ!?」

きらり「杏ちゃんがそんなびっくりしてるのって珍しいにぃ……」

杏「そりゃ驚くよ! ああいうのって滅茶苦茶お金かかってるんだよ、わかってる?」

きらり「あ、うん。宣伝としては割に合わない、芸術家の発表の場だって専務さん言ってたゆ」

杏「そう、費用対効果とか全然考えてないから馬鹿みたいにお金突っ込むの。ショーモデルなんて最たるものだよ、上の方は頭のおかしいレベルのギャラだよ、やつら」

きらり「そ、そんななんだぁ……」

杏「それで、なんだっけ? きらりにコムナ・ヴァイダンのショーモデルの仕事を持ち掛けられて、専務が引き受けたって?」

きらり「まだ専務さん引き受けてないにぃ、保留にしてゆって」

杏「なんで? 受けないわけないと思うんだけど」

きらり「受けるかどうか、きらりが決めていいって、でも……もし受けるんだったら、言葉遣いを改めてほしい、って」

杏「……あぁ、そーゆーこと」

きらり「そのお仕事すゆと、えらーい人たちといっぱい会うことになるから、きらりがダメダメだと専務さんの責任になっちゃうにぃ」

杏「うーん……うーん?」

きらり「だから、きらりは……」

杏「ちょっと待ってね。ちなみに、プロデューサーにはもちろん話してあるよね? なんて言ってた?」

きらり「……『諸星さんの意思を尊重します』」

杏「まぁ、予想通りっちゃ予想通りだなぁ」

きらり「あと、『専務に直接言いづらいようであれば、私のほうから伝えても構いません。遠慮は要りませんから、諸星さん自身の意思で判断してください』だったかな?」

杏「なるほどね。専務もプロデューサーも、別に断っても構わないって言ってるわけだ」

きらり「うん」

杏「じゃあきらりは、そのお仕事やってみたいって思ってるんだね」

きらり「……うん……やって、みたいにぃ」

杏「理由を聞いても?」

きらり「……きらりね、ちっちゃい頃からおっきかったにぃ」

杏「なんか矛盾を感じる言葉だけど、うん」

きらり「同じぐらいの歳の子じゃ、ずーっときらりが一番おっきくて」

杏「うん」

きらり「高校生ぐらいになってからは、きらりよりおっきい子もたまーに見かけるにぃ☆……男の子だけど」

杏「うん」

きらり「今は、おっきいきらりんが好きって言ってくれるファンの子もいたりして、とーってもハピハピ☆」

杏「うん」

きらり「でもね、心の底では、いつも思ってゆ。周りのちっちゃい女の子たち見て、いいな、かわいいな、うらやましいなって」

杏「うん」

きらり「おっきくて、嫌なこととか、悲しいことも、いっぱいあったにぃ」

杏「うん」

きらり「だけど、専務さんは言ってくれたにぃ、『君の長い手足は武器だ』『天から与えられた才能だ』って」

杏「うん」

きらり「……嬉しかった」

杏「……うん」

きらり「専務さんに褒められて、こんなきらりを必要だって言ってくれるお仕事があるって……」グスッ

杏「あーもー、わかったよ。よしよし、泣かない泣かない」ポンポン

きらり「うきゅぅ……」グスグス

杏「っていうかね、今のはきらりが嬉しかったっていう、ちょっとイイ話じゃん。なんで泣くのさ?」ナデナデ

きらり「……きらりには、今のきらりのファンの子たちがいるにぃ」クスンクスン

杏「うんうん、きらりは人気者だからね」ヨーシヨシ

きらり「デビューからずーっとハピハピにょわーしてたきらりが、いきなり普通の喋り方になったら、きっとがっかりしちゃう子もいるにぃ」

杏「……まぁ、多いか少ないかはわからないけど、いるのは間違いないかな」

きらり「でもでも! きらりは専務さんのお仕事やってみたいにぃ! だから……」

杏「それで元気なかったわけだ……ところで、今まではどうしてたのさ?」

きらり「うきゅ? 今まで?」

杏「今の仕事でもさ、テレビ局とかレコード会社のお偉いさんに挨拶することはあるでしょ? きらりはそういうとき、どんな喋り方してんの?」

きらり「もちろん敬語で話してるにぃ」

杏「やっぱそうなんだね。じゃあ、ウチの専務と喋るときは?」

きらり「?? いつものきらりだにぃ」

杏「……ココロときめきすれ違い」

きらり「ふにゅ?」

杏「なんか微妙に違和感あったんだけどさ、わかったよもう。まずショーモデルに口調とか関係ないんだよ、服着て歩くのが仕事なんだから。喋るのは表に出ないとこでの関係者との会話ぐらいで、きらりが今までやってたのと同じようにすれば平気だよ、それは」

きらり「で、でも! 専務さんは直せって……」

杏「だからね、専務は現場できらりが敬語使ってるなんて知らないの! 時と場合で使い分けなんてできないと思ってるんだよ。普通だったら自分とこの専務にも敬語使うものだからね」

きらり「にょわ……」

杏「プロデューサーの丸投げっぷりもそれだよ。プロデューサーはきらりが切り替えられるって知ってるから、口調のことは大した問題じゃないって思ってるんだ。きらりがやりたいか、やりたくないかだけが判断材料なんだよ」

きらり「…………」

杏「専務には、その仕事の相手とは敬語で話すって言えば大丈夫だよ。どいつもこいつも、言葉が足りないったら」

きらり「……きらり……きらりんでいていいの?」

杏「そもそもが誤解の賜物だからね、たぶん通るよ。もしも駄目って言われたら、それからまた悩めばいいじゃん」

きらり「…………うんっ!」

杏「もう行くの?」

きらり「善は急げだにぃ」

杏「なんだったら杏もついてこうか?」

きらり「もうだいじょーぶ! きらりんがんばゆ☆」

杏「んー、じゃあ杏は帰るから、話終わったら何時でもいいから結果教えてね」



――専務室



『ドゴン! ドゴン! ドゴン!』

美城「……入りたまえ」

『ガチャ』

きらり「にゃっほーい! 失礼しゃー☆ 専務さんおっつおっつぅ」

美城「君か……ノックは軽めにと言わなかったか?」

きらり「うっぴゃー☆ 忘れてたにぃ! ごめんなさい、しゅーん……」

美城「次から気を付けてくれればいい。……要件は、昨日の返答と思っていいのかな?」

きらり「うんっ! きらり、ショーモデルのお仕事受けるにぃ!」

美城「……? 断るのかと思ったが……」

きらり「そんなことないゆ☆ モデルさんいっぱいいーっぱいがんばるにぃ!」

美城「私が出した条件のこと、覚えていないか?」

きらり「…………」

美城「…………」

きらり「……ご紹介していただいたお仕事では、決して失礼の無いよういたします」

美城「む?」

きらり「専務さんにご迷惑はかけません。ショーモデルのお仕事、どうか引き受けさせてください」

美城「……使い分ける、ということかな?」

きらり「はい」

美城「可能なものか? ふと気を抜いた瞬間にボロが出たりするのでは?」

きらり「それは、ないと思います。現在の活動でも、相手によっては、今のような口調を使ってますから」

美城「ほう、そうだったか……いや、当然か」

きらり「それに、誰しも立場や相手によって使い分けはしているのではないですか?」

美城「ふむ、言われてみればその通りだな。しかし解せない、本当に普段から使い分けをしていたというのであれば、私にも敬語を使っていたのではないか? 立場というのであれば、私は君の上司に当たる」

きらり「……お気を悪くされていたようでしたら、申し訳ありません」

美城「いや、単純な疑問だ。君にとって、私が敬語を使わない方に分類されていたのであれば、それは何故かと思ってな」

きらり「それは……」

美城「なにか理由が?」

きらり「……専務さんとも、仲良くなりたかったからです」

美城「…………仲良く」

きらり「はい」

美城「それだけか?」

きらり「はい」

美城「……そうか」

きらり「…………」

美城「ショーモデルの件は、了承したと伝えておこう。今後君には専用のレッスンが組み込まれる。スケジュールについては武内君から聞いてくれ」

きらり「!! はい! ありがとうございます!」

美城「礼はいらない。私としても是非とも引き受けたい仕事だったからな。正直、君の答えを聞いてほっとしている」

きらり「会社の利益になるからですか?」

美城「いや……たしかに大きい仕事ではあるが、それだけではないな。私にもファッションショーを開くデザイナーの気持ちが理解できるということだ」

きらり「?」

美城「君が気にする必要はない」

きらり「そう、ですか……あ、えっと、その……」

美城「どうした?」

きらり「専務さんは、こういう敬語のほうがいいですか? それとも……」

美城「私は……どちらでも構わない。君が話しやすい口調を使いたまえ」

きらり「――おっけー☆ ばっちし!」

美城「ふむ、話しやすいのはそちらか」

きらり「んふふー☆ 専務さんってぇ、ちょっと杏ちゃんと似てるにぃ」

美城「双葉と? 私が?」

きらり「うんっ」

美城「……どこを見てそう思ったのかは知らないが、そういうことはあまり言わない方がいい。私は気にしないが、双葉が聞いたら気を悪くするだろう」

きらり「どうしてぇ?」

美城「私は、どちらかといえばアイドルたちから嫌われているだろうからな」

きらり「……杏ちゃんはとっても頭のいい子だから、専務さんが会社のためを思ってることぐらいわかってるにぃ」

美城「しかし……」

きらり「飴好きなところもそっくし☆」

美城「私は飴好きではないぞ? 甘いもの全般が苦手でな」

きらり「え?」

美城「なんだ?」

きらり「飴食べないのに、いつも飴持ち歩いてるにぃ?」

美城「…………」


――杏宅



きらり「あ・ん・ず、ちゃぁーん!!!」

杏「みんな文明の利器がそんなに嫌いなの? とりあえず入って、近所迷惑だからね」

きらり「はーい、お邪魔しゃー! 杏ちゃんのおうちおっひさー…………びっくりするほど散らかってるにぃ! もー、ちゃんと綺麗にしなきゃダメだゆ!」

杏「未央といいきらりといい、あんまりひとんちにケチつけないでよ、来世で片付けるよ」

きらり「きらりがお掃除すゆ!」

杏「え? いや、そこまでしなくていいよ」

きらり「いいの、お礼だから!」

杏「お礼? あぁ……ってことはうまくいったんだね」

きらり「うん、きらりんファッションショーに出るにぃ」

杏「おー、よかったよかった。専務が納得してくれるかちょっと不安だったんだよね」

きらり「杏ちゃんのおかげ☆」

杏「実はちょっと悪いことしたような気もしてたんだけどね、結局無理やり口割らせたようなもんだし」

きらり「……そんなことないゆ、きらりもホントは聞いて欲しかったにぃ」

杏「でも、相談しなかったんだね、誰にも」

きらり「……うん」

杏「それって、どっちを選んでも後悔するってわかってたからだよね。誰かに相談して、意見をもらって、後悔したときにその誰かのせいにしたくなかったから、ひとりだけで決めたんだ。きらりは偉いね」

きらり「……杏ちゃんは凄いにぃ」

杏「そーでもないよ。あ、未央にはあとで事の顛末教えとくね」

きらり「未央ちゃんにも心配かけちゃったにぃ……」

杏「きらりが元気な姿見せてあげれば大丈夫だよ」

きらり「うんっ。そーだ、杏ちゃん飴あげゆ☆」

杏「お、専務の飴だね。でもこれきらりがもらったんでしょ? 毎度毎度杏が食べちゃっていいものかな……」

きらり「だいじょーぶ! 今日はふたつもらってきたにぃ、きらりも食べゆ」

杏「そなの? じゃ遠慮なく。うん、やっぱりおいしいねこれ。今度売ってるとこ教えてもらおうかな」

きらり「それはダメぇ」

杏「なんで?」

きらり「専務さんの楽しみがなくなっちゃう!」

杏「楽しみ?」

きらり「あ! 今日ねー、専務さんと杏ちゃん、ちょっと似てるって思ったんだぁ」

杏「はぁ? どこがさ?」

きらり「ホントはやっさすぃーのに、そう見せないようにしてるとことか☆」

杏「えー……」

きらり「嫌?」

杏「いや、杏は気にしないけど、専務が嫌がるんじゃないかな、杏みたいな怠け者と一緒にされたら」

きらり「うぇへへ☆」

杏「なに笑ってんのさー……」

きらり「あっ、杏ちゃん!」

杏「今度はなに……」

きらり「あのね、きらりのショーモデルのお仕事、専務さんはできれば受けたがってたみたいで」

杏「そらそーよ」

きらり「専務さんになんでって聞いてみたんだけど」

杏「そーゆーところは金払いがいいからね、相当おいしいはずだよ」

きらり「うん。でもそれだけじゃなくて、『ファッションショーを開くデザイナーの気持ちが理解できる』って」

杏「あー」

きらり「きらり、よく意味がわからなかったんだけど、杏ちゃんはわかゆ?」

杏「えっとね、ファッションショーは割に合わない、芸術家としての発表の場だって専務は言ってたんでしょ」

きらり「うんうん」

杏「で、ファッションブランドをウチのプロダクションに置き換えると、そこの商品、服とかがアイドルに当たるわけさ」

きらり「にょわにょわ」

杏「だから専務は、商売とかは抜きにして、『どうだ、ウチの諸星きらりは凄いだろう』って、世間に見せびらかしたいって言ってるんだよ」

きらり「…………」

杏「きらり? どしたの?」

きらり「…………」

杏「大丈夫? 顔真っ赤だけど……」

きらり「…………」



杏「…………よかったね」






きらり「うん……………………すっごい嬉しい」





――後日、専務室



『ガン! ガン! ガン!』

美城「……入りたまえ」

『ガチャ』

未央「失礼します!」

美城「……本田君か。どうした? 私に何か用か?」

未央「はいっ! 不肖、本田未央、飴は嫌いではありません!」

美城「…………」

未央「…………」

美城「…………」

未央「…………」



美城「…………食べるか?」

未央「いただきます!」



   ~Fin~

終わりッス。

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