悠貴ちゃんが頬にちゅってして (20)


※独自設定有り、キャラ崩れ注意


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 それは夢のような世界のお話。憧れていた世界の中心。可愛い衣装を着て、キラキラ輝くステージで、誰よりも眩しく煌めく存在。アイドル。そう、私は、可愛いアイドルになりたかった。それは昔から抱いていた確かな憧れだったから。
 けれどそれは、大きくなるにつれて無理な願いなのだと思うようになった。
 同世代よりも一際大きく育ってしまった身長は、私が憧れていた、可愛いアイドルというものとは正反対な気がして。
 だからもう、憧れは憧れでしかなくて夢は夢でしかない、そんなものだと割りきるしかないと思いかけていた。
 ……けれど、それでも。どうしても夢を夢で終わらせたくなかった。
 諦めることができなかった。
 諦めて後悔をするよりも、憧れに一歩を踏み出してみたかった。だから受けてみた、アイドルオーディション。


 ──そこで私は、魔法使いと出会った。
 私の願いを叶える、魔法使い。……プロデューサーさん。

 あの人と出会い、見出だしてもらったことで私は憧れで終わるはずだった世界へと入ることができた。それどころか、可愛い衣装を着て、立派な歌までもらって、小さいかもしれないけれど、キラキラのステージに立って。
 本当に憧れていた、アイドルになれた。
 ──夢を叶える、素敵な魔法にかけられたのだ。
 感謝の気持ち。ただ、とにかくそんな想いでいっぱいで。伝えたいものはたくさんあるのに、ありがとうございますという言葉しか出てこなくて。
 本当の想いはそれだけだと伝えきれない、たぶんきっと。他に何かあるはず。


「なんだか……足りない気がする」

 ベッドに寝そべり、言葉を漏らす。

 デビューCDのリリースイベントでステージに立たせてもらい、曲を歌わせてもらって、今日までどうもいまいち実感がなかったけど本当に可愛いアイドルになれたんだという実感が急に出てきた。
 そして、そんな可愛いアイドルとしてステージに立たせてもらい、CDまで出せるようになったのはプロデューサーさんのおかげだということも、あらためて思った。
 だから──だからこそ、思う。
 ただありがとうございますなんて言葉だけで済ませられるものだろうか、と。
 感謝の気持ちを伝えることは当然必要である。しかしそれだけでは最低限のことだ。感謝すべきことに感謝をする、ということは当たり前のことなのだから。
 ありがとうございますとだけ言ってそれでおしまいというのは、どうしても物足りなく感じてしまう。

 何かあるはずだ、何か。そんなことを考えているうちに、気が付けば微睡みに落ちていて。意識が暗転する。
 おやすみなさいと誰にでもなく言うこともないままに、眠ってしまった。



 翌日、目が覚めてから、ほれから学校に行っている間もずっと、ううんと頭を悩ませてみたけれど、どうにも私では一人で悩み考えていても答えは出ないということがわかった。だから、誰かに相談をしてみようと事務所に向かった。
 今日は初ステージ後ということでオフをいただいていたから、本当は事務所に寄ることはない予定だったけど、特に予定に無くても顔を出すアイドルも少なくはないし、私もたまにしている。


 事務所に着いたが、今日は人が少なそうだった。少し走ってきたので他の学生の人たちよりも早くに着いたのだろう。
 ルームに向かう途中の廊下でも事務員さん、職員さんとスレ違うくらいでアイドルと会うということはなかった。
 扉を開き、ルームに入る。やはり人影は──いや、ひとつだけあった。

 ソファにゆったりと腰をかけて湯呑みでお茶を飲む、小柄な和装の女の子。
 依田芳乃さんだ。


「おはようございますっ、芳乃さん!」

「おはようなのでしてー。悠貴は今日お休みだったのではー?」

「そうだったんですけど、顔を出そうかなって。ちょっと、考え事があってそれを纏めたいなって。誰かの意見を聞きたいなら、ここが一番ですよねっ」


 ここは色々なアイドルが集まる場所だから、もしかしたら私のこの、どうすればいいのかわからない、モヤモヤとした感情に対する正しいぶつけかたを見つけてくれるかもしれない。
 モヤモヤした、気持ち。
 大きすぎる気持ち。想いの丈の伝え方というものを。
 と。
 ふと思った。目の前にいるのは、色々なアイドルの一人だ。何より誰かに相談をする、と言うなら芳乃さんはなんとなく凄く頼りになりそうな気がした。
 悩み事解決が趣味だと以前に聞いたことがある。そうするなら、相談を聞くということに対してこれ以上になく事務所で頼りになる人もいないだろう。
 それに芳乃さんは、小柄だし、一見すると幼くも見えるけれど──最初は年下と勘違いしかけたくらい──私よりも年上で大人に近い人だから、そういう面でも。
 あと、なんとなく神々しい、っていうんだっけ、そんな感じもする人だ。


「あの、よかったら芳乃さんに少し相談をさせてもらってもいいですか?」

「もちろん、でしてー」

「ありがとうございますっ!」

「ふふふ、どういたしましてー。……それはそうとしまして悠貴ー」

 芳乃さんがぷぅ、と頬を膨らませた。
 どうしたんだろう? 可愛いけれど。
 取り立てて芳乃さんの癪に触った心当たりがないので、疑問が浮かんだ。

「わたくしは幼子ではないのでしてー、悠貴よりもお姉さんでしてー」

 ……あれ、口に出してたっけ?




 芳乃さんが場所を移そうと言ったので事務所から移動して、近くのカフェにやってきた。ふわりと香る紅茶の匂いとポップで明るい店の雰囲気は、なんとなく芳乃さんのイメージから想像できないお店の選択だった。
 だったらどういうイメージかと言われると、たまにやっている時代劇に出てくるような、お茶の出るお団子屋さん。
 湯呑みでお茶を飲みながらお団子を食べている姿は、なんだか凄く簡単に想像ができた。


「して、悠貴ー。どのような相談なのでしょうかー?」

 コーヒーにたっぷりの牛乳と砂糖を入れている姿に少し素直にお茶を頼むという選択肢はなかったのだろうか、とも思いつつ、芳乃さんに相談内容を話す。

「実は、プロデューサーさんに、私の想いを伝えたいんです!」

「ふむー、想いを、ですかー……」

 そう、伝えたい。いつもお世話になっていることや、ここまで連れてきてくれたことに対する想いを。ただ感謝の言葉ひとつでは済ませることのできない、とても大きくて──大切なことだから。


 芳乃さんが少し考える素振りをしてから、頭のなかを整理するつもりなのかコーヒーに口をつける。ふーふーと息で冷ましてから。けれど一口つけてすぐ熱そうにカップから離した。猫舌なのかな。
 
「想いというのは形にせねば伝わらぬものー。それが言葉であれ、どのような形であれ、悩み、秘めているだけでは相手には伝わらぬものなのでしてー。だからどのような形でも想いを伝えようとすることが大切なのだと思いますー」

「どのような形でも想いを伝えることが大切、ですか……」

 なるほど、と頷く。黙っているだけでは何も意味はない。秘めているだけでは何も伝わらず、本末転倒である。


 けれど、それでもやっぱりどうしてもわからないし、どうすればいいのか悩んでしまう。本末転倒になってしまうことを承知で、思い悩み秘めてしまう。
 どうしてもこの想い、気持ちは、ただありがとうという言葉だけでは伝えきれないと思うから。大きすぎる恩に対する感謝というにはあまりにも軽々しい言葉の響きだと、なんとなく思ってしまう。

 感謝──そう、感謝だ。

 夢を叶えてくれた人への、大きすぎる恩に対するこの感情は、感謝だと思う。
 それだけではない、何かがあるような気がする。わからない部分がある。けれどこの気持ちの名前に、他に思い当たるものがない。
 だから消去法で間違いないと思った。


「…………甘いのでしてー」

 煮え切らない私の思考中に、芳乃さんはコーヒーにお水に入っていた氷を移して冷やしてから飲んだ。中途半端に温度の下がったコーヒーは大量にいれてしまった砂糖のせいで凄く甘くなっていたようで、芳乃さんはしょんぼり顔だ。
 やっぱりこういうカフェにはあまり来たことがないのがわかる。
 こほん、と可愛らしく咳払いをしてから、芳乃さんが喋り出す。

「言葉には言霊というものが宿ると言いましてー、伝えたい想いを言葉に乗せるというのはとてもよきことだと思いますがー、しかし悠貴がそれでも想いが伝わらぬと思うのでしたらそれ以上の形でまっすぐに伝えるがよいかとー」

「それ以上の形でまっすぐですか?」


「でしてー。ぶっちゃけ悠貴のちゅーでよいと思うのでしてー」

「ぶっちゃけ!?」

 あ、いや。違う。驚くところはそこじゃなかった。
 芳乃さんが、ぶっちゃけ、なんて言葉を使うことがあるとはまさか思っていなかったからビックリはしたけど。
 もっと反応すべき言葉がある。

「ちゅ、ちゅーって、え、なんで!?」

「想いを伝える際には接吻が行われてきたと古事記にも書いておりましてー」

「古事記に書いてあるんですかっ!?」

「汝右の頬をちゅーしちゃえば左の頬にちゅーしちゃおうとこちらの書籍にも書かれておりましてー」


 芳乃さんが取り出したのは古事記ではなく、女性向け雑誌に載っている速水奏さん特集のページだった。
 ちなみに先ほどのは芳乃さんの意訳であり、雑誌のほうはそれよりも幾分大人っぽい、セクシーな文章だった。
 いや、余計できません。

「これ以上なく悠貴の想いを伝えられると思いますがー。ただ言葉を伝えるだけでは物足りぬというのであれば、これでたれば間違いなく最大限の想いを伝えられる手段だと思いましてー」

「……そ、そうですか? けど、私みたいな子供の、き、き、きす……なんて」

「悠貴のように可愛らしいあいどるからの接吻を喜ばぬ殿方はいないのでしてー、あの方もそれはそれはお喜びになることでしょうー、間違いなくー」

「プロデューサーさんが、間違いなく喜ぶ……そ、それなら──」

 ──や、やってみようかなっ!?





 そんな決意をした後日のこと。事務所には私とプロデューサーさん、それから少し遅れてやってきたちひろさんの三人だけだった。

「あれ、悠貴ちゃん。顔が赤いですね、風邪ですか?」

「い、いえっ、大丈夫ですっ!」

「それならいいけど……気を付けてくださいね、まだまだ風邪の季節ですから」

「わかりましたっ、ちひろさん」

「ふふっ──あれ、プロデューサーさんはなんだかニヤニヤしてますが、何かいいことありました?」

 ──結局、プロデューサーさんの頬に軽く、その、しただけで、なんだか凄く恥ずかしい思いをしただけのような気がして、これでよかったのかわからない。
 でも、まあ、とりあえず。

 喜んでもらえているみたいだった。




おわり

乙倉ちゃんのCD試聴始まってるから皆さん聴こうね。とても可愛い。凄く可愛い。乙倉ちゃん超可愛い
それでは

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