球団マスコット 短編小説集 (227)

第1章「今だけは」
~ ドアラとB・Bの話 ~


三日間、一緒にいられる。

けれど、三日間なんて短すぎる。

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試合前、ドアラはパオロンと一緒にグラウンド内でごろごろしていた。パオロンはそうしているだけで可愛いが、ドアラが同じ事をやると、怠けてさぼっているようにしか見えない。
シャオロンは呆れとも諦めともつかない表情でドアラを踏んづけると、コロコロする妹の傍に座った。踏んだ拍子にメキッと聞こえたのは、おそらく気のせいだろう。

パオロン「シャオー、ドアラうごかなくなっちゃったよー」

パオロンがドアラをつんつんしながら言うと、シャオロンは事も無げに言った。

シャオロン「寝てるだけさ」

パオロン「そっかー!」

ドアラはうつぶせの状態でぴくぴくしていたが、シャオロンは無視してパオロンを抱き上げ、膝に乗せる。仲睦まじい二人の隣で、ドアラはじとりと仕事仲間を見上げたが、それも無視された。

B・B「おー、楽しそうだな」

ポリー「シャオ君、パオちゃん、ドアラ、やっほー」

そこへB・Bとポリーがやってきて、軽く挨拶をする。

シャオロン「こんにちは」

パオロン「きゃー!ポリーおねえちゃん!」

B・B「あれ、パオちゃん俺の名前は?呼んでくれないの?」

パオロン「えろずりー!」

ポリー「あらあら(笑)」

ポリーは笑うと、パオロンを抱っこしてむぎゅーと抱きしめた。

B・B「ちょ、待て!誰だそんな言葉を教えたのは!シャオロンか!?」

シャオロン「ドアラです」

ドアラ「ちょ、シャオロン俺のせいにするな!」

B・B「ど・あ・ら?」

ドアラ「ちょっとおぉぉぉ!!俺じゃないってえぇぇぇ!!」

問答無用で、B・Bはドアラに抱きついた。優しく、なんてものではなく、全力で抱きしめるものだからたまらない。

ドアラ「ちょwwマジwwwwやwwめwwてww 骨折れるwwww折・れ・るwwwwww」

実際何かバキバキと音がしたが、B・Bは意に介さない。しかし、ふと眉をしかめた。

B・B「お前本当に太らねーなー。ちゃんと食ってんのか?」

ドアラを抱きしめる手は緩んだが、代わりに服の中へと侵入し、胸や腹をわさわさとまさぐり始めた。これはこれで堪らない。

ドアラ「いやあぁぁぁ!!やめてエロ様――!!お嫁にいけなあぁぁい!!」

B・B「ふはははは、よいではないかーー!!」

B・Bの手がドアラの素肌の上を滑る。その武骨で、大きくて熱くて、少し荒れてざらりとした掌の感触が、ドアラの体温を上げてゆく。
やばい、とドアラは思う。歯止めが利かなくなりそうになる。このままその手に、この身を委ねたくなってしまう。……こんな所で。
その時、

シャオロン「やめろ」

短い一言と共に、シャオロンのハイキックがB・Bの後頭部に見事に決まった。
あえなく昏倒するB・B。ドアラに覆いかぶさるようにして意識を半分手放した彼を、ポリーが足でげしげしと脇へ蹴り転がす。ようやく身体が自由になったドアラは、慌てて衣服を整えた。

B・B「こ、このまま蹂躙されるかと思った…」

ポリー「うちのB・Bがいつもごめんね」

B・Bを踏みつけながらポリーが謝ると、ドアラは苦笑しながら首を横に振る。

ドアラ「いいよ、慣れてるから」

ちなみにその間、パオロンはポリーに抱っこされて耳を塞がれていたので、何も見聞きしていない。
ふぅと一息つきながら、ドアラはシャオロンと復活したB・Bの小競り合いを眺めていた。

試合が始まると、ドアラは8回裏の終了時のバク転タイムまで、控室に引っ込んで過ごす。今日はシャオロンとパオロンがいるので一人ではないが、何となく落ち着かない。

ドアラ「俺、飲み物買ってくる。何かいる?」

シャオロン「僕はいい」

パオロン「パオ、おにぎりー!」

おにぎりは晩ご飯にね、と言い聞かせ、ドアラは一人で控室を出た。
自販機までは少し歩かなければならないが、今はそれくらいが丁度いい。身体の上を滑る熱を、忘れたふりをできるくらいの時間が彼には必要だった。
だが

ドアラ「――――っ!?」

いきなり後ろから右手首を掴まれ、ドン!と壁に押し付けられた。少しぼーっとしていたせいか、気配に全く気付かなかったので、全くの不意打ちだった。

ドアラ「あっ……?」

壁に押し付けられ、身動きが出来ない状態でドアラが見たのは…

瞳をぎらつかせ、口元だけで笑っているB・Bだった。
まるで捕食者のようだ。とドアラは思った。自分はさながら哀れな獲物か。骨ごと?み砕かれて、何も残らないような気さえした。
唇が重なり、舌が入り込んでくる。口の中で横暴に暴れまわるそれ。
きつく抱きしめられて、青い髪が?き乱される。あまりの激しさに眩暈がした。
どのくらい時間が経ったのか、B・Bが唇を話すと、ドアラはずるずると座り込んでしまった。ぜいぜいと荒い息を吐きながら、目の前の男を見上げると、硬い表情で横を向いていた。

ドアラ「B・B……?」

B・B「…三日間」

ドアラ「?」

B・B「三日間、一緒に仕事ができるだけで十分だと思おうとした。でもやっぱり足りねえ。全然足りねえ」

ドアラ「………っ!」

B・B「一日中一緒にいたい。この腕に閉じ込めて出したくない。今日、お前を攫って帰したくない。仕事の事も何もかも投げ出して、お前といたい」

B・Bの独占欲を目の当たりにして、ドアラはじわりと胸が熱くなる。そして力の入らない足でよろよろと立ち上がると、寄りかかるようにB・Bを抱きしめた。

ドアラ「俺だって、同じだよ」

ドアラは呟くように言った。

ドアラ「B・Bを独り占めしたいし、B・Bに独り占めされたい。傍から離れたくないし、仕事の事も何もかも忘れて、一緒にいたい」

でも、とドアラは言葉を続ける前に、大きく息を吐いた。

ドアラ「お互いに、それはできないよね。性格的に」

B・Bもドアラも、自分の仕事に信念と誇りをもって臨んでいる。彼らを心待ちにしている人々の為に、彼らは全力で球団マスコットという仕事に取り組んでいるのだ。
だからこそ、ここで思いのままに過ごすわけにはいかなかった。

B・B「……そうだな。悪かった」

しばらくの沈黙の後、B・Bはそれだけ言うと、未練を断ち切るように踵を返してドアラから離れていった。
ドアラはそれを見送って、またずるずるとその場にしゃがみ込み、今度はしばらくそのまま立ち上がれなかった。

8回裏、ドアラのバク転タイム。
ドアラは走る。地を蹴り、宙を舞って…落ちた。ああ…という落胆の声がそこかしこで上がる。
その声と、チアドラ達が投げつけるボンボンから身を守るように蹲るドアラに、一部始終を見守っていたB・Bが近付いてゆく。
そしてドアラを、まるでお姫様のように優しく抱き上げた。

ドアラ(あんなに荒々しく接してくると思えば、こんな風に)

大事な大事な壊れ物のようにそっと扱う。
そう思ったら、自分がB・Bの特別なのだと実感する。
今だけは、ほんの数十秒の間だけは、この温かな存在にお姫様のように扱われていたい。なんて

ドアラ(…思っても、いいかな)


お し ま い

第2章「節分の豆まき」
~ トラッキーとクラッチの話 ~


トラッキー「節分に落花生?変わってんなぁお前ら」

クラッチ「節分は殻つきの落花生を投げるのは常識だよ。トラッキーの所は違うの?」

スーパーや商店街が節分の空気を含み始めた一月下旬、仙台某所の商店街ではトラッキーとクラッチが駄弁りながら買い物をしていた。
トラッキーの家は兵庫県西宮市にあるが、クラッチやクラッチーナに会うついでに牛タンでも食べようとお忍びで来仙したのだった。
いくつかの寿司屋では恵方巻の予約販売も始まっており、「もうすぐ節分だなぁ」とまだ一月にも関わらず商店街は節分ムードが徐々に高まっていくのをトラッキーもクラッチも実感していた。
そんな折、たまたま入ったスーパーマーケットで殻つきの落花生を大量に買い込み始めたクラッチを見て、トラッキーは目を丸くした。
さらにクラッチから節分に撒くために落花生を買っているのだと聞いて、更に驚いて思わず「変わってんなぁ」と言ってしまったのだ。

クラッチ「関西じゃ節分は煎り大豆を撒くんだねぇ、トラッキー」

トラッキー「関西だけちゃうやろ。ジャビィに聞いてみ?節分に撒くのは大豆やって言うと思うから」

クラッチ「B・Bから聞いたけど、北海道は落花生が多いってさ」

トラッキー「ウチでは煎り大豆を撒いてそのまま拾ってぼりぼり食うなぁ」

クラッチ「床に落ちたものをそのまま食べるのって不衛生じゃないの?その点落花生は便利だよ。拾うのが楽だし、殻があるから大豆よりは衛生的さ」

トラッキー「何やてこのメタボ鷲」

クラッチ「ジャビィはともかく、マーくんは何て言っているのさ?マーくんとこは落花生の名産地だろ?」

クラッチはそう言ってくりくりした目をトラッキーに向けた。マーくんのホームグラウンドである千葉は関東とは言え仙台からも近く、東京とは微妙に異なる文化圏を有している。

トラッキー「マーくんかぁ…確か大豆って言っとったなぁ」

クラッチ「えっ本当!?」

トラッキー「一般的には大豆を撒くらしいねんけど、最近は名産品PRのために節分用の落花生も売られてるらしいで。成田山新勝寺では大豆と落花生が両方撒かれているんやて」

クラッチ「へー…」

トラッキー「どうやら、大豆と落花生の境界線は関東北部みたいやな」

クラッチは丸い目を更に丸くしてトラッキーの話を聞いていた。そして買い物かごに詰め込んだ落花生をレジに持って行って会計を済ませると、レジの外で待っていたトラッキーに「お待たせ」と言って合流した。

クラッチ「ところで、トラッキーの所の鬼役は誰なの?」

トラッキー「鬼役?ウチは多分わしやな。鬼のお面を被ってラッキーとキー太の家に行って、そのあと恵方巻を食うという流れになると思う」

クラッチ「キー太君が泣かなければいいんだけどね、あはは」

クラッチが笑うと、トラッキーも苦笑した。

トラッキー「アホ。キー太を泣かせるほど派手にはやらんわ。それよりクラッチ、お前の所はどうやねん?やっぱ鬼役はお前か?」

クラッチ「違うよ。ウチは鬼役は毎年カラスコに決まっているんだ」

トラッキー「カラスコか…はまり役やなぁ」

クラッチ「うん。毎年派手に仮装して『悪い子はいねがー!』と叫んで球団事務所に乱入して、スタッフさんたちをパニックに陥れてる」

トラッキー「ほんま、そのまんまやな…」

トラッキーとクラッチは、節分の夜に奇声をあげて球団事務所に乱入するカラスコの姿を思い浮かべ、微苦笑を浮かべながら力なく溜め息をついた。


お し ま い

第3章「はじめての後輩」
~ DBスターマンの話 ~


横浜ベイスターズのオーナーが代わり、ベイスターズはDeNAと名前が変わった。それに伴い、ホッシー三兄弟は球団マスコットの仕事から退くことになり、代わりにスターマンという名の子が新たなマスコットとして就任することになった。
その知らせを聞いて、浮足立つ兄妹がいた。

バファローベル「気になるね」

バファローブル「うん」

バファローブル・ベルの二人である。
今までは、自分達二人が新参者だったが、遂に後輩ができるのだ。ホッシー達と一緒に仕事ができなくなるのは寂しかったが、スターマンに対する興味もまた、大きかった。その興味があまりにも大きすぎて

バファローブル「会いに行ってみようか!」

バファローベル「うんっ!」

即、行動となった。
今はまだ、ホッシー三兄弟が留まっていて、新しいマスコットに仕事の引き継ぎをしていると聞いている。長距離移動もなんのその、二人は好奇心を抑えることはできなかった。

所変わって、DeNAの本拠地。
マスコットとしての年期は浅いが、既にかなりの人気者(特にベル)になっている二人は、すんなりと中に入れてもらえた。そして、応接室のような所で、彼は待っていた。
たぬきのような見た目だが、少々ぽっちゃりしている。だが、それが愛らしさを強調していた。黒い瞳は円らで、人懐っこそうである。

DBスターマン「はじめまして!」

弾けるような、元気な声だった。

DBスターマン「僕、ホッシーお兄さんの後任の、スターマンっていいます!お二人は、バファローズのブルさんとベルさんですよね。これからよろしくお願いします、先輩!」

最後の言葉に、二人は照れくさいようなこそばゆさを感じた。でも、スターマンの言葉は二人にとって、とても嬉しいものだった。

これからは、自分達がスターマンにとって、先輩の一人となるのだ。自分達の名を既に覚え、屈託のない笑顔で「先輩」と呼んでくれた初めての後輩に、これから色んなことを教えていこうと二人は思った。
かつて自分達にそうしてくれた“先輩”のように。

バファローブル「よろしくね、スターマン!」

バファローベル「一緒に頑張ろうね!」

二人は、新たなマスコットを心から歓迎したのだった。


お し ま い

第4章「正月ダイエット宣言」
~ マーくんの話 ~


千葉県の初日の出の時刻はだいたい午前6時45分過ぎだ。
元日の朝、珍しく早起きしたマーくんが故郷でもある幕張の浜で初日の出を迎えていた。

マーくん「今年こそ痩せよう」

マーくんは初日の出を拝みながら誓った。
去年の元旦も同じことを誓った事実は、この際忘れたふりをしておこう。

家に帰ると、寝ていたはずのズーちゃんが既に起きていてテレビの正月特番を見ていた。

マーくん「ズー、おはよう…じゃなかった、明けましておめでとう」

ズーちゃんは兄の顔を見るなり、手羽を差し出した。

ズーちゃん「お兄ちゃん、お年玉」

マーくん「『おはよう』も『あけましておめでとう』もないのかよ…」

予想の範囲内ながら、マーくんは軽く溜め息をついた。
兄弟が言い合いをしていると、インターホンが鳴った。マーくんが出てみると、来訪者はCOOLだった。

COOL「明けましておめでとうだぜ」

マーくん「珍しいね。クールがウチに来るなんて」

COOL「正月には珍しいことも起こるもんだぜ」

マーくん「まぁ上がりなよ」

COOL「いや、いい。俺はこれから初詣でに行くんだが、その前にズーにお年玉でもやろうと思ってな」

するといつの間にかマーくんの背後に来ていたズーちゃんが「お年玉」と聞いて顔を出した。

ズーちゃん「お年玉!?頂戴頂戴!」

マーくん「こらズー!」

COOL「おいおい、その前に言うことあるだろ?『明けましておめでとう』とかさ」

苦笑するクールの前で、マーくんはズーちゃんの頭を押さえて無理やりお辞儀させた。

マーくん「躾のなってない弟でごめんな、クール」

COOL「全くだな」

兄弟でテレビを見ていると、リーンちゃんが家に来た。
リーンちゃんは割烹着姿で、両手羽に大きな鍋を抱えて微笑んでいた。

リーンちゃん「マーくん、ズーちゃん。明けましておめでとう」

マーくん・ズーちゃん「リーンちゃん、明けましておめでとうございます!」

マーくんもズーちゃんも、リーンちゃんにはとりあえず丁寧に挨拶をしておいた。マーくんの彼女であるリーンちゃんは、迂闊に怒らせるととても怖いのだ。
リーンちゃんは満面の笑みで鍋を差し出した。

リーンちゃん「お雑煮作っておいたわよ。はばのりもたっぷり入れておいたから」

マーくん「うわぁ、おいしそうだね」

マーくんは鍋の中を覗いてみた。はばのりと鰹出汁の香りが食欲をそそる。

リーンちゃん「そうそう、ズーちゃん。お年玉用意しておいたから、後で渡すわね」

ズーちゃん「やったーーー!!」

小躍りするズーちゃんに呆れながら、マーくんはリーンちゃんに言った。

マーくん「僕にはないの?」

リーンちゃん「寝言は寝て言いなさい」

マーくん「ちぇ、冗談だよ」

しばらくして、マーくんとズーちゃんの前には温め直された雑煮が並べられた。
マーくんとズーちゃんはリーンちゃんの雑煮にがっついた。リーンちゃんの雑煮は、掛け値なしに美味しい。

ズーちゃん「美味しい!おかわり!」

マーくん「僕はダイエットしてるんだけどなぁ…」

そう呟きながらもマーくんは雑煮を何回もおかわりした。
マーくんのダイエット宣言は、今年もどうやら目標倒れになりそうな気配だ。


お し ま い

第5章「沖縄と宮崎って、距離的に」
~ B・Bとトラッキーとドアラとつば九郎の話 ~


B・B「…宮崎に行きたい」

トラッキー「…は? 何言うてんねん」

ぽつりとこぼれた本音に、律儀にツッコミをいれてくれたのはトラッキーだけだった。
いや、別にツッコミ期待とかしてないんだからねっ、と意味の無いツンデレを頭のなかでしてしまう程度には、疲れているのかもしれない。
B・Bは苦い笑みを浮かべ、

B・B「いや、何でもない」

と手を振った。

2月も半分を過ぎ、各チームはそれぞれキャンプをこなしている。

B・Bとトラッキーは、場所は違うが同じ沖縄で汗を流していた。そして、それぞれ予定を終え明日帰ることになっていた。
だが、「せっかく近くにおるんやから集まって飲もうや!」とトラッキーが声かけをし、都合のついた者達が揃っている。
B・Bとトラッキー、ドアラ、つば九郎の四人。スターマンは、「明日早いしやめとくよ~」とのことで。おじさん四人が居酒屋の小さな個室に収まっている。

先ほどの呟きが気になったのか、トラッキーは軽い調子でB・Bにビールを注ぎながら訊いてきた。

トラッキー「宮崎キャンプがよかったんか? 沖縄もぬくくてよかったやん」

B・B「あ、沖縄が嫌だったんじゃなくて、さ…えぇっと」

ビールに口をつけながら視線をさ迷わせれば、唐翌揚げを頬張るつば九郎と目が合った。彼は半目で肩をすくめ、隣のドアラにも唐翌揚げをすすめる。

トラッキー「ん? つば九郎は何か知っとんの?」

トラッキーがすかさず訊けば、つば九郎に加え、ドアラまでが半目でこちらを見上げてきた。

つば九郎「しらないほういいこともあるよ。でへへ」

と、つば九郎。
ドアラはボソりと、

ドアラ「…トラッキーにまでばれたらかわいそうかも」

と言った。

トラッキー「ふーん、さよか。ならええわ」

納得はしてないようだが、トラッキーはそれ以上は追求はしなかった。

ある程度酒も進んだとき、陽気な音楽が聴こえてきた。

トラッキー「ん?これって…」

ドアラ「あ、俺のだね」

通りすがりの店員に、揚げ出し豆腐を頼んでいたドアラが振り返る。

ドアラ「メールだ」

B・B「てか、ドラゴンボールの歌だよな」

つば九郎「どらごんつながりかw」

角煮をつつきながら、B・Bとつば九郎は笑った。

トラッキー「誰から?」

ひょいとトラッキーはドアラの手元をのぞきこむ。ドアラは嫌がる素振りもなく、笑みを浮かべ携帯を見せた。

ドアラ「楽しそうだよね」

トラッキー「ははっ、ほんまやな。なんか可愛らしいわ」

ドアラ「うむ、否定できませんな」

キャッキャと楽しそうな二人に燕と熊は顔を見合せ、二人の後ろにまわった。

つば九郎「お、たしかにかわいいな」

つば九郎は、ふむふむと頷いた。反対に、

B・B「…かわいい、けど…」

と微妙に眉をしかめるB・B。

B・B「何でドアラにこんなの送られてくるんだよ?」

みんなが覗きこむ手元には、台に突っ伏して寝ている二人と、その寝顔を笑顔で眺めている男がいた。
すやすやと気持ち良さそうに眠る二人、ハリーホークとバファローブル。それを見守るイケメン、レオ。
自分たちと同じく集まっていたのだろう。そこで、二人が寝落ちしたというところか。

B・B「可愛い、確かに可愛いよな二人とも、レオが優しく見てるのも頷けるわ、あー何で俺はそこに居ねぇのかな、てか、この写真誰が撮ってんの、何でドアラに送られてきてんの、何で俺にはこの画像送られて来ねぇの?」

一息に紡がれた言葉に、三人の目が集中する。それぞれに、ホンマかいな、きもちわる、警察呼ぶべき?と、視線で訴えていたが、視線を集めている本人、B・Bは画像に釘付けになっていた。
そっと携帯をしまおうとするドアラだったがその手をガシッと掴まれてしまう。

ドアラ「…B・B、なに?」

B・B「誰から?」

ドアラ「…なにが?」

B・B「そのメール、誰からの?」

ドアラ「あぁ、ハニーちゃん」

B・B「ハニー、ちゃん?!」

力が緩んだ手を振りほどき、ドアラはつづけた。

ドアラ「ホークスのチアリーダー、知ってるだろ」

B・B「いや、そりゃわかってるけど!何でメアド知ってんだよ?」

ドアラ「交換したから」

当然だろ、というようにドアラは首を傾げた。それを見ていたトラッキーが、

トラッキー「わしもハニーと交換したわ、あとハーキュリーも」

とクリスマスパーティーの画像をみせてくる。

つば九郎「あ、それどあらけ~きのやつ? つばにもおくられてきたよ」

写真を見たつば九郎はニヤリと笑った。

トラッキー「ドアラケーキふたつってのに、ハーキュリーが腹筋鍛えられたって」

つば九郎「どらごんずふぁんかって?www」

そりゃ笑うしかないわ、と盛り上がる三人にBB ・Bは頬をひきつらせて言った。

B・B「俺、知らないんだけど?!」

トラッキー・ドアラ・つば九郎「…………」

三人は視線を交わし、それぞれ席に戻り皿を空けにかかった。

ドアラ「あ、揚げ出しうまい」

つば九郎「ひとくちちょうだい」

ドアラ「どーぞー」

つば九郎「こっちのいためものもうまいよ」

トラッキー「ホンマ、うまいな」

B・B「って、ちょっと待って! みんな何でハニーちゃんと? 俺教えてっつったら、笑顔でかわされたんだけどっ」

何で!? 俺だけ? と騒がしいB・Bに、面倒くさそうにつば九郎は溜め息をついた。

つば九郎「そういうところだろ。ていうか、ハリーかっさらったんだしとうぜんなんじゃない?」

ドアラ「うぐ、さらったって」

トラッキー「あぁ、ハリーとB・Bってそうなんか。やっぱなぁ」

唸るB・Bを見てトラッキーは朗らかに笑った。ドアラはむぐむぐと口を動かしつつトラッキーに尋ねる。

B・B「気付いてたの?」

トラッキー「いや、B・Bのハリーを見る目はホンマやなぁとは思っとったけどな。去年のオールスター後はキッツい、人殺しみたいな目で睨んできよったし。ま、ハリーがB・Bをとは思わんかったけどな」

ドアラ「だよねぇ」

二人そろっていまだに唸っている熊を見た。

ハニーとハーキュリーには敵視されてもしょうがないかな、この場にいる三人は同じことを思うのだった。

B・B「…福岡に突撃かますか、いや札幌にハリーを…」

つば九郎「だから、そういうのでしょ。きづきなよ」

つば九郎のもっともなツッコミに二人も頷く。

ドアラ「まぁ、ハリーが決めたことだし俺たちは何も言えないけどね」

トラッキー「福岡の二人はそうはいかんか」

ドアラ「殴られたかな、ハーキュリーに」

トラッキー「ありえるな」

B・B「まだ殴られてねぇよ!!」

笑い合う二人に反射的にB・Bは叫んだ。

トラッキー「まあまあ、本気で反対されてたら今頃中洲の底におるやろうし、メアド交換してもらえんくらい我慢せいや」

つば九郎「な・か・すwww」

ドアラ「いや、中洲は陸地だろ?屋台あるとこww」

トラッキー「じゃ、屋台のなべに沈めるか?www」

なおも続く談笑にB・Bは手元にあったビールを仰ぎ、ぬるくなったそれに思い切り顔をしかめた。そして天井を見上げる。

B・B「ハリーに会って癒されたい」

つば九郎 『し~ずんがはじまるまえにかなうかは、はりーのせこむたちにかかっている、かもしれない。』

ドアラ「ぷふー、つば九郎ナイスナレーション!」

トラッキー「くくっあかん、腹痛い」

B・B「…マジでハリーに会いたい」

心底願うB・Bだった。


お し ま い

第6章「紅葉の天麩羅」
~ ラッキーとバファローベルとパオロンの話 ~


ラッキーとバファローベルがパオロンにくれた大阪土産は紅葉の天麩羅だった。
お忍び観光で名古屋を訪れた彼女らは、パオロンと三人で所謂女子会と称して喫茶店で会食した。そこでパオロンはラッキーとベルから「大阪名物、紅葉の天麩羅なのよ」とお菓子の包みを受け取ったのだった。

紅葉の天麩羅と聞いて、パオロンは元々丸い目を更に丸くした。パオロンが知っている大阪土産と言えば、たこ焼き・いか焼き・お好み焼きぐらいだ。紅葉の天麩羅など、少なくともパオロンにとっては初耳だった。
そもそも紅葉とは、秋に葉が赤くなる木であるという知識はパオロンにもある。しかしパオロンにはそれが食べられるという認識は流石になかった。
いくら食いしん坊のパオロンといえども、名前を聞いて味が想像できない代物を躊躇いなく口に入れられるほど悪食ではない。

パオロン「…もみじなんてたべられるの?ふたりしてパオをだましてない?」

パオロンが恐る恐る尋ねてみた。パオロンの疑問はもっともだ。
するとラッキーが満面の笑顔で答えた。

ラッキー「美味しいで!まぁ騙されたと思って食べてみ?」

バファローベル「ちょっとラッキーちゃん、そんな言い方したらパオちゃんがドン引きするでしょ?」

あどけない顔に微苦笑を浮かべたベルが横から声を掛けた。

バファローベル「あのねパオちゃん、これは大阪府箕面市の名産品なの。食用の紅葉を特別な方法で揚げたお菓子で、そうねぇ…紅葉の形をしたかりんとうだと思えばいいと思う」

パオロン「かりんとう?あまいの?パオあまいのだいすき!」

甘いお菓子と聞いて安堵の息を吐いたパオロンの前で、ラッキーは紅葉の天麩羅の包みを1つ破って自分の口に入れた。カリカリという硬い音と共に、甘い香りが三人の鼻をくすぐった。

ラッキー「1年以上かけて処理した食用紅葉の葉を小麦粉の衣をつけて油揚げして、丁寧に冷まして作るねん。手間暇掛かってるやろ?一度食べてみたら癖になると思うで」

バファローベル「まぁ、大阪でも知らない人もいるんだけどね」

ラッキーとベルの言葉に、パオロンは一枚の紅葉の天麩羅を手に取って食べてみた。褐色のお菓子をカリカリと噛み砕くと、ゴマの香りと素朴な甘さが口に広がる。

パオロン「おいしい!」

ラッキー・バファローベル「よかったぁ!」

驚きの表情を浮かべるパオロンに、ラッキーとベルが互いに顔を見合わせて微笑んだ。

パオロン「これ、シャオとドアラにもってかえるね。ふたりともきっとびっくりするよ!」

紅葉の天麩羅を鞄に入れながら嬉しそうにパオロンは言った。その笑顔は新手のイタズラを思いついた小悪魔のようにも見えた。


お し ま い

第7章「逃げられない」
~ ドアラとライナの話 ~


ライナ「ドアラ――――――!!」
ドアラ「いやあぁぁぁぁぁぁ!!」

主にライオンズとドラゴンズの交流戦の名物となっている、草食系マスコットと肉食系マスコットの追いかけっこは、今日もつつがなく繰り広げられていた。
それを諦めた表情で眺めているのはレオとシャオロン。訳も分からずきゃっきゃとはしゃいでいるのは幼いパオロンだ。

ドアラ「レオ――!!見てないで妹を止めてくれ――――!!!」

ライナ「お兄ちゃん!!邪魔したら一か月、口を利かないからね!!!」

レオ「すまん、ドアラ」

シャオロン「頑張れ、ドアラ」

ドアラ「レオの馬鹿野郎ぉぉぉ!!シャオの薄情者ぉぉぉ!!」

レオは目に入れても痛くない程、妹を可愛がっている。故にこうなるのは致し方ないことだろう。シャオロンも、どうやったってライナを止められっこないのを知っているので、もう放置するしかないと諦観しているのだ。

それにしても、追いかけている方も追いかけられている方も、マスコットは人前では喋らないという設定を忠実に守り、周囲に聞こえないように小声で話している辺りは流石のプロ根性である。

ドアラ「あっ」

飛びついてきたライナに取り押さえられ、ドアラは地面に思い切り鼻をぶつけてしまった。痛いと思う暇もなく、ライナがドアラの腰に腕を回して、背中にすりすりと頬を擦りつけてくる。そしてふと、動きを止めると、大きく深呼吸をした。
大好きなひとの匂いは、ぽかぽかと温かい太陽の匂いがするとライナは思った。
しばらくはされるがままになっていたドアラだったが、ふうと息を吐くと、諦めたような口調でライナに話しかけた。

ドアラ「ねえ、どうしてそんなに俺に構うの?」

ライナ「大好きだから!」

即答された言葉に、ドアラは眉根を寄せる。ライナの位置からはドアラの表情は見えないが、何を思ったかは何となく分かった。

ライナ「本当よ?食べちゃいたいくらい大好きよ」

ライオンがコアラ(ドラゴン成分はあるらしいが、耳と尻尾はどう見てもコアラ)に言うと、冗談に聞こえない。

ドアラ「好きなんて言葉、俺は信じない」

冷たく聞こえるように言い放って、ドアラはライナを振りほどくように立ち上がった。そして、その場を離れようと走り出した。

そうしたら

ライナ「ドアラ――――――!!」

ドアラ「何でえぇぇぇぇぇぇ!?」

拒絶をしっかり示したはずが、さっきの追いかけっこの続きになってしまった。

ドアラ「何で追いかけてくるんだよおぉぉぉ!!!」

ライナ「あなたの事が大好きだからよおぉぉぉ!!!」

ドアラ「嘘だあぁぁぁぁぁぁ!!」

ライナ「本当よぉぉぉぉぉ!!」

ドアラ「何でそんなに諦めが悪いんだよおぉぉぉぉぉぉ!!!」

ライナ「恋する乙女は強いのよぉぉぉぉ!!!!!!」

ドアラ「『!』が多いぃぃぃぃ!!スラィリー何人分だよおぉぉぉぉ!!」

ドアラには両親がいない。
彼の記憶は、子どもの頃にヒトの世界に迷い込んだ所から始まっている。
一人ぼっちで途方に暮れている異世界の子どもを保護してくれたのは、初老の男性だった。彼は子どもに名を与え、妻と共に愛情をもって育ててくれた。後に、中日ドラゴンズという居場所も与えてくれた。
しかしその義父は出会って一年後に亡くなってしまった。その時以上の悲しみを、ドアラは知らない。更に、大人になってから始めた球団マスコットの仕事を解雇されそうになった時は、言葉にならない恐怖を感じた。
自分が必要とされなくなる日が、いつか来るんじゃないか。
だからドアラは必死だった。
この身体を無茶苦茶に、遮二無二動かすのは、もはやお客さんの為なのか自分の為なのか、見失いかけることすらある。
そんな自分を、彼女は好きだと言う。

ライナ「ドアラ――――!!好き好き好き――――!!!」

ドアラ「そろそろ諦めてぇぇぇぇぇ!!!」

彼女は、何故こんなにも好意を示してくれるのだろうと、ドアラは不思議でならない。分からない。故に、怖い。
この好意に応えても、いつか…

ライナ「つーかまーえたっ(はぁと)」

ドアラ「ぐふっ!!」

再び捕まって押し倒され、背中にぐりぐりと顔を押し付けられるドアラ。
彼は大きく溜息をついて、呟いた。

ドアラ「………君には敵わないな」

ライナ「んふふふっ、でしょ!!」

ドアラ「あー…疲れた・・・」

ドアラ(でも、まあ)

ドアラは目を閉じる。吐息を背中に感じ、ちょっとくすぐったい。

ドアラ(今の所、ライナから逃げる術はないな)

本気で逃げたいと思っているかどうかは別として、今はされるがままになっておこう。そうドアラは思い、うつぶせのままライナの好きにさせた。
少しだけ、幸せな感じがした。


お し ま い

第8章「月の綺麗な夜だからつい言ってみた」
~ クラッチとクラッチーナの話 ~


クラッチ『月が綺麗だね』

クラッチがガールフレンドのクラッチーナ宛に並々ならぬ気合でメールを打ったのは、ある満月の宵の口だった。この日は快晴だったため雲も少なく、午後6時を過ぎる頃には白く輝く月が東の山々の間から昇り始めていた。
メールを送信した後、クラッチは大きく息を吐いた。彼はつぶらな瞳にほんわかと愛嬌のある顔立ちをした狗鷲の少年で、最近メタボになったと噂されるふっくらとした体格も、それはそれでとても可愛らしい。
緊張の解けたクラッチがしばらく放心していると、手羽に持っていた彼のスマホの受信音が鳴ったことに気が付いた。受信画面を見ると『カラスコ』と表示されている。こんな時にカラスコが一体何の用だろうと訝しく思ったクラッチがスマホを取ると、いきなりけたたましい笑い声が聞こえてきた。

カラスコ『ぎゃはははは!何なんだよお前!いきなり月が綺麗って、一体何が言いたいの!?けけけけけ!!』

クラッチ「え……!?」

クラッチはこのとき、決死の思いで送信したメールがカラスコに誤爆したことを知った。

数分後、近所の喫茶店でクラッチとカラスコは気まずい雰囲気の中でコーヒーをすすっていた。あのメール誤爆の後、カラスコがコーヒーでも飲もうとクラッチを誘ったからだった。緊張した面持ちのクラッチの向かいの席には、笑いを噛み殺したカラスコが足を組んで座っていた。何とも言えない沈黙の中、先にくちばしを開いたのはクラッチだった。

クラッチ「B・Bから聞いたんだ。『月が綺麗ですね』は『I love you』の婉曲表現だって…」

クラッチが体を縮ませて言うと、カラスコは呆れ顔で「あぁ、あれね」と呟いた。

カラスコ「ええと何だっけ?何とかという昔の文豪が言ったという奴か」

クラッチ「うん」

クラッチが力なくうなずくと、カラスコはくちばしの中で「エロ熊が」と呟き、そして目の前の狗鷲の少年に向かって言った。

カラスコ「馬鹿だなお前、そういうのはB・Bみたいな気障な奴がやるから様になるんだ。お前みたいなガキじゃ役不足だよ」

 俯く狗鷲の少年を見て、覆面姿の鴉の青年は噛み殺していた笑いを収めて微苦笑を浮かべた。

カラスコ(まさに青春だねぇ。俺にもこんな時代があったなぁ……)

海千山千擦れっ枯らしのカラスコにも昔、甘酸っぱい初恋の思い出がなかったわけではない。彼は目の前の少年に純情で未熟だった過去の自分を見て不意に、くすぐったいような気恥しいような、何とも形容しがたい感覚を覚えた。カラスコが昔を思い出して独り苦笑していると、クラッチが心配そうに「どうしたの?」と彼の顔を覗き込んで来た。カラスコは微苦笑したままクラッチの方に顔を向けた。

カラスコ「何でもねぇよ。ちょっと昔を思い出しただけだ。…で、クラッチ。このままでいいのか?」

クラッチ「何が?」

カラスコ「何がじゃねぇよ。俺に誤爆したままでいいのか、と言ってるんだ」

クラッチ「あっ!」

くちばしを大きく開けたクラッチは、慌ててスマホを手羽に取った。クラッチの送った最初のメールはカラスコに誤送信されているから、クラッチーナには届いていない。

カラスコ「月が出ているうちに送っとけよ」

カラスコに促され、クラッチはもう一度クラッチーナにメールを打つことにした。カラスコに言われるまでもなく、彼はそうするつもりだった。今度こそ誤爆しないように、宛先を確認して。

クラッチ『月が綺麗だね』

クラッチが送信した直後、彼のスマホが鳴った。受信画面は『クラッチーナ』と表示されていた。タイミングからして、メールを見た後に違いない。手羽を微かに震わせながらスマホを取ったクラッチの耳に、「クラッチ?」と彼のよく知る声が聞こえてきた。

クラッチーナ『…クラッチの馬鹿。そういうのは直接会って言いなさいよ。待ってるから』

クラッチ「え…?」

スマホを持ったまま固まったクラッチに、カラスコがケタケタと笑いながら声をかけた。

カラスコ「このリア充野郎!今すぐクラッチーナに会いに行ってやれよ。コーヒー代は払ってやるから」

リア充爆発しろと爆笑するカラスコを置いて、クラッチはすぐにその場を駆け出した。クラッチーナに会うために。


お し ま い

第9章「さくらさくら」
~ バファローベルとバファローブルと八カセの話 ~


なんて、きれい。

暖かな春風が優しく吹く日だった。
バファローブル・ベルの兄妹のもとに、八カセが何やら大きな風呂敷包みを抱え、訪ねてきた。

八カセ「お~、ブル、ベル、元気か?」

バファローブル「あ、八カセ、こんにちは」

バファローベル「あら、それなあに?重そうね」

緑地の布に、白の唐草模様が粋な風呂敷包みは、二人の目を引いた。二人の視線を受けて、八カセは得意そうにふっふっふと笑ってみせる。

八カセ「これはな、ええもんや」

ブルとベルは首を傾げた。

ブル・ベル「いいもの?」

八カセ「そうや。これを持って、今から出掛けるで」

ほら、早よ準備せい、と八カセは二人を急かす。

バファローブル「出掛けるって、どこへ出掛けるのさ」

不思議に思いつつも、言われたとおりに二人は出掛ける準備をする。今日はオフで、予定も特になかったので、八カセとのお出掛けは少しうきうきする。

八カセ「それは着くまでの秘密や。さ、行くで」

準備ができた二人を促し、八カセは出発した。

外はとてもいい天気で、そこかしこに色とりどりの花が咲いている。春うららとは、こういう事をいうのだろうとブルは思う。
花の咲き乱れる野原を、新芽が萌える丘を、澄んだ流れの小川を越えて、やって来た所は。

バファローブル「・・・・・・」

バファローベル「・・・・・・」

ブルもベルも言葉が出なかった。

八カセ「な、綺麗やろ」

八カセは得意そうだ。

そこは、森のちょっと奥まった所の、桜の木々が集まっている場所だった。
淡い色合いの美しい花が、視界いっぱいに広がる。二人は、ただ上を見上げて、その景色に見入っていた。その間に、八カセは持ってきた風呂敷包みを解き、中からずっしりと重い重箱を出して並べた。

バファローブル「あっ、それお弁当だったんだ」

バファローベル「きゃあ、美味しそう!八カセが作ったの?」

八カセ「せや!特製の花見弁当やで!さ、こっち来て座り。時間も丁度いいさかい、食べよ食べよ」

山菜入りの稲荷寿司と豆ご飯のおにぎり、菜の花のおひたし、土筆を巻き込んだ卵焼き、キャベツと人参のサラダ、デザートに桜餅と三色団子まであった。

ブル・ベル・八カセ「いただきま~す!」

三人は、桜を愛でつつお弁当も心ゆくまで堪能した。特に、ブルとベルにとっては珍しいものばかりなので、とても喜んでいた。

八カセ「美味しいか?」

バファローブル「うん!」

バファローベル「とっても!」

八カセ「せか、よかったよかった」

八カセは嬉しそうに、作った甲斐があったと呟いていた。

八カセ「なあ、二人とも。今度は潮干狩りに行こうか」

聞き慣れない言葉に、兄妹が首を傾げる。

八カセ「浜辺の砂浜の中に潜っている貝を掘るんや。丁度今の時期しかできひんからな」

八カセ「夏になったら海水浴にも行ける。花火やスイカ割りもできる。秋には山にハイキングがてら、紅葉狩りでもしよか。茸狩りもええなあ。冬は季節のイベントがいっぱいあるから、これまた楽しいで~」

八カセの言葉に、生まれて間もない二人は、ぱあっと顔を輝かせた。

バファローベル「楽しみ!すっごく楽しみ!」

バファローブル「八カセ、絶対に連れていってね!約束だよ!」

八カセ「ああ。その時は、他のマスコット達も誘おうな」

喜んで跳ねまわる二人に、生みの親は優しい眼差しを注いでいた。自分の可愛い子ども達に、これからもたくさんのものを見せたいと思う。

八カセ(それが、あの子らを生みだした自分の…)

バファローブル「八カセ、来年は皆も一緒にここに来ようね」

八カセ「ああ…せやなあ。きっと賑やかになるやろうな」

バファローベル「わーい!今から楽しみ!」

マスクの下の八カセの顔は、穏やかな微笑みを浮かべていた。


お し ま い

ショート小説 大晦日編「蜜柑の皮」
~ ジャビィとビッキーの話 ~


隣のジャバの私室からジャバとビッキーの怒号が響いてくる。
毎日の恒例行事である兄妹喧嘩に、長兄ジャビィは深いため息をついた。
他球団マスコットたちからは兄弟が多いことを羨ましがられるが、内実はただ騒々しく迷惑なだけだ。
やがてビッキーが泣きながら彼の部屋に入ってきた。

ビッキー「聞いてよ兄さん!ジャバったら殴ってくるのよ酷いんだから!」

彼はあくまで冷静に尋ねてみた。

ジャビィ「どうせお前が何かしでかしたんだろ?ジャバが理由もなく手を上げる訳がない」

ビッキー「蜜柑の皮が漢方薬になるから、アイツの大きな顔に蜜柑の皮の汁を掛けてやっただけなのに!」

ジャビィ「それじゃジャバが怒るのも当然だ」

呆れたジャビィはビッキーにデコピンを食らわせた。


お し ま い

第10章「何を犠牲にしても」
~ ポリーの話 ~


あなたがそうやって笑うから。いつも全力だから。
弱った所を隠そうとするから。無茶するから。
だから、傍で支えようと決めた。

ポリーが野球場へ足を運んだのは、その日が初めてだった。
たくさんの人、割れるような歓声。普段、人の世界に滅多に来る事のないポリーは目を回しそうだった。

ポリー「お兄ちゃん、いつもこんな所でお仕事してるんだぁ…」

凄いなあと素直に思う。
白熱した試合が終わると、今度はお待ちかねのマスコットパフォーマンスの時間だ。わやくちゃとグラウンドに出てくる十二球団のマスコット達。その中に

ポリー「あ、いた!お兄ちゃん!」

いつもは黒いモヒカン部分を白く染めて、エネルギッシュなB・B。ポリーは満面の笑顔でB・Bを見つめ、声援を送った。
まずは各球団の応援歌のメドレーと共に、マスコット達の紹介が始まった。どうやら彼らは人前で喋ってはいけない決まりらしく、MCの声が彼らを次々に紹介していく。

MC「日本ハムファイターズ、B・B!」

自分の名が呼ばれると、B・Bは観客席に向かって両腕をぶんぶん振り回し、くるっと見事なバク転を披露してみせた。ワーッと沸く観客席の中で、ポリーは目をきらきらさせながらB・Bを目で追った。

100m走、障害物競走、大玉転がし、そしてシメのバク転。B・Bは仲間達と一緒に、キレのあるバク転を披露する。中には、バク転が出来ないのか、代わりに横にコロコロ転がったり、上半身裸になるマスコットもいた。それらの一つ一つに、ドーム内の空気がビリビリと震える程の歓声が起こる。
やがて全ての種目を終え、マスコット達が観客席に笑顔で手を振りながら退場していく。
その時、B・Bが転んだ。

ポリー(ううん、転んだというよりは、倒れたような…?)

ポリーがはらはらしながら見守っていると、すぐ近くにいたインディアンのような頭のマスコットが(確か、スラィリーという名だった)、B・Bをひょいと肩に担ぎ上げて運んでいってしまった。肩の上でじたばたするB・Bに、周囲からはくすくすと笑いが漏れていたが、ポリーは何となく気になってしまった。

 と、いう訳で、ポリーはマスコット達の控室へと乗り込むべく、関係者以外立ち入り禁止の場所へと入り込んだのだった。

ポリー「えーと、お兄ちゃんはどこかな…?」

迷子になるにはそう時間はかからなかった。
電機は点いているけれど、薄暗くてしんと静まり返った場所で、彼女は立往生する羽目になった。

ポリー(どうしよう…)

心細さが募って、泣きそうになる。

ポリー「お兄ちゃん…」

???「どうしたの?」

いきなり背後から声をかけられて、ポリーは文字通り飛び跳ねた。

???「あっ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ」

???「君もマスコットかな?迷子になっちゃった?」

話しかけてきたのは、優しげな風貌の青年二人だった。一人は錨のような変わった髪型。もう一人は金髪を星の形に固めた、やはり変わった髪型をしていた。
もしかしたら、とポリーは口を開く。

ポリー「あの、もしかして…ネッピーさんとホッシーさんですか?」

二人は驚いた表情で顔を見合わせる。

ポリー「B・Bお兄ちゃんから仕事仲間の人達の話を聞いた事があるんです。海の神様の息子で、努力家のネッピーさん。一見目立たないけれど、実は一番頭が切れるホッシーさん…ですよね?」

二人は驚いた顔のまま、もう一度顔を見合わせた。そしてにっこりと笑顔を浮かべる。

ネッピー「もしかして、君はポリーちゃんかな?B・Bの幼馴染の」

ホッシー「僕らも話を聞いた事があるんだ。お転婆で、ちょっとやんちゃで、心優しい子リスちゃんの話を」

B・Bが仲間達に自分の事を話してくれていた。ポリーはそれがとても嬉しかった。
そしてはたと思い出す。

ポリー「あ、あの!お兄ちゃんに会いたいんです!」

二人はうん、と頷いた。

ネッピー「僕たちも丁度B・B達に会いに来たんだ。一緒に行こう」

ポリー「は、はい!」

一方、その頃の控室では、B・Bが簡易ベッドに横たわって荒い息を吐いていた。
顔は青ざめていて、ぐったりとしている。先程観客に見せていたエネルギッシュな様子は微塵も感じられない。
そして周囲を取り囲む他のマスコット達は、呆れていたり気遣わしげだったり、少し怒った表情だったり、様々だ。ただ、心配そうにB・Bを見つめる点では、全員が一致していた。

レオ「ったく、あれだけ無理をするなと言ったのに」

レオの言葉に、B・Bが薄目を開けて口を尖らせる。

B・B「だって、折角のオールスターズで手を抜く訳にはいかないだろ」

ジャビィ「で、過労でよろよろの所に自分でトドメ刺したって訳?」

とジャビィ。続けてドアラが

ドアラ「で、あそこでぶっ倒れて、危うくお客さん達に異変を知られそうになったって訳?」

つば九郎「で、いまこうしてつばたちは、しんそこしんぱいしているわけなんだけど?」

畳みかけるようにつば九郎が言えば、B・Bは首を縮めてタオルケットの下に顔を隠す。

B・B「…すみません」

そう言う彼の声に、いつもの覇気はない。
そこへ、こんこんと控えめなノックが響いた。

クラッチ「はい、どうぞ」

クラッチが応えると、ネッピーとホッシーが入室して、全員がわあっと歓声を上げる。

バファローブル「ネッピー兄さん!」

DBスターマン「ホッシーお兄さん!」

ブルはネッピーに、スターマンはホッシーに飛びついて、わあわあはしゃぐ。
そして、そんな彼らの後ろにはもう一人、おずおずと佇む一人の少女がいた。

マーくん「あれ、この子は?」

ネッピー「ああ、ポリーポラリスちゃんだよ。前にB・Bが話していた幼馴染の」

B・B「何っ!?」

B・Bはがばっと起き上がり、眩暈がしたのか身体がぐらついた。ベッドから落ちそうになるB・Bを慌ててハリーが支えてやる。

ハリーホーク「ちょっ、B・B!いいから横になれ!」

B・B「俺は大丈夫だ!!」

トラッキー「どの口がそれを言うねん!?」

トラッキーがB・Bの額を押さえ、ドスンと枕の上へ押し戻した。そんなやり取りを見て、ネッピーは苦笑しながら持ってきた紙袋を差し出した。

ネッピー「ほら、これ。僕が調合した疲労回復の薬。これを飲んでゆっくり休めば、回復は早いよ」

B・B「…いいよ。そういうのを飲まなくたって、俺は…」

ホッシー「B・B?素直に飲まないと、去年札幌でやらかしたアレを」

B・B「喜んで飲ませて頂きます」

B・Bの言葉にかぶせ気味にホッシーが話しかけると、またその言葉にかぶせ気味にしてB・Bが変わり身の早さを披露する。その豹変ぶりに、一同は唖然とする。

マーくん「あ、あの、ホッシー…?札幌で何が…?」

マーくんの問いに、薬を一気飲みしたB・Bは激しく首を横に振り、ホッシーはにっこり笑って「またいつかの機会にね」とだけ答えた。

B・Bの本来の家(つまりマスコットの世界の方)へ着いたレオ達は、勝手知ったるといった様子で手際よく動き出した。
レオとハリーは全ての窓を開けて空気の入れ替えをし、家の中を掃除し始めた。長い事掃除していなかったようで、家の中は少々埃っぽく、二人は顔を見合わせた。一体どれだけの間、こちらに帰って来れなかったのだろう。また病人食を作り始めたブルとジャビィも、食料が本当に保存のきくものしかない事に閉口した。まあ、これは他の仲間達がどうにかしてくれるだろう。
一方スラィリーは、B・Bをソファに寝かせると、ベッドのカバー類を全部外して洗濯機に放り込み、枕とマットレスは外へ干した。今日は天気がいいから、夕方までの短い時間でも、干せば大分ましになるだろう。ポリーはスラィリーを手伝いながら、普段のB・Bの様子を聞かせてもらった。
そうして、夕方には粥や野菜スープなどの美味しそうな匂いが漂い、ふかふかになったベッドにB・Bは放り込まれ、後からやって来たマスコット達が持ってきた食料や水を冷蔵庫に詰め込んで、やっとひと段落ついた。

レオ「よし、俺たちはそろそろ帰るか」

ジャビィ「でも、誰か残って様子見てた方がよくない?」

ポリー「あ、それなら私が」

ポリーが手を挙げた。

ネッピー「じゃあ、お願いしようかな。また明日、様子を見に来るから」

ポリー「はい。皆さん、今日はありがとうございました」

ぺこりと頭を下げるポリーに笑顔で手を振って、皆は帰っていった。
それを見送った後、ポリーはB・Bの傍に座り、その顔をじっと見つめた。

ポリー(もう私たち、子どもじゃないのよね)

成長してから全く会わないわけではなかったが、それでも子どもの頃より会う回数は格段に減った。特にB・Bは今やヒトの世界では大人気の球団マスコットで、とても忙しい。こうして一緒にいられるのは、本当に久し振りだった。

小さい頃、お隣に引っ越してきたB・Bは、ポリーにとって憧れのお兄ちゃんだった。
一緒に野山を駆け回って遊んだ。困った事があれば助けてくれて、怪我をしたらおぶってくれて。いつだって優しかった。
たった一年程でまた引っ越していってしまったけれど、それでも今よりは一緒にいられた。遊んで、話して、またねと手を振って……
尽きない思い出に浸っているうちに、ポリーは眠ってしまった。

うう…と呻き声が聞こえて、ポリーははっと目を覚ました。B・Bの呼吸が荒く、苦しげなものになっている。

ポリー「お、お兄ちゃん!?お兄ちゃん!!」

ポリーはB・Bの額に手を当てて、その熱さに驚いた。どうしようどうしようと周囲をきょろきょろ見回すと、薬の袋が目に留まった。ネッピーが置いていったものだ。
急いで飲ませようと水を用意し、B・Bの身体を起こそうとするが持ち上がらない。体格差がありすぎた。

ポリー「お兄ちゃん、身体起こせる?ねえ!」

ポリーの声にも、呻き声が返ってくるだけ。どうしようどうしようとおろおろするポリーは、自分を奮い立たせるために両手で頬を叩いた。

ポリー(しっかりするのよ私!ここには私しかいないんだから)

ポリーは意を決し、薬と水を口に含んだ。そしてB・Bの口に自分の口を重ねると、少しずつ流し込んでゆく。B・Bがこくこくとそれを飲み下し、ほっとしたポリーが口を離そうとすると、B・Bが舌を絡めて吸い付いてきた。最後の一滴まで搾り取るように、何度も。
ポリーはしばし放心状態でされるがままだったが、ばっと口を離して距離を取り、呼吸を整えた。突然の事に、心臓がバクバク言っている。

ポリー(お、落ち着くのよ私。おち…)

B・B「み、ず」

B・Bが喋ったので、ポリーは心臓ごと飛び跳ねた。胸を押さえつつB・Bを見ると、目が薄っすらと開いている。だが霞がかかったかのようにぼんやりとして、焦点が合っていない。呼吸も、先程よりは多少落ち着いてはいたが、大きく上下する胸はやはり苦しげだった。

そんな様子に、ポリーはいてもたってもいられなくなった。
冷たい水を口に含み、先程と同じように口移しで飲ませていく。咽ることなく飲み干すと、B・Bは口元を綻ばせた。

B・B「うまい、もっと」

せがまれるままに飲ませ、コップ一杯分を飲み干したところで、B・Bはほぅと息を吐いて目を閉じた。
穏やかに眠り始めたB・Bに、ポリーもほっとする。それと同時に切なくなった。
スラィリーが話してくれたB・Bは、女の子によくちょっかい出してはレオにしばかれて、でも本当は仕事に対する責任感が強くて、仲間思い。十二球団のマスコット達の結びつきが強くなったのは、彼の影響に寄るものが大きい、とスラィリーは言ってくれた。

ポリー(優しくて、いつだって全力で…でも)

ポリーの目から、ぽつりと涙が落ちた。

ポリー「お兄ちゃん。貴方はそうやって自分を犠牲にしてまで、周りの人達の為に頑張り続けるのね」

そんな彼に、自分は何が出来るだろう。
B・Bの隣で考えながら、いつしかポリーは再び眠りについたのだった。


眩しい朝日を瞼に受けて、ポリーは目を覚ました。
B・Bが寝ていたはずのベッドにいたので少し慌てたが、エプロンをつけたB・Bがいつもの元気さで「おはよう」と言ってきたので、あっと声を上げた。

ポリー「お兄ちゃん、もう大丈夫?」

B・B「おう。一晩寝たらすっかり良くなった。流石ネッピーの薬。それと」

B・Bはニッと笑って、ポリーの頭をくしゃくしゃと撫でた。

B・B「お前が一晩、俺についていてくれたおかげだな。ありがとうポリー」

ポリーは昨夜の事を思い出し、ポンッ!と音を立てそうな勢いで顔を真っ赤にした。それを見たB・Bが、今度はポリーが熱を出したと焦ったが、ポリーは勢いよく首を横に振った。

ポリー「お兄ちゃん!私、ファイターズのマスコットになる!」

唐突に言われた言葉に、B・Bは面食らった。

B・B「はいいぃぃい!?」

ポリー「なるったらなる!!じゃないとお兄ちゃん、また無理して倒れちゃう!カビー君は二軍にいるし、だから私がお兄ちゃんの傍にいて、無茶しないように見張る!!」

B・B「えぇ――」

ポリー「決めたの!!」

涙目の上目遣いで、フーッフーッと威嚇するように言い募るポリーを、B・Bはしばしじっと見つめた。

B・B「B・B」

ポリー「へ?」

B・B「俺の事はお兄ちゃんじゃなくてB・Bと呼べ。あ、あと球団マスコットは人前で喋らない決まりになっているから、そこ気をつけろよ」

ポリー「お、お兄ちゃ」

B・B「B・Bだ」

ポリー「…B・B、それって」

B・B「人事には俺から話しておく。よろしくな、ポリー」

B・Bがにかっと笑って右手を差し出すと、ポリーは満面の笑顔でその手をとった。大きくて温かな手を握り返しながら、ポリーは彼を支え続けると誓った。
例え、何を犠牲にしても。


ポリーがシャワーを浴びに行ってしまうと、B・Bは真顔になり、右手を緩く握って唇に当てた。そこには、冷たい水を飲ませてくれた柔らかな唇の感触が、微かに残っている。

B・B「理性持つかな…俺」

可愛い妹のように思っていたポリー。子どもではなく、かといって大人にもまだ手が届かない少女が、それはそれは愛おしい。
そんな彼女が傍にいてくれるのなら、自分を支えてくれるのなら

B・B「…情けねえ所は、見せられないよな」

不敵に笑う顔は、一人の男だった。


お し ま い

第11章「阪神の天使」
~ キー太の話 ~


阪神タイガースは約17年ぶりにマスコットを生み出した。それは実に可愛らしい虎の男の子だった。キー太はラッキーの弟だ。キー太がタイガースのマスコットになってから数ヶ月のこと、トラッキーがキー太に話しかけた。

トラッキー「どや、マスコットとしては慣れてきたか?」

キー太「うん!トラッキーお兄ちゃん!」

トラッキー「そかそか、ええことや…わしもな……昔はいろいろあったんや…」

キー太「昔って?」

トラッキー「まあええねん。ブラゼルとは仲良うしてるから、それだけで兄ちゃんは嬉しい」

キー太「でも僕、あの人怖いわぁ」

トラッキー「そんくらいがええねんて。選手と絡んでたら名前も覚えてもらえるしな」

キー太「僕、ポストカード一杯くばったから、名前覚えてもらったよ!!」

トラッキー「せやな」

ラッキー「あら、こんなとこで何しとんの?」

トラッキー「マスコットとして!や」

ラッキー「ふふ。キー太を、よろしくねトラッキー」

キー太「お姉ちゃん腹減ったー」

ラッキー「やね。今日はお姉ちゃんがキー太の好きな唐翌揚げ揚げたるわ」

キー太「ホンマに?やったー!」

トラッキー「ええなあ…子どもはちーちゃいことでも喜べて」

ラッキー「それまんまおっさんの言葉やで」

キー太「お姉ちゃん!はよ食べたい!」

するとキー太は、自分の事を興味津々に見つめる者を発見した。キー太を見つめていたのはドアラだった。

ドアラ「ふぅ~ん、へぇー」

キー太「?」

ドアラ「ふぅ~ん」

キー太「兄ちゃん、僕に用あるんか?」

ドアラ「君がトラッキー君の弟かぁ…へえー」

キー太「え?あ、ちゃうで。ボクの姉ちゃんはラッキーや。トラッキーお兄ちゃんとはなんも関係ないよ」

ドアラ「そうなんだぁ」

キー太「兄ちゃんの名前…あっ!せや!今いっちばん人気があるドアラさんやろ!」

ドアラ「一番じゃないけど、照れるなあ…ありがとね」

キー太「どうでもええですけど、なんでさっきからボクにしっぽ押し付けてくるんですか?」

ドアラ「そこに君がいるからさ!」

キー太「へえ…(あれ、この人なんか…こわい…)」

ドアラ「ぎゅってするね」ギュッ

キー太「へっ…わあっ!!な、なん…!!」

トラッキー「こらこらこらこら!やめやめ!」

ドアラ「あー…トラッキー君だあ」

トラッキー「人ん家の弟に手ぇだすなや」

ドアラ「えへへ~」

トラッキー「お前ほんま子どもぎゅうってするの好きやなー…大丈夫か?キー太」

キー太「この人こわい…」

トラッキー「あーあ、トラウマ植えつけたやんけ」

ドアラ「あちゃー」

ドアラはまた小さい子どもを怖がらせてしまったようだった。


お し ま い

第12章「俺たちのクリスマス」
~ ハリーホーク・ハニーホーク・ハーキュリーホークの話 ~


ハニーホーク「あ、これハックにいいんじゃない?」

ハリーホーク「わぁ、そうだね! あ、ねぇハニー、こっちはリックによさそう!」

ハニーホーク「本当だ、かわいい!」

キャッキャと弾む話し声を前に、ハーキュリーは小さく息をついた。なんとなく手近にあったビニールボールを指でつついていれば、ハリーとハニーは二人揃って振り向きこっちを見上げてくる。

ハリーホーク「ホックにはどっちがいいかな?」

ハーキュリーホーク「……息合いすぎだろ、お前ら」


ハリー・ハニー「おじゃまします」

ハーキュリーホーク「おぅ、適当に座ってろ」

鍵を開け客である二人を先に通してやる。ブーツの紐を解いていれば、荷物をリビングに置いてきたハニーが廊下を戻ってきた。

ハニーホーク「洗面所借りていい?」

ハーキュリーホーク「あぁ、新しいタオルは」

ハニーホーク「こっちの棚でしょ?」

ハーキュリーホーク「…おう」

勝手知ったるとばかりに扉を指差すハニー。ハーキュリーはブーツを揃え、ハニーに続いて洗面所へ入った。

ハーキュリーホーク「相変わらず真面目だな」

うがい手洗いを済ませた彼女に言ってやれば、笑みを返される。

ハニーホーク「ハーキュリーもでしょ?」

ハーキュリーホーク「……」

ハニーホーク「ふふっハリーもそろそろ来るんじゃない?」

 だろうな、そう思いながらうがいをしていれば、金髪のヤツがやってきた。

ハリーホーク「呼んだ?」

ハニーとハーキュリーは目を合わせ吹き出したのだった。

リビングのローテーブルに、様々な料理が並ぶ。三人はL字型のソファーに座り、それぞれグラスを掲げた。ハリーの妙にソワソワとした表情が面白い、とハーキュリーはニヤニヤと口をゆがめた。
ハニーはそんな二人に笑いかけて。

ハニーホーク「では、ちょっと早いですが…メリークリスマス! かんぱーい!」

ハリーホーク「メリークリスマス!」

ハーキュリーホーク「…ス」

シャンパンの入ったグラスを軽く合わせ、口に運ぶ。はじける泡の感じがなんともいえない、歩き廻った喉に冷たさが気持ち良く、ハーキュリーは一気に流し込んだ。
すっとボトルが差し出され視線を向ければ、

ハリーホーク「ほら」

と、ハリーが注ぎ入れてきた。

ハーキュリーホーク「…さんきゅ」

ハリーホーク「おう、さ、食べよう」

ハリーの言葉にハニーはスッと皿を出し、料理も取り分けていく。ハーキュリーが何もせずとも着々とすすんでいき、目の前には彩りよく料理が盛られていた。

ハーキュリーホーク「至れり尽くせりだな」

ハニーホーク「ん? なに言ってるのハーキュリー。買い物手伝って貰ったんだしこれくらい当たり前よ。それに私たちが部屋にお邪魔してるんだもの」

ハリーホーク「そうそう、買い物助かったんだし。今日は世話焼かれとけって」

ハーキュリーホーク「荷物持ちしたくらいで飯食えるんなら毎日でもしてやるぜ」

ハニーホーク「じゃあ、明日もお願いしちゃおうかしら」

ハーキュリーホーク「…冗談だ」

ハーキュリーは苦笑してサラダにフォークを突き刺した。

デパ地下で購入してきたビーフシチューは、ハニーが暖め直したのだろう、湯気をたてている。さましつつ口に含めばワインの香りが広がった。ハーキュリーは鼻に抜ける香りを満喫しながら、パスタを食べているハリーを見やった。

ハーキュリーホーク「あいつらのプレゼント、あれで良かったのか」

ハリーホーク「ふ? むぐむぐ…うん、大丈夫だろ」

ハニーホーク「ハーキュリーにも選んで貰ったし、あの子たち喜ぶわよ」

ハニーはグラタンを頬張り頷いている。

ハリーホーク「まぁ、野球関連のにしとけば間違いは無いか」

ハリーはサラダを突きつつ言った。

ハリーホーク「俺たち三人からってことになってるから」

ハーキュリーホーク「…は? 俺も入ってんのか。金払ってねえぞ」

ハニーホーク「いいのよ」

ハニーはにこりと笑い、

ハニーホーク「市長からプレゼント代貰ってるから」

と言い放った。
ハリーに目を向ければ、小さく苦笑していて、ハーキュリーは理解する。

ハーキュリーホーク「そうそうことか」

ハリーホーク「そうそうことだね」

昨日いきなり、「明日付き合え」と言われたのも市長の気まぐれが原因とわかれば納得もいく。ハニーはハリーと二人で出掛けるチャンスだっただろうに……真面目すぎるのも考えものだな。ハーキュリーはシャンパンのボトルを思い切り傾けた。

空になったボトルを置けば、ハリーはスッと立ち上がる。

ハーキュリーホーク「俺、酒とってくる。ワイン買いよったよな?」

ハリーホーク「おぉ、頼むよ」

ハーキュリーはハリーの後ろ姿を見送り、ハニーに顔を寄せた。

ハーキュリーホーク「お前、ハリーと二人じゃなくてよかったのかよ? いくら市長に言われたからって」

小声で言えば、彼女は困ったように眉尻を下げて笑った。

ハニーホーク「いいのよ。二人きりだとハリーは私に気を遣っちゃうんだもの。ハリーにはいつもの笑顔で居てほしいし、ハーキュリーが一緒だといつも通りになれるでしょ? それに」

彼女は視線を落とす。笑みを浮かべようとして失敗したのか、唇がかすかに震えていた。

ハニーホーク「私はハリーの特別には、なれないもの」

ハーキュリーホーク「……チッ、やっぱりあの熊殴っとけばよかったか」

本気で舌打ちしたハーキュリーに、ハニーは今度はしっかりと笑みを浮かべた。

ハニーホーク「でも今年のクリスマスは、お休み無いから、会えないかもね『北国の熊さん』は」

ハーキュリーホーク「…そう簡単に諦めるやつじゃなさそうだけどな」

ハニーホーク「…まぁ、ハリーの負担にならないならオッケーかなぁ」

苦笑を浮かべるハニーに、ハーキュリーはおずおずと訊いてみた。

ハーキュリーホーク「もしクリスマス翌日、ハリーが体調崩したりしてたらどうする?」

ハニーは頬に手を当て首をかしげてから、綺麗に微笑んで。

ハニーホーク「決まってるでしょ。お・仕・置・き・よ」

ハートの付くような語尾にハーキュリーは乾いた声で笑うしかなかった。

泡の静かになってきたシャンパンで、ハーキュリーは乾いた口内を潤していた。すると、ハリーがワインボトルと紙袋を手に戻ってきた。

ハーキュリーホーク「さんきゅ。遅かったな」

ハリーホーク「ん、コレ出すの忘れてた」

そう言って彼は手に持った袋を掲げる。それを見て、ハニーは声を上げた。

ハニーホーク「あっ、それって―」

パタパタと荷物に走りより、紙袋を持ってきた。それはハリーと同じ、名古屋の某百貨店名が印されていて。

ふたりは互いの袋を見比べて、大きく頷いた。同時に袋から箱を出し、ゆっくりと開いていく。

ハニーホーク「…あっ」

ハリーホーク「…やっぱり」

ハーキュリーはワインの栓を抜きながら軽く笑う。

ハーキュリーホーク「おんなじケーキだな」

二人が持ってきたケーキ、そのクリームの上には、ちょこんと青い色の有袋類が乗っている。

ハーキュリーホーク「くくくっ、俺たちドラゴンズファンかよ、ドアラケーキって…しかも二個、ぶふっ」

じわりとツボに入ったらしいハーキュリー。それに対し二人は渋い顔をする。

ハニーホーク「私は、パオちゃんから送られて来たんだけど…」

ハリーホーク「おれは、ドアラから」

二人は手元を眺め唸った。

ハニーホーク「どうしよっか、コレ」

三人の視線を集める先で、まん丸なドアラの目が見上げていた。

その後、笑いの納まったハーキュリーが、

ハーキュリーホーク「ハニーが貰ったヤツは、明日ハニーズで食えばいいんじゃねぇか」

と言ったので、そうすることで落ち着いた。しかし彼は、

ハーキュリーホーク「でも食べるなら、かわいこちゃんから送られた方が食べてぇよな」

と続け、二人から揃って呆れられていたが。

あらかた食事も終え、ハニーがケーキを切り分けていく。ドアラの飾りをどうするか迷っていれば、ハーキュリーがハリーの皿に押し付けた。ハリーは微妙な表情をしながらもそれを受け取っていた。

ハーキュリーホーク「お、結構ウマイじゃねぇか」

ハリーホーク「うん、ケーキは美味いけど、ドアラ食べるのはちょっとな…」

ハニーホーク「確かに、ちょっとアレよね」

ハーキュリーホーク「ま、砂糖菓子だろ? 一息に食ってやれよ、ドアラを…くくくっ」

ハリーホーク「じゃ、ハーキュリー食べていいよ」

ハーキュリーホーク「…丁重にお断りします」

結局その後、ドアラはハーキュリーによってハリーの口に押し込まれたのだった。

食べ終えたパックや皿を軽く片付け、ハーキュリーがリビングに戻るとハリーはテーブルに突っ伏していた。少し毛足の長いカーペットに直に座り込むのを彼は気に入っていて、今日も終盤はそうして座っていたのだが。
戻ってきたハーキュリーに気付き、ハニーは静かに笑った。

ハニーホーク「疲れてたのね、寝ちゃった」

ハーキュリーホーク「みたいだな」

ソファーに掛け、ハリーの顔を覗き込む。ゆるみきった顔にこっちまで笑ってしまう。
ハニーは立ち上がり、

ハニーホーク「お手洗い借りるね」

と奥へ歩いていった。
少しぬるくなった白で唇を湿らせ、ハーキュリーはのんきに眠る男の顔を眺めた。

ハーキュリーホーク(あ、ヨダレたれてる)

そんなどうでもいいことを思いながら、しかし、手は無意識に動いていた。金糸を指で掬えば、さらさらとこぼれ落ちて。思っていたよりも触りごこちがよく、ハーキュリーはしばらく頭を撫でていた。 ハーキュリーも結構酔っていたのかもしれない、ハニーが戻ってきたのに気付かず撫で続けているのを見つけられてしまった。
ぱっと手を離すが、ときすでに遅く。

ハニーホーク「あの熊さんから攫っちゃえばいいのに~」

なんて、彼女に意地の悪い笑みを向けられた。彼女もいい感じに酔いが回っているようだ。

ハニーホーク「ハーキュリーなら、安心してハリーのこと任せられるのに」

ハーキュリーホーク「…バカか、お前が一番ハリーのこと見てきたんだろ」

ハニーホーク「………」

しばらく沈黙が部屋を包みこんだ。

ふっと息を吐き、ハニーはコートを着込む。ハーキュリーはただ彼女の動きを視線でなぞっていた。

ハニーホーク「タクシー拾って帰るね。今日はありがと」

ハーキュリーホーク「あぁ、気を付けて帰れよ」

ハーキュリーも彼女を見送ろうと立ち上がる。

ハニーホーク「ハリー明日もイベントだったよね」

ハーキュリーホーク「…起きなかったら泊めてやるさ。きちんと明日連れてくよ」

ハニーホーク「ふふっお願いね」

玄関で靴を履き、彼女は振り返った。

ハニーホーク「また、三人で集まろうね!」

いつもの笑顔、まではあと少し足りてないが、今はそれで十分だろう。

ハーキュリーホーク「おう、今度はハリーん家にしようぜ」

ハニーホーク「そうね、楽しそう」

ハーキュリーホーク「じゃあ、明日な」

ハニーホーク「うん、明日」

ひらりと手を振り、ハニーは夜空の下へ溶け込んでいった。


ハーキュリーホーク「三人が一番だよな」

ハーキュリーの呟きは、白くにじんで消えていった。


部屋に戻りながら、ハーキュリーは改めて思う。

ハーキュリーホーク「やっぱり一発殴るかな」


お し ま い

第13章「鴎のお土産話」
~ マーくん・ドアラ・つば九郎の話 ~


マーくん「ただいま~ドアラにつば九郎!台湾は楽しかったよ~。お土産いっぱい買ってきちゃった~!」

はじけるようなアヒル笑顔ではしゃぐ鴎。両手羽には大小さまざまな台湾土産を抱えている。おそらく調子に乗って大量に買い込んだのだろう。
その姿を見て、ドアラとつば九郎が声をかけた。

ドアラ「日台野球お疲れさま。ネット中継見てたよ」

つば九郎「たのしそうでなによりだったぬ」

幕張某所のマーくんの家には、親友であるドアラとつば九郎が遊びに来ていた。ちなみにマーくんの弟ズーちゃんは別室でお昼寝中のためこの場にはいない。
マーくんの所属する千葉ロッテマリーンズは台湾プロ野球チームであるLamigoモンキーズとの親善試合を行い、マーくんもチームとともに訪台していた。ダンスの上手い愛らしい鴎は台湾の野球ファンに暖かく迎えられ、マーくんはたくさんの楽しい思い出と大量の台湾土産を携えて先日帰国したのだった。

マーくん「相手チームは台湾シリーズの優勝チームでね、とても強かったんだよ~。ファンの応援も熱かったし、チアガールのお姉さんたちもきれいだったよ」

マーくんはそう言って、両手に抱えていたお土産をテーブルの上に並べ始めた。あっという間に珍しい異国土産の数々がテーブルを占領してゆく。

つば九郎「なにかうまいものはあるのかぬ?」

つば九郎は食い意地丸出しでテーブルの上の土産物を物色し始める。それをドアラは苦笑して眺めていた。

マーくん「ちょっと待ってよつば九郎、一つ一つ説明するから。えーと、これはパイナップルケーキで、これは台湾茶と茶器。それからドライマンゴーにハッカ精油。それからインスタントラーメンに台湾ビール、それからそれから…」

つば九郎「る~び~?!ひとつくれ!」

大好物のビールと聞いて、つば九郎は台湾ビールの缶のひとつを手羽に取り、プルタブを開けてくちばしをつけた。すると……

つば九郎「ん!これなんのあじ!?」

マーくん「つば九郎、せめて説明を最後まで聞いてから飲んでよね。そのビールはマンゴー味なんだよ」

するとそれまで黙って土産物の数々を眺めていたドアラが、飲みかけのビール缶を手に取ってしげしげと眺めた。

ドアラ「マンゴー味のビールなんてあるんだね」

マーくん「うん。フルーツフレーバーのビールは台湾名物なんだって。他にもパイナップルとかオレンジとかグレープとか、いろんなフレーバーがあるんだよ。持ち込み制限があるから大量には持って帰れなかったけどね」

マーくんはそう言って、沸かしていたお湯で台湾茶を淹れ、一口大に切ったパイナップルケーキを添えてドアラとつば九郎に出した。

マーくんの土産話が一段落した頃、ドアラは「そうそうマーくん」と口を開いた。

ドアラ「中継見てたけど、向こうでも楽しそうにマスコット交流してたね」

マーくん「そうなんだよ。元気小子といってね、その名の通り元気で楽しい子だったよ!」

マーくんはそう言って嬉しそうに笑った。アヒル笑顔がとても可愛い。
ドアラはノートパソコンで「これだね」と動画を再生し始め、マーくんとつば九郎も嬉々とした様子で頭を寄せ合って動画を見始めた。それはマーくんと元気小子が互いに頭を撫で合ったりする微笑ましい動画だった。しかしある場面にさしかかるとマーくんのアヒル笑顔がひきつり、つば九郎は面白そうにニヤニヤし始めた。

それはマーくんと元気小子のキスシーンだった。

つば九郎「ま~くん」

つば九郎がマーくんを肘で突いた。

つば九郎「ま~くんはり~んちゃんというかのじょもいるし、うちのつばみともよろしくやっているのに、がいこくでおとこと……りょうとうづかいとはしらなかったぬ」

マーくん「ちょっ、あれはお遊びの流れでそうなっただけで!そもそも僕はリーンちゃん一筋であってつばみちゃんとは二股かけてないしっ!!!だいたい両刀使いって何だよっ!!!僕そんなんじゃないしっ!!!!」

ドアラ「おませだねマーくん。両刀使いなんて言葉どこで覚えてきたの?」

ドアラはニヤニヤ笑いながら言った。明らかに面白がっている。

ドアラ「俺たち三人のうち彼女いるのマーくんだけだしリア充でいいなぁと思っていたけど、リア充すぎるのも考えものだよね~、ププッ!」

つば九郎「りあじゅうばくはつしろ」

爆笑するコアラと燕を横目に、マーくんは「うるさい」と小声でつぶやき、むくれた表情でドライマンゴーをくちばしの中に放り込んだ。


お し ま い

第14章「いつも隣に」
~ トラッキーとラッキーの話 ~


その日、彼は珍しくミスを犯しかけた。
それを回避できたのは持ち前の機転と俊敏さがあってのことだろう。
球場には何万という人が詰めかけていたが、その事に気がついていた者は居なかった。
彼女を除いては。

その日のゲームは7回にして自チームが優勢。場内は異様な熱気に包まれていた。
その熱狂を背にトラッキーは一人バックヤードに続く通路を進んでいた。そこは、さっきまで居たマウンドが煌びやかだった分、一層暗く見通しが悪く思えた。
躊躇なく歩けるのは、そこが慣れ親しんだ「ホーム」だからに他ならない。
ふと、背後から彼の歩を止める声がした。

ラッキー「トラッキー、今…」

心配そうに駆け寄る彼女の名はラッキー。二人は長年この球団でマスコットをしており、この球場を生活の拠点に置いていた。

トラッキー「だ、大丈夫やで!どっこも怪我してへんしな」

ガールフレンドの泣き出しそうな声色に、ギクッと身を震わせてから、オーバーアクションで無事を主張してみたが、彼女の瞳は不安げな影を落としたままだ。

トラッキー「…やっぱり、ラッキーには分かってまうんやなぁ……うん、今日のはちょっとヤバかったわ」

ラッキー「気いつけてね…」

トラッキー「…はい」

突っかかってくる分にはいくらでもボケれるし突っ込める自信はある。しかし、変に空気が読めるせいか本気の「気遣い」には弱いトラッキーだった。
暗い通路はいつしか雑多なバックヤードに差し掛かった。
二人の間に会話はなく、遠くで歓声やアナウンスが聞こえる。

ふと、ラッキーは隣を歩いていたボーイフレンドの手を強引に引張て人通りのない大きな壁の影に飛び込んだ。

面食らうトラッキーの両手をラッキーは静かに、しかし強く握った。

ラッキー「ウチ、さっきこわかった…」

俯くガールフレンドの浮かない顔とか細い声に、トラッキーは真剣に対応しなければいけないことに気づいた。間違っても冗談などでやり過ごしてはいけない。
例え自分自身の問題で頭がいっぱいだったとしても、それを覆してでも、彼女の不安を拭ってやりたかった。

トラッキー「うん、ごめんな、心配かけて」

ラッキー「ウチはもう平気やけど、トラッキーはまだこわいんちゃう?」

思ってもみなかった言葉に、心が貫かれた。それでも平静を装ってあっけらかんと否定しようとした時、ラッキーがまっすぐに視線を向けてきた。
こうなるともう、嘘が付けなくなる。

トラッキー「こわないで。そういうんやなくてな、ただ…」

そのまっすぐな視線には耐え切れなくなり、少し離れたところに腰を下ろす。

トラッキー「『昔』の、『あの頃』のわしは、こんなミスなかったんかな…って思って」

ラッキーも静かに隣に腰を下ろした。そして自然とうつむくボーイフレンドの頭を慰めるようになで始める。

トラッキー「変やな。時代も状況も変わってんのに、自分だけ変わらへんはずないよな。もう戻れへんのに」

慣れ親しんだ愛撫に身を任せているうちにやがてその膝に頭を載せて、着脱可能な帽子で視界を覆う。

そんな彼に、ラッキーの声が柔らかく注がれた。

ラッキー「トラッキーは、たくさんのモノを抱えてる。抱えきれてるのが不思議なくらい。強い子やで。その中には自分自身の歴史もあるはず。唯一無二の特技があったり、異様に身体能力があったり、一回妙に動かれへんようになったりしたっけ。その時その時で時代も違うし評価も違う」

今までの日々をゆっくり振り返るような口調は、かつて「妹」だったとは思えないほど落ち着いていて安心できる。

ラッキー「でもね」

ふいに視界が開けた。ラッキーが帽子をさらったのだ。

ラッキー「ウチはずっと同じ人の側におった。どのトラッキーもトラッキーなんよ。ウチの大好きな人」

明るい笑顔だった。

ラッキー「自分では、どうにもならへんこともいっぱいやったと思うけど、トラッキーはいっつも前を向いてた。変わってしもたことも色々あるけど、生まれてきた意味だけは変わらへん。そのことだけは、忘れたらあかんよ」

生まれてきた意味。
トラッキーは頭の中でその言葉を反芻した。
マスコットの自分が生まれてきた意味。
初めて自分という存在が確立したあの日。眩しい光の中、広い大地と高い空。周りの人々はそうだ、みんな、笑っていた。

ラッキー「忘れたときは、ウチがおる。ずっと側におるから、無茶したら嫌やで」

自分達『マスコット』は、
望まれて生まれてきた。
そして
愛されるために存在している。

薄暗かったはずの物陰に、一筋の光明が差し込んだかのように、トラッキーのアクアマリンの瞳が輝きを取り戻いた。
それと全く同じ色の瞳がそれを見つめる。それはよくある事のようで、奇跡的なことのようにも思えた。

トラッキー「よう分かったわ、ラッキー。わし、アホやった。おおきに」

実力主義。人気商売。その中で魅せらせるのは、どれだけ高く飛べるかではない。今やつかんだその先の答えはあえて口にはせず、胸の中で熱く燃やすことにしよう。
トラッキーは起き上がりざまに帽子をかぶり、ラッキーの手を握った。

その時、場内のボルテージが一気に上がったのが分かった。

まもなく、二人を探す係員の声が聞こえた。試合は自チームの勝利で終わったようだ。
握った手を解いて急いで通路に舞い戻る。これからまたもうひと仕事。
甘い空気が台無しになったけれど、エネルギーの塊のようなトラッキーの背中をラッキーは誇らしく追っていた。次第に眩しくなっていくなかで、不意にラッキーは鼻先をその誇らしい背中でぶつけた。
急に立ち止まったトラッキーは、少しはにかんだ様子で振り返った。

トラッキー「ずっと、側に居てくれてほんまにありがとう。わしもラッキーのこと、大好きやで」

ラッキー(なんで?なんで今言うん?胸の高鳴りに惚けていることが許されないこの状況で……!)

しかし本当はラッキーが一番よく知っていた。それは彼なりの照れ隠しなのだと。
きらめく光の中に飛び出た二人は、お互いが生まれてきた事を、共に生きれる事を、心の底から喜んでいたのだった。


お し ま い

第15章「あるひのナゴド」
~ パオロンの話 ~


マスコット対決3本勝負!
ドラゴンズVSスワローズ3連戦 in ナゴヤドーム

1戦目
パオロン「つばくろー、いつかえるの?」

つば九郎「きていきなりそれかい」

初戦も始まるまえから、つば九郎に会うなりパオロンのひとこと。

パオロン「べ、べつに、パオはつばくろーがいてもいいけど…」

箒でつば九郎と距離をとりながら言っても真実味はない。

つば九郎「あすのしあいのあとにはえどにかえるよ」

パオロン「あしたかえるの?」

ぐいぐい箒の柄でつば九郎のおなかを押しながらパオロン。
夢と希望がつまったおなかは、びくともしないが、ちょこっすくすぐったい。

つば九郎「えどのぱとろ~るもあるからね」

パオロン「あさってはいないんだね」

ちょっと安心して、パオロンの力が抜ける。

つば九郎「すきあり!」

どす~ん!
つば九郎のおなかに押されて、ころんっとパオロンはころんだ。

パオロン「つばくろー!ひどいよ~!」

じたばたともがくパオロンを無視して、ドアラのいるベンチに向かうつば九郎。
ほどなくシャオロンがパオロン救出にやってくる。

シャオロン「パオはつば九郎のこと嫌いなの?」

パオロン「パオはつばくろー、いやじゃないよ」

半泣きで言われても嘘臭い。

2戦目
パオロン「つばくろーは、しんかんせんでかえるの?きっぷちゃんとかった?」

つば九郎「かった、かった」

ボンボンをつば九郎に投げつけながらの質問。

パオロン「つばみちゃんにおみやげもかった?」

つば九郎「かってない、かってない」

ちからいっぱい投げつけているつもりでも、たいして痛くない。

パオロン「ちゃんとかわないとだめでしょ!」

つば九郎「はい、はい」

ぽとぽと落としているようにしか見えないボンボンを拾うと、もう落とさないように滑り止めスプレーをかける。

パオロン「あぁ~!つばくろーなにしてるの!!」

つば九郎「すべら~な~い」

ボンボンをパオロンに持たせてあげる。

パオロン「パオのぼんぼんくちゃくなったよ~」

つば九郎「はい、はい」

半泣きのパオロンの顔にも、スプレーを吹きかける。

パオロン「つばくろー!なにするの!!」

怒るパオロンを放置して、ドアラのいるベンチに向かうつば九郎。
ほどなくシャオロンがやってきて、パオロンの顔を拭いてくれた。

シャオロン「パオは、つば九郎に来て欲しくなかったの?」

パオロン「パオはそんなことおもてないよ!つばみちゃんにきてほしかったなんて!つばくろーでもいいの!」

半泣きでそんなことを言われると、本当はつばみの方が良かったのがありありとわかる。

3戦目
パオロン「あぁ!なんで、つばくろーいるの!」

今日はいないと油断していたパオロンは、つば九郎を攻撃する為の武器を用意していなかった。

つば九郎「どあらがいていいって」

つば九郎の答えに、パオロンはドアラに向かって、

パオロン「どあらなんでそんなことゆうの!ゆっちゃだめでしょ!」

ドアラは怒るパオロンを無視して、選手の方へ行ってしまった。

つば九郎「まーまー、きょうもしくよろ」

つば九郎はマスコットバットで、パオロンの顔を突っつく。

パオロン「つばくろー、えどのぱとろ~るは!そっちにいかなきゃだめでしょ!」

嫌がるパオロンをしつこく追い回すつば九郎。

つば九郎「にしきのぱとろ~るしてきたよ」

パオロン「にしきはぱとろ~るしなくてもいいの!」

しつこいつば九郎に、いやがるパオロン。

シャオロン「やめろ!つば九郎!」

シャオロンが止めに入る。

つば九郎「まーまー、きょうもしくよろ」

つば九郎はシャオロンの顔にマスコットバットを転がす。

パオロン「つばくろー!シャオになにするの!」

怒るパオロンの鼻の穴にマスコットバットを入れてみた。

パオロン「やめて!つばくろー!!フンゴフンゴ!」

パオロンの鼻の穴の大きさを、ずっと気になっていたつば九郎は、サイズが判ったことに満足した。
マスコットバットを戻して、ドアラの方へ行ってしまった。

パオロン「おはないちゃいよ~」

泣き出すパオロンをなだめながらシャオロンは、

シャオロン「つば九郎はひどいね。パオはいじめられてばかりだね」

パオロン「シャオ!そんなことゆっちゃだめでしょ!つばくろーは、みんなをおもしろくするのにいっしょーけんめいなの!」

シャオロン「えっ!」

パオロンはつば九郎の事が嫌いなのだとばかり思っていたので、つば九郎を庇うパオロンにびっくりする。

パオロン「でも、つばくろーは、なごどにくるのもっとすこしでいいと、パオはおもうの」

シャオロン「確かに、来すぎだよね」

仲良く手を繋ぎながら、セレモニーの場所に向かう二人。

パオロン「パオは、つばくろーいやじゃないよ。おもしろいから」

パオロンは、ツンデレなのか…とひとり納得するシャオロンだった。


お し ま い

ショート小説 希望編「フラグクラッシャー」
~ スラィリーの話 ~


プロ野球界広しと言えど、球団のメインマスコットで兄弟も彼女も相方もいないマスコットは今やスラィリーだけになってしまった。
他球団マスコットたちは、ぼっちクリスマスやぼっち正月では寂しかろうとあの手この手で彼にフリーの女性マスコットを紹介したこともあった。
しかしスラィリーはそのたびに「好意は有難いけれど…」と断ってきた。
確かにスラィリーは球場ではほぼ独りで踊っているが、別に寂しいと思ったことはなかった。
ぼっちクリスマスやぼっち正月であってもだ。
スラィリーは独りではあるが、孤独ではない。
彼にはカープの選手やファン、そして地元の子供たちから元気と癒しを受け取ることができれば、それで十分なのだ。

スラィリー「おいらの~ピロピロは~どうかね?」


お し ま い

第16章「教えて夜の交流戦」
~ バファローブルとB・Bの話 ~


窓の外に煌く北の都の街並みが見飽きないほどキレイに見えるのは、今日も素晴らしい一日が過ごせたドキドキからだろうか、お呼ばれされたワクワクからだろうか。きっとどっちもかな、とバファローブルは思った。

B・B「おーい、ブル。そんなとこにずっといたら風邪ひくぞ。早く寝ろよ」

バファローブル「はーい」

ロボットだから風邪はひかないんだけどな、と思いながら振り返って返事をする。バスローブ姿のB・Bがモヒカンから丁寧に水分を拭き取りながら立っていた。会う時はいつもユニフォームを着ているからか、ゆったりとした格好をしているB・Bがなんだか見慣れない人に思える。やっぱり家ではくつろいだりするんだ、そう思うとブルはB・Bの新たな一面を覗いたような気がして嬉しくなる。

昨日今日とブルはいつもいる球場を飛び出し、北の大地にある銀色のドームへとチームの応援に来ていた。ベルも来たがっていたが、何やら他にやることがあるらしく、今回はブルだけでの訪問であった。お兄ちゃんだから一人で平気だよ!とベルには言ったものの、ホテルの部屋に一人で泊まるのはなんだか寂しい。

B・B「じゃあ、今晩はうちに来いよ」

ブルがちょっとした心細さをぼやくと、B・Bはたった一言でそれを解決した。

B・B「他のマスコット仲間も泊まりに来たことあるし、遠慮なんかすんなよ」

B・Bは微笑みながらそう言うと、あっという間に球団の人たちからブルの外泊許可を取り付けてきた。はじめのうちは、ホントにいいのかな?と思っていたブルも、段々とB・Bの家に行くことができる実感がわいてくる。B・Bともっとずっと一緒にいられるんだ!と喜んでいる間に、北の都を見渡せるマンションの一室、B・Bの家へとやって来たのだった。

B・Bに連れられてブルは寝室に入る。部屋の真ん中に置かれたベッドは、いつもブルが使っているベッドより二回りも大きい。いざベッドに乗ってみると更に広く感じられ、こんなに大きなベッドにいつも一人で、B・Bは寂しくないのかな?と思うほどだった。

B・B「じゃあ、ブルはこのベッドで寝てくれ」

バファローブル「うん。……あれ、B・Bは?」

ベッドには枕は一つしかなく、他に布団も敷かれていない。薄いタオルケットだけ持って行こうとしたB・Bに声をかけると、彼は気まずそうな顔をしながら答えた。

B・B「お客さん用の布団をクリーニングしてるのすっかり忘れててさ。俺はリビングのソファで寝るよ」

バファローブル「えっ、ちょっと待って」

部屋を出ていこうとしたB・Bをブルは呼び止める。

バファローブル「ねえ。一緒にベッドで寝るってのはどうかな?」

B・B「いいのか?二人だと狭くなっちゃうぞ」

バファローブル「もちろんだよ」

ベッドの片側を開けるように移動しながらブルが答えると、考えるように眉を寄せていたB・Bの顔が明るくなった。

B・B「……じゃ、ブルがいいならそうするかな」

そう言いながらB・Bは手に取ったタオルケットを元の場所にしまう。
やっぱり僕にはこのベッドは大きすぎるし、ひとりで寝るにはちょっと寂しいよね。と、ブルは自分が乗っかってもまだまだスペースが有り余っているベッドを見つめながら思った。

ブルは身体を起こしたまま布団をかぶり、B・Bのほうを眺めていた。B・Bはタオルケットをしまうと、そのまま後ろ向きになにやらモゾモゾとしていた。何してるのかなと思いながらブルが見てると、B・Bは腰に巻いてある紐と解きバスローブを脱ぎだす。灰色の獣毛に覆われた大きな背中が見えて、ブルは彼が何をしているのかようやく気付いた。

バファローブル「びっ、B・B!なにしてるの?」

B・B「ん?バスローブ脱いでるんだけど」

そう言いながらB・Bが振り返る。彼は自身の逞しい身体を全く隠そうとせず、バスローブを近くにあるカゴへと放った。一糸まとわぬ裸体になったB・Bに、ブルの顔は思わず真赤になる。何故だか感じる恥ずかしさに布団を鼻先までかぶせるものの、視線はB・Bから外せずにいた。

バファローブル「そうじゃなくて……なんで裸になるの?」

B・B「裸で寝ると気持いいんだよ、ブルも脱げば?」

ブルはぶんぶんと首を横に振った。Tシャツと短パン姿の彼は服を脱ごうと思えばすぐに脱げるが、とてもそんな気にはなれなかった。

B・B「なんだ、恥ずかしがらなくてもいいのに」

ま、いいけど。なんて呟きながら、B・Bは照明のスイッチの元へと歩いていく。

B・B「じゃあ、電気消すぞ。おやすみー」

バファローブル「うん、おやすみなさい……」

ブルが横に寝転がると部屋が暗くなる。ひたひたと歩く足音がベッドの傍まで来ると、ブルがいるのとは反対側の布団がまくり上げられた。ベッドが沈み、近くに暖かい熱を感じるようになる。すぐ隣にB・Bがいる。そのことがいつもとは違って感じられた。

なんだか急に胸が騒ぎ出したような気がする。目を閉じても、先ほどのB・Bの姿が頭の中に何故か浮かんでくる。筋肉をまとったB・Bの裸身、厚い胸に太い腕、引き締まった脚、そして股間にぶらさがる大きな雄茎、そのどれもがブルの脳裏に焼きついて離れなかった。今までそんなことを感じたことはなかったのに、今のブルにはB・Bの姿が大人の象徴に見えて、なんだか見てはいけないものを明らかにされてしまったような、そんな興奮があった。
ブルはロボットだったが、とても精巧にできていた。隅々まで生物と同じようにできていたし、取り立てて自分と他人の違いは(種族の違いによる見た目の違いを除いて)感じたりしなかった。周囲の人々も、ブルがロボットであることを忘れているようでさえある。それでも、ブルには今見たB・Bの姿は、自分とは全くの別物であるかのように見えた。
自分はどうしてしまったんだろうか。ブルは今までB・Bに対して、何か特別なことを思ったことは無かった。とっても仲良く遊んでくれるお兄ちゃんみたいな存在として、妹しかいないブルは頼りにしたり遊んだりしたことはあったが、ホントにそれだけだったのだ。
身体の向きを変えてみたり、枕に顔を突っ伏してみたりしてみたが、眠れそうになかった。目を閉じると、今さっき見たB・Bのことを思い出してしまうのだ。

B・B「眠れないのか?」

ふと聞こえた低い声に、今まで瞼から離れなかった幻がふっと消えた。声の方へ向くと、窓から入ってくる薄明るい星の光がB・Bの顔の輪郭をぼんやりと映していた。

B・B「さっきから落ち着かないみたいだけど」

バファローブル「うん、ごめんね。なんだか、ドキドキして」

B・B「そっか、俺もだよ」

その言葉に少し驚く。もしかして、僕が何を考えているのか、B・Bにバレているのではないだろうか?

B・B「明日もブルと一緒にお客さんと逢えるって思うと、ワクワクするよ」

そういう意味か、と少しホッとする。

B・B「でもな、だからこそ今日はもう寝ないと。な?」

B・Bは腕を伸ばしてブルの頬を撫でる。先ほどまでなら撫でられた嬉しさに心も落ち着いたのかもしれないが、今はB・Bに触れられた部分がなんだかゾクゾクとする。

B・B「しょうがないな、こっちおいで」

返事する間もなく、ブルは身体を引き寄せられた。B・Bはブルの横顔を自分の胸に当たるように抱き寄せて、頭を優しく撫でた。

B・B「心臓の音って心が落ち着く効果があるんだってさ」

確かに、ブルにはB・Bの鼓動がよく聞こえており、それはとても心地よいものだった。しかしながら、B・Bの胸板に頭を押し付けているという状況に、ブルの心臓はかえって早く打つようになっていた。

ふかふかとした獣毛が淡く頬に触れ、がっしりとした筋肉が頭に押し付けられる。その二つの感覚と共に、B・Bの熱がより伝わってくるような気がした。しばらくの間無言でB・Bを感じていたブルは、ふと思い立ったように口を開いた。

バファローブル「B・Bって、硬いのにやわらかい」

B・B「え?どういう意味だい」

バファローブル「んーと……マーくんのお腹はやわらかくてぷよぷよして気持ちいいけど、B・Bはぷよぷよしてないのにふわふわ。ってこと」

B・Bはその言葉を聞くとぷっと吹き出した。

B・B「そりゃそうさ。毎日鍛えてるからね」

バファローブル「そっか。でも、B・Bもさわってみると気持ちいいよ」

B・B「ふふっ。もっと触ってみてもいいよ」

ほんとに?と顔を離して尋ねる。暗闇に目が慣れてきたのか、おぼろげながら微笑んでるB・Bが見えた。布団をはいで、ブルはそっと手をB・Bの胸元へ伸ばしてみた。指がB・Bの短い毛足に沈み込む。その先に、B・Bをいつも躍動させている筋肉が感じられるような気がした。
厚い胸板に手の平を重ねてみると、指先がB・Bの鼓動を捉える。それは本当にわずかな震えであったが、ブルにはまるで心臓ごとB・Bを掴んでいるように感じられた。獣毛に隠された筋肉の形を確かめるように、ブルは手をゆっくりと滑らせた。鍛えられた胸筋が逞しく盛り上がっているのがよくわかる。

B・Bの胸の先にブルの指が触れる。その瞬間、B・Bはスッと息を呑んだ。胸に触れていたブルにも感づかれないほどの、かすかな呼吸の乱れ。しかし、B・Bは自分の顔に熱が集まり、少しずつ身体が変化をしていることに気がついていた。

ブルはB・Bの様子には気付かず、手を腹へと進ませていた。普段獣毛に隠れていると全くわからなかったが、腹筋が割れているのがわかる。いつか通りがかった選手たちのロッカールームで見た、筋肉質な選手の腹がちょうど同じように割れているのを思い出していた。ブルはそれを一つ一つ確かめるように、割れている線を縦に横になぞってみる。味わうように指で撫でながら手を下腹の方へ進ませると、不意にブルの腕に何か熱いモノが触れた。

B・B「あっ……」

B・Bは慌てて股間に手をやった。その様子を見て、ブルも自分が何に触れたのかに勘付いた。

B・B「手に当たっちゃってたよな。ごめんな」

バファローブル「ねえ、今のって……」

B・B「ブルに触られてるとなんだかムズムズしちゃってさ。わかるだろ?」

B・Bの慌てっぷりも不思議だったが、それ以上に何を言われているのかブルにはわからなかった。さらに、さっき明るい時に見たB・Bのモノはだらりとやわらかく見えたのに、手に残る感触は硬く熱いものであったのが不思議であった。アレはなんだったのだろうか?そう考えはじめたとき、ブルはある違和感に気付いた。自分の股間のモノも、何故か硬く腫れ上がっていたのだ。

B・B「ごめんごめん。じゃ、今日はもう寝るか……」

バファローブル「ねえ、B・B」

取り繕うように布団をかぶろうとしたB・Bに、ブルは思い切って声をかける。

バファローブル「もしかして、B・Bの、その……お◯ん◯ん、硬くなってたの?」

B・B「……」

ブルの質問にB・Bは言葉を失う。暗闇の中、B・Bの表情がよく読み取れないブルはそのまま続ける。

バファローブル「あのね。僕の……お◯ん◯んも、なんか硬くなってるんだけど。これ、なに?」

B・B「なにって。……知らない、のか?」

バファローブル「うん。……ねえ、これどうしたら治るのかな?」

普段他の人とはお話したりしない、自身のモノについて口にするのは恥ずかしかった。しかし、今B・Bに聞きたい、と思う気持ちの方が恥ずかしさを上回った。その言葉を聞いたB・Bは一瞬の後、呼吸を整えるように息を吸った。

B・B「じゃあ、教えてやるよ」

そう言ってB・Bはベッドサイドの電気スタンドへ手を伸ばす。次の瞬間には雄茎を大きく勃起させた裸のB・Bと、持ち上がったズボンを手で押さえながら顔を真赤にしたブルが薄暗い照明に照らされていた。
二人は身体を起こし、横にならんであぐらをかく。脚の間からにょきりと屹立したB・Bの雄茎から、ブルは目を離せないでいた。

B・B「ほら、ブルも脱いで」

そう促されて、ブルもシャツとズボンを脱いだ。パンツを脱ぐのはさすがに恥ずかしかったが、心をきめてえいやと下ろす。布に押さえつけられていたブルの雄が、ピョコンと飛び出て腹を打った。

バファローブル「B・Bのって、すごく大きい……」

思わず自分のソレと見比べてしまう。ブルのモノは身体に合わせて小ぶりであり、ヘソまで届きそうなほどに大きく先端も黒々としたB・Bの雄とはまったく別のものに見えた。

B・B「ブルのも普段より大きくなってるだろ」

バファローブル「うん」

B・B「こういうの勃起っていうんだけど、興奮した時とか、気持ちよくなった時とか、あと朝起きるとこうなることがあるんだ」

ブルの手がムズムズして気持ちよくってこうなっちゃったよ、とB・Bは笑いながら言った。B・Bの雄茎を自分が大きくしたのだと思うと、何故だか胸がざわめくような興奮に襲われる。自分の雄茎に何かが集まっていくような感覚を覚えた。

B・B「で、こうなったら別に放っといてもいいんだけど、解消の方法もあるんだ」

バファローブル「どうやるの?」

B・B「まず、こうやって指で◯ん◯んを触ってみるんだ」

目を輝かせて聞き返したブルに、B・Bは雄茎に手で触れながら答えた。ブルもB・Bの真似をして、自身の雄に手を伸ばす。硬い自身を触ってみると、なんだか自分のものではないような不思議な感触がした。

B・B「どうだい?」

バファローブル「なんか、変な感じ」

B・B「ふふっ。色んな風に指で触ってみてごらん」

B・Bが指を滑らせて全体をやわやわと撫でるのを見て、ブルも同じように指を動かした。B・Bは親指の腹で亀頭のふちをなぞると、熱い息を吐き出した。同じことをしてもブルにはくすぐったいだけであったが、その指が先端の孔をこすった時、そこから電流が走ったかのような刺激を感じた。

バファローブル「ひゃっ」

B・B「ブルは先っぽが気持ちいいのかな?」

鋭く走る刺激に、ブルは思わず指を自身から離していた。この感覚が気持ちいいなのかはわからなかったが、もう一度味わいたいような興味と、それをすると自分が変になってしまうような恐ろしさを同時に感じていた。

B・B「ほら、俺とおんなじようにやってみて」

B・Bは親指で亀頭に触れ、残りの指を添えるようにして自身を握った。ブルも同じように雄茎を握ると、まだ先端に触れただけの親指からジュワジュワと熱が伝わってくるのを感じた。B・Bが軽くはじくように擦りはじめたので、それを真似してみる。一回ごとに電流が通り抜け、ビクンと雄茎を震わせる。その度にブルは小さく喘ぎを漏らした。

バファローブル「はぁ……はぁ……」

B・B「ブルの◯ん◯んもカチカチになったな」

刺激を与えている間にブルのソレは完全に屹立し、根本が痛くなるほどに上を向いて勃ちあがった。

バファローブル「うん……。ねぇ、これから、どうすればいいの?」

B・B「今みたく気持ちいいところを触ったり、こうやって扱いたりするんだ」

B・Bは自身を軽く握ると上下に動かし始めた。大きく屹立したソレは手からあふれるほどに大きく、全体に刺激を与えようと手が大きく上下に動いた。ブルも親指と人差し指で作ったわっかで自身をつまみ、B・Bの真似をして扱き出す。
幹がジンジンと痺れてくる。自身の内部で何かがくすぶっているような、今まで感じたことのない浮き上がるような衝動がブルの身体を満たしていく。息が荒くなり、動かし続けている腕が段々と痛くなってくる。それでも、自身への刺激を止めることができなかった。もっと欲しい、刺激が欲しいと自身の雄茎がねだっているようだった。まるで自分とは別の生き物のように思えるのに、そこから得た刺激は自分の脳に気持ちよさを与え続けていた。

B・B「はっ、ああっ……」

横から唸るように低い喘ぎが聴こえてくる。声の主であるB・Bに目を向けると、彼もまた自身を扱き上げ快楽を追っていた。トロリと半分だけ開けた目で少し先の方を力なく眺めながら、頬を赤くし荒く息を吐き出している。胸や腹の獣毛は汗でしっとりと濡れはじめ、ぼんやりとした照明の中動く筋肉のシルエットをさらに淫靡なものにしていた。
ブルにはB・Bの姿がたまらなく妖しく、この上なくいやらしく見えていた。じゃれているだけではわからなかった、B・Bの大人としての一面を垣間見ているようであった。ブルはいつの間にかB・Bをのぞき見ては、呼吸に上下する肩や時折動く喉仏、獣毛の上からでも確認できる筋肉の線に、なんだか昂りを感じるようになっていた。
B・Bはブルの視線には気付かずに、自らの快感にふけっていた。B・Bは雄茎を扱く手とは反対の手で、胸の突起を弄る。胸筋の線にそって手を添えながら敏感な部分を刺激すれば、限界はもうすぐであった。

B・B「あぁ……俺もうイきそうだ。ブルはどうだい」

唐突にB・Bが顔を上げて声をかける。B・Bと視線があっただけなのに、ブルはなんだか胸の奥がキュンとした気がした。

バファローブル「ん。なんか……ムズムズ、する」

B・B「こうやって、先の方、触ってみてごらん」

ブルは見よう見まねで、先の方を指で締め付けてみたり、強く扱いたりしてみる。すると奥から何かが吹き出そうとするものを、雄茎が勝手に締め付けられて抑えているような感覚がした。

バファローブル「びっ、B・B……なんか、なんか、出そうだよ」

B・B「いいよ。そのまま続けて」

何かが自身の中を上り詰めるようだ。B・Bの言葉通り手は動かし続けていた。何かを漏らしてしまうのではないかと必死に抑えようとものの、甘い痺れが角の先から尻尾の先まで全身を支配するようになると、いよいよその何かをこらえることができなくなる。

バファローブル「ふっ、ああっ。でちゃう……」

B・B「いいよ。ボクも、イく……ああっ」

二人とも手の動きを止めずに限界を迎える。B・Bの大きな雄茎がビクリと震え、ブルの雄も快感にひくつく。二人の先端から噴き出た欲望は、シーツの上に幾つも染みを作る。あらかた出し終えたB・Bが中に残る液を絞り出すように扱き、ブルもそれを真似した。先端の孔から漏れ出てきた白濁が、二人の雄茎をゆるやかに汚していった。

初めて経験する不思議な虚脱感の中、同じように惚けた顔をしているB・Bをぼんやりと眺めていた。B・Bはベッドサイドにあるティッシュ箱を手に取ると、それをブルへと渡す。何枚か手に取ったティッシュで身体についた液を拭き取りながら、自分はもしかして変なことをしてしまったのではないのかと不安に襲われた。

バファローブル「あの、ごめんなさい」

B・B「ん?何が」

バファローブル「その……なんか、変なことしちゃったよね。僕……」

口ごもるブルの頭をB・Bが優しく撫でる。

B・B「なんだ、気にするなよ。大人ならみんなすることだからな」

それに結局俺も気持ちよくなっちゃったしね、と付け足して微笑むB・Bに、ブルもつられて笑みがこぼれる。

B・B「気持ちよかったろ?」

バファローブル「うん」

B・B「今出したのは精液って言って、赤ちゃんのモトになるんだけど……ブルのはどうなんだろうな?」

確かにブルはロボットであるため赤ちゃんは作れない、はずだ。

B・B「で、これを自分で出すことをオ◯ニーっていうんだけど……ふあぁ」

B・Bは喋りながら大きくアクビをした。気がつくと夜もすっかり遅い時間になっている。

B・B「ま、詳しくはまた今度教えてやるよ。気持ちよかったんなら、また自分でもやってみればいいよ」

でも他の人にはナイショだぞ。と付け加えると、B・Bはもう一度アクビする。

B・B「……じゃ、今晩はこれくらいにしてもう寝よう。すっかり遅くなっちまった」

バファローブル「うん、そうだね」

B・B「電気消すぞ。……今度こそお休み」

ベッドサイドのスタンドの明かりを消し、再び布団に入る。射精後の疲労感からか、布団をかぶってすぐB・Bは寝息を立て始めた。

すやすやと寝息が聴こえてくるなか、ブルはまだ眠れずにいた。先ほど出したばかりだというのに、ブルの中心は痛いほどに硬く勃起していたのだ。頭の中で先ほどのB・Bの姿が何度もフラッシュバックする。

バファローブル「ふあっ……」

手を下に伸ばし、再び自身を掴んだ。射精後に敏感になった雄茎は、ただ触れただけでしゃくり上げる。優しく撫でるように触れ、再び指でわっかをつくり雄茎を扱き出す。

バファローブル「はぁっ、ああ、B・B……」

自身に刺激を与えながら、思い出すのは先ほどのB・Bの姿だ。眼に残るB・Bの快感を追い求める姿、肌で感じた熱、聴こえてきた喘ぎ声、吐息。自分が覚えている全ての情報をあわせて、先ほどのB・Bを思い出す。すると、なんだか雄茎がさらに大きくなった気がした。

バファローブル「ねえ、B・B。また……」

その先の言葉を頭の中でそっと呟きながら、更なる快感を追ってブルは自身を扱き続けた。


お し ま い

第17章「俺もやる!」
~ レオとB・Bとハリーホークの話 ~


ハリーホーク「あ! れぇおー…うぅ……」

ボスンッ、情けない声とともに首の後ろに重みがかかる。同時に、がっしりと腹に回された腕を軽くたたき、レオは一つ息を吐いた。

レオ「おい廊下だぞ、いくら人目が無いからってコレは止めとけ。な、ハリー?」

振り向こうと軽く首を回せば、襟足に顔を埋める金髪の彼はイヤイヤと子供のように首を振った。もちろんレオ自慢の(本人は自慢してはいないが)白くふわりとした髪に顔を埋めたままで。
仕方ない、とレオはハリーをくっつけたまま移動する。近くの控え室の扉を軽くノックし中へ入れば、都合よく誰も居なかったことに軽く安堵して。そのままソファーに並んで腰掛けた。

こんな状態を誰かに見られたら面倒なことになるのが分かり切っている。特にハリーにベタ惚れしてるくせに自分は好き勝手やってるモヒカンのヤツとか、色々な意味で遠慮したい。 まぁ、何もやましいことはないのだから、説明すればいいのだろうが……。

レオ「……ハリー、まだか?」

ハリーホーク「うぅ~ん、もうちょっと……だめ?」

レオ「いいけど、さ」

ハリーが浮上するまでやることも特に無いので、ぐりぐりと押し付けてくる頭を撫でてみた。ぴくり、と肩が小さく揺れる。顔は埋められたままで表情はわからないが、もっと、と催促するように手のひらに頭が押し付けられてきて。
それに吹き出せば、腰に回された腕に力を込められて更に笑いがこぼれる。

ハリーホーク「ハハハっわるいわるい」

ぽんぽんっと相変わらずさらさらな金髪を撫でながら、ゆったりとした時間に身を任せたのだった。

頭を撫でながら、時折くるくると金糸を指に巻き付けたり梳いたりして、レオは時間を潰していた。

レオ「なぁ、どっちかっていうと、俺の方が慰められる側なんじゃないのか?」

ハリーホーク「…うん?」

レオ「……成績的に」

ハリーホーク「!? うぅ……ごめん」

レオ「ふふっ、いや謝らなくていいけどな」

ハリーホーク「……うん」

レオ「お前は溜め込み過ぎだな。こうなる前にどっかに吐き出せって言っただろ」

ハリーホーク「…そう思っていたが、なぜかこうなっちまったんだ」

レオ「ま、今年は色々あったしな。精神的にキツかっただろうし、仕方ないか」

ハリーホーク「ん、気付いたらレオのふわふわを求めてました!」

レオ「ハハハッ威張るなよ」

さらにグイグイと額を押し付けてくるハリーにレオは笑いながら頭をぺしぺしと叩いた。「ぷはぁっ」
気が済んだのかハリーは顔を上げた。まだ腕は腰に巻き付いたままだが。その顔を見て、レオは遠慮なく笑った。

レオ「ははっ、お前、鼻が真っ赤だぞ。髪もぐしゃぐしゃだし、ククッ。身体はでかくなってもガキのまんまだなぁ」

ハリーホーク「ん? そんなことないよ、レオの前くらいだろ…」

む、と口を尖らせまた髪に顔を埋めるハリーにレオは苦笑を浮かべた。
昔からレオの髪がお気に入りらしく、極度に疲れたり弱ったりしたときは、こうしてくっついて来ることがあった。ライナは頬笑ましく見ていたが、ハーキュリーは何とも言えない表情を浮かべて二人を見ていて。レオは今と同じく苦笑を浮かべていたのだった。

昔のことを思い出し懐かしさも感じつつ、レオはまた頭を撫でようと手を動かした。
そのとき、唐突に控え室のドアが開かれる。

レオは中途半端に手を上げたまま入ってきた相手を認識し、内心ため息を吐いた。しかし、そのままハリーの頭に手を置いて、ゆっくりと撫でる。もちろん、入ってきた相手に視線を合わせたままで。

B・B「……なにしてるんすか?」

入り口で固まっていた人物は何故か敬語で尋ねてきた。 
レオは口角を上げ、

レオ「ごらんの通り、だけど?」

と答える。それに、あからさまにムッとしたモヒカンの顔を見て、レオは堪え切れずに吹き出した。

レオ「俺は頭を撫でてるな、ハリーは…え~と、見ての通りだ」

B・B「何だそれ!見ての通りって、ハリーはなんでレオにくっついてんだよ! 俺にはしてこないのに! ずりぃ!」

ハリーホーク「…う~ん、もぉ、うるさいなぁ……。B・B? 邪魔しないでくれ」

もぞり、と顔を覗かせハリーは入り口を睨んだ。

B・B「え、ごめっ・・・って、いや、あのハリー?」

珍しいハリーの態度に、B・Bは思わず謝ってから恐る恐る近づいてきた。

B・B「…なぁ、ハリー、さん?」

ハリーホーク「……ぅん、もうちょっとだ、待ってくれ…」

そう言ってグイグイ顔を埋めるハリーに、B・Bは「…はい」と向かいのソファーへ身を沈めたのだった。

もふもふもふもふ、サラサラなでなで。
目の前で繰り広げられる何とも言い難い光景を、B・Bはただただ眺めていたが、数分たっても終わらないそれに恐々と声を掛けてみた。

B・B「…レオ?」

レオ「なんだ?」

返事があったことにホッとしつつ続けた。

B・B「ハリーはどうしたんだ? その、ていうかお前も」

それに、フッと笑みを乗せレオは答える。

レオ「昔からさ、ハリーの奴、いっぱいいっぱいになると俺にくっついてくるんだよな。特に髪がお気に入りらしい」

B・B「…昔から」

そのとき、気が済んだのかハリーは顔を上げB・Bと目を合わせてきた。

ハリーホーク「…やらせんよ」

「…え!?」

じとり、と睨まれBBは顔が引きつる。ぴょこん、とハネたハリーの前髪をレオが戻してるのに突っ込みを入れることもできず、じっとハリーを見返していた。

ハリーホーク「レオのふわふわは俺のものだ。B・Bはしちゃいかん!」

B・B「…あ、そっち?」

ハリーホーク「? そっちって?」

B・B「いやいや、それより俺にはくっついてくれねぇの?」

ハリーホーク「……なんでB・Bにしなくちゃいかんのだ?」

B・B「なんでって…」

仮にも恋人だよな、などぶつぶつ言っているモヒカンにレオは冷めた目で尋ねた。

レオ「B・B、用事があったんじゃないのか?」

ハッと顔を上げ、B・Bはハリーへ高々と告げた。

B・B「CSお前に勝って俺が日本シリーズ行ってやる!!」

ビシッと指差され、ハリーの目がキラリと光った。そして、ゆっくりレオから体を離し、B・Bに向き合う。

ハリーホーク「CS勝つのは我々だ。CS勝って、日本シリーズも勝って、絶対日本一になってやるっ!」

お互いにギラギラとした笑みを浮かべ、身体には闘いの気が満ちていた。
それを見て、レオはポンッとハリーの肩を叩き部屋を後にする。その背中をハリーの声が追った。

ハリーホーク「ありがとう、レオ!!」

ひらひらと手を振りレオは出ていった。
もちろんB・Bには、そのやり取りが面白いわけもなく。眉間にしわを寄せ、ハリーに言い放った。

B・B「…俺が勝ったら、思いっきりハリーの尻尾をもふもふしてやるからなっ!」

ハリーホーク「は? なに言ってるんだ?」

B・B「そして、ハリーには俺のモヒカンもふもふしてもらう! いいなっ!?」

ハリーホーク「え、なにを…」

覚悟しとけ! と言い残しB・Bは走り出ていった。


ハリーホーク「…そんなレオにもふもふしたかったのかな?」 

ハリーは首をかしげながら控え室を後にしたのだった。
もふもふのかかったCSの行方や如何に!
熱い闘いの火蓋が切って落とされる。


お し ま い

第18章「春の便りは玉筋魚とともに」
~ トラッキーとB・Bの話 ~


トラッキー「こんにちは、B・B」

B・B「久しぶりだねトラッキー。まぁ上がりなよ」

札幌某所のB・Bの家にて、B・Bはトラッキーの訪問を受けていた。トラッキーはお忍びで北海道を訪問していたが、人好きのする笑顔で礼儀正しく挨拶し、そして手には大きな紙袋を持っていた。

トラッキー「おおきに。今日は手土産があるねん」

トラッキーは二カッと笑って、手に持っていた袋を玄関先に置いて中身を一つ一つ取り出し始めた。B・Bが見てみると、それは茶色に光る小魚の佃煮と思われるものが、いくつかの小袋に分けて入れられていた。

B・B「佃煮のようだね?何の魚だい?」

B・Bが尋ねると、トラッキーは待ってましたと言わんばかりの表情で説明を始めた。

トラッキー「これは『いかなごの釘煮』といって、関西の郷土料理やねん。毎年春先になるといかなご漁が解禁になるねんけど、家庭でいかなごを炊くのが関西の春の風物詩や。酒のつまみにしてもええけど、ご飯のお伴にすると最高に美味い。良ければ食べてや」

B・B「へぇ。関西にはそんな風習があるんだね」

トラッキー「いかなごは関西では『新子(しんこ)』とも呼ぶんやけど、聞くところによると北海道では『オオナゴ』と呼ばれているらしいな」

B・B「あぁ、オオナゴね。なるほど、これはオオナゴの稚魚というわけか」

B・Bが納得すると、トラッキーはニコニコと笑いながら小袋の一つを手に取った。

トラッキー「毎年いかなごの釘煮が出回ると春が来たって実感するねん。この釘煮はラッキーとベルが作ってくれたんやけど、あいつらの作る釘煮はむちゃくちゃ美味い」

B・B「へぇ、ラッキーちゃんとベルちゃんが作ったのか」

B・Bは大きな鍋でいかなごを炊くエプロン姿のラッキーとバファローベルを想像し、微笑ましさに思わず頬が緩む。

トラッキー「ラッキーとベルが大量に作ってくれたから、わしとブルで各球団のマスコット連中に分担して配っているところやねん。本来ならオープン戦の間に配りたいところやけど、わしの所もブルの所もB・Bの所とは対戦機会がないやん?だからわしが関西2球団を代表して北海道に来たというわけや」

オープン戦で会う機会があったドアラやスターマンは凄く珍しがってくれてな、とトラッキーが言うと、B・Bもその時の様子を想像して微笑した。B・B自身、いかなごの釘煮など今まで見たことも聞いたこともなかったのだ。ドアラやスターマンも、きっと今のB・Bと似たような反応をしたのだろう。関西では春の風物詩でも、それ以外の地域ではほとんど馴染みがないと言って良い。

B・B「そういえばトラッキーやブルの所とは対戦機会がないね。それなのに、わざわざ珍しいものを持ってきてくれてありがとうトラッキー。ポリーと一緒に頂くね」

確かにオープン戦は公式戦と違い、均等に対戦しなければならないものでもない。今年のオープン戦はどういう訳か関西2球団との対戦機会がなく、特にリーグを異にするトラッキーの球団の対戦は交流戦までないだろう。B・Bはわざわざお忍びで北海道まで来てくれたトラッキーの心遣いが嬉しかった。

B・B「ではお礼に今度の交流戦にでも、北海道の美味しいものを持っていくから楽しみにしててね」

B・Bがそう言うと、トラッキーは嬉しそうに笑った。

トラッキー「期待しててええんかB・B?北海道は美味いものが多いからなぁ」

頷いたB・Bに、トラッキーは「では交流戦で会おうな」と笑顔で手を振った。


お し ま い

第19章「熱戦は台風のあとで」
~ ネッピーとリプシーの話 ~


久しぶりに訪れた大阪は、すっかり秋の景色になっていた。前日夜の大雨のせいか快晴とまでは言えないが、それでも今日の試合はさすがに雨天中止にはならないだろう。

オリックス・バファローズ対北海道日本ハムファイターズのパリーグ・クライマックスシリーズ・ファーストステージ観戦のため大阪を訪れたネッピーとリプシーは、バファローブル・バファローベル兄妹とハカセたちの歓待を受けた。オリックスがクライマックスシリーズに進出したのは2008年以来6年ぶりだ。
久々に訪れた京セラドーム大阪では、台風19号の影響により試合開催も危ぶまれたにもかかわらずチームもファンもハイテンションになっていた。マスコットであるブルやベルたちも例外ではなかった。ネッピーとリプシーはオリックス・ブルーウェーブ時代から何度も優勝を経験しているしクライマックスシリーズも出場したこともあるが、2011年に初出場したブルやベルたちにとって優勝争いはもちろんクライマックスシリーズさえ今シーズンが初めての体験だ。興奮するなという方が無理だろう。初々しくはしゃぐブルとベルを見て、ネッピーとリプシーは自分たちにもこんな時代があったなぁと、まるで子供や孫を見るような思いで目を細めた。二人は勝手知ったる大阪ミナミを観光した後、京セラドーム大阪で野球観戦することにした。
2010年シーズンを最後にマスコットを引退した後、ネッピーもリプシーも野球場を訪れる機会は引退前と比べて減った。ネッピーは過去すなわち2011年と2013年の復刻試合でマスコットとして限定復帰しているが、今回彼とリプシーが大阪を訪れたのは単なる観光客としてだった。二人の服装もかつてのユニフォームではなくスタジャンにジーパンと、至って普通のものだった。従って、大阪ミナミの繁華街で互いに腕を組んで買い物に興じる彼らの姿は、周囲にいた大勢の観光客と比較してもあまり違和感がなかった。事情を知らない観光客が彼らを見れば、どこにでもいるイマドキの学生カップルに見えたかも知れない。

夕方になって彼らは、大阪市営地下鉄に乗って京セラドーム大阪に移動した。ここ数日は台風の影響で悪天候が続き、この日の試合も台風によって一日延期になった末の開催だった。目的地であるドーム前千代崎駅に近づくと野球の雰囲気が濃くなり、オリックスと日本ハム、両チームのファンの興奮と緊張がこれでもかというほど伝わってくる。
今年のクライマックスシリーズ・ファーストステージは2勝勝ち抜け方式で、これまでの対戦成績は共に1勝1敗だった。従って、この試合に勝った方がクライマックス・ファイナルステージに進出して福岡ソフトバンクホークスと対戦することになっていた。即ち、勝っても負けてもこの試合で決着が付く──勝てばファイナルステージ進出が決まるし、負ければこの試合が今季最終戦となるのだ。

ネッピー「リプシー。投手戦と乱打戦、どちらが面白いと思う?」

試合開始前、両チームの選手たちの練習を見ながらネッピーは言った。ネッピーはドーム2階のオフィシャルグッズショップで応援用タオルを2枚購入して、リプシーと並んで着席していた。その姿はそこらにいる若い野球好きカップルと大して変わらない。

リプシー「そうねぇ…どちらもそれぞれ面白いと思うわ。でも一番面白いのは8対7ぐらいの逆転勝ちだと、どこかで聞いたことはあるわね」

ネッピー「いわゆる『ルーズヴェルト・ゲーム』だね」

ネッピーはそう言って穏やかに微笑し、リプシーにタオルを1枚差し出した。

ネッピー「確かに乱打戦も面白いよ。でも僕は、1点を争う緊迫した投手戦の方が好きだな。特に両軍ゼロ点行進のまま延長戦に入って、どちらか1点を取った方が勝ちって言う感じの、サドンデスみたいな展開なら痺れるね」

二人が他愛もない野球談議をしているうちに、試合が始まった。

今年、森脇監督率いるオリックス・バファローズは強かった。今シーズン前の下馬評は決して高いものではなく、ほとんどの予想者たちがBクラスに終わるだろうと予想していたらしいが、いざ開幕してみると投打が上手く噛み合い、勝負強さを発揮した試合も多かった。投手陣では金子千尋・西勇輝・平野佳寿ら若手投手たちが充実し、打撃面でも糸井嘉男・ペーニャ・T-岡田らを軸に上位・下位打線が上手く機能して攻撃のリズムを作ることができた。そして福岡ソフトバンクホークスとの壮絶な首位争いを演じた末に、最終的にはパリーグ2位でレギュラーシーズンを終え、2008年以来6年ぶりとなるクライマックスシリーズ進出を果たしたのだった。惜しくもレギュラーシーズン優勝を逃したとは言え、万年Bクラスと揶揄されてきたここ数年のチーム成績からすれば躍進したと言って良い。
レギュラーシーズン終盤でのソフトバンクとの熾烈な首位争いと、それに続くクライマックスシリーズは、ファンにとって興奮と緊張の日々だったであろうことは想像に難くない。応援のため球場に足を運んだファンの中には、緊張のあまり吐きそうになった者さえいたらしい。
そしてこの日の試合、クライマックスシリーズ・ファーストステージ第3戦は、延長戦までもつれ込む4時間超の大熱戦だった。両軍共になかなか点が入らず、1点を争う痺れるような試合展開だった。結局1対2で敗れはしたものの、監督も選手たちも持てる力を出し切って最後まで戦い抜いた。

試合終了後、ネッピーとリプシーはいまだ興奮冷めやらぬ観客の人波に揉まれながらドーム球場を後にした。外はすっかり真夜中になっていた。球場に入ったのは日没前だったから、まるで数時間タイムスリップしたかような感覚に襲われる。

リプシー「敗けちゃったけど、良い試合だったわね」

リプシーはネッピーと手を繋いで歩きながら言った。先ほどまでの試合の雰囲気がそうさせたのか、顔が赤く上気している。ネッピーは「そうだね」と頷いた。
勝者となった日本ハムは、明日から行われるクライマックスシリーズ・ファイナルステージでソフトバンクと対戦し、そこで勝ったチームがセリーグの覇者──読売ジャイアンツと阪神タイガースのどちらか──と日本シリーズで対戦するだろう。そしてオリックス・バファローズの来シーズンは今日から始まるのだ。

ネッピー「バファローズは変わった。明らかに勝負強くなったし、チームの雰囲気も良くなっていた」

リプシー「次こそ優勝するかしら?」

リプシーの問いに、ネッピーは穏やかな、しかししっかりした口調で答えた。

ネッピー「優勝するさ、必ず」

そしてネッピーはリプシーの肩を抱き、寄り添って駅に向かって歩いていった。ありきたりの若い恋人か新婚夫婦がそうするように。


お し ま い

第20章「時には起こせよムーヴメント」
~ カラスコとゴールデンドアラとブラックホッシーとゴーヤの話 ~


そうか、自分じゃ気付けなかったけれど。
無駄なものを背負っていたのか。

ゴーヤ「さ、今日は無礼講や!ぱーっといきましょ、ぱーっと!」

底抜けに明るい声を上げて、緑のもこもこ…いや、ぶつぶつだろうか?とにかく、そういった人物が、手にしたコップを高く掲げた。それに応じるように、同じくコップを持った三本の手がすっと上がった。どのコップにも、酒がなみなみと入っている。
それを一気に飲み干した緑色のバッファローズのマスコットのゴーヤが、見るからに幸せそうな表情になる。

ブラックホッシー「おいおい、ゴーヤ。今日は俺たちのお疲れさん会じゃなかったのか?」

そう突っ込むのは、ブラックホッシーだ。どうでもいいが、目が充血して真っ赤なのは相変わらずだ。

ゴールデンドアラ「まあまあ、ここまで企画と準備を進めてくれたんだから、ゴーヤは功労賞だよ」

柔和な口調で話すのは、ど派手な頭のゴールデンドアラだ。彼の言葉に気をよくしたゴーヤは、そうやそうやと、コップに酒を注ぎ足して再び一気にあおる。一応、酒だけではなく、山芋の鉄板焼きやもろきゅう、焼鶏、から揚げなど、居酒屋定番のメニューも所狭しと並べてあるが、それらよりも酒の減りが断然早かった。

賑やかしいゴーヤを横目に淡々と酒を飲んでいるのは、世間では暴れん坊で知られるカラスコである。もっとも今は、その異名を感じさせない静けさでコップを傾けているだけだった。
この総勢四名は、鳥マスコット誘拐事件の後処理が済んだブラック、ゴールデン、カラスコの三人を労う為に、ゴーヤが開いたものだ。ゴーヤ自身はこの事件に関わりはなかったが、仲のいい仕事仲間の身に起きた事を心から案じていた。無事に全員が解放されて、胸を撫で下ろしたものだ。

ゴーヤ「しかし、ほんまに大変でしたなあ」

ゴールデンドアラ「まあね。でも本当に大変だったのは、攫われた鳥達だよ。特にカラスコ、最後まで大変だったね」

労わるようにゴールデンが言うと、カラスコの表情に影が落ちたように見えた。

カラスコ「俺よりも、ペンギン坊やが一番大変な思いをしている。…身体的にも、肉体的にも」

他にも、内臓を傷めたり頭を強打したマスコットがいた。加えて、ほぼ全員が精神的に参っていた。

カラスコ「それはそうだが、それは別にお前のせいではないだろう」

まあ、そう言ったって気にしちまうんだろうけどよ、とブラックは付け足した。

カラスコ「今は元気にやってるらしいから、それが救いだ」

ゴールデンドアラ「らしいね。後遺症が残らなくてよかったのは、不幸中の幸いだね」

ゴーヤ「まあ、野球チームのマスコットをしているお人は、殆ど全員が頑丈にできてますからなぁ」

ブラックホッシー「お前も大概頑丈だろうが」

それからしばらく、四人は黙って酒を飲んだり料理をつまんだりしていた。静かだが居心地は悪くなく、むしろほっとさえする。

本当に、ここ最近は息つく暇もない忙しさだったのだ。

ブラックホッシー「あー酒が美味い。なあ、折角時間もできたんだし、今度温泉にでも行かね?たまには温泉でゆっくり晩酌とかしてみたい」

ゴールデンドアラ「ブラックったら、忘れたの?明日から別件の調査をするって決めていたじゃない。温泉はそれが落ち着いてからだね」

ゴーヤ「いや~、でもそんなこと言うたら、きっとどこも行けまへんで。あんさんら、いつだってご多忙で…」

ゴールデンドアラ・ブラックホッシー「ダマレ」

ブラックとゴールデンの声がハモる。まるで掛け合いのような言葉も相変わらずだ。だが今日は、カラスコが全くと言っていいほど会話に加わろうとしなかった。ブラックは、しょうがないな、という表情になる。

ゴールデンドアラ「カラスコ、自分を責めても時間は戻らんぞ。起こった事はなかった事にはできない」

カラスコ「分かってる」

驚くほど静かな声だった。
分かっていても自分を責めずにいられないのは、クールに降りかかった出来事を、一番近くで目の当たりにしていたから。そして何もできずにいたから。彼に責任はないというのに。

ゴーヤ「あ~~~っ!もうっ!」

突如、大声を上げたのはゴーヤだった。彼は、何を思ったか、テーブルの上の料理を箸でつまみ上げ(偶然か必然か、それはゴーヤチャンプルーだった)カラスコの口に押し込んだ。

ゴーヤ「やめや!やめやめ!そんな辛気臭い雰囲気しょって飲む酒は不味いですさかい!大体、終わったことをそうやって引きずって、あんさんが守ろうとしたその子が喜ぶとでも思いますのか?」

ゴーヤにしては至極真っ当な事を言っている。等と、ブラックとゴールデンは失礼な事を考えてしまった。
そんな二人は放ったまま、ゴーヤは続ける。

ゴーヤ「生きてたんや。死なんかったんや。ちゃんと目を覚ましたんや。だったら、今度は土産でも持って会いに行きなはれ。その前に、酒飲んで飯食って、その辛気臭さを払ってからにしなはれ」

カラスコは大人しく…というか、呆気にとられて、ゴーヤの言う事を聞いていた。口一杯に広がるゴーヤチャンプルーの苦みと共に、ゆっくりと相手の言葉を噛みしめる。

”ーーひとりできおってんじゃないよ、ばからすこ”

あの言葉を思い出す。そして、自分はやっぱり馬鹿なままだったと思った。

カラスコ「…ゴールデン、ブラック」

ブラックホッシー「ん?」

ゴールデンドアラ「何だ?」

カラスコは顔を上げた。唇が僅かに笑みの形を作っていて、ようやく吹っ切れた様子だ。

カラスコ「明日、少しだけ時間をくれ。ちょっと千葉まで行ってくる」

二人は、笑ってOKを出した。

ゴーヤ「そうと決まれば、食べるで飲むで!明日の英気を養うんや!」

カラスコ「言われなくても!」

ゴールデンドアラ「合点だよ!」

ブラックホッシー「よっしゃー!」

その後は四人による、酒と料理の争奪戦だったそうな。


お し ま い

第21章「あなた」
~ ネッピーとリプシーの話 ~


私が、世界中の海を旅していたのは
きっと、貴方に出会う為。

秋の深まる十一月のある日、駅前のカフェでのんびりとお茶を楽しむリプシーの姿があった。いつものユニフォーム姿ではなく、デニムのロングスカートと白のトレーナーを合わせ、赤いチェックのコートを羽織っている。
野球はシーズンオフに入り、忙しかった日々も取り敢えず一区切りを迎えた。久し振りに纏まった休みをもらったリプシーとネッピーは、今日から福岡のハリーホーク達の所へ泊まりがけで遊びに行くことにしていた。
ネッピーとは十時に駅前で待ち合わせをしているのだが、現時刻は九時を少し過ぎたばかり。少々どころかかなり早く来てしまい、暇を持て余したリプシーはカフェで時間を潰すことにしたのだった。
ロイヤルミルクティーとキャラメルマフィンの甘い香りが、彼女の鼻孔をくすぐり、何とも幸せな気持ちにしてくれる。

リプシー(でもそれは、ネッピーが必ずここに来るって分かっているからよね)

誰かを待つ、というのはもどかしくて、待ち遠しくて、楽しい。父親たちと共に船に乗っていた頃は知らなかった事だ。
勿論、航海だって楽しかった。世界は広く、知らない事はそれこそ無限にあって、それらを一つ一つ知っていくことはとても新鮮でわくわくした。だから、ずっとそうやって、船で世界中を旅するものだと思っていた。

…けれど。

ネッピー「やあ、リプシー」

考え事に耽っている最中に声を掛けられたものだから、リプシーはびっくりした表情で相手の顔を見上げた。それは、十時に来る筈の彼女の待ち人。

リプシー「…ネッピー。思ったよりかなり早いわね」

ネッピー「うん。何だかわくわくしちゃって、つい早めに家を出ちゃったんだ。ほら、リプシーと一緒に旅行なんて、本当に久し振りだから」

でも君の方が早かったね、と言われて、リプシーは思わず頬を染めてしまう。実はリプシーも、同じ理由で早く来ていたからだ。それを見透かされないようにそっぽを向いて、つい素直じゃない言葉を口にしてしまう。

リプシー「も、もっとゆっくりでよかったのに。のんびりお茶している所だったんだから」

しかしそんな言葉にもネッピーは優しく微笑んで

ネッピー「では僕も、お茶にご一緒させてください、リプシー姫」

そんな風におどけて言うものだから、リプシーは思わず吹き出した。

リプシー「うむ、苦しゅうない」

つられて、おどけた返事をすると、ネッピーは嬉しそうに笑った。

ネッピー「じゃあ、何か買ってくるね。荷物、ここに置かせて」

ネッピーは黒のキャリーケースをテーブルに寄せて置くと、カウンターに向かった。その後ろ姿を見ながら、リプシーは複雑な思いを自覚する。

リプシー(いつも、そう)

彼は笑って、どんな時の彼女も受け入れる。リプシーにとってはそれが時折、不安にもなり苦しくもなる。自分が気丈であることは自覚していた。だから、本当は彼が自分に振り回されっ放しになっているのではないか等、つまらない事を色々と考えてしまうのだ。

ネッピー「おまたせ」

トレイにホットココアとアップルパイを乗せ、ネッピーが戻ってきた。

リプシー「おかえり」

ネッピーはリプシーの向かい側に座り、ココアを一口飲んで一息つくと、ニコッと微笑んだ。

ネッピー「たまにはこうして、ゆっくり過ごすのもいいね」

その言葉に、リプシーも心から同意する。

リプシー「そうね。最近はイベントも多くてずっと忙しかったから、こうして過ごせるのも久し振りね」

でもこれからオフシーズンだから、少しはゆっくりできるわと、リプシーは嬉しそうに話す。そんな彼女を、ネッピーはふと、じっと見つめた。
リプシーはネッピーの、澄んだ海の瞳に吸い込まれそうな錯覚に陥り、不意に胸が苦しくなった。

リプシー「なっ、何…?」

ネッピー「リプシー、大丈夫?疲れてない?最近、本当に忙しかったからね」

眠かったら、新幹線の中で寝てていいからね、と彼は心配げな表情で言う。リプシーは思わず、幸せな気持ちに満たされて泣きたくなった。

リプシー(ああ、もう本当に)

時折、自分に向けられる真剣な眼差し、青い瞳が愛しくてたまらない。

リプシー(彼という“海”を見つけてしまった。だから私は)

ネッピーと共に居る事を選んだ。

共に航海してきた家族や船乗りたちが、恋しい時もある。けれどそんな時は決まって、ネッピーが傍に居てくれるのだ。共に海の平安を祈り、リプシーの心に寄り添ってくれる。
だから、リプシーは幸せだった。

リプシー「ねえ、ネッピー」

ネッピー「ん?どうしたの?」

リプシーは満面の笑顔を浮かべて、自分の想いを素直に伝えた。

リプシー「いつもありがとう。大好きよ」

それは、とても気恥ずかしいものだったけれど、その不意打ちに対してネッピーはとても嬉しそうに微笑み、気負うことなく応えてくれる。
それが彼女にとって、何よりの贈り物。

リプシー「あなたと出会えて、私は幸せよ」


お し ま い

第22章「越えられない壁」
~ バファローベルとネッピーの話 ~


あなたが語る、ある選手の事。
とても楽しそうで、嬉しそうで、きらきらした瞳で語る姿は、まるで少年のようで。

そんなあなたと、同じように話したいと思った。
同じ時間を共有したいと、そう思った。

仕事がオフの日、バファローベルは一人で京セラドームに一番近い図書館に来ていた。初めて来たので、ちょっとドキドキしながら、目的の本がありそうな場所に目星を付ける。少し迷いながら歩を進めると、それっぽい本が纏まって並んでいるのを見つけた。

バファローベル「とりあえずは、こんな所かな」

三冊ほど取り出して、読書コーナーへ。腰を落ち着けたところで、まずは一番薄くて写真の多い本から開いた。
その瞬間、聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。

???「ベル?」

ベルは開いた本を瞬時に閉じて、声のした方を勢いよく見上げた。そこには長めの茶髪を一つに括った、どこにでもいそう男の人が立っていた。しかしその瞳は不思議な色の青をしている。水面のような、浅瀬のような、深淵のような、不思議な海のような色。

バファローベル「ね、ネッピーお兄さん!?」

周囲に人はいないものの、思わず声を潜めてしまう。ネッピーの見た目から、お忍びで来ている事は明白で、ベルもそれは同じだった。トレードマークのピンク色の髪と金色の二本の角は、大きめのキャスケットの下に隠れている。
もしベルの正体がばれたら、大騒ぎになってしまうだろう。

ネッピー「今日は薬草の本を読みに来たんだ。ベルは…勉強かな?」

手元の本に気付いたネッピーが、ふんわりと微笑む。ベルは、秘密事がばれた時のような恥ずかしさを感じ、何も言えなかった。

ネッピー「隣、いいかな?」

バファローベル「は、はいっ!」

ネッピーはベルの隣に座って、持っていた図鑑をめくりだした。ベルも気を取り直して、自分の手元に視線を戻す。

元オリックス選手のイチロー。本名、鈴木一郎。1973年10月22日生まれ。
日本のプロ野球界においては

ネッピー「ベル」

不意に声をかけられて、まるで眠りから覚めたばかりのような心地になる。実際、ベルは少しぼぅっとしていた。
ベルはネッピーの方を向くと、頬杖をつきながらこちらを見て、くすくすと笑っている。

ネッピー「全く頭に入っていないって顔をしているよ」

図星だった。
ベルは、自分の顔が赤くなっていくのが分かった。ふぅと溜息一つ、本を閉じる。
そんなベルに、ネッピーは優しく笑いかけてくれる。

ネッピー「ね、ちょっと外を散歩しない?今日はいい天気だし」

誘われるままに、ベルは席を立った。

図書館の近くにある散歩道も、平日の為か人が少なくて、ベルたちがのんびり歩くにはうってつけだった。
二人で並んで歩きながら、ベルはぽつぽつと図書館にいた理由を話しだしていた。

バファローベル「私、お兄さんがイチロー選手の話をしてくれる内に、もっと彼の事を知りたいと思うようになったんです」

イチローの事を素晴らしいと褒め称え、彼の事をもっといろんな人に知ってほしいと思うネッピーは、凄く生き生きとしていた。いつも物静かで穏やかなネッピーが、そんな風に話す相手を、ベルももっと知りたいと思うようになった。
しかしベルはネッピーと違ってイチローと会ったことがない。ベルが兄のバファローブルと共に八カセに造られた時、彼は既にアメリカにいた。
自分なりに学ぼうと思って図書館へ来たのはよかったが、本の内容はちっとも頭に入ってこない。このままでは、ベルにとってイチローはいつまでたっても遠い存在のままなのだ。
しかしネッピーは、何だか少し嬉しそうな表情をしていた。

ネッピー「そっか。ベルはベルなりに、彼の事を知ろうとしていたんだね」

えらいえらい、と子どもに対するように頭を撫でられて、何だかちょっと面映い。

ネッピー「本から知ろうとするのもいいけど、やっぱり実際に試合中の彼を見た方が分かりやすいんじゃないかな。ね、よかったら来月、一緒に彼の試合を見に行こうよ」

一緒に、という言葉に、ベルの期待がほんの少し高まるが

ネッピー「リプシーとブルも誘って、皆で一緒に」

ベルは「まあ、そうよね」と残念な気持ちは心にしまって鍵を付ける。そこではた、ともう一つの事に気付く。
彼の試合を見に行く、という事は。つまりはアメリカに行くという事で。
しかし他国のしかも野球チケットなんて簡単に入手できるものなのだろうか。
疑問を口にすべきかどうか迷っていると、ネッピーの方から説明してくれた。

ネッピー「僕、イチローとはラインでたまにやり取りをしているんだ。そっちに行くって言ったら、多分チケットは人数分送ってくれると思う。まあ、交通費は自腹だけどね」

まあ、扉を使うという手もあるけどと笑うネッピーに、ベルは嘆息するしかない。
彼を直に見ることで、ベルはきっと今よりは彼の事を知る事が出来るのだろう。しかし当然ながら、ネッピーの気持ちに追いつく事は、まだできない。年季が違いすぎる。それは大きく高く、越えられない壁のように、ベルとネッピーを隔てている。

バファローベル(いつかその壁を乗り越えて、お兄さんの隣であの選手の事を一緒に話せたら。そうやって時間を共有出来たら、きっととても素敵だわ)

バファローベル「ネッピーお兄さん、約束ですよ!四人でアメリカで野球観戦!」

ネッピー「うん、勿論!楽しみだね」

とても楽しそうで、嬉しそうで、きらきらした瞳で語る姿は、まるで少年のような。

バファローベル「そんなお兄さんの隣で、いつか二人だけの時間を共有できますように」


お し ま い

第23章「気に入らない関係」
~ ジャビットとトラッキーの話 ~


トラッキー「おっ、ジャバ。久しぶりやな」

ジャビィ「ようジャバ。今日は早いんだな」

都の球場の一角にある、マスコット用の控え室。その扉を開けたジャバは、思いがけず二つの声に出迎えられた。
 そこにいたのはジャバの兄であり一家の長男のジャビィ。そして西の球団のマスコットであるトラッキーだ。

ジャバ「よう。……来るの今日だったか」

トラッキー「せやで。今日明日とよろしゅう頼んますわ」

人好きのする性格そのままの笑顔を向けられれば、ジャバも悪い気はしなかった。おう、と短く返事をすると、トラッキーはジャビィに向き直り今までしていた話の続きをし始めたようだった。
伝統の一戦とも呼ばれる両球団の試合が開かれる時、ときたまマスコットもチームに帯同して互いの本拠地球場を訪れることがあった。まさに今日がその日であり、黄色い虎の彼はここ都の球場までやって来たという訳であった。
それにしても、試合まではまだまだ時間がある。ジャバも気まぐれにこんな時間に来てはいたが、普段であればまだ誰も控え室に来ていない時間だった。そんな時間にジャビィとトラッキーが揃って部屋にいたということに、ジャバは違和感を覚えていた。

ジャバは試合がある日はいつもそうするように、床に座りストレッチをはじめた。パフォーマンスとしてアクロバットもこなすので、これはいつものことだった。時間はたっぷりあるので今すぐに始める必要もなかったのだが、なんとなくジャビィとトラッキーの会話に入る気になれなかった。
そう、ジャビィとトラッキーの間に、なんとなく割り込めない空気をジャバは感じていた。二人の会話に聞き耳を立ててみても、野球のことだとか、最近の流行についてだとか、内容は取り立てて変わっている訳ではなかったのだが。
二人は会話に混じらないジャバのことを、あまり気にかけてはいないようだった。そんな二人の様子を横目で伺いながら、ジャバはストレッチを続ける。
ジャビィとトラッキーは直角に置いた革張りのソファに腰をかけていた。テーブルに置かれた飲み物と食べかけの菓子--普段控え室に置いてある駄菓子ではなく、ご大層な茶菓子だ--を見るに、二人はしばらく前からこうして話を続けているようだった。ひょっとして二人で会う約束でもしてたのか?と妙な勘ぐりを働かせる。
そういえばジャビィは昨日からそわそわとして、部屋を掃除したりカレンダーを見返したりと落ち着かない様子だった。と言うことは、前々から約束していたのだろう。しかし、今のところしているのはただの雑談で、約束を取り付けてまでする話には思えなかった。

改めて二人の方を横目で見やる。ジャビィが視界に入った瞬間、ジャバはギョっとして漏れそうになる驚きの声を、なんとか収めなければならなくなった。ジャバと瓜二つの姿をした兄、オレンジの被毛に大きく飛び出た耳、どっしりとした野球体型のジャビィは、その顔に似合わず無邪気な瞳でトラッキーを見つめていた。それはジャバにも弟妹にも、他の誰に対しても見せたことのない純粋さをはらんでいるように見えた。
自分と同じ顔がそんな表情を見せているのが気色悪かった。ジャバはそんな瞳で他人を見つめたことは勿論無かったが、自分に経験はなくとも、それがどういう意味を持った視線なのかは理解できた。つまりは、友情以上のある種の好意なのだろう。
そう結論づけた上で今度はトラッキーを見てやる。憎めないその笑顔は、ジャバと話すときもなんら変わらない。ただ、やはりその瞳には熱い情感が込められているようだった。
二人はまだとりとめもない雑談を続けていた。トラッキーが手振りを交えて面白おかしく話をし、ジャビィがそれを微笑んで聞いている。まったく胸くそ悪いほどに仲のよいカップルだったが、それでもまだ違和感は拭えなかった。

二人は好き勝手に熱い視線を相手に向けており、その視線は交わることがなかった。正確に言えば一度だけ視線がぶつかり合ったのだが、すぐになんだか気まずそうに二人は視線をずらしたのだった。

端から見てもわかるほどに、二人は好き合っているようだった。そうであるのに、それを互いに確認したことは無いようだ。そう結論づけたジャバは、二人に対して憐憫の情さえ抱いた。何が理由かは知らないが、二人はちらちらと相手を見つめることだけで満足しているのだ。初めて恋のトキメキを知った、中学生カップルのような仲睦まじさで。

ジャバにはそれが気に入らなかった。

相手を自分のモノにする訳でも無しに、未練がましい感情を抱き続けるというのが理解できなかった。それに通じ合っていないにしろ、二人だけの秘密のようなものを目の前でちらつかされるのも、ジャバの気に障った。

 唐突に開いた扉の音に、二人の会話は中断された。

ツッピー「あっ、トラのおいちゃんだ!」

チャピー「こんにちは、おいちゃん!」

トラッキー「おいちゃんって、まだそんな歳とちゃうわ!」

どやどやと入って来た三人の弟妹により、トラッキーとジャビィの会話は寸断されたようだった。それからしばらく皆で話をしている時は、二人ともあの意味深な視線を飛ばすことはなかった。

試合後、とあるホテルの廊下を二人の男が歩いていた。勝手知ったる我が家のようにのしのしと歩くジャバと、その後ろを恐縮しきりの様子で追うトラッキーが対照的に見えた。二人ともユニフォームのままだったが、トラッキーはこの服では場違いだと言わんばかりの表情で、脱いだ帽子を手でぎゅっと握っていた。

トラッキー「ジャバ。なんでこんなとこ来たんや?」

ジャバ「邪魔が入らないほうがいいだろ?」

ホテルの部屋なら誰も来ないからなと、さも当然と言わんばかりの口調でジャバは続けた。トラッキーはあまり納得はできないようだったが、それきり何も言わなかった。

たまにはサシで飲まないかと誘ったのはジャバだった。トラッキーは「そんなこと言うなんて珍しなあ」なんて言いながらも、二つ返事でそれに了承したのだった。
もしかしたらトラッキーには先約があるかとも思ったが、残念ながらジャビィにはそれほどの甲斐性は無かったようだ。ジャビィはトラッキーとの関係を単なる茶飲み友達で終わらせるつもりなのだろうか。
なんて不憫なんだとは思うが、だからと言ってアドバイスしようだとか、ましてや二人の恋のキューピッドになろうだとか、そういう殊勝なことを考えていた訳ではなかった。ただ、ジャバの心に芽生えた妙な感情、あえて言うならイタズラ心が、手癖の悪さを発揮したのだった。

ジャバ「ほら、ここだよ」

ある一室の前で立ち止まる。カードキーを挿して扉をあけ、その部屋にトラッキーを招き入れた。

トラッキー「ジャバ!この部屋なんなんや!」

シャワーを浴びたジャバが部屋に戻ると、そこにはウサギのように震えるトラッキーがいた。瞳を潤ませてバスローブの袖に縋りついてくるのが滑稽で笑みが漏れそうになる。

ジャバ「なんかあった?」

トラッキー「大ありや!部屋は広いし眺めはええし、ルームサービスまで来るなんて聞いてへんで!」

きいきいと喚くトラッキーの横を素通りして、夜景の広がる窓の傍へと進む。ワインクーラーからシャンペンを取り出せば、氷がぶつかりあう涼やかな音が響いた。

ジャバ「まあ、座れよ」

トラッキーの様子を全く意に介さずソファを指さして促す。平然としたジャバの態度に、トラッキーは何も返事ができずにその言葉に従うしかなかった。ソファに身を置いたトラッキーは借りてきた猫よろしく小さくなって、お行儀よくジャバの動きを見つめていた。

ジャバ「まずは一杯どうだ」

トラッキー「……おう。じゃあ、遠慮なく」

ジャバの寄越したシャンペングラスを手に取ると、恐る恐るといったようにそれに口をつけた。トラッキーは淡い黄金色の酒は馴染みがないようで、ちろりとグラスを舐めてから訝しそうにソレを眺めた。

トラッキー「なんや、高級そうな味がするなあ……」

ジャバ「トラッキー。こういうのはチビチビやるんじゃなくて、グイッと飲むんだよ」

ジャバが一息に杯をあおると、それに続いてトラッキーもグラスを傾ける。意地になって飲み干そうとするが、結局半分くらい残してグラスから口を離した。早くも頬を赤らめているのが、控えめな照明の部屋でもよくわかった。
心地よいソファに身を沈めたジャバは、空けたグラスに再び酒を注ぎながら向かいに座るトラッキーを舐め見ていた。場違いな自分への照れと酒の酔いを隠すように微笑むトラッキーがその視線に気づくと、さらに居心地悪そうにそわそわとしだした。

ジャバ「落ちつかないみたいだけど?」

トラッキー「わしゃ、こういうトコはじめてなんや」

頬をかいて視線を外す姿が、トラッキーには珍しくしおらしい態度だった。こんな顔もするのかという驚きと同時に、その顔を歪めたいという黒い想いが湧き上がるのを止めることができなかった。
だから、ジャバはその名前を早くも口にしてみたかった。

ジャバ「なんだ、てっきりジャビィ兄貴が連れてきてるかと思ったぜ」

トラッキー「なんでジャビィが?」

その名を出してみると、トラッキーは緊張感が溶けたかのようにからからと笑った。誤魔化してる、という訳ではなさそうだった。

ジャバ「すっとぼけるなよ」

半ば睨むように視線を向けると、トラッキーにも冗談ではないらしいとわかったようだった。

ジャバ「付き合ってんだろ、お前ら?」

トラッキー「いやいやいやいや。ジャビィとはただの友達や」

慌てた手振りで即座に言葉を否定する。まるで、はじめからそう言われると予想していたかのようだった。

ジャバ「ただの友達、ねえ」

普通こういうことを言われたらもっと違う言い方で否定するものだろう。それなのに、あえてその言葉を選んできたのが鼻についた。しかも、そうやって否定しながら、未だに満更でもなさそうな微笑みを浮かべているのも気分をイラだたせる。

ジャバ「ネコがマタタビをくらったような目つきで話してたクセに」

トラッキー「にゃはは……」

胸が焦げ付くような不快感を押し殺して、ジャバは会話を続けていた。

ジャバ「付き合う気すらないのか」

トラッキー「いや、だから……付き合うとか、そういうんやなくて」

ジャバ「告白する勇気がない、とでも言うのか。それとも関係を壊したくないとか?」

トラッキー「……そんなんやないわ」

ジャバ「アイツも悪い気はしてないみたいだけどな」

トラッキー「いや、でもな、もし…もし、わしがひとりで盛り上がってるだけやったら、アホらしいやん」

他人の色恋沙汰を耳にするのは、ジャバにとってムズ痒く気持ち悪かった。それを我慢してまで話を続けるのは、ひとえにトラッキーの考えているところを知りたかったからだ。それを知ってどうしてやる訳ではないが、案の定内省的になったトラッキーは、ぽつりぽつりと自分の心内を打ち明けはじめた。
シャンペンに口をつけ炭酸の爽涼感で胸のムカつきを押し流したジャバは、話を続けろとトラッキーを促すように手を向けた。

トラッキー「ジャビィやって、そんなん急に言われても困るやろ」

ジャバ「ふん。ガキかよ」

抑えきれずはき捨てた言葉に、トラッキーは何かを言い返そうとはしなかった。思い当たる節があるというのだろうか。思い当たる節だらけだろうな、とジャバは半ば哀れむ気持ちで思う。

ジャバ「でも、お前みたいなヘタレな男は嫌いじゃないぜ」

トラッキー「えっ?」

大儀そうに立ち上がったジャバは、ゆっくりとトラッキーの座るソファへと向かった。酒に酔って散漫になったトラッキーに乗りかかるのは、ジャバにとって造作もないことだった。座ったままのトラッキーの太ももに足を乗せ、肩を押して身体をソファへと押しつける。トラッキーが持ったままのシャンペングラスが手からこぼれ、床に落ちて小さく音を立てた。

トラッキー「な、なにすんねん」

ジャバ「俺と付き合えよ」

トラッキーはその返事をすることができなかった。その言葉を言い終わるとジャバは身体を寄せて、なんの躊躇いもなく口を寄せたからだ。
唇が少し乾いてる、なんていうどうでも良い感想を胸に抱きながら、ジャバは静かにトラッキーへ舌を忍びこませる。トラッキーは顔を動かして避けようしてきたが、片手で頬を押さえてやるとその抵抗も止めてしまった。
奥の方で縮こまった舌をつついてやると、ジャバの下にある身体が一瞬固まるのが感じ取れた。そのまま舌で優しそうに撫でてやりながら、既に頬に添えているだけになった指で緩やかになぞってみる。気持ちがいいのか諦めたのか、徐々にトラッキーの身体から緊張が溶けていくようだった。
まったく、こんな言葉にころりと騙されてしまうのだから、ヘタレの男は嫌いじゃない。趣味の悪い笑みが浮かんでくるのをジャバは強く実感していた。

もう頃合だろうと唇を離す。間近で見るトラッキーの水色の瞳が、こんなにも澄んで綺麗だったのかと改めて思い知る。
だからこそ、それを曇らせたいとも思うのだ。

「嘘だ」

トラッキーはその言葉をすぐに理解できないようだったが、それでも一拍の後に瞳を潤ませはじめた。

トラッキー「な、なにを言って…」

ジャバ「ん、何って、何だ?」

ジャバにとってはほんのからかいのつもりだったが、こんな反応が見られるとは思わなかった。良い気分のままもう一度口を寄せようとしたが、トラッキーは顔を背けてソレを拒む。仕方なく首筋に唇を合わせ、それと同時に腕を下の方へ向ける。トラッキーの身体が酔いとは別の理由で熱を持っていく。太ももを二度三度擦ってから、ジャバはゆっくりと手を内腿の方へと滑らせていった。

トラッキー「ひっ……、なにするんや」

その意図に気づいたのか、トラッキーは動きを避けるように身を捩ろうとした。しかしそれは、既に無駄な抵抗であった。

ジャバ「わからねえのか?お前がアイツとヤリたいことだよ」

ついにジャバの手がトラッキーの股間を掠める。ズボンの上から中のモノを確かめるような揉みしだく動き。トラッキーの心がどうであれ、まだ若々しい身体はイヤでもその刺激に反応を示してしまう。じわじわと血流を集めていくのが、布越しでもジャバにはよくわかった。おそらくトラッキーもそれを自覚していることだろう。

ジャバ「ココはもう勃ちはじめてるな」

トラッキー「やっ、さわんな…っ!」

トラッキーが口を開いた瞬間に、ジャバは再び舌を忍び込ませた。口内を撫でながらも体勢を置き換えて、育ちはじめたトラッキーの雄根に太ももが当たるように膝をトラッキーの脚の間に置く。そうやって抵抗できないようにしてから、ユニフォームのボタンを上から外していく。ビジターの黒いユニフォームの下には、同じく真っ黒のアンダーウェアを着けていた。その薄い布はもやは裸も同然に触れられた感触をトラッキーの身体へと落としていくだろう。スポーツマンらしくそれなりな厚さの胸板を指でなぞると、キスを続けて呼吸もままならない口から熱い息を吐き出そうとしていた。

トラッキー「……ん、はっ、はぁっ」

ジャバ「おい、トラッキー」

唇を離してやり、浅い呼吸を繰り返すトラッキーの名を呼ぶ。彼は普段とは違った穏やかでない目線をジャバに向けた。

ジャバ「お前が見つめてるのは誰だ?」

トラッキー「……」

何を言い出すのかという態度も束の間に、じとりと半開きにしていた目が少しずつ見開いていく。トラッキーは改めて思い知ったのだろう。自分の身体にのしかかる男が、自分が好いてしまった男と寸分違わない顔立ちであることを。

ジャバ「ジャビィ兄貴だと思い込めばいい。そうすれば、マスかく時のネタくらいにはなるだろ?」

トラッキーはジャバの言葉に一瞬動きを止めた。その時間はトラッキーのベルトが外されるのに十分すぎる余裕があった。

トラッキー「んっ……」

ツルツルとした素材のアンダーシャツにジャバは舌を滑らせる。布と被毛の下に隠れた筋に沿って、トラッキーを煽るように何度も舌を這わせた。マスコットらしく愛嬌たっぷりにずんぐりとしたフォルムながらも、その奥にしっかりと筋肉のついた身体は、快楽かもしくは恐怖に小刻みに震えている。それさえ慈しむように乳首のあたりを唇で柔くはみ、首筋や丸い耳も舐めとってやる。
そうやって上半身にもどかしく刺激を与えながらも、片手で雄根を撫でるのも忘れない。ズボンの前をくつろげて残るは下着だけとなったその部分は、トラッキーの意志に関わりなく中の雄が存在を主張していた。その形をなぞるようにジャバは指を動かす。

トラッキー「……んんっ、はぁっ……」

ジャバは淫猥な手遊びを続けながら、横目でトラッキーの様子を伺った。ぎゅっと目を閉じ、襲いくる出来事に耐えようとしているようだった。どうせアイツとヤる気がないなら、今を楽しめばいいのに。身勝手な感想を抱きながら、ジャバは股間を擦る手を小刻みに動かす。下着に手をかけた時はさすがに息を飲んだようだが、抵抗らしい抵抗も、かといってそれを手伝うような動きもトラッキーは見せなかった。
布の押さえから開放された雄は、まだ完全には勃起していなかった。ジャバはソレを掴むと、そのまま一息にむしゃぶりつく。

トラッキー「いっ、にゃっ……!」

まだ柔らかさの残るソレを、唇と舌をつかって丁寧に扱きあげる。ジャバはその小さめな口で快楽を与えるのに自信があった。お前が気持ちいいのはココなんだろ?と言わんばかりに攻めたてると、まさしくそれが正解であったかのようにトラッキーは身体を悶えさせ、声を上げた。
あっという間に硬度を増した雄根をしゃぶりながら、バスローブの帯に仕込んでいた潤滑液--こういう目論見が最初からあったからこそ準備をしていたもの--を手に取る。指に液をひり出し、トラッキーの後ろを擦ってやる。敏感なソコは触れられただけで収縮したが、強引に開くように指を押し付けていくと次第に力が抜けていくようだった。

ジャバ「なんだ、もうココは使用済みか?」

トラッキー「……くっ」

ジャバの太い指は、意外にもするすると中へはいっていく。潤滑液の助けももちろんあったのだが、前にもここを忍び通ったものがあるのだろう。男か?と尋ねるとトラッキーはぶんぶんと首を振った。

ジャバ「じゃあなんだ、一人で広げたってのか?ここにジャビィ兄貴のチ◯コが通るのでも想像でもして」

その名前が囁かれた途端、ジャバの指が一際強く締め付けられた。全く面白くない。無理にこじあけるように、指を増やす。

トラッキー「図星か。変態なんだな、お前」

悔しそうに歯を食いしばった表情にたまらなくそそられ、自身がズボンの中で硬く勃起しているのをジャバは痛いほどに感じていた。

ぐじゅぐじゅと乱雑に指を出し入れして後孔を揉み解していく。それと同時にジャバはわざとらしい優しげな手つきで、その身体の震えを煽ってやった。違和感と屈辱と微かな快楽にさいなまれるように、トラッキーはぎゅっと目を閉じて時折呻くような声を上げた。
困惑しきりな顔を眺めていると、ジャバはいけない興奮が煽られるのを感じた。その興奮のままトラッキーを啼かせたいと思ったが、直接的な刺激が欲しいという身体の要求の方が強かった。指を引き抜いて、バスローブを脱ぎ捨てる。トラッキーが乱れた呼吸を整えてまぶたを開く頃には、ジャバは全裸になり雄根をひくつく部分にあてがおうとしていた。

トラッキー「ちょっ。なんや、ソレ……」

トラッキーの目が自然とジャバのソレに吸い寄せられる。長さはそれほどではないものの、存在感のある図太いソレが、持ち主同様にふてぶてしい態度で硬く勃ち上がっていた。ジャバが潤滑液を擦り込むようにソレを扱くとてらてらと光り、その異様さを際だたせる。

トラッキー「ムリムリムリムリ、そんなん入る訳ないやん」

亀頭が後孔に押しつけられると、トラッキーは今までにない動揺を見せた。

ジャバ「慣らしたんだから入らねえ訳ねえだろ」

トラッキー「ひっ……、あ、がぁっ……!」

トラッキーの主張も空しく、ジャバの太い雄が肉壁を押し退けて、徐々に後孔の中へと入り込んでいく。潤滑液の助けを借りてもゆっくりとした進みにしかならなかったが、それでもジャバは口の端に笑みを浮かべその感触を楽しんでいるようだった。

ジャバ「はあっ……さすがに、締まるな」

トラッキー「じゃ、ば……きつ、い……」

ジャバ「ん?まだ半分しか入ってないけど。こんなんじゃジャビィ兄貴のだって入んねえぞ」

まあ、アイツのは俺のほどじゃねえけどな。そう囁くと、トラッキーはクッと息を漏らし歪めた顔を背けた。さすがにそんな反応だと悲しくなるじゃないかと思ってから、俺は一体何を考えてるんだと苦笑する。
さすがに痛めつけたい訳ではないので、ジャバは少しだけ待ってやることにした。その代わりに横に向いたトラッキーに顔を寄せて、太い三本のヒゲの根本や鼻先を舌でペロペロと舐めてみる。トラッキーはいやいやとするように顔を左右に振ったが、ジャバは執拗にそれを追いかけた。やがて唇を捕らえると、そのまま閉じた歯列を舌で味わう。少し硬めな唇を名残惜しげにはんでから、拒む表情を崩さないその顔をジャバは間近から舐めまわすように見つめた。今まで気付かなかったが、一本だけ飛び出たまつげが意外なほどにかわいらしかった。

トラッキーとジャバは二人重なり合い、柔らかなソファへ沈んでいた。びくびくと震えるトラッキーの身体を愛撫でなだめすかしながら、ジャバはじりじりと中へ押し入っていく。

ジャバ「おい、触ってみろよ」

トラッキーがその言葉への反応する前に手を取ったジャバは、下半身へとその手を差し向けた。トラッキーの指先はジャバの筋張った雄根の根本と毛足の長い陰毛、みちみちと広がりきり太いモノをくわえこんだ自身の後孔をありありと感じ取ることができたはずだ。

ジャバ「ほら、全部入った」

中の存在を教え込むように雄をしゃくりあげると、トラッキーは口をはくはくとしながら信じられないといった顔を見せた。それにどうしようもない艶やかさを感じて、ジャバの心にたぎるものが溢れてくる。ひとつ大きく揺すってやると、トラッキーは何かをこらえる声をあげた。

トラッキー「くぅ、っ……!」

ジャバ「そんな声出すなよ。じきに慣れる」

トラッキー「んんっ……なあ、ジャバ……」

トラッキーは辛そうに開けた目で、それでも見据えるように真っ直ぐな視線を向けてきた。ふちが青く澄んで見える瞳に、ジャバは思わず釘付けになる。

トラッキー「なんで、……んっ、こんなこと、するん?」

ジャバ「あ?」

トラッキー「ジャバ、そんなにわしのこと、嫌いなんか?だから、こんなこと……」

絞り出すようなその声は、次第に消え入るように聞こえなくなった。トラッキーが顔を背けて鼻をすする間に、ジャバはようやくその言葉を理解することができた。
それに返事をする代わりに、ジャバは一つ舌打ちした。

トラッキー「……ひっ、あ。やああぁっ……!」

途端に最奥を叩くように、リズムを刻むように腰を動かし始める。トラッキーの身体をカクカクと震わせるように動いて、入り込んだ質量に後孔を無理矢理慣らしていく。

 --俺がお前を嫌いなのか、だって?
 痛みをこらえるトラッキーの声に、少しずつ潤んだ息づかいが混じってくる。
 --もっとヨガれ。快楽にうち震えろ。
 そうすれば、俺がお前を好きか嫌いかなんて、どうでもよくなるハズだ。

次第に大振りな動きで雄根を抜き差しするようになっても、トラッキーは窮屈そうに呼吸を止めることはしなくなった。むしろ感じるポイントを突いてやると、熱く息を漏らしさえした。その声をもっと間近に聞きたくなる。

ジャバ「おい、捕まってねえと危ないぞ」

トラッキー「へっ?……んああっ!」

ジャバはトラッキーの腰に腕を回すと、そのまま勢いよくその身体を持ち上げた。接合部と腕にトラッキーの体重が全てかかり、よろけそうになるのをなんとか持ちこたえる。

トラッキー「くっ、はあっ……ん、はぁっ、はぁっ……」

事前に忠告したとおり、トラッキーはジャバに縋りつくように腕を回していた。より密着してきた身体は、着たままのユニフォームの上からでも火照っているのがよく感じられる。
中へ出入りする度に、じゅぽじゅぽとくぐもった水音が立つ。亀頭でトラッキーのいいトコロを撫でると、それに喘ぎも混じって聞こえ、ジャバの脳を良い塩梅にとろかしていく。

ジャバ「すっげえ。いいぜ、トラッキー…」

大きく突き上げた衝動を利用してトラッキーを抱え直す。より当たりやすくなったのか、腕の中の存在は甘えるような喘ぎを上げて縋りつく手に力を込めてくる。それはトラッキーの意志を伴わない、反射的なものであることはジャバにはよくわかっていた。それでも自分を求めてくるような仕草に、不覚にも嬉しいなどと思ってしまう。
そんな感情を噛み潰すようにトラッキーを突き上げながら、部屋の中をゆっくりと歩いていく。トラッキーは何も言わずにいたが、不意に背中に当たった壁の異様な冷たさにはさすがに驚いた顔を見せた。

トラッキー「ひゃっ……な、なに……」

ジャバ「見たいか?」

趣味の悪い笑みを浮かべたジャバは、トラッキーの体重を壁にあるでっぱりに移すと結合を解いた。圧迫感から解放された安堵の息を吐くその身体を無理矢理に後ろに向かせる。

トラッキー「な……」

それは窓ガラスだった。遙か下に、遠くに、無数の人工灯がきらめく眠らない街の夜景が、ぎゅっと目をつぶっていたトラッキーの目には眩しく写っただろう。

トラッキー「い、にゃぁっ……!」

尻の間を割って、再びジャバの雄根がトラッキーへと進入する。いきなりの突きたてにバランスを立て直すことも叶わないトラッキーは顔をガラス面に押しつけるしかなかった。

ジャバ「いい眺めだろ?たっぷり味わえよ」

トラッキー「やっ、ジャバ……さすがに、ああっ。だれ、かに……」

ジャバ「何言ってんだよ」

見慣れた四桁の背番号に身体を重ねると、トラッキーの震える息づかいがジャバにもよくわかった。大きな丸い耳に口を寄せて静かに囁くために、ジャバは奥底から浮かんでくる笑いを堪えなければならなかった。

ジャバ「スリルはセッ◯スの最高のスパイスだぜ」

トラッキー「……くっ、はぁぁっ!」

耳のふちを唇で甘くはみながら、ひとつ大きく突き立てた。そもそもこんな高層階の窓なんて、下からのぞきこもうとしたってできる訳がないのだ。それなのにただの煽る言葉に簡単に引っかかって、唇を強く噛み喘ぎを堪えるトラッキーにジャバの加虐欲に似た征服心が刺激される。

トラッキー「はっ、あっ、あっ……んんあっ」

腕を前に回して、肉壁を小刻みに擦り上げる。トラッキーは喘ぎを上げる度に震え、良い場所を突いてやる度に身を捩った。アンダーシャツの下に隠されたほどよい肉付きの、それでも筋肉がしっかりついた身体。それは手に心地がよくて、このまま抱きしめていたいとすら思ってしまう。
快楽に流される思考が、コレを俺のものにしたいと叫んだ。それと同時に、そんな考えが浮かんだ自分に酷い嫌悪感を覚える。ヘタレの男なんて、兄貴のお下がりなんていらない。
いくら頭の中でそう繰り返しても、その欲望は消えることはなかった。

ジャバ「……お前も気持ちよくしてやるよ」

トラッキー「んくっ、ああっ」

トラッキーの腹に回していた手を下へズラしていく。半勃ち状態のソレを指先でいじってやると、すぐにムクムクと反応しはじめた。皮をもてあそびながら扱くと、すぐに硬くなって鈴口から先走りを漏らしはじめた。

ジャバ「初めてにしては、なかなか反応がいいぜ、お前」

手の中にそそり勃つモノを指でにじりながら囁けば、不本意そうに息を飲むのが聞こえた。しかしそれは、すぐに巧みな手遊びに翻弄される息づかいの中へ消える。亀頭を指でねぶり、笠の下をこりこりとにじる。トラッキーがどんなに足掻こうとも、達してしまうのはもう時間の問題だった。屈辱に顔を歪めているだろうか、それとも抗えない快楽に顔を惚けさせているだろうか、その表情を見ることが出来ないのがジャバには残念だった。
裏筋を指で擦れば、後孔がまた締め付けられる。

ジャバ「ケツにツッコまれながらイくのは初めてだろ?気分はどうだ?」

トラッキー「はぁっ……あつい……」

連続して奥を叩けば、トラッキーはうわ言のようにそう繰り返した。その声も次第に詰まるように消え、むせぶように身震いしはじめる。雄根がこれ以上ない程に硬くそそり勃っていた。
鈴口から熱いものが溢れたのは、その瞬間だった。

トラッキー「はっ、ああっ……」

心に溜め込んだものを開放するかのように、トラッキーは大きく声を上げた。びくびくと震える雄根は白濁を床に撒き散らし、雄根を握り締めていたジャバの手へダラダラと流れていく。幾度か震えた後すぐに萎みはじめるソレの中に残ったものをかき出すように扱いてから、ジャバはその手をペロリと舐めた。

ジャバ「濃いのぶっ放したな。気持ちよかったろ?」

脱力する身体を支えながら荒く息をするトラッキーにその言葉は届いただろうか。どっちでもいいと思い直したジャバは、自らも達しようとトラッキーを抱えなおす。いきり勃ったモノを沈めたまま、もう一度トラッキーの身体に密着する。

トラッキー「ジャビィ……」

呟かれたその言葉は、聞こえなかったことにした。

トラッキー「くぅ、でるっ……!」

トラッキーの身体を大きく揺さぶりながら、ジャバは自身を奥深くまで突きこみ果てた。不埒なまでに太いソレがトラッキーの後孔の中へ無遠慮に白濁を注ぎ込む。脳を痺れさすほどに刺激的な絶頂は、ジャバが今まで感じたどのエクスタシーよりもクセがあり、思わず恍惚のため息を漏らした。だくだくと溢れるほどの射精が終わると、うっとりと絆された気分になるほどだった。
しばらくはトラッキーに入り込んだまま息を整えていたが、ようやく思い出したかのように萎えた雄根を引き抜く。ズルリと太いものが抜き去られてもトラッキーの後孔は大きく開いたまま、パクパクとひくつき蹂躙された後を見せつけている。潤滑液と精液の混じった白い液が、行為の激しさを物語っていた。

ようやく緊張から解放されて、トラッキーはその場にヘタりこんだ。壁を背に座り込めば、力の抜けた顔にシワと液に汚れたユニフォームと荒淫の後に濡れたむき出しの下半身がジャバにもよく見てとれた。疲れたといわんばかりにトロリと半分だけ辛うじて開けた目のふちに、光るものを滲ませている。視線を合わせるように座り込んだジャバは、トラッキーの下まぶたを舌で撫でた。塩辛い味に舌が痛む。

ジャバ「やっぱりお前、俺のモノになれよ」

虚ろな顔に向けて言い放つ。この期に及んでこんなことを言う自分が、ジャバにはもはやわからなくなっていた。
トラッキーは反応を示さないように見えたが、一拍の後おっくうそうに顔を上げた。口の端を挙げて、半ば自嘲的に微笑んでいるようにさえ見えた。

トラッキー「……どうせ、その言葉も、嘘なんやろ?」

返ってきた言葉に妙な冷静さを取り戻す。浮ついていた感情が、胸の中の収まるべき場所に収まったように、ジャバのこんがらがった感情が一瞬にして溶かされたようだった。

ワインクーラーの氷は溶けかけていたが、それでもグラスに注いだ酒はまだジャバの火照った身体に清涼を与えるには十分だった。一息にあおって、部屋の隅に座っているトラッキーを見やる。精魂尽きたように眠りに落ちたトラッキーは、ようやく静かな寝息を立てはじめていた。
酷い姿だ。自分のしたことをすっかり忘れたかのように、ジャバはそうひとりごちた。愛らしいマスコットの要素を十分に備えたその身体は、今はただ哀れみを誘うほどに疲れ果て汚されていた。

先ほど脱ぎ捨てたバスローブを手に取り、それをトラッキーにかけてやる。

ジャバ「……まあいいさ。今夜だけ、だったとしてもな」

挨拶代わりの言葉をその寝顔にかけてから、ジャバは寝室へ向かった。
キングサイズの広いベッドを一人で占領しなければならないのが、ジャバには気に入らなかった。


お し ま い

最終章「DOA・LINA ~青いコアラと白いライオン~」
~ ドアラとライナの話 ~


第1話「種族・チーム・リーグを超えた“一線”」

2007年6月8日。ナゴヤドームではプロ野球、中日ドラゴンズ対西武ライオンズの試合が開催されていた。西武ライオンズはパ・リーグに属するので、オープン戦や日本シリーズでなければ対戦しない相手である。しかし、2年前に始まった交流戦でセ・リーグとパ・リーグの枠を超えて試合を行うようになり、毎年1つのチームとホーム・ビジター合わせて4試合ほど対戦をするようになった。
交流戦はそれだけではない。マスコットにとっても普段はオールスターゲームや日本シリーズでしか会うことがない相手チームのマスコットとの交流も楽しみの一つである。しかし、ドアラにしてみれば、西武のとあるマスコットだけは正直言って会いたくはなかった……。

ライナ「ドアラぁーっ!」

ドアラを見る度、必ず追いかけてくるこのマスコットは、ライナ。埼玉西武ライオンズのマスコットで、レオの妹だ。特にライナはドアラに片思いをしているらしく、力ずくで求愛をしてくる。もちろんライオンなどコアラじゃなくても恐ろしい存在なのだから、好きになれるはずはない。毎回、ナゴヤドームに来る時は必ずドアラに絡んでくるが、いつも丁寧に断っている。
この日の試合は9回表に逆転されたが、その裏に英智の長打により中日が大逆転勝利を挙げた。中日にとっては連敗からの脱却だったが、西武にしてみれば痛い連敗となった。
レオとライナは、西武が勝利すれば名古屋名物の味噌カツが食べられるのだが、本拠地の西武ドームで行われている敗戦時の罰ゲームに則り、今回はお預けとなった。
翌日も西武は負けたので、レオとライナは共に味噌カツを口にすることはなかった。これで、今シーズンの西武との交流戦は終了なので、翌日には選手共々次の球場へ移動することになる。レオと離れてしまうのは惜しいが、ライナと離れることに対しては、ドアラにとっては緊張から開放されるのと同じだった。これでライナに会うことはないだろうと思っていた。しかし、ドアラが試合終了後のグリーティングを終わらせ、控え室に向かおうとすると、またもライナが近付いてきた。

ライナ「ドアラっ!」

ドアラ「わっ!何だよ、またお前か」

ライナ「あ、あのね。後で私の部屋に、来てくれないかな?」

ドアラ「え?何でだ。ひょっとして俺を食べようとするわけじゃないだろうな」

ライナ「そ、そんなことしないってば。これ、私がいるホテルと部屋番号。入れておくから、き、来てよね……」

そう言うと、ライナは自分が滞在するホテルとその部屋番号を書いた紙をドアラの腰ポケットに突っ込むと、なぜか走り去った。

ドアラ「お、おい!何なんだよ……まったく、本当にあいつは一方的なんだよな」

普段、ドアラはライナの求愛には頑なに拒否している。しかし、今さっきのライナはいつもドアラに絡んでくる時のライナではなく、なぜか恥らいながらドアラに話しかけていた。気になるものを感じたドアラは、その日の夜、ライナが待つホテルの部屋を訪ねた。

ドアラ「入るぞ」

ドアを開けると、ライナは背を向けて座っていた。レオの姿はここにはない。

ドアラ「どうした?レオ兄貴とケンカでもして寂しいのか?」

ライナは黙ったままだ。

ドアラ「ははぁ、ひょっとして楽しみにしていた味噌カツが食べられなかったから、それで泣いてるんだろ。だったら今度、レオ兄貴と一緒に食べに連れてってやるよ。でも俺、味噌カツは苦手だから食べないんだよね。知らなかったでしょ?」

それでもライナは背を向けたままだ。

ライナ「そんなんじゃないの…」

ドアラ「違うのか。じゃぁ、何で俺をここに呼んだんだ?」

すると、ライナはドアラの方を向いて話し始めた。

ライナ「あんたのせいよ!あんたが私の前に現れたから、私、あんたを好きになっちゃったじゃないのよ」

ドアラ「な、何言ってるんだ。お前が一方的に迫ってくるんだろ?」

ライナ「ドアラに出会ってから、私の体がおかしくなっちゃったじゃないのよ!体の中が熱くなって、抑えるのが大変なの」

ドアラ「ははぁ…それって発情期ってやつか?それはそっちの都合だから俺が知ったこっちゃないよ。レオ兄貴に抑えてもらいなよ」

ライナ「なんでお兄ちゃんなの?兄妹だから無理よ。ドアラじゃなきゃ…嫌…」

ドアラは一瞬、ドキリとしたが、冷静を保った。

ドアラ「まずお互いを見てごらん。俺はコアラでお前はライオンだ。そして俺はドラゴンズでお前はライオンズだ。種族やチームやリーグも違う。どう考えても共通点はないだろ?だから好きになることはできないし、最初から俺はお前を好きになるつもりはないんだよ!話はそれだけか?なら帰るぞ!」

ドアラはベッドから立ち上がると後ろを向き、立ち去ろうとした。

ライナ「待って!」

ライナはドアラのしがみついた。ドアラの背中に、ライナの胸が押し着けられる。

ドアラ「や、やめてくれよ!」

ライナ「どうしてそうやって逃げて、私の気持ちを知ろうとしてくれないの?こんなにもドアラのことが大好きなことを示しているのに?」

ドアラ「あのなぁ、さっき言ったことをまだ分かってないようだな。俺とお前は好きになっていけない間柄なんだぞ。それくらい分かるはずだろ!」

ライナ「そこまで言うなら、私がどれだけドアラが好きか見せちゃうんだから!」

ライナはドアラから体を離し、一歩下がると自分のユニフォームのボタンを外し始めた。ユニフォームの奥には白い毛で覆われた素肌と豊満な胸が露になってゆく。

ドアラ(し、白い!はっ、いかんいかん!)

ドアラ「お、おい!何脱いでるんだよ?」

ライナはドアラの声を耳にせず、ベルトも外し、下に下ろした。これでドアラの前に産まれたままの姿を晒け出した。

ドアラ「は、恥ずかしくないのか?」

ライナ「こんなこと、好きな人の前でしかしない!お兄ちゃんの前でも絶対しないんだから!他人に裸を見せたの、ドアラが初めてなんだからね」

ドアラ「ば、馬鹿なこと言うな!自分が何をしてるのか分かってるのか?お前が裸になっても無駄だぞ!」

しかし、この時点でドアラの股間ははち切れんばかりとなっていた。事実、女の裸など今まで見たことは無かったからだ。

ライナ「ドアラの前なら、こんなことも恥ずかしくないんだから!」

ライナは椅子に腰掛けると、股を広げ、片手で自分の乳首を摘まみ、もう片方の手を秘所に食い込ませた。段々と秘所が濡れてゆくのが分かる。

ライナ「あっ、ああん!ドアラああっ!」

ドアラ「ら、ライナ。もう止めておけ!気持ちだけで十分だ!」

ライナはドアラの股間が膨れ上がっているのを見た。

ライナ「そうやって気のないふりしても、体は正直なんだから」

ドアラ「だ、だってそんなこと目の前でやられたらこうなるだろ。お前、正気なのか?やめるなら今のうちだぞ」

ライナ「私たち、青いコアラと白いライオン。種族やチーム、リーグも違うけど、そんなことは関係ない!ドアラは、ライナのものなんだからぁ!」

ライナはドアラに飛び掛った。ドアラはライナに押され、倒れてしまった。

ドアラ「ウワーッ!何をする!」

ライナはドアラを抑えつけながら、ユニフォームを無理やり脱がし始めた。普段は絶対に見せない青い素肌が露わになる。

ライナ「これが、ドアラの素肌・・・ハァハァ」

ライナは既に興奮状態である。器用にユニフォームを脱がし、ドアラも全裸に近い状況になった。もちろんユニフォームの下は誰にも見せたことはない。
ライナはドアラの乳首を舐めてきた。今までに体感したことの無い感覚に、体中に電気が走った。

ライナ「あぁっ!ううっあっあ……」

その後も左右の乳首を立て続けに責められ、この気持ち良さに力が抜けそうになった。すると、ライナの顔がドアラの股間に下がっていく。ファスナーを下して見えたのはドアラの逸物だった。乳首を舐められ、既にはち切れんばかりとなっていた。

ドアラ「おい、そこはまずいだろ!」

ライナ「これが、ドアラのオ◯ン◯ン……」

ライナはドアラの逸物をためらいながらも口に銜えた。この瞬間、ドアラの背筋が震えた。

ドアラ「ううっそんなもの銜えるなよ」

ライナはドアラの逸物を銜えると上下に頭を動かしていく。

ドアラ「お前、いったい何を考えているんだ。俺だって、いくらフリーダムだからって一般常識ぐらい……分かるんだぞ!」

しかし、ライナは無我夢中でドアラの逸物を銜えている。問いかけも虚しく、逸物からライナの口の中に白濁液を放出してしまった。

ライナ「ライナ、もう出る!うっ、はぁ」

ライナ「んっ、ふぅっ・・・いっぱい出たぁ」

ライナは射精し終えた逸物から口を離すと、ためらうことなく白濁液を飲み込んだ。

ドアラ「おい、そんなもの飲み込まなくてもいいだろう」

ドアラはライナの行動に唖然とした。こんな淫乱な女だったなんて。ライナは俺の逸物を見ながら言った。

ライナ「ドアラのオ◯ン◯ン、いっぱい出したのにまだ堅い・・・今度は、ライナのオマンコに入れてあげる!」

ドアラ「お前、本当にやっちまうのかよ?」

ライナはドアラの逸物を秘所に宛がうと、ゆっくり腰を下ろした。しかし、すんなりとは入っていかない。同時に結合しようとしている部分からは赤いものが見えている。ライナは、苦痛の表情を浮かべる。その表情を見てドアラは察した。

ライナ「い、痛っ!」

ドアラ「お、お前。まさか、初めてなのか?」

ライナは首を縦に振った。この日まで純潔を保ち続けていたのか。

ライナ「でも、ドアラとエッチできるのなら、これぐらい・・・平気。あうっ!」

ドアラの逸物は、ライナの秘所にしっかり咥えられた。お互いの純潔はこの時点で喪失したことになる。同時に、ライナは腰を揺らし。喘ぎ声を発し始めた。もちろん、この行為を何と言うのかは、ドアラでも分かる。

ライナ「ああっ。すっごく、気持ちいいよぉ」

ドアラ「ライナ、やめろ!こんなことが許されてもいいのか!早くどいてくれ」

ライナ「やだ!ドアラにライナのこと、好きになってくれるまで、離れないんだからぁ!」

ライナはドアラから離れることはなく、腰の振りは激しさを増し、声を荒げている。このままの状態が続けば、後で取り返しが付かないことが起きてしまう。早くこの状況を抜け出さなければ。しかし、ライナはしっかりとドアラを押さえ付けている。自分の気持ち良さに負け、離れることはできなかった。すると、ライナはドアラに聞いてきた。

ライナ「ドアラ、ライナのこと。好き?」

ドアラ「な、いきなり何を聞いてくるんだよ」

ライナ「私のこと、好き?って聞いてるの」
 
ドアラは返答に困った、この状態でこの質問に答えるのは無理があるだろう。ドアラは呆気に取られたが、その瞬間、背筋に衝撃が走った。

ドアラ「え……あっ、ウウッ!」

ドアラの逸物から白濁液がライナの秘所に注ぎ込まれる。ライナもそれに合わせて体を震わせ、絶頂に達した。

ライナ「ああっ!ドアラの精子、ライナの中に、出てるぅ……」

白濁液が注がれた後、ライナはドアラの上に倒れこんだ。しばらくは声が出せずにいた。

ドアラ「ハァ、ハァ。ここまでするほど、俺のことが好きだったなんて………」

ライナ「だって、狙った獲物は自分のモノにするまで追い続けるのが、ライオンなんだもん」

ドアラ「でも、別に俺じゃなくても良かったんじゃないのか?」

ライナは呼吸を整えながら話した。

ライナ「ドアラじゃなきゃ、嫌だ!」

ドアラ「えっ?」

ライナ「私、初めてドアラに出会ってから、ドアラのことがすごく気になってたの。最初は、ちょっと面白いからちょっかい出すだけだったけど、いつの間にか、ドアラを独占したいって思うようになっちゃって……私、馬鹿だね。ドアラの童貞を奪ってまでドアラを独り占めしたいだなんて。こんな淫乱で変態な女の子、嫌いだよね。私、もう好きにならない。ドアラもライナのこと、嫌いになっていいよ」

ドアラは、ライナの頬を伝って流れる涙を見て思い直した。そして、ライナを強く抱き締めた。

ライナ「……ドアラ?」

ドアラ「俺も馬鹿だったよ。今までライナの気持ちを理解できなかったなんて。いや、本当はライナが俺のことを好きだなんて、本当は嬉しかったんだ。でも、本当にこのペアでいいのか不安だったから逃げ回っていたんだ。でも、お互い保ってきた純潔を捨てたのだから正直に言うよ。“愛してるよ。ライナ!”」

ライナ「嬉しい。ドアラ、だぁい好き!」

この瞬間、お互い笑みがこぼれた。

ライナ「ドアラ、もう1回…できるよね……」

ライナはゆっくりドアラから体を離し、自分の体を仰向けにさせた。ライナの秘所からは、ドアラの白濁液とライナの愛液が流れ出てくる。ドアラの逸物は再度硬くなってきた。ライナは股を広げ、ドアラに秘所を見せ付けた。

ライナ「今度は、ドアラに襲われてみたいなぁ……ドアラの男らしさ、ライナに見せてよね」

この時点で、ドアラの中では種族・チーム・リーグの違いなど関係ないこととして処理されていた。怖いものなどなくなった今、ドアラはベッドでライナの上になり、第二ラウンドを始めた。

ドアラ「ライナ……うぉぉぉぉ!」

再度果てた後のことはドアラには記憶がなく、ライナの上で眠っていた。ライナはドアラの頭を撫でている状態で寝ていたので、ドアラはライナを起こさないようゆっくり離れた。もちろん逸物を抜いた後の秘所からはまた、白濁液と愛液がこぼれているのでしっかりと拭いておく。そして、ユニフォームを着直し、音を立てないように部屋を出て、レオなどと鉢合わせしないよう注意しながらホテルを脱出した。

翌朝、ライナは選手やレオと共に次の対戦地に向け名古屋を離れた。次に両者が再会するのは、共にペナントレースを上位で終え、クライマックスシリーズを勝ち抜いた後の日本シリーズである。
しかし、ドアラには不安があった。あの日の夜のことがレオに知れ渡ったら、いくらライナがドアラに片思いをしているからといえども決して許されることではない。ドアラはこのまま何事もなかったかのように月日が流れることを願うしかなかった。


第1話
お し ま い

第2話「叩きつけられた現実」

ライナ「まだあれが来てない……」

ライナはカレンダーを見てつぶやいていた。

レオ「何が来ないんだよ?」

ライナはレオが帰ったきたことに気が付かなかった。

ライナ「わっ!お兄ちゃん。あ、あの、注文してた品がまだ来てないの」

レオ「あ、そう…。何を頼んだかは知らんが、次にドアラに会えるのは、来年だからな。毎日気にしててもきりがないぞ」

ライナ「そ、そんなの分かってるわよ!毎日会ってたら私だって飽きちゃうわ!」

しかし、ライナが注文した品が来ないといったのは嘘であり、ライナがカレンダーを見ていたのは別の理由だった。

ライナ(最後に来てから、ええと…もう28日は経ってるはずだよね。まあ、遅れてるだけか)

ライナはあれが来ないことを気にしていなかった。

迎えた7月のオールスターゲーム。ここでは各チームのマスコットが集まってくる。当然、レオも参加するので逃げ道はない。ただ、レオがあの日の夜のことを知っていたら生きて帰ることはできないことを覚悟していた。その際は抵抗せずに食われようと思ったが、まだレオが先に着いていないことを願った。ドアラは球場に着くとマスコット控え室に向かった。ドアを開けると、そこには…。

ドアラ(うわっ、レオだ!)

思った通り、ライナの兄、レオが白いたてがみを揺らして誰よりも先に座っていた。

レオ「よぉドアラ。元気にしてたか?」

ドアラ「あ、あぁ。相変わらず大変だよ。バク転さえなけりゃね」

レオ「何言ってるんだよ。それを楽しみに来てるファンだっているんだぞ」

良かった。レオには知られていないみたいである。しかし、ドアラは念のため聞いてみた。

ドアラ「あの、ライナは元気にしてるかい?」

レオ「おっ、君の口からライナのことを聞き出すのは珍しいな。ライナはな…」

この後、レオの口から意味深な一言を発した。

レオ「あれが…来ないんだって」

ドアラ(あ、あれって…)

ドアラに緊張が走った。

レオ「注文した物がまだ来ないって言ってるんだよ。あいつ、何を頼んでるんだろうな」

ドアラ「あ、そういうことですか…」

レオ「何か、身に覚えあるのか?」

ドアラ「えっ?」

レオはドアラを睨むように見た。ドアラはやはり何か知っているのではと一瞬慌てた。

ドアラ「いや、そこまでは分からないっすよ。ねぇ」

レオ「だよな。ハハハ…」

レオには何も知られていないことが分かり、ドアラは安心し、全ての日程を終えて名古屋に帰った。

ドアラ(ばれてない。良かったぁ)

8月、レオはビジター球場への遠征を終え、帰る前にあるものを購入した。所沢の住処に帰ると、留守番をしていたライナが出迎えた。

レオ「ただいま」

ライナ「お帰り!おみやげある?」

レオ「これだよ…」

レオは小さめの箱を差し出した。ライナは箱を受け取り、開けてみると、意外なものが入っていた。ライナは愕然とした。

ライナ「何?これ…」

レオ「見ての通りさ」

ライナは足取り重くソファーに腰掛けた。ライナの目に映り込んだ文字は、“妊娠検査薬”だった。

ライナ「普通、こんなの買わないよね」

レオ「理由がなければ買うわけないさ」

ライナ「何でこんなの買ったの?」

レオ「最近、あれ使ってないだろ?」

ライナ「えっ?」

レオ「ナプキンが減ってないよな。それに最近、酸っぱいものが食べたいって言ってないか?」

ライナ「う……」

レオはライナが使う生理用品が減っていないことを不審に思った。

レオ「それに印が出なかったら俺の勘違いだから好きなものでも買ってやるよ」

レオ「でも、生理の周期がずれてるってこともあるからさ。これで判断できないよ」

レオは表情を変えることなくライナを凝視した。 その表情にライナは恐れおののいた。

ライナ「わ、分かったわよ……」

ライナはトイレに向かった。ライナは緊張しながら妊娠検査薬の結果を見た。 ライナは妊娠検査薬が示した結果に愕然とした。

ライナ(えっ?嘘…?)

妊娠検査薬にはライナが妊娠したことをはっきりと記されていた。

ライナ(そんな、なんで?ううっ!)

その瞬間、ライナは急激な吐き気に襲われた。吐き気が収まった後、ライナはゆっくりとトイレの戸を開け、レオの前に座った。

ライナ「お、お兄ちゃん?驚かないでね」

レオ「何か辛そうだな。結果出たか?」

ライナは妊娠検査薬をレオに見せた。

ライナ「私、妊娠…してた…」

ライナはレオが驚くものだと思っていた。しかし・・・。

レオ「フッ…やっぱりなぁ。思った通りだ…」

レオは表情も変えず冷静に言葉を発した。

ライナ「え……?」

レオ「やはり、あれだけ激しくやってれば、出来ても無理ないわなぁ。6月9日の夜、お前はドアラとやりやがっただろ!」

ライナ「えっ?何で知ってるの?」

レオ「俺が知らないとでも思ったか?お前の部屋、俺の隣だったんだぞ」

ライナ「あっ……そうだったよね」

ライナはレオが隣の部屋にいたことを気付かず、ドアラを呼び寄せ、体を交わしたのである。

レオ「隣から何か聞こえるから、良く聞いたらお前とドアラがやり合う声がしてショック受けたよ。あいつ嫌がってたのに何してんだか」

6月、名古屋で宿泊したホテルで、レオが隣の部屋にいることを知ってか知らずか、ライナは試合後、ホテルにドアラを呼び寄せ、無理やり体を重ね合ったのである。当然、隣の部屋にいたレオが知らないはずはなかった。

レオ「壁の向こう側から変な声が聞こえるから、何だと思って壁に耳を当てると、お前がドアラを犯す様子がはっきりと浮かび上がってショック受けたよ。まぁ、変な夢でも見てるんだろうと思ってやり過ごしてきたが、やはりそうきたか」

ライナはさらに顔をうつ向かせた。

ライナ「ばれてたんだ……だって、ドアラといつも会える訳じゃないから、離れたくなかったんだもん。もっとドアラと一緒にいたいんだもん…ドアラにライナのこと、もっと好きになって欲しいんだもん……赤ちゃんできるらんて考えてらかったんらもん」

ライナの眼には、涙がうっすらと浮かび上がっていた。レオは一息吐いてから話し始めた。

レオ「お前が自らやったことだから、これ以上は言わないでおくが、まず決めなければならないのは、お前のお腹に宿したその小さな命をどうするかだ」

ライナ「私が、決めるの?」

レオ「当たり前だろ。お前の中のことまで、俺が決める訳にはいかないからな」

ライナ「すぐには決められないよぉ。ヒントは、ヒントはないの?」

レオ「ヒントなんかあるか!自分で考えるんだよ……仕方がない。ひとつだけ言うか。今、お前のお腹にいる子供は、自分が一番好きな相手との間にできたんだよな?産むか堕ろすか。よく考えて、答えが出たら教えてくれ」

自分の部屋に入ったライナは、自分の一生に関わる選択に頭を抱えた。まだ遊びたい盛りのライナにとって、ママになることなど考えたことはなかった。やりたいこともできなくなってしまう。かといって堕胎を行うのは、芽生えた命を[ピーーー]ことになり、ライナの体だけでなく、心にも一生消えない傷が付く。ライナは、自分のお腹に手を当てた。

ライナ「私のお腹の中に、ドアラとの赤ちゃんがいるんだ」

ライナは、目を閉じて赤ん坊に語りかけた。

ライナ「ねぇ赤ちゃん、私、あなたを産んでもいいかな?あなたのママになってもいい?パパが青いコアラでもいい?」

ライナには赤ん坊が返事をしてくれたかのように思えた。

ライナ「そぅ…ママ嬉しい!早くあなたに会いたくなってきちゃった!」

ライナは、自分の意思で赤ん坊を産み育てることを決意した。

ライナ「お、お兄ちゃん…」

レオ「おっ!ライナ。おはよう。どうだい?答えは出たか?」

ライナ「私、この子を産む!」

レオ「そうか…だったらお前は、しばらく外には出ない方が良いかもしれない」

ライナ「うん、そうするわ」

こうして、ライナの出産までのカウントダウンが始まったのである。


第2話
お し ま い

第3話「ライナ休業」

ライナは周囲に妊娠を気付かれぬよう、お腹が目立たないうちに引き下がることにした。しかし、ライナには不安があった。

ライナ「ドアラに…伝えなきゃ。この子のパパがドアラだって」

レオ「いや、今は黙っていた方がいい。来年の交流戦まで黙っていよう」

ライナ「でも……」

この時期はペナントレースの真っ只中である。レオはこの重要な時期に事をおおやけにしてしまうと、選手にまで影響を及ぼしかねないと考えた。

ライナ「ドアラが産まないでって言ったらどうするのよ?」

レオ「何言ってんだよ?お前が産むって決めたんだから、それでいいじゃないか」

ライナ「うん……そうだよね。私、ママになるんだもんね」

レオは急に笑顔を見せた。

レオ「よぉし、そうなれば俺も協力しようじゃないか。早くガキんちょの顔が見たいぜ!」

ライナ「ありがとっ!お兄ちゃん」

まずはこのことを、西武の役員にも伝えなければならなかった。無断で休むわけにはいかず、理解を得る必要があった。二人は、球団事務所の代表の元へ足を運んだ。

レオ「失礼します」

小林球団代表「おぉ、レオじゃないか。今日は試合がない日だぞ」

レオ「実はこいつの…ライナの件で話があるんです」

小林球団代表「ほぉ、ライナがどうかしたのか?」

レオ「はい、実は非常に言いにくいのですが…ほら、言ってごらん」

ライナ「私、ドアラとの赤ちゃんを、妊娠したんです」

小林信次球団代表はライナの発表に対し、目を丸くした。

小林球団代表「な、君が妊娠だと?しかも相手がドアラなのか。それだけでも驚きなのに。で、どうするつもりだ」

レオ「ライナをしばらく休ませてください。それから、このことは球団の外に一切漏らさないよう徹底させて欲しいんです。もちろん、ドラゴンズ側にも知られないようにしていただけますでしょうか」

ライナ「私のせいでご迷惑をお掛けしますが、私からも、お願いします!」

小林球団代表「参ったなぁ。ペナントレースも盛り上がってきている頃なのに…。仕方が無い、役員集めて緊急会議だ!」

球団は緊急会議を行った。その場でもライナは妊娠したことを告げた。役員たちはその相手がドアラだと聞くと当然の如く驚きの声が上がった。協議の末、ライナは体調不良でしばらく休業すると外部に伝え、決してライナが妊娠したことを口にしてはならないことを約束させた。

その次のホームゲームから、レオが一人でグリーティングに励んでいた。当然、ライナが体調不良で休んでいることを心配しないファンはいない。

「ライナちゃん、早く元気になって戻ってくるように言っておいてよ!」

「ライナがいなくなって淋しいよ」

「ライナの元気なところが早く見たいよ」

レオは、“ライナがドアラの子供を妊娠している”ことを隠し通さなければならないことに歯痒さを感じつつあったが、普段はめんどくさがりなライナが母としての意識が芽生え、出産に向けて努力しているところを見ると、負けてはいられなかった。ライナのお腹も時が経つに連れて大きくなり、順調に育ってきていることが伺える。

レオ「ただいま。お腹のガキんちょはどうだ?」

ライナ「あっ、お兄ちゃんお帰り。今日ね、お腹ポンポンと蹴ってきたの」

レオ「へぇ、ってことはこいつはドアラ似のやんちゃな男の子かな」

ライナ「そんなことないわよ。この子はきっと、ライナ似のかわいい女の子よ」

二人はまるで、新婚の夫婦みたいになっていたが、ライナのお腹にいるのは、間違いなくドアラとの子供である。
そんなことを知ってか知らずか、ドアラはいつも通りフリーダムな行動を取っていた。しかし、ここ数日、バク転の成功率が極端に減り、ファンを中心に、シャオロンとパオロン、チアドラから冷たい目で見られていた。

ドアラ(痛てて、どうしたんだ最近……)

このシーズンのペナントレースを制したのはセ・リーグが巨人。パ・リーグが北海道日本ハム。西武は健闘空しくBクラスで終了となったが、中日は上位に食い込み、このシーズンから導入されたクライマックス・シリーズで3位阪神と首位の巨人を連勝で叩きのめし、2年連続で日本シリーズの進出を決めた。対戦相手は昨年と同じ北海道日本ハムであった。中日にとっては二連敗だけは避けたかった。

ドアラは、昨年と同じ屈辱は味わいたくないと願いつつ、初戦の札幌ドームへ移動した。控室に移動すると、北海道移転時より新しいマスコットとなった”ブリスキー・ザ・ベアー”ことB・Bが、ドアラの到着を待ち構えていた。

B・B「よお、待ってたよドアラ!今年もこうやって会えるとは思いもしなかったよ!」

ドアラ「お、同じ過ちは二度としないからね!」

B・B「まぁ、強がっちゃって!」

控室で談笑していると、BBがあることをドアラに話した。

B・B「ドアラ、あんたに片思いしてるライナなんだけどさ…」

ドアラ「ライナが?ライナがどうかしたのか?」

B・B「9月頃から体調崩して休んでるんだよ」

ドアラ「えっ!」

ドアラは唖然とした。

B・B「何だ知らなかったのか。原因は分からないってレオも言ってたからさ。もしかしたら、君に対する恋患いじゃないの?ひょっとしてドアラが目の前に来れば回復するかもしれないよ。時間があったら電話でもしたらどうだ?」

ドアラは固まったままになっていた。目の前が真っ白になっていく。

ドアラ(まさか、ライナ……)

B・B「お~い!どうした?」

ドアラ「えっ?はっ、何でもない。考えすぎだよ」

B・B「よぉし、そろそろ時間だ。グリーティングに行こうぜ!」

日本シリーズは4勝1敗で中日が53年ぶりに日本一に輝いた。これで今シーズンのプロ野球は幕を閉じ、オフに入った。


第3話
お し ま い

第4話「レオに募る苛立ち」

場所は変わって、ここはインターネットの掲示板。ニュースにも取り上げられるほど有名なサイトで、プロ野球についての書き込みもある。当然、マスコットに関しても例外ではなかった。そこにはライナが休養した理由を考える項目が書き込まれていた。

{ライナが9月から突然休養}

「明らかに前まで元気だったよな。急に休むなんて絶対何かありそうだ!」

「俺も気になる」

「いつものバックレ癖じゃね?”天気が良いのでどこかに行ってしまった”ってこともあったし」

「気 に な る」

いろいろ書き込まれた中で、あるユーザーの書き込みに注目が集まっていた。

「ライナ妊娠説」

「な、何だって!?」

「MJD?(マジで?)それKwwsk(詳しく)」

「あくまでも仮だけど、発情したライナをレオが襲って妊娠したってことも考えられなくね?」

「近親相姦かよ。でも、それあり得るかも!」

「でも相手はレオじゃなくてドアラじゃないのか?」

「あいつは襲われる側だ。襲われたとしても種族が違うから妊娠はしない」

「だいいち、名古屋と所沢だからしょっちゅう会えるわけないだろ」

「ライナが兄貴にお願いしたとか?」

「ライナがレオに直接お願いはしないだろ。レオが襲ったとしか考えられないよ」

「それ、有力だ!」

いつの間にか一部のファンに”レオがライナを襲った説”が広まっていった。

翌年のシーズンが始まった。ライナはまだグリーティングに戻れずにいたが、臨月を迎え、いつ産まれてもおかしくなかった。レオも一人でグリーティングに励んでいたが、ライナを心配しているはずのファンの様子がおかしかった。ライナが球場に来ないのをレオのせいにしてきたのである。

「おい、お前がライナをレイプしてるだろ?正直に言えよ!」

「あんた、ライナちゃんを食べちゃったんじゃないでしょうね。いくら自分の妹が可愛いからって食べちゃうなんて酷すぎるわよ!」

「ライナを返せ!」

「体調不良じゃなくてライナとイチャついて妊娠させたんだろ!責任取れ!」

一部のファンによるレオに対する野次は球団事務所にまで及び、球団にかかる電話の三分の一がライナに対することである。球団代表も浮かない顔をしてレオに話した。

小林球団代表「これ以上ライナを休ませるのはファンの反感を高めるだけだ。真実が言えない職員の負担も大きい。なんとかならんのかね」

レオ「ライナの体のことは自分でも分かりません。とにかく、臨月ですから無事に生まれてくることを願うだけです」

とはいえ、レオは心無いファンからの責めに耐えきれなくなっていた。そして、良からぬことを考えるようになっていた。レオは、我慢の限界に達していた。

レオ(クソォ、何でアイツのせいで俺が責められなければいけないんだ。もともとはアイツが何も考えずに妊娠したからいけないんだ!こうなったら、無理やり球場で産ませてやる!強制出産だ!)

レオは怒り心頭で家に帰った。

レオ「おい!ライナ。話がある…」

レオの耳に聞こえてきたのはライナのうめき声だった。

ライナ「ううぅっ、はぁはぁ……」

レオ(まさか、ライナ!)

レオは急いで玄関を上がり、広間のドアを開けた。レオの思った通り、ライナは体を縮めて、うずくまっていた。


第4話
お し ま い

第5話「ライナの出産」

レオが帰宅する一時間ほど前、ライナは臨月のお腹をさすりながら悩んでいた。

ライナ(私、この子を産んでも育てられるかなぁ)

ライナにとって初めての出産。不安になるのも当然である。

ライナ(やっぱり、産むなんて安直に決めなきゃ良かった。ドアラに話すべきだったのよ…)

すると、その瞬間!

ライナ「うっ!ああっ!」

ライナに激痛が走った。陣痛が襲ってきたのである。

ライナ「待って、待ってよ赤ちゃん。ママ、まだ準備ができてないのよ。だからもう少し大人しくしてて!」

しかし、一度発生した陣痛は簡単には収まらない。

ライナ「分かった。ママが不安になったからいけないのね。だから落ち着いて」

陣痛は更に痛みを増してライナに襲い掛かった。朦朧とする意識の中、ライナはある者の名前を呼び続けていた。

ライナ「ドアラ…ドアラ、どこにいるの?私は今、あなたの赤ちゃんを産もうとしてるのに、何でそばにいてくれないの?早くライナのところに来てぇ……」

ライナはうずくまったまま、動くことはできなかった。そこへ球場からレオが帰ってきたのである。

レオ「ラ、ライナぁっ!」

ライナ「お兄ちゃん…来ちゃったみたい」

レオ「今日が誕生日か。破水はしてないようだな。よし、病院に行くぞ」

レオは病院に連絡しようと立ち上がろうとした。しかし、ライナはレオの足首を掴んで抵抗した。

レオ「な、何をするんだ!ライナ」

ライナ「嫌だっ!ここで産むの!」

レオ「馬鹿なこと言うな!下手なことしてお前まで危険な目に遭いたいのか!」

ライナ「お兄ちゃんに、赤ちゃんを取り上げて欲しいの。お兄ちゃんなら安心して赤ちゃんを預けられるんだから」

レオ「ライナ…」

レオはライナの願望を聞き入れ、病院への連絡をやめた。

レオ「よし。準備に取り掛かるぞ!」

ライナはソファーの上で仰向けになり、レオに向けて股を拡げた。レオがライナの秘所を見るのは、ライナがまだ幼い時以来である。

レオ(クソォ。ドアラの奴、ライナの股を拝みやがって……)

ライナ「お兄ちゃん、何見てるのよ」

レオ「あ、いかんいかん」

レオはライナの股下をタオルで覆い被せた。しかし、コアラとライオンの合いの子など前例がない。万が一、奇形児が出て来て気絶しないように配慮したのである。

ライナ「あっ……!」

破水が始まった。ライナの秘所から赤ん坊を包んでいた羊水が溢れ出る。

レオ「いよいよ出てくるのか。ライナ、足を踏ん張るんだ」

ライナ「はぁはぁ、ウゥーッ!」

ライナは呼吸のリズムを合わせ、身体全体に力を入れて赤ん坊を押し出そうとする。初産なのでなかなか出てくる気配はない。

ライナ「お兄ちゃん、出てこないよぉ」

レオ「心配するな。最初はそんなもんだろ。出口が狭いんだからしょうがないさ」

しばらくしてライナの秘所が開き、頭部が見えてきた。完全には見えず、出てきたり引っ込んだりを繰り返している。

レオ(嘘だろ……)

赤ん坊に愕然としたのはレオだった。レオが予想していた赤ん坊の姿とはまったく異なっていたからである。

レオ(こんなことってありなのかよ……)

ライナ「お、お兄ちゃん、どうしたの?」

レオ「はっ!い、いや何でもない。そのまま続けるんだ。頭が出てきたらもうすぐだ!」

ライナの秘所から、赤ん坊の頭部が出てきた。

ライナ「うぅっはああっ!」

赤ん坊は多量の羊水と共にライナの秘所から勢い良く出てきた。

レオ「な、泣かない…大丈夫か?こいつ」

赤ん坊はしばらくの沈黙の後、堰を切ったかのように産声を上げた。

赤ちゃん「ふ、ふんぎゃあ。ふんぎゃあ!」

ライナ「う、産まれたぁ。ライナの赤ちゃん、産まれたぁ」

喜んでいるライナに対し、レオは赤ん坊を見て固まっていた。

レオ「ま、マジかよ……」

ライナ「は、早くライナの赤ちゃん見せてぇ」

レオ「あ、あぁ、見て驚くんじゃないぞ」

ライナは赤ん坊をしっかりと抱き締めた。レオはライナが赤ん坊を見て気絶するのではないかと思っていたが、ライナから出たのは意外な一言だった。

ライナ「か、可愛い…」

レオ(えっ?驚かないのか?お前、有袋類を産んだんだぞ)

レオが驚くのも無理はなかった。ライナから出てきた赤ん坊はドアラに似ていたからだ。と言うより、小さくしたドアラそのものだった。

レオ(あいつ、DNAまでもフリーダムなのかよ)

呆れるレオに対し、ライナは涙を流しながら母になったライナは出産の喜びに浸っていた。

ライナ「ママね、あなたに会えるのを待ってたんだよ。ママ、あなたを一生懸けて守るからね。お腹空いたでしょ。おっぱいあげるからね」

ライナが赤ん坊に授乳する様子を見て、レオは何も言い返すことができなかった。ライナが幸せであるなら、それでいいと。

ライナ「あ、ひょっとしてお兄ちゃん、赤ちゃんにおっぱいあげてるのがうらやましいんでしょ?お兄ちゃんにはあげないよーだ!」

授乳している時のライナの表情は、母性に満ち溢れていた。


第5話
お し ま い

第6話「父、ドアラとの顔合わせ」

赤ん坊はドアライナと名付けられ、引き続きライナが育てに入った。初めての育児に苦労していたが、レオのフォローもあり乗り越えていった。しかし、このままではドアラが何も知らないままとなっている。

ライナ「そろそろ、ドアラに伝えないといけないよね」

レオ「ああ、もういいだろ。そろそろ交流戦だからな」

ライナは妊娠発覚から今まで外に出ていなかったのでウズウズしていた。赤ん坊のドアライナも産まれてから一度も外に出していない。ライナの復帰は、5月31日に決まった。その日は西武ドームにドアラが来る日でもあった。
迎えた5月31日。西武ドームでの西武対中日の初戦。ドアラは集合時間に遅れ、後からグリーティングに入った。
球場ではレオとライナがグリーティングを行っていた。

ドアラ「いやぁ遅れてごめん!寝坊しちゃって…」

ドアラは観客の目線が異様に集中していることに戸惑った。

ドアラ(や…何か?)

ライナ「あっ、パパだ!」

ドアラ(パ…パ?)

レオ「ドアラおめでとう!やったじゃん!」

ドアラ(え…何のこと?)

レオ「お前ライナも隠してないで素直に言えば良かったのに!」

ドアラ(ど、どうなってるの?)

ドアラがライナを見ると、腕に何か抱えている、しかも微妙に動いている。良く見ると、ドアラに似ている。

ドアラ「ラ、ライナ…それって」

ライナ「何って、見ての通りじゃない」

ドアラ「お、おお…」

ドアラはその場に膝を着き、崩れた。

ドアラ(う、嘘だろ、そんなぁ…)

ライナの腕には、ライナのお腹の中で育った赤ん坊、ドアライナが眠っていた。

ライナ「あのね、あの日の後、生理が来なくなって、お腹も大きくなってくるから何かと思ったら、赤ちゃん出来ちゃってたの!えへっ、ドアラに似てかわいいでしょ?」

ドアラ(俺に似てるって…百パー俺じゃねえか!)

ドアライナには、母であるライナの面影はどこにもなかった。

ライナ「ご挨拶しなきゃ。ほぉら、ドアライナ。パパが帰ってきたでちゅよぉ!」

ドアラ(ドアライナって、俺とお前の名前を繋げただけだろ!単純すぎだ)

ドアライナは、ゆっくりと眼を開いてドアラを見詰めた。

ドアラ「お、俺がお前の父ちゃんだ!文句あっか!こんにゃろう」

ドアライナは沈黙の後、泣き出した。

ドアライナ「うっ、ふっ…ふんぎゃあ!ふんぎゃあ!」

ライナ「あらあら、パパの顔が怖かったのかしら、やっぱりドアライナはママのことが好きなのよねぇ!」

ドアラ(オイオイ、俺と同じ顔して泣くってどういうことだよ…)

ライナはドアライナをあやす為にドアラから離れた。それと入れ換わるかのようにレオが近付いた。

レオ「よぉドアラ!」

ドアラ「れ、レレ…オ!」

レオは笑顔でドアラの前に立っていた。

レオ「まさかなぁ、ライナとお前が体の関係を持つようになってたなんて知らなかったよ。お前もなかなかやるもんだなぁ!」

ドアラ「ち、違うんだレオ。あいつ、俺を呼び出して勝手に襲ってきやがったんだよ!信じてくれ。これは俺が望んだことじゃない!」

レオは一息付いて話した。

レオ「まぁまぁ、そう興奮するなよ。どう言い訳したって変わらないし。まぁこれで俺とお前は兄弟になったんだ。仲良くやろうな!さぁ、グリーティングは始まったばかりだぞ!」

ドアラは全身が震え始めた。そこにマスコミの容赦無い質問責めが待っていた。

「恐縮です!なぜライナの相手をしたんですか?」

「ライナに気がないとおっしゃったはずですが、なぜ」

「挙式の予定は考えていますか?」

ドアラは急いで控え室に逃げ帰った。

ドアラ(これは、俺が望んでやったことじゃないんだ!)

ドアラの頭の中で、ドアライナの泣き声が響いていた。

ドアライナ(ふんぎゃあ!ふんぎゃあ!…)

ドアラ(や、やめてくれ…)

ドアラは少し冷静を保ち、球場内に戻った。

「おめでとうドアラ!やっぱりライナと出来てたんだろ?この幸福者!」

「せいぜいライナと幸せにな!」

「お前もやっぱり男だな!羨ましいぜ」

ファンから祝う言葉で隠した嫌味に耐え、ドアラは何とか二日間を切り抜けた。ドアラはホテルへ帰る前にマスコット控え室に寄った。控え室ではライナが赤ん坊ドアライナをあやしていたところである。

ドアラ「ライナ…」

ライナ「あっ、ドアラ。どうしたの?」

ドアラ「これからどうするんだ?俺はこのままでいいのか。いくらお前の一方的だったからって、俺に何も責任がないとは言えないだろ?」

ライナは微笑みながら答えた。

ライナ「ドアラがそう思ってくれてるのは嬉しいけど、この子は私が面倒見るわ。お互い、別々のチームだから一緒にいられないのは分かってるからね」

ドアラ「そうか、無理だけはするなよ…」

ドアラは控え室を出ようとしたところ、レオと鉢合わせした。

ドアラ「レオ…」

レオ「ドアラ、ライナが育てると言っても、お前の子供でもあるからよ。たまには顔を出してやれ。じゃあな!」

ドアラ「あ、ああ…」

翌日、スポーツ紙にはやはり昨日の騒動がデカデカと記載されていた。ただし、どの記事も“ドアラがライナを襲う”等と事実と異なっている。このせいでファンに誤解を与えてしまうのが悔しかった。そもそも、控室に逃げた後、ドアラから事情を聴いた記者はいなかった。

ドアラ(お前ら俺に聞いたのかっつうの!)

名古屋への帰省中も周囲の視線はどことなく冷たかった。やはり、マスコミが周囲に与える影響は恐ろしい。
名古屋へ帰った後、球団からは事態が収拾するまで待機するよう指示が出ていた。テレビでナゴヤドームでの試合が流れると、自分がその場にいられないことが悔しくて仕方がなかった。


第6話
お し ま い

最終話「男、ドアラの決断」

後日、緊急で両者の役員クラスによる会議が行われた。ドアラもライナも人気マスコットなだけあってただでは済まされない事態だった。賠償金や今後のことなどを徹底的に討論したが結論は出なかった。長い会議だったにも関わらず最終的には、“マスコットが勝手にやったことであり、マスコットごときに大騒ぎする必要はない”として両球団は関知しないという結果に至った。要はこれまで通りに行動せよとのことである。
ドアラは待機指示から解かれ、これまでと変わりなくナゴヤドームで活動を再開した。しかし、球場にいてもイベントに出ても、自分を見る目が変わっているのが分かる。ファンからかけられる声も変わってきた。

「早くライナのところへいった方がいいよ!」

「ライナばかり負担かけさせたらダメだろ?」

「お前には父親としての責任はないのか?」

ドアラは何も言えなかった。ライナが自分を襲わなかったら、あんなことにならずに済んだのに。しかし、悔やんだ時点でどうすることもできなかった。

シーズンが終わり、活動が落ち着いたある日、ドアラは何を思ったかライナに電話をかけた。

ドアラ「ライナ。俺だ!話したいことがある。明日、そっちへ行くから会えるかな?」

翌日、ドアラはライナが待つ関東某所に出向いた。ドアライナは背中で寝ていた。

ライナ「どうしたのドアラ。ドアライナの顔でも見たくなったの?」

ドアラ「いや、そうじゃないんだ。お前、独りで育てて大変じゃないか?」

ライナ「えっ?」

ライナはドアラの一言に驚いた。

ライナ「で、でも、この子は私が育てると決めたもん。ドアラに迷惑かけたくないからね」

ドアラ「でも俺、お前の負担が大きくなるのを黙っていられないよ。このままではいけないと思うんだ」

ライナ「気持ちは分かるけど、こうなったのも私が変な考えを持っちゃったからよ。私達、種族もチームもリーグも違うから、一緒にいられないのよ」

ドアラは急に、ライナを強く抱き締めた。もちろん、ドアライナも一緒に。

ドアラ「種族や、チームや、リーグの違いなんて関係無いんじゃなかったのか?自分から言い出しておいて今更否定すんなよ」

ライナ「ドアラ…」

ドアラ「俺がこいつの面倒を見る!お前はレオ兄貴と一緒にお客さんを喜ばせるんだ」

ライナ「えっ?でも、ドアラはいいの?ドアラがいなかったら…」

ドアラ「向こうはシャオロンとパオロンに任せりゃいい。あいつらも今となっては俺がいなくてもしっかりやっていけるさ。お前はレオ兄貴と一緒じゃないと意味がないだろ?」

ライナは目に涙を浮かべた。

ライナ「ドアラがそう思ってくれてるなんて。うわぁん!」

ドアラ「俺がお前とドアライナを幸せにしてみせる!一緒に暮らそう!」

すると、ドアラの背後から拍手の音が聞こえた。後ろを見ると、そこに立っていたのは…

ドアラ「れ、レオ!」

ライナ「お兄ちゃん!」

レオ「チームを捨ててまでライナに尽くすなんて、その意思の堅さには負けたよ」

ドアラ「でも、レオはこれでいいのか?ライナが俺の手に渡るんだぞ。異議はないのか?」

レオは笑いながら答えた。

レオ「ハハハ。やっとこれで俺はライナから解放されたんだ」

ドアラ「どう言うことだ。ライナはあんたの妹だろ?」

レオ「いや、悪い意味じゃないんだよ。ライナが小さい頃、親父とお袋は突然いなくなりやがった。怒りに震えてばかりいても仕方がないから、今までライナは俺が面倒を見てきたんだ。結構やんちゃな奴で、目を離すと何を仕出かすか分からないから大変だったんだよ。でも、ライナもだいぶ大人になってきたから、いつの日かこいつを守れる奴は出てこないか待ってたのさ。そこに現れたのがドアラ。お前だ」

ドアラ「お、俺が…」

レオ「ライナがお前に会った瞬間に、俺は“こいつならライナを任せられる”と確信したのさ。だからお前がライナにじゃれついている時に引き離そうとしなかったのも、その為だ。でも、まさかライナがドアラに淫らなことをしていたのは予想外だったね」

ドアラ「レオ…」

ライナ「お兄ちゃん…」

こうして、ドアラはレオに認められたが、まだドラゴンズ側に話は伝わっていなかった。ドアラはシャオロンとパオロン、それに石黒哲男広報を呼び、話をした。当然、驚かないはずもなく、不思議がられた。

シャオロン「でも、ドアラがいなかったら僕たちだけでやっていけるかなぁ?」

パオロン「ねぇドアラ。行っちゃやだよぉ。ドラゴンズに残って」

石黒広報「いやぁ意外や意外。まさか君がそんな考えだとは思わなかったよ。でもお客さんに悪いだろ?まず、八回のバク転がないとなぁ…」

ドアラは三人の不安をはね除けるかのように言った。

ドアラ「確かに俺がいないと何かと不便なのは確かだ。でも、シャオロンもパオロンも充分人気があるから、俺がいなくてもしっかりやっていける。もう決めたことだ、後に引くつもりはない。分かってくれ。グロさん、新たなファンサービスをよろしく頼みます」

三人は黙っていた。

ドアラ「今、ドアライナはライナが育ててる。あいつは独りで育てると言ってるけど、ライナばかり辛い思いをさせたくないんだ。だから…」

シャオロン「もうそれ以上言わなくていいよ。ドアラが決めたことなら、僕は止めないよ」

パオロン「パオも止めない。ライナお姉ちゃんと赤ちゃんを幸せにしてあげてね」

ドアラ「お、お前ら…」

この話しは球団を通してファンにも伝えられた。当然、球団にはドアラの存続を求める声が、中日ファンに限らず巨人ファンや阪神ファン。それに西武ファンなど、球団を問わず全国各地から寄せられた。しかし、ドアラの意思は堅かった。これには広報も“いつものドアラかなら有り得ないこと”と驚いた。
そして、ドラゴンズでの最後の時を迎えた。シーズン終了後に行われるファン感謝デー。これを終えると、ドアラはライナが待つ所沢へ旅立つ。集結したファンからはやはり、ドアラの残留を望む声が響いた。

「ドアラ!行かないで!」

「お前はドラゴンズにいるからドアラって言えるんだぞ!西武にいったらドアラじゃなくなるだろ?」

「ドアラいなくなったら、ファン辞めちゃうよ!」

ドアラは自分の人気の凄さを改めて知ったが、撤回は考えなかった。

イベントではドアラの仲間である各セリーグ球団のマスコットからのお別れ・お祝いメッセージが紹介された。

ジャビィ『ドアラ、出産おめでとう!お前がいなくなると俺たちセリーグは寂しくなってしまうが、生まれたばかりの子供のためなら引退は仕方がないよ。またいつか俺たちのいる東京ドームにも顔を出してくれよ!その時には俺たちジャビットファミリーで歓迎パーティーを開くよ!それじゃその日までさようなら、そしてドアラのこれからの幸運を祈る。読売ジャイアンツ ジャビィ』

トラッキー『寂しなるなぁ…球団一フリーダムで人気者のお前がおらんようになったら、わしもバク転はできるんやけど、お前にはかなわへんわ。また逢える日を祈って、わしらセリーグマスコットもお前の分まで頑張るさかい、応援したってな!ほんで甲子園にも遊びに来てや~!阪神タイガース トラッキー』

つば九郎『らいなちゃんのごしゅっさん、おめでとう。そのいわいにみんなでる~び~のんでかんぱいだ!どあらおやじかんぱい!でへへ。東京ヤクルトスワローズ つば九郎』

ホッシー『君がいなくなると悲しい、でもまたいつか逢えるよね!僕は君のことは永遠に忘れないよ!横浜ベイスターズ ホッシー』

スラィリー『ドアラ~!ライナちゃんと幸せにね~!そしておいらたちのことも~見守っておくれ~!ピロピロ~!広島東洋カープ スラィリー』

そしてイベントは滞りなく行われ、最後を迎えた。

MC「えー、ではここで、今シーズンでマスコットを引退するドアラからのメッセージを紹介します…」

ドアラはこの日に向け、ファンへの最後の言葉を考えていた。当然、人間に話はできないので文章にして司会に託した。

ドアラ『この度は、ファン感謝デーにお集まりいただき、ありがとうございます。既にご存じの通り、私、ドアラは中日ドラゴンズのマスコットを引退させていただくことになりました。理由は、西武ライオンズのマスコット、ライナを妊娠させ、出産したことに対し、両球団にご迷惑をおかけしたからであります。ただし、テレビや週刊誌等のマスコミが一部誤った情報を伝えているため、改めて真実を伝えたいと思います。少々お子様にはきつい内容かもしれません…』

手紙には、ライナがドアラを呼び出し、ドアラの静止を聞かずに行為に至ったことが記されていた。

ドアラ『…しかし、本当なら自分自身も回避することはできたはずでした。それをしなかった自分にも問題があると思います。今、赤ん坊ドアライナはライナが独りで育てています。ライナが自分で育てたいと話していますが、ライナばかり負担が増えるのを黙っているわけにはいかないのです。自分には父親としての責任はないのか。そのことで頭がいっぱいになってしまいました。そこで私は決めました。ドアライナは俺が面倒を見ると。もちろんドラゴンズを捨てることになりますが、もう決めたことです。ドラゴンズに戻るつもりはありません。ライオンズのマスコットになるつもりもありません。ですから、今のこの姿を目に焼き付けてください。ナゴヤ球場に捨てられ、親の顔も知らない自分が親になるなんて思ってもいませんでした。でも後悔はしません。ドラゴンズにいた十四年は凄く楽しかったです。今後はシャオロンとパオロンが大活躍します。ぜひ応援してあげてください!以上で、最後の挨拶とさせていただきます。ありがとうございました!』

周囲から惜しみ無い拍手が鳴り響いた。

「ドアラ!ドアラ!ドアラ!…」

ドアラは気分が高まったのか急に走り出し、バク転をしてみせた。これまでより大きく激しく美しく。周囲から喝采の声が響いた。 一塁内野と外野、三塁内野と外野、ドアラは感謝を込めて四回宙に舞った。

「ドアラ!ありがとう!」

「元気でな!また顔を出せよ!家族揃ってな」

感謝デーは大好評で幕を下ろした。ドアラはグラウンドを出ると、そのまま帰った。球団がお別れ会をしないかと誘ったが、それすら断った。

翌日、名古屋のアパートを後にしたドアラは、ライナが暮らす所沢に着いた。

ドアラ「ただいま!」

ライナ「お帰り。やっと一緒だね」

ライナはドアライナを抱え、ドアラを迎えた。

ドアラ「あれっ?レオ兄貴は?」

レオ「お兄ちゃん一人暮らしを始めたの。二人の邪魔はしたくないからだって!」

ドアラ「ああ、そうなんだ…。妹に先越されたのが悔しいのかなぁ」

ライナ「ほぉら、ドアライナ。今日からパパと一緒でちゅよぉ!」

ドアラ「おい、この展開って…」

ドアライナはあの日と同じようにゆっくり目を開けた。ドアラはまた泣かれると思い、心配していた。

ドアライナ「ふふふ、あははぁ!」

ドアラ「やっと笑ってくれたよ…」

ライナ「あの後もドアラの顔が見えると泣き出して困ってたの。だから鏡を向けてしばらくしたらやっと泣き止んでくれたのよ。どうやら作戦が効いたわね」

それを聞いたドアラは息子が自分と同じ顔で産まれたことに複雑な思いをしていた。

ドアライナ「ふっ、ふっ、ふんぎゃあ!ふんぎゃあ!」

ドアラ「何だ、また泣き出したぞ!何か臭うな、まさか!」

ライナ「大変!オムツ変えなきゃ!」

ドアラ「いいんだ。俺がやるから、貸してごらん」

ドアラはドアライナのオムツを外し、慣れた手付きでオムツを交換した。

ドアラ「よし、うまくできたぞ」

ライナ「初めてにしては上出来ね!私でもてこずるのに」

ドアライナは再び笑いだした。

レオ「おーいドアラぁ。やっと来たのか」

ドアラ「あっ、レオだ!」

レオ「移動ご苦労様だったな。ライナと赤ん坊をよろしく頼んだぞ。よし、早速、歓迎会でもするか!」

ライナ「もうお兄ちゃんたら。自分が飲みたいだけなんでしょ?」

こうして、ドアラの新しい生活が始まった。ライナは今まで通り、レオと共に球場で活動した。ドアラは専業主夫としてドアライナの世話や、時には表に出ない範囲でレオとライナのサポート役に徹していた。大変なことだが、ドアラは嫌な顔はしなかった。ドアラには中日ファンを中心に未だにマスコットに復帰してほしいとの声が届くが、ドアラは断り続けている。自分はマスコットではなくなった。自分から球団と縁を切ったのだから復帰するつもりはなかった。それは中日ドラゴンズ以外でも答えは同じだった。

ライナ「ドアラただいまぁ!疲れたぁ。ドアライナは?」

ドアラ「ライナ、お帰り。ドアライナなら寝てるよ。ご飯にする?お風呂にする?それとも…俺かな?」

ライナ「じゃあ、ドアラにするぅ!」

ドアラ「おわぁ!続きはベッドでな…」

二人は二年前のあの日と同じように熱い夜を過ごしている。特に試合が終了した後は激しくなる。日を重ねるうちに変化が訪れた。

ライナ「ああん、ドアラ激しすぎるよぉ。お腹に赤ちゃんいるんだからぁ」

ドアラ「何言ってるんだよ。いつも俺に激しくしてきたくせに。だからもう一人できちゃったんじゃないか!」

ライナ「もう、ドアラの意地悪ぅ。今度はライナ似の女の子なんだから、しっかり面倒見てくれなきゃ承知ないんだからね!」

ドアラにまた一つ、仕事が増えそうだった。


最終章「DOA・LINA ~青いコアラと白いライオン~」

お し ま い

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