【モバマス】「とりとめもない日々の一コマ」【アイマス】 (51)

※ 特にこれといった連続性は無い、日常の一コマを書いてくだけです。

===1.

 それはプロデューサーが担当アイドルの佐久間まゆと一緒に、行きつけのカフェでランチを食べている時だった。

「この前の仕事な、ディレクターさんが褒めてたぞ。
『まゆちゃんは見た目が可愛いだけじゃなく、気配りもできるいい子だね』って」

 お店自慢の特製サンドを頬張りながら、会話の流れで何気なく放った一言である。
 しかし、彼の前に座るまゆは「えっ?」と驚きの声を上げ

「あの、プロデューサーさん……今のところ、もう一度」

「今のところ? だから、まゆは気配りができるいい子だねって」

「ああ、いえ、そうじゃなくて」

 両手で齧りかけのサラダサンドを持ったまま、まゆが可愛らしく首を横に振る。

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「えっと、その……まゆです。さっきの、まゆのところです」

「まゆのところ? ……ああ、カワイイ?」

「あぅっ! ……確かにまゆは可愛いですけど、そ、そんな面と向かって言われると……って違いますよぉ」

 先ほどよりももう少しだけ強く首を振ると、まゆが照れ臭そうにプロデューサーに言った。

「そうじゃなくて、さっきの……『まゆちゃん』ってところです」

「……それがどうかしたのか?」

「いえ、ちょっと……新鮮だなぁって。普段は、『まゆ』と呼んでもらっていますから」


 言われてみれば、確かにまゆの言う通り。

 このプロデューサーは基本的に、担当アイドルを苗字ではなく下の名前で呼ぶように決めていた。

 それはアイドルとプロデューサーのより良き関係云々信頼の築き方かんぬんと言った考え方によるものだが、
 今の話題とは余り関係が無いので詳細な説明は省略する。


「つまりそれって、もう一度『ちゃん付け』で呼んで欲しいってことか」

「……ダメ?」

 それは、余りに唐突なおねだりだった。

 右手を悩ましく口元に寄せて、上目遣いの甘い声。

 まゆの取ったいわゆる「ぶりっ子おねだりポーズ」とでも言うべき仕草を前にして、
 このお願いを断れるような人間がこの世に何人といるものか!

  ……例え彼女の左手に携えられたままのサラダサンドから、
 ぽたぽたと滴り落ちるドレッシングが手首のリボンに染みを作っていたとしても。


 とはいえ、いざ改めて呼び直すのも中々に照れ臭く恥ずかしい。
 プロデューサーは気合を入れるようにコホンと一度咳払いをすると

「そ、それじゃあ……まゆ」

「ちゃん」

「ま、まゆー……」

「ちゃんですよぉ」

「まゆ!」

「ちゃーん!」

「大五郎!」

「だっ、誰ですかそれぇ!?」

「小高い丘の城跡の、崩れかけた東屋で――」

 染みを作り続けるドレッシングの滴がしとぴっちゃん。
 いや失礼、閑話休題である。


「ま、まゆちゃん」

「はい、プロデューサーさぁん」

「ううむ、やっぱりアレだな。言い慣れてない呼び方は照れ臭いな」

 気恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻いたプロデューサーを、まゆが愛し気な視線で見つめる。

「でも、まゆは嬉しいです。……たまには、こういうのもいいですねぇ」

「そうか? なら、まゆちゃん」

「はい♪」

「まーゆーちゃん」

「はい、なんですかぁ?」

「ちゃーん!」

「えっ!? あっ! だ、大五郎!」

「――それが三つ目の朝となり、四つ目の夜が来て、五つ目の朝が雨だった」

「だから、その子は誰なんですかぁ……?」

 呆れたように言うまゆに「冗談だよ」と笑いかけながらプロデューサーは考えていた。
 彼女のこのノリの良さを活かせる仕事……今度、幸子と一緒にバラエティ番組に出すのも面白そうだ、と。

とりあえずこんな感じで、短めな一コマをいくつか書いていく予定。では。

===2.

 その日、プロデューサーは出社する途中で猫を見つけた。

 首輪が無いので野良であろうが、偉そうに塀の上に寝そべって、
 こちらをジッと見つめるその顔は何とも言えずふてぶてしい。

 まるで彼に向かって「人間風情がにゃんかようかい?」と言っているようである。

 別段用事は無かったが、ふと彼は好奇心からこの猫の頭を撫でてみたくなり、そっと右手を伸ばしたのだった。

===

 出社して来たプロデューサーの姿を見た瞬間、前川みくは「ひぇっ!?」と情けない声を上げて驚いた。

 それから彼女は慌てた様子で救急箱を取って来ると、顔の鼻から下を血だらけにしている彼の手当てを始めたのである。

「――で、その猫ちゃんに引っかかれたの」

「差し出した右手に鋭い一閃、塀から飛び降りざま鼻に一撃。
 ふらついて尻もちをついてる間に脛を一掻き……ありゃ相当な手練れだな、多分」

 プロデューサーの右手に作られた真新しい引っかき傷に消毒液を塗りながら、
 事の顛末を説明されたみくは呆れたようにため息をつく。


「あのねPチャン。普通猫っていうのは警戒心が強いものなんだよ? 飼い猫じゃなく、野良だって言うならなおさらそうにゃ」

「そんなことぐらい知ってるさ。ただ、近づいても逃げ出さなかったから、大丈夫かなと思ってな」

「……ちなみに聞いておくけどPチャンは、どんな風に猫ちゃんを撫でようとしたの?」

「えっ? そりゃ、まずは相手との視線を合わせてだな……」

 みくに聞かれて、プロデューサーが彼女の顔を真っ正面からジッと見つめる。
 それから、彼はゆっくりと顔を近付けて行くと

「次に、相手との間合いを詰めていく。この時、視線は絶対に逸らさないと決めてたな」

「な、なんで……?」

「なんでって、一瞬の隙をついて逃げられたりするとイヤじゃないか」

 言いながら、さらに近づく二人の顔と顔。


(あ、あれ? これ、なんか危ない雰囲気じゃ……)と、異性の接近にみくの動悸が早くなってゆく。
 緊張に唾を飲みこむと、彼の右手を握る手にも思わず力がこもる。

「……みく」

 囁きかけるような優しい声をかけられるやいなや、みくの肩は強張り、
 吐息すらかかる距離に呼吸だって止めてしまう。

 ガチガチに固まる体、耳まで真っ赤になった顔。

 それでも彼女の両目だけは、彼の一挙一動を見逃すまいとめい一杯に見開かれ――
 刹那、プロデューサーの左手が視界の端から現れたかと思うと、みくの頭をサラリと撫でた。


「にゃあああぁっ!!」

 そして続けざまに轟く大絶叫。

 電光石火の勢いで振り上げられたみくの右手がプロデューサーの頬を文字通り切り裂き、
「ぐはぁっ!?」と悲鳴を上げて椅子から転げ落ちたプロデューサーの上に、追撃とばかりに救急箱が投げつけられる。

「な、なななななっ、Pチャンいきなり何するのっ!?」

「それはこっちの台詞だバカモン!」

 無様に床に倒れたプロデューサーが、泣き出しそうな顔でみくを見上げながらそう言った。


「怪我を手当してもらってて、なにゆえ傷を増やされなくちゃならんのだ!」

「そ、それはPチャンが悪いでしょ! いきなりみくの頭を触るなんて、セクハラだよ、セクハラ!」

「俺はただ、どうやって猫を撫でようとしたか実践して見せただけじゃないか!」

「だからって、みくを撫でなくったっていいじゃない!」

「しょうがないだろ、相手がみくだったんだから!」

 プロデューサーが放った予想外の一言に、みくは「にゃっ!?」と言葉を詰まらせた。
 ……相手が自分だったから思わず撫でた? そ、それってつまりもしかして、プロデューサーは私のこと……!


「いつもにゃーにゃー言ってるみくだから、
 そういえばコイツもある意味では猫なんだよなって思ったら……思わず手が出てしまってたんだ」

 無表情で繰り出されたみくの右足が、先ほどまでプロデューサーの座っていた椅子を蹴倒した。
 椅子はそのまま床に倒れているプロデューサーの頭部を襲い、ゴンと鈍い音を辺りに響かせる。

「だから、何するんだよって言ってんだ!」

 数秒間、無言で痛みに耐えたプロデューサーが勢いよく立ち上がって言った。

「……ごめんねPチャン。みく、なんだかちょっとイラっとしちゃった」

「イラっとしたら、お前は人に椅子をぶつけるのか!?」

「だからごめんね。ちゃんと手当するから……ほら、座って座って」


 みくによって置きなおされた椅子の上に、プロデューサーが腰を下ろす。

 それから、彼は散らかったガーゼや絆創膏を拾い集めるみくの姿を眺めながら

「ついでに言っとくと、さっきから語尾がおかしくないか?」

「語尾?」

「いつもより『にゃ』ってつく頻度が少ないと言うか」

「……当たり前でしょ。だってみくは猫ちゃんじゃないもん」

「お、おい! いいのか、その台詞は……その、お前のアイデンティティ的に」

「いいも悪いも……みくは猫ちゃんアイドルである前に、前川みくって一人のちゃんとした女の子なの!」

「はぁ?」


 怒ったようなみくの言葉に、不思議そうに首を傾げるプロデューサー。
 
 その姿に、みくの表情は増々不機嫌さを増してゆく。
 だが、しばらく何事かを考え込むと、どこか諦めたように首を振って彼女は言った。

「……ほんっとPチャンには、デリカシーってものが足りないにゃ」

「怪我人の怪我を増やす奴だって、デリカシーがあるのかよ」

「そんなことだからPチャンは、猫ちゃんにもすぐ逃げられちゃったんだね」

「おい、無視するなって……痛てっ!?」

 プロデューサーの顔に、消毒液を染み込ませたガーゼが押し当てられる。

「もうちょっと優しくできないのかよ!」と抗議の声を上げるプロデューサーに、
 怒ったような、照れているような、なんとも複雑な表情を浮かべてみくが言う。

「ほら、手当してるんだから動かない。……いつまでもこんな扱いを続けてて、
 いつか飼い猫に愛想をつかされちゃっても知らないんだから!」

ここまで。

===3.

 パンクファッション専門誌『ゲラ!』で使うグラビアに、モデルとして渋谷凛と早坂美玲が呼ばれた時のことである。

「それじゃあ今度は凛ちゃんさぁ、美玲ちゃんのことギュッとハグしてみちゃおっかー」

 朝から続いた撮影も、そろそろ終わりが近づいた頃にカメラマンから飛んだこの指示に、
 カメラの前でポーズを取っていた凛は思わず眉をひそめたものだ。

 それは何も、自分の前にいる美玲を抱きしめることに抵抗を感じていたからではない。

 仕事だというならばハグだろうがおんぶだろうが大抵のことはして見せるつもりの彼女だが、
 それも全て自分の中で何かしらの納得が行くならだ。


(パンクファッションのモデルがハグ? 女の子同士が向かい合って笑顔で抱き着き合うポーズかな……
 でも、それってパンクのイメージ的にどうなんだろう?)

 とはいえ、悩み始めた凛とは違い、美玲の方は準備万端といった様子である。
 今日の撮影の為に用意されたジャケットのフードを被り直しながら「何してるんだ、凛」と彼女を急かす。

「でも、パンクでハグって可愛すぎない?」

 そんな美玲に凛がこっそりと耳打ちすると、彼女は凛を見上げて
「そこをカッコ良くキメるのが、ウチらの仕事だろッ」と苦笑い。


「ああ、そっか」

 なるほど、まったく彼女の言う通り。

 目から鱗が落ちたような気分になった凛は心機一転、
 気合の入ったキメ顔になると大きく両手を広げてこう言った。

「美玲、おいでっ!」

 瞬間、スタジオ内の空気が凍りつく。

 微動だにしないスタッフたちと、怪訝な表情を浮かべて立ち尽くす美玲。
 気まず過ぎる沈黙を破ったのは、凛にハグの指示を出したカメラマンだった。

「あの、凛ちゃん? ハグって言ってもそっちじゃなくて……こう、美玲ちゃんを後ろから抱きかかえるような感じでさ」

 この時、顔を真っ赤にして俯いた凛の蒼い歴史に新たな足跡(そくせき)が刻まれたのは確かである。
 ……眠りにつく前に思い返せばそう、枕に顔を埋めてジタバタしてしまう類のものとして。

ここまで。

>>20
×「そこをカッコ良くキメるのが、ウチらの仕事だろッ」と苦笑い。
○「そこをカッコ良くキメるのが、ウチらの仕事だろッ」

===4.

 本田未央、高森藍子、日野茜の三人組ユニット「ポジティブパッション」のミーティング日。
 どうしても外せない学校の用事があったため、予定していた開始時刻よりも少し遅れて現れた未央は開口一番こう言った。

「あーちゃん茜ちん待たせてゴメン!」

 未央よりも先にミーティングルームにやって来て、彼女の到着を待っていた藍子と茜の二人はそんな未央の姿に微笑むと

「いえいえ、大丈夫ですよ未央ちゃん」

「実はまだ、プロデューサーさんが来てないの。だからミーティングの始めようもなくて」

「あっ、そうなの? てへへ……結構急いで来たのに~」


 なんだ、慌てて損したなこりゃ……といった風に未央が片手を頭にやりながら、空いている椅子に腰を下ろす。
 それから彼女は、自分の腕時計に目をやって

「でもさ、予定してた時間から三十分は経ってるよ? 今まで一度も顔見せ無し?」

 すると藍子が首を振り

「ううん、十分前には一度来たかな。急な用事で、ミーティングを始めるのが遅くなるってことを伝えに」

「急な用事?」

「ちひろさんに提出した領収書の量が尋常じゃないって理由で、事情聴取を受けるって」

「……こっちから聞いといてなんだけど、随分としょっぱい理由だねぇ」


 未央がそう言って肩をすくめると、藍子は申し訳なさそうにため息をつき

「……それが未央ちゃん。その領収書を切った理由の殆どが、私たちに関することだったの」

「えっ? ……どゆことあーちゃん?」

「私たち、ライブの後でご飯を食べに連れて行ってもらったり、レッスンの差し入れにお菓子を貰ったりしてましたよね?」

「うんうん、色々と美味しい物を貰ってた!」

「あれ、全部経費で落とそうとしたらしくって」

「うぇっ!?」

「しかもプロデューサーさん、担当してるアイドルの人数が人数じゃないですか……」

 再度申し訳なさそうに言った藍子の言葉に、未央が「たは~」と気抜けしたように肩を落とす。


「えーっと……単純計算、何人分になるんだろう?」

「しかも金額だってピンキリですから……通らなかった場合の負担についても、余り考えたくないですよね……」

 二人の間に何とも言えぬ沈黙が訪れると、未央が自分たちの会話を黙って聞いていた茜に
「それで茜ちんはさ、今回のことについてどう思う?」と話を振った。

「あっ、わ、私ですか?」

 急に話を振られた茜は慌てたようにそう言うと

「わ、私は余り……そういうことには、疎いですから」

「でもさー、もしもこれでプロデューサーが私たちの担当を外れることになったりしたら、
 ポジティブパッション結成以来の一大事だよ、一大事!」

 難しそうな顔をして、考え込むように腕を組んだ未央に藍子が言う。


「担当を外れるって……そんなこと、なるかな?」

「流石に私たちにまで責任をー……なんて話にはならないと思うけどさ。
 プロデューサー、怒られるだけで済めばいいけど、最悪クビになったりするかもしれないじゃない?」

「く、クビ……!」

「そうしたら、当然私たちをプロデュースする人も変わるわけで……あれ? だったら誰が担当になるんだ?
 この事務所、あの人以外にプロデューサーいなかったよね」

 その時、前触れもなくミーティングルームの扉が開いた。

 未央たちが驚いて扉の方に振り向くと、
 そこには随分と顔色の悪い一人の男がドア枠にもたれ掛るようにして立っていた。


「プ、プロデューサーさん!」

「ちょっとちょっと大丈夫!? うわぁ……思ってたよりも酷い顔だぞ」

 慌てて椅子から立ち上がり、男の下に駆け寄る未央と藍子。すると男はその虚ろな視線を二人に向けて

「あ、ああ……大丈夫、大丈夫だ。何とか減給処分だけで済むことになった」

「減給って……お給料減らされちゃうんだ、プロデューサー」

「プロデューサーさん……ごめんなさい。私たちあんなに良くしてもらってたのに、なんの役にも立てなくて」

「なに、お前たちが気に病むようなことじゃない。俺のやり方がまずかっただけさぁ」


 力なく笑うプロデューサーの手を、後からやって来た茜が両手でギュッと握りしめて言う。

「あの、こんな私でもプロデューサーが元気になれるよう、応援だけならできますから」

 藍子も、そんな茜の言葉に続く。

「今からでも、出来ることがあれば何だって言ってくださいね」

「あ、ああ……ありがとうな、お前たち」

 この時、そうこの時だ。未央が目の前の光景に何とも言えない違和感を感じ「おやっ?」と一人、不思議そうに首を傾げたのは。

「それじゃあ、今からミーティングを始めよう。とりあえずは三人とも席について――」

===

 プロデューサーがやって来てから数十分。

 予定されていたミーティングが終わる頃には、未央にもこの違和感の正体がハッキリと分かるようになっていた。
 その違和感について、一言で言えばこうである――ズバリ、日野茜の様子がおかしい。

 ホワイトボードの前に立ち、今後の三人の仕事について説明を続けるプロデューサー。
 その内容は、件の茜にモデルの仕事が来たと言う話であった。

「で、以前藍子がお世話になったファッション誌から話が来てな、今度は茜をモデルにしようってことになったんだ」

「以前私が……あの、それってもしかして『no-no』のことですか?」

「ああ、そうだ」

 藍子の口から飛び出した名前を聞いて、未央は驚きに声を上げそうになった自分の口を慌てて両手で押さえつけた。


(え、えぇっ!? 茜ちんに、『no-no』のモデルのお仕事ぉ!?)

 ここでどうして未央がこれほどまでに驚いているのか、その理由を説明しておかねばなるまい。

 今話題に上がったファッション雑誌『no-no』とは、
 いわゆる十代後半から二十代前半の女性をターゲットとしたフェミニン系ファッションの専門誌。

 当然扱っている服もゆるくてフワフワ、いわゆる「女性らしさ、可愛らしさ」を前面に押し出したデザインの物が大半である。

 それが具体的にどんな服なのかというと、普段からゆるふわな雰囲気を纏った藍子の他に、
 未央たちの同僚である緒方智絵里や森久保乃々といった少女の服装を思い描いて貰えば概ね問題は無いだろう。

 ――なに、分からない? ならば是非とも彼女たちの名前で画像検索してみて欲しい。
 きっとソコには、心惹かれる出会いがあるだろうから――閑話休題。


「で、でもでもでもでもプロデューサー! あ、茜ちんはその、なんていうか……」

 未央が、困惑したままの表情で茜の方をチラリと見た。

 だが当の茜本人は、ニコリとプロデューサーに笑って見せると
「そうなんですか、モデルですか。これは期待に応えられるよう、頑張らないといけませんね」

「うん、今の茜ならきっとどんな服を持って来られてもピッタリさ」


 確かにプロデューサーが言う通り、今の茜にならふわふわとした可愛らしい服はピッタリ過ぎるほどにピッタリだろう……
 と未央は自分の頭を抱えてそう思った。

 なぜなら今日の日野茜は、未央が知っている普段の彼女からは想像ができない程に女の子女の子していたのだから。

 ……本来ならば、もっと早くに気がついていても良かったハズなのだ。
 それがプロデューサーの領収書騒動にすっかりと気を奪われて、違和感に気がつくのが遅れてしまった。

 ……あれは、誰だ? 自分たちと席を共にする、このおしとやかで大人しい乙女は一体誰なのだ!?


「よぉーし、やりますよー私は……ぼんばー」


 限界、である。

 最早これまで我慢ができん! とばかりに席を立った未央は
 プロデューサーたちが止めるのも構わずミーティングルームを飛び出した。

 そしてそのまま廊下を駆け抜け階段を上り、上り、駆けあがり、事務所の屋上までやって来ると
 フェンス越しに広がる街並みに向かって大声で心の内を叫んだのだ。

「何だ!? 何なんだ!? 一体どうしちゃったのさ茜ちーんっ!!?」

 これは夢か? 悪い夢なのか!? 世界が自分の知らぬ間に神のような者の手によって改変され、
 未央の記憶の中の日野茜と、今現在の日野茜を作り変えたとでもいうのだろうか? 

 それとも改変されたのは世界ではなく自分の記憶の方であり、
 思い出の中の暑苦しいまでに元気な茜の姿は、空想上の産物に過ぎないとでも!


「お、落ち着け……落ち着いて思い出すんだ本田未央。
 茜ちんは、日野茜という女の子はいつも元気で全力で、喋ると必ず語尾に感嘆符がつくような女の子で」

 だが、未央は薄々気がついていた。今日の茜の喋った言葉に、
 一度でも感嘆符がついていたことがあっただろうか……いや、無い! ただの一度も、ついてない!

「ほ、本当になんだって言うんだぁ……しかもあーちゃんにしてもプロデューサーにしても、なんで誰も突っ込まないのぉ……!」

 まさかそれは、私がポジパのツッコミリーダーだからなの? 
 そもそもツッコミリーダーって何さ!? そんな肩書き、名乗ったことなんて一度もないよぉ……。

 落下防止用のフェンスの手すりを握りしめ、静かに肩を震わせる未央の背中を風が何も言わずに撫でて行く。

 その哀愁漂わせる雰囲気を、たまたま自分の世界に浸るため屋上にやって来ていた二宮飛鳥が
 羨望の眼差しで眺めていたことを未央は知らない、知る由もない……。

===

 だが、いつまでもこうして風に当たってはいられない。

 世界が、茜がどのように変わってしまっていても、自分はポジパの一員なのだ。
 この事態に真っ正面から立ち向かって行かねばならぬ。

 そう心固めてミーティングルームに戻って来た未央を、プロデューサーたちは一様に心配した様子で迎え入れた。

「大丈夫、未央ちゃん? どこか、具合でも悪いのかな」

「血相変えて飛び出して……なんだ、トイレか?」

 とりあえずデリカシーの無いプロデューサーに「違います!」と答え、未央は茜に近づいて行く。


「ねぇ、茜ちん」

「はい、何でしょう?」

 未央が声かけると、茜が静かに微笑んだ。
 窓から入る夕陽がそんな茜の姿に影を生み、憂いを帯びた雰囲気作りに一役も二役も買っていた。

 ここに来て未央が、改めて思う……(誰だ、この美少女は?)と。
 一度大きな深呼吸をしてから、彼女は目の前に座る謎の美少女に問いかけた。

「あのさ、茜ちん? 今日はなんだか、元気ないよね」

 ……その瞬間、未央にはプロデューサーたちが息を飲んだのが感じられた。
 藍子は驚きからか両手を口に当て、プロデューサーは何やら苦々し気に顔を歪めている。


「私の知ってる茜ちんは、もっと元気で、もっと明るくて、
 そんなかれんがずる休みする時みたいな儚い雰囲気、纏ってるような子じゃないハズなんだけど」

 未央の言葉に、プロデューサーが「まって、加蓮のくだり初耳なんだけど」と反応し、
 それを藍子が「プロデューサーさんは黙ってて!」とたしなめる。

 しばらくの沈黙の後、厳しいレッスン予定から病欠を勝ち取るために北条加蓮がするような
『儚げオーラ』を身に纏った茜がパカッと大きく口を開いた。


「あー……みえまひゅか?」

「えっ?」

 思わず、未央が聞き返す。すると茜は、自分の口の中を指さして
「あの、この、おくのひょうれふ……ひゃずはひいひゃなひなんれふが、むひばへひへ」

「待って茜ちん、とりあえず普通に喋ってくれないかな」

「……恥ずかしい話なんですが、虫歯になってしまいまして……普段みたいな喋り方だと、痛むんですよね、歯が」

「む、虫歯が痛むって……そ、それだけ?」

 拍子抜けしたような顔をする未央に、夕陽で染まった以上に頬を赤くした茜が言った。

「はい、藍子ちゃんたちには言ってあったんですけど。……そう言えば未央ちゃんには、まだこの話してませんでしたっけ?」

ここまで。

===5.

 事務所における森久保乃々の定位置は、プロデューサーのデスクの下である。
 元来引っ込み思案で気も小さい森久保にとって、この狭く暗くそしてほんのりと暖かいスペースは心休まる『隠れ家』だった。

 今日も今日とてこの隠れ家に、体育座りで収まりながら彼女は思う。

(……なのにそんなもりくぼのテリトリーは、現在進行形で犯されてます……)

 そう森久保が心の中で憂う通り、現在この隠れ家には招待した覚えもないお客様、
 彼女の平穏と安住を脅かす侵略者のような存在が同席していた……彼女の担当プロデューサーという存在が。


 森久保は、自分の隣に同じような恰好で居座るプロデューサーに向けてそのジトッとした視線を投げかける……
 ことはとても恥ずかしくてできなかったので、代わりに彼との距離を広げるために隅の方へと移動した。

 そうしてデスクの脚と床の接地面を凝視しながら、勇気を振り絞って彼に声かけたのだ。

「あ、あの……プロデューサーさん」

「なんだ」

「そろそろ、机の下からで――」

「無理だ」

 だがしかし、即答。最後まで要求を言わせてすらもらえない。


「今の俺に、ここから出て行くつもりは全くないぞ」

 おまけにハッキリとした拒絶の意思まで示された。
 自らの無力さに思わず唇を噛みしめる森久保に、プロデューサーが優しい口調で語りかける。

「だけどそう邪険にしないでくれよ……ようやく俺にも分かったんだ。机の下に身を隠す、乃々の気持ちっていうやつがな」

「も、もりくぼの気持ち……ですか?」

「ああそうだ。……いつもお前が言ってるように、外の世界っていうとこにゃ、確かにおっかないものが沢山あるな」

「は、はい……外は、もりくぼにとってデンジャラス……」

「だから同じおっかないものがある同士、仲良くこのスペースを共有しようじゃあないか。
 なに……そんなに心配しなくても、しばらくすれば出て行くさ」


 それはまた、随分と自分勝手な言いぐさだった。森久保が、震える声で「で、でもぉ……」と抗議する。

「プロデューサーさんの怖いものって……もりくぼの勘違いでないなら、す、すぐそこにいるような気がするんですけど」

 森久保の言葉にプロデューサーが「い、言うな乃々! 気づいて無いフリで通すんだ!」と焦ったように返事した。
 それから少し上ずった声で「なに、目線さえ合わさなければ大丈夫さ」なんて強がりを言う。

 だが、現実は非情だ。

 乃々たちの前にしゃがみ込み、この十分間ほど無言で二人のことを見つめ続けていた女性、
 千川ちひろはこの二人のやり取りにとうとう呆れた様子で口を開いた。

「ちょっとちょっとプロデューサーさん。私は野生の猿ですか」


 その少しばかり怒りを含んだ物言いに、プロデューサーが「いや、そういう意味で言ったんじゃ」と否定する。

「じゃ、どういう意味で言ったんですか……いい加減、観念してそこから出て来て下さいよ。
 乃々ちゃんだって、ほら、さっきから困ってるじゃあないですか」

 そう言ってプロデューサーを諭すちひろに、森久保も「同意します!」と言わんばかりに頷いた。
 しかし、プロデューサーは駄々っ子のような渋い顔になると

「そんなこと言ってちひろさん、俺がここから半身でも体を出せば、
 そのまま手に持ってる縄で縛りあげて無理やりにでも連れて行くつもりなんでしょう!」

「そんなこと、当たり前じゃあないですか。そのために私はここにいますし、
 自分がしでかした事の重大さ、分かって無いとは言わせませんよ?」

「なんだよぅ、なんだよぉ……! お、俺はただ、事務所のためのも良かれと思って……」

「良かれと思ったその結果が、あの山のような領収書の束ですか! 
 ほら、サッサと覚悟を決めてくださいよ。会議室じゃもう、偉い人たちがアナタの来るのを待ってるんです!」


 険しい顔のちひろに睨まれたプロデューサーが
「の、乃々! お前からもちひろさんを説得してくれ!」と泣き出しそうな顔をして助けを求める。

 とはいえこんな時、十四歳の小娘に一体何ができると言うのだろう?

「……プロデューサーさん」

 ここに来て初めて、森久保がプロデューサーとしっかり目と目を合わせあった。そうして彼女が口にした一言は――。

「そんなの、む、むーりぃー……!」

 その後は、もはや語るまい。

 プロデューサーがちひろの手によって無理やり机の下から連れ出されると、
 彼の引きずられていった後にはまるでナメクジが這った痕のように、鼻水混じりの涙が道を作っていたという。

>>49
×「なんだよぅ、なんだよぉ……! お、俺はただ、事務所のためのも良かれと思って……」
○「なんだよぅ、なんだよぉ……! お、俺はただ、事務所のためにも良かれと思って……」
ここまで

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