海未「他人の唾液を啜らないと死んでしまう毒薬をマフィアに打たれたようです」 (841)

 皆様こんにちは、園田海未と申します。
 ただ今にこりんぱなに銃撃戦を挑まれておりまして、弾丸飛び交う中応戦しようにも、正体不明の毒薬を打たれて体調フラフラ死にかけ状態なので如何ともしがたいわけです。
 なぜか他人の唾液を啜ると体調が回復するので隣にいる穂乃果の口に吸い付きます。


穂乃果「ふぐぅっ!」


 ふう、穂乃果の唾液は酸味が効いて刺激的です。
 少しばかり元気が出て動けるようになったのでこれより苦境を打開してきますね、しばしお待ちください。

 ……ふむ。
 前置き無しに事の渦中に放り込まれついていけない、と。
 奇遇ですね、実のところ私も未だ全てを把握しきれないまま状況に流されている感がありまして、正直困惑しています。

 なので一つ、今この時間軸に至るまでの流れを振り返ってみましょうか。
 所謂 \ 前回のラブライブ! デン! / です、張り切って参りましょう。


―――――
―――


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 皆様は頭が割れると思わんばかりの痛みに苛まれる形で目覚めたことがありますか?


海未「……………………んぅっ!? …………つ、ぁ……!」


 目覚めた瞬間から頭蓋の内より鈍痛が断続的に響き、まともに思考が働かず、視界がぼやけるのです。
 何が質が悪いって、再び夢の中へ舞い戻りたいと猛烈な願望が湧き上がる一方、まずそれが叶わぬ程の覚醒状態へと強制的に呼び起こされてしまう点ですね。
 気分が悪ければ機嫌も悪く、眠りたくとも眠れない……。
 端的に、すこぶる寝起きが悪い。

 こうも続けざまに愚痴を零して申し訳ありません。
 私の弱点の一つに寝起きの悪さというものがあるのですが、そこに加えての激しい頭痛でして。
 悪態付くような真似は控えようと日々心がけておりますが、その上で愚痴を垂れ流してしまうくらいに苛烈な苦痛なのだと捉えていただければ幸いです。


海未「ぅ…………ったい……ここは……?」


 不快を訴える後頭部に手を当て、ゆるゆると立ち上がりながら周囲を見渡します。
 現在地を把握しかねましたが、慎ましくも落ち着きある室内インテリアからして、何ということはない私のアジトだと理解しました。

 見慣れた自室の風景に焦点が合い始めると、脳に直接金槌を打ち付けるような鈍痛も改めて知覚してしまい、思わず屈み込んでしまいます。
 何なんですかこれ……これ程の頭痛、経験したことがありません。


 ピロロロロ… プルルルル…


 味気なくも聞き覚えのある電子音は私のスマホの着信音です。
 反射的に懐に手を伸ばして音の発信源たる電子機器を手に取りますが、画面に映るは非通知表示。
 誰からだろうと首を傾げてから、現状を取り巻く根本的な問題へとようやく疑念が及びました。


海未「…………私なにしてたんですか?」


 思わず声に出してしまいます。

 何故私は気を失っていた?
 それまで何をしていた?
 この頭痛の正体は?

 考えども答えを得ず。
 どうにも意識を失う直前の記憶が欠落しているようです。

 若干の不気味さに身を固くしましたが、その間も手にした電子機器からピロロロロプルルルルが鳴り続けます。
 現状を把握できないまま、警戒心に震える指で通話ボタンをタップしました。


海未「も、もしもし」

にこ『やぁーっと出たわねこのねぼすけ!』

海未「あぁ……誰かと思えばにこりんぱなトリオの筆頭じゃないですか」

にこ『その括りやめなさいよ!』


 正直言いますと、この時の私は四方を先の見えない靄で包まれたような不安感増し増しの心境でした。
 ひょっとすると世界を巻き込むの巨大陰謀に取り込まれてしまったのでしょうか!?
 だから記憶の無いまま頭痛だけを友として現に覚醒したのでしょうか!?
 などと突拍子のないことを考えたり。

 ですが電話の相手がにこで拍子抜けしました。
 相手がにこりんぱなということは、つまり現状は手に負えない程の危機に瀕しているというわけではなく、日常茶飯事レベルの面倒事に収まるでしょう。
 心配して損しました。私の心配返してください。

海未「今度は一体何をしたのですか?」

にこ『ふっふっふ、聞いて驚きなさい! 今度ばかりはアンタでも余裕こいてる場合じゃないんだから!』

海未「そういう前置き結構ですので早く教えてください」

にこ『ぁんですって!? にこのこと馬鹿にしてんの!?』

海未「馬鹿になどしていません。軽くあしらっているだけです」


 電話口から子供みたいな癇癪が聞こえてきます。
 頭痛に響くので勘弁してもらえませんか?

 にこりんぱなというのは個人名ではなく、三人組の名称なんです。
 電話の相手は三人組の中のリーダーで、名を矢澤にこと言い、正体は私を狙うマフィアの構成員です。
 毎日のように手を変え品を変え襲撃をしかけてきては返り討ちに遭う、私からすれば日常の代名詞的存在とでも表しましょうか。
「りん」と「ぱな」と三人セットで些細な厄介を持ち込んでくる、近所の悪ガキみたいなものですね。

凛『海未ちゃん凛だよ! 元気!?』

海未「ああ凛ですか。実のところあまり元気ではありません」


 続いて電話に出たのはトリオの一人である星空凛でした。
 にこ同様私とは敵対的な立場にあるのですが、問題事が無い限り親しく接してくれるので、どうにも邪険に扱えない相手なんです。
 お転婆過ぎるのがネックですけど、黙っていれば可愛らしい妹みたいな子ですから。


凛『そっかー大変だねーお大事にー』

海未「御心配痛み入ります。ところで今現在体や記憶に異常を覚えているのですが、これは凛たちの仕業ですか?」

凛『凛たちがやったわけじゃないけどある意味凛たちの仕業だよ!』

海未「ある意味? 凛たちが直接手を下したわけではないものの凛たちマフィアの仕業である、ということですか?」

凛『どこまで言っていいのかわからないから御想像にお任せしますっていうやつにゃ』

海未「珍しいですね、あなたたち以外の構成員が私にちょっかい出してくるだなんて。で、異常の正体は一体、」

凛『海未ちゃんさよなら! もう少しで遅効性の毒で死んじゃうと思うよ!』

海未「はい?」

凛『でも死んじゃう前にかよちんが話したいみたいだから代わるね!』

海未「え、ちょっ」


 明るい口調で言われましたが、今この子なんと言いました?
 にこりんぱな相手だからと内心余裕ぶっこいてソファに足組んで座っていたのですが、一瞬背筋がひゃんとしました。

花陽『……も……もしもし……海未ちゃん……?』

海未「ええ、私ですよ」

花陽『あ、よかったぁ……』


 先の二人の元気な調子とは一変してか弱い声が電話口から聞こえてきます。
 三人目の彼女は小泉花陽と言い、気弱で引っ込み思案な性格をしていますが、それでも列記としたマフィアの構成員です。
 どうにも庇護欲を掻き立てられ、凛同様邪険には扱えないんですよね。


花陽『あの、えっと、ね』

海未「焦って話すことはありません、ゆっくりでいいですよ」

花陽『……うん……ありがとう、えへへ』

海未「それで、どうしました?」

花陽『あの……今……海未ちゃんの後ろ340mから360m地点にいるの』

海未「何故そんな色々すっ飛ばした私メリーさんみたいな言い回しをするのです?」


 なんて返事をする余裕も一瞬のこと。
 ハッとして危機を察知した私は飛び跳ね身を翻し、ソファの陰に隠れました。
 勢いよく体を動かしたことで頭痛が再燃しますが耐えるしかありません。

 隠れるのとほぼ同時、部屋の窓ガラスがガシャンと音を立てて割れました。
 盾にしたソファから、ボスッ、という何かの音がしました。

海未(まったく、いきなりですか……!)


 何かの音、と言いましたが、正体はわかっているので言葉を濁す必要はありませんでした。申し訳ございません。
 ソファから聞こえたのは間違いなく弾丸の着弾音です。
 割れた窓から次々飛んできては室内の壁や床やらに食い込んでいくのは、狙撃銃の弾丸でした。

 電話相手の花陽、その正体はスナイパーなんです。
 ポンコツトリオのにこりんぱなですが、花陽が仕事モードになった時の狙撃技術だけは馬鹿にできません。
 窓の位置を計算して、ソファを盾にできる箇所へと身を潜ませます。


海未「ほら、初弾を外したのですからもう当たりませんよ。狙撃をやめてください」

にこ『いいのよあんたを部屋に釘付けにするのが目的なんだから! こんな晴れた日は絶好の襲撃日和よ!』


 電話口からリーダーであるにこの声が響きます。
 狙い通りに事を運ぶことができて気分が良いのか高笑いが聞こえてきました。
 なんだか癪ですね。

 とはいえやはりいつものポンコツトリオでした。
 こちらから何も言わずともポロポロと情報を零してくれますし、私を倒す絶好の機会にも警戒する間を与えてくれるのですから。
 本当に愛すべき三人組です。
 皆様もにこりんぱなを今後とも御贔屓にしてあげてくださいね。

 室内には定期的に花陽の撃つ狙撃銃の弾丸が飛んできます。
 床や壁や家具に次々と弾痕が開けられて、お気に入りのインテリアが台無しになってしまい憤りを抑えられません。
 後で賠償請求を申し立てますから。


海未(さて、これからどうしましょうか)


 ようやく痛みに慣れてきた頭を回して状況把握を試みます。


海未(標的が隠れても尚狙撃を止めないのは、にこの言う通り私をこの場に釘づけにすることが目的なのでしょう)

海未(花陽が銃で狙い、にこが電話口で高笑いしているので、凛が観測手のはず)

海未(足止めされていると言っても、三人とも手が塞がっているうちは急いで逃げる必要もありませんね)

海未(となると気にするべきは……毒という情報)


 先程凛が零した言葉の中に聞き捨てならない情報がありました。
 曰く、私は遅効性の毒により間もなく死ぬ、とのこと。

 にこりんぱなが相手ならば、いつものようにのほほんとした殺し合いで済むと思ったのですが。
 ともすればそう容易な事態に収まらないのかもしれません。

海未(私が意識を失っていたのは毒を打たれたから……?)

海未(あるいは毒を打つために意識を失わせた……?)

海未(不覚を取ってしまったのは最大の失態ですが、しかし仮に命を奪うのなら、なぜその場で殺さなかったのでしょう?)

海未(現状のにこりんぱなにしても、生かして毒を打っておきながら命を狙いに来る意図がわかりません。行動に矛盾があります)

海未(そもそも完全に不意を突かれるなんてにこりんぱなの仕業だとは思えません。あの三人にそのようなことできませんよ)

海未(……では、一体誰の手によって私は気絶させられた?)


 定期的に飛んでくる弾丸に撃ち抜かれた壁や調度品の破片が飛び交う中、私はソファの陰に隠れつつ、耐えぬ疑問に対して悠長にも腰を据えて頭を悩ませていました。
 ですが答えを得る前に、より即時的な問題がやってきてしまったのです。


穂乃果「海未ちゃーん! いるー?」

海未「穂乃果っ!?」


 玄関から聞こえてきた元気の良い声に思わず身を跳ねさせました。

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

穂乃果「ったぁい……!」

海未「失礼しました。ですが緊急事態だったので」

穂乃果「わっ、何か壁が抉れてるんだけど。なにこれ? リフォーム失敗したの?」

海未「弾丸の仕業です。もう少しで壁ではなく穂乃果を抉るところだったんですよ」

穂乃果「弾丸? 私? どういうこと?」

海未「ここは危険です、場所を移しましょう」


 穂乃果の手を取り、屋外から狙われる範囲から離脱しました。
 いたいけな市民を守る正義の女主人公みたいで格好良いシチュエーションですね、気分が良いです。

 と、妙な悦に浸っていましたが、走り出した足は数歩と進まないうちに覚束なくなりました。


海未「……? ぅ、っぷ、ぉぇ」


 軽い吐き気を覚えると共に、足だけでなく体中から力が抜けていきます。
 ダイエットの為に断食を続けていると体の末端から痺れが生じて脱力状態に陥りますが、それを何段階も酷くした感覚です。
 体の異常に耐え切れず、机に手を付いて体を支えようとしましたがそれも叶わず、膝を着いてしまいました。

 毒、という言葉が脳裏を過りました。

海未(こ、これが凛の言っていた毒……!? 予想以上に体の自由が効きません!)

海未(動け、ない……立つなんてとても……)

海未(ですが這いつくばっていては、追ってくるにこりんぱなから逃れられない……)

海未(いえ、襲撃の心配どころか……この感覚、本当に命を落としかねません)

海未(こんなところで死ぬだなんて……私には、まだやることが……!)


 気力で持ち直そうにも、精神論では対処できない強烈な体調不良が身体を襲い、心を折らんとしてきます。
 身動きが取れず、へたり込んだ私に合わせて穂乃果も屈み込みました。


穂乃果「海未ちゃん!? どうしたの、怪我!?」

海未「…………いえ……」


 状況を説明している時間はありません。
 ボサっとしていてはこりんぱなが追走してくるでしょうから、その前に逃げなければ。


海未「うごぇ……!」


 それでも肉体を締め付ける苦痛は逃れようのないもの。
 穂乃果にもたれかかるようにしたまま、体の自由が一切効かなくなってしまいました。

穂乃果「海未ちゃん! 海未ちゃんっ!」

海未「……失礼しました、突然、このような醜態を晒してしまって」

穂乃果「そんなのいいよ! 一体どうしたの!?」

海未「……どうも……毒を打たれたようです……」

穂乃果「毒……!」

海未「このままでは、本当に死ぬのでしょう……本能的にわかります……」


 言葉を口にするだけで顎の重さを覚えるくらいの怠さが身を襲います。
 体中の感覚が鈍くなり、思考に靄がかかり始め、視界も揺らいできました。
 あ、これ本格的にマズイやつですね。近年稀に見る程の落命の危機です。

 事態を一切把握することなく、穂乃果を巻き込んでしまった失態に歯噛みしながら、このろくでもない生涯は幕を閉じてしまうようです。

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

穂乃果「……最後にね……我が儘、言わせて」


 最早返事をする余力もないまま、眼球だけを穂乃果に向けます。


穂乃果「海未ちゃんが死んじゃう前に……キス、させて」


 ハッキリとしない視界に、穂乃果の顔がいっぱいになりました。
 感覚が去りつつあった肉体でしたが、唇に感じた熱だけはとても強く感じることができました。


海未(…………私の……初めて、の…………)


 死の間際だというのに、なんて温いことを考えていたのでしょう。
 いえ、死ぬ間際だからこそ、苦しみだらけの現実ではなく夢のある浪漫に身を委ねたのかもしれませんね……。

 穂乃果の口付けを受け、意識が途切れる寸前に、互いの熱と共に体液が交わったことを感じ取った………………………………その時でした。

海未(………………………………お?)


 やけに長いキスですね、と最初は思いました。

 視界いっぱいを埋める穂乃果の顔ですが、近すぎる故焦点が定まらずとも頬が火照ってるのが丸わかりなくらい鼻息を荒くしていました。
 死にかけ相手に行うにはやけに情熱的すぎる口付けを浴びせられています。
 口腔内など穂乃果の舌により正に蹂躙されていると表現する他ない有り様でした。

 これでも私は奥手な性分でして、平常時ならここまで熱く激しいキスをされたなら顔を真っ赤にして抵抗していたでしょう。
 しかし絶命の危機に瀕していたことから、ただ脱力し身を任せ、何もわからないまま口の中をくっちゅくっちゅ言わされ弄ばれていました……が。


海未(……なんだか…………力が…………)


 徐々にですが、脱力状態から解消されてゆく感覚が体の隅々から沸き上がってきました。
 まるで穂乃果の柔らかく官能的な唇から流れ込む唾液が体内に巡り、活動を停止していた細胞内に改めて生命の息吹をかけられたかのように。

穂乃果「んみひゃぁ……ちゅっ…………たまらないよ……んぅ……とめらんない……りゅるっ…………ちゅぅ……おいし…………んん……」


 嬌声めいた声を漏らす穂乃果の唾液によって私の唇はベトベトになっていました。
 そう、ベトベトにされている……それがわかるくらいに、無感覚状態から脱していたのです。
 そればかりか…………。


穂乃果「れぅ……んむ……ちゅ……」

海未「……み」

穂乃果「ちゅっ、ぉいし…………んっ、んっ……おいしっ……」

海未「…………み」

穂乃果「……何か言った?」

海未「みなぎってきたあああああああああああああああああああああああっ!!!」

 信じられないことが起こりました。
 数刻前まで指一本さえ動かすことができなかった私が、覆い被さる穂乃果を振りほどいて勢いよく立ち上がり衝動のまま両腕を天に向け突き出すまでに回復したのです。


穂乃果「いったぁい! もうちょっとしたかったぁじゃなくて海未ちゃん元気になったの!?」

海未「……穂乃果」

穂乃果「なに?」

海未「もっとです」

穂乃果「え?」

海未「もっともっとキスをするのですっ!」


 先程とは立場が入れ替わり、今度は私が穂乃果の上にのし掛かりました。
 文句を言いかけた穂乃果の口を私の唇で覆うと、本能のままに勢いよく唾液を貪ります。
 そう、本能です……私の内に蠢くナニモノかが囁きかけるのです!


海未(唾液……唾液を吸うのです)

海未(生きたいのならば唾液を思う存分吸い尽くすのです! 魂から発するカルマが私を突き動かしています!)

海未「ちゅー! ぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅるぢゅるぢゅる」

穂乃果「んん~~~~~!? んんん~~~~~!?!? ………………っ!」

穂乃果「…………っ………………っ………………………………っっっ♡♡♡」

海未「ふう」


 存分に穂乃果の唾液を吸い取った後に顔を上げ、唇の端から滴る雫を手の甲で拭い取りました。

 気付けば、死を迎えようとしていた私の顔色はツヤツヤのテカテカになっていました。
 決して口周辺に塗れた唾液の光沢ではありません。
 確実に活力を取り戻していたのです。


海未「力が戻って体調が治りました。先程までは間違いなく死の兆候を感じていたのに」

海未「これはどういうことでしょう? ……いえ、まずは目前に迫る危機に対処しなければ」

海未「いい加減ここを離れないとにこりんぱなに追いつかれます。さあ穂乃果、逃げましょう」

海未「……穂乃果?」

穂乃果「」


 なんということでしょう。
 私の毒が移ってしまったかのように穂乃果は全身を脱力させへたっていたのです。
 慌てて体を揺さぶりながら呼びかけましたが、「ひあわへ……♡」という謎の言葉をブツブツ呟いていたのでひとまず安心です。


海未(それにしても私の身に一体何が……?)


 疑問は絶えませんが、とにかく穂乃果を連れてアジトから離れました。
 道中我々に追いついたにこりんぱなとの追走劇もありましたけど、相手はにこりんぱななので至極簡単に撃退することができましたし、わざわざ文字に起こしてまで描写することもありませんよね。

―――


海未「ひとまずはここに潜んでおきましょう」


 隠れ家の一つに到着した私は車を止めると、移動中に気を取り戻した穂乃果を案内して室内へと連れました。


海未「また移動するでしょうけど、一旦は落ち着けるはずです」

穂乃果「うん……こんなに立派なのに別荘なの? すっごいお洒落」

海未「すぐに穂乃果を自宅に帰します。今しばらくここで休んでください」


 穂乃果をリビングに残して場所を移してから、知人のドクターへと電話をかけました。
 数コールもしないうちに相手が出ましたが、即座に棘のある言葉が返ってきます。


真姫『オコトワリシマス』


 プツ、と切れてしまった通話を意に介すこともなく、再び電話をかけました。

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

海未「……以上が私の身に起きたことです」

真姫『連絡してくるときはいっつも厄介事引き連れてくるんだから!』

海未「申し訳ありません。それで、何か思い当たる節はありませんか?」

真姫『……ある。最近こんな噂を耳にしたのよ』


 しばらく長ったらしい説明が続いたのですが全てを記すのも手間なので、以下にドクターマキ・ニシキノの話をまとめますね。


①近頃マフィア界隈でとある新薬が注目されているみたい。
 なんでも新薬を投与しても体内から毒性が検出されずに命を奪えるからその手の処理にもってこいとか。

②とはいえ新しい薬だから実証例がないと手を着けにくい。
 効力が未知数のリスクを誰だって負いたくないし、誰が最初に新薬に手を出すか駆け引きがあったそうよ。

③そこでとあるマフィアが試験的に利用してみると名乗り出た。
 効力を試す為に被験者を用意して経過を観察して、今後マフィア界隈で新薬を扱うかどうか判断材料とする為に。


真姫『で、話を聞く限り海未がその被験者にされたみたいね』

海未「なんということでしょう……」

真姫『騒動に巻き込まれた経緯や背景は一旦置いとくとして、体調は平気なの?』

海未「……実はですね」


 ドクから説明を受けたことで多少なり事態は把握できました。
 ですが話を聞く間にも、先程同様またもや体調が悪化してきたのです。
 体の末端から力が抜け始め、胸が苦しくなり、五感が薄れてきます。


真姫『話題の新薬だけあって効果は絶対みたいよ。放っておくと死は免れないとか』

海未「どうすればいいのですか? 対処法は? 解毒できるんですか?」

真姫『探ってあげる。これで先月の借りは帳消しだから』

海未「救ってくれるのなら何だっていいです、よろしくお願いします」

真姫『薬物について解明するまで死なないでよ?』

海未「自信ないです。既に割と死にそうなので。おえっ。応急処置的なものはありませんか?」

真姫『さっき言ってたわよね、知り合いの子とキスしたら元気になったって』

海未「そんなの気分の問題でしょう? キ、キスなんていう破廉恥な行為をしてしまったら誰だって気が触れてしまいますよっ!」

真姫『やり手のくせにどうしてそう初心というか無知というか……』

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

 ドクにお礼を言って電話を切り、ふらつく足で穂乃果の下へと戻りました。


穂乃果「おかえりー。どう? 大丈夫そう?」


 椅子に座って無邪気に果物を齧っている穂乃果の平和そうな様子に気分が和みました。
 しかし現状に思考を及ばせれば、余裕など消し飛び、不安感がぶり返します。


海未(命を繋ぎ止める為には、穂乃果と、また、その……)

海未(果実を食む柔らかく瑞々しい桃色のそれこそ果実と言わんばかりに潤った穂乃果の唇を……)

海未「って何ポエマー発揮してるのですかー!」

穂乃果「ほぇっ!?」

海未「すみませんこちらの話です……」


 今後を思うとどうしても気落ちしてしまいます。
 ところが、現実は気落ちしている暇さえ与えてくれませんでした。


にこ『あーあー、マイクテスマイクテス』

海未「!?」


 くつろぐ間もなく、外から拡声器越しのひび割れた声が聞こえてきました。

 私は窓辺に身を寄せると、カーテンを僅かに捲って部屋の外を覗きました。


穂乃果「ね、ねえ、今の声って……」

海未「ええ……」


 少し離れた路上に黒塗りの高級車が止まっていました。
 車の窓から顔を突き出したサングラス姿のにこが、我々の潜伏する別荘に向かって拡声器を向けていました。
 それあなたの上司の車でしょう? また勝手に持ち出したことを怒られても知りませんよ? 前回は私まで謝罪に付き合わされて散々だったんですからね?


にこ『海未! いるんでしょ! 隠れてるのはわかってんだからさっさと出てきなさい!』

海未「もう見つかりましたか……にこりんぱなにしては特定する手際が良いですね」

凛『ねえ本当にここに隠れてるのー?』

花陽『海未ちゃんの隠れ家探すのこれで三軒目だよ?』

にこ『うっさいわね! 隠れ家の候補地だけは絞れてるんだから後は適当に数打ちゃいつか当たるわよ!』

海未「特定しきれていないではありませんか……」


 とはいえこの場に潜んでいるのは事実、安穏と構えてはいられません。

海未「穂乃果、忙しなくてすいませんがまた移動を……う……っ!」

穂乃果「海未ちゃん!?」


 穂乃果を安全な場所へ誘導しようと思いましたが、その前に胸が詰まって立っていられなくなりました。


海未「また、毒が……!?」


 平衡感覚を無くした体は意思に反して膝を付き、頭痛と吐き気に堪えるだけとなりました。
 これでは先程の繰り返しです。
 穂乃果が私の体を支え、心配そうな表情をしてこちらを覗き込んできます。


穂乃果「海未ちゃん、もしかしてまた……!」

海未「どうにも……毒が、治まっていなかったようです……」

穂乃果「やっぱり海未ちゃん死んじゃうの!? どうにかできないの!?」

海未「どうにか……」


 どうにか、するには……。


真姫『唇を奪いなさい

 キスよ……  吸いつきなさい……
  接吻で……  奪っちゃえ……
   チッスを……  ブチュって……  啜るか死ぬか……         

          ハヤクシナサイヨ』


海未「破廉恥ですうううううううううううう!」

穂乃果「!?」

海未「あ、叫んだら余計具合が…………ぅぷ、これ本当にマズイです……」

 悪化する体調に抗えず、地に伏すような格好になってしまいました。
 私に合わせて穂乃果も身を屈めたのですが……それが結果的に幸いしました。

 強烈な爆発音と閃光と共に、床に伏せた私たちを避けるような形で室内の一切合切が吹き飛びました。
 やや遅れて風圧と、破損した壁や家具の断片が体中にぶつかる感触。


穂乃果「ひゃあああ! なにっ!?」


 意識を失いかけていたものの一時的に覚醒し、体で覆うようにして穂乃果を庇いました。
 しばし耐えた後、場が落ち着いたと見て伏せていた顔をあげると、周囲には黒煙が広がり、物が焼けたり崩れたりする音がパラパラと聞こえてきました。


海未「……やってくれましたね」


 おそらくはにこりんぱなの手によってミサイル弾でも撃ち込まれたのでしょう。
 舞っていた粉塵が収まると、目測で上部八割程の領域を吹き飛ばされた別荘の痛ましい姿が映りました。
 壁や屋上が消え去った室内からは、綺麗に晴れた青空や往来を行く人々の姿がよく見えます。

 下手に突っ立っていれば危なかったかもしれませんが、身を伏せていたお陰で事無きを得たようです。

凛『あ! ホントに海未ちゃんいた!』

花陽『にこちゃん凄い! 今度こそ大正解だね!』

にこ『でもミサイル撃っても生きてるとかしぶとすぎよ! 二人ともやっちゃいなさい!』


 にこの号令を合図に、機関銃の掃射がほぼ原形を無くした隠れ家に降り注ぎました。
 力の入らない手足を死にもの狂いで動かし、穂乃果を引いて、横倒しになったクローゼットの陰に隠れました。
 盾代わりのクローゼットに弾丸がめり込む音が立て続けに鳴り、1mも離れていない場所を高速の弾丸が通り抜け、足元にチュインと跳ねます。


海未「本拠地に続いて別荘までも……後でここの弁償請求もしなければなりません」

穂乃果「どうしよう、このままじゃ死んじゃうよ!」

海未「へ、平気です、相手はあのにこりんぱな、どうせ今回も余裕で……ぅぉえっ」


 平常ならあの三人相手に耐え抜くことも容易でしょう。
 ですが今は毒による不調のせいで余裕がありません。
 かと言って、例えにこりんぱなと言えど、素人の穂乃果を単独で物陰から飛び出させるわけにもいかず。

 穂乃果を守る為には、一刻も早く体調を整え、私が状況を打開しなければ。
 その為には……。


海未「…………致し方ありません」

穂乃果「ど、どうするの?」

海未「こうなったら最終手段……接吻アタックですっ!」


―――
―――――


 と、ここまでが前回のらぶらいぶでん! でした。

 ところで自ら口にしておきながらアレですが、ラブライブとは何なのでしょうね?
 この街にはラブの要素もライブの要素も皆無だと言うのに。

 まあ些細なことに囚われず気を取り直して。
 私はペロリと唇を舐め、僅かに残っていた穂乃果の唾液を呑み込みました。
 気力体力共に回復した私は体を起こし、対照的に口腔内凌辱の煽りを受けて気をやってしまった穂乃果の力ない身体を抱き寄せます。
 人一人抱えての逃走も大変ですが、下手に動かれるよりは扱いやすいかもしれません。


海未(さて、反撃と参りましょう)


 一瞬クローゼットから顔を出して状況を確認。
 敵勢三名は未だ遠方から機関銃による掃射を延々続けています。
 あれは私を足止めする目的ではなく、連射性能の良い銃を撃ちまくるのが楽しくなってとどめを刺しに来るのを忘れているだけですねきっと。
 相変わらず詰めの甘い三人です、後でお説教しなければ。

海未(さてさて、クローゼットの中には確か……)


 弾丸の雨を受けて半壊状態となったクローゼットの中に手を入れゴソゴソ探っていると、目的のブツを発見したので取り出しました。
 掴んだ手榴弾二つとも立て続けにピンを引き抜き、おおよその狙いを付け、高級車に向かって投げつけます。
 ややあって、遠方より二つの爆発音。


にこ『ぎゃあああああやられたあああ!』

凛『死んじゃうううううう!』

花陽『だ、大丈夫だよ、手前で爆発しただけだから……』


 いとも容易く混乱に陥ってくれたにこりんぱなは掃射の手を中断。
 銃弾が飛んでこなくなったことを確認し、手榴弾の煙で視界が明瞭でなくなった隙を逃さず、私は穂乃果を抱えてクローゼットの陰から飛び出しました。

 ややあってから手榴弾から上がっていた煙が晴れました。
 にこりんぱなが掃射を再開、室内に弾丸の雨が降り、クローゼットもボロ雑巾のようにされました。
 ですが既に私たちは安全圏へと退避しており、その後追走してきたポンコツトリオを軽く返り討ちにする展開へと続くんですけど、テンプレなので以下省略。

―――


 にこりんぱなの襲撃を振り切り、再度居場所を移した私たちでしたが、その間にもまた体調悪化の兆候が表れました。


海未(毒の回るスパンが短い……! 定期的に唾液を摂取する必要があるというわけですか)


 新たな隠れ場所は高級ホテルの最上階スイートです。
 寝室の立派なベッドに穂乃果を寝かせています。
 彼女はまだ目を覚まさず、呼吸に合わせて胸を上下するばかり。


海未(また、穂乃果の唇を奪わなければいけない……)


 さも苦渋の策とばかりに煩悶している私ではありましたが、体は正直なもので、フラフラと穂乃果を寝かしつけているベッドに吸い寄せられていきました。

 いやいやそんなそんな……煩悩に負けたとかそういう話じゃないですから。
 仮にそうだとしても仕方がないと言いますか……。

 だ……だってキスですよ!?
 みなさんしたことあります!? あ、あの、伝説のキッス、別称ちゅーですよ!?
 ひとたびしてみては、何といいますか、こう、言いようのない浮遊感と言いますか、心が幸せ色に染まると言いますか、ドラッグの類とはまた違う中毒性があると言いますか……。

 と、とにかく、やめられない止まらないんです!
 私は悪くありません! キッスの魔力が悪いんですっ!

海未(毒の為生きる為毒の為生きる為毒の為生きる為毒の為生きる為毒の為生きる為…………)


 自らに正当性を訴えかけながら、その実完全に欲望に任せるがまま、眠る穂乃果の唇に吸い付きました。
 睡姦とか言ったの誰ですか失礼ですね。

 キスをした時点ではまだ残っていた罪悪感も、口の中に唾液を吸い上げた途端に霧散してしまいました。


海未(あぁぁ、おいひぃ……穂乃果の唾液おいひぃぃぃぃ!)

海未(これまで口にしたことのない類の甘味の中にごく僅かな酸味がアクセントになって飽きることがありません!)

海未(食レポならぬ唾液レポを一生続けられそうです!)


 じゅぞぞぞぞぞぞぞぞぞ

 そこ、汚い音とか言わないでください。
 皆さんだって何かしらの液体を吸う際にはこうした音立てているんですって。

海未「ふう……」


 穂乃果の口周り一帯が真っ赤になるまで唾液を啜ると、私の体調は一時的ながら回復しました。
 体内から溢れる気力と、それ以上に胸に満ちる充足感と昂揚感。
 思わずスキップでもしたくなります。


海未「……………………いやこれ完全にアウトでしょう」


 そんな最高にハイなテンションは長く続かず、一転して私は頭を抱えて縮こまりました。


海未(なにやってるんですかいくら生命の危機とは言え幼馴染みの寝込みを襲って唇奪ってじゅるじゅる唾液啜ったんですよ犯罪ですし倫理的に許されませんし何より破廉恥ですああでも本っ当に穂乃果の唇柔らかいし温かいし唾液美味しいし凄い興奮しましたってコラ懲りてないんですかあぁぁぁぁぁ園田海未っ!)


 軽く死にたいです。いえ死にたくないからあのようなことしたんですけど。でも死にたいです。
 この相反する気持ちのぶつかり合い、わかっていただけます?

 穂乃果と同じ空間にいることが居た堪れなくなり、ベランダに移動しました。
 流石高級ホテルの最上階です、眺めもバッチリ。
 この高さから飛び降りたら罪悪感も不道徳感も綺麗さっぱり消え去るでしょうか……。


 ピロロロロ… プルルルル…


 毒ではなく自己嫌悪で死にそうになっていましたけど、味気ない電子音が意識を現実に引き戻しました。


海未「……もしもし」

真姫『私よ』

海未「ああ、ドクですか……」

真姫『声が死にそうよ? 毒が回ったの?』

海未「そうではありません……体調は万全です……あのようなことをしたのですから万全でなければいけないのです……ああ、穂乃果ごめんなさい……」

真姫『イミワカンナイ』

海未「どうぞお気にせず……それより何かわかりましたか?」

真姫『わかったから電話したのよ。甘く見ないでくれる?』

海未「流石です。どうか命だけではなく私の尊厳をも救う為に早く助けてくださいぃぃ」

真姫『さっきキスしたら体調が回復したって言ってたでしょ』

海未「言いましたけど……」

真姫『正しい応急処置法だから、今後具合悪くなっても続けてちょうだい』

海未「え、アレ本当に効果があったんですか!? てっきり気分の問題か何かだと」

真姫『それが列記とした正しい対処法だったのよ』

海未「キスが命を救うとかどんなファンタジーですか……」

真姫『極々端的に毒薬の説明をすると、人の体内成分を破壊することで生命活動を減衰させ最終的には死に至らしめるらしいの』

真姫『だから生命活動を回復させ致死性を抑制するには、外部から人の体内成分を補給するのが有効だわ』

海未「? 要するに?」

真姫『キスした時唾液ゴクゴク飲んだんでしょ? それが体内成分の補給になって破壊された分を補い致死性を中和したってわけ』

海未「とんだ応急処置法です……」

真姫『理論上は血液とか、唾液以外の体内成分を補給しても毒の進行を抑制できる可能性はある』

真姫『けど毒の性質がわからない現状、無闇に他の体液を試すのは得策じゃないわ』

海未「つまり今後もキスして唾液を貪れと? まだ血液啜って吸血鬼ごっこする方が精神的にマシなんですけど!?」

真姫『だーかーらー今の段階で未確認の方法試すのは危険だって言ってるデッショー?』

海未「所構わずキスして回るだなんて変質者ではありませんか! そ、それに、破廉恥ですっ!」

真姫『さっきはノリノリで幼馴染みの唇犯すように貪ったんでしょ。今更何言ってんのよ』

海未「それは死の淵に立つ者の防衛反応です! 理性が戻ったまともな神経ではできません!」

真姫『ホントに? 実は役得とか思ってない?』

海未「…………思ってないですぅ!」

真姫『ふうん? へえ? まあなんにせよ、死ぬのとどっちがマシか比べてみなさい』

海未「うぅぅ……」

 とんでもないことになりました。
 引き続きドクに新たな情報を仕入れてもらう約束を取り付けたものの、それまで暫定的な対処法として唾液吸引以外を禁止されてしまいました。


海未(体調を崩す度に穂乃果を襲わなければいけないだなんて……)


 先行きが不安過ぎてまたも憂鬱な気分になってきました。
 果てのない青空を見上げながら、アイキャンフラーイですとか、そ~らをじゆうに~フンフフンフフ~ン♪ とか鼻歌さえ出てきてしまいます。

 その時です。


穂乃果「きゃあああ誰っ、ぐふ……」


 室内に一人残した穂乃果の悲鳴が聞こえました。


海未「穂乃果!?」


 慌てて寝室へ戻りました、が、ベッドの上に穂乃果の姿はありませんでした。

 その場で耳を澄ませると、去りゆく足音を感知しました。
 急いで隣室に向かうと、廊下へ出ていく曲者の背中と小脇に担がれている穂乃果の姿を辛うじて捉えました。


海未「させません……!」


 正体はわかりませんが、穂乃果を連れ去ったということは私に対する敵意を持つ何物かに違いありません。

 私は不慣れな拳銃を引き抜き、曲者を追って廊下へと飛び出し相手の背に向け突きつけました。
 曲者はスラリとしたスタイルをしている、金髪を後頭部にまとめた女性です。


海未「待ちなさい!」


 待てと言ったところで当然相手が待つはずもないのは重々承知しているつもりでしたが、このような場面ではお決まりの台詞を自然と口に出してしまうようです。
 以上実体験に基づく報告となります。この先皆様にとって何かしらの参考になれば幸いです。

海未(この手のちょっかいを仕掛けてくるのはにこりんぱなかと思いましたけど、どうやら違うようです)

海未(相手に見覚えはありません……が、穂乃果を連れ去ったのなら敵と断ずるに躊躇なし!)


 抱えられている穂乃果に当たってはいけないので銃を撃つことはできず、逃げる背を追いかけます。
 金髪の曲者はチラリと私の姿を確認すると、階上に向かって移動してゆきました。
 後を追って階段を駆け上がります。


海未(下ではなく屋上へ……?)

海未(この状況でわざわざ逃げ場のない方向を目指すということは、それなりの逃走手段があると見ていいでしょう)

海未(こちらが場所を移した直後に居場所を突き止め、隙を見て穂乃果を攫い、周到な手回しまでしてあるとなれば、これはかなりのやり手ですね)

海未(どこぞのにこりんぱなとは大違い……っと、褒めている場合ではありません!)


 曲者を追って屋上に出た私は、辺りを警戒し周囲を見渡します。
 すると、屋上の四隅の一角に金髪の曲者が立っていました。
 小脇に抱えられている穂乃果はピクリともせず、意識を失っているようです。

 無いとは思いますけど……まさか私がしたように、キスして気絶させたわけではありませんよね……!?

海未「穂乃果を返してください!」

絵里「私は怪盗エリーチカ……またの名を絢瀬絵里……」

海未「確かに自己紹介して頂ければ今後回想する際に都合がいいですけど大事なのはそこではありません!」

絵里「人がせっかく名乗ってあげたのに酷い言われようね」

海未「穂乃果を攫ってどうするつもりですか!」

絵里「今の私はただの雇われの身。指令に従い、彼女を頂戴するわ」

海未「させません!」

 怪盗エリーチカこと絢瀬絵里なる、腰を絞ったコルセットにヒラヒラスカート閃かせシルクハット被り左目にモノクルかけたいまいち怪盗然としない格好の女性に詰め寄りました。
 が、私が近づく前に絵里は屋上から飛び降りました。

海未「嘘でしょう!?」


 焦って屋上の縁まで駆け寄り下を覗き込みました。
 一瞬悲惨な光景を想像しましたが、そのような事態になってはおらず、怪盗は落下せず中空に浮かんでいました。


海未「飛んでる……?」


 どこから取り出したのか、いくつもの白い風船が出現しています。
 風船から伸びる紐に巻き付けられた怪盗の体が吊り上げられているようです。
 浮力は相当なもので、人間二人を容易に空高くへと飛び立たせると、こちらの手が届かない場所までどんどん遠ざかっていきます。


海未「いけませんっ」


 拳銃を構えて怪盗を狙いましたが、共に浮いている穂乃果のことが気になって引き金を引くことができませんでした。
 それに私、拳銃ってどうにも苦手でして、すぐそこの的にも命中させる自信がないんです。
 ああ、こんなことならもう少しちゃんと練習しておけばよかった……ではなくて。


海未「穂乃果ー!」


 私の叫びも虚しく、穂乃果の身柄は怪盗の手によって連れ去られてしまいました。

 突然の襲撃により、不覚にも大切な幼馴染みを奪われてしまいました。
 屋上の縁に足をかけたまま途方に暮れ、怪盗と穂乃果が去った方角を眺めるしかできません。


海未(ほ、穂乃果が連れ去られてしまいました)

海未(堅気である穂乃果には危険が及ばぬようこれまで努めてきたのに……!)


 後悔が押し寄せてきますが、しかし悔やむだけの余裕は与えられていませんでした。
 胸の逼迫感に突然襲われ、バランスを崩し、危うく屋上から落ちそうになりました。
 最早馴染み深ささえ感じつつある体調不良の再来です。


海未(このタイミングで毒の影響が……! ですが回復しようにも穂乃果は連れ去られて……!)


 果たして毒に体を蝕まれるまでの間に穂乃果を取り戻し、唾液をじゅるじゅるすることができるのでしょうか。
 先行き不安ですけど、だからといって手をこまねいていても埒が明きません。


海未(仕方ありません、情報屋に先程の怪盗の正体を聞くしか……)


 穂乃果奪還の為に敵の情報を得ようとスマホを取り出しましたが、こちらからコールする前にいつものピロロロロ… プルルルル… という味気ない電子音が鳴りました。
 反射的に電話に出ると、今日だけでまるで恋人かという頻度で通話を交わしているドクからでした。

海未「ドクですか? すみません今少々込み入っていまして」

真姫『新薬についてもう一つわかったわ』

海未「え、本当ですか!? 教えてください今ちょっとピンチなんです」

真姫『ピンチって?』

海未「ホテルに隠れてたところ穂乃果が連れ去られました。加えてこのタイミングで体調が悪化してきました」

真姫『なるほど。よく聞いて海未、知り合いがいなくなったからって近場の適当な人間の唾液を貪っても毒は抑えられないわ』

海未「そんな!? 穂乃果だからまだ許せたチッス、しかし命の為なら見ず知らずの相手に唇を捧げるのも致し方無しと覚悟を決めたところなのに!」

真姫『キスを通じて体内成分を補給することで毒の進行を抑えられるけど、条件もあるみたいなの』

海未「条件とは?」

真姫『あなたが好意を向けている相手から摂取する必要があるわ』

海未「……うん? すみません要点がわかりません」

真姫『好きだと思ってる人の唾液じゃないと毒の進行を抑えられないってことよ』

海未「えー、ということはつまり、見ず知らずの好意も何も抱いてない相手の唇をいくら奪おうとも意味がないということですか?」

真姫『だからそう言ってるじゃない』

海未「ど、どうしましょう……このままでは穂乃果奪還どころか先に私が死んでしまいます! ぉえっ」

真姫『身近に親しい知人とかいないの?』

海未「思い当たりません……ドク、あなたが来てくださいよ! ドクなら少なからず信頼できますし綺麗ですし頭も良いですし、好きと言えないこともありませんから!」

真姫『イヤよ! これでもキスは浪漫を感じない相手じゃないと許さない堅い女なんだから!』

海未「そんなぁ! 私を見殺しにする気ですか!?」

真姫『第一今から駆けつけようにも間に合わないでしょ』

海未「ではどうすれば……」


 毒に関する情報を入手できたものの、その情報は更なる絶望を与えるだけでした。
 穂乃果を攫われ、ドクの到着も間に合わずとなれば、他の誰の唾液を啜れというのでしょうか……。

 正に万策尽きたといった瞬間、屋上にバタバタと足音が鳴り響きました。


にこ「いた! やぁっと追い詰めたわよ海未!」

凛「観念するにゃ!」

花陽「もう逃がしません……!」

海未「…………あー……」


 見慣れた三人組の姿を目にした私は、本気で危機的なタイミングでやってきたお邪魔虫相手に柄にもなく苛立ちを覚えました。
 が、直後一人得心しました。


海未「ドク、何とかなるかもしれません」

真姫『そう? 大丈夫? 今誰かの声が聞こえたけど』

海未「落ち着いたら折り返し連絡しますね」


 手短に応えて通話を切ると、こちらに詰め寄ろうとするにこりんぱなトリオに向き直りました。


海未「ええ、もう、本当……今だけは厄介者のあなた方が駆けつけてくれたことに感謝しますよ」

にこ「なぁに余裕こいてんの! 覚悟しなさい!」


 にこ始め三人が機関銃を私に向けて構えました。
 同時に私は懐に手を伸ばすと、掴んだ物体を体の前に差し出しました。


海未「これ、先程あなたたちに投げた手榴弾です」

にこ「あんたが手榴弾投げる前に銃撃つ方が早いわ!」

海未「でしょうね。ですが正確に手榴弾以外の場所を狙えますか? にこたちも私同様そんなに射撃上手くないでしょう?」

凛「うん? ……あ、海未ちゃん狙って撃ったら間違って手榴弾に命中させちゃうかもしれないってこと?」

海未「そうです。この近距離で炸裂したら、私だけではなく三人とも木っ端みじんですよ」

凛「そうなったら大変だにゃー!」

花陽「わ、私が機関銃じゃなくてスナイパーライフルできちんと狙えば……!」

海未「そんな間を与えずピン抜いてポーイ」


 おもむろにピンを抜いた私は手にしたものをにこりんぱなに向けて投げつけました。
 三人は面白いように慌てふためき、銃を投げ捨てそっくりな動作で頭を抱えてその場に屈み込みました。
 屈んだところで爆発から免れられるはずありませんのに。


海未(まあ、本当に手榴弾が爆発したらの話、ですけど)

 三人が銃を捨てたのを確認して、私は駆け出しました。


にこ「……おろろ?」


 最も身近にいたにこの手を取ると、りんぱなから距離を取り、屋上の出入り口付近まで下がりました。


凛「……え? あれ?」

花陽「爆発……しない……?」

海未「それダミーです。本物そっくりでしょう?」

にこ「姑息な手使ってんじゃないわよ! あとどうして私捕まえられてんの!? はーなーせー!」

海未「にこ。あなたはいつも私に厄介事を押し付けてきますね?」

にこ「な、なななによ……いい今になってせせせ説教でもする気!? ぜぜぜぜ全然怖くなんてないんだからぁぁぁ!」

海未「いえ。確かに厄介者ですが、あなた方はどこか憎めませんし、日常に刺激を与えてくれる大切な存在ですよ」

にこ「はあっ!?/// なにいきなり告白してるわけ!?/// にこがそんなチョロイと思ったら大間違いよ!?///」

海未「まあ今は細かいことは脇に置いて、ちょっとだけ黙っててくださいね」


 とやかくうるさい小柄のツインテールを黙らせる為、彼女の唇に思いきり吸い付きました。

にこ「ほごぉ!?」

凛「……え? ……え???」

花陽「キマシタワーーー!」


 遠方で立ち尽くすりんぱなの様子を脇目で確認しつつ、にこの口の中に舌を差し入れると思いきり唾液を啜りました。

 じゅるるる じゅるるるる じゅるるるるるるるるるるるるる


にこ「んん~~~~~~~!? んんんん~~~~~~~~~~~~~~!?!?」


 にこの唾液は穂乃果のそれとはまた異なるテイストで、ピリリとした刺激が面白い妙味溢れるものでした。
 人の唾液に味の違いがあるとは聞きませんが、実感としては多少差があるようです。
 しょうもないトリビアですが、今回の騒動から僅かでも収穫があったことは前向きに評価致しましょう。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

 私は腕の中で目を回しているしているにこをそっと床に下ろしました。
 りんぱなに目を向ければ、片や呆然とした、片や恍惚の表情で突っ立ったままでした。


凛「ち、ちゅーしたにゃ…………海未ちゃんがにこちゃんとちゅーしたにゃ…………」

花陽「キ…………キマ…………!」


 不具合起こした人型ロボットみたいに口パクパクさせてますけど気持ちはわかります。
 普段このような大胆な行為を他人が行っている場面に直面したならば、私だって似たような反応を見せていたはずですし。

 ですが今は命が懸かっています。
 そう……キスは遊びではないのです!
 この瞬間にも途切れてしまいそうな気をしっかり持って必要な行為たる接吻を行ったに過ぎないのです!
 決して欲望のままに暴挙を働いたわけではありません! 断じて違いますから!


海未「では失礼しますね。にこの身柄をお願いします」


 軽く手を上げ挨拶を残し、出入り口から屋内に戻り扉を閉めました。
 追走を防ぐ為にドアの施錠部分に銃を添え、跳弾に注意しつつ何度か撃って変形させ、簡単には開閉できなくしたのですが、


凛「に、にごぢゃ~~~~~! 起きるにゃ~~~しっかりするにゃ~~~~~!」

花陽「キマシー! キマシイィィィーーーーー!!!」


 りんぱなも相当混乱しているのか叫ぶばかりで追ってくる様子もなく、無用の心配だったかもしれません。

―――


 三度襲撃を切り抜けた私はホテルから大通りへと出ました。
 穂乃果を攫った絢瀬絵里の正体を知るべく、情報屋と連絡を取ろう……としたのですが。


海未(…………? なんだか、体が……)


 呼吸の乱れ、臓腑のむかつき、指先の痺れ。
 謎の毒に蝕まれた己の肉体に不調を覚えるのは今更のことですが、しかしそうは言っても、にこの唾液を摂取した直後です。
 これまでに比べて体調が悪化するまでの間隔が短すぎませんか?


海未(どういうことなのでしょう……唾液に対する抗体でも出来てしまったのでしょうか……!?)


 だとすれば唾液接種による応急処置にも限界があります。
 命を失っては元も子もないと、連絡先を情報屋ではなくドクター西木野に変更しました。


真姫『海未ね。どうにか命を繋いだみたいで何よりだわ』

海未「死にかけ相手に随分な挨拶ですね……それより助けてくれませんか。どうやら危機を脱したわけではなさそうです」

 私はホテルでの一連のやり取りを簡潔に説明し、その間にも体を蝕む毒の影響でどんどん死に体になってゆきました。
 手足の痙攣が止まらなくなるのって怖いんですね、自分の体が崩壊していく気分です。


真姫『そう……海未の身に起きた症状については新たに入手した情報で説明できるわ』

海未「どういう、うぷっ、ことです?」

真姫『今さっきキスした相手は幼馴染みじゃなくて別の相手だったのよね?』

海未「ええ。穂乃果は攫われてしまったので、仕方なく襲撃相手を逆襲撃しました」

真姫『おそらく幼馴染みと比べて相手に抱く好感度が低いが故に解毒効果も低下したのよ』

海未「……すみません、毒が回ったせいか、いまいちドクの言ってることの内容を汲み取れずにですね。おえっ」

真姫『別に変な事言ったつもりは無いわ。海未がキスする相手に抱いてる好意の度合いに伴って毒を抑制する効果も増減する、って言ってるの』

海未「なんですかその好感度が高い方がより効果を発揮する乙女ゲーみたいな設定は!」


 満身創痍ながらも思わずツッコミ入れずにはいられませんでした。

 人が死ぬかもしれない毒なのに意味不明な要素まで入れ込んで、いくらなんでもふざけすぎではありません?
 皆様だって同情してくれますよね?
 ですが今は唾液が欲しいんです……同情するより唾液をください……。

 ドクから聞いた話が余りに馬鹿馬鹿しすぎて、力の入らない足を折って往来で座り込んでしまいました。


真姫『いくら文句言おうにも実際そういうことみたいよ』

海未「不条理です……馬鹿にしてるのですかあー私は真剣なんですうー」

真姫『現に幼馴染み程好意を持ってない相手の唾液じゃあっという間に効果切れ起こしてるじゃない』

海未「ではどうすればいいのですかあーこのままではホントのホントに死んでしまいますうー」


 毒による意識の混濁も相まって最早訳が分かりません。
 駄々を捏ねるように癇癪づくしかありません。
 ああ、なんてはしたない私……わかっていますけど、でもやっぱり釈然としませんー!

 スマホに向かって幼児よろしく喚いていると、目の前に真っ赤なスポーツカーが急ブレーキで止まり、勢いよくドアが開きました。


真姫「だから私の出番ってことでしょ。助けに来てあげたわ」

海未「あ…………真姫いぃぃぃぃ!」

真姫「ドクって呼びなさい。ホント手がかかるんだから……ほら早く乗って」

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

凛『海未ちゃん凛だよ! 元気!?』

海未「ああ凛ですか。実のところあまり元気ではありません」


 続いて電話に出たのはトリオの一人である星空凛でした。
 にこ同様私とは敵対的な立場にあるのですが、問題事が無い限り親しく接してくれるので、どうにも邪険に扱えない相手なんです。
 お転婆過ぎるのがネックですけど、黙っていれば可愛らしい妹みたいな子ですから。


凛『そっかー大変だねーお大事にー』

海未「御心配痛み入ります。ところで今現在体や記憶に異常を覚えているのですが、これは凛たちの仕業ですか?」

凛『凛たちがやったわけじゃないけどある意味凛たちの仕業だよ!』

海未「ある意味? 凛たちが直接手を下したわけではないものの凛たちマフィアの仕業である、ということですか?」

凛『どこまで言っていいのかわからないから御想像にお任せしますっていうやつにゃ』

海未「珍しいですね、あなたたち以外の構成員が私にちょっかい出してくるだなんて。で、異常の正体は一体、」

凛『海未ちゃんさよなら! もう少しで遅効性の毒で死んじゃうと思うよ!』

海未「はい?」

凛『でも死んじゃう前にかよちんが話したいみたいだから代わるね!』

海未「え、ちょっ」


 明るい口調で言われましたが、今この子なんと言いました?
 にこりんぱな相手だからと内心余裕ぶっこいてソファに足組んで座っていたのですが、一瞬背筋がひゃんとしました。

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

凛『海未ちゃん凛だよ! 元気!?』

海未「ああ凛ですか。実のところあまり元気ではありません」


 続いて電話に出たのはトリオの一人である星空凛でした。
 にこ同様私とは敵対的な立場にあるのですが、問題事が無い限り親しく接してくれるので、どうにも邪険に扱えない相手なんです。
 お転婆過ぎるのがネックですけど、黙っていれば可愛らしい妹みたいな子ですから。


凛『そっかー大変だねーお大事にー』

海未「御心配痛み入ります。ところで今現在体や記憶に異常を覚えているのですが、これは凛たちの仕業ですか?」

凛『凛たちがやったわけじゃないけどある意味凛たちの仕業だよ!』

海未「ある意味? 凛たちが直接手を下したわけではないものの凛たちマフィアの仕業である、ということですか?」

凛『どこまで言っていいのかわからないから御想像にお任せしますっていうやつにゃ』

海未「珍しいですね、あなたたち以外の構成員が私にちょっかい出してくるだなんて。で、異常の正体は一体、」

凛『海未ちゃんさよなら! もう少しで遅効性の毒で死んじゃうと思うよ!』

海未「はい?」

凛『でも死んじゃう前にかよちんが話したいみたいだから代わるね!』

海未「え、ちょっ」


 明るい口調で言われましたが、今この子なんと言いました?
 にこりんぱな相手だからと内心余裕ぶっこいてソファに足組んで座っていたのですが、一瞬背筋がひゃんとしました。

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
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穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

凛『海未ちゃん凛だよ! 元気!?』

海未「ああ凛ですか。実のところあまり元気ではありません」


 続いて電話に出たのはトリオの一人である星空凛でした。
 にこ同様私とは敵対的な立場にあるのですが、問題事が無い限り親しく接してくれるので、どうにも邪険に扱えない相手なんです。
 お転婆過ぎるのがネックですけど、黙っていれば可愛らしい妹みたいな子ですから。


凛『そっかー大変だねーお大事にー』

海未「御心配痛み入ります。ところで今現在体や記憶に異常を覚えているのですが、これは凛たちの仕業ですか?」

凛『凛たちがやったわけじゃないけどある意味凛たちの仕業だよ!』

海未「ある意味? 凛たちが直接手を下したわけではないものの凛たちマフィアの仕業である、ということですか?」

凛『どこまで言っていいのかわからないから御想像にお任せしますっていうやつにゃ』

海未「珍しいですね、あなたたち以外の構成員が私にちょっかい出してくるだなんて。で、異常の正体は一体、」

凛『海未ちゃんさよなら! もう少しで遅効性の毒で死んじゃうと思うよ!』

海未「はい?」

凛『でも死んじゃう前にかよちんが話したいみたいだから代わるね!』

海未「え、ちょっ」


 明るい口調で言われましたが、今この子なんと言いました?
 にこりんぱな相手だからと内心余裕ぶっこいてソファに足組んで座っていたのですが、一瞬背筋がひゃんとしました。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

凛『海未ちゃん凛だよ! 元気!?』

海未「ああ凛ですか。実のところあまり元気ではありません」


 続いて電話に出たのはトリオの一人である星空凛でした。
 にこ同様私とは敵対的な立場にあるのですが、問題事が無い限り親しく接してくれるので、どうにも邪険に扱えない相手なんです。
 お転婆過ぎるのがネックですけど、黙っていれば可愛らしい妹みたいな子ですから。


凛『そっかー大変だねーお大事にー』

海未「御心配痛み入ります。ところで今現在体や記憶に異常を覚えているのですが、これは凛たちの仕業ですか?」

凛『凛たちがやったわけじゃないけどある意味凛たちの仕業だよ!』

海未「ある意味? 凛たちが直接手を下したわけではないものの凛たちマフィアの仕業である、ということですか?」

凛『どこまで言っていいのかわからないから御想像にお任せしますっていうやつにゃ』

海未「珍しいですね、あなたたち以外の構成員が私にちょっかい出してくるだなんて。で、異常の正体は一体、」

凛『海未ちゃんさよなら! もう少しで遅効性の毒で死んじゃうと思うよ!』

海未「はい?」

凛『でも死んじゃう前にかよちんが話したいみたいだから代わるね!』

海未「え、ちょっ」


 明るい口調で言われましたが、今この子なんと言いました?
 にこりんぱな相手だからと内心余裕ぶっこいてソファに足組んで座っていたのですが、一瞬背筋がひゃんとしました。

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

凛『海未ちゃん凛だよ! 元気!?』

海未「ああ凛ですか。実のところあまり元気ではありません」


 続いて電話に出たのはトリオの一人である星空凛でした。
 にこ同様私とは敵対的な立場にあるのですが、問題事が無い限り親しく接してくれるので、どうにも邪険に扱えない相手なんです。
 お転婆過ぎるのがネックですけど、黙っていれば可愛らしい妹みたいな子ですから。


凛『そっかー大変だねーお大事にー』

海未「御心配痛み入ります。ところで今現在体や記憶に異常を覚えているのですが、これは凛たちの仕業ですか?」

凛『凛たちがやったわけじゃないけどある意味凛たちの仕業だよ!』

海未「ある意味? 凛たちが直接手を下したわけではないものの凛たちマフィアの仕業である、ということですか?」

凛『どこまで言っていいのかわからないから御想像にお任せしますっていうやつにゃ』

海未「珍しいですね、あなたたち以外の構成員が私にちょっかい出してくるだなんて。で、異常の正体は一体、」

凛『海未ちゃんさよなら! もう少しで遅効性の毒で死んじゃうと思うよ!』

海未「はい?」

凛『でも死んじゃう前にかよちんが話したいみたいだから代わるね!』

海未「え、ちょっ」


 明るい口調で言われましたが、今この子なんと言いました?
 にこりんぱな相手だからと内心余裕ぶっこいてソファに足組んで座っていたのですが、一瞬背筋がひゃんとしました。

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

凛『海未ちゃん凛だよ! 元気!?』

海未「ああ凛ですか。実のところあまり元気ではありません」


 続いて電話に出たのはトリオの一人である星空凛でした。
 にこ同様私とは敵対的な立場にあるのですが、問題事が無い限り親しく接してくれるので、どうにも邪険に扱えない相手なんです。
 お転婆過ぎるのがネックですけど、黙っていれば可愛らしい妹みたいな子ですから。


凛『そっかー大変だねーお大事にー』

海未「御心配痛み入ります。ところで今現在体や記憶に異常を覚えているのですが、これは凛たちの仕業ですか?」

凛『凛たちがやったわけじゃないけどある意味凛たちの仕業だよ!』

海未「ある意味? 凛たちが直接手を下したわけではないものの凛たちマフィアの仕業である、ということですか?」

凛『どこまで言っていいのかわからないから御想像にお任せしますっていうやつにゃ』

海未「珍しいですね、あなたたち以外の構成員が私にちょっかい出してくるだなんて。で、異常の正体は一体、」

凛『海未ちゃんさよなら! もう少しで遅効性の毒で死んじゃうと思うよ!』

海未「はい?」

凛『でも死んじゃう前にかよちんが話したいみたいだから代わるね!』

海未「え、ちょっ」


 明るい口調で言われましたが、今この子なんと言いました?
 にこりんぱな相手だからと内心余裕ぶっこいてソファに足組んで座っていたのですが、一瞬背筋がひゃんとしました。

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
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凛『海未ちゃん凛だよ! 元気!?』

海未「ああ凛ですか。実のところあまり元気ではありません」


 続いて電話に出たのはトリオの一人である星空凛でした。
 にこ同様私とは敵対的な立場にあるのですが、問題事が無い限り親しく接してくれるので、どうにも邪険に扱えない相手なんです。
 お転婆過ぎるのがネックですけど、黙っていれば可愛らしい妹みたいな子ですから。


凛『そっかー大変だねーお大事にー』

海未「御心配痛み入ります。ところで今現在体や記憶に異常を覚えているのですが、これは凛たちの仕業ですか?」

凛『凛たちがやったわけじゃないけどある意味凛たちの仕業だよ!』

海未「ある意味? 凛たちが直接手を下したわけではないものの凛たちマフィアの仕業である、ということですか?」

凛『どこまで言っていいのかわからないから御想像にお任せしますっていうやつにゃ』

海未「珍しいですね、あなたたち以外の構成員が私にちょっかい出してくるだなんて。で、異常の正体は一体、」

凛『海未ちゃんさよなら! もう少しで遅効性の毒で死んじゃうと思うよ!』

海未「はい?」

凛『でも死んじゃう前にかよちんが話したいみたいだから代わるね!』

海未「え、ちょっ」


 明るい口調で言われましたが、今この子なんと言いました?
 にこりんぱな相手だからと内心余裕ぶっこいてソファに足組んで座っていたのですが、一瞬背筋がひゃんとしました。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

 声の主である高坂穂乃果は昔からの幼馴染みで、今でも親しくさせて頂いております。
 日頃双方の家を行き来しては余った料理の御裾分けをしたり……。
 っと、今はそういう四方山話はいいのです。


海未(穂乃果は私と違って堅気の世界に生きる一般人です)

海未(弾丸飛び交うこちらの世界に巻き込むわけには……!)

海未「いけません! こっちの部屋に来ないでください!」

穂乃果「え? なんで?」


 静止が届く前に穂乃果が室内へと顔を覗かせました。
 私は舌打ちをすると、覚悟を決めて隠れていたソファから飛び出しました。

 現在、窓の外340m~360mの距離から私を狙っているというりんぱなコンビは、スコープ越しに室内の様子を神経を研ぎ澄ませながら見つめているはず。
 微かでも動くものがあれば即座に反応できるように。
 そこへ穂乃果が動く獲物として顔を覗かせてしまったのですから、さあ撃ってくださいと言わんばかりの標的です。


海未「伏せてっ!」

穂乃果「わぁっ!?」


 今この瞬間狙いを付けられているであろう穂乃果に向かって私は飛びかかりました。
 穂乃果の体を押し倒した直後、今しがたまで穂乃果のいた場所を弾丸が通過し、壁へとめり込みました。

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

凛『海未ちゃん凛だよ! 元気!?』

海未「ああ凛ですか。実のところあまり元気ではありません」


 続いて電話に出たのはトリオの一人である星空凛でした。
 にこ同様私とは敵対的な立場にあるのですが、問題事が無い限り親しく接してくれるので、どうにも邪険に扱えない相手なんです。
 お転婆過ぎるのがネックですけど、黙っていれば可愛らしい妹みたいな子ですから。


凛『そっかー大変だねーお大事にー』

海未「御心配痛み入ります。ところで今現在体や記憶に異常を覚えているのですが、これは凛たちの仕業ですか?」

凛『凛たちがやったわけじゃないけどある意味凛たちの仕業だよ!』

海未「ある意味? 凛たちが直接手を下したわけではないものの凛たちマフィアの仕業である、ということですか?」

凛『どこまで言っていいのかわからないから御想像にお任せしますっていうやつにゃ』

海未「珍しいですね、あなたたち以外の構成員が私にちょっかい出してくるだなんて。で、異常の正体は一体、」

凛『海未ちゃんさよなら! もう少しで遅効性の毒で死んじゃうと思うよ!』

海未「はい?」

凛『でも死んじゃう前にかよちんが話したいみたいだから代わるね!』

海未「え、ちょっ」


 明るい口調で言われましたが、今この子なんと言いました?
 にこりんぱな相手だからと内心余裕ぶっこいてソファに足組んで座っていたのですが、一瞬背筋がひゃんとしました。

 舌をぐりゅんぐりゅん動かしてにこの唾液を舐め取り啜り取り、私の口の中もどんどん潤ってきます。
 ひとしきり満足してからようやく口を離してあげました。


海未「大変美味しゅうございました」

にこ「に”こ”ぉ”…………///」


 にこエキスを補給した私は体調の回復を実感して、ホッと胸を撫で下ろします。

 敵対関係にあるとはいえ、別ににこりんぱなの事は嫌いじゃないんですよね。
 付き合い自体は長く、腐れ縁的な関係ですし。
 日頃何かとちょっかい出してくるものの、敵としての脅威も小さいオモチャみたいな存在ですから。

 あとはそうですね、皆さんから姿を見ることができるかわからないのでこう言うのも何ですけど。
 ほら、三人ともとっても可愛らしい女の子じゃないですか。


海未(死を避ける為ならキスしたいと思わせるくらいに、ね)

海未「ドク、私です」

真姫『面倒なのは御免よ』

海未「すみません」

真姫『謝っておきながら巻き込むつもり満々じゃないの……』

海未「ドクしか頼れる相手がいないんです。まずは話を聞いてください」


 ドク……ドクター西木野は、アウトローが集うこの街にあっても尚特殊な位置づけにある闇医者です。
 どの団体にも所属せず個人で活動し、その腕一つで身を立てている凄腕なんです。
 巨大組織相手にも己の実力を武器に対等な態度を取ることができる点は、立場は違えど私と似ているでしょうか。

 ドクは味方とは言えませんが、一匹狼であるので敵とも考えられません。
 マフィアに与せず、薬物事情に詳しいであろうドクに助力を仰ぐのが現時点における最良の選択だと判断しました。

真姫『応急処置をしようにも、今のところ新薬についてわかってることは一つも無いの』

海未「なに弱気なこと言ってるのです! あなたそれでもドクター西木野ですか!?」

真姫『厄介事持ってきた張本人が言ってくれるじゃない』

海未「すみません口が滑りました。死にかけで頭が朦朧としているんです許してください」

真姫『確証持てることが他にないんだし、現状効果があったことに縋り付いてみたら?』

海未「と言いますと?」

真姫『キスしたら体調回復したんでしょ? だったらドンドン唇奪いなさいよ』

海未「正気ですか!? そんな……繰り返しキスなんてしたら孕んでしまいますよ!?」

真姫『なに馬鹿なこと言ってるのよ子供じゃないんだから』

海未「しかしですね、幼馴染みがですね、遠い昔にそう教えてくれてですね、」

真姫『嘘だから安心しなさい。仮に本当だとしても死ぬのとどっちがマシ?』

海未「うぅ……」


 ああ、とんでもない事態になってしまいました……。
 まさか命を繋ぎ止める為とはいえ、他人様の唇を奪うだなんて……。
 もうお嫁に行けません。どなかた拾っては頂けませんか?

穂乃果「う、海未ちゃ……ほんと、に……」

海未「す、すみま、せん……穂乃果は、巻き込まれる、よう、逃げ……っぷ」

穂乃果「ほんとに死んじゃうの……?」

海未「…………すみ、ませ……」


 マフィアが横行するこの街の住人として、私たちの事情も重々理解している穂乃果です。
 死、というものを受け入れる心構えは出来ていたのでしょう。
 下手に騒いだり疑問を挟んだりすることなく、目前の出来事を現実だと悟ったのか、私を抱く腕の力を強めました。


海未(穂乃果……)


 死ぬことは、正直無念です。
 為すべきこと、何としても遂げたいことが、まだ残っていましたから。


海未(それでも、穂乃果の腕の中で死ぬことができるのなら、良かったと言うべきでしょうか……)

凛『海未ちゃん凛だよ! 元気!?』

海未「ああ凛ですか。実のところあまり元気ではありません」


 続いて電話に出たのはトリオの一人である星空凛でした。
 にこ同様私とは敵対的な立場にあるのですが、問題事が無い限り親しく接してくれるので、どうにも邪険に扱えない相手なんです。
 お転婆過ぎるのがネックですけど、黙っていれば可愛らしい妹みたいな子ですから。


凛『そっかー大変だねーお大事にー』

海未「御心配痛み入ります。ところで今現在体や記憶に異常を覚えているのですが、これは凛たちの仕業ですか?」

凛『凛たちがやったわけじゃないけどある意味凛たちの仕業だよ!』

海未「ある意味? 凛たちが直接手を下したわけではないものの凛たちマフィアの仕業である、ということですか?」

凛『どこまで言っていいのかわからないから御想像にお任せしますっていうやつにゃ』

海未「珍しいですね、あなたたち以外の構成員が私にちょっかい出してくるだなんて。で、異常の正体は一体、」

凛『海未ちゃんさよなら! もう少しで遅効性の毒で死んじゃうと思うよ!』

海未「はい?」

凛『でも死んじゃう前にかよちんが話したいみたいだから代わるね!』

海未「え、ちょっ」


 明るい口調で言われましたが、今この子なんと言いました?
 にこりんぱな相手だからと内心余裕ぶっこいてソファに足組んで座っていたのですが、一瞬背筋がひゃんとしました。

>>58からの続き

―――


 ドクの車にピックアップされた私は助手席でぐったりしていました。
 移動する間、ドクの手によって点滴のようなものを打たれていました。


海未「これは? さては解毒剤が見つかったのですね? 流石はやり手の闇医者です」

真姫「違うわ。今海未に打ってるのは私の体内成分よ」

海未「はい?」

真姫「わかりやすく言うと私の唾液溜まり」


 唾液だと言われてから、腕に刺さる針の先の管を辿って点滴袋に詰まっている半透明で粘性のある液体を見上げると、こう……何とも言えない気持ちになるのですね。


海未「この瞬間にも腕からドクの唾液がにゅるにゅると侵入しているわけですか……」

真姫「嫌なら針抜きなさい。死ぬけど」

海未「嫌ですけど死ぬのも嫌です……とんだ二者択一です……」

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

海未「③はどういうことですか?」

真姫「唾液を摂取する相手というより、摂取するシチュエーションが大事ってわけ」

海未「つまり?」

真姫「気分の盛り上がるキスから得る唾液ほど毒の抑制効果も強まるってことよ」

海未「だからこそ好きな相手とのキスなら自然と気分も高まり、毒の抑制効果も高くなる、と?」

真姫「そういうこと」

海未「では点滴という形でドクの唾液を貰ってもさほど効果はないのでは? こんなの気分も何もありはしませんし」

真姫「主張は正しいけど、唾液を取り入れてるだけまだマシなのよ。おそらく点滴を抜いた瞬間体調は悪化するわ」

海未「でしたら点滴ではなくロマンティックなキスしてくださいよ! その方が効果あるのでしょう!?」

真姫「奥手のくせに随分と大胆な発言するようになったじゃない。でも駄目。私のキスは高いって言ったデッショー」

海未「うう、ドクは人でなしです……キスー! どこかに私のキスは落ちていませんかー!」

真姫「天下の海未でさえ豹変するくらいに死を目前とした人間の脆弱さたるや……職業柄見知ってはいるとはいえ、虚しいものね」

真姫「とりあえず唾液パックをストックとしていくつか用意したから。これで唾液を常時補給しながら活動できるようになるわ」


 ドクが指差すのに従い目で追うと、唾液溜まりが詰まった小型の点滴用パックとチューブと針、それら一式を収める装着具が並んでいました。
 要は常時点滴(唾液)を注入しながら動き回る為のツールです。


海未「なんだかんだ言ってドクは親切ですね、命の恩人です。ちょっと好きになりそうです」

真姫「上手いこと言ってキスせがもうとしても無駄だから」

海未「勘の良いドクは嫌いです」

真姫「こっちは新薬の情報収集を続けるけど、海未はどうするの?」

海未「せっかく動き回ることができるようになったのですから、穂乃果を救出する為に誘拐犯のことを調べてみます」

真姫「わかった。唾液ストックが尽きたらアウトよ、それまでに幼馴染み救出しちゃいなさい」

海未「いざとなればドクが来てくれるとドラマティックなキス効果で生き残れるのですが」

真姫「無理」

海未「容赦ないですね……」

 ドクの説明を受けながら、唾液ストック一式を腰に括りつけました。
 これでしばらくの間は毒による死の恐怖から逃れることができそうです。


海未「では私は行きます。ありがとうございました、真姫」

真姫「ドクって呼びなさい。気を付けてよ」


 軽く礼を述べてから部屋を出て、装着具の具合を確かめながら進みます。


海未(それにしても、気分が高まるキス程毒の抑制効果も高まる、ですか)


 なんてふざけた作用なのでしょう。
 これでは穂乃果が干からびるまで唾液を啜りなさいと言われているようなものです。
 幼馴染みである穂乃果以上に大切な存在はいないのですから。

 ……いえ。


海未(大切な人…………好きな、人……)


 本当ならば一人。
 万が一、間違いでも偶然でも奇跡でも、今この瞬間目の前に表れて。
 例え触れるだけの口付けを交わすことができたなら。
 ただそれだけで、体内を巡る正体不明の毒なんて完全に掻き消してしまえるだろうに。


海未(…………現実を見ましょう)


 大きく首を振り、情けない考えを吹っ切って、ドクの高級車コレクションが集められたガレージへと向かいました。
 何台もあるんですから、別に一台くらい減っても気にしませんよね?

―――


 ドクから無断で拝借した真っ青の高級車を運転しながら、私は情報屋へと連絡を入れました。


海未「もしもし、私です」

希『おやおや孤高のラブアローシューターやん』

海未「その恥ずかしい呼び方やめてください! ……情報を頂きたく連絡差し上げました」

希『ちょうどいいわ、ちょっと助けてくれへん?』

海未「助けとは? こちらが助けを欲している側なのですが」

希『今ね、急に乗り込んできたマフィア集団から銃とかで狙われて死にそうなんよ』

海未「死にそう……って何やってるんです!? 希がいないと欲しい情報も手に入らないんですから生き延びてください!」

希『せやから助けてよー。わっ! 頭に銃弾掠ったわ』

海未「急ぎますから死なないでくださいよ!? 希のアジトでいいんですね!? 死んだら地獄の彼方まで追って折檻しますから!」

希『現役マフィアより海未ちゃんの方がよっぽど怖いよね。ほな待ってるからーよろしくー』

海未「よろしくってまた呑気な……ああ、切れてしまいました。また一悶着ありそうです……」


 嘆息を零し、ドライブを楽しむ間もなく次なる目的地に向かってアクセルを踏み込みました。

―――


 車移動ばかりが続いて、乱痴気騒ぎの渦中ながらも少々気の緩む間が生まれました。
 そのせいでしょうか……目下の騒動とは縁遠い、幼少期の平和な記憶がほんの一瞬蘇り、私の意識は彼方へとトリップしました。


『おーい、ウェミチャーン! ウェミチャーーーン!』


 幼馴染みである穂乃果は最も古い友人でした。
 幼少期の頃から今と変わりなく元気いっぱいで、側頭部の髷は当時からのチャームポイントでした。
 当時は舌足らずが顕著でして、私の名を正しく発音出来なかったことは今でも笑い話になります。


『あ、あ……まって……いま、いきます……!』


 かく言う私自身の幼少期は、随分大人しく引っ込み思案で、穂乃果の後を追うばかり。
 慎ましやかな性格は今でも変わらぬ自負がありますが、穂乃果に言わせると「いやいやすんごい逞しくなってるじゃん! あと怖い!」と否定されます。
 はて、あの頃と今、一体どこが変わってしまったのやら?

 そんな、穂乃果曰く逞しくなる以前の幼き私は、遠くに見えた友人の姿に嬉しくなって、小さな体を揺らして嬉しそうに駆けていきます。
 そして走りながら……もう一人、穂乃果と並んで私を待つ人影に気付きます。
 私を見守る彼女の姿に、一層幸せな気持ちが膨らんで、胸を満たすのです。


『ンミチャンッ!』


 こちらもまた随分舌足らずな調子の、耳深くまで甘く響く囀り。
 私を呼ぶ声の主に向かって駆けながら、更に笑顔を深めた私は、彼女の名を声高に叫ぶのでした―――――

―――


海未「ふっ!」


 最後まで残っていた構成員の体を地面に叩きつけ、意識を失わせたことを確認し、ようやく一息つきました。


海未「というわけで曲者集団の片づけが終わりました」


 物陰に向けて報告すると、隠れていた希がひょっこりと顔を出しました。
 辺りに倒れ伏すマフィアたちの群れを眺める表情は随分と楽しそう。
 先程まで命を狙われていたというのに、大した肝っ玉ですこと。


希「相っ変わらず海未ちゃんは規格外やねえ」

海未「とんでもない。いたいけな一介の市民ですよ」

希「ないわー。集団相手に一人で勝つとか無双にも程があるでしょ。喧嘩で一度に三人以上相手するんは無理やってシンセングミも言うとるよ?」

海未「希に言われる筋合いはないと思います」


 確かにマフィアの前では為す術もない、それこそ一介の市民然している希ですけど、情報屋としての腕前は折り紙付きですからね。
 彼女が身を置く隠れ家の様子を見渡せば雰囲気だけでも感じ取れます。
 薄暗い室内に明滅するディスプレイの光、辺りを埋め尽くすPC関係の機器が発する唸るような駆動音、壁や床の奥に消える無数のコードの束……。
 数々の装飾が、彼女の実力の信憑性を高めるように映ることでしょう。

海未「掃除屋に連絡したので、構成員たちの身柄はじきに引き取りに来てくれるそうです」

希「アフターサービスまでばっちりやん。やり手と言われる所以かな?」

海未「頼みごとをする身ですから。では希、あなたの情報屋としての立場に改めて依頼します」

希「ええよー命の恩人やからね。何が知りたいん?」


 私は怪盗について知り得る知識や特徴を、街一番の情報屋、東條希に説明しました。
 話を元に機器類を操作し始めた希の背後で情報が集まるのを待ちます。


希「…………お、ヒット。出たよ、巷で話題の怪盗情報」

海未「驚くべき情報収集速度です。現代社会において希のような人材は本当に貴重ですね」

希「このスキルのお陰で今までマフィアに襲われずに済んでたはずなんやけどねー」

海未「本当ですよ。希の存在は中立のはずなのに、目的は何だったのでしょう……」

 情報屋の手腕により、穂乃果を攫った相手についていくつかわかりました。
 絢瀬絵里、通称怪盗エリーチカは、世間では名の知れた怪盗のようです。


海未「怪盗がなぜこのような街に? 今まで名を耳にしなかったのですから、この地にやって来たのは最近のことなのでしょう?」


 ここ、我らがマフィアタウンに住まう人間は大概脳筋スタイルでして、真正面から拳銃ドンパチして突き進むのが常です。
 なので怪盗のように、人目を忍び、隙を見て作業をこなすような者は異色の存在と言えます。
 

希「雇われたみたいだよ。どっかのマフィアが買収したんだって」

海未「例の如くマフィアの仕業ですか。いくら私への直接的な攻め手が尽きたからと言って、私と親しい存在から攻めてくるだなんて卑怯な……」

希「一応聞くけど、穂乃果ちゃん自体が狙いって可能性は?」

海未「皆無です。断言できるだけの根拠があります」

希「ならあくまでも海未ちゃんの幼馴染みだからって理由で連れ去られたんやね」

海未「間違いないでしょう。大した嫌がらせですよ、穂乃果に申し訳が立ちません。ああ、穂乃果……穂乃果の唇……」

希「今変なこと言った?」

海未「空耳では?」

希「お、映像発見」

海未「何の映像でしょう」

希「怪盗が潜伏先に戻るところかな? 居場所の手掛かりになるかもね」

海未「これは……」


 映像に映り込んだ絢瀬絵里が出入りしているアジトには見覚えがありました。
 数々のマフィアが蔓延るこの街の中で、最も巨大な組織の所有地です。
 今の私にとっては、にこりんぱなが所属するマフィアの本拠地、といった認識ですけど。


海未「よりにもよって最大手マフィアがわざわざ外部から人手を雇ったわけですか。マフィア業界も未来がありませんね」

希「狙いは何なんやろね? 新しいお仕事に手ぇ出そうとしとるとは聞いてへんけど」

海未「現在このマフィアの活動方針は首脳陣による秘密主義のはずですから、外部の者どころか末端構成員でも意図を計りかねるでしょう」

希「随分詳しいやん。ウチが探れば狙いがわかるかな?」

海未「どうでしょうか。個人的には難しいように思います」

 二人してディスプレイを見ながらウンウン唸っていると、突然アラートが表示されました。
 親切にドクロマークなんてものも出てきて危機感を煽ってきます。


希「わっ!? なんなんこれ?」

海未「嫌な予感のするウィンドウがいくつも出てきましたけど……」

希「えーと……? あ、まずいかも」

海未「どうしました?」

希「ウチが情報探っとることが向こうにもバレたみたい」

海未「え。希ってこの街最高の情報屋なのでしょう? 対策していなかったのですか?」

希「いっぺんに三人くらいで囲まれてアタックされたようなもんやし、どうしようもないやん?」

海未「街一番の実力者でも統制が取れた集団には敵わないと」

希「そゆこと。また狙われるかもしれへんし、逃げる準備しないとなー」

海未「先程のような平の構成員が来たところで私が倒せば……あ、いけません」

希「どしたん?」

海未「そうです、相手が最大手マフィアなら、私対策としてもっと腕の立つ相手がやってきます」

希「海未ちゃんでも手に負えない感じ?」

海未「楽勝です……が、堅気の希を守りながらでは難しいと言いますか、出来損ないのシンセングミと言いますか。ええとですね」


 私が説明する前に、希の隠れ家内に設置されていたブザーが激しい音を立てて注意を促してきました。
 そうこうしているうちにいつもの三人組の来訪です。


にこ『こらぁ海未ー! よくも私の純情奪ってくれたわね! 覚悟しなさい!』

希「外から拡声器みたいな声聞こえてきたけど?」

海未「ええ、まあ、そういうことなんです……またにこりんぱなのお出ましですよ」

希「馬鹿にした言い方やけど、ちょっと面白がってへん? やっと手応えある相手が来たみたいな」

海未「完全なる気のせいですね。さ、私が相手をしますので希は避難してください」

―――


 外で拡声器越しにぎゃーぎゃー騒いでいるにこりんぱなを黙らせるべく、私は単独で表に出ました。


にこ「出てきたわねこのタラシ!」

海未「とんでもない言い草です」

にこ「タラシじゃないの! マフィア界NO.1アイドルにこにーにあんなことしてただじゃ済まないわよっ!」

海未「あなたただの構成員でしょう? 何変なこと言ってるんです?」

凛「にこちゃん強引にちゅーされてから海未ちゃんのこと意識しすぎておかしくなっちゃったんだよっ!」

花陽「女心を弄ぶイケナイ人です……!」

にこ「うっっっさいわねっ! 私が海未のこと意識するとかっ、そんなわけないでしょ///」

海未「このような発言が許される立場ではないことを重々承知した上で言いますけど、チョロすぎませんか……?」

にこ「うっさいばーかばーか///」

凛「そういえばさ、あれからまた少し時間経ったけど体は大丈夫なの?」

花陽「海未ちゃんがさっきあんなことした理由は偉い人から聞いたんだけど、普通ならもう動けないんじゃ……」

海未「ああ、やはり平の構成員は事情を全て理解しているわけではなかったのですね」

にこ「ちょぉっと! まだ私の話終わってないんだから口挟まないdモガモガ」

凛「今真面目な話してるの!」


 未だ文句を言い足りなさそうなにこの口を花陽が塞ぎ、そのまま凛がヘッドロックして抑えつけてしまいました。
 司令塔であるはずなのに酷い扱われよう、情けないNO.1アイドルですこと。


海未「毒については知人に頼んで応急処置的な施しを受けまして。辛うじて健在を保っていますよ」


 私は衣服を捲り上げ、腰の辺りに巻き付けた補給機器一式が見えるよう体の向きを変えました。

凛「何かの医療器具みたい。街の闇医者にお願いしたの?」

海未「おや? 私の交友範囲を把握していたんですか」

凛「ううん。でもそっか。へえー、やっぱり」

海未「やっぱり?」

花陽「本当に計画の通りなんだ……」


 りんぱなの二人はうんうんと頷き納得している模様。
 一方で敵勢の思惑を計り損ねる私は首を捻るしかありません。

 こちらの行動幅を読まれている点と言い、一度は生殺与奪権を奪われた点と言い、いつも以上の周到さを感じます。
 どうにも今回の一件は一筋縄では済まなさそうですね……。


にこ「ぷはぁ! あー首痛い! 海未あんたまさかその闇医者ってのにも手出してるんじゃないでしょうね!?」

海未「まだ言いますか……もう少しにこのこと抑えつけられません?」

花陽「う、うん」

凛「了解!」

にこ「モガモガ」

 図らずもにこから妙な気を向けられてしまい戸惑っていたところ、懐のスマホがピロロロロプルルルしたのでそちらに出ました。


希『海未ちゃん? こっちは先に避難できたよーありがとね』

海未「無事に脱出できたのなら何よりです」

にこ「もがぁっ! 私といる時に誰と電話してんの!? 今度はどこの女よ!?」

凛「これそのうち『この泥棒猫!』とか言い出すやつにゃ……こんなにこちゃん見たくないにゃ……」

花陽「しゅ、修羅場ですか……!?」

海未「では希、敵襲を撃退してから追って連絡しますので」

希『それなんやけど、今から言うところに敵さん誘導してみてくれへん?』

海未「誘導ですか?」

希『電話は切らんといてね。じゃよろしくー』

 誘導と指示されたので、前方で喚くにこりんぱなトリオの気を引かなくてはなりません。
 が、このような時にどうすれば相手の気を上手に引けるのでしょう?
 私は対人関係が得意とは言えないので、人様の気を引くだなんて大仕事です。
 どなたか人付き合いに長けた方がいらっしゃれば助言を頂けませんでしょうか……。


海未「ええと……にこ、あなたはキス一つで陥落する脆弱な唇と甘チョロハートの持ち主なのデスネ?」

にこ「ぬぁんですってむきゃー! 地の果てでも追って責任取らせてやるわ!」


 棒読み台詞一つで実に簡単に気を引くことができました。ちょろいです。


凛「駄目だよ今のにこちゃんにそんなこと言っちゃったらー抑えられなくなっちゃうじゃん」

花陽「ふぇぇ激おこだよ怖いよぅ……」

にこ「のんびりしてないであのスケコマシとっ捕まえなさい!」


 指令が飛んできましたけど当然捕まるわけにはいきません。 
 私が逃げるとにこが奇声を上げながら猛追してきて、次いで凛が面白そうにしながら並走し、花陽も遅れ気味ながら懸命についてきました。

海未「希、三人を誘導することに成功しました。指定された場所に向かっています」

希『オッケー。じゃあ海未ちゃんが倉庫を通り抜けたら合図ちょうだい。通り抜けるまでは合図したらあかんよ?』


 希の意図はわかりませんが、ともかくも指示に従い、希の所有地にある巨大な倉庫に入りました。


海未(これまた凄い設備ですね)


 倉庫と言いながら、中には謎の機械類が所狭しとゴチャゴチャしており、規模からしてちょっとした工場みたいな様相を呈していました。
 余りに物が密集しすぎており、隙間を駆け抜けるだけでも一苦労。
 私が飛び越えたり潜ったりして擦り抜けた機械類に一々引っかかるにこたちは、その都度悲鳴を挙げて横転するわ額を痛打するわで大騒ぎです。

 何十メートルにも渡る障害物競走を走り切り、ゴール代わりの向かいの出入り口から一等賞で表に出ました。


海未「希、倉庫を出ました。追ってきている三人はまだ中で悪戦苦闘しています」

希『はいはーい。倉庫からちょっと離れとってねー』


 希の気の抜けた声が聞こえると同時、十分な距離を取る間もなく、今しがた通り抜けた倉庫が爆炎爆風と共に弾け飛びました。

 どーん がしゃんぐしゃがらがらがら どごーん ぼかんどかんばかーん


 努力してオノマトペ化するのならこのような感じでしょうか?
 ですが実際はそのような考えを及ばす余裕など皆無でした。
 音として認識するには爆発現場は目前過ぎて、耳には巨大な音の圧として認識するのが手一杯であり、更に言えば突如発生した衝撃の被害を受けぬよう身を屈めるのに必死でそれどころではありません。

 地に伏せ両腕で頭を守り、轟音が去ってから、耳鳴りに耐えつつ顔を上げました。


海未「…………………………は?」


 倉庫だったスペースから立ち昇る激しい炎と太い黒煙を目にしました。
 今しがた潜り抜けてきた障害物ならぬ機械類が詰まった倉庫の姿は、見る影もありません。


希『海未ちゃんどうなったー? 倉庫ちゃんと爆発したー?』


 自前の倉庫を自ら爆破させた主の声が地に落ちたスマホから途切れがちに聞こえてきます。
 声を聞いてから、ああ、爆発したのか、とようやく理解が追いつきました。

 耳鳴りが収まると共に思考が再稼働し始めた私は、天まで伸びる太い黒煙を仰ぎ見ます。
 まるで火葬場の煙のようです……いえ、この例えは少々不謹慎でしょうか。
 想定外の事態に思考を乱されながら、鼻を突く火薬の香りに顔をしかめました。


海未「これは……ちょっと、やりすぎでは……」


 いくらにこりんぱなのギャグ属性があったとしても、流石に生きていられる規模の爆発じゃないんですけど。
 火葬場という比喩もそうおかしくないと思える程に。
 現に残骸と化した元倉庫からは炎と小爆発しか目に映らず、時折何かが崩れる音以外は肉声一つ聞こえません。


希『これで敵さん撒くことができたでー』

海未「そう、です、ね……ハハ……」


 深く考えるとちょっとアレがソレな気がしたので空笑いを残すに留め、思考停止状態のまま希との合流位置へと向かいました。

 にこ……凛……花陽……。
 どうか安らかに……。

 え、本当に死んじゃったんですか?
 あの、一応、私の宿敵ポジションだったんですけど……。

―――


 その後、希と再合流を果たした私は怪盗エリーチカに関する更なる情報を得たのですが、話を聞いている最中もドン引き状態でした。
 というか希が怖くてプルプル震えていました。

 そりゃあ拳銃ドンパチやるのも日常茶飯事で殺し合いにも慣れきったこの街ではありますよ。
 しかしながら、肉片一つ残らなさそうな威力の爆発四散を躊躇なくぶっ放せる人物が果たして何人いることでしょう。

 勿論私たちだって至極真面目に敵勢力を潰そうとしていましたし、抗争となれば文字通り戦争となり、死力を尽くして争いました。
 とは言っても、争いはただ殺伐としたものではありません。
 戦う最中に互いの存在と存在を真っ向からぶつけ合うことで、戯れにも似た心のやり取りが交わされていたんです。
 そう、言うなれば立場を超えたライバルとしての愛好心を、拳や弾丸に込めて応酬する……。
 それがこの街に生きる者の矜持でした。

 それをまあいとも簡単に爆弾一つで相手を葬ることができたと言いますか。
 いえ、別に命のやり取りに関するあれこれについてマジレスするつもりは無いのでこれ以上言いませんけど……。


海未「実は希が中立を保っていられた理由は情報屋スキルだけではありませんね?」

希「いきなり何言っとるん?」

海未「いえ、話を続けてください……」


 目の前でキョトンとしている堅気(?)の豊満バディですが、非戦闘員だからと言って甘く見ると痛い目を見るかもしれません。

 やっぱりこの街に生きる人間は一癖ある者ばかり。
 本当気が抜けませんね。
 だからこそ楽しいのですけれど。

 不意の爆☆散に狼狽えてしまいましたが、何とか気をしっかり持って自分の為すべきことへと考えを戻します。


希「最大手マフィアのお抱えになった怪盗エリーチカは、誘拐してきた子を本拠地アジトの最上階に監禁しとるって」

海未「一体どこからその情報仕入れているんですか?」

希「そんなん業務上の秘匿事項やん?」


 希はうふふと笑って唇に指を立てるチャーミングな仕草を見せますが、先程の爆発の記憶が蘇り身が震えます。
 無邪気に笑っていますけど、容赦なく爆弾のスイッチを押せる人なんですよこの人は……。
 さっきだってボタン押す際「ポチっとな」って言ったに違いありません……。


希「ん? どしたん? ウチに見惚れちゃったんかな?」

海未「違う意味で見惚れました」

希「どういうこと? 意味深な感じ? ウチは簡単に落とせんからね?」


 今度は唇の前で両手の指をクロスさせて×マークを示すキュートなポーズを取りました。
 可愛らしいですけど、先の一件で希に対する好感度は目減りしたので、仮に解毒の為にキスしたとしても効果薄でしょうね……。

―――


 何はともあれ穂乃果の潜伏先を特定することができました。
 敵はホンノウジにあり、ならぬ、幼馴染みはマフィアアジトにあり。


海未(曲がりなりにも敵の本拠地ですから、多少なり策を練ってから突入しましょうか)

海未(にこりんぱながいなくなった今、無策のまま特攻しても余裕でしょうけど)

海未(相応の準備と工夫を凝らして陥落させたのだよと示してあげませんと、最大手マフィアの沽券に関わってしまいます)


 脳内で敵に対する配慮を巡らせながら、希にお礼を言って隠れ家を辞しました。
 ちょっとした裏道を抜ければ、そこは街一番の大通りに面する交差点。
 随分と大胆な場所に拠点を構えているものです。


海未(希曰く『人を隠すなら群衆の中、意表を突くことがバレない秘訣なんよ』だとか)

海未(まあ、今回はその隠れ家がバレた結果、第二の隠れ家に移るハメになったそうですけど……)

海未(とはいえ情報の担い手である希のセキュリティ哲学です、馬鹿にはできませんね)


 此度の件で拠点地の幾つかを破壊されてしまった身としては大変勉強になる話です。
 皆様も人目を憚る目的で隠れ家探しをする機会がありましたら参考にしてみてはいかがでしょうか。

 スクランブル交差点と呼べる大規模な道路、そこに集う信号待ちの群衆の中に身を紛れ込ませます。
 片道四車線の大通りを走り抜ける車両の流れを見るでもなく眺めつつ、ふっと体から力を抜きました。


海未(正体不明の毒を打たれ、死の淵を彷徨い、幼馴染みを攫われるという、奇想天外な身だとは思いますけど)

海未(大衆に囲まれてボーっとしていると、本当、一介の市民に過ぎなくなりますね)

海未(ともすればこの中にも、私に負けず劣らずの奇抜な運命に弄ばれている人物がいるのかも? なんて。ふふっ)

海未(目の前に立つ若い男性がそうかもしれません。又は、道路を走る車の運転手がそうかもしれません)

海未(向かい側の歩道で信号を待つ老婆がそうかも。老婆の奥にいる紳士がそうかも。あるいはその隣にいる……)

海未(とな、り、の……………………)

海未(…………あれは…………!)


 見間違いを疑ったのは一瞬。

 歩行者信号は未だ変わらず赤のまま。
 通りでは何十台もの車両が競うように高速で駆け抜けています。

 ですが私は構わず人混みを掻き分け、通りの向かい側を見据えながら、車道へと身を投げ出しました。

 車道へと飛び出した私に対して車のパッシングがけたたましく鳴り響きます。
 急ブレーキ音、運転手の罵声、それらを掻き消すクラクションの嵐。
 信号待ちをしている群衆からも騒めきが生じました。


海未(まさか…………まさか…………!)


 しかし外界の騒音など一切耳に入りません。
 車が走り抜ける大通りを横切りながら、向かいの人混みの中に一瞬だけ見えた影だけを見据えます。

 ずっと探していた影。
 常に思い描いていた影。
 一度手離してしまった影。

 大交差点の中央に差し掛かり、まだ遠く離れていながら、決して届かないと知りながら、手を伸ばし声の限り叫びました。


海未「ことりっっっ!!!」

 絶叫はクラクションを裂いて向かいまで聞こえたことでしょう。
 これまで出したことが無い全力の声を上げながら、脇から迫る車に銃を突き付けて牽制しつつ大通りを駆け抜けます。
 それでも止まらずに私を轢こうとする車のボンネットを踏みつけ宙を舞い飛び越し着地して、一秒を惜しんでひたすら走りました。


海未「ことり! ことりぃっ! 待って! 行かないでくださいっ!」


 交差点を囲む人だかりは皆私を見ていたことでしょう。
 ですが、その中で本当に私を見て欲しいのは一人だけ。

 私はあなたに……あなただけをずっと……!


海未「ことりいいいいっっっ!!!」


 車両の流れを大きく乱しながら、私は交差点の対面まで渡り切りました。

 向かいの歩道に辿り着き、膝に手を当てて大きく息をつきました。
 信号待ちしていた人々は身を引いて遠巻きに眺めてきます。
 それでも歩行者用の信号が青に変われば、奇異の目を残しつつも我関せずとばかりに、彼ら彼女らは去ってゆきました。


海未「…………ことり……」


 人だかりが消え、視界の開けた先に、待ち人の姿はありませんでした。

海未(……気のせい、だった……?)

海未(だって……まさか、本当にいるなんて…………この街に帰ってきているだなんて…………)


 諦め悪く辺りを見渡し続け、何とか待ち人を見つけようと躍起になります。
 ここしばらく無かったくらいに真剣に、全力で。


海未(…………居ない…………ことり…………)


 いくら目を凝らそうとも、追い求めている姿を視界に映し出してくれません。
 やがて信号が変わり、歩道には信号待ちの人だかりが集まり、大通りを何台もの車が走ります。
 先程と同じ風景が再度形成されました。

 ですが、ここに居たはずの影だけがありません。


海未(…………見、間違い……だった……?)


 呆然と。
 ただ茫然と。
 私は幻の影に囚われ、その場から動くことができませんでした。

―――


 南ことりとは、穂乃果とはまた違う私の幼馴染みであり……大切な人でした。
 言葉通り、大切な人でした。


ことり『海未ちゃんっ』


 彼女が私の名を呼ぶ際の跳ねるような声の響きがとても好きでした。
 返事をすると、嬉しそうな表情を見せてくれるのがとても好きでした。


ことり『…………さよなら』


 最後に聞いた彼女の声は、余りにも冷たくて、深い悲しみに沈んでいました。
 そんな声色、ことりには到底似つかわしくはありません。

 ですが、ことりにそんな声を出させてしまったのは、他でもないこの私自身です。
 不甲斐ない私は、情けなくも何も言い返せないまま、去りゆくことりの背を見送るしかできなかったんです。

 以降、ことりが街から姿を消すとは想像もしないままに。

―――


 作業。


「ぅごぁ……っ!」

海未「…………」


 人間を倒す作業。
 襲い来る敵を返り討ちにし、行く手を阻む障害を蹴散らすだけの作業。


「ぎゃあああ!」「ぐふっ……」

海未「どきなさい」

「ひぃっ……!」


 誰もが畏れ、暴力と権力で他者を支配する街一番の巨大マフィア、その本拠地。
 近隣地域で最も危険と呼べるこの場に、一切の対策無しに真正面から押し入り、面構えだけ厳めしい有象無象を際限なく潰してゆく。
 手心を加える必要性はもう感じられない。

 あの影を見て。
 私は考えの全てを放棄した……するしかありませんでした。
 考えれば、きっと心が持たない。


海未(ずっと、待っていた……その為にこの地に残り今日まで生きてきた……)

海未(幻は蜃気楼のように掻き消えても、影が脳裏に焼き付いて離れない)


 喪失感に打ちひしがれた私は感情の一切を遮断し、為すべきことに没頭するしか我を保つ術を持ち得ませんでした。

 最上階を目指して突き進む私の前からは、いつしか構成員の姿は見えなくなりました。
 代わりに、私の通った後には数多のマフィアが倒れ伏し、道標のようになっています。


海未(どうでもいい)

海未(敵対するなら倒す、それだけの作業)

海未(攫われた穂乃果を助ける為の、単調な作業)


 穂乃果を助ける為に必要最低限の行為に着手すればいいだけのこと。
 機械的なルーチンに身を任せ、手と足を動かし続け、攫われた幼馴染みの身柄を確保する。

 なのに、私の脳裏には、助け出そうとしている相手とは異なる人影しか浮かんできません。


海未(…………消えて……しまった……)

海未(確かに居たのに……近くまで、行けたのに……)


 敵陣の最上階に辿り着いた私は、クリアリングもしないまま大部屋の扉を乱暴に開きました。
 そこには目的である穂乃果の姿はなく、代わりに穂乃果を攫った怪盗の姿だけがありました。

絵里「よく一人でここまで来れたものね。しかも無傷で」


 どことなく気取った態度で応じた彼女の言葉は右から左へと流れました。
 一度は私を翻弄したことに対し賞賛の念を覚えた相手ですが、今は何の価値も感じません。


海未「穂乃果を返しなさい」

絵里「……あなた、ホテルで見た時と様子が変わったわね?」

海未「今は悠長な会話一つ交わす精神的余裕が無いんです。返しなさい」

絵里「敵意満々って風だけど、幼馴染みの居場所を知ってるのは私だけなんだから、私を倒すわけにはいかないでしょ?」

海未「御託は結構」


 穂乃果の居場所を吐くまでは安全だと高を括っていたのでしょうか。
 私が問答無用の様で押し進むと、余裕ある態度を見せていた怪盗エリーチカは一転して表情を引き締め、ベランダへと走りました。


海未「同じ手は二度使わせません」


 ホテルで穂乃果を攫った時と同様、絵里は体中に括りつけた多数の風船の浮力でベランダからの逃走を試みました。
 絵里の体が浮いたところで、後を追ってベランダに飛び出した私は勢いのまま空へと飛びました。

絵里「ちょっ……!」

海未「逃がすわけがないでしょう……!」


 ベランダから飛び出した私は、中空に浮く絵里の腰に抱き着きました。
 命綱無しだとか、落ちれば確実に死ぬとか、そんなことはどうだっていいのです。

 風船の浮力だけを頼りに浮かび上がる私たちの姿が青空の中へと溶けてゆきます。
 空中浮遊の自由を奪うべく身を捩って暴れると、風船と共に体が大きく揺れました。


絵里「きゃっ! あなた正気!? 暴れたら二人とも落下して死ぬわよ!?」

海未「正気のままこの街の暗部で生きていけると思うあたり、やはりあなたは部外者です」

絵里「この……!」

海未「親切心で言いますが、今の私相手に下手な駆け引きや意地を押し付けない方がいいですよ」

海未「冗談でも例えでもなく、死にますから」

 落下イコール死という状況で、纏わりつく邪魔者を刺激すると危険だと判断したのでしょう。
 絵里は私を引き剥がそうとする手を止め、体勢を整えることに集中し始めました。

 ですが私はそんなこと構わずに、懐から拳銃を取り出すと、私たちを浮かせている風船に向かって連射しました。
 銃の射撃音が耳をつんざき、弾丸が風船を割り、その都度体勢が崩れます。


絵里「なっ……何してるのよっ! 本当に死にたいの!?」

海未「地上に戻るだけです。こうでもしなければあなたは下りないでしょうから」

絵里「だからってこんな強引なやり方じゃ墜落するわ!」

海未「そうならないようせいぜいバランスを取ってください」


 文句を聞き流しながら慣れぬ拳銃をバンバンと打っていきます。
 ほんの数メートル先の的でもほとんど狙いを外しながら、それでも数打てば当たる精神で風船をいくつか割ってみせました。

 二人分の重量を浮かせるだけの力を失ったのか、やがて空を飛んでいた私たちは降下し始めました。

絵里「落ちる……!」

海未「着地の調整はお願いします」

絵里「あなたがこんなことしておいてっ! ちゃんと下ろしてあげるから今だけは動かないでちょうだい!」


 必死な言い分に従い、拳銃を懐に収め絵里の腰にしがみつきました。
 絵里は二人分の体重を制御しながら、なんとか安全な場所目がけて体勢を維持しつつ降下してゆきます。

 やがて降下速度を十分落とせないまま、人気のない空地目がけて、私たち二人は地面を滑るようにして着地しました。


絵里「った!」

海未「つぅ……!」


 私は受け身を取って即座に立ち上がると、拳銃を絵里に向かって突きつけました。
 ですがそこまで急がずとも、相手は私とは異なり着地に失敗したのか、しばらく地面に寝転がったままでした。
 ようやく顔を上げた絵里は、向けられた銃口を前に身を固めました。

絵里「くっ……!」

海未「では吐いてもらいます。穂乃果の居場所は?」

絵里「……」

海未「いくら銃の腕が悪いと言えど、ゼロ距離なら外しようがないということを理解してくださいね?」


 地に伏せる絵里に向かって大股で近付き、泥に汚れた額に銃口を押し付けました。


海未「脅しのつもりはありません。言わなければ撃ちます。いくら労力がかかろうとも自力で穂乃果を探します」

絵里「随分容赦がないのね」

海未「いつもと違い今だけは敵に情けをかける気分じゃないんです。間が悪かったですね」

絵里「そう……ツイてないわ」


 自虐的に笑いながらも、それ以上口を開くつもりはなさそうでした。
 雇われの身とは言え、仕事は完遂するという気質なのでしょうか。


海未「筋の通った性分は好ましいものですが、このタイミングで立ち塞がったことが運の尽きと諦めてください」


 今は……ことりの幻を失ってしまった今だけは、自制する気が全く起きないんです。
 やりようのない憤りだけが身の内に燻っている。

 今ならこの街の矜持も心意気も体面も全て捨て去り、容赦なく、殺してみせます。

 何一つ誤魔化すつもりなく、人の命を奪う為に拳銃の引き金にかける指へと力を込めました。
 ですが。


海未「!?」


 視界の端から何者かが飛び出してきたのを察知して反射的に身を退きました。
 同時に銃声がいくつも鳴り響き、多数の弾丸が飛んできます。
 私は地を転がって銃弾を避け、遮蔽物を見つけて陰に隠れました。


海未「誰ですか!」

にこ「そんな勝手なこと許さないわよっ!」


 聞き覚えのありすぎる声でした。


海未「え……にこ!? い、生きてたのですか!?」

凛「勝手に殺さないで欲しいなっ!」

花陽「私たち結構しぶといんだよ!」

海未「凛と花陽まで……!」

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

海未「まったくあなた方は……人が真剣な場面に立ち会っていたというのに」

凛「凛たちだって大真面目だよっ!」

花陽「真面目な海未ちゃんにだって負けません……!」

にこ「あんたね、ちょっと目離すとシリアスになりすぎ。自分じゃ気付いてないかもしれないけどドン引きするレベルよ?」

海未「……そうですか?」

にこ「キリッキリに絞られた空気を私たちが緩和してあげてるんだから感謝しなさい!」

海未「私がにこたちに感謝、ですか」

凛「そうだよ! 海未ちゃん今本気で殺すつもりだったでしょ!?」

花陽「敵の私たちが言うのはおかしいけど、簡単に殺しちゃ駄目だよ!」

海未「…………ふふっ……! ほんと、なに身勝手なこと言ってるんですかね」


 でも、確かに。
 爆薬を使って簡単に人を殺そうとする行為をマフィアとしての矜持が受け入れられなかったように。
 私たちが行う争いというものは、ただ殺伐としたものではなく、それ以上の価値のあるやり取りであるべきなんです。

 少なくとも、この街においては。

 頭が冷えたことを自覚できるくらいには頭が冷えた私は、遮蔽物の陰から出て姿を晒しました。


にこ「なによ! 降参でもするつもり!?」

凛「そんな簡単に姿見せたら蜂の巣にしちゃうよ!」

海未「ですからあなたたちだって銃の腕前良くないでしょうに」

花陽「わ、私はちゃんと狙えば、当たるもん……!」

海未「花陽の狙撃だけは別物ですけど……ともかく冷静になったので、いつものテンションに戻そうとしただけです」


 にこりんぱなのペースに引き戻されたのか、すっかり普段通りとなった心境で厄介者トリオを蹴散らそうと集中することができました。
 私が平常のスタンスに戻ったからでしょうか、心なしかにこたちの表情にも笑みが浮かんでいるようです。

 ふうむ……これは、後でちょっとだけ、お礼の一言でもかけておくべきでしょうか?


海未「……おや? ところで怪盗エリーチカは?」

にこ「どこぞの金髪美人ならさっさと逃げてったわよ」


 不覚です。
 己を取り戻さんとするあまり、肝心の標的を逃してしまいました。

 ……まあ、今回だけは良しとしましょう。
 今はそれ以上に大切な、私、というものを取り戻せた気がしますからね。

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

海未「これはっ、中々にっ、素晴らしい連撃です……!」


 教え子の成長を喜びつつ、顔を狙ってくる両の拳を上体移動で躱し、緩手を見せた瞬間腕を掴みました。


凛「うわっ!?」

海未「時間稼ぎとしては及第点をあげましょう」


 腕を極めてから合気の要領で凛の小柄な体を浮かせ、簡単に復帰できない程度に投げ飛ばしました。
 一人目を撃退した直後、前方を確認しないまま横に跳ぶと、直前まで私が立っていた場所を銃弾が通過しました。


花陽「あっ!?」

海未「短時間で狙撃用ライフルを組み立てる手際は良いですが、凛が持ち堪えているうちに撃てると尚良しですね」

花陽「だって凛ちゃんに当たっちゃうかもしれないから……!」

海未「花陽の腕前なら正確に私を撃ち抜けるはずです。凛に誤射する危険ばかりを恐れず、今後は己を信じることを意識しましょう」


 助言を飛ばしてから、離れた位置から私を狙う花陽に向かって駆け出しました。
 最短経路で距離を詰めつつ、花陽の射撃動作を見て二発目の銃弾を横に跳んで交わし、三度目の射撃を許す前に至近距離まで詰めました。

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

海未「さて、前衛と防衛役が倒されましたけど、後衛が単独で戦いを続けますか?」

花陽「うぅ……参りましたぁ」


 凛とにこが倒されたのを見て、花陽は狙撃用ライフルを手離して両手を上げました。


海未「結構です。毎度のことですが二人の身柄をよろしくお願いします」

花陽「また負けちゃった……いつになったら海未ちゃんに勝てるのかなあ」

海未「亀の歩み並みではありますが、着実に成長し、力の差は埋まっていますよ。諦めずに鍛錬を続けてください」

花陽「そ、そうかな……えへへ……」

海未「ついでに一つお聞きしますけど、怪盗エリーチカが去って行った方角がわかりますか?」

花陽「えっと、確かあっちの方だと思う」

海未「ありがとうございます。ではまた近いうちに」


 花陽の頭を軽く撫で、絵里の去った方角を覚えつつ、私はその場を後にしました。

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

絵里「ちょっ……!」

海未「逃がすわけがないでしょう……!」


 ベランダから飛び出した私は、中空に浮く絵里の腰に抱き着きました。
 命綱無しだとか、落ちれば確実に死ぬとか、そんなことはどうだっていいのです。

 風船の浮翌力だけを頼りに浮かび上がる私たちの姿が青空の中へと溶けてゆきます。
 空中浮翌遊の自由を奪うべく身を捩って暴れると、風船と共に体が大きく揺れました。


絵里「きゃっ! あなた正気!? 暴れたら二人とも落下して死ぬわよ!?」

海未「正気のままこの街の暗部で生きていけると思うあたり、やはりあなたは部外者です」

絵里「この……!」

海未「親切心で言いますが、今の私相手に下手な駆け引きや意地を押し付けない方がいいですよ」

海未「冗談でも例えでもなく、死にますから」

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

絵里「よく一人でここまで来れたものね。しかも無傷で」


 どことなく気取った態度で応じた彼女の言葉は右から左へと流れました。
 一度は私を翻弄したことに対し賞賛の念を覚えた相手ですが、今は何の価値も感じません。


海未「穂乃果を返しなさい」

絵里「……あなた、ホテルで見た時と様子が変わったわね?」

海未「今は悠長な会話一つ交わす精神的余裕が無いんです。返しなさい」

絵里「敵意満々って風だけど、幼馴染みの居場所を知ってるのは私だけなんだから、私を倒すわけにはいかないでしょ?」

海未「御託は結構」


 穂乃果の居場所を吐くまでは安全だと高を括っていたのでしょうか。
 私が問答無用の様で押し進むと、余裕ある態度を見せていた怪盗エリーチカは一転して表情を引き締め、ベランダへと走りました。


海未「同じ手は二度使わせません」


 ホテルで穂乃果を攫った時と同様、絵里は体中に括りつけた多数の風船の浮翌力でベランダからの逃走を試みました。
 絵里の体が浮いたところで、後を追ってベランダに飛び出した私は勢いのまま空へと飛びました。

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

絵里「ちょっ……!」

海未「逃がすわけがないでしょう……!」


 ベランダから飛び出した私は、中空に浮く絵里の腰に抱き着きました。
 命綱無しだとか、落ちれば確実に死ぬとか、そんなことはどうだっていいのです。

 風船の浮翌力だけを頼りに浮かび上がる私たちの姿が青空の中へと溶けてゆきます。
 空中浮翌遊の自由を奪うべく身を捩って暴れると、風船と共に体が大きく揺れました。


絵里「きゃっ! あなた正気!? 暴れたら二人とも落下して死ぬわよ!?」

海未「正気のままこの街の暗部で生きていけると思うあたり、やはりあなたは部外者です」

絵里「この……!」

海未「親切心で言いますが、今の私相手に下手な駆け引きや意地を押し付けない方がいいですよ」

海未「冗談でも例えでもなく、死にますから」

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

絵里「よく一人でここまで来れたものね。しかも無傷で」


 どことなく気取った態度で応じた彼女の言葉は右から左へと流れました。
 一度は私を翻弄したことに対し賞賛の念を覚えた相手ですが、今は何の価値も感じません。


海未「穂乃果を返しなさい」

絵里「……あなた、ホテルで見た時と様子が変わったわね?」

海未「今は悠長な会話一つ交わす精神的余裕が無いんです。返しなさい」

絵里「敵意満々って風だけど、幼馴染みの居場所を知ってるのは私だけなんだから、私を倒すわけにはいかないでしょ?」

海未「御託は結構」


 穂乃果の居場所を吐くまでは安全だと高を括っていたのでしょうか。
 私が問答無用の様で押し進むと、余裕ある態度を見せていた怪盗エリーチカは一転して表情を引き締め、ベランダへと走りました。


海未「同じ手は二度使わせません」


 ホテルで穂乃果を攫った時と同様、絵里は体中に括りつけた多数の風船の浮翌力でベランダからの逃走を試みました。
 絵里の体が浮いたところで、後を追ってベランダに飛び出した私は勢いのまま空へと飛びました。

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

絵里「よく一人でここまで来れたものね。しかも無傷で」


 どことなく気取った態度で応じた彼女の言葉は右から左へと流れました。
 一度は私を翻弄したことに対し賞賛の念を覚えた相手ですが、今は何の価値も感じません。


海未「穂乃果を返しなさい」

絵里「……あなた、ホテルで見た時と様子が変わったわね?」

海未「今は悠長な会話一つ交わす精神的余裕が無いんです。返しなさい」

絵里「敵意満々って風だけど、幼馴染みの居場所を知ってるのは私だけなんだから、私を倒すわけにはいかないでしょ?」

海未「御託は結構」


 穂乃果の居場所を吐くまでは安全だと高を括っていたのでしょうか。
 私が問答無用の様で押し進むと、余裕ある態度を見せていた怪盗エリーチカは一転して表情を引き締め、ベランダへと走りました。


海未「同じ手は二度使わせません」


 ホテルで穂乃果を攫った時と同様、絵里は体中に括りつけた多数の風船の浮翌力でベランダからの逃走を試みました。
 絵里の体が浮いたところで、後を追ってベランダに飛び出した私は勢いのまま空へと飛びました。

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

絵里「よく一人でここまで来れたものね。しかも無傷で」


 どことなく気取った態度で応じた彼女の言葉は右から左へと流れました。
 一度は私を翻弄したことに対し賞賛の念を覚えた相手ですが、今は何の価値も感じません。


海未「穂乃果を返しなさい」

絵里「……あなた、ホテルで見た時と様子が変わったわね?」

海未「今は悠長な会話一つ交わす精神的余裕が無いんです。返しなさい」

絵里「敵意満々って風だけど、幼馴染みの居場所を知ってるのは私だけなんだから、私を倒すわけにはいかないでしょ?」

海未「御託は結構」


 穂乃果の居場所を吐くまでは安全だと高を括っていたのでしょうか。
 私が問答無用の様で押し進むと、余裕ある態度を見せていた怪盗エリーチカは一転して表情を引き締め、ベランダへと走りました。


海未「同じ手は二度使わせません」


 ホテルで穂乃果を攫った時と同様、絵里は体中に括りつけた多数の風船の浮翌力でベランダからの逃走を試みました。
 絵里の体が浮いたところで、後を追ってベランダに飛び出した私は勢いのまま空へと飛びました。

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

絵里「よく一人でここまで来れたものね。しかも無傷で」


 どことなく気取った態度で応じた彼女の言葉は右から左へと流れました。
 一度は私を翻弄したことに対し賞賛の念を覚えた相手ですが、今は何の価値も感じません。


海未「穂乃果を返しなさい」

絵里「……あなた、ホテルで見た時と様子が変わったわね?」

海未「今は悠長な会話一つ交わす精神的余裕が無いんです。返しなさい」

絵里「敵意満々って風だけど、幼馴染みの居場所を知ってるのは私だけなんだから、私を倒すわけにはいかないでしょ?」

海未「御託は結構」


 穂乃果の居場所を吐くまでは安全だと高を括っていたのでしょうか。
 私が問答無用の様で押し進むと、余裕ある態度を見せていた怪盗エリーチカは一転して表情を引き締め、ベランダへと走りました。


海未「同じ手は二度使わせません」


 ホテルで穂乃果を攫った時と同様、絵里は体中に括りつけた多数の風船の浮翌力でベランダからの逃走を試みました。
 絵里の体が浮いたところで、後を追ってベランダに飛び出した私は勢いのまま空へと飛びました。

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

絵里「よく一人でここまで来れたものね。しかも無傷で」


 どことなく気取った態度で応じた彼女の言葉は右から左へと流れました。
 一度は私を翻弄したことに対し賞賛の念を覚えた相手ですが、今は何の価値も感じません。


海未「穂乃果を返しなさい」

絵里「……あなた、ホテルで見た時と様子が変わったわね?」

海未「今は悠長な会話一つ交わす精神的余裕が無いんです。返しなさい」

絵里「敵意満々って風だけど、幼馴染みの居場所を知ってるのは私だけなんだから、私を倒すわけにはいかないでしょ?」

海未「御託は結構」


 穂乃果の居場所を吐くまでは安全だと高を括っていたのでしょうか。
 私が問答無用の様で押し進むと、余裕ある態度を見せていた怪盗エリーチカは一転して表情を引き締め、ベランダへと走りました。


海未「同じ手は二度使わせません」


 ホテルで穂乃果を攫った時と同様、絵里は体中に括りつけた多数の風船の浮翌力でベランダからの逃走を試みました。
 絵里の体が浮いたところで、後を追ってベランダに飛び出した私は勢いのまま空へと飛びました。

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

絵里「よく一人でここまで来れたものね。しかも無傷で」


 どことなく気取った態度で応じた彼女の言葉は右から左へと流れました。
 一度は私を翻弄したことに対し賞賛の念を覚えた相手ですが、今は何の価値も感じません。


海未「穂乃果を返しなさい」

絵里「……あなた、ホテルで見た時と様子が変わったわね?」

海未「今は悠長な会話一つ交わす精神的余裕が無いんです。返しなさい」

絵里「敵意満々って風だけど、幼馴染みの居場所を知ってるのは私だけなんだから、私を倒すわけにはいかないでしょ?」

海未「御託は結構」


 穂乃果の居場所を吐くまでは安全だと高を括っていたのでしょうか。
 私が問答無用の様で押し進むと、余裕ある態度を見せていた怪盗エリーチカは一転して表情を引き締め、ベランダへと走りました。


海未「同じ手は二度使わせません」


 ホテルで穂乃果を攫った時と同様、絵里は体中に括りつけた多数の風船の浮翌力でベランダからの逃走を試みました。
 絵里の体が浮いたところで、後を追ってベランダに飛び出した私は勢いのまま空へと飛びました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

絵里「よく一人でここまで来れたものね。しかも無傷で」


 どことなく気取った態度で応じた彼女の言葉は右から左へと流れました。
 一度は私を翻弄したことに対し賞賛の念を覚えた相手ですが、今は何の価値も感じません。


海未「穂乃果を返しなさい」

絵里「……あなた、ホテルで見た時と様子が変わったわね?」

海未「今は悠長な会話一つ交わす精神的余裕が無いんです。返しなさい」

絵里「敵意満々って風だけど、幼馴染みの居場所を知ってるのは私だけなんだから、私を倒すわけにはいかないでしょ?」

海未「御託は結構」


 穂乃果の居場所を吐くまでは安全だと高を括っていたのでしょうか。
 私が問答無用の様で押し進むと、余裕ある態度を見せていた怪盗エリーチカは一転して表情を引き締め、ベランダへと走りました。


海未「同じ手は二度使わせません」


 ホテルで穂乃果を攫った時と同様、絵里は体中に括りつけた多数の風船の浮翌力でベランダからの逃走を試みました。
 絵里の体が浮いたところで、後を追ってベランダに飛び出した私は勢いのまま空へと飛びました。

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

絵里「ちょっ……!」

海未「逃がすわけがないでしょう……!」


 ベランダから飛び出した私は、中空に浮く絵里の腰に抱き着きました。
 命綱無しだとか、落ちれば確実に死ぬとか、そんなことはどうだっていいのです。

 風船の浮翌力だけを頼りに浮かび上がる私たちの姿が青空の中へと溶けてゆきます。
 空中浮翌遊の自由を奪うべく身を捩って暴れると、風船と共に体が大きく揺れました。


絵里「きゃっ! あなた正気!? 暴れたら二人とも落下して死ぬわよ!?」

海未「正気のままこの街の暗部で生きていけると思うあたり、やはりあなたは部外者です」

絵里「この……!」

海未「親切心で言いますが、今の私相手に下手な駆け引きや意地を押し付けない方がいいですよ」

海未「冗談でも例えでもなく、死にますから」

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

絵里「ちょっ……!」

海未「逃がすわけがないでしょう……!」


 ベランダから飛び出した私は、中空に浮く絵里の腰に抱き着きました。
 命綱無しだとか、落ちれば確実に死ぬとか、そんなことはどうだっていいのです。

 風船の浮翌力だけを頼りに浮かび上がる私たちの姿が青空の中へと溶けてゆきます。
 空中浮翌遊の自由を奪うべく身を捩って暴れると、風船と共に体が大きく揺れました。


絵里「きゃっ! あなた正気!? 暴れたら二人とも落下して死ぬわよ!?」

海未「正気のままこの街の暗部で生きていけると思うあたり、やはりあなたは部外者です」

絵里「この……!」

海未「親切心で言いますが、今の私相手に下手な駆け引きや意地を押し付けない方がいいですよ」

海未「冗談でも例えでもなく、死にますから」

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

絵里「ちょっ……!」

海未「逃がすわけがないでしょう……!」


 ベランダから飛び出した私は、中空に浮く絵里の腰に抱き着きました。
 命綱無しだとか、落ちれば確実に死ぬとか、そんなことはどうだっていいのです。

 風船の浮翌力だけを頼りに浮かび上がる私たちの姿が青空の中へと溶けてゆきます。
 空中浮翌遊の自由を奪うべく身を捩って暴れると、風船と共に体が大きく揺れました。


絵里「きゃっ! あなた正気!? 暴れたら二人とも落下して死ぬわよ!?」

海未「正気のままこの街の暗部で生きていけると思うあたり、やはりあなたは部外者です」

絵里「この……!」

海未「親切心で言いますが、今の私相手に下手な駆け引きや意地を押し付けない方がいいですよ」

海未「冗談でも例えでもなく、死にますから」

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
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 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

絵里「ちょっ……!」

海未「逃がすわけがないでしょう……!」


 ベランダから飛び出した私は、中空に浮く絵里の腰に抱き着きました。
 命綱無しだとか、落ちれば確実に死ぬとか、そんなことはどうだっていいのです。

 風船の浮翌力だけを頼りに浮かび上がる私たちの姿が青空の中へと溶けてゆきます。
 空中浮翌遊の自由を奪うべく身を捩って暴れると、風船と共に体が大きく揺れました。


絵里「きゃっ! あなた正気!? 暴れたら二人とも落下して死ぬわよ!?」

海未「正気のままこの街の暗部で生きていけると思うあたり、やはりあなたは部外者です」

絵里「この……!」

海未「親切心で言いますが、今の私相手に下手な駆け引きや意地を押し付けない方がいいですよ」

海未「冗談でも例えでもなく、死にますから」

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

絵里「よく一人でここまで来れたものね。しかも無傷で」


 どことなく気取った態度で応じた彼女の言葉は右から左へと流れました。
 一度は私を翻弄したことに対し賞賛の念を覚えた相手ですが、今は何の価値も感じません。


海未「穂乃果を返しなさい」

絵里「……あなた、ホテルで見た時と様子が変わったわね?」

海未「今は悠長な会話一つ交わす精神的余裕が無いんです。返しなさい」

絵里「敵意満々って風だけど、幼馴染みの居場所を知ってるのは私だけなんだから、私を倒すわけにはいかないでしょ?」

海未「御託は結構」


 穂乃果の居場所を吐くまでは安全だと高を括っていたのでしょうか。
 私が問答無用の様で押し進むと、余裕ある態度を見せていた怪盗エリーチカは一転して表情を引き締め、ベランダへと走りました。


海未「同じ手は二度使わせません」


 ホテルで穂乃果を攫った時と同様、絵里は体中に括りつけた多数の風船の浮翌力でベランダからの逃走を試みました。
 絵里の体が浮いたところで、後を追ってベランダに飛び出した私は勢いのまま空へと飛びました。

 欝々とした気分のまま車に揺られ、ドクの住処まで連れられました。
 相変わらず物で溢れ、その割には妙に整然としているようにも見える、カスタマイズされたとでも評すべき佇まいの医療部屋です。

 私室も兼ねる部屋の奥へと運ばれ、ベッドに寝かされると、いくつもの機器で身体の具合を診られました。
 我が身に触れる医療機器はどれもこれも高価そうですが、正規品でなさそうなものもチラホラ。
 実生活の一助にすらなりようもない武骨な機器類でも、ドクを取り巻く装飾品と看做すことで整合性の取れたインテリアのように思えるのが不思議ですね。

 ドクのOKが出たので、私はベッドのボタンを操作して上体を起こしました。


海未「何かわかりましたか?」

真姫「せいぜい毒の進行具合くらいね」

海未「そうですか……」

真姫「解毒に関してわかったことをまとめてあげる」


 まとめると言いつつも一々話の長いドクですから、改めて私が要点をまとめることにしました。


①毒を抑制するには人の体内成分(ex:唾液)を摂取する必要がある

②唾液を摂取する相手に抱く好意が強い程に毒の抑制効果が高まる

③というより唾液摂取時の感情が抑制効果に大きく作用すると言うのが正しい ←NEW!

海未「で、ここで割り込んでくるんですよね」

にこ「だりゃあああああ!」


 花陽に向かって手を伸ばしたと同時、脇から飛び出してきたにこが巨大な鈍器を振り下ろしてきました。
 私は攻撃の手を止めて身を退き、鈍器を躱します。


にこ「必殺のにこにーアタック避けるんじゃないわよっ!」

海未「無茶言わないでください、流石に当たればただでは済みません。にこは飛び出しのタイミングが一辺倒なんですよ」

にこ「うるさーい!」

海未「すぐ躍起になるもの良くありませんね」


 本日のオススメメニューの如くその日毎に使用する鈍器を変更するにこは、本日はご丁寧に25tと表記された超大型ハンマーを振り上げました。
 無論のことながら本当に25tもありませんからね?
 そんなの振り回せたらマフィアじゃなくて筋肉の妖精ですよ。

 表記程の重量は無くとも十分に巨大な獲物ですから、凛同様小柄なにこが扱うには不釣り合いです。
 にこが再度攻撃を繰り出す前に、私は掲げられたハンマーに手を添えて後方に押しました。


にこ「わわわっ!?」

海未「手離さないと受け身が取れませんよ」


 助言したにも関わらず、25t(嘘)の重さで後ろ向きに倒れるまで武器を手離さなかったにこは転倒と同時に後頭部を打ち、勝手に意識を飛ばしてしまいました。

 生きてた……。
 ギャグ要因だからそんな気はしていましたけど、心の底では死んでいるんじゃないかと思っていた三人が、生きてた……!
 
 いやだって、希の倉庫で起きた爆発は本当に凄かったんですよ!?
 仮に私があの爆発に巻き込まれたと想定しても生存する可能性は低かった、そう認めたからこそ、にこりんぱな死亡を受け入れざるを得なかったというのに。


海未(にも関わらず、ですか……)

にこ「ったく失礼よね、勝手に死んだ風に扱うだなんて」

凛「いきなり爆発させるのも失礼だよ! 海未ちゃん相手以外で久しぶりに死んじゃうかと思った!」

花陽「慰謝料代わりに大量の米俵を請求します……!」


 先程まで一切の精神的余裕が無かったはずが、自然と口元が緩んでしまいます。
 どう考えても死んだとしか思えない状況下にあったズッコケ三人組が実は生きてましたじゃーんとイリュージョンばりの再登場を果たしたのですから。

 おかしいですね。
 ことり以外のことなんでどうでもいいはずなのに。


海未「……ふ……ふふふ…………」


 いつもの気の抜けた賑やかな声を聞いていたら……こう、ね。

絵里「ちょっ……!」

海未「逃がすわけがないでしょう……!」


 ベランダから飛び出した私は、中空に浮く絵里の腰に抱き着きました。
 命綱無しだとか、落ちれば確実に死ぬとか、そんなことはどうだっていいのです。

 風船の浮翌力だけを頼りに浮かび上がる私たちの姿が青空の中へと溶けてゆきます。
 空中浮翌遊の自由を奪うべく身を捩って暴れると、風船と共に体が大きく揺れました。


絵里「きゃっ! あなた正気!? 暴れたら二人とも落下して死ぬわよ!?」

海未「正気のままこの街の暗部で生きていけると思うあたり、やはりあなたは部外者です」

絵里「この……!」

海未「親切心で言いますが、今の私相手に下手な駆け引きや意地を押し付けない方がいいですよ」

海未「冗談でも例えでもなく、死にますから」

 この先、対峙するにこりんぱなトリオを簡単に倒して絵里を追うというテンプレ展開になるのですが……。
 毎回省略するのも芸がありませんよね?
 理性を取り戻した私は迅速に三人を組み伏せる事に成功したので、その過程を少しばかり述べておきましょう。


にこ「凛!」

凛「任せて!」


 本職スナイパーの花陽含め、機関銃の腕前が激下手な三人は手にしていた不要物を投げ捨てると、各々の愛用武器を取り出しました。
 機敏な動きを見せる凛が前衛となり、格闘技用グローブを嵌めた両手をぐるんぐるん振り回しながらこちらに駆けてきます。


凛「今度こそ海未ちゃん倒すよー!」

海未「今度こそ一瞬で倒されないことを願います」


 右腕を大きく振りかぶった凛に合わせて、私は左手を軽く前に出して迎撃態勢を取りました。
 いつも猪突猛進の凛ですが、しかしこの時は搦め手を用いてきて、掲げた右腕を振るうと思いきや左足による前蹴りで虚を突いてきました。


海未「おっとぉ!?」


 飛んできた足が私の腹部に刺さる直前に両腕を振り下ろして受け流しました。
 が、その間に射程圏内まで詰めた凛は、今度こそ振りかぶった両腕でコンビネーションブローを仕掛けてきました。
 縦横無尽に飛び交う拳は鋭くコンパクトな動きで、ちゃんと指導した成果を見せていました。

>>179から続き

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

希「探すのは構わへんけど、そのことりちゃんて子とはどんな関係なん?」

海未「私の幼馴染みです」

希「穂乃果ちゃん以外にも幼馴染みがおったんや」

海未「穂乃果も含めた三人で幼馴染みでした」

希「聞くまでもないやろうけど訳あり?」

海未「……はい」

希「ふうん。じゃあ細かい話は聞かないでおこっか」

海未「随分優しいと言いますか、配慮してくれるのですね」

希「これでもそこそこ空気は読めるつもりなんよ?」

海未「……ありがとうございます」


 希がデータを集める間、手持無沙汰な私はPC類の駆動音に耳を傾けていました。
 時間にして数分程でしょうが、緊張とも怯えとも付かない心の蠢きを嫌に長く感じていました。

 やがて結果が出たのか、希が端的に報告しました。


希「見つからへんかった」

海未「…………そう……です、か……」


 私は全身を脱力させ、大きくため息をつきました。
 安心したのか、落胆したのか……この時の心情は、とても言い表せるものではありません。

希「とりあえず手を出せる範囲は全てチェックしたけど、ノーヒットやった」

海未「……ん。希でも調べられない場所があるのですか?」

希「あるよ。例えばマフィアのアジト内とか。だからこそ怪盗さんに一杯喰わされたわけやし」

海未「なるほど。アジト内を覗けるのならば、穂乃果の監禁場所が移されていても即座に気付いたはずですよね」

希「そういう意味では100%この街に居ないとは言い切れへんけど、普通に暮らしてる限りこの街にはいないかな」

海未「ことりは穂乃果同様一般人です」

希「なら普通のやり方で見つからないような生活してないやろうし、この街には帰ってないと思う」

海未「そうですか……」

希「どうして今になって帰ってきてるって思ったん?」

海未「……見かけたんです。今日……今さっき……」

海未「もしかしたら見間違いかもしれません……けど……ですが、あれは絶対に……!」

希「じゃあ引っ越しで住所登録とかデータに残る形は取っていなくても、一時的に帰ってきてはいるのかもね」

海未「え? 情報は何一つヒットしなかったのでしょう?」

希「しなかったけど、海未ちゃんは見かけたんやろ?」

海未「見た……と思いたいだけなのかもしれませんし……」

希「その様子じゃ随分大切な人みたいだし、簡単には見間違えたりしないんやない?」

海未「情報の担い手にしては意外とロマンチストな発言じゃないですか」

希「せやろー? ウチは浪漫の担い手でもあるんやでえ」

海未「何ですかそれ、ふふっ……ありがとうございます」

希「役に立つ情報は教えられんかったし礼は貰えないよ」

海未「いえ、情報についてではありません」

希「……そっか。じゃ、どういたしまして」


 希の情報を頼りにするならば、ことりはこの街にいない。
 けれど希の言葉を頼りにするならば、ことりはこの街にいるかもしれない。

 さて、どちらを信じましょう。
 皆様はどちらを信じてみたいですか?

 私はひとまず……ことりに対して改めて向き合う契機を得られただけ、良しとしました。
 こんなにもことりを思う気持ちが残っていると確かめられたのですから、今ならもしかしたら、ただ帰りを待つだけではない選択ができるのかもしれません……。

 個人的な問題を済ませた私は、今度こそ怪盗エリーチカの所在を探るべく希に依頼しました。


希「さっきのことりちゃんと違って今度は速攻終わらせるでえ!」


 指をワキワキさせた希が水を得た魚の様に凄まじい速度でキーボードを叩きます。
 何でも一度追跡して捉えた相手ならば問答無用で居場所を突き止められるとのことで、GPSも真っ青ですよね。


海未「色んな意味で希を敵に回さないで良かったです」

希「海未ちゃんには借りがあるしなるなら味方やん。……あれ? おかしいな、バグ?」

海未「どうかしました?」

希「怪盗さんの現在地調べたはずやのに、なんでかここの隠れ家が表示されとるんよ」


 やり手の希でもミスをすることがあるんですね、微笑ましい。


海未「うん?」


 なんて気楽に構えられていたのも一瞬のこと。
 ことり問題に区切りを付け気が緩んでいた私は、即座に表情を固めて銃を抜き背後を振り返りました。

 同じタイミングで、物陰から姿を表した怪盗エリーチカが背後から迫って来ました。

海未(後手に回った……っ!)


 私の後をつけてきたのか、先に潜んで強襲のタイミングを計るうちに希に居場所を突き止められたのか。
 いずれにせよ、飛び出してきた胡散臭い怪盗ファッションに向け銃を連射しました。
 しかし私の銃の腕前では標的にかすりもせず、室内にある高価そうな機器類に穴をあけるばかりです。


希「あーウチの大事なマシンちゃんが!」

絵里「ちょっ、待ちなさい!」

海未「待てと言われて待つ人はいないと知りませんでしたか!」


 私は銃を放棄し、素手のまま距離を詰めました。
 前方に伸ばした右腕をフェイント代わりに、腰を捻って左拳を振り敵の脇腹を狙いましたが、絵里は身を退いて躱します。
 追撃の手を緩めずに攻め立てるも、手刀も蹴りも悉く避けられます。


海未「私の連撃を捌く者が表れるなど凛以来です……感激です……!」

絵里「っ、こらっやめてよ、こっちの話を、」

海未「隙あり!」


 口を開いた絵里に生じた動作の緩みを逃さず、袖口を掴んで思いきり下に引きました。
 体勢を崩したところで足を払い、転倒した絵里に跨って動きを封じました。

海未「潜伏して奇襲をかけるつもりだったのでしょうけど、詰めが甘かったですね」

希「ビックリしたわあ……まさかこっちの隠れ家まで突き止められるとは思わへんかった」

絵里「痛い……! そうじゃなくて、話を聞いてって言ってるでしょう!?」

海未「話も何も襲撃相手に貸す耳は持ち合わせておりません」

絵里「誤解よ! 私はあなたと手を組もうと思ってやってきたの!」

海未「手を組む? 穂乃果を攫ったあなたが?」

絵里「あなたの知り合いを誘拐したのだって事情があるし、今は更に事情が変わったのよ」

海未「言い分だけは聞きましょう。ただし策謀と判断した瞬間、問答無用で二の句を告げなくさせます」

絵里「相変わらず容赦ないこと」

海未「では話してください。上手に気を引いてくださいよ?」

絵里「第一声が重要ってことね。じゃあ……雪穂ちゃんの自由を得る為、っていうのはどう?」


 予想外の名前が出てきました。
 戦場ならば手遅れになりかねない程に虚を突かれ、思わず絵里を抑えつける手が緩んでしまいました。


絵里「あら? 今一瞬抑える力が弱まったわよ? その気になれば抜け出せたかもしれないわね?」

海未「……いいでしょう。改めて、きちんと話を聞かせて頂きます」

 床に引き倒していた絵里を起こし、希が淹れた紅茶の入ったカップを囲んで腰を落ち着けました。


絵里「きっかけは、私が誘拐した高坂穂乃果、その妹である雪穂ちゃんが私の妹の友達だと知ったからよ」

海未「雪穂とあなたの妹が友人、ですか」

希「絢瀬亜里沙ちゃんだよね。難しい病気に罹って治療の為に三ヵ月くらい前からメガロポリスであるこの街にやってきてた」

絵里「ちょ、どうして知ってるの!?」

希「情報屋にわからんことなんてほとんど無いやん?」

絵里「……本当、この街の住人は恐ろしいわ」

海未「怪盗たるあなたは雇われてこの街に来たと聞きましたけど、妹である亜里沙という子が関係していますか?」

絵里「ええ。亜里沙の病気は治療できたけれど、それも私の雇い主のお陰なの」

海未「マフィアが亜里沙治療に手を貸して、恩を売った代償として絵里に仕事を請け負わせた、といったところですか」

絵里「加えて事後療養っていう名目で亜里沙の身柄がマフィアの手の内にあってね。下手に逆らえないのよ」

海未「半ば妹を人質扱いされた絵里は従うしかなく、指令のままに穂乃果を誘拐した……と」

海未「それで、雪穂の自由を得る為というのはどういう意味ですか?」

絵里「雪穂ちゃんは今亜里沙と一緒にいるの」

海未「雪穂もマフィアの手の内にあると? 亜里沙と共に雪穂の身柄も救う、という話ですか?」

海未「妙ですね。雪穂とも良く見知った仲ですけど、穂乃果同様マフィアとは縁のない堅気のはずですが」

絵里「亜里沙の病床中にずっと面倒を見て貰っていて、そのまま居座ったと聞いてるわ」

海未「友人として世話をするだけならわかりますが、マフィアの手で軟禁されている場所まで出向くとは……」

絵里「悠長な話だって聞こえるでしょうけど、嘘じゃないのよ」

希「うん、確かに嘘やないみたい。ちょっと調べてみたらマフィアぽい人と一緒にいる雪穂ちゃんの映像見つかったよ」

海未「相変わらず仕事が早いですね」

希「えりちって悪者って感じやないし、潔白を証明するためにもね」

絵里「えりちって、もしかしなくても私のこと?」

海未「この人勝手にあだ名とか通り名付けるんですよ」

希「可愛いやん?」

絵里「何でもいいわよ……」

絵里「亜里沙と雪穂ちゃんは街外れの廃工場に居る。そこに穂乃果も拘束されているわ」

海未「私は穂乃果に加えて雪穂を、絵里は亜里沙を、共にマフィアの手から助ける為に協力しよう、というわけですか……」

海未「先に確認したいのは、何故今になって掌を返すような真似をするのか、という点ですね」

海未「元々は妹の命を救ってくれた恩義ある相手にこのタイミングで反目すると決めた理由は?」

絵里「さっき廃工場に帰還した時、亜里沙に怒られたのよ。これ以上私の為に危険なことしないで! って」

海未「あと一歩であなたを撃ち殺していましたからね」

絵里「仕事とはいえ妹に怒られるのは嫌だし、当初の役目は済ませてマフィアに恩は返したし、後は何しても自由でしょ」

海未「屁理屈のような言い分ですけど……縁を切るなら頃合いというわけですか」

絵里「亜里沙だって自由を求めているもの。どう? 協力する気はない?」

海未「……話に乗る方が合理的なのでしょうね」

海未「仮に絵里が虚言を述べ私を陥れるつもりでも、希が探ってくれるでしょう」

希「数々の情報からえりちの言ってることが全部正しいことが証明されました!」

海未「だそうなので、手を組みます」

絵里「ありがとう、正直ホッとしたわ。あなたもありがとね、裏を取ってくれて」

希「お安い御用やん♪」

 絵里との協力体制を取ることを決めた私たちは腰を上げ、各々の目的を遂げる為敵地へと進軍を始めました。
 ……と、普通ならば事がスムーズに運ぶのでしょうけれど。


海未「……ぅ、ぉ、ぐ…………ぁごぇっ」


 椅子から立ち上がった私は数刻ぶりに身を襲った虚脱感と嫌悪感で床に倒れ込んでしまいました。
 立ち眩み……なんてレベルでは済まされない異常を身体に覚えます。


絵里「え、なに?」

海未「この、嫌な感覚……まさか、唾液ストックが……!」


 そうです、私は正体不明の毒を受けた死に体だということをすっかり忘れていました。
 ここしばらくはドクから受け取った唾液ストックのお陰で問題無く活動出来ましたけど、どうやら残量が尽きたようです。
 久々に襲い来る苦しみ故に余計に辛く感じて、力なく身悶えするしかありません。


海未「ほん、っと、厄介な、問題です……!」

希「海未ちゃん!? どないしたん!?」

絵里「顔色が普通じゃないわよ!?」

海未「ええ……忘れかけていましたけど、今ちょっと、普通じゃないんです……ぅおえっ!」

 胸の苦しさと手足の震えに耐えながら、スマホを取り出してドクにコールしました。


海未「希、情報の漏洩になってしまいますけど、街の闇医者にこの場所を教えてもいいでしょうか」

希「ん……まあ闇医者なら構わへんけど……」

海未「あ、ちょっと失礼します。ドク、私です」

真姫『……勝手に車持ってったこと怒ろうと思ってたけど、それどころじゃないようね?』

海未「はい……ドクから頂いていた唾液ストックが尽きました」

真姫『尽きる前に連絡しなさいよ! 今どこいるの!?』

海未「スマホの探知とかできないんですか……」

真姫『機械に強いわけじゃないし……うん? 待って、何かデータが届いた』

希「電話の相手闇医者やろ? ここの地図送っといたわ」

海未「助かります……ドク、今送られた場所にいるので、どうか助けに……うぷっ」

真姫『急ぐけど、それまで死なないでよ!』

 通話が切れたスマホを投げ出し、急激に苦痛を訴え出した胸を抑えて浅い呼吸を繰り返します。
 何ですかこの病弱人みたいな体たらく、私は心身共にすこぶる健全なのが売りですのに……。


海未「ぐぇぇぇっ!」

絵里「ちょっと、やだ……まるで死にそうじゃないのよ……」

希「その症状……ひょっとして、最近マフィアたちの間で話題になってる毒薬打たれたん?」

海未「え、何故知っているのです? ……って、情報屋でしたね、流石です……うっぷ」

絵里「毒って?」

海未「……絵里、すみません……もしかしたら、毒のせいで、ここで死ぬかもしれません……」

絵里「そんな……! あなたが死んだら私の償いだって出来ないじゃない!」

希「最新の情報だと、毒の対処法は体内成分がどうとか、やったっけ」

海未「はぁっ…………はぁっ…………!」

希「……しょうがないよねえ」


 苦しさに悶えて床に這いつくばる私は、希が小言を漏らしたり、私の横に膝を付く様子に気付きませんでした。

希「はいはーい海未ちゃん苦しいけどちょーっと我慢してねー」

海未「ぉぐっ!? ぐ、ぁ、何を……!」


 地に伏せていたところ、無理やり体を起こされたことで苦痛が倍増し、思わず顔を顰めました。
 そんな不細工な表情をしていた私に、希が容赦なく口付けてきました。


海未「んんんんんっ!?」

絵里「ハラッ!?」

希「ん……」


 手足をバタつかせていた私でしたが、不意打ちのキスに破廉恥ゲージがメーター振り切ってしまい、人間サイズのドールのように動けなくなってしまいました。
 そんな無抵抗な海未ちゃん人形相手に希がまあ熱烈なキスの嵐を振らせてくるわけです。


希「んぅ…………うみちゃ……舌出して……」

海未「んんん? んんんんんんん???」

希「海未ちゃんの口食べちゃうから、ウチのことも食べてな……?」


 それっぽい台詞を言われると急に意識してしまい、思わず赤面してしまいます。
 段々興奮してきてしまった私はいつの間にか希の腰に手を回していて、抱き合うようにしながらお互いの唇と舌と唾液を貪り合いました。

希「ぁ…………! ……んん……ちゅ…………ええよ、海未ちゃん……」

海未「は…………ちゅっ…………希、ん……ちゅっ…………希ぃ…………」

絵里「ハッ…………ハラ……ハラハラァ…………!」


 にこ以来となる久しぶりのキスに夢中になり、思考は唾液を嚥下したいという欲のみに支配されました。
 希の唾液はねっとりした具合に反したスッキリした喉越しで、飽きの無い味わいに魅了された私はいつまでも啜り続けました。

 時間にして数分間、くっ付いたり離れたりを繰り返すキスを続けた結果、気分はすっかり元通りになっていました。


希「……うん。もう大丈夫みたいやね」

海未「希、私の為に……」

希「とりあえず抱き合うの止めて口周り拭こっか。お隣さんがさっきからハラハラしか言ってへん」

絵里「ハラァ…………! ハラァショォ…………!」

海未「ああ、本当です。ほら絵里正気に戻ってください、私も一足先に戻りましたよ」

絵里「ハッ!?」

 困惑する絵里に簡潔に事情を説明して、私も希もそう言った関係でなければ痴女でもないことを納得させました。


絵里「何よその無茶苦茶な設定の毒……」

海未「そう思いますよね? ですが希が、その……キ、キキキスしてくれなければ、本当に死んでいたんです」

希「海未ちゃんには借りがあるからね、サービスサービスゥ」

希「まあ、海未ちゃんがウチをどれだけ好きでいてくれて、どれだけ毒の抑制効果があるかまではわからへんかったけど」

海未「……結果が示す通りですよ」

海未「突出したスキルを持つ人物として一目置いていますし、ことりについて理解を示してくれましたから」

海未「もし本当ににこりんぱなが死んでいたら印象ガタ落ちだったでしょうけど……」

希「?」

海未「どうぞお気にせず。……本当にありがとうございました」

希「うふっ、普段あんなに強くて凛々しい海未ちゃんから殊勝にされるのも気分がええもんやね」

 希の大胆な行動で命を繋ぎ止めた私はドクの到着まで持ち堪え、再び唾液ストックを確保することができました。


希「巷で噂の闇医者と面識持てたのは大きな収穫やんな」

真姫「私にも同じことが言えるわね。フリーの身同士、今後とも宜しくして貰いたいところだわ」

希「こちらこそ♪」

真姫「あとは海未、次はもっと余裕あるうちに連絡寄越しなさい!」

海未「すみませんでした。ですが今からまた少し無茶をします、申し訳ありません」

真姫「本当厄介事ばかり持ち込むんだから……程々にしなさいよ」

海未「善処します。では絵里、穂乃果たちの居場所まで案内をお願いします」

絵里「あなた破天荒過ぎて関わったことを早くも後悔し始めてるわ……」

真姫「気持ちはわかる。でもそのうち嫌でも慣れるわよ」

絵里「そういうものなの?」

希「ほな気ぃつけてなー」

―――


 希に別れを告げた私たちは、車で駆けつけてくれたドクに廃工場まで乗せていって貰うことにしました。


真姫「勝手に持っていった私の車はどうしたの?」

海未「安全なところに置いてあります。騒動が落ち着き次第お返ししますので、今しばらくお待ちください」

真姫「ま、何だかんだ海未には返しきれないくらい恩があるし、返さなくていいわ」

海未「本当ですか!? 何という太っ腹でしょう、益々好きになってしまいそうです」

真姫「車と違っていくら褒められてもキスはしてあげないから」

海未「洞察力が高すぎるのも考え物ですよ?」


 通りに停めていたドクの車に三人で乗り込もうとしたところ、真向いから別の三人組が近づいてきました。


海未「あ」

にこ「見つけた!」


 あの人たちに対してもう描写捻らないでいいですよね? いつものにこりんぱなです。


にこ「何度やられたって諦めないんだから! 今度こそ……え? は?」

海未「?」


 ……テンプレ通り喧しくしてから私に倒されるお決まりの流れかと思いきや、にこは初めて見るくらい神妙な表情でこちらを凝視してきました。
 様子が変です……一体何が? やっぱり文章を工夫してしっかり紹介すべきでしたか?

真姫「……にこちゃん」

海未「え?」

にこ「真姫ちゃん……久しぶりね」

海未「えっ? えっ? あの、お知り合いです?」


 予想外の登場人物相関図模様が広げられていたようで、何もわからない私はドクとにこの顔をキョロキョロと見比べるしかできません。
 向こうでは凛と花陽も同じようにしています。
 絵里だけは完全に置いてきぼりを喰らってポカーンとしていますけど、すみませんもう少しだけ待ってください私も整理できていないんです。


にこ「……凛、花陽。一生のお願い。二人で海未の相手しなさい」

凛「え? にこちゃんは?」

にこ「お願い」

花陽「……あの、お医者さんみたいな人、お知り合いなの……?」

にこ「真姫ちゃん、わかってるわね。もうこれ以上は……」

真姫「……いい加減、終わりにしないとね……」

海未「あ、あのぉ、もしもーし。一体何が……」

真姫「海未」

海未「はい、わっ!? んぐ」


 にこを睨みつけていたドクは突然私を引き寄せると、強引に口付けてきました。
 あれだけキスをしないと言い張っていたはずなのに……。

 困惑する私の口の中に、大人の魅力溢れる西木野真姫女史にしては予想外に子供好きしそうな甘味の強い唾液を流し込まれました。
 しばしの間誰も何も言わぬまま時が過ぎ、ドクが私を離し息を付いたことで静寂が途絶えました。


真姫「餞別よ。これで生き永らえなさい」

海未「ドク……」

真姫「……って言いたいけど、ごめん。本当はにこちゃんへの当てつけなの」

にこ「真姫ぃ……!」

真姫「車は貸すから二人で行って」

海未「ドクはどうするのです?」

真姫「私はここで、私の為すべきことを済ませる」


 ドクは白衣の懐に手を入れると、二本のメスを取り出して両手に構えました。
 長い付き合いですが、ドクが臨戦態勢に入るのを初めて目にします。
 情報屋といい闇医者といい、この街には自力で戦えない人物はいないのでしょうか?

真姫「……待って、海未」

海未「はい」

真姫「そうね、やっぱり行く前に聞いて」

真姫「私とにこちゃんはかつて親しくしていたわ。けど複雑な事情の上に色々な事情が重なって、今は見ての通り敵対心丸出しの関係ね」

真姫「簡単にだけど、どうして私たちの話をしたのかわかる?」

海未「? 視聴者サービスですか?」

真姫「どこに視聴者がいるのよ」

真姫「私が海未にしたキスは、ずっと大切にとっておいた……過去を清算する為の誓いのキスなの」

真姫「その意味を噛みしめて、何かしら感じ取って気分高めて、毒の抑制効果を強めなさい」

海未「……ありがとうございます。どうかご無事で」

真姫「そっちもね」


 短い激励を最後に、ドクは殺意を剥き出しにした表情をにこへと向けメスを差し出しました。
 にこもまた日頃からは想像できない程に厳しい面構えをして、銃の代わりに手にした大型の鈍器を高々と掲げました。


海未(私には私の事情があるように、きっと二人にも事情があるのでしょう……)


 この街のノリには似合わないくらいの緊迫感を醸し出すドクとにこをその場に残し、私と絵里は車を借りてその場を離れました。

―――


絵里「本当、この街ってどこでも誰でもドラマチックなのね」

海未「普段はもう少し気の抜けた雰囲気なんですけど、どうにも今はシリアスに傾き過ぎです」

絵里「私を銃で殺そうとしてた海未も大概だったわよ?」

海未「その節は大変失礼致しました……」

絵里「気にしないで。誰にでも事情の一つや二つあるわよ。あの闇医者がそうであるように」

海未「事情、ですか……」

絵里「私にも亜里沙っていう事情がある。海未にもあるんじゃない?」


 私にとって事情というものがあるとしたら、何が該当するでしょうか。
 攫われた幼馴染みを奪還するという事情でしょうか。
 謎の毒を打たれた事情でしょうか。

 いえ……私にとって事情と言えば、いつ何時であっても……。


海未「今回の一件とは無関係ですけど、少し話を聞いて貰えますか?」

絵里「……何だか大切な話な気がするわね。出合って間もない私相手でいいの?」

海未「だからこそ、話したいのかもしれません」

絵里「そう。構わないわ。これでも聞き上手なのよ?」

海未「わかる気がします。まあ、車中の暇つぶし程度に聞き流してください……」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

海未「……そうです、ヘタレなんて言葉では生温い、本心では恋仲になりたかったくせに大事なところで勇気を出せないチキンで臆病者なクソヘタレラブアローシューターの」

絵里「待って待って」

海未「なんですか!? せっかく力を入れて回想パートを述懐しようとしていましたのに!」

絵里「うんまあ随分と自分のこと辛辣に責めるのねっていうのもあるけど……」

海未「御心配痛み入ります。ですが私は本当に恋愛に対してダメダメの9乗みたいな駄目人間なのでいいんですせめてヒロイズムに酔わせてくださいぃぃ!」

絵里「過度な自己批判は良くないわ。あとひょっとしてこの話長い?」

海未「そりゃあことりとの馴れ初めからお涙頂戴の惜別まで語るにあたり時間はいくらあっても足りません」

絵里「ナビ見る限りそろそろ目的地に着くわよ。それに突然出てきたことりって子は誰なの?」

海未「え、もう到着ですか!? 物事はそうそう都合よくいきませんね……」

絵里「話を聞くと言った手前悪いけど要点だけにしてもらえる?」

海未「致し方ありません。簡潔に済ましましょう」

絵里「助かるわ」

海未「要はですね……私は慕っていた相手に求められたにも関わらず、応じる度胸が無いまま手離してしまったんです」

 ことりは穂乃果同様幼少期から付き合いのある幼馴染みでした。
 連れ添って成長する過程の中で、一人の知人から大切な存在へと感情は変化していって……。
 己惚れでなければ、ことりもまた私に対して同等の思いを向けてくれていたと思います。

 ですが、穂乃果のような積極性を持ち得ない私たちは、凝り固まった既存の関係性から抜け出せずにいました。


穂乃果『海未ちゃーん! ご飯の支度忘れちゃったから御馳走してよう!』

海未『またですか? ウチは料理処ではないというのに……昨日の残り物で我慢してくださいよ?』

穂乃果『やった! 海未ちゃんありがと! 大好き! チュー!』

海未『わっ!?』


 常に明るく誰にでも親しく出来る穂乃果は、特に私たちに対しては過剰なくらい距離間の近しいスキンシップを計ってきました。

 私は照れ屋な性分ですから、その手の行為に対して敏感に反応してしまいます。
 そんな私の反応を面白がって、尚更穂乃果は距離を詰めてくるわけです。
 いつしか頬にキスするのも普通だと言わんばかりに。

 改めて述べることでもありませんが、キスは大切な行為です。
 軽はずみにするものではない、と、表面上は注意していました……けれど。
 正直申し上げるならば、穂乃果からキスされることに良い気になって、内心受け入れている部分がありました。

 ですがある時、そんな場面をことりに見られてしまったんです。

ことり『私とはしたことないのに……穂乃果ちゃんのキスは受け入れるんだね……』


 二人きりの時に、私に向かって神妙な表情で放たれた言葉。
 あれは、ことりなりに大切な一歩を踏み込んだ瞬間なんだと思います。
 幼馴染みから、連れ合う二人への転換を熱望する、覚悟を決めた一歩を。


海未『あ、あ、あれは穂乃果なりの……そうです、ほら、感謝の印みたいなものですよ! なんてことありません!』


 にも関わらず、色恋沙汰に触れるだけの心構えが無かった私は、ことりの思いを蔑ろにしてしまいました。

 マフィアの私が堅気のことりと一緒にはなれない、ですとか。
 せめて互いに身を固めるだけの立場を整えてから、ですとか。
 中身の無い言い訳を並べることで目前の状況から逃げ続けてきた私に、ことりに応じられるだけの度量なんてなかったんです。


ことり『それなら私が同じことしてもいいの?』

海未『いっ!? いけませんいけません! そのようなはしたないこと!』

ことり『じゃあなんで穂乃果ちゃんは良いの? 私より穂乃果ちゃんの方が好きなの!?』

海未『すーーー!? すすす好きとかどうとかではなく、私たちはまだ、そんな、』

ことり『私……海未ちゃんのこと、好きだよ』

海未『す、す…………す………………』

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

海未『いえいえいえですから……ま、まだ私たちには早いと言いますか? もっと時間をかけてと言いますか?』

ことり『私は無理だよ……もう待てない。我慢できない』

ことり『こんな、曖昧な関係のままじゃ、もう、耐えられないよ……』

海未『こ、こ、ことり……』

ことり『…………さよなら』


 背を向けて去りゆく大切な人に、何一つ言葉をかけることができませんでした。

 その日を境にしてことりは街から姿を消しました。

 私はことりの居ない街に絶望し、それ以上に、ことりに応えられなかった自分自身に失望しました。
 以降私は所属するマフィアから抜け、人付き合いも減らし、ことりが戻ってくるのを待つだけの無気力有機物と化しました。
 本当にことりのことが好きならば探しに行けばいいのに……自ら動けないあたり、器が知れます。

 本当、私は、心底駄目人間だと思いますよね?

海未「以上が私とことりに関する事情の要点になります」

絵里「……その……存外に本気でシリアスな事情に正直狼狽えてるわ」

海未「『☆愉快で陽気なマフィアタウン☆』を標語に掲げるこの街には馴染まぬ過去です」

絵里「恋に奥手なのね。相思相愛の相手にさえ緊張しちゃうだなんて」

海未「だだだって仕方ないじゃないですか! 私からすれば世間の皆様こそ貞操観念が希薄すぎるんです!」

絵里「意識をしっかり持つのが悪いとは言わないけど、多少は遊びの部分を持たないと上手く回らないわよ?」

海未「遊びで恋をするですって!? 破廉恥ですっ!」

絵里「そうじゃなくてね、もっと余裕を持ったらって意味で……はあ。本当、堅いと言うか何というか」

海未「恋愛という人生における一大事に余裕を持てるだなんて考えられません!」

絵里「それにしては立て続けに違う相手とキスしてたけど」

海未「あれはっ!? 説明した通り毒による落命を防ぐ為にですねっ!?」

絵里「あ、そこの角曲がったら廃工場が見えるわよ」

海未「え? ああ、わかりました……ふう。気分を切り替えるのも一苦労です……」

絵里「ね、そのことりってどんな子なの?」

海未「何故聞くのですか?」

絵里「海未みたいな人が好きになった相手なら気になるじゃない! 教えてくれたっていいでしょう?」

海未「どんなと言われましても……その、普通の、可愛らしい人としか言いようがないですけど……」

絵里「何かわかりやすい特徴とかないの? 頭にとさかみたいな癖毛があるとか」

海未「あ、はいまさにその通りで…………うん?」


 目的地たる廃工場を視野に入れ、後は一直線というところまできて、車を運転していた私は思いきりブレーキを踏みました。
 急停車する車体と共に乗車する私たちの体もガクンと激しく揺れ、ハンドルに額を強かに打ち付けてしまいました。


海未「痛ーーーーーーーーー!?」

絵里「ったい……なによ!? 一体どうしたの!?」

海未「聞きたいのはこちらですよ痛ーい! どうしてことりの特徴を知っているんです!?」

絵里「え? ことりの特徴?」

海未「頭にとさか付いてるって言ったじゃないですか! そんな人ことりくらいしかいませんよ!」

絵里「わ、私はただ最近会った人の中で特徴ある部分を例に出したつもりなんだけど……」

海未「……最近、会った……ですって?」

海未「ちょ、ちょ、待ってください。整理させてください」

海未「最近、その、とさかの人物に会ったんですか?」

絵里「ええ。私の雇い主よ」

海未「はい?」

絵里「亜里沙の治療の為に尽力してくれて、代わりに穂乃果を誘拐してこいって命じた人物」

絵里「つまり私を雇ったマフィアのボスのことよ」

海未「……ボ、ス?」


 待ってください本当時間下さい理解できません。
 急に情報過多状態に陥りました完全に脳内ショートです熱暴走してます。

 とさか?
 雇い主?
 マフィアのボス?

 予想できない方向から気紛れに放り込まれたパズルピースが意図せず隙間を埋めてしまった呆気無さを受け止められない感があるんですけど……えぇー……。

絵里「ねえ、つまり海未の思い人が、私の雇い人であるマフィアのボスだった、ってこと?」

海未「…………」

絵里「そう、あの子ことりって言うんだ。マフィアのトップにしては可愛らしいって思ってたけど、名前も可愛いのね」

海未「…………色々と理解に苦しむ部分があります」

海未「まず、ことりは一介の市民で、私を除きマフィアとは縁の無い生活をしていたはずです」

海未「そのことりが私の後任としてマフィアの首領の座についている? どういうことです?」

絵里「……ん? 今後任って言った?」

海未「言いましたけど」

絵里「ぇちょっと待って、海未ってあのマフィアの元ボスだったの!?」

海未「問いに対し至極端的に答えるならその通りです、が今はどうだっていいです」

絵里「個人的にはすっごく気になることなんだけど?」

海未「次期首領が中々決まらず、活動方針は幹部会による合議制で定める時期が続いていたはず……それが、他所から首領を用意した?」

海未「何故? しかもよりにもよって堅気のことりを? どうして?」

海未「わ……訳が分かりません……」

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

 本気で事態についていけなくなり、目の前が暗くなってきたとさえ思える程に悩まされました。
 両手で頭を抱え、僅かでも理解が及ぶよう必死に脳味噌をフル稼働させていると、絵里に肩を叩かれます。


海未「すみませんもうちょっと待ってください考えさせてくださいこのままでは頭が弾け飛んでしまいそうです」

絵里「顔上げて。向こうから出てきたわよ」

海未「え?」

絵里「私の雇い主で、今のマフィアのボス……ことりが」

海未「え」


 言われたままフロントガラス越しに前方を見据えます。
 一直線の先、まだまだ距離はあれど十分視野に入る廃工場の入り口から、一人の女性が現れました。


海未「…………あ……」


 その姿は……例え遠目に見ても、見間違えるはずなんてなく……!

海未「……!」


 ハンドルを握りアクセルを踏み込み車を急発進させました。

 数十メートルという距離を駆け抜け再度急ブレーキして、即座にドアを開け車外に飛び出しました。
 廃工場に駆け寄り、しかしすぐに足が緩んでしまい……。
 数メートル前にきて立ち止まってしまいました。


海未「……………………ほん、とう、に…………」


 何年ぶりに目にするでしょう。
 柔らかさを覚えさせる特徴的な髪、愛くるしい顔つき、私と同じ高さの目線。


ことり「……来たね……海未ちゃん」


 何年ぶりに耳にするでしょう。
 女性としても尚高く、一度聞けば忘れられない程に甘い声色。


海未「ああっ……!」


 大交差点で見かけた時は見間違いかと思った。
 今度こそ間違いない。

 敵の……マフィアの所有地にして、穂乃果たちが捕らわれている廃工場から現れたのは、紛れもなく……長年の待ち人であることり本人でした。

―――


 ことりが街から去って以降、私は日々を呼吸するだけで費やす廃人と化していました。
 何もせず、人に合わず、食事も断ち、体の異常も意に介さない。
 そんな私に唯一まともに接してくれたのが穂乃果でした。


穂乃果「海未ちゃんさ、いつまでそんな風にしてるの?」

海未「…………明日からは…………きっと、ちゃんと…………」

穂乃果「ことりちゃんのこと放っといていいの? 私だって探したりしてるのに」

海未「…………」


 あの時期だけは私が一方的に迷惑をかけるという普段と立場逆転の状態でした。
 にも関わらず、穂乃果は文句など一言も漏らさず、本当に根気よく世話を焼いてくれて、私を支え続けてくれました。


穂乃果「ほら元気出そっ! ことりちゃんが戻ってきたらちゃんと迎えてあげられるようにしないと!」

海未「…………そう、ですね」


 海底に沈む暗く澱んだ精神も、太陽のように光り輝く笑顔に照らされ続けて、視界を覆う陰が少しずつ晴れていきました。
 穂乃果のお陰で私は徐々に立ち直り、真人間への復帰を果たすことがでたのです。

 ことりが帰ってきたら、今度こそ……。

 熱い思いを胸に抱くだけの気力を取り戻した私は、来る日も来る日もことりの帰りを待ち続けていました。
 ずっと、ずっと、待ち続けていました。

―――


 あれから時が経ち、幾分大人びて、一層綺麗になって……。
 けれどやっぱり私の知っているままの面影を残したまま……。


ことり「……やっと、帰ってくることができたよ」


 数年ぶりに相見えることりは、昔は見せる事が無かった程に厳めしい表情をしていました。


ことり「海未ちゃんに受け入れて貰えなくて、悲しくて、悔しくて」

ことり「近くに居るのが耐えられなくなって……けど逃げ続けるのも嫌で……」

ことり「私は何も出来ない、海未ちゃんや穂乃果ちゃんと比べたら何も出来ないけど」

ことり「それでも頑張って……危ないこともして、良くないこともして、どうしたらいいのか考えて悩んで迷って……頑張った」

ことり「後悔も沢山した。凄く怖かった。でも、海未ちゃんを思えば何でもできた」

ことり「色々手を回して、準備して、やっと舞台を整えることができた……!」

ことり「帰ってきたよ! 海未ちゃんを逃がさない為に! 今度こそ私はっ、」

海未「うわあああああことりいいいいいいいいいいいいいいうわああああああああああああん!」

ことり「え?」


 何やら難しそうな顔して色々話してるみたいでしたけど私は我慢できず感動のあまり大声出して子供のように泣いてしまいました。

海未「ふええええ本当にことりですうううううやっぱり見間違いじゃなかったですううううううう!」

ことり「ちょ、海未ちゃ、」

海未「ふええええええええええええええええええええええん!」


 はて、こんなに激しく泣いたのはいつ以来でしょうか。
 幼少期、恐々と穂乃果の後ろをついて回るしかできなかった頃ならこのように涙を流していたかもしれませんね。
 声高に叫んだ泣き声は遠方より山びことして返ってきそうなくらいです。


海未「ことりいいいいいい! ことりいいいいいいいいいいいいいいうわああああああああああん!」


 突然痴態を晒してしまってお恥ずかしい限りです。
 が、非難する前にちょっと考えてもみてください。
 この世を須く見渡したところでことりとの再会程感動できる出来事なんて皆無じゃないですか?
 感極まるのも致し方無しと、何卒寛大な心で受け入れて頂けると幸いです。

海未「やっと帰ってきてくれましたあああああああ! 良かったあああああああ!」

海未「ことりがいなくてずっと寂しかったですううううう! 待つの辛かったですううううううううう!」

海未「でも耐えた甲斐がありました! ことりが帰ってきてくれたんですから!」

絵里「あの、ちょっと海未、ことりの話聞いた方がいいんじゃ……」


 遅れて降車した絵里が声をかけてきましたが今は後回しですすみません。
 溢れる涙で顔面をぐっちゃぐちゃにさせた私はことりに向かって駆け出しました。
 気分は親元に駆けつける幼児が如く両手を広げ、ことりの足元に跪くようにして腕を腰に回し、力いっぱい抱き締めます。


海未「あぁぁ…………ことりの柔らかさです…………ことりの匂いがします…………」

海未「ずっと待っていました……やっと再会できました……」

海未「ああーごめんなさいことりー! でも帰ってきてくれて嬉しいですことりー!」

海未「ことり、お帰りなさい……! もう離しません! ずっと一緒です!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

ことり「……どうして、今になって、そんなこと言うの?」

ことり「あの時は抱き締めてくれなかったのに……海未ちゃんからこんなに積極的にしてくれることなんて、一度も無かったのに……」

海未「こ、こと、こと……ことり……?」

ことり「……ハハハッ」


 乾いた笑い、というもののお手本があるのなら、こんな感じかもしれません。
 街を離れる以前ならば決して耳にすることがなかった掠れた声がことりの口から漏れ聞こえました。

 潤いの無い声とセットになるのは、笑いとはかけ離れた……色の褪せた顔。


ことり「やっぱり、私の考えは正しかった」

ことり「正しかったからこそ、こうやって海未ちゃんから私にアピールしてくれるようになったんだもん」

ことり「だから私は、あの薬を……毒薬を使ったんだよ」

 毒、と聞いて。
 私の胸が一つ音を立てました。
 歓喜の渦に溺れていた思考が急激に熱を下げ、弛緩していた空気が掻き消えました。


海未「ことり、毒薬とは一体、」

ことり「そんなに私に会えて嬉しいの?」

海未「え」

ことり「本当に? グズグズに泣くくらいに? あの奥手の海未ちゃんから求めてくれるくらいに?」

海未「そ、それは勿論、言うまでもなく、」

ことり「じゃあ私とキスできる?」


 今度こそ心臓が跳ねました。
 冷えた頭がまたしても熱を帯び、ことりの唇に視線が吸い込まれました。

海未「なな何故そんな突然、破廉恥なことを……」

ことり「突然じゃないよね? 街を出る前から言ってきたことだよね?」

海未「そっ……そうですけど、しかし」

ことり「今日、海未ちゃん、色んな人と沢山キスしてきたんでしょ?」


 二の句が継げません。
 逃れようのない事実に惑い、また、ことりに知られているという羞恥の念が私を責め立てます。

 どうしてことりは知っているのでしょう?
 何より……何故これほどまでに、厳しい視線を向けてくるのでしょう?

 私を見下ろすことりの瞳がとても冷たく感じました。
 こんな目でことりから見られたことは、後にも先にもあの時以来です。


ことり『…………さよなら』


 あの時、私の下を去った時のことりは、本当に悲しそうな目をしていました。
 同じくらい冷え切った瞳を数年ぶりに目にして、当時感じた言いようのない恐ろしさが蘇ります。


ことり「やっぱり、私は正しかった。こうするしかなかった」

ことり「わかっていたから、何もかも捨てることになっても、この方法を選んだんだよ」

凛「あの、ことりちゃん……ボス」


 気付けば凛と花陽がことりの背後に控えていました。
 二人は遠慮しているのか、とても気まずそうにしています。


ことり「名前でいいよ。じゃあ、後は……お願い」

花陽「うん……ことりちゃん、大丈夫?」

ことり「ありがと。大丈夫だよ。海未ちゃんを見て、大丈夫だってわかったから」


 地べたに尻餅付く私を置いて、ことりは背を向けました。
 去り際の言葉さえ投げかけてくれぬまま廃工場の中へと戻ってゆきます。


海未「こと、」

凛「駄目だよ海未ちゃん」

花陽「まずは私と凛ちゃんを通してからだよ」


 追い縋ろうとする私を遮るように、凛と花陽が立ち塞がりました。
 私は戸惑いを隠せぬまま二人を見上げるしかできません。

 何故、二人は私を邪魔するのか……何故、ことりは再会を喜んでくれないのか……。

 未練たらしく廃工場の奥へと視線を投げかけます。
 遠くから私を見ていたことりは、悲しげな表情で一瞥してから、階段を上って姿を消しました。

 ことりに置いていかれた私は惰性だけで立ち上がりました。
 けれど体の動かし方を忘れてしまったみたいに、手足の動きはぎこちなく、力も入らない。
 平衡感覚なんてまるで感じられなくて、二本足で自立しているのが不思議なくらいでした。


海未(…………ことりは、私を、許してくれていない)


 ただ一つはっきりと知らしめられた現実を、苦味と共に噛みしめるしかありません。

 頭を垂れ、無味乾燥としたアスファルトのくすんだ灰色を見つめていました。
 このまま何事も無ければ、いつまでも下を向いたまま、困惑の渦に呑まれ続けていたことでしょう……。

 地面だけを移す視覚映像に鋭く踏み込んできた靴影を認識。


海未「ぅっ!?」


 反射的に顔を上げると、眼前に迫る凛の迫真の表情を捉えました。
 脳から発せられた電気信号に命じられた体が自然と動き、私の頭部を狙ったフックを身を退いて避けました。

 初激は躱せたものの、ことりから拒絶されたことで心身摩耗状態だった私は、次いで伸びてきた凛の手を捌くことができませんでした。
 襟元を掴まれ、思いきり手前に引かれ、私の額と凛の額が火花を散らさんばかりに激しくぶつかりました。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

凛「今なら倒せるって思ったけど、こんな海未ちゃん相手に勝っても意味ないからこれで我慢してあげたんだよ」

海未「勝ち誇るのは自由ですが、致命傷ではありません。手を抜くのは甘いんじゃないですか」

凛「かよちん見ても同じこと言えるの?」


 擦り付けられていた額を離した凛に促され、脇を見やれば、ライフルの照準をこちらに定めた花陽の姿がありました。
 にこりんぱなの中でも花陽のライフルだけは馬鹿にできない……私自身認めてしまっていることです。
 花陽もまた、日頃見られぬ厳しい面構えをしてスコープ越しに私を捉えていました。


花陽「こんな近距離で銃口向けたのに気付いてなかったの、初めてだよね」

海未「……」

花陽「私も凛ちゃんと同じ。撃てたけど、撃たなかったんだよ」

花陽「今の海未ちゃんじゃ……撃つ意味がないから」

海未「何故、二人ともそこまで……」

凛「ボスの、ことりちゃんからの伝言を伝えるよ」

海未「……伝言?」


 歓喜と喪失のアップダウンに加え、二人の強烈な敵意に当てられたことで霞んでしまった頭の中が、ことりの意向を持ちだされたことで俄かに明瞭となりました。

 私を置いて去ったことりから、私に向けたメッセージが、ある?
 まだ、見捨てられていない……!?

 何でもいいからことりの思いを知れるならと、改めて目前に立ち塞がる二人に焦点を定めて、


海未「…………」


 ことりについて問い質そうとした口の動きが止まりました……止められました。


海未「え。あっ」


 気付けば、脱力しきっていたはずの肩に力が入り、両腕を前に掲げ、応戦する構えを取っていました。
 ことりのことでいっぱいだった思考回路は、無理やりスイッチを切り替えられたかのように戦闘モードへの移行が済まされていました。

 二人から醸し出される圧力が、私にそうさせていました。

海未(……ああ……)


 ことりの姿しか映さなかった曇った視界が晴れればよくわかる。
 立ち塞がる様にして対峙する凛も花陽も……とても、良い顔をしている。

 ままごとのような襲撃を仕掛けてくる普段の顔とは違う。
 今日、大通りでことりの陰を見間違えたと思った私が、思考停止状態で絵里を撃ち殺そうとした時の顔とも違う。

 これは、一人前のマフィアの顔……この街における、矜持を持ったマフィアの……!


凛「普通じゃ絶対見つからない隠し部屋にことりちゃんは向かったよ。いくら海未ちゃんでも辿り着けない」

花陽「でも、私たちと戦って勝ったら隠れてる場所を教えてもいい。それがことりちゃんの伝言」

海未「……二人に勝利することが、ことりと会う通行券代わりということですか」

凛「ねえ、ちゃんと意味わかってる? ラスボス前に邪魔する中ボス演出とかで言ってるわけじゃないんだよ?」

海未「どういう、」

凛「いつまでもウジウジしてないで顔上げろってことだよ!」

海未「……」

花陽「ことりちゃんが絡むと海未ちゃんは自我を失うかもしれない。拒絶なんてされたら、腑抜けて立ち上がれないかもしれない」

花陽「でもそんなの駄目。挫折するのも、自棄になるのも、思考停止も許さない」

花陽「海未ちゃんの明確な意志の下で目的に立ち向かわせる……それがことりちゃんの願いなんだよ」

凛「凛は今、ことりちゃんの力になりたいって思ってる」

凛「けど直に顔合わせたのはさっきが初めてだし、計画の詳細も聞いたばかり」

凛「ことりちゃんたちの事情とか気持ちとか、実際のところちゃんと理解してるわけじゃないし、凛たちは部外者なんだと思う」

凛「でも関係ないの。どうだっていいんだよ」

花陽「だって、ボスのことりちゃんからお願いされたもん。だから頑張るの」

花陽「にこちゃんにも言われたよ。私たち二人で海未ちゃんの相手をしなさいって。真剣な、本気の声で」

花陽「だから、部外者でも何でも、私たちが海未ちゃんの相手をする。敵になる。……ならなきゃいけないの」

花陽「それでももし、ことりちゃんに拒絶されちゃったショックで、私たちなんかと戦えないって言うなら……」


 二人はそれぞれの武器、近接戦用のハンドグローブと遠距離用ライフルを掲げ、私を睨む視線を強めました。


花陽「殺してでも相手させる。私たちを無視させない」

凛「それが凛たちの役目。ことりちゃんとにこちゃんの命令、絶対守ってみせるんだから!」

海未(……よくぞ、ここまで)


 ことりと再会して、けれど突き放されて。
 数刻前、マフィアの本拠地に無策で特攻した時と同じく、ショックのあまり自失して捨て身状態になってもおかしくないのに。
 目の前の圧力が、そんな余裕など無い! 気をしっかり持て! と叱咤してくるようでした。


海未(二人が真剣な理由がわかりました。二人もまた、自分たちの事情を手に入れたのでしょう)

海未(上司から、仲間からの指令に応える為、自身の存在全てを懸ける)

海未(その志は実に……この街におけるマフィア的なものです)


 クツクツ、と、笑い声が自然と漏れていました。
 本当ならことりのことだけを考えていたいのに、そんな余裕、まるでないじゃないですか。
 私の意識は今、立ちはだかる脅威に引き付けられ、微塵も目を離せません。


海未(ここまで警戒させるとは……それでこそ、我が好敵手見習い!)


 二人の覚悟を全身にぶつけられて、ようやくショックから立ち直ることができそうです。

絵里「海未、力を貸すわよ」


 私の背後に控えて静観していたのでしょう、絵里が隣に並び立ちました。
 構図としてはこれで二対二の形になります。


絵里「いまいち状況がわからないけれど、結局ことりと話をつけたいのは変わらないんでしょう?」

海未「……まあ、そうですね」

絵里「ならこの場は私一人で引き受けてもいいわ。海未はことりっていう本命を追うべきじゃない?」


 障害を仲間に任せ、本命の相手に向かって突き進む。
 なるほど、その手のお話ではよくありそうなパターンです。
 仮に私が物語の主人公ならばおかしくない展開と言えるでしょうか。


海未「いえ。そうではありません」


 私は首を振り、絵里を制しました。


海未「この場に応じるべきは私です。絵里こそ私にこの場を任せ、先に行ってください」

絵里「いいの? 今回の件の当事者はことりと海未なんでしょう?」

海未「そうであっても、この場は私が応じるべきなんです。何故なら……」


 相対する二人の元部下……現在の宿敵に焦点を合わせます。

 些細なちょっかいを出してくる近所の悪ガキ、出来損ないのシンセングミ。
 へっぽこの代名詞だったにこりんぱなトリオ。
 けれど今は、そんな揶揄なんて微塵も口にできないだけのプレッシャーを、手の届く距離から放ってくる。

 他の誰でもない、私に向けて。


海未「凛と花陽の相手をすべきは私なんです。二人もまた、私の本命です」

絵里「ずっとことりを待っていたのに、回り道してもいいのね?」

海未「二人を倒さねばことりが隠れた場所を教えない、とのことですから、正着への道筋ですよ」

絵里「ウェットな言い訳に聞こえる、っていうのは野暮な発言かしら」

海未「事情があるのは絵里も同じはず。亜里沙奪還という当事者として為すべきことがあるのでしょう?」

絵里「……わかった。できれば早く応援に来てくれると助かるわ。せっかくの協力関係だもの」

海未「普段なら躊躇なく応じられますけど……果たして今回はそう上手くいくか、確証を持てませんね」


 いつもならテンプレにつき以下省略となる戦闘ですが、今から迎える戦いはそう簡単に済むとは思えません。
 今回の騒動の中でも最大の関門になる……眼前に聳える二本の牙は、そう確信させるだけの脅威を孕んでいるのですから。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
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希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
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海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


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 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


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 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


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海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
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希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


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 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

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 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


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海未「わっ!?」


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 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
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ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
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ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
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 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

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 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

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海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

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海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
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 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
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希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


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 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


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 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
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海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
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 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

海未「だっ!? っ、あっ」


 痛烈な頭突きを受けたことで視界に閃光が走り、鈍い痺れを額に覚えました。

 ぶつかった衝撃で後方に弾けた私の頭部を目がけ、間を置かず凛が手を伸ばしました。
 鷲掴みにされた頭を再び引かれ、二度目の頭突きを喰らいます。
 今度は離れぬよう力づくで抑えられ、互いの額を擦り合わせるようにして組み合いました。


凛「だらしない。何ボーっとしてるの」


 衝撃と痛覚で眩んだ視界のピントをどうにか合わせます。
 数センチ先からこちらを睨むのは、研ぎ澄まされた猫目。
 日頃襲撃を仕掛けてくる際には見せない、本気の憤怒が込められていると瞬時に察しました。


凛「ここか本物の戦場だったら死んでる……いつも言われてること、海未ちゃんに返すよ」

海未「……今は、とても、戦う気分では……」

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

 容量を容易く超えるだけの情報攻撃を受け猛烈な頭痛を訴え始めた我が脳味噌にその時、雷鳴の如く激しい閃きが走りました。


海未「いやいやいやいやいや待って下さい! とんでもないことに思い当たりました!」

海未「仮に、万が一、何かの間違いでことり=絵里の雇い主=最大手マフィアの現ボスだとしたら」

絵里「少なくとも私の雇い主であることは事実よ」

海未「今回の一件、元を辿れば私が謎の新薬を打ち込まれたことが発端でした」

海未「新薬を打ち込んだのは、凛曰く凛たちのマフィアの所業とのこと」

海未「にこりんぱなマフィア、即ち以前私が率いていた最大手マフィアの仕業であり、そしてそのトップが今は……ことり?」

海未「つまり私を生かしたまま致死性の毒を打ったのも、その後にこりんぱなに命じて私を狙わせたのも、更には穂乃果を攫えと絵里に指令を出したのも……ことりの意思!?」

海未「わかりません、どうして、もう何もかもついていけません……!」

ことり「…………信じない」

海未「へ?」


 随分冷たく響く声が降ってきた気がしますが空耳でしょう。
 ことりと再会できたことで無事ハッピーエンドを迎えた私にとって聞き間違いなんて些細なことですしねえ。

 いやはや皆様に対してもこの度は大変お騒がせしました。
 ああー諸々厄介事に巻き込まれた此度の珍道中もことりをこの手に迎えられたことで過不足なく閉幕を迎えることと相成りまして、


ことり「今更そんなこと言われても信じられないよっっっ!!!」

海未「わっ!?」


 ……………………何が起きたのでしょう。

 本日巻き込まれた出来事を回想しながらことりを抱き締め再会を喜んでいたはずが。
 気付けば私は尻餅をつき、手元からことりが消えていて。
 と思えば、ことりは目の前で、蔑まんばかりの目つきで私を見下ろしていました。


海未「……ことり?」


 ……私……もしかして、突き飛ばされたんですか?
 そんな……せっかく抱き締めることができたのに……。
 何故、そんなに怖い顔をして、私を睨むんですか……?

ことり『とっくにわかってたでしょ? 海未ちゃんだって私のことそういう風に見てくれてたんじゃないの?』

ことり『気のせいじゃないでしょ!? 私だけ勘違いしてたの!?』

海未『いえ……そんな…………ですから…………あの……』

ことり『どうしてはっきり言ってくれないの!? このままじゃ海未ちゃんのこと信じたくてもわからなくなっちゃうよっ!』


 ここまで言って貰ったにも関わらず、人生史上最大のテンパり具合を見せた私の脳は、ただただ意味の無い言い訳でこの場を乗り切ろうとしました。
 乗り切る……つまり、一切の関係性の変化を起こすことなく、事を収めようとしたのです。
 ぬるま湯のような私たちの関係に変化を起こす為に、ことりは勇気をもって一石を投じたというのに。


ことり『…………もういいよ』


 無意味な言葉を並べるだけの私を遂に見限ったのか、ことりは悲しげに呟きました。
 あの時のことりの瞳は、今思い返しても、余りに昏くて、震えてしまいます。


ことり『私とは、キス、してくれないんだね……そういう関係には、なれないんだね……』

―――


希「そっかーあの三人生きてたんかー」

海未「お陰で希を見る目が変わらずに済みました」

希「どゆこと?」

海未「どうぞお気にせず」


 にこりんぱな撃退後、私は第二の隠れ家に移動した希と再び合流しました。
 新しい隠れ家は今度こそ絶対にバレないそうですけど、ここって第一の隠れ家と目の鼻の先の位置にあるんですよね。
 一抹の不安を感じなくもないですけど、「だからこそ意表突けるやん?」と言われてしまうとそれ以上言及できないのでだんまりです。

 再度居場所を突き止められる危険性は一旦脇に置いて、要件を済ませよう……と思ったのですが。
 先に一つ、個人的なお願いをすることにしました。


希「南ことりちゃん、ねえ」

海未「はい。数年前までこの街に住んでいた女性なのですが、また戻ってきていないか調べて欲しいんです」


 大型交差点で見かけたことりの影が本物なのかどうか。
 確証なんてなくとも、僅かでも本人である可能性があるのなら何に縋っても見つけたい。
 そんな思いで個人的な頼みを優先させてしまいました。

 穂乃果、ごめんなさい。
 突然攫われて大変困惑しているでしょうに、後回しにするような真似をしてしまって。
 本当、私は浅ましい人間です……。

 皆様は魂を焦がす程の熱い恋に身を委ねたことはありますか?
 その他全てを投げ捨て、この身全てを捧げても良いと思える、思考ではなく本能に突き動かされるような恋です。

 かくいう私は……きっと、そこまでの情熱を抱くに至らなかったのでしょう。
 誠心誠意愛しているつもりでも、相手が……ことりが望むだけの愛情を与えられずにいたのですから。


ことり『海未ちゃんはいつも私と一緒にいてくれるね』


 まだことりが街を去る以前、何気ない日常の一幕で、朗らかな笑みと共に言われたことがあります。
 私はまるで内心を悟られたように感じて、顔が熱くなってしまいました。


海未『こっ、この街は危険が多いですから! 堅気であることりを一人にはしておけません!』

ことり『ふふっ、そっか。ありがとね海未ちゃん』

海未『いえ、それほどでも……』


 とうに幼馴染みの範疇を超えた思慕の念を抱きながら、現状以上の関係に進むだけの勇気を持てず、本心から目を逸らし続けていました。
 けれどそれで構わなかった。
 これくらいが私には相応しいと自らに言い聞かせていました。

 胸の内に秘めた想いを、妥協という名の幕で覆い隠していた一方……。
 ことりは、私に見せてくれる笑顔の裏に、切実な思いを抱えていたというのに。

 あと一歩を踏み出せずにいたのは、踏み出すことで関係性が崩れるかもといったリスクリターンを計算した駆け引きではありません。
 恋路に疎く耐性も低い私は、単純にヘタレだったんです。
 どうしようもないくらい、ヘタレで、ヘタレだったんです。

>>304から続き

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ありがとうございました」

花陽「? 何がありがとうなの?」

海未「ショックを受けて停止しかけた意識を正常なところまで引き戻してくれたことに対して、です」

海未「あれ程凄まじいプレッシャーを放てるまでに成長したと、今は師の立場で賞賛させてください」

凛「……責める様な聞き方になっちゃうけど、いい?」

海未「構いません」

凛「あんなになっちゃうくらいことりちゃんが大切ならどうして手離しちゃったの?」

花陽「海未ちゃんがあんな風に泣くなんて、ビックリしちゃった」

海未「……私がヘタレなだけです」

海未「誰より強い思いを抱いている自負があるくせに、何かに後押しされるまで自分からは動くことができない、臆病者なんですよ」

凛「普段はあーんなに強いし怖いのに、ことりちゃんには何もできないなんてだらしないよ!」

海未「返す言葉もありません……」

凛「見損なったにゃ。師匠ポイントマイナス十点だからねっ」

海未「一人ではきっと立ち直れなかった……ですが、ことりは道筋を示してくれました」

花陽「先に進みたければ私たちを乗り越えてゆけ、だもんね。ゲームのセリフみたい」

海未「よく考えてみると、随分親切な助言を残してくれたものです」

花陽「そうだね。逆に言えば、私たちを倒して居場所を聞き出して迎えに来て欲しい、ってことだもん」

凛「まるで凛たちかませ扱いにゃ。度し難いにゃ。ぷんすこ」

花陽「ふふっ……だけど、ことりちゃんは海未ちゃんが勝つことを期待していても、私たちは全力で戦おうね」

凛「うん。本気で戦うことが凛たちに与えられた役目だし!」

花陽「だから、負けないよ」

海未「……はい。私も、絶対に負けません」

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 両手のハンドグローブを撃ち合わせた凛が拳を軽く掲げました。
 小さく頷いてみせます。


凛「……いくよっ!」


 私が応じたのを合図に、例の如く先制攻撃を仕掛けんと凛が真正面から突き進んできました。
 迫りくる敵を前に、高速で思考を巡らせます。


海未(これまでは凛の後方に花陽が控えていたことから、援護射撃が飛んでくる方角やタイミングが読みやすかった)

海未(ですが今回は、四方を囲む障害物の陰に隠れた花陽がどこから狙ってくるか予測できません)

海未(とは言え、冷静に考えればそう難しい戦略でもないはず)

海未(花陽が姿を隠したということは、前衛の凛を倒そうとしたタイミングで不意を突いて狙撃を狙ってくると見るべき)

海未(決定打を与えるのは花陽の役割で、凛は時間稼ぎ兼攪乱役という役割分担は普段と変わりなし……といったところですか)


 援護無しの凛を即返り討ちにするのは可能でしょう。
 ですが安易に手を出すと、こちらが反撃するタイミングで死角から飛んでくるであろう弾丸の被弾率が上がります。
 まずは狙撃を躱すことが第一と判断して、普段より慎重に応じるべく腰を落としました。

海未(きちんと注意していれば凛に応戦しながらでも狙撃に対処できます)

海未(凛単独で凌ぎ切れる限界が三十秒程度と読んで、その辺りで花陽が姿を晒しますかね……)


 なんて考えていた直後。
 凛の特攻を待たず、二時方向の高所からライフル用スコープの反射光が輝きました。


海未「えっ」


 思わずスコープの光を目で追いました。

 姿を隠したのならば隙を突くようにして死角から攻めてくるはず……。
 そんな先入観が裏切られた形になります。
 早々に、且つ大胆に姿を晒した後衛が、前衛に先んじてゴング代わりの初弾を発しました。


海未(これは予想外!)


 油断ならない花陽のライフルと言えど、射線が見えている限り避けられます。
 真横にステップした私の脇を弾丸が通り過ぎ、床を擦るチュンッという音を残しました。

 一度身を隠したのに何故花陽は自ら姿を表したのか……。
 予想外の行動に理解を及ばしきらぬうち、いつの間にか射程内に入り込んでいた凛が襲い掛かってきました。


海未(花陽に気を回しすぎました!)


 開幕から懐への侵入を許してしまった事態に動揺して、完全には捌けなかった殴打を左肩に受けました。


凛「初めて先制打奪ったにゃー!」

海未「くっ……」


 先制した凛が尚も勢い込んだ調子で拳を振り上げます。
 遅れを取り戻すべく無作為に腕を伸ばすと、今度こそ援護射撃の役割を果たす銃弾が遠方より飛んできました。
 危うく被弾しそうなところを身を捻って避けると、凛は深追いせずに距離を取りました。


海未「……読みが外れました」

凛「いつも通りにはいかないってことだよ!」


 勝ち誇った顔をしている凛を一瞥してから、その奥へと視線を投げます。
 二時方向から顔を覗かせていた花陽はライフルを下げ、タンクの陰へと再び姿を消しました。

 花陽が隠れた場所から足音が聞こえてきました。
 足音の位置からして大体五時の方角にぐるりと回ってきている……と考えたところで、おそらくブラフだと予想します。


海未「私の虚を突くことを意識しているようですね。花陽が鳴らす足音も意図的なものですか?」

凛「正解教えてあげるようじゃマフィアじゃないよ!」

海未「ぐうの音も出ない正論です!」


 再度突っ込んできた凛の打撃を捌きながら、狙撃への注意を怠らぬよう心がけます。
 四方を満遍なくカバーしているつもりでしたが、花陽の足音が最後に響いた五時の方角がどうしても気になってしまいます。
 余裕のあるタイミングで背後をチラチラと伺っていたのですが……。


海未(……中々狙撃が来ません。タイミングを計っているのでしょうか?)

海未(そもそも凛の攻めを待たずいきなり撃ってきたあたり、こちらが隙を見せるのを狙っているばかりではない?)

海未(むしろ狙撃は隙を作りだすことを意図していて、本命は凛の接近戦に託すような……)


 思考を巡らせつつ、背後を警戒しつつ、中々飛んでこない銃弾に痺れを切らしつつ。
 次はどんな手を打ってくるか……と考えていると、心ここにあらずを突くかのような凛の激しいラッシュが飛んできました。 

海未「うっ!? わっ! これは中々!」

凛「気もそぞろって感じじゃん!」


 喜々とした表情で飛び込んできた凛が繰り出す猛攻は凄まじく、狙撃を警戒したままでは十分に相手取れません。
 危険ではありますが、一時的に意識を接近戦へと集中させます。
 飛んでくる拳を受け流し、腕を取って捻り上げるタイミングを計っていると、猛攻を続ける凛の手が僅かに止まり私の背後へと視線を投げました。


海未(これはっ!)


 出しかけた腕を止め、サイドステップしながら背後を振り返り、五時方面からの弾丸に身構えました。
 ……が。


海未(……来ません! 深読みしすぎましたか!?)


 花陽への警戒心を緩めた正に今というタイミングで、狙撃が飛んで……こない。
 凛の視線も花陽へのコンタクトだと読んだのですが。

 予測が外れたことに肩透かしを喰らった思いで改めて前を向き、


海未「あ」


 よそ見していた分、凛の攻撃体勢が整うだけの猶予を与えてしまいました。
 眼前に迫っていた拳を首を振って避けるも、その動きを追尾したフックを側頭部にモロに受けてしまいました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

海未(凛が隙を作る攪乱役、姿を隠した花陽が本命……という決めつけが誤りのようです)

海未(現状、決定打を狙う役割を担っているのは明らかに凛の方)

海未(普段以上に攻勢の凛はその分反撃される危険も増しますが、ヒットアンドアウェイの要領ですぐ安全圏に退避するよう徹底している)

海未(こちらが反撃しようとすれば花陽からの援護射撃が飛んできて、凛が退避する余裕も生まれる)

海未(初めて相手取るパターンですね……しかも練度が高い!)


 決して舐めていたつもりはありませんが、それでも私の勝ちは揺るぎない、と思っていました。
 認めます。
 その認識こそが甘えであり、この場では命取りになり得るという危険性を。
 一体どこの誰でしょうね、界隈で並ぶ者無しとか敵なしとか調子乗って宣っていた厚顔無恥は。


海未(……いいでしょう)


 今度こそ、本当にいつ以来になるでしょうか。
 遠慮をせず、手段を選ばず、全力を解放して戦闘に臨むのは。


海未「わかりました。今の二人は強いです」

凛「当然だね!」

花陽「今回だけは、負けません……!」

海未「ええ。しかし負けられないのはこちらも同様。勝利を得る為、本気で挑みます!」

 私の宣誓を受けると、花陽は物陰の裏へと身を翻し、わざと足音を鳴らせながら移動を始めました。
 直後、私はもまた身を翻して、花陽が隠れた逆方向の物陰へと駆け出しました。


凛「あっ! 中央から逃げないでよ! かよちんが狙撃できなくなっちゃうじゃん!」

海未「今回の戦術が周到であることを認めます。なので対処すべく、戦術に付き合わないことにしました」

凛「ええー!? せっかく二人で一生懸命考えたのに!」

海未「確かに考えただけの価値はあります。お礼として、これを披露しますよ」


 物陰へと隠れる寸前、私は隠し持っていた愛器を取り出し、凛の目に移るよう掲げました。


凛「あ。それってまさか……」

海未「にこも含めた三人でずっと言ってましたね。いつまでも出し惜しみはさせない、と」

凛「そ、そうだけど、ここで出すのはちょっとズルくないかにゃ……!」

海未「実力を認めたからこそです。伊達にラブアローシューターと呼ばれていない証、たっぷり味わってくださいね?」


 挑戦的だと自覚してしまうだけの笑みを残し、プレス機の陰に隠れます。
 花陽同様、狙撃をする為のポイントを探って物陰を移動しながら、取り出した愛器……左手に持った弓の反りを、右手でそっとなぞりました。

海未(普段通りやり合えば、花陽の援護があっても無くても、凛が前線を維持できる限度に大差はありません)

海未(前衛が倒れた時点で後衛のみ残された花陽に勝ち目は無くなる)

海未(だからこそ、敢えて凛は一人表に残り、花陽は姿を隠した)

海未(表立った援護が無くなり、凛を倒しやすくなったようでその実、余計な気掛かりが増えたことで手を出しにくくなりました)

海未(狙撃がいつ、どこから飛んでくるかわからず、常に意識を裂かねばなりませんでしたから)

海未(注意力が散漫な状態で凛を相手取る形になってしまい、結果的に凛の生存率が高まった、という理屈ですね)

海未(姿を隠した花陽を意識させ、凛へのマークを甘くさせることで、近接戦を早期決着させぬよう事を運んできたのが今回の戦術の肝)

海未(ならば……抑止力である花陽を先に仕留めます!)


 今度こそ相手の戦術を読み切ったと確信して、弓を握る手に力が入ります。
 これならば前衛を飛ばして後衛を先に討つことができる。
 適切なポジション取りをするべく、特に聴覚へと意識を集中させながら、動かないコンベアの上を中腰で進みました。

 私が物陰へと姿を消したことで、一人中央のスペースに残された凛が叫びました。


凛「かよちん姿見せちゃ駄目! 海未ちゃん弓取り出したの!」

花陽「弓……えっ、遂に本気出したってこと!? どこに持ってたんだろ!?」

凛「わかんない! いきなり取り出してまるでマジシャンにゃ!」

海未(愛用の武器ならいくらでも隠し持てるのはマフィアの常識じゃないですか)


 声のする位置から、中央スペースを挟んだちょうど真向い、十二時方向の物陰裏に花陽が潜んでいると予測。
 細い配管が密集している地点で、隙間から覗いてますよと言わんばかりの位置取りです。


海未(配管が邪魔ですね。取り払ってしまいましょう)


 反撃の狼煙を上げるべく、ポケットからライフル銃の弾丸を取り出しました。
 自前の装備ではなく、花陽が撃ったものを拾ったリサイクル装備です。


海未(今回はこれを射てみましょうか)


 既に一度ライフル銃から発射されているので薬莢は外れていますが、火薬で撃ち出すわけではないので問題ないでしょう。
 やや小さめの飛来物を指でしっかりと挟みながら、弓に張った弦に添えました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 鋭い風切り音は一瞬のこと。
 本来の用途以上の速度と威力で射られたライフル弾はまるで線が通ったと見間違えんばかりの残影を残して飛び立ちました。

 ライフル弾は狙い通り配管密集地に突き刺さり、微塵も勢いを緩めぬまま貫通し、衝撃で配管の束がこぞって弾け飛びました。
 パァン! という炸裂音が重層的に鳴り響きます。

 最終的に、貫通した点を中心とした直径一メートル程の円が開いていました。


花陽「ひょわぁあぁあぁあぁあぁ!? ば、ば、爆発……!?」

凛「かよちん!? どうしたの!?」


 ライフル弾貫通の衝撃で消し飛んだ配管のその奥で、腰を抜かしている花陽の姿が丸見えになりました。
 潜伏している後衛の位置を暴くミッションの成功です。


海未(弓を使えば物陰も障害物も関係ありませんね)

海未(久しぶりに射ましたけれど、腕に衰えは無いようで安心しました)

凛「え……は? なにこれ? 配管吹き飛んでるんだけど?」

花陽「と、飛んできた何かがぶつかって、全部弾けて……」

凛「配管突き破る勢いで何か飛んできたってこと? 金属か何か知らないけどこういうのってすっごく硬いんじゃないの?」

花陽「海未ちゃん、弓出したって言ってたけど、今の絶対弓矢じゃなかったよ」

海未「花陽のライフル弾を弓で射出しました」


 最早隠れる必要無しと判断した私は姿を晒し、中央スペースを堂々と突っ切って二人に近づいてゆきました。


凛「はあー!? 無い無い! だって弓だよ!? 弓って矢を射るものでしょ!?」

海未「私の弓は何でも射ますけど」

花陽「例え銃弾を射ることができたとしても威力がおかしいよぅ! こんなの兵器だよ!」

海未「そうでしょうか?」


 歩きながら次のライフル弾を取り出すと、りんぱなコンビはひぃっと怯えた声を漏らしました。

凛「バ、バケモンにゃ。知ってはいたけどやっぱり規格外にゃ」

花陽「今のが海未ちゃんの本気……弓、なの?」

海未「はい。数メートル先の的にさえまともに当たらない銃より、百発百中且つどんな物でも射ることができる弓はオススメです」

凛「銃が当たらないのは海未ちゃんが下手なだけじゃん……」

花陽「こんなのおかしいよ……ズルイよぅ……」

海未「鍛錬次第でどうとでもなりますって」

凛「もうそれ弓ってレベルじゃないからね!?」


 声の調子は震え、表情もビクついていましたが、両者とも戦う気力は衰えていないようでした。
 凛は腰が引けていながらも私相手に身構え、立ち上がった花陽はもたつく足を必死に動かしながら別の物陰へと走ります。
 こちらが中央スペースのリングに戻ったことから、先の戦法で再度挑むつもりなのでしょう。


海未「私の弓を見ても降参せず戦いを続行する者はそういません。素晴らしい精神力です」

凛「ああああたりまえじゃん……! 凛たちだって本気だもん!」

海未「心意気や良し!」


 それでこそ手の内を全て晒した甲斐があるというもの。
 やはり、二人は立派に成長した、好敵手と呼べる存在ですね。

 物陰に隠れたことで姿は直接見えないながらも、大型タンクの向こうからカンカンカンと鳴り響く花陽の足音が聞こえてきます。
 大体の方角として十時方向、高所へ向け階段を駆け上がっているのでしょう。


海未「花陽はあの辺ですかね。居場所の見当がつくうちに、せーのっラブアロー」

凛「あ。かよちんあぶな」


 おもむろに二発目を構えた私を見て凛が忠告を飛ばすより、しゅーとの発声が先でした。
 超高速で射出されたライフル弾は、花陽の姿を隠している(と思われる)金属製の大型タンクに命中。
 まるでペン先で紙を突き破る際に鳴りそうなパスンパスンという軽い音を立てて呆気なく貫通し、衝撃で一メートル程の大穴をタンクの表面に開けました。


花陽「うひゃああああああああ!」


 狙い通り障害物を取っ払った向こう側に、階段の手すりを掴んで座り込む花陽の姿が見えるようになりました。
 ちょうど目前を通過した銃弾に驚いて足が竦んだといったところでしょう。
 姿を暴くことに成功し、今度こそ仕留めるつもりで、三発目のライフル弾を弦に添えました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「これでいいでしょう」


 新たな射出用武器を手にした私は今度こそ花陽を仕留めるべく、十時方向の高所へと向き直りました。
 ギヂギヂギヂと弦を引いて狙いを定めると、タンクに空いた大穴越しにライフルでこちらを狙う花陽の姿とかち合いました。


海未「次の獲物は少々サイズが大きいので、先程以上に驚かせてしまうかもしれません」

花陽「……逃げないもん……!」

海未「……強くなりましたね」


 気弱な彼女の精神的な成長に笑みを一つ落として、即座に表情を引き締めます。
 本気の武器を持ち出した時点で容赦は一切無し。
 これで決めます。


海未「ラブアロー…………シュートッ!」


 私の射出に合わせ、花陽のライフルも火を噴きました。

 同時に、同一軌道上に射出された鉄パイプと銃弾でしたが、衝突もしなければ交錯することもありませんでした。
 花陽が放った初速1500m/sという高性能のライフル弾は、しかしそれ以上の威力で飛来する鉄パイプが生んだ圧を受けて起動を大きく逸らし、明後日の方角へと消え去りました。
 結果的に私の狙いだけが正確にヒットし、花陽の足元を通り抜けた鉄パイプは階段を粉砕して、足場を失った花陽は悲鳴を残して落下していきました。

凛「か、かよちん……」


 胸を抑えていた凛は、花陽が撃ち落とされたのを見て小走りに駆け出しました。
 私も後を追い、大型タンクの裏側へと回り込みます。


凛「かよちんっ! 大丈夫!? 怪我したの!?」

花陽「……あ……足と、ライフルが……!」


 破壊された階段の残骸が散らばる中、凛に介抱されている花陽の苦悶の表情がありました。
 床に座り込みながら、両手で足首を抑えています。

 少し離れた場所には花陽愛用の狙撃用ライフルが無造作に転がっていました。
 落ちた衝撃からでしょうか、銃身が曲がっています。


海未(勝負あり、ですね)


 最早使用不可能となった後衛武器を見れば、決着の合図と見て差し支えないでしょう。
 私は手にしていた弓を懐に収め、本気の戦闘モードを解き、二人の下へと歩を進めました。

 私の接近に気付いた凛と花陽が顔を上げました。


海未「二人ともよく頑張りました。本当に強、く…………?」


 労いの言葉は途中で止まりました。

 十五メートル程距離を開けた前方で、立ち上がった凛がファイティングポーズを取っていました。
 花陽もまた足を引きずったまま床を這い、転がっていた狙撃用ライフルを掴むと、曲がった銃口をこちらに向けてきました。


海未「……」

凛「まだだよ……!」

花陽「私たち……まだ、負けてません……!」

海未「……良いのですね?」


 抵抗を続けると言うのなら、こちらの攻め手を尚受けねばならぬということ。
 陣形を崩され、再び態勢を整えるだけの余地を奪われた二人に勝機が無いことは、誰よりも本人たちがわかっているでしょうに。


海未(……問うまでもありませんでしたか)


 理屈をどうこう述べたところで、生半可な結果で収まる話ではない。
 明確な決着がつくまで抗うのを止めない。

 それだけの覚悟は、戦う前から見せつけられていましたから。

 無言のまま凛と花陽が意思疎通をしたように、私も余計な発言を控えましょう。


海未「わかりました」


 抵抗を続ける敵勢に明確な決着を示し付ける為、侵攻を再開しました。

 私が踏み込んだのを合図に、花陽を庇うようにしていた凛が突進してきました。
 後方でライフルを構えた花陽の姿が凛の接近に伴い隠れます。


海未(援護が無いことも、援護できないことも、承知の上……ですね)

海未(文字通りの無鉄砲でも一切揺るがぬ信頼感。素晴らしいものです)

海未(その心意気に敬意を表して……!)


 凛の拳を捌いて一撃で返り討ちにする。
 即座に距離を詰めて花陽を組み伏せる。
 一連の流れをイメージしながら、微塵の遠慮なく決めてしまおうと腕を上げました。

 声は同時でした。


「かよちんっ!」「凛ちゃんっ!」


 互いを呼ぶ声がシンクロすると共に、至近距離まで迫っていた凛が走りながら身を捻り勢いよく回転しました。

 何故名を呼ぶのか、何をするつもりかと目を細めて、


海未(あ)


 凛の回転に合わせ、一度は隠れた花陽の姿が今一度映りました。
 足元には銃身の曲がったライフルが捨てられ、代わりに……一回り小さい別のライフルが握られていました。

 消音目的のサイレンサーが取りつけられた銃口は明らかに私へ向けられて……。
 捻るようにして避けた凛の体スレスレを通って高速の影が飛んできて……。


海未(相談も合図も一切無しに……!)


 これまで狙撃を避けてこられたのは、射線やタイミングを把握していたからこそ。
 寸前まで凛の体で隠れ、且つ有り得ないと決めつけていたところから飛んできた銃弾なんて、反応することができません。

 視認した直後には背後へと通り過ぎていった銃弾は、私の腰を掠め、衣服の一部を引き裂いていきました。

海未(はず、れ、た、)

凛「うあああああああ!」

海未「!?」


 体を掠めた銃弾を追って腰へと落とした視線を即座に戻します。
 必死の形相で迫る凛が、花陽の弾丸が裂いた衣服の辺りに腕を突き出してきました。


海未(まずい)


 本能的に危機感を覚え、伸びてきた腕に被せるようにしてこちらも腕を付き出し、掌底を凛の頭部に叩き込みました。


海未「っつあっ!」

凛「ぁがっ…………ぁぁぁあああああああ!」


 ヒットはしたものの、身を低くして飛び込んできた凛の額の端を抉るような打撃に留まり、突進の勢いを止めることはできませんでした。
 強引に懐まで潜り込まれ、露わになった私の腰に凛の指先が触れます。


海未「させ……ませんよっ!」


 膝を思いきり突き出して、今度こそ凛の腹部に完璧に命中させました。
 声にならぬ息が漏れるのを間近に聞きながら、動きが止まった小さな体を掴み、力いっぱい投げ飛ばしました。

海未「はあっ、はあっ、はあっ……」


 意表を突かれながらも結果的に無傷で終え、しかし荒ぶる呼吸を抑えられぬまま、倒れる二人を注視しました。


凛「がはっ……! げはぁっ……!」

花陽「凛ちゃん……!」

凛「ゲホッ、ゲホッ…………もう、意表突けないね……凛たちの負け、だよ……ケホッ…………だけど……!」


 腹部を抑え、苦しそうに悶えながら地べたに這いつくばる凛でしたが、上げた顔は晴れやかでした。
 口元に笑みを張りつけ、その手に掴んだものをこちらに見せつけてきます。

 引き裂かれたチューブでした。


海未「…………やって、くれましたね……!」


 凛とは違って、私が口元に浮かべた笑みは苦み混じりのものでした。
 銃弾によって裂かれ、露出した腰の辺りを手探りで確認すると、ジワリと広がる湿り気が伝わってきます。


海未(ああ……)


 腰に取りつけていた唾液ストックの補給器具から、チューブが奪われていました。
 チューブを通して私の体内へと取り込まれていた唾液溜まりは経路を失い、ポタリポタリと床に流れ落ちました。

海未「…………ぅっ……くっ……!」


 ドクが用意してくれた補給装置によって辛うじて健常を保っていた私の体に、やがて予期した通り、抗いきれぬ不快感が駆け巡りました。
 体内成分の補給が断たれたことによる毒の影響です。
 怪しくなる平衡感覚に耐えながら、苦痛を訴え出す胸を強く抑えます。


海未「狙いは、これでしたか……!」

凛「今の海未ちゃん弱点抱えてるようなものだもん……ケホッ。狙わないと駄目でしょ?」

海未「ええ。敵の弱点を見過ごすようであれば……っ……お説教ものです」

花陽「ことりちゃんにね、医療器具だけは破壊してってお願いされてたの」

凛「ホントはちゃんと倒したかったけど、本気出されたら難しいや」

花陽「でも、与えられた役目は果たしたよ!」

海未「まさか予備のライフルとは……うぷっ。そうですよね、愛用武器ならいくつでも隠し持てるのは常識ですよね……」

花陽「凛ちゃんを誤射する危険を怖がらないで自分の腕を信じなさいって、海未ちゃんが言ってくれたから撃てたんだよ」

海未「確かにそのような助言もした気がします」

凛「凛はかよちんならできるって信じてたよっ!」

海未「信頼感が為せる業ですか……ぐ、ぅ、ぅっ!」


 覚束なくなった足元に耐えかねて膝を付きました。
 これで、戦場に最後まで立ち続ける者はいなくなりました。

海未(……参りました……早く、毒を中和しなければ……!)


 体内成分の補給が途絶えたことに加え、りんぱな戦の負担が吹き出したのでしょうか。
 私の体は一瞬にして言うことを聞かなくなり、手足の末端部の震えが収まらなくなりました。


海未(今までで一番マズイ…………感覚も……視界までも、朦朧と…………)

海未「ふぅっ…………ふぅっ…………」

凛「海未ちゃん……」

花陽「凄く苦しそう……」


 床に倒れ込みながら苦痛に耐えていると、凛と花陽のものと思われる影がぼやけた視界に映り込みました。
 私と違って未だ身動きが取れるのならば、とどめを刺す余力も残っている、ということでしょう。


海未(師を超える弟子の喜びを知る時は……やはり、今日だったわけですか……)

海未(……それも良いでしょう……この二人ならば……)

凛「じゃーんけーんぽんっ」

花陽「あーいこーでしょっ」

海未「……?」


 脂汗ダラダラ流しながら妙な悦に浸っていたら、頭上で二人が何か戯れ始めました。
 発言からしてじゃんけんでしょうけど……え、じゃんけん?
 何やってるんですこんな時に? とどめ刺す役割でも争ってるんですか? どちらでもいいのでさっさと決めてくれませんかねさもなければ毒に引導渡されてしまうんですけど?

海未「あ、あ、あの。一体何を、ぅーぷす」

凛「あ。勝っちゃった」

花陽「負けちゃった……じゃ、じゃあ凛ちゃんから、どうぞ」

凛「うん、わかった……!」

海未「決まったなら早くぉええっ早く楽にしてくださぅおええええっ」

凛「海未ちゃん! いただきますっ!」

海未「はい? いただきますとは?」


 私は食べ物ではないのですが、という指摘はこの場に限って誤りとなりました。
 正しく食物として貪られる形で、顔をぐわしと掴んできた凛によって私の口周りはガブリと美味しく頂かれてしまいました。


海未「んごおおおおお痛い痛い痛い痛い!」

凛「うん?」

海未「歯刺さってます皮膚に刺さってます噛まないでくださいぃぃぃ! 感覚無くなりつつあるのに痛いってどれだけ強く噛んだんですかっ!」

凛「ご、ごめん緊張してホントに食べ物みたいにしちゃった! じゃあその、今度こそ!」

海未「んんんぅっ!?」


 一度離された口が今一度近付き、今度こそ食べ物としてではなく人として、凛に唇を奪われました。

海未「ん…………んんっ…………!」


 先程齧られた口周りはジンジンと痺れを発していましたが、口付けされたと認識した瞬間、痺れは甘美な物へと転化しました。
 口周りだけではなく、凛の口腔内から流し込まれる唾液からもまた何とも名状し難い甘さを覚えます。
 ああ、この味は……この味わいはぁ…………!


凛「……………………んっ。……こ、これでいい、のかな?」

海未「ぷはっ…………ふっ……ふっ……ど、どうして凛が、」

花陽「じゃあ次いきます!」

海未「んふうぅっ!?」


 バトンを受け継いだ花陽に口を塞がれ、こちらの問いかけは途絶えてしまいます。
 続けざまの奇襲に脳をクラクラさせているうちに、体が毒に侵食されるのとはまた異なる感覚でもって、私の唇が溶けてゆきました。

 甘く、甘く、とろけてしまう……。
 二人の愛弟子から受ける、極上の甘露……。

 ……一分ほど間を設けて。


凛「…………」

花陽「…………」

海未「…………」


 エラく気まずい空気に取り込まれた私たちは無言で佇むしかありませんでした。

 いやまあ二人の意図は流石にわかりますよ?
 そうは言っても、さっきまで武器持って殴る蹴る撃つ射るしてた間柄が一転してコレですし。
 奥手で無知な私が知った口利くのも身の程知らずでしょうけれど、ムードがミスマッチと言いますか、落差が激しすぎると言いますか……。


凛「も、もう体は平気、かな?」

海未「……まあ……お陰様で、立て直しには成功したようです」


 精神的には全く立ち直ってはいませんけど。
 何にせよ、毒の浸食を受けていた私の体は、二人のキスを通じた体内成分の補給によって一時的な小康状態を取り戻していました。

花陽「よ、よかったあ……!」


 目を泳がせるばかりだった凛と花陽はひしと抱き合うと、双方倒れないよう互いに体重を預けるようにして支え合いました。


凛「ちゅーしちゃったー! 凛も海未ちゃんとしちゃったー!」

花陽「キマシちゃったー! 私までキマシちゃったピャアアアアアアアアアアア!」

海未「自分以上に狼狽えている様を目の当たりにすると嫌でも冷静になってしまいますね……」

凛「だってだってちゅーだよ!?」

花陽「解毒の為ってわかってるけど緊張するよう!」

海未「そりゃ私だって緊張くらいしますよ! あと二人とも今日の食事炭水化物でしたね!?」

凛「え、どうしてわかったの?」

海未「凛からはラーメンの味がっ! 花陽からはお米の味がしたからですよっ!」

花陽「キャー! 味って言われると余計に恥ずかしくなっちゃうー!」

海未「せっかくキスするのならもう少し雰囲気出る味にしてくださいよっ!」

凛「キスって言わないでえええ余計に意識しちゃうにゃあああああ!」

 三人して体プルプルさせながら狼狽えて、廃工場内に響き渡る悲鳴が木霊となって返ってくるのを耳にしてから、ようやく気持ちが落ち着いてきました。


海未「……ここまで全て、ことりの指示通りというわけですね」

凛「うひゃーうひゃー…………うん。そうだよ」

花陽「海未ちゃんが私たちに勝つのも、補給機器壊すのも、キスして復活させるのも、全部ことりちゃんの計画通り」

海未「でなければせっかく生命線を断ったのに、生き永らえさせるような真似しませんよね」

凛「戦う前に言ったじゃん。ことりちゃん伝言残したって」

花陽「ことりちゃんは海未ちゃんに迎えにきて欲しがってるんだよ。ここで倒れてお終いにはならないよ」

海未「ボスの指示とはいえ、よかったのですか? せっかく私を追い詰めたのに勝利を手離して……」

凛「だって……ことりちゃんもそうだけど、海未ちゃんの力にもなりたいもん」

花陽「二人の為になるって思ったから、一生懸命頑張れたんだよ」

海未「私の、為にも……」

凛「これで凛たちの役目はお終い、っと。……ぅぅっ」


 私が復調するのと入れ違いに、凛と花陽はその場に蹲りました。
 各々腹部と足首、負傷した箇所を押さえています。


海未「まだ怪我が……!」

凛「もうしばらく動けないや……へへっ。効いたなあ……」

花陽「私も……」

海未「すみません。手加減ができず、負傷させてしまいました」

凛「それだけ凛たち善戦したってことだよね。へっへー参ったか!」

海未「……本当に強かったですよ。奥の手まで引き出されたのですから」

花陽「海未ちゃん、もう動ける?」

海未「ええ。大切な二人から頂いたキスです、活力が漲ってきますよ」

凛「恥ずかしいの我慢してちゅーした甲斐があったね。……ぁぁぁあ思い出したらまた照れるーうひー!」

花陽「じゃあ海未ちゃん、私たちのことはいいから早く行ってあげて」

凛「うひぃー……待ってるはずだよ。この奥でずっと待ってるから」

花陽「私たちを倒して迎えに来てくれるのを……ことりちゃんが、待ってるよ」

―――


海未(……この先を上がって、そこから……)


 体は重い。
 小康状態と言えど十分な回復とまでは至らず、四肢は怠く胸は苦しい。
 体内成分の補給機器を断たれ、いつまた限界を迎えてもおかしくない我が身に心配は尽きません。

 けれどまだ動く。
 凛と花陽が私を生かしてくれた。
 二人から授かった生命の炎を燃焼せさながら、教えて貰った通りの手順で廃工場の階段を駆け上がります。


海未(予想以上、いえ、むしろ予想通りと言うべきでしょうか。随分時間をかけてしまいました)

海未(早く駆けつけなければ後で絵里に叱られてしまいます)

海未(この身が動くうちに合流し、穂乃果たちを助け出し)

海未(そして、全てを計画したということりの下へ……!)

 二階へと続く階段だけでも何度か踊り場を曲がる必要がありました。
 幾度かの折り返しを経て、ようやく次の階層に上がり、通路の先に両開きの大きな扉を見つけたのですが……。


海未(……やけに騒がしい)

海未(階段を上がるに連れて俄かに声が聞こえてきましたけど、あの扉の向こうからのようですね)
 
海未(それも、想像以上に激しい喧騒。一体何が?)


 胸騒ぎを覚え、駆け足のまま飛び込むようにして扉を押し開けました。


海未「わっ!」


 扉を開いた先に待っていたのは……見渡す限りに散らばる、人、人、人。
 二階のフロアいっぱいに広がる空間の中で、何十人、あるいはそれ以上の人だかりが、野蛮な雄叫びを上げながら蠢いていました。

海未(この人だかり、面構えからして全員マフィアの構成員ですね)

海未(構成員が喚きながら室内を行ったり来たり……何者かを追いかけ回している?)

海未(私を待ち構えているというなら話はわかりますけど、他に追いかけ回す対象がいるとでも……)


 しばし考え、ややあってからハッと息を呑みました。
 人だかりの中へと突っ込み、マフィアの服を掴んでは投げ飛ばしを繰り返して奥へと急ぎます。


海未「どいてください! 奥に通して、わっ、たっ、ちょっ…………邪魔です! どきなさいっ!」


 途中から面倒になって、投げ飛ばすのではなく完全に意識を失わせるだけの攻撃をかまして一人また一人と叩き潰しながら突き進みました。
 私の存在にマフィア連中も気付いたようですが、その手の輩も全員返り討ちにします。

 十名程倒したところで人壁の一部を切り崩すことに成功し、ようやく集団の中心へと辿り着きました。


海未「やはり……!」


 マフィア集団から逃げ回っていたのは、三人の女性でした。

海未「絵里っ! 無事ですか!?」

絵里「……う、海未……」


 集団に囲まれた中央では、一目で満身創痍とわかるボロボロな姿になった絵里の怪盗ファッションがありました。
 酷く痛ましい格好でありながら、背後には二人の女性を守るように控えさせています。


雪穂「海未ちゃんっ! 来てくれたんだ……」

海未「辛うじて間に合いましたか」

亜里沙「お姉ちゃん、あの人は……!?」

絵里「大丈夫……味方よ」


 絵里の背後にいる人物のうちの一人は雪穂、穂乃果の妹です。
 もう一人は、状況からして絵里の妹である亜里沙という女性でしょう。

 三人の下へ駆けつけ、遅れた詫びや初対面の挨拶等諸々行いたかったのですが、当然それどころではありません。
 標的が三人から四人に増えたところでマフィアたちは何ら躊躇する様子を見せず、私たちを取り囲む輪が一気に狭まりました。


海未「とにかくこの者たちを殲滅します! 絵里は可能なら自分の身だけは守ってください!」

絵里「ここまできたんだから、足手まといにならないくらい粘ってみせるわよ……!」

 そこからの戦闘を詳しく述べるのは難しいです。
 数の暴力で強引に押し込まれたことでひと時たりとも休むことができず、物思う余裕などまるで与えてくれなかったのですから。

 堅気である雪穂と亜里沙は戦力として計算できません。
 絵里も散々削られたようで、非戦闘員の二人を守るので手一杯。
 なので実質的に私一人でこのフロアに犇めく構成員集団を相手取らねばなりませんでした。


海未「はあああああああああああああああっ!」


 今さっき封印を解いたばかりの弓も当然のように使用しました。
 それでも数に物を言わせた肉壁の圧は凄まじいもので、秘蔵の弓でも押し返し難く、幾度も窮地に陥りました。
 ですが、何としてでも倒れるわけにはいきません。


海未(ここで倒れたらことりに会いにいけない……!)

海未「ラブアローシュート! シュートッシュートッシュートォォォォォッ!」


 当初は自前の弓矢を射ましたが、無数に用意していたはずの矢もやがて尽きました。
 以降は敵から奪った拳銃をそのまま弦に当てて放ったりと、目につくものをひたすら無作為に射続けました。
 いつの間にか弓を奪われてからは徒手空拳で一人一人薙ぎ倒していきました。


海未「せいやぁっ! 次っ!」


 体重が私の倍もありそうな巨体を投げ飛ばし、次の獲物はどこかと周囲を見渡すも、目につく標的を見つけられず狼狽えます。
 ですがなんてことはない……。
 気付けば、何十人それ以上と群がり蠢いていた構成員は全員地に伏し、電池切れのおもちゃの如くピクリともしていませんでした。

海未「はあっ…………はあっ…………終わった……?」


 数分前まで飛び交っていた怒号が嘘のように静寂が場を支配しています。
 無我夢中のままに戦った結果、圧倒的な数的差を跳ね除けて勝利をものにしたようです。


海未「勝ちました、か……」


 念のために周囲を確認して、改めて敵残存勢力が尽きたことを確信します。
 緊張感が抜けたことで虚脱感に襲われた私は膝を地面につきました。


絵里「……全員倒したの?」

海未「ええ……ぅぐ……み、みんなは、無事ですか……」

絵里「何とか。海未こそ全身に怪我を……」

海未「怪我は平気です……なんてことありません……けど……っ!」


 そのまま四つん這いになった私は、吹き出してくる嘔吐感を必死に堪えました。
 激しい戦闘で摩耗した結果、一旦は回復していた肉体は早くも毒の浸食に苛まれるデッドゾーンへと引き戻されてしまいました。


海未(本当にキツかった……平の構成員でも中々やるじゃないですか……元上司として褒めてあげたいくらいです)

海未(けれど、せっかく凛と花陽が回復させてくれたのに、もう限界を迎えてしまいました……)

海未「ぅ、う…………んぉ、がふ……ふぅっ…………!」

雪穂「大丈夫!? どこか痛いの!?」

亜里沙「しっかりしてください!」


 倒れ伏した私の力ない体を雪穂と亜里沙が抱えてくれました。
 二人の市民の無事な姿を目にしたことで、身を挺して守った甲斐があったと少し救われた気になります。


海未「怪我じゃないんです……今、ちょっと、訳ありでして……」

絵里「まさか、前に言ってた毒の影響?」

海未「御名答、です……ぐっ、げええええっ!」


 不快を訴える肉体が遂には痙攣し始め激しく暴れ出します。
 ただ事ではない異様さを見せつけてしまったことで、事情を知らぬ二人を怯えさせてしまいました。


雪穂「なにこれ、どうなってんの!?」

亜里沙「大変……まるで死んじゃいそう……!」

絵里「……二人ともどいてちょうだい」


 死にかけの私に向かって、こちらもまた全身ボロボロの絵里が這い蹲りながら近寄ってきました。
 二人の腕から私の身柄を受け取ると、そっと頬に手を伸ばしてきました。

海未「……はぁっ、うぅっ…………え、絵里……」

絵里「毒なんでしょ、それ。私が何とかするわ」

海未「…………で……ですが……ぐごぁっ!」

絵里「命の恩人だもの、構わない。それにこれでようやく贖罪ができる」


 顔中傷や血まみれであっても、慈愛に満ちた表情を見せる絵里はとても美しく映りました。
 こちらもまた人のことを言えぬくらい傷だらけな私の顔に近付いて、震える私の唇に、そっと絵里のものが重なりました。


雪穂「ひえっ!?」

亜里沙「お姉ちゃん!?」


 事情を知らぬ二人が驚く様を脇目にしながら、唇を通じて流される唾液を嚥下しました。


海未「ん…………」


 これまで経験してきた中で最も静かなキス。
 互いに目を閉じて、口元から流れる生命の雫を全身で感じるよう意識を集中させる。

 少々苦み走った唾液の味はこれまでにない慣れぬテイストでした。
 それは、彼女の成熟した人柄を表しているものなのか、あるいは怪盗という難儀な立場を選んだ彼女が辿ってきた人生の味なのか……。
 妙に詩的なことを考えながら、私は長い時間絵里と唇を重ねていました。

絵里「…………ふぅ……」

海未「……」


 何時までも続けていたいと思える至福の時間は、絵里の方から身を退いたことで途絶えました。
 ややもすれば名残惜しさを感じてしまう気持ちを抑えつつ、何とか動ける程度に回復したことを確認します。


海未「……何と言っていいか、上手く表現できませんけど」

絵里「別に、無理して言うこともないわよ。照れちゃうじゃない」

海未「はい……ありがとうございました」

絵里「どういたしまして。まったく、本当破天荒なんだから……」


 先程までと入れ違いになる形で、今度は絵里がその場に伏しました。
 慌てて抱きかかえた体からは、痛めつけられた影響からか高熱を感じます。


海未「こんなになってまで私を……」


 見れば見る程絵里は全身傷だらけでした。
 私が追いつくまで、概算百名の敵勢相手にどれほど過酷な戦いを耐え抜いてきたのか思い知らされます。
 それでも、私に命を分け与えてくれた恩人が浮かべる笑みは、朗らかなものでした。

絵里「腰のそれ……唾液ストックの器具、破壊されたのね」

海未「はい。してやられました」

絵里「やるじゃないあの二人。ただの敵って関係でもないんでしょう?」

海未「そうですね……弟子でもあり、元部下でもあり、現在の宿敵です」

絵里「色々あるのね。ふぅっ……ぅっ……!」

海未「絵里! もう大丈夫です、休んでください」

絵里「そうさせてもらうわ。海未への贖罪もできて、役目は終わったもの」

海未「贖罪……」

絵里「幼馴染みを誘拐した償い。本来私は義賊なの。なのに今回は道理に合わない悪事に手を染めた、そのお詫びをしないとってずっと思ってた」

海未「……有り難く受け取っておきます」

絵里「あと悪いんだけど、そこの二人に今の行為の説明もお願い。もう喋るのも辛いから」

海未「え? ……あっ」

雪穂「ふえぇ……チッスしたよこの人たち……こんな時になにやってんの……」

亜里沙「ハルゥゥゥァショォ……!」

海未「そうでした。あのですね、これには海より深いどころか地殻とマントルを貫き核にまで至る程にディープな事情がありましてね……」

 絵里を介抱しながらごく端的に私の毒について説明を行い、謂れのない風評被害が生じる危険性をせき止めました。


海未「という事情なのです」

雪穂「えー……まあ、うん……いややっぱり……えぇぇ、なにそれ?」

海未「納得してくださいよ! と、ところで穂乃果は一緒じゃないのですか?」

絵里「私が助けに行った時点でいなかったわ」

亜里沙「あ、穂乃果さんなら大丈夫みたいです! いつの間にかどこかに行ってました!」

海未「先に脱出したのですか?」

雪穂「……あ、繋がった。はい、電話の相手お姉ちゃん」

穂乃果『もしもし海未ちゃん? もー待ちくたびれて先に逃げちゃったよ擦れ違いじゃん!』

海未「すみません、想定以上に苦戦してしまいまして。それよりも無事なのですか?」

穂乃果『うん! 安全なところにいるから!』

海未「よかった……!」


 懸念事項だった穂乃果の元気そうな声を聞いて安心しました。
 私のせいで巻き込んでしまった大切な幼馴染みに大事無く済んで、ようやく胸のつかえが取れた思いです。

穂乃果『ね、海未ちゃん。ことりちゃんのことだけど』

海未「穂乃果も会ったのですね。……はい、これから向かいます」

穂乃果『心の準備、もう、できてる?』

海未「ようやく会えたのですから。もう、逃げません」

穂乃果『…………うん。ことりちゃんの為にも頑張ってね!』

海未「ありがとうございます。ではまた、後ほど」

絵里「穂乃果が無事なら、あとはことりだけね」

海未「ええ。私は奥に進みます。三人は先に脱出してください」

雪穂「こんな物騒なとこ早く逃げたいよー」

海未「あと亜里沙は、またの機会にきちんと挨拶しますね」

亜里沙「はいっ! また今度ゆっくりお話したいです! とっても素敵でした……!」

海未「? では行ってきます」

絵里「健闘を祈るわ」


 最後に絵里と軽く手を握り、三人と別れました。
 拭いきれぬ倦怠感に耐えながら、足を引きずるようにしてフロアの奥を目指しました。

―――


海未(説明の通り、まずは最上階へ……)


 廃工場の隠し部屋に向かうべく、所定の手順に従い、フロア奥に並ぶエレベーターに乗って最上階を目指しました。
 移動に伴う小さな振動だけでも全身を激しく揺さぶられるような感覚に襲われ、気分が悪くなります。
 この体も相当に消耗しているということなのでしょう。


海未(当然の話、ですよね)

海未(何度も死の淵を彷徨っては何人もの助けを借りて、辛うじて生き永らえているのですから)

海未(もう少し……もう少しだけ、持ち堪えて……)


 最上階に到着したエレベーターの扉が開くのを確認すると、説明を受けた通り停止ボタンを押します。
 エレベーターの動きを止めてから、階層ボタンの脇にある表記の無いボタン二つを同時に押しっぱなしにします。
 ややあってからブザーが鳴り、目的の階層を指定しないまま扉が閉まりました。


海未(随分手間のかかる方法を取ったものです)

海未(けれど、これでは確かに、凛と花陽を倒して居場所を聞き出す必要がありましたね)

 最上階を示していた階層表示が一つずつ下っていきます。
 ゆっくりと降下する箱に揺られながら、壁を背にしてしゃがみ込みました。
 三階、二階、一階と下がり、更にそのまま地下深くまで下降する間にも、体調は悪化し続けました。


海未(…………もう、少し…………もう少し……だけ……)


 鼓動が痛いくらいに大きい。痛い。胸が痛い。
 心臓が痛い。
 きっと緊張しているからだ、ことりに会えるからそのせいだと、自らに言い聞かせて誤魔化します。

 嫌に長く感じる数十秒の移動を経て、ようやくエレベーターが止まりました。
 開いた扉の外に向かって、最早立ち上がることさえできなくなった体に鞭打ち、地面を這いながら進みます。

 到着した先は、正しく隠し通路とでも呼べそうな暗く細い通路と、更に下へと続く短い階段。
 通路を這って進み、階段の下を覗き込むと、下りた先に見える部屋から漏れ出す明かりが階下を照らしていました。


海未(きっとあの先にことりが……)


 動かない足の代わりに腕を下ろし、段差の角に腹部を擦りながら一段一段降りていきます。
 しかし、そんな不安定な体勢を力の入らない両腕で支えることなんてできなくて、数段降りたところでバランスを大きく崩しました。

海未「あっ……」


 落ちる、と思った時には既に遅い。
 ろくに受け身も取れぬま階段を一番下まで転げ落ちました。

 何度も何度も視界が回転し、動きが止まってからも、目に移る世界はグルグルと回り続けたまま。
 全身を強かに打ち付けたはずなのに、痛みを感じないのが不思議でした。


海未(……何も、感じない……)

海未(ですが今は、むしろ幸い、かも) 

海未(苦労して階段を下りる手間が省けた……あとは……あの部屋に行くだけ……)


 次に取るべき行動を認識していても、意思に反して体は動く気配がありません。
 急に瞼を重く感じて、天井を仰ぎ見る視界が閉じていきます。


海未(…………まだ…………休むわけには……………………)

海未(まだ…………………………………………)


 抗おうにもどうしようもない。
 暗転した視界の中に全てを埋没させた私は、闇の中に幻のことりの笑顔を見ながら、意識をゆっくりと沈めてゆきました。

 
 
 
 ――――――――――――――――――






 無





 の、中で。

 熱を感じた気がしました。



 今日だけでも何度も味わい、最早慣れ親しんでしまった……。
 いえ、少し違う。

 これは、他のものにはない、確かな懐かしさを帯びている、親愛に満ちた…………。

海未(…………ぁ…………いけません)


 目を開いた私は、薄暗い通路に倒れて天井を仰ぐ自分の姿を再認識しました。
 意識が途絶えていたのか、微かな光だけでもとても眩しい。

 俯せに体勢を変える間、唇に指を添えたのは無意識でした。


海未(今のは一体…………いえ、それよりも)

海未(あと少しなんです、動いてください私の体……!)


 いつ限界を迎えてもおかしくない程の不調は相も変わらず。
 ですが何故だか、目前の部屋までは辿り着けるという確信がありました。
 全てを救いはしない、けれど最愛の相手まで辿り着くまでの余地は与えてやろう……そんな情けを神が与えてくれたかのように、力が漲ります。


海未「はぁ…………はぁっ…………!」


 残る力を振り絞り、腕を突き出し、地を這って体を前に運ぶ。
 少しずつ、本当に少しずつ進むうちに、待ち受ける部屋から漏れる光もどんどん眩しくなってきて、目を細めます。

 やがて辿り着いた先は、煌々と光る室内灯に照らされた、真っ白な部屋。


海未(……あぁ……ようやく……)


 白い世界の中心には、一人佇む、ことりの姿がありました。

―――


海未『マフィアの蔓延る物騒な街に住んでいて、怖いと感じることはありませんか?』

ことり『平気だよ。海未ちゃんが守ってくれるもん。でしょ?』

海未『え、いやまあそれは、努力はしますけど……』

ことり『もうっ、そういう時は嘘でもはっきり言ってほしいなぁ』

海未『……も、勿論です! 私がいますからことりは大丈夫です!』

ことり『わ、いつもと違って大胆な発言。お酒入ってるの?』

海未『飲んでなんていませんよっ! せっかく勇気を出して言いましたのに……』

ことり『うふふっ、わかってるよ。……信じてる』

海未『え?』

ことり『何があっても海未ちゃんがいれば大丈夫、って』

海未『……はい。例え何があろうとも、どのような障害が阻もうとも、私がことりの側にいます』

ことり『うん。どんなことがあっても、海未ちゃんが来てくれるって信じてるから……』

―――


ことり「……来てくれたんだね……海未ちゃん」


 光の中に立つことりは、どこか切なそうな表情をしていました。
 そっと、私を迎え入れるように、その場で軽く腕を広げます。


ことり「ほら、もうちょっとだよ。私はここだよ」

海未「…………今……行きます……」


 ことりに招かれて、少しだけ元気が出た気がしました。


海未(やっぱり、ことりは待ってくれていた……)

海未(本心から私を拒んでいるわけではなかった……だからこそ、街に戻ってきてくれたんです……)

ことり「海未ちゃん、本当に凄いんだね」

ことり「薬を打たれて死にそうなはずなのに……大変な目にもたくさん遭ったはずなのに……」

ことり「それでも私のところに来てくれた」

海未「……私……実は、結構腕の立つ……元マフィア、でして……」


 何とか笑顔に見えるよう口角を上げて、再び地を這い進みます。
 あと、たった数メートルが、遠い。
 また、心臓が、痛い。

 だけど大丈夫……絶対に辿り着いてみせる……。
 やっとここまで、ことりの側まで、来ることができたのだから。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

ことり「海未ちゃんが本当は凄い人だってことはね、街を離れてから色々調べて知ったんだ」

ことり「それまでは幼馴染みの顔しか見せて貰えなかったけど、一方ではとっても凄いマフィアなんだって」

ことり「そんな人を思い通り動かしたいなら、全てを捨てる覚悟で臨まないといけないってわかった……」

ことり「たくさん迷って、悩んだけど、決めたんだよ。今回の計画を実行することを決めたの」

海未「……全て……ことりの、計画……だったのですね……」

ことり「そうだよ。全部私が考えたこと」

海未「よければ、聞かせてくれませんか……ことりの計画……考えたこと、を……」

ことり「いいよ。海未ちゃんがここまで辿り着けるか、その前に力尽きるのか、結果が出るまでの時間潰しだね」

海未「こんな、距離……はぁっ……すぐ、辿り着いて、みせますよ……」

ことり「期待はしてるよ。でも信用はしないって決めたの」

ことり「どこまで本気なのか、行動で示してくれた結果を、信じるから」

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

ことり「今回の騒動を起こした目的は、海未ちゃんがどこまで本気で私のことを思ってくれているか確かめる為だよ」

ことり「曖昧な言葉や態度じゃない、本当の気持ちを確かめたかった」

海未「本当の気持ち……っ……ですか……」

ことり「私ね……海未ちゃんのことわからなくなっちゃったの」

ことり「お互いに思い合ってるって、心から信じてたのに……キスしてくれないのが悲しくて……」

ことり「穂乃果ちゃんとならできるのに、私とはできないって、そう言ったから」

海未「……キス……」

ことり「海未ちゃんがそういうことに堅い人だってことは、わかってるつもり」

ことり「けどもう半端な関係じゃ耐えられない!」

ことり「何もかも失うとしても、はっきりした答えが欲しかった!」

ことり「だから……他の全部を無視して、海未ちゃんからキスして貰う方法だけを考えたの」

ことり「本当に私のことを好きでいてくれて、キスを拒む理由がなくなれば、してくれるはずだって思ったから」

海未「その為の手段が、私が打たれた……毒薬、ですか」

ことり「そう。キスか、死ぬか」

ことり「究極の状況に追い込めば、いくら海未ちゃんでもキスを選ぶはず……そう考えて毒薬を打ったんだよ」

海未「実際、そうせざるを、得ませんでしたからね……」

ことり「毒薬に苦しんでる海未ちゃんが私とキスしてくれたら、解毒効果を確認できる」

ことり「解毒効果の程度から、海未ちゃんが私をどのくらい思ってくれているか、はっきりするはず」

ことり「こうすれば、言葉で伝えることが苦手な海未ちゃんからでも、本心を知ることができるでしょ?」

海未「……確かに……手段は、突飛でも……合理的と、言えるかも、しれ……」

海未「ぐっ、うぅっ……!」

ことり「苦しそう。もう動けない? 諦める?」

海未「…………まだまだ、ですよ……」

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

ことり「……ただ解毒効果を確認するだけなら、体調が悪化したタイミングで私からキスするだけでもよかった」

ことり「でもそれだと、海未ちゃんから思いを伝えてくれることにはならない」

ことり「私から一方的に思いを伝えるだけじゃ街を離れる前と何も変わらないもん」

ことり「海未ちゃんから気持ちを伝えて貰わないと、意味がない」

ことり「じゃあ毒薬を打った後に事情を説明して、キスしてくれるよう正直に頼めばいいのかなって考えた……けど……」

ことり「また、私とはキスできないって言われるのが、怖かった」

海未「……」

ことり「そもそも、毒薬の効果を抑えるにはキスしないといけない、って理解させる時間が必要だったし」

ことり「奥手の海未ちゃんにキスなんていう大胆な行為を慣れさせる必要もあった」

ことり「だから何度も命を狙わせて、穂乃果ちゃんを誘拐して追わせたりして、キスしないといけないような窮地に追い込んだ」

ことり「限界を迎える度に、色んな人と何度もキスして生き延びてきたんだよね?」

ことり「何度もキスを経験してきた今の海未ちゃんなら、私とだってキスしてくれるかもしれない」

ことり「恥ずかしさから逃げたりしないで……私とはできない、なんて言わないで……」

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

ことり「海未ちゃん、動きが止まってるよ? もう限界?」

海未「げ、ぇ…………ことりの、為なら……っ……頑張れます……」

ことり「ね。ホントはね、お薬の正体って毒じゃないの」

海未「……毒、では……ない……? ですが……ぐぅぅっ……!」

ことり「今、凄く苦しいよね。痛いよね。死にそうだよね。だけど違うの」

ことり「本来の効果は、病気の人に打ち込むと、病に侵された部分を体内で破壊した後に自然治癒力を高めて健康な状態に戻すまでがセットなの」

ことり「けど海未ちゃんに打ち込んだのは、治癒力の無い、無作為に体内成分を破壊するだけの試作品」

ことり「体内成分を貰う相手をどれくらい好きかどうかで毒素の抑制効果にも差が出る、なんて変な作用もわざと残したままの、欠陥品なんだよ」

海未「なるほど、だからこそ放って……けば…………死は、免れな……っ、っ」

ことり「本物のお薬は、三ヵ月くらい前に試験的な投与を通じで実用化の目途が立ったばかりなの」

ことり「まだ世間的には普及されてないからこそ、計画に利用できると思って、試作品を用意して」

ことり「薬に関する偽の噂をマフィア界隈に流して、海未ちゃんの味方になりそうな闇医者や情報屋に嘘情報を掴ませたんだよ」

海未「本当、手の込んだ、ことを……ふ、ぐっ……!」

ことり「頑張ったよ。形振り構わず資金を用意して、海未ちゃんの周辺事情を総浚いして、計画に必要な立場や力を買収して」

ことり「私への気持ちが本物じゃない限り辿り着けない、ギリギリのラインに追い込めるよう計算して……」

ことり「全てはこの状況を作り上げる為だけに、頑張ったんだよ」

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

ことり「これで私の話はおしまい。計画の全部」

ことり「まだ、聞きたいことはある?」

海未「…………ふっ…………ふっ……っ……ふっ…………」

ことり「……計画を実行するにあたって、一つ、決めてたことがあるの」

ことり「もし、途中で海未ちゃんが死ぬようなことになっても、私からは絶対に手出しをしない……って」

ことり「凄腕の海未ちゃんだから平気だと思ってたけど、もし途中で襲撃相手に負けちゃっても、仕方ない」

ことり「もし途中で毒にやられて応急処置が間に合わなくなっても、諦める」

ことり「だから今、あと一歩のところまで来てくれて、ボロボロになって苦しそうで死にそうでも、助けない」

ことり「海未ちゃんから本当の気持ちを伝えて貰う為に全てを捨てて計画したんだもん!」

ことり「私から歩み寄ったら……意味が、無いから……!」

海未「……わ…………私から……キスを、して……」

海未「毒が……治れば…………信、じて……」

ことり「そう。その時だけ、私は海未ちゃんを信じるって決めたの」

ことり「言葉や態度だけじゃ、私はもう信じることができない」

ことり「行動と結果で、海未ちゃんの気持ちを信じる」

ことり「どう? 今の話を聞いて。どんな風に思ったかな」

ことり「バカだと、思った?」

海未「……」

ことり「いくら海未ちゃんとキスしたいからって、好きな人を殺しちゃうかもしれない計画立てちゃうんだもん」

ことり「……バカだよね、私」

ことり「たった一度拒絶されたからって、こんな方法でしか海未ちゃんを信じられなくなって……バカで、薄情で」

ことり「こんなことしたらキスしてもらうどころか、怒られても、嫌われても、仕方ないのにね」

海未「…………」

ことり「海未ちゃんは曖昧な態度ばかりで、はっきりした気持ちを示してくれなくて酷い、って言ってきたけど」

ことり「いくらはっきりさせる為だからって、命を落としそうな危険な目に遭わせたり、海未ちゃんの気持ちを信じられなかったりして……」

ことり「本当に酷いのは…………私だね」

海未「違う」

ことり「…………」

海未「…………っ…………っ…………」

ことり「……もう、無理そう? あとちょっとなのに、ダメそう……かな」

海未「……このくらい……なんてこと……ありません」

海未「ことりが、待って、くれている…………それだけで……私は…………」

ことり「……」

海未「……ことりが…………はぁっ……去って…………」

海未「本当に、寂しかった…………後悔、しない日は……ありません、でした……」

海未「ですから……ことりが戻って、きて…………嬉し、ぅ、げはぁっ! げほっ、げほぉぁっ!」

ことり「こんなバカなこと計画しちゃうのに?」

海未「……極端な手段を、選ぶ程にまで……私を……思ってくれていると、知って……」

海未「今…………とても…………幸せ……で……………………」


 意識は朦朧として、最早何を言っているかわからなくなりつつあっても、口にした思いは本心でした。
 もう、苦痛しか肉体に残っていない……それでも、胸の内で、幸せを感じている。

 確かにことりの取ったやり方は度の過ぎたものでしょう。
 ですが元を辿れば、勇気を持てなかった私の弱さも原因の一つなのです。
 ことり一人を責めるようなこと、私にはできません。

 そんなことよりも。


海未(ことりがいない街で生きる日々がどれだけ辛く……)

海未(ことりが再び現れ、私のことをここまで強く思ってくれていると知ることができて、どれほど幸せか……)

海未(私はそれだけで……)

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

ことり「……海未ちゃん。動いてないよ。もっとちゃんと息しないとダメだよ」

海未「……だぃ、じょう…………すこし……やすんで、るだけ……」

ことり「海未ちゃん。もうちょっとだよ。頑張ってよ」

海未「…………だ、ぃ…………です…………」

ことり「……海未ちゃぁん……!」


 心配しないで……。
 泣かないで、ことり……。

 あと、ほんの少しなんですから……届かないわけがない……。
 この思いが、伝わらないはずがない……。


ことり「あとちょっとなのに……死なないでよ……!」

 ―――死にませんよ

ことり「私から手を貸したら意味がないんだよ!」

 ―――私からしますから平気です

ことり「毒薬なんかに負けないでよ!」

 ―――毒なんて、すぐに消えてしまいますから

ことり「海未ちゃんとキスする為だけに……私……!」

 ―――ことりと、キスができれば、私は、それだけで、もう、

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

ことり「………………………………」

ことり「ねえ」

ことり「…………」

ことり「…………嘘でしょ…………」

ことり「…………」

ことり「やだよ……………………やだ…………」

ことり「……海未ちゃん……」


 薄まってゆく

 あれ程酷く痛みを発していた胸の苦しみが
 両腕に込めていた残り僅かな力が
 ことりへの思いが

 視界に移る映像の色彩と共に
 薄まってゆきます

 人間の機能として 最後に残る感覚は 聴覚だと 聞いた覚えが あったように
 他の全てが わからなくなっても 私を呼ぶ声は 最後まで 最期まで


ことり「ンミチャンッ!」


 けれど   それもやがて   なくなるくらい   うすくなり



海未「………………………………………………………………………………………………」

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

ことり「…………」


ことり「ごめんね……」


ことり「私は……何と引き換えても……海未ちゃんの……気持ちを……」


ことり「でも……意味、ないよね……」


ことり「大切な人が、死んじゃったら……おしまい、なのにね……」





ことり「…………もう…………手遅れだけど…………」


ことり「最後に、一度だけ……………………って、いうのは…………」


ことり「ずるい……よね…………」

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 
 
ことり「……ずるくて…………ごめんね…………」






ことり「…………さようなら」





ことり「だいすき」

 
 

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「それだけは一切疑わないままずっと確信し続けていました」

ことり「んんぅっ!?!?!?」


 瞬間熱を感じたと脳が理解するよりも早く肉体は活力を取り戻し唇から生じた刺激が全身へと巡るのに先んじて猛然と立ち上がった私はことりの腰を抱き体を引き寄せ顔を強く押し付けて


海未「例え僅かに触れるだけだろうと身体は限界を迎え死んでいようと万一偶然でも奇跡でも超常現象でも何でも起きてことりが私に口付けてくれたならば」

海未「私は」

ことり「う、み、ちゃ、」

海未「毒で死んでいだとしても必ず蘇り毒なんて体内から一瞬で消滅してしまうと」

海未「それほどまでにことりとのキスには強い思いが込められているのだと」

海未「私は、一切疑わず、信じていました」

ことり「……………………ぅぇ…………ふぇぇぇ…………!」

海未「好きです」

海未「ずっと伝えられずにすみませんでした」

海未「ここまでの事態を起こさせるまで覚悟を決められずに申し訳ありません」

海未「最後の最後まで私からキスできずに本当にごめんなさい」

海未「ですが私はことりのことが心の底から好きです」

海未「ことりが好きですっっっ!!!」


 私はことりにキスをしました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

ことり「んんっ! …………ん……っ……!」

海未「んん……ことり…………んっ……ことり……!」

ことり「……うみちゃぁ……うみちゃぁぁ……!」

海未「私から……と、ことりは願っていたはずですのに」

海未「結局力尽きてしまい、私からキスすることができなくて、すみませんでした」

海未「ですが、そんな不甲斐無い私にことりがキスしてくれたお陰で、毒を消滅させることができました」

ことり「……だって……! ほ、ほん、とに……死んじゃったって、思ったのに……!」

海未「当たり前です。ことりとのキスなんです。毒なんて克服できるに決まっています」

海未「……わかっていたのに……自分では思いの強さをわかりきっているはずなのに、臆病な私は伝えることを怖がってばかりで……何もできず……」

海未「そのせいでことりを悲しませ、苦しめてしまいました」

海未「勇気を持てなかった私のせいです。ごめんなさい、ことり」

ことり「……悪いのは……私なのに……!」

海未「確かに大変なことをしたかもしれません。許されない部分もあるかもしれません」

海未「でもことりが帰ってきて、思いを伝えられたことに比べればなんてことないです」

海未「乗り越えましょう。今の私なら、絶対にことりの力になれます」

海未「だって、ことりにキスすることができたんですから」

ことり「…………うぅ…………うみちゃあぁぁぁぁぁ!」

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 これ以上言葉は必要ありませんでした。
 ただただ私とことりは抱き合って、時を忘れ、お互いの熱を感じていました。


ことり「ごめんね……海未ちゃん」

海未「はい。ことりが好きです」

ことり「……ありがとう……海未ちゃん」

海未「はい。私はことりのことが大好きです」

海未「今まで伝えられなかった分、これからたくさん伝えます」

海未「好きです」

ことり「……うん……ありがとう」


 廃工場を跡にする前に、最後にもう一度だけ、キスをしました。
 最早体内から消え去った毒の為ではない、純粋に気持ちを確かめ合うだけのキスです。

 ことりと交わしたキスは、ただただどこまでも、甘い、甘い……
 けれどその中に、僅かなしょっぱさが混じっていたのは……。
 私か、ことりか……あるいは二人が流した、涙の味だったのでしょうか。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 こうして、謎の薬を打たれたことから始まった私の珍道中は幕を閉じました。

 振り返ってみれば大層大変な騒動でした。
 一体何度命を落としかけたことやら。
 思うところはいくらでもありますし、とても一言ではまとめられませんけど……。

 ことりが帰ってきてくれて。
 ことりに思いを伝えることができたから。

 全て、良しとしましょう。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 段取りがちょうど一区切りといったところで、懐から味気ないピロロロロ… プルルルル… というスマホの着信音が鳴りました。


にこ『あ、こらぁ海未! せっかく家まできてあげたのにどこ行ってんのよ!』

海未「にこですか、どうもこんにちは。本日はお日柄も良く絶好の逆襲撃日和ですね」

にこ『え? なに? 逆襲撃?』

凛『もしもーし? ねー遊びにきたのにどこ行っちゃったのー?』

海未「遊びという割には機関銃構えて殺意満々じゃないですか。ところで隣にいる花陽に代わって頂けますか?」

凛『了解だにゃー。……あれ? なんで機関銃持ってるってわかったんだろ?』

花陽『……か、代わったよ。海未ちゃんどこにいるの?』

海未「こんにちは花陽。今日はいつぞやのお返しをしようと考えておりまして」

花陽『お返し?』

海未「今、あなた方の後方340mから360m地点にいるんですよ」


 花陽が反応するよりも早く私はラブアローシュートの発声と共に右手を離し、構えていた弓矢を射出しました。
 狙った通りにこりんぱなが手にしていた機関銃に命中、一矢で三つとも貫きます。
 突然の事態に慌てふためく三人組の様子を遠目に確認して、私はご満悦。


海未「本日は晴天なり。逆襲撃する日にはぴったり、ですね」

 皆様お久しぶりです、園田海未です。
 随分と音沙汰のないまま日を跨いでしまい誠に申し訳ありません。
 ですが近頃になってようやく落ち着いてきまして、こうして御挨拶に伺うことができました。

 あれから。
 街に住まう大勢を巻き込み、その実直接的にはたった二人しか関係の無かった大騒動から時が経ち。
 すっかり様変わりしたここマフィアタウン……。
 いえ、元マフィアタウンにて、私は今日も元気に生きています。

 その後の経過を掻い摘んで紹介しましょう。
 まず、ことりは逮捕され、現在も収監中です。


ことり『街を騒がせた事件の首謀者だし、今はマフィアのボスって肩書きだし、捕まるのは当然だよ』


 今回の一件ではあちらこちらで銃撃戦や爆発騒ぎが発生し、違法な薬物の使用や情報操作が行われる等、マフィアの抗争張りの大事件となりました。
 責任を取る者は確かに必要で、その立場にあるのは、ことりです。


ことり『全てを捨てて臨んだ、って言ったでしょ。こういう意味でもあったから』


 そう話すことりは、例え肩書きだけとは言え、マフィアのボスらしい気丈な態度で振る舞っていました。

海未『このまま出頭すれば穂乃果と会えないままですけど、良いのですか?』

ことり『……。穂乃果ちゃんには、悪いことしちゃった』

海未『私をおびき寄せる為に、襲撃され、誘拐され、監禁されましたからね……』

海未『ですが穂乃果なら、ちゃんと話せばことりの考えを理解してくれるはずですし、きっと許してくれます』

海未『穂乃果は優しい人ですから』

ことり『…………うん……本当、穂乃果ちゃんは優しいね』

ことり『だけど、もう十分話したから。それに私みたいな悪人をいつまでも野放しにしていたらダメだよ』

海未『……待っていますから。ことりが帰ってくるのを、いつまでも待っています』

海未『これまでだってずっと待っていたんです。刑期を終えるまで待つなんてへっちゃらですよ』

ことり『ありがとう。また、会える時まで、罪を償いながら頑張るね』


 街に戻ると、その足でことりは自ら出頭しました。
 再び離れ離れになってしまうことは心底残念ではありましたけど、今までに比べればずっと良いです。
 例え檻が阻んでいても、これからはことりの側にいることができるのですから。


ことり『海未ちゃんの本当の気持ちを知ることができたもん。後悔はしてないよ』


 瞳に涙を浮かべながら、それでも晴れやかな表情をして、ことりは檻の向こうへと旅立って行きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 騒動以降、私は再びことりの帰りを待つ身へと戻りました。
 だからといってもう生きる気力を無くした廃人になんてなりませんよ。
 それどころか、皆様にご挨拶に伺う暇もないくらい活動的な日々を送っていたくらいですから。

 何故それほどまで忙しかったのかは理由があります。
 あの一件以降、各所に潜伏するマフィアを追うべく街の隅々まで奔走していたからです。


海未「というわけで最後まで残っていたマフィアの残党を捕縛し尽しました」


 司法庁舎内の大会議室にて報告を終えると、この場に集まったお偉方は大層激しく喝采を上げました。
 ありがたやありがたやと恭しく謝辞を述べてくれますけど、このくらい軽いものです。


海未「ではこれで約束通り……」

「もちろんもちろん!」「お安い御用ですよ!」「マフィア討伐と引き換えならこの程度!」


 所定の決め事の通り話を進められそうで、私としても嬉しい限りです。

 無論のことながら、慈善活動でこのような手間のかかる活動をしていたわけではありませんよ。
 全てはことりの為ですからね。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。(o^^o)

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 私は然るべきところに対して、とある司法取引を持ちかけていました。
 内容は簡単です。
 この地におけるマフィアの一掃と引き換えに、ことりの刑期を軽減する、というもの。

 私を含め、身を落とさざるを得ない事情を持つ者ばかりだったと言えど、マフィアという存在が街にとって忌むべきものであることに変わりありませんでした。
 それでいて、暴力やら資金力やら多方面への癒着やらの理由で根絶不可能と見做されていました。
 そんな袋小路な街事情の解消を交渉材料として司法に働きかけたわけですね。

 ……おや。
 マフィアなどという巨悪を相手に単身で挑んで大丈夫なのか、と御心配頂けましたか?
 ふふふ。
 実はですね、僭越ながらこの私、それなりに腕の立つ元マフィアだったんですよ。

 マフィア討伐の過程はにこりんぱな戦と比べ物にならないくらい見所が無かったので全カットするとして。
 生死の境を彷徨う修羅場を潜り抜けたばかりで感覚が鋭敏な私が乗り出した時点で、マフィアが全滅した未来は約束された結末でした。


にこ「マフィアなくなったら私たちどうすればいいのよ!」

凛「あんまりにゃー! 海未ちゃんのせいでお先真っ暗にゃー!」

花陽「うぅっ……家なき子になっちゃうよぅ」


 私相手に真っ向切って楯突く度胸があったマフィアはにこりんぱなくらいでした。
 そんな三人も、新しい立場と仕事を斡旋するとの口約束一つでコロッと掌を返して協力的になりました。
「第一今更マフィアなんて遅れてるのよ」「先のない業界だもんねー」「これで念願の堅気です……!」と、本人たちも喜んでいたのでwin-winですね。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「……で、そんなあなたたちはもう降参ですか?」

にこ「むきゅう……ぎぶあっぷ」


 約350mの遠距離射的で武器を弾かれたことでエラく取り乱したにこりんぱなは、距離を詰めた私のワンパンで呆気なく沈みました。
 私の下では取り押さえられたにこが両手を挙げて降参の意を示し、少し離れたところでは凛と花陽が仲良く目を回しています。


にこ「弓使うのは卑怯よ……鬼に金棒、弁慶に薙刀、海未に弓じゃないの」

海未「堅気になってもたまに相手をしろとの要求に応じてあげているのに、暇つぶしにもなりません」

にこ「マフィア退治手伝ってあげた恩人に何て口の利き方よ!」

海未「確かににこたちのお陰でことりの刑期は縮まりましたけど……それはそれ、これはこれ、です」

にこ「おに! べんけい! うみ!」

海未「また小者じみた捨て台詞を口にして。そんなんで本当にドクとの勝負に勝ったのですか?」

にこ「勝ったわよっ! お陰で付き合いの主導権はこっちが握ってんだから!」

海未「あっちの二人にしても、廃工場戦の気概はどこへ行ってしまったのやら。また一から鍛え直しです!」

凛「面目無いにゃ……」

花陽「しくしく……」


 とはいえ三人とも今では堅気の身分ですから、近頃は争うより一緒にお茶をする頻度の方がずっと増えましたけどね。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 騒動を通じた最も大きな変化といえば、これまで裏で活動していた街の闇医者と情報屋が共に表舞台に立って活躍していることでしょうか。
 知り合っていざ手を組んでみると、元は独立していた者同士馬が合うそうです。


真姫「ことりが資金繰りの一環で手掛けてた例の新薬、正規品の方ね。それきっかけよ」

希「新薬の需要がありすぎて供給側が追いつかなくて、闇医者の真姫ちゃんにまで声がかかったんだって」

真姫「医者の数も足りないけど、それ以上に手続き処理で手一杯になったから希に協力を要請したの」

希「ちょっとしたフォーム作ってちょちょいのちょいやでえ」

真姫「今では新薬を普及する作業で大忙しって感じ」

希「お陰で大繁盛やん」

海未「随分精力的に普及活動に取り組んでいるそうじゃないですか」

真姫「私たちは海未に恩があって、そんな海未にとって大切な人物のことりが手掛けた新薬だもの」

希「薬の価値を世間的に普及して、ことりちゃんの社会的貢献度も広めて、刑期短縮に利用するんよ」

海未「有り難いですけど合法的な範疇でお願いします」


 堅気であってもこの頼もしさ、本当に逞しい限りです。
 むしろマフィアが消え去った今、この街に住まう者のうち一般人こそ底が見えない……と、言えるのかもしれませんね?

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 他に触れる話題と言えば、絢瀬姉妹がこの街に居を構えたという変化がありました。
 姉妹共々お茶仲間として親しくさせて頂いて、特に亜里沙は雪穂と一緒に頻繁に遊びにきてくれます。


雪穂「亜里沙ってばあれ以降海未ちゃんの話しかしないんだよ」

亜里沙「私たちのピンチに駆けつけてくれた時の海未さん素敵だったんだもん! 世界で一番ハルゥァショォです!」

海未「? 春賞ですか、景品はなんでしょう」


 絵里は怪盗をやめて、今では堅気らしい仕事を行っていると聞いています。


海未「奨励するつもりはありませんけど、義賊を貫くのなら必ずしも引退せずともよかったのでは?」

絵里「単に堅気に戻りたいだけよ。この街でできた新しいお知り合いに恥じない肩書きを示す為にもね」


 とか何とか話していたはずなんですけど、最近になって風船を纏った妙な怪盗が街に出没するといった噂を耳にするようになりました。
 怪盗の被害に遭うのは総じて悪党だそうなので、特に意に介しませんけど。


絵里「ダークヒーロー気取りなんて物好きなことをする人もいるものね」

海未「まったくです」


 噂を耳にするタイミングで絵里と視線が合う頻度がやたらと多いです。
 しかし私たちお茶に忙しいので、ニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべつつカップを傾けるに留めておきます。

 ……?
 はて、白々しいとは何のことです? まるで意味がわかりませんねえ。ニヤニヤ。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

―――


海未「さて……そろそろですか」


 予定していた時間を間近に迎えた頃合いでインターフォンが鳴りました。
 普段ならば遅刻の常習犯であっても、今日ばかりはきちんと時間を守ったようです。


穂乃果「海未ちゃんお待たせ!」

海未「いえ、時間通りです。行きましょうか」


 待ち合わせ通りにやってきた穂乃果を室内に迎えるのではなく、表に停めてある車に向かいました。
 ドクから譲り受けた真っ青な高級車は整備の甲斐もあり、今でも愛車として日々活躍してくれています。


穂乃果「いよいよだね。ドキドキするね」

海未「はい。待ち侘びていました」


 今日は、ことりの出所日。
 幾つかの司法取引の介入はあったものの、受刑者としてのことりが誠実に刑期を過ごした結果迎えることができた、大切な日です。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 私も穂乃果も定期的にことりの下へ面会には出向いていたので、会うのが久しぶりというわけではありません。
 それでもやはり緊張の為か、刑務所へ向かう車中は言葉少なでした。


穂乃果「刑期が終わるってことは、それだけあの事件から時間が過ぎたってことなんだよね」

海未「ええ。早いものです」


 事が収束し、街並みはすっかり様変わりしても、未だに騒動のことは思い出します。
 今日という日に清々しい心境でことりの下へ出向くことができるのも、あの出来事があってこそですから。


穂乃果「色々あったけど、最後は海未ちゃんとことりちゃんの仲が上手くいって本当良かったよ」

海未「結果だけ見ればことりが思い描いた通りになりましたからね」

穂乃果「私は大変な目に遭っちゃったけどさ!」

海未「ええまあ、穂乃果を大変な騒動に巻き込んでしまって、本当どうお詫びすればいいか……」

穂乃果「なーんてね、別にいいよっ。また三人で一緒に過ごせるんだもん!」


 刑務所近くの駐車場に向けてハンドルを切ります。
 あの建物の中から、もう少しでことりが出てくるのです。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

穂乃果「ことりちゃん元気かなー会えるの楽しみだなー」


 窓越しに外を眺める穂乃果の横顔が視界の端に映ります。
 彼女がこれまで私たちの為にどれだけの事をしてくれたのか、計り知れません。

 かつてことりが街を去り、ショックで廃人となった私を支え続けてくれた。
 あの事件以来、逮捕されたことりを思って度々気落ちする私を元気づけてくれた。
 騒動に巻き込まれ大変な目に遭っても怒りを見せず、ことりの気持ちを理解してあげた。
 マフィア討伐に奔走していた私以上の頻度でことりの面会に足繁く通っていた。

 あらゆる場面で穂乃果は私たちに尽くしてくれました。
 私とことりが無事に再会できる機会を整えてくれたのは、穂乃果なのかもしれない。


海未(……そう……………………そう、でした……か)


 穂乃果は本当に、私たちの為に……。
 今になって、ようやく……。


海未「あの騒動について、やっとわかりました」

穂乃果「? 何が?」

海未「騒動の引き金を引いたのは穂乃果だったんですね」

海未「事の発端……私の意識を失わせ、謎の毒薬を打ち込んだ人物は、穂乃果……あなただったのですね」

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 駐車場に停めた車から私は降りました。
 少し強めに吹く風に目を細めながら、黙って助手席側を見つめます。

 遅れて助手席から降車した穂乃果は、ゆっくりと顔を上げると、悟ったかのように微笑みました。
 そう……今になって、ようやく気づきました。


海未「とうに騒動は収まっていますけど、それでもたまに考えていたんです」

海未「あの日、一体誰が私に毒薬を打ち込んだのか?」

海未「全ては私が意識を失い、毒を打たれたことから始まった。毒を打たれなければ騒動も何も始まらなかった」

海未「ただ……今だけは謙遜も何もかも無視して敢えて断言します」

海未「私の意識を奪い毒を打ち込める人物など存在しません。ましてや記憶に残らない程虚を突くなどもっての外です」

海未「私が余程気を許し、いくら近付かれても全く警戒しない相手でない限り」

海未「まだことりが姿を見せていなかった当時……私にとってそのような人物は、一人しかいません」

穂乃果「……そっか」

海未「つまり、穂乃果は計画に加担していた」

海未「ことりの帰還を知っていて、計画の内容も聞いた上で、ことりに協力して私に毒を打ったのですね」

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 穂乃果は何も言い返さぬまま、柔らかい笑みを浮かべていました。
 事実を暴かれたことに何も驚いてはいないのは、いつか知られることをわかっていたからなのでしょうか。


海未「穂乃果がことりの協力者だと考えると色々と納得できるんです」

穂乃果「例えば?」

海未「私が打ち込まれた毒薬、応急処置法が特殊過ぎて普通は気付かないでしょう」

海未「しかし実際は、穂乃果がキスしてくれたお陰で命を取り留め、解毒作用を理解する契機となっています」

海未「騒動の序盤に穂乃果が表れたことで私は生き永らえ、毒薬の性質を理解した」

海未「解毒の為、そして攫われた幼馴染み奪還の為に、その後の私は計画通り動かされた」

海未「私が進むべき道標となることが、ことりの計画における穂乃果の役割だったのですね」

穂乃果「だね」


 短い言葉で同意を示した穂乃果は、車を離れてクルクルと回りました。
 優雅に舞う彼女の表情は、日頃見せる快活なものとは少し違う、どこか愁いを帯びたもの。
 これまで見たことがない、大人びた顔でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

穂乃果「事件が起きた少し前、隠れて街に戻ってきてたことりちゃんが会いに来たんだ」

穂乃果「帰ってきてくれて嬉しかったけど、様子がおかしいことはすぐにわかって、話を聞いたの」

海未「そこで計画を聞き、協力することを決めたのですね」

穂乃果「じゃあさ、問題。あんな危険でおかしな計画にどうして協力したのか、わかる?」

海未「……ことりの……ことりと私の為、ですか」

穂乃果「そっちは二番目の理由。私自身の為、だよ」

海未「穂乃果自身の……?」

穂乃果「海未ちゃんさ、ことりちゃんとキスするまでに何人かとキスしたよね」

穂乃果「事件の最中はすっかりキスにも慣れちゃった海未ちゃんだけど、そんな海未ちゃんが初めてキスした人って誰だった?」

海未「穂乃果です」

穂乃果「ことりちゃんもね、海未ちゃんとのキスが初めてじゃないんだよ。知ってた?」

海未「……」

穂乃果「誰が初めてことりちゃんとキスした相手か、わかるかな」

海未「…………穂乃果、ですか」

穂乃果「そう。それが理由……条件、かな」

穂乃果「海未ちゃんとことりちゃんの仲を取り持つ代わりに、二人のファーストキスを貰う」

穂乃果「その条件で、ことりちゃんの計画に協力したんだよ」

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

穂乃果「何て言うのかな。恨み言口にするつもりはないし、我慢してるわけでも、諦めた結果でもないよ」

穂乃果「私の中ではとっくに割り切ってることだから、長々と語るつもりはないんだ」

穂乃果「ただ一つ言うなら、海未ちゃんとことりちゃんがお互いそう思ってたように、私も同じ気持ちだったってこと」

穂乃果「私だって、二人のことが好きだったんだよ」

海未「…………穂乃果……」

穂乃果「もう一度言うけど二人の仲を恨んだりはしてない。だから気を使ったりしたら怒るから」

海未「……はい」

穂乃果「まーねー、仕方ないよね? 幼馴染みなんだもん」

穂乃果「私が二人のこと好きになるのも、二人がお互いのことを好きになっちゃうのも、しょうがないよ」

穂乃果「なら大好きな二人が幸せになる道を探したいし、手助けしたいじゃん?」

穂乃果「……ことりちゃんがあんな計画考えたの、私のせいでもあるし」

海未「穂乃果の……?」

穂乃果「私が海未ちゃんにキスしたのをことりちゃんが見たから、ショックでことりちゃんが街を出て、あの計画を立てたんでしょ?」

海未「……それは…………ですが」

穂乃果「うん、あくまでも二人の気持ちが直接の理由だし、二人の問題だってわかってる」

穂乃果「でも少しでも私に責任があるなら……そう思ったから、ことりちゃんに協力したんだよ」

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

穂乃果「けどさ、やっぱり……ほんのちょっとだけ悔しいのも、嘘って言えない」

穂乃果「だから未練を捨てて受け入れる代わりに、二人の大切なものは私が貰う。そう割り切ったの」

穂乃果「二人がお互いのこと好き合ってるのを知ってて、初めてのキスを奪ったんだよ。怒ってもいいよ」

海未「……怒る理由などありません。むしろ謝らなければならないくらい……ですが……」

穂乃果「うん。そんなの望んでない。わかるでしょ?」

海未「だとすれば……やはり、ありがとうとしか、言えませんよね」

穂乃果「そうそう。二人には一生感謝してもらうから!」

海未「本当、一生かけても感謝を返しきれないかもしれません」

穂乃果「それにさー、私からしたらちょっとラッキーだったんだよ?」

海未「ラッキーとは?」

穂乃果「二人とは一回ずつキスするつもりだったのに、海未ちゃんとは結果的に何回かしちゃったもん」

海未「それだけ穂乃果に命を救われたという意味ですけど」

穂乃果「とゆーわけだからさ。気付くまで黙ってたり、酷いことしちゃったのはゴメンだけど、大目に見てほしいな」

穂乃果「ほら、恋のキューピットへのお礼って感じ?」

海未「お礼にしては高価なチップを支払った気がしますけど」

穂乃果「にしし、大切にするよ♡」

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 真実を告白した穂乃果は、先程までとは違う悪戯っ子のような笑顔になりました。
 全てを語り終えて身軽になったとでも言うように、その場でぴょんぴょんと跳ねます。
 無邪気で元気ないつもの穂乃果です。


海未「私とことりが思いを遂げることができたのは、穂乃果のお陰だったのですね」

穂乃果「二人の力で叶えたんだよ。私が手を貸すのは一番最初だけで、あとはどんな結果が出るか見守るだけの計画だったもん」

穂乃果「もし途中で海未ちゃんが死んでも恨みっこなし、ってね」


 それは……本当にその通りなのでしょうか。

 廃工場で、隠し部屋で待つことりに会いに地下へ降りた先で。
 既に死に体だった私は階段を転げ落ち、意識を失いかけました。
 あの時、もしかしたら本当に意識を……それどころか、命までも失っていたのかもしれません。

 暗闇深くに沈みゆく、全てを失った先に待つ無の感覚が、幻とは思えぬ程リアルだったように。
 無の中で唯一感じた唇の熱もまた、幻ではなかったのかもしれない。

 あの時感じた温かさは、誰よりも親しみに溢れていて……。
 あの時感じた味は、他の誰のものでもなく……。


海未(……やめましょう)


 誰よりも私とことりを思ってくれた穂乃果がそう言っているのです。
 こちらから触れるようなことは、何もない。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

穂乃果「行こっか。ことりちゃんに会いに」

海未「……はい」


 時刻を確認して、刑務所へと向かいます。
 大切な人との再会の為に。

 私と、ことりと、穂乃果……三人の幼馴染みで一緒に過ごす大切な日々が、また始まります。



 以上をもって私たちの話は終了とさせて頂きます。
 この先の出来事は、これから迎えますので。

 何か面白い話がありましたら改めてご挨拶しに参りますね。
 それでは、また次の機会に。





 おわり

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

終了です
読んで頂けた方ありがとうございました

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「ラブアロー」

凛「もうさせないにゃあああ!」


 花陽を狙う私を阻止すべく、凛が突進してきました。
 ですが想定内です。
 弓を引く構えを解いて、迫りくる凛へと自ら踏み込み、肩を捻じ込むようにして当て身を喰らわせました。


凛「がっ! はっ……」

海未「工夫の無い特攻では止められませんよ」


 凛が崩れ落ちるのを確認して、改めてライフル弾の射出を狙います。
 が、当て身の衝撃で落としてしまったのか、手元から銃弾が消えていました。


海未「おや? どこに行ったのでしょう……仕方ありません。何か代用品を……お。いいですね」


 辺りを見渡すと、鉄パイプが無造作に転がっているのを見つけました。
 近付いて拾い上げると、直径三センチ程、長さ九十センチ程の鉄パイプは、銃弾よりも射やすそうに思えました。
 やはり射るなら長物に限るという持論を持っているんですよね。完全に好みの問題でしょうけれど。

 窮屈な通路を縫って進んだ先には、数十メートル四方の開けたスペースがぽっかりと空いていました。
 密集した大型機器類が壁の様になって周囲を取り囲む、視界の悪いリングです。

 スペースに出て、物陰や死角を探っていると、いつの間にか花陽の姿が消えていました。
 高台にでも通じているのでしょうか、金属製の階段を上るカンカンという足音だけが物陰となったタンクの裏側から聞こえてきます。


凛「戦いはもう始まっているのだあ!」

海未「なるほど。花陽が身を隠せる物陰の多い戦場を選んだわけですか」

凛「自分たちに有利な戦場を選びなさいっていつも言われてたからね!」

海未「教えを素直に取り入れるのが二人の長所です。その辺り、にこも素直なら良いのですが」

凛「にこちゃんは居ないけど……二人でも、勝つから」


 一秒前の談笑モードはどこへやら。
 マフィア界で並ぶ者無しと称されていた私相手にたった一人で相対する凛からは、微塵も気後れする様子どころか、妥当する気満々の気概を感じます。


海未「……良い意気込みです。三人同時に相手する以上の圧力を覚えますよ」


 教え子たちの成長は嬉しいものですね。
 弟子に負かされることが師匠の夢と言う方もいますけど、私もその口かもしれません。

 ところで私の秘蔵の武器である弓についてですが。

 秘蔵と言えど、誰にも披露したことがないというわけではありませんし、試しに射てみたいとの申し出に応じて貸したことだってあります。
 しかしながら「弦が硬すぎて数ミリも引けない」「そもそも重すぎて持てない」「こんなの扱える人間はいない」等、散々文句を言われる始末。
 これまでまともに射れた方は一人もいませんでした。

 確かに少々頑丈な作りとはいえ、そんな言うほどでもないと、毎回お手本を見せる羽目になるのですが……。


 ギチ ギチ ギチッ
 ギヂッ  ギヂッッッ
 ギ  ヂ  ッ


 今もまたお手本の場面さながらに、弦を限界いっぱいまで引き絞りました。
 耳元からは、両端に繋がれた弦に引っ張られて弧をしならせる弓のギヂギヂギヂという苦し気な呻き声が鳴り続けます。

 狙いを定め、体勢を整え、呼吸を止めて。
 何時からか、射る時に口にするようになっていたお決まりの台詞が、今回も自然と出てきました。


海未「ラブアロー……」


 ギ


 シュート、と呟くと同時に右手を離し、弦に添えていたバレットを射出しました。

―――


 対峙する私たち三人を残して、絵里は一足先に廃工場内へと進んでゆきました。
 凛と花陽も進行を妨げることはなく、素直に絵里を通しました。


凛「……これで準備は整ったかな」

海未「ええ。絵里を通して貰い感謝します」

花陽「戦う相手は海未ちゃんだから。こっち、ついてきて」


 二人に従い、私もまた一足遅れて廃工場内へと踏み入りました。

 案内されたのは、ことりと絵里が上がった階段の先ではなく、一階フロアの奥でした。
 居並ぶのは、鉄製のクレーンやコンベア、人が何人も入りそうな大型タンクの列、それらを繋ぐ配管の数々。
 もう稼働することのない大型機器類や使用されぬまま放置された廃材が埃を被った状態で残されている、薄暗く湿った旧作業場でした。

海未「がっ、あっ、あっ、」


 打撃による痛覚以上に、脳が揺れ平衡感覚が狂ったことが問題でした。
 歪む視界に屈しそうになりながら、足を止めてはならないとステップを踏み続けます。
 追撃を防ごうと足を振り回して蹴りを繰り出しますが、既に凛は距離を取っていました。


海未(追撃する絶好の機会に身を退いている、ということは……!)


 勘だけを頼りに脇へと飛び込み地面を転がりました。
 同時に鳴り響く銃声。
 予測も何もありませんでしたが、被弾していないことから狙撃を躱せたことを察しました。

 床を一回転してから立ち上がり、銃声が鳴った八時方向へと顔を向けると、私を狙う銃口が大型フォークリフトの陰から覗いていました。


花陽「これでも当たらない……!」

海未「避けたのは完全に運です。っつう……狙撃の方角を予測したわけではありません」

凛「初めて海未ちゃん騙せたのにぃ」

海未「視線のフェイントは見事でした。ちなみに脳を揺らすなら、厚手のグローブで顎を狙うと尚良いですよ」

凛「次はそうするよっ!」


 決定打を回避したことに安堵する一方、完璧に設計された一連の攻撃に思わず舌を巻きました。

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