最強の武術家「本当は弱い私のインチキがバレてしまう時が来た」 (21)


「せやぁっ!」

轟音とともに、岩が砕ける。
大観衆が私に拍手を送り、歓声を上げ、口々に私を褒め称える。

天才だ、怪物だ、最強だ、と……。



私の拳は岩をも砕き、私の手刀は鉄をも切り裂き、ひとたび戦えば熊ですら素手で倒せる。

パフォーマンスをすれば大金が舞い込み、講演依頼は後を絶たない。


しかし、これらは全てインチキなのである。


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本当の私ははっきりいって弱い。

岩を殴れば拳が砕け、手刀は固定してあるトイレットペーパーを破るのが精一杯、
もし熊とまともに戦ったら一分後には食事タイムが始まってることだろう。

ようするに、私はタネも仕掛けもあるパフォーマンスで、武術家としての名声を獲得したのである。


たまに私と勝負したいという格闘家が現れた時は、
「あなたを殺したくない」「私の拳は人を傷つけるためのものではない」などとうそぶき、
戦いを回避してきた。


戦いさえしなければどうにでもなる。
私は神秘のヴェールに包まれた最強の武術家として、称えられ、尊敬され、崇められ、
順風満帆な生活を送っていた。


しかし、そんな私の化けの皮がはがれるきっかけとなる事件が起こった。


あの日の私は、子供たちとの交流会ということで、とある小学校を訪れていた。

その時、空手を習っているという少年が、私と勝負したいと申し出てきた。

純真な子供の願いを断るのは気が引けたし、いくらなんでも小学生には負けないだろうという油断もあり、
私は勝負を受けてしまった。

だが、これがよくなかった。


この少年、メチャクチャ強かったのである。
これは後で知ったのだが、どうやら空手大会などでは上位常連の子だったらしい。

私は大勢の子供と保護者の前で、ボコボコにされてしまった。


私は「相手が子供だからわざと負けてあげた」という風な演技をしたものの、
そんな演技でごまかせるような負け方ではなかった。


タンカで運ばれる私を見つめるみんなの目は、

「こいつ、もしかして弱いんじゃ……」

といっていた。


私の武術家人生に亀裂が走り始めた瞬間だった。


これを機に、私に対する「こんな素晴らしい武術家を疑ってはならない」的な風潮は
すっかり消え去ってしまう。

これまでは私に遠慮していたマスコミが、私の正体を暴くべく怒涛のように押し寄せてきた。


「なぜ子供に惨敗したんですか!?」

「わざと負けたと主張していますが、とてもそうは思えません!」

「あなたと戦った少年も、手加減してるようには見えなかったと証言しています!」

「あなた本当に強いんですか!? 実はものすごく弱いんじゃ!?」

「私も学生時代レスリングをやってまして、ぜひ勝負してくれませんか!?」


連日のように大勢の記者に責め立てられ、私はノイローゼ寸前にまで陥った。


そしてついに――

追い詰められた私は全てを打ち明ける決心をした。



稀代の武術家は稀代のペテン師だったと白状すべく、マスコミ各社に記者会見を行う旨を発表した。


会見当日、会場となるホールには大勢のマスコミや格闘技業界の関係者が詰めかけていた。

私は彼らに頭を下げると、マイクを手に取り、あらかじめ言おうと決めていた第一声を告げた。


「えー……皆さま、本日は私の記者会見にお集まりいただき誠にありがとうございます。
 それでは申し上げます。
 えー……私がこれまでに行ってきた、岩を砕く、鉄を切る、熊を倒す、などのパフォーマンスは……
 全てインチキです」


会場にどよめき――は起こらなかった。

「知ってた」とでもいいたげな白けた顔だらけであった。
何を今さら、という表情で失笑している記者までいた。

罵倒された方が、まだ幸せだったかもしれない。


「……本当に申し訳ありませんでした」


私が謝罪を終えると、記者たちの質問責めが始まった。


「あなたを最強の格闘家だと信じていたファンに対してはどう思ってます?」

「これまでに稼いだお金はどうするの? これ、一種の詐欺ですよね?」

「なんでこんなバカなことしたんですか?」


次々飛んでくる声には、長い間人々を騙していた私への怒りというよりは、
溺れている人間をニヤニヤしながら眺めるような、とでも表現すべき嫌らしさが込められていた。

私は全身を汗に濡らしながら、これらの質問に回答した。


落ち着いたところで、一人の記者が挙手する。


「ところで、あなたの岩を砕く、鉄を切る、熊を倒す、などのパフォーマンスには
 いったいどういったタネがあったんですか?」

「は、はい……」


この質問を想定していた私は、脂汗まみれでタネ明かしを始める。


「まず岩ですが、この豆粒ほどの装置を用いました。
 この装置は私の皮膚にのみ反応する、物体破壊装置とでもいうものでして、
 これを岩に接着させてから、装置に拳を当てると、装置が岩の中に超振動を発生させ、
 岩を簡単に破壊することができるのです」


今まで冷ややかだった会場内にざわめきが起こる。
なんでこんなざわめきが起こるんだろう、と私は不思議に思った。

私は説明を続ける。


「鉄を切るのにはこの極細カッターを使いました。私が開発した新物質で作り上げたカッターは、
 鉄だろうがセラミックだろうがスパスパ切ることができます。
 これを手に仕込んで、手刀で鉄を切った、という演出をしたのです」


記者たちは目を丸くしている。


「熊を倒したのにも、もちろんタネはあります。
 私は独自の研究で、熊の言語を完全に解析いたしました。
 解析した熊言語によって、私は熊に八百長を持ちかけ、倒すことができたのです。
 ちなみに熊以外にもライオンや虎、チーター、ゴリラ、狼、などの言語も解析は終わっています」


会場のどよめきが収まらない。

私がペテン師だという最大の告白の時にはみんな白けていたのに、
なんでこんな下らないタネ明かし程度のことでみんな驚くのか、私には分からなかった。


私はこの記者会見を開く決心をした時点で、社会的な地位を全て失うことを覚悟していた。

しかし、そうはならなかった。


マスコミは、私をすごいすごいと褒め称え、
科学者や動物学者を名乗る連中がひっきりなしに現れ、私に教えを乞いたいと申し出てきた。

政府の高官も、大金を支払うからあなたの才能を保護したいと提案してきた。


おかげで私は現在、武術家だった頃よりも遥かに裕福な生活を送っている。
私のようなペテン師を再び受け入れてくれた社会には、感謝してもしきれない。

とはいえ、私はなぜ自分がこんなにも厚遇してもらえるのか、未だにイマイチ理解できていないのだが。







― 終 ―

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