海未「獣人の私と人間の女の子の同棲生活」(5)

今日こそ仕事を早く終わらせてあの子が待つ私達の家へ帰ろうと思っていたのに、予定よりかなり遅れてしまったようです…。

家も仕事場も大都会にある訳ではなく、かと言って田舎でもなくこの時間だと家の最寄駅まで通っている電車はまだ数本ある
それでも仕事で遅くなった時は毎回タクシーを呼ぶ事にしている。タクシーの運転手も私の我儘で同じ方を指名していて最初は断られると思っていたけれど承諾してくれたようです。
エレベーターで一階まで降りると既にタクシーが到着していた
タクシーに乗り込んで「いつも到着が早くて本当、助かります」と運転手に話しかけると少しハスキーな声で「空間移動を使ったからこれくらいヨハネには容易いわ」と
私には意味がよくわからない言葉を使った後彼女はしまったと言う顔をして
「きょっ…今日もお客様から指名が入りそうな気がしていたから事前に準備していて」と言い直す
「そうでしたか、いつもすみません。今日こそ早く仕事を終わらせたかったのですがさすがにあの子も怒るかもしれないですね」

バックミラー越しにあの子?と疑問の表情をした彼女の顔を見た後同棲している恋人を待たせている事を伝える。
いつもクールな(偶に可笑しな事を言いますが)彼女にしては珍しく興味深々に聞いて来た
「恋人も獣人の方?」
「いえ、あの子は私のような獣人とは違って人間の女の子です」
獣人…。
私の姿形は一見人間の姿をしていても人間には有り得ない狼の耳と尻尾が生えている。
恐らくそれ以外は人間とあまり変わらないはずなのに未だに、獣人への偏見は無くならないみたいで…。
私のように住む家があって働く場所があって更に人間の恋人まで居ると言うのは本当に恵まれているのだと思います。

「まさかこんな所で闇の眷属と出会うなんて」
「闇…?けんぞく??」
彼女はコホン。とわざとらしい咳払いをした後
「実は、私の恋人も獣人なの」と、今まで聞いたことのない例えると恋する乙女のような声で私に告げた。
なるべく顔に出さないように努力してみましたが無理みたいです。少し、いや、かなり驚きました。
つい驚きの声が出そうになるのを抑え、初めて彼女が運転するタクシーに乗った日の事を思い出す。
彼女は私の姿を見てもちっとも驚いた様子を見せなかった『獣人の乗客なんて今時別に珍しくも何ともないでしょ?』そう言われた訳ではないけど私にはそんな風に見えた。
普通は獣人と言う理由だけでタクシーを呼び止めようとしても止まってくれなかったり電話でタクシーを呼んでも呼び出した本人が獣人だとわかった途端断られたり
電車やバスを使う手もあるけれど私以外の乗客が私の姿を好奇の目で見るあの空気がどうにも落ち着かなくて。
人通りの少ない道を選んで遠回りして帰るか獣人を受け入れてくれるタクシー会社をひたすら探すしかないと思っていた。

数少ない人間の友人にその事を相談してみると友人にこう言われた
「それなら私いいタクシー会社知ってるんだけどパパの知り合いが経営してて、獣人相手でもちゃんとお客として扱ってくれるらしいわよ」
そう教えてくれた友人に礼を言うと「べっ、別に!偶々知ってただけよ!」と言った友人ですが律儀にタクシー会社の名前と電話番号が書かれたメールを送ってくれた。
それでも半信半疑でタクシー会社に電話を掛け仕事場までタクシーを呼んで欲しいと伝え私が獣人である事を伝える。
どうせここで断られてしまうだろうと諦めていたら『獣人の方でも大丈夫ですよすぐお迎えしますね』と予想外の言葉が返って来たので、まだ信じられない気持ちのままタクシーが来るのを待つ。

しばらくして、仕事場の前にタクシーが来て私の前に止まる。
友人に教えてもらったタクシー会社の名前と同じなのでこのタクシーで間違いないはず
念の為ドアに書かれた【小原タクシー】の文字を確認する。うん、このタクシーで間違いないみたいです。
タクシーに乗り込んで緊張している私とは対照に冷静な顔をした運転手を見て安堵する

そんな数週間前の出来事を思い出し突然告げられた真実にまだ頭の中が混乱している私を余所に彼女は話しを続ける
「やっぱり人間と獣人のカップルって珍しいのかしらね」
「私の知る限りでは、私達以外だと私の幼なじみの獣人とその人間の恋人の一組しか見たことがないですね」
「そっか。今まで自分達以外の人間と獣人カップルに一度も会った事がないから吃驚しちゃった」
「ええ、私の方こそ驚きました…。」
その後お互いの恋人の話になり彼女の恋人である獣人の方は私のような狼の耳や尻尾ではなく
兎の耳と尻尾が生えている事、格好良いと言うよりは可愛い、美人、と言う言葉が似合う容姿をしているのだとか
私の恋人は天然で少し幼い所があるけど元気でとても優しい性格で可愛い女性だと言う事を伝えた
私の恋人も彼女の恋人も普段は優しいけど怒ったら怖いと言う共通点で盛り上がってしまった。
恋人の事を話す機会がなかなか無くて話し込んでいる内にいつの間にか家の前まで着いていた
タクシー料金を払い降りる前に礼を言って
「恋人の話を出来る相手がなかなか居ないから楽しかった」「私もです。」と言葉を交わして
タクシーを降りました。

とりあえず今日はここまで。続き書けたらまた投稿します。

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