【DQ7】マリベル「おやすみなさい ミントちゃん。」【後日談】 (229)




*「シャークアイさまは たいそう ネコが お好きでねえ。」
*「特に かわいがってなさった ネコの ミントちゃんを 奥さまの お守りにと コスタールに 残したのさ。」




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1487160411


原作:ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち by スクウェア

前作:
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1482503750/)

形式:地の文+セリフ(原作風)



セリフの読み方:(例)

アルス「…………………。」
→名前の判明しているキャラクター(本作品では主人公も思いっきりしゃべります)

*「…………………。」
→原作中で名前の出なかったキャラクター
→名前はわかっていても表示されないキャラクター (一部除く)

*「「…………………。」」
→二人が同じ台詞を言う場合

*「「「…………………。」」」
→三人以上が同じ台詞を言う場合

[ 〇〇は ××を △△に 手わたした! ]
→ゲーム中に登場するメッセージボックス



・作者は小説版も漫画版もちゃんと読んでいません。悪しからず。

・お話は前作の流れを引き継いでいますので、先にそちらを読まれたほうが楽しんでいただけると思います。
(一部のまとめサイトさんには前作の「エピローグ」が掲載されていません。まだお読みでない方は上記のURLからどうぞ)



行方不明となっていた少年がエスタード島に帰還して早一か月が過ぎようとしていた。



マリベル「いってらっしゃい。」



ここは閑静な港町フィッシュベル。

前回のアミット漁の際、魔物の襲撃で漁船が使えなくなってしまったこともありしばらくの間漁は行われていなかったが、
一週間ほど前から新しい漁船が完成するまでの繋ぎとして沿岸での小規模な漁が始まっていた。



*「よーし 出航だ!」



そんなある日の朝、少女は小さな船で海へと漕ぎ出していく漁師たちを見送っていた。

マリベル「ふう……。」

漁師たちの姿が小さくなったのを見届け、少女は自分の家に向かって歩き出す。

“ギィ……”

*「あら マリベルおじょうさま みなさんの お見送りに いっていらしただか?」

少女が重たい扉を開けると、ちょうど朝食の支度を終えたばかりの給仕人が少女に話しかけてきた。

マリベル「まあね。」

*「おじょうさまは エラいですだよ。今や だんな様よりも 早起きなんですから。」

マリベル「そう?」

*「あっ…。アルスさんの お見送りですだか?」

そう言って給仕人の娘は不敵に笑う。

マリベル「な なーんでもいいじゃない。それより もう ご飯?」

視線を逸らしながら少女は話題を変える。

*「ええ。お二人とも お待ちですだよ。」

使用人もそれ以上の追求をやめ、少女を居間の方へと誘導する。



アミット「おお おはよう マリベル。今朝は 早かったな。」



部屋では既に席に着いた両親が少女を待っていた。

マリベル「おはよう パパ ママ。」

*「ふふっ。お見送り ご苦労様。」

マリベル「う うん……。」

どうやら両親にも少女の行動はバレバレだったらしい。少女の母親は上品に口元を隠しながらもどこか生暖かい笑みを浮かべている。

アミット「さっ それじゃ いただくとしようじゃないか。」

どこか気恥ずかしそうな少女に気を利かして父親が少女を席へと促す。

マリベル「いただきまーす。」

温かいスープから立ち上る湯気に誘われ席へ着くと、少女ゆっくりと朝食に手を付け始めた。



それは何でもないような朝の景色。

それでも少女は以前の退屈な日々とは違う充実感を覚えていた。

朝、港で漁師たちを送り出し、網元としての仕事の勉強をしながら世界を回り、
何か事件や異変が起きてないか情報収集をし、夕方になれば漁師たちの帰りを待つ。

そして時には少年と……。


アミット「ところで マリベル。」

少女がそんなことを考えていた時、不意に父親に呼ばれその思考は途切れた。

マリベル「…なあに パパ?」

アミット「いや 昨日は ずいぶん 遅かったが どうしたんだ?」

マリベル「え えっと……。」

“ぎくり”と少女は思わず言葉に窮する。

アミット「まさか あの時間に 遠出してたんじゃ ないだろうな?」

そう言って父親は心配そうに少女の顔を見つめる。

マリベル「ち ちょっと そこを 散歩してただけよ。」

と、少女は半分事実を隠してお茶を濁そうとするのであったが。

*「……アルスと?」

もう半分の事実はあっさりと母親に見透かされてしまうのだった。

マリベル「へっ……?」

思わず素っ頓狂な声が漏れる。

そう、少女は時々夜中に家を抜け出しては婚約者と二人で海岸を散歩していたのだ。

アミット「……なに 別に 悪いとは言わんが あんまり カラダに 負担をかけるような ことは するんじゃないぞ?」

そう言って少女の父親はまた一口パンをかじる。

マリベル「はーい。」

少女は内心ドキッとしながらもなるべく平静を装って返事をした。



あれからというものの少女は、少年の漁の無い日は二人でどこかへ出かけたり、漁のある日は夕方や夕食後にこっそりと二人で会ったりしていたのだ。

*「まあまあ あなた。」
*「アルスと 一緒なら きっと 大丈夫ですよ。」

そんな二人を微笑ましく思いながら母親が娘をかばう。

件の少年も少女の両親とは関係も良好で、時々遊びに来ては食事を共にするなど順調に関係を深めつつあった。

一方の少女も少年の家に入り浸っては少年の母親の料理を手伝ったり父親を交えて漁の話を聞いたりと、
やがてやってくるであろう時を見据え以前にもまして親密になりつつあった。

マリベル「…………………。」

母親の気遣いに反って恥ずかしくなり、少女は少しだけ頬を染める。

*「はあ~… わたしも はやく 素敵な出会いが したいですだよ。」

そんな少女の向かい席で使用人の娘が悩ましいため息をつく。

マリベル「……たまには 休みとって 城下町に 行ってくれば いいじゃないの。」

アミット「おお そうだな。まあ 事前に 言っておいてくれれば こっちも なんとかするから たまには 行っておいで。」

*「ほ ホントですだか!?」

雇用主の言葉に思わず娘は身を乗り出す。

*「うふふ。たまには 羽休めも 必要よね。」

*「あ ありがとうございます~!」



何でもないような日常の中、また一つ食卓に大輪の花が咲いたのだった。



マリベル「あ~ふ……。」

食事を終えた少女は自分の部屋を目指して階段を上っていた。



マリベル「ん……?」



そうして大きな欠伸をしながら部屋の前までたどり着いた時。

“カシカシ……”

何かを引っ掻くような音が扉の向こうから聞こえてきた。

マリベル「はいはい いま 開けるわよ。」

そう言って少女が音の主に呼びかける。

そして……。



*「なう~~!」



扉を開けた瞬間、その隙間から一匹の猫が少女に飛びついてきた。


マリベル「トパーズ。」

トパーズ「…………………。」

“トパーズ”と呼ばれたのは二月ほど前の航海でひょんなことから仲間になったオスの三毛猫で、
アミット漁が終った後、少女によってこの家の飼い猫として新たに迎え入れられていたのだった。

マリベル「……あの子は あっちの部屋かしら。」

膝に前足をかけて立ち上がる三毛猫を抱きかかえ、少女は自分の大きな部屋を見渡す。
どうやらもともとこの家で飼われていたもう一匹の猫は両親の部屋で寝ているらしい。

トパーズ「な~お。」

マリベル「ん~?」

三毛猫の言葉を流しながら少女は化粧台の前に座る。

マリベル「今日は 何を しようかしらねー。」

そう言いながら少女は鏡に映った自分を覗く。

その首元にはきらりと光る涙の形をした真珠があった。

それは少年が少女に託したもう一つの両親からのお守り。

マリベル「…………………。」

あれからというものの少女はほとんど肌身離さずにこの垂れ飾りを付けていた。
少年が漁に出ていない間もこれを見ればたちまちに寂しさが和らいでいくような気がしていたからだ。

マリベル「うふふっ。」

そうして一人真珠を見つめては頬を緩ませる少女だったが、ふと自分の顔を眺めた時、とあることに気が付く。

マリベル「……やだっ クマ できてるじゃない。」

ここのところ少女はあちらこちらへと飛び回り、夜には遅くまで少年と談笑して過ごしていたためか顔には疲労の色が見え始めていた。

今朝の様に早起きをしたこともまたその要因の一つ。

マリベル「う~ん 今日は ゆっくりしてた方が いいかしらね……。」

鏡の向こうの自分と相談する。

*「……。」

話し相手は黙って頷き、少女の言葉を肯定してみせた。

マリベル「……そうよね。たまには のんびり 家で過ごしても いいわよね~。」

そう言って少女は立ち上がり、今度は自分のベッドへと腰掛ける。

マリベル「おいで トパーズ。」

トパーズ「なう~。」

床でゴロゴロしていた三毛猫は少女に呼ばれると、その広げられた両腕の中にすっぽり収まるように飛びついてきた。

マリベル「あんたも すっかり ウチに 慣れたわね。」

トパーズ「…………………。」

少女の言葉には答えず、三毛猫はその膝の上で撫ぜられるがままにしている。

マリベル「…………………。」

そうしてしばらく猫の毛の感触を楽しんでいた少女であったが、単純な作業の繰り返しのせいか次第にその瞼が重たくなるのを感じていた。

マリベル「う…うん……。」



気付けば少女は三毛猫を抱えたままベッドに横たわっていた。

マリベル「…スー スー……。」

まだ東の空を太陽が昇りゆく中、まるで導かれるように少女は眠りへと落ちていくのだった。



今日はここまで

どうしても書いておきたい話があったので短編として少しだけ前作の続きを。
既に最後まで書き起こしてあるので手直しが終わり次第投稿します。
投稿の予定は不定期ですが、あまり期間はおかないかと。

今回のお話は短いのでレスがのびのび使えて嬉しいです




最初はちょっとした人助けのつもりだったの。

離れ離れになった家族を引き合わせてあげようって。



でも、それがいつの間にか決して起こり得なかった数奇な巡り合わせをもたらすなんてね。

この時のあたしは、そんなこと考えもしなかったわ。



そう……。



それはある温かい日のことだった。







第1話:海からの訪問者







*「おおーい! そっちは どうだー!?」



*「まあまあだ! そっちは!?」

*「こっちも そこそこだ!」

*「そろそろ 昼飯に しようぜ!」

*「おうよー!」

*「……ごくろうさん。お前も メシにしたらどうだ?」

*「あ ハイ……。」

*「しかし 前なら こんな 近くに 魚の群れなんて 来なかったのによ。」
*「今じゃ この通りだ。小舟でも なんとかなっちまうんだから わかんねえもんだな。」

*「……そうですね。」

*「どうした? なんかあったか?」

*「あ いえ。なんでも ないんです。」



*「おーい! 遠くに なんか 見えるぞ!」



*「なんだってーっ?」

*「あっちだ! あれは… 船……?」
*「……ま まさか!」

*「…………………!」





*「…………………!」



マリベル「…ん… んん……?」

もうすぐ昼時になろうかという頃、窓の隙間から入り込んできた喧噪に少女は目を覚ました。

マリベル「……何かしら?」

トパーズ「うう~… ニャ…。」

少女はぼんやりした頭を覚ますがてらに乱れた髪を軽く櫛で整えると、部屋を出て階下へと降りていった。



*「あっ マリベルおじょうさま。」



広間では使用人の娘がそわそわした様子で掃除をしていた。

マリベル「表が 騒がしいけど 何か あったの?」

*「それが…… マール・デ・ドラゴーンが 来てるらしいんですだよ。」

娘は窓の外をちらりと見て言った。

マリベル「えっ!? シャークアイさんたちが?」

*「それで 漁師のみなさんも 戻ってきてるらしくて……。」

マリベル「わかったわ!」

それだけ言うと少女は玄関を飛び出していってしまった。



*「わ わたしだって 見に行きたいですだよ……。」



そうして残された使用人は愚痴をこぼしてつまらなさそうに掃除を続けるのだった。



*「はぁ~ いつみても でっけなあ。」

*「フィッシュベルに 寄っていくのかねえ?」

*「……みたいじゃな。」

*「うわー! アミット号より おっきい!!」

船着場には既に話を聞きつけた村人たちが集まって来ており、見なれない光景にどこか興奮した様子でそれぞれの感想を口にしていた。



マリベル「ちょっと。」



*「あっ マリベルちゃん。」

人だかりの後ろの方から少女が話しかけるとそれに気づいた婦人が少女のために間を開けた。

マリベル「こんにちは おばさん。船は?」

*「あっちだよ。」

そう言って婦人は件の船の見える方向を見やる。

*「ううむ。今度は いったい どうしたというのだろうか。」

*「また 何か たいへんな ことが 起きてなければ いいんだけど……。」



マリベル「……あっ パパ ママ。」



しかし少女の目には船よりも先に自分の両親の姿が飛び込んできたのだった。


アミット「おお マリベル。漁師たちが マール・デ・ドラゴーンを連れて 帰ってきたんだよ。」

父親の指す先には確かに漁師たちを乗せた小舟が数隻と、その後ろからやってくる巨大な双胴船が見えていた。

マリベル「……どうしたのかしら…?」
マリベル「…………………。」



[ マリベルのまなざしは うみどりの目となって 大空をかけぬけた! ]



少女が意識を集中させ、一番近くまでやってきていた漁師の船を覗き込む。

*「…………………。」

しかし漁師たちの顔に切迫した様子は見て取れない。

マリベル「う~ん?」

*「マリベル 何か わかるの?」

隣で唸る娘に母親が問いかける。

マリベル「……特に 焦った感じには 見えないわ。」

*「そう……。」

アミット「とにかく 漁師たちを迎える準備をするんだ。」

村の名士である網元が群衆に呼びかける。

アミット「ああ それから!」
アミット「もしや マール・デ・ドラゴーンの人々が こっちに来るやもしれんからな。」
アミット「何か もてなす用意を しておいてくれ。」
アミット「それと 誰か 手が空いていれば グランエスタードに 走ってくれないか?」

マリベル「あら それなら あたしが 行こうかしら?」

アミット「いや マリベルは ここに残って 応対してくれ。」

“かの一族とのこととなれば顔見知りが大いに越したことはない”

そう判断し、網元は娘を引き止めた。

マリベル「…わかったわ。」



*「オレ 行けますよ!」



その時、非番で待機していた漁師の一人が名乗りを上げる。

アミット「おお そうか 行ってくれるか! では 頼んだぞ!」

*「ウッス!」

短く返事して漁師は速足に村を出ていった。

アミット「さて わしらも 行動に移るとしよう。」

その一言を皮切りに住民たちは一斉に動き出す。

マリベル「…………………。」

そんな中、少女は漁師たちの帰りを今か今かと待ち続けるのであった。





*「おーい!」



それからしばらくして漁師たちが船着場へと到着した。

*「おーい! お客さんだぞー!」

最初に船を停留させた漁師が叫ぶ。

アミット「お客さん… つまり……。」

*「ああ アミットさん。ビックリですぜ 急に 来るもんですからな。」

網元が思案していると船から降りてきた漁師がどこか楽しそうに言った。



*「アミットさん ただいま 戻りましたぜ。」



そこへ漁師たちの頭が後から続いてやってきた。

アミット「おお ボルカノどの お客さんと 聞いたのだが これは……。」

ボルカノ「ああ そのまんまの意味だ。彼らは 観光と用事で ここへ来たらしい。」

アミット「つ つまり 何か たいへんなことが 起きたわけじゃ……。」

*「ええ 特に 問題は ありませんよ。なっ!」



*「はい。」



漁師の一人に促されて船から降りてきたのは漁師頭の息子にして世界の英雄である少年だった。


マリベル「アルス!」

アルス「やあ。」

マリベル「おかえり。」

アルス「ただいま マリベル。」

少女は船から降りた少年と軽く抱き合う。

マリベル「マール・デ・ドラゴーンを 連れて帰ってくるんだもん 何事かと 思っちゃったわよ。」

アルス「ははは…… 実はね。」



アミット「おお そうだ アルスよ。彼らは ここまで 来るのか?」



少年が事情を説明しようとしたところへ少女の父親が尋ねる。

アルス「はい。すぐに アミット号ほどの 帆船に 乗りかえて やってくると 思います。」

アミット「そうか そうか。では やはり もてなす 準備が必用だな。」

アルス「あ いえ みんなが みんな 来るわけじゃないと思うので そんなに大規模には……。」

網元の言葉に少年は遠慮がちに手を振ってみせた。

マリベル「あら そうなの?」

ボルカノ「先に グランエスタードに行って あいさつして いきたいらしい。」

アミット「そうか。なら 急ぐことは なさそうだな。」

ボルカノ「まあ なんにせよ 向こうの 予定次第だな。」

そう言って漁師頭は他の漁師たちに混じって獲れたての海の幸を船から降ろし始める。



*「おおっ いい型だな!」

*「脂のってて 美味しそうね。」

*「わーい! 今日も お魚だー!」

大事ではないと知った村人たちは来訪者のことも半分に本日の漁獲の品定めに興じるのだった。





*「おふたりとも しばらくぶりであった。」



それから半刻ほどしたところで、漁師たちの後を追い海賊たちが帆船に乗って船着き場へと来航した。

アミット「シャークアイどの ようこそ フィッシュベルへ。」

ボルカノ「シャークアイさん その節では 世話になりました。」

そう言って海賊の総領と漁師頭、そして網元はがっちりと握手を交わす。

シャーク「……妻から 話は聞きました。」
シャーク「息子の 命に係わるような状況で 何もできずにいた自分が 恥ずかしいくらいだ。」

総領は肩を落とし少年の顔を見つめた。

ボルカノ「よしてくれ シャークアイさん。あれは どうしようも なかったんだ。」
ボルカノ「それに アルスは この通り ピンピンしている。」

アルス「ははは……。」

父親に肩を叩かれ、少年はバツが悪そうに頭を掻く。

ボルカノ「それで 十分じゃないですか。」

シャーク「……そう言っていただけると 気が 楽になる。」


ボルカノ「ところで アニエスさんは?」

話を変えようと漁師頭が海賊の帆船を覗く。

シャーク「ああ 妻なら まだ マール・デ・ドラゴーンの中です。」
シャーク「なにせ あの姿だ。あまり 人目について 騒ぎを 起こされたくなくてですな……。」
シャーク「あいさつに 来られないことを お許しいただきたい。」

そう言って総領は再び視線を落とす。

ボルカノ「いや それなら 仕方ねえ。気にせんでください。」

シャーク「かたじけない。」

ボルカノ「……そういえば シャークアイさん この後 王さまんところに 行くんだろ?」

シャーク「あ ああ そうですが。」

ボルカノ「アルス お前が 行ったほうが 話が 早い。」
ボルカノ「シャークアイさんの お供をしたらどうだ?」

アルス「え……?」

確かに王とは親しい中の自分がお供をすれば少しは話も円滑に進むかもしれない。
しかし自分には漁師として積荷や漁獲の整理、道具の手入れなどの仕事もある。



“どちらを優先させるべきか”



アルス「父さん。」

そう考えあぐねて少年は父親に向き直る。

ボルカノ「むっ? ああ ここのことは 任せておけ。」

しかしそこは流石の漁師頭、少年の葛藤を一瞬で見越してそっと背中を押すのだった。

アルス「……わかりました!」




マリベル「ねえねえ アルス。」



父親の言葉に頷く少年の袖を少女がつまむ。

アルス「ん?」

マリベル「ちょっと 魔法のじゅうたん 貸してくれないかしら。」

アルス「…いいけど どうして?」

突然の要求にわけがわからず少年は首をかしげる。

マリベル「……ちょっとね。」

そう言って少女は自分の首元で煌めく涙の形をした真珠の垂れ飾りを持ち上げた。

アルス「…………………。」

それでも少年はそれがどんな意味なのか分からずにさらに頭を捻る。

マリベル「……まあ いいわ。」
マリベル「とにかく 貸してちょうだい。」

アルス「う うん。」

結局答えも出ないまま少年は少女の望み通り摩訶不思議な“ふくろ”の中からするすると空飛ぶ絨毯を取り出して地面に広げるのだった。

マリベル「ありがとっ。」

少女は短く礼を言ってそれにしゃがみ込むと、絨毯をふわりと浮かせてゆっくりと海の方へ、巨大双胴船へと向けて飛んでいってしまった。

*「ななな……!」

*「なんだありゃあ!」

*「すご~い! マリベルおねえちゃん 空とんでる!」

*「おったまげた! 空飛ぶじゅうたんなんて この世に あるのかい!」

アルス「…………………。」

そんな光景を目の当たりにした村人たちの初心な反応を横目に少年は総領へと振り返る。

アルス「それじゃ 行きましょうか シャークアイさん。」

シャーク「うむ。」

ボルカノ「また 後で うちに 寄っていってくだせえ。」

シャーク「ええ それでは また 後ほど。」

こうして少年と海賊の総領は、昼時の太陽が温かく照らす中、この島を統べる王の元を目指して親子二人で歩き始めるのだった。




*「どうやら 総領たちは 無事に フィッシュベルまで たどり着いたようだな。」



少年達が村を出発した頃、少し離れた海の上では海賊船の副長が望遠鏡を片手に船着き場の辺りを眺めていた。

*「はい そのようですな カデル様。」

カデル「よし おれたちは そろそろ 昼食にするとしようか。」

*「はい。」

そうして港へと降り立った船員たちを見届けた海賊たちが、船室へと戻ろうとした時だった。



*「ん……?」
*「あっ か カデル様!」



一人の海賊が村の方を見ながら副長に叫んだ。

カデル「どうした!?」

*「な 何か こっちへ向かって 飛んできます!」

カデル「なにっ!?」

部下の報告に副長は再び海を見やる。

カデル「……あれは!」





*「とうちゃく~。」





そうして海賊たちが呆然と眺めているうちに、謎の浮遊物体は甲板の上までやってきて高度を下げた。


*「あ あなたは……!」

カデル「マリベルどの!」

突然の来訪者に副長は目を見開く。

マリベル「こんにちは カデルさん。」

絨毯から甲板へと降り立った少女は副長にスカートの両端をつまんでみせた。

カデル「ど どうして マリベルさんが ここに……?」

マリベル「アニエスさんに お話があってね。」

カデル「お… おお そうでしたか。」
カデル「それにしても よく お越しくださいました。」
カデル「その… それは いったい なんですか?」

そう言って副長は少女の乗ってきた赤い布を指さす。

マリベル「えっ ああ これ? これは 魔法のじゅうたんよ。」

*「…まほうの じゅうたん……?」

少女が簡単に説明してみせるも海賊たちはさっぱりといった様子で首をかしげている。

マリベル「そっ。それより アニエスさんは いらっしゃるかしら?」

カデル「ええ いつものように 船長室に おいでです。」

マリベル「そう。面会しても いいかしら?」

カデル「もちろんです。アニエスさまも およろこびになるでしょう。」

マリベル「ありがとう。それじゃ ちょっと 行って……。」

“行ってくるわね。”

そう言おうとした時。





*「ぐう……。」





少女のお腹が乾いた叫びをあげた。


マリベル「…………………。」

カデル「…………………。」

*「…………………。」

マリベル「あ あはは……。」

恥ずかしさのあまり少女はお腹を両手で抑え、真っ赤な顔で空笑いするしかできないのだった。

カデル「……マリベルさん 良かったら その前に 食事は いかがですか?」

*「料理人たちには 言っておきますから どうぞ 食べていってくださいよ。」

気を利かして海賊たちが少女に食事を勧める。



もちろんその頬が緩み切っていたのは言うまでもない。





アルス「…………………。」



シャーク「…………………。」



少女が双胴船の甲板へとたどり着いた頃、少年とその実父は二人、城下町を目指して街道を歩いてた。

アルス「…………………。」

本来であれば転移呪文で一瞬にしてたどり着けるものを、少年はわざわざ徒歩で行くことを選んだ。
それでも親子で歩く妙な気恥ずかしさから、少年も、そして隣を歩く父親もどことなく無口になってしまっていたのだった。



シャーク「……アルス カラダの調子は もう いいのか?」



しばらくそうやって無言で歩いたところを、なんとかして静寂を破らんと総領が息子に訊ねる。

アルス「え あっ はい。」
アルス「アニエスさんの おかげで なんとか……。」

そう言ってどこかぎこちない笑みを浮かべながら少年は軽く腕を動かした。

シャーク「そうか……。」

アルス「あの……。」

シャーク「む?」

アルス「アニエスさんは… お母さんは 元気にしていますか?」

少年の実母は息子の危機について事前に水の精霊からお告げを受け、海中から少年を救い出し海底王の家にて付きっ切りで看病してくれたのだった。

シャーク「ああ。急にいなくなるもんだから 心配したが 帰ってきた時には ずいぶん ほっとした顔をしていたよ。」

突然妻が失踪してから二週間以上の間、夫たち海賊はずっと彼女を探しながらその帰りを待っていたのだ。

アルス「そうですか… ごめんなさい ぼくが 油断したばっかりに……。」

自分の落ち度で多くの人々に迷惑をかけたという罪悪感から、少年は肩を落として視線を下げる。

シャーク「お前が 気に病むことはないさ。」
シャーク「なにせ 世界は 再び お前のおかげで 救われたんだからな。」

アルス「……はい。」

父親からの労いにもその返事はどこか自分を無理やり納得させるようなそれで、少年の視線は尚も細長く伸びた茶色に向いたままだった。


シャーク「…それより どうだ? あれから 何か あったか?」

そんな息子を気遣って父親は話題を当たり障りのないものに変えようと試みる。

アルス「え えっと 何かって……。」

シャーク「そうだな… 漁は どうしてる。」

アルス「漁は… 見ての通り アミット号が 廃船になってしまったので 小さい船で ほそぼそと やってる感じです。」

シャーク「うまく いってるのか?」

アルス「アミット号とは 勝手が違くて まだ うまくはいってませんけど……。」
アルス「毎日 充実してます。」

シャーク「…そうか それは 何よりだ。」
シャーク「漁は 毎日 しているのか?」

アルス「いえ 毎日という わけじゃ……。」

シャーク「漁のない日は 何を してるんだ?」

どうも父親としてこの少年の私生活が気になったらしい。
海賊の総領は滅多な機会はないとでも言いたげに少年を見やった。

アルス「えっと… まあ その……。」

シャーク「……?」

アルス「…休みの日は 彼女と 出かけたりしてます。」

そう言う少年は自分の顔が熱を帯びていくのを感じていた。

シャーク「…マリベルどのとか。」
シャーク「さっきは ほとんど 話せなかったが 彼女とは うまくいってるのか?」

アルス「ええ まあ。」

少年はくすぐったそうに頬を掻く。

シャーク「はっはっは! 彼女は 本当に いい人だ。きっと お前のことを 支えてくれる。」
シャーク「オレから 言うのも なんだが… 大事にするんだぞ。」

アルス「……はい わかってます。」

返事こそ控えめではあったが、それでも少年は父親の言葉に力強く頷いてみせた。



シャーク「むっ 町が見えてきたな。あれが グランエスタードの城下町か?」



そう言って総領は丘の上に見える建物群を指さす。

アルス「はい。」

シャーク「ここの王と会うのは はじめてなのだが バーンズ王というのは どんな 人物なんだ?」

アルス「威厳のある 王様です。でも 人々と距離が 近くて たまに あいきょうが あって 人気のある人ですね。」
アルス「お后さまを 亡くされてから ずっと 一人で 国を治めてて よく 名君と 呼ばれてます。」

シャーク「そうか それは 会うのが 楽しみだな。」

アルス「きっと 歓迎してくれますよ。」



いつの間にか少年も、その父親からも自然と笑みが零れていた。

まるで隔たれていた数百年の時を少しずつ埋めていくように、他愛のない会話をしながら二人はまだ上の方に見える城下町を目指して歩き続けるのであった。


休憩します
続きは今日の遅くに更新する予定です




マリベル「う~ん お腹いっぱい!」



昼すぎ、双胴船の食堂では少女が食事を終えてお腹を擦っていた。

マリベル「うちの船も これくらい 大きければ 揺れなんて 気にしないで 食べられるのかしらねー。」

などと、到底実現しそうにはないことに想像を膨らます。

マリベル「ごちそうさま。それじゃ あたしは アニエスさんの ところに 行ってくるわね。」

そう言って少女が席を立とうとした時だった。



*「みゃ~お。」



一匹の茶虎猫が少女の足元へとすり寄ってきた。

マリベル「あら? お腹空いてるの?」

*「みゃう~。」

猫は一鳴きし、何かを催促するように少女の膝に前足をかける。

マリベル「う~ん… あ これなら いいわよ。」

少女は皿の上を眺め、小さな鶏肉の切れ端を猫に差し出した。

*「にゃ。」

猫はしばし少女の顔を見つめていたが、これ以上はもらえないとわかると渋々その場を後にするのだった。

マリベル「…ふふっ。」




*「あらあら マリベルさんは ネコちゃんに 甘いのねえ。」



そんな様子を目の当たりにし、近くで紅茶をすすっていた恰幅の良い婦人が笑った。

マリベル「あら もしかして ダメだったかしら?」

*「いいえ~ とんでもない。この船では ネコは お守りみたいなもんですからね。」
*「みんな 少しずつ エサを あげてるんですよ。」

婦人は別の席でおねだりをしている茶虎猫を見て言った。

マリベル「そう なら 良かったわ。」

*「マリベルさんは ネコが お好きなのかしら?」

マリベル「ええ 大好きよ。うちにも 二匹の ネコがいるの。」

*「あら そうだったの! いや 実は シャークアイさまも たいそう ネコが お好きでねえ。」

マリベル「そうだったわね。たしか 前も ミントちゃんって……。」

少女は以前この船に乗り込んだ時に目の前の婦人から聞かされた話を思い出していた。

*「そうそう ミントちゃん。この前 そのことで シャークアイさまが ちょっと 落ち込んでてねえ。」

マリベル「えっ あの シャークアイさんが?」

*「そうなんですよ。アニエスさまとは 再会できたけど 大事にしていた ミントちゃんとは 会えずじまいだったってさ。」

マリベル「……そう。」

あの聡明でいつも冷静な総領がたった一匹の猫のことで落ち込んでいるなどとは少女にはにわかには信じられない話だった。

*「まあ こればっかりは 仕方ないさね。」
*「それよりも お子さんと 会えない方が よっぽど 辛いだろうと 思うんだけどね。」

マリベル「……そうよね。」

“そういえば アルスのことは あたしたちしか 知らないんだった。”

そんなことを考えながら少女は自分の膝を見つめる。

*「おっと 引き止めて 悪かったね。アニエスさまに 用がお有りなんでしょう いってらっしゃい。」

マリベル「ええ……。」

そう返して少女は船長室にいるであろう少年の実母の元へと歩き出すのだった。





*「ややっ これはこれは アルスどの!」



その頃、城の跳ね橋前では少年と海賊の総領が一人の兵士に呼び止められていた。

アルス「こんにちは。」

*「今日は 見慣れない方と ご一緒ですな。」

兵士はそう言って少年の隣に立つ長髪の男に目を配る。

シャーク「以前 来航したときにも うわさがいっていたかと存じるが オレは マール・デ・ドラゴーンという船から 来た者だ。」

アルス「今日は 王さまに ごあいさつをと…。」

*「そうでありましたかっ 王も お喜びになるでしょう! どうぞ お進みください。」

それを聞いて兵士も納得したのか、にこやかに笑って二人を通した。

シャーク「かたじけない。」

アルス「さあ 行きましょう。」

シャーク「ああ。」

そうして二人は兵士に軽く礼を言い、再び城門を目指して歩き出そうとした時だった。





*「アルスじゃない! それにキャプテン・シャークアイも!」





*「「……!」」

不意に聞こえてきた声にバルコニーを見上げれば、そこには少年の戦友である王女が欄干に手をかけてこちらを見つめていた。

アルス「アイラ!」

アイラ「よっ…… と。」

それに気づいた少年が名前を呼ぶ間に王女は柵を乗り越え、少年たちの前へと軽く降り立った。

アイラ「ハーイ アルス。それに シャークアイさんまで!」

アルス「やあ アイラ。」

シャーク「これは アイラどの ご無沙汰している。」

アイラ「今日は ふたりして どうしたのかしら?」

アルス「うん シャークアイさんが 王さまに あいさつをね。」

シャーク「偶然 近くまで 寄ったものだからな。これから先のことも 見すえて。」

アイラ「そうだったの。バーンズ王は いつも通り えっけんの間にいるわ。」

そう言って王女は二人を手招きする。

アルス「…………………。」

シャーク「…………………。」

少年と総領は顔を見合わせ、前を歩く王女の後について歩き出すのだった。



アルス「アイラ 最近 何か 変わったことはある?」

謁見の間へと向かう最中、少年が王女の背中に尋ねる。

アイラ「変わったこと? そうね……。」

二階へと続く階段を上りながら王女は顎に指を置いて思案する。

アイラ「……アルスは マリベルから 聞いてるかしら?」

アルス「何が?」

アイラ「いや 実は 王さまが……。」

と、王女が思い出した様に話し出した時だった。





*「あっ!」





階段を上りきったところで一人の少女が王女の元へと駆けてきた。

アイラ「あら リーサ。」

リーサ姫「こんにちは アルス ……と…。」

王女が少年ともう一人知らない人物を連れているのを見て姫は首をかしげる。

アイラ「ああ 前にも 話したでしょ? この人は 海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領 キャプテン・シャークアイよ。」
アイラ「シャークアイさん こっちは リーサ。この国の 姫よ。」

シャーク「お初に お目にかかる。」

王女の紹介を受け、総領は胸に手を当て軽く礼をする。

リーサ姫「は はじめまして……。」


何か思うところがあったのか、姫は少年と総領の顔を交互に見て不思議そうな顔をした。

リーサ姫「ねえ アイラ なんだか……。」

アイラ「何かしら?」

リーサ姫「アルスと …シャークアイさん なんだか 似てると 思わない?」

アイラ「……うーん 言われてみると そんな気も しなくはないわね。」

姫の言葉に王女も二人の顔をじっくりと覗き込む。

シャーク「……きっと 偶然でしょう。」

アルス「そ そうだ アイラ さっきの続きだけど……。」

一から説明するのも面倒に思い、少年は早々に話題を戻すことにしたのだった。

アイラ「えっ? ああ そうそう 最近 ある人が 王さまと 仲良くしてるの。」
アイラ「ねっ リーサ。」

リーサ姫「そうなのよ アルス!」

アルス「えっ あれから うまくいってるんですか!?」

以前城より帰った少女から聞かされた話を思い出して少年は驚きをにじませる。

アイラ「お后様 一筋だと 思ってたんだけどね。王さま けっこう 悩んだみたい。」
アイラ「あの人の 想いを むげにするのも 忍びないって言ってさ。」

リーサ姫「わたしからも 言ったのよ。」
リーサ姫「きっと お母さまは お父さまの 幸せを 願うはずよって。」
リーサ姫「それに わたしも 家族が増えたら いいなあって 思ってたの。」

アイラ「そしたら 最近 少しずつだけど ふたりで 話すように なったみたい。」
アイラ「うふふっ。」

リーサ姫「うふふふっ!」

アルス「……そっか。」

楽しそうに笑う二人の王女に、少年は少しだけ安心した様子で短く息をついた。

シャーク「…込み入った 事情が あったようだな。」

傍で話を聞いていた総領が難しい顔で少年を見やる。

アルス「はい……。」

アイラ「あっ いけない。王さまとの お話が まだ だったわね。」

リーサ姫「ごめんなさい 引き止めちゃって……。」

アルス「いえ ぼくも 気になっていましたから。」

バツが悪そうに眉を下げて微笑む姫に少年は小さく手を振った。

アイラ「それじゃ 行きましょうか。」

シャーク「…そうだな。」

そうして三人は立ち話もそこそこに再び謁見の間を目指して階段を上りだしたのであった。





アイラ「王さま お客さんです。」



三階へとたどり着いたところで先行して歩いていた王女が広間の奥へと呼びかける。

バーンズ王「む 客人とな?」
バーンズ王「おおっ そこにいるのは アルスではないか!」

王女の後ろから顔を出した少年を見て王が玉座から身を乗り出す。

アルス「こんにちは 王さま。」

少年は王の前に出ていつものように軽く礼をした。

バーンズ王「うむ よくぞ まいった。」
バーンズ王「どうじゃ 漁は うまくいっておるか?」

アルス「はい… たいへんですけど なんとかやってます。」

バーンズ王「うむうむ お前には 期待しておるからのう アルスよ。」

“息子の親友にして国の英雄である少年が今では順調に漁師として成長している”

一時的にとはいえ行方不明となったこともあってか、心配していただけにそのことが非常に嬉しかったらしい。
王は満足げに何度も頷いてみせた。



バーンズ王「ところで そちらは……。」



少年の隣へ立った人物に視線を移して王が問う。

シャーク「お初に お目にかかる。」
シャーク「オレは マール・デ・ドラゴーンの総領 シャークアイと申す。」

そう言って総領は丁寧な動作で礼を交わした。

バーンズ王「おおっ そなたが キャプテン・シャークアイか!」
バーンズ王「アイラから 話は 聞いておるぞ。アルスたちを 助けてくれたそうじゃな。」
バーンズ王「民を代表して 礼を言うぞ。」

シャーク「いや。オレは 一族としての務めを 果たしたまで……。」

謝辞の言葉に総領は遠慮がちに首を振った。

バーンズ王「わっはっは! 何を 謙遜することがあろう。」
バーンズ王「……して 今日は どういった 用件で 来たのじゃ?」

シャーク「既に お聞き及んでいるかと 思うが オレたち マール・デ・ドラゴーンは 数百年の時を 隔て 魔王の封印より 目覚めたばかり。」
シャーク「当時と違い 各国との関係が 切れてしまっている。」
シャーク「そこで 先の事件以来 縁のある 貴国と 親交を 結びたいと 考えましてな。」
シャーク「今日は そのことで あいさつに伺った次第。」

バーンズ王「なんと! そうであったか! これは 嬉しい 申し出じゃのう。」
バーンズ王「ここで 良ければ いつでも 来るがよいぞ。」
バーンズ王「グランエスタードは そなたらを 歓迎するからのう。」

シャーク「ありがたき お言葉。」

それからというものの海賊の総領は寄港に必要な手続きや交易のことについて王と話し合った。

そうしてひとしきり堅い話が済んだところで少年と総領は食事を振る舞われ、王と二人の王女に囲まれてしばらく談笑に耽るのだった。



昼すぎ、既に食事を終えているのにも関わらず二人の昼食に付き合って席を共にしたのは王たちの優しさか。





アニエス「まあ マリベルさん!」



少年達が王と謁見している頃、双胴船の船長室では人魚がやってきた人物を見て驚きの声を上げていた。

マリベル「お久しぶりです アニエスさん。」

二か月ぶりに少年のもう一人の母親を目の前にし、少女は控えめに挨拶を交わす。

アニエス「ようこそ 何も おもてなしできなくて ごめんなさいね。」
アニエス「どうぞ こっちに来て 座ってちょうだい。」

人魚は微笑むといつかのように少女を自分の隣に腰掛けるよう促した。

マリベル「…………………。」

アニエス「……この前は たいへんでしたね。」

黙ってその隣に座り”どう切り出したものか”と考え込む少女ヘ、人魚がポツリと語り掛ける。

マリベル「……はい。」

復活した海の魔神による襲撃を思い出し、少女は小さく返事をする。

アニエス「私も 水の精霊のお告げがなければ 危うく あの子を 亡くしてしまうところだったわ。」

マリベル「…あたし 彼を 信じて待つって 決めてたのに もう少しで……。」

首元に光る物をぎゅっと握り締め、少女は俯いた。


アニエス「…………………。」
アニエス「あら…? それは もしかして……。」

少女が握っている物が何であるのかに気付いたらしく、人魚はその手元を覗き込んだ。

マリベル「あっ いけない あたしったら……。」
マリベル「アニエスさん わたし アルスから これを……。」

そう言って少女は少年の母親に“人魚の涙”を持ち上げて見せた。

マリベル「ごめんなさい 本当は 彼が 持ってるべきなのに……。」

アニエス「いいのよ マリベルさん。」
アニエス「……そう。あの子が あなたに 託したのね。」

人魚は柔らかく微笑んでみせた。

マリベル「えっ……?」

アニエス「あの子なりに 思うところが あったのね。」
アニエス「きっと 何か 特別な 想いをこめて あなたに 渡したんじゃないかしら?」

マリベル「あ……。」



“きみが持ってれば 離れてても ぼくたちは つながっていられるから。”

“ぼくにとっては 母さんの 形見だけど…。”

“よかったら それで ぼくのことを 思い出して。”



マリベル「…………………。」

人魚の言葉に少女はプロビナの村で少年が言っていたことを思い出し、黙ったままその目を伏せる。

その沈黙が、彼女の言葉へ対する何よりの肯定だった。

アニエス「……だから これは あなたが 持っているべきよ。」

そう言って人魚は垂れ飾りをすっぽりと覆うように少女の首元に手を当てた。

マリベル「…わかりました。」

少しだけひんやりとした手から伝わる温もりを感じながら少女は一回だけ頷くのだった。


アニエス「……そうそう あれから あの子は 元気にしてるかしら?」

マリベル「え ええ… たいへんだけど 充実してるって 感じです。」

アニエス「そう… それは 良かったわ。何せ すごいケガだったから 治ってからも 心配だったの。」

マリベル「アルスから 聞きました。ずっと 看ていてくださったって……。」

アニエス「いいえ とんでもないわ。私は 母親としての 務めを 果たしたまで。」
アニエス「……それぐらいしか あの子にしてあげられることは ありませんから。」

人魚は哀しそうに笑った。

マリベル「アニエスさん……。」

少女にはその笑顔が、どこかあの少年が時折見せる困ったときの顔と重なって見えた。



マリベル「……やっぱり あの人の お母さんね。」



自分の膝を見つめ、独り言のように少女が呟く。

アニエス「えっ…?」

マリベル「どうしようもない 状況でも そうやって 自分を 責めちゃうところとか……。」
マリベル「血は 争えないのね。」

アニエス「…………………。」

マリベル「でも アニエスさん。」
マリベル「彼は… アルスは あなたのこと 少しも 責めてなんて いないわ。」
マリベル「ぼくには 最高の お母さんが 二人も いるんだって…… あいつは そう言ってた。」
マリベル「…アルスは ウソなんて 言ったりしない。だから その言葉は あいつの 本心だと 思うの。」
マリベル「だから… だから そんなに 自分を 責めないで。」

人魚の深い深い青色の瞳を、少女はその翡翠色の瞳でまっすぐに見つめた。

アニエス「…………………。」
アニエス「…ふふっ。」

少年が何を以てして自分を“最高”と言ったのかはわからない。

それでも少女の言葉に、とめどなく湧き出る愛おしさに、人魚はたまらず笑みをこぼした。

マリベル「アニエスさん……?」



アニエス「ありがとう マリベルさん。」



マリベル「えっ……?。」

アニエス「私 母親として あの子に いままで 何一つ してあげられなかったから 自分は 母親失格だって そう思ってたの。」
アニエス「でも あの子は…… アルスは こんな 私のことも ちゃんと 母として 見ていてくれたのね……。」

いつの間にかその笑顔からは雫がこぼれていた。

マリベル「…………………。」

鱗に当たって水面へと落ちていったその煌めきを、少女はただ、黙って見つめることしかできないのだった。



アニエス「ごめんなさい 取り乱しちゃって……。」

落ち着きを取り戻した人魚が目元を拭って言う。

マリベル「いいえ…… いいんです。」

アニエス「…あの子の 隣にいるのが あなたで 本当に 良かったわ。」

マリベル「えっ…!」

アニエス「きっと あなただったから あの子も 正直に 話してくれたんだと思うの。」
アニエス「あなただったから……。」

人魚は再び柔らかく、愛おし気に少女に微笑む。

アニエス「こんな私から 言うのも 何だけど……。」
アニエス「どうか あの子のことを よろしくお願いします。」

そう言って少年の母親は少女に向き直り、その瞼を閉じた。

マリベル「……はいっ!」





ボルカノ「おう 二人とも 戻ってきたな。」



日が傾き始めた頃、王との謁見を終えた少年と海賊の総領は港町まで戻って来ていた。

ボルカノ「もう 用事は 済んだのか?」

アルス「うん。」

シャーク「おかげさまで すんなりと。」



村の海岸で出迎えた漁師頭に二人は軽く城でのことを話した。



ボルカノ「…そうか これから 賑やかになるかもな。」

アルス「ここも 少し 変わってくかもね。」

ボルカノ「だな。」
ボルカノ「ところで シャークアイさん よかったら うちで 休んでいかないか?」

シャーク「むっ それは ありがたいお誘いだが……。」
シャーク「本当に よろしいのか?」

突然の提案に総領が目を見開く。

ボルカノ「あたりまえよ。オレたちは もう 家族なんだからな。」

そう言って漁師頭はニカっと笑ってみせた。

アルス「父さん……。」

シャーク「…む そ そうだな。それでは……。」

少年の微笑みに後押しされ、総領も頬をポリポリと掻きながらそれに応じるのだった。





*「…………………。」



ここは港町の西に位置するとある家。

“コポコポコポ……”

その居間にある台所では一人の婦人が背の高い薬缶に火をかけていた。

*「うん これくらいだね。」

婦人は取り出した薬缶の中の湯を少しだけ冷まし、別の容器へと移していく。

その時だった。



*「ただいま 母さん。」



一人の少年が扉を開けて家の中へと入ってきた。

マーレ「おや おかえり アルス。もう お城へは 行ってきたのかい?」

アルス「うん。」

マーレ「あれ お客さんかい? ということは……。」

婦人、つまり少年の母親は、帰ってきた息子の後ろに夫とは別の誰かがいることに気付く。

ボルカノ「母さん この人が シャークアイさんだ。」

夫はそう言って自分の横に佇む長髪の男に目をやった。

シャーク「お初に お目にかかる。オレが 海賊船 マール・デ・ドラゴーンの総領 シャークアイと申すものです。」

男はそう言って少年の母親に深々とあいさつした。

マーレ「こちらこそ はじめまして。あたしは マーレ。ボルカノの妻です。」
マーレ「ささ どうぞ おかけになって。」

少年の母親はにこやかに笑うと席を引き、再び台所へと歩いていった。

ボルカノ「シャークアイさん どうぞ。」

シャーク「失礼。」

少年の父親に促され、総領は椅子へと腰掛ける。

マーレ「ちょっと お待ちを。いま ハーブティーを いれますからね。」

そう言って少年の母親は先ほど温めておいた入れ物に湯をそそぎ、茶葉を蒸し始める。

アルス「ハチミツは 入れますか?」

自分の席へ着いて少年が尋ねる。

シャーク「いや 大丈夫だ。」

総領はそう言って軽く掌を見せた。


ボルカノ「しかし シャークアイさんも お変わりないようで 安心したぜ。」

シャーク「いや こちらこそ みなさんが ご無事で 本当に 良かった。」
シャーク「わが妻 アニエスから 話を聞かされた時には 本気で 肝が冷えたものだ。」
シャーク「……遅くなったが 今回ここへ来たのは こちらの現状を 確認するためでも あったのです。」

ボルカノ「そうか だがまあ ここは 見ての通り 平和なもんだ。」
ボルカノ「船こそ ダメになっちまったとは言え 船員は全員無事だし アルスも こうして帰ってこられた。」
ボルカノ「それもこれも アルス自身とマリベルちゃん それに アニエスさんのおかげだ。」
ボルカノ「……ところで アニエスさんは お元気ですかな?」

シャーク「むっ? ああ アニエスなら 元気ですぞ。」
シャーク「おふたりにも 会いたがってました。」

ボルカノ「そうか そりゃ 何よりだぜ。」
ボルカノ「本当は 母さんにも 会わせたいんだがよ。こっちに こられないとありゃ 仕方ないな。」



マーレ「はい お待ち。」



シャーク「かたじけない。」

総領の言葉に漁師頭が頭を掻いているところへ、その妻が淹れたてのハーブティーを卓へと並べていった。

マーレ「まあ そうさね。人魚ときちゃ 町の人が めずらしもの見たさに 集まってきちまうからね。」
マーレ「こればっかりは 残念だけど しょうがないね。」

きっと同じ少年の母親として募る想いがあったのだろう、席に着いた漁師の妻はどこか寂しそうに笑った。

アルス「母さん……。」


マーレ「しかし この子の お父さんってのは 本当だったんだね。」
マーレ「よく見たら どことなく 似てる気がするよ。」

アルス「そ そう?」

先ほど城でも王女に同じようなことを言われたためか、少年は隣に座る総領の顔をじっと見つめる。

ボルカノ「目元は アニエスさんに 似ているみたいだな。」

アルス「…………………。」
アルス「ぼくは 4人の子 だから。」

そう言って少年は恥ずかしそうに頭を掻く。

マーレ「あっはっは! そんなの 言われなくても わかってるよっ。」

血のつながりがあろうがなかろうが、自分にとっては二人も親であることに変わりはない。

そんな少年の想いに触れ、母親は快活に笑ってみせる。

ボルカノ「オレたちは 家族だからな。」

シャーク「はっはっは! 本当に アニエスも 連れてくれば 良かったよ。」

それを見た二人の父親もまた笑顔になるのだった。




シャーク「ん…… うまいな。」



しばらくしてようやく口を付けたハーブティーに総領が思わず感嘆を漏らす。

アルス「これは メモリアリーフで買ってきた ハーブなんです。」

立ち上る湯気を吸い込みながら少年が言う。

アルス「たくさん買ってきたので うちと アミットさんちで 分けたり ちょっと 苗を育てたりしてます。」

シャーク「そうか…… カラダがあったまるな。」

マーレ「この子ったら マリベルさんのとこのハーブの 世話もしてるんですよ。」

アルス「…だって アレは マリベルが やれって言うから……。」



“言わなくてもいいことを!”



とでも言いたげに少年が顔を赤らめて抗議する。

マーレ「あらあら。」

シャーク「はっはっは! 順調なようで なによりですな。」

マーレ「ええっ マリベルさんは 本当に いい子ですからね。はやく あたしも 孫が 見たいわ。」

ボルカノ「母さん その前に 結婚式があるだろ?」

早くも先の話をする妻を夫が制する。

それがちっとも少年の助け舟になっていないとも知らずに。

マーレ「あらやだ そうだったね。あははははっ!」

アルス「…………………。」

シャーク「アルスよ その時は 必ず 呼んでくれよ。」

アルス「……はい…。」

追い打ちをかけるように期待の眼差しを向ける総領に、少年は観念して小さく返事をするしかないのだった。




マーレ「そうだ。シャークアイさん この後 お時間は 大丈夫かい?」



そんな少年の心の内を知ってか知らずか、母親が話題を変える。

シャーク「あ…ああ 今日は ここへ来た船で 適当に 食べて 寝ようと 思っていたのですが……。」

マーレ「それなら 今晩は うちで 食べていっておくれよっ!」
マーレ「あたしも 腕によりをかけて 作るからさ!」

そう言って少年の母親は袖をまくり“ふんす”と一つ大きく鼻息を漏らす。

シャーク「し しかし あまり ご厄介になるわけには……。」

マーレ「なーにいってんだい! こっちは 夫と息子が ご馳走になってんだ。」
マーレ「これくらいのことは させておくれよっ。」

ボルカノ「な シャークアイさん オレたちは もう 家族なんだ。」
ボルカノ「カタいことは 言いっこなしだぜ。」

アルス「母さんの 料理は 本当においしんですよ。」

ボルカノ「絶妙なスパイスが また たまらないんだ。」

それでも遠慮する総領に少年とその父親が笑いかける。

シャーク「むっ…… それでは 是非 いただくとしよう。」

二人にここまで言われては反対する理由など何もなく、総領は素直にそれに応じることにしたのだった。

ボルカノ「今朝 獲れたばかりの 新鮮な魚があるんだ。」
ボルカノ「こいつが 自分で 狙いをつけて 獲ったもんでね。」

アルス「は ははは……。」

父親に肩を叩かれ、少年が照れくさそうに俯いて微笑む。

シャーク「…………………。」
シャーク「ふっ……。」

自分の魂を受け継ぐ息子は、いつの間にか一人の男として自立しようとしている。

そんな少年の成長を目の当たりにし、もう一人の父親は柔らかく微笑んだ。



こうして少年とその家族は、豪華な食事と美味しい酒を囲いながらしばしの団欒を楽しむのだった。





そして その 夜ふけ……。



シャーク「…………………。」

アルス「…………………。」

少年は食事を終えて船に帰る総領を見送りに家の前の海岸を歩いていた。

シャーク「……マーレさんの 料理は 最高だったな。」

アルス「そうでしょう?」

どことなく満足げな表情を見せる総領に、少年が誇らしげに笑う。

シャーク「…………………。」

アルス「…………………。」



“ザァ……”



二人の沈黙を縫うように波の音が響く。

静かな夜の海は“二人だけ”という空間を、より二人の目に、耳に、肌に感じさせていった。




シャーク「……なんとなくだが……。」



静寂を破る様に少年の父親が語りだす。

シャーク「どうして お前が あの二人のもとへ 預けられたのか わかったような 気がしたよ。」
シャーク「暖かくて 思いやりにあふれ まさに 包み込んでくれるような……。」
シャーク「…………………。」
シャーク「……アニエスにも 会わせてやりたかった。」

放たれた言葉が、波の間を縫うように砂の中に消えていった。

アルス「…………………。」
アルス「今度は 誰にも ばれないように こっそりね。」

シャーク「ああ……。」

アルス「…………………。」



シャーク「今日は ありがとう。」



アルス「えっ……?」

その言葉が何を指しているのかわからず、少年は真っ黒な総領の瞳に聞き返す。

シャーク「夢だったんだ。こうして 息子と 二人で 歩くのが。」

アルス「いやあ……。」

自分としては大したことをしたつもりはないのだが、なんとなく、
その一言に父親にとってそれがどんなに大切なことだったのかを感じ取り少年は鼻先を掻く。

シャーク「今度は 本当に アニエスを連れてくるよ。」
シャーク「その時は 5人で… いや 失礼。彼女を含めて 6人だったな。」
シャーク「こんな空の下で ゆっくりと 語らいたいものだ。」

アルス「……うん。」

少しだけ気恥ずかしくもあったが、それが父親の望みならばと少年は小さく頷いた。


そして気付けば二人は船着き場に泊められた船の前までやってきていた。

シャーク「さて 今日は ここで 失礼する。」

そう言って総領が船にかけられた板を渡ろうとした時だった。



*「にゃ~ん……。」



一匹の野良猫が少年の元へ駆けてきた。

アルス「あっ……。」

シャーク「……飼い猫か?」

少年の足元でごろつく茶虎猫を見つめて父親が問う。

アルス「いえ この子は ここで みんなにお世話されてるコです。」
アルス「ぼくの飼い猫は マリベルの家にいます。」

シャーク「……そうか。なんにせよ 大事にしてやれよ。」

暗くてよく見えはしなかったが、そう言う父親の顔はどこか悲しそうに見えた。

アルス「……はい…。」

シャーク「…オレたちも しばらくは ここに 滞在する予定だ。」
シャーク「また な。」

そう言って海賊の総領は自分たちの寝床のある船へと消えていくのだった。



アルス「はい おやすみなさい お父さん。」



消えかかった月を取り囲むように星が瞬く中、猫の喉を鳴らす音だけが砂浜に木霊していった。





ボルカノ「明日から しばらく 漁は休みだが お前は どうするんだ?」



総領が帰った後、居間でくつろいでいた少年へ父親が語り掛ける。

アルス「えっ? う~ん……。」

ボルカノ「せっかく マール・デ・ドラゴーンが 来てるんだ。」
ボルカノ「お前だけでも アニエスさんに 顔を見せに行ったらどうだ?」

アルス「そうだね……。」

マーレ「そうだよ アルス。母親ってのはね いつでも 子どものことが 気がかりで仕方ないのさ。」
マーレ「ときどきは 元気な顔を 見せてあげなきゃ ダメだよっ。」

アルス「…うん。」

そうして少年が明日からの行動に考えを巡らせていた時だった。



“コンコンコン”



規則正しく三回、扉が叩かれる。

マーレ「はーい。」



“ギィ……”



*「あっ マーレおばさま こんばんは。」



マーレ「あら マリベルちゃん いらっしゃい。」

やってきたのは少年の婚約者である少女だった。


マリベル「あのっ これを アルスに……。」

少女は両腕に抱えた大きな布を少年の母親に見せた。

マーレ「アルスなら そこに いるよ。」

そう言って少年の母親は体を横にずらし、椅子に座っていた息子を指さす。



アルス「マリベル。」



少女の訪問に驚いた少年が扉の前までやってくる。いつもであればこの時間会いに行くのは少年の方なのだが。

マリベル「これ 昼間 返しそこねたから……。」

その手には昼間少年から借りていった“魔法のじゅうたん”があった。

アルス「なんだ 別に 明日でも 良かったのに。」

マリベル「…………………。」

少女は明らかにむすっとした様子で上目遣いに少年をにらみつけた。

アルス「あっ いや わざわざ 来てくれてありがとう……。」

少年は慌ててそれを受け取り近くの壁に立てかけた。

アルス「……お酒でも 飲んでく?」

そう言って少年は家の中へ招き入れようとするのだったが。

マリベル「今日は いいわ。……それよりも 少し 歩かない?」

少女は少年の服の裾をつまんで表へと目をやった。

アルス「……わかった。」
アルス「ちょっと 行ってきます。」



“聞かれたくない話でもあるのか”



少女の意図はわからなかったが少年はそれに素直に応じ、母親へと目配せした。

マーレ「あんまり 遅くならないようにね。」

マリベル「わかってますわ マーレおばさま。」

どこか顔のにやけている少年の母親に少女が笑いかける。

アルス「じゃ 行こうか。」

そうして少年は少女を連れて再び夜の海岸へと歩き出すのだった。



アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

真っ暗な海岸に砂を踏みしめる音が小さく響く。

アルス「……どうしたの?」

黙ったまま前を歩く背中に少年が問いかける。

マリベル「…………………。」



“別に なんでもいいじゃない”



アルス「…………………。」

返ってきた沈黙が、なんとなく少年にはそう言っているように思えた。

マリベル「…………………。」

やがて少女は濡れていないきれいな砂の上に腰を下ろした。

アルス「…………………。」

少年もその隣に腰を落とす。



マリベル「……どうだった?」



ややあってから少女が問う。

アルス「どうって… 何が?」

マリベル「……今日一日のことよ。」

“そのぐらい察しなさい”と言いたげに少女が溜息をつく。

アルス「……う~ん。なんだか 不思議な 感じだった。」

マリベル「不思議?」

アルス「うん。あの シャークアイさんと 二人だけで いろんな 話をして 城まで行ったり。」
アルス「…父さんと母さんと 一緒に ご飯食べたり……。」
アルス「遊びに来てくれって 言ったのは ぼくだけど 本当に 実現するか わからなかったからさ。」

そう言って少年は近くに泊まっている海賊たちの船を眺める。

マリベル「よかったじゃん。これで もう 気兼ねすることないじゃない。」

アルス「……うん。」

どこかぎこちない空気になってしまうのではないかと懸念していた少年だったが、今日の楽しいひと時を思い出しほっと胸を撫でおろしていたのだった。




アルス「…そういえば マリベルは 何しに行ってたの?」



そうして自分の一日を思い返しているうちに昼間少女がみせた行動の意味が気になったのか、少年が横目に尋ねる。

マリベル「えっ あ あたし?」
マリベル「えっと……。」

突然話を振られて動揺したのか、少女は話すべきなのか否か迷うような素振りで口元を覆った。

アルス「……?」



マリベル「…アニエスさんと 会ってたのよ。」



しばらくして少女は真珠の垂れ飾りを見つめて言った。

マリベル「本当に あたしが もってても いいのかってね。」

アルス「…なんて言ってた?」

マリベル「……あたしが 持ってるべきだって。」

アルス「そっか。なら 良かった。」

マリベル「さすがは あなたの お母さんね。アルスの考えそうなこと よく わかってる。」
マリベル「ずっと 一緒にいたわけじゃないのに……。」

アルス「…………………。」
アルス「不思議だね。」



“そんなことまでお見通しだったとは”



どこか照れくさく、少年は頬を掻きながら呟いた。

マリベル「ええ……。」

アルス「…………………。」




マリベル「ねえ。」



再び訪れた静寂を破るように少女が声を出す。

アルス「ん?」

マリベル「明日から どうするの? 漁 しばらく ないんでしょう?」

アルス「そうだなあ……。」

そうして少年がどうしたものかと考えていた時。



*「にゃん にゃん にゃん。」



一匹の野良猫が二人のもとへと歩いてきた。

マリベル「あら?」

アルス「お前 また 来たのか。」

それは先ほども少年にまとわりついてきた茶虎猫だった。

マリベル「…………………。」

アルス「そういえば さっき シャークアイさんから トパーズを大事にしろって 言われたっけ…。」

茶虎猫の首元を撫でながら少年が呟く。

マリベル「トパーズを?」

アルス「うん。きっと 昔のことを 思い出してたんじゃないかな。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……あのさ。」

アルス「うん?」

マリベル「さっき アエニスさんと 話したときにね……。」



…………………
……………
………




マリベル「それじゃ あたしは もう 行きます。」



それは少女が人魚との会話を終えて船長室を出ようとした時のこと。

アニエス「なんだか 辛気臭い話ばっかりで ごめんなさいね。」

マリベル「いえ いいんです。」

アニエス「ここには 2 3日 滞在する予定だから 良かったら また 遊びにいらして。」

マリベル「ええ。今度は アルスと 一緒にね!」

そうして少女が踵(きびす)を返した時だった。



*「ふみゃ~お。」



一匹の茶虎猫が船長室へと駆けてきた。

マリベル「あら?」

アニエス「その子は この辺りを いつも うろついてるの。」
アニエス「ときどき こうして やってきては 夫がかわいがってるんだけど……。」

寄ってきた猫を拾い上げ、人魚はゆっくりとその背中を撫でる。



マリベル「……やっぱり ミントちゃんのことが 気がかりなんですか?」



アニエス「…どうして そのことを?」

少女の口から出た思わぬ言葉に人魚は目を丸くする。

マリベル「…さっき 食堂で 聞きました。」
マリベル「結局 そのネコちゃんとは 会えずじまいで 落ち込んでるって……。」

アニエス「……そう。」

遠い記憶を呼び起こすように人魚は俯き、黙り込んでしまった。

アニエス「…………………。」

マリベル「……アニエスさん?」

アニエス「あっ ごめんなさい…。」

少女の呼びかけに我に返ったのか、人魚はポツリポツリと自分へのお守りとして残された飼い猫のことを語りだした。

アニエス「……あの子は ずっと 夫の帰りを待っていたの。」
アニエス「いつも いつも 同じ場所に 何時間も 座っては 夫が消えた海の方を 見つめていてね。」
アニエス「私が この体に なってからは わからないけど その後も ずっと あそこで 待っていたんじゃないかと 思うわ。」
アニエス「…………………。」
アニエス「きっと 夫とは 強い 絆で 結ばれていたのね……。」

そう言って人魚はまた、寂しそうに笑うのだった。

…………………
……………
………




アルス「そっか… そうだったんだ……。」



話を聞き終えた少年が溜息にように呟く。

マリベル「…………………。」

アルス「あれから あのコ どうしてるかなあ……。」



マリベル「……うんっ そうだわ!」



何かを思いついたのか少女が立ち上がり少年に向き直る。


アルス「え……?」





マリベル「ミントちゃんを探しに行くわよ!」





アルス「ええっ!?」

マリベル「どうせ あんた 明日から しばらく 暇なんでしょ?」
マリベル「だったら お父さんが ここにいるうちに あたしたちで ミントちゃんを 探し出して 連れてきてあげるのよ!」

アルス「で でも そのミントちゃんは 過去にいるんだよ?」

困り顔で少年が尻込む。

マリベル「そんなの かんけーないじゃない! あたしたちには 神殿があるんだもん。」

アルス「大丈夫かな……。」

マリベル「もうっ だったら 今日のうちに 話しつけておきなさい!」
マリベル「あたしも 帰って 準備してくるから!」

そう言って少女は少年を引っ張り起こし、さっさと自分の家の方へと歩き始めた。

アルス「あっ 待って マリベル。」

マリベル「…な~によ。……っ!」



アルス「……おやすみ。」



マリベル「……ふ ふん。早く 行きなさいってば。」

いきなり抱きとめられ唇を奪われた少女は、少年の背中を押し、真っ赤になって走り出すのだった。



マリベル「アルスのばーか。おやすみっ!」



しばらく走ったところで振り向き、かわいらしい罵倒を吐いて少女は家へと入っていった。

アルス「…………………。」
アルス「さてと。」

少女が見えなくなったことを確認し、少年も両親にどう説明したものかと考えを巡らせながら自分の家へとゆっくり歩き出すのだった。





そして……







そして 夜が明けた!





閑話



「アミット」とは家名なのか。



*「わーい わーい! アミットさんの お祭りだ!」
*「ボク 知ってるよ! このお祭りは アミットさんの ひい ひい ひい ひい…」
*「ひいおじいちゃんが はじめたものなんだよね!」



現在の「アミット漁」は八代前から続いているという旨の話をフィッシュベルの男の子から聞けます。

だとしたら現在のアミットは

(1): 「○○代目アミット」ということになるのか(襲名制)
(2): 「キーファ・グラン」のように「××・アミット」という苗字

…どちらなのでしょうか。


仮に(2)であればマリベルの本名は「マリベル・アミット」になります。

ただ、ファミリーネームを持つ登場人物が基本的にファーストネームで表記されていることを考えると、
「アミット」がフルネームである可能性も高いです。
よって同じ法則を当てはめるた場合、(2)ではないという結論が導き出されます。

しかし「アミット漁」も現在はこの名前だが、(3):「昔は別の名前だった」という可能性も捨てきれません。
つまり(1)を証明するにも判断材料が足りないということになります。

そして(3)を考えるとそもそも(1)も(2)も成り立ちません。

もし(3)が正しい場合、今の「アミット漁」は将来「次の網元になる人物の名前」になります。
即ち、「マリベル漁」か、「(主人公)漁」になるのです(マリベルと主人公が結婚した場合の話)。



結局、男の子の言いたかったことから読みとれることは「現在のフィッシュベルのお祭りは八代前の網元から続いている」ということだけなんです。
(加えて、フィッシュベルが誕生して、一代20年で交代と考えても160年以上は経過しているということが分かりますが)

果たして真相やいかに。



休題


ひょんな思い付きから過去へ旅立つことにしたアルスとマリベル。
ふたりは無事にシャークアイのミントちゃんを見つけることができるのでしょうか。

第二話へ続く。

読み辛かったので『pixiv』に前作の修正版(書き直し?)の投稿も始めました。
ちなみにアカウントは「酒飲亭煙管男」






第2話:忘れ形見を探して







アルス「それじゃ 行ってきます。」



昨晩、寝る前の両親に自分の予定を述べた少年は、朝日を浴びて自宅を出ていった。

最初こそ両親は海賊の総領や人魚を気遣って少年にここにいるようにと言ったが、
少年がどういう経緯で過去へ向かうのかを説明したところ、快くその背中を押してくれたのであった。



“ゴンゴンゴン”



少女と合流するため、取り付けられた金具で網元の家の扉を叩く。

*「は~い。」

しばらくしていつものように使用人の娘が扉を開けて少年を出迎えた。

*「あら アルスさん おはようございますだよ。」

アルス「おはようございます。マリベルは 起きてますか?」

*「ええ すぐに 降りてこられるかと 思いますだよ。」
*「どうぞ 中で お待ちになってくださいだよ。」

アルス「ど どうも…。」

扉を大きく開ける娘に軽く礼を言って少年は広間へと足を踏み入れる。

生還してからの一か月の間ほとんど毎日通っていたとはいえ、やはり少し緊張するものがあったのか、どうしたものかと少年は辺りをキョロキョロと見回す。

*「アルスさん どうぞ 居間で おくつろぎになってくださいだよ。」

アルス「あ はい……。」

手招きされるがままに少年は居間の方へと歩き出す。

*「旦那さま 奥さま アルスさんが お見えですだよ。」

*「おお アルスか こっちへ 座ってくれ。」

給仕人が部屋の中へ呼びかけると奥から家の主が少年へと声をかけた。

アルス「はい…!」

少年は給仕人の後ろからそろりと出て婚約者の両親へあいさつを交わした。

アルス「おはようございます。」

アミット「おはよう。」

*「おはよう アルス 今朝は 早かったわね。あっ 遠慮しないで 座ってちょうだい。」

アルス「失礼します……。」

少女の母親に促され、少年はゆっくりと両親の向かいの席へ腰かける。

*「どうぞ アルスさん。」

それを見計らって給仕人の娘が台所から持ってきた紅茶を少年の前の茶碗に注いでいく。

アルス「あ いただきます…。」

短く礼を言って少年が紅茶に口を付けると給仕人は満足そうに微笑んで居間を出ていった。

少女を呼びに行ったのだろう。


アミット「聞いたよ アルス。今日は 遠出するそうだな。」

アルス「あっ はい コスタールという 港町へ行ってきます。」

*「あの子ったら それしか 教えてくれなくてね。せっかく お客さんが来ているっていうのに……。」

アルス「…………………。」

“あいかわらず 強引な……。”

そんなことを思いながら少年は苦笑いするしかないのだった。

アミット「まあ アルスが ついていれば 心配はなかろうが くれぐれも 気を付けてな。」

アルス「はい わかってます…!」

少女の父親の言葉に少年はしっかりと頷いてみせる。

*「それにしても どうして このタイミングで 出かけるなんて 言い出したのかしら?」

少女の母親が首をかしげる。

アルス「それは……。」

どう説明したものかと少年が次の言葉に窮した時だった。





*「シャークアイさんの 知り合いを 連れてくるためよ。」





*「「「……!」」」


突如、居間の入口から響いた声に三人が振り返る。

*「マリベル もう 用意はいいのね?」

マリベル「ええ ママ。ちょっと 手間どっちゃったけどね。」

そこには少女が立っていた。その手には大きな手提げ袋がかけられている。

アミット「マリベル。それは どういうことだ?」

少女の言葉に父親が片眉を上げて問いかける。

マリベル「そのまんまの意味よ パパ。」
マリベル「シャークアイさんと 離れ離れになってる 大切な人がいるから あたしたちが 連れてきてあげるのよ。」

アミット「……それは 本当なのか アルス。」

アルス「えっ あ はい。」

“人”かどうかはさておき、自分の父親の大切な存在であることには変わりないだろう。

そう考えて少年は少女と口裏を合わせることにした。

アミット「ふむ… なら むしろ シャークアイどのが ここに滞在している 今が 好都合ということだな。」

マリベル「そっ。そういうことよ パパ。」

意外にも理解の早い父親に少女が微笑みを返す。

アミット「まあ なんにせよ あんまり 無茶は せんようにな。」

マリベル「わかってるわ。」
マリベル「…アルス いつまで 飲んでるの! 早く行くわよっ。」

アルス「あ… うん……!」

少女に急かされ、少年は残っていた紅茶を一気に飲み干し席を立つのだった。





アルス「ねえ。」



村の入口を出ると少年は転移呪文を唱えて例の神殿へと飛ぼうとしたのだが、
“たまには 歩いて 行きましょうよ”と少女が言ったことによりそれは止められ、結局ふたりは朝の草原を歩いて行くことにしたのだった。

そして今は神殿へと向かう道中。

マリベル「……なに?」

アルス「それ 何もってきたの?」

少女が腕から提げる布袋を指して少年が言う。

マリベル「……着替えよ。もし 日帰りが 無理だったらと思ってね。」

アルス「あ… そうか。」

それもそうかと少年は腕を組む。

マリベル「あんたこそ そんな 手ぶらみたいな かっこうで 大丈夫なわけ?」

アルス「えっ うん まあ ふくろの中に 入ってるだろうし……。」

そう言って少年はなんでも飲み込む不思議なふくろの中をごそごそとまさぐる。


マリベル「……ねえ。」

そんな少年の手を、少女が何かを訴えるように見つめる。

アルス「……マリベルの着替えも 入れておく?」

マリベル「もうっ やっと 気が付いた?」

どうやら少年が気を利かして荷物を受け取るのを待っていたらしい。少女はどことなく不機嫌そうな顔をして少年に自分の手提げを渡した。

アルス「あはは ごめん……。」

少年は困った顔で笑いながらそれを受け取り、何か話題はないかと頭を振り絞る。

アルス「そ そうだ 昨日の夜は ふたりに なんて言ったの?」

必死に考えた上で出てきたのはなんてことのない昨晩の話だったが、それでも沈黙よりかはましかと考え少年は少女の顔を横目に尋ねた。

マリベル「……べっつにー? ただ 明日でかけるからって 言っただけよ。」

つまらなそうにそっぽを向きながら少女が言う。

アルス「それで 納得してくれたの?」

マリベル「……あんたと一緒だって言ったら 二つ返事だったわよ。」

そう言う少女の顔が一瞬緩んで見えたのは少年の気のせいか。

アルス「そう… そうなんだ……。」

婚約者の両親からそれだけ信頼されているというような気がして少年は内心嬉しく思い、つい頬を掻きながら俯いて黙り込んでしまった。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」



*「「ねえ。」」



マリベル「っ……。」

重なった言葉に一瞬驚いた二人だったが、“ここは”と少年が切り出す。

アルス「手 つなごっか。」

マリベル「……んっ………。」

短く、目線を下に向けたまま少女は小さく小さく頷き、少年に差し出された手に自分の手を重ねていく。

誰の邪魔もないそよ風の吹く草原の中、土を踏みしめる二人の足音だけが響いていくのだった。





マリベル「ここに 来るのも 久しぶりな 気がするわね。」

それからしばらくして二人は過去の世界へと通じる神殿の入口までやってきていた。

アルス「えっ? 一か月前に 来たばっかりじゃない。」

少女の言葉に少年は一か月前のことを思い出す。

たしかに少年がエスタード島へ戻ってきたのは七色の入り江、つまりこの神殿のすぐそばだったのだが。

マリベル「あの時は 別よ ベツ。」
マリベル「それに あんまり 覚えてないけど あの時は あそこから 直接 ルーラで帰ったんでしょ?」

少女は少年の腕に抱きかかえられたまま、半分意識のもうろうとした中で家へ帰ってきたため当時の記憶が曖昧だったのだ。

アルス「……そういえば そうだったっけ?」

マリベル「…は~…… まあ いいわ。行きましょ。」

顎に手をやってぼんやりとしている少年を尻目に大きくため息をつき、少女は建物へ向かってつかつかと歩き出す。

アルス「あ 待ってよ。」

そうして二人は何度通ったかもわからない古ぼけた門をくぐり、地下へと続く長い木の梯子を下りていくのだった。





マリベル「あいかわらず ジメジメしてるのね ここは。」

真っ暗な通路を歩きながら少女が愚痴をこぼす。

アルス「地下だからね。」

当たり障りのない返事をし、少年は掌に作った火球で辺りを照らしながら黙々と歩いていく。

マリベル「でも ここって これから どうなるのかしらね。」

アルス「えっ?」

マリベル「だって あたしたちは もう すべての大陸を 取り戻して 魔王も 倒したんだから……。」
マリベル「ここも もう 役目を 終えたんじゃないかしら?」

アルス「言われてみれば そうだね。」

マリベル「じゃあ これから先 ここは 何のために 存在するのかって 話よ。」
マリベル「だって あたしたち以外に 誰かが ほいほいと 過去に行ったら 不味いことが 起こるんじゃないかしら?」

自分たちが成してきたことを考えると、善からぬ連中が紛れ込んで過去で事件を起こせば現在に悪影響が出ることは目に見えていた。

少女は眉間にしわを寄せて考え込む。

アルス「うーん……。」
アルス「たしかに ここが あんまり たくさんの人に 知られたら まずいかもね。」
アルス「……あっ。」

その時、少年が何かを思い出した様に声を上げ、はたと立ち止まった。

マリベル「……どうしたのよ?」

少女が訝しげに少年の顔を覗き込む。

アルス「ど どうしよう……。」

マリベル「……?」

アルス「は……。」
アルス「ハーメリアで バラしちゃったんだった……。」

その顔からは冷や汗が垂れていた。










マリベル「……あ~~~~っ!!」










少女の絶叫が暗い神殿の中へ響き渡った。


マリベル「ばか アルス! なんてこと してくれたのよっ!!」

物凄い剣幕で少女が少年に詰め寄る。

アルス「あっ いや… あの時は ああしなきゃ 話が進まなかったわけだし……。」

すっかり顔を青くしながら少年が弁解をつとめる。

マリベル「むぐぐ… たしかに そうだけどっ!」

一緒になって話していただけに少年を責めきれず少女も言葉に詰まる。

アルス「そういえば 今度 アズモフ博士と ベックさんも 来るんだっけ……。」

マリベル「き~っ! なんてことなの!!」
マリベル「それもこれも み~んな あの 伝言係のせいよ!」

と、ここにはいない中年男性に怒りをぶつける少女だったのだが。

マリベル「もうっ どうしてくれるのよ アルス!」

その矛先は御多分に漏れず隣に佇む少年に向かうのだった。

アルス「ええっ!?」

マリベル「もし ここに うわさを聞き付けた 人たちが 殺到しちゃったら あんたの責任だからね!」

アルス「そ そんなこと言ったって……!」

マリベル「そうなったら もう あんた 漁どこの話じゃなくなるわよ!」
マリベル「毎日 ここに立って 来る奴らを 追い返すんだからね!」

アルス「弱ったなあ……。」

マリベル「まったく… それこそ あたしの計画が……。」

頭をポリポリと掻く少年を他所に少女はぶつぶつと独り言つ。


マリベル「……そうだわ。」

アルス「うん?」



マリベル「あたしたちで ぶっ壊しちゃえば いいのよね…ふふふ……。」



アルス「ま マリベルさんっ……?」

マリベル「そうすれば あたしたちを 邪魔するものは いなくなるわよね……おほほほ…。」

アルス「お 落ち着いて マリベル! そんなことしたら ぼくたちの 目的が……!」

不穏な笑い声を漏らす少女に少年がわたふたと制止に入る。

マリベル「じゃあ どうするっていうのよ!」
マリベル「あたしは 嫌だからね! 不甲斐ない 遺跡の番人の 妻だなんて!」

そう言って少女は全身から不気味な纏い気を漂わせ始める。

アルス「わ… わかった! わかったから! その構えはやめてっ マダンテ禁止!」

そんな少女の両腕を絡めとり少年が必死に押さえつける。

マリベル「う~~っ!」

アルス「これが 終わったら 誰も 入れないように また 仕掛けを 元に戻そう? ねっ?」

マリベル「……ふんっ!」

必死の説得の甲斐あって少女は魔力の増幅をやめたが、少年を振り払ってさっさと奥へと歩き始めてしまった。

アルス「…………………。」

“たすかった”

そんなことを思いながら少年が大きくため息をつく。

マリベル「…………………。」

その間にも少女は少年を待たずにズンズンと歩いていくのだったが。



マリベル「ほらっ 暗いじゃないの! 早く 来なさいよ!」



と言っていつまでも追いついてこない少年を急かす。

アルス「はいはい。」

そんないつもの調子の少女に安心した少年はクスッと笑うと、再び少女が機嫌を損ねる前にその手を取るのだった。





アルス「着いた……。」



道中ああでもないこうでもないと少女の愚痴に相槌を打ちながら少年はお目当ての台座のある部屋までやってきた。

マリベル「歩いてくると やっぱり 時間かかるわね。」

言いたいことを言ってすっかりいつもの調子に戻った少女が足首をぐりぐりと回す。

アルス「やっぱり ルーラで 来た方が 良かった?」

マリベル「…ん……。」

アルス「っ……。」



“今のは 失言だったか!”



顔を曇らせてしまった少女を見て少年は一瞬ドキリとし、その口を閉ざした。

マリベル「……久しぶりだったから なんとなく 歩きたかったのよ。」
マリベル「……いやだった?」

アルス「……ううん。そんなことないよ。」

少しだけ自分の発言に後悔しながら少年が首を振る。


アルス「…………………。」

少女の言葉に二年前のことを思い出す。

はじめてこの島を出て過去の世界へと旅立ったあの日以来、何度と通った村から神殿への道。

それは二人、否、三人にとっての思い出の道だった。

マリベル「…………………。」



“旅が終った今だからこそ、もう一度ゆっくりと歩きたい”



そんな想いが少女にはあったのだ。

アルス「……たまにはさ。」

少女の意図を汲んでか、少年が少女の手を取ってつぶやく。

マリベル「…………………。」

アルス「思い出しながら 歩くのも いいよね。」

マリベル「……うん。」

少年の優しさに包まれ、少女はゆっくりと頷いた。

アルス「それじゃ 行こうか。」

マリベル「……たしか コスタール行は これだったわよね。」

アルス「うん。」

二人は顔を見合わせ、部屋の南東に置かれた台座に手をかざす。



アルス「さあ マリベル。」

マリベル「ええっ。…いざ 過去へ!」



こうして二人の意識は不思議な光を放つ石板の中へと吸い込まれていくのだった。



…………………
……………
………





マリベル「んっ……。」
マリベル「ふう 着いたかしら?」

アルス「みたいだね。」

二人が目を開けるとそこには見慣れた“はず”の光景が目の前に広がっていた。
揺れる草原とその真ん中を刈り取ったようにぽっかり空いた荒地、そして遠くに見える港町。

一見自分たちの住む現在と変わりないようであるが、ここは過去。周りからはどこか獰猛な気配が漂ってきている。

アルス「……行こうか。」

マリベル「ええ。」

二人は周りに注意しながら北にある町へと向かって歩き始めた。


マリベル「やっぱり いるわよね……。」

アルス「そうみたいだね。」

マリベル「アルス 盾 出してよ。」

鞭に手をやりながら少女が言う。

アルス「わかった。」

短く返すと少年は“ふくろ”の中から少女にとっても扱いやすい盾を取り出して手渡す。

マリベル「女神の盾……か。」
マリベル「なんだか 盾 自体 装備するのも 懐かしい気がするわ。」

アルス「そうかもね。」

自らも堅牢な盾に手を通しながら少年が頷く。

マリベル「あんた よく そんな 重たい盾 持ってられるわよね。」

アルス「コレ? 案外 軽いよ。メタルキングの素材だし。」

そう言って少年は軽く腕を回してみせる。

マリベル「ふーん…… まあいいわ。」
マリベル「……ととっ さっそく なにか お出ましのようね。」

アルス「っ……!」

そうこうしているうちに近くの岩場から殺気を感じ、二人は立ち止まる。





*「……。」





しかしその主は一向に現れる様子がない。



マリベル「いつまで 隠れてるつもりよ。さっさと 出てらっしゃい。」



*「なっ なにい!?」


痺れを切らした少女が奥の方へと呼びかけると、岩の後ろから“黄色いちんちくりん”が飛び出してきた。

アルス「プチヒーロー?」

*「なぜ オレたちが ここに 隠れていると わかった!?」

プチット族の剣士が折れた剣の切っ先を向けて怒鳴り散らす。

マリベル「それだけ 殺気放ってれば だれだって わかるわよ。」

アルス「そうかなあ?」

“だれだって”は無理ではなかろうか。

そんなことを考えながら少年が呑気に返す。

*「うっ こ こっちに 来るな!」

面倒くさそうに歩き出した少女を制するように小さな剣士が獲物を振り回す。

マリベル「はあ? 別に あたしたちは あんたたちなんかに 用はないわよ?」

*「う うるさい! どうせ こっちが ボロボロだからって とどめ差しに来たんだろ!?」

そう言う剣士の身体は傷だらけで、ところどころから血が流れて痛々しい様子だった。

アルス「……襲われたのかい?」

少女をその背に隠しながら少年が問う。

*「お前たちには かんけー ないだろ!」

マリベル「……そうね 関係ないわねよね アルス さっさと 行きましょ。」
マリベル「あたしたちだって ヒマじゃないものね。」

アルス「あっ マリベル……。」

そう言って少女は身を強張らせる剣士を横目に歩き出す。

*「ぐっ 来るなって 言ってんだろ!」

マリベル「……勘違いすんじゃないわよ。あたしたちは 先を急いで……っ!」

そうして少女が獲物を構える剣士の真横を通り過ぎようとした時だった。


マリベル「…………………。」

アルス「……マリベル どうしたの?」
アルス「っ……。」

急に立ち止まった少女を見て不思議に思いその横へ駆け寄った少年は、岩場の影に“あるもの”を見つけて言葉を失くした。



*「…………………。」



そこには倒れたまま沈黙してしまった僧侶風の者と、それを隠すように息を潜めて立ちはだかる二人のプチット族がいたのだった。

アルス「…その子……。」



“息をしていない”



言いかけた言葉はそれ以上出てこなかった。

*「ぐう……!」

*「こっちに 来るな!」

戦士と魔法使いの恰好をしたプチット族が少年に威嚇する。

見ればその二人も体中に酷い傷を受けているようで、ほとんど立っているのがやっとに見えた。

アルス「でも その傷じゃ……!」

マリベル「…………………。」

それまで黙ってそれらを見つめていた少女が、何を思ったのか剣士たちの方へと歩み寄ろうと足を踏み出した。

その時。





*「っらあああああ!!」





剣士が少女に跳びかかった。




アルス「マリベルっ!」



*「っ……!?」

しかしその切っ先が少女に届くことはなく、一瞬でその前に飛び出した少年によって弾き飛ばされた。

*「ぐっ……!」

獲物を失ってしまった剣士は少年を前に、それでも抗う姿勢を見せる。

マリベル「…………………。」

しかしそんなものは意にも介さないがごとく少女は少年の脇からその横を素通りし、後ろで構えていた二人のプチット族の方へと歩き出す。

*「お おい! 何をする気だ!」

仲間のもとへ近づいていく少女に剣士が焦りを浮かべて叫ぶ。

アルス「…………………。」

マリベル「どきなさい あんたたち。」

*「こ こいつに 手を出すな!」

*「これ以上 彼女を 傷つけるな!!」



マリベル「どきなさいって 言ってんのよ。」



*「「っ……。」」

決して声量は大きくはないが有無を言わさぬ少女の物言いに、戦士も魔法使いもたじろぎ少女に道を開ける。

*「お おい……。」

アルス「大丈夫。」

*「えっ……。」

心配そうに見つめる剣士の肩に少年がそっと手を置く。

マリベル「…………………。」

*「…………………。」

その場の全員がその一挙手一投足を見つめる中、少女はその手に光を纏わせ、横たわる僧侶の身体にそっとかざした。


*「…………………。」

*「ど どうなったんだ……?」

固唾を飲んで見守っていた剣士が少女の元へ駆けよる。

その時だった。





*「……ん…………。」





それまで沈黙したままだった僧侶が、ゆっくりと起き上がった。

*「あれ……? わたし……。」

マリベル「もう 大丈夫よ。」

そう言って少女は困惑する僧侶に微笑んだ。

*「お おお……!!」

*「い 生き返った…!?」

*「お おい 大丈夫か……!?」

*「あっ え はい…… なんとも…。」



*「「「うおおおっ!!」」」



三人の雄叫びが青い空に響き渡った。


*「すげえっ どうなってんだ これ!」

マリベル「ザオリクって ね。復活の呪文よ。」
マリベル「あんたたちも 冒険者 やってんだったら それくらい 知っておきなさい?」

大きなため息をつきながらも少女は一仕事を終えたような満足げな表情で少年に振り返る。

マリベル「行きましょっ アルス。」

アルス「え うん。ちょっと 待って。」



[ アルスは ベホマズンを となえた! ]



アルス「それじゃ また。」

マリベル「もう ヘマ すんじゃないわよーっ。」

既に歩き出していた少女が振り返り叫ぶ。

*「あっ……。」

何が起こったのかもわからないといった様子で、四人の小さな冒険者たちは去りゆく背中を見つめることしかできないのだった。





アルス「彼ら 大丈夫かな。」

町の入口を目前にして少年が呟く。

マリベル「ん~ まっ あとは あいつらが 自分で なんとかするでしょ。」
マリベル「そこまで あたしたちが 面倒見てあげる 義理はないわ。」

そう言って少女は右手をひらひらと振ってみせる。

アルス「……見捨てられなかったんでしょ?」

そんな少女の横顔に少年が優しく語り掛ける。

マリベル「…………………。」
マリベル「あ~あ ガラにもないこと しちゃったかしら。」

なんとなく見透かされたような気がして恥ずかしくなったのか、少女は指を組んでわざとらしく大きく伸びをした。

アルス「……やっぱり マリベルは 優しいよね。」

マリベル「ばっ あったりまえじゃないの!」
マリベル「あたしは いつだって 天使の様に 慈しみにあふれているのよっ!」

“ふんっ”と鼻を鳴らして少女はそっぽを向く。

アルス「ははは…… そうだったね。」

マリベル「そういう あんただって しっかり 傷の手当 してたじゃないのっ。」

意味もなく町の外壁を見つめながら少女が拗ねたように口をとがらせて言う。

アルス「えっ あれは まあ……。」

そう言い淀んで少年は鼻先を掻く。

マリベル「……あおいこよ。」

アルス「…そうだね。」

マリベル「…………………。」

二人の会話は途切れ、険悪な雰囲気からくるものではない静寂が二人の間に流れる。

アルス「…………………。」
アルス「ふふ……。」

これまで幾度もあったはずの沈黙が、少年にとっては何故か今は愛おしく感じられたのだった。





マリベル「着いたわね。」



丁度太陽が真上を通過せんという頃、二人は大きな門の前までたどり着いた。

アルス「うん。」

マリベル「で? その ミントちゃんってのは どこにいるわけ?」

扉を見つめながら少女が問う。

アルス「ここを通って すぐ左の 通路にいるはずなんだけど……。」

頭の中の引き出しを覗き込みながら少年が腕を組む。

マリベル「あっそ。なら 話は早いわ。」
マリベル「さっさと 見つけて 帰りましょっ。」

アルス「そうだね。」

そう返して少年が扉を開けた時だった。





*「ん? おおっ あなたは!!」





アルス「っ……!?」

扉の奥の通路にいた一人の兵士が二人の前へと駆けてきた。

*「そのお顔 間違いない! アルスどのではないか!」

アルス「お お久しぶりです……。」

その兵士には以前会っているはずなのだが如何せん関りが薄かったため、記憶の片隅からすっかり抜け落ちていたらしい。
少年はどう応対したものかとしどろもどろになりながらなんとか返事をした。

*「英雄が お訪ねになったと あれば 王もお喜びになるだろう!」
*「さあさあ どうぞ こちらへ。」

そう言って兵士は少年の手を引っ張って歩き出してしまった。

アルス「えっ あの……。」

マリベル「ちょ ちょっと アルス!?」

*「おお そちらは 奥方ですかな? どうぞ ご一緒に 来てください。」

少女の存在に気付いた兵士はさらに話を進め、どんどんと廊下の奥に歩いていってしまう。

マリベル「……もうっ!」



“まだ そのネコの特徴も 聞いてないのに!”



と、心の中で悪態をつくも少年がいなければ話にならないため、仕方なく少女も後を追うことにしたのだった。

こっそり“奥方”と言われて浮ついていたのは彼女だけの秘密。




*「いや しかし あれから ここは 平和なものだ。」

町から城へと続く一本道を歩きながら兵士が言う。

*「魔物の被害も ほとんど ないし みな 平穏を取り戻している。」
*「それもこれも みな アルスどのたちの おかげだ。」

アルス「いやあ……。」

後に続きながら少年が頭を掻く。



*「あっ あれは アルスさんじゃないか!?」

*「おおっ あの姿は 間違いない! あの青年は アルスさんだ!」

*「おーい!」



昼時、活発な町の中で人々が少年の姿を見つけて手を振ってくる。

アルス「あはは……。」

小さく手を振り返しながら少年が笑顔を作る。

マリベル「ふーん…… あんた ここでも 大人気なのね。」

アルス「えっ……?」

マリベル「ずるいわっ。あたしだって パパさえ 倒れてなきゃ 歓迎されてたに 違いないのに!」

そう言って少女は少年のわき腹を小突く。

アルス「うわっ うわ やめてってば マリベル……!」

マリベル「それに あんた ミントちゃん探しは どうすんのよ!」

少年を睨みながら兵士に聞こえない程度の声で少女が問う。

アルス「うーん…… ひとまず 王さまに 挨拶していかないと 自由に動けそうもないし…。」
アルス「それに そろそろ お昼も食べたいしなあ……。」

兵士の背中を見つめながら少年がお腹を押さえる。

マリベル「…………………。」
マリベル「まっ たしかにそうね。話が 済んだら てきとうに 宿屋かどっかで 食べましょ。」

ぶすっとした表情だった少女も少年の言葉に納得したのか、視線を前に戻してそれきり静かになった。





それからしばらく三人は黙ったまま海に囲まれた通路の上を歩いていた。

左右に目をやればそこにはひたすらの青。

あいかわらず港の水は透き通っており、波の無い穏やかな水面は空を映した様に鮮やかだった。



*「さて おふたりとも つきましたぞ。」



二人が美しい港の景色を眺めている間に、一行は城の入口までたどり着いていた。

*「中の者に 取り次ぐので ここで しばし お待ちを。」

そう言って兵士は扉を開けて中へと駆けていくと、二人が息をつく間もなく衛兵を連れて戻ってきた。

*「それでは これにて じぶんは 失礼。」

それだけ言って兵士は自分の持ち場へと戻っていってしまった。

*「アルスどの お久しぶりです。ささっ どうぞ 王さまが お待ちかねです。」

アルス「はい。」

短く返して少年と少女は新たにやってきた衛兵の後を追いかけて歩き出す。


マリベル「…………………。」
マリベル「どうして カジノなんかに なっちゃったのかしらねえ。」

周りを見回して少女が呟く。

*「んっ? なにか おっしゃいましたか?」

マリベル「へっ? あ いいえ なんでもありませんでしてよ? ほほほ。」

アルス「…………………。」

確かに、この威厳ある佇まいの城があんな娯楽施設に生まれ変わってしまうというのだから時の流れというのは恐ろしいものである。

慌てて取り繕う少女を横目に少年も首をかしげるのだった。

*「はあ…… っとと。」
*「陛下 アルスどのが お見えになりました。」

いまいち納得していない顔の衛兵だったが、広間までやってくるとピタリと足を止めて玉座に敬礼した。

王「うむ。お通ししてくれ。」

*「どうぞ。」

アルス「はい。」

マリベル「…………………。」

衛兵に道を開けられ、少年と少女は玉座の前まで歩き出す。



王「おお… これはこれは アルスどの しばらくぶりであったな。」



アルス「お久しぶりです 陛下。」

そう言って少年は王の前で敬礼する。

王「ん? そちらの おじょうさんは?」

アルス「あっ 彼女は 婚約者の……。」

マリベル「マリベルと 申します。はじめまして 陛下。」

少年が最後まで言い切る前に少女はスカートの両裾をつまんで挨拶してみせた。

王「お おおっ これは なんと おめでたい! アルスどの ご婚約なさっておったか。」
王「お初にお目にかかる。わしが ここ コスタールの王だ。」

そう言って王は少女に微笑む。


王「……して アルスどの あれからというものの こちらは なんとか うまくいっておるよ。」
王「マール・デ・ドラゴーンの氷の封印は 未だに 解けぬが 魔物たちとの 戦いに備え 兵士たちも 日々 訓練を積んでおる。」

アルス「……そうでしたか。」

王「それに あれ以来 呪われていた子供たちも すくすくと 育っておる。」
王「民も すっかり 元気を取り戻して 町はにぎわっておるわい。」
王「……おっと それはもう 自分の目で 見てこられたかな。わっはっは!」

“これは 失礼”と言って王は愉快そうに笑った。

アルス「ホビット族とは うまくいっているのですか?」

その結果は知っているが、王妃のことで不信を買っていただけに経過が気になったのか、少年が問う。

王「むっ ああ あれ以来 少しずつ わだかまりもなくなって 時々 あちらから 遊びに来てる者がおるよ。」
王「わしらは 種族こそ違うが お互いに分かり合えると 信じておる。」
王「きっと いつの日か 一緒に 暮らせる日が 来ることだろう。」

マリベル「……ふふっ きっと そうですわ。」

それまで黙って話を聞いていた少女が微笑む。

何故ならば彼女はそれが実現することを知っていたから。

王「……アルスどのは 優しい お方を めとられたようだな。」

マリベル「えっ……!」

アルス「……はい。」

思わぬ言葉に目をぱちくりさせて紅く染まる少女の横で、少年が照れくさそうに下を向く。


王「…………………。」 

そんな初心な二人を微笑ましく思いながら王はあることを思い出す。

王「おおっ そういえば おふたりとも お食事は もう お済かな?」

アルス「あ いいえ これから とろうと 思っていたところです。」

王「それならば 今から 一緒に いかがかな?」

アルス「ほ 本当ですか?」

王「もちろん。わしらの 英雄に 何のおもてなしもできないとあっては 国王の誇りに 傷がついてしまう。」
王「どうか 召し上がっていってくれぬか?」

アルス「えっと……。」

どうしたものかと考えていると少女が少年の袖を引っ張った。

マリベル「アルス。」

アルス「ん?」

マリベル「せっかくだから ごちそうになりましょうよ。王さまも こう言ってくれてることだしさ。」

アルス「……うん。」
アルス「そ それじゃあ ぜひ…。」

王「おお 良かった 断られたら どうしようかと思ったぞ。」

少年が遠慮がちに返事すると王は安堵した様子で溜息をつき、近くに立っていた男を呼び寄せた。

王「大臣。」

大臣「はっ。」

王「おふたりにも お食事の用意を。」

大臣「かしこまりました。すぐに 準備させます。」

王の命を受けると大臣はすぐに調理場へと指示を出しに走っていった。

王「時間は かからんから しばし お待ちいただけないか。」

アルス「はい わかりました。」






食事の準備を待つ間、少年と少女は城の灯台にある聖なる炎を眺めて時間をつぶしていた。

マリベル「ん~……。」

アルス「どうしたの?」

窓枠に腰を掛けて唸る少女に少年が問う。

マリベル「ここも けっこう 大変だったんだなってね。」

アルス「うん… まあね。」

マリベル「魔物が攻めてきて 王妃さまを殺されちゃって そのせいで ホビット族とは 疎遠になっちゃって…。」

アルス「おまけに 今度は 呪いで子どもが 魔物になって。」

マリベル「……踏んだり 蹴ったり ね。」

小さくため息をもらす。

その時少年と共にいたわけではないため詳細はわからなかったが、
こうしてここで話を聞いているだけでもそれがどれほどの出来事だったか、少女には容易に想像がついたのだ。

アルス「でも あれから だいぶ 元に戻りつつあるみたいだね。」

窓の外を眺めながら少年が言う。

マリベル「そりゃあ 町の様子を 見れば わかるけどさ。」
マリベル「王さまも 苦労してるのね。」

アルス「でも 今は ずいぶん 明るそうだよね。」

そう言って少年は先ほどの王の朗らかな顔を思い出す。

マリベル「…………………。」
マリベル「あのさ……。」





*「探しましたよ お二人とも!」





マリベル「っ……!」

少女が何かを言いかけた時、階下から一人の衛兵が少しだけ苦しそうにしながらやってきた。

*「あ アルスさん マリベルさん お食事の用意が できておりますっ…。どうぞ 下へ……。」

アルス「あっ はい。」
アルス「行こっ マリベル。」

マリベル「え ええ……。」

そうして少女は少年に手を引かれるがままに階下の食堂を目指して歩き出すのだった。





アルス「ごちそうさまでした。」



それから王にたんまりと海の幸をご馳走になった二人は、ひとしきり王との談笑を終え目的のために動き始めようとしていた。

マリベル「それじゃ わたしたちは 用事が ありますので そろそろ……。」

王「おお そうであったか よければ また 寄っていってくだされ。」
王「わしらは いつでも 歓迎いたすからな。」

アルス「ええ それでは。」

そう言って少年が階段を上ろうとした時だった。



*「にゃん にゃん にゃ~ん。」



一匹の茶虎猫が階段の上から降りてきて台所に立つ料理人に向かっていった。

*「おお お前さんか 今日の分は まだだったか?」

マリベル「……ここで 飼っているコですか?」

料理人から魚のアラをもらう猫を見つめて少女が問う。

王「ん? まあ 城内を うろついているだけで 飼っているわけではないのだが。」

アルス「…………………。」
アルス「陛下 そういえば ここに ミントちゃんというネコが いましたよね。」

王「お おお シャークアイが アニエスどのに 残していった あの黒っぽい猫か。」

アルス「あのコは 元気にしてますか?」

王「むっ たしか いつも 同じところに座って 海を眺めていると 聞いたが……。」

アルス「…そうですか ありがとうございます。」


休憩します
続きはまた遅くに




城を後にした少年と少女は城と町の出入り口をつなぐ通路を歩いていた。

マリベル「いつもの場所って?」

少女が先ほどの会話を思い出して少年に問う。

アルス「うん 町の入口からすぐのところ なんだけどね。」
アルス「ミントちゃんは いつも そこに座って シャークアイさんが封印された海を 見つめているんだってさ。」

マリベル「ふーん…… けなげね…。」

アルス「それだけ シャークアイさんが かわいがっていたってことかな。」

マリベル「それにしても 意外よね。」

アルス「何が?」

マリベル「海賊船の総領が ネコ 大好きだなんて。」
マリベル「……あっ 別に お父さんの 悪口じゃないからね?」

アルス「う~ん。」
アルス「……ぼくに 聞かれてもなあ。」

マリベル「……そうよねえ。」

そうこう話しているうちに二人は町の入口へと続く、普段は鍵の掛けられている扉へとたどり着いた。

アルス「よいしょっと。」

少年が掛け声と共に扉を開ける。



*「おおっ アルスどの もう 王との面会はよろしいのか。」



すると先ほどふたりを城へと案内した兵士がそれに気付き声をかけてきた。


アルス「あっ さっきは どうも…。」

*「もう お帰りになるのか?」

マリベル「いいえ まだ 目的を果たしていないわ。」

“誰かさんのせいでねっ。”

と、少女は心の中で付け足しながら微笑んだ。

*「そうだったか。ちなみに その用事とは?」

アルス「ヒト探し… いや ネコ探しです。」

*「ネコ?」

マリベル「ミントちゃんって 知ってるかしら?」

*「あ ああ その猫なら いつも あっちに座っていたような……。」

そう言って兵士は通路の西を指さす。

アルス「ありがとうございます。」

少年は手短に礼を言って指し示された方へと歩き出した。



マリベル「……あれ 行き止まりよ?」



しかし二人を待ち受けていたのは地上階へと続く階段と水の壁、壁、そして壁。

どこにも猫の姿は見当たらなかった。

アルス「おかしいな… 前は ここにいたハズなのに。」

少年が辺りを見渡して首をかしげる。

マリベル「ねえ ホントに ここなの?」

少年に向き直り少女が片眉を上げる。

アルス「う~ん 記憶が間違ってなければ ここなんだけど……。」

腕を組んで考え込む少年を他所に少女が階段を見上げる。

マリベル「…上に いってみましょ。」

アルス「……うん。」

二人は目線だけを合わせ、それを合図に階段を上っていった。





マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

しかし地上階にたどり着いた二人の目に留まったのは壁と装飾のあしらった支柱、そして壁に立てかけられた兵士たちの武器だけ。

ここにも猫の姿はなかった。

マリベル「いないわね。」

アルス「散歩にでも 出かけてるのかなあ。」

マリベル「……もうちょっと 見て回ろうよ。」

アルス「そうだね。」

そう言って二人はさらに階段を上り客間の扉を開ける。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

マリベル「……どう?」

アルス「…いないね。」

部屋の隅々まで探してみても猫はおろか、それらしい毛一本すら見つからない。

どうやら件の猫はここへは来てはいないようだった。

マリベル「どうする?」

アルス「神父さんたちにも 聞いてみようか。」

マリベル「……そうね。」


仕方なく二人は引き返し、長い廊下を渡り教会までやってきた。



*「まあっ あなたは いつかの……。」



少年を見つけた若い修道女が驚きを隠せないように口元を押さえて二人の方へ駆けてくる。

アルス「お久しぶりです。」

*「感激です。国を救ってくださった 英雄と 再び お会いすることが できましょうとは……。」
*「ああ これも 神のお導きでしょうか……。」

修道女は感動のあまり天を仰いで短く祈るような仕草を見せ、後ろへ振り返って叫ぶ。

*「神父さま!」

*「おお おお… なんという 巡り合わせ……。」
*「アルスさん ご無沙汰しておりました。」

声をかけられた神父が少年へ柔らかく微笑んだ。

アルス「神父さんも お元気そうで 何よりです。」

*「しかし あれ以来 さっぱり お見えにならなかったというのに 今日は いかがなさったのですか?」

アルス「実は……。」

マリベル「あたしたち ミントちゃんっていう ネコを 探しているの。」

少年が事情を説明する前に少女が前へ出てきて言った。

*「……ミントちゃん というと あの シャークアイ総領の 忘れ形見…。」

*「前は 毎日 見ていたのですが ここのところ 見かけていませんわ。」

神父と修道女は顔を見合わせ交互に言った。

アルス「そうですか……。」

*「いったい どうしたというのですか?」

マリベル「それは……。」

少女がどう答えたものかと少年に振り返る。

アルス「…………………。」

しかし少年は一度だけ小さく首を振って聖職者たちへこう言った。

アルス「ワケは お話しできません。でも……」
アルス「その子に 会いたがっている人がいるんです。」

*「……そうですか。」

*「わたしたちでは おチカラに なれませんが 町の中には きっと 知っている者も おりましょう。」

少年の目に並々ならぬ事情を察したのか、神父はそれ以上追求しようとはしなかった。

*「見つけられることを お祈りしています。」
*「どうか あなた方に 神さまの ご加護が ありますように。」

修道女もそう言って二人へ微笑みを見せた。

アルス「ありがとうございます。」
アルス「行こう マリベル。」

マリベル「……ええ。」

こうして二人は教会を後にし、午後の賑わう城下町へと降りていくのだった。





*「黒いネコ? うーん 見たことあるけど 知らないねえ。」
*「ネコってのは きまぐれだからねえ……。」



*「ネコ… この国には 野良猫が 多いから なんとも 言えないわね。」
*「それより 何か 飲んでいく? サービスしとくわよ。」



*「うっぷ…。昨晩は 少し 飲みすぎたようですな。」
*「えっ ネコですって? 知りませんな…うぷぷぷ…。」



*「ネコ? うちでも 猫は 放し飼いにしてますが 黒いコはいませんねえ。」
*「ああっ おきゃくさん! 吐くんなら 表で 頼みますよ!」



*「あら どうしたんだい あんたたち。」
*「ん ネコちゃんを 探してるって? 悪いわねえ ちょっと あたしには わかんないよ。」
*「ああ 今日の宿は ウチで いいのかい?」
*「えっ まだわからない? そうかい それじゃ 決まったら ぜひ 来ておくれ。」



*「今日も お花が元気だわ~。」
*「あら? あなた 久しぶりね。」
*「……そう ネコを探してるの。ときどき 散歩してる ネコはいるけど どうだったかしら…。」





日も傾き始め、夕日に当てられた港町が薄紅に染まった頃。

マリベル「なかなか いい情報がないね。」

ふたりは未だに城下町を歩き続けていた。

アルス「んー……。」

町の中を歩きながら方方(ほうぼう)で聞き込みをしてみるも帰ってくる答えはどれもこれも期待外れなものばかり。

少年も少女も既にくたびれ始めていた。

マリベル「これだけ聞いてるんだから 一人くらい 知ってる人がいたって いいじゃないのよっ!」

苛立ちを覚えて少女が唸る。

アルス「まいったな……。」

そうしてすっかりアテを失い二人が町の広場まで戻ってきた時だった。



*「あら?」



幼子を抱いた一人の若い婦人が二人の元へとやってきた。


*「あなたは もしかして アルスさんじゃありませんか…!?」

アルス「……あ あなたは 防具屋の…。」

*「シエラです! まさか また あなたに 会えるなんて!」

“シエラ”と名乗った女性は、かつて少年たちがここを訪れた時に呪いから赤子を救われた防具屋の夫人だった。

シエラ「それと あなたは……。」

マリベル「マリベルです。アルスが お世話になりました。」

そう言って少女は胸に手を当てる。

シエラ「えっと ということは 奥さんですか……?」

マリベル「えっと いや まだ……。」

アルス「に 似たような ものです…。」

シエラ「…うふふっ お似合いですよ。」

恥じらうような二人の反応に微笑みを浮かべながら夫人は乳児を軽く揺らす。

*「…………………。」

アルス「あっ もしかして その子は……。」

シエラ「そう この子が アルりんです。」

*「…………………。」

夫人の腕の中でおとなしくしている乳児は少年の顔を不思議そうに見つめた。

アルス「大きくなりましたね。」

シエラ「ふふっ 今は おとなしいけど いつも 元気いっぱいなんですよ。」

そう言って夫人は愛おしくて仕方がないといった様子で微笑んだ。

マリベル「こんにちは アルりんちゃん。」

*「…あ~……。」

少女が手を差し出すと赤ん坊はその指をきゅっと握った。

マリベル「…あっ………。」

驚きと喜びに思わず少女は感嘆の息を漏らす。


シエラ「良かったら 抱いてみますか?」

マリベル「え いいんですか…?」

シエラ「もちろんよ!」

夫人はそう言うと少女の腕にゆっくりと自分の娘を託した。

*「…………………。」

アルス「……かわいいね。」

少女の腕に抱かれる小さな小さな女の子を見て少年が微笑む。

アルス「……マリベル?」

黙ったままの少女を不思議に思い少年がその顔を覗き込む。



マリベル「…………………。」



少女はゆっくりと自分の身体を揺らしながら愛おし気にその腕に抱く子を見つめていた。

まるで本当に我が子を抱いているかのように。

アルス「…………………。」

その佇まいを見て少年は黙り込む。



“目の前に立っているのは本当に自分のよく知る少女なのだろうか”

“そう、そこにいるのはいつか教会で見た絵画の中の……“



そんなことを考えているうちに、どこかで少女の姿に自分たちの未来を思い描き、少年は一人赤く染まっていった。

*「…ま~……。」

赤ん坊が母親へと手を伸ばす。

マリベル「……あ……。」

シエラ「あらあら。」

マリベル「…やっぱり ママが いいみたいです。」

そう言って少女は名残惜し気に、赤ん坊を母親の腕へと渡した。

シエラ「うふふっ きっと いつか あなたも 自分の赤ちゃんを 抱ける日が 来るわ。」

マリベル「……はい。」

夫人の言葉に少女は俯いて地面に何かを描くようにもじもじと体を捩った。


シエラ「そういえば おふたりは 今日はどうしてこちらへ?」

アルス「あっ 実は あるネコを 探してまして……。」

それまで頬をぽりぽりと掻いていた少年が“忘れてた”と言わんばかりにわけを説明する。

シエラ「ネコ?」

マリベル「ミントちゃんっていう 黒猫なんですけど ご存じありませんか?」

シエラ「ミントちゃんって あの シャークアイさんの……。」

何かを思い出すように夫人が空を見上げる。

アルス「そう その子です。」

マリベル「ずっと 探してるんですけど なかなか 見つからなくて……。」

シエラ「うーん あの子の居場所は わからないけど……。」
シエラ「たしか あの子の お世話をしている 兵隊さんが この近くに 住んでいたはずですよ。」

アルス「ほ 本当ですか!」

シエラ「ええ その人に 聞けば 居場所が わかるんじゃないかしら?」

マリベル「アルス 行ってみましょうよ!」

思わぬ収穫にふたりは目を合わせる。

アルス「うん!」
アルス「その人の 家は どのあたりですか?」

シエラ「えっと 記憶ちがいじゃなければ……。」





マリベル「シエラさんの 話じゃ ここら辺って 話だったけど……。」

防具屋の夫人から件の兵士の住む家のありかを聞いた二人は、市場から少し外れた夕日の入らぬ路地へとやってきていた。

アルス「……この家かな。」

そう言って少年はある小さな家の前で立ち止まる。

小さいとはいっても一人で住むには十分な大きさのそれで、扉の横にはその家の住人が国の兵士であるという証、つまり国旗がたてかけられてあった。

マリベル「いるかしら?」

アルス「……わからない。でも あの場所にいなかったから もしかするとね。」

そして少年は扉の前に立ち、子気味良く三回、拳を軽く打ち付けた。



“コンコンコン”



硬く、乾いた音が路地に響く。

*「……。」

マリベル「……留守かしら。」

返ってきた静寂に少女が呟く。

アルス「ごめんくださーい。」

それでもめげずに少年が扉の奥に呼びかける。

*「……。」

アルス「うーん。」

マリベル「また 後で 来てみる?」

アルス「……そうだね。」

そうして二人が市場の方へと引き返そうとした時だった。





*「はーい!」





不意に扉が開かれ、一人の爽やかな青年が姿を現した。


*「すいません ちょっと 手が離せなかったもんで……。」
*「あっ あなたは……!」

アルス「こ こんにちは。」

*「アルスさん!? どうして ここへ?」

アルス「実は ぼくたち ミントちゃん探して ここまで 来たんです。」

マリベル「あなたよね? その ミントちゃんの お世話をしてたっていう ひとは。」

*「えっと そちらは……。」

アルス「彼女は マリベル。ぼくの……。」

マリベル「はじめまして。婚約者の マリベルです。」

青年の視線に二人はこの日何度目かも分からない自己紹介をする。

*「なんと アルスさんは もう ご婚約なさっていましたか!」
*「はじめまして ボクは ここ コスタールで 兵士をしている者です。」

そう言って青年は少女と軽く握手をする。

アルス「それで もしかして こちらに ミントちゃんが いるんじゃないかと 聞いて……。」

*「え ええ… たしかに ミントは うちにいますよ。」
*「とにかく こんなところで 立ち話も なんですから どうぞ あがってください。」

アルス「それじゃ 失礼します。」

マリベル「おじゃまします。」

青年に招かれ、二人は家の中へと足を踏み入れる。


*「狭くて 汚いですが どうぞ おくつろぎください。」

部屋の中へ戻ると青年は卓の上を片付けふたりのために椅子を奥から持ってきた。

アルス「ど どうも。」

マリベル「あの それで ミントちゃんは……。」

部屋の中を見回して少女が言う。

*「ああ それなら 少しお待ちください。」

そう言うと青年は部屋の奥の台所から何やらお皿のような物を持ってきた。

*「こっちです。」

そしてふたりに手招きし、隣の部屋へと続く扉を開ける。

*「ミント お前に おきゃくさんだよ。」





*「…………………。」





そこには黒猫がいた。


アルス「あっ……!」

しかしその目にはかつての誰も寄せ付けないような鋭さはなく、ただぼんやりとそこに座っているだけの置物のような穏やかさを湛えていた。

*「ミント ごはんだよ。」

青年はそう言って猫の前に消化の良さそうな柔らかいエサの入ったお皿を置いた。

人肌程度に温められたそれからは人が食べるにも問題ないような美味しそうな香りが立ち上っている。

ミント「…………………。」

しかし猫は匂いを嗅いだだけでそれに口を付けようとはしなかった。

*「アレ? おかしいな いつもだったら よく食べるのに。」

青年は不思議そうに猫の顔を見つめた。

*「…この通り もう ほとんど 一日を 寝て過ごしています。」
*「たまに 近くを 散歩することも あるんですが……。」

アルス「……そうですか。」

マリベル「…………………。」

二人は青年の背中越しにその猫を見つめる。老猫にしてはかなり手入れされているのか、その見た目だけでは一見高齢であるとは気づかなかったかもしれない。

ミント「……フニャッ?」

しばらくして猫は青年の後ろに見知らぬ者がいることに気が付き、それが誰かを確かめようと近くまでやってきた。

どうやら視力もあまりよくないらしい。

ミント「……にゃ~ん。」

しかしその懐かしい匂いに何かを思い出したのか、老猫はふらついた足取りで少年へとすり寄ってきた。

アルス「ミントちゃん おひさしぶり。」

ミント「にゃう~……。」

差し出された手に顔を擦り付け、猫はゴロゴロと喉を鳴らした。


*「……不思議ですよね。」
*「あれだけ 誰にも 気を許さなかった この子が どういうわけか アルスさんだけには 懐くんですから。」

アルス「っ……。」

その言葉にふたりはここへ来た目的を思い出す。

マリベル「あの……。」

*「なんでしょう?」

マリベル「あたしたちが ミントちゃんを 探していたのは ある人の ところへ この子を 連れて行きたかったからなんです。」

*「……な なんだって……!」

マリベル「その人は どうしても ミントちゃんを 必要としているの。」

*「そ それは いったい 誰なんです……!?」

アルス「……ごめんなさい それは 教えられません。」

*「…………………。」

アルス「でっ でも その人にとって ミントちゃんは……。」



*「お断りします。」



アルス「えっ……。」

それまでにこやかだった青年の顔は一変して無表情になっていた。

否、それはみるみるうちに、まるで敵を目の当たりにしているかのような警戒の色を帯びていった。

*「ボクが… どれほど この子のことを 大事に世話してきたか あなたたちには わからないでしょう……。」
*「飼い主とは死に別れ 守るべき人は どこかに 消えてしまった……。」
*「そんな この子のことを どんなに ひっかかれても 見守ってきた ボクの気持ちが わかりますか!?」

沸き上がる怒りを抑えられないのか、青年はまるで少年に掴みかかる様に怒鳴り散らす。

アルス「でもっ……。」

*「だいたい どこの 誰なんです! 今さらになって ミントが 必要だなんて 言い出したのは!」
*「この子や ボクの気持ちなんて 何にも知らないくせに……!」
*「そんな 正体も明かせないようなひとに この子を 渡すわけにはいかない!」

そう言って青年は肩を震わせ目をぎゅっと閉じた。

マリベル「そ それは……。」





*「帰ってください!」





マリベル「っ………。」

その言葉に少女は身を固める。

*「帰ってください……。」

そしてもう一度、青年は絞り出すように言うと、それっきり黙り込んでしまった。


アルス「…………………。」
アルス「行こう マリベル。」

マリベル「…でも……。」



“シャークアイさんが。”



そう言いかけて少女は胸の前に手を置き、口を閉ざした

アルス「…いいんだ。ぼくたちが 悪かった。」

少年がそう言って踵を返した時、再び老猫が少年の足にすり寄ってきた。

ミント「…………………。」

アルス「ごめんね ミントちゃん。でも きっと ご主人には きみのこと 伝えておくから。」

ミント「ニャ……。」

頭を優しく撫でられ、黒猫は嬉しそうに声を漏らした。

*「…………………。」

アルス「…………………。」

そうして少年は立ち上がると、扉を開け、振り返りもせずに言った。

アルス「その人の名前を 明かすことは できませんが その人にとっても この子は とても 大事な子だったんです。」
アルス「わけあって 会いには これませんでしたけどね。」
アルス「……失礼します。」

言い終えると少年は今度こそ玄関の方へと歩いていってしまった。

マリベル「…………………。」
マリベル「おじゃましました。」

何か言うべきかと迷っていた少女も、それだけ残して少年の後を追って出ていった。



ミント「…………………。」



静かな部屋の中で、猫はただじっと二人の出ていった扉を見つめていた。

まるで誰かの帰りを待っているかのように。

*「…………………。」

そしてそんな寂しそうな老猫の後ろ姿を、青年は黙って見ているしかできないのだった。



暖かな湯気を放っていたエサは、いつの間にか冷めきっていた。





アルス「…………………。」

すっかり暗くなってしまった空の下、少年は市場へと続く路地を歩いていた。

マリベル「ねえ……。」

黙ったまま歩く少年へ追いついてきた少女が心配そうに呼びかける。

アルス「…………………。」

マリベル「ねえっ…!」



アルス「無理もないよ。」



少年が不意に立ち止まる。

マリベル「えっ?」

アルス「あの人が ああいうのも 無理はない。」
アルス「マリベルも見たでしょ? あの部屋。」

マリベル「……うん。」

少女はその横に立ち止まり、先ほど見た兵士の部屋の中を思い出していた。

床に敷かれた柔らかい絨毯、暇にならないように置かれた玩具、艶の無くなった毛並みを整えるためのブラシ、
弱った足腰のためにこしらえられた背の低い階段、横になるためのふかふかの寝床。

アルス「あの部屋にあったのは ほとんど ミントちゃんのためのものだった。」

マリベル「……そうね。それに 食べ物にまで 気を使ってるみたいだったし。」
マリベル「いかに あの人が 愛情をもって 接してきたか よくわかったわ。」

アルス「うん。だから あんな風に カッとなっちゃうのも 無理はない。」

マリベル「今さら 引き取りますなんて言って はい そうですかって 言えるわけないわよね……。」

アルス「……うん。」

すんなりと見つけて連れて帰れると思っていただけにふたりはかなり落胆していた。

加えてあの老猫の様子を見るにあまり時間は残されてはいないことがうかがえた。


マリベル「ねえ どうする? このまま 帰るの?」

どうするべきか分からないのか、それともただ自分の考えを後押ししてほしかっただけなのか。

少女が少年の顔を覗き込む。

アルス「……もう 遅いから 今日は ひとまず とまっていこう。」
アルス「ぼくも すこし 考えたい。」

そう言って少年は険しい顔で俯く

マリベル「……わかったわ。」

アルス「ごめん。」

マリベル「何言ってんのよ! 言い出したのは あたしなんだから あんたが 気にする必要はないわ。」
マリベル「……それに 根気よく 説得すれば あの人も わかってくれるかもしれないわ。」

アルス「……うん。」

マリベル「ねっ それよりも おなかすいちゃった。」
マリベル「どっか 食べに行こうよっ。」

アルス「…そうだね!」

マリベル「そうと 決まれば 早く行くわよっ! ほらほら!」

そう言って少女は少年の腕を掴んで小走りに駆け出す。

アルス「わっ 待ってよ…!」

それが重苦しい空気を吹き飛ばそうという気遣いだったのか、ただ空腹に急かされてだったのかはともかく、
少年はそんな明るい少女に救われいつもの柔らかな表情を取り戻していた。



そうしてふたりは未だ活況に沸く夜の町の中へと紛れていくのだった。





マリベル「は~っ……。」



“ぼふん”と音を立てて少女がベッドへ倒れ込む。

その後、適当な店で食事を終えたふたりは昼間に立ち寄った宿屋で風呂を済ませ、今は部屋でゆっくりと時間をすごしていた。

マリベル「う~っ つ~か~れ~た~っ。」

枕に顔を埋もれさせながら少女が唸る。

アルス「一日中 歩き回ったからね。」

椅子に座ってくつろいでいる少年も口調にこそ現れてはいなかったが、顔にはどこか疲労の色が浮かんでいた。

マリベル「濃い 一日だったわ……。」

身体を大きく伸ばしながら少女が寝返りを打つ。

アルス「なんだか こういうのも 久しぶりだね。」

マリベル「ホント あの旅の 続きをしてるみたいだわよ。」
マリベル「…封印されてないだけ まだ マシだけどさ。」

アルス「……そうだね。」

マリベル「でも ヘンな感じ。」

アルス「え?」

マリベル「あたしたちは 魔王を倒したって言うのに ここの人たちは まだ 魔王や 魔物の脅威に さらされているんだもん。」

身体を起こしてベッドに腰掛けながら少女が言う。

アルス「そうだね。」

マリベル「ここに来る前に あった 魔物たちも 他の魔物たちと 戦ってたのかしら。」

アルス「……きっと そうだよ。」

そう言って少年は物思いに耽る様に黙り込んだ。


マリベル「…………………。」

そんな少年の横顔をしばらく眺めていた少女だったが、何かを思い出したのか目を大きく見開いて言った。

マリベル「ねえっ さっきもらったやつ 飲まない?」

アルス「ん? あ… うん いいよ。」

少年はふくろの中から二本の小さな瓶を取り出した。

アルス「ちょっと 待ってて。」

そう言って少年は瓶の栓を部屋に備わっていた器具で開けていく。

アルス「はい。」

マリベル「ありがとっ。」



“カチンッ”



ふたりは軽く互いの瓶を打ち付け合い、ゆっくりと一口、それを喉の奥へと流し込んだ。

アルス「ふー……。」

マリベル「……あっ おいしいかも…!」

喉を突き抜けていくような清涼感と深くコクのある香りがふたりにちょっとした感動を与えていく。

それは先ほど宿の地下にある酒場の主人がこの前のお礼にとふたりへ寄越したエール酒だった。

なんでもそれは普通に流通している品ではなく、ある特別な方法で他にはない華やかな香りを閉じ込めたエール酒だという。

アルス「苦いだけが エール酒じゃ ないんだね。」

深い山吹色に染まった瓶を見つめながら少年が興味深げに言った。

マリベル「えーっ!? こっちの コスタールで これって 手に入るのかしら?」

アルス「……どうだろ?」

マリベル「これは 要チェックね! アルス 今度の休みの日は コスタールに行くわよ!」

アルス「はいはい。」

楽しそうに身を揺らす少女に思わず少年にも笑みがこぼれた。


そうしてふたりは芳醇な香りを堪能した後、就寝の準備をしながら他愛のない話に華を咲かせていた。

マリベル「…そうそう あんたがいない時に いろんな国の お偉いさんが 集まったって話したでしょ?」

それは少年が行方不明になって十日ほど経った頃に開かれた各国首脳会議での出来事。

アルス「うん。」

マリベル「ほら コスタールの王さまって あんな感じでしょ?」
マリベル「そりゃあもう みんな 最初 すごい顔してたのよっ!」

そう言って少女はおかしくて仕方がないといった様子でケラケラと笑った。

アルス「なんか 想像つくな……。」



“やっほ~ 王さまたち!”



今にもそんな軽快な挨拶が聞こえてくるようだった。

マリベル「ふふふ…… うちの王さまったら 目が 点になってたわよ。」
マリベル「まっ 話してるうちに どんどん 打ち解けていったみたいだけどね。」

アルス「そっか。やっぱり あの人だもんね。」
アルス「脈々と 血は 受け継がれている ってことなのかな…。」

マリベル「そうかもしれないわね。」
マリベル「…………………。」

アルス「……どうしたの?」

マリベル「ううん。ちょっと ここの王さまのこと 思い出してただけ。」
マリベル「……やっぱり あの王さまの ご先祖さまってだけのことはあるわね。」
マリベル「いかにも 聡明そうだったわ。」

アルス「うん。」

マリベル「でも 今は 確か 一人なのよね?」

アルス「……前に 話したっけ。光ゴケのこと。」

マリベル「ええ 漁の時に コスタールで あんた 言ってたわよね。」

アルス「…あの時 話した シュクリナさんが あの王さまの お后様だったんだ。」

マリベル「……そう。」

そこまで聞いて少女は王がどうして自分たちを見て微笑んでいたのかがわかってしまったような気がした。


アルス「……お后さまを失くした 名君 か。」

マリベル「なんだか うちの王さまと 境遇が 似てるわね。」

アルス「……そうだね。」
アルス「あっ。」

マリベル「どうしたのよ?」

アルス「そういえば 昨日 お城へ行った時にさ アイラとリーサ姫から バーンズ王のことを聞いたんだ。」

マリベル「……それって もしかして…。」

アルス「うん あのおばさんと 少しずつだけど 仲良くしてるんだってさ。」

マリベル「あらっ そうなんだ?」
マリベル「…ちょっと 意外かも……。」

そう言って少女は顎に指を添える。

アルス「たぶん リーサ姫の言葉が きいたんじゃないかな。」

マリベル「…………………。」

アルス「マリベル?」

急に黙り込んでしまった少女の顔を少年が覗き込む。

マリベル「あの さ……。」
マリベル「もし…… もしも よ? あたしが 死んじゃったらさ。」
マリベル「アルスは 誰かと 再婚しようって 思う?」

アルス「えっ……?」

マリベル「…………………。」



“あいつは いつも きみの幸せだけを 願っていた。”

“あいつのことを 思ってくれるなら きみは 生きなければ いけない。”

“生きて 幸せを 勝ち取ることこそが あいつの 願いだ!”



少女は少年が海へ消えた時に彼の父親に言われた言葉を思い出していた。

マリベル「……残された人って どうやって 幸せになれって 言うのかしら。」

アルス「…………………。」

マリベル「あたしは もし 自分が 先に死んじゃっても あんたには 幸せでいつづけて欲しいと 思うけど……。」
マリベル「でも……。」

そこまで紡いで少女は口を閉ざす。



“それでも自分を愛し続けて欲しい”



どこかでそう思う気持ちがあることも否定できない。

そんな葛藤が、その先の言葉を喉の奥へと追いやっていった。


アルス「…………………。」

しかし少年はしばらく考える素振りをした後、隣に座る少女の手をおもむろに覆って言った。

アルス「ぼくは さ。」
アルス「たぶん 再婚なんて しないと思う。」

マリベル「えっ……?」

アルス「一緒にいられるが時間が 長くても 短くても 関係ない。」
アルス「……きみだって 言ったじゃないか。」
アルス「死が かならずしも その人の価値を なくしちゃうとは かぎらない ってさ。」

マリベル「あっ……。」

アルス「もし マリベルが死んじゃったら とうぶん 立ち直れないかもしれないけど……。」
アルス「それでも やっぱり ぼくは きみが 最初で 最後の人だと思う。」

そこまで言って少年は大きく息を吸い込む。

アルス「きみと一緒に過ごした時間を 大切にして ぼくは 死んでいきたいな。」
アルス「たぶん…… その時 ぼくは 幸せだと思う。」

マリベル「…………………。」

アルス「それにさっ ほら 約束したしね。」
アルス「死ぬときは 一緒ってさ。」

そう言って少年は少女の顔を見つめて笑ってみせた。

マリベル「あ……。」
マリベル「…アルスっ……!!」

たまらず少女は少年の背中に手を回し、その胸に顔を埋める。

アルス「ま マリベル……?」

マリベル「どうして……。」
マリベル「どうして そんなこと 言ってくれちゃうのよ……。」

そっと体を離すと、少女は闇夜のように黒く輝く瞳を見つめてささやいた。

アルス「…………………。」
アルス「愛してるから。」

マリベル「……ばか………。」

アルス「…………………。」

照れ隠しに吐き出された言葉は、いつの間にか少年によって吸い込まれていた。

全身に温もりを感じながら、ふたりは互いの存在を確かめ合う。



そして明るく、静かに月の照らす夜のとばりの中、ふたりは一つへと溶けていくのであった。





アルス「マリベル。」

マリベル「なあに?」

少年に包まれながら少女が優しく問う。

アルス「明日 もう一度 あの人に お願いしてみるよ。」

マリベル「でも……。」

アルス「会って 本当のことを 話してみる。」
アルス「ぼくたちのこと お父さんのこと。」

マリベル「後悔…… しないのね…?」

アルス「うん。もし 何か 起きても ぼくが 責任とる。」

マリベル「…わかったわ。」
マリベル「わたしは あなたに ついていくから……。」

アルス「ありがとう。」

そう言って少年は少女の髪に軽く口付ける。

マリベル「…………………。」

アルス「おやすみ マリベル。」

マリベル「おやすみなさい アルス……。」

そうしてふたりは体を寄せ合い、ゆっくりと眠りへ落ちていった。

まどろみの中、どこかから聞こえた猫の鳴き声にぼんやりと耳を澄ましながら。





そして……







そして 次の朝。







以上、第2話でした。



前作と同様このお話の地の文では、固有名詞を出すことを極力避けています。
というのも、ただなんとなく文の雰囲気を統一するためなのですが。
(カタカナ語が少ないのも同じ理由です)

自分でこんな制限をかけておいて言うのもなんですが、
アルスやマリベルもそろそろ“少年”と“少女”と呼べない年齢に差し掛かって来ているため、
どう呼んだものかと非常に悩んだところです。

アルスについては“青年”で良いのかもしれませんが、マリベルに至っては……“乙女”?
なんだか毎回毎回乙女おとめと連呼するのも変な感じですよね。

非常に登場機会の多いふたりなのでなるべく短くわかりやすい単語が良いのですが、何か良いアイデアはありますか?

是非、みなさんの知恵をお借りしたいところです。

少し長いので妥協するなら肩書である“網元の娘”なのですが、いまいち親近感がわかないのです。
ただ、“青年”や“娘”は被る人物が多いのも確か。
(そんなこと言ったら“少年”も“少女”も変わらないじゃない…)

折り合いをつけるのは難しそうですね……。

結局はその場その場で工夫するのが一番なんでしょうか。



散々探し回った挙句、兵士に突っぱねられてしまったアルスとマリベル。
果たして無事ミントちゃんをシャークアイと再会させてあげることはできるのでしょうか。

第三話へ続く。

気にしないでいいんじゃない

>>117
とりあえずその時が来たらもう一度考えてみます






第3話:黒猫のゆりかご







眩しい日差しが東の窓から入り込む朝。

アルス「…………………。」

少年は窓から外を眺めながら、かの兵士にどう事情を説明したものかと考えていた。



“氷漬けにされた海賊船がどうなったのか”

“魔王はどうなったのか”

“自分たちが何者で、何故ここにやってきたのか”



この時代の者に未来のことを説明する危険性がどれほどのものかは予測がつかない。

下手なことを言えば起こらなかったはずのできごとがその過程で発生し、取り返しのつかない事態に陥る可能性も否定はできない。



“ならば”



アルス「どうすれば…。」

マリベル「アルス?」

朝一番で風呂へ行っていた少女が部屋へと戻ってきた。

アルス「マリベル。」

マリベル「どうしたの?」

アルス「……どう 説明したもんかなーってね。」

そう言って少年はため息をつく。

マリベル「やっぱり やめとく?」

アルス「いや 行くよ。」
アルス「少しだけでも いいんだ。ミントちゃんと シャークアイさんを 会わせてあげたい。」

少年は振り返り、少女の瞳を見つめてはっきりと言った。

マリベル「……そうよね。」
マリベル「なら ここで 考えてても 仕方ないわ。さっさと ご飯食べて 行きましょ。」
マリベル「早くしないと あの人 出かけちゃうわ。」

少女はそう言うと腰に手を当てお決まりのポーズを作ってみせた。

アルス「…うん そうだね!」

こうしてふたりは仕度を整え、まだ町が完全に眠りから覚める前に早々と朝食をとりに降りていくのだった。





“コンコンコン”



涼しい潮風が緩やかに吹く朝の町の中、食事を終えたふたりは昨日訪れた兵士の家へとやってきていた。

*「はーい。」

扉を叩くと共に家の中から声が返ってくる。

*「っ………。」
*「まだ なにか ご用ですか……?」

現れた青年は少年と少女の顔を見た瞬間、少しだけ険しい表情をつくった。

アルス「あの……。」

*「……ミントなら 今は いませんよ。」

そう言って青年は兜をかぶる。そろそろ警備に行く時間なのだろうか。

マリベル「えっ…?」

*「散歩でしょう。今朝 起きたら もう いませんでした。」
*「そろそろ 戻ってくるでしょうけど。」

アルス「…………………。」
アルス「っ……!」

その時、少年の中に嫌な予感が走った。

アルス「マリベル ついてきて!」

マリベル「えっ ちょっと アルス!?」

アルス「また 来ます!」

そう言って少年は少女の制止もきかずに市場の方へと走り出してしまった。

マリベル「ああ もうっ!」

仕方なく少女もその後を追いかけて走り出す。

*「…………………。」

青年は不思議そうな顔で首をかしげていたが、やがて自分にも仕事があったことを思い出すと、扉に鍵を掛け、持ち場へ向けてゆっくりと歩き出すのであった。





マリベル「どうしたって言うのよ!」

少年の背中を追いかけながら少女が尋ねる。

アルス「……いやな予感が するんだ。」

少女の歩幅に合わせ速度を落とすと少年はぽつりと呟いた。

マリベル「イヤな 予感って……。」
マリベル「っ……急ぎましょ…!」

少年の言葉に一瞬眉をひそめた少女だったが、やがてその意味をくみ取ると少年の隣に並んで更に速度を上げた。





アルス「…………………。」

そしてそのままふたりは朝の市場を抜け、町の入口まで戻ってきた。

マリベル「いないわね……。」

ひんやりとした地下通路には相変わらず兵士が一人立っているだけで他には何も見当たらない。

アルス「…上も 見てみよう。」

マリベル「ええ…。」

短く会話を交わし、周りに目を凝らしながらふたりは地上階への階段を上っていく。

マリベル「……ここも いないわね。」

長い廊下を見渡してみてもそれらしい姿はなく、影も見つからない。



“ここへは来ていないのか”



少女がそう思った時だった。

アルス「……いや。」

不意に少年が呟く。

アルス「もしかすると 来てるのかも。」

マリベル「えっ……?」

アルス「ほら これ 見て。」

そう言って少年は廊下の端に膝を落とす。

マリベル「これって… 毛玉?」

アルス「たぶん この色は……。」

少年が見つけた黒っぽい毛の塊はまだ湿り気を帯びていた。

マリベル「……よく 探してみましょ。」

アルス「うん……!」



“まだ近くにいるかもしれない”



そう直感したふたりは怪しい所がないか、他に痕跡は残されていないか、辺りをくまなく探し始めるのだった。





*「いいえ 今日も 見ていませんわ。」

アルス「そうですか……。」

通路の端に設けられた教会の講堂で修道女が申し訳なさそうに首を振るう。

*「ふむ…… 散歩に出かけた というのなら いつもの場所に 座っているはずなのですが……。」

神父が顎をさすって唸る。どうやら黒猫はここにも来ていないようだ。

アルス「残念ながら そこにも いませんでした。」

マリベル「いったい どこに 行っちゃったのかしら。」

アルス「とにかく もっと よく 探してみよう。」

マリベル「ええ。」

アルス「おふたりとも ありがとうございました。」

*「無事に 見つけられますように。」





マリベル「いないわねえ……。」



その後教会の裏から外の桟橋へと出たふたりだったが、あいかわらずそこには件の猫の姿はなく、
仕方なく引き返して休憩室となっている二階へとやってきていた。

アルス「そうだね……。」

しかし来てみたはいいものの、やはり部屋の中はもぬけの殻。猫どころか人の姿さえない。

マリベル「……町の中に いるのかしら。」

部屋に備えられた上質なベッドに少女が腰かけて窓の向こうを見つめる。

アルス「どうだろう。」
アルス「あのコのことだから 人混みには 行かないと思うんだ。」

入口付近に置かれた椅子へ座り少年は腕を組む。

マリベル「そうよね 警戒心強いって 言ってたものね。」

そう言って少女は部屋の中をグルリと見渡す。

部屋にはベッドが四つと引き出しのついた卓が一つ、それを囲むように椅子が二つ、そして北側にはタンスが二つと窓が二つ。

そのどれもこれが品の良い装飾が施されており、まるでその部屋だけがどこかのお屋敷の中のような雰囲気を漂わせていた。

マリベル「……どうして この部屋だけ いいものばっかり 置いてるのかしら。」

アルス「……さあ。教会の人が 使ってるからかな。」

言うなればそこは教会の宿直室だったのだろう。

少年は以前ここへ来た時に病人の女性とそれを見守る修道女がいたことを思い出していた。

マリベル「ふーん。」

少年の言うことに加え、ここは町の入口に設けられているというだけあって国からの援助を受けているのかもしれない。

そんなことを漠然と考えながら少女はベッドの柔らかさを掌で感じていた。

アルス「……少し 温かくなってきたね。」
アルス「ん……?」

その時、少年が吹き込む風に窓を見つめ、ピタリと体の動きを止めた。

マリベル「どうしたのよ?」

アルス「そっちから 外って 出られるっけ?」

マリベル「そんなの あたしが 知るわけ……。」
マリベル「出られそうよ?」

文句を言いながらも少女は窓際に立ち、その下を覗き込む。

マリベル「ただの屋根 みたいね。」

アルス「よし 降りてみよう。」

少年は少女の隣に立ち、同じく窓の下を覗いて言った。

マリベル「……ここから?」

アルス「うん。」

マリベル「まあ いいけどさ。先に アルスが 行ってよね。」

アルス「わ わかってるよ……。」

そう言うと少年は身を乗り出し、少し下へと跳び降りていった。



マリベル「行くわよっ…!」

アルス「…っと……。」

少年に手を支えられながら少女も外へと飛び降りる。

マリベル「ふう。」

パンパンとスカートの払いながら少女が短く息を漏らす。

アルス「…あっちに 行ってみよう。」

マリベル「……そこ 乗り越えてくの?」

教会とは反対側の方向を指す少年に少女が問う。
ふたりの居る北の屋根と西側の屋根は繋がっておらず、ちょうど直角の壁を挟んで登っていかなければならなかった。

一応、西側の屋根の縁には足をかけて張り付けば渡っていけそうな狭い段差があるのだが。

アルス「とうぜん。」

そう言って少年は軽く跳ね上がり、ひとっ跳びに壁を乗り越えてしまった。

アルス「ほらっ マリベル。」

マリベル「もうっ 面倒くさいわね!」

悪態をつきながら少女も少年に差し出された手を掴んで壁を駆け上がる。

マリベル「まさか ここに来て こんなに運動するとは 思わなかったわよ。」

アルス「ははは……。」
アルス「…あっ……!」

両手を腰に添えて盛大なため息をつく少女にから笑いを返す少年だったが、西へ伸びる屋根の上に何かを見つけ思わず声を上げた。


マリベル「な なにっ?」

縁から身を乗り出す少年の背を少女が問いかける。

アルス「…まさか……!」

マリベル「あ ちょっと!」

アルス「マリベル はやくっ!」

少年はそこから西通路の屋根にひょいと飛び降り少女を催促する。

マリベル「わかったわよっ!」

アルス「うっ……。」

そう叫ぶと少女は少年目がけて飛び降り、その腕の中にすっぽりと納まった。

マリベル「……何よ。」



“重いとでも 言いたいわけ?”



とでも言うように少年をひと睨み。

アルス「いや 何でも… あっ あそこ!」



“いくらなんでも勢いをつけられては”



はぐらかしながら少年が屋根の奥の方へと駆けだす。

マリベル「…………………!」

少女もその後を追いかけ、徐々に近づいてくるソレが何なのかを確かめようと眼を凝らす。

アルス「っ……!」

マリベル「こ これって……!」

“それ”の前でしゃがみ込んだ少年の背中越しに少女が声を上げる。

*「…………………。」

遠くから見えていた黒っぽい塊の正体は老猫だった。

猫は体を丸めてうずくまったままピクリとも動かない。

アルス「ミントちゃん!」

黒猫に少年が手を伸ばし、その名を呼ぶ。

*「…………………。」

アルス「っ……!」

“生きている”

弱弱しく繰り返される起伏に生命の灯を感じ取り、少年はふくろの中から大きな布を取り出すと自分の首に結び付け、猫を迷わずにそれの中に抱きいれた。

マリベル「ど どうするの アルス!?」

アルス「マリベル! 今すぐに 帰ろう!」

マリベル「か…… 帰るって どこによ!?」

アルス「決まってるじゃないか!」



アルス「……フィッシュベルにさ!」





マリベル「ねえ! ミントちゃん 生きてるのよね!?」

草原を走りながら少女が叫ぶ。

アルス「うん! かなり 弱ってるけど ちゃんと 生きてる!」

マリベル「気をつけて走りなさいよ アルス!」
マリベル「もし 落としたりなんか しちゃったら 本当に 死んじゃうわ!」

アルス「わかってる!」

少年は首から提げた袋状の布をしっかりと抱えながら出来得る限りの速度で走っていた。

*「…………………。」

腕の中の猫は相変わらずうんともすんとも言わない。

それはまるで眠っているようであった。

否、実際に眠っていたのか、それとも既に意識がないのか、少年に確かめる術はなかった。

ただ今は一刻も早くこの老猫を大切な人に会わせてあげたい。

その一心で少年は走り続けた。

マリベル「…………………。」

少年の隣で走る少女が、心配そうにその胸元を見つめる。

マリベル「あっ……!!」

そうしてふたりが草原を抜け、荒地までたどり着いた時だった。





*「おおおー!」





岩場の影から両端に鉄球の付いた鎖を持つ紫色の鬼が現れた。


アルス「オーガソルジャー…!」

*「だあーっ!」

白髪の鬼は二つの鉄球を振り回し、向かってくる少年と少女を叩き潰そうと構えた。

マリベル「じゃまよっ!!」



[ マリベルは メラゾーマを となえた! ]



*「がああああっ!」

鬼が獲物を投げつけるよりも早く、少女は巨大な火球を作り出し、あっという間に敵を消し飛ばしてしまった。

マリベル「ちょろいわ!」



アルス「…止まれ!」



マリベル「えっ…!?」

少年の叫びに少女が立ち止まる。

次の瞬間。



“ヒュン……”



マリベル「きゃ~~!」

少女の目と鼻の先を刃がかすめていった。

マリベル「な 何なのよ~!」

*「ギッ… ギシ…ギィ…。」

*「ふっふっふ……。」

*「ギギギ…… ギッ……。」

*「ギッ ガシャ… ふっふっふ。」

少女の目の前にはいつの間にか藍と朱で左右に分かれた鎧が行く手を阻む様にいくつも並んでいた。


マリベル「デビルアーマーが 3… いや 4匹ね……。」

アルス「マリベル 下がって!」

マリベル「えっ… わひゃあっ!」



[ アルスは イオナズンを となえた! ]



少年は片手で狙いを定めると、鎧たちの中心に想像を絶する爆発を起こした。

*「…………………。」

あまりの威力にさしもの鎧もその体に穴を開けられ、元の様に二つの物言わぬ塊へと戻ってしまった。

マリベル「あっぶないじゃないの!」

伏せていた体を起こしながら少女が抗議する。

アルス「ごめん! でも……!」

マリベル「そうね! 先を 急ぎましょう!」

そう言ってふたりが再び駆けだそうとした時だった。

*「ぺたっ ぺたっ。」

*「ぺたたた たったっ ぺったっぺったっ。」

*「きゅ きゅきゅ きゅ きゅきゅ~~。」

再びふたりの前に魔物の群れが立ちふさがった。

マリベル「ま まだ いるの~!?」

アルス「ぐっ… これじゃ キリがない!」

マリベル「こっちは 一刻を 争うって言うのに!」

少女の言う通り、老猫のことを考えればこんなところで油を売っている暇などふたりにはなかった。



“このままでは 間に合わない!”



そんな焦りがふたりの心を徐々に染めていく。


*「チョッキーン!」

*「ジャキッ ジャキッ。」

*「ギチギチギチッ。」

アルス「チョッキンガー……!」

しかし歩みを進めようにも辺りの魔物は増える一方。

*「ぬりゃ……。」

*「びりびりびり……。」

*「ずろろろ。」

マリベル「しびれマイマイまで 出てきたわ……!」

いったい今までどこに潜んでいたのか、それとも血の匂いを嗅ぎつけてやってきたのか、何体もの魔物たちがふたりの周りを取り囲んでいた。

アルス「トヘロスを かけていれば……!」

マリベル「どうして こんな時に 限って……!」

焦りはいつの間にかいらだちへと変わり、少女の中の魔力を増幅させつつあった。

マリベル「……いいわっ 相手してあげる! どっからでもかかってらっしゃ……。」

そう言って少女が呪文を唱えようとした時だった。





*「ザラキーマ!」





マリベル「なっ……!?」

刹那、少女は死を覚悟した。



“自分は今、自らの身代わりとなる石を携帯していない”



それはすなわち死を意味し、すぐに自分の意識をどこかへ引きずり込む“何か”がやってくることは明確だった。

マリベル「…………………?」

しかしいつまで経ってもその瞬間はやってこない。

マリベル「あっ……!」

恐る恐る目を開けるとそこには予想もしなかった光景が広がっていた。

白目を剥いて倒れる魔物たちの群れ、何があったのかわからず慌てふためく生き残った魔物、そして近くで自分と同じように状況を確認している少年。



“いったい何が起きたのか”



少女が辺りを見渡そうとした時だった。





*「間に合ったな!」





聞き覚えのある声が少女の耳に届いてきた。


マリベル「あっ…… その声は…!」

*「おう 人間! いや あんた マリベルって言ったっけか。」

*「助太刀に来たぜ!」

それは昨日、町へ向かう最中に出くわしたプチット族の冒険家たちだった。

*「き きのうの 借りは かえしたよ……。」

今の一発でよほど消耗したのか、小さな魔法使いが肩で息をしながら笑ってみせた。

*「あとは わたしたちに 任せてください!」

その後ろから少女が蘇生した僧侶が現れ、力強い言葉をふたりへ投げかける。

*「これでも オイラたち 強えんだぞ!」
*「だああっ!!」

そう言って戦士は前へ飛び出ると、近くにいた貝の化け物を殻ごとその斧で真っ二つに叩っ切ってしまった。

*「さあ 行け! 急いでんだろ!」

小さな勇者が獲物を突き出して叫ぶ。

アルス「…ありがとう!」

マリベル「……アルス!」

アルス「うん! 行こう!」

プチット族たちに礼を言うと少年と少女は魔物の死骸の間を縫い、荒れた大地を突き進んでいった。



少年の腕に抱かれた猫は、やはり目を覚まさない。

それでも二人はわずかな希望を信じて走り続けた。

すべては離れ離れになってしまった“家族”のために。


今日はここまで

続きは金曜日に。
今週末で完結する予定です。

途中休憩をはさんで投稿します。
(変なところで切れちゃったらゴメンナサイ!)




*「ふんふんふんふんふ~ん……。」



静かな港町の入口で一人の若い女性が鼻歌混じりに掃除をしていた。

*「う~ん お昼どうしようかしら……。」

温かい日差しの中で娘は箒を立て、片手で庇(ひさし)を作り眩しい太陽を見据える。

そうして食材の在庫を確かめようと傍にある家へと戻ろうとした時だった。

*「あ あれ……?」

空のある地点がきらりと光り、不思議な軌跡を残して何かが近くに振ってきた。

*「今のは……。」



*「こんにちはっ!」



*「きゃっ!」

いったい何事かと光の後を目で追っていると何者かが娘に声をかけてきた。

*「どこかしらっ?」

*「わからない。まずは うちに行こう!」

*「ええっ!」

娘が呆気に取られている間にその者たちはさっさと港の方へ駆けていってしまった。



*「えっ ええ? どういうこと……!?」



あっという間のできごとに娘はただそこに立ち尽くしてしまうのだった。





“バタンッ”



ボルカノ「……!!」

マーレ「な なんだいっ!?」

大きく扉が開かれ、漁師頭とその妻が一斉に入口を振り返る。

*「ただいまっ…!」

そこには何かを抱えたまま息を切らす少年と少女が立っていた。

マーレ「アルス!?」

アルス「母さんっ シャークアイさんは!?」

駆け寄る母親に少年が尋ねる。

ボルカノ「シャークアイさんなら 今は マール・デ・ドラゴーンに戻っているぞ。」

妻が答える前に少年の父親が言った。

マリベル「アルス! すぐに 行きましょう!」

アルス「うん!」

後に立つ少女ヘ返すと少年はふくろの中から空飛ぶ絨毯を取り出し、再び外へと飛び出していってしまった。

マーレ「……やれやれ そそっかしいねえ。」

二人の背中を見送りながら少年の母親が呟く。

ボルカノ「何を 急いでたんだろうな。」

マーレ「……そういえば 何か 黒っぽいものを ぶら下げてたね。」

息子の首からぶら下げられていた布の中身を思い出して母親が腕を組む。

ボルカノ「黒っぽいもの……? なあ 母さん それって……。」

マーレ「…もしかして あの子が言ってた……!」





マリベル「ミントちゃんはっ……!?」



低空を駆ける“魔法のじゅうたん”の上で少女が声を振り絞る。

アルス「大丈夫! まだ 生きてる!」

強烈な風の抵抗に腕で顔を覆いながら少年が叫ぶ。

マリベル「呪文が 使えて 本当に良かったわ…!」
マリベル「歩いて 戻ってきたんじゃ 間に合わなかったかも しれないものね!」

二人は過去から戻ってきた後、すぐに脱出呪文と転移呪文を立て続けに唱えて瞬く間に港町へと戻ってきたのだった。

アルス「…………………。」

しかし少年の顔は険しかった。いくら急いで戻ってきたとはいえ、発見してからそれなりに時間は経過している。
加えてこの老猫があの場に倒れてから自分たちが見つけるまでにどれほどの時間が空いていたのかもわからない。

“もう、目を覚まさないのではないか”

そんな不安がどうしても拭えなかった。

いくら飼い主の元へとたどり着いたとして、結局意識を取り戻せなければ自分たちの行動に意味はなくなる。
この猫の、そして総領の願いを叶えてやることはできなくなるのだ。

アルス「それだけは ダメだ……!」

歯を食いしばりながら独り言つと、少年は少女を片腕に、老猫を胸の中に抱きさらに絨毯を加速させていった。





*「おいっ 何か 飛んでくるぞ!?」



巨大な双胴船の甲板で船乗りが飛行物体の接近に気付く。

*「また マリベルさんじゃねえのか?」

*「……違うっ あれは アルスどのだ!」

*「なにい!? どれどれ……!」
*「おお 間違いねえ! ありゃ アルスさんだ!」

望遠鏡を覗き込んでいた男がそう言うと辺りがざわつき始める。

*「あら 本当かい!?」

*「アルスさまが 来るのか!」

*「昨日は どこにも いなかったのにな。」

*「わーい アルスさんだー!」

*「おい ボロンゴ! キャプテンとこ行って 報告してこい!」

ボロンゴ「は はいっ わかりましたっ!」

命じられた下っ端の男は船長室へと一目散に走り出す。

それから程なくして二人を乗せた絨毯が甲板の上までたどり着いた。

アルス「ふう……。」



*「「「おおおおっ!」」」



アルス「うわっ……!」

降り立った二人を見て周りが一気に沸き立つ。

*「アルスさま! よくぞ いらっしゃいました!」

*「アルスどの お待ちしておりましたぞ!」

*「アルスさん こっち見て~!」

*「マリベルさん 今日は おふたりで ですかな?」

マリベル「あ…… ちょっと 急いでるの!」
マリベル「お願いだから シャークアイさんのところに 通して!」

少女が叫ぶとただならぬ事情を察してか、ヒゲをたくわえた青い服の男が二人の前にやってきて何かに気付いた。

*「ややっ アルスどの そちらに抱いてるのは……!」

*「ミントだ! ミントちゃんじゃないか!」

副長の言葉に近くにいた船員たちが驚きの声を上げる。

アルス「カデルさん すぐに 総領のもとへ行きたいんです!」

カデル「……わかりました!」
カデル「お前たち! 道を開けろ! アルスどのが お通りだ!」

少年の意を汲みとると副長は辺りの船員たちに号令をかける。
すると辺りのざわめきが消え、二人の前には船長室へと続く一本の道ができあがった。

アルス「ありがとうございます!」
アルス「マリベル!」

マリベル「ええっ!」

二人は顔を見合わせ、再び老猫を抱えながら船室へと向かって走り出すのであった。





ボロンゴ「アルスさま! キャプテンがお待ちです!」

アルス「ボロンゴさんっ わかりました!」

二人が船室内を駆け上がると船長室へ続く階段の手前で少年の世話役の男が大きく手招きした。

ボロンゴ「キャプテン・シャークアイ! アニエスさま! アルスさまが お見えです!」

男はそう上に呼びかけると少年に一礼してその場を去っていった。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

二人は最後の階段をゆっくりと登り、遂にその人のもとまでたどり着いた。

シャーク「アルス それに マリベルどの。よく 来てくれた。」

アニエス「どうしたの 二人とも そんなに 息をあげて……。」

少年の母親が池から体を乗り出して二人を不思議そうに見つめる。

アルス「お父さん お母さん。ふたりに 会わせたいコがいます。」

そう言って少年は首に下げた布の中から猫を持ち上げ、自らの腕へと直に抱き戻した。

シャーク「……まさか………。そ そのネコは……。」

アニエス「ミント……!?」

ふたりは信じられないものを目にしているかのようにその眼を見開いた。

マリベル「…わたしたち 過去のコスタールに 行ってきたんです。」
マリベル「でも… ミントちゃんは もう おばあちゃんになってて……。」

*「…………………。」

マリベル「今朝 見つけた時には もう……。」

少女は眠ったまま動かない老猫を見つめ、それきり黙り込んでしまった。

シャーク「…………………。」

アニエス「…………………。」

シャーク「そうか……。」

アニエス「ごめんなさい… 私のために 残ってくれたのに……。」

シャーク「お前のせいじゃないさ……。」

俯く妻の肩を抱き、総領が優しく声をかける。


マリベル「…………………。」

アルス「ミントちゃん… ミントちゃん……!」

*「…………………。」

名前を呼び、その小さな体を揺らすも猫が目覚める気配はない。

アルス「起きて ミントちゃん……。」

それでも少年はその名を呼び続ける。

どうしても、その目で大事な人を見つけて欲しかったのだ。

マリベル「アルス……。」

アルス「おき…。」



シャーク「もういい。」



アルス「えっ……。」

シャーク「もう いいんだ アルス。」

アルス「でも……!」

シャーク「ミントは 眠たいのさ。」
シャーク「……寝かせてやってくれないか。」

そう言って総領は俯き、少年の腕の中の愛猫を見つめる。

艶はなくとも年齢のわりにきれいに整えられた毛並みは、暗い空や鉄のような重たさの無い、灰とも黒とも言えぬ美しい色をしていた。

シャーク「…ミント………。」

まるで決戦に赴いたあの日のままのようなその姿に、総領は絞り出すようにそっと名前を呼んだ。

アニエス「…………………。」

マリベル「…………………。」



“もう二度と目を覚まさないのだろうか”



重苦しい静寂が、流れた。


アルス「……!」

しかし少年は猫のある変化を感じ取っていた。

マリベル「アルス……?」

猫の腹に耳を当てる少年を、少女が不安そうに呼ぶ。

アルス「…………………。」



“鼓動が 大きくなっている……!”



なんと、それまで弱弱しく動いていた猫の心臓が急に大きく脈打ち始めたのだ。

シャーク「どうしたんだ アルス……!」

アルス「お父さん もう一度 呼んでください!」

シャーク「……っ!」
シャーク「ミント!」

少年の顔に何かを感じ取ったのか、父親はそれに応じてもう一度大きく、ゆっくりとその名前を呼んでみせた。



“ピクッ……”



すると、わずかにだが、猫の耳が声のした方へと揺れた。


マリベル「あっ……!」

アニエス「あなた!」

シャーク「ああ……!」
シャーク「ミント! オレの声が 聞こえるか!」

*「…ッ……!!」

アルス「あっ!!」

その時。





ミント「…………………。」





老猫が目を覚まし、おもむろにその首をもたげた。


ミント「ふにゃ……。」

虚ろなその瞳は、何度か鼻をひくつかせているうちにみるみる輝きを取り戻していった。

そして。



アルス「あっ……!」



少年の腕をするりと抜け落ちると、猫はふらつく足取りでゆっくりと、飼い主のもとへと歩き出したのだ。

シャーク「お おお……!」
シャーク「おいで ミント!!」

ミント「にゃ~ん……。」



それは、離れ離れになっていた家族が、“本当の再会”を果たした瞬間だった。



総領は肘をつき、愛猫をしっかりと受け止めるとその顔を優しく何度も撫でてやった。

ミント「うにゃう~……。」

対する猫も、何度も何度もその顔を、身体を総領に擦り付ける。

アニエス「こんな… こんなことって……!」

マリベル「…っ…… すんっ……。」

その奇跡に思わず二人は涙を流していた。

アルス「…………………。」

そして少年もまた、自分の視界が霞んでいくのを感じ、そっと顔を拭った。

シャーク「すまなかった… 寂しかっただろう。」
シャーク「……おかえり ミント。」

その体を抱え上げ、総領はその顔に頬ずりをして言った。

ミント「ニャ~ン……。」

猫は一つ満足そうに鳴くと、その腕に抱かれ、また眠たそうにし始めた。

シャーク「……ミント…。」

ミント「…………………。」

その瞼は少しずつ、ゆっくりと閉じられていき……










猫は今度こそ眠りへついた。












マリベル「っ……。」



動かなくなった猫を見つめ少女が息を飲む。

アニエス「あなた……。」

シャーク「……すまないが 少し ふたりだけに してくれないか。」

総領は猫を抱えたままふらりと立ち上がり、その場に三人を残して階段を降りていってしまった。

アルス「…………………。」

少年はそれを黙って見送ると、傍で震えている少女を胸に抱きよせ、その頭をそっと撫でた。

マリベル「っ… ふ…… っ……!!」

少年の背中に腕を回しその服をぎゅっと握ったまま、少女は声を押し殺して泣き始めた。

アニエス「…………………。」

少年の母親もまた、夫の消えた後の階段を見つめ、静かに真珠をこぼしていくのだった。





しばらくしてから少年と少女は戻ってきた総領に連れられ、双胴船の甲板から小さな船へと乗り込んでいた。

アルス「あの……。」

シャーク「オレたちの 一族は な…。」

少年が掛ける言葉に窮していると不意に父親が話し始めた。

シャーク「仲間や家族が死ぬと 土葬ではなく 亡骸を海へ返すんだ。」
シャーク「その肉体が 海へと還り また いつか 海から その命をもらえるようにな。」

アルス「…………………。」

少年は総領の話にいつか過去の砂漠で族長を葬った時のことを思い出していた。

還る場所が川か海か。

違いこそあれど、その本質はまったく同じものだと感じられたのだ。

シャーク「さて では そろそろ お別れをしなければな。」

そう言って総領は水龍の紋章のあしらわれた小さな木箱を抱え上げる。

シャーク「ふたりとも そっちを もってくれないか。」

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

二人は無言で頷くと、総領とは反対側の端を持ち上げる。
おもりでも入っているのだろうか、箱は猫の体重や木箱の重さに似合わずずっしりと重たかった。

シャーク「いくぞ……!」

三人はゆっくりと木箱を船の外まで持ち上げ、水面へ置くようにそっとそれを浮かべた。

シャーク「…………………。」

水が沁み込み沈みゆく棺を見つめ、総領は柔らかく、そして寂しそうに微笑んだ。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

そんな男の横顔を、ふたりはただ、じっと見つめていることしかできないのだった。





シャーク「……おやすみ ミント。」







その後、総領は“やることがある”と言って船室へと入っていってしまったため、少年と少女は今は二人、騒ぎの収まった甲板で静かに海を眺めていた。

アルス「…………………。」

これまで何度となく触れてきたはずの“死”が、今はどういうわけか二人へ重たくのしかかってきていた。
幾度となく奪い、奪われてきたことで見つめた“死”と、目の間でゆっくりと命を終える者の“死”では、まったく別物の様に感じられていたのだ。

そこにあったのは儚さだったのもかもしれない。

あるいはそれは尊さだったのかもしれない。

もしかするとそれは……。

マリベル「…………………。」

どこまでも澄み切った海。

静かに揺れる水面は二人の複雑に混濁する心をしずめていくようだった。

マリベル「ふう……。」

少女が大きなため息をもらす。

マリベル「あの時……。」
マリベル「どうして ミントちゃんは 意識を取り戻したのかしら。」

アルス「…………………。」

少年は少し考える素振りをした後、自分の腕を見つめて言った。

アルス「シャークアイさんが ミントちゃんの名前を呼んだとき 急に 鼓動が 大きくなったんだ。」
アルス「……たぶん 思い出してたんだと思う。」

マリベル「シャークアイさんのことを?」

アルス「うん。ずっと 待っていた声を。」
アルス「…………………。」

マリベル「……ねえ あたしたち…。」



*「そこの おふたりさん。」



少女が俯いて何かを言いかけた時、一人の老人が二人の後ろから声をかけてきた。


マリベル「っ… あなたは たしか……。」

*「ほっほ。まあ ここの 長老ってところかのう?」

老人はそう言って髭を擦り、朗らかに笑った。

アルス「ど どうも……。」

長老「アルスどの それに マリベルどの この度は ご苦労じゃったのう。」
長老「ミントのことは 残念じゃが…… よくぞ ここまで 連れてきてくれた。」

アルス「……はい。」

長老「ふたりも 不思議じゃったろう。なぜ あのシャークアイ総領が あそこまで 一匹のネコに こだわるのか。」

マリベル「……特に かわいがってたって……。」

長老「たしかに そうじゃが 総領とミントの関係は それ以上なのじゃよ。」

マリベル「えっ……?」

老人は神妙な顔を作り、総領の愛猫が眠る海を見つめた。

長老「ミントは シャークアイどのが 総領におなりになる前から ずっと 一緒に 育ってきたネコでのう。」
長老「ある日 ふらりとこの船に 現れ 食糧庫を 荒らしておったところを シャークアイ少年が見つけられてな。」
長老「他の船員の 反対を 押し切って この船で 世話をすることになったんじゃ。」
長老「まあ 言うなれば ミントにとっては 命の恩人ってところかのう。」

マリベル「それで あそこまで けなげに 待っていたのね……。」

アルス「…………………。」

ふたりは、なぜあの猫があそこまで頑なに総領を待ち続けていたのか、わかったような気がした。


長老の話は尚も続く。

長老「片や シャークアイ少年も 自分のウデの紋章のせいで 独り お悩みを 抱え込むことが多くての。」
長老「……無理もない。幼くして 理解者である 親を亡くされ 加えて 皆が 彼に 次期総領として 期待の眼差しを 向けていたからのう。」

そう言って老人は遠い空を見上げる。

長老「わしも 教育係として 複雑じゃった。思い悩む 彼を 見るのは 辛くてな……。」
長老「……じゃが そんな 彼にとって ミントとの出会いは 一つの転機じゃった。」
長老「きっと 唯一の 心のよりどころになったのじゃろう。しばらくは ミントにべったりじゃった。」
長老「……じゃがまあ それからというものじゃ あの方も 少しずつ 自分の使命に 向き合うようになっての。」
長老「こうして 立派に 一族を率いる 長になったというわけじゃ。」

マリベル「そう… そうだったの……。」

長老「のちに シャークアイ総領が アニエスどのと 恋に落ちるまで ミントは 彼を支え続けたんじゃ。」
長老「だから 総領にとって ミントは 本当の 家族の様に 大切な 存在だったのじゃ。」
長老「きっと アニエスどのの お守りにと コスタールに残されたのは 固い絆が あったからじゃろう。」
長老「あの時 すでに 高齢にさしかかっておったが…… ずいぶん 長生きを したみたいじゃのう。」

アルス「…………………。」

少年はその話にすっかり黙り込んでしまった。

確か少年たちが過去のコスタールへと赴いた時には既に魔王に封印されて五年が経過していたはずだった。
加えてそれ以前の年月や今回訪問するまでの時間を考えると、かの猫が相当な高齢だったと推測できる。
旅の時に見た元気な姿は、きっとその後すぐに見られなくなったのだろう。
守るべき人がいなくなったという事実が、それまで彼女を若々しくいさせていた緊張の糸を切ってしまったのかもしれない。

“彼女は自分の役目が終ったことを悟っていたのだろうか”

少年は海面を見つめ考えに耽っていた。

長老「……まあ 最期に 再開することが できて ミントも さぞ 喜んでいることじゃろう。」
長老「わしからも 改めて お礼を申し上げますぞ。」

そんな少年を見かねたのか、老人が微笑み労いの言葉をかける。

アルス「…いいえ ぼくたちは ただ 自分たちの 思い付きで しただけですから……。」

長老「かっかっか! まあ そう謙遜なさるな。」
長老「そのおかげで シャークアイ総領も ミントの最期を 看取れたんじゃからのう。」

マリベル「あっ……。」

その言葉に少女はもう一つの大事な事実を思い出す。

マリベル「さいご……。」

アルス「マリベル?」

マリベル「…最期を看取りたかったのは シャークアイさんだけじゃ……。」



*「おお ここにいたか ふたりとも!」



マリベル「……!」


その時、甲板の下の船室から黒い長髪の若い男が三人のもとへやってきた。

長老「シャークアイ総領 もう よろしいのですかな。」

シャーク「むっ 長老。どうして ここに?」

長老「なあに たいしたことでは ありませんわい。」
長老「それより おふたりに 何か ご用があったのでは ありませんかの?」

シャーク「おお そうであった。実は ふたりに 渡したいものが あってな。」

アルス「渡したい物?」

シャーク「これを。」



[ アルスは ミントの形見を うけとった! ]



それは一見何の変哲も無い普通の垂れ飾りに見えた。

シャーク「開けてみてくれ。」

しかしその飾りの部分は装飾のあしらった金の縦長の箱のようになっており、側面には爪を引っ掛ける部分が彫られていた。

アルス「これは……?」

丁寧にそれを開けると、中には一本の細長い針のような物が布に包まれ入っていた。

シャーク「さっき ミントを 海へ返す前に 少しだけ ヒゲを もらってな。」
シャーク「今しがた 鍛冶屋に頼んで 作ってもらったんだ。」
シャーク「ここまで 連れてきてくれた お礼に 是非 それを 持っていてほしい。」

アルス「…あ……!」

よく見ると、ヒゲのしまってあった金の飾り箱の裏側には小さく“ミント”と彫り込まれていた。

シャーク「ミントは 逝ってしまったが これを見て 元気だったころの あいつのことを 思い出してやってくれ。」

そう言って総領が中央の船室へと歩き出そうとした時だった。





マリベル「待ってください!」





少女が突然叫び、総領を呼び止めた。


シャーク「むっ 申し訳ない マリベルどの もう一つとなると しばらく時間が……。」

マリベル「そうじゃないんです。」

アルス「…………………。」

マリベル「これは… わたしたちは 受け取れないわ。」

シャーク「なっ… それは どうしてだ?」

少女から飛び出した言葉に総領は目を丸くする。

マリベル「わたしたちよりも これを 受け取るに ふさわしい人がいます。」

シャーク「……どういうことだい?」

マリベル「……過去のコスタールで ずっと このコの お世話をしていた人が いるんです。」
マリベル「その人は病気で 動けない アニエスさんの 代わりに 毎日エサをあげて……。」
マリベル「アニエスさんが いなくなった後も ずーっと 家でお世話してくれていたわ。」
マリベル「だから… このペンダントは わたしたちなんかじゃなくて その人に あげたいの。」

シャーク「…………………。」

総領は少女の言葉に何か合点がいったのか、ゆっくりと大きく頷いた。

シャーク「そうか… そうであったのか……。」
シャーク「どうりで ミントの毛並みが いいと思った。あれだけ歳を重ねていれば もっと ごわついていても 不思議ではないのだがな。」
シャーク「それに これだけ 長生きできたのも きっと その御仁が 愛情を注いで 世話をしてくれた おかげなのだろう。」
シャーク「…………………。」

アルス「シャークアイさん……。」

シャーク「……わかった。少し 待っていてくれないか。」

マリベル「えっ……?」

それだけ残すと総領は踵を返し、今度こそ船室へと戻っていってしまった。

アルス「…マリベル。」

マリベル「…勝手なこと言って ごめんなさい。でも あの人のこと 考えてたら あたし……。」

そう言って少女は俯く。

アルス「いいんだ マリベル。ぼくも… きみと 同じだ。」
アルス「ぼくたちが 連れてこなければ ミントちゃんは あの人のところで 息を引き取っていたかもしれない。」
アルス「……彼には ミントちゃんを 看取る 権利があったんだ。」
アルス「きみの判断は 正しいと思う。」

マリベル「…うん。」

長老「ふむ……。」

するとそれまで黙って話を聞いていた老人がぽつりと語りだした。

長老「しかし わしらは 未来にいる以上 これを作ったのが 誰かを 明かすわけには いかんのう。」
長老「おふたりとも どうするつもりじゃな?」

アルス「そ それは……。」

マリベル「……やっぱり まずいわよね。あたしたちの正体を 明かすのは。」

アルス「…………………。」

長老「ほほほ。まあ それもこれも 総領が戻ってくるまで じっくり 考えるがよかろしかろう。」

アルス「はい……。」

微笑む老人に小さく返し、少年と少女はふたり、何を伝え、何を伏せるべきなのかを考えながら総領の帰りを待つのだった。


休憩します。また後ほど。


シャーク「待たせてすまない。」

ふたりが昼食を終えてすぐに総領は甲板へと戻ってきた。

シャーク「申し訳ないが これを そのお方に 一緒に 届けてはくれないか。」

そう言う総領の手には小さな封筒があった。

アルス「わかりました。」



[ アルスは シャークの手紙を うけとった! ]



マリベル「それでは 行ってきますわ。」

シャーク「アルス マリベルどの よろしくお願い申し上げる。」

総領はそう言うとふたりへ敬礼してみせた。

アルス「行くよ。」

マリベル「ええ!」



[ アルスは ルーラを となえた! ]



少年は一つ頷くと、少女の手を取りそのまま天高く飛び上がっていった。

シャーク「…………………。」

ふたりの残していった光り輝く軌跡を見つめ、少年の父親は自分の首に下げられた形見を握りしめるのだった。





マリベル「ねえ アルス。」

アルス「なに?」

急ぎ足で神殿を通り抜けたふたりは今、再び港町を目指して過去の大陸を歩いていた。

マリベル「決めたの?」

アルス「……わからない。」

マリベル「……そうよね。」

あれから何度も考えたものの答えは出ず、どうやってことの顛末を語ればよいのか、結局ふたりは考えあぐねていた。

加えてふたりの受け取った総領の手紙。これをどう渡せばよいのかもふたりには見当がつかなかった。
いったい何が書かれているのかはもちろんのこと、そこに差出人の名前はあるのか。
万が一そこに“シャークアイ”や海賊船の存在を匂わすものがあれば歴史に影響を及ぼす可能性がある。

しかし差出人不明の手紙を見て彼は納得するだろうか。
中身を見ようにもしっかりと封がされており、自分たちが開けて確認することはできない。

アルス「…………………。」

どうしたものかと少年は立ち止まり、声に出さずに溜息をつく。

マリベル「どうしたのよ アルス。急がないと 今日中に 帰れないわよ?」

アルス「……わかってる。」

少女に返しながらまた少年は速足に歩き出す。

午後の暖かな日差しと涼し気な風の中、荒地を歩くふたりの遥か前方に見える町まではまだかなり距離があった。

それでも少年にとってはその距離が、まるで瞬きをする間のように短く感じられたのは、自分がこれから発する言葉の一語一句が、
自分がこれから行う一挙手一投足が、未来を大きく揺るがしてしまうのではないかという恐れがあったからなのかもしれない。

アルス「…………………。」



“何も考えずにがむしゃらに過去を渡り歩いていた頃が懐かしい”



そんなことを思いながら少年はいつになく冴えない頭を抱えて無言で歩き続けるのだった。





“ゴンゴンゴン”



重たく鈍い音が町の入口に響き渡る。

あれからというものの少年は、少女が迂回しようと声をかけるにもかかわらず
先ほどまで戦闘が行われていた血なまぐさい現場をそのまま踏みしめたり、
わざわざ歩きにくい草むらを一直線に渡っていったりと散々な道のりで町の入口までやってきていた。

マリベル「…………………。」

それでも文句を言わずについてきたのは、少女なりの配慮か。

すっかり考えに耽溺してしまっている少年の代わりに扉の金具を叩くと、中から昨日も会った番兵が門から顔をのぞかせた。

*「むっ あなた方だったか。」

番兵は門を大きく開け放つと二人を招き入れる。

*「して 今日は どうなさったのか。」

マリベル「いつも あっちで 警備してる 兵隊さん いるかしら?」

*「んっ ああ 彼なら いつもの場所に…… ほら あそこですぞ。」

少女が尋ねると番兵は西側の通路を指さして例の兵士の居場所を告げた。

マリベル「ありがとう。」

アルス「…………………。」

少女に引っ張られ少年はふと我に返る。



“足が鉛みたいだ”



青年の姿を見つけ、少年はそんな錯覚に陥っていた。




*「あっ アルスさんに マリベルさん!」



ふたりが声をかける前に向こうが気づき、少年達の元へと駆け寄ってきた。

*「探しましたよ! ……いや それよりも ミントを見ていませんか?」

マリベル「……ええ。」

*「本当ですか!? でっ… ど どこにいたんです!?」

青年は酷く焦っているようだった。その顔は神妙で、どこか青ざめているようにも見える。

アルス「…………………。」

マリベル「……アルス。」

少女は黙ったまま俯く少年の手を強く握り、その名を呼んだ。

アルス「っ……!」
アルス「…ミントちゃんは……。」
アルス「…………………。」

*「あ アルスさん…?」

余程狼狽していたのだろう。青年は少年に掴みかかりその肩を揺さぶった。

*「お 教えてください! ミントは… ミントは どこに行ってしまったんです!?」

アルス「ミントちゃんは……。」
アルス「……ミントちゃんは 亡くなりました。」





*「えっ……………?」





青年の動きが、止まった。


*「は はは…… 何を ご冗談を……。」

マリベル「嘘じゃないわ。」

質(たち)の悪い嘘を聞かされたように笑う青年を見据え、少女が真っすぐに言った。

マリベル「ミントちゃんは 亡くなったわ。」

*「な 何言ってんですか…… そ それなら その亡骸は どこにあるというんです……?」

それでも信じられないのか、青年は顔を引きつらせて目を見開く。

マリベル「アルス。」

アルス「これを……。」

少女に促され、少年は懐から一つの垂れ飾りを取り出す。



[ アルスは ミントのかたみを 兵士に 手わたした! ]



*「な 何なんですか これは……。」

渡された金の箱をまじまじと見つめ、青年は戸惑ったように顔を強張らせた。

アルス「開けてみてください。」

*「…………………。」
*「…こ これは……!?」

少年に言われるがままにその箱を開き、中から現れた一本の白く固い毛を見つけ、青年は言葉を失った。

マリベル「……それが ミントちゃんよ。」



*「…………………。」



その一言にその毛の正体が何であるかを悟ったらしい。まるで蝋人形にでもなってしまったかのように青年は固まった。

アルス「……全部 お話します。何があったのか。」

少年は一つ、大きく息を吐くと覚悟を決め、青年に声をかけた。

マリベル「場所を 変えましょう。」

アルス「うん。」

*「…………………。」





少年と少女は近くにいた番兵に青年の体調が優れないと伝え、青年を連れて教会の宿直室へとやってきた。

*「…………………。」

足取りのおぼつかない青年をベッドへ座らせ、少年と少女はそれぞれ椅子に腰かける。

*「…どうして…… なにが……。」

アルス「……今朝 別れた後のことです。」

視線を下げたまま震える声で呟く青年に、少年がゆっくりと語りだす。

アルス「ぼくたちは ここへ来て ミントちゃんを あちこち探しました。」
アルス「でも どこにも 見つからなくて……。」
アルス「そんな時でした ……この部屋に来たのは。」
アルス「ぼくたちは もしやと 思って そこから 外へ出たんです。」

そこまで区切ってから少年は窓辺に立ち、西の通路の屋根を見つめる。

自分たちは西側にたどり着くのに高い壁をよじ登ったが、確かにそこには足腰の悪いネコでも西へ渡っていける狭い段差があったのだ。

アルス「……ミントちゃんは あちらの屋根に 横たわっていました。」

マリベル「その時 まだ ミントちゃんは 生きていたわ。……辛うじてね。」

アルス「……ぼくは すぐに ミントちゃんを抱えて ある人のもとに 走りました。」
アルス「今を 逃したら… きっと ふたりは 二度と 会えないだろうと 思ったからです。」
アルス「…………………。」

マリベル「その人の所へ たどり着いて このコは 目を覚ましたわ。」
マリベル「でも そのあと… すぐに ミントちゃんは……っ。」

口を閉ざしてしまった少年の代わりに言おうとするもその先の言葉に詰まり、少女は歯を食いしばる。

アルス「マリベル。」

マリベル「…っ……。」



アルス「……ミントちゃんは その人の 腕の中で 眠りにつきました。」



少女の肩に手を置き、少年は最後の一言を青年に告げた。


*「…………………。」

アルス「……あなたに その人から お手紙を 預かっています。」

そう言って少年は顔を青くして黙りこくってしまった青年へ父親からの手紙を渡した。

*「…………………。」

青年は震える手で封を開けると、折りたたまれて入っていた上質な羊皮紙を取り出し、その内容を目で追い始めた。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

部屋の中に、沈黙が木霊した。



”いったいそこに何が書かれているのか”



中身を知らないふたりは、青年が読み終わるのただじっと待つしかないのだった。

そして……。



*「…ミント……。」



どうやらその手紙に、すべてを悟ったらしい。

*「っ…… ぐ………。」

青年は読み終えた手紙を横に置くと、少年から渡された垂れ飾りを握りしめ、静かに滴をこぼすのだった。





マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

青年を残して少年と少女はそっと部屋を抜け出し、教会で静かに祈りを捧げていた。

マリベル「…ふう……。」

少女が短くため息をもらす。

*「いったい どうなされたのかな?」

酷く意気消沈したふたりを見かねて神父が優しい声色で訊ねる。

マリベル「……なんて説明したらいいか わからないわ。」

少女はありのままの気持ちを答えた。

*「ふむ…… 何があったのかは 存じませんが 悩めるときは とことん 悩むのも また 一つの道。」
*「きっと いつか それが あなたの糧になることも あるやもしれません。」

マリベル「…………………。」

俯く少女に神父は柔らかく微笑んで言った。

*「おじょうさん あなたは まだ 若い。」
*「今は 様々な 悩みに 心を痛めることも ありましょうが 人は それを乗り越え 成長していくことができます。」
*「……今の苦しみもまた 神が あなたに お与えになった 試練かもしれませんな。」

マリベル「……そうかしらね。」

神父の言葉にどこかであの恰幅の良い好々爺が腰を振っている姿を思い浮かべながら、少女は少しだけ笑みを取り戻すのだった。

アルス「……ふふ…。」

そんな少女につられて少年の顔も少しだけ明るさを取り戻す。

少年にとって今は少女が笑っていてくれることが何よりの救いだったのだ。



*「あ いたいた…。」



その時、二階から青年が降りてきてふたりのもとへとやってきた。

*「さっきは 取り乱して すいません。」

アルス「こ こちらこそ 勝手なことをして 本当に ごめんなさい…!」

*「よしてください。おふたりが 見つけてくれなければ 今頃 ミントは うみどりのエサに なっていたでしょう。」
*「それに あのコは 大好きな ひとのもとへ 帰れたんです。」
*「おまけに こんな 素敵なペンダントまで もらって……。」

そう言う青年の首にはしっかりと金の垂れ飾りが提げられていた。

*「ミントは 死んでしまいましたが ここに ちゃんと 戻ってきてくれました。」
*「ボクが 望むものは もう ありません。」

青年はそう言ってにっこりと微笑むと、その手をふたりの前に差し出した。

*「ありがとうございました アルスさん マリベルさん。」

アルス「…………………。」
アルス「……はい!」

マリベル「あたしたちからも お礼を 言わせてもらうわ。」
マリベル「……ミントちゃんを 愛してくれて 本当にありがとう。」

*「…は ははは……。」

ふたりとがっちり握手を交わし、青年は少しだけ照れくさそうにはにかんだ。

*「…………………。」

*「…うふふ………。」

そんな三人の姿を後ろから見つめ、神父と修道女が優しく微笑むのだった。





*「今日は 泊っていかないのですか?」



その後、町の入り口前の通路まで降りてきたところで青年がふたりに訊ねた。

マリベル「ええ 今日は 早く 帰らないと いけないの。」

アルス「故郷で 家族が 待ってますから。」

*「そうですか… 残念です。」
*「それにしても おふたりの 故郷というのは いったいどこなんですか?」

アルス「えっと… それは……。」

マリベル「ねえ アルス この時代に フィッシュベルって……。」

どう説明したものかと頭を捻る少年の袖をつまんで少女が尋ねる。

アルス「……さあ。」

*「フィッシュベル? 聞いたことないなあ……。」

聞きなれない地名に青年が首をかしげる。

アルス「……小さいけど 平和で 静かな港町です。」

マリベル「あたしたちは そこで 漁師をしてるの。」
マリベル「まっ この人ったら まだまだ 修行中だけどね~。」

そう言って少女は少年のわき腹を小突く。

アルス「うっ……。」

*「あははは! ボクも負けてられないな。」
*「もっと 訓練して 魔物たちから 市民を守ってみせますよ!」

マリベル「フフン。期待してるわよ!」
マリベル「それじゃ さようならっ!」

そう言って少女は振り返り、上機嫌に元来た道を歩き始める。

アルス「あっ 待ってよ マリベル!」
アルス「それでは ぼくも これで。」

青年に軽く挨拶すると少年もまた、少女の後を追いかけ歩き出すのだった。


*「待ってください!」

*「「っ……!」」

不意に呼び止められ、ふたりはその足を止める。

*「また… 会えますよね……?」

その言葉に振り返りながら、少年は最後の試練をどう乗り越えようかと必死に作戦を考える。

アルス「…ぼくたち じつは……。」

そうして結局うまい言い訳を思いつかず、観念して正体を明かそうとした時だった。



マリベル「残念だけど それは 無理だわ。」



少女がいとも簡単に質問を突っぱねて避けたのだ。

*「ど どうして…!?」

マリベル「……それは………。」

*「それは……?」





マリベル「おっしえ~ませ~んっ!」
マリベル「あははは!」





そう言って少女は楽しそうに駆けだす。

アルス「あっ マリベル 待ってってば!」

*「…………………。」

豆鉄砲を喰らったように目を見開きポカンと口を開ける青年を尻目に少年も駆け出す。

*「……ちょ ちょっと どういうことですか!?」

アルス「す すいません もう 行きます!」
アルス「さようなら! お元気で…!!」

前のめりになって抗議する青年を背に、少年は一度だけ叫んで別れを告げるのだった。

*「ったくもう 最後の最後に してやられたな……。」

不満顔でそう言うと、青年はふと懐にしまっていた便箋を取り出し何気なくそれを見つめた。

*「……しかし 不思議な人たちだったな……。」
*「でも なんだったんだろ この時代が なんとか かんとか……。」
*「それに 結局 ミントの 元の飼い主って……。」
*「…………………。」
*「ん……?」





マリベル「はあ~~~。」



夕暮れの空を見上げながら少女が肺の中を空っぽにせんと言わんばかりのため息をつく。

マリベル「なんだか 肩の荷が 下りた気分だわ~。」

アルス「……そうだね。」

真赤に輝く太陽を見つめながらふたりは旅の扉を目指して荒野を歩いていた。

連日の歩き疲れが溜まっているにもかかわらずその足取りが軽く感じられたのは気のせいか。

マリベル「…………………。」

ふと少女が跳ねるのをやめ、立ち止まる。

マリベル「ねえ アルス。」

アルス「ん?」

マリベル「…これで 良かったのよ ね……。」

アルス「……うん。」

背を向けたまま天を仰ぐ少女に、少年は一言だけ、力強く返す。

マリベル「ミントちゃんも 喜んでくれてるかしら。」

アルス「きっと そうさ。」

マリベル「……あたしも いつか うちのネコたちと お別れしなくちゃ いけなくなるのよね。」

アルス「……うん。」



“……飼い猫か?”

“いえ このコは ここで みんなにお世話されてるコです。”

“ぼくの飼い猫は マリベルの家にいます。”

“……そうか。なんにせよ 大事にしてやれよ。”



アルス「…………………。」

少年は、今なら父親の言っていた言葉の重みがわかるような気がしていた。

総領にとってあの黒猫が家族であったように、じきに同じ屋根の下に住む間柄となった時、自分とあの三毛猫、少女の飼い猫は同じように家族となるのだろう。

そして必ず自分は看取る側の立場となる。

その時までにどれだけの愛情を注いでやれるか。

その時、後悔することの無いようにできるか。

今回の件は結果的にそれを少年の肝に銘じることとなった。

マリベル「…………………。」

そしてそれはまた少女も同じ。

やがてやってくる別れの時まで、精一杯愛してあげたい。

そんなふうに想いながら、少女は再び歩き出す。

そうしてふたりが例の岩場のあたりまでやってきた時だった。



*「よう!」



*「「……!」」

突如かけられた声に、ふたりは同時に前方にある大岩の影を覗き込む。


*「また 会ったな。」

*「もう 会えないかと 思いましたよ。」

*「これも 神の おぼしめしですね。」

そこには先ほど窮地を救ってくれた四人のプチット族たちが立っていた。

マリベル「あんたたち……。」

アルス「さっきは ありがとう。」

*「なあに 命を救ってもらった 礼だ。気にすんなっ。」

そう言って剣士の恰好をした者がぺったんこの鼻をこする。

マリベル「それにしても あんたたち あの時 どうして あんなに ボロボロだったのよ。」

僧侶を見つめながら少女が誰にともなく四人に尋ねる。

*「実はな ちょっと前に ホビット族が住む 洞窟に こいつを スカウトしに行ったんだ。」

剣士はそう言って僧侶の肩に手を置いた。

*「そのあとだ 何か知らねえけど でかい 鬼みたいなやつらが 襲ってきてよお。」

戦士がヒビの入った兜を撫でて悔しそうに歯を食いしばる。

*「なんとか 最後の一匹まで 倒せたんですけど……。」

*「わたしが 油断したばっかりに……。」

そう言って魔法使いと僧侶はがっくりと項垂れた。

マリベル「……そっ。それで 隠れてたのね。」

*「ったく 魔王を倒すって 意気込んで 出てきたはいいけど この有様だもんな。」

マリベル「……。」
マリベル「そう… あんたたちも そうだったのね。」

剣士の口から出た思わぬ言葉に少女は目を伏せる。


*「あっ お前 いま バカにしただろ!」

マリベル「バカになんてしてないわ。ただ……。」
マリベル「無茶して 命を落とすんじゃないわよ。」
マリベル「……次は 助けられないわ。」

*「…………………。」

マリベル「魔王は たしかに ほっておけないやつよ。でもね。」
マリベル「あんたたちの命は 一つしかないの。死んだら それで おしまいよ。」
マリベル「……世界のために 戦うのは 大いにけっこう。」
マリベル「だけど あんたたちが もし 死んじゃったら 悲しむ人たちが いるってことを 忘れるんじゃないわよ。いいわね?」

少女は人差し指を剣士の目の前で立て、そう告げた。

*「……わかってらい。」

マリベル「とくに そこの あんた。」

*「えっ……?」

マリベル「こいつらの命は あんたにかかってるって言っても 過言じゃないわ。」
マリベル「…いい? あんたは 男たちに守られるんじゃないの。」
マリベル「……あなたが 守るのよ。」

*「は… はい……。」

諭すように僧侶に伝えると、少女は少年にある物を催促した。

マリベル「アルス 復活の杖 出して。」

アルス「……いいんだね?」

マリベル「早く 出すっ!」

アルス「わかったよ……。」

少女に怒られ、少年はしぶしぶと”ふくろ”の中から貴重な杖を取り出し少女に手渡す。

マリベル「はい。復活の呪文 覚えるまでは それで なんとか しのぎなさい。」



[ マリベルは 復活の杖を プチプリーストに 手わたした! ]



*「こ これは……!」

僧侶は受け取った杖を食い入るように見つめる。

マリベル「それを かざせば 半々の確率で 死んでも 生き返れるわ。」

*「あ ありがとうございます!!」



マリベル「ただし!」



*「っ……!」

マリベル「それが あるからって 自分の命を 軽く見ないことね。」
マリベル「何度も言うけど 命は 一つ限りよ。よく考えなさい?」

*「…は はいっ……!」

そう言って微笑む少女に僧侶はコクコクと何度も頷いた。

マリベル「わかれば よろしい。」
マリベル「アルス 行くわよ。」

アルス「はいはい。」
アルス「……気を付けて。」

それだけ言うと少年も先に歩き出した少女を追って歩きだす。

*「…………………。」

少し肌寒さを感じる風の吹く中、残されたプチット族はふたりの姿が消えるまでずっとその場に立ち尽くしていたのだった。





アルス「……ちょっと ビックリした。」



ほとんど沈んだ夕日を左に見ながら少年が呟く。

マリベル「悪かったわね。そんなに 意外だったかしら?」

若干不服そうな顔で少女が横目に少年を見る。

アルス「ううん。……良かったと思う。」

マリベル「……どうせ あたしたちには もう 無用の品よ。」

アルス「そうだね。」

マリベル「…………………。」

少しだけ歩く速度を落として少女が夕日色の髪を持ち上げる。

マリベル「あんな ちんちくりんたちでも 魔王を 倒そうって 勇気振り絞ってたのね。」

アルス「魔物の中にも 魔王のことを よく思ってないのが いたってことだね。」

マリベル「…そういえば いたわね グラコス5世 なんてのが。」

そう言って少女は深海に沈む神殿で魔物の楽園を治めていた“事なかれ主義”の半魚人のことを思い出していた。

マリベル「あいつったら 自分の先祖が 変な計画たててるなら 止めてくれれば 良かったのに。ほんっと 役に立たないやつ!」



“何も知らずに神殿の奥で玉座に腰かけていたのか”



そんな想像をしながら少女はぷんすかと肩をいからせる。

アルス「うーん。」
アルス「彼は…… たぶん 自分たちの平和を 壊されたくなかっただけだと思う。」

彼を擁護するつもりはなかったが、少年はかの神殿に住んでいた気ままな魔物たちの顔を思い出して言った。

マリベル「魔物の平和 か……。きっと 難しいわね。」
マリベル「あれだけ 暴れまわったんだもの 魔物っていうだけで ひとが 放っておきはしないわ。」

アルス「戦いたくない 魔物だって いるのにね。」
アルス「…………………。」

険しい表情で黙り込んだ少年を見て少女が呆れたように頭の後ろで腕を組む。

マリベル「……あーあ どうせ あんたは そうやって また おせっかい焼くんでしょ?」

アルス「えっ……!」

マリベル「ヒトと魔物の間に入って~ とか そんなこと考えてたくせに。」

アルス「…………………。」

すっかり見透かされてしまい少年は俯いて再び沈黙する。

マリベル「いい気なもんよね あんた。それで あたしたちの平穏が むちゃくちゃになるかもしれないってのに。」

アルス「……ごめん。」

マリベル「は~あ。あたしの男を見る目が なかったのかしら。」

そう言って少女はそっぽを向いてしまう。




アルス「…………………。」



少年は葛藤していた。

たしかに自分は魔物だろうと人だろうと関係なく平和でいて欲しいと思っている。
だが、そのことで自分が手を出せば自分の家族や、仲間、そして彼女を巻き込んでしまうことになる。

世界を救う英雄である前に、今、自分は漁師なのだ。

少女と幸せを掴むと決めた以上、いつまでも英雄を気取って本業を疎かにするわけにもいかない。

だが、世界の均衡は些細な出来事によってあっという間に崩れる。
結局は誰かが動かなければ平穏な生活は失われてしまうのだ。

その時、自分は両方を背負って立つことができるのか。
成長して大きくなったとはいえ、あまりにも重すぎるそれらをこの肩で支えることはできるのか。



“どうしたらいいんだ”



考えに行き詰まり、少年はギリリと歯を鳴らす。



マリベル「…ぶふっ……。」



アルス「っ……?」

急に噴き出した少女を少年が不思議そうに見つめる。

マリベル「嘘よ ウソ。」
マリベル「…あなたは そういう人だって わかってたもんね。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「あなたが そうしたいなら わたしも 付き合ってあげるわ。」
マリベル「だから まっ その時は なんとかしましょ。」
マリベル「それにさっ あたしたち ふたりだけじゃないわ。今や 世界中に あたしたちの仲間が いるじゃないの。」
マリベル「……ねっ!」

そう言って少女は少年の腕に抱き着く。

アルス「……うん。」

マリベル「さあ 着いたわ!」
マリベル「帰りましょ アルス! あたしたちの世界に。」

アルス「うん! みんなが待ってる!」

こうしてふたりは青く立ち上る渦の中に足を踏み入れ、帰りを待つ家族のもとを目指して数百年の時を渡っていった。



そして夕日の沈み切った夜空の下、ふたりを送り出した旅の扉は、役目を終えたと言わんばかりに淡い光の玉になって消えてしまうのだった。





*「ふたりとも 遅いねえ。」



港町の入口を眺めて少年の母親が呟く。

フィッシュベルではとある理由から少年と少女の両親が子どもたちの帰りを待ちわびていた。

ボルカノ「そう すぐには 帰ってこられないだろうよ。」

いつまで経っても帰ってこない息子たちを心配する妻の隣で漁師頭が難しそうな顔で腕を組む。

マーレ「でもねえ 父さん 今日の主役は あの子たちだよ?」

アミット「まあまあ。その時は 仕方ない わしらだけで 行きましょう。」
アミット「みなさんを お待たせするわけには いかんからな。なあ ママ。」

*「……そうね…。」

*「き きっと もうじき 帰ってきますだよ!」

俯く少女の母親を使用人の娘が励ます。



*「みなさん! そろそろ 船へ 出発しますよ!」



浜の近くで待機していた双胴船の船乗りが一同を呼ぶ。

アミット「わかりました いま 行くから ちょっと 待っててくだされ。」
アミット「さあ おふたりも。」

マーレ「ええ……。」

ボルカノ「うむ。」
ボルカノ「……むっ?」

その時少年の父親が何かに気付いた。

*「あ あれは!」





*「おーい!」





使用人の娘が指す先には村の入口からこちらへ駆けてくる影があった。

マーレ「父さん!」

ボルカノ「…………………。」

パッと表情を明るくした妻の隣で、漁師頭はニヤリと笑うのだった。





マリベル「たーだいまっ。」



両親の元までたどり着いた少女が上機嫌で言う。

アミット「マリベル よく帰ってきたな。」

*「アルスも ご苦労様。」

そう言って少女の母親は少しだけ含みを持たせて微笑む。

アルス「……遅くなりました。」

言わんとしていることを察し、後頭部を掻きながら少年が困ったように笑う。

マリベル「それにしても どうしたの みんな こんなところで。」

何故、両家が船着き場に集まっていたのかと少女が父親に問う。

アミット「実はな さっき シャークアイさんに 船に招待されてな。」

*「…ぜひ ご馳走したいから 来てくださいってね。」

*「わたしにも お声を かけていただいたんですだよっ!」

そう言って使用人の娘は興奮気味に体を揺らす。

アルス「それで みんな 集まってたのか……。」

*「あ アルスどの! ちょうど いいところに!」
*「それでは みなさん 出発いたしますぞ! どうぞ 順に お乗りください。」

少年と少女の姿に気付いた双胴船の乗組員が移動用の帆船へと手招きする。

マーレ「それじゃ 行くとしようかね。」

ボルカノ「母さん 足元 気を付けてな。」

軽い足取りで歩き出す妻の手を漁師頭がつなぎとめる

マーレ「わかってるよ!」

アミット「さ わしらも 行こうか。」

*「ええ。」

*「楽しみですだよ~!」

アルス「マリベル。」

マリベル「ちょ ちょっと みんな 見てるじゃない……!」

アルス「いいから。」

マリベル「……わかったわよう…。」

網元たちの後に続いて歩き出す少女の腰を抱き、少年も揺れる船へと乗り込んでいく。

*「よーし 錨を上げろ! 出航だ!」



*「「「おおおっ!!」」」



最期の二人が乗ったのを確認すると、船乗りたちは号令を受けて船を双胴船へ向けて波の上を滑らせ始めるのだった。





*「みなさん ようこそ おいでくださいました!」



双胴船の甲板では主賓の到着を今か今かと待ちわびていた船員たちが一行を迎え入れた。

*「どうぞ あちらへ。皆さんが お待ちです。」

マリベル「皆さん?」

船員の言葉に少女が首をかしげる。

アルス「ぼくたちの他にも お客さんが いるのかな。」

マリベル「さあてね。」

そんなことを話しているうちに一行は中央の甲板まで昇ってきた。

*「あら~ 見てください! もう お料理が 並んでますだよ!」

使用人の娘が並べられた卓と料理を目にして目を輝かせる。

マリベル「食べ過ぎて お腹壊さないで ちょうだいよ?」

*「わかってますだよ~!」

少女に釘を刺されるも娘はもう待ちきれないと言わんばかりに口元を拭った。

*「たくさん ありますので どうぞ 心置きなく 召し上がってください。」
*「では 自分は 報告に行ってまいりますので これで。」

そう言って船員の男は中央の船室へと走っていってしまった。

*「むっ……?」
*「おお ようやく 来たか。」

マリベル「えっ……!?」


その時、男を見送った一行の元へ意外な人物が歩み寄ってきた。

アミット「これは これは バーンズ王さま。たいへん お待たせいたしました。」

網元が王のもとへ駆け寄り申し訳なさそうに言った。

バーンズ王「おお アミット。まあ おおかた アルスたちの到着を 待っておったのだろう。」

アミット「なんと! もう お話が いっておりましたか。」

ボルカノ「申し訳ありません 王さま。せっかく 早くから いらしていたというのに。」

バーンズ王「よいよい わしも いろいろな話が 聞けたからな。」

謝る漁師頭に王は満足げに掌を返した。

リーサ姫「うふふ。お父さまったら あっちこっち 探検してたのよ。」
リーサ姫「ねー アイラ。」

アイラ「うふふっ。」

そう言ってふたりの王女は顔を見合わせてクスクスと笑う。

バーンズ王「うるさいぞ ふたりとも!」

王は少しだけ赤面して“オッホン”とわざとらしい咳ばらいをした。

マリベル「アイラたちも 来てたのね!」

アイラ「わたしたちだけじゃないわ。」
アイラ「ガボ! メルビン!」

王女は少女にそう返すと甲板の端っこの方で話し込んでいた二人の戦友の名を呼んだ。

ガボ「おおっ!」
ガボ「やっと来たな アルス マリベル!」

少年と少女に気付いた元狼の少年が満面の笑みを浮かべる。

メルビン「おふたりとも しばらくぶりでござるな。」

遅れてやってきた老紳士もまた、朗らかな笑顔でふたりに挨拶を交わした。

マリベル「なんだ みんな いつの間に 来てたの。」

アイラ「本当は 王さまと わたしたち だけだったんだけどね。わたしが 無理言って ガボとメルビンにも 声をかけさせてもらったの。」

並んだふたりへ目配せして王女が言った。

ガボ「シャークアイは やっぱり いいやつだな! オイラたちのこと カンゲイしてくれたぞ!」

メルビン「彼には 頭が下がるばかりでござる。」
メルビン「せっかくの 宴の席でござるからな。久しぶりに みなで 楽しく話したいでござるよ。」

アルス「そうだったんだ。」

マーレ「あらあら なんだか こうして みんなが 一緒にいると 懐かしくなっちゃうねえ…!」
マーレ「みなさん たまには うちにも 遊びに来てくださいよ。主人も この子も きっと 喜ぶからね。」

少年の母親は一堂に会した英雄たちを見回し、少年の背を叩いた。

アルス「あははは……。」
アルス「そういえば シャークアイさんは?」

少年が辺りを見渡して総領の姿を探す。

アイラ「ああ シャークアイなら……。」





*「みなさん たいへん 長らく お待たせいたした!」





*「「「……!」」」


突如響き渡った声にその場の全員が中央の船室の方を振り向く。

そこには少年の探していた人物その人が立っていた。

シャーク「……今日は わざわざ このマール・デ・ドラゴーンまで ご足労いただき 誠に 感謝申し上げる。」

波の音だけが聞こえる静まり返った甲板を見渡し、海賊の総領は力強い声であいさつを述べた。

シャーク「これより グランエスタードと 我らマール・デ・ドラゴーンの 友好の印として ささやかな 晩さん会を 執り行わせていただく。」
シャーク「まだ 杯をお持ちでない方も 近くの者から お受け取りいただきたい。」

*「どうぞ。」

総領の合図を受けた海賊たちによって、後から来た者たちに飲み物の入った杯が渡されていく。

シャーク「それでは よろしいですかな?」
シャーク「今夜は どうか ここを我が家と思って 存分に楽しんでいっていただきたい。」
シャーク「……乾杯!!」



*「「「乾杯!!」」」



音頭と共に、高々と掲げられた杯を打ち付け合う音が甲板に響いていった。



ガボ「うほっ うめえ! なあなあ メルビン そっちのやつ とっておくれよ!」

メルビン「ガボどの。まずは その皿の中を 全部食べてからにするでござるよ。」

ガボ「ちぇー ケチだな メルビン。わかったよ…… モグ……。」

*「まあまあ メルビンどの。どうぞ ガボどの お好きなだけ 召し上がってくだせえ。」

ガボ「おっ いいのか あんちゃん! へへっ さすが 海の男は 話がわからあ!」

メルビン「話のわからない じじいで 悪かったでござるな……。」

*「うふふ メルビンさん そんなに 落ち込まないで。」

メルビン「むおっ これは 失敬。お美しい おじょうさんの前で 情けない姿を お見せするわけには いかんでござるな。わはは。」



アイラ「ねえ マリベル。あれから どうなの?」

*「あたしたちも 気になってたのよ。アルスさまとは うまくいってるの マリベルさん。」

マリベル「どうって 言われても…… まあまあね。」

アイラ「またまた そんなこと言っちゃって。顔が にやけてるわよ?」

マリベル「ば… これは 違うんだわよ!」

アイラ「うふふふ マリベルったら わかりやすいんだからっ!」

*「いいな~ あたしも 良い男と 情熱的な恋がした~い!」

マリベル「ちっが~う! 何にもないってば!」

アイラ「うふふふ……。」

*「くすくす……。」





リーサ姫「ねえ お父さま あの人 連れてこなくて 良かったの?」

バーンズ王「むっ… いや 今日は 正式な席であるからな。」

リーサ姫「もうっ こんなに素敵なパーティーなのに。」

バーンズ王「ううむ……。」

*「あらあら バーンズ王さまに リーサ姫さま グラスが 空っぽですよ。」

バーンズ王「おおっ これは すまないな。」

リーサ姫「あ ありがとう……。」

*「それにしても 王さまは 幸せ者ですよっ。」

バーンズ王「ん?」

*「こ~んな キレイな 娘さんを お持ちなんですからね!」

バーンズ王「わっはっは! まあ たしかに 引っ込み思案なところは あるが 母親似で よかったわい。」

リーサ姫「もうっ お父さまったら!」

*「こりゃ 世の男どもが 放っておかないねえ…… お気を付けなさらないと すぐに 食べられちゃいますよ?」

リーサ姫「え…? はあ……。」

バーンズ王「…うーむ……。」



アミット「ボルカノどの 明日の漁は どうするんだ?」

ボルカノ「……この調子じゃ あしたは 無理かもしれねえな。」

マーレ「まあまあ あんた。どっちみち 見送りもあるんだから いいじゃないかい。」
マーレ「それに アルスも疲れてるんだ 少しくらい 休ませてやっても バチはあたりゃしないよ。」

ボルカノ「…そうだな。」

*「うちも 明日は 予定を開けましょうかね あなた。」

アミット「そうだな。マリベルも 疲れていることだろう。」



*「う~~~~ん! おいしい! これも これも!」
*「あ~ん 人の作ってくれた 料理が こんなにおいしいなんて!」

*「おじょうさんも 苦労しているようですね。」

*「えっ あ… 私なんて たいしたことないですだよ……。」

*「いいえ 何を 謙遜なさるのです。普段 誰かのために つくしている人こそ 誰かの思いやりに 感動できるものです。」
*「あなたが 日頃から がんばっている 何よりの証拠でしょう。」

*「や やめてくださいだよ… わ わたし そんなこと 言われても……。」

*「おっと 失礼しました。お気を悪くしてしまったなら 謝ります。」
*「引き続き パーティーをお楽しみください。では。」

*「あっ……。」





盛り上がりを見せる宴の端、船縁付近では少女と談笑していた王女が周囲を見回していた。

アイラ「アルス どこに行ったのかしら。」

マリベル「あっ…… あれ?」

アイラ「それに シャークアイも いないわ。」

王女の言う通り、その場には主賓の一人であるはずの少年はおらず、主催者であるはずの総領の姿もまた無かった。

マリベル「…………………。」

アイラ「もしかして また ふたりだけで 秘密の話でも してるのかしら。」

マリベル「っ……。」

その一言に少女は大事なことを思い出し、はたと動きを止める。

アイラ「まあ アルスも シャークアイも いろいろとたいへんだから 積もる話もあるわよね。」

マリベル「……そうよね。」

少女はしばらく思案顔で目を伏せていたが、やがてわざとらしい溜息をつくと手で顔を仰いで言った。

マリベル「あーあ ちょっと 飲みすぎちゃったかしら。」
マリベル「ごめん アイラ。あたし しばらく 休憩してるわね。」

アイラ「えっ? でも まだ…… あっ。」
アイラ「ふふ… そうね。それがいいわ。」

突然の少女の行動を不審がる王女だったが、すぐにその意図を汲みとるとそっとその背中を押してやるのだった。





アルス「それにしても ビックリしました。」

その頃、少年は船長室で総領と人魚と共に静かに杯を傾けていた。

アルス「ぼくたちだけだと 思ったら 王さま まで 来ているもんですから。」

シャーク「はっはっは! 言っていなくて 悪かったな。」
シャーク「実は 昨日のうちに 決まっていたのだが 伝え損ねてしまってな。」

そう言って総領は思い出した様に目を伏せた。

アニエス「…それで アルス。その兵士さんとは どうだったの?」

人魚が心配そうに少年を見つめる。

アルス「……無事に 渡すことができました。」

シャーク「……それで 彼は なんと言っていた。」

アルス「……ミントちゃんは 死んでしまったけど こうして 自分のもとに 帰って来てくれたと そう言っていました。」
アルス「ペンダントを 大事そうに 握って……。」

シャーク「…………………。」
シャーク「そうか……。」

少年の言葉に総領は一度だけ小さく頷き、その瞳を閉ざす。

アニエス「あのコは 私たちだけじゃなくて その人にとっても かけがえのない 家族だったのね……。」

アルス「……本当に 愛していたんでしょうね。」

シャーク「……本来なら オレが自ら 出向いて 礼を伝えなければ ならないところだがな。」
シャーク「何分 その時代のオレは 氷漬けのままだ。同じ世界に 二人の人間が いてはならない。」
シャーク「誰かに 見つかれば 騒ぎとなって 再び 魔王の目に ついてしまうやも知れんからな。」

そこまで言って総領は顔を上げ、息子の目を見据えて微笑んだ。

シャーク「アルスよ ありがとう。マリベルどのにも 礼を 言っておいてほしい。」

アルス「わかっています。」

アニエス「さあ 私たちのことは もういいから 今夜は ゆっくりしていってね。」

そう言って人魚は微笑み、少年を送り出そうとした。



アルス「……お母さん。」



しかし少年はその場から動かず、母親の目を見つめて言った。

アルス「会って欲しい人がいます。」

アニエス「私が? それって……。」

アルス「ぼくの…… 母さんです。」

アニエス「……でも。」

アルス「お願いします。」

アニエス「…………………。」
アニエス「わかりました。どうぞ お連れして。」

一瞬ためらった人魚だったが、少年の真っすぐな瞳に覚悟を決め柔らかく微笑んでみせた。

アルス「はい…!」

その言葉に表情を明るくし、少年が階段を降りていこうとした時だった。



*「きゃっ。」



アルス「うわっ! マリベル!?」

少年は突然目の前に現れた少女と鉢合わせになり身を引いた。


アルス「い いつの間に?」

マリベル「え っと いま 来たばっかりだけど……。」
マリベル「マーレおばさまを 連れてくるんでしょ?」

どうやら少女にも話が聞こえていたらしい。

アルス「……うん。」

マリベル「あ あたしが 行ってこようかしら?」

そう言って少女は目線を逸らす。

アルス「……いや 自分で行くよ。」

マリベル「そう……。」

そう言って少年は少女の肩に手を置くと、そのまま両親を探しに甲板へと出ていってしまった。

マリベル「…………………。」



アニエス「マリベルさん。」



マリベル「っ… はい!」

そのあとを見送っていた少女は背中から声をかけられ振り返る。

アニエス「どうぞ こちらに来て。」

マリベル「…………………。」


人魚に促され少女は黙ってふたりの前へとやってきた。

アニエス「アルスから 聞きましたわ。あの兵隊さんに 私たちの思いを 届けてくださったのね。」
アニエス「…ごめんなさい マリベルさん。私が 変なこと言ったばっかりに 辛い役を負わせちゃって……。」
アニエス「さぞかし たいへんだったでしょう?」

人魚が少女の手を取って言った。

マリベル「いいえ アニエスさん あたしが 自分の思い付きで しただけだから……。」

そう言って少女は俯く。

アニエス「でも あなたのおかげで この人も ミントと 再会することができた。」
アニエス「謝るだけじゃなくて お礼も言わなきゃいけないわね。」
アニエス「本当に ありがとう。」

マリベル「あ いや そんな……。」

透き通るようなその瞳を直視できず、少女はドギマギとして口ごもる。

シャーク「マリベルどの 聞いておられたかもしれないが もう一度 言わせてほしい。」
シャーク「この度は 本当に 世話になった。心より 感謝申し上げる。」

満足さをその目に湛えて総領は言った。

マリベル「……わたしも 気付かされたような 気がします。」
マリベル「人間だけじゃない。ネコちゃんだって 大切な 家族なんだって……。」
マリベル「ミントちゃんと シャークアイさんの 絆を見ていたら そう思えたの。」

そう言って目を伏せながらも、少女は微笑んだ。

シャーク「…はっはっは! やはり マリベルどのは お優しい方だ。」
シャーク「アルスが 惚れこむのも よくわかる気がするよ。」

総領は口元に手の甲を押し付け、“くっく”とこみ上げる笑いを堪える。

マリベル「えっ あ あたしは そんなんじゃ…!」

アニエス「うふふっ そのとおりね。」

赤面する少女の横で人魚もまた愛おし気に微笑むのだった。

するとその時。



シャーク「…おっと オレたちの家族が やってきたみたいだな。」



近づいてくる足音に客の訪れを察知し、総領が立ち上がってその場で居直る。


アルス「ただいま 戻りました。」

シャーク「おかえり アルス。」
シャーク「ようこそ おいでくださった ボルカノどの。」

ボルカノ「おう シャークアイさん アニエスさん。それに マリベルちゃんも こんなところにいたのか。」

息子に連れられてやってきた漁師頭がその場にいた三人を見回して言った。



マーレ「あら~ すごいねえ 船長室ってのは こんな風に なってるのかい!」



そしてその後ろから少年の母親が顔を出し、見慣れない光景に興味津々と言った様子で部屋の中を眺めまわした。

マーレ「おやまっ もしかして あなたが……。」

そして人魚の姿を見つけると慌ててその前に歩み寄っていった。

アルス「母さん 紹介するよ。」
アルス「この人が アニエスさん。ぼくの もう一人の お母さんだよ。」

アニエス「はじめまして アニエスと申します。座ったままで ごめんなさいね。」

マーレ「あたしは マーレってんだ。話は アルスから 聞いてますよっ よろしくね アニエスさん。」

二人は挨拶を交わし軽く抱き合った。

マリベル「あの あたしは これで……。」

アニエス「マリベルさん お待ちになって。」

その場の空気に居づらくなったのか部屋を立ち去ろうとする少女を人魚が引き止める。

マリベル「え でも あたしは……。」

マーレ「いいんだよ マリベルさん 遠慮しないで。あなたも もう 家族なんだから。

マリベル「……はい。」

少女は少しだけ顔を赤くしながら小さく返事をすると、近くにいた少年の腕にしがみついて黙り込んだ。

“なんとかしなさいよ”とでも言いたいのだろうか。

マーレ「おやおや。」

アニエス「あらあら。」

*「「うふふふっ。」」

そんな少女の可愛らしい姿に少年の母親たちが顔を見合わせて笑う。


アルス「えっと 今日は どうしても 母さんに アニエスさんを 会わせたかったんだ。」

なんとか少女の窮地を救おうと少年が切り出す。

アルス「こんな機会 滅多にないからさ……。」

マーレ「ありがとよ アルス。」
マーレ「…それにしても 本当に 人魚なんだねえ……!」

そう言って漁師の妻は人魚の腰から下をまじまじと見つめた。

アニエス「ごめんなさいね こんな姿で。本当は ちゃんと 人間の姿で お話したかったのですけど……。」

ヒレのついた下半身を池の中でゆらりと優雅に揺らしながら人魚が眉を下げる。

マーレ「気にしないでおくれよっ ひとだろうと 人魚だろうと あたしは かまわないさ。」
マーレ「なんてったって あなたは アルスの命の恩人だし あたしたちゃ 同じ息子を持つ 母親同士なんだからね!」

漁師の妻は自分の太く柔らかい手で人魚のそれを包み込み、にんまりと笑う。

アニエス「マーレさん…。」

驚いたように丸い目をぱちくりとさせる人魚だったが、やがてその表情を柔らかくしてポツリと言った。

アニエス「……アルスが預けられたのが あなたのところで… 良かった……。」

そしてその美しい青から、ひと粒の涙を落とすのだった。

マーレ「よしておくれよ… あたしゃ 湿っぽいのは 苦手なんだ。」

そんな人魚の目元を漁師の妻はその指でそっと拭った。

マーレ「おやまあ! なみだが 真珠になっちまったよ!」

シャーク「妻は 涙が 真珠になるんだ。もし 嫌でなければ 貰っていっていただきたい。」

アニエス「…ふふ…… そんなもので よろしければ。」

マーレ「あらー キレイだねえ。でも なんだか 悪いことしちゃったかしらね。」

漁師の妻は掌に零れ落ちた真珠玉と人魚を交互に見てバツが悪そうに言った。

ボルカノ「せっかくなんだ 母さん ありがたく もらっておこう。」

アルス「よろしくの 記念に ね。」

マーレ「ああ そうだね。」
マーレ「アニエスさん ありがとうね。」

夫と息子に促されそれを懐にしまい込み、漁師の妻はもう一度人魚の手を握る。


アニエス「いいえ お礼を言うのは こちらの方です。」

人魚は控えめに首を振り、漁師の妻の目をまっすぐに捉えて言った。

アニエス「アルスを 産み こんなに立派に 育ててくださって 本当に ありがとう。」
アニエス「これからも この子のことを よろしくお願いします。」

マーレ「あっはっは! 言われるまでもないことさ! 任せて おくれっ。」
マーレ「……と言いたいところだけど。」
マーレ「その役目も もう 長くはないかもね。」

少年の母親たちはふたりそろって少年の横にいる少女を見つめた。

マリベル「えっ……?」

マーレ「まっ マリベルさんなら あたしたちも 安心だよ。」

アニエス「ええ。きっと 彼女なら 何にも 心配いらないわ。」

マリベル「え えっと……。」

アルス「マリベル。」

もじもじと居づらそうにする少女を少年が呼ぶ。

マリベル「なによ……。」

アルス「そろそろ 戻らないと お父さんと お母さんが 心配しちゃうよ。」

マリベル「あっ! いけない!」



“しまった!”



娘の不在におろおろする父親とそれをなだめる母親の姿を思い浮かべ、少女は口元を押さえ慌てて階段へと走り出す。

マリベル「マーレおばさま アニエスさん! アルスのことなら わたしに お任せください! それじゃっ!」

階段の手前で振り返りそう言うと、少女はスカートの両端をつまんでバタバタと降りていってしまった。


シャーク「わっはっは! なんとも かわいらしい おじょうさんだ。」

ボルカノ「お前も 幸せもんだな。」

アルス「あ ははは……。」
アルス「ぼ ぼくも そろそろ 行きます。みんなが 待ってるだろうし……。」
アルス「それじゃ あとは ごゆっくり……。」



“ここにいては永遠と酒の肴にされるに違いない”



そんな危機感を覚えた少年は後ずさり、そそくさとその場を後にしたのだった。

シャーク「……いってしまったか。」

名残惜し気に総領が呟く。

ボルカノ「子どもの成長は 早いもんだ。ちょっと前まで 遊びほうけてやがったと 思えば…」
ボルカノ「いつの間に 世間を渡り歩いて いっちょ前に 嫁さんを 貰ってくるんだからな。」

マーレ「あんた。まだ マリベルさんは 嫁さんじゃ ないだろう?」

感慨深げに腕を組んで唸る夫を妻が笑って小突く。

アニエス「……でも もう 秒読み なんでしょう?」

マーレ「ああ そうだった! この前 ふたりは 婚約したんだよ。」

シャーク「なんと!」

アニエス「本当ですか! そんな 大事なこと どうして 教えてくれなかったのかしら。」

突然告げられた事実にふたりが目を丸くする。

ボルカノ「……たぶん 言うタイミングが なかったんでしょうな。」

シャーク「はっはっは! これは また この後が 楽しみになってきたな。」
シャーク「どれ! アニエス どうせ 客は 事情を知るものばかりだ。オレたちも 繰り出すとしようじゃないか。」

高らかに笑い、総領は妻を横から抱え上げた。

アニエス「まあ あなたったら……!」

“人前で”と言いかけて人魚はふたりの視線を気にして赤く染まる。

マーレ「あら~ いいわねえ!」
マーレ「…………………。」

そう言って微笑むと漁師の妻は“チラッ”と夫に目配せする。

ボルカノ「……母さん 少し 運動しようか。」

マーレ「なんだい つれないねえ! ほら あたしたちも いくよ!」

ボルカノ「……やれやれだ。」

そうして不機嫌そうに眉を吊り上げる妻の腰を抱きながら、漁師頭もまた、階段を下っていくのだった。





アミット「マリベル いったい どこに行ってたんじゃ?」

その頃甲板では網元が額の脂汗を拭いながら娘に詰め寄っていた。

*「パパったら もう さっきから あなたがいなくて ずっと そわそわしてたのよ。」

そんな夫に妻が呆れたように溜息をつく。

マリベル「大げさねえ パパ。ちょっと シャークアイさんたちと 話してただけよ。」

アミット「な なんだ そうだったのか… 一言 言ってくれれば 良かったのに。」

マリベル「まったく……。」

あいかわらず子離れのできない父親に、少女もまた、呆れて腰に手を当て大きなため息をつくのだった。





ガボ「おお アルス! どこにも いないから 探したぞ!」

一方別の場所ではエスタード島の一行が少年を取り囲んで談笑に浸っていた。

アルス「ごめんごめん。」

ガボ「いま ちょうど これからのことを 話してたところなんだ。」

メルビン「この一か月で また 少しずつ 世界は 動きつつあるでござるからな。」
メルビン「わしらも 各地の動向を 注視していく必要が あるでござるよ。」

そう言って老紳士は真面目な顔を作る。
実際、アミット漁が終ってからというものの、世界各所では事件というほどのことではないがそれなりと変化をきたし始めていたのだ。

アルス「そっか…… そうだよね。」

アイラ「でも アルスは 今や 漁師の仕事が あるものね。」
アイラ「あなたには もう 無理はさせられないわ。」

複雑な顔をする少年を気遣って王女が言う。

バーンズ王「うむ。何せ そなたには 世界一の漁師になるという 大事な使命が あるのだからな。」

アルス「い いえ! ぼくも できる限りのことはします。」
アルス「もしものことが あったら その時は 漁を休んで 動くつもりです。」

少年ははっきりと王に応えた。既に彼の中には覚悟ができていたのだ。

リーサ姫「でも アルス 無理はしちゃ ダメよ。」

メルビン「リーサ姫の おっしゃる通りでござるよ。」
メルビン「アルスどのの ことを みなが 気にかけているのでござるからな。」

アルス「……ぼくなら 大丈夫。」
アルス「ぼくは もう ひとりじゃないから。」

心配そうに見つめる姫と老紳士に少年が微笑んでみせた、その時だった。





*「その通りよ!」





*「「「……!」」」


突如響いた声に一同が振り返れば、そこには自信に満ちた表情を浮かべた少女が立っていた。

マリベル「いざとなったら あたしが いるわ。」
マリベル「このマリベルさまが バックについてるんですもの どんなことだって へっちゃらよ!」

アイラ「マリベル……。」

マリベル「だから あんたは いまは 何にも考えずに 漁に専念していれば それでいいの。わかったかしら?」

少女はそう言って少年の元まで歩み寄ると、その体に背中を預けてニヤリと笑った。

アルス「は ははは…。」
アルス「やっぱり マリベルには 敵いそうもないや。」

アイラ「あらあら。」

リーサ姫「うふふふ。」

バーンズ王「頼もしいものだな。わっはっは!」

メルビン「まったく アルスどのが  羨ましいでござるよ。」

そんな微笑ましいふたりを見つめ、その場の誰もがにんまりと笑った。

ガボ「おおっ マリベル なんか アルスの母ちゃんみたいだな!」

マリベル「ちょっと ガボ! それ どういう意味よ!!」

ガボ「うわっ おっかねえ 顔すんなよ!」

マリベル「きぃ~! だ~れが おっかない ですって~~!?」

アルス「まあまあ…。」

眉を吊り上げる少女の両脇をがっちりと抑え少年がなだめすかす。

そんな漫才めいた光景に思わず周りも大きな声をあげて笑い出すのだった。



*「おおっ シャークアイさま アニエスさま!」



そしてそんな中、再び中央の船室へと続く扉が開かれ、中から二組の男女が姿を現した。


バーンズ王「おおっ あれが シャークアイの奥方 アニエスどのか!」

リーサ姫「きれいな人……。」

はじめて目の当たりにする人魚に王家のふたりは驚きと興奮の入り混じった声を上げる。

シャーク「さて オレたちも お客人に ごあいさつと行くか。」

アニエス「ええ。」

ボルカノ「む アルスたちも あそこにいるな。」

マーレ「ほらほら 父さん あたしたちも 早く行くよ!」

四人は辺りを見回しながら階段を降り、再び活況に包まれた甲板の上、一人一人に挨拶を交わしては杯を揺らしていった。



*「……では ここで 一曲 披露いたしましょう。」



そうして一通り会話を楽しんだ一行を見計らって一人の若い楽師がポロンとハープを鳴らす。

*「おっ やってくれるか!」

*「いい曲頼むぜ~。」

周りの船員の声援を受けながら青年は階段を上り船室の扉の前で体勢を作ると、静寂を待って静かに楽器をつま弾き始めた。



*「…………………。」



それは歌の無い静かな演奏だった。

だがその優雅で儚く、どこか哀愁を漂わせる旋律にその場の誰もが思わず目を閉じて聞き入っていた。



その中で一人の若い娘が、演奏よりも青年の姿を目に焼き付けんとばかりにうっとり眺めていたことなど、誰も知る由はない。





こうして波とハープの音色に抱かれた双胴船はその後も大いに盛り上がり、宴は朝方まで続いたという。



ゆりかごのように揺らめく船の上、お腹いっぱいにおこぼれをもらった猫たちが暖を取ろうと丸くなって眠る姿を、
少年と少女、そして総領はただぼんやりと眺めていたのだった。



波と共に奏でられる鎮魂歌に耳を澄ましながら。





そして……







そして 夜が 明けた……。







閑話



2月22日。



日本では「にゃんにゃんにゃん」にちなんで『猫の日』に指定されているそうですね。
今週の水曜日がその日にだったのですが、みなさんは何か恩恵を受けましたか?

制定されたのはつい最近かと思いきや1987年。
かれこれ30年も経過しているんですね。
わたしの勉強不足かもしれませんが、そんなわたしの耳にも届いてきたのは昨今のネコブームが原因でしょうか。

さて、ドラクエの世界にもたっくさんのネコが登場しますね。

普通に民家や町でゴロゴロしているコやちょっと物語に絡んでくるようなコまでその数はかなりのもの。
魔物でもネコをモチーフにしたキャラクターが多数出現します。

そんな中、ドラクエ7にもちょっと意味深なネコが出てきます。

一匹は過去のユバールの休息地から北に行った荒野に佇む「旅の教会」にいる白猫。
台詞は他のネコと同じように「にゃ~ん……。」なのですが、話しかけると何故か体力が全快します。(HPのみ)
確かに、ネコを見ていると心は癒されますが……ドラクエらしい隠し要素と言いますか、ちょっとした遊び心ですね。

もう一匹は現在の砂漠の城に登場する茶虎猫。

場所は女王のいる部屋の左側なのですが、魔王復活後に話しかけると一度だけしゃべります。

*「われは バステト。大地の精霊につかえる者。」
バステト「邪悪なるチカラに 立ち向かう者たちよ なんじらに 祝福を……!」

そしてこのセリフの後、やはり体力が全快に。



普段はゴロゴロとしていて我々に癒しを与えてくれる物言わぬネコたち。
しかし我々が知らないだけで、実はとんでもない秘密をその体に秘めているのかもしれません。

まったく、猫はふしぎですね。



休題


ミントの最期を見届け、激動の一日を終えたアルスとマリベル。
翌日、目を覚ましたアルスは「ある場所」に向かうことをマリベルから提案されるのでしたが……?

次回、最終話。






最終話:ミント







*「……ス…ま アル…さ……。」



アルス「ううん……?」

*「アルスさま もう 起きてください。」

アルス「あれ… ここは……。」

ボロンゴ「マール・デ・ドロゴーンの 客室ですよ。」
ボロンゴ「よく 眠っていらっしゃいましたね。」

少年は双胴船の一角で世話役の男によって起こされた。

ガボ「んが… うーん……。」

同じ部屋にはまだ同じように狼の少年が転がるようにして眠っているのが確認できる。

アルス「いま… いつですか……?」

ボロンゴ「ちょうど お昼時です。」

アルス「えっ!? しまった 寝過ごした……!」

船室に差し込む光に外を見やればどうやらすっかり太陽は真上まで来ているようだった。

ボロンゴ「ご ご安心ください。今日は 漁もお休みだそうですよ。」

アルス「ほ 本当ですか…… よかった……。」

男の言葉に少年はそっと胸を撫でおろす。

ボロンゴ「他のお客様は すでに 食堂の方へと ご案内させていただいております。」
ボロンゴ「アルスさまも ご準備なさって 向かわれたほうが よろしいかと。」

アルス「わかりました。」

少年は一つ返事すると床に転がっていたもう一人の少年を揺さ振った。

アルス「ガボっ 起きて!」

ガボ「う~ん。オラ もう だめだあ。きっと ほねバラバラだぞ。」

昔の夢でも見ていたのだろうか、元狼の少年はわけのわからないことを言っている。

アルス「なに 寝ぼけてんのさ…… ごはんだよ。」

ガボ「ハッ! もう そんな時間か!」
ガボ「わかった すぐ行くぞ!」

“ごはん”の一言に飛び起きると元狼の少年はふたりを残してさっさと部屋を飛び出していってしまった。

アルス「…………………。」

少年は一つため息をつくと、世話役の男に軽く礼を言って部屋を出ていくのであった。





マリベル「あら アルスおはよ。相変わらずの 寝坊助さんね。」

手短に仕度を済ませ食堂へとやってきた少年へ開口一番に少女が言う。

マリベル「あんたも はやく 食べたら?」

そう言って少女は紅茶をすする。どうやら食事は既に終えたようだった。

アルス「あれ? 他のみんなは?」

少年が辺りを見回して尋ねる。そこには恐るべき速さで食べ物を頬張る元狼の少年がいるだけで、この船の乗組員以外は誰も見当たらなかった。

マリベル「とっくに 食べ終わって 先に フィッシュベルまで 戻ってるわよ。」

アルス「……そっか。マリベル 待っててくれたんだね。」

マリベル「まったく。」

少女はため息をついてふくれっ面になる。

アルス「ごめんごめん。」

笑って謝ると少年はその隣に座って既に置かれていた料理に手を付け始めるのだった。

マリベル「…………………。」
マリベル「ねえ アルス。」

紅茶茶碗を置いて少女が語り掛ける。

アルス「もぐもぐ… なあに?」

マリベル「……昨日から ずっと 考えてたんだけどさ。」
マリベル「この後 コスタールに 行ってみない?」

アルス「…………………。」

口の中をモゴモゴさせながら少年が黙って少女の横顔を見つめる。

マリベル「ほら… 今日は どうせ 漁もないし この後 ヒマでしょ?」
マリベル「あれから あの人が どうしたのか ちょっと 気になるしさ。」
マリベル「もしかしたら その子孫がいて 何か 知ってるかもしれないじゃない。」

アルス「ぐっ…… うん。わかった。」

マリベル「……決まりね。」
マリベル「じゃあ さっさと 食べちゃってよ。」
マリベル「あたしたちが ここにいちゃ いつまで経っても 船が 出航できないわ。」

アルス「はーい。」

少年は適当に返事を返すとぼんやりと見つめてくる少女の視線を気にしながら次の一口を運んでいくのだった。





シャーク「むっ きたか。」

急かされながらなんとか食事を終えた少年を、総領と人魚が甲板で迎えた。
元狼の少年は既に上陸用の帆船に乗り込んでいるらしい。

アルス「ふたりとも ここにいたんですか。」

アニエス「出発の前に あなたの顔を 見ておきたかったの。」

椅子に座った人魚が少年を手招きする。

アニエス「アルス 私たちは また しばらく 航海の旅に出るけど しっかり 漁師の仕事を がんばるのよ。」

そう言って人魚は息子を抱きしめた。

アルス「はい お母さん。」

シャーク「マリベルどの ご両親に これからもよろしくと 改めて 伝えておいてくれないか。」

マリベル「もちろんですわ!」

少女は胸に手を置いて快諾してみせる。

アルス「それじゃ ぼくたちも もう 行きます。」

アニエス「マーレさんと ボルカノさんを 大切にね。」

アルス「はい わかってます!」

シャーク「では またの時まで さらばだ 息子よ。」

アルス「お父さんも お元気で。」

シャーク「オレは まだまだ この通りさ。」
シャーク「……さあ ゆくがよい。家族が 帰りを 待っているぞ。」

アルス「……はい!」

少年はもう一度父親と固く抱き合い、少女と共に双胴船の横につけた小さめの帆船へと乗り込んでいった。




カデル「みなさんが お帰りだぞー!」



副長の号令を受けて海賊船の甲板が一斉に沸き立つ。

カデル「われら マール・デ・ドラゴーンの英雄に敬礼!」

*「船を出します!」

*「錨を あげろー!」

*「向かうは フィッシュベル! ヨーソロー!!」

そして乗組員たちの合図に、三人を乗せた帆船はすぐそこの漁村を目指して真っすぐ海を滑り始めたのだった。

マリベル「さよーならー!」

アルス「みなさんも お元気でー!」

ガボ「また うまいもん 食わせてくれよなー!」

遠ざかる双胴船に三人が叫ぶ。

*「また 遊びに来ておくれー!」

*「待ってるからなー!」

*「今度は フィッシュベルで 飲もうぜ~!」

帆船に手を振りながら海賊たちも大声で呼びかける。

まるで家族が旅立っていくような、そんな寂しさを感じながら人々は己の日常へと戻っていくのであった。





ガボ「行っちゃったな。」

その後フィッシュベルの船着き場で降ろされた三人は乗組員たちとがっちりと握手を交わし、村の者たちと共にその帰りを見送っていた。

アルス「次に会えるのは いつになるんだろう。」

マリベル「さーてね。でも ここと交易を結んだってことは それなりに 来るようになるんじゃないかしら。」

アルス「……そうだといいな。」

マリベル「うふふっ きっと そうよ。」

遠くに見える海賊船を見つめる少年に少女はそっと微笑むのだった。

ガボ「オイラもう 帰るけど ふたりは この後 どうするんだ?」

アルス「あ そうだ マリベル すぐに出発する?」

少年がこの後の予定のことを思い出して問う。

マリベル「それでもいいけど 先に お風呂に入っていきたいわ。」
マリベル「結局 昨日は 向こうで 寝ちゃったからね。」

髪をパラパラと散らして少女は言った。

アルス「そっか。」

マリベル「あんたも 一回 家に帰って 入ってきなさい。」
マリベル「あたしと 行動するんだから 常に 清潔にしててよね!」

頬を掻く少年の胸元に指を突き立て、少女が睨みを利かせる。

アルス「はいはい。」

マリベル「よろしい。」
マリベル「それじゃ また 後でね。用意が 済んだら うちに 来てちょうだい。」

そう言って少女は鼻歌混じりに邸宅の中へと消えていった。

ガボ「それじゃ オイラも 行くよ。じゃあな アルス!」

それを見送り狼の少年もまた村の出口を目指して歩いていってしまった。

アルス「…………………。」



“たまには 迎えに来てくれても いいじゃないか。”



なんてことを心の中で愚痴りながら残された少年も自分の家へと歩き出すのだった。





“シュタッ”



マリベル「とうちゃ~く!」

それからしばらくして合流したふたりは転移呪文を使い、海を越えたはるか南の町へとやってきていた。

マリベル「ここに来るのも そんなに 久しぶりじゃないのに……。」
マリベル「なんでかしら なんだか すごく 懐かしく 感じちゃうわ。」

港町の入口を眺めて少女が呟く。

アルス「いろいろと バタバタしてたからかな。」

マリベル「そうかしらね。」
マリベル「…まあいいわ。それじゃ 行きましょ。」

アルス「……うん。」

そうして二人は魔王の消滅と共に警戒を解かれた入口の扉へと手をかける。
時代と共に何度も換えられてきたのであろう。旅人を迎え入れるその重厚な扉は過去に見た時と同様に真新しく美しいものだった。

マリベル「あるかなあ あの家。」

市場へと続く通路へと足を進めながら少女が独り言つ。

アルス「わからない。」
アルス「もし なかったら ちょっと 聞いてみようよ。」

マリベル「そうね……。」

少年の提案に素直に頷くと少女はそれっきり黙り込んだ。

アルス「…………………。」

歩きながら少年は左側に見える通路の奥に視線をやる。



“面影のありそうな人物はいないものか”



しかしそこには誰も立っておらず、ただ建物の壁に空けられた穴から入り込む海水が垂れ幕の様に滴っているだけだった。
そもそも数百年の時を経た現在、かの兵士の子孫が仮にいたとして、その人物が彼と似ているという保証はどこにもない。



“やはりあの場所にいかなくては”



そんなことを考えながら少年は速足に通路を抜けるのだった。





マリベル「……ねえ ここよね?」

狭い路地の中、少女が少年に問う。

アルス「うーん たぶん ここだと 思うんだけど……。」

どうにも少年が煮え切らない答えを返すのも見れば納得。
その視線の先に会ったのはどう見てもかつての面影を感じさせない大きな一軒家。
場所が同じであるという点を除いては、全くと言っていいほど過去との共通点は見受けられなかった。

マリベル「あの後 引っ越しちゃったのかしら。」

アルス「さあ。」

マリベル「どうしよっか アルス……。」

アルス「……聞いてみよう。」

ここまで来てタダで帰るのは癪だったのか、少年は一つ大きく息を吸い込むと思い切って品の良い扉に拳を打ち付けた。



“ゴンゴンゴン”



硬く、重たい音が路地に響く。



“あの時と 変わらないな。”



そんなことを考えながら少年が息を吐きだした、その時だった。





*「はーい どちら様?」





扉の向こうから女性の声がした。


アルス「あのっ ぼくたち ある兵隊さんの 子孫を探して ここまで 来たんです。」

*「……失礼ですが お名前は?」

マリベル「アルスと マリベルです。」

返ってきた声の主に少女が答える。

*「…………………。」
*「えっ ウソでしょ……!?」

扉の向こうの主はその名を聞くと、一瞬遅れてにわかには信じがたいといった様子で呟くと、勢いよく両開きの扉を開け放った。

*「あなたたち い… いま アルスと マリベルって 言ったわね……!?」

そう言って中から現れた若い女性は念を押すようにふたりの顔を交互に見る。

マリベル「え ええ たしかに あたしが マリベルで こっちが アルスよ?」

*「ま まさか 言い伝えは 本当だったっていうの……?」

まるで幽霊か何かを目の当たりにしているかのように女性は目を見開き、口元を手で覆った。

アルス「それじゃ やっぱり ここは…。」

*「こ ここでは なんですから どうぞ お入りください。」

少年が言い終わる前に女性はそう言ってふたりを中へ手招きした。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

ふたりは黙って目を合わせると、女性に従って家の中へと足を踏み入れた。



アルス「おじゃまします。」

*「ちょっと そちらへかけて お待ちください…!」

女性はそう言い残すと慌てた様子で家の奥へと引っ込んでいってしまった。

アルス「だってさ。」

マリベル「……うん。」

少年は言われた通りに席を引くとそこへ少女を座らせる。

アルス「立派な おうちだね……。」

マリベル「…………………。」

ふたりきりになった少年と少女は椅子に腰かけ部屋の中を見回す。
飾りっけはなくとも品の良さを窺わせる壁面には、美麗な装飾の施された柄をもつ矛や剣、盾などが並べられていた。

まるでこの家に住む者の功績を称えるかのように。

マリベル「ねえ ここって……。」

アルス「わからない。でも もしかすると 本当に……。」



*「お待たせしました!」



その時、家の奥から再び先ほどの女性が小さな箱を腕に抱えて姿を現した。


アルス「それは……。」

*「わたしの家は 代々 兵士の家系なんだけど その ご先祖様が 子孫に あるメッセージを残しているの。」

女性はふたりの向かい側の席に着くと、息を整えてからこう言った。

*「もし アルスとマリベルと名乗る ふたりの男女が 訪ねてきたら これを お渡しするように と。」

そう言うと女性は箱のふたを開け、中に入っていた二つの古い封筒と金色に光る小さな縦長の入れ物を取り出した。

マリベル「こ これって……!」

アルス「あの時の 手紙と ミントちゃんの形見だ……!」

*「信じられないわ… あの伝承が 本当だったなんて……。」
*「もし 本当だとしたら あなたたちは 歳を取らないか 時間を 行き来してるのよね……?」



“夢でも見ているのだろうか”



女性はそんな口ぶりで二人の顔をじっと見つめた。

マリベル「まあ いろいろと あってね……。」

アルス「ごめんなさい このことは なるべく 黙っていてほしいんです。」

*「……ええ きっと 複雑な 事情があるんでしょうね…。」
*「詳しくは 聞かないわ。」
*「でも その手紙の中身は 教えてくれないかしら?」

マリベル「アルス……。」

アルス「わかりました。」

そう言うと少年はふたつの封筒を取り出し、どちらから読むべきか悩んだ末、見覚えのある自分の父親からの手紙を開けることにした。

アルス「どれどれ……。」



そこにはこう書いてあった。



“拝啓”



“名も知らぬ 恩人へ。”



“ この度は 突然 手紙をよこしたこと たいへん 恐れ入る次第。”

“しかし どうしても 貴公に 私の気持ちを 伝えたく この子たちを通じて この手紙に代えさせていただくことを お許し願いたい。”

“ 貴公におかれては なぜ 長年の間 我々が ミントを引き取りに来なかったのかと 疑問に 思われたことであろう。”

“何を隠そう 私は ある場所から まったく 動けずにいたのです。”

“息子の活躍あって いまは 自由の身だが そういう理由から 今まで そちらに 顔を出せずにいた次第。”

“そんな中 うちのミントが 長らく 貴公に たいへん 世話になったと お聞き及びした。”

“否。いま この目で 数年ぶりに 家族を目の前にして そのことは すぐに理解いたした。”

“どれだけ 貴公が 愛情をもって ミントのことを 大切になさってくれたか ただ ただ 頭が 下がるばかり。”

“なかなか ひとに 懐かない子であったので 心配していたが 優しいお方に お世話され ミントも さぞ 幸せだったことだろう。”

“ さて そのミントは 先ほど 息を引き取り 私たちの伝統的な 方法で 手厚く葬らせていただいた。”

“その際 少しばかり くちヒゲを拝借し 些細ではあるが 彼女を 忍ぶものとして ペンダントを 作らせていただいた。”

“どうか 私の 感謝のしるしとして これを 受け取っていただきたい。”

“そして 今回 私どもが 不用意な発言をしたばかりに この子たちに 勝手なマネを させたことを 謝罪させていただきたい。”

“こんなことで 貴公の心が 晴れるとは 存じぬが 少しでも 悲しみが 癒えますように。”



“敬具”




アルス「…………………。」

*「…………………。」

マリベル「……これを読んで あの人は 本当のことだって わかったのね。」

アルス「うん……。」

*「その… ミントちゃんというのは どういう方なんですか?」

マリベル「あなたのご先祖さまの 大切なネコちゃんよ。」

*「ネコ?」

アルス「ぼくの父の 大切な家族でも あったんです。」

*「それじゃ この手紙は あなたの お父さんが 書いたの?」

アルス「……はい。」

*「……そう。」
*「それじゃあ そっちの便箋は?」

マリベル「アルス。」

アルス「うん。」

少女に促され、少年は未開封のままの封筒を開ける。

アルス「…………………。」

そこには先ほどの手紙程ではないが、それなりに上質な羊皮紙の便箋が折りたたまれて入っていた。

マリベル「なんだって?」

アルス「えっとね……。」



そこには丁寧な字でこう書いてあった。



“拝復”



“ この度は ご丁寧に お手紙と 素敵なペンダントを お送りいただき まことにありがとうございました。”

“私自身 いまは 落ち着いて ミントの死を 受け入れております。”

“ たしかに 私は あなたが ここコスタールを旅立ってから 数年の間 ミントの世話をしてきました。”

“しかし それは 私が 好きでやったこと。”

“それに こうなったのも すべて かの憎き魔王のせいであって あなたが お気に病むようなことでは ありません。”

“ですが 世話をしているうちに ミントが 自分の家族のように 感じられたのも また 本当です。”

“ あの子には 緊迫した毎日の中で 活力を 貰っていたように 思えます。”

“それだけに ミントの死は 非常に 辛いですが そのことが 彼女の存在を全て 消してしまうことだとは 思っていません。”

“現に こういう形で ミントは ちゃんと 戻ってきてくれましたし あの子はずっと 私の胸の中で 生き続けています。”

“きっと それは あなたとて 同じように 感じていらっしゃるのではないでしょうか。”

“同じ 家族をもった者として 不思議と 確信がもてます。”

“ 最後になりますが この度は 本当に お悔やみを申し上げます。”

“そして 私は いつまでも あなたや 奥様 船の方々と 息子さん夫婦の幸せを願っております。”



“拝答”





*「…………………。」

マリベル「……えっ?」

アルス「どうしたの?」

突然静寂を破った少女に少年が尋ねる。

マリベル「これだと あの人 手紙の差出人が 誰だかわかってるみたいじゃない。」
マリベル「なんていうか… もともと 知り合いだったみたいな……。」

そう言って少女は腕を組む。

アルス「……言われてみれば。」

マリベル「それに シャークアイさんの手紙からするに あの人 あなたが 差出人の息子だって わかってたのかしら。」

アルス「そうかもね。」



*「……あら?」



その時、向かいに座っていた女性が何かに気付いて便箋を指さした。

*「こんなところに 何か 書いてあるわ。」

アルス「…本当だ!」

マリベル「えっ なになに?」

アルス「えっとね……。」

身を乗り出す少女にも見えるように角度をつけながら、少年はそこに書かれていた内容を再び読み始めた。



“追伸”



“コスタール王へは あなたの旨 たしかに 伝えさせていただきました。”

“王は たいへん喜ばれ ようやく 肩の荷が 下りたと おっしゃっておりました。”

“そして この手紙や あなたの近況については あなたの息子さんが 再び ここを 訪れるまで 我が家の秘密としたいと思います。”



“あなたの友より”





アルス「……?」

マリベル「変ね… そんなこと 手紙には書いてなかったわよ?」

そう言って少女は先ほど読み上げた総領からの手紙を訝し気に広げる。

*「……待って! これって……!」

すると何気なしに便箋を眺めていた女性がその中から小さな紙きれを見つけた。

アルス「それは……?」

*「読んでみるわね。」

女性は小さなその紙を広げると、そこに書いてあった秘密の文章をふたりへ聞かせた。



“追伸”



“ わが友 コスタール王には 無事 妻や息子と 再会できたこと こっそりと 伝えておいて いただけないか。”

“そして たいへん申し訳ないが このことは 貴公と そして 彼だけの秘密として どうか 胸の奥に しまっておいていただきたい。”

“たいへん 恐縮ではあるが なにとぞ よろしくお願い申し上げる。”












“キャプテン・シャークアイより”












マリベル「じゃあね アルス。また 明日。」

アルス「うん。また 後で。」

マリベル「もうっ 別に いいってば 今日は!」

アルス「あれ そうなの?」

マリベル「いいの! おやすみ!」

アルス「あっ それじゃあ……。」

マリベル「わっ…… ん………。」

アルス「……おやすみ。」

マリベル「……ばーか。」





“あの後 あの人に お礼を言って あたしたちは フィッシュベルに帰ってきた。”

“兵隊さんが 残した 手紙とペンダントをもらってね。”

“それにしても あの時は 本当に びっくりしたわ。”

“なんたって あたしたちの正体や シャークアイさんの現在まで 全部バレてたんだもの。”

“もう ふたりして 顔を見合わせて 固まっちゃったわよ。”

“だって もし あの兵隊さんが このことを 他の人にばらしてたら 今頃 歴史が変わってたかもしれないんだものね。”

“でも 幸い コスタールには 何の変化もなかったみたいだし シャークアイさんの身に 何か起こったわけでもなかった。”

“なんとか 事なきを得たって ところかしら。”

“そう考えると あんまり 思い付きで あれこれと 変なことするもんじゃないわね。”

“でも 今は ちっとも後悔なんてしてないわ。”

“そのおかげで あたしもあいつも いい経験ができたし 何より ミントちゃんや シャークアイさんが 喜んでくれたんだもの。”

“やっぱり あたしの判断は 間違ってなんて いなかったんだわよ!”

“さて もう少ししたら お夕飯の時間かしら。”

“下からは いい匂いが上がってきてる。”

“それじゃ 今回は ここまでにしとこうかな。”





マリベル「ふう……。」



少女はペンを机に置くと、一つ大きく伸びをして席を立ちあがる。

マリベル「いろんなことが あったわね~。」

そう言って少女は窓辺に立ちこの四日間に起きた様々な出来事を思い返していく。

すべてのきっかけはある婦人の言葉だった。



“シャークアイさまも たいそう ネコが お好きでねえ。”



この会話がなければ今回の旅はなかったと言っても等しい。その後の人魚との会話も、少年と過去へ行く話も、すべてはここから始まったのだ。

そしてたどり着いた過去の世界で出会った四人の小さな旅人たち。

彼らに関わったことが後の助けになるなど夢にも思っていなかった。

マリベル「あいつら うまく やってるかしら……。」

どういう巡り合わせか、結果的には助けた命によって失われそうだった命はその場で潰えずに済んだのだ。
別れ際に少女があの杖を託してみたくなったのは、そのことへの感謝の気持ちでもあったのかもしれない。

また、彼らから見えてきたのは魔物たちの本音。

世界の平和を望むのは人間だけではない。
魔物の中にだって誰にも邪魔されずに平穏に暮らしていたい者だっているのだということを、改めて教えられたような気がした。

そしてその平和のために落とされてきた多くの命の上に自分たちは立っている。

そんな気すらしていた。


マリベル「はあ………。」



“考えれば考えるほど気が重たくなる”



少女は窓の桟に両肘を乗せてぼんやりと沈みゆく夕日を眺めていた。

すぐ近くの砂浜ではまだ遊び足りないというように子どもたちが笑い声をあげて戯れているのが見える。

マリベル「こども か……。」

思い返せば悪いことばかりではなかった。



”過去の市場で出会った母と娘”



はじめての相手にもかかわらず抱かせてもらった赤子は、まだ小さいながらも力強い鼓動で“生きている”ということを全身で少女に伝えてくれた。



“あの時の腕の感触が、命の重みが、忘れられない”



マリベル「…………………。」

いつの間にかぼうっとしていたのだろうか。

どうやら少女が考えに没入しているうちに子どもたちは親に呼ばれたのか、浜から姿を消していた。

*「にゃ~ん……。」

そして代わりに砂浜を行きかっていたのはこの村で放し飼いにされている猫たちだった。

少女はその足取りを目だけで追いながらかの老猫のことを思い出す。

マリベル「ミントちゃん……。」

彼女もいつかコスタールの港でこんな夕日を眺めていたのだろうか。

二度と帰ることはない主人を待ち続けるその健気な背中がふと頭の中に浮かび、少女の胸を引き絞っていった。

と、その時。



*「なう~。」

*「ごろにゃ~ん。」



寂しげな背中に何かを感じたのか、この家に住まう二匹の猫が少女の脚にすり寄ってきた。


マリベル「……なんでも ないわよ。」

そう言って少女はしゃがみ込むと、両手を使って二匹の愛猫を撫ぜた。

トパーズ「な~……。」

*「にゃ~……。」

マリベル「…………………。」

気持ちよさそうに喉を鳴らす猫たちを交互に見つめながら少女は再び考えに耽る。

このオスの三毛猫は、詳細な年齢は判らないがまだまだ若い。
身体は小さいながらも活気にあふれるその瞳からは幼さすら感じる。

一方でもう一匹の黒っぽい猫は少し歳を重ねている。
それこそかの猫のような老齢ではないが、それでも既に数年は共に暮らしてきたのだ。

マリベル「…………………。」

どこかで少女はこの猫をあの老猫と姿を重ね合わせていた。



“この子ともいつかお別れをしなくてはならない”



なんとなく心に浮かんできたのは昨日から漠然と感じていた不安だった。

マリベル「長生きしてちょうだいね。」

少女は愛猫の顔をくしゃくしゃにしながら言った。

*「……にゃ…。」

まっすぐに見つめられ居心地が悪くなったのか、その猫は視線を逸らして化粧台の上へと飛び乗った。


マリベル「あ……。」

それを目で追っているうちに少女はあることを思い出す。

マリベル「そういえば 中身 見てなかったわね……。」

そう呟いて少女は化粧台の上に置かれた垂れ飾りを手に取る。
数百年の時を経ても色あせないその小さな入れ物には、あの時と同じように“ミント”と書かれてあった。

マリベル「…………………。」

入れ物の横に彫られた窪みに爪を引っ掛け、少女は指にグッと力を籠める。



“カチッ”



高い音を立ててそれは二つに分かれた。

そして。



マリベル「あっ……!」



その中からは、最後に見た時と同じように布に包まれた一本のヒゲが出てきた。

彼女は、何百年という時を超えてここに戻ってきたのだ。

*「…………………。」

トパーズ「…………………。」

二匹の猫が、じっとヒゲを見つめて黙り込む少女の横顔を不思議そうに眺めていた。

マリベル「…………………。」

少女は一つ息をつくと、丁寧にそれを元に戻し化粧台の引き出しの中へと静かにしまい込んだ。



“コンコンコン”



*「マリベルおじょうさま~ お夕食が できましただよ~。」

その時、扉が軽く叩かれ、廊下から使用人の娘の声が響いてきた。

マリベル「はーい いま 行くわ!」

少女はそれだけ返すと、もう一度窓辺に立ち、消え入りそうな夕日を見つめるのだった。




新しく生まれる命と、老いて死んでいく命。

もし、ミントちゃんと出会うことがなかったら。

あたしはこんなにも“命”と向き合うことはなかったかもしれない。



たしかに、あなたはその命を終えちゃったけど。

あたしは忘れないわ。

あなたが生きた証も、あなたが見せてくれた家族の絆も。

だから、もしまたあたしが誰かとお別れしなくちゃいけなくて寂しくなったら。

きっとあなたのことを思い出すわ。



それに、これからはずっと家族と一緒よ。

あなたはみんなの心に生き続けるの。



だから安心して。












マリベル「おやすみなさい ミントちゃん。」










The end.




あとがき

長いので飛ばしていただいてかまいません。
(おまけにクサい)
>>220 へ



「ペット・ロス」という言葉を耳にしたことはありますか?

字面の通り、ペットを失くしてしまうことなのですが、
通常はこれに「症候群」を付けてペットを失くしたことにより引き起こされる精神疾患の総称として使われます。

しかしこうした精神疾患に陥る人の大抵はペットをただの愛玩動物とは見なしていません。
いいえ、一度でもペットを飼ったことのある人であればそれは当たり前のことかもしれません。

人間じゃないというだけであって、ペットは家族なのです。

そのペットを亡くすことは、即ち家族を亡くすということ。
違うのはそれが人間であるかそうでないか、血のつながりがあるかないか、それだけです。


今回のお話は、そんなペット・ロスに直面した二人の男と、離れ離れになってしまった猫をつなぎとめる少年と少女の4日間の奮闘、という構成になっています。
(もっと言えばそこに少年の家族が一堂に会するイベントや、水の精霊の一族がグランエスタードと交易を始めるというイベントが絡んでくるのですが……)



今作は前回と比べて短いですが、かなり重たい話でした。

前作のメインテーマが「絆」だったとすれば、今作は「命」。

もっとも、そんな風にかっこつけて物語を書くつもりはまったくなかったのですが、
「ミント」という猫のことを掘り下げているうちに、
登場する人物全員がそれぞれの「生」を持っていることに行きつき、
気付いたらこんなお話になっていたという感じです。

実はこのお話、アイデア自体は前作を書いている最中からあったもので、
お蔵入りさせるかどうか迷った末に書き起こしたという経緯があります。

前作のあとがきでも記しましたが、これ以降のお話を考えるにあたっては非常にデリケートな問題がいっぱい転がっているので、
それを一つ一つ想像して原作との整合性や、なにより読んだときに「納得できるか」を求めなければなりません。

しかし今回のお話は前作終了時点から1ヶ月後の4日間という短い期間かつ、登場人物が少ないという都合があったので、
どうせなら想像の中だけでも浮かばれないミントちゃんをなんとかしてあげたいと思い、書き起こすことにした次第です。

よって、このお話は「続編」というよりかは「外伝」に近いと思います。

また、展開が展開だけあって「マリベル節」も今回は控えめ。
彼女らしさが出せないのはもどかしいですが、これもまた少女の成長のためと思っていつもの元気いっぱいに毒を吐くマリベルは封印しました。

アルスも前作と比べるとだいぶ落ち着いた雰囲気にしました。
一応、作者の中では同一人物なので、様々な彼・彼女の中の一面という風に捉えていただければ幸いです。

他にもシャークアイの過去やプチット族の設定などは少し脚色させていただきました。悪しからず。

…………………

さて、次回についてですが、私情でこれから忙しくなるので当分ないか、もう書けないかのどちらかだと思います。
ですが、プレイヤー一人一人のドラクエ7があってよいと思うのでこれで良いのかもしれません。
(いつまでも皆さんにわたし個人の想像に付き合わせてしまうのもなんなので)

とにもかくにも、ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。

またどこかでご縁があるといいですね。





このお話の主な登場人物



・アルス
今作の主人公。現在18歳。アミット漁を終え、さらに一回り成長した。
シャークアイとバーンズ王の仲を取り持つなど重要な役割を果たす。
マリベルと共に過去のコスタールへ旅立ったことで、数奇な巡り合わせを目の当たりにすることになる。
性格はアニエス寄り?

・マリベル
今作のヒロイン。現在18歳。
アルスの失踪で憔悴していたが、彼が戻って一ヶ月経った今は身も心も全快に。
マール・デ・ドラゴーンの来航をきっかけに、「ミント」を巡って過去と現在を行き来する。
ミントに家族の絆を再確認させられた。

・ボルカノ
アルスの父親。
突然やってきたシャークアイを家に迎え入れ、「海の男」ではなく「家族」として親睦を深める。

・マーレ
アルスの産みの親。
シャークアイに料理を振舞ったり、アニエスとすぐに意気投合など、人当たりの良さは随一。
懐の深さはまさに海の如く。

・シャークアイ
アルスのもう一人の父親。海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領。
魔王との決戦前に妻であるアニエスのために飼い猫の「ミント」をコスタールに預けてきたという過去を持つ。
アルスとマリベルの活躍あってミントと再会を果たすが、
一方でそれまでミントを世話してくれた兵士に対して申し訳なく感じていた。

・アニエス
アルスのもう一人の母親。現在は人魚となってマール・デ・ドラゴーンの船長室にいる。
「ミント」のことで寂しがる夫を気に病んでいた。
息子に渡した涙の真珠をマリベルが持っていたことを知るが、彼女に持っているように言って聞かせる。
後にマーレと初の対面を果たし、同じ息子の母親として打ち解け合う。

・アミット
マリベルの父親。フィッシュベルの名士にして漁師を雇用する網元。
現在は娘に網元としての仕事を教えている。
娘を溺愛しており、なるべく傍に置いておきたいと願う一方、
のびのびと外で活躍することが娘の幸せだと理解し、今はそれを応援している。

・アミット夫人(*)
マリベルの母親。年齢をまったく感じさせない美麗な婦人。
娘とは似てもに使わない落ち着いた性格。
娘のことは常に心配しているが、夫と比べると放任主義。
アルスのことを非常に信頼しており、娘の婚約者としてかなり気さくに接してくれている。

・アミット邸のメイド(*)
マリベルの家に住み込みで働いている若い娘。通称「ですだよのネエちゃん」。
素敵な出会いのためにたまには休みが欲しいと思っている。
マール・デ・ドラゴーンのパーティーで……?

・バーンズ王
グランエスタードを統べる王。名君として評判。本名はバーンズ・グラン。
来訪したマール・デ・ドラゴーンと交易を結ぶ。
招待された船上の宴ではおおはしゃぎ。
現在はとある婦人と親しくしている。

・リーサ姫
グランエスタードの王女にしてバーンズ王の亡き后の忘れ形見。本名はリーサ・グラン。
おっとりした性格で非常に人懐こい、かわいらしいお姫様。
少しずつ大人の意見を口にするようになった一方で、母親のいない寂しさを抱えている。

・アイラ
元ユバールの民の踊り子にしてキーファの残した遺産。
現在はグランエスタードの王女としてアイラ・グランを名乗っている。
色気漂う妖艶な容姿をしており、引く手は数多だが本人はどこかうっとうしく感じている。
アルスやマリベル、ガボのお姉さん分として彼らを支える。

・ガボ
元狼の少年。現在は木こりの家で育て親の狼と暮らしている。
活発さは健在で見てるだけで飽きないが、ときどき痛烈な皮肉を言うことがある。

・メルビン
伝説の英雄にしてアルスたちの戦友。現在は天上の神殿で世界を見守りながら過ごしている。
時々地上に降りてきては昔の様に遊んでいるらしいが。


・コスタールの兵士(*)
過去のコスタールで兵士をしている青年。
一人ぼっちになってしまった「ミント」を世話していた。
その最期を看取ることはできなかったが、アルスたちに感謝し、
送られてきた形見を大事にして生涯を過ごしたらしい。
結果的にシャークアイやアルスたちの秘密を知る数少ない人物の一人となった。

・コスタール王
過去のコスタールを統治している王。民の信頼は厚い。
「シュクリナ」というホビット族の后がいたが魔物の襲撃で亡くしている。
そのことでホビットとの間に亀裂が入っていたが、アルスたちの活躍の甲斐あって現在は関係が修復しつつある。

・シエラ
過去のコスタールで防具屋を営んでいる男の妻。非常に心優しい女性。
現在は夫や息子、そして娘の「アルりん」と共に幸せに過ごしている。
初対面にもかかわらずマリベルに娘を抱かせてあげた。

・アルりん(*)
シエラと防具屋の店主との間に生まれた長女。もうすぐで1歳になる。
かつて魔王の呪いによって魔物に変えられていたがアルスたちの活躍によって元に戻る。
名前は恩人の名前にちなんでつけられたが、兄からは不評だった。

・ミント
シャークアイが大事にしていた灰色の猫。
詳しい年齢は不明だが、少なくともシャークアイが海に消えた7年前より生きている。
老衰のためほとんど外出はしていなかったが、死を悟ったその夜、
兵士の青年の家を抜け出して海の良く見える場所でその時を待っていたところ、アルスたちに発見される。
最期は元の飼い主の声で目を覚まし、その腕の中で息を引き取った。

・長老
水の精霊のチカラを受け継ぐ一族の長老。
シャークアイの教育者として、幼いころから彼を見守ってきた。
何故シャークアイがミントにこだわるのかをアルスとマリベルに話して聞かせる。

・ボロンゴ
海賊船マール・デ・ドラゴーンの船員。
アルスが船内にいるときはその世話役を請け負う。
「そそっかしく」て「どんくさい」が人当たりの良さから好かれている。

・カデル
海賊船マール・デ・ドラゴーンの副長。
舵を担うだけでなくシャークアイの相棒として船内では重要な立場にいる。
様々な号令をかけるのも彼の役割。

・プチット族の旅人×4(*)
アルスとマリベルが過去のコスタール大陸で出会った魔物の一座。
プチヒーロー、プチファイター、プチマージ、プチプリーストの4人編成。
元々プチプリーストはいなかったが、回復担当を求めてホビット族の洞くつへ潜入。
スカウトしたまではいいが、その帰りにオーガファイターの襲撃に合い壊滅に追い込まれる。
偶然通りかかったマリベルに窮地を救われ、その恩返しにと先を急ぐふたりを援護した。
最終的に復活の杖をマリベルにより託される。






おまけ







*「……え………。」

*「ねえ……。」





*「……ねえったら!」





*「わっ お おじょうさま どうなさいましただか……!?」

それはその日の夕食でのことだった。

マリベル「ねえ どうしたのよ さっきから。」

何を話しても“うわの空”の使用人を変に思い、少女が思い切って尋ねる。

*「えっ あ いや… なんでもないですだよっ。」

そう言って娘は両の掌を見せる。取り繕っていることなど既にバレバレだったのだが。

マリベル「だったら さっきから どうして ぼーっとしてるのかしら?」

興味のわいた少女はさらに問い詰める。

*「えーっと その……。」

マリベル「教えなきゃ クビにしちゃうわよ~?」

そう言って少女は意地悪な笑みを湛える。

アミット「これこれ マリベル。」

*「うふふふ。あなたも 乙女なら 秘密の一つや 二つ あるでしょう?」

マリベル「……ママは 何か 知ってそうね。」

*「さあ どうかしら? うふふっ。」

夫人は娘の疑いの眼差しを交わしながら上品に笑った。


*「…………………。」

マリベル「……もしかして 素敵な 出会いでも しちゃったかしら~?」

顔を赤らめて俯く娘に少女が鎌をかける。

……のだが。





*「なっ なにを おっしゃいますだか……!」





面白いほど簡単に釣れてしまった。

マリベル「……ふ~ん。」

*「あっ ちっとも 信用してませんね!」

はめられたと気づいた時には既に遅し。

使用人の娘は真っ赤になって抗議した。

マリベル「でっ お相手は?」

*「むぐぐっ……!」

マリベル「……ああ もしかして あの楽師さんかしら?」

*「えっ……!」

マリベル「……あんたも わかりやすいのね。」

目を見開いて言葉を失う娘に少女も苦笑い。

少女はあの宴の時のやりとりを王女と共にしっかりと見ていたのだ。


*「…………………。」

すっかり黙り込んで体をもじもじとさせる娘を見て少女は言った。

マリベル「まあ 頑張ればいいじゃない。」
マリベル「きっと 次に会えるのは そう 遠くないはずよ。」

*「えっ…?」

*「あら あなたが そんなこと言うなんて ちょっと 意外ね。」

アミット「ううむ……。」

少女の発した予想外な言葉に三人は目を丸くする。

マリベル「あんただって そろそろ いい歳なんだし いつまでも ここで くすぶってちゃ もったいないわ。」
マリベル「せっかくの 美人さんが 台無しよ。」
マリベル「まっ あたしほどじゃ ないけどね~。」

そう言って少女は何事もなかったかのように食事を再開した。

*「…………………。」
*「……はあ~。」

しばらく呆気に取られたように少女を見ていた娘だったが、やがてため息をつくと再び妄想の世界へと沈んでいくのだった。



*「うふふ…… わたしの王子さま……。」



マリベル「…………………。」
マリベル「本当に クビを 言い渡してみようかしら?」

*「まあっ。」

アミット「やれやれ。」










ここは閑静な港町フィッシュベル。

海賊戦の去った穏やかな町の一角。

網元の家は、今日も平和だった。



完。



スペシャルサンクス



このSSを作成するにあたり、一部のセリフを以下のサイトよりお借りしました。
管理人の 縞 さん、本当にありがとうございました。

『ドラクエ7 セリフ集』
http://slime7.nobody.jp/

原作に登場するキャラクターのセリフが網羅されていて原作ファンにはたまらないサイトです。
(管理人さん個人運営の二次創作サイトもあります。是非、遊びにいってみてください)

それから、前スレの>>999のタイトルロゴAAを描いてくださった方、本当にありがとうございました!
(見た時は思わず興奮してしまいました……)


このスレ立ったその日のうちに前スレ読破したけど読みやすくてよかった

>>226
な、なんと! 一日で……!
かなりの重労働だったことでしょう…
ここまでお付き合いくださりほんっとうにありがとうございました。


◇訂正

>>223

×:
海賊戦の去った穏やかな町の一角。

〇:
海賊船の去った穏やかな町の一角。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom