【ミリマス】可憐「タバコの香り」 (21)

帽子を被り、マスクをつけて。
髪色はウィッグをして黒に、服は出来るだけ大人っぽく見られるためにスーツを着て。
そしてこの必死の変装が見破られないことを祈りました。
「それならわざわざそんな危険なことしなくても……」と言うかもしれません。
けれどそれでも私は耐え切れなかったんです。あの人の匂いが薄れていくことが、消えていくことが。

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コンビニに入ると、私のほうを向きもせず「いらっしゃいませー」と店員さん。
私はまっすぐそこに向かい、
「に、……23番を、お、お願いします」
いつもあの人が言っていたのと同じようにそれの番号を告げた。

「460円になりまーす」
後ろの棚からそれを取り出した店員さんは、私のほうを見もせずに会計に移ります。
ピッと読み込む音が今日はやけに大きく聞こえました。
「お客さん」
ピッタリ用意していた小銭を取り出そうとした時、いきなり店員さんは私を呼びました。
「はっ、はい!」
バレた……?
「すいません、タッチお願いします」
それだけ言うと店員さんは、また私のほうを見なくなった。
「あっ、ああ、すいません」
液晶に触り、嘘をつく。
聞こえてしまうんじゃないかというくらいに心臓の音がする。
「ありがとうございました」
渡されたそれを手に取ると、私は急いでその店を立ち去りました。

今日ほど自分の容姿に感謝したことはありません。
そうじゃなければきっと買えなかっただろうから。

私、篠宮可憐は今、煙草を買いました。

思い返してみると、私とプロデューサーさんの会話の始まりは煙草でした。

「あの……煙草、吸われるんでしょうか」
挨拶もそこそこに私はプロデューサーさんにそう言いました。
そう言った時のプロデューサーさんの驚いた顔は今でも忘れられません。

「あ、あぁ。 しかし、驚いたなぁ。 一応吸った後はスプレーだってしてるし、ガムだって噛んでるのになぁ」

「わ、私、匂いにだけは敏感で……」

「そうなのか。 ふぅーん、歌でも、ダンスでもなく、嗅覚ねぇ。 面白いな、篠宮さんは」

「そ、そうですかね?」

「……しかしそうなるとタバコはまずいなぁ。 君の前では吸うつもりなかったけれどもさ。 気になっちゃうでしょ」

「あっ、あの、その……大丈夫です。なんかプロデューサーさんのタバコの匂いは落ち着くというか、……その、あの……」

「遠慮しなくていいよ? 」

「い、いえ本当です。 だから、そのお気になさらずに」

「……そう言ってもらえると俺もありがたいけれども」

実は禁煙、今までに3回失敗しててね。と恥ずかしそうな笑みを浮かべて、プロデューサーさんはそう言いました。

プロデューサーさんに言った言葉に、嘘はありません。
電車などとかで偶然に嗅いでしまうことがあったタバコの匂いは全く好きではなかったのに、初めて会ったのにその匂いだけはなぜだか不愉快に思いませんでした。

そして私とプロデューサーさんの二人三脚のアイドル活動が始まり、私はプロデューサーさんから様々なことを聞きました。

曰く、タバコはカッコつけのために吸い出したこと。
曰く、吸っている銘柄はセブンスターであるということ。
移動中にコンビニに寄るとプロデューサーさんは必ずその銘柄を慣れた様子で買っていました。

いろんなお仕事をしました。嬉しいことも、楽しいことも。時々恥ずかしいことや怖いことも。
そんな日々だったから思いもしなかったんです。簡単に壊れてしまうだなんて、そんな。
私のはじめてのソロ曲の『ちいさな恋の足音』。それが発売されて一週間もしないうちのことでした。

プロデューサーさんが事故にあいました。
即死だったそうです。
別れの言葉も、感謝の言葉もそのどれも伝いきれないまま、プロデューサーさんは私の声が届かないとこに行ってしまいました。

思い出を過去の光として埋葬することで、人は前へと進んでいける。
一週間もしたら、事務所は事故が起こる前と同じように動き出したました。
変わったのは、私だけ。
担当プロデューサーがいなくなった私は、琴葉さん、エレナさん、恵美ちゃんのトライスタービジョンを担当しているプロデューサーさんが担当してくださることになりました。
恵美ちゃんとは何度か一緒にお仕事をしたこともあったので、面識はありました。
カッコいい大人の女性の、私の新しいプロデューサーさん。
ただどうしても、「プロデューサーさん」とは呼べずにいました。
私にとっての「プロデューサーさん」はあの人だけですから。

それに、たぶんまだ実感がなかったんだと思います。
お葬式の時は綺麗な死化粧されていて、プロデューサーさんの匂いもなければ死の匂いもありませんでした。
そして事務所にはプロデューサーの匂いが、好きだったタバコの匂いがまだ残ってましたから。

でもそれは長くは続きはしませんでした。
生きている者は生きている限り、何かを発し続けます。
声だったり、思いだったり、……匂いだったり。
いなくなった者は何も発することはできません。そしてその人が発していたものは一つ一つ消えて、塗り替えられていきます。
薄れていくあの人の匂いをどうにか繋ぎ止めないと。
……じゃないと、じゃないと本当に。

ようやく自分の部屋にたどり着き、私はお行儀わるくベッドに身体を投げ出します。
気づかれなくて、本当に良かった。
警察の人もそうですけれども、ちょっと過保護気味なお父さんとお母さんのことです、私がタバコを買ったなんて知ったら卒倒しちゃいかねません。
誰にも秘密の、知っているのは私とプロデューサーさんだけの秘密であれば。

それは、なんてことないものでした。
紙に巻かれた草の葉っぱたち。
でも封を切って感じるその匂いは、確かに私が探していたプロデューサーさんとほぼ同じでした。
まだそんなに経ってないはずなのに、何年も嗅いでないようなそんな気分で。
ただこんな時ばかりは自分の鼻の良さに腹が立ちます。限りなく同じなのに、何が違う、どこが違うというのが分かってしまう。分からなければ幸せな匂いに包まれて終わったのに。

お皿の上にタバコを置き、マッチで火をつけます。
さっき足りていなかった火で焦げた匂いだけ、それさえあればプロデューサーさんの匂いがかえってくる。
その匂いに包まれれば、私は……プロデューサーとずっと、一緒に。
……あれ?
炎は巻いている紙を燃やしてくれます。
でも中の葉っぱには火は通っていきません。
紙の焦げた匂いだけ部屋に広がっていきます。
違う。こんなのプロデューサーさんの匂いじゃ、ない。
新しいタバコを取り出して、火をつけても結果は変わりません。
火をつける場所を変えてみても、何をしても香るのは紙が焦げる匂いだけ。
悲しみと絶望が私の胸に広がります。

匂いが存在しない。それはそれを発する人がこの世にはもういないということ。
プロデューサーさんがいなくなったという実感がようやく今湧いてきました。
まさか自分が忘れないようにするためのそれで、気づかされるなんて。
どうにもならない、そんな現実を。
どうにでもなればいい。
何もかも投げ出してしまいたかった。
でもそれは出来ないんです。
私がアイドルを辞めてしまったら、それこそ本当に「プロデューサー」としてあの人が残してしまったものがどんどん無くなっていってしまう。
だから私が、……あの人が街でスカウトして、アイドルにしてくれた篠宮可憐が存在し続けていれば……。
プロデューサーさんは、ずっと生き続ける。
そのために、私は歌いましょう、この声の限り。

お読みいただきまして、ありがとうございます。

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