バレンタインと142's【モバマス】 (9)

バレンタインが終わりましたね。収穫はいかがでしたか?
僕ですか? ゼロです。泣いてません。

142'sのバレンタイン話です。
間に合いませんでしたが、折角なので投稿します。
メインは輝子です。

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「ふ……フヒ……フヒヒヒッ!! ヒィィィィヤッハァァァァッッッッ!!」
「ふぎゃーーーー!!」


 ──とあるデパートの催事会場


「しょ、輝子さんっ! こんなところでいきなりメタルモード全開にならないでくださいっ!!」
「……あ、ご、ごめん……会場に溢れるリア充ムードにあてられて、つい……」

 周囲の視線を一身に浴びて滝のような冷や汗を流す幸子に、輝子は頭を掻きながら謝罪した。急な奇声に何事かと一斉に振り返った集団は、まさかその発生源が視線の先の小柄な女の子だとは想像も付かなかったのか、しばらく付近に視線を彷徨わせて自分たちの世界へと戻っていく。
 その様子を見てホッと一息つくと、幸子は情けない表情のまま輝子に言った。

「まったく、気をつけてくださいね! ここに来たいと言い出したのは輝子さんなんですから。騒ぐと追い出されちゃいますよ!」
「ご、ごめんね……」

 幸子のお説教にしょげかえる輝子。隣で見ていた小梅は微笑みながら「まぁまぁ……」と幸子をなだめると、改めて会場内を見渡した。

「それにしても、すごいね……たっくさんお店がある……」
「ふふーん! そうでしょうそうでしょう! ここはボクが良くパパとママに連れてきてもらう百貨店なんですけど、この時期になると全国、いえ、全世界の有名ショコラティエが集う、チョコレートの祭典が出来上がるんです!」

 そう言って幸子が両腕を広げた先には、多数の出張店舗が所狭しと並んでいる。百貨店の一階層ほぼ全てを埋め尽くすその規模は、確かに日本でも随一だ。
 会場は既に沢山の客で賑わっており、広めにとられた通路も人がいっぱいで、ともすれば足の踏み場も無い。至る所からチョコレートの甘い香りが漂い、人の熱気も相まってむせ返るような空間が出来上がっていた。

「見て回るだけで、日が暮れそうだな……」
「だから言ったでしょう? オフの日を合わせて正解でした。早くしないと、今日中に買い物が終わりませんからねぇ」
「そう、だね。さっそく、見に行こうよ」

 三人は迷子にならないように固まると、誘導の店員からもらったカタログを手にフロアを回り始めた。

「ところで、輝子さんと小梅さんは、どんなチョコレートにするか大体決まっているんですか?」

 幸子の問いかけに、輝子と小梅は同時に首を横に振った。

「チョコレートを買う、としか決めてなかったから……あんまり、考えてなかった……」
「私も……でも、折角だから、普段は食べられないようなのが、良いな」

 輝子と小梅の答えを聞いて、幸子は「うーん」と唸る。

「あんまり具体的な事は考えてなかったんですね、お二人とも。仕方無いですね、しらみつぶしに見て回りましょう!」

 そう言って、幸子は最初の店舗から一つ一つ二人を連れて見て回った。何処の店舗にも、綺麗に飾り付けられたチョコレートが宝石のように陳列しており、三人は目移りしながら歩いて行く。至る所で勧められる試食を頂戴しながら、彼女たちはショーケースを覗いて回った。
 彫刻のように美しく仕上げられたチョコ、惑星のような多彩な色彩を持つチョコ、ドライフルーツを散りばめた魅惑的なチョコ、舌に乗せただけでとろけてしまうような官能的なチョコ……。

「さ、幸子ちゃん……ちょ、ちょっと休憩、しよう……うぐ……」
「そ、そうだね……試食だけで、おなかいっぱいになりそう……」
「確かに、これはこれで結構キツいですね……休憩出来るスペースがありますから、そこで一旦休憩しましょう」

 勧められるままに試食を繰り返していた三人は、胸焼けしそうになるのを堪えながらスペースへと足を運んだ。ちょうど三人分空いていた長椅子に腰掛け、一息つく。その間にも、人の群れが間断なく店舗間を行き来しており、時間が経っても減るどころか増える一方だった。
 幸子が代表して買ってきたバニラアイスを食べながら、三人はカタログとにらめっこして次に何処を回るかをある程度絞り込む作業に入る。大分回ったと思ったが、まだ全体の三分の一程度しか回れていないらしい。チョコのサンプルを見ながら回る店舗の目星を付けたところで、幸子は輝子に尋ねた。

「それにしても、輝子さんからお誘いを受けるとはちょっと意外でした。何か切っ掛けでもあったんですか?」
「フヒ!? え、えと……それは、その……」

 突然の質問に、輝子は思わずアイスを取り落としそうになる。すんでの所で持ちこたえた輝子だったが、しどろもどろのまま固まってしまった。
 バレンタインのチョコレートをプロデューサーに渡したい。最初にそう言い出したのは、輝子だった。普段そう言ったイベントは『リア充のニオイが』などと言って避けようとする彼女だが、今回はどういう風の吹き回しか、幸子に具体的にどんなチョコを渡せば良いかまで相談していた。
 何かを知っているのかニコニコしている小梅の横で、輝子はグルグル回りそうな目を何とかおさえて恥ずかしそうに話し始めた。

「あの……プロデューサーが、この前ちひろさんからチョコレートをもらってるの、見ちゃったんだ。ほら、ちひろさん、しばらくお休みでしょ」
「そう言えば、旅行に行くって行ってましたねぇ。久しぶりの長期休暇だって嬉しそうにしてるの、ボクも見ましたけど」

 輝子の言葉に、幸子は相づちを打つ。ちょうどバレンタインを挟んだ一週間、休暇を取って海外に旅行に行くと言っていた。その間の事務作業は他のスタッフが代わりに行うと聞いている。
 二人の会話を拾って、小梅が後を続けた。

「それでね……ちひろさん、ちょっと早いけど、バレンタインだって言って、プロデューサーさんにチョコレートを渡してたの」
「プロデューサー、なんだか嬉しそうで……そしたら、なんだか私の中で、こう……モヤモヤしたものが浮かんできて……いてもたってもいられなくなってきて……」

 なるほど、と幸子は心の中で独りごちた。要するに、輝子はプロデューサーにチョコレートを渡したちひろにヤキモチを焼いているのだ。それで、対抗心を燃やして自分もチョコレートを贈りたくなった、と。
 輝子さんも素直なのかそうでもないのか分かりませんねぇ、と苦笑を呑み込みながら、幸子は代わりにため息をついた。

「分かりました! それじゃあ気合いを入れて選んで、プロデューサーさんをあっと言わせてあげましょう! ボクたちの、いえ、輝子さんのチョコレートで!」
「フヒ……あ、ありがとう、幸子ちゃん」
「お礼は選び終わってからにして下さい! まだまだ沢山お店を回らないといけませんからね!」
「う、うん……!」
「頑張ろうね、輝子ちゃん、幸子ちゃん」

 アイスの乗っていたコーンの最後の一かけを口中に放り込むと、三人は再び目の前の戦場へと足を踏み入れた。
 カタログで目星を付けたとは言え、回る店舗の残り数は二十はある。試食はここぞという所に絞り、三人は目を皿のようにしてショーケースの中を見て回る。
 ふと、輝子は一つの店舗の前で足を止めた。気付いた幸子が小梅とともに戻ると、彼女はショーケースに陳列されたチョコレートの一つに視線を固定している。

「輝子さん、良いの見つかりましたか?」

 そう声をかけながら幸子が輝子の視線の先を見やると、そこにはデフォルメされた可愛いキノコの形のチョコレートが陳列していた。軸の白い部分は共通で、傘の部分がカラフルに色づけされたチョコは、輝子のイメージには確かにぴったりだ。

「良いんじゃないですか、これ。ケースに入ってると高級感もありますし」

 輝子は彼女の言葉を聞きながら、ううんと唸っている。しばらくして、おずおずとショーケースに手を伸ばしたが、すぐに首を横に振って手を引っ込めてしまった。

「だ、ダメだ……やっぱり、これはやめよう……」
「どうして……? 輝子ちゃんらしくて、素敵だと思うよ……?」

 小梅も背中を押すように言うが、輝子はもう一度首を横に振ると、何かを決心したように言った。

「確かに、私のイメージにはピッタリなんだ……けど、そうじゃないんだ」

 振り切るようにケースから背を向け、彼女はポツリと呟く。

「私は、プロデューサーのイメージにピッタリなのを、贈りたいんだ……これ、ワガママ……かな」

 そう言って俯く輝子を見て、幸子と小梅は顔を見合わせると、二人して微笑んで彼女の背中をぽんと叩いた。

「何を言ってるんですか! そんなの、最高に決まってます!」
「うん……! きっと、プロデューサーさんも、喜んでくれるよ……」

 輝子は彼女たちの方を振り返ると、ふにゃっとした笑顔を浮かべた。そんな彼女を見て、幸子は「悔しいですけど、こういうときの輝子さんはボクと同じくらいカワイイんですよね……」と漏らし、小梅は嬉しそうにニパッと笑った。

 最終的に、最初に回った店舗も合わせてほぼ二周した三人は、へとへとになりながらもそれぞれこだわり抜いたチョコを買うことが出来た。途中から効率が悪いと踏んだ幸子の提案でバラバラに店舗を回ったため、誰がどんなチョコレートを買ったかは分からないままだ。

「フフーン! ボクにふさわしい、超絶カワイイチョコレートが買えました! 小梅さんはいかがでしたか?」
「私も、良いのが買えたよ……ふふ……」
「な、なんか笑顔が怖いですねぇ……ちなみに、どんなものを?」
「……ゼリーの目玉をはめ込んだ、髑髏型のチョコレート……」
「ふぎゃー! よ、予想の遙か上を行きますね……」

 小梅の選択に震えながらも、幸子は輝子にも話を向ける。

「輝子さんはいかがでしたか? イメージ通りのチョコレートは、ありましたか?」

 そう尋ねると、輝子はゆっくりと頷いた。

「うん……プロデューサー、喜んでくれるかな……」

 ほんの少し心配そうな顔で、輝子。幸子は拳を握りしめると、彼女の前でぶんぶん振り回しながら言った。

「輝子さんがあれだけ頑張って選んだチョコですよ! 喜ばなかったらボクがお仕置きしてあげます!」
「じゃ、じゃあ、私もお仕置き、しちゃおうかな……ふふ」
「あの、小梅さんが言うとなんかこう、シャレにならない雰囲気が……と、とにかく、プロデューサーさんが帰ってしまわないうちに、早く事務所に行って渡しちゃいましょう!」
「う、うん……!」

 幸子の提案に大きく頷いて、輝子は再び表情を緩めた。

 そうだな。きっと、喜んでくれるよな。
 人生初の、バレンタインのチョコレート。
 いっぱい勇気を振り絞ったから、今日だけは、ちょっとだけリア充気分で。




「しんゆう、はっぴーばれんたいん」





(了)

ありがとうございました。
昨日は輝子からチョコレートをもらった体で買い置きのチョコを食べました。
泣いてません。

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