果南「Guilty Kiss」 (19)


果南「はい、これ。鞠莉のぶん」

 表情には出ていないと思う。

 声色にも出ていないと思う。

 何の違和感も、不自然さもなく。

 私は、その包みを彼女に差し出した。

鞠莉「Oh,thank you! 果南ったら私にだけくれないのかと思ったわ」

果南「そんなわけないでしょ? タイミングが合わなかっただけ」

鞠莉「タイミング、ねぇ……」

 訝しみながら私が渡した包みを見つめる鞠莉に、心がざわつく。

 ああもう、なんでこんな気持ちになんなきゃいけないんだろう。

 バレンタインなんて、大っ嫌い。

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 今どき女の子同士でチョコレートをあげるのなんて、別に珍しくもなんともない。

 女子高である浦の星も、だから、バレンタインデーが無関係というわけではなくなってくる。

 Aquoursのメンバー同士でも渡しっこしていたし、私も他の部員にチョコをあげた。

 そう。だから、鞠莉にあげるのだってなにひとつおかしなところはない。

 そう、自分に言い聞かす。

鞠莉「じゃあ、果南の考えるベストタイミングっていうのはさ」

果南「え?」

鞠莉「部員がみーんな帰った後、夕日の差し込む二人きりの部室のことをさすの?」

果南「ぅ、え?」

鞠莉「だってそうでしょう? 他の子たちにはとっくに渡してたじゃない」

鞠莉「私に渡すベストタイミングは――今、ってこと?」

果南「いや、それは別に、」

鞠莉「ねえ、果南」

 遮るように。射抜くように。

 鞠莉の言葉が、まっすぐ飛んでくる。


鞠莉「これは――何チョコ?」


果南「――――」

 友チョコだよ。やだなぁ、変な勘違いしないでよ。他の子にあげたのとおんなじだよ。

 笑いながら、そう言ってしまえばよかったのに。

 言葉が、喉の奥から出ようとしない。

 それを言ってしまえば、とても大切ななにかを裏切ってしまうような気がしたから。

 だけど、その逡巡は、とても聡い鞠莉になにかを思わせるには十分な時間。

鞠莉「ふぅん。そっか」

果南「いやいやいや、なにか勘違いしてない? 鞠莉。それは別に、」

鞠莉「はい、私からもHappy Valentine」

果南「え? ……あ、えっと」

 ひょい、と。

 なんのためらいも、感慨もなく。

 鞠莉もまた、きれいな包みを私に差し出す。

果南「……ありがと」

 なんだか拍子抜けしたような気分。

 なぁんだ、私が勝手に深読みしただけか――

鞠莉「あ。本命だから、それ」

果南「――――っ」

 ――この子は、本当にずるい。


果南「――なに、言ってるの? つまんない冗談は、」

鞠莉「ホンキよ」

果南「っ」

鞠莉「ホンキの、本命。私から果南へ贈る、Loveの気持ち」


鞠莉「好きよ、果南」


果南「――――」


 言葉を返せず、沈黙に包まれる。

 それは、彼女の言葉が意外だったからでは、なくて。

 そんな気持ち、いやというほどにわかりきっていて。

 だけどそんなこと、今の今まで胸に秘めていたはずなのに。

 今になって彼女が、それを言葉にしてきたから。


果南「――わかってるの?」

鞠莉「なにが?」

 質問で返しながらも、鞠莉の顔には薄い笑顔が張られている。

 それだけでわかってしまった。

 彼女が、すべてを理解していることを。

果南「私たち、もうすぐ卒業でしょ!?」

 そんな不気味な余裕が無性に腹立たしくて。
 
 自分でも驚くくらいに声が荒ぶる。

果南「なんで今なの!? 今まで、ずっとずっと友達としてやってきたじゃん!」

果南「わかってるんでしょ!? 私が、鞠莉が、私たちが――」

鞠莉「そうね。離れ離れになるわね」

果南「っ!」

 憤る私を馬鹿にしてるのかってくらい、鞠莉の顔から余裕は消えない。

果南「でも、それなら!」

鞠莉「でも、じゃなくて。だから、よ」

果南「え?」

鞠莉「離れ離れになるから。だから、このままの関係じゃ嫌だったの」

鞠莉「ちゃんと、はっきりさせたかったのよ」

果南「――――」


鞠莉「果南は、この場所で大人になっていく」

鞠莉「私は、高校を卒業したら日本を去る」

鞠莉「ひょっとしたら、もう二度と私たちの人生が交わることはないかもしれない」

鞠莉「終わっちゃうのよ、もうすぐ」

鞠莉「そう考えたら――もう、黙ってなんていられなかったわ」

果南「――勝手だよ」

鞠莉「そうかしら?」

果南「勝手だよ! 鞠莉、私の気持ちなんて全然考えてくれてない!」

果南「私だって、私だって鞠莉のこと――!」

 そこから先は、言わないと決めていた言葉。

 ずっと胸に秘めたままにしようと決めた、想い。


果南「……終わっちゃうんだよ? たった二か月足らずで」

果南「決まってるんだよ? 終わることが」

果南「そんな関係……むなしすぎるよ」

 できることなら。私だって鞠莉と「そういう関係」になりたかった。

 だけど、それは期限付き。

 高校を卒業すれば、砂の城みたいにはかなく崩れ去る。

 そんなものに、一体なんの意味があるの?

鞠莉「――お花見ってさ」

果南「え?」

 ずっと黙って聞いていた鞠莉が次に喋ったのは、唐突な話題。

鞠莉「お花見ってさ。私最初、なにが楽しいかわからなかったの」

鞠莉「楽しく食事してPartyするだけなら、いつでもやればいいじゃないって」

鞠莉「わざわざ桜の木を愛でることに意味なんかないって。そう、思ってた」

果南「なに、言って、」

鞠莉「聞いて」

 だけど、鞠莉は。

 今までにない、真剣な顔だった。


鞠莉「だけどね、日本で暮らすうちにわかった」

鞠莉「はらはら散っていく桜の花の尊さ」

鞠莉「日本の人たちが、そこに意味を見出していることに」

鞠莉「『散るからこそ美しい』っていう感覚に。私も、気づけた」

果南「――――」

 そこまで聞いて、彼女が言わんとしていることをようやく理解する。

 終わることの美しさ。

 彼女もまた、そこに意味を見出したのだということに。

 だけど。

果南「――私たちの関係も、同じだって言うの?」

鞠莉「ええ」

果南「私は――そうは思わない」

果南「きれいな花なら、ずっと咲いてた方がいいに決まってる」

果南「子供みたいなわがままかもしれないけど、でも、みんなそう思ってるに決まってる」

果南「散らない花があるなら、そっちの方がいいに決まってる!」

鞠莉「――――」

 なんで。

 なんでよ、鞠莉。

 なんで、そんな――悲しそうな顔、するの?


鞠莉「散らない花。いつまでもきれいに咲いたままの花」

鞠莉「そんな花をなんて言うか、私、知ってるわ」

果南「え? ――あ、」

 鈍い私は、そこでようやく、自分の言葉の意味に気づく。

 彼女の悲しい顔の意味に、気づく。


     イミテーション
鞠莉「――造花、っていうのよ」


鞠莉「ずっと終わらない、ずっと変わらないままの関係」

鞠莉「そうね。私もそれがとっても理想的だと思うわ」

鞠莉「だけどね、果南。変わっていくの。立場も、心も、なにもかも」

鞠莉「変わらないものなんてないの。終わらないものなんてないの」

鞠莉「私たちの関係だって――偽物じゃ、ないはずよ」

果南「――――」

鞠莉「流れることをやめた水がよどんでいくように」

鞠莉「変わろうとすることをやめれば、それはいずれよどんでいく」

鞠莉「人と人との関係だって同じ。いつか訪れる別れがあるから、今を必死になれる」


鞠莉「全ては過ぎ去ってくの。だからこそ、きれいなのよ」


 なんだか歌の歌詞みたいね。

 照れながら、鞠莉はそう言った。


果南「――――」

鞠莉「ねえ、果南」

 黙ったままの私に、鞠莉は問いかける。

鞠莉「このチョコレートは――何チョコ?」

 もう、黙ってなんていられなかった。

 もう、観念するしかなかった。

果南「――本命、だよ」

鞠莉「そう。嬉しいわ」

 優しく、鞠莉は、そう言った。


鞠莉「School Idolと同じよ。決められた期限の中で精一杯輝きましょう?」

鞠莉「それが私たちらしいじゃない?」

果南「――――」

 私は俯いた顔を上げられなかった。

 ここで生まれた関係は、とてもシビア。

 育めば育むほどに、つらい別れと向き合うことになる。

 それがわかっていたから、私は大切な人の顔をまっすぐに見ることができなかった。

鞠莉「――もう! そんな顔しないの! 私たちせっかくLoverになれたんだから!」

鞠莉「ほら――こっち、向いて?」

果南「あ……」

 あたたかな手が、私の両頬に触れて。

鞠莉「ん――」

 そのまま、二人の距離がゼロになる。


 唇に触れた柔らかな感触。ひだまりのようなぬくもり。

 そのすべてが嬉しくて、悲しくて。

 私の頬をあたたかな雫が伝う。

 終わりへ向かう私たちの関係の始まりである、その口づけは。

 
 とても甘い、罪の味がした。

以上

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