兄「これからチョコ作り?」妹「うん、兄貴も手伝ってね」(21)


「──おりゃーーー!」ドサァッ

「またえらい買い込んできたな、妹よ」

「そりゃそうでしょ。女子中学生がバレンタインにかける情熱を重さや体積で表せば、スーパーの袋まるひとつ分くらいにはなっちゃうって」フンス

「ほほう、それほどまでに情熱を向ける相手がいるって事か」

「まあ実際にはバドミントン部のみんな、男女問わず送りあいっこするからね」

「なんじゃそりゃ、ロマンスじゃないじゃん」

「可愛い妹が誰かのものにならなくて良かったね!」

「どうせなら俺と気の合いそうな義弟を連れてきてくれよな」


「なんで兄貴の趣味に合わせて彼氏選ばなきゃいけないのよ、バカじゃないの」

「娘は父親に似た男を好きになるって言うぞ?」

「父さんと兄貴あんまり似てないじゃん」

「あ、それって告白? 父親に似てないヒトを好きになりました~的な?」

「どういう回路してんの。父さんに似たヒトを好きになった場合、兄貴と馬が合うかどうかは判らないって意味以外無いよ」

「冷たいのぅ」

「冷たくはない、普通でしょ。それどころかこんな風に仲良く話せる時点で、割とレアな兄妹関係だと思うけど?」

「仲良く!」フンスフンス

「リピートせんでいいっ!」アセアセ


「で、これからチョコ作り?」

「うん、兄貴も手伝ってね」

「は? 貰う側に手伝わせんの?」

「貰う前提なのはなんで? まあ、あげるけどさ」

「だって激レア仲良し兄妹ですし」

「あーもう、忘れようそれ」

「折に触れて言うわ。……で、どう手伝えって?」

「本当に作るところを手伝って欲しいんじゃないよ。こう……男の人が実際どんなチョコを好んで、どんな演出を求めてるか? 本音のとこを教えてくれたらなって」

「いいけど、それが気になるって事はやっぱり本命いるんじゃん?」

「おっと……それ以上の詮索はやめてもらおう、チョコの具材になりたくなかったらな」キラーン

「少なくとも肉とチョコは合わんと思うよ」


「そんで? 兄貴はどんなチョコを貰ったら嬉しい?」

「うーん……やっぱ、男は少し甘さ控えめなのを好む傾向が強いと思うんだよな」

「うん、それは予想してた。一応ベース素材としてブラックの板チョコ買ってある」

「あれはそのままで美味い。なんならあれを板チョコのまんまで貰っても、下手な手作りチョコ貰うより嬉しい」

「これからする予定の努力を、根本から打ち砕かないでくれる?」チッ

「あとは好みの分かれるところかもしれないけど、俺はナッツ系は好きだな」

「アーモンドとかマカダミアとかだね」

「うん、そんでナッツの入ったチョコを好む人ならたぶんナッツ感が強いほど嬉しいと思うんだよな。そうじゃない人は何も入ってないプレーンなチョコを好むだろうし」

「なるほど、もりだくさんにゴロゴロ入ってるのがいいのかな?」

「いや、ナッツの量は多過ぎず少な過ぎずが望ましい。ちゃんとチョコレート菓子だっていう感覚は欲しいからね」

「難しいこと言うね……」ウーン…


「だから量の多少じゃなくて、風味の強いナッツが入ってると嬉しいんだよ。その点で言うとやっぱりアーモンドよりマカダミアの方が香ばしさがある気がする」

「ふんふん」メモメモ

「まあ、アーモンドチョコもマカダミアのそれも、割と安物しか食べた事ないから偉そうは言えないんだけどね」

「同じ安物同士ならそう……って事だね」

「で、それを考えるとだ。なんでもっとポピュラーにならないんだろう? と思える、すごく香ばしさの強いナッツチョコがある」

「ほほう、ポピュラーじゃないって事は新鮮味がありそうでイイね。なんのナッツ使ってるの?」

「ヒントは手で剥く……というか殻を割るところから楽しい、おつまみに最適なナッツだって事かな」

「手で殻を割る……解った! 落花生だ!」

「ピーナッツチョコって、めっちゃポピュラーでしょ」

「ぐぬぬ……じゃあ、クルミ?」

「クルミを手で割れたら相当な戦闘力だな」


「他に殻付きのナッツ……わかんない」

「答えはこの台所、親父のおつまみをストックしてある中にある」

「え、それ勝手に使って大丈夫かな」

「もしもバレたら切り抜けるための手段はひとつ。申し訳なさそうに肩を竦めて俯き、上目遣いで……3、2、1、はい」


「お父さんにあげるチョコに、お父さんの好きなものを入れようと思ったの……」グスッ


「完璧だ、怒られるどころか小遣いが期待できるだろう。……ほら、あったぞ」ゴソゴソ…ヒョイ

「あ、見た事ある! なんとかチオ!」

「心乱れるからチオだけとるのはやめるんだ」

「正しくはなんだっけ?」

「フェ……ピスタチオだ、決して間違えるんじゃないぞ」


「ピスタチオのチョコって、美味しいの?」

「食べた事ないけど、製品としても存在する。そして不味いわけは無いだろうと思う」

「ふんふん、じゃあ貰った人は喜ぶかな?」

「まあ俺なら喜ぶね。ナッツ系好きなら嫌がるとは思えないな」

「そっか……目新しさもあるし、いいかも」

「少し塩気があるからな、チョコの甘さも引き立つだろ。だからこそ元々の甘さは控えめなビターチョコが合いそうに思う」

「おっけぃ、ピスタチオチョコに決めたチオ!」

「それほんとにやめるチオ、兄は心配してしまうチオ」アセアセ


「それで、チョコのカタチやラッピングはどんな風にするのがいいかな」

「でっかいハート型のチョコってインパクトはあるけど、特にナッツが入ってたりするとかじった時にうっかり落ちちゃったり食べ難くもあるんだよな」

「じゃあひと口サイズ?」

「それが親切だろうな。ギザギザの紙カップとか使えば作り易くもあるんじゃないか?」

「そだね、でもそれだと袋にゴロゴロっていうより何か箱とかあった方がいいかな……」

「いや、袋にゴロゴロの方がいいだろう」

「え? そうなの?」

「そりゃ箱に並べれば小綺麗ではあるだろうさ、なんなら高級感さえ演出できるかも……でも求めてるのはそこじゃないんだな」チッチッチッ

「じゃあ、どこよ?」

「ひとことで言えば『不器用だし素材はあり合わせのものしか使えなかったけど、最大限がんばって可愛くラッピングしたつもり感』かな」

「ひとこと長げぇ。でも、めっちゃ理解した」


「うーん……俺が教えられるとしたら、そんなとこかな? 作り方はさっぱり解んないし」

「大丈夫、ばっちり参考になった」フンス

「兄のアドバイスを素直に聞き入れる……さすが激レア仲良し兄妹」ウンウン

「……思ってたより役に立ったから許す」

「嬉しい癖に!」キャッ

「こんな形で仲良しの時代が終わりを告げるなんてね」フッ…

「やめろ、やめるからやめろ」

「……よし、じゃあいっちょ頑張って作るかぁ!」

「乙女なイベントに臨むのに、男前な気合いの入れ方やめよう?」

「とろける乙女心、込めちゃうゾ!」キラーン

「わざとらしい! でも、その意気だ!」ケラケラ

「いぇーい──!」ケラケラ


………


…真夜中


「──あと……5袋……」ゴソゴソ…シュルシュル…

「最初に間違えてピスタチオを殻ごと入れちゃったのが痛かった……」ハァ

「味見で歯が逝くかと思ったチオ……」ゲホゲホ


…カチャッ


「おいおい、まだやってたのか?」フワワ…

「兄貴……ちょっと最初に失敗しちゃってさ」

「寒っ、ファンヒーター点いてないじゃん」

「灯油が切れたみたいで、でもキリが悪いし手に灯油つけたくなかったし……」

「しゃーねーな、入れてきてやっから早く仕上げろよ」

「うん、もうちょっとだから──」ゲホゲホ


……………
………


…翌日、バレンタインデー


「──で、風邪を引きました……と」

「じ……自分がアホすぎて死にたい……」ハァ…ハァ…

「まあ、頑張ったよ。好きな相手には他の娘に先越されるかもしれないけど、頑張ったよ」

「……兄貴は? 大学行かなくていいの?」

「今日は午後からでいい、昼前にはおふくろ帰るだろうし看病のバトンタッチするわ」

「39度あるしインフルかもしれないよ……伝染ったら……」ハァ…ハァ…

「予防接種受けたから、たぶん大丈夫じゃないかな」

「……ごめんね、せっかくアドバイス貰ったのに」ゴホゴホ

「いいから、黙って寝てろって」

「うん……」ハァ…


(……みんな、チョコ交換してるかなぁ)ハァ…ハァ…

(えっちゃん、先輩にチョコ渡せたのかな……)

(もしインフルエンザだったら、一週間は登校できないな……)ゲホゲホ

(一週間も遅れてチョコ渡すなんて、格好悪くてできないよ)

(それにインフルの菌が入ってるかもしれないチョコとか……)ハァ…ハァ…

(でも──)


「──兄貴」ボソッ

「ん?」

「せめて……兄貴にだけ、今日チョコ渡すよ……机の上の、自分で取ってくれる?」ハァ…ハァ…

「……そだな、せっかく頑張ったんだし。どれを貰えばいい?」

「一番……大きいやつ……」ゲホゲホ

「いいのか? ……まあ、本命として作ったやつこそ丸っきりの無駄にはしたくないか。なんか悪りぃな」ガサッ

「風邪菌入ってるかもだけど……嫌じゃなかったら食べてよ……予防接種してんでしょ?」ハァ…ハァ…

「うん、頂きます」ヒョイ…パクッ、ボリボリ

「…………」ドキドキ

「……うまい、すごく。思った通りの味で、予想以上に美味しいよ」モグモグ

「そか……良かった──」ゲホッゲホ…ッ


(──不幸中の幸い、かな)ハァ…ハァ…

(本命の相手、誰かに先を越される事は無かったし)

(本人の好みを聞いて作ったんだから、ハズレる訳も無いしね……)ゴホゴホ


「このひと袋はラッピングも手間かけて凝ってたのに、俺が開けるなんて……なんかごめんな」ポリポリ

「不器用だし、素材はあり合わせのものしか使えなかったけど……最大限がんばって可愛くラッピングしてみたよ……なんてね」ニヤリ

「うんうん、出来てる、出来てたよ」ヨシヨシ

「……報われた」ボソッ

「ん?」

「何でもないチオ」プイ


(ほんと、我ながら……激レアだよね──)ゲホゲホッ



【おしまい】

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