絵里「チョコレート・キス」(7)

 バレンタインデイ。恋人にチョコレートを贈る日。引いては、親しい人に親愛の意味を込めてチョコレートを贈る日。
 その前日である今日。私はことりとともにチョコレート作りに精を出していた。
 μ'sのみんなやいつも手伝ってくれてるあの三人。そして、妹の亜里沙。
 チョコレートを渡す相手はたくさんいる。そのなかに素敵な男性が混じっていないのが少し残念ではあるけれど。
 ま、色恋沙汰に手を出せるほどの余裕はないし、複数のことに本気になれるほど私は器用じゃない。
 素敵な恋は大人になってから、だ。

 小皿に乗せられた丸く茶色い塊をひとつ、口に運ぶ。ほんのりとした苦みと、じんわりと溶け出す柔らかな甘み。舌で転がせばカカオの匂いが鼻を通り抜ける。
 チョコレート作りは無事終了した。今はラッピングを終え、残ったチョコレートを食している。
「今日は手伝ってもらっちゃってごめんなさいね」
「ううん。毎年やってることだし。……こんなに作るのは、初めてだけど」
 と、ことりは困ったように笑う。しかしどこか嬉しそうでもある。
 贈る相手がいるというのは喜ばしいことだ。去年は、亜里沙と希くらいにしか渡さなかった。お店で買った、少々値が張るものを。
 二人だけならともかく、μ'sのみんなや他の人にも、となるとさすがに懐が心もとない。
 だから手作りをする運びとなったのだが。
「……そういえば、ことりの分を作ってないわね」
「へ?」
 一緒に作っていたせいか、忘れていた。いま保管されているチョコレートのなかに、私がことりに贈るものは入っていない。
 新しく作ろうにも材料はない。あるとすれば、いまつまんでいるものくらい。
 ……ふむ。

「ほら、私があなたに贈るものがないでしょう?」
「え~、一緒に作ったんだから気にしなくていいのに」
「それだと私の気が済まないの。だから」
 小皿からひとつチョコレートをつまむ。席を離れ、ことりの傍に立つ。
「え、絵里ちゃん?」
「だから、これがプ・レ・ゼ・ン・ト」
 つまんだチョコレートを半分だけ口にはさむ。ことりの肩を優しくつかみ、露出したチョコレートを向ける。
「へ?」
 困惑することりに、反対の手でチョコと、ことりの唇を交互にさす。それでようやく意味を理解したのか、顔がゆでだこのように赤くなる。
「え、えー……、あう」
 うつむいたり、ちらりとこちら……チョコレートを見たり。ことりはそわそわと落ち着きがない。
 じわりと口のなかに甘みが広がる。当たり前だがチョコが溶けてきたのだ。トントン、と指で叩いて催促する。
 耳まで真っ赤にしたことりが舌を向く。さらりとした髪で顔が見えなくなる。
 そろそろ、潮時だろうか。さすがにからかいがすぎたかもしれない。今度、なにかお詫びをしなければならないだろう。
 少しばかり反省しつつ、チョコの全部を口に入れようとしたところで
「――」
 ガバリとことりが顔を上げる。両の手が私の後頭部に伸びたかと思えば、唇に柔らかな感触。チョコレートとは違う甘いにおいが鼻腔をくすぐる。
 ざらりとした感触が口内を暴れまわり、そこに残っていたチョコを奪い取っていく。
「――は」
 いったいどれほどの時間をそうしていたのか。気付けば私の口にあったチョコはきれいさっぱりなくなり、代わりにことりがなにやら口を動かしていた。
 いま、まさか。私とことりは。
「今度は、わたしの番だね」
 真っ赤なままのことりが、どこか座った瞳でそういった。あまりの事態に腰を抜かしている私に対してマウントポジションを取ると、小皿から取ったチョコをついばむ。
 ゆっくりとことりの顔が近付く。顔は両手で固定され、背けることすらできない。
 わずかに潤んだ目と、どこか淫靡な雰囲気な表情を見て。
 美人だなと。状況にそぐわないそんなことを思った。

 親鳥の雛鳥に対する餌やりのような行為が終わった後で、部屋にはなんともいえない空気が漂っていた。
 原因は、私にある。しかし、まさか本当に乗ってくるとは思わなかったわけで。
 いや、そのことでことりを責めるつもりはないけれど。
「――絵里ちゃんは」
「は、はい!」
「絵里ちゃんは、その、そっちの人、なの?」
「へっ、あ、いや、違う、わ?」
「……疑問系、なんだ」
 その、なんだ。私の数少ない恋愛経験……といっても、そういった感情を抱いたくらいだけれど、そのときは男の子だった。
 でも、今のは、確かに。どうしようもなく。
「……ドキドキした、もの」
 親愛の意味を込めてキスするのは、日本ではあまり見ないけれど、風習としては存在する。
 それに、そもそも同性同士でキスしたからといって、ここまでドキドキするものだろうか。
 経緯が経緯だけになにが正しいとかはいえないけれど。でも、友達とキスする程度だったら、ある種事故のように処理もできたはずだ。
 そもそも初めは、からかうだけのつもりだったわけだし。
「絵里ちゃんもなんだ」
「私、も?」
「わたしも、すっごくドキドキした。冗談かと思ったけど、すぐ離してくれなかったし。もしかして本気なのかなって。それに絵里ちゃん、美人だし」
 やはり、からかいが過ぎたのだ。大いに反省するべきだろう。
「それで、わたしたち、どうするの?」
「どうするって?」
「……付き合ったり?」
「へぁっ」
「キス、しちゃったし」
 それは、そうだが。しかし軽率に決めるべきではないだろう。なにせ私たちは学生で、女同士なのだから。
 同時に、時間をかけてもいられないのだ。なにせラブライブが控えているのだから。
「……ほ、ホワイトデーに結論を出しましょう?」
 先延ばしにしたわけじゃないと。言い訳をしたい。

おわり
ホワイトデー編に続かない

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