蜘蛛娘「我に更なる贄を捧げよ」通訳娘「ひもじいから食物もっと下さいと言ってます」 (32)

町人「馬鹿な!こちらは正当な対価を払っている!」

町人「毎年、これだけの物資を渡せば森を通行しても構わないと、約定が取り交わされていたはずだ!」


通訳娘「何か物資が必要な状況になりましたか、手助けできる範囲でお助けいたします、と言ってます」


蜘蛛娘「ほっほっほ、我が眷属は今や森の大半を取り仕切るほどに勢力を拡大させておる」

蜘蛛娘「勢力図が変われば、関係も変わる、当然の事であろう?」


通訳娘「子供がたくさん生まれたからお祝いが欲しい、と言っておられます」


町人「子供ぉ!?ご近所さんじゃねえんだぞ!ふざけるな!」


通訳娘「お待ちください、町人さん」

通訳娘「彼ら亜人と、我ら人間は、言ってみれば隣人です」

通訳娘「ご近所さんとさして変わらぬ関係であるべきだと思いますが」


町人「け、けど」




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通訳娘「それに、冷静に考えてみてください」

通訳娘「蜘蛛娘さん達の勢力は、森の大半を手中に居れています」

通訳娘「つまり、彼女達との契約を続ければ、これまで以上の安全な保障されるという事です」

通訳娘「それを利用し、森の中に新たな道を設ければ、新たな流通も生まれるでしょう」

通訳娘「それは、町人さん達にとって大きな利益になると思いますが」


町人「……」

町人「……1割増しが限度だ、それ以上は、今は約束できん」


通訳娘「要求を受け入れたいが突然の事で物資が1割増程度しか用意できない、と言ってます」


蜘蛛娘「はん、それだけでは、足りぬのう」

蜘蛛娘「だが、無い物を出せというのも酷であろう」

蜘蛛娘「……なれば、娘子よ」


通訳娘「はい?」


蜘蛛娘「町人どもが物資を持ってくるまで、そなたが贄として残れ」


通訳娘「あー……」


町人「どうした?」

蜘蛛娘「どうした、要求は飲めぬか、娘子よ」

蜘蛛娘「く、くくく、もし約定が違えられたならば」

蜘蛛娘「我が餓えた眷属たちは、怒り狂うやもしれぬなぁ」


ガサガサガサガサガサガサガサガサガサ


町人「ひっ!?森の、木の上から音が!?」


カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリッ


通訳娘「これ、は……蜘蛛娘さん」

蜘蛛娘「なんじゃ」

通訳娘「条約では、人間が一人、亜人が一人、通訳が一人で会談するよう取り交わされていたはずですが」

通訳娘「……自分達の子を、ここに連れてきたのですか」

蜘蛛娘「当然じゃ、狡猾な人間相手に、群れの主が一人で立ち会う訳でなかろう」

通訳娘「……」

町人「お、おい!これどうなってるんだ!?おい!」ユサユサ

通訳娘「……大丈夫です、町人さん」

通訳娘「交渉は完了しました」

通訳娘「町人さんは、町に戻って追加の物資を持ってきてください」

町人「わ、わかった」

通訳娘「私はまだ、蜘蛛娘さんとお話がありますので」

ガサガサガサガサガサ

キキ、キキキキキ、キキキキキキキキキ

ガリガリガリガリガリ


蜘蛛娘「ほっほっほ、残ったか娘子よ」

蜘蛛娘「なあに、怖がらずとも良い、別に取って食おうという訳ではないのだ」

蜘蛛娘「我は、以前からお主に興味があった」

蜘蛛娘「ほれ、この奥にある我らの巣まで来るがよい」

蜘蛛娘「少し、話をしようではないか」


蜘蛛の姫様はそう仰います。

しかし、私には聞こえているのです。

木の上にいる、蜘蛛の子達の囁きが。

「ケッコンだー、ケッコンだー」

「ケッコンシキだー、ユイノウだー」

「ニンゲンなのにー、クモなのにー」

「ケッコンするぞー、ケッコンしたぞー」


通訳娘「蜘蛛のお姫様」

蜘蛛女「その呼び方はくすぐったいが、なんじゃ」

通訳娘「私は、通訳者です」

蜘蛛娘「知っておるよ、お主は我らが亜人の言葉を聞くことができる、数少ない存在の一人じゃ」

通訳娘「はい、私の耳には貴方達の言葉が聞こえています」

蜘蛛娘「素晴らしい能力じゃの」

通訳娘「そこで質問なのですが」

蜘蛛娘「なんじゃ」

通訳娘「私達って、結婚するんですか」

蜘蛛娘「……な」

通訳娘「?」

蜘蛛娘「な、な、な、なにを言うておるのだ人間の子娘が」

蜘蛛娘「この、この我が、長く続く蜘蛛族の純血種たるこの我が」

蜘蛛娘「に、に、人間の娘と結婚するはずなかろう」

蜘蛛娘「あまり、妙な事を言うと、食ろうてしまうぞ!」

通訳娘「はい、すみませんでした」

蜘蛛娘「……あ、うむ」

通訳娘「……」

蜘蛛娘「……違うのじゃ、別に本当に怒った訳ではなくての」

蜘蛛娘「ほれ、我にも面子というものがあるのじゃ、子供たちが見ている前で無様な言葉は履けぬのだ……」


ザワザワザワザワ

ガチガチガチガチガチ


木々の上からは、何やら不満げな声が響きます。

しかし、それらは蜘蛛の姫様がギラリと睨むと、掻き消えてしまいました。

蜘蛛娘「さあ、これで邪魔者は居なくなったの」

蜘蛛娘「まあ、寛いでくれ、そこの繭はクッションになっている故な、座っても構わぬ」

通訳娘「はい、中々良い座り心地ですね」ボヨンボヨン

蜘蛛娘「そうか、用意した甲斐が……」

通訳娘「用意して下さったのですか」

蜘蛛娘「……ない、ないぞ、用意してなぞいない」

通訳娘「……その奥にあるのは、ウェディングドレスですか?」

蜘蛛娘「おお、目敏いな、これは我の糸で編んだものでな」

蜘蛛娘「森の泉に100日浸して清めてから編んだものだ」

蜘蛛娘「光沢が違うであろう、その辺の芋虫が吐き出した糸とは全く違うのじゃ」

通訳娘「ご自身で着られるんですか?サイズがずいぶん違うように思えますが」

蜘蛛娘「そりゃあ当然、お主用に……」

通訳娘「私用に?」

蜘蛛娘「……違う、違うぞ、まったく違う」

通訳娘「はぁ」

蜘蛛娘「話を、逸らさんでくれ」

蜘蛛娘「我は、お主と話をするために呼んだのじゃ」

蜘蛛娘「部屋の感想は、それが終わってからにしてくれぬか」

通訳娘「お話って、なんでしょう」

蜘蛛娘「……」

通訳娘「蜘蛛のお姫様?」

蜘蛛娘「いや、どこから話せばいいのか……」

通訳娘「最初から、でいいですよ、聞くのは得意ですから」

蜘蛛娘「うむ、最初から、か」

蜘蛛娘「……」

「最初に、お主とあったのは、3年前だったかの」

「お主は、その頃から奇妙な娘だった」

「我らの声を聴くだけでない、我らを恐れていなかった」

「何度追い返されても、お主はめげずに我の元を訪れた」

「私の言葉を聞いてください、と」

「正直、うんざりしていたのだぞ、我は」

「何度食ろうてやろうかと思ったか知らぬ」

「お主が食われなかったのは……身体がやせ細っていたからじゃ」

「背も小さく、胸もなく、肉付きも悪く、肌の色も青白い」

「そんな小娘に、誰が食欲なぞ湧く物か」

「むう、そうふくれるな、別に侮蔑するつもりはなかったのじゃ、すまぬ」

「とにかく、我はとうとうお主の熱意に折れた」

「町人と条件を決め、約定を取り交わした」

「町から物資を渡す代わりに、森を通る町人たちを攻撃せぬと」

「損な約定だと思うたぞ」

「人間の肉に勝る栄養があるとは、思えんかったからな」

「お主はともかく、町で肥え太った人間達は、かなりの美味じゃからの」

「しかし、現実は違った」

「町からくる物資は、実に美味かった、何より滋養に満ちていた」

「我が眷属はそれらを食らい、みるみる成長し、みるみる増えた」

「すべて、お主が交渉の窓口になってくれたからだと、今では理解している」

「本当に感謝している」

「結婚しよう」

通訳娘「少しお待ちください、あれ、翻訳ミスかな」

蜘蛛娘「むう、茶化すな」

通訳娘「いえ、何か、話の流れと最後の結論が合致していない気がしまして」

蜘蛛娘「そうかの?妥当な流れかと思うたが」

蜘蛛娘「と、ともかくじゃ、我は、お主に、何というか」

蜘蛛娘「惹かれて、おるのじゃ」

蜘蛛娘「人間は嫌いじゃが、お主は違う」

蜘蛛娘「お主は、我を一つ個として見てくれる」

蜘蛛娘「化け物ではなく、同等の存在として見てくれる」

蜘蛛娘「それがとても眩しくて、愛おしく感じるのじゃ」

通訳娘「……そう、ですか」

蜘蛛娘「お主は、蜘蛛は嫌いか?」

通訳娘「いえ、私は言葉が通じる相手なら、誰であれ好きです」

蜘蛛娘「な、なれば」

通訳娘「逆に言うと、言葉が通じない相手は、嫌いです」

蜘蛛娘「言葉の通じぬ、相手?」

通訳娘「言葉が通じない相手とは、言葉で交わした事を無碍にする方の事です」

通訳娘「例えば」

通訳娘「約束を破る方とか」

蜘蛛娘「あ……」

通訳娘「そういう方とは、私は合いません」

蜘蛛娘「……ち、違うのじゃ、あれは、その」

蜘蛛娘「交渉の為の手札として、我が子を木々の上に配していただけなのじゃ」

蜘蛛娘「決して、決して襲おうなどと考えていたわけでは……」

通訳娘「どんな理由であれ、約束は、約束です」

通訳娘「蜘蛛のお姫様」

蜘蛛娘「な、なんじゃ」

通訳娘「私は、貴女の事を尊敬していました」

通訳娘「私みたいな小娘の言葉を聞いて、嫌いな人間達との交渉に応じてくださったのですから」

通訳娘「正直言うと、好意も抱いていました、ライクな意味合いで」

通訳娘「けど、今は……」

蜘蛛娘「は、はい……」

通訳娘「……私は、貴女と結婚するつもりには、なれません」

蜘蛛娘「……」

通訳娘「では、私は帰らせていただきます」

蜘蛛娘「あ、ま、待て、約束というなら、先ほど我と交わした約束は……」

蜘蛛娘「我は、我はお主にここに残れと……」

通訳娘「そんな約束に同意した覚えはありません」

通訳娘「私は、蜘蛛のお姫様が何故約束を破ったのか、聞きに来ただけです」

通訳娘「町人さんには、交渉は決裂した、と伝えておきます」

通訳娘「森が使用できなくなるのは流通的に痛いでしょうが……交渉が決裂したのであれば仕方ありませんから」

蜘蛛娘「ま、待ってくれぬか、あの条件は取り消す、今までの物資だけで構わぬから……」

通訳娘「ありがとうございます、最後の通訳ですし、ちゃんと町人さんに伝えておきますね」

蜘蛛娘「あ、ああ、あああああ……」

通訳娘「さようなら、蜘蛛のお姫様」

私が巣から出てくると、木々の上から子供たちの声が聞こえてきました。


「フラれたー、フラれたー」

「ケッコンできない、ケッコンしないー」

「ニンゲンだから、クモだからー」

「メイワクかけて、ゴメンなさーい」

「ホントにキライ、スキ、キライ?」


子供の声には逆らえません。

だから私は、正直に答えます。

子供達にもわかる声で。


「結婚はしませんが、嫌いではありませんよ」

「あの方と過ごした時間は、割と長いですから」

「色々苦労した分、切っても切れない縁があります」

「けど、今後も似たようなことをされると困りますので」

「ちょっと、お灸をすえただけです」

「このことは、内緒にしてくださいね」

「また、蜘蛛のお姫様の頭が冷えた頃に、お邪魔します」

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