果南「これだから金持ちは……」 (52)

短め果南誕SS
地の文あり
鞠莉視点

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てくてくと廊下を歩く。

理事長の仕事も一段落、久しぶりの解放感に思わず鼻歌を歌う。

もうすぐ果南の誕生日。

今年は何を買おうか。

特別なやつがいい。

小原家の力を存分に使って、果南のために――。

去年は郵送だった。それだって、ちゃんとしたプレゼントを選んだつもりだった。けれど。

2年ぶりに直接渡すという機会に、少し緊張してしまっていた。

鞠莉「ん? 部室から何か聞こえるわね……。何を――」

ドアに伸ばした手を引っ込める。

果南の声だ。

反射的に耳を澄ませていた。


―――


千歌『ねえねえ果南ちゃん! 誕生日プレゼント何がいい?』

果南『ええ……。それ聞いちゃうの? まあいいけど』

梨子『ふふ、千歌ちゃんったら。でも、私も気になるなあ』

果南『うーん、そうだな……。あんまり高すぎないのがいい、かな』

千歌『高くないの?』

果南『うん、ほら、鞠莉は高いのくれるんだけど、何だか申し訳なくてね……』

果南『そこまでしなくても十分うれしいのに……ってさ』

千歌『あー……』

梨子『うーん……』


―――



鞠莉「……」

扉から耳を離す。

鞠莉「なんてこと、なんてことなの……」

衝撃だった。

果南がそんなことを考えていたなんて。

自分のプレゼントが、そんなことを考えさせていたなんて。

ショックで泣きたくなった。しかし同時に、ふつふつと怒りが沸いてきていた。

鞠莉「Guiltyよ……。Guiltyだわ、果南」

私の渾身の愛を、なんて言い草。

曜「よーそろーっと、あれ、鞠莉さん? 入らないの?」

がしっと。

曜「ふえっ!? い、いきなり手なんか握って…?」

鞠莉「いくわよ、曜!」

曜「ど、どこに…?」

鞠莉「Shopping !」

曜「へ…? か、買い物?」

鞠莉「果南のプレゼントを買いに行くわよっ!!」

今年はあんなこと、言わせないんだから。


――――――

―――


「これだから金持ちは……」

なにかとそう言って、果南はよく背中を軽く叩いてくる。

果南がそう口にするたびに、ずきりと胸が痛くなる。

なんてことはない、からかうようなその言葉が、自分と果南の間に見えない壁を造り出すようだった。

鞠莉「私だって、わかってる……」

わかっている。本当はわかっている。

自分がどれだけ恵まれているのか。

特別なものを手にしているのか。

他の皆が、どれだけ"この立場"を欲しているのか。

それでも、果南にそう言われるのがつらくて、嫌いだった。


――――――

―――

曜「鞠莉さん? 大丈夫?」

鞠莉「え? あ、ええ、大丈夫よ!」

ふと気が付くと、曜が心配そうに顔を覗き込んでいた。

少し遠出して、ショッピングモール。

曜と2人、ぶらぶらと服屋や雑貨屋を回って、階段近くのベンチで休憩しているところだった。

曜「でも意外だな……」

鞠莉「What's ? 何が?」

曜「鞠莉さんが一緒に買い物に行こうって言ったこと。だって鞠莉さんなら、自分で果南ちゃんのプレゼント買ってきそうだったからさ」

鞠莉「今年はそういうわけにはいかないの! だから曜、徹底的にリサーチさせてもらうわよ!」


曜が捕まったのは幸いだった。

曜ならセンスに間違いはないだろうし、果南が嫌がるほど高いものも選ばないだろう。

それと同じくらいの価格帯で探せばいい……。

自分の知らない基準を満たさなければいけないプレッシャーに、生唾を飲み込む。

曜「そ、そんな怖い顔されても……。私も普通のプレゼント選ぶだけだよ?」

鞠莉「それでいいわよ。むしろ、そうでなくちゃ」

曜「……? まあ、いいけど……」

どこか納得のいかないような顔で、曜が立ち上がった。



――――

鞠莉「Wow! こんなのもあるのね!」

曜「そうそう! おもしろいよねこれ。キャッチコピーもおかしいんだよ。」

鞠莉「ぷっ、なにこれ、くだらなさすぎ……!」

あれから、曜や千歌がいつもプレゼントを選ぶという店に連れて行ってもらっていた。

色とりどりの商品が乱雑に並ぶ売り場に目を丸める。

いつも行くブランド店とは全く違う。

静謐な雰囲気を醸し出すあちらと違って、こちらはなんだか、お祭りのような……。

曜「鞠莉さん、ひょっとしてこういうところ初めて?」

鞠莉「来たのは初めて、ではないはずだけど……。しっかり物色したのは初めてかもしれないわ」

しげしげと使いどころもわからない商品を観察し、棚に戻す。

曜「ちゃんと見ると楽しいでしょ。千歌ちゃんと来ると、ここで2,3時間使っちゃったりして」

鞠莉「たしかにそれくらい、いけちゃいそうね!」

きゃあきゃあと騒ぎながら店内を歩く2人が目に浮かぶようだ。

自然と笑みがこぼれる。

鞠莉「さて、プレゼントを探さないと、ね?」


曜「それならこっちの方とか? 可愛い雑貨とか、文房具コーナー。最近は化粧道具もたくさんあるけど、合う合わないがあるからなぁ……」

鞠莉「ふむふむ」

曜「ほら、この辺なんか値段も手ごろでしょ?」

曜がきらきらと飾られた棚の一角を示していった。

数千円程度の品がずらりと並んでいる。

なるほど、これくらいでいいのか。

曜「あ、でもね。他の人とかぶっちゃったりするかもね。皆使うお店だからさ」

鞠莉「ええっ、ダメじゃない!」

曜「だから、買ったらちゃんと報告するんだよ。ここの文具コーナーは今のところ誰も買ってなさそうだから、私はこれにしようかな……」

そういうと、曜は洒落た筆箱を手に取った。


鞠莉「ああ、そういえば果南、筆箱のチャックが引っかかるって言ってたわね」

曜「そうそう、練習でもぼやくくらいなんだから、相当不便だろうなって」

曜「前通った時にこれ見つけてさ、「あっ」と思って、お金貯めてたんだよね」

鞠莉「なるほど! 曜の愛も侮れないわね!」

曜「あ、愛って……。そういえば鞠莉さんは何を買うの? もし筆箱なら……」

鞠莉「私は防寒具をあげるわ! 果南、いっつもぼろぼろのをつけてきてて。見てるこっちが寒くなっちゃうもの」

もう2月だが、まだまだ寒い。

だと言うのに、果南は動きやすいからと薄い服ばかり着て、防寒具も家にある適当なものをつけているだけだった。


曜「あー、果南ちゃん物持ちいいからねえ……」

手袋とかマフラーはあっちだよ、そういう曜についていく。

鞠莉「ううむ……。果南には……青、は無難すぎるし、黄色か、緑か……」

曜「わかる!悩むよね。めちゃくちゃ品ぞろえがいいわけでもないしさ。かっこいいのは高かったりして」

鞠莉「こんなの……」

もっといい店で探せば。

ショッピングモールの奥にある、ブランド店に行けば。

鞠莉「すぐにいいのが見つかるのに……」

曜「え? ごめん、なんて?」

鞠莉「……ううん、なんでもないわ」

値段と、色と、素材と。

多くのことを考えて、あっちを取って、こっちを捨てて。

最善を考えていればよかった今までよりも、なんだか難しい作業をしているような気分だった。


鞠莉「そりゃ何時間もかかるわよねぇ……」

これだ!と思ったものをポンと買ってしまう自分には、「数時間探し回った」というような皆の体験談が不思議で仕方なかった。

しかし、今日はいくら時間があっても足りないようだった。おまけに。

曜「マフラーとか手袋なら、あっちの服屋さんにも売ってるんじゃないかなぁ」

曜「あそこは服も高くないし、ちょうどいいかも」

なんて曜が言い出すものだから、服屋巡りまで始まってしまった。

モールの端から端まで歩いて、また戻って。

どこの店に候補があったか必死に忘れないようにしながら、また歩いて。

鞠莉「はぁ……」

曜「あはは、お疲れさま。」

おかげで、閉店間際にはすっかり疲れ切ってしまっていた。

鞠莉「もう! 足がstickになっちゃう!」

曜「私もさすがにたくさん歩いたなぁ……」

鞠莉「Oh, sorry, 曜。連れまわしちゃって」

曜「ううん、気にしないで! いろんなお店、見るだけで楽しかったし、衣装の参考にもなったし!」

曜「それに、プレゼントが見つかってよかったよ! 今度のパーティーで一緒に渡そうね!」

鞠莉「そうね、最後の方は、少しバタバタしちゃったけど……」


数時間の徘徊の末、どうにかこうにかマフラーを購入していた。

黄色。少し薄手。端には青い魚の刺繍。やや形が崩れている。

本当は、もう少し濃い色がよかった。もう少し厚くてしっかりした生地がよかった。

しかし、その両方を満たすものはなかなか見つからなかった。あっても値段は倍以上。

曜の反応を見るに、果南の言う「高いの」に入るのだろう。

鞠莉「こんなものなのね。思ったより全然しないわ」

ちらりとレシートを見る。4500円。

例年より、ずっと財布に優しい買い物だった。

それだって、高校生が友人に送るにはかなりの値段なのだと、曜は言った。

そうなのだろうか。

不思議に思う一方で、ある種の基準を得た安心感もあった。

これからはこれくらいのものを買えばそれでいい。


曜「プレゼント、今度のパーティーで渡すんだよね。鞠莉さんもそこで渡すの?」

鞠莉「ええ、そのつもりよ! 見てなさい果南! 私だってちゃんと選べるんだから!」

思ったよりも大きな声が出た。

曜「おお、すごい熱気……。うん、これだけ悩んだんだもん! きっといけるヨーソロー!」

びしっとポーズを決めながら、曜がけらけらと笑う。

自分も笑いながら、頭では別のことを考えていた。

本当にいけるだろうか。

果南は、喜んでくれるだろうか。

申し訳ないなんて思わないでいてくれるだろうか。

こんなもので、よかったのだろうか。

自分の手にした紙袋が、なんだかとてつもなく「つまらないもの」のような、そんな気がした。

プレゼントを買ったのに気分が晴れないなんて、初めての経験だった。



――――――

―――


千歌「それでは! 果南ちゃんのお誕生日を祝って――!」

「「「かんぱーいっ!!」」」

がしゃがしゃと騒がしくグラスがぶつかる音がする。

果南の誕生日パーティーは黒澤家で行われていた。

和室に似合わない飾りつけやケーキを囲んで9人が座っている。

果南「皆、ありがとう。私のためにわざわざこんな……」

ダイヤ「うちのことでしたら心配は無用ですわ! 家族も承知のことですので、今日だけは存分に楽しんでください」

ルビィ「お母さんが果南さんの好きなものつくってくれてるよ!」

果南「え、ほんと? おばさんの料理は美味しいから、楽しみだなぁ」

にこにこと、上機嫌で果南が料理をつついている。


曜「鞠莉さん鞠莉さん、準備できてる?」

隣の曜が肩を叩いてきた。

鞠莉「Of course! しっかり持ってきたわよ!」

曜「うんうん! じゃあさっそく……」

千歌と目配せしあった曜が立ち上がる。


曜「はいはーい! さっそくお待ちかね! プレゼントの時間だよー!」

千歌「いえーい!」


果南「ほんとありがとね、皆……」

果南はぽりぽりと頬を掻いている。

自分はというと、曜の宣言でまた緊張してきてしまっていた。

よかったのだろうか。

このプレゼントで正解だっただろうか。

曜と一緒に買い物に行った日から、何百回と繰り返した問いを、また自分に投げかける。


梨子「どういう順番で渡す? 学年順とか?」

花丸「マルは何番でもいいずらよ」

善子「マリーは一番じゃなくていいの?」

鞠莉「……」

ダイヤ「鞠莉さん?」

鞠莉「あ、そ、そうね! マリーは最後! そう、トリを飾るのよ!」

何となく先延ばしにしたくて、とっさにそう言った。

千歌「おお……、さすが鞠莉さん! これは果南ちゃん、期待ですなぁ!」

果南「まったく鞠莉ったら……」

果南は相変わらずにこにこしている。

鞠莉「ふ、ふふん、待ってなさいよ果南!」

果南「あはは、楽しみにしてる」

自分でハードルを上げてしまったような気がするが、時すでに遅し。

1年生から順にお渡し会が始まるのだった。



――――――

果南「わっ、これシュノーケリングの道具? 結構したんじゃ……」

花丸「1年生3人からのプレゼントずら!」

ルビィ「そうそう、皆で出し合ったんだ!」

善子「果南さんと言えばやっぱり海だものね!」

1年生がわいわい果南を取り囲んでフィンやらゴーグルやらをつけさせようとしている。

果南「ちょ、ここで暴れないでよ! ひゃっ! そこ違うってば!」

曜「なるほど……! さすが海の女、果南ちゃん!」

果南「ちょっと曜、どういうこと!」

千歌「どうもこうも、そのままの意味だよー! ほら、次は2年生の3人だよ!」


梨子「うん! 私たちは別々に買ったんだけど……。はい、どうぞ」

果南「ありがとう、梨子。これは……髪飾り?」

千歌「うわあ、綺麗! さっすが梨子ちゃん!」

梨子「ふふ…、奮発しちゃいました」

曜「私からはこれ! 使ってくれたらうれしいな!」

果南「曜は……筆箱か。チャック壊れてたんだよね。ありがとう!」

助かるよ、そう言って果南はくしゃくしゃと曜の頭を撫でた。

千歌「はいはい! 千歌はこれ!」

果南「イヤホン?」

千歌「そう! 私のとお揃いなのだ!」

果南「へえ……! ふふっ、毎日使うね」

曜「聞いて聞いて果南ちゃん。千歌ちゃんったら、このためにおこづかい前借りしたのすっかり忘れて、この前ね……」

果南「相変わらず千歌はうっかりやさんだね。でも、ありがと!」


幸せそうな果南の顔をぼんやりと眺める。

部屋には優しい空気が流れているのに、自分の動悸は収まってくれそうになかった。

どうしてだろう。

なんで、こんなに苦しいのだろう。

ダイヤ「ほら、最後はわたくしたちですわよ」

袖をくいっと引っ張られても、うまく足が前に出なかった。

ダイヤ「鞠莉さん、どうかしましたか……?」

鞠莉「え、えっと、その……」

果南「鞠莉?」

不思議そうな果南の目を見た瞬間、突然逃げ出したくなった。

本当にあのプレゼントでよかったのだろうか。

もっといいものがあったのではないか。


1年生はお金を出しあった。

曜は前々からお金を貯めていた。

千歌はおこづかいを前借りした。

梨子も奮発したと言っていた。

ダイヤもきっと、素敵なプレゼントを選んだのだろう。

皆は果南のことを考えて、努力をして、いつもと違うことをして、自分を律して。

それに比べて、自分は。

果南のために、何をしたのだろうか。


     ―――こんなものなのね。


そんなことを考えながら、プレゼントを買った。

もっといい商品がある。もっとあげたいものがある。

それなのに、適当に。

今年は例年よりも出費が少なくていいわね、なんて、そんなことまで考えてはいなかっただろうか。

渡せない。

こんな気持ちで買ったもの、やっぱり。


鞠莉「………ない」

果南「へ?」

鞠莉「プレゼント、ない……」

直前まで握っていた袋を鞄に押し込めた。


言ってしまった。最悪だ。

気まずい沈黙が場に落ちる。

もう後戻りはできそうになかった。

ダイヤ「え、ま、鞠莉さん?」

鞠莉「プレゼント、買ってない。ごめん、ごめんなさい……」

曜「え、嘘、そんなはず! だって!」


果南「曜、いいよ。ほら鞠莉、顔あげて? 私そんなことで怒ったりしないよ」

鞠莉「……うん」

果南「ほ、ほら! 私だってよく約束すっぽかしちゃうしさ!」

鞠莉「……うん、ごめん」

果南「……鞠莉」

困ったような果南の声に、耐えられなかった。

頭が真っ白だった。

どうしてもっと考えなかったのだろう。

そんな後悔ばかりが浮かんできて。

くるりと踵を返して、部屋から飛び出した。

誰かが何かを言っていた気がするが、まるで耳に入ってこなかった。



――――――

―――


とぼとぼと砂浜を歩く。

ざざ、ざざっと寄せて返す波が、冷たい風を運んで来ていた。

コートも着ずに来てしまったせいか、寒さにぶるりと身体が震える。

マフラーをつければ暖かいだろうか。

緩慢な動きで鞄から紙袋を取り出した。

鞠莉「渡せなかったな……」

渡したほうがよかったのではないか。

何をあげても、果南ならきっとありがとうと言って、微笑んでくれたのではないだろうか。

外気で冷えた頭で、今更ながらに思い返す。

鞠莉「でも! こんなの……!」

乱暴に袋を開け、マフラーを取り出す。

びりりと破れた袋を放り投げ、マフラーを首に巻き付ける。


鞠莉「……寒いわ」

いつもの自分のマフラーのほうが、ずっと暖かい。

ずずっと鼻をすすりながら、階段に座り込む。

鞠莉「寒い……寒いよ……ぐすっ、うぅ……っ」

ずっと我慢していた涙が、ぽろぽろと零れてゆく。

鞠莉「ごめんなさい、ごめんなさい果南……っ!」

プレゼント、あげられなくてごめん。

寒いマフラーを選んじゃってごめん。

今まで、高いプレゼントを押し付けてごめん。

不器用でごめん。

お金に頼ってばかりでごめん。

いつも振り回してごめん。

こんな季節にこんなところで身を震わせる自分が、ちっぽけで、誰にも気づかれないような、そんな存在になってしまったような気がした。

今日のこと、今までのこと、無関係なこと。ばらばらに、ただ謝った。


果南「……鞠莉」

鞠莉「……!」

不意に、後ろから声が聞こえてきた。

鞠莉「……果南……ぐすっ……」

果南「あーあ……こんなに冷えちゃって」

肩からふわりとコートを着せられる。

果南「それに、これ鞠莉のでしょ? ポイ捨てしたなんて聞いたら、ダイヤが怒るよ」

後ろから回された果南の手には、びりびりに破れた包装紙が握られていた。

鞠莉「それ……」

果南「曜に、聞いたよ。」

鞠莉「っ!」

果南「ちゃんとあるんでしょ? プレゼント。初めて見るし、そのマフラーだったりする?」

鞠莉「……」

振り返らずに黙っている自分にむかって、果南がくすりと笑ったのが聞こえた。


ふわりとすぐ後ろから抱きしめられる。

果南「鞠ー莉!」

鞠莉「ひゃっ!」

果南がくるくるとマフラーを外して、自分の首に半分だけ巻きつけた。

果南「おお……暖かいね」

鞠莉「寒いわよ」

果南「ううん、暖かいよ。鞠莉がくれたやつだもん」

鞠莉「あげてないわよ」

この期に及んで、自分はまだ意地を張っているようだった。

果南「もう、相変わらずだなあ」

耳元で笑う声が妙にくすぐったかった。


果南「ね、鞠莉」

真剣な声で、果南が切り出した。

果南「あの日、私たちが話してるの、聞いちゃった?」

鞠莉「えっ……」

どうして。

曜にも話していなかったのに。

果南「ほら、曜と買い物に行っちゃった日のこと考えたらさ、そうかなって」

鞠莉「やけに鋭いのね。果南じゃないみたい」

果南「きっついなあ、もう」

果南「あの日さ、あの後、ダイヤも話に加わってさ」

鞠莉「ダイヤも……?」

それは知らなかった。自分はすぐに曜を連れて出掛けてしまった。

ダイヤには後でこってり絞られたが。


果南「うん、それでさ、ダイヤに怒られちゃった」

鞠莉「怒られた? ダイヤに?」

果南「そう。見損なったってさ。鞠莉のプレゼントくらい、全部受けとめてみせろってさ。思いっきり怒鳴られたよ」

鞠莉「だ、ダイヤ……」

気恥ずかしさに顔が熱くなる。

果南「私ね。私……怖かったんだと、思う」

鞠莉「こわ、かった……?」

果南「うん。鞠莉はお金持ちでさ。うちはそうでもなくて……そんなこと、小学生のころには気づいてたし、今更気にしてない。ほんとだよ」

一度ぎゅっとこちらの肩を抱きなおすと、果南は続けた。

果南「でもさ、誕生日とか、クリスマスとか……、鞠莉がくれるプレゼントはいつもすっごく素敵でさ。見たことないものばっかりで……」

果南「楽しみだったんだ。誰のよりも。鞠莉がにこにこしながらプレゼントくれるのが、ほんとに」

鞠莉「……っ…ほん、とう…?」

苦しませていたのかと思ってた。

自分のプレゼントは、重荷でしかなかったのかと。


果南「ほんとだよ。いつだって、うれしかった。でもさ、たまに怖くなるんだ」

果南「私は、鞠莉の笑顔と、鞠莉がくれるプレゼントと、どっちがうれしいんだろうって……」

鞠莉「……」

果南「私、嫌だったんだ。鞠莉との関係が、お金とか、プレゼントとか、そういうものに置き換わっていくのが」

果南「怖かったんだ。私が、すごく汚いやつになったんじゃないかって。鞠莉の綺麗な笑顔を汚してるんじゃないかって」

鞠莉「果南……」

微かに、果南の声は震えていた。


果南「そう言ったら、ダイヤがね……『鞠莉さんはちょっと自分勝手で空気が読めないだけなのですわ! あなたも何も考えずに喜ぶくらいの度量を見せなさい!』……だってさ」

鞠莉「えっ、あれ? ひどくない?」

果南「あははっ、ダイヤったら、大真面目にそんなこと言うからおかしくって」


果南「それにね。今日、わかったんだ」

鞠莉「今日?」

果南「そう。鞠莉がプレゼントないって言ったとき。鞠莉が、すっごく悲しそうな顔をしてた時」

果南「私、プレゼントのことなんて全く気にしなかった。ただ、鞠莉どうしたのかなって。なんでそんな顔してるのかなって思って」

鞠莉「……うぅ」

改めて言われると恥ずかしい。なんだかさっきから主導権を取られてばかりだ。

果南「自信が持てたんだ。やっぱり鞠莉は大事な人だった。どんな状況でも、どんな時でも。私、ちゃんとそう思えてた」

鞠莉「か、果南……」

果南「ふふっ、鞠莉、顔真っ赤」

鞠莉「なっ、し、仕方ないじゃ――って、もう、果南も真っ赤なんじゃない」

ちらりと横を見てみれば、赤くなった果南の頬が見えた。


果南「え、そ、そう? ほら、寒いから」

さらっと誤魔化した果南を肘でつつく。

果南「くすぐったいってば。……まあとにかくさ、だから、その、気にしないでほしいんだ。鞠莉は鞠莉の好きなものをくれれば――」

果南「あれ、こんなこと言うとやっぱり高いものが欲しいみたいだな……。うーん、勝手にして、は違うし、好きにして、も違うし……」

真剣な声から一転、果南はああでもないこうでもないと、もごもごし始めた。これでは全くきまらない。

鞠莉「んふ、ふふふっ」

鞠莉「もう、最後くらいしっかりきめてよね!」

果南「あはは…、ごめんね鞠莉。こういう性分で」

鞠莉「……ううん」

鞠莉「よかった……」

果南「え?」

鞠莉「私、果南にとって、重荷だったんじゃないかって。ダイヤの言う通り、自分勝手に押し付けてただけなんじゃないかって思って……」


果南「……」

果南「そういうものなのかも、しれないね」

鞠莉「そういうもの?」

果南「プレゼントとか、お祝いとかさ。それって結局、自分勝手に押し付けてるだけなのかもしれないなって」

果南の言葉に考え込む。

そうかもしれない。

自分はいつも、果南に持っていてほしいものを、着てほしい服を、食べてほしいものをあげてきた。

それは果南のため?

いや、そんな果南を見たいから。果南の笑顔を見たいから。ありがとうの一言が欲しいから。

鞠莉「それで……いいのかも、しれないわ。お互い、自分勝手に押し付けあって、「ありがとう」も「どういたしまして」も言い合って」

鞠莉「気にしないでって言うのは私の方。私は、ダイヤの言う通り、いつだって自分勝手に、果南のことを考えるフリして自分のやりたいようにしてきたの。だからプレゼントだって、私はあげたいものをあげるのよ」

果南「そっか……」


鞠莉「私ね、それ、忘れてた。「あげたいもの」じゃなくて、「あげてもいいもの」を探して……。だから、急にこんなの渡せないって思って……」

鞠莉「だからね。このマフラーは、あげられないわ。だって、「あげたいもの」じゃないんだもの」

果南「え、ええー…。もったいなくない?」

鞠莉「今の流れでそういうこと言う!?」

ぐいっと果南をひきはがして向き直る。


鞠莉「ぁ……」

目の前では、黄色のマフラーをくちゃくちゃに巻いた果南が、顔を真っ赤にして、目元をやや潤ませて。

それでも、心底幸せそうな顔をして、座っていた。


果南「私、結構気に入ったんだけどなぁ。ほら、鞠莉と一緒に巻いたって思い出も出来たし」

鞠莉「なっ、なな、なあっ……!」

のほほんと笑う果南に、だんだんと身体の力が抜けていく。


鞠莉「はあ……。全く、幸せそうにしちゃって……」

何もかもが、予定外だった。

それでも、一番見たかった顔を見ることができた。ずっと、望んだ笑顔を。

鞠莉「し、仕方ないわね! それはあげることにするわ。マリーからのプレゼントよ!」

果南「やったね」

鞠莉「でも!」

果南「ん?」

鞠莉「期間限定、なんだから! 来年の…ううん、次のクリスマスまで!」

果南「うわ、短いなあ……」

わざとらしく文句を言う果南をぺしりと叩く。

果南「あいたっ! ……ほら鞠莉、もう立てるなら帰ろう? 皆、まだ待ってるんじゃないかな」

鞠莉「うっ……、戻るの恥ずかしい……」

果南「まあまあ。心配かけたんだし、ね?」


わかったわよ、なんて強がりながら立ち上がる。

もう1回、なんてせがむ果南に根負けして、マフラーを半分ずつ巻いて歩く。

足は少ししか前に出せないし、首は痛いし。果南の頬は冷たいし。

鞠莉「でも、暖かい……」

果南「うん、暖かい。ありがとね、鞠莉」

果南が隣でにこりと笑う。

鞠莉「どういたしまして」

自分もにこりと笑顔を返す。

鞠莉「ね、果南」

果南「んー?」

鞠莉「誕生日、おめでとう」

果南「……ありがとっ!」

マフラーを巻く首が、つないだ手が、果南の感触の残った背中が、じんわりと暖かくなってゆく。

ここ数日の緊張が嘘のように、ゆるやかで、幸せな気分に浸る。


悪くなかった。果南と過ごして、ちょっぴり真面目な話もして、笑顔を見て。

これからは皆とパーティーのやり直しだ。

ああ、でも。

鞠莉「やっぱり、私の愛はこんなものじゃないわ!」

気にしないでと言われたんだ。気にしないでと言ったんだ。

だから、次こそ「あげたいもの」を。


鞠莉「次は、カシミア100%なんだから! 暖かいわよ! 楽しみにしててね、果南っ!」


びしっと指を突きつけると、呆れたようにため息ひとつ。


果南「これだから金持ちは……」


この言葉も、ちょっぴり好きになれそうな、そんな気がした。



――――――

――――

――

おわりです。朝からお目汚し失礼しました。

過去作
ダイヤ「あ、この写真…。」
ダイヤ「あ、この写真…。」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472722396/l50)

梨子「え、本当にこのメンバーなの…?」
梨子「ほ、本当にこのメンバーなの…?」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1481357131/)

など

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