モバP「南条光が泣く瞬間?」 (18)

思わず聞き返す。
「光が泣いたのって見たことある?」 前振りも何もなく、いきなり問い掛けてきたのは小関麗奈。

清く正しい悪の道を邁進せんとする自称・大悪党で、自分が担当している数少ないアイドルの1人だ。

南条光と言うのは同じく担当しているアイドルで、小関とは対象に正義の味方に憧れ、そうならんとすべく努力を欠かさぬアイドルである。

悪を志す者と正義を目指す者、対象とはいえ、お互い憎からず思っているように見えるのだが……さて。

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「そうよ、アンタ担当なんだから、一回くらい見たことあるでしょ?」

どうした小関、いつにも増して唐突だな。

「悪ってのはそういうもんよ。常にヒーロー裏をかき、先手を取るの。だから、愚民から見ると何事も突飛に見えるってワケ」

フフン、と得意げに笑う白い歯とおでこが眩しい。

なるほど、確かにテレビのヒーロー物でも、行動は悪者が先に起こしている気がする。

「で、見たことあるの?」

改めて聞かれると……どうだったかな。


ーー初めてのお仕事。まだ見ぬ世界に期待を膨らませ、その瞳を輝かせていた。

ーー初めての失敗。拳を握り、歯を食いしばり、悔しさに耐えていた。

ーー初めての握手会。来た人全てを忘れまいと、しっかりファンを見据えていた。

ーー初めてのライブ。みんなに夢を与えるアタシのスーパーお仕事タイムはこれからだ!と熱く燃えていた。

ーータンスの角に小指をぶつけた時。く、うぅ……ヒーローは決して挫けないぞ……!と強がっていた。

……あれ、泣いてなくね?
思い返すと、泣いているシーンが一切浮かばない。
初ライブとか普通泣くよね? 何で打ち切りっぽい事言って決意を新たにしてるの? 超かっこいいんだけど南条さん。


「ねえ、ちょっと。黙ってないで何とか言いなさいよ。ねえってば。……ちょっと、ほんとに大丈夫?」

おっと失礼。悪いが、南条が泣いてるのは見た事無いな。
少なくとも、お前が泣いた場面ではあいつは泣いてなかったよ。

「アタシの事はどうでもいいのよっ! 泣いてないし!」

はいはい。

「て言うか本当に無いの? 何かこう、苦手な物とか、弱点とか……」

好き嫌い無く何でもよく食べるし、苦手な物……ああ、あれだ、シルバーブルーーそれはやめなさい。

っス、サーセン。

でも、他には……そうだ、さっき冷蔵庫にプリン入れてたぞ。スイーツファイブの撮影で貰ったどこぞの高級プリンだとか。

「ナイス、それよ! 帰って来た時にそのプリンがどうにかなってたら……」

なってたら? いや、あんまり酷いのは止めるけども。

「なんてね。いくらアタシでも、プリンに手を出す程落ちぶれちゃいないわ。アタシは南条を泣かせて這いつくばらせたいだけであって、プリン自体が憎いわけじゃないもの」

優しいんだか優しくないんだか。

「優しいワケないでしょ! アタシは悪の帝王、悪のカリスマを目指してるの! プリンをバズーカの弾にするなんて、そんなの小物や畜生のする事よ。アタシの理想とは程遠いわ」

バズーカの弾にする気だったのか?
その感覚はわからんが、特に何もしないならそろそろ出ようか。スーパーお仕事タイムが始まるぞ。

「フン、準備はとっくにできてるっての。さあ、行くわよ! レイナサマの名前を世界中に響き渡らせる日が来たんだから!」

オーケー、それじゃ行こうか。お仕事にはちゃんと真剣なのよね、この子。

ーーー

「くうぅ……悔しい! 次こそはきっと……!」

もはや聞き慣れたこの言葉。小関が様々なアイドルにイタズラを仕掛けていくという冠番組、レイナチャレンジ。今の所全敗中だが、失敗後には毎回言ってるな。

今回は相手が悪いよ、次は頑張ろう。

「アンタそれ毎回言ってるじゃない!」

おっと、さすがに覚えてるか。いやでも実際相手が悪い。木場さんをイタズラで驚かすのは無理ゲーってもんだろう。

「うう、何で瞬きした瞬間に視界から消えるのよ……。後半かなり本気だったのに、一切笑顔を絶やさずあしらわれたって何なのもう……」

海外帰りってやっぱり凄い。
と、あれ? 部屋の前に南条が立っている。何かを見ているようだが、部屋の中に何かあるのか?

「光? どうしたの、そんな所で突っ立って。邪魔だから部屋に入るか、レイナサマ万歳と言って平伏しなさい」

何だよその二択。

「え? あ……麗奈。と、プロデューサー、おかえり」


珍しい。……と言うか、初めて見た気がする。明らかに落ち込んでいる。

どうした? 何かあったのか?何かされたか?

「い、いや、何でもない! 何でもないんだ、本当に。誰かを笑顔にできれば、アタシはそれで……」

そう言って、顔を俯かせ走り去る。何だってんだ、一体。
誰かを笑顔にって、どういう意味かわかるか? 小関。……小関?

「ちょっとアンタ、何食べてんのよ!」

部屋の中から小関の怒号が聞こえる。これまた珍しい、レイナサマのマジギレモードだ。

待て待て、何があった?

「こいつが光のプリン、食べてんのよ!」

あれまあ。麗奈の掴んだその手には、さっき見た、某高級プリンさんが。すでに半分程食べられているようだ。
とりあえず、手を離してやれ。跡になるといけない。

話を聞くと、千川から冷蔵庫におやつがあると言われ、中のプリンを食べてしまったらしい。

あー、なるほど……。いや、ちゃうねん、おやつを常備してある冷蔵庫って談話室の物やねん。

ああいや、そんな恐縮しないでいいよ、君はまだ事務所に入って日も浅いし、説明しなかった千川が悪い。

「だからって、こんな豪華なのが入ってたら確認くらいするでしょ? 名前……は、書いてないにしても、一個しかないんだし」

ご尤も。だが、そう責めてやるな。ああ、待って、泣かないで。アイドル泣かせたら俺が千川に捻られちゃうから頑張って堪えて。

とは言え、食べちゃったのはしょうがない。同じ物を千川に用意して貰ってくるから、小関はちょっと南条呼んできてくれ。

「アタシを小間使いにしようっての? いい度胸じゃない」

頼むよ、マジで。とりあえず怒気を引っ込めてくれ、怖いから。

「アンタ」

プリンを持ったままの子をジロリと睨む。怖いって。

「今から光呼んでくるから、ちゃんと謝りなさいよ」

そう言って、南条を呼びに行ってくれるレイナサママジ悪のカリスマ。

……ああうん、そのプリンは食べちゃっていいよ。ただ、次からはちゃんと確認してくれるとお兄さん嬉しいな。……やめて、待ってだから怒ってないから泣かないで!

ーーー

ヒーローに憧れていた。
たとえ自分を犠牲にしても、誰かの笑顔を守る事が何より大事だと思っていた。

例えば、自分が楽しみにしていたプリンを、他の誰かが食べてしまっていたとして。
それで、その誰かが、笑顔になれるならーー

「それで、いいじゃないか」

そう言葉にして、自分を納得させようとする。だけど、どうしてか。

ーー涙が流れた。

「いいわけ無いでしょバカじゃないの?」

声をかけられビクッとする。悪いことはしてないはずだけど……。

「麗奈、どうしてここにーー」

「嬉しい時も悲しい時も、何かあったらとりあえず屋上に。全く、わかりやすくて助かるわ」

振り向いて言った言葉を邪魔される。なんだろう、怒っているような笑っているような……。


「正義のヒーローがプリンを食べられたくらいで泣くなんてね」

うぐ。

「なーにが『誰かを笑顔にできればー』よ。それで自分が泣いてちゃ意味無いでしょうが!」

うぐぐ。

「そもそも、大事な物なら名前書いときなさいよよ!アタシ達以外もあの部屋使うんだから、誰かが間違って食べるに決まってるでしょ!? そんなんだからバカ光って言われんのよ! 主にアタシに!」

麗奈以外に言われた事無いよ!?

「たまにプロデューサーも言って笑ってるわよ! アンタがベッドではしゃぎ過ぎてキヨラツイストくらった時とか!」

なっ!?

「バイクに乗せて貰ってテンション上がって変身ポーズ取ろうとして、両手離して転がり落ちた時とか!怪我無くて良かったわねホント!」

その節はご心配をおかけしました!

「してない! 夏休みの宿題忘れてて、アタシに泣きついてきた時とか! 学年違うでしょうが!」

あの時は助かった、ありがとう!

「どういたしまして! 来年はちゃんと自分でやんなさいよ!」

頑張る!

「……ハア。全然元気じゃない。心配して損した」

えっ?……あれ?


「今まで散々イタズラしてきたのは気に留めないくせに、プリン程度で凹んでんじゃないわよ。アンタを最初に泣かすのはこのレイナサマって決まってんの! アタシ以外に泣かされたら承知しないんだから!」

何だろう、これは。励ましてくれてるのかな。

「何よ、ニヤニヤしちゃって気持ち悪い」

いや、麗奈は優しいなって。怒る理由はいつも誰かのためだ。

「優しくない!アタシは悪のカリスマなの!」

でも、キヨラツイストはやり過ぎだって止めてくれたじゃないか。

「うぐっ」

バイクから落ちた時、心配して来てくれた。

「アタシ以外にやられるなんて許さないってだけよ!」

宿題だって、手伝ってくれただろ?

「学年違うのにね! アタシの優秀さを崇め奉りなさい!」

今だって、落ち込んでるアタシを励ましに来てくれたんだろ? ありがとう、もう大丈夫だよ。

「だから違うっつってんでしょ! 人の話しを聞けってのよバカ光!」


まあ、プリンを食べられなくて凹んでるっていうのは確かだけど。
いつまでも凹んでる訳にはいかないもんね!
ああ、でもおやつ抜きだからお腹が減るなあ。麗奈、何か持ってない?

「正義のヒーローがワルにタカるの? ……まあ、そうね。無くもないわ。飴だけど、要る?」

ホント!?ありがとう、麗奈!

麗奈から数個の飴を受け取り、まとめて頬張る。
やっぱり麗奈は優しいなあ。

ところでコレ、何味?あんまり甘くないね。若干酸っぱいようなーー熱っ痛っ!?

「アーッハッハッハ!引っかかったわね!こんな事もあろうかと用意しておいたハバネロキャンディーよ!まさか、正義のヒーローが食べ物を無駄にするような事はしないわよねえ? アーッハッハ……ゲホゲホ」

やられた!まとめて頬張ったのが仇になったか……だが、ヒーローはこんな事では挫けない! 思ったよりも辛味薄いし!

「ま、腐ってもアイドルだからね。清良監修の元、喉に影響が出ない程度の辛味に抑えてあるから、フツーに耐えられるでしょ。ほら、行くわよ」

? 行くってどこへ?

「アンタのプリンを食べた子の所よ。怒られないかって可哀想になるくらいビクビクしてたわよ」

なんと! なら、気にしてないよって言ってあげないとな!

「それと、プリン。新しいのをちひろが用意してくれるって。アタシの分もあるのかしらね? まあ、もし無かったらーー」

ちひろさんなら用意してくれてると思うけど。でも、もし麗奈の分が無かったらーー

半分貰うわ!
半分あげるよ!

ーーー

おねげえしますだお代官様!何卒、何卒お慈悲を!!
地に頭擦り付けます!足舐めます!ガチャ回します!!

「必要ありません。光ちゃんの貰って来た物と同じプリンを、スイーツファイブのスポンサーから頂いてますから。ほら、頭を上げてください。ちゃんとみんなの分もありますよ」

おお、やはり……天使!女神!ちひろ!

「やめろ捻るぞ」

っス、サーセン。

「あ、あの、あたしは……」

「ああ、ごめんなさい。私の伝達不足でしたね。談話室の冷蔵庫の中のおやつは好きに食べて大丈夫ですからね」

「ううん、あたしも気付かなかったから。ごめんなさい」

お互いに非を認め、譲り合う。うむ、良きかな。

ところで、何であの部屋に? 前はあまり来てなかったよね? 担当変わった?

「あ、はい! 今度から…….」

「あなたの担当になるんですよ」

はぇ?

「三好紗南です! 好きな物はゲームと夜更かし!ゲームのショーとかゲームのお仕事とかしたいです!よろしくお願いします!」

あ、ウチの子だ。南条と仲良くなれるタイプだ。

「すみません、以前のプロデューサーが退職されて急だったので、連絡が滞っていたみたいです」

おいおい千川ぁ~お前社会人なんだからさぁ~そういうトコだぞ?

「あ?」

っス、サーセン。

ともかく、よろしくな三好。小関と南条もすぐに戻って……ああ、ほら。

ドタドタと、聞き慣れた足音が聞こえてくる。

「南条光、ただいま戻りましたーっ! とりあえずお水くださいちひろさん!」

「ちひろ、アタシの分のプリンもあるんでしょうね? あ、あんたさっきの……腕、痛む?」

「ううん、大丈夫。ごめんね、ありがとう、怒ってくれて。南条……さん?にも、謝らないと」

「ちひろさんがプリンくれたし、アタシなら気にしてないぞ! だから君も気にするな!」

「ああいうヤツよ。ほっといて、プリン食べましょ。 えーっと、名前何だっけ?」

「三好紗南です。……あなたは?」

「麗奈!麗奈の分のプリンもあるって! 新人祝いだって、寿司もだ!紗南も一緒に食べよう!あ、アタシは南条光!ヒーローなアイドルを目指してるんだ、よろしくな!光って気軽に呼んでくれ!」

「ううん、それでも、ごめんなさい。光……と、麗奈。うん、よろしく! 」

「ちょっと、アタシの事は悪の大王レイナサマって……ああもう、光! プリン持ったまま走るな!転ぶわよ!」

「あたし、三好紗南!ゲーマーアイドル目指してるんだ!光と麗奈はゲームやる?どんなゲームが好き?」

いやあ、にわかに賑やかになった。
年も近いし、タイプも似てる。いっそユニットでも組ませてみるかな?

まあ、まずは俺の分のプリンを……え、無い? 千川ぁ!


おわり

#南条光が泣く瞬間というハッシュタグに触発されて。失敗じゃめげなくても、おやつ食べられると泣いちゃう南条さん可愛いなって思いました

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