【モバマスSS】二宮飛鳥「Footprints」 (16)

アイドルマスターシンデレラガールズより、二宮飛鳥のSSです

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この季節特有の冷えた空気が吹き抜けていく屋上には、当然ながらボクしかいない。
まぁ当然だろう。暦の上では間もなく春を迎えるとはいえ、その息吹を感じるのはまだまだ先なのだから。
ならば、まだまだ重い腰を上げずに居座る姿勢の寒気に挑むよりも、暖かい屋内で過ごしたいと思うのは、自然なことなんだろうしね。
フェンスに体重を預け、ぼんやりと視線を落とす。
眼下には昨日とさほど変化のない景色が広がっている。道行く人も、排気ガスを吐き出しながら走っていく車も、時計の針も、木枯らしも。
箱庭のような世界の中で、ルーチンワークをこなすように、昨日と同じような今日を、今日と似た明日を過ごしていく。

世界はこれからも滞りなく廻り続けるのだろう。ボクたちと同じように、暗くて孤独な海の中で。ワルツのように、弧を描きながら。歯車のように、正確に。
その先に続く、未だ見えない物語を求めて。
我ながら胡乱で歪な想像だな、なんて苦笑していると、僕の背後の鉄扉がぎぃ、と重い音を立てて開いた。

「うー、寒。なんで喫煙所がこんなところにしかないんだ。喫煙者に対する風当たりは今日も厳しいな畜生」

そんな恨み言をお供に現れたのは、ボクこと二宮飛鳥の担当プロデューサーだった。

「飛鳥、お前またこんなところにいたのか。ほんと物好きな奴だな」

気だるげにこちらに歩いてきた彼は、レッスンの前に体を冷やしすぎるなよ、なんて軽口を叩きながら、微糖の缶コーヒーを一本、ボクに手渡してくる。

「キミのほうこそ、二本も缶コーヒーを買ってくるなんてね。まるでここにボクがいることがわかってたみたいじゃないか」

まぁ、こうしてくれたものを無下にはしないさ。ありがたくいただくことにしよう。

「一本はカイロ代わりだな。煙草を吸ってると手が冷えるんだ」

いくつか置かれたベンチの中で、風下のものに腰を下ろしながら、彼は煙草に火をつける。
吐き出された紫煙は、風に乗って流れていった。

ほんの少しの沈黙の後、先に言葉を発したのは、プロデューサーの方からだった。

「そういえば、今日はお前の誕生日だったな。おめでとう、飛鳥」

そう、今日は節分。季節が春へと切り替わる節目の日であり、ボクがこの世に生を受けた日でもある。

「ありがとう。前にも言ったと思うけれど、やっぱりむず痒いね」

確か、去年もこんな会話を交わしたように思う。
当たり前のことではあるけれど、生まれた時のことなんて、誰も覚えていない。だから、そんな日を誰かに祝福されるというのは、何とも言えない奇妙な感覚がボクを襲う。
そのやりとりを彼も覚えていたらしく、ああ、そんなこと言ってたな、なんて反応をしながら、コーヒーを呷る。

「まぁ、未来を祝ってってのもいいけどさ。たまには振り返って、残してきた足跡を見るのもいいもんだぞ」

足跡、か。確かにその通りかもしれない。

アイドルになってから、いろいろな経験をした。
いろいろな人と触れ合って、語り合って、共に歩んで、共に笑って。

まるで荒野を歩いているんじゃないかと錯覚していた僕の軌跡の傍には、気づけばいくつもの足跡が並んでいた。

跳ねるような。駆けるような。踊るような。引きずるような。たくさんの仲間との経験が、そこにはあった。

「そうだね。足跡なんて、過去なんて振り返っても、そこにはなにもないと、かつてのボクなら答えていたかもしれないね」

少しずつ熱をなくしていくコーヒーに口を付け、ボクは続ける。

「けれど、今はそうは思わないよ。一緒にレッスンをした。ステージに立った。何気ない話をしたり、こうしてコーヒーを飲んだり」

空を仰ぐ。雲は一つもない。澄んだ蒼が、どこまでも突き抜けていく。

「そうやって誰かと紡いできた一つ一つが、ボクの世界を構築しているんだって、今ならわかるよ」

視線を向けると、プロデューサーは笑っていた。

「そして、これからも続くんだよ。お前の道はまだまだ続いていくんだからな。足跡のオーケストラで、世界中に二宮飛鳥の名前を響かせるまで」

ニヤリと笑いながら煙を吐き出す彼を見て、ボクは思わず苦笑いしてしまった。

「なんだいそれは。やっぱりキミも、ボクみたいな痛い奴だったのかい?」

「まぁな。これくらいのロマンを捨てるようじゃ、プロデューサーなんてできないからな」

くつくつと笑いながら、すっかり背の低くなった煙草をもみ消すと、プロデューサーはゆっくりとボクの横に並び立った。

「改めて、誕生日おめでとう。またこっから一年よろしくな」

そう言って彼は小さな包みをボクに手渡した。
促されて中身を検めると、翼をあしらったデザインの、銀色の細いネックレスが入っていた。

「ありがとう。キミこそ、しっかりついてくてくれるかい?」

言い終えて、ネックレスを付けてみる。それはちょうど鎖骨の間辺りに収まって、ひんやりとした質感で存在を教えてくれた。

「当たり前だろう。俺はお前が選んだアイドルで、お前は俺が選んだアイドルなんだから」

「ならいいんだ。ここで放り出されたら、それこそ羽ばたけなくなるからね」

言葉とは裏腹に、今なら何処へだって、どこまでだって飛んでいける気がした

そんなやり取りが終わったころに、ぎぃ、と再び扉が開いた。

「我が友飛鳥よ!我らに課せられし試練の訪れまで、最早幾何の時も残されてはおらぬ!」

やってきたのは無二の友人、神崎蘭子その人だった。レッスンの時間が近づいているので、迎えに来てくれたらしい。

「ありがとう蘭子、ちょうど向かおうと思っていたところさ」

ぱたぱたとこちらに近づいてきた蘭子にそんな返答を返す。
なんだか今日の彼女はずいぶんと気合いが入っているようで、ボクの手を取ると、興奮した様子で言葉を紡ぐ。

「翼が解放されし暁には、共に降臨を寿ごうぞ!」

どうやらボクの誕生日を一緒に祝うために張り切ってくれているみたいだ。こういうのも……うん、悪くないな。

「二人とも、がんばってこいよ。俺はもう一本煙草を吸ったら戻るから」

懐に手を伸ばすプロデューサーに見送られ、ボクは屋上を後にする。

新しいステージへ、ここから先のセカイへ向かうための、大事な下準備をするために。

「心配はいらないよ。蘭子と二人、軽くこなしてみせるさ」

踏み出す足は軽やかに。友の笑顔は朗らかに。
ここから始まる新しい時間の中で、やがて訪れる出逢いを想像しながら。
またひとつ足跡を刻みながら、ボクは、ボクたちは、明日へ続く扉を開いた。

 
 
 
「さぁ、行こうか」

二宮飛鳥さん、お誕生日おめでとうございます。

以上です。ありがとうございました。

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