【ごちうさ】 シャロ「おいしいパンの」 ココア「作り方!」 (140)

~昼休み~

【教室】

千夜「はぁ……」

ココア「ため息なんてついちゃって、どうしたの?」

千夜「実は、シャロちゃんとケンカしちゃって」

ココア「そうなんだ」

千夜「世話を焼かれるのが鬱陶しく感じるお年頃なのかしら」

ココア「照れてるだけじゃないかな?」

千夜「そうかしら」

ココア「何があったの?……あっ、電話だ」prrrrr

千夜「気にせず出てちょうだい」

ココア「ごめんね」

ココア「あれ、シャロちゃんからだ。もしもし、シャロちゃん?」

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シャロ『ココア、今は電話して大丈夫?』

ココア「オッケーだよ! ちなみに今から千夜ちゃんと生命の営みをするところだったよ!!」

シャロ『い、営みってあんたたち、一体何を……』

ココア「生命的な欲求を満たすよ」

シャロ『いや、そんな堂々と言われても、こっちが困る……』

シャロ『……あっ、食事ね。食事をそんな風に言うな!』

ココア「ふふふ、シャロちゃんは最初に何を想像したのかな?」

シャロ『小学生みたいなこと言わないでよ』

ココア「シャロちゃんは思春期」

シャロ『思春期はそんな意味じゃない! そろそろ本題に入ってもいい?』

ココア「ああ、ごめん。なにかな?」

シャロ『パンの作り方を教えてほしいのよ』

ココア「おぉ、シャロちゃんもパン作りに目覚めたんだね!」

シャロ『まあね……。早めがいいんだけど、いつがいいかしら』

ココア「なるほどね~。じゃあ、早速今日シャロちゃんの家に行ってもいい? 今日はお店がお休みなんだ」

シャロ『それだと、焼き上がりが深夜になるんじゃない?』

ココア「半日くらい低温で発酵させる方法があるんだよ。出来上がりは明日。最近お姉ちゃんに教えてもらったんだ~」

ココア「だから、泊めさせてほしいな?」

シャロ『教えてもらう訳だしね……明日はお休みだし、いいわよ』

ココア「わーい! ちなみにどんなパンがいい? やっぱり豆板醤パン?」

シャロ『あの団子は別に味を好んで食べたんじゃない! 普通のでいいわよ、シンプルイズベスト』

シャロ『でも、そうね……できれば、冷めてもおいしいか、温めなおしてもいいパンがいいかも』

ココア「お嬢様直々のご要望とあっては、不肖ココアめがそれ相応のレシピをご用意させていただきますぞ~」

シャロ『不安だ……。奇をてらう必要はないわよ。本当に』

ココア「そうだ、晩ご飯も一緒に作ろうね」

シャロ『わかったわ。今日はバイトが休みだから、スーパーで待ち合わせましょ。じゃあ、またね』

ココア「うん、バイバイ」ピッ

ココア「というわけで、シャロちゃんの家にお泊りすることになったんだけど、千夜ちゃんも参加する?」

千夜「うーん、そうしたいんだけど、今日は用事があって……」

ココア(シャロちゃんとのケンカってそんなに深刻なのかな)

ココア「気が向いたら、晩ご飯にでもおいでよ。多めに作るから」

千夜「ありがとう、考えておくわ」

~放課後~

【スーパーマーケット】

ココア「やっほー、桐間紗路ちゃん!」

シャロ「なんでフルネームなのよ」

ココア「そうだよね、フルネーム呼びはシャロちゃんみたいなツンデレキャラがやってこそ映えるものだよね」

シャロ「私は別にツンデレじゃないわよ」

ココア「ほら、ツン」

シャロ「このくらいで……?」

ココア「わたくしには初めてお会いして三秒で愛称でお呼びするのがお似合いではないかと存じますわ、桐間さん?」

シャロ「内容と口調が一致してないし」

ココア「シャロちゃんの学校の子の真似」

シャロ「そんな不自然に堅苦しい子はいないわ、保登心愛!」

ココア「おお~、やっぱり本物は一味ちがいますな」

シャロ「なんの本物よ」

ココア「え? ツンデレ」

シャロ「だから、違うってば!」

ココア「そうやってムキになって否定するとツンデレっぽいよ?」

シャロ「ならもうツンデレでいいわ。そろそろいくわよ、ココア」

ココア「やっぱりその呼び方がしっくりくるね。それじゃいこっか、シャロちゃん!」

ココア「今日の晩ご飯はクリームシチューなんてどうかな」

シャロ「いいわね。そういえば、前にみんなでカレーを作ったわね」

ココア「あの時はシャロちゃんだけじゃなくてチノちゃんも酔っぱらってた。かわいかったな~」

シャロ「あんたもでしょ」

ココア「え、酔った私はそんなにかわいかった?」

シャロ「その前のセリフよ」

ココア「だよね、シャロちゃんは酔っていない私のことも愛してくれているもの。私は知っている」

シャロ「はいはい……」

ココア「愛の無い返事だよ」

シャロ「あー、とってもすごく大好きよー」ボウヨミ

ココア「安っぽい演技!」

シャロ「適正価格よ」

ココア「スーパーはチノちゃんとよく買い物に来るよ。シャロちゃんは千夜ちゃんと来るの?」

シャロ「たまにね。お醤油とか、重いものを買う時にお互い手伝うわ」

ココア「手でも繋ぐ?」

シャロ「なんでよ」

ココア「買い物帰りのお母さんが子供と手をつないでいるのって、幸せの象徴って感じがしない?」

シャロ「今は買い物中じゃない」

ココア「合言葉は『今夜はカレーよ』ってね」

シャロ「今日はシチューなんでしょ。それに、手をつないでカゴを持ったら物が取れなくなるわ」

ココア「私が代わりに入れてあげるから大丈夫だよ」

シャロ「絶対変な物を入れるから、イヤよ」

ココア「大丈夫だって~。あ、苺と桜とハバネロのジュースだって。これは買いだね!」

シャロ「言ったそばから!」

ココア「ねぇ、お菓子も買っていこうよ」

シャロ「いいけど……、ひとつだけよ」

ココア「なんだかお母さんみたいだねぇ」

シャロ「あっ、つい千夜と買い物に来た時の癖で……」

ココア「シャロちゃん、パン作りに大事なのは何だと思う?」

シャロ「さぁ、何かしら」


ココア「パン生地をこねる腕力? それも大事だね」

ココア「パンに懸ける情熱? もちろんそれがないと始まらないね」

ココア「しかし、現実は厳しい。一番大事なのは、頭脳だよ!」

ココア「材料の選定、焼き加減、もちろんこね方だって思考が大事」

ココア「パン作りは、こねるかこねられるか。焼くか焼かれるか」

ココア「パンとの生死を賭けた頭脳戦といっても過言ではないよ!!」

シャロ「そ、そう」

ココア「頭脳の栄養はお砂糖。ハートだけでなく、ブレインでもパンをこねるためには、お砂糖が必須!」

ココア「ということで、お菓子をたくさん買おう」

シャロ「砂糖をそのまま舐めてたらいいんじゃないかしら」

ココア「そんな妖怪みたいなことはしないよ! それならシャロちゃんを舐める!」

シャロ「ちょ、ちょっと、どういう趣味よ!」

ココア「女の子はお砂糖で出来てるらしいよ。あとスパイスと素敵なもの」

シャロ「ふーん、甘口のカレーから作れるのね。それなら指でもしゃぶってなさいな」

ココア「ユープケッチャじゃないんだから!」

ココア「あっ、砂糖か」

シャロ「いや、本気にされても困るんだけど……」

ココア「シャロちゃん、これを買おう」

シャロ「寒天の粉?」

ココア「最近コツを教わったんだ。牛乳か豆乳ってある? あと、バニラエッセンス」

シャロ「あるわよ。牛乳もシチューで使うし、後で買いましょうか」

ココア「期待しててね!」

店員「ありがとうございました~」

シャロ(今日は結構買ったわね)

ココア「あ、お金は私も出すよ」

シャロ「ありがとう。じゃあ、500円もらうわ」

ココア「わかったよ、はい」ジャラ

シャロ「ちょっと、500円って言ったんだけど」

ココア「これでちょうど半分だよね? 984円」

シャロ「買ったものの金額を覚えていたの……?」

ココア「賢い買い物の基本は価格の把握、でしょ?」

シャロ「いえ、やっぱりこれは返すわ。授業料よ」

ココア「うーん、そう?」

シャロ「その分期待してるわ、ココア先生」

ココア「コ、ココア先生!? それも悪くない気がしてきた」

ココア「よーし、張り切っちゃうからね! 早速シャロちゃんの家までダッシュだよ!!」

シャロ「卵が割れるからやめて! なんかリゼ先輩に影響受けてない!?」

【シャロ宅】

ココア「シャロちゃんの家に到着! お邪魔しま~す。シャロちゃんのフレグランスがしますな~」スーハー

シャロ「前もってきれいにしてないから、深呼吸はやめて!」

ココア「整頓されてて、シャロちゃんらしいね」

シャロ「ちょっと片づけるから、そこで待っててちょうだい」

シャロ「そうそう、お風呂は千夜に借りるって言ってあるわ。今日は用事があってちょっと遅くなるらしいけど」

ココア「そうなんだ。三人で入れたらいいね」

シャロ「確か、前に二人で入らなかったっけ? 多分三人は無理よ」

ココア「ああ、勉強合宿の時かな。じゃあ、今日も一緒に入ろうね」

シャロ「よく考えると、お風呂の貸主が一人っていうのも変な話よね……」

ココア「この雑誌の付箋は何かな? あれ、リゼちゃんだ」ペラッ

シャロ「か、か、勝手に見るな!」

ココア「それではこれから、COCO'Sキッチンを開演するよ」

シャロ「私もいるんだけど」

ココア「ちなみに、なんと今回は……オリーブオイル無添加です!!」

シャロ「そういえば、左手ケガしてるみたいだけど、大丈夫?」

ココア「血は止まってるし、多分大丈夫だよ。チノちゃんが、しゃっくりをした拍子に包丁を足に落としそうになってね」

シャロ「手で受け止めたの!?」

ココア「いや、包丁は柄を手ではじいたから大丈夫だったよ。飛んで行った包丁は壁に刺さった」

シャロ「危なすぎる……。あんたと料理したくなくなってきたわ」

ココア「そのときコップにぶつかって割っちゃったんだ。その破片を拾うときにちょっとね」

シャロ「大事に至らなくってよかったけど……。手に包丁が刺さるところだったじゃない。無茶しないでよね」

ココア「は~い」

ココア「寒天のための水を沸かす間に、シチューに使う野菜と肉を切りまシャロ」

シャロ「わかったわ」

ココア「……」

シャロ「それじゃ、私はブロッコリーを切るわね。ココアはニンジンをお願い」

ココア「……」

シャロ「お肉は切るの最後にしてね」

ココア「……」

シャロ「一応、鍋の数が足りてよかったわ」

ココア「なんで! つっこんでくれないの!!」

シャロ「えぇ……。わざとなら下らなすぎるし、噛んだのかと思って」

ココア「渾身のギャグが一刀両断だよー!」

シャロ「どういう反応が欲しかったのよ」

ココア「私はね、シャロちゃんの笑顔が見られる、そういうことに生きている喜びを感じるんだよ」

シャロ「日々の生活を生き抜くために磨かれた愛想笑いならいくらでもするわよ」ピカーッ

ココア「まぶしい! でも満たされない!」

シャロ「『切りましょう』と『桐間紗路』をかけたのね」

ココア「冷静に分析するのはやめて!」

シャロ「大寒波到来よ。ココアったらツンドラね」ハァ

ココア「永久凍土並み!」

ココア「正直私もどうかとは思ったけど、若さという衝動に突き動かされたよ……い、いわなきゃよかった」

シャロ「早くシチュー食べてあったまりましょ」

ココア「うん……」

ココア「そうそう、煮込み料理はチノちゃんの得意分野なんだよ。中でもシチューは絶品!」

シャロ「へぇ、そうなの」

ココア「私のホットケーキを50万とすると、チノちゃんのシチューは八百万くらいかな」

シャロ「なんの数字よ」

ココア「あ、『ヤオヨロズ』じゃないよ? はっぴゃくまん」

シャロ「聞いててどうやって間違えるのよ! というか、1対16じゃだめだったの?」

ココア「リピート回数だよ」

シャロ「一回が一万回ってこと? ノリが駄菓子屋ね……。八百回っていうことは、一日一食以上シチューなんじゃ」

ココア「細かいことは気にしたらダメだよ。さぁ、ココアシェフの華麗なる妙技を披露しちゃうよ!」

シャロ「ミョウガ? 変わったものを入れるのね」

ココア「大人の味。あと香りがいいよね……って、違うよ!」

シャロ「わざとよ。チェスの和風版でしょ?」

ココア「違う! それはショウギ! 将棋だよ! どうして調理前に一局指すと思ったの!」

シャロ「知ってるわよ。ミョウギ、妙技、非常に見事な技術ってことでしょ」

ココア「シャロちゃんのいじわる」

シャロ「はいはい、期待してるわ」

ココア「む~……。えへへ、気合入れて作るからね!」

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ココア「寒天はグラスに注いだし、シチューは煮込むだけだね。パン生地も作ってしまおう」

シャロ「時間かかるんじゃないの?」

ココア「朝飯前、いや、晩飯前だよ!」

シャロ「初心者だから、ココアほどの手際の良さは期待しないでね?」

ココア「今日作るパンの材料は、強力粉200グラム、水150グラム、塩3グラム、ドライイースト0.5グラム」

シャロ「シンプルね」

ココア「握りこぶし大の愛情ひとつ、やさしさ一つまみ、両手いっぱいの忍耐、期待と信頼はお好みだよ!」

シャロ「頭痛に効くパンになりそうだわ」

ココア「精神医療用発酵食品だね。向精神ブレッド。うん、明日合法ブレッドをキメるのが楽しみになってきた!」

シャロ「危険ブレッド……!?」

ココア「加熱するときに出てくる化合物を吸入すると天国が見えるんだよ」

シャロ「焼きたてはいい香りがするって言いなさいよ!」

ココア「それじゃあこのボウルに材料を入れてよく混ぜてね。粉っぽさがなくなるまで」

シャロ「わかったわ」

ココア「我が子をかき混ぜるように、やさしく、かつ大胆にね」

シャロ「子をかき混ぜるってなによ」

ココア「虫刺されとかかな」

シャロ「かきむしるってこと? 悪化する!」

ココア「最終的にモチ肌になるから大丈夫だよ」

シャロ「荒療治すぎる……」

シャロ「ふぅ……。こんな感じかしら」

ココア「いい感じだよ。今度はラップをして野菜室に入れます」

シャロ「えっ、パンって一次発酵の前に、耳たぶ位の柔らかさになるようにこねるんじゃないの?」

ココア「今まで黙ってたけど、今回作るパンは……」

ココア「なんと……」

ココア「驚くべきことに……」

ココア「……こ ね ま せ ん!!!」

シャロ「あれだけパンをこねることを力説してたのに、それなの!?」

ココア「この後は、12時間くらい冷蔵庫に入れた後、室温で2時間くらい放置して、焼くだけだよ」

シャロ「パン作りは戦争じゃなかったの……?」

ココア「ここまで簡単だと、また作ってみようっていう気になるでしょ?」

ココア「シャロちゃんはバイトとか忙しそうだし、手軽な方がいいかなって」

シャロ「そうなの……ありがとう」

ココア「もちろん千夜ちゃんたちと作ったみたいな方がよかったら今度教えるよ?」

シャロ「まずは、このパンがうまく焼けるようになってからお願いするわ!」

ココア「了解だよ、シャロちゃん!」

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ココア「うーん、シチューのいい匂いだね」

シャロ「結構遅くなっちゃったわね。食べましょうか」

ココア「そうだね、シャロちゃんはこれから、激しい欲求の赴くままに、私たちの愛の結晶を貪ってしまう」

ココア「その純白の秩序を、ただ本能を鎮めるために、己を満たすために、崩壊せしめてしまう。大罪の一つを犯してしまう」

ココア「だけど私は、その光景をただ指をくわえて見ているしかない」

ココア「でも決して目は逸らさない。現実はただ現実として受け入れるよ。それが私の”観測者”としての務め……」

シャロ「千夜か! あんたも食べるんでしょ!」

ココア「いただきます」

シャロ「あ、うん。いただきます」

シャロ「このシチューおいしいわね。なんというか、いつも私が作るのより優しい味な気がする」

ココア「セロリは肉の臭みを消すんだって」

シャロ「そうなの。ブロッコリーも柔らかくておいしいわ」

ココア「香風家特製のシチューだからね。」

ココア「チノちゃんが苦手な野菜も食べやすいように、お母さんが工夫したらしいよ」

シャロ「そういえば、うちのハンバーグも野菜が刻んで入れてあったわ」

ココア「へぇ~」

シャロ「千夜の家で食べたときに、違う味がしてびっくりしたのを覚えてる」

ココア「子供って舌が敏感だから、苦みや青臭さを感じやすいんだって」

ココア「年を取るといい感じに味がぼやけて、苦いものもおいしく食べられるようになる」

シャロ「確かに大人の好きなものって苦かったりクセが強かったりするわね。ビールとか」

ココア「例えば、二度目の十六歳の春って来ないでしょ? 次は十七歳」

ココア「どんなおばあちゃんも、おばあちゃんとしてはビギナーなんだよね」

ココア「老いることは一般に悪いイメージがあるけど、そのときそのときをうまく楽しめばいいと思うんだ」

シャロ「私は早くしっかりとした大人になりたいけどね」

ココア「だから、シャロちゃんも大丈夫だよ。自信もって!」

シャロ「同い年なんだけど!」

ココア「ほら、苦労した分だけ年を取るって言うでしょ? その点で私よりお姉さんであることは認めざるを得ないかなって」

シャロ「そ、そんなに顔にシワが寄ってる……?」ムニ

ココア「あ、いやいや、冗談だよ! シャロちゃんは若い! ピッチピチ! まぶしーっ!」

シャロ「ますます老けてる気がしてきたわ……」ドヨンド

ココア「幼児!!」

シャロ「それは褒めてるの!?」

ココア「褒めてないよ!!」

シャロ「なんでよ!」

ココア「まあまあそうカッカせずに。素直に尊敬してるんだよ」

シャロ(確かに、姉にこだわるココアがそんなことを言うのは珍しいのかも)

ココア「そうだ、日帰りで温泉とか行く?」

シャロ「OLか! もっと高校生らしいことに誘ってよ……」

ココア「えへへ……。今度一緒にクレープ食べようね」

シャロ「それなら、うん。楽しみにしてる」

ココア「そういえば、シャロちゃん」

シャロ「なに?」

ココア「千夜ちゃんとケンカしちゃったんだって?」

シャロ「ああ……。ケンカでもないわね。私が一方的に怒ってしまっただけ」

シャロ「甘兎で話してる最中に飛び出してしまったから。早めに謝らないと」

ココア「千夜ちゃんから話を聞くタイミングを逃しちゃって。よかったら教えてもらえる? 何か手伝えるかもしれないし」

シャロ「別に、大したことじゃないわ……」

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~前日の夜~

【甘兎庵】

シャロ「そういえば今日、志望校調査があったわ」

千夜「さすが進学校、もうあるのね。なんて書いたのか教えてくれる? やっぱり進学?」

シャロ「学費を考えると国立だし、家を空けるわけにもいかないし……進学するとなると、きらら女子大に特待生で入るしかないわね」

千夜「我が国のハーバードと呼ばれるあの……!?」

シャロ「私も厳しいとは思うわ。でも浪人なんてできないし、落ちたら就職するのかしら」

シャロ「フルールの店長さんも支店を増やしたいって言ってたし、正社員目指すもいいかも」

シャロ「お金が貯まったら独立するのもアリかしらね」

千夜「私立だったらいくつか通える場所にあるし、そっちなんかはどうかしら」

シャロ「そうねぇ……」

千夜「奨学金という手もあるわ」

シャロ「あれって、返済が大変なのよ。あんまり使いたくないわ」

千夜「うちから出資するから、無利子よ」

シャロ「あんたはまたそんなことを……」

シャロ「あのね、私はそういうことを言われるのが一番イヤなの。前も言ったわよね?」

千夜「これは真面目に聞いてほしいの」

シャロ「一応、うちの親もがんばって働いてるみたいだし、案外なんとかなるかもしれないわ」

千夜「でももし本当に困ったなら、そういう方法もあるって、心に留めておいてもらえないかしら」

シャロ「だから!」バン!

シャロ「私は口先だけでもそういうことを認めたくないの。千夜にそういうことを言わせたくないの!」

千夜「あっ、シャロちゃん……」ビクッ

シャロ「ごめんなさい、今日はもう帰るわ」

千夜「あ、あの、ごめんなさい。私……」

シャロ「私が悪いの。それじゃ、おやすみ」

千夜「シャロちゃん……」

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シャロ「と、そんな感じよ」

ココア「そっか。どうしてシャロちゃんはイヤだと思うの?」

シャロ「それは……。頼るのが、なんというか……」

シャロ「情けなく、いえ、悲しくなる……のかも」

ココア「シャロちゃんは頑張り屋さんだもんね。辛いときほど乗り越えようとするんだもんね」

シャロ「そんな大層なものじゃないわよ」

ココア「うんうん。シャロちゃんは意地っ張りだもんね。つい意味もなく反抗しちゃうよね」

シャロ「そこまで言ってない!」

ココア「わかるよ。シャロちゃんはツンデレだもんね。そろそろデレてもいいんだよ?」

シャロ「しつこいわよ。そういう適当なことばかり言ってたら、チノちゃんに愛想尽かされるわよ」

ココア「あはは、そんな。チノちゃんには、私の汲めども尽きぬ愛、マイ・シスターズ・ラヴを注いでいるからね、大丈夫だよ」

シャロ「わからないわよ。チノちゃんがリゼ先輩くらい背が伸びて、ココアを見下ろすようになったとして」

シャロ「そして、人付き合いも得意になったとする。想像してみなさいよ」

ココア「あれ、私より大人かも……?」

シャロ「高校でたくさんの友人に囲まれ、さらに成績も優秀」

シャロ「滲み出る余裕から、ココアが苦し紛れに抱きついても、母親にまとわりつく娘のように見える」

ココア「優しくなでてくれるんじゃ? それはそれで」

シャロ「十中八九、やんわりとかわされるでしょうね。仕事がありますから、なんて」

シャロ「ココアはチノちゃんのなかで自分がどんどん小さくなっていくのを感じるの。そして、卒業が迫る……」

ココア「かつての甘えん坊なチノちゃんはいずこ……」

シャロ「ココアがこの街を去る前日の夜。がらんとした室内で、ぼんやりと窓の外を眺めるココア」

シャロ「天井を隔てた先にいるはずのチノちゃんに、ふと思いを馳せるの」

ココア「果てしなく遠いよ、天井一枚の距離が……!」

シャロ「この街に引っ越してきた時を思い出していると、控えめなノックとともにチノちゃんがコーヒーを持って入って来た」

シャロ「そしてチノちゃんは言うの。『ココアさんのおかげで、私は変われました。大好きです』」

シャロ「言葉に詰まり涙ぐむココアを、チノちゃんが優しく抱きしめる」

ココア「心はずっと通じ合っていたんだね!」

シャロ「そしてココアは言うの。『私もだよ、チノお姉ちゃん』」

ココア「言わない! 『お姉ちゃん』は絶対に言わない! 台無しだよ!!」

シャロ「私のこともシャロお姉さまって呼んでもいいのよ?」

ココア「この流れで呼ぶ訳ないよね!?」

ココア「もう、今日はシャロちゃんにからかわれてばかりな気がするよ」

シャロ「そうかしら?」

ココア「でも許すよ。私の心は巨大だからね。そして伸縮性に優れていて、アンダンテのリズムで時を刻むよ」

シャロ「はいはい、寛容なココア様に感謝するわ」

ココア「多分シャロちゃんより大きいと思うよ」

シャロ「なんでよ」

ココア「心臓の大きさって、握りこぶしの大きさって言うでしょ? 身長は私の方が高いし」

シャロ「物理的な心の大きさなのね……。私、手は大きい方よ」

ココア「じゃあ比べてみようよ。手を開いて?」

シャロ「いいけど。はい」

ココア「うーん、同じくらいだね」ピトッ

シャロ「指は私の方が長いけど、細いから体積は多分同じくらいね」

ココア「えいっ」ギュッ

シャロ「……なんでいきなり指をからませたのよ」

ココア「えへへ、シャロちゃんはなかなかさせてくれないからね。千夜ちゃんとはよくするけど」

シャロ「確かに気づいたらしてる気がする。あんたたち本当に仲いいわよね。似た者同士だからかしら」

ココア「シャロちゃんの手はすべすべですな~」ムニムニ

シャロ(なんか恥ずかしくなってきた。ココアはいつも顔が近いのよ……)

シャロ「ちょっと、もういい?」

ココア「これで『シャロちゃんと恋人繋ぎ』の実績が解除されたから、『シャロちゃんをモフる』コマンドが解放されたよ!」

シャロ「されてないから!」

ココア「あ、ついでにキスでもしとく?」

シャロ「つ、ついでですること!?」

ココア「ん~」チュー

シャロ「いや、そんな顔されても、しないし」

ココア「これから私たちがキスを日常的に行うことで、いずれはこの街の常識となるかもしれない」

シャロ「どこの国よ……。さすがに口ではしないんじゃ」

ココア「よく考えてごらんよ。そうなったら、リゼちゃんとキスを交わすことができる可能性があることを」

シャロ「ななな、なんでそこで先輩の名前が出るのよ!」

ココア「嬉しいでしょ?」

シャロ「いいか悪いかで言われたら」

ココア「言われたら?」

シャロ「それは……」

ココア「それは?」

シャロ「……悪くない、のかも」

ココア「それはそれとして、私だけキスするときの顔を見られたじゃ不公平じゃないかな」

シャロ「ここまで言わせて流すの!? ココアが勝手にしたんじゃない!」

ココア「シャロちゃんも同じ表情してみてよ」

シャロ「嫌よ」

ココア「しないと、この接着剤で握ってる手を固めちゃうよ?」

シャロ「どこから出したのよ! 手をは~な~し~な~さ~い~」グググ

ココア「い~や~だ~よ~!」ギュー

シャロ「もう、いい加減にしてよ!」

ココア「……そっか、いきなりこんなこと言われたら、困惑するよね」シュン

シャロ「な、なによ急にしおらしくなって」

ココア「実は今気になっている人がいて、然るべき時の予行演習ができたらな、なんて思ってたんだ」

シャロ「あら……。そうだったの」

ココア「女の子同士ならノーカンかなって」

ココア「ふふ、気持ち悪いよね。恥ずかしい女の子だよね」

シャロ「いやいや、初めからそう言ってくれればよかったのに」

ココア「今日のことはなるべく言いふらさないでほしいな……」

シャロ「……私も、そういう顔を見せればお相子よね」

ココア「無理しなくていいよ、シャロちゃん」

シャロ「借りは作らないのが私の流儀よ!」

シャロ「そして、もしココアがそういうことをしても、事故ってことで済ませてあげるわ」

シャロ「でもちょっと心の準備をさせて」スーハー

ココア「シャロちゃん……!」

シャロ「じゃ、じゃあ、いくわよ」

ココア「ゆっくりでいいからね」

シャロ「ん、ん~」チュ-

千夜「シャロちゃん、ココアちゃん、遅くなってごめんなさい!」ガチャ

千夜「お風呂の準備できたから、いつでも……えっ」

シャロ「えっ? あっ、千夜!」

千夜「あ、あの……お取込み中だったのね……」

千夜「空気読めなくてごめんなさい!」バターン

シャロ「ちょっとまって、これは! ……ああ、誤解された」

ココア「あ、あはは……」

シャロ「ところで、ココアはなんでカメラを出してるのよ」

ココア「あ、いや、これはですね……せっかくだし、シャロちゃんのかわいいところを撮影しようとね」

シャロ「ひどい!」

ココア「千夜ちゃんには咄嗟に反応できなかったよ」

シャロ「言っておくけど、あんたも誤解されてるんだからね」

ココア「ごめんなさい、シャロちゃん」

シャロ「別にいいわよ。撮られてないし」

ココア「うん……」

シャロ「でも罰として後でココアの変な顔を撮影させてね? チノちゃんに送るから」

ココア「え、私は撮ってないのに。 横暴!」

シャロ「元はと言えばココアのせいでしょ! 当然よ」

ココア「うぅ、あんまりだよ」

シャロ(本気で嫌がってるのかしら。やっぱり水に流した方が……)

ココア「あ、そういえば、さっき言った気になる殿方っていうのは方便だよ。そんな人いません」

シャロ「絶対に撮影するから! マヤちゃんとメグちゃんにも拡散させるわ!」

ココア「姉としての威厳が! ご、ごめんってば~!」

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シャロ「一応、千夜には説明したけど……」

ココア「動揺してたね、あはは……」

シャロ「まあ、実際に何もないんだし、そのうち元通りになるでしょう」

シャロ「そういえば、牛乳寒天食べてなかったわね」

ココア「お風呂上がりだから、ちょうどいいね」

シャロ「普通の寒天よりふわふわしてて……、豆腐花だっけ? あれに近い気がするわね」

ココア「ふふん、寒天の粉を少なくするのがポイント。バニラの香りも合うでしょ」

シャロ(千夜にも食べさせたら、新作のための参考になるかしら)

ココア「チノちゃんのお父さんに教わったんだ。ダンディーな外見とは裏腹に、かわいいお菓子に詳しいんだよ」

シャロ「前にチノちゃんのお弁当がかわいいって言ってたわね」

ココア「そういえば、バニラエッセンスなんてよく持っていたね」

シャロ「高級品は分不相応って言いたいわけ?」

ココア「違うよ~。自作っぽかったし、すごいなって」

シャロ「チノちゃんに教えてもらったのよ」

ココア「そうなんだ」

シャロ「バニラビーンズをウォッカに漬けると、安く作れるの。一度に少ししか使わないし、お酒も分けてもらったわ」

シャロ「多分、お父さんがそうしてるんじゃないかしら」

ココア「今日は香風家様様だね」

シャロ「そうね」

ココア「でも、チノちゃんやチノちゃんのお父さんの味とは違うんだよね。なんでだろ」

シャロ「作り手が違うんだもの。料理の味なんて、ちょっとしたことで変わるわよ」

ココア「そうかな~?」

シャロ「ハーブティーを淹れたわ」

ココア「ありがと~。シャロちゃんの家に入ったときの香りは、これだったんだね」

シャロ(そんなに染みついてるの?)

ココア「いい匂い。カフェイン入ってないから安心だね」

シャロ「そうね、落ち着くわ。ココアはコーヒーの方がよかった?」

ココア「桐間家にいては桐間家に従えってね。これはなんていう種類なの?」

シャロ「オレンジフラワーよ。リラックス効果があるわ」

ココア「そうなんだ。確かに心臓が休憩してる気がする。多分、脈拍が十分の一くらいになってる……」

シャロ「そんな効果はない、というかそんなことになったら死ぬわよ!」


シャロ「ココアは好きなコーヒーの銘柄とかってあるの?」

ココア「うーん、チノちゃんが淹れてくれたのが一番かな!」

シャロ「相変わらず区別はついてないのね……」

ココア「でも、飲んでみたいコーヒーはあるよ。『夜明けのコーヒー』っていうの」

シャロ「なっ!……げほっげほっ」

ココア「どうしたの? 急にむせて。変なところに入った?」

シャロ「あんたそれ意味わかって言ってる?」

ココア「里芋の葉の朝露で淹れたコーヒーを飲むと、願い事が叶うんでしょ? ロマンチック~」

シャロ「全然違う! いい? 本当の意味はね、男女が――」ゴニョゴニョ

ココア「……そんな意味だったの!? じゃあ、チノちゃんと飲む夜明けのコーヒーって、つまり」

シャロ「わざわざ口に出すな!」

ココア「シャロちゃんのエッチ! ドスケベ! 非実在青少年!」

シャロ「ココアが言い出したことでしょ。それに最後のは何?」

ココア「私もよく知らないよ!」

シャロ「そうやって意味を理解していない言葉を使うからでしょ!」

ココア「そうだね……危うくチノちゃんに恥をかかせるところだったよ」

シャロ「チノちゃんにそう教えたのね……。帰ったら訂正しときなさいよ」

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──────────────
──────

シャロ「そろそろ寝ましょうか」

ココア「わざわざベッドを片づけなくてもよかったのに。二人で入ってもよかったんだよ?」

シャロ「あんた絶対落ちるでしょ。床で寝ても、ベッドの下に入られたら、軽くホラーよ」

ココア「そんなに寝相悪くないよ!? 普段ベッドで寝てるし」

シャロ「念のためよ」

ココア「でも、こうやって並んで寝るのもいいよね」

シャロ「そうね。もし一緒の学校だったら、修学旅行の夜がこんな感じかしら」

ココア「ねぇ、シャロちゃん」

シャロ「なによ」

ココア「豆電球つけないと眠れないんだ」

シャロ「それは、その……お手洗いに行きたくなったら困るでしょ? 踏んだら悪いじゃない」

ココア「じゃあ、いつもは真っ暗?」

シャロ「うぅ、もういいでしょ」

ココア「かわいいな~、シャロちゃんは」

シャロ「うるさい! 早く寝なさい」

ココア「は~い」

ココア「ねぇ、シャロちゃん」

シャロ「なに?」

ココア「明日パンを焼くの楽しみだね」

シャロ「そうね」

ココア「ねぇ、シャロちゃん」

シャロ「もう、なによ」

ココア「そっちの布団に行ってもいい?」

シャロ「何でよ」

ココア「そのほうがあったかいよ?」モゾモゾ

シャロ(床だと確かに冷えるわね……って)

シャロ「返事する前にもう入ってきてるじゃない……」

ココア「えへへ、ぬくぬくだよ~。五感でシャロちゃんを感じる」

シャロ「もう」

シャロ(ココアの匂いがする。同じシャンプーを使ったはずなのに、不思議だ)

シャロ(前に自転車に二人乗りしたときはちょっと汗くさかったけど)

シャロ(ミルクココアみたいな、甘い香り……)

シャロ「というか、五感って何よ。舐めてないでしょうね」

ココア「……あのね、シャロちゃん」

シャロ「なぁに? 今度はお手洗いについてきてほしいの?」

ココア「さっきは騙してまで写真を撮ろうとしてごめんね」

シャロ「いいわよ、別に。でも、写真なんて撮ってどうするのよ。眺めるの?」

ココア「もしさっきの写真が撮れてたら、きっとそうだね」

シャロ「そう」

ココア「私が実家からデジカメを持ってきたのは、実家のお姉ちゃん達に見せてあげるためだよ」

シャロ「そういえば、フルールでも撮影してたわね」

ココア「シャロちゃんの評判よかったよ? 高嶺の花の写真だって」

シャロ「どうせ、張りぼてのお嬢様よ……ふふ」

ココア「そ、そういう意味じゃないよ。でも最近はね、ほとんど私のために撮影しているの」

シャロ「自分のため?」

ココア「人はいつか変わるものでしょ。でも、写真は変わらない」

ココア「写真を撮るということは、写真として残したいと思った自分がいたということ。大好きだったということ」

ココア「私の写真は、見ることができて、生きていてよかったっていうことの、証明写真」

シャロ「なんだかおおげさね」

ココア「未来は変えられる、なんてよく言うけど、それを言うなら過去も変えられるよね」

ココア「世界は、私というファインダーを通してしか見ることができない。なら、過去の認識は、その人にとっての事実」

ココア「それでも、過去に変わってほしくないと」

ココア「宝物に宝物のままであってほしいと思えたなら、現在、再び手に取れるものを残すしかない」

ココア「最近はそう考えているよ」

シャロ「そうなの……」

シャロ(そういえば、私のお父さんはカメラが好きだ)

シャロ(お父さんがカメラに凝り始めたのは、私が生まれてからだったらしい)

シャロ(当時はデジタルカメラが出回り始めたあたりだったが、お父さんはおじいちゃんにもらったらしい銀塩カメラを好んだ)

シャロ(スマートなデジカメと違ってゴツゴツとしたそのカメラを構えるお父さんは、なんだか職人のようで格好良かった)

シャロ(親になるということは、家族写真とは、つまりはそういうことなのかもしれない)

ココア「でもね、写真だけじゃ考えていることを細かく残せないでしょ?」

ココア「だから、小説を書いてみたんだ。青山さんを見ていて思いついたの」

ココア「なかなかうまくはいかないね。チノちゃんに見せたら、説明がないとわからない表現が多すぎるってバッサリ」

シャロ「それは、仕方がないと思うわ。誰だって初めはそうよ」

シャロ「物事を極めることは、どんなものでも大変だわ」

シャロ「千夜だって何年も一生懸命修行して、ようやく商品を少しだけ作らせてもらえるようになったんだもの」

ココア「そうだよねぇ。……えへへ」

シャロ「なによ」

ココア「シャロちゃんは、千夜ちゃんのことが自分のことのように誇らしいんだね」

シャロ「千夜の努力と才能は認めてるってだけ」

ココア(それってほとんど全てだよね)

シャロ「だから、私は枷にはなりたくないのよ……」

ココア「千夜ちゃんはそんな風には考えないと思うけどな」

シャロ「ココアは千夜の両親のことって知ってる?」

ココア「確か、甘兎庵の支店で店長をやってるんだよね? ちょっと遠くに赴任してるらしいけど」

シャロ「それが決まったのが、ちょうど千夜が中学に入ったころだったの」

シャロ「千夜が小学生の頃は、まさにおてんばな女の子だったわ。でも、急に両親と離れることになったら、やっぱり不安だったみたい」

ココア「そうだったんだ」

シャロ「中学では同じクラスだったから、少なくとも登校から下校まで一緒にいたわ」

シャロ「クラス替えも無かったし、三年間ずっとになるわね」

シャロ「小学校では千夜が私を引っ張ってくれたから、今度は私の番だって思ったの」

シャロ「一時期は表情が硬かったんだけど、だんだん余裕が戻ってきて、自然に笑ってくれるようになって嬉しかった」

シャロ「高校が別になることで、私の心配をできるくらいにね」

シャロ「その後、高校に進学する直前に、私の両親も遠くに赴任することになったわ」

シャロ「そうしたら、千夜がやたら世話を焼くようになった。今度は自分がって思ったのね」

ココア「幼馴染の絆だね」

シャロ「ココアは『姉』になりたいのよね?」

ココア「そうだね」

シャロ「じゃあ、姉って何かしら?」

ココア「一般的には、同じ親から生まれた年上の女性だね」

シャロ「ココアの思う『姉』を知りたいの」

ココア「私が姉を目指すっていうのは、たまたまチノちゃんが年下だったからだよ」

ココア「あと、理想の女性像として、お姉ちゃんがあるのかも」

シャロ「モカさんね。確かに素敵な女性。すごい包容力だったわ」

ココア「もしチノちゃんが年上だったら、よくできた妹になろうとしたのかもしれない」

ココア「だから、『家族』というのが近いと思う」

シャロ「じゃあ、『家族』は?」

ココア「そうだね……」

ココア「例えば、ケーキを二つに切ったときに、イチゴが載っている方をあげたくなる存在、なんてどうかな」

シャロ「つまり、家族のために自分を差し出すことを厭わない、ということ?」

ココア「うーん、そうなるのかな?」

シャロ「私は、そういう自己犠牲みたいなのが嫌いだわ」

シャロ「助ける方は気持ちいいでしょうね。ヒロイズムを感じるもの」

シャロ「でもね……助けられる方は、たまったものじゃないわ」

シャロ「私のせいで傷つくのを黙って見ているしかないなんて、あんまりよ……」

シャロ「やっぱりココアと千夜は似ているわ」

シャロ(そして、私ともね……)

ココア「恩義を感じたなら、それに報いるようにすればいいんじゃないかな」

シャロ「当然そうよね。でも、それがお互いの枷、手錠だと言っているのよ」

シャロ「私はまだ高校生だけど、それでも色々と考えることはあるわ」

シャロ「明日はいつだって今日の想像を超えている。期待以上のものに出会う」

シャロ「これは、私の経験則よ」

シャロ「死ぬことは、死後が未知だから恐ろしいなんて言われるけど、私に言わせれば生きることも同じくらい未知だわ」

ココア「そうだね。世界は謎に満ちている」

シャロ「だから、解いてみたくなる。そうでしょ?」

シャロ「そのために、未来に負債を残したくない。身軽でありたいし、誰かもそうあってほしいと思うわ」

ココア「でも、首輪も悪くないものだよ。辿れば行きつくものがあるっていうのは安心できるよ? それが家族なら、なおさら」

シャロ「家族……。人間関係には、友達とか、師弟とか、色んな種類があるけど、家族は中でも特別だと思うわ」

ココア「社会の基礎だよね。だから一番大事」

シャロ「他の関係性と家族の違いはね、その関係の終わりに立ち会う可能性が高いということよ」

ココア「終わり?」

シャロ「例えば、子供が親元を離れること、そうでなくても老いによる死別は避けられないわ」

ココア「確かに、家族は友人関係みたいに卒業とかの節目でフェードアウトすることもないしね」

シャロ「家族を弔うことは、家族の最高の栄誉であり、義務だと思うの」

シャロ「でも本当に、それによって、全てはあがなわれるのかしら」

シャロ「ほとんどの人間関係は非対称よ」

ココア「どういうこと?」


シャロ「例えば、親離れすること」

シャロ「子供は親に感謝するべきよね」

ココア「そうだね。親は、手間と、お金と、愛を注いでくれる。無償の愛を」

シャロ「でも子供は往々にして、数日もたてば、せわしない日常に埋没することができてしまう」

シャロ「親と同程度かそれ以上に報いることのできていないことは意識から薄れていき、するべき孝行は先延ばし」

シャロ「今の自分の生活を当然のものとみなすようになる」

シャロ「その程度に現実的で、薄情なんだと思う。そして、そのことを時折感じて、悲しくなる」

シャロ「私の経験によると、ね……」

ココア「何か考え違いをしてないかな?」

シャロ「妥当だと思うけど」

ココア「例えば、シャロちゃんが伝説のオムレツ職人になったとするでしょ? 毎日お店は予約でいっぱいで大繁盛」

シャロ「なによそれ……」

ココア「ある日、シャロちゃんが交通事故に遭いそうになったところをある人に助けてもらった」

ココア「その人に得意のオムレツで恩返しをしたいと思ったけど、その人は卵アレルギーでオムレツが食べられなかったとする」

ココア「だとしたら、シャロちゃんはどうする? オムレツを捨てて、板前になる?」

ココア「それとも、お店をたたんで、その人が事故に遭わない様に一日中監視する?」

シャロ「言いたいことはわかるわ。それが正しいことも」

シャロ「でも、無意識に感じてしまうことは、どうしようもないじゃない」

シャロ「……いや、私はただ、今の関係を壊したくないだけなのかもしれない」

シャロ「好きな人に、そのままでいてほしいと、自由であってほしいと思うのは、いけないことなのかしら」

ココア「つまり、シャロちゃんは自信が無いんだ」

シャロ「一言で言えばそうなるわね。だから、もっとがんばらないといけないのよ」

ココア「そっか。じゃあシャロちゃんは、もっともっと勉強をしないといけないんだね」

シャロ「そうよ」

ココア「バイトもたくさんしなくちゃね」

シャロ「ええ」

ココア「コーヒーもいっぱい飲んでドーピングしないとね」

シャロ「そうね……、いやそれは、やったら死にそうだから遠慮するわ」

ココア「えいっ!」ツン

シャロ「ひゃっ……!」ビクッ

シャロ「い、いきなり横腹をつつかないでよ。びっくりした」

ココア「いつも肩ひじ張って、体に力を込めているとね、不意打ちに弱いんだよ」ツン

シャロ「にゃっ! そこは弱いんだからやめて!」ブルッ

ココア「あのね、シャロちゃん……」

シャロ「なによ……」

ココア「私は今のシャロちゃんが好きだよ」ナデナテ

ココア「誠実なところも」

ココア「頭のいいところも」

ココア「つい期待に応えようとして無理しちゃうところも」゙

シャロ「……」

ココア「なかなか私たちの前では出さないけど、幼馴染を大切に思っているところも」ナデナデ

シャロ「……それはちょっと違うわね」

ココア「そういう照れ屋なところもかわいくて好きだよ」

シャロ「いや、そうじゃなくって……幼馴染だけでも、ないというか、その」ボソッ

ココア「ごめん、よく聞こえなかったよ。もう一回言って?」

シャロ「なんでもないわ。それを言うなら、今のココアだって、素敵なところがたくさんあるじゃない」

シャロ「例えば……、あ……」

ココア「……」

シャロ「……」

ココア「……あ、あはは、そうだよね。急には思いつかないよね、うん……。そ、そっかぁ」

シャロ「あ、違う違う! ちょっと別のことを考えてて!」

ココア「気を使わなくてもいいよ?」

シャロ「本当に違うのよ。その、デジカメってどのくらいするのかしら」

ココア「カメラ? 私のはお姉ちゃんのお下がりだから、よくわからないな~」

シャロ「私も写真を撮ってみようかなって思ったの」

ココア「どうして急に?」

シャロ「ココアが言ったんじゃない。写真は、幸福の保証になるって。私には気休めくらいかもしれないけど」

シャロ「そうしたら、少しだけ勇敢になれるのかもしれない」

ココア「ああ、なるほど」

ココア(私の話、ちゃんと伝わってたんだな……)

ココア「そういうことだったら、私のをあげるよ。ちょうど今日持ってきてるし」

シャロ「え、それは悪いわよ。多分、結構な値段するんでしょ?」

ココア「実家にもう一台同じカメラがあるんだ。福引で当たったの」

シャロ「そうなの……」

ココア「あ、じゃあ交換条件として、よく撮れた写真があったらみせてほしいな」

シャロ「うーん、それなら、お言葉に甘えようかしら……」

ココア「そうだ、クレープ食べるついでに、写真も撮ろうか。公園とか、風景のいいところでさ」

シャロ「見慣れている風景も、カメラのファインダーを通すと違って見えるのかしらね」

ココア「え? 変わらないと思うよ」

シャロ「そ、そう」

ココア「私は普段のシャロちゃんが何を見ているのかが気になるな~」

シャロ「ふーん……」

ココア「まあ私はシャロちゃんを撮影するけどね」

シャロ(交換条件にモデル料も含まれるの……?)

ココア「えへへ、こういうのって、なんかいいよね」

シャロ「ありがとう、悪いわね。返してほしかったら、いつでも返すから」

ココア「自分の使っていたものをあげるのってさ」

ココア「なんだか、姉妹みたいな感じがしない?」

シャロ「姉妹、ね……」

シャロ(昔、近所の人からよく言われたわね)

ココア「あ、いま千夜ちゃんのこと考えたでしょ」

シャロ「いやいや、考えてないわよ」

ココア「私と同衾してるのに違う女の子のことを考えるなんて、シャロちゃんはやっぱり思春期?」

シャロ「あんたは思春期を何だと思っているのよ!」

ココア「えへへ……」

ココア「私には何でも話してもいいんだよ。誰にも言わないからね」ナデナデ

シャロ「……ココアのやさしいところ、嫌いじゃないわ」

シャロ「ありがとう」

ココア「うん」

シャロ(なでられてたら、ぼーっとしてきた)

シャロ(お母さんと寝てたときも、こうしてもらってたっけ……)

シャロ「……」スー

ココア(シャロちゃん、なでてたら寝ちゃった。色々抱えて疲れてるよね)

ココア(よーし、私が一肌脱いじゃうから!)

ココア(明日はきっとなんとかなるよ)

ココア(おやすみ、シャロちゃん。いい夢が見られるといいね)

~翌朝~

シャロ(もう朝か……いつもの休日より早く目が覚めた)

シャロ(昔のことの夢を見た気がする。なんだか懐かしい気分だった)

シャロ(ココアはまだ寝てるわね)

シャロ(昨日は頑張ってくれたし、まだ寝かせておいてあげようかしら)

シャロ(朝食を作ってあげよう)

シャロ(我ながら気合の入った朝食ができたわ)

シャロ(目玉焼きは半熟、ベーコンはカリカリ、サラダには庭で育てたハーブ。トーストにはバターをたっぷり)

シャロ(騒がしくしてしまったつもりだったけど、ココアが起きないわね……)

シャロ(ほんのりと笑顔で、本当に幸せそうな寝顔だわ。なんだかうらやましい)

シャロ(そういえば、マヤちゃんが『お姉ちゃん』みたいな言葉で飛び起きるって言ってた気がする)

シャロ(マヤちゃんだったら姉貴って言ったのかしら。ちょっと実験してみよう)


シャロ(まず、ねーさま)

シャロ「ポケットマネー・サマーソルトキック」

ココア「すぴー」

シャロ(わかりにくかったかな。次は、おねーちゃん)

シャロ「アンティグォネー・チャンピオン」

ココア「むにゃむにゃ」

シャロ(文脈を理解しているの……? じゃあ、チノちゃんをまねて)

シャロ「ココアさん、朝ですよ」

ココア「ぐー」

シャロ「……ココアお姉ちゃん」ボソ

ココア「グーテンモルゲン、シャロちゃん!!」ガバッ

シャロ「わ、寝たふりしてたでしょ、ココア!」

ココア「えへ、バレた?」

シャロ「素直に起きなさいよ、もう。朝食が冷めちゃうでしょ!」

ココア「本当は、料理のいい匂いで起きてたよ」

シャロ「最初からじゃない!」

ココア「シャロちゃんって、ダメな夫でも流れで許す幼妻っぽいから」

ココア「『起きてくださいな、あなた』的なアレが聞けるんじゃないかと思って」

シャロ「本当に寝てたら、あんたはそれじゃあ起きないでしょ。知ってるわよ」

ココア「実際にはもっといいものが聞けて満足だよ」

シャロ「そう。それで満腹なら、朝食は抜きでいいわよね」プクツーン

ココア「とんだ鬼嫁だった! こめんなさい、それだけは!」

シャロ「誰があんたの嫁よ! ……顔洗ってきなさい、タオル出したから」

ココア「は~い」

~朝食後~

ココア「気を取り直して、パンを作ろうか」

シャロ「生地は昨日より膨らんでるわね。発酵で出た空気の穴もできてる」

ココア「手とまな板に打ち粉をして、土鍋に入るくらいに折りたたみます」

シャロ「結構ゆるいのね。これなら力がなくてもできるわ」

ココア「そして、打ち粉をした布にくるんで二時間放置だよ!」

シャロ「今回は本当に待ってばかりね」

ココア「ふふふ、お嬢さん。二時間も待つなんて退屈だ、そうお考えではございませんか?」

シャロ「いや、別に。やることならあるわよ、授業の予習とか」

ココア「そこは乗ってきて! 一緒に遊ぼうよ、トランプ持ってきたから!」

シャロ「準備がいいのね。何する?」

ココア「ここは定番のあれしかないよね」

シャロ「神経衰弱? ブラックジャック?」

ココア「ズバリ、ババ抜きだよ!!」

シャロ「ババ抜きって……ジョーカーの所在がまるわかりじゃない!」

ココア「シャロちゃん、甘く見てはいけないよ。これはチェスに匹敵する高度な心理戦なんだから。じゃあ、配るね」

シャロ「はいはい……」

ココア「あ、残り一枚だよ! これで私は、後攻になりさえすれば引いてもらって勝てる!」

シャロ「そう、よかったわね」

ココア「シャロちゃんは?」

シャロ「ゼロ枚よ」

ココア「う゛ぇぇ!?」

シャロ「残り一枚ってジョーカーでしょ? 二人だから残りはすべてペア」

ココア「こ、こんなはずじゃ……」

シャロ「別のゲームにしない?」

ココア「いーや、もう一回やろう! お姉ちゃん直伝の必勝法があるんだから!」

シャロ「何回やっても同じよ」

~二時間後~

シャロ「最初の一回以降、ココアに勝てなかった……」

ココア「ふふん、だから言ったでしょ? 私は強いって」

シャロ「悔しいわ……。ねぇ、もう一回しない?」

ココア「それもいいけど、そろそろパンを焼く時間だよ」

シャロ「そうだった。じゃあ、また今度ね」

ココア「挑戦はいついかなる時も受ける、それが王者!」

シャロ「そう言ってられるのも今のうちよ。モチでもついて待ってなさい」

ココア「負けたら窒息!? 間抜けすぎるよ!」

シャロ「生地はさっきより大きくなったわね。二倍くらい? もちもちしてる」

ココア「最高にかわいいよね!! ぐふふ、モエモエだよ。この弾力、たまりませんなぁ」

シャロ「生地が? ……そ、そうね」

ココア「まず、土鍋の蓋を閉めて三十分くらい焼いて、その後に蓋を開けて十五分くらい焼くよ」

ココア「ふたを開けると焦げやすいから、よく見ていようね」

シャロ「わかったわ」

ココア「我が子の成長を見守る親の気持ちでね」

シャロ「この子も、虫刺されを悪化させられたり、焼かれたり、災難ね」

ココア「艱難汝をモチモチパンにす」

シャロ「艱難というか、人災じゃないの?」

ココア「トラブルとは大体そういうものだよ」

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──────

ココア「うーん、いい匂いがするね!」

シャロ「そうね、香ばしいわ。パン屋さんの匂いは、すがすがしくて好きよ」

ココア「シャロちゃんはアルコールの匂いでは酔わないんだね」

シャロ「なんでもかんでも酔う訳じゃないわ」

ココア「……あのさ、シャロちゃん」

シャロ「なによ」

ココア「シャロちゃんってさ、本当は……」

シャロ「何? じれったいわね」

ココア「本当は、私が教える前に、パンを作ったことがあったりする?」

シャロ「……どうしてそう思うのよ」

ココア「なんとなく手慣れているというか」

シャロ「そうかしら」

ココア「焼き上がりまでの時間とか、一次発酵なんて言葉も知ってたし」

シャロ「それは……」

ココア「家のオーブンで焼けることも知ってた」

シャロ「……」

シャロ「そうよ。昔、一度お母さんと作ったことがあるわ。嘘をついてごめんなさい」

ココア「どうして知らないふりをしたの?」

シャロ「その、千夜ってココアのパンが好きだから、謝るときに一緒に持っていったらどうかと……」

シャロ「……いや、違うわ。本当は、ココアに話を聞いてほしかったの」

ココア「私に?」

シャロ「家庭の事情を知ってるし、ココアなら相談に乗ってくれるかなって」

シャロ「気兼ねなく話せる友人って、あんまり多くないのよ、私」

シャロ「それに、私だけココアからパンの作り方を習った事なくて、ちょっと寂しかった……っていうのもある、かも」

シャロ「迷惑だったら、ごめんなさい」

ココア「ううん、迷惑なんかじゃないよ。私もシャロちゃんと沢山お話しできて嬉しい」

シャロ「そう、ありがとう」

ココア「私の実家にはね、家族の掟があるんだよ」

シャロ「掟?」

ココア「いくつかあるんだけどね、その一つは、『相手の目の動きを見ること』!」

シャロ「へぇ……。え、動き?」

ココア「あ、間違えた。これはババ抜きの必勝法だった」

シャロ「そ、そうなの」

ココア「こほん。それは『正直であること』!」

ココア「シャロちゃんが正直になってくれて嬉しいよ。でも、正直になる相手は、もう一人いるんじゃないかな?」

シャロ「それは……」

ココア「もうじきパンの焼きあがりだね。パンはやっぱり焼きたてがおいしい」

ココア「そして、みんなで食べるともっとおいしい。ということで、特別ゲストをご招待いたしました!!」

シャロ「ゲスト? まさか」

ココア「そろそろ来ると思うよ。さっきメールで呼んだんだ。私は役目を終えたので帰ります」

シャロ「私にも心の準備ってものが」

ココア「あとはパンを取り出して切るだけだから、シチューと一緒に食べるといいよ。あと牛乳寒天も二つあるでしょ?」

シャロ「それはそうだけど!」

千夜「ココアちゃん、シャロちゃん、お話って何かしら?」コンコン

ココア「千夜ちゃん! 開いてるから入っておいで~」

シャロ「ちょ、ちょっと!」

千夜「失礼するわね」ガチャ

ココア「後は若いお二人にお任せいたしますぞ。ではでは~」バタン

シャロ「あ、ココア!」

千夜「シャロちゃん、あの……」

シャロ「……まぁ、座ってよ。今昼食の準備するわ」ハァ

シャロ「いただきます」

千夜「いただきます」

千夜「このパン、もちもちでおいしいわね」

シャロ「ココアに作り方を教わったからじゃないかしら」

千夜「あら、シャロちゃんが作ったんでしょ? ならシャロちゃんのパンよ。シャロパンよ」

シャロ「何よそれ。じゃあ、あんたの栗羊羹は千夜栗羊羹になるわけ?」

千夜「千夜月よ」

シャロ「そうだったわね……」

千夜「ねぇ、シャロちゃん。この前の話の続きをしてもいいかしら」

シャロ「もともと、こっちもそのつもりだったの。こんな形になったけど」

千夜「私はね、シャロちゃんが心配なの。風邪ひいていても勉強しようとしたりするでしょう?」

千夜「いつか倒れるんじゃないかって。頼ってもらえないのも辛いのよ」

シャロ「うん……」

千夜「思っていることは、できるだけ言葉にしてほしいの」

千夜「私、シャロちゃんほど頭がよくないから、都合よく察するなんてできないのよ」

千夜「だから、もっとシャロちゃんの考えを聞かせてもらえないかしら」

シャロ「私の考えは、昔から変わってないわ」

シャロ「つまり……千夜と対等でありたいのよ」

シャロ「高校に入って一人暮らしになったときに、晩ご飯を宇治松家で食べることを断ったときと同じ」

シャロ「あんたの負担になるのも心苦しいし」

千夜「そんなこと」

シャロ「話は最後まで聞いて」

シャロ「色々と、変なことを考えてしまうのよ」

シャロ「例えば、千夜が私を助けることに陶酔しているんじゃないかって、一瞬でも邪推してしまう自分が許せない」

シャロ「千夜は絶対そんなこと考えずに、相手のことだけを考えて行動する優しい子だって、私は知っているわ」

シャロ「他にも、私が気に病まないように、千夜に必要以上に気遣われてるんじゃないかって、勘繰ってみたり」

シャロ「そんな風に疑うことに自己嫌悪する」

シャロ「そうやって、無意識に卑屈になると、本当にあんたに心配させちゃうし」

シャロ「何より千夜は、そのままの千夜が素敵だと思うから」

シャロ「したいことを、のびのびとしている姿が魅力的だから」

シャロ「余計なことに気を取られてほしくないのよ」

シャロ「つまりは、私のわがまま。ごめんね、振り回してしまって」

千夜「そうなの……」

シャロ「おとといは、勝手に怒ってしまってごめんなさい」

千夜「シャロちゃんの中に、私はいてはいけないのかしら」

シャロ「え?」

千夜「私の中にはシャロちゃんがいて、それが私でもあると思っているんだけど、それは思い違いなの?」

シャロ「そんなの……当り前よ。私の中にも、いるに決まってるわ」

千夜「なら、それでいいじゃない。私の方こそ、主張を押し付けるばかりでごめんなさい」

シャロ「いいのよ。言わずにためこまれる方がつらいわ」

シャロ「じゃあ、この話はこれでおしまい。これまで通りってことで……」

千夜「よくないわ」

シャロ「いいかしら……。え?」

千夜「それだと、お互いに理解が深まっただけじゃない」

シャロ「得るものはあったと思うけど」

千夜「だめよ。シャロちゃんがオーバーヒートする未来は変わらないわ」

シャロ(倒れるのは確定なのね)


千夜「そこで提案なんだけど、やっぱり週に何回か、ご飯をうちで食べない?」

シャロ「だから、それは……」

千夜「そのかわり、同じ回数だけ私もシャロちゃんの家で食べてもいいかしら」

シャロ「え、千夜がうちで?」

千夜「これで、対等じゃない?」

シャロ「あんまり豪勢なものは出ないわよ……」

千夜「大丈夫よ、私もやし好きだから」

シャロ「もやしばっかり食べてるわけじゃないわよ!」

千夜「じゃあ、何食べてるの?」

シャロ「え、……お豆腐とか」

千夜「倒れる! いつか絶対倒れるわ!」

シャロ「う、うるさい! 大豆は栄養豊富なのよ! 畑の肉!」


千夜「食事の指導は今後するとして、試しに始めてみない?」

シャロ「そこまで言うなら……わかった」

千夜「シャロちゃんの手料理が毎週食べられるなんて、楽しみ」

千夜「つい夢中になっちゃった。シチューが冷めちゃうわ、食べましょう」

シャロ「そうね。あ、そうだ。はい」

千夜「あら、そうだったわね。うん、これで仲直り」ギュ

シャロ(いつからだったか、私と千夜は、仲直りをするときには握手をすることにしている)

シャロ(だから多分、千夜の手は誰よりも私が知っていると思う)

シャロ(今の千夜の手は……昔より、少しだけ大人の手になったように感じた)



『握った手と手はハートの大きさ』

~おしまい~

~おまけ そのいち~


千夜「ごちそうさまでした」

シャロ「お粗末様」

千夜「どれもおいしかったわ。全部白いものだったのはワザと?」

シャロ「たまたまよ」

千夜「名付けるなら『純白の岩漿<マグマ>と崩壊せし氷河<グレイシア>』なんてどうかしら」

シャロ「パン要素が薄い」

千夜「言われてみるとそうね……」

シャロ「でも確かに、いつも作って食べてるのよりおいしかった。ココアってああ見えて料理が上手なのね」

千夜「あら、シャロちゃんも一緒に作ったんでしょう?」

シャロ「でも、レシピはココアのだし」

千夜「いつもの食事と違う要素は他にもあるでしょう。シャロちゃんって、いつも一人で食べてるのよね?」

シャロ「一人暮らしだしね。誰と食べたかが違うって言いたいの?」

千夜「そうよ。味も香りも歯触りも、結局は脳に流れる電気信号だもの」

千夜「視覚とか、一緒にお話しして楽しいっていう気持ちも、調味料になるんじゃないかしら」

千夜「梅干を見ただけでよだれが出てくるのの逆よ」

シャロ「そういうものかしら」

千夜「食後に聞くのも変かもしれないけど、うちで何か食べたいものはある? 検討するわ」

シャロ「そうね……。じゃあ、カレー」

千夜「胸焼け必至の激甘あんこカレーと、舌がただれる灼熱のハバネロカレーなら、どっちがいいかしら」

シャロ「普通のでいいわよ、普通ので! この前だって、お裾分けしてくれたでしょ!」

千夜「真っ先にカレーを挙げるなんて、案外お子様ね」フフ

シャロ「いいじゃない。カレーは女の子の味らしいわよ」

千夜「私はシャロちゃんと食べるものなら、どんなものでも幸せの味がするわ。冷奴でも、もやし炒めでも」

シャロ「はいはい、それはお手軽でいいわね」

千夜「さて、通い妻の地位を得たことだし、色々と準備しなくちゃね」

シャロ「いつあんたが私の妻になったのよ」

千夜「あ、通い夫の方がよかった? シャロちゃんのためなら、羽織袴も着こなしてみせるわ」

シャロ「何で神社で結婚するつもりなのよ!」

千夜「教会の方がいい?」

シャロ「そういう問題じゃないわ」

千夜「シャロちゃんがそう言うのはわかってた。でも、胃袋を掴まれた後では違う返事がしたくなると思うわ」

シャロ「ならないと思う。私たちは親友でしょ?」

千夜「あら、シャロちゃんがデレたわ」

シャロ「デレてないし」

千夜「今日はなんだかデレデレね」

シャロ「いつも通りよ」

千夜「そういえば、このカメラはココアちゃんの忘れ物?」

シャロ「ああ、それココアからもらったのよ」

千夜「そ、そうなの。……随分仲良しさんになったのね。まさか昨日、本当に……」

シャロ「違うから! 誤解よ、誤解!」

シャロ「せっかくだし、一枚、一緒に撮らない? タイマーの使い方を教えてもらったの」

千夜「そう。じゃあ、シャロちゃんを信じるわ」

千夜「私、宇治松千夜は、シャロちゃんの言葉に嘘偽りがないと確信していることを誓うわ。甘兎の名に懸けて」

シャロ「確信してるなら、なんで二回言ったのよ……」

シャロ「はい、撮るわよ。笑って」

千夜「もう少し近寄らないと、フレームに収まらないわ!」

シャロ「ちょっと、くっつきすぎ!」パシャッ

シャロ「あーもう、変なタイミングでシャッター切れたじゃない」

千夜「見せてもらっていい?」

シャロ「えーっと、ここかしら」ピッ

シャロ「これは……」

千夜「あら、二人とも目が半開きだわ。撮りなおす?」

シャロ「そうね……」

シャロ「いや、このままでいいわ。ふふ、なんだか笑えるし」

千夜「それもそうね。それ、今度ちょうだいね?」クスッ

シャロ「うん、わかったわ」

千夜「それじゃあ、そろそろ帰るわね」

シャロ「私もそろそろバイトだわ。それじゃあね」

千夜「ええ、またね」ガチャ

シャロ(昨日から、何かと慌ただしくて、あっという間だった)

シャロ(微かに残るパンの匂いをかぐと、その原因、ココアを思い出す)

シャロ(ハーブティーを飲むようになったのは、元々はカフェインが苦手な私のために母が買ってきたのがきっかけだ)

シャロ(いつの間にか、その豊かな芳香に惹かれて自分でもハーブを育てるようになった)

シャロ(嗅覚を言葉で伝えるのは難しい。だから、味わったことのない香りを探すには、自分でかいでみるより他はない)

シャロ(新たな香気を発見するたび、自分の世界が広がっていくのを感じる)

シャロ(どうやら、好きな香りがまた一つ増えたみたいだ)

シャロ「……バイトが終わったら、たまにはココアでも買って帰ろうかしらね」

~おしまい~

~おまけ そのに~

【ラビットハウス】

ココア「ただいま~」

ココア「ふー。久しぶりの我が家はいいねぇ」

チノ「おかえりなさい、ココアさん。ちょっとダイニングまで来てもらっていいですか?」

ココア「いいよ。何かあるの?」

チノ「見せたいものがあるんです」

ココア「なにかな~。サプライズ?」

チノ「まずは、これをどうぞ」

ココア「わぁ、一日ぶりのコーヒーだ! ……あれ、紙コップ?」

チノ「ええ。これから我が家では、紙製の食器を積極的に使っていきます」

ココア「えっ、本当に?」

チノ「お皿はこの紙皿になります」

ココア「んまぁ、冗談でしょ……? あ、この紙コップもふもふだね」

チノ「お目が高いですね、ココアさん。その紙コップは耐熱性が高いので、ホットドリンクも注げます」

チノ「お店でもこちらに切り替えていく予定です」

ココア「そんな! いくらなんでもあんまりだよ!」

チノ「食器を洗う手間も省けますから、回転率が上がりますよ、多分」

ココア「私がしょっちゅう割ってるから? ごめんなさい、これからは気を付けるから!」

チノ「私はもう、ココアさんが傷つくところを見たくないんです」

ココア「それは……」

チノ「理解してください」

ココア「……でもチノちゃん、それはね」

チノ「というのは冗談です」

ココア「おじいさんも望んでないんじゃ……え?」

チノ「本当に見せたかったのはこの箱の中です」

チノ「しかしココアさん、本当にケガには気を付けてくださいね? 命あってのパン生地、安全第一です」

ココア「そ、そっかぁ、よかった。うん、今後は気を付けます」

ココア「……いや、よくないよ! お店のことで冗談を言われると、本当のことかと思っちゃうでしょ!」

チノ「それもそうですね、すみません」

ココア「箱の中を見てもいい?」

チノ「ええ、どうぞ」

ココア「結構大きい箱だね……中身は皿とコップ、それに箸、スプーン、フォークなどなど。たくさんあるね!」

チノ「ココアさんの食器は元々、来客用でしたので。父と私の分も合わせて新調したんです」

ココア「そうなんだ。ありがとう、チノちゃん!」

チノ「お金を出したのは父なので、父に言ってあげてください。それに、千夜さんに選ぶのを手伝ってもらいましたし」

ココア(千夜ちゃんが忙しいって言っていたのはこれか~)

ティッピー「提案者はチノじゃろ。最終的に選んだのもチノじゃ」

ココア「そうなの?」

チノ「まあ、はい。そうです。いい機会でしたし、この方が、なんというか、……か……」

ココア「か?」

チノ「……か、家族っぽいかなと、思いまして」

チノ「ほら、ココアさん前に言ってたじゃないですか。私の父も父親同然とか、第二の実家とか」

チノ「それを反映したというか、その、そういった感じというか……」モジモジ

ココア「チ、チノちゃん!!」ダキッ

チノ「わ、ココアさん」

ココア「私、いいお姉ちゃんになれるように、がんばるからね!」

チノ「いえ、空回りするのが目に見えているので、いつも通りで結構です」

ココア「チノちゃんが『お姉ちゃん』って呼んでくれたら、もっと頑張れる気がするなぁ」

チノ「たまに言われるからありがたみがあるんですよ」

ココア「そうかな~?」

チノ「ええ、飽きてしまいますからね」

ココア「いつ聞いてもいいものだよ? でも、今はチノちゃんの温もりで手を打とうかな」モフモフ

チノ「そういうものですよ、ココアお姉ちゃん」ボソ

ココア「!!」

ココア「今、お姉ちゃんって!!」

チノ「次呼ぶのは三年後です」

ココア「それだと私、卒業しちゃってるんだけど……。もうちょっと頻度上げてほしいな?」

チノ「もし離れても、また、会いに来てください。妹の頼みは断りませんよね、お姉ちゃん?」

ココア「チノちゃん、今……! 合点承知の助だよ、チノちゃん!!」

ココア「お姉ちゃんにまっかせなさ~い!!」

ティッピー(チノもココアの扱いが上手になったようじゃが、喜んでいいのかのう……)


~おしまい~

~おまけ そのさん~


~ある日の深夜~


【ラビットハウス】

タカヒロ「ちょっと聞いてくれないか。困っていることがある」

リゼ父「なんだ。話してみろ」

タカヒロ「最近、チノがよく質問してくるんだ」

リゼ父「親子で会話があるってのは、いいことじゃねぇか」

タカヒロ「問題はその内容だ」

リゼ父「もったいぶるな。話せ」

タカヒロ「高校生は恋愛の対象になるか、とか聞いてくる」

リゼ父「まさかお前、リゼに手を出すつもりか! そんなことしたら、絶対許さねぇぞ」

タカヒロ「俺もそのつもりはない。チノの言っているのは多分、ココアという、居候の子のことだと思う」

タカヒロ「チノはその子によくなついているから、俺が結婚すればずっと一緒にいられると思ったんだろう」

リゼ父「ああ、そういやリゼの一つ下の娘がいるって言ってたな」

タカヒロ「今日、俺の部屋の机に映画のチケットが二枚置いてあった」

リゼ父「それで、ココアって子を誘ったのか?」

タカヒロ「そんな訳ないだろう。チノとココア君の二人で行ってくるように言ったさ」

リゼ父「チノちゃんは、そんなの予想してたんじゃないのか」

タカヒロ「そうだ。友人との先約があるから、俺とココア君で観に行けと言ってきた」

タカヒロ「だが、その先約の相手の友人に、既に別の用事があることをココア君は知っていた」

リゼ父「そりゃチノちゃんの詰めが甘かったな」

タカヒロ「そこでココア君が変に気を回してきて、私とチノで観に行くことを提案された」

リゼ父「なんだそりゃ」

タカヒロ「結局、明日チノと一緒に観に行くことになった」

リゼ父「そうか。まぁ楽しんで来いよ」

タカヒロ「ああ、こういうのは随分と久しぶりだからな」

リゼ父「よかったじゃねぇか。ココアって子に感謝だな」

リゼ父「それで……困ったことってなんなんだよ」

タカヒロ「幸せすぎて困る」

リゼ父「ただの自慢じゃねえか!」


~おしまい~

これでほんとうに終わりです。ありがとうございました。

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