『Angelite』 (36)

『方角はどうでも愛の為に叫ぼう
語り尽くせぬ命の話を
今も花は咲き、花は散るもの
せめて一瞬の輝きを………』


~~~♪

カンターレ カンターレ

静寂に揺れ打つ、夜を駆り立てる魅惑の伴奏

燃え上がる炎に照らされた壁に写し出される、いくつもの影絵

舞い躍り、酒を煽り、歌に合わせて揺さぶるサマは情熱的で
この空間に備わる全てが止めどなく胸を打ち震わせる

分厚いフードを目深に被り、ミステリアスな歌劇を披露するジプシーの群れ
観衆に驚きと笑顔を恵み、一夜の内に荒稼ぎする

それが彼らの生業だ

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ヒューヒュー!

踊り子「Fuu...♪」バッ

陽気に口笛を吹き、囃し立てる人波をすり抜けて颯爽と舞う妖艶な美女
鮮やかな真紅のドレスを翻し、瞬く間に衆人の視線をさらう
彼女の登場に派手なざわめきが散り、賑やかな夜は深みを増していく

軽やかに足を踏み鳴らし、小気味良く手拍子を打つたびに
首元に飾られたきらびやかなロケットペンダントが激しく揺れ動く
彼女から発せられる靴音が、空気を弾く掌が、影絵を躍り狂わせた

美しく優雅に、それでいて慎ましくたおやかに
観衆はただ一心に流れ去る仕草の一つ一つを目で追っていた

酒場

ワイワイガヤガヤ

旅人「……」ジーッ

見物人「あの娘が気になりなさるか、旦那」

旅人「…あんたは?」

見物人「なぁに、ただの見物でさぁ。こんな楽しい最中、ポツリと立ちすくむ背中が見ちゃらんなくてね」

旅人「ご心配には及ばない。楽しませてもらっているよ」

見物人「そうは見えやせんねぇ」

旅人「なぜそのように思われる?」

見物人「いやぁ、なんとなくってヤツですよ」

旅人「ずいぶんと勘が働くんだな」

見物人「所詮は勘ですがね。働かしたとこで当てずっぽうだ」

旅人「…それもそうだ」

見物人「ついぞ会ったばかりですが、お近づきに一杯いかがですか」スッ

旅人「…あぁ、ありがたく頂こうか」パシッ

見物人「おやぁ?」

旅人「なんだ?」

見物人「右側から差し出されたグラスを左手で受け取るのがどうにも気になりやして」

旅人「左利きでな。クセなのさ」

見物人「へぇ、しかしその赤いバンダナ……とても洒落てらっしゃる」ジッ

旅人「……」

見物人「右腕に巻かれてやすが、なんぞ事情でも?」

旅人「…どうだかな」

見物人「おっと、余計な詮索でしたね。まずは乾杯しやしょうか」

旅人「サルー」スッ

見物人「サルー!」カンッ

見物人「身形から見るに旦那は外の人ですかい」

旅人「あぁ」

見物人「どちらからおいでなすったんで」

旅人「別にどことも言えないな。しがない根なし草さ」

見物人「ありゃ、聞かれると困る感じですか」

旅人「語れるような過去を持たないだけだ」

見物人「むず痒いなぁ。人ってなぁ隠されると探りたくなるもんです」

旅人「探ったところで、とは思わないか」

見物人「まぁ首突っ込むようなこっちゃありませんがね」

旅人「そういうことだ」グビッ

見物人「お強いですねぇ。バーボンのロックを一口で飲み干しちまうなんて」

旅人「演奏と踊りに釣られてな。彼らのパフォーマンスはリズムよく飲ませてくれるよ」フイー

見物人「ふぅん…ここに来るのは今夜が初めてですかい」

旅人「そうなるな」

見物人「へぇ、そいつはツイてる。なんせ今夜の踊り子はあのアンジェリータだ」

旅人「アンジェリータというのか。あの娘は」

見物人「はい。この界隈じゃ知らないヤツはいやせんよ」

旅人「どんな娘なんだ?」

見物人「気になりやすか?じっくりと眺めてらしたもんねぇ?」ニヤリ

旅人「茶化すならいい。酒の肴に尋ねてみただけだ」

見物人「へへ、軽口が過ぎやした。お話しやすよ」ニシシ

見物人「嫌われ者のジプシーがお宝引っ提げて名乗りを挙げた。ここ数日、町はその噂で持ちきりですよ」

旅人「たしかに綺麗だな」

見物人「旦那がお目当てになるのも無理はない」

旅人「フラッと立ち寄っただけさ。酒場がずいぶん賑わってたのが目に止まってな」

見物人「この酒場は町じゃ三流のボロ小屋だ。あいつらが歌い踊るにはもってこいってな」

旅人「なるほどな…」

見物人「当然、飲みに来るのもあっしらのような貧乏人か、ならず者の集団ですよ。それともなきゃ旦那みたいな外の人」

旅人「濁してくれなくていい。はっきり貧乏人と言ってくれ」

見物人「そりゃどうでしょ。素性が知れねぇって意味じゃ金持ちかならず者かも分かりやせん」

旅人「よほど気になるんだな。俺の素性が」

見物人「いやいや、単なる戯れ言ですわ」

旅人「そうか…」グビッ

タンタタンッ パパンッ

旅人「……」

見物人「しかし上品に踊るもんだ。ジプシーにしとくにゃ惜しいですわ」

旅人「あの舞いはスペイン発祥のフラメンコだな…」

見物人「知っていなさる?」

旅人「昔、たまたま滞在してた地で見たことがある」

見物人「スペインにいらしたんで?」

旅人「さて、どうだったかな」

見物人「とことん気になる言い方をするもんで」

旅人「忘れてしまったよ。いささか飲みすぎた」

見物人「お、アンジェリータが下がった。今夜はここらでお開きみたいです」

旅人「…俺も帰るとするか」ジャラッ

見物人「おや、あっしはまだ飲み足りないんですがねぇ」

旅人「いい酒だったよ。また縁があれば」ガタッ

見物人「でしたら明日、市場で会えやせんか。話がありますんで」

旅人「話す…?なにをだ?」

見物人「そりゃ来てからのお楽しみでさぁ」

旅人「気が向けばな…」スタスタ

見物人「待ってやすよ、旦那」ニヤリ

路地

ヒュールルル

旅人「……」スタスタ

キャーッ!!!

旅人「?」チラッ


ごろつき1「オラ!ジプシーの分際でカマトトぶってんじゃねぇぞ!」ビリビリ

ごろつき2「おとなしくヤられてりゃいいんだよ!」ガスッ

少女「あぐっ!」ドサッ


旅人「……」

ごろつき1「へへ、肉付きはねぇが、なかなか可愛いツラしてんじゃねーか」グシシ

ごろつき2「たっぷり可愛がってやるぜ」グシシ

ごろつき1「まぁ本当の目当てはおめぇじゃねーがな!」

ごろつき2「ギャハハハハ!!」

少女「ひぃっ…ひん……」シクシク

旅人「おい」ザッ

ごろつき1「あぁ?」

ごろつき2「なんだ、おめぇは?」

旅人「何をしてるんだ。そんな小さな娘に大の男がよってたかって」

ごろつき1「はぁ?拐ってきたんだよ」

ごろつき2「加護の下にあるメキシコじゃ当たり前のこった」

旅人「…加護ってのは気色悪い神属のか」

ごろつき1「き、気色悪いだぁ?正気か、てめぇ!」

ごろつき2「もっぺん抜かしてみろ!そこらを見回る神兵様に聞こえるようにな!」

旅人「何度でも言ってやるさ。神属もお前ら狂信者も胸糞悪いケダモノだ」ペッ

ごろつき1「のやろう!!」バッ

ごろつき2「ぶっ殺してやる!!」バッ

バキッ ガッ ゴスッ ドカッ

ごろつき1「うぐぅ……」ピクピク

ごろつき2「いでぇよぉ~…」

旅人「ふぅ……」パッパッ

少女「ふあっ…はうっ…」ブルブル

旅人「立てるか、お嬢ちゃん」スッ

少女「」ビクッ

旅人「どうした?どこか痛むのか?」

少女「イヤァッ!」パシンッ

旅人「ん…」ヒリヒリ

少女「さわら、ないでっ」グスッ

旅人「……」

少女「同情なんていらない!」

旅人「…すまん」

少女「ジプシーの女はみじめよ…!なにをされても、文句を言えない…。血を吐いても、乱暴に抱かれても、泣くことしかできない…!」グスグス

旅人「……」

少女「でも…わたしは…このまま終わらないんだから!踊りを極めて、たくさんの人を魅了して、ここから脱け出す…絶対によ!」グシッ

旅人「いい夢だな…」ナデリ

少女「だからやめっ…!?」バッ

旅人「俺もだ」スッ

少女「……?」ビクビク

旅人「俺もジプシーだった」

少女「!?」

少女「おじ、さんが…?ウソ…?」

旅人「ウソじゃない」スルッ

少女「ひっ…」ゾクッ

旅人「醜いだろう。普段はこうしてバンダナを巻いて隠してるんだがな」

少女「その腕……どうして…?」

旅人「もう20年も前になるか…。俺はとんでもない罪を犯したらしく、その罰に焼かれたのさ」

少女「なん、で?」ブルブル

旅人「ある女と人生を変えた出会いがあってな」

少女「女の人…?」ブルブル

旅人「それが運命を狂わせた。つまらない話だ」

少女「何があったの…?」

旅人「…さぁな。忘れたよ」フッ

少女「おじさん、何者なの…」

旅人「単なる流れ者さ」

少女「……」

旅人「さ、お嬢ちゃんの一座まで送り届けようか」

少女「」コクリ

一座のテント

座長「本当にありがとうございました!」ペコッ

旅人「この辺りじゃジプシーを拐う輩も多い。お嬢ちゃんから目を離さないようにな」

少女「……」

座長「お前も礼を言いなさい!」

少女「」タタタッ

座長「あっ!あいつ…!」

旅人「構わないよ。まだ恐怖が残ってるんだろう」

座長「すみません…。何もお返し出来ませんが、せめてお礼に一晩泊まっていかれませんか。汚いテントですが酒とトトボスを振る舞いましょう」

旅人「結構だ。宿は取ってある」

座長「そうですか…」シュン

旅人「…そういえば酒場の一幕を見させてもらったが」

座長「おぉ、見てくださったのですか!いかがでした?」

旅人「とても心地のよい演舞だった。おかげで今夜は酒が進んだよ」

座長「嬉しいお言葉です。我ながら今夜の出来には実感がございました」テレッ

旅人「あの踊り子が出てきた途端、店中が興奮に沸いてたな」

座長「いやはや、本当にありがたい。あの娘はうちに欠かせない宝ですから」

旅人「ほう、よほど信頼されてるんだな」

座長「彼女はこの一団で一番の稼ぎ頭でして、不幸を背負っていながら泣き言一つ漏らさない自慢の踊り子ですよ」

旅人「不幸…?」

座長「実はあの娘はみなしごでしてね。その昔、スペインで活動していた頃に先代の座長が拾ってきたのです」

旅人「スペインで…?」

座長「はい。おそらくはどこぞの娼婦が身籠って、というところかと…」

旅人「確かに恵まれた生い立ちとは言えないな」

座長「かくいう我々も、なにかと生きづらい世の中だと感じています…」

旅人「……」

座長「湿っぽくなってしまいましたね。せっかくお褒めいただいたのにすみません…」

旅人「構わないさ。ところで、まだここで演奏をするのか」

座長「…明日が最後の演舞になります」

旅人「そうか。なら立ち見させてもらうよ」

座長「あ、ありがとうございます!」パァァ

旅人「じゃあまた明日、楽しみにしているよ」スタスタ

座長「はい!」ペコッ

宿

旅人「……」ゴロン


『よくも穢れた血を娘の腹に宿らせたな!貴様が娘をケダモノにしたのだ!!』

『聖者を魔に引きずり込む、その穢らわしい腕を焼いてくれる!罪人の印として一生、悔やみ続けるといい!』


『なぁマリア…俺たちは何を間違えたんだ』

『君に心奪われ、恋を実らせ、愛の形を残した。よくある話じゃないか』

『俺たちの誓った永遠は果たされることなく引き裂かれるべきなのか?』


『…わたくしは神の娘として天命を受け入れなければなりません』

『どうかこの子を…わたくしとあなたの愛で結ばれた命を人の世に生かしてあげてください』

『大丈夫。私の命は消え去っても…このチャームに私の魂が眠っています』

『涙が止まらなくなったら、これを開いて見せて…』


旅人「(なぜ今になって、こんな事を思い出すんだか…)」

市場

ワイワイガヤガヤ

露店商「もし、旅のお方!瑞々しいアップルはいかが!」

ジャラッ

露店商「まいどあり!」

旅人「」シャクッ

ワイワイガヤガヤ

旅人「」チラッ

神兵「」ザッザッザッ

旅人「(……)」スタスタ

ザッザッザッ………

旅人「ふん…」シャクッ

ポンッ

旅人「!?」バッ

見物人「うおっ!なにもそんな勢いよく振り向かんでも?」

旅人「あんたは……」

見物人「昨夜は楽しかったですなぁ…ングッングッ」グビッ

旅人「朝っぱらから酒か」

見物人「ふいー…飲まなきゃやってられやせんからね」

旅人「仕事は?」

見物人「してやせんよ。ここ数年は日銭稼ぎの穀潰しでさぁ」

旅人「そいつは難儀だな」

見物人「へへ、まぁね…てめぇで稼いでるっつー意味じゃジプシーのが利口かもしれやせん」ヒック

旅人「…で、そんなあんたがなぜ俺に付きまとう」

見物人「付きまとうって言い方はねぇでしょう。人聞きの悪い」

旅人「用がないなら行くぞ…」スクッ

見物人「あー待った待った!分かりやした!言いやすよ!」アセアセ

旅人「……」

見物人「今夜、さる一座を襲撃するんですが旦那も一口乗りやせんか?」

旅人「なに…?」

見物人「ここじゃなんなんで……」ニヤリ

旅人「……」

裏路地

見物人「お察しの通り、獲物は昨夜のジプシーですよ」

旅人「……」

見物人「なんせ向こうは大所帯だ。襲うにも人手が要る」

旅人「なぜ俺なんだ」

見物人「見たとこ旦那からはただならぬ匂いがする。あっしの勘ですがね」

旅人「あてにならないな…」

見物人「もちろんタダとは言いやせん。謝礼はたんまりと」

旅人「…二つ返事で請けるには割りに合わないキナ臭さだ」

見物人「まぁ不審に思いまさぁね。ですが信用してくれていい」

旅人「……?」

見物人「今回の行いには"加護"が付いてる。罪も罰もなくご馳走にありつけるって話ですよ」

旅人「神属が糸を引いてるのか…?」

見物人「おっと……ただ単に嫌われ者のジプシーをなぶろうと咎められる筋はねぇってだけで」

旅人「…目的は金だけか?」

見物人「シシ……耳を貸してくだせぇ」ニヤニヤ

旅人「……」スッ

見物人「旦那は口が固そうだから教えやすが…本当の標的はアンジェリータですよ」コショコショ

旅人「……」

見物人「ジプシーたぁ言っても上等だ。気品ある舞い、絹のように滑らかな肌、そしてなによりあの美貌……ほっとく手はありやせん」

旅人「拐ってどうする?」

見物人「決まってんでしょう。"貢ぎ物"ですよ…」ニヤニヤ

旅人「そう命令されたのか」

見物人「そこまでは…?ですが旨味は分かっていただけたかと」

旅人「…いいだろう。協力しよう」

見物人「シシ…では明晩、ここに来てください。そこで仲間と合流しやすんで」

旅人「分かった…」

夕闇に静まり、次第に色褪せていく裏路地を人々の活気が波立てる
下層民は僅かな娯楽を求め、酔いと踊りに明け暮れていた


座長「アミーゴ!お待たせしました!我らが自慢の踊り子、アンジェリータ!!」ポロンポロン

ワァァァァアアアアアア!!!

パチパチ パチパチ

カッカッカカカッ

旅人「……」

踊り子「」タンタタン

貧民1「おぉこっちに来るぞ!」

貧民2「ヒューヒュー!」

踊り子「」スッ

旅人「!」

踊り子「」ニコッ

旅人「……」ペコッ

踊り子「踊りましょう?」パシッ

旅人「なっ……」グイッ

ヒューヒュー! ブラボー!


手繰り寄せられるがまま
男は女の手を掴み、離れてもなお掴み
懐かしむように足踏みを鳴らした

ただ身を任せ、記憶の奥底に秘めた感情を慈しむ
なんて素晴らしい一時だろう
ひたすらに愛しさを思い浮かべた

暗い過去に鍵を掛けたまま
人込みを押し退け、彼女が手に取るバラをくわえ去るまで
男女は足踏みを鳴らし続けた

酒場

旅人「マルガリータを」

店員「かしこまりました」

???「同じ物をもらえる?」

旅人「は…?」クルッ

踊り子「ご一緒していいかしら」クスッ

旅人「君は……」

踊り子「ファヒータもね」カタッ

店員「ただいまお持ちします」ペコッ

踊り子「サルー!」スッ

旅人「サルー…」カンッ

踊り子「」グビグビ

旅人「いい飲みっぷりだな」グビッ

踊り子「あら、はしたなくてごめんなさい。だてに汚れてないから?」クスッ

旅人「皮肉のつもりじゃなかったんだが」

踊り子「そう?ところであなた、お上手なのね。すごく踊りやすかったわ」

旅人「それこそ皮肉だな。君のリズムに合わせるので精一杯だったよ」

踊り子「本心よ。どこかで習ってたの?」

旅人「…昔、嗜む程度にな」

踊り子「ふーん。ジプシーだったんですってね」

旅人「聞いたのか?」

踊り子「えぇ、あの子から昨夜のことは聞いてるわ」

旅人「そうか…」

踊り子「私からも礼を言わせて」

旅人「もう十分だ。こんなに素敵な女性と踊らせてもらえたんだから」

踊り子「フフ!嬉しいけど何も出てこないわよ?」

旅人「そいつは残念だな」グビッ

踊り子「よければお名前、聞かせてもらえる?」

旅人「…ホセ・サンターナだ」

踊り子「そう。私はアンジェリータ」

旅人「覚えておくよ…」

踊り子「グラシアス!今日の出会いに感謝を込めて!」スッ

旅人「訛りがないんだな」ガシッ

踊り子「ウフフ!こう見えてルーツはスペインなのよ。座長から聞かなかった?」クスクス

旅人「…向こうで修行を積んだのか」

踊り子「いいえ、物心つく頃には移民生活だったから、ほとんど縁もゆかりもないわ。ただ生まれた場所がそこってだけ」

旅人「フラメンコは誰に教わったんだ」

踊り子「同じ楽団のお姉さんたちよ。ジプシーダンスはいろいろあるけど今はあれが流行りなんですって」

旅人「そうか…」

踊り子「そういえばあなたも即興で合わせたわよね。スペインの人なの?」

旅人「俺は生まれも育ちもこっちだ。たまたま昔、馴染みのダンスホールで口説いた女に習ったのさ」

踊り子「…本当に偶然かしら」

旅人「は…?」

踊り子「あなたと話してるとなんだか…運命を感じてしまう」ジッ

旅人「ハハハ……」カランッ

踊り子「あら、笑うなんてひどい。こういうセリフは勇気が要るのよ?」クスッ

旅人「会って間もない男女が運命を感じたとしたら…それは気の迷いに違いない」

踊り子「迷ってもいいじゃない。出口は必ずあるわ」

旅人「今はまだそんな気にはなれないな…」グビッ

踊り子「消したい過去でもあるの?」

旅人「どちらかと言えば取り戻したい過去になるか…」

踊り子「とらわれているのね…。脱け出せるといいけれど」

旅人「…誰しもそう願っているよ。人は皆、檻の中だ」

踊り子「そろそろ戻らなきゃ!楽しい時間はあっという間ね?」

旅人「うまい酒だったよ」

踊り子「ここは払っておくわ」

旅人「おいおい、そうはいかんだろう」

踊り子「気にしないで。ステラを助けてくれたんだもの!お返ししないと気が済まないわ!」

旅人「ステラっていうのか、お嬢ちゃんは」

踊り子「えぇ、可愛らしいけど芯は強い、とってもいい子よ」

旅人「ならステラにヒールでも買ってやるんだな。着飾るのもダンサーの嗜みだ」

踊り子「それとこれとは別!好意ですもの!」

旅人「君と踊れただけで満足さ。それに大人の男として女に金を出させる訳にはいかない」

踊り子「そういうのはお高く止まったイギリス人に言わせておけばいいのよ。メキシカンにキザな振る舞いは似合わないわ」

旅人「いや、これは俺の尊厳の問題だ」

踊り子「頑固なのね」

旅人「男はそういう生き物だ」

踊り子「フフ!あなたみたいな人、そうそういないわよ」

旅人「そうか…?」

踊り子「そうよ!今までの男はみんなだらしない顔してセックスのことしか頭になかったもの」

旅人「!!!」ブッ

踊り子「どうかしたの?」

旅人「あまり女性が直接的な言葉を使うもんじゃない…」フキフキ

踊り子「いいじゃない。どうせジプシーなんだから下品に思われたって一緒よ」

旅人「…そう卑屈に考えなくてもいいんじゃないか」

踊り子「?」

旅人「身分や貧富はどうあれ君の幸福を願う人もいるだろう」

踊り子「…どうかしらね。一座のみんな以外でそんな風に思ってくれる人がいるのかしら」

旅人「いるさ、目の前に」

踊り子「え?」ドキッ

旅人「おっと…酔いが回りすぎたな」カランッ

踊り子「……」ニコッ

旅人「とにかくここは払っておく。その金は君の好きに……」ジャラッ

踊り子「」チュッ

旅人「!?」ビクッ

踊り子「私だって大人の女よ。お礼のキスくらいはさせてくれてもいいでしょ?」クスッ

旅人「……」タジッ

踊り子「またどこかで会えるといいわね」

旅人「そうだ、な…」サスッ

裏路地

旅人「」パッパッ

旅人「」シュボッ

旅人「ふー……」スパスパ

ザッ

見物人「お待たせしやしたね」

旅人「俺も今来たところだ」

見物人「そんな安っぽいモクよりイイのがありやすぜ。景気付けにどうです?」パサッ

旅人「やめておく。悪ガキって歳でもないんでな」スー

見物人「シシ…言えてやすよ。こんなまやかし物は所詮、子供の遊びだ」ポイッ

ポスッ

チンピラ「お!」ヒョイッ

カサカサ パリッ

見物人「が、ガキを揃えるにゃ都合がいい。どうしたって大人になりきれねぇ屑共ならなおさらだ」

見物人「かくいうあっしも年甲斐なく遊びは好きなもんでね」

チンピラ「ヒヒ…」シュボッ

見物人「旦那も今日はとことん楽しんでってくださいや。好き放題に遊びやしょう」

旅人「そうさせてもらうよ」

見物人「おや、来なすった」

リーダー「おう、揃ったか」

見物人「へぇ、一人急ごしらえのがいやすが」

リーダー「あ…?」ジロッ

旅人「……」ペコッ

リーダー「ほう、なかなかの面構えだ…」

旅人「どうも…」

リーダー「好物は?」

旅人「は?」

リーダー「仲間ってなぁ共に飯を喰らい、酒を交え、洗いざらい本心をぶちまけるもんだ」

リーダー「俺の仲間になるからには好みを知っておかなきゃなぁ。酒も飲めねぇボウヤはぜってぇ認めねぇ」ニヤリ

旅人「…好物か。タコスは外せないな」

リーダー「ソースは?」

旅人「もっぱらサルサだな」

リーダー「スタンダードなんだな」

旅人「スパイシーでなけりゃ食った気がしないんだ。メキシカンの血かもな」

リーダー「ちげぇねぇ!火を吹いて初めてサルサだ!」ニィィッ

旅人「気が合いそうでなによりだよ」

リーダー「チーズまみれで塩かれぇイタリアや牛糞みてぇな残飯とにげぇ紅茶しかねぇイギリス!」

リーダー「ビーンズとスパイスで誤魔化したイカレ舌のインド、石ころみてぇなパン噛みやがるフランス、ドイツ、どれもクソっくらえだ!」

リーダー「世界の美食を語るなら、まずメキシコからだよなぁ!」

見物人「リーダー、飯の話はその辺で…」

リーダー「だぁっとれ!俺は味にうるせぇんだ!」

見物人「す、すいやせん」

リーダー「なぁ新入り!おめぇもそうだろう?」

旅人「まったく同感だ」

リーダー「ダッハハハ!おめぇとはいい酒が飲めそうだな!」

リーダー「歓迎するぜ。俺はアルマンド、ちんけなギャングの頭だ」スッ

旅人「ホセだ。よろしく」パシッ

ごろつき1「アーッ!!」

ごろつき2「てめぇは!?」

リーダー「なんだ、おめぇら」

ごろつき1「こ、こいつだ!昨日、俺たちの邪魔してくれやがってよ!」

リーダー「なんだと…?」

ごろつき2「よくもやってくれたなぁ!借りを返してやるぜ!」

リーダー「まぁ待て」サッ

ごろつき1「あ?なんで!?」

リーダー「なんで…?俺の言うことにケチ付ける気か?」

ごろつき1「あ、いや…?」オロオロ

ごろつき2「ぐむ…!」モゴモゴ

リーダー「ホセ、こいつらの話は本当か?」

旅人「あぁ」

リーダー「ジプシーを庇ったと取っていいのか」

旅人「…横取りさせてもらった。好みだったんでな」

ごろつき1「あ!?」

旅人「俺は生粋のペドフィリアなのさ」サラッ

ごろつき2「はぁ…!?」ギョギョッ

旅人「止まらなくなるんだ。幼女を見るとな」

見物人「シシ!こりゃまた意外な…」ニヤニヤ

リーダー「ふん…いい趣味してるじゃねーか」ニヤリ

旅人「その二人には悪いことをしたな」

リーダー「構わねーよ。なぁ?」

ごろつき1「お、おう…」

ごろつき2「けっ…」

チンピラ「アー……たまんねぇ…」トロォン

ごろつき1「お、いいな。一本寄越せよ」

ごろつき2「へへ、腐れジプシー共め。連日のショーでたんまり貯め込んでやがるだろうなぁ」

見物人「張り切るなぁ結構だが忘れちゃいけやせんよ。肝心の獲物を?」

旅人「……」

リーダー「さぁて、始めるか」

ザッザッザッ

一座のテント

ドガンッ! バサッ バリバリ

リーダー「おぉう野郎共!略奪!強姦!殺戮!好きにしやがれ!だがアンジェリータにゃ指一本触れんなよ!!」

オォォッッ!!!

リーダー「やっちまえぇ!!!」

ドドドドドッ

ごろつき1「どうなってんだ!もぬけの殻だぜ!」キョロキョロ

ごろつき2「こっちもだ!食糧も金目のモンもなんにもありゃしねぇ!」

チンピラ「ガァァッ!!女はよぉ!?こっちゃウズウズしてんのによぉ!?」

リーダー「……」

見物人「リーダー!ひょっとしたら嗅ぎ付けられたんじゃ…」

リーダー「てめぇ…」グワシッ

見物人「え……うぐっ」グイッ

リーダー「ここに奴らがいると言ったよなぁ。下見役のお前がなぜ知らねぇ顔してやがる?」ギュウウ

見物人「ぐ、ぐえっ……ぐる、じ……」ウプッ

リーダー「フンッ!!」ブンッ

見物人「ぎゃんっ!!」ドガッ

リーダー「ホセ!」

旅人「なんだ」

リーダー「おめぇは何か知らんのか。昨日拐った娘はどうした」

旅人「事を終えたら放り出したよ。無理にしてやったら裂けちまってな」

リーダー「チッ!探せ!まだ遠くには行ってねぇ筈だ!」

ごろつき1「へ、へい!」ダッ

ダダダッ

旅人「(町を出る前の晩にはテントを空にし、最後のショーを済ませたその足で次の町へ渡る。狙われやすいジプシーの常套手段だ)」

隠れ家

リーダー「ああクソッ!まさかしくじるたぁな!!」ダンッ

見物人「も、申し訳ねぇです」

リーダー「司祭になんて言えばいいんだ…!」ギリッ

旅人「司祭…?」

リーダー「あ…?」

旅人「俺は詳しく聞かされてないが…その司祭とやらの指図なのか」

リーダー「おう、そうだ。あのハゲ鷹親父は表向き善良な司祭だが本性はとんだスケベ野郎でなぁ!」

リーダー「アンジェリータの噂を聞きつけて見に行ったらしいがよ、一目で骨抜きにされちまったようだぜ!?」

旅人「…神属は契りを交わした者以外との性交を禁じてるんじゃなかったのか」

リーダー「んなの建前だ!奴は俺たちに女を拐わせちゃ……と、んなのはどうでもいいか」

旅人「……」

リーダー「司祭ってだけあって金回りはいいからな。俺らにしてみりゃありがてぇ上客なんだよ」ガシガシ

旅人「なるほどな」

リーダー「今日の失敗はいてぇな…。今はとにかくアンジェリータにご執心だ。下手に報告すりゃ殺されかねん…」

旅人「…なら俺に任せてもらえないか」

リーダー「あ?」

旅人「確実じゃないが心当たりがいくつかある。そこを手分けして探すんだ」

リーダー「なにぃ?嘘じゃねーだろうな?」

旅人「もちろんだ」

リーダー「ふん…いいだろ。てめぇの言う通りにしてやるぜ、ホセ」

旅人「……」

リーダー「だがもしも無駄骨だったらタダじゃ済まねぇぞ」

旅人「…あぁ」

砂漠のバザー

ワイワイガヤガヤ

少女「……」ザスッザスッ

旅人「稽古熱心だな」ザッ

少女「え…あ、おじさん!」

旅人「その靴はアンジェリータに買ってもらったのか」

少女「…おじさんには関係ないでしょ。それよりどうしてここにいるの」

旅人「旅をする人間にとってバザーは命を繋ぐ大事な補給場だ」

少女「あっそ。じゃあ」シッシッ

旅人「どうした。ひねくれて?」

少女「…アンジェリータに色目使ったでしょ」ジトッ

旅人「は?」

少女「あの後からずっとおじさんの話ばっかり!もーうんざり!」

旅人「いや…」

少女「うちの花形を取ったりしないでよね!」

旅人「誤解なんだが…」

少女「ベーッだ!」

旅人「やれやれ、どうしたもんか」ポリポリ

座長「ステラ、こんなとこに……あ!あなたは!」ハッ

旅人「やぁ、奇遇だな」

座長「まさかこんなに近くお会いするとは!」

少女「ダメよ、座長!そのおじさんは敵よ!」

座長「なにを言い出すんだ。助けてもらっておいて」

少女「頼んでないもん!」

座長「な、なんてことを!」

旅人「いいんだ、女の子はそのくらい気丈でなきゃな」

座長「本当にすみません…。まったくこの子は…」

旅人「アンジェリータは?」

座長「男衆と新しいテントの材料を買い出しに行ってもらってますよ!なんなら呼んできますか?」

少女「座長ったら!アンジェリータが男狂いにされてもいいの!」

座長「こ、コラ!バカなこと言うんじゃないよ!」

旅人「ひどい言われようだな…」

少女「ふんだ!」

旅人「実はあんたらに話しておかなきゃならない事があるんだが」

座長「なんです?改まって?」

旅人「物騒な連中がアンジェリータを追ってるぞ」

座長「!」ピクッ

少女「なんですって!」

旅人「…町の聖堂で司祭をやってるハゲ鷹が町のワル共に探させてるようでな」

座長「し、しかしもう町を出て数日経ってますし」

旅人「次の町はカンダル辺りか」

座長「!」

旅人「図星だな」

座長「も、もしや」

旅人「ここら一帯の町は諦めた方がいい」

少女「なんでおじさんがそんなの知ってるのよ!」

旅人「俺もその一味だからな」

少女「!……逃げよう!」

座長「待ちなさい!ステラ!」

少女「!?」

座長「本当にその気なら、わざわざこんな話を私たちにしないでしょう」

旅人「…あぁ、頼みたいことがある」

座長「可能な限りであれば協力しましょう」

少女「……!」

踊り子「ホセ!会いたかったわ!」ダキッ

旅人「……」チラッ

少女「」ムスー

旅人「はぁ……ステラがご機嫌ななめだぞ」

踊り子「あら、ステラは照れ屋さんなのよ。ね?」

少女「知らない!」ツーン

踊り子「?」

旅人「……」ポリポリ

旅人「座長から聞いたと思うが…」

踊り子「えぇ、厄介なことになったみたいね」

旅人「神属は執念深い。放っておけば、この先も付け狙ってくるだろう」

踊り子「どうしたらいい?」

旅人「…俺と来てくれないか」

踊り子「それって…」

少女「ちょっと!やっぱりアンジェリータを連れてく気!?」

旅人「そうだ」

少女「ふざけないで!そんなの絶対許さない!」

踊り子「ステラ!」

少女「」ビクッ

踊り子「…いいわ、ホセ。あなたを信じる」ニコッ

少女「……」

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