清霜すとーりー (39)

人間やればできると言うけども、……ひょっとしたら私は人間じゃないかもしれないけども。
物事には限界があるということを最近になって薄々勘付きつつある。

戦艦になりたい。

いつからだか願うようになったその夢。
毎日毎日磨き上げて磨き上げて磨き上げすぎていよいよ黒光り始めたその夢。

その夢を、最近になって疎ましく思うようになってきた。


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……世の中は、理不尽だ。

しかしそこは私だって艦娘の端くれ。
平和と安寧を望み、絶望を拒絶する正義の味方であることになんの疑問もない。

でもさー、だからってちょっとくらい高望みしてもいいじゃない。


いや、わかってますよ?
どう考えても体格に合わないとか、脳筋に見える彼女たちが実は半端ないくらいジーニアスな頭脳の持ち主だってことくらいは。

キメ顔で格好つける半裸のゴリラだなんて思いませんって。

まったくもって人は見かけによらない。

……あんたらのことだよこのトンチキ共。
人が一生懸命机に向かって勉学に励んでいる向こう側で、一体何をしてくさりやがりますか。

私が胡乱げな視線を向ける先では箍の外れた珍獣が、失礼、戦場を駆る狼が半笑いでポーズを取っている。
かっこいい戦艦のポーズだ。
そしてその後ろでは露出趣味のポンコツ眼鏡が、またまた失礼、連合艦隊旗艦を務めた鎮守府きっての才女が笑い転げていた。

それもサイレントで。
衣擦れの音すら聞こえない完璧さ。
図書室ではお静かにってことだろうか?


ひとしきり笑ったあとで大淀さんがゴソゴソとなにかを取り出して、足柄さんに取り付けていく。
なんだろうと気になってみていると、足柄さんは戦艦になった。

艤装だ。
やっぱ様になるなぁ。じゃなくて。

どう考えても物理的にスカートのポケットに入らないであろう巨大な鉄の塊を身に着けた足柄さんは得意気にポーズを変えた。

寡黙な航空戦艦のポーズ。エネルギッシュな高速戦艦のポーズ。

……なにこれ、私に自慢しに来たの?
憤懣やるかたない私を余所に足柄さんはどんどんポーズを変えていく。
と、そこで「カンッ!!」という見かけによらず高い音を立てて艤装が机にぶつかった。
艤装は見るも無残にひしゃげている。

どうやら艤装はアルミ製だったらしい。
通りで軽々と振り回すわけだ。

というか、なに? 私をからかうためだけにこれ用意したの?

見てる、最近節制のために出撃を制限されてる空母の皆さんが鬼の形相でこっち見てる。
殺されちゃうよ。
……いや、この二人ならなんだかんだ返り討ちにしそうだけども。

しかし、周囲から向ける白眼視に気がついたのか、足柄さんはしゅんとうなだれいや違う!!これは大破のポーズだ!!
大淀さんが笑いすぎて痙攣を始めた。そのまま死ねばいいのに。

失礼、最近どうにも心が荒んでいるみたい。どうも思い詰めると良くないね、失敬失敬。
けどね、失言なんてこの二人の前では些細な事なんですよ。
ニュートラルかトップギアしかついてない足柄さんを乗りこなせるのは大淀さんだけだ。
それもハンドルを切ることで操縦するんじゃない。
障害物を前もって取り除いて無理やり直進させるという意味での操縦だ。

そりゃスピードも出ますよ。直進しかしないんだから。
ハンドルを切ってるところを見たことがない。完全無欠のドラッグレーサーなお二人です。
一度会ったらともだちで
毎日会ったら巻き込まれる
どうなってるの?この島は。ドーナッツ!


と、そこでストップがかかった。
「スパァーーーーン」という小気味良いハリセンの音が静粛の支配する図書室に響き渡る。
やっと来た。我らがアイドル霞ちゃんです。だいすき。ほんとあこがれる。
けれど悲しいかな。ハリセンはまずかった。
ツッコミの方法としてはオーソドックスで悪くないんだけど、今の二人には馬に打つ鞭にひとしい。

ほらきた、口元で人差し指を立てて「しーっ」のジェスチャーだ。
それを受けて霞ちゃんは口元をパクパクさせて抗議のジェスチャー。

……あのね霞ちゃん。コントやってるんじゃないんだから彼女たちのペースに合わせてあげる必要はないんだよ?
あー、やっぱり朝潮さんの妹だなぁ。芯から真面目なんだよね。
まぁそこがかわ「あねご!次はあたいにそれ貸して!」姉さんうるさい!!
図書室ではお静かに!


やがてひとしきり騒いで(静かだったけど)満足したのか、ぷりぷり怒る霞ちゃんに引きずられるようにして彼女たちは出ていった。
なにしに来たんだあの人達。

周囲から向けられる奇異の視線が痛い。
違うよ、私は違う。無関係です。
しかし、「お前も同類だろ」という視線が容赦なく私を貫く。

……あーあー、やだなぁ、私が「戦艦になりたい」って言った時の目とおんなじだ。
そうか、私はこんな目で見られていたのかぁ。
一緒にしないでほしいなぁ。

けれどもそこでふと思う。
これが、この気付きこそが、「大人になる」ということなのだろうか。

ひょっとしたら、私は気が付かないうちに大人になりつつあるのかもしれない。
だから、「戦艦になる」っていう至上命題がこんなにも疎ましく感じるのかもしれない。

よし、わかった。清霜、大人になります。

決意を新たに立ち上がると、向こうから大淀さんが引き返してくるのが見えた。
痙攣から回復して、正気に戻ったのかもしれない。
ふんだ、もう清霜は大人なんだから、アダルトチルドレンとは話をしてあげないもんね。

「清霜さんに言い忘れていたことがあったんです。明石さんが、戦艦にしてあげられるかもって――」
「行きます!!!!」

私は元気良く返事をしました。
大淀さんが意地の悪い笑顔になります。そして、

「図書室ではお静かに」

駆逐艦清霜は、――どうやらまだしばらくは子供のままらしい。
さっきまでの怒りも忘れ、ウキウキと工廠へと向かう私であった。



この物語は艦隊これくしょんの二次創作です。
キャラ改変等多数あります。
それでも構わないという方はお付き合いください。

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