ほむら「真夏のオリオン」 (270)

まどマギの百合物です
4回くらいに分けて投下する予定です

次から本文

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――このホームルーム、一体いつまで続くのかしら

私は延々と話を続ける早乙女先生を、そんな風に思いながら見ていた

うだるような暑さの中、長話を聞かされているというのに、誰も彼もが浮かれ顔

きっと教室中、私を含めて誰も話をまともに聞いてはいないだろう

もう待ちきれないとばかりに一部の男子や、さやかは机から身を乗り出していた

先生は話の最後に怪我や事故のないようにと、少し脱線した長話を切り上げる

日直の号令で帰りの挨拶をして、先生が教室を後にした瞬間、教室中が一気にざわめきだす

それもそのはず。なんせ今日は終業式

明日からはいよいよ夏休みが始まるのだから

さやか「それにしても、今日はやけに話が長かったねぇ」

まどか「ねー。いつ終わるのかなって思っちゃうくらいだよ」

ほむら「今日が終業式だからというのもあるんでしょうね……」

荷物をまとめたあと、私のところへやってきたまどかとさやか

先生の長話から、次第に夏休みの予定についての話題に移っていく

さやか「で、2人は夏休みは何するとかはもう決まってるの?」

まどか「うーん。家族での予定は…多少、あるんだけど」

さやか「まどか個人の予定はまだ決まってないと」

まどか「そう、だね。それはこれから決めたらいいかなって」

どうやらまどかは夏休みの予定は決まっていないらしい

それに対してさやかは、いつから決めていたのかあれやこれやとやりたいことを話し出す

会話に入れず、ぼんやりとそのやりとりを見ていた私に、急にさやかが話を振った

さやか「ほむらはどうなのさ。何か予定とか、やりたいことってないの?」

ほむら「私……?私は……」

そう言われ色々と考えてみるものの、今までが今までだっただけに何も思いつかない

夏休みだからと言って特別したいことはないと正直に話すと

さやかは気の毒な人を見る顔を、まどかは少し寂しそうな顔をしていた

さやか「やー、初めてだよ。夏休みになーんもやりたいことがないなんて聞いたの」

ほむら「私の今までのことは知ってるでしょう。入院して、魔法少女やってたんだから」

ほむら「そういうこともあって、まともな夏休み…もとい、夏は過ごしてないのよ」

まどか「そう、なんだ。ごめんね……」

ほむら「……別に、まどかが謝ることじゃないわ」

少し無感情にそう言うと、まどかはありがとうと少しだけ笑顔を見せてくれるも

その笑顔は、どことなく苦笑いのようなものだった

さやか「ま、何にせよ予定なしじゃちょっとかわいそうだし……」

さやか「まどか、一緒に何か考えてあげなよ」

まどか「わたしが?こういうの、さやかちゃんの方が得意なんじゃ……」

さやか「そうだけどさ、この場合においてはまどかの方がいいんだって。絶対」

まどか「さやかちゃんがそう言うなら……」

さやか「んじゃあたしは、仁美と恭介と話してくるから。あとはよろしくー」

そう言い残すと、さやかは何かを話し合っていた2人のところへ向かっていった

どうしたものかと少し考えていると、まどかが私に声をかける

まどか「……ほむらちゃんは、本当に予定とかやりたいことって、ないの?」

ほむら「そうね……」

もう1度深く考えてみるも、やはり何も浮かんできてはくれなかった

厳密に言えば何もかも全く無いというわけではないのだけど

こんなことを言うのは少しだけ躊躇ったが、私は思いついたことをまどかに話した

ほむら「私は…特別これがしたいということはないんだけど」

ほむら「まどかと一緒だったら、何でも構わない、かしら……」

私にそう言われたまどかは、一瞬目を丸くする

そしてその直後、ふにゃりと可愛らしい笑顔を浮かべた

まどか「えへへ、ほむらちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな」

ほむら「別に、思いついたことをそのまま言っただけで」

まどか「そうだとしても…嬉しいよ」

私にそう返事をするまどかは、僅かに赤い顔をしていた

体調が悪いというわけでもないだろうし、私の言葉で照れてしまっただけなのだろう

それからしばらくまどかとあれこれ話しながらさやかが戻るのを待っていたが

さやかの方から先に帰っても構わないと言われ、それならとまどかと一緒に教室を後にした

まどか「さやかちゃん、ずいぶんと話し込んでたね」

じりじりと照りつける太陽の下、まどかと2人きりの家路を歩く

知ってか知らずか、2人きりの帰り道にしてくれたさやかに対して、少しだけ感謝した

ほむら「そうね。でもあの3人、喧嘩することもなく平和的よね」

ほむら「普通、三角関係ってもっとドロドロしてるものじゃないの?」

まどか「あはは……。ほら、そう言ってもまだ中学生だし」

ほむら「あぁ……。それもそうよね」

そんなことを話し、笑い合いながら歩いていると、まどかが息を吐いて空を見上げて

それから少ししてから、まどかは私に問いかける

まどか「……ほむらちゃんは、誰かに恋をしてたり…憧れたりしない?」

ほむら「え……?」

まどかが口にしたのは、彼女にしては少し珍しい恋の話だった

直前まで話していたさやかたちの話題に感化されたのだろう

そうまどかに聞かれた私は、少し緊張気味に返事をする

ほむら「何も憧れが無いというわけじゃないけど……」

まどか「なら、恋してるの?ほむらちゃん、すごい人気あるし」

ほむら「してると言えばしてるし、してないと言えばしてないわ」

まどか「えー。何それー」

ほむら「ふふっ、秘密よ。ただ、今はまどかと一緒にいることの方が楽しいから」

まどか「ほむらちゃんはそれでいいの?」

ほむら「えぇ。だって、私は……」

ほむら「……いえ、何でもないわ」

私の答えに満足したのか、まどかはそれ以上何も聞いてこなかった

ただ、私だけ答えさせられたことは少し納得がいかず、まどかに聞き返す

ほむら「じゃあ、まどかはどうなの?」

まどか「え、わたし?」

ほむら「私だけに答えさせるのはずるいじゃない」

まどか「そ、それもそうだね。でも、わたしかぁ……」

まどかは頭を右に左に傾げながらああでもないこうでもないと思案する

そして、信号を2つ3つ渡った頃にようやく答えが出たのか、私に顔を向けた

まどか「わたしは…まだ恋はしたことない、かな。興味ないわけじゃないけど」

まどか「あとはほむらちゃんと同じで、みんなと…ほむらちゃんといる方がいいな」

まどか「それにしてみたいと思っても、わたしなんかじゃ相手がいなくて……」

ほむらちゃんがいないのにわたしなんて、とまどかは少し寂しそうに笑った

相手がいないなんてこと、ない。まどかを強く想っている人を私は1人知っているから

だけど、それを今この場でまどかに対して言えるはずもなかった

ほむら「……そんなこと、ないと思うわ。きっとまどかのこと、好きだと言ってくれる人がいるはずよ」

まどか「あはは…だと、いいんだけど。それに、そう言われても困っちゃうよ」

困るというまどかの言葉を聞いて、心に感じるほんの僅かな圧迫感

恋に憧れてはいるものの、好意を向けられたいわけではないのだろうか

不安に思った私はまどかに言葉の意味を聞いてしまう

ほむら「その…困るとはどういう意味で……?」

まどか「ほら、わたしは恋をしたことがないから。だから急に好きって言われても……」

まどか「迷惑と言うつもりはないし、嬉しいとは思うけど…どうしたらいいのか、わかんないかな」

ほむら「つまり、好意を向けられたくないわけでは…ないのよね……?」

まどか「そりゃあ…ね。全く知らない人ならともかく、好意を持たれたくないわけじゃないよ」

まどかの言葉の意味を理解し、それと同時に息を吐く

もしそうであったなら、なんて考えてしまったけれどひとまずは安心できる答えのようだ

本当はもうひとつ聞きたいことがあるのだが、今の私にそれを問えるだけの勇気はなかった

まどか「……な、何かごめんね。ほむらちゃんにだけあれこれ話させちゃったと思うし」

ほむら「いえ、いいの。まどかがどう思っているのか、少しわかった気がするから」

まどか「そ、そっか。ならよかった」

曖昧な回答をしたことについて謝ると、まどかは可愛らしい苦笑いを浮かべた

それから程なくして、いつもの交差点に差し掛かる。家が別方向なので、まどかとの帰り道はここでお別れ

いつもならまどかの方からまたねと言ってくるのだが、今日はその気配がない

どうしたのかとやや後方の彼女を見ると、何やら思案顔を浮かべていた

ほむら「まどか?」

まどか「あっ…ご、ごめんね。ちょっと考え事してて」

ほむら「考え事?」

まどか「えっと…明日から夏休みだから、次ほむらちゃんと会えるの、いつになるかなって……」

まどか「……な、何でもないの。何でもないから忘れてっ!」

ほむら「恥ずかしがることないわ。私も…少し寂しいって思ってるもの」

私がそう言うと、まどかは少し拗ねたような顔をするもすぐに優しい笑顔に変わる

夏休みに入って私と会う機会が減るのを寂しく思ってくれているのはとても嬉しい

けど、それは仲の良い友人なら当然のことで。もしそうだったらいいなと思うのは私の我儘

そう思っていると、隣のまどかが何かを思いついた顔で話し出す

まどか「……だったら、夏休みも一緒に出かけたり宿題やったりしたらいいんじゃないかな」

まどか「それなら夏休み中でも結構会えると思うし。どうかな?」

まどかが提案してきたのは、夏休み中も一緒に過ごそうというものだった

断る理由もなく、むしろ嬉しいと思いつつもそれを了承する

ほむら「えぇ。私は構わないわ」

まどか「ほ、ほんと?……えへへ、ありがと」

顔を少し赤らめ、俯き気味にお礼を言うまどかの姿はとても可愛くて

思わず抱きしめてしまいそうになった自分を何とか抑え込む

まどか「それじゃ話も終わったし、そろそろ行くね」

ほむら「そ、そうね」

まどか「一応わたしからって言ったけど、もちろんほむらちゃんから誘ってくれてもいいからね」

ほむら「えと、わかったわ」

まどか「楽しみにしてるからね。……それじゃ、またねー」

そう言うと、まどかはくるりとターンして、歩道のタイルに躓いてから帰っていった

まどかの後姿が見えなくなるまで見送ったあと、私も自分の家に向かって歩き出す

家に着くまでの間、別れ際の可愛らしい姿が頭に焼き付いて離れなかった

ほむら「ただいま……」

家の玄関の鍵を開け、誰もいない家の中へただいまと言葉を投げる

返事が返ってくることはないはずなのに、今日に限って奥から誰かの返事が聞こえた

まさか泥棒が返事をするわけないし、一体誰がと思いリビングに行ってみると

他人の家だと言うのに遠慮もせずごろごろとしている少女の姿があった

ほむら「……一体何をしているの?杏子」

杏子「何って、見りゃわかんだろ。ごろごろしてるんだよ」

ほむら「聞き方が悪かったわね。どうして私の家にいるのかしら」

杏子「さっきまで見回りしてたんだ。暑いし疲れるしで、どっかで休もうと思って」

杏子「で、近くにお前の家があるの思い出して、ちょっと休憩させてもらったってワケなんだ」

ほむら「そう……」

さすがの杏子もこの暑さに耐えかねたのか、いつも着ているパーカーを脱いでぐでーっとしている

見る人が見れば冷静でいられなくなるような恰好だが、私にとってはだらしない姿にしか見えなくて

見かねた私は脱ぎ散らかしてあったパーカーを拾い、杏子に向けて放る

ほむら「暑いのはわかったから、上を着なさい。扇風機使っていいから」

杏子「んー……。わかった……」

そう言うと杏子は扇風機の前に陣取って電源を入れる。うあー、と扇風機で歪んだ声が聞こえた

いつもよりパーカーの前が若干大きく開いているのは、大目に見てあげることにしよう

ほむら「それじゃ、私は荷物や着替えがあるから自室に戻るわ」

ほむら「もしだったら、冷蔵庫のお茶くらいなら飲んでも構わないから」

杏子「魔法で鍵開けて勝手に上がり込んだのはこっちだってのに、悪いな」

ほむら「……別に、熱中症になられても困るだけよ」

杏子「それでも、助かったよ。ありがとなー」

ほむら「出ていくときはひと言、言いに来なさい。勝手に部屋を引っ掻き回すんじゃないわよ」

変なところで常識がある杏子だが、念の為にと釘を刺してから自室に向かう

自室についた私は部屋の鍵を閉め、荷物の整理もせずにその辺に放り投げる

制服の襟元を緩めて、そのままぼすんとベッドに飛び込んで見慣れた天井を見上げた

ほむら「……まどか」

天井を見上げながら呟いたのは、最愛の友人。そして、私が密かに思い焦がれる相手の名前

ただ、名前を呟いただけのはずなのに私の胸はそれとは裏腹に高鳴っていく

私はまどかのことが好き。友達としてではなく、それ以上の感情を持ってまどかを好きになってしまっていた

勿論こんなのは普通じゃないことなんてわかってる。まどかにとっても私は仲の良い友達というだけのはず

だけど、私にとってのまどかは友達である以上に誰よりも特別で、大切で、愛しくて

いつしか、まどかに対して淡い恋心を持つようになってしまっていた

どこで何をするとしてもまどかと共にいたい。一緒に楽しいことをして、思い出を共有して、もっと近づいて

そして、いつかまどかと想いを通わせて恋仲になりたい。なんて、私らしくもない乙女めいたことを考えているけれど

きっとこの想いは叶わない。何より、この気持ちを伝えたことで友達としての関係が壊れてしまうことが怖かった

ほむら「……今更、よね。友達でいいって…そう決めたはずなのに」

例え恋仲になれなくても、こんなにも仲の良い友達なんだから。私はそれで十分すぎる程に幸せ

まどかへの想いは、届けたりせず胸の奥に大切にしまっておこう。私とまどかは友達だから

そう思い直すと私はベッドから起き上がり、もそもそと少し皺になった制服から普段着に着替える

ほむら(着替えたら夕飯の買い物に行ってこないと。杏子は…どうするつもりなのかしら……)

ほむら「……そう言えば、夏休みは一緒にいようってまどかと約束したんだったっけ」

ほむら「まどかとどんな風に過ごすのかわからないけど、今から楽しみね……」

ほむら「……これまで上手く友達でいられたんだから。これからも大丈夫」

ほむら「夏休みだとしても、まどかには…今まで通りに接すればいい。それだけよ」

着替えを済ませた私はクローゼットに手をかけたまま、誰にというわけでもなくぽつりと呟く

それから、ふぅ。と息をひとつ吐いてクローゼットの扉を閉め、未だごろごろしてるであろう杏子の元へ向かっていった

――数日後――

ほむら「……」

ほむら「えっと、ここはこうで……」

ほむら「答えがこうなる、と……」

冷房の効いた部屋で、1人机に向かい夏休みの宿題を消化していく

きりのいいところまで終わらせ、ふと時計に目を向けると宿題を始めてから2時間が過ぎていた

この辺で1度休憩にしようと思い、適度に体を伸ばしてから携帯に手を伸ばす

画面に映った今日の日付を確認すると、体の空気が全部抜けてしまうほどの深いため息をついた

ほむら「……まどかには私の方から誘ってもいいと言われてはいるけど」

ほむら「こういう場合ってどうしたらいいのかしら……」

まどかと夏休み中に遊ぶと約束をした終業式から数日が過ぎ、気が付けばもう8月

夏休みはまだまだ序盤ではあるけど、私は未だにまどかを誘えずにいた

一緒に過ごそうと言ってくれたまどかの方からも今のところ何の連絡もない

まどかとなら何でも構わないとは言ったけど、どこに何をしに行ったらいいのかわからなくて

それに、夏休みにまどかを誘うという行為が特別なもののように感じて、どうにも踏ん切りがつかなかった

ほむら「今日こそはまどかを誘ってみたい。と思っているんだけど」

ほむら「そのあとどこにいって何をしたいのか、それがわからないのよね……」

ほむら「まさか夏休みが始まって最初の誘いが宿題なんかじゃまどかをがっかりさせてしまうだろうし……」

携帯を握りしめてああでもないこうでもないと答えの出ない考え事をしていると、携帯に電話がかかってくる

着信を知らせるバイブレーションがいきなり私を襲ったせいか、相手を確認もせずに通話ボタンを押してしまう

押してしまった以上、電話に出なければ。そう思い、電話の相手に対して少し裏返った声で話しかけた

ほむら「もっ、もしもし?」

まどか『あっ、ほむらちゃん。おはよー』

ほむら「ま、まどかっ!?」

電話の向こうから聞こえてきたのは、私の愛しい想い人の声

まさかあんなことを思っていた直後にまどかの方から電話がかかってくるとは思ってもいなかったせいか

私は突拍子もない声を上げてしまい、それを聞いたまどかは珍しいものを聞いたように笑い出す

まどか『あははっ。どうしたの、ほむらちゃんらしくない声出しちゃって』

ほむら「い、いえ、何でもないわ。それで、何か用かしら?」

まどか『うん、今日はちょっとほむらちゃんに話したいことがあって。今、大丈夫?』

ほむら「大丈夫だけど……」

大丈夫と返事を返すと、そこでまどかは1度会話を切り、息を吐く

それから、少し緊張したような声色で話を続けた

まどか『えっと、ほむらちゃんって…夏休み、予定ないって言ってたよね』

ほむら「えぇ」

まどか『それなんだけど…来週末って何か用事とかあったりする……?』

ほむら「特に何もないわ。でも、どうして?」

まどか『あのね、もし…ほむらちゃんがよかったら、なんだけど』

まどか『わたし…わたしたちと、キャンプに行かない…かな……?』

ほむら「……え?」

まどかにそう誘われた私は呆気に取られ、言葉を失う

私の思った通り、まどかの話は夏休みのお誘いのことだった

ただ、その行き先が私の想像を遥かに超えたキャンプだとは考えもしなくて

それでも、まどかからこんなイベントに誘ってもらえたことが何よりも嬉しかった

あまりのことに止まりかかってしまった思考を再稼働させ、まどかの誘いに返事をする

ほむら「まどかの誘いだけど…私は、構わないわ」

まどか『ほ、ほんと?ほんとに?』

ほむら「え、えぇ。その、まさかキャンプに誘われるとは思ってなくて、とても驚いたけど」

ほむら「まどかとそういうところに出かけるのも悪くないというか、もしかしたら全部が好転するかもとか……」

まどか『ほむらちゃん……?』

ほむら「な、何でもないの。とにかく、私は何の予定もないし参加させてもらうわ」

まどか『えへへ、よかったぁ』

私がまどかの誘いを受諾すると、緊張感から解放された柔らかい声が頭を揺さぶる

どこか近くに出かけるのならともかく、行き先がキャンプではもしかすると断られてしまうかもと思っていたのだろう

勿論、私にそのつもりはない。海水浴だろうが、登山だろうがまどかに誘われたのならどこにでも行くつもりでいる

それが、今回はたまたま想定外のキャンプになっただけのこと。私が断る理由はどこにもなかった

それにもし一緒に出かけたことで、私のことを意識してくれたら、なんてありもしないようなことを思い描いてしまって

気が付けば、電話口の向こうから私の名前を呼ぶ好きな人の声が聞こえていた

慌てて返事をすると、必要なものを伝えるのを忘れていたとまどかは照れたような声色で話す

キャンプに持っていくものをノートの隅に赤ペンで書き込んでから、これが提出するノートだということを思い出した

まどか『……必要なものはそのくらいかな。あとは向こうに用意してあると思う』

ほむら「わかったわ。それで、当日はどこに行けばいいの?」

まどか『……あ、それも言ってなかったね、ごめん。朝の6時くらいに、わたしの家まで来てくれるかな?』

ほむら「朝6時って、随分と早いのね」

まどか『少し遠出になるから。それに早く出た方が早く着いて、いっぱい遊べるでしょ?』

ほむら「それもそうね……」

まどか『……じゃあ、わたしも準備とかしなくちゃいけないことがあるし、これで』

ほむら「えぇ。私も早速準備することにするわ」

まどか『今回はありがとう。ほむらちゃんと一緒で、わたし……』

まどか『……ううん、何でもない。またねー』

まどかは通話の最後に何かを言いかけたようだが、そのまま私との通話を終えたようで

携帯の向こうから聞こえてきたのは、通話終了を知らせる電子音だけだった

ほむら「……どうしたのかしら。何か言いかけてたと思うんだけど」

ほむら「何でもないと言った以上、今は気にしても仕方ないわね……」

ほむら「それにしても…キャンプ、か。まさか、そんなことに誘われるなんて……」

ほむら「……行き先、少し山の方になると言ってたけど…丁度いい服なんてあったかしら」

言いかけた言葉が気にかかるも、気持ちを切り替えてキャンプ準備の為にクローゼットを開け、私服を漁る

元々あまり服を持っていないせいか、どれにしようかと迷える程の選択肢は存在しない

これでいいかといくつか適当に選んで、わかりやすいように隅に寄せておいた

ほむら「服についてはこれでいいかしらね……」

私が選んだ、似合うわけでも似合わないわけでもない至って普通の服に目を落とし、少し考える

キャンプに行くだけならきっとこれで大丈夫。もし肌寒くなったとしても、向こうに何か用意があるはず

だけど、これを着た姿をまどかに見られると考えると、何かが心に引っ掛かる

ほむら「まどかがいるんだもの。もっといい恰好をした私を見てもらいたいわよね……」

ほむら「……決めた。新しい服、買いにいってきましょう」

恋仲になれるかどうかはともかく、まどかに素敵だよとか、似合ってると言ってもらいたい

今の私にとっては、そのひと言だけで十分嬉しくて、幸せになれるから

私は頭を振るとクローゼットを閉めて、うだるような暑さの外へ出かける準備を始めた

――――――

ほむら「……」

ほむら「うぅん……。どれがいいのかしら……」

ほむら「これ、いえ…向こうの……?それとも……」

まどかに少しでもいい私を見てもらいたいと意気込んで新しい服を買いに来たものの

どれを選べばいいのか、何が自分に似合うのか、どんなものが欲しいのかわからなくて

目に留まった服をかたっぱしから確認してはいるが、すぐに棚に戻して次を手にする

そんな成果の出ないような行動を延々と繰り返していた

ほむら「私がどんなものを望んでいるのか、それがわからないことにはどうしようもないわよね……」

ほむら「だけど、今まで回ってきた店でも見つからなかったし、あとはもうここしか残ってないし……」

午前中にまどかの電話を受けて、すぐに服を探しにショッピングモールまでやってきたところまではよかったが

行き先がキャンプと聞いて真っ先に向かったのがスポーツや登山用品店という辺りが私の駄目な理由なんだろう

それから普通の洋服店とアウトドア用品店、昼食を挟んで別の洋服店とあちこちを渡り歩いた

他にもいくつか洋服店はあるにはあるのだが、大人向けが中心で私が着るようなものは置いていなかった

ほむら「……本当に参ったわね。どれがいいのかさっぱりというか、何だか似たようなものが多い気がするし」

ほむら「それに、何だか私…この店だと浮いているみたいで……」

本当のところはきっと、服を探し回っている子供くらいにしか思われていないのだろうけど

これだけ探して何も決められない自分が情けなく思えて、次第に周りから浮いてるという考えが浮かんでしまう

ほむら「……これ以上長居するのもあれだし、早く何か選んで決めないと。えぇと」

ほむら「これ…は、デザインはいいけど薄すぎるわね。こっちは…機能性はあるけど見た目がイマイチ……」

ほむら「向こうの棚は…秋物?早すぎない……?」

私が詳しくないせいか、機能とデザインどちらも完璧なものが欲しくて、少しでも欠けていれば選択肢に入れることができず

選んでも恐らく問題ないものまで次から次に除外してしまっていた

ありもしないものを探すうちに時間だけがどんどん過ぎていき、気が付けば陽も傾いてきていて

慣れないことはしないで後日マミあたりに何か見繕ってもらおうと、諦めて帰ろうとしたときだった

店員「あの、何かお探しでしょうか?」

ほむら「えっ……」

あれこれと探し回っている私を見ていたのか、店員から声をかけられてしまった

ここで何でもないと断って帰るのは簡単だけど、わざわざ話しかけてくれた厚意を無碍にするわけにもいかない

何より、私1人じゃもうどうしたらいいのかさっぱりわからないのだから。意を決し、私は口を開く

ほむら「えっと、服を買いに来たんですが…その、よくわからなくて……」

店員「どういったものをご希望でしょうか?」

ほむら「具体的なことはわからないんですけど、キャンプに着ていく…動きやすくて、デザインもいい服を探して……」

ほむら「私に、似合うような服…ありませんか……?」

顔を赤くした私のリクエストを聞いた店員は、少し考えるような素振りをしながら何かを数えるように指を折る

落ち着きなく視線をあちらこちらに流していると、店員は少々お待ちくださいと言って店内を探し歩く

それから程なくして戻ってきた店員が私の前で広げて見せたのは、まさに私が探していたような服だった

店員「こんな感じのものでいかがでしょう?」

ほむら「あ…そ、その……」

店員「お客様?」

ほむら「す、すいません。あれだけ探したのに見つからなかったものが、まさかあると思わなくて……」

店員「他には何かございますか?」

ほむら「えと、この服に合う…上着みたいなものがあったら、それもお願いします」

店員「承りました。少々お待ちください」

そう言うと店員は再び服を探しに店内のどこかへと向かっていった

戻ってくるのを待つ間、私は手にした服を見つめる。本当に似合っているか、服を肩に当てて鏡を確認してみると

そこに映っていたのは自分で思ってる以上に似合った服を着た…ように見える、私の姿だった

望みのものを手にできて少し舞い上がっていると、新たな服をいくつか持った店員が戻ってくる

店員の意見も参考に、持ってきてもらった中から私に似合いそうな落ち着いた色合いのカーディガン?を手に取って

着ていくかわからないものの新しいスカートもひとつふたつ選んで、レジへと向かう

普段なら見ないような金額に少し驚きつつ、支払いを済ませた私は店員にお礼を言ってから大荷物を抱え、店を後にした

――――――

ほむら「……とりあえず、今日買ったものを着てみたものの」

ほむら「似合ってる、かしら……?」

家に戻り、夕飯を済ませた私は、今日買ったを試着してみる

今着ている服を脱いで、スカートを穿いて服に袖を通し、カーディガンを羽織る

そうして買ったもの一式を身に纏った私は鏡の前に立って、その姿を確認するも

どうにも少しズレているというか、どこか浮いているように見えた

ほむら「……今までこういう衣服とかにほとんど興味がなかったからこれでいいのかわからないのよね」

ほむら「お店の店員も似合ってるって言ってくれてたし、大丈夫だと思うけど……」

今までが今までだっただけに、素敵で可愛い服というものを進んで着ることがなかった

きっと、この妙な感覚になってしまうのも初めて着る服に慣れていないだけだろう

ほむら「まどかは、私の恰好を見て…似合ってるって……」

ほむら「可愛いとか、素敵って…言ってくれるかしら……?」

そんなことを考えつつ、鏡に映った自分の姿をぼんやりと見つける

まどかに褒めてもらえますように。新調した服にそう願いを込めてから、いつもの服に着替えて

皺にならないようにと丁寧にクローゼットへ収納する

ほむら「……まどかとのキャンプ、か」

まどかの家族がいるとは言え、まどかと2人きりのキャンプになるわけで

向こうに着いたら何をしようか、今からとても楽しみだった

ほむら「そう言えば、今回のキャンプは山の方になるって言ってたわね……」

ほむら「晴れて星が見れるようなら、まどかを誘って一緒に星空を……」

ほむら「……そ、それはそれとして準備は済んだし、当日まで宿題をできるだけ進めておきましょう」

ほむら(星空、か。あのとき見たものは、夢…だったのよね……)

脳裏に浮かんだ、まどかと並んで星を見上げる光景を振り払うと、机に向かって教科書とノートを開く

それから、ふとあの日のことを思い出し、窓から星の見えない夜空を見上げた

――キャンプ当日――

ほむら「……」

さやか「お、ほむら。おはよー」

マミ「おはよう、暁美さん」

杏子「はよー……」

キャンプ当日。今日が楽しみだった私は、セットした目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまった

まだ薄暗い中で簡単な朝食を食べてから荷物を鞄に詰め、今日の為に買った服に着替えてまどかの家へと向かう

私の家からまどかの家へのよく見る街の風景も、今日ばかりはどこかきらきらと光っているようだった

ふわふわと浮かれた気分で歩く私だったが、まどかの家の前に立つ人物を目にした瞬間、さーっと頭から熱が抜けていく

私がこの目で見たのは、ここにいるはずのない私とまどかの共通の友人たちの姿だった

さやか「えっと、ほむらが来たから…これで全員揃ったかな」

マミ「そうね。あとは鹿目さんを待つだけかしら」

杏子「ん、そうみたいだな……」

何故、彼女たちがここにいるのか。最悪の結末が脳裏に浮かぶ

私は談笑を続ける彼女たちに恐る恐る尋ねてみる

ほむら「……ねぇ、何であなたたちがいるの?」

さやか「そりゃまどかに誘われたからだからよ。ほむらもそうなんでしょ?」

ほむら「えぇ……。そう、そうなんだけど……」

さやか「……?」

思っていた通り、どうやら彼女たちも今日のキャンプに参加してしまうようだ

私はてっきり参加するのは自分だけだと思っていた。まどかも特に何も言ってなかったのだから

どちらにせよ、まどかとの2人きりは実現しない。私は肩を落としてため息をついた

マミ「……それにしても、今日の暁美さんは服装に気合いが入ってるわね」

ほむら「別に、そんなことないわ。キャンプだって言うから、それらしいものを新調しただけ」

さやか「なーに言ってんのさ。そんな服今まで持ってなかったくせに」

さやか「つ、ま、り。今回ほむらが背伸びした理由は……」

ほむら「……それ以上何か言ったら、その頭吹っ飛ばすわよ」

さやか「……はい」

茶化してくるさやかを脅しつけて、再びため息。マミが似合っていると褒めてくれるが正直あまり嬉しくはない

この服を1番最初に見せたかったのはまどかで、まどかと2人きりだと思ったからこそ新調したわけで

他に誰かいるのなら、この服を着ている意味も無いような気がした

いっそのこと忘れ物をしたことにして家に戻って着替えてきてしまおうか、そんなネガティブなことを考えていると

がちゃりと玄関の扉が開き、可愛らしい服装のまどかが顔を覗かせる

まどか「みんな、おはよー。もうすぐ終わるから、あとちょっと待ってね」

さやか「あ、まどか。おはよ」

マミ「おはよう。今日はよろしくね」

杏子「はよー……」

まどか「あはは……。杏子ちゃん、眠そうだね……」

さやかたちと楽しそうに話をするまどかを見て、私の気分はさらに沈む

まどかにとっての私は別に特別でも何でもない友達の1人で、それは他の3人も同様のはず

わかりきっていた事実を突きつけられると、デートに誘われたような気分でいた自分がどうしようもなく馬鹿みたいで

片恋をしてる自分が悪いとは言え、今の服を着ていられるような気分はどこかにいってしまった

見つからないうちに一旦戻ろうと背を向けたとき、背後から1番話したくて、少し話したくない彼女に呼び止められた

まどか「ほーむーらーちゃん。おはようっ」

ほむら「あ、まど、か。おはよう……」

まどか「……?ほむらちゃん、何だか元気ないみたいだけど、具合悪かったりする?」

身体のどこかが不調なのを具合が悪いと言うのなら、多分そうなのだろう

簡単にそう答えて家に戻ろうとするも、私の服装をまどかに気づかれてしまった

まどか「わ、ほむらちゃん。何だか今日はすごく素敵な服だね」

ほむら「別に…キャンプだって言うからそれらしいものを買っただけで」

まどか「そんなことないよ。その服、ほむらちゃんにとってもよく似合ってて……」

まどか「わたしは好きだなぁ、今のほむらちゃん」

ほむら「……っ!」

その言葉を聞いた瞬間、どくんと胸の奥が高鳴った。それと同時に足元から頭のてっぺんまで一気に血が昇る

耳の奥で私のうるさい鼓動の音が聞こえ、顔は火が点いたように熱く、赤くなってしまった

今のは何も私のことが好きというわけじゃなく、あくまでこの恰好がまどかに好意的に取られただけ

それ以上、友達以上の感情は今のまどかには、無い。茹る頭でまどかの言葉に反応してしまった心に言い聞かせる

まどか「ほむらちゃん……?やっぱり調子悪い?」

ほむら「あ…い、いえ。何でもないの」

まどか「でも、何だか顔がちょっと赤くなってるし……」

ほむら「……まどかに褒められて少し嬉しくなっただけ。だから気にしないで」

まどか「そ、そっか。それならよかった」

顔が赤くなったのは、本当はもっと違う理由。でも、まどかに似合ってると褒められて嬉しかったのも本当の気持ち

さっきまでやめようと思ってたはずなのに、ただひと言まどかに褒めてもらえただけでネガティブな考えは綺麗になくなっていた

まどかの顔を直視しない程度に見れば、嬉しそうににこにこと笑っていて

何だか恥ずかしくなってしまった私はそっぽを向いて、ありがとう、と小さく呟いた

知久「よし、と。これで荷物は全部かな」

詢子「おーい、まどかー。準備終わったぞー」

まどか「あ、うん!」

声のした方を見れば、荷物の詰め込みを終えたまどかのお母様の姿

気が付けばさやかたちもいつの間にかレンタルらしい大きな車に乗り込んでいて、私たちを待っていた

まどか「さぁ、ほむらちゃん。行こうっ!」

ほむら「……えぇ。行きましょう」

私は荷物を担ぎ直すと、まどかと一緒に車へ向かう

期待と好奇心、ほんの少しの不安を抱えた私を乗せた車は、目的地へと向かって走り出した

今回はここまで
次回投下は19日深夜を予定しています

まどほむはいいものだ
おやすみ

乙乙
魔法少女とか魔女とかの設定は適当?

魔女とか魔法少女の設定は本編みたいにドンパチすることがないのでふわっと適当に
なお同名の潜水艦映画とは一切関係ありません

次から本文

――――――

まどか「んーっ。着いたーっ」

さやか「……すげー。まさか行き先がこんな大自然の中だったなんて」

杏子「アタシも、よくあるキャンプ場に行くのかと思ってた……」

マミ「でも、素敵なところね。森や川の自然があって、でもきちんと整備されていて……」

さやか「まどか、何も言わなかったから驚いたよ。教えてくれてもよかったのに」

まどか「えへへ。みんなに驚いてもらいたかったから、あえて何も言わなかったんだ」

ほむら「……」

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「……あっ、ごめんなさい。私もキャンプ場を想像してたから、あまりの差に言葉が出なくて」

まどか「わたしがここって選んだわけじゃないけど…どう、かな?」

ほむら「とても素敵よ。ありがとう、誘ってくれて」

まどか「ほむらちゃんが喜んでくれたのなら、よかった」

まどかの家を出発して数時間。街を抜けて川を渡り、山道を登ってやってきた今日の目的地

私は山間部にある、大勢が利用するキャンプ場を想像していたのだが

まさかこんな避暑地の別荘のようなところでキャンプをすることになるとは思いもしなかった

さやか「にしても…よくこんなすごいの持ってるね、まどかの家」

まどか「あ、これ別にうちのじゃないよ。ママが会社の人から借りてきたの」

さやか「そうなの?」

まどか「うん。適度に使わないとダメになっちゃうからって、こんな素敵な別荘を貸してくれたみたい」

さやか「相変わらずすごいな、あの人……」

そんな話を聞きながら、私はぐるりと辺りを見回す

木が生い茂る森に流れる川、聞こえる虫や鳥の鳴き声。どこからどう見ても立派な別荘という感じで

別荘自体もそんなに大きくないものの、庭もあってとても素敵な建物だった

さやか「それより、これからどうしようか」

まどか「まずは荷物を置きに行こうよ」

さやか「お、そうだね。荷物置いて、それからどうするか決めよっか」

さやか「まずは何しよっかなぁ。いろいろ持ってきたんだし」

マミ「あ、でもあっちのお手伝いは……」

詢子「いいからいいから。こっちはアタシとパパでやっておくから、遊びに行きなー」

マミ「わ、わかりました。ありがとうございます」

まどか「ほむらちゃん、わたしたちも行こう?」

ほむら「え、えぇ」

私とまどかが別荘に入ると同時にさやかと杏子が外に飛び出していき、それをマミが追いかける

3人を見送ってから荷物を置いて、10分程の休憩と準備をしてからまどかと一緒に外へ向かう

まどか「さて、と。わたしたちは何をしよっか?」

ほむら「そうね……」

さやかたちはさっさとどこかへ行ってしまい、図らずもまどかと2人になってしまった

少し離れたところから声が聞こえるのを考えると、どうやらあの3人は川へ向かったらしい

車の方へ目を向けるとまどかのご両親が積み込んだ荷物を手分けして降ろしている姿が目に映る

いつまでも家の前にいるのももったいないし、何をしようかと思案していると

何かを思いついたらしいまどかが、私の服の裾を引く

まどか「ね、ほむらちゃん。向こう行ってみない?」

ほむら「向こう?」

まどか「ほら、あそこに道があるでしょ。あれ、行ってみようよ」

そう言ってまどかが指差した先にあったのは、森の奥へと続く山道

適度に整備されているところを見ると、トレッキングコースか何かなのだろう

どこに繋がっているのかわからないのは少し不安だけど、せっかくまどかが誘ってくれたのだから

私は私は二つ返事でまどかの誘いを受けると、森の奥へ向かって歩き出した

まどか「これ、何の道なのかな?」

ほむら「誰かが作った散歩とかトレッキング用のルートなのかしらね」

まどか「山道だけどそんなに辛くないし、ちょうどいいかも」

ほむら「そうは言っても舗装された道じゃないから。足元は気を付けて」

まどかと他愛のない会話をしながら、アスファルトの張られていない山の道を歩く

初めのうちはそんな余裕もあったけど、歩き慣れた街中の道路と比べるとやっぱり歩きにくくて

たった数分歩いただけで、私もまどかも額にうっすらと汗が滲んでいた

まどか「はぁ、ふぅ……。やっぱり、山道って思ったより疲れるね」

ほむら「えぇ。舗装された道と比べて足元が不安定で、全身を使うから……」

まどか「何だかごめんね、こんな疲れるのに誘っちゃって」

ほむら「謝る必要はないわ。この疲労感も悪いものじゃないし、それに……」

まどか「それに?」

ほむら「……まどかに誘われて、まどかと一緒だから」

まどか「そっ…そっか……。そう言ってくれるのは、嬉しいな……」

私の言葉を受けて恥ずかしくなってしまったのか、まどかは顔を赤く染めていた

それから少しの間、無言で歩いていた私たちの目の前が不意に開ける

そこに広がっていたのは、大きな木が1本立っている草原とまではいかない広場だった

まどか「うわぁー……。すごい……」

ほむら「この一帯だけ広場みたいになって、木が立っていて……」

ほむら「何だか不思議なところね……」

周囲を見回してみても、大きな木以外は本当に何も見当たらなくて

まるで、私たちだけがこの不思議な場所に迷い込んだような気分だった

まどか「ちょっと疲れちゃったし、あの木の下で休んでいこうよ」

ほむら「そうしましょうか」

高々と聳える木の下に、まどかと並んで腰を下ろして息を吐く

木陰の涼しさと適度な疲労感がどことなく気持ちよかった

時折吹いてくる風がざわざわと木々の枝葉を揺らす

空を見上げると、雲ひとつ無い真夏の真っ青な青空が広がっていた

まどか「綺麗で…素敵なところだねぇ……」

ほむら「そうね……」

まどかのぽつぽつとした言葉に返事をしながら、体勢を変えようと腕を投げ出す

そのとき感じた、地面の土とも生い茂る草とも取れない、柔らかい何かの感触

いきなりの感覚に驚いた私は慌てて手を引っ込めると、まどかも私と同じようなことをしていた

ほむら「ま、まどか……?今のって……」

まどか「えと、たぶん…そうなんじゃないかなぁ……?」

そう言うと、まどかはどことなく照れたように笑う

さっき触った柔らかい何かはどうやらまどかの手だったようで

まどかの手に触れたのだと認識した途端、何だか恥ずかしくなってしまった

何もこれが初めてというわけじゃないけど、どことなくいけないことをしたような気分で

今まで通りの会話ができずに顔を赤らめたまま、まどかの方を避けて視線を泳がせていると

気を利かせてくれたらしいまどかが、私に別の話題を振る

まどか「出発前にも言ったと思うけど、今日のほむらちゃんの服、とっても素敵だね」

ほむら「そう……?」

まどか「うん。ちょっと立ってみてよ」

ほむら「え、えぇ」

まどかに促されるまま、土と草を軽く払ってその場に立ち上がってみる

頭のてっぺんから爪先までを行ったり来たりするまどかの視線にそわそわしつつ、自分の服装を改めて確認した

白地に黒いラインの入ったブラウスに魔法少女のときのようなスカート、薄いグレーのカーディガン

そこにいつものタイツを穿いているが、それでどこか変になっていないか不安になる

まどかの恰好に目を向けると、いかにも女の子と言った感じのふわふわしたシャツにズボンのようなスカートという姿をしていた

まどか「……えへへ。可愛い」

ほむら「……っ」

にぱっと笑うまどかが放った不意打ちの言葉が思いきり頭を殴りつける

鼓動が思いきり跳ね上がり、足元がおぼつかなくなった私はすとんとその場に座り込んだ

ほむら「まどかも…とても可愛いと思うわ」

そう返すのが精一杯だった私はそれっきり何も言えなくなって黙り込んでしまう

横目でちらりと見たまどかは、少し顔を赤らめて目を伏せていて

思わず目を逸らすような形で景色に視線を向け、気持ちを落ち着かせていると

何かに気づいたような顔をしたまどかが私を見て口を開く

まどか「……ほむらちゃん、そろそろお昼だし…戻ろう?」

ほむら「え……」

そう言われ携帯を取り出して時間を確認すると、表示されたデジタル時計は確かにお昼を示していた

まどかに笑いかけられ、うるさいくらいドキドキして、目も合わせられなくて

会話をすることもできず、結局時間だけが過ぎてしまったことをまどかに詫びる

ほむら「……ごめんなさい。せっかく誘ってくれたのに、ぼんやりしてるだけになってしまって」

まどか「ううん、気にしないで。わたし…ほむらちゃんと一緒で楽しかったから」

ほむら「……ありがとう、まどか。それじゃ、戻りましょう」

私のせいで気を遣わせてしまったことを少しだけ後悔しつつ、別荘に向けて歩き出す

少し慣れたとは言え、足元の悪い山道をまどかを気遣いながら進んでいく

別荘に戻ると、川に行っていたはずの3人が庭のテラスで休んでいた

さやか「あ、おかえりー」

まどか「ただいま。さやかちゃんたち、どこ行ってたの?」

マミ「向こうの川の方にね。私は見ていただけだけど」

杏子「流れもそんな急でもないし、深くもないしいいとこだったぞ」

さやか「2人はどこ行ってたの?」

ほむら「私たちは…向こうの山道の方に行ってたわ」

まどか「奥にとっても素敵な場所があって、綺麗だったよ」

さやか「へぇー。あたしもあとで行ってみよっと」

さやか「でもさ、何も2人きりだからって携帯の電源まで切ることないんじゃない?」

ほむら「……電源?」

さやかの発言に私もまどかも首を捻る。携帯を確認してみると、確かにさやかからの着信履歴が残っていた

まどかにも聞いてみたが、やはり電源は切っていないらしい。さやかの勘違いじゃないかと聞き返す

ほむら「私もまどかも別に電源を切ってなんかいなかったわよ?」

さやか「え、そうなの?でも確かに電源が入っていないって……」

杏子「ただ電波が入らなかっただけなんじゃないのか?」

まどか「ここは他にも別荘があったりするみたいで、携帯の電波も入るようになってるはず……」

マミ「どうなってるのかしら……?」

ほむら「……深く考えても仕方ないわ。きっとたまたま電波が届かなかっただけよ」

まどか「でも、結構開けてたと思うけど……」

杏子「ま、細かいことは気にしなくてもいいんじゃないか?」

まどか「……そう、だね」

さやか「せっかくだし、あとでまどかも川に行ってみるといいよ。ほむらと2人でさ」

まどか「う、うん。ほむらちゃんも、どうかな……?」

ほむら「……私は構わないわ」

まどか「そ、そっか。えへへ、ありがと……」

2人でと聞いて、さっきの出来事を思い出してしまった私は何だか恥ずかしくなってしまう

私の気持ちを知ってか知らずか、提案をしたさやかは私とまどかを見てにやにやと笑っていた

そんな話をしていると、まどかのお母様がお昼の入っているらしいバスケットを手に姿を見せる

詢子「みんなー。お昼持ってきたぞー」

まどか「あ、ありがとう、ママ」

さやか「あたし、もうお腹ペコペコだよ」

杏子「食べ終わったら今度は何しようか?」

マミ「それはあとで考えることにして、まずお昼にしましょう?」

詢子「遊ぶのもいいけど、ちゃんと食べなきゃガス欠するからね。さ、座った座った」

まどか「あれ、ママたちは食べないの?」

詢子「アタシたちが一緒だとみんなの迷惑になっちゃうからね。中で食べるよ」

さやか「えー、そんなことないですって」

詢子「だとしても、気を遣わせちゃうだろうからさ。アタシたちとしてもそんなことさせたくないしね」

詢子「んじゃまどか、みんなで仲良く楽しく食べるんだよ」

まどか「う、うんっ」

まどかのお母様に促され、私たちはテラスに設置されている丸いテーブルの席に着く

テーブルの中央にバスケットを置くと、まどかのお母様は私たちは私たちで楽しめと言い残して

後ろ手に手を振りながら、その場から去って行った

自分の母親がいなくなったことを確かめてから、まどかはいつもの調子で喋り出す

まどか「それじゃ、お昼にしようっ」

杏子「何だか悪いな……」

まどか「気にしないでよ。ママも言ってたけど、やっぱりわたしの家族がいると気が休まらないと思うし」

まどか「……それに、わたしとしても友達との話を聞かれるのは恥ずかしいからね」

マミ「なら、ご家族のご厚意に甘えて私たちだけで楽しみましょう」

さやか「それで、バスケットの中身は何?」

まどか「あ、今広げるね」

まどかがバスケットを広げると、中から見えたのは白いパンに挟まれた色とりどりの具材

卵にハムとレタス、ツナマヨなど、数種類のサンドイッチがぎっしりと詰まっていた

まどか「……それじゃ、食べよっか。みんな、召し上がれ」

さやか「いっただっきまーす」

杏子「こうも種類があるとどれから手をつけたらいいか迷うな……」

マミ「どうせ全種類食べるんだから、順番でいいんじゃない?」

まどか「ほむらちゃん、わたしたちも食べよう?」

ほむら「そうね。いただきます……」

いただきます、と手を合わせてから手当たり次第に口に入れていくさやかと杏子に少し呆れてしまう

マミはマミでそんな2人を困ったように笑いながら眺めていた

私は手近にあったたまごサンドをひとつ手に取ると、具のたっぷり詰まった真ん中をひと口齧った

まどか「……どう?」

ほむら「えっ?」

まどか「あ、その…サンドイッチ、口に合ったかなって」

ほむら「えぇ、とても美味しいわ」

杏子「大丈夫だ、すげーうまいぞ!」

マミ「今まで機会がなかったから話に聞くだけだったけど、これは美味しいわね……」

さやか「でっしょー?おじさんの料理はほんと世界一だよ」

杏子「何でさやかが偉そうなんだ……?」

まどか「う、うん。ありがと……」

感想をまどかに伝えると、さやかたちは再び食べる方へと意識を向けた

マミと杏子はともかく、まどかのお父様が料理上手ということは私とさやかは知っている

それなのにどうしてわざわざ聞いてきたのか、少し不思議に思いながら手の中の最後のひと口を口に放り込む

もぐもぐと口を動かしながら次を選んでいると、その疑問に答えるようにまどかが話しかけてきた

まどか「……あの、ね。今日のたまごサンドなんだけど」

まどか「実は…わたしが、作ったんだ」

ほむら「そうなの……?」

まどか「せっかくのキャンプだから、わたしも何かできないかと思って…それで、お昼を作ってみたの」

まどか「パパもママもおいしいって言ってくれたけど、みんなはどう思うかちょっと不安で……」

ほむら「それであんなことを聞いてきたのね……」

新しいサンドイッチを手に、まどかの話を聞いた私は先ほどの問いを理解した

どうやらこのたまごサンドは自分だけで作ったものらしい

それが上手くできたかが不安で、私に口に合うかなんてことを聞いてきたのだろう

ほむら「……さっきも言ったけど、とても美味しいわ」

まどか「ほんと……?」

ほむら「本当よ。むしろ、まどかが作ってくれたとわかって…もっと美味しくなった気がするもの」

まどか「……えっへへ。ほむらちゃんにそう言ってもらえると、わたしもすごく嬉しい」

まどか「ありがとう。ほむらちゃん」

私の言葉が嬉しかったのか、まどかは私の顔を見て少し照れくさそうに笑っていた

そう言うとまどかはバスケットに目を向けて、再び私に話しかける

まどか「ほら、早く食べないと全部さやかちゃんたちに持ってかれちゃうよ」

ほむら「……えっ?あ、あぁ、そうね」

まどか「ぼんやりしてたみたいだけど、どうかしたの?」

ほむら「いえ、大したことじゃないから気にしないで。さやかたちに取られる前に頂くわ」

本当はまどかの笑顔に見惚れていた、なんてとても本当のことは言えなくて

何でもないとまどかと自分の気持ちを誤魔化してから、まどかの作った3つ目のたまごサンドに手を伸ばす

ほむら「……そう言えば、たまごサンド以外はまどかが作ったわけじゃないの?」

まどか「うん、他のは全部パパが。でも、どうして?」

ほむら「好きな人の……」

まどか「えっ?」

ほむら「……ううん。ただ、まどかの手料理を食べたいと思っただけ」

まどか「そんな、手料理なんて……」

つい口から出てしまいそうになった言葉を飲み込んで、当たり障りのない、それでいて気があるような返事をする

まどかの手料理を食べたいと思っているのは本当だから。そう、自分を納得させていると

私のすぐ側まで身を寄せたまどかが、他の誰かに聞こえないようにと小声で呟いた

まどか「じゃあ…今度ほむらちゃんに何か作ってあげるね」

ほむら「……ありがとう」

それだけ言うと、まどかは元の位置に戻らずに私のすぐ近くでサンドイッチの続きを食べ始める

肩と肩が触れてしまうくらい、まどかとの距離が近い。まどかの突然の行動に少し驚くも、私はそれがとても嬉しくて

想い人の存在を間近に感じながら、私は食べ切れる程度のたまごサンドを自分の前に手繰り寄せた

――――――

杏子「はー……。食べた食べた」

まどか「あれだけあったのに、全部無くなっちゃった……」

さやか「いやー、だってすっごく美味しかったからさ」

ほむら「私も、つい食べすぎてしまったわね……」

さやか「あとでおじさんに美味しかったって言っといてね」

まどか「う、うん」

バスケットの中身を食べつくし、ごちそうさまと手を合わせる

まどかが作ってくれたからとは言え、普段の食事量を上回っていたような気がした

空っぽになったバスケットを片づけるまどかを見つめていると、さやかが跳ねるように席を立つ

さやか「よっし。午後は何して遊ぼっか?」

杏子「お前、もう遊ぶこと考えてんのかよ」

さやか「失礼な、もうじゃないよ。お昼食べながら午後は何しようかずっと考えたんだから」

ほむら「威張って言うことじゃないわよ……」

胸を張ってどうだと言わんばかりのさやかに少し呆れるも、ここには遊びに来たのだから彼女は何も間違ってはいない

満腹感が支配する頭の隅っこの方で考えていると、待ちきれないのかさやかはガタガタとテーブルを揺さぶる

さやか「ねー、何するー?」

杏子「昼食ったばっかじゃねーか。ちょっとは落ち着けっての」

さやか「落ち着けって、杏子が言えたことじゃないじゃーん」

杏子「ケンカ売ってんのか?」

さやか「ま、そんなこと気にしないで。あたしにはあんたしかいないんだしちょっと付き合ってよ」

杏子「別にアタシじゃなくても他にいるじゃねぇか……」

さやか「まどかは片づけしてるし、ほむらはもうめんどくさいオーラが全身から出てるし」

ほむら「そう言えば、マミはどこに行ったの?」

全身からこれでもかというくらいにめんどくさいという気持ちを発しながら、姿の見えない友人の行方を問いかける

辺りを軽く見回してみたが、黄色いドリルの髪を見つけることはできなかった

まどか「マミさんなら、中のキッチンだと思うよ」

さやか「え、キッチン?」

まどか「うん。気兼ねなく遊ばせてもらうお礼に、ママたちに紅茶を淹れてあげたいって」

さやか「へぇー。さすが、マミさんは大人だなぁ」

ほむら「そう思うならあなたも少しは見習いなさい」

さやか「んー、ほら、あたしは子供だから。さっ、杏子、行くよ」

杏子「は?いや、だから」

さやか「いいからいいから!ほら、早くっ!」

杏子「ちょっ、待っ……!わかった、わかったから引っ張るなっ!」

さやか「どこ行こうかなぁ。川の上流の方もいいし、少し下りてみるのも……」

さやか「そうだ、まどかたちが午前行ったとこ、行ってみよう!」

杏子「人の話を聞けーっ!」

口では嫌がっている杏子も、本気で拒否しているわけでもなく

友人であるさやかに手を引かれ走っていく杏子は、とても楽しそうに見えた

1人テーブルに残され、ぼんやりと午後の予定を考えていると私の側から私に向けられた言葉が聞こえた

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「……あ、あら。まどか、まだいたのね」

私1人だと気を抜いていたこともあって、まどかの声に体がびくりと跳ねるも、すぐに体裁を取り繕う

落ち着いている風を装って、せっせと後片付けをしているまどかに返事をした

まどか「そりゃあ、ね。片付けしないとだし」

ほむら「マミはキッチンみたいだし、さやかたちは出ていったし…手伝いましょうか?」

まどか「ううん、ほむらちゃんは休んでて。お腹いっぱいでちょっと苦しいと思うし」

ほむら「う……。よ、よくわかったわね……」

まどか「わかるよー。ほむらちゃんのこと、見てたんだから」

ほむら「えっ……」

突然、まどかが意味深な言葉を告げる。まどかが、私のことを見てくれていたと

胸を何かで思いきり殴られたような衝撃を受けつつ、まどかに今の言葉について問いかけた

ほむら「それ、は…どういう、意味で……」

まどか「んと、どう言ったらいいんだろう。えっと……」

まどかは片付けの手を止め、目線を上に向けて考える

それからすぐに納得のいく答えが出たのか、目を私に向けて口を開く

まどか「たぶん、なんだけど…嬉しかったから、かな」

ほむら「嬉しかった……?」

まどか「うん。もしかしたら勘違いかもしれないんだけど……」

まどか「今日のお昼、ほむらちゃんがたまごサンドばかり食べてたから……」

ほむら「……そう、言われるとそうね」

まどか「もし、もしそれがわたしが作ったって教えたからだとしたら」

まどか「……わたしは、すごく嬉しいな」

ほむら「そう……」

まどかはそう言って私に優しく微笑んでから、後片付けを再開した

私はと言うと、片付けを手伝うわけでもなくテーブルに肘をついて手を組み、頭を乗せて俯く

食べてくれて嬉しかった。まどかのその言葉が頭と心に、優しい笑顔が目の前に焼き付いて離れない

好きな人の料理が食べられたことが嬉しくて、好きな人に見てもらえたことが嬉しくて、好きな人が嬉しかったことが嬉しくて

頭も心もまどかのことばかりで、まどかのことでいっぱいで、どうにかなってしまいそうだった

昂った気持ちをどうにか抑え込んでいると、片付けが終わったらしいまどかがどことなく不思議そうな顔をしていた

まどか「どうしたの、ほむらちゃん。さっきからずっとそうしてるけど」

ほむら「……何でもないの。ただ、こうしていたいだけでだから」

まどか「そ、そっか。わたし、バスケット返してくるね」

ほむら「えぇ……」

色々と決壊寸前の私はまっすぐまどかを見ることができず、失礼と思ったが俯いたまままどかに返事をする

そんな私との会話を済ませると、空になったバスケットを手にしたまどかの気配は次第に遠ざかっていく

やがて、私の感覚から彼女の気配が消えたのを確認すると、恰好はそのままに深々と息を吐いた

ほむら(何やってるのかしら、私は。動揺して、顔も見れなくなって…俯いてしまうなんて……)

ほむら(……例えまどかの言動が私にとってどれだけ嬉しいことだったとしても、まどかは)

ほむら(まどかは、そんなつもりでしたわけじゃない。言ったわけじゃない)

ほむら(だから、こうして悶々としてしまうのも…私が勝手に勘違いしているだけ……)

お昼を用意してくれたことも、そのあとの言動も、まどかにしてみれば私が仲の良い友人だからというだけのこと

そこに私だけの為に、なんて特別な意味は無い。そうだとわかっているはずなのに、私の心は自分に都合のいいように受け取ってしまう

おめでたい考えにうんざりして顔を上げると、ポットとカップを手にしたマミがこちらにやってくるのが見えた

マミ「あら、暁美さんだけ?みんなは?」

ポットをテーブルに置き、カップの用意をしながら彼女は私に姿のない3人の行方を尋ねる

私は姿勢を崩し、椅子の背もたれに思いきり寄りかかってからマミの問いに答えた

ほむら「さやかと杏子はどこかに遊びに行ったわ。多分、お昼前に話してた私とまどかが行った場所じゃないかしら」

ほむら「まどかはお昼のバスケットを片づけに行ったはずだけど……」

マミ「そう……。それじゃ、暁美さんの分だけ用意させてもらうわね」

ほむら「えぇ。ありがとう」

彼女はそう言うと、慣れた手つきで1人分の紅茶の用意を始める

いつもの華やかなティーカップとは正反対の地味なレジャーカップに透き通った綺麗な紅茶を注ぐ

それを私に差し出して、用意しかけていた残りのカップを纏めると再び私に話しかける

マミ「それじゃ、私はこれを片づけて美樹さんと佐倉さんを探しに行ってみるわ」

ほむら「一応は整備されていたけど、足元には気をつけなさい」

マミ「ありがとう。じゃあ、またあとでね」

私にそう言うと、来たときと同じようにポットとカップを手に家の中へと戻っていった

背中を見送ってから、手にしたカップに視線を落とす。注がれた琥珀色の水面に、少し険しく見える私の顔がゆらゆらと揺らめく

それから紅茶をひと口。飲み慣れた紅茶の味が、取り乱した私の頭と心を落ち着かせてくれたような気がした

1人のんびりとカップを傾け、最後のひと口を飲み干すと同時に感じるあの子の気配

間違えようのない気配へ目を向けると、両手に何かを抱え、私の名前を呼びながら向かってくるまどかの姿

私の目の前までやってきた彼女は、速足で少し荒れた息を整えながら柔らかい笑顔を見せる

まどか「えへへ、ごめんね。荷物持って速足してたら、ちょっと息あがっちゃって」

ほむら「別に…まどかが大丈夫ならいいんだけど」

まどか「うんっ。全然、なんともないよ」

ほむら「でも、どうしてそんなに急いでいたの?」

まどか「急いでたっていうか…早く戻らないと、ほむらちゃんが1人で出かけちゃうかもしれなかったから」

まどか「それに、早くほむらちゃんと一緒に遊びに行きたかったからね」

私と一緒に遊びたい。言葉は多少違えど、まどかが私と一緒にいたいと言ってくれたことがとても嬉しかった

まどかの言葉に特別な意味がないとしても、一緒に遊んでいる間だけは私を見てくれるから

未だ混線している頭を軽く小突くと、まどかの誘いに対し胸を高鳴らせて返事をした

ほむら「遊びに行くのはいいけど…どこに行くの?」

まどか「えと、川の方に行ってみようかなって。さやかちゃんたちがいいところって言ってたから」

まどか「……それにほら、こんなのも見つけたしね」

こんなのと話すまどかの手には、糸の括りつけられた長い棒が握られていた

さすがの私もそれが何であるかすぐに気が付き、まどかに聞き返す

ほむら「これって、釣竿よね?」

まどか「うん。何か遊ぶものないかなって家の中を探してみたら、隅っこの方に置いてあったの」

まどか「使うかはわかんないけど、せっかく見つけたんだし持っていこうかなって」

まどか「……あ、もちろんほむらちゃんが他に行きたいところがあればそっちでもいいからね」

ほむら「私は…まどかと一緒なら、どこでも構わないわ」

まどか「……えへ、そっか。じゃあ、川でいい?」

ほむら「えぇ。それじゃ、行きましょう」

まどか「うんっ」

一緒ならば、どこでも構わない。望んだ形で届くことのなかった、私の本心

だけど嬉しそうに笑うまどかを見て、慌てふためき、必死になってる私が何だかおかしく見えてしまって

私の恋愛感情はともかく、今は友達としてまどかと一緒に思いきり楽しもう

まどかに対する恋心と同じように、まどかの私に対する友達としての気持ちも大切なものだから

そして、私の気持ちの100分の1、1000分の1でもまどかの心に届けばいいな、なんて

そんなことを考えながら、待ちきれずに私の先を歩くまどかを追った

今回はここまで
読んで下さってる方、ありがとうございます

次回投下は20日深夜を予定しています

舞ってる

わたしまつわ

なんと甘ったるい・・・
嫌いじゃないな!

最初に4回くらいに分けて投下すると言ったけどたぶんもっと分かれそう
今までの分いれて5回か6回くらいかも

次から本文

――――――

まどか「わぁ……」

ほむら「これは…なかなか素敵ね」

あれから少し歩いて、私とまどかは目的地の川辺に辿り着いた

午前に遊んでいたさやかたちの話ではいい場所としか聞いていなかったが

ごつごつとした岩や石が転がり、その間をあまり深さのない川が流れる

まさにキャンプ地の川といった印象の場所だった

まどか「……さーて。それじゃ、何しよっか?」

ほむら「そうね……」

川辺での遊び方を考えてみるものの、今まで経験したことがない私には何も思いつかず

ただ水があるというだけで答えた回答は、どこかズレたものになってしまった

ほむら「一緒に、泳ぐ…とか……?」

まどか「そ、それはそれでいいけど…今日、水着なんて持ってきてないよ?」

ほむら「あっ……。そ、そうだったわ、ね……」

まどか「それに、どの道泳ぐには深さが足りないと思うし……」

ほむら「そう、ね……」

まどかの割と否定的な返事を聞いて、少し気分が落ち込んでしまう

別に水着姿のまどかが見れなかったからじゃない、と沈んだ気持ちに対して無意味な否定をする

ほむら「じゃあ…水遊び……?」

まどか「それもいいと思うけど、水着も着替えもないから……」

まどか「今回は川に入るのはやめておこう?」

釘を刺されてしまった以上、そういった提案をすることはもうできなくなってしまう

だけど、川に入らないのなら一体何をしたものかと思案していると、ふとまどかの手荷物が目に入る

他に何も思いつかなかった私は、まどかに持ってきたそれについて尋ねた

ほむら「ねぇ、まどか。それ…使ってもいいのよね?」

まどか「え、これ?うん、構わないけど……」

ほむら「……私、川の中に入って遊ぶことくらいしか思いつかなくて。でも、今日はその用意がないから」

ほむら「あとはまどかの持ってる釣竿を使った…釣り、くらいしか……」

しどろもどろ、と言うより他に何も出てこない自分の不甲斐なさで声が次第に細く、弱くなる

何より、こんなのじゃまどかをがっかりさせてしまう。そう思っていたけれど

私の言葉を聞いたまどかは、一片たりとも表情を曇らせることはなく

提案した自分で言うのも何だけど、到底楽しいと思えそうもないそれを受け入れた

まどか「うん。じゃあ、そうしよっか」

ほむら「……い、いいの?そんなに楽しいものじゃないと思うわよ?」

まどか「んー……。たぶん、だけど何で遊ぶかは大して重要なことじゃないんだ」

ほむら「どういうこと……?」

私が提案した、釣りなどという盛り上がりもなさそうなものを受け入れたまどかの意味深な言葉

言葉の意図が理解できず、どういうことなのかと嬉しそうな顔のまどかに聞き返す

すると、まどかの口から出てきたのは思いがけもしない、意外なひと言だった

まどか「ここで何をするかは、決めてなかったんだけど……」

まどか「ほむらちゃんと一緒なら、わたしは楽しいよ」

ほむら「……っそ、そう」

そう言い切るまどかの姿が眩しくて、嬉しくて、何だか凄く恥ずかしくて

川の水面に反射した光が眩しかっただけと自分に言い訳をして、熱くなった顔を逸らした

まどか「……ほむらちゃん?どうかした?」

ほむら「いっ、いえ、何でも。じゃあ、始めましょうか」

まどか「それじゃほむらちゃん、これ」

そう言ってまどかは手にしていた、自分の身長ほどの釣竿を私に差し出す

私がそれを受け取ると、今度は反対の手に持っていたバケツの中から何やら小さい容器を取り出した

ほむら「まどか、それは……?」

まどか「これ?釣りのエサだけど、どうして?」

ほむら「い、いえ……」

釣りの餌と聞いてテレビや本でよく見るミミズのようなアレを想像してしまい、思わず身構える

だが、容器の中には白い何かがみっちりと詰まっているだけで、気味の悪い生き物の姿はどこにもない

ほむら「……これが、釣りの餌?」

まどか「みたい。わたしもよくわからないけど、確か練り餌って言ってたよ」

まどか「わたしたちには…よくあるうねうねしたエサは辛いだろうからって」

ほむら「そ、そう。私としてもこの方が助かるわ」

容器に詰まった練り餌を受け取ったものの、どうやったらいいかまでは私もまどかもわからない

それでも、知らないなりに何とか針先に餌をかけて、あとは投げ込むだけ

すると、隣で私の作業を見ていたまどかが何かを思い出したかのように、肩にかけたバッグの中を探し始める

ほむら「まどか、まだ何かあるの?」

まどか「えっと…あ、あった。ほら、これ」

バッグの中から出てきたのは小さなスプレー。書かれている商品名からするに、虫除けスプレーだろう

まどかは自分の手足にそのスプレーを吹くと、私に手を伸ばすように促した

まどか「ほむらちゃん、やってあげるから腕出して?」

ほむら「え、えぇ」

促されるまま、やりやすいような形でまどかへ向けて腕を伸ばす

ただ虫除けスプレーを吹くだけと思っていると、いきなり手を取られ引き寄せられてしまう

その行動に驚き、どくんと胸が高鳴る。耳と頭の奥にガンガンとけたたましい音が鳴り響く

彼女の行動に思いきり揺さぶられ、ドキドキしてしまっている私を他所にまどかは私の腕にスプレーを吹き付ける

両腕が終わり、脚はタイツを穿いているのを確認すると、まどかは満足そうな表情を浮かべた

まどか「はい、終わったよ。脚はタイツ穿いてるから大丈夫かな」

ほむら「そそそ、その、えと、あ、ありが、とう」

まどか「どうしたの、そんなにあわあわして」

ほむら「な、何でもないの。まどかは、何もしてないから……」

まどか「そう?なら、よかった」

私が内心、外面にも出てしまってるけど平然としていられないのはある意味まどかのせい

だけどそれはまどかが悪いというわけではなく、私が勝手にまどかのことを意識しすぎているというだけ

私は大きく深呼吸をしてから準備の整った釣竿を拾い上げ、できるだけいつも通りの調子で釣りの開始を宣言する

ほむら「……それじゃあ、始めましょうか」

まどか「うんっ。ほむらちゃん、がんばって」

釣りなんて今日のこれが生まれて初めて。でも、まどかが応援してくれたのだからきっと大丈夫

まどかのことばかり考える頭の片隅でそう思いながら、川に向けて釣り糸を投げた

――――――

ほむら「……」

ほむら「……はぁ」

始める前はあんな楽観的なことを言ってしまったけど、そう簡単にいくはずもなく

釣りを始めてしばらく経つものの、未だに何の釣果も挙げられない

盛り上がりにかけると言ったのは私だけど、こうも何も引っかからないのはさすがに予想外だった

軽く欠伸をしながら垂れた釣り糸をぼんやり眺めていると、少し離れた位置からまどかの声が飛んでくる

まどか「ほむらちゃーん。どうー?」

ほむら「全然。さっぱりよ」

まどか「んー、そっかぁー……」

声のした方へ目を向けると、まどかは川から突き出た岩の上からきらきら光りながら流れる川の水面を眺めていた

私は視線を戻してから何であんなところにいるのかぼんやり考える。多分、岩から岩にぴょんぴょんと飛び渡っているのだろう

気づかれないようにもう1度まどかを見る。せっかくだから遊んできたら、と言うと少し遠慮がちに私の側を離れていって

それでも私の近くにいるのは私と一緒だと楽しいというのが本当のことだから、なんてことを考えてしまい顔が赤くなる

ほむら「……へ、変なこと考えてないでせめて何か1匹でも釣らないと」

頭を振って釣りに集中するが、それで何かが釣れるというわけでもない

釣りをしていると考え事が捗る、なんてどこかで見聞きした言葉の通り、気が付けば私はまどかのことばかり考えるようになっていた

まどかが近くにいるのにあれこれ考えて悶々としていると、岩飛びも飽きたのかまどかが私のところへ戻ってくる姿が見えた

まどか「結局、何も釣れないねぇ……」

ほむら「ごめんなさい。私が上手くできないせいで……」

まどか「ほむらちゃんのせいじゃないよ。気にしないで」

ほむら「でも、こんな盛り上がりどころか退屈でしかないことに付き合わせちゃったし……」

まどか「言ったでしょ。わたしは、ほむらちゃんと一緒ならそれだけで楽しいって」

疑っていたわけではないけど、改めてまどかが言ってくれた言葉が今の私にはとても嬉しくて

楽しそうな彼女の笑顔に、私は少し気が楽になったような気がした

まどか「あんまり根詰めてもダメだと思うし、ちょっと休憩しようよ」

ほむら「……えぇ、そうね」

まどかの提案を受け、私は垂れていた釣り糸を引き上げると釣り道具をわかりやすい場所に纏めて

それから、まどかと一緒に水際まで近づき、釣竿を握っていたせいでひりひりする両手を水に浸す

ほむら「冷たくて…気持ちいいわね」

まどか「だねぇ。わたし、自然の川がこんなにひんやりしてるとは思ってなかったよ」

ほむら「私も…テレビや本なんかで知識としては知っていたけど」

ほむら「実際に来たのは、今日が初めてよ」

まどか「……えへへっ」

ほむら「……?まどか、どうしたの?」

何気ない、穏やかな会話を楽しんでいると不意にまどかが嬉しそうに笑う

柔らかい笑顔を浮かべ、後ろで手を組む彼女にどうしたのかと尋ねてみると

耳と頬を僅かに赤くしたまどかが恥ずかしそうに答える

まどか「あ…う、ううん。別に大したことじゃないの」

まどか「ただ…ほむらちゃんとおんなじだな、って……」

ほむら「おんなじ……?」

まどかの言う、私とおんなじ。それが何を指しているか、私にはさっぱりわからない

言葉をオウム返しに呟き不思議そうにしていると、まどかは言葉を続けた

まどか「えと…あくまでわたしが勝手に思ってること、なんだけど」

まどか「ほむらちゃんは…わたしの知らないようなことも知ってて、知らないことなんてないように見えて」

ほむら「そんなこと……」

まどか「そんなこと…ある、よ。わたしが何か聞いても、大抵答えてくれるんだもん」

まどか「……でもね。今回は…このキャンプは、ほむらちゃんも初めてって言ってたから」

まどか「いつもと違ってわたしも、ほむらちゃんも知らないって…同条件、でしょ……?」

まどか「だから…わたしとほむらちゃん、おんなじだね。って……」

後ろで組んだ手をもじもじさせながら話すまどかの姿は、どこか普段の彼女とは違うような印象を受けた

まどかと、おんなじ。その言葉を受けた私は一瞬、呆気に取られるもすぐに意味を理解し、嬉しくなる

当のまどかはえへへと笑っていたものの、自分で言ったことに恥ずかしくなったのかあわあわとして後ずさる

まどか「……わ、わたっ、何言って…ななな、何でもないのっ!」

まどか「い、今のはっ!その、何かあれとかこれとかなくて、ただ純粋にほむらちゃんのことがっ……」

まどか「……って、だからそうじゃなくて、その、あのっ」

ほむら「いえ、気にしないで。私、凄く嬉しかったから」

まどか「そ、それならよかったけど…と、とにかく、今言ったのは全部忘れっ……!」

ほむら「まどかっ!?」

慌てに慌て、真っ赤な顔で何だかよくわからない言い訳をするまどかの体がぐらりと傾く

何が起こったのかはわからなかったが、こんな場所だ。きっと何かに足を取られてしまったのだろう

咄嗟にまどかへ手を伸ばし、わたわたと振り回していた手を取った

ほむら「……ふぅ。何とか、なったわね」

まどか「う、うん。ありがとう、ごめんね」

ほむら「いいの。まどかが無事なら、それ、でっ……!?」

いくらまどかが軽くても、さすがに片手だけでまどかを支えることはできず

手を取ったまどかに引かれる形で、2人一緒に川の水面へ吸い込まれていく

私もまどかも、もう大丈夫と油断したせいもあるのだろうがこうなってしまった以上はどうしようもない

せめて、まどかが怪我をしないようにと思いきり手を引いて庇うように抱きかかえる

その直後、ばしゃんという音とともに大きな水飛沫が上がった

ほむら「……っ!まどか、大丈夫?」

まどか「わ、わたしは……」

川の中へ落ちてすぐ、まどかに無事かどうかを確認する

だが、まどかは私を見ることなく視線を泳がせもごもごとしていて

もしかして、と思い少しだけ真剣な顔でまどかに尋ねる

ほむら「どうしたの……?まさか、どこか怪我を……」

まどか「ち、違う、違うの!ただ、その……」

ほむら「……ほむらちゃんが、近くて」

ほむら「……えっ」

>>116訂正


ほむら「……っ!まどか、大丈夫?」

まどか「わ、わたしは……」

川の中へ落ちてすぐ、まどかに無事かどうかを確認する

だが、まどかは私を見ることなく視線を泳がせもごもごとしていて

もしかして、と思い少しだけ真剣な顔でまどかに尋ねる

ほむら「どうしたの……?まさか、どこか怪我を……」

まどか「ち、違う、違うの!ただ、その……」

まどか「……ほむらちゃんが、近くて」

ほむら「……えっ」

いくら私が庇ったとは言え、体をぶつけたり切ったりしていないとは言い切れない

不安になった私はまどかに怪我がないか調べるが、まどかの言ったことを認識してぴたりと動きが止まる

ほむら「ぁ…っ……」

まどか「ほむら、ちゃん……?」

庇うように抱きかかえたまどかは、私のすぐ目の前で恥ずかしげにゆらゆらと瞳を揺らす

その姿に私は瞬きをすることも忘れ、目に焼き付く程にまどかを見つめる

血流が増え、視界が白む。冷たい川の中にいるはずなのにどうしようもないくらい全身が熱くなってしまって

まどかに対する衝動が暴走しないように胸の奥深くに縛り付け、手遅れだろうが何でもない風を装って話しかける

ほむら「……あぁ、ごめんなさい。何でもないの」

まどか「そう……?ほむらちゃんの方がケガしちゃったのかと…大丈夫?」

ほむら「えぇ、何ともないわ。まどかも、大丈夫よね?」

まどか「えっと…うん、どこもケガしてないよ」

ほむら「よかった……」

まどか「……ケガは何ともないんだけど、ね」

怪我の有無を確かめたあと、まどかは下を向いて何かを小さな声でぽつりと呟く

それが何だったのか、はっきりと聞き取れなかったがまどかに怪我がなかったのだからよしとすることにしよう

ほむら「それよりも、どうしましょうか。まさか川に落ちてしまうなんて……」

まどか「このままってわけにもいかないし、戻るしかないかな……」

ほむら「そうするしかないわね。釣りもこれ以上続けてもかかるとは思えないし」

まどか「……ごめんね、ほむらちゃん。わたしが、足元もよく見なかったから、こんなことになっちゃって」

ほむら「謝らなくてもいいの。まどかも私も、怪我はなかったんだから」

ほむら「……それに、こんな漫画みたいに2人して川に落ちるなんて何だか面白くて愉快じゃない」

まどか「えー、そうかなぁ」

濡れることが気にならなくなった私たちは川の中で足を投げ出して座り、馬鹿をやったことを笑い合う

本当はもう少しこうしていたいのだが、いつまでもここにいるわけにもいかない

私は川の流れや川底の石に気を付けながら立ち上がると、寄り添うように座っていたまどかに手を差し伸べる

ほむら「まどか、そろそろ帰りましょう。掴まって」

まどか「ありがとう。それにしても…わかってはいたけど、頭からつま先までずぶ濡れだねー……」

ほむら「そうね。風邪を、ひく…前に……」

まどか「……ほむらちゃん、どうかした?」

ほむら「あ…い、いえいえいえ。な、何でもないわ、行きましょう……!」

まどか「……?うん、そうだね」

私の助けを借りて立ち上がったまどかは、川に落ちたのだから当然ずぶ濡れになっていた

濡れ鼠になって水を滴らせているまどかの姿を見た瞬間、私は咄嗟に目を瞑り背を向けてしまう

何故ならまどかの胸部にはっきりと、中に着ている下着が透けてしまっていたから

着ている服もぺたりとまどかの体に張り付いて、彼女の細い体のラインや僅かな起伏がそこに浮かび上がっていて

恐らく私も同じようなことになっているのだと思うが、今の私はそんなことにまで気が回らない

大暴れする心臓を抱えたまま、後ろ向きにまどかの手を取る。繋いだ手は火傷をしてしまうくらいに熱い

川から上がり、釣り道具を回収して足早に別荘へ向かう。まどかも自分の恰好に気が付いたらしく、真っ赤になった顔が見える

別荘へ向かう道中、私はひたすらにあれは事故、見たくて見たわけじゃないと意味の無い言葉を念じていた

――――――

まどか「……これでおしまい、と。ほむらちゃん、終わった?」

ほむら「え、えぇ……」

まどか「そっか。これでようやく一息つけるね」

私たち以外に誰もいない脱衣所で、まどかは少し困ったように笑いながらそう話す

別荘に戻った私たちは濡れた服のまま2人揃って脱衣所へと向かい、新しい服に着替えることにしたのだが

手早く着替えを済ませるまどかに対し、私はまどかのことばかりが気になってのろのろもたもたしてしまう

それでも何とか待たせないようにと急いで着替え、まだ少し髪が湿っているもののドライヤーの電源を切って返事をした

ほむら「濡れた服は…とりあえず乾燥にかけておきましょう……」

まどか「そうするしかないもんね……」

ほむら「……それにしても、まどかは何を着ても…その、可愛らしいわね」

新しい服に着替えたまどかの服装は、それまでと比べて大人しい感じだったがとても可愛くて

シンプルな半袖シャツに少し丈の短い長ズボンという、あまり見ないような、でもまどかにとてもよく似合っていた

私とは大違いだと、一張羅が駄目になり特筆することもない普段着ている服に目を落として短くため息をつく

まどか「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、わたしはほむらちゃんも可愛いと思うよ」

ほむら「……ありがとう、まどか」

まどか「お礼なんて……。ほら、着替えも済んだしそろそろ行こうよ」

ほむら「その前に…ひとつ、いいかしら……?」

まどか「うん、なぁに?」

ほむら「……その、さっきはごめんなさい。事故だったとしても、あんなことになって」

まどか「さっき……?あ、あぁ…あれは仕方ないよ。そこまで気が回らなかったわたしも悪いんだし」

ほむら「だとしても、ちゃんと謝りたくて……。本当にごめんなさい……」

まどか「ううん、謝らなくてもいいの。確かに…透けちゃってたけど、他に誰もいなかったから」

まどか「それに…見られたのがほむらちゃんでよかったかな、って……」

ほむら「なっ…ん……」

まどか「……な、なんて…何言ってるんだろ、わたし」

まどか「ご、ごめんね。変なこと言っちゃったみたいで……」

ほむら「い、いえ。でも……」

まどか「えっ?」

ほむら「……何でもないわ。話はこれでおしまい、行きましょう」

まどか「う、うん」

まどかの言葉を想像以上の衝撃として受けてしまった私の心がギシギシと軋む

私が友達以上として受け取ってしまったその言葉も、まどかにとっては友達に向けたものでしかない

いくら下着を見られたのが私でよかったなんて普通なら言わない言葉だとしても、私が仲の良い友達だからまどかは言ってしまう

今回もそれと同じ。あの子に、まどかに私を特別な相手として言ったなんてつもりはない

そんなことわかってる。奥歯でやり場のない気持ちを噛み潰すと、ドアに手をかけ1度頭をぶつけてから脱衣所を後にした

今回はここまで
読んで下さってる方、ありがとうございます

次回投下は21日深夜を予定していますがもしかするとできないかも
その際は再度書き込みます

このもどかしさ、いいですわゾ^~

ほむっ

投下する予定でしたが時間が取れなかったので本日はおやすみします。ごめんなさい
22日もちょっと怪しいので次回投下は23日深夜を予定しています


この両片思いな感じがたまらん


いつもありがとうございます

2日間あけてしまってごめんなさい。今日から再開します
今回は今まで書いたことないようなのがあるので出来が不安

次から本文

――――――

さやか「お、おかえりー」

まどか「ただいまー。さやかちゃんたちも帰ってたんだね」

さやか「あぁ、まぁね。午前中にあんたたちが行ったっていうとこ、行ってきたよ」

さやか「確かに開けてていいとこだったけど、何もなくてちょっと退屈だったかな」

マミ「そうかしら?私は素敵なところだったと思うわ」

杏子「こいつはそういうのより川だの何だのの方が向いてるんだろうさ」

さやか「何さ、杏子だって欠伸してたくせに」

杏子「欠伸くらいしたっていいだろ……」

脱衣所を出てテラスに向かうと、先に戻っていたらしいさやかたちが昼食を食べたテーブルで雑談をしていた

私とまどかも席について会話に加わったのだが、私はどうにもそんな気分になれない

理由は勿論、さっきのこと。まどかと私の好きに違いがあることなんて百も承知のはず

なのに私はまどかに対して少しばかり嫌な気持ちを持ってしまい、頭の奥に黒い靄がかかる

どうしてまどかはあんなに平然としていられるのか。どうして私だけがこんなに悩まなくてはいけないのか

それもこれも全て、私がまどかに好意を抱いているから。恋はされるよりもする方が大変だと思い知らされてしまって

右隣で楽しそうに話し、笑うまどかを見てふいっと顔を背けると左隣のさやかがにやにやしながら私を見ていた

ほむら「……何?」

さやか「いやぁ、別に。大したことはないよ」

ほむら「……」

さやかは口ではそう言うものの、顔は依然とニヤニヤニタニタと大したことはあると言っていて

これ以上何も聞いてくれるなと睨みつけるも、平気な顔で警告を跳ね除けて私の中に踏み込んだ

さやか「そういや、あんたたち服が変わってるけど…何かあったの?」

ほむら「……何も。川に行って、濡れてしまったから着替えた、ただそれだけ」

さやか「ふぅん……」

川に行って濡れたのは事実。何も嘘はついていないと、2人して川に落ちてしまったことは隠して理由を話す

それに納得しているのかいないのか、さやかは視線を上に向けて何かを考え、それから少しして私へ戻した

さやか「……まぁ、今はそういうことにしておくよ」

ほむら「えぇ。じゃあ、この話はこれでおしまい」

そう言い放つと、もう何も話したくないという意思表示に頬杖をついてテーブルに視線を落とす

横目でさやかを見ると、何か言いたげな顔をしていたがすぐに諦めて隣のマミと何やら話し始めた

余計なことを勝手に吹き込んで回らないといいけど。そんなことを思い、息を吐いて空を見上げる

さっきまで真っ青だった空も日暮れが近づいて赤やオレンジが混ざり、辺りも少しずつ暗くなり始めていた

そんなとき、ふと庭の隅にお昼のときにはなかった何かが目に入る。何だろうと席を立った、その直後

詢子「はい、みんなー!注目!」

どこからともなく聞こえた大きな声。どうやらテーブルの向こうでまどかのご両親が何か作業をしていたようだ

私たちの注目を集めたまどかのお母様は納得したように頷き、言葉を続ける

詢子「えー、キャンプを満喫中の皆さんに嬉しいお知らせと…人によっては悲しいお知らせがあります」

詢子「まず嬉しいお知らせ。今日の夕飯はみんな大好きバーベキューだよ」

さやか「うっそ!?マジですか!」

詢子「あぁ、マジだよ。ほら、あれ」

指差す方へ目を向けると、バーベキューで使うらしい器具が用意され、火の点いた炭が赤々と燃えている

私たちは一斉に立ち上がり、バーベキュー器具である網の周りに群がった

杏子「バーベキューってここで肉やら何やらを焼いて食うんだろ?楽しみだなぁ」

マミ「だけど、さすがに目の前で火が燃えてると暑いわね……」

確かに暑い。でも、唯一の男手だからか火の管理をしているまどかのお父様よりはずっとマシだろう

心の中でお礼を言って頭を軽く下げると、そういえばとまどかが声を上げた

まどか「ママ、もうひとつの…悲しいお知らせって何?」

詢子「ん、あぁ……。その、今日の寝場所なんだけど…アレになります」

まどか「え……?あれって……」

視線の先にあったのは、さっき目に入った庭の隅にある何か。ここからだと、薄暗くてはっきりとは見えない

ただ、今の話を聞く限りアレはきっとテントだろう。つまり、今日の私たちの寝床はこの別荘ではなくテントになるということ

だけど、一体どうしてそうなったのだろう。諸々を用意してもらってる以上何だか聞きづらく感じていたのだが

悲しさの欠片も感じさせないさやかと杏子の2人が大声で嬉しそうに騒ぎ出す

さやか「テント!杏子、テントだって、テント!」

杏子「なー!立派な別荘だから中で寝るのもいいけどさ、やっぱキャンプって言ったらテントだよな!」

さやか「うひょー!何かテンション上がってきたぁー!」

詢子「お、おぉ。喜んでもらえたみたいでよかったよ」

手を取り合い、踊るように喜ぶ2人を後目に、私たち3人は何とも言えない顔をしていたが、不思議と嫌とは感じない

どうしてもならとリビングで寝る案を勧めてくれたが、私たちは丁重に辞退した

まどか「……でもどうしてテントなの?行く前はそんなこと言ってなかったと思うけど」

詢子「あー、さっきここ貸してくれた人から電話があってさ。リビングと風呂、トイレ以外の電灯が死んでるんだよ」

詢子「最初はみんなでリビングで寝るのも考えたけど、物置にテントがあるからってことだったし、せっかくと思ってね」

まどか「そ、そうなんだ……」

詢子「ま、それはそれとして。今は楽しいバーベキューを始めようじゃないか」

まどか「う、うん。これ、もう焼いていいの?」

詢子「あぁ。どんどん焼いてじゃんじゃん食べなー」

まどか「えと、じゃあ…みんな、バーベキュー、始めようっ!」

さやか「おーっ!バー!」

杏子「ベー!」

マミ「えっ!?き、キュー?」

青色と赤色の掛け声に微妙に乗り切れず、黄色の間の抜けた声が聞こえ

それを合図に、各自の食べたいものを好き勝手に網の上に乗せていく

ほむら「……これ、こんなに乗せていいものなの?溢れそうだけど」

さやか「いーのいーの。キャンプで細かいこと気にしちゃダメだよ」

杏子「そーそー。こういうのは楽しんだもの勝ちだからな」

さやかと杏子に反論され、それもそうなのだけどと納得してみたけれど

よく考えたらさやかはともかく、杏子はキャンプ初めてのはず

そう突っ込もうと思ったが、細かいことは気にせずにそのまま流しておいて

誰かが乗せた肉と野菜を適当に自分の取り皿に乗せて、熱々の肉をひと口齧る

中がまだ少し赤かったものの、柔らかくてとても美味しい

それは他のみんなも同じらしく、網に山ほど乗っていた肉も野菜も私がおかわりをする前に食べ尽くされていた

マミ「網いっぱいに乗ってたはずなのに、食べだしたらあっという間だったわね……」

さやか「ですね。んじゃ、追加乗せまーす!」

マミ「じゃあ、美樹さんはお肉をお願い。私は野菜をやるわ」

さやか「はい!……杏子、あんたも食べてばっかいないで手伝いなさいよ」

杏子「いいんだよ。さやかは肉係、マミは野菜係、アタシは食う係」

杏子「……お、これもう丁度いいな。誰のだか知らんがいただくよ」

さやか「あー!ちょ、それあたしの!返せっ!」

ぎゃあぎゃあと騒いでいるさやかと杏子を呆れながら眺め、短く息を吐く

それから、視線をバーベキューへと移す。隣でマミがうきうきしながら焼けるのを待っていた

赤々と燃える炭火をぼんやり見つめていると、昼食時より距離の近いまどかに声をかけられる

まどか「……ねぇ、ほむらちゃん」

ほむら「何?」

まどか「ほむらちゃんは、今日のキャンプ…楽しかった?」

ほむら「……まどか?どうしてそんなことを?」

まどか「いいから、答えて答えて」

質問の意味がわからなかった。そんなの、聞くまでもないことなのに

だけど、真剣な目をしている以上答えないわけにもいかず、じっと私を見つめるまどかに返答した

ほむら「とても…とても、楽しかったわ」

まどか「……そっか」

ほむら「でも、どうして?」

まどか「ちょっと心配だったんだ。ほむらちゃん、時々何か考えてたみたいだったから」

まどか「……それに、さっきは暗い顔してたように見えて…余計にそう思っちゃって」

どうやらまどかは私がキャンプを楽しめていないのではないかと心配してくれていたらしい

これ以上まどかにいらぬ心配をかけないよう、私はまどかに謝罪とお礼の言葉を述べた

ほむら「……ごめんなさい。まどかに心配させるようなことをしてしまったみたいで」

ほむら「それと、ありがとう。私のこと、気にかけてくれて」

まどか「そんな、気にかけるだなんて。わたしはただ、ほむらちゃんにも楽しんでもらいたくて……」

私の言葉を受けたまどかは、照れたように顔を赤くして鼻を掻く

夕闇の中、炭火の炎に照らされたまどかのその仕草が私にはとても魅力的に映り、鼓動のギアがひとつ上がった

ほむら「……ほ、ほら。もう焼けたみたいだし、食べましょう」

話を逸らした私は先ほどと同じように自分の取り皿に適当に肉と野菜を盛り付ける

さやかと杏子は少し離れたところで口喧嘩を続けていて、マミはまどかのご両親と何か話していて

少なくとも、今私たちの近くにはお互い以外には誰もいなかった

まどかも周囲をきょろきょろと見回して、誰もいないことを確認してから

取り皿の肉を、私へ向ける

ほむら「ま、まどか?」

まどか「はい。ほむらちゃん、あーん」

笑顔のまどかにそう言われ、箸を向けられたことを認識した途端、ぼっと顔が真っ赤になる

それでも視線だけはまどかの顔と差し出された箸にしっかりと向けてしまっていて

突然のまどかの行動に、私はあたふたと慌ててしまう他になかった

ほむら「え、えと、まどかは一体何を……」

まどか「何って、見たらわかるでしょ。ほら、あーん」

ほむら「ちょ、ちょっと待って。別にそんなことしてもらわなくても……」

まどか「いいから、遠慮しないでよー」

ほむら「別に遠慮してるわけじゃ……」

まどか「遠慮してるわけじゃないなら、どうして……?」

ほむら「そ、それは…あぁもう、食べればいいんでしょう?」

まどか「そんなヤケにならなくてもいいのに」

ほむら「ヤケになんてなってないわよ……」

まどか「……じゃ、はい。あーん」

ほむら「あ…あーん……」

むぅ、としたむくれ顔から一転、笑顔のまどかにあーんと肉を食べさせてもらうものの

今の私には味どころか、今食べているのが本当に肉かどうか、それさえもわからない

何よりも、まどかと間接キスをしてしまったことが余計に私の心をかき乱す。大荒れの心境でまどかを見ると、どことなく嬉しそうで

まどかにあーんされて嬉しい。間接キスしたことが恥ずかしい。そんな気持ちが頭の中をぐるぐる廻る

顔を一段と赤くして口を手で覆い、最大速度に達した胸の鼓動を落ち着けていると、私を呼ぶ声が聞こえはっと我に返った

まどか「……ほむらちゃんってば」

ほむら「え、あ…な、何?」

まどか「急に黙り込んじゃったみたいだけど、どうしたの?」

私がそうなってしまった原因である彼女は何の自覚もなく、不思議そうな顔

大したことじゃないと言おうとしたが、それよりも先にまどかが声を上げた

まどか「それより、どうだった?」

ほむら「どう、って……」

何に対してのどうだった、なのかはっきりとは言わなかったものの、それが何であるかは明らかで

私は言葉を詰まらせながらも、正直に、でも本当の気持ちだけは流れ出ないように言葉を選んでまどかに返した

ほむら「えと、その…お、美味しかったわ……」

まどか「んー……。それだけ?」

ほむら「え、えぇ……」

まどか「うーん、そっか。でも、それならよかった」

そう言うとまどかはやや満足そうな顔で、取り皿の肉を食べようと箸をつけた

私に向けることもなく、まどかが自分で食べるものだと思っているとその直前でぴたりと動きが止まってしまう

どうしたのかと思っていると、顔を赤くしたまどかの呟いたひと言が私の脳天に突き刺さる

まどか「……ほむらちゃん、わたしと間接キスしちゃった、ね。えへへ」

まどかに爆弾発言をぶつけられた瞬間、多少落ち着いていたはずの心拍数が一気に跳ね上がる

忘れようとしたわけではないけど、まどか本人から言い聞かされたせいかそのこと以外考えられなくなって

耳まで真っ赤にした私は声を出すこともできず、胸の高鳴りが静まるまで下を向いているほかなかった

――――――

さやか「ふー、食べた食べた。ごちそうさまー」

杏子「お前な、アタシが目つけてた肉持ってくんじゃねぇよ。嫌がらせか?」

さやか「えー?先に手出したのは杏子でしょー?」

マミ「もう。やめなさい、2人とも」

杏子「へいへい」

まどか「おいしかったー。ね、ほむらちゃん」

ほむら「そ、そうね……」

あれからしばらくして、思う存分バーベキューを楽しんだ私たちはごちそうさま、と手を合わせる

薄暗かった空も気が付けば夜の帳が下り、辺りは真っ暗な闇に包まれていた

まだいつも通りとはいかないものの、落ち着きを取り戻した私は話しかけてきたまどかに返事をする

さやか「夕飯も食べたし、何しよっか」

杏子「そうだな、どうする?」

マミ「片づけの方は手伝わなくてもいいと言われているし……」

テラスのテーブル席に着いた私たちはこれからのことをだらだらと話し合うも、これといった案は出てこない

マミが用意してくれた食後の紅茶をひと口飲んで、息をつく。庭に目を向けるとバーベキューの網の下で炭火がまだ燃えていた

ほむら「……あれ、消さないの?」

まどか「あとで何か調理して食べるかもしれないし、リビングからの明かりだけじゃ足りないからだって」

さやか「それよりさー、何かしようよー」

マミ「夕飯食べたばかりなんだし、少し休みましょう?」

さやか「えー、でもー」

じっとしていることのできないさやかは我慢の限界と言わんばかりにガタガタとテーブルを揺する

その振動がカップの紅茶に波紋を描き、それが大きくなると零れないようにテーブルの上から持ち上げた

まどか「もう、さやかちゃん。零れちゃうよ」

杏子「昼飯終わったあともこんなやりとりしなかったか?」

さやか「う、うるさいよ!」

またしてもあーだこーだと口先での殴り合いを始めるさやかと杏子だったが、その顔はとても楽しそうで

私もまどかとあんな風に本音で言い合えたら、なんていらぬことを考えていると右手側から彼女の声がした

まどか「……仲良いよね。あの2人って」

ほむら「そうね……。口喧嘩してるはずなのに笑ってるもの」

まどか「うん。あんな風に言い合えるのも仲が良い証拠だと思うし、少しだけ羨ましいかな」

まどかの言葉を聞いて、私とまどかはどうなのだろうと頭の隅で考えてしまう

頭の隅だったはずなのに、その気持ちはあっという間に大きくなり、広がっていく

私とまどかはどのくらい?2人が羨ましい?もっと仲良くなりたい?それだけじゃ足りない?

次から次に頭に浮かぶ、私の自分勝手で一方通行な気持ちに思わず漏れる大きなため息

そして、大暴れしているまどかへの気持ちを私から出ていかないように捕まえて、縛りつけて

その上から封をするように紅茶を一気に飲み干すと静かに席を立ち、まどかの名を呼んだ

ほむら「……ねぇ、まどか」

まどか「うん?なぁに?」

ほむら「お風呂って、確かもう入れるのよね?」

まどか「バーベキュー始める前にいれたから、いつでも大丈夫だよ」

ほむら「そう。じゃあ、先に頂いてもいい?」

まどか「もちろん、いい…けど……」

ほむら「けど……?」

まどか「……あ、ううん、何でも。ゆっくりしてきてね」

そう言うとまどかは逃げるように話を切り上げ、俯いてしまう

言いかけた言葉がどこか引っかかったものの、許可を貰った私は着替えを取りにリビングに向かった

まどか「うぅん……」

まどか(結局、言えなかったけど…こんなこと、言えないよね……)

まどか(みんな…主にさやかちゃんが変に思うだろうし、ほむらちゃんにも迷惑だし……)

まどか(でも、わたしは……)

さやか「でさー……?まどか、どうしたのさ?」

まどか「……別に、どうもしないよ。わたし、ちょっと席外すね」

さやか「んー……?」

まどか(……ごめんね、ほむらちゃん。わたし、かなり自分勝手なことしちゃう)

まどか(だけど、ほむらちゃんもきっと……)

――――――

ほむら「……」

ほむら「はぁー……」

浴槽に体を沈め、天井を見上げた私は誰もいないのをいいことに思いきり息を吐く

頭の中で思うのは、まどかのこと。自分1人になったせいかまどかのこと以外は考えられなくなって

目を閉じれば瞼の裏に嬉しそうに笑うまどかの姿が浮かんできてしまうほどだった

これじゃ余計に駄目だと感じ、目を開く。橙色に近い電灯が浴室内を明るく照らしていた

ほむら「……私」

ほむら「私、やっぱりまどかのこと……」

そこまで口にして、最後の言葉を発することなく飲み込む

その言葉を、まどかへの気持ちを表す2文字を言ってしまったら、きっともう自制ができなくなってしまう

このキャンプにやってきて、1日まどかと過ごした。ただそれだけのはずなのに

私の心は、それまでの何倍、何十倍も彼女に入れ込んで、手繰り寄せられて

伝えることも、吐き出すこともできない想いが心の中で渦潮のように激しく渦を巻く

ほむら「……暑」

考え事をしていたせいか、随分長い間お湯に浸かっていたらしく、頭がぐらぐらと茹る

ぼんやりする頭で体を洗おうと浴槽の縁に手をかけた瞬間、がちゃりと浴室のドアが開いた

ほむら「えっ……?」

私がドアに振り向くと同時に、ドアを開けた人物がすっと浴室内に足を踏み入れる

硬直する私の目の前に現れたのは、一糸纏わぬ姿をタオルで覆い隠したまどかだった

まどか「えへへ……。来ちゃった……」

ほむら「な…ちょっ、と……」

全身が固まってしまったせいか上手く言葉が出ない。喉の奥からやっとの思いで絞り出したのは声にもならない声

再起動した思考で現状を改めて認識したからか急激に羞恥心が湧き上がり、心が平静を失い再び暴れだす

油の切れたロボットのようなぎこちなく鈍い動作でまどかに目を向けると、シャワーを全身に浴びる彼女が目に映る

濡れて張り付くタオルがまどかの細い体を浮かび上がらせ、健康的な白い肌がうっすらと透けて見えていた

私はその艶めかしい姿から目が離せず、熱っぽい視線で食い入るようにじっと見つめる

まどか「……これでいいかな。ほむらちゃん、もうちょっと詰めてもらえない?」

ほむら「へっ!?」

まどか「ほら、このままだとわたしの入る場所がないから……」

ほむら「あ、あぁ……。このくらいでいいかしら……?」

まどか「ありがとう。それじゃ…失礼、するね」

1人湯船に浸かっていた私はまどかの言葉に促され、前方に体を寄せて膝を抱える

まどかは空いた後ろのスペースに足を入れるとタオルを適当に畳んで浴槽の縁に置いてから

恥ずかしいからなのか、少し上ずった声で私に話しかけてきた

まどか「……や、やっぱり恥ずかしいね」

ほむら「そ、そうね……」

まどか「急に来ちゃってごめんね。せっかく1人でのんびりしてたのに」

ほむら「私、は…別に……」

お風呂に入ったまどかは私に対してあれこれ話をしてくれるものの、今の私はどうしようもなくドキドキして

とても話をするような余裕などなくて、簡単な返事をするのが精一杯だった

気のない返事ばかり繰り返していたせいか、まどかの曇った声が耳に届く

まどか「……迷惑、だったかな。いきなりこんなことしちゃって」

ほむら「い、いえ。迷惑というつもりはないのだけど……」

ほむら「ただ…どうしてまどかが来たのか、それがわからなくて」

まどか「んと、自分でもちょっと変かなって思ってるんだけど……」

まどか「……ほむらちゃんと一緒に入りたかったから、なんだ」

ほむら「そ、そう…なの……」

まどか「うん。これも…夕飯のあーんもそうだけど、全部ほむらちゃんへの好意…かな」

そう言うと同時にまどかは自分と私の背中をくっつける。背中が触れた瞬間、嫌というわけではないがぞわりとした感覚がした

背中合わせになった私はもう何が何だかわからないくらいに混乱してしまう

合わせられた背中が焼けるように熱く、その先にいるまどかをこれ以上ない程に強く思い浮かべる

何より、違うとわかっていてもこの状況のせいかまどかの言う好意を思いきり都合のいいように解釈してしまって

自制心が揺らぎ始めた私は勝手なことばかりが浮かぶ頭を振りかぶって湯船に思いきり叩きつける

顔を引き上げてぽたぽたと水滴を滴らせていると、背後のまどかが呆気に取られたような様子をしていた

まどか「どっ、どうしたの?いきなり……」

ほむら「……気にしないで」

まどか「気にしないでと言われても……」

ほむら「本当に何でもないの……。ただ、自分のおめでたい思考が嫌になっただけだから……」

まどか「そ、そうなんだ」

突拍子もない行動のおかげか、最後の一線を踏み越えずに済んだはいいが、落ち着くなんて到底できなくて

バクバクとやかましく脈打つ鼓動が水面に僅かな波紋を描き、肺から漏れた空気が妙な声のような音を立てる

これ以上ここにいるとどうにかなってしまいそうだった私は体を洗ってお風呂をあがることにした

ほむら「……それじゃあ、私はそろそろ体洗うから」

まどか「うん。あ、せっかくなんだしわたしが背中洗ってあげるよ」

ほむら「ちょ、まどっ……」

抵抗も抗議もする暇もなく、まどかに急かされた私は湯船からあがり、流し場の椅子に座る

当然と言えば当然だが、内心では嬉しく思ってしまい、跳ね回る胸は一向に収まってくれない

短く息を吐くと、無防備だったことを思い出し慌てて両腕で胸を覆い隠す

それと同時に、湯気で曇りきった鏡にぼんやりと映り込むまどかの声が聞こえた

まどか「えと…じゃあ、洗うね……」

ほむら「えぇ。お願い……」

私の背中にスポンジが当てられ、そっと滑り出す。その感覚に頭の奥がじんじんと痺れる

いろいろあってやや機能不全気味の思考でまどかに任せていたが、ふと何か妙な感覚がした

不穏に感じた私は背中に意識を向ける。そこに感じた何かはスポンジなんかよりもずっと柔らかくて

まさか、もしかして、と私は恐る恐るまどかに尋ねる

ほむら「ね、ねぇ……。これって……」

まどか「……うん。わたしの手、だよ」

ほむら「なっ…ん、で……」

まどか「スポンジが見た感じあんまりいいのじゃなさそうで…傷つけちゃいそうだったから……」

ほむら「そっ、そう……」

まどか「……でも、やっぱりやめた方がいいよね。今からでもスポンジに」

ほむら「いえ…そのまま続けてくれないかしら……?」

まどか「いいの……?」

ほむら「……えぇ。お願いしてもいい?」

まどか「うっ、うん……」

そう言うとまどかは止まっていた手を再び動かし、私の背中を念入りに洗っていく

そんな長い時間ではないが、今まで私の体を洗っていたのがまどかの手だったと思うと凄く恥ずかしい

それと同時にとても嬉しくて、洗ってくれているまどかの手が気持ちよくて、触れられたところが焼けつくように熱くて

まどかが背中を洗ってくれている間、私は嬉しさと恥ずかしさで顔も耳も真っ赤になってしまっていた

まどか「……お、終わったよ。前は…さすがに自分でやる、よね。はい、これ」

ほむら「あ、ありがとう……」

泡立てられたスポンジを手渡された私は腕や足、体をいつもより手早く洗う

緊張と混乱で同じところを何度も洗っていたような気がするが、全部洗い終わると背後からもういいかとまどかの声

肯定するとまどかがシャワーで体の泡を綺麗に洗い流し、それが済むと人にやってもらったせいか水を浴びた動物のように身震いをする

まどか「あはは、ほむらちゃんってば猫みたい」

ほむら「どうにも他の人にやってもらうというのは慣れなくて……」

まどか「じゃあ…これから慣れたらいいんじゃないかな。わたしと……」

ほむら「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど…慣れる程一緒には入らないんじゃないかしら……?」

まどか「……そっか。うん、それもそうだよね」

納得したようなことを話すまどかだったが、その顔はどことなく寂しそうだった

そこで一旦会話が途切れ、それからまどかの少し声色の変わった話し声が耳に届く

まどか「……ほむらちゃんって、とっても綺麗な体してるよね」

ほむら「そ、そうかしら……?」

まどか「ほむらちゃん自身はどう思ってるかわからないけど…わたしは、そう思うよ」

まどか「むしろ…服とか脱いで裸になってるせいか、余計に……」

ほむら「や、やめて。恥ずかしいから……」

私を褒めてくれるのは嬉しいが、そんな言い方をされるとは思ってもいなくて

細い声で抗議すると、まどかは一瞬だけ戻った声で私に謝った

まどか「……あ、ご、ごめんね。でも…ほむらちゃん、本当に綺麗で」

まどか「透き通るくらい白くて…まるで雪みたいで、髪も長くて……」

シャワーで曇りの消えた鏡の向こうで、まどかはとろんとした目で私の髪を一房手に取る

何をしているのかと思っていると、蕩けた目を閉じて私の髪に軽く触れるような口づけをした

ほむら「まど、か……?」

まどか「……ごめん、ね」

髪から手を離したまどかは、熱のこもった瞳で鏡越しに私の目を見つめてきて

その直後、まどかのいつもと違う声色で放たれた甘ったるい声が頭を揺さぶったかと思うと

背後からそっと、まどかに抱きしめられてしまった

ほむら「いっ……!まど、何してっ……!」

まどか「ん……」

思いもしないまどかの行為に驚き、慌てふためく。当のまどかはおかまいなしと私を抱く両腕に力をこめる

嬉しさと恥ずかしさでパンクしそうな頭と心で現状を確かめようとするも、余計にどうにかなってしまいそうだった

まどかに、好意を寄せる相手に抱き着かれたことが嬉しくて、相手がまどかだからこそ馬鹿みたいに恥ずかしくて

触れられている首元とお腹がじりじりと焼け、息苦しくなってしまうくらいに浅い呼吸を繰り返す

むぎゅうと抱き着かれ、背中に感じるまどかの柔らかい感触。正体を理解した瞬間、口から心臓が飛び出してしまいそうになる

勿論、この程度なら力づくで振りほどける。だけど、まどか相手にそんなことはしたくない

ささやかな抵抗としてもぞもぞと体を動かしていると、それに気づいたのかまどかはさらに力をこめて思いきり密着してきた

まどか「えへ、ほむらちゃん……」

再び曇りだした鏡に可愛い顔で満足げに私を抱きしめるまどかが映る。一方私はリンゴかトマトのような顔色をしていて

手を離してもらえるとは思えないが、私はまどかに問いかけた

ほむら「ね、ねぇ、まどか。どうして、こんな……?」

まどか「……」

ほむら「えと、まど…っ……?」

問いかけにまどかは答えてくれず、無言のまま首筋に顔をすり寄せ、それと同時にお腹に回されていた右手を動かし始める

私の体の上をわさわさと這い回るまどかの手。最初は撫でるようなものだったのが、次第にはっきりと触れるような手つきに変わっていく

今までまどかに体のどこかを触られる機会は何度もあった。けど、こんな深い触れ合いをされたのは今日、今のこれが初めてで

ぐるぐるした目でお腹に神経を集中させていると、不意にまどかの手がお腹の真ん中でぴたりと止まる。終わったと私が油断した、その瞬間

おもむろにまどかは指、恐らく中指で私のへそにそっと触れた

ほむら「ど、どこ触っ……!」

いきなりのことに体が硬直し、息が止まる。へその奥がじわりと熱を帯びるような感覚が私を襲う

私の言葉を遮ったまどかは、僅かに爪を立てて軽く引っ掻くように表面や周囲を指でなぞると

何を思ったのか、へその中に指を突っ込み、その指先をくにくにと小刻みに動かした

ほむら「やっ…んぁっ……!」

彼女の指が動くと同時に、頭のてっぺんから背筋へと電流が走る。鼓動はわけがわからない程うるさく高鳴っていた

まどかに弄られ、次第に感じる高揚感。じりじりとしていた下腹部は、そのまたさらに奥がきゅうと締めつけられているようで

あまりの感覚に体がびくんと跳ね、弓なりにのけ反る。見開いた目にはうっすらと涙が浮かび、白く弾ける火花が視界を覆う

半開きになった口からは自分でも聞いたことのない、鼻にかかったような声が漏れてしまった

ほむら「まどっ、か…や、めっ……」

まどか「……」

私の言葉を聞き流し、まどかは私をこねくり回し続ける。まどかが何を思ってこんな行為に及んでいるのかはわからない

だけど、彼女は私のことが特別な相手として好きだからしているわけではない。そう考えた刹那、いつかの黒い靄が一気に広がる

別に特別な想いを持っているわけでもない私に、こんな行き過ぎたじゃれ合いをしてくるということが私には酷く残酷で

好き、やめて、嬉しい、どうして、とまどかに対する想いが胸の奥から溢れ出す。締め付けられる下腹部と心が嫌になるほど切なくなって

ほむら「……やめてっ!!」

駄目だと自制していたはずなのに、私は思わずまどかを払いのけ声を荒げる

私の大声と抵抗を受けたまどかは我に返ったのか、恍惚としていた表情が真っ青になってしまう

現状にはっとした私はいたたまれなくなってしまい、まどかに声をかけることもせず逃げるように浴室を後にした

まどか「あ…ほむらちゃっ……!」

まどか(……何やってるんだろ、わたし。後悔するならしなければいいだけなのに)

まどか(ほむらちゃんの体とか髪…全部が綺麗で、思わず抱き着いちゃって……)

まどか(その上、お腹とかおへそとか…体を好き放題触っちゃっうなんて……)

まどか(さすがに怒ってるはずだし…あとでちゃんと謝らないと……)

まどか(……でも、どうしてわたしはほむらちゃんにあんな…抱き着いたり、思いきり触ったりしたんだろう)

まどか(あんなこと、今まで考えたこともなかったはずなのに……)

まどか(……何だか川に行ってから変だな。ほむらちゃんのことばかり意識して、もっともっと仲良くなりたくて)

まどか(ほむらちゃんのことを思うと体の奥が焼けるように熱くなっちゃって……)

まどか(今までこんなこと、なかった、思わなかった……。自分の気持ちのはずなのに……)

まどか「どうしちゃったんだろう、わたし……」

今回はここまで
読んで下さってる方、ありがとうございます

次回投下は24日深夜を予定しています

言葉に表せないくらいよかった
起きて追っかけててよかった
ありがとうありがとう

にげるなほむら

もどかしい乙

乙です。予想を越えた展開にニヤニヤが止まらん。続きが待ち遠しい…!

最初より分割数増えたけど今の回数の方がよかったかも
4回だと1度にこれ以上の量投下しないとだから…

次から本文

――――――

ほむら「……」

ほむら「ふぅ……」

バーベキューの網の側にある椅子に座り、幾分弱くなった火を見つめてため息をつく

先ほどの自分の行動がまどかを傷つけてしまったのではないかと、少しばかり後悔してしまう

だけどあれは明らかに行き過ぎで、私が彼女を制止させるのも普通なら当然のはず

ただ、それはあくまで普通だったらの話。私はきっと普通ではなくて

網の上でじりじりと火を通されている、杏子のものと思われる焼きリンゴに細めた目を向け再度ため息

すると、別荘の中の方からまどかではない誰かの気配がぐるぐると思考がこんがらがる私へ近づく

その気配に顔を上げると、黄色いドリルヘアーの先輩の姿が目に飛び込んだ

マミ「あら、暁美さん。随分と席を外してたけど、どこに行ってたの?」

ほむら「え、と。お風呂に……」

マミ「そう。キャンプだとしても、お風呂やシャワーが使えるのなら使いたいわよね」

ほむら「それは…そうだけど、何かあったの……?」

マミ「あの2人…美樹さんと佐倉さん、遊び疲れて先に寝ちゃったのよ。お風呂入ってからって言ったんだけど」

ほむら「随分とはしゃいでいたものね……」

空いている隣の椅子に腰を下ろしたマミは私へ何でもないような雑談話というボールを放る

適当にボールを返していると、私が平静を装っていることに気づいたのかほんの一瞬の間のあと

甘い匂いのしてきた焼きリンゴを見つめながら、優しげな口調でそれまでの雑談とは違う話を始める

マミ「……鹿目さんと何かあったの?」

ほむら「……どうして?」

マミ「今の暁美さん、何だか悩んでいるみたいだったから」

ほむら「それがどうしてまどかのことだと?」

マミ「暁美さんがそんなに考え込むなんて、鹿目さんのこと以外にありえないもの」

ほむら「……っ」

マミの核心を突く言葉に、思わず言葉に詰まってしまう。心を見透かされているようで、どことなく居心地が悪い

確かに今の私はまどかと何かあって、まどかのことで悩んでしまっている

まどかのことを想っているからこそあの行動に困惑して、自分が何をしたいのか、どうするべきなのかわからなくて

隣のマミに視線を向けると、私の言葉を待っているかのような顔。私は目を伏せて息を吸い、ゆっくりと時間をかけて吐き出す

それから目を開くと、やや冴えた頭でマミ自身を当てはめた例え話という形で彼女に助言を乞う

ほむら「……例えば、の話なんだけど。あなたは…さやかや杏子に嬉しいけどされたくないことをされたら…どうする?」

マミ「えぇと…どういうこと?」

例えがよくなかったせいか、私の話を聞いたマミは首を捻る

リソースにあまり余裕のない頭でもう少しわかりやすく、それで私の真意が漏れないように作り直してから話を続ける

ほむら「……あなたがさやかや杏子に好意を抱いているとして、その2人から抱き着かれてべたべたされたら…どうする?」

何だか形が変わりすぎて、私とはまるで違う状況の作り話をしてしまったような気がする

けれど、このくらいいじらないとすぐに感づかれてしまう。そう思っていると、困ったような複雑な顔をしたマミが答えを話す

マミ「よくわからない例え話だけど…私が2人に好意を抱いているのだとしたら、きっとそれは嬉しいと思うわ」

ほむら「……嬉しい?向こうはあなたに好意を持っているわけじゃないのよ?」

マミの回答に納得がいかず、何か適当なことを言っているのではないかと疑惑の念を込めた視線を向ける

それに気づいたのか、マミはいつものように微笑むと小さい子供を諭すような口調で語りだした

マミ「確かに、それだと色々悩んじゃうわね。だとしても、多分その行動自体を悩んだりはしないんじゃないかしら」

ほむら「……どうして?向こうはあなたに好意を持っているわけじゃないのよ?」

マミ「だって、とても嬉しいんだもの。びっくりはするだろうけど、私の好きな人が私にしてくれたことなのだから」

ほむら「……制止させたりはしないの?」

マミ「えぇ、嬉しいことなんだから止める理由がないわ」

ほむら「そう……」

参考になったような、ならなかったような回答を受け、私の頭は再び廻りだす

自分の気持ちとマミから受けた回答を照らし合わせていると、座っていたマミが席を立った

マミ「……じゃあ、私はそろそろ行くわね」

ほむら「わかったわ。その…ありがとう……」

マミ「……鹿目さんと何があったのかわからないけど、無理に本当のことを話せとは言わないわ」

マミ「ただ、あまり難しく考えなくていいんじゃないかしら。あなたが何を思っているのか、何が言いたいのか」

マミ「それをちゃんと伝えれば、きっと悪いことにはならないはずよ」

ほむら「そんなの…わかってるわ……」

マミ「わかってるのならいいわ。それじゃ、おやすみなさい」

そう言うとマミは網の上の焼きリンゴを拾い上げ、手の上で熱そうに転がしながら別荘の中へ去っていった

あのリンゴ、杏子のではなくてマミのだったのかと片隅で考えながら、マミの言葉を反芻する

ほむら「難しく考えず、私が何を思っているのか、何が言いたいのか……」

マミの回答を受けて改めて考え直してみたが、問題は何ひとつ解決していない

作り話として提示した、抱き着くならあの答えで十分なのだが、私の場合はそれとは比較にならない程のもので

どうしてまどかは私に対してあんな…かなりいかがわしいようなことをしたのか

ふと、まさか本当に私を意識させた結果なのかと一瞬思ったが、いくらなんでもそれは自惚れが過ぎるというもの

そうなると、やはり行動の理由がわからず悶々と思案に耽る。空いている左手を下腹部にやると、未だじんじんとしている気がした

それにもし行動理由がわかったとしても、まず有り得ない両想いでないのなら私の方から何かすることもできない

忘れかけていたが、私とまどかは女同士。普通じゃないそれを伝えて友達ですらいられなくなると思うと身が竦む

だけど、これ以上自分を友達と偽るのも限界だった。膨れに膨れたまどかへの想いは抑えきれないくらいに大きくなって

膨れ上がった想いのせいで感じる閉塞感。心の奥から何かがこみあげてズキズキと胸が痛み、僅かに涙が滲む

心を鎮めようと簡易テーブルにあったマシュマロを鉄串に刺して火にかけてみるも、近づけすぎたのかボッと火が点く

慌てて火を吹き消すと、真っ黒焦げのマシュマロが焼きあがると同時に背後からあの子の声が私の頭と心を揺らした

まどか「あの…ほむら、ちゃん……」

ほむら「まどか……」

まどか「……こんなところで、何してたの?」

ほむら「何という程のことは……。これ、焼いてただけ」

先端に焦げマシュマロの刺さった鉄串をまどかに見せると、それを口の中へと放り込む

捨てるのももったいないと食べてみたが、甘く苦い味に顔をしかめてしまう

笑い飛ばすのも悪いと思ったのか、そんな私の様子を見てまどかは苦笑いを浮かべていた

まどか「無理して食べなくてもよかったのに……」

ほむら「え、えぇ。そうね……」

まどか「あはは……」

会話が思うように噛み合わず、沈黙が続く。何か話をしようと口を開こうとした、丁度そのとき

私よりも先に、椅子に座りもせず離れて立つまどかの声が静かに響く

まどか「……ねぇ、ほむらちゃん」

ほむら「……何?」

心許ない明かりのせいで薄暗く、まどかの表情までははっきりとわからない。ただ、落ち込んだような表情をしていたのは確かで

いつもの彼女とは違う、真剣な雰囲気に少し気圧された私は椅子から立ち上がってしまう

まどか「あの、ね。わたし、ほむらちゃんに謝りたくて……」

ほむら「えっ……?」

私に謝りに来た。何についてとは言わなかったが、心当たりなんてひとつしかなくて

1歩、2歩と私に歩み寄ると、今にも泣き出しそうな顔で頭を下げた

まどか「……ほむらちゃん。その、お風呂では…ごめんなさい」

まどか「わたし…ほむらちゃんにひどいことしちゃって、それで……」

まどか「ほむらちゃんだってあんなことされたくなかったと思うし…とにかく、ごめんね……」

目の前で頭を下げたまま、まどかは謝罪の言葉を続ける。下を向き、結っていない髪がさらりと流れた

ただひたすら謝り続けるまどかに、私は顔を上げるように促す

ほむら「……まどか。もういいから、顔を上げて」

まどか「もう、いいって…どういう……?」

ほむら「……これ以上は謝らなくてもいいの。もう十分、謝ってもらったから」

まどか「ほむら、ちゃん……。ほむらちゃんっ!」

そう言うと同時に、まどかは正面から私にぎゅうっと抱き着く。その行為に先ほどのようないかがわしさは無く

抱き着いてきたまどかの体は、嫌われてしまうかもしれないという恐怖で微かに震えていた

まどかは背中に手を回すと、私の貧相な胸に顔をうずめる。思いもしない不意打ちに鼓動が激しく脈打つ

抱きしめられた私は頭が真っ白になってしまい、それと同時に胸の奥に秘めた想いが、衝動となって私を襲う

心のままにまどかを抱きしめてしまおうとするも、埋め尽くされた心に僅かに残る自制心がそれを抑え込む

見られていないのをいいことに目を細め、下唇を噛んでまどかの無自覚の好意に耐えていると

私に抱き着くまどかは腕に少しばかり力をこめ、胸に顔をぐにぐにと押し付けてくる

そのあと、気が済んだのか私から手を離して2、3歩後ずさると、顔を赤くして困ったように笑った

まどか「……何だか恥ずかしいこと、しちゃったかな」

ほむら「そんなこと、ないと思うわ……。私も…嫌というわけじゃ……」

まどか「……わたし、お風呂場でほむらちゃんに抱き着いちゃったでしょ?いきなりで、びっくりしたと思うんだけど」

ほむら「えぇ……」

まどか「最初はね、ただ見てただけのはずなんだ。真っ白な背中と、真っ黒な髪の…綺麗なほむらちゃんの姿を」

まどか「だけど、次第に…お風呂で裸だったのもあるのか、ほむらちゃんが恋しくて…とにかくほむらちゃんに触れたくなっちゃって……」

まどか「ほむらちゃんの可愛い姿を見たくなって…ほむらちゃんに抱き着いて、お腹を触っちゃったり……」

まどか「……あんなこと、したりしちゃったんだ」

思いがけない自白という名のまどかの好意に、嫌という程反応してしまった私の心は錆びた金属のような悲鳴をあげる

まどかにその気が無いことはわかっている。だからこそ、私は表に出してはいけない感情を縛りつけておくのに必死で

私の気持ちや想いを伝えたい本心と、それを押しとどめようとする理性のせめぎ合いで狂ってしまいそうだった

平静な仮面を幾重にも貼り付けて何でもないようなふりをしていると、僅かに理性の戻った頭が話の続きを予想してしまう

まどか「でも、ね。結局のところお風呂であんなことをしちゃったのは……」

話そうとしていることに気づいてしまった瞬間、まるであちらとこちらの時間軸の分かれ道が決められたように

頭の中でガチンとレバーか何かが切り替わったような音が響いた

まどか「……ほむらちゃんのことが好き、だからなのかな。自分でもよくわからなくて」

まどか「あ、もちろん好きって言っても変な意味じゃなくて友達として……」

まどかの言葉を聞くと同時に、私の世界から一切の音が消え失せ焦点が合わなくなってしまう

張り裂けそうな私の胸に呼応するように、積もり積もったまどかへの好意という火薬に火が点き、連鎖的に炸裂していく

大きくひび割れ、崩れ落ちる心の器から、隠しておかなきゃいけないまどかへの想いがどろりと外へ流れ出す

堰き止めなきゃ。抑え込まなきゃ。頭から心に警告が出ているはずなのに、私にはもうそうするだけの余力はなくて

やがて、勢いの増した私の純粋な想いや醜い欲望、まどかに対するありとあらゆる気持ちは

心の堤防を木端微塵に破壊して、溺れてしまう程に私の中に溢れていった

まどか「ほむらちゃん……?何だかぼーっとしてるけど、大丈夫?」

ほむら「……えぇ、大丈夫。何でも…ないわ」

まどか「そう?今日1日、遊びまわってたから疲れちゃったのかなって」

私に流れ込んだ、私の気持ち、私の想いは自分で思う以上に濃いもので、久しぶりに触れたせいか少し目が回ってしまう

軽く頭を振ってまどかに返事をしてから、胸に手を当てる。奥の心臓は相変わらず速いペースでドクドクと鳴っていた

ずっとひた隠しにしてきたまどかへの好意。もし伝えたら、気づかれたら、まどかとの全てが終わってしまうような気がしたから

だけどもう、伝えたいと思う気持ちに蓋をするものは何もない。走り出した心は理性や常識なんかのブレーキじゃ止まれない

本音、本心、本能が曝け出された今なら言える。私は、まどかのことが好きなんだと

伝えたい。まどかの、まどかの為だけの暴走特急みたいなこの気持ちを。事故で脱線したときは、そのとき考えればいい

私は辺りを見回して誰もいないのを確認したものの、ここで事を起こすわけにもいかず

そんなとき、ふとあの場所を思い出した私は目の前で忙しなく視線を泳がせるまどかに誘いの言葉をかけた

ほむら「……ねぇ、まどか」

まどか「うん?」

ほむら「まどかさえよければ、なんだけど…少し、付き合って……」

まどか「へっ……!?」

ほむら「……?何かおかしなことを言ったかしら」

まどか「あ…う、ううん。何でも」

ほむら「そ、そう」

私の言葉に動揺したまどかだったが、何が彼女をそうさせたのかはわからない

もし、付き合っての部分だったのならとほんの僅かに思ってから、再びまどかを誘う

ほむら「まどかがよければだけど…一緒に来てもらえない?」

まどか「わたしはいいよ。でも、どこに……?」

ほむら「……午前中に行った、あの広場まで行きたいの。駄目かしら?」

まどか「大丈夫かな。真っ暗だし……」

ほむら「明かりをいくつか持っていくから大丈夫よ」

まどか「……うん。ママたちに言うと止められちゃいそうだし…内緒にしよっか」

ほむら「えぇ。じゃあ、私は明かりを集めてくるわね」

そう言うと私は1度まどかと別れ、明かりを集める為に別荘へと向かう

まどかは気づいているかわからないが、何も私は目的も無く彼女を誘ったわけじゃない

これから先、私の目的に想いを馳せる。上手くいくかどうかなんて、きっと誰にもわからない

だけど、もうやると決めたんだ。ドキドキする鼓動のまま、心の中でそう呟いた

――――――

ほむら「……まどか、大丈夫?」

まどか「う、うん。1度通ったとは言え、昼と夜じゃ全然違うね……」

ほむら「えぇ……」

支度の済んだ私たちは誰かに気づかれないようにこっそりと広場への山道へ向かう

一切の光の無い闇の世界を、手にした懐中電灯で足元や行く先を確認しながら慎重に歩みを進める

まどか「……それに、しても…真っ暗なせいか、お昼に来たときよりも…疲れちゃうね」

時間の感覚もおかしくなってしまって、もう何十分も歩き通しているような気がする

不安になり、携帯を開くとまだ数分しか経っておらず安心したような余計不安になったような心境だった

ほむら「辛かったら、辛いと言って頂戴。私がなんとかするから」

まどか「あ、あはは……。そう言ってくれると助かるよ」

まどか「……でも、確かに体は疲れるんだけど気持ちは全然平気なんだ。だから、大丈夫」

まどか「きっと…こんな時間にほむらちゃんと抜け出してわくわくしてるのかも」

ほむら「そ、そう……」

まどか「……ほむらちゃん。手、繋いでくれる?」

ほむら「……勿論」

本来なら足元がよく見えない不安定なこの場所で手を繋ぐのは危ないのだろうが、断るわけにもいかずまどかの手を取る

手を繋いだことで私の隣を歩く、懐中電灯の光で薄ぼんやりと見えるまどかの顔は照れたように笑っていた

隣で少し息を切らしている想い人を気遣いながら歩いていると、はっきりと視認できないが、開けた場所に出たような気配

懐中電灯を向け、目を凝らすと私たちが腰を下ろしたあの巨木が目に映り、ようやく広場に辿り着いたと息をつく

ほむら「まどか、着いたわ。ひとまず、あの木のところまで行きましょう」

まどか「な、何だか、見えないせいで草が…くすぐったいね」

ほむら「ふふっ、そうね」

繋いだ手を引きながら、暗くて見えない分少し時間をかけて慎重に木の下へとやってきた

地面に明かりを向け、危険なものが無いかだけ確認すると私たちは草の絨毯の上に腰を下ろす

聞こえてくる虫の声と草のざわめきの中、まどかはここに来た理由が思い浮かばず困惑していた

まどか「えと、ほむらちゃんに誘われてここまで来て…当然だけど真っ暗だね……」

ほむら「思ったより暗かったわね……」

まどか「……ほむらちゃんはどうしてわたしを誘ってここに来たの?」

どうしてここに来たのか。真っ暗で、何もないところである以上は疑問に思うのも当然で

私は目を閉じてごくりと喉を鳴らすと、やや緊張した声で答えを返す

ほむら「……まどかに見せたいもの、伝えたいことがあるの」

まどか「見せたいもの、伝えたいこと……?」

ほむら「えぇ……」

まどか「……それって、何か聞いてもいい?」

その問いに答えるように、私は最大になっていた懐中電灯の明かりを細める。このままだと眩しすぎるから

光量を適度に落としてから、私は草の葉っぱを千切りながら話を続ける

ほむら「これを…まどかと一緒に見たかったの」

ほむら「……夜空に輝く、この満天の星空を」

言葉と同時に私は目線を上げて空を指し示すと、それに釣られてまどかも夜空へと目を向ける

そこで見た光景に、まどかは目を見開いて言葉を失う。私たちが息を飲んで見上げた先には

空を覆い尽くさんばかりの無数の星々が燦然と煌めく星空が、辺り一面に広がっていた

まどか「うわぁ……!」

ほむら「これは…想像以上ね……」

まどか「すごい……。どこを見ても星がきらきら光ってて……」

まどか「こんな綺麗な星空、見たことないよ……!」

ほむら「私も…星が見えるとは思っていたけど、まさかここまでとは思ってなかったわ……」

あまりの絶景に、まどかは目を星のように輝かせ食い入るように星空を見上げる

その隣で、彼女のあどけない横顔をじっと見つめていると視線に気づいたまどかがぱっと振り向いた

まどか「……ど、どうしたの?わたしのこと、じーっと見たりして」

ほむら「あ、その…何でも……」

まどか「そう……?」

もごもごとした小さな声の返答に、まどかは首を傾げてから空へ視線を戻して息を漏らす

それを最後にまどかとの会話が途絶え、無言のまま時間だけが過ぎていく

空に浮かぶ、大小、強弱様々な光の粒に意識を向けていると、あの日のことが頭の片隅に浮かび上がる

あの日見た光景。今思い返しても夢か幻のはずなのに、何故か頭から離れてくれなくて

気が付けば私はあるはずのない夜空を探しながら、遠い過去の記憶を語り出していた

ほむら「……ねぇ。まどかは、星や星座のことって…知ってる?」

まどか「あんまり詳しくは知らないかな。有名なのくらいしか……」

ほむら「なら…オリオン座は知ってるわね?」

まどか「それなら……」

ほむら「……私、以前…オリオン座を見たことがあるのよ」

ほむら「それも…冬とは真逆、真夏の夜空で……」

まどか「え、真夏に……?」

ほむら「えぇ。随分と昔、1番最初の時間軸で入院していた頃の話になるわ……」

ほむら「深夜にふと目が覚めて、寝付けなくて。それで、何となく窓から夜空を見上げたら……」

ほむら「あるはずも、見えるはずもないオリオン座が目の前に輝いていたの」

ほむら「……でも、そこから先の記憶はないのよ。次の記憶は朝、ベッドで目を覚ましたところだから」

不思議ですらない、おかしな話をまどかは興味深そうに、時折疑問を投げかけながら聞き入っていた

私の荒唐無稽な話をまさか困惑するでもなく、まともに取り合ってもらえるとは思ってもみなくて

まどかのその態度が何から来るものなのかはわからないが、私の与太話の相手をしてくれたことが少し嬉しかった

まどか「ほむらちゃんが見たものは、結局何だったのかな」

ほむら「今となっては確認のしようが無いわね。一応、夏でも明け方頃になればオリオン座が見えることもあるらしいけど……」

ほむら「何だったとしても忘れられない思い出になって…こうしてまどかに聞かせられたのだから、それでいいわ」

あの日の光景が夢か現か。どちらだったとしても、私があの星を見たという事実に違いはないはずで

答えなんて出しようのない、他愛ない話というにはどこかズレている会話をそこで打ち切る

2人並んで光る夜空を見上げていると、隣のまどかが突然声を上げた

まどか「ほむらちゃんは、星のこととかって詳しいの?」

ほむら「特別詳しいわけではないけど、多少は知ってるつもりよ」

まどか「なら…あの、すごくきらきら光ってる星って何だかわかる?」

ほむら「あれは…確かベガだったかしら」

私はキャンプ前に読んだ星図を頭の中に広げ、そこに書かれていた名前を告げる

指された星は、周りの星たちよりも大きく、眩く輝いていた

まどか「へー……。ベガ、かぁ」

ほむら「えぇ。きっと日本で1番有名な星なんじゃないかしら」

まどか「1番?それってどういう……」

ほむら「あの星、七夕の織姫なのよ」

まどか「そ、そうなの?じゃあ、彦星は?」

そう聞かれた私は急かされるように目当ての星を探そうと、およその位置を思い浮かべる

程なくして、織姫からやや離れた位置で少し小さく光る2つの星が目に入り、それぞれを指差す

ほむら「あれが彦星のアルタイル。2つの星と、あっちのデネブを結べば夏の大三角になるわ」

ほむら「ちょっとはっきり見えないけど…織姫、彦星の間を流れるもやもやしたのが天の川よ」

まどか「特別詳しくないって言ってたのに、ほんとはやっぱり詳しかったんだね」

ほむら「……ううん。そんなこと、ない」

まどか「それこそ、そんなことないよ。ありがとう、いろいろ教えてくれて」

ほむら「い、いえ……」

私にお礼を言うまどかだったが、特別詳しくないというのは本当で

あれこれ話せる知識があったのは、来る前に星図を読んで付け焼刃の知識を得ていたから

こういうもしかしたらに備えただけだったとしても、まどかに褒めてもらえたことがとても嬉しくて

それと同時に何だか恥ずかしくなってしまって、体が熱を帯びる

そのまどかはというと、七夕伝説に思いを馳せているのか2つの星を眺めていた

まどか「……ほむらちゃんは、もしわたしたちが織姫と彦星みたいになったら…どうする?」

ほむら「織姫と彦星みたいって…年に1度しか会えないってこと?」

まどか「うん。わたしはそうなっちゃったら…きっと毎日泣いてるんじゃないかなぁ……」

ほむら「そう……」

まどか「……な、何かごめんね、悲しくなるような話しちゃって。別の話しよっか」

慌てて話を変えようとするまどかだったが、まどかの寂しげな表情が頭から離れなくて

1年に1度しかまどかと会えないなんて、そんなの絶対に耐えられない。体中を巡る想いが私を刺激する

別になんてことのない、ただの例え話のはず。なのに、胸が押し潰されてしまうような感覚に

私は、思わず突拍子もないことを口走ってしまう

ほむら「……会いに行くわ」

まどか「へっ?」

ほむら「1年に1度しか会えないのなら…私が会いに行くわ。例え、天の川に阻まれても……」

ほむら「まどかは…私にとっての織姫なのだから……」

まどか「えっと…ほむらちゃん……?」

ほむら「……あっ」

そこまで喋って、自分がとんでもないことを言ってしまったことにようやく気が付く

しまったとばかりに慌てて口を噤むも、全ては放たれてしまったあと

私の半ば告白じみた発言を受けたまどかは、若干の困惑の色を滲ませてぽかんとしていた

まどか「……そ、その…あ、ありがとう。そう言ってもらえたことは…嬉しい、かな」

まどか「でも、ほむらちゃんは…どういうつもりで今の言葉を……?」

ほむら「そ、それは……」

ほむら「……言葉の通りよ。私にとって、まどかは織姫」

ほむら「そう言われても…いまいち意味がわからないよ……」

何とか上手い誤魔化し方を必死で考えるものの、自分でも思いもしなかった言動に対応なんてできず

もうこれ以上は誤魔化せない、もとい引き延ばせないと頭のどこかで感じてしまう

私はぎりっと奥歯を噛みしめると、少し好奇の気配が強くなったまどかに話を切り出した

ほむら「……さっき、言ったわよね。まどかに伝えたいことがある、って」

まどか「言ってたけど…たぶん、それが今言ったことと何か関係あるんだよね……?」

まどか「……ほむらちゃん。わたしに、伝えたいことって…なに?」

私の伝えたいこと。それは、今の言葉にも含まれていたはずのまどかへの好意

まどかに伝えると決心したはずなのに、いざそうなってみるとどうしても気後れしてしまう

自分で自分の段取りを壊してしまったせいもある。だけど、それ以上に本当のことを言うのが怖かった

もし、受け取ってくれなかったら。私を否定されたら。関係が壊れてしまったら。最悪の展開が頭を過ぎる

だとしても、私は想いを伝えるって決めたんだ。心の奥から次から次へと溢れ出す、この想いを

ほむら「……まどか。まどかは私のこと、どう思ってくれてる?」

まどか「どうって…仲の良い友達、だとわたしは思ってるけど……」

ほむら「そうじゃなくて…私のこと、好き?嫌い?」

まどか「も、もちろん好きだよ」

ほむら「……ありがとう。その言葉が聞けて、とても嬉しいわ」

まどか「えぇと…ほむらちゃんは結局、何が言いたいのかな……?」

ほむら「……私がこれから言おうとしてることは…多分、まどかを困らせてしまうものだと思う」

ほむら「だとしても、私はまどかに伝えたいの。私の本当のことを……」

私はそこで1度言葉を区切る。この気持ちは一気に吐き出すには大きすぎるから

ちら、とまどかを見るとそわそわと落ち着きがなく、服の裾をぎゅっと握りしめたまま、私を見ていた

とうとうここまで来たんだ。あとはもう、まどかへの思いの丈をぶつけるだけ

気の利いた言葉なんて何も浮かばず、頭は真っ白。胸の奥がドグンと激しく脈打ち、火が点いたように熱くなる

ほむら「私…私、まどかのことが……」

ずっと、ずっとまどかに伝えたかった私の好意。告白を前にして全身が総毛立ち、血が泡立つ

ここが世界の、時間軸の分かれ目。私は覚悟を決め、目を閉じて拳を思いきり握りしめる

頭上の木の枝が数度ざわついたあと、一世一代の大勝負と言わんばかりに私の全てをぶちまけた






ほむら「私、まどかのことが…好き。大好き……」



今回はここまで
読んで下さってる方、ありがとうございます

次回投下は25日深夜を予定しています

乙です!
甘いほむまど素晴らしいですわぁ~

乙 まどかの考えが読めずに何パターンかで妄想してる あと周囲がまどほむウズウズ団に見えてくる
関係ないけど>>38 2017/01/18(水) 01:11:11.11 が超ステキ


ドキドキさせられるわ


ああ、いよいよ大詰めだな

残レス数的にも今回で完結の予定です

次から本文

世界に放たれた私の言葉。瞬間、辺りで鳴いていた虫の声がぴたりと止んだ

想像もしていなかった告白を受けたまどかは、有り得ないものを見聞きしたような顔

まどかのその顔に、思わず血の気が引く。あれだけ熱かったはずの胸の奥も氷点下にまで冷え込む

駄目だった。しくじった。終わったと、後悔の念が脳裏に浮かびソウルジェムが濁りそうになった、まさにそのとき

まどか「え…うええぇぇっ!?ちょ、ふえぇっ!?」

信じられないといった様子のまどかが上げた大声が、辺りに響き渡る。先ほどの顔は見る影もなく

耳まで真っ赤にした顔で、わたわたと大慌てしていた

まどか「ほっ、ほむ、ほむら、ちゃん。い、今の、今のって……!」

ほむら「えぇ……。私は、まどかに対して友情なんかじゃなくて……」

まどか「いいい、言わないでっ!恥ずかしいからっ!」

私の好きが恋愛感情だと気づくと、恥ずかしさのあまりに真っ赤な顔をさらに赤くして目を白黒させてしまう

その慌てぶりは思いもしない程のもので、告白をした私が冷静になってしまうくらいだった

まどかは朱に染め上げた可愛らしい両の頬を手で覆い隠し、目線を下げて俯くと

ひとつふたつ深く息をしてから、動揺で僅かに震える声を私に投げかける

まどか「……本当、なんだよね。本当にわたしのこと」

ほむら「そうよ……。私は、本気で…まどかのことが好きなの」

まどか「わ、わぁ……。どうしよう……」

困ったようにそう言うと、まどかはトマト色の顔で恥ずかしそうにもじもじと胸の前で手を握る

それを最後に、私もまどかも言葉を発せずしばらく続いた沈黙のあと

私は何かを考え込んでいるようなまどかの顔を見て、話を切り出す

ほむら「……実はね、まどかをここにつれてきたのは…星空を見せたかったのもあるけど」

ほむら「最初から告白するつもりだったからなの……」

まどか「えっ……」

ほむら「……ごめんなさい、まどか。急にこんなこと言われても…困る、わよね」

ほむら「気持ち悪い…わよね……。私もまどかも女同士なのに……」

女の私が女のまどかに恋をする。ここ最近はそういう事例も増えてはいるが、やっぱりそれは普通じゃない

私がまどかに抱く好意と、まどかの私に対しての好意の間には、絶対的な壁が聳えている

そんなことは最初から覚悟していた。まどかだって、今ので嫌でも理解したはず

返答に身構えていると、まどかは私へ向けて精一杯の笑顔を見せた

まどか「……そんなこと、ないよ。確かに同性で…驚いたことは本当だけど」

まどか「でもね、わたしは…それよりもほむらちゃんに告白してもらえたことが、嬉しいんだ」

ほむら「嬉しい……?」

まどか「……うん。だって、告白してくれたってことはわたしのことが…特別な意味で好きってこと、だろうから」

まどか「わたし、ね。ほむらちゃんにそう想われて…すごく嬉しいし、とっても…幸せ者だなって……」

私の告白を気持ち悪いと思うこともなく好意的に受け取ってくれたまどかだったが、嬉しいと言う割には様子が変で

どうしたのかと思っていると、笑っていたはずのまどかの目元にうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた

ほむら「……まどか?もしかして、泣いてるの?」

まどか「あ、あれ……?わたし、何で…泣いて…っ……!」

自分が泣いていることに気が付くと、堪えていたのか涙がどんどん溢れ出して

やがて、限界を迎えたまどかの瞳から堰を切ったように大粒の雫が次から次へと零れていった

まどか「わたしっ…何で、どうして止まらないのっ……!」

ほむら「……まどかが泣いてるのは、私があんなことを言ったから?」

まどか「違う!違うのっ!わたし、そうじゃなくて……!」

まどか「告白、嬉しくて…嬉しすぎて心がぐちゃぐちゃになっちゃって……!」

まどか「泣きたい、わけじゃないのに…何で泣いてるのか、自分でもわかんないのっ……!」

ほむら「そう……」

感情の理解と制御を失い、ちっちゃな子供みたいにぽろぽろと涙を流し続けるまどかはそれを服の袖で必死に拭う

そんなまどかの姿を見ていると、感じたことのないような熱い気持ちが私の心を突き上げる

まどかがどうして泣いているのかはわからない。だけど、どういう形であれ私に好意を抱いてくれているのは明白で

私は理由もわからずに泣きじゃくっているまどかに手を伸ばし、濡れる頬を拭ってから自分より小さなその体を抱きしめる

一瞬、驚いたような反応を見せたものの拒否することもなく、落ち着くまで私の胸元に顔をうずめていた

ほむら「……落ち着いた?」

まどか「うん……。ごめんね、服濡らしちゃって」

ほむら「いいの。気にしないで」

ひとしきり泣いて、落ち着きを取り戻したまどかは恥ずかしそうに顔を赤らめ、私から距離をとる

まどかが顔をうずめた胸元に目を向けると、流した涙で冷たく感じる程度にぐっしょりと濡れていた

ほむら「でも、まさか急に泣き出すとは思わなかったからびっくりしたわ」

まどか「あ、あはは……。恥ずかしいところ、見られちゃったな」

ほむら「そんなことは……」

何となく気まずい空気になってしまい、それ以上声をかけられずにいると

まだ少し潤む目を伏せ、下を向いたまどかが先ほどのことをぽつりと口にした

まどか「……あのときはわからなかったんだけど、わたしが急に泣き出しちゃったのは」

まどか「きっと、ほむらちゃんのことが好きだからなんだと思うんだ……」

今日何度目かの好きという言葉。意味が違うとわかっていても、まどかに言われると胸が高鳴る

ただ、それがどうして泣いてしまった理由になるのかがわからず、私は聞き返す

ほむら「……それはどういうことかしら?」

まどか「えっと…ちょっとだけ時間、くれないかな。まだ頭とかこんがらがっちゃってて」

ほむら「えぇ。気持ちがまとまるまで、ここで待ってるわ」

そう言うと、まどかは視線をここじゃないどこかへと向け、膝を抱えて小さくなる

私は満天の星空に輝く織姫と彦星を眺めたり、オリオンのような三つ星がないか探したりするものの

隣で思案中のまどかが気になってしまい、眠ってしまいそうなぼんやりとした横顔にちらちらと視線を送る

それからしばらくして、合点のいく答えに辿り着いたらしいまどかが何故か耳まで赤くした顔を上げた

まどか「……ごめんね、ほむらちゃん。時間取らせちゃって」

ほむら「それは構わないけど…気持ちはまとまったかしら……?」

まどか「……うん。泣いちゃったこと、告白が嬉しかったこと」

まどか「全部…わかった気がするから……」

言葉を言い切ると同時に、まどかはさっきよりも真っ赤になった顔を私へ向ける

緊張しているのか、顔を顰め胸に手を当てて浅い呼吸を何度も繰り返す

まどかは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと時間をかけて吐き出して心を落ち着けてから

少しずつ、自分の想いを話し始めた

まどか「……あのとき、わたしが泣いちゃったのは…やっぱり、ほむらちゃんのことが好きだったからなんだ」

まどか「ほむらちゃんのことが好きで、そのほむらちゃんに告白してもらったから……」

ほむら「えっ……」

想像もしていなかったまどかの気持ちに、私は無意識に声を漏らしてしまう

もしかして、と多少現実味を帯びた都合のいい妄想が浮かぶ私をよそに、まどかは話を続ける

まどか「……ほむらちゃんに告白されたことが嬉しくて、心がいっぱいになるくらいに幸せで」

まどか「それと同時に、どうして告白があんなに嬉しいと感じたのかがわからなかったの……」

まどか「そのせいで自分が何で泣いているのか…その理由さえわからなかった……」

そこで1度話を区切って、膝を抱えていた腕を離して足を投げ出すように伸ばす

私を見るまどかの瞳は、泣いていたからとは別の理由で潤んでいた

まどか「……だけど、さっき考えて…頭と心の奥底まで探して、何度も何度も考えて」

まどか「やっと答えに辿り着いた。やっと、泣いた理由も、嬉しいと感じたのも…その理由がわからなかったのも」

まどか「わたしの…わたしの、ほむらちゃんに対する気持ちが…やっとわかったんだ……」

ほむら「私に対する……?」

まどか「……ほむらちゃん、告白してくれてありがとう。わたし…とっても嬉しかった」

まどか「何より、告白してくれたおかげで…自分の気持ちに気が付けたから……」

まどかの言葉を耳にした瞬間、頭の中でパズルが組みあがっていくような感覚に思わずはっとする

急加速を始めた鼓動に息苦しさを感じながらまどかを見ると、見たこともないくらいに真っ赤な顔をしていた

ほむら「……まどか。あなたの、気持ちって?」

まどか「わたし…わたしの、気持ちは……」

もはや確信めいているまどかの言いたいことに、私の心臓は壊れそうな程に激しく脈打つ

まどかはぎゅっと服の裾を巻き込んで拳を握ると、喉から絞り出すような声で私への想いを吐き出した






まどか「ほむらちゃんのことが…大好き……」



ほむら「……っ」

まどか「……あ、あの。ほむらちゃん?」

まどかの放った言葉は私の耳へ届けられたあと、懐中電灯の光の外へと向かい宵闇に溶けて消える

その直後、最上級の好意を込められた言葉を受け取った私は、自分でも信じられないくらいの嬉しいでわけがわからなくなっていた

ある程度の予測はしていた。だけど、まどかからの特別な好きという言葉は私のほんの小さな幸せの許容量には収まりきらなくて

冷静になっていたはずの思考と感情に、好きと言ってもらったことで再び火が点き体中が熱くなる

ただ、その感覚さえもまどかが好きでまどかに好かれているからだと思うと、ただひたすらに嬉しくて

私は落ち着きなくそわそわもじもじしているまどかと肩を触れ合わせてから少し上ずった声で話しかけた

ほむら「……ほん、とう?本当に、私のこと」

まどか「本当…だよ。こんな嘘、つくわけないよ」

ほむら「……まどかは、いつから私のことを?」

まどか「わかんない……。気持ちが変わって…意識しはじめたのは、今日キャンプに来てからで……」

まどか「川で…事故でも押し倒されたみたいになったあとからほむらちゃんのことが気になって、今よりももっと仲良くなりたくなって」

まどか「このときはまだ自覚はなかったから…何でほむらちゃんにあーんってしたり、あれこれ触っちゃったのかわからなかった……」

まどか「……でも、告白されて気持ちを確かめて…やっとわかったの。あれは、ほむらちゃんのことが好きだったからなんだって」

今までそんな素振りを見せなかっただけに僅かに信じられない気持ちがあった私だったが、真剣なまどかの目を見て本当、本心なんだと悟る

自分で言うのも自惚れてる気がするが、きっとまどかはそのときにはもう私のことを好きになってくれていたのだろう

ただ、私をずっと仲の良い友達だと思っていただけに、自分の気持ちがそういう好きだとは考えもしなくて

頭と心、思考と感情が食い違っていたからこそ私が告白する最後の最後まで自覚もなく、本当の想いに気が付かなかったのかもしれない

まどかの気持ちの告白を聞いてそんなことを考えていると、告白直前のことに話が移る

まどか「……わたしが告白する前に言ったよね。全部、わかったって」

ほむら「えぇ……。あれも…そういう意味、なのよね……?」

さっきまどかが言っていた、泣いた理由、嬉しいと感じた理由、それが全部わかったという言葉

私のことが好きという気持ちに気づいたからなのだと思い、問いかけるとまどかは頷いて肯定した

まどか「うん。泣いたり、嬉しいって感じたりしたのも…ほむらちゃんのことが好きだったから」

まどか「わたしの心は…大好きなほむらちゃんに告白してもらって、泣いちゃうほどに嬉しいって思ってたはずなのに」

まどか「頭が想いを理解してなかったから、その理由がわからなかったんだ……」

まどか「……だけど、今は…自分の気持ちがわかった今は、頭と心、両方でほむらちゃんのことを好きって思ってるよ」

ほむら「なら、まどかは私のことが好きってことで…いいのよね。勿論、特別な意味で……」

およそ私の思った通りの話をするまどかだったが、告白が泣いてしまう程に嬉しいと思われていたことだけは想定外で

それを聞いた私は、跳ねる鼓動を抑えつつ確認の意味を込めて再びまどかに尋ねた

まどか「そう、だね。わたし、ほむらちゃんのこと…好きだよ……」

ほむら「じゃあ…じゃあ、私とまどかは…っ……!」

まどか「……ほむらちゃんっ!」

私が言葉を言い終える前に、まどかは私に体ごとぶつかるように抱き着いてくる

いくら私より小柄でもその勢いを受け止めきれず、まどかに抱き着かれたまま後ろへと倒れてしまう

後頭部を地面にぶつけ、目の前に星が散る。軽く頭を振ってから起き上がろうとすると

私のすぐ目の前に、押し倒したような恰好のまどかが上から顔を覗き込んでいるのが見えた

まどか「えへへ…ごめんね。ケガとか、してない?」

ほむら「何とも…ないわ。大丈夫よ」

まどか「……あのときみたいに、今度はわたしがほむらちゃんを押し倒しちゃったね」

ほむら「私だって別に押し倒したつもりはなかったのだけど……」

まどか「……ねぇ。ほむらちゃんはわたしのこと…好き、なんだよね」

ほむら「えぇ。まどかも、私が…好きってことでいいのよね……?」

まどか「もちろん。だから、わたしたちは…両想い、だね」

まどかに告白をして、告白をされた以上お互いの気持ちはわかっている

だけど、まどかの口から直接聞かされた両想いという言葉が嬉しくて仕方なかった

まどか「……好き。好きだよ、ほむらちゃん」

ほむら「私も…大好きよ、まどか……」

まどか「ほむらちゃん……」

ほむら「まどか……」

私もまどかも、お互いの名を呼びながら見つめ合う

熱っぽく潤むまどかの宝石のような瞳は、空に煌めく星々よりもずっと綺麗で

赤く熱い頬に手を伸ばすとまどかはほんの少し驚いた反応を見せ、それから私の手に自分の手を重ねる

ほむら「……可愛い。まどか、凄く可愛いわ」

まどか「ほむらちゃんも…とっても綺麗で、素敵だよ……」

ほむら「嬉しい……。まどかに…そう言ってもらえるなんて」

まどか「……ほむら、ちゃん。いい…よね?」

何に対しての言葉なのか瞬間的に理解した私はまどかの頬から手を離し、そのまま腰へ回す

それを肯定と受けたまどかはつい、と顔を寄せると目と鼻の先でぴたりと動きを止めた

ほむら「まどか……?」

まどか「……な、何だか恥ずかしくて…照れちゃうな」

ほむら「そんなの…私だって同じよ。目が回るくらいドキドキしてるもの……」

まどか「本当に、いいの……?わたしが相手で……」

ほむら「勿論。私はまどかのことが…誰よりも好きだから、告白したのよ」

まどか「……ありがとう。じゃあ…行くよ」

そう言うと、まどかはいつかの私みたいにぐるぐるしたように見える目をかっと見開く

緊張した面持ちで、気が昂っているのか浅い呼吸を何度も繰り返して唾を飲み込む

私は私で緊張していないはずもなく、あまりのドキドキに心臓が体を突き破って飛び出してきそうなくらいだった

微かに肩を震わせ私を凝視していたまどかだったが、意を決したのか少しずつ私との距離を詰める

それに合わせて目を閉じ、まどかが来るのを待っていたのだが唇よりも先に額に何かがこつんと当たった感触

何が起こったのか不思議に思い、目を開くと額に手を当てて恥ずかしそうに笑うまどかの姿が見えた

まどか「あはは……。おでこ、ぶつけちゃった」

ほむら「……あぁ、そういうことだったのね」

まどか「わたしもおでこがぶつかるとは思ってなくて……」

ほむら「なんていうか、いかにも初めて同士って感じで…何だか笑っちゃうわね」

不慣れどころか私もまどかもこんなことをするのは初めてで、どうしたらいいかなんて何もわからなくて

見よう見まねでやってみたものの、案の定失敗して思わず笑みがこみ上げてしまう

2人揃って小さく笑うと、照れた様子のまどかはゆらゆらと揺らめく瞳で私を見てそっと目を閉じた

私は両腕をまどかの首に絡ませ、ゆっくりと自分の下へ引き寄せる

近づいてくるまどかに心臓がはち切れんばかりに暴れまわり、耳の奥でドクドクとけたたましい鼓動の音が鳴り響く

やがて引き寄せられたまどかが眼前に迫り、お互いの額と額、頬と頬、鼻の頭を触れ合わせると

まどかの、桜色の唇に私の唇をそっと重ねた

まどか「……っふぅ…ほむら、ちゃん」

ほむら「まどか……」

生まれて初めての好きな人とのキスは、自分でもわけがわからないくらい嬉しくて、幸せで、どうにかなってしまいそうだった

頭も心も真っ白になって、まどかのこと以外は何も考えられなくて、何も目に映らなくて

感情が抑えきれなくなった私は、まどかにほんの少し、薄く触れるだけのキスをしてから

思いきりまどかを抱き寄せて、深く、深く、長く、長く口づける

きっと大人から見れば、私たちはただ押し付け合っているだけの真似事をしているように見えてしまうのだと思う

だけど、私とまどかにとっては本気で好きだからこその行為で、決して真似事でも気持ちを勘違いしているわけでもない

それを確かめるように、今にも落ちてきそうな星空の下で私たちは息が続かなくなるその瞬間までひとつになっていた

ほむら「ん…は、ぁ……」

まどか「……しちゃった、ねぇ」

ほむら「え、えぇ……。まさか息切れするまでなんて…思わなかったわ……」

呼吸も忘れてただひたすらにまどかを求めたせいか、酸欠で頭がクラクラしてしまう

息を整えながら、白む視界と薄ぼんやりする頭の私は真っ赤な顔で可愛らしく微笑むまどかに思わず問いかけた

ほむら「その…どうだった、かしら……?」

まどか「えっと…あったかくて、柔らかくて…気持ちよかった、かな……?」

まどか「頭が真っ白になってお腹の奥がきゅんきゅんして…ほむらちゃん以外は考えられなくなって……」

そう言うとまどかはさっきの、私とのキスを頭の奥で思い返しているようで

まるで煮崩れたみたいに蕩けた表情を浮かべていたが、それに気づいたのか頭を振って何でもない風に誤魔化す

ほむら「……なら、よかった。多分だいぶ不格好だったと思うから」

まどか「かもしれないけど…仕方ないよ。わたしもほむらちゃんも、こういうの初めてだったんだし」

まどか「それに、わたしはあんな風に思いっきり抱きしめて…きっ、き、す、してもらえて…すごく嬉しかった……」

まどか「……ありがとう。ほむらちゃん」

私にお礼を言うと、笑うまどかの目尻から涙が一粒、溢れ出す

流星のように頬を伝って流れる涙は重力に引かれ、やがて雫となって私の顔を濡らした

ほむら「まどか……?また、泣いてるの……?」

まどか「ううん、そうじゃなくて…ほむらちゃんと両想いなのが嬉しすぎて、つい」

まどか「それに…こんなに綺麗で素敵な星空を、他の誰もいない、2人きりで見られるんだから」

まどかは言葉を言い終えると、そのまま私の体の上に仰向けに寝転がる

下から抱きかかえるように少し強く抱きしめると、まどかはもぞもぞと身じろいだ

まどか「……静かだね」

ほむら「そうね……。聞こえるのは…風でざわめく木の枝葉の音と、まどかの声だけ……」

まどか「急にこんなことしちゃったけど、大丈夫?重くない?」

ほむら「ふふっ、まどかが重いわけないじゃない。心配しなくても大丈夫よ」

ほむら「むしろ私は、こうやってまどかと触れ合えて嬉しいわ」

勿論、全く重くないというわけじゃない。だが、今の私にとってはそれさえもがとても愛しくて

まどかの体の柔らかさや温もり、甘い匂いと同時に感じる幸せな重さに恍惚感に浸っていると

私の上で寝転ぶまどかが何かを見つけたらしく、驚いたような声を上げた

ほむら「まどか……?どうしたの?」

まどか「……ね、ねぇ。あれって、もしかして」

少し顔を反らして、まどかの震える指先が指し示す先に目を向け、見開く

そこは、間違いなくさっきまで何の変哲もない夜空だった。そのはずだったのに

再び目にした星の海には、この時期にあるはずのない綺麗に並んだ三つ星が、美しく燦然と輝いていた

ほむら「あれは……」

まどか「偶然並んだ星を見つけたってわけじゃ…ないよね……」

ほむら「……えぇ。あれは…オリオン座よ」

まどか「い、今って真夏…だよね?何でこんなにはっきり見えて……」

ほむら「理由とか理屈なんて…さっぱりわからない。わからないけど……」

ほむら「でも、そんなのどうだっていいわ。まどかとこうして…最高の思い出を作れたんだもの」

どうしてオリオン座が現れたのか、そんなのわからない。もしかしたら目の前の光景は夢や幻なのかもしれない

だけど、まどかと一緒にこの思いがけない夜空を見上げられただけで私にとっては十分だった

まどか「すごく…すごく綺麗……」

ほむら「私も久しぶりに見たけど…とても素敵ね……」

私たちはそれだけ話すと、それっきり何も言わずただ静かに空を見上げる

言葉を交わさずとも、まどかと同じ気持ちで、同じ景色を見て、同じ思い出を共有して

それからしばらくして、私は三つ星を視界の真ん中に捉え、まどかをぎゅうっと全身で抱きしめる

まどか「ん…な、なぁに?」

ほむら「……ううん、何でも。ただ…まどかを抱きしめたくなっただけ」

ほむら「まどかと過ごす、最初の恋人としての時間だもの……」

まどか「わたしも…わたしも、ほむらちゃんとこうして一緒に過ごせて……」

何かを言おうとしていたまどかだったが、最後まで言い切ることなく途中で途切れてしまう

続きを話してくれるのをじっと待っていると、息を吐くと同時に気の抜けた甘ったるい声

ふと、気が付けばまどかの体がじわじわと暖かくなり始めていた

ほむら「まどか、眠いの……?」

まどか「うん……。眠くなってきちゃった……」

ほむら「大丈夫?」

まどか「大丈夫…だと、思う……」

やや会話の怪しいまどかは眠たげに欠伸をして、目元を擦るような仕草

ポケットから携帯を引っ張り出して時刻を確認すると、いつの間にか0時を過ぎ日付が変わっていた

そろそろ別荘に戻ろうと私が声をかけるよりも先に、まどかが突拍子もない提案を持ちかける

まどか「ね、今日はもうこのまま寝ちゃおうよ」

ほむら「このままって、まさかここで……?」

まどか「うん。今は真夏だから、風邪ひいたりはしないと思うし」

まどか「……それに、この満天の星空の下で…幸せな気持ちのまま眠りたいんだ」

そう言うと、まどかは私に体の全てを預け、投げ出してくる

本当なら別荘に戻って寝た方が絶対にいい。だけど、まどかの提案はとても魅力的で

どうしたものかと迷っていた私も、次第にまどかの方へと傾いていく

相手の我儘を聞いてあげるのも恋人の役目と思い、少し無茶が過ぎる提案をのむことにした

ほむら「……わかったわ。今日はこのまま一緒に寝ましょうか」

まどか「えへ……。ありがとう」

ほむら「いいの。私も…いいなって、そう思ったから」

まどか「……ほむらちゃん、ありがとう。わたしのこと…好きって言ってくれて」

ほむら「まどかだって私の想いを受け入れてくれたじゃない。ありがとう、まどか……」

まどか「……だいすきだよ。ほむら、ちゃん」

最後にそう呟くと、既に限界だったようですぐにかくんと眠りに落ちていった

僅かに重みを増したまどかはまるで猫みたいに体を丸め、すうすうと可愛らしい寝息を立てる

起こしてしまわないようにそっと髪を撫でると、くすぐったそうな笑みを浮かべた

ほむら「私を好きになって…私と恋人になってくれて、ありがとう。大好きよ、まどか……」

ほむら「……ふあぁ」

幸せな寝顔を見つめていたせいか、睡魔が私にも伝染してしまったようで

眠気でうとうとしてきた私は、どうせ誰も見ていないのだから構わないだろうと大きな欠伸をひとつ

涙を拭ってから、携帯に手を伸ばして目覚まし代わりのアラームを最大音量でセットした

ほむら「……ふふっ。まさかこんなところで寝ることになるなんて、思いもしなかったわ」

ほむら「でも、絶対に忘れられない思い出になったわ。ありがとう」

別荘のテントならともかく、光り輝く星空の下で愛しい人と一緒に眠るなんて滅多にできることじゃない

私はとても素敵で、贅沢な思い出をくれたまどかに礼を言うと、眠たい目でオリオンの浮かぶ真夏の夜空を仰ぎ見て

ものの数秒だけ三つ星を目に映し、それから寝ているまどかをしっかりと繋ぎとめるように抱きしめる

ほむら「……おやすみなさい。まどか」

まどかの耳元で小さく呟くと、鉛のように重くなっていた瞼を閉じて意識を手放す

夏の夜空に揺蕩う星の大海に浮かぶオリオンが、私たちを見守るように優しく煌めいていた

――――――

ほむら「ん……」

ほむら「ふぁ…あ、朝……?」

まだ薄暗い中、目の覚めた私は微睡む意識で辺りを見回す

どうしてこんなところにいるのかと考え、そう言えばここでまどかと一緒に眠ったんだと記憶を振り返る

夏とは言え、明け方で少し肌寒い外気と体の上で眠るまどかの温もりが丁度いい感じに気持ちよくて

まだまどかも起きていないのだから、もう一眠りしようと目を閉じた瞬間

ポケットの携帯からけたたましい電子音が辺りに鳴り響く

頭を揺さぶる大音量にびくっとすると同時に、寝ていたまどかがむにゃむにゃと目を擦りながら体を起こす

まどか「んぅ…なぁに、どうしたの……?」

ほむら「ま、まどか…ごめんなさい、起こしちゃったみたいで」

まどか「あふ……。それは全然…いいんだけど、何の音……?」

ほむら「目覚ましのアラームよ。最大音量にしたせいで馬鹿みたいにやかましくなっちゃって……」

ほむら「本当にごめんなさい。せっかく気持ちよく寝てたのに……」

まどか「んーん。いーよー、気にしないでー」

私の上で寝ていたまどかはそのままぐるんと体の向きを入れ替えてうつ伏せになり、顔を合わせると

完全に覚醒しきっていない、ぽやーっとした顔で私を見ると、嬉しそうに微笑む

ほむら「な、何?」

まどか「うぅん、何でも。ただ、目が覚めたらほむらちゃんがいて…いいなーって」

ほむら「……そうね。まどかと一緒に寝て、起きたら眠ってるまどかがいて」

ほむら「それって、凄く恋人らしいって気がするの……」

まどか「わたしたち、付き合って、恋人になって、一夜を共にしちゃったんだねー」

まどか「……えへ。おはよー、ほむらちゃん」

とろんとした目で私にそう言うまどかの姿に、思わず目が点になり息をするのを忘れてしまう

当のまどかは最初のうちこそえへへと笑っていたものの、次第に顔を赤らめて

恥ずかしさのあまりか、私の胸に顔をうずめばたばたと足をばたつかせた

まどか「……は、恥ずかしいことしちゃったな。まだ頭がぼんやりしてて」

ほむら「今のまどか、とても可愛かったわ。思わず息が止まっちゃったもの」

まどか「も、もう……。でも、ちょっと恋人っぽいやりとりだった気がする」

ほむら「きっと…普通の友達だったら、こんな体勢で朝の挨拶はしないでしょうね」

ぺたりと胸に顔を貼り付けるような恰好で会話をするまどかは、上体を起こして私を見つめる

そして、そっと唇を触れ合わせると甘い表情を浮かべた

まどか「……ほむらちゃん、おはようっ」

ほむら「おはよう、まどか」

改めておはようと朝の挨拶をして、私たちは笑い合う

まどかは遠慮がちに軽く伸びをして息を吐くと、私から立ち上がる

まどか「携帯のアラームが鳴ったってことはそろそろ起きる時間だってことだよね」

ほむら「少し早めにセットしておいたから大丈夫とは思うけど、起きた方がいいんじゃないかしら」

まどか「……じゃあ、行こっか。ほむらちゃん」

ほむら「えぇ、まどか」

そう言うと、まどかは木々の間から顔を出した朝日を背に、私へと手を差し伸べる

私はきらきら眩しく光るまどかの姿に一瞬見惚れると、目を細めて差し出されたその手を取った

別荘に戻った私たちは起きてきたマミとばったり出くわすも、朝の散歩に出ていただけと誤魔化す

朝食を食べ終わると、さやかたちの呼び止める声を後目に手を繋いで遊びに出かける

友達から恋人になったまどかと一緒なら、どこに行っても、何をしても楽しくて、嬉しくて

時間が過ぎるのも忘れ、ふと気が付けばもう帰りの時間がそこまで迫っていた

帰り支度をしながら、さやかとマミの質問攻めを適当にあしらいつつ辺りを見回す

じりじりと照りつける太陽と、蝉の鳴き声が昨日と変わらずそこにあって

まどかに呼ばれた私は自分の荷物を手に、後ろ髪を引かれる思いを振り払い車に乗り込む

走り出した車の窓から見える別荘はどんどん遠ざかっていき、やがて木々の中に姿を消した

私は深く息を吐いて車のシートに体を沈め、名残惜しそうに小さく笑うまどかをそっと抱き寄せると

他の誰かに気づかれないように口づけをして、キャンプでの出来事を思い浮かべながら寄り添って目を閉じる

こうして私の、私とまどかの楽しくて、切なくて、甘くて、幸せな2日間のキャンプ旅行は幕を閉じた

――――――

ほむら「……これでよし、と。何だかまとまりがない気がするけど」

ほむら「でも、あのときのを着ていくわけにもいかないし、仕方ないわよね」

数少ない衣服をベッドの上に広げていた私は、目についた服に袖を通すと鏡で全身を見直す

そこに映る私は、どこかずれたような、ちぐはぐな印象の姿をしていた

ほむら「やっぱり、キャンプの服の方がよかったかしら。でも、全く同じ恰好というのも……」

ほむら「……まず服を買いに行きましょう。この前行ったところでいいかしら」

ほむら「せっかくだし、まどかに私が似合いそうな服を選んでもらうのもいいかもしれないわ」

私たちがひとつになった、あのキャンプから数日。今日はまどかとの初めてのデートの日

約束の時間が近づき、何をしようかと考えながらまどかを待っているのだがなかなかやってくる気配を見せず

手持ち無沙汰になった私は机の引き出しから薄い紫と桃色で彩られた表紙のノートを取り出して表紙をめくる

ほむら「……本当、楽しかったわね。あの日のキャンプは」

ほむら「楽しくて、嬉しくて…絶対に忘れられない思い出になったもの……」

手にした紫と桃色のノートは私の日記帳。その1ページ目に書かれていたのはキャンプの思い出

自分で書いた文章を指でなぞり、目を細める。瞬間、頭の中にあの日の記憶が鮮明に蘇って

ほんの少し熱を持った顔で日記を読み進めていると玄関のチャイムが鳴った

ほむら「……きっとこれからの毎日は…ここに残せること、書き表せないことで溢れているんでしょうね。まどか」

ほむら「さぁ、行きましょう。まどかを待たせるわけにはいかないわ」

私は手にしていた日記帳を閉じると、机の引き出しへと戻す。そして、最後に鏡で姿を確認してから部屋を出る

まどかと恋人になった記念に改めた日記帳も、きっとすぐいっぱいになってしまうのだろう

だってまどかと一緒なら、例えどこで何をしたとしてもここに書き綴れると思うから

いつか、ここに記した全てが遠い思い出になってしまう程の果てない未来になったとしても

あの日のことは絶対に忘れない

晴れてまどかと恋人になれたあの夜を。そして

2人で見た、真夏のオリオンを




Fin

これで完結です
最後まで読んでいただき、ありがとうございました


まどほむのこういうのほんと好き

乙!
素敵なまどほむでした


ニヤニヤさせられるSSだった

乙!いやあ幸せになれたわー!

おつおつおつ

キャンプとか海とかスキーとか
本編じゃ見られなかった分なんかすごくいい

乙なんだなぁ

ほむらとまどかが見た星は本当にオリオン座だったのだろうか
蠍座と永遠に追いかけっこをしているって、なんだか象徴的に思える

読んで下さった方、感想頂けた方、本当にありがとうございました
季節が季節だけにほんとは去年の夏に投下する予定だったけど
いろいろとあって制作と投下の時間が取れずに年越してしまいました

・次回予告

ほむら「バトルメイド暁美」

まどか「デレデレさせたい」


去年は秋になってから本当に何も書けてないのですべてにおいて停滞中
あと来月のバレンタインも書けてないので今年はないかも
またどこかで見かけたらよろしくお願いします

乙でした
バレンタインは無しか
ちょっと残念

乙です
また素晴らしい作品を書いて頂けそうで嬉しいです
応援してまーす!

乙でした
濃厚なまどほむで非常に安心感がある味

というか女子中学生の恋愛感情ってどんな感じなんやろうね
同性愛異性愛関係なくファンタジーだ

いつものまどほむアンチか、乙

娘と友達が失踪して何も気にしない親じゃないだろうからあそこの空間は特別な何かだったんだろうな
電波も何故か入らなかったみたいだし

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