五十嵐響子「ハート」吉岡沙紀「ハーモナイズ」 (54)


※地の文あり、独自解釈あり、長めです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1484486933


事務所へ向かう途中、高架下の薄暗い場所が苦手だった

壁には毒々しい色使いで、意味もよくわからない文字が描かれている

なぜそんなことをするのか?みんなも使う公共の場所なのに

五十嵐響子には、それらの落書きが不快だった

 


卯月「あー、何だかわかりますね!」

美穂「そ、そうですよねっ、変な英語で意味もよくわからないし……」

響子「そうなのよ!落書きとか汚いから、ああいうの見ると綺麗にお掃除したくなりますよね!」

ガチャ!

P「おーい、響子ちょっといいか?」

響子「何ですか?」

P「この前話してたユニットの件なんだがな」

響子「ああ!確か学園祭でライブをやるんでしたっけ?」

P「やっぱりピンクチェックスクールでスケジュールが取れなくて、響子ともう一人でやってもらうことになったんだ」

響子「あっそうなんですね。私は大丈夫ですよ!」

P「それは良かった」


響子「それで、もう一人って?」

P「あぁ、最近事務所に入った子でな…」

響子「?」

P「まあ、いいか。ほら入って入って」

???「あーちょっと待って欲しいっす、せめて顔ぐらい洗わせて……」

プロデューサーに促されて入ってきた子は、背が高くて、痩せていて、ボーイッシュで――

吉岡沙紀「へへへ…、どうもはじめましてっす」

なぜか全身ペンキまみれだった


・ ・ ・ 

響子「もうっ!事務所はみんなで使うんだから綺麗にしなきゃダメですよっ!」

沙紀「ははは、面目ないっす」

響子「ペンキなんて服についたら落ちないんですから」

沙紀「コレ汚れていい服っすよ?」

響子「そういう問題じゃありませんっ!」

響子「ええっと…、顔についたペンキってどうやって落とすのかしら?」

沙紀「擦れば消えるっすよ?」

響子「アイドルなんだから顔は大事にしないと!」

沙紀「アイドルっすねぇ…」

沙紀「てか初顔合わせでひん剥かれるとは思ってなかったっすよ」

響子「ひっひん剥くって//」

沙紀「あれ?なんで響子ちゃんが恥ずかしがってるっすか?」

響子「もうっ!」


事務所での顔合わせも早々に、ペンキまみれの沙紀を連れて響子はシャワールームに来ていた
女の子がドロドロに汚れた格好でいるのは見苦しかったし、服だって清潔なものに着替えさせなきゃいけなかった
そして何より、みんなが綺麗に使っている事務所を汚されることが我慢ならなかった

響子「はあ…」

吉岡沙紀というこの子は、響子にとって初めて出会う人種だった
正確には似たような人とは出会ったことがあるが、積極的にかかわろうとはしなかった人種だ

アイドル事務所に籍を置いているだけあって、ここにはあどけない女の子から妖艶な美女まで
いわゆる「可愛い」「美しい」「可憐」「愛らしい」そんな形容詞が付くような女の子がたくさんいた

そしてアイドルとして売るだけあってみんな身だしなみに気を付けていた

ところがこの子はそんなことどこ行く風、化粧もまともにしていないし髪もぼさぼさ
来ている服だってどこで売っているかわからないパーカーに汚れが目立つジーパン
……ついでに下着はどう見ても3枚1200円とかで売ってる安物だった


響子「……はいっ。大体汚れは落ちたからそこのジャージに着替えちゃってください」

沙紀「おおー!すごいっすね響子ちゃんは」

響子「これに懲りたらもう汚れた服で事務所を歩かないでくださいよ!」

沙紀「ははは!それは保証できないっすね」

響子「――っ!?」キッ

沙紀「おっと、そんな怖い顔で睨まないで欲しいっすよ」

響子「わかりましたか?」

沙紀「へへへ。じゃあ響子ちゃんの可愛い顔に免じてもうしないっすよ」

響子「かわっ//」

沙紀「そうっすよ」


ふいに響子に向かってずいっと歩み寄られた。身長差は10cm以上
目の前には得体のしれない、響子がかかわったことの無い、知らない人種
さっと血の気が引いた
もしかして、勝手に色々したことを怒ってるんじゃ?
痩せ型とはいえ、洗っている時に体格がしっかりしているのを知っている

――何かされたら抵抗出来ない

思わず後ずさる。でも背後には壁
沙紀は響子の顔をじっと見つめてくる

――恐い

響子は恐怖を感じていたが、その金色の目から目を離せなかった
すっと沙紀の腕が持ち上がる
響子は殴られるのかと思い、思わずぎゅっと目をつむった。

ふにっ

次の瞬間感じたのはほっぺにやわらかい感覚だった


響子「ひゃいっ!?」

沙紀「あー、ほっぺにペンキついてたっす。洗ってる時についちゃったみたいっすね」

響子「へっ?」

恐る恐る目を開けると視界いっぱいに沙紀の顔が見えた

……近くない?

沙紀「びっくりさせて申し訳ないっす!」

にかっと歯を見せて笑う沙紀。あまりに無邪気な満天の笑みを見て
響子は心の中に抱いていた恐怖心がさらさらと溶けるのを感じた


・ ・ ・

沙紀「壁ドンっすか?」

響子「あんまり気軽にそんなことしちゃだめだからね?」

沙紀「へへへ…、面目ないっす」

シャワールームから帰ってきた後、今日は顔合わせだけということで事務所の近くのカフェで色々お話することにした
響子はこの子が悪い子ではないということを感じ取っていたし、お互いコミュニケーションをとることは大切だと思った

取り急ぎさっき沙紀が響子に対してやったことは、世間では「壁ドン」と呼ばれていて女の子に対してとても高い攻撃翌力を持つことを説明していたのだった

沙紀「それにしても響子ちゃんは世話好きっすね」

響子「そうかしら?」

沙紀「だって普通シャワーに押し込めて終了っすよ?懇切丁寧に洗ってくれなくてもよかったすよ」

響子「でも吉岡さんは適当に洗って出て来ちゃうかなって思って」

沙紀「沙紀」

響子「??」


沙紀「呼び名っすよ。そんなかしこまらなくて名前で呼んでほしいっす」

響子「えぇ、でも年上ですし」

沙紀「別にいいじゃないっすか!もう裸だって見た関係っすし」

響子「こらっ!そういうことを言っちゃダメでしょ?あと私は服着てましたっ!」

沙紀「へへっ、そういう感じのフランクな感じでいいと思うっすよ?」

響子「ん~、じゃあ沙紀さんで」

沙紀「呼び捨てでいいのに」

響子「親しき中にも礼儀ありですよ?」

沙紀「じゃあそういう感じで、よろしくっす!」

響子「ふふっ。こちらこそよろしくお願いしますね!」


こうして五十嵐響子の、吉岡沙紀という未知の生命体とのファーストコンタクトは終わった
第一印象は、綺麗好きの響子からすれば最低だったが、何とかイーブンまで持ち直したようだった

……そういえば何でペンキまみれだったのか聞くのを忘れていた


・ ・ ・ 

沙紀「~~♪~♪~~♪」

響子「あっ!そこ違いますよっ!」

沙紀「あり?そうだっけ?」

響子「こうですよっ!~~~♪~~♪~♪」

沙紀「おぉ~、響子ちゃん歌うまいっすね!」

響子「ふふっ♪というかアイドルなんだから当然ですよ?」

沙紀「そんなことないっすよ!他のみんなとは違うというか、なんかグッとくるっす!!」

響子「そんなに褒めても何もでませんよ?それよりも今のところもう一回です!」

沙紀「んー、ダンスだったら得意なんすけどね」


ユニットを組んでから二週間が過ぎようとしていた
ふたりで学園祭ライブをするのは来週で、毎日レッスンを繰り返していた
アイドルとしては先輩の響子が、ライブでやる曲を沙紀に付きっきりで教えたかいもあってライブまでには何とか形になりそうだ

沙紀は響子が思っていた以上に呑み込みが早く、特にダンスはもう響子よりも上手かった

響子「でももっと女の子らしく踊らないとダメですよ?」

沙紀「そうっすか?」


沙紀のダンスはストリートダンス由来らしく、テレビのキラキラしたアイドルたちのダンスを見慣れていた響子には異質に映った
しかし二人のパフォーマンスをプロデューサーに見てもらうと、響子の可愛らしい動きと沙紀のカッコいいダンスがマッチしていて
「このまま行こう」とゴーサインが出たのだった

響子「私もストリートダンスって勉強したほうがいいのかしら?」

沙紀「んーやめておいた方がいいっすよ?響子ちゃんは響子ちゃんの動きを生かした方がいいっす!」

沙紀とのユニットは響子にとって今まで知らない世界を知るいい刺激になっていた
響子は、家事が得意で綺麗好き。アイドルをやる為に鳥取から出てきたこともありどちらかと言えばみんなに合わせる保守的な人間だった

そんな響子にとって自由気ままに、みんなが着ているような可愛らしい服ではなく、飾り気のない服をさもオーダーメイドと言わんばかりに着こなして歩く沙紀はまさに異端の存在だった
しかしそんな異端の存在が、響子にとってどこか心地よく、何だかんだいって沙紀とレッスンすることが楽しみになっていた


響子「よしっと。じゃあ今日の自主練はここまでですね」

沙紀「おつかれっす!」

響子「そういえば沙紀さん、ご飯ちゃんと食べてますか?」

沙紀「え゛っ!?いやーちゃんと食べていますって響子ちゃん」

響子「じとー」

沙紀「…すいません昨日の夜から何にも食べてないっす」

響子「やっぱり…。朝ごはん食べないとダメでしょ?というか今日はお昼も食べていないんですか!?」

沙紀「いやー金欠で…」

響子「まったく!そうだと思ってお弁当作ってきましたから」

沙紀「まじっすか!!いやー響子ちゃん愛してるっす!!」

響子「そんなこと軽々しくいう子にはあげません」

沙紀「誠に申し訳ありませんでした」


沙紀と初めて会った時の印象からだが、沙紀は同い年の女の子と比べてもかなりの痩せ型だった
何度か問いただすと、やはりあまりご飯を食べれていないらしい
どうしてそんなに金欠なのかは教えてくれなかったが、響子の世話焼き本能が遺憾なく発揮されてレッスン後に食べられるようなお弁当を作ってくるようになっていた

沙紀「この卵焼きむっちゃ旨いっすね!アタシが作ってもこうならないっすよ!!」

響子「ふふっ♪それはね、お出汁を変えて作ってみたの」

沙紀「いやー、響子ちゃんがお嫁に来たら幸せっすね!」

響子「はいはい」

あと沙紀はどうも無自覚に女の子を口説いてしまうようだった
最初のうちは響子が真っ赤になってあわあわしていたが三日もたてば耐性がついた

まあ三日で耐性がつくほど口説かれたともいえるが……


ガチャ

P「おっ!やってるな」

響子「あっ!プロデューサー、お疲れ様ですっ!」

沙紀「おふゅかれぇっしゅ」もぐもぐ

P「…沙紀は飲み込んでからしゃべろうな」

響子「ところでどうしたんですか?」

P「あぁ、今度の学園祭の実行委員会の人からちょっと依頼を受けてな」

沙紀「どんな依頼っすか?」


P「なんでも学園祭のシンボルに巨大なモザイクアートを作るらしくてな」

沙紀「おお!ちっちゃい絵を集めて大きい絵を作るやつっすね!」

P「あぁ。んでそのモザイクアートに使う小さな絵を二人に描いてくれないかって」

沙紀「まじっすか!いいっすねそういうの大好きっすよ!!」

P「おお、よかった。はいこれ用紙。はがきくらいの大きさだからパパッと描いちゃって明日には貰えるかな?」

沙紀「了解っす!じゃあ響子ちゃんも――」

沙紀が振り返ると、ぷるぷると震えて、座り込んでいる響子がいた


・ ・ ・

『響子ちゃんの絵ってよくわかんないね』

『何描いてあるかさっぱりだよ』

『ほら!みんなとおんなじように描いてみてよ』

『どうしてみんなと同じように描けないの?』



沙紀「……そうっすか」

響子「……」


明らかに様子が様子がおかしかったので、沙紀は響子を事務所から連れ出して公園に来ていた
ゆっくりと宥めすかして、響子を落ち着かせると、ぽつりぽつりと昔の話を聞かせてくれた

一言で言ってしまえば絵が個性的。でもそれが思った以上に響子にとってトラウマになっていた
周囲との調和を重んじる響子にとって、みんなと違う絵を描いてしまうこと、それ自体がコンプレックスであり、苦痛だった

響子「……別にわざと変な絵を描いているわけじゃないんです」

沙紀「……」

響子「でも、わたしが絵を描くとどうしてもへんな絵になっちゃうんです」

響子「別にそれでいじめられたとか、そういう訳じゃないんですけれど」

響子「でも」

響子「でもいまでも絵なんて上手く描けないし、もし私のせいで学園祭のモザイクが台無しになったらって!!」

響子「そう考えちゃうと急に胸が苦しくなっちゃって…」


沙紀「……」

響子「……ごめんなさい」

沙紀「どうしてあやまるんすか?」

響子「私が、こんなダメな子で」

沙紀「ダメなんかじゃないっすよ!」

響子「でもっ!みんなと同じことが出来ないんですよっ!!」

響子「私、沙紀さんみたいに強くないから」

響子「みんなと違うことに耐えられない」


響子は、アイドルだが同時に普通の女の子でもある

家事が得意、綺麗好き、世話好き
それらの要素は一人の女の子としてある種当然のことであり、特に秀でた特技であるとは感じていなかった
だからこそ、響子は他のキラキラしたアイドル達と同じようになれるようトレーニングをして、追いつきたかった
追い越すのではなく、追いつくだけでよかったのだ

そこから突出することは周囲の調和を乱す

それは、五十嵐響子という女の子にとっては辛いことだった

沙紀「……」

響子「……やっぱりモザイクは私やりません」

響子「申し訳ないですけれど、沙紀さん描いてもらえませんか?」


響子は普通の女の子だった
自分の苦手なものに立ち向かうだけの力は、ない
でも沙紀さんはモザイクアートに乗り気だったし
あざといことを言えばこんなに意気消沈している自分に絵を描かせようなんて
そんなユニットの調和を乱すようなことは
普通の女の子はしない
そう思っていた

――が!


沙紀「何いってるんすか。響子ちゃんも描くんすよ」

響子「……へっ?」

沙紀「っていうかそれならそうと早く言ってくださいよ!絵なんて簡単っすから!!」ぐいっ

響子「いや、えっ、ちょっと!」

響子は忘れていた

この吉岡沙紀という人間は

まわりと違うことなぞどこ行く風

根っからの異端者であることを!


響子「ちょっちょっとちょっと!どこ連れて行くんですかっ」

沙紀「絵なんて千差万別!風とおんなじで全部違うんすよ!」

響子「だからっ」

沙紀「ほらほら!こっちこっち!!」

傍から見ればイケメン男子が可愛らしい女の子を連れまわしている事案発生
なんだあれはと訝し気に見送る人々
ステージで注目を浴びるのはなれっこの響子だってこれは恥ずかしい


響子「あの!ちょっと手を離して!」

沙紀「ダメっす!響子ちゃん逃げちゃうでしょ?」

響子「そうじゃなくてっ!恥ずかしいからっ!」

沙紀「別にみられたってどうってことないっすよ!ステージでひらひらの衣装の方が恥ずかしいっす!」

響子「それとこれは別なのー!!」

ほいほい連れまわされて、たどり着いたのは小さなアパート。アパート?


沙紀「ほい。じゃあ上がって」

響子「お邪魔します……」

恐る恐る中に入ってみると、そこはアパートではなかった
正確にはアパートだった部屋の壁をぶち抜いて、ちょっとした大部屋になっていた
いたるところによくわからない箱だとか缶だとかが転がっている
床には新聞紙が敷き詰められていて、ところどろろにカラフルな斑点がついている

そっと床に無造作に置かれている缶を除くと、どす黒い液体が詰まってた
つんとする刺激臭
あれ?この匂いって

響子「ペンキ?」


沙紀「正解っす」

響子「じゃあここは…」

沙紀「アタシのアトリエっす」

響子「アトリエ?」

沙紀「あれ?言ってなかったでしたっけ?」

くるっとわざと仰々しく立ち回り――

沙紀「吉岡沙紀、アイドル兼芸術家っす」

怪訝そうな顔で見ていた響子に向かって、にかっと笑いかけた


・ ・ ・

沙紀「ぶっちゃけアイドルとかどうでもよかったんすけどね」

いきなり衝撃発言をする沙紀。いや、さっきの芸術家宣言もだいぶ衝撃的ではあったが

沙紀「芸術で食っていくってのは難しくて、学校通いながら作品作るとお金が全然足りなくて」

響子「それでいつも金欠だー、って?」

沙紀「まあそれもあるんすけどね。例えばここ。さっきえらそーにアタシのアトリエだって言ったけど、実はシェアルームなんすよ」

響子「シェアルーム?」

沙紀「そう。自分のアトリエを持てないアーティストがお金を出し合って借りているんすよ」

響子「へえー」

沙紀「自分の作品作るときは予約して、使わせてもらってるだけっす」

響子「でもすごいですね!」

沙紀「まあ結局ここの使用料払えなくて困ってたところをプロデューサーに拾われまして」

響子「あっ!それであの日あんなにペンキまみれだったんですね」

沙紀「最初は身体を売れ的な奴だと思ってたっすけど、本当にいい事務所でよかったっす」

響子「こらっ」


沙紀「へへっ。まあそれでも使用料に画材にお金は全然足りないんすけどね」

響子「だからってごはん抜いちゃダメでしょ!?」

沙紀「面目ないっす」

響子「……それで」

沙紀「ああそうっす!響子ちゃんに絵の楽しさを教えてあげようと思うっす!」

響子「やっぱり…」


それにしてもこんな立派な…、まあ見かけはともかくアトリエで絵を描けるくらいの沙紀に自分の絵を見せてもいいのだろうか
笑われたり、馬鹿にされたり、失望されたり…ともすれば嫌われたりしないだろうか?
奥に引っ込んで何やら準備している沙紀を尻目に、響子は不安で仕方がなかった

きょろきょろと周りを見渡すと、描きかけの絵がいくつかあった
シェアルームというからには他の芸術家の絵かもしれないが、どれも響子にはとても描けなさそうな絵ばかりだった

ふとその中のひとつに目が行く
カラフルで、よくわからない英語が描かれていて、どこかで似たものを見たような……

思い出した!あの人気のない高架下の落書きだ!
色も、文字も違うけれど街中でいたるところで見る落書きにそっくりなのだ
でも、どうしてこれがこんなところに?


沙紀「それ、アタシの作品っす」

響子「えっ!?」

驚いて響子が振り向くと、エプロン姿の沙紀が居た
料理する姿とはとても思えない、カラフルなペンキがべっとりついて固まっている
小汚くて、汚れていて、女の子がする格好とはとても思えない
でもなぜか、沙紀にはその姿が世界で一番似合っている気がした

沙紀「いやぁ、一発でアタシの作品が見抜かれるとは思ってもみなかったっす。はいこれ」

ぽいっと響子に向かってエプロンが投げつけられる
慌ててキャッチする

沙紀「はい!じゃあそれつけて」

響子「あっはい」


促されるまま、響子はエプロンを身に纏う
普段料理するときのエプロンとは違う、化学薬品が染みついたような匂い

沙紀「おっ!やっぱり響子ちゃんはエプロン姿が似合うっすね!」

響子「そうですか?」

沙紀「奥さん感が出まくってるっす!可愛いし」

響子「……っもう!」

沙紀「あれ?響子ちゃん顔赤いっすよ?」

響子「気のせいですっ!」


へへへっと沙紀は笑って一枚のキャンバスを取り出した
さっき見た沙紀の作品と同じような、文字の描かれたキャンバス
白ペンキの缶を持ってきて大きめの刷毛を浸し、響子に渡す

沙紀「んじゃこれの上に好きに絵を描いてほしいっす!」

響子「えっ!?」

沙紀「さあさあ遠慮しないで」

響子「でもっ!これ沙紀さんの作品じゃないんですか?」

沙紀「そうっすよ」

響子「じゃあそんな大切なものに絵なんて描けませんっ!」

沙紀「みんなそういうんすよねぇ」

沙紀はふっと息をついて
次の瞬間、白ペンキをキャンバスに思いっきりぶちまけた


響子「何やってるんですか!!」

沙紀「これで描きやすくなったっしょ?」

響子「そうじゃなくてそれ沙紀ちゃんの――」

沙紀「グラフィティなんてそんなもんっすよ」

響子「……グラフィティ?」

沙紀「アタシの作品っす。街中でよく見かけるっすよね?」

響子「あの落書き!!」

沙紀「落書き扱いは心外っすけど、まあそうっす」

響子「まさか沙紀さんも――」

沙紀「やってますよ。うーんグラフィティって伝えるのが難しいんすよね」

響子「みんなの街を汚しているんですよ!」

沙紀「汚してなんかないっす」

響子「みんな、協力して綺麗にしているのにそれを汚すなんて!」

沙紀「みんな?」


ふっと沙紀が響子に詰め寄る
あの時のシャワールームのようだ。しかし今度は響子も怯まない

響子「芸術だか何だかわかんないですけどその落書きのせいで不快な思いをしてる人もいるんですよ!!」

響子「そんな自分勝手なことが許されちゃだめなんです!!」

まっすぐに沙紀の金色の目を見つめる響子
ぜったいに目を離すもんか!
そう思いながら響子の茶色の目は沙紀をとらえる

するとあっさりと沙紀が笑って目を離す


沙紀「まず、街中のグラフィティを観て不快にさせたことを謝るっす。申し訳ないです」

響子「えっ?」

沙紀「一応グラフィティには決められた場所にしかしちゃいけないっていうルールがあるっす」

沙紀「でもそんなルールを知らなくて、ただ真似て公共のものに落書きする人が多いっす」

響子「そうなの?」

沙紀「正直ルールを守ってる人の方が少ないっす。もともとがそういうものっすから」

響子「?」


沙紀「……世の中にはいろんな人がいるっすよね?」

沙紀「街の風景だって、レンガの街が好きな人がいれば木でできた街が好きな人もいるっす」

沙紀「例えば、もし響子ちゃんが自分の住んでいる街をもっと素敵な街にしようと思ったらどうする?」

響子「どうするって…街を掃除するとか?」

沙紀「そうっす。普通はそうするっす」


沙紀「むかしむかし、ひとりの若者がいました」

沙紀「その人は自分の街が大好きでしたが、もっと素敵な街にしたいと思っていました」

沙紀「でも、そこはスラムみたいな汚れた街」

沙紀「じゃあその街を綺麗にするにはどうすればいいか」

沙紀「その人はある策を思いつくっす」

沙紀「それは街の目立つところにわざとド派手で下品な言葉を描いた落書きをしたっす」

沙紀「すると今まで薄汚い街で誰も見向きもしなかった街を綺麗にしようとみんなが動き出したっす」

沙紀「あら不思議。落書きされた街は前よりもずっと綺麗な街になりましたとさ」


響子「それって…」

沙紀「諸説あるけど、グラフィックの始まりのひとつっす」


沙紀「だから本来のグラフィックアートって奴は、描いた場所をもっといい場所にしようとするものっす」

沙紀「いつしか落書きそのものが綺麗だったり、かっこよかったり、風刺画だったりと進化して、グラフィックそのものに価値が出て来たっす」

沙紀「そうするとグラフィックにはルールが出来たっす」

沙紀「人の家だったり、迷惑になる場所にグラフィックはするな」

沙紀「アタシなんかは許可された公園とかでやるっす」

響子「そうだったんですね…」

沙紀「そしてもうひとつ」

響子「?」

沙紀「イケてないグラフィックは上書きしてもいい」


響子「えっ?」

沙紀「このキャンバスと一緒っす。グラフィックはどんどん上書きしちゃっていいっす。全部消しちゃうことだってあるっす」

沙紀「だから、響子ちゃんはこのキャンバスを上書きしちゃってください」

響子「でも……」

響子「私なんかが沙紀さんより良い絵を描ける訳なんて」

沙紀「何言ってるんすか!『いい絵』じゃないっすよ!『イケてる絵』っすよ!」

響子「イケてる絵?」

沙紀「みんな感性なんてバラバラっす!自分でこれだ!っていう絵を描くのがアートっす!」

沙紀「そこに上手いも下手もないっす!」

沙紀「ハートっす!」

響子「!!」


沙紀「さあ」

ぎゅっ

響子「あっ…、手…」

沙紀「さっ!自由に響子ちゃんの描きたい絵を描いてくださいっす」

響子「……はいっ!」


・ ・ ・

響子「……」

沙紀「……これはウサギっすか?」

響子「違いますっ!」

沙紀「うーん」

響子「やっぱり絵が下手ですよねっ!ごめんなさい!」

沙紀「いやいや、響子ちゃんが一生懸命描いたっていうハートがこもってるから大丈夫っす!」

響子「でも沙紀さんの絵を上書きするほどイケてる絵なんでしょうか……?」

沙紀「あっ!それは絶対大丈夫っすよ!イケてるっすよ!」

響子「どうしてですか?」

沙紀「だってアタシの大切な響子ちゃんが描く絵が」

沙紀「イケてないわけないっす」


響子「…ばか」

沙紀「?」

響子「もうっ!…あっ!もうこんな時間!」

沙紀「ありゃりゃ。じゃあこの絵の課題は明日やるっす」

響子「事務所で描くの!?」

沙紀「しょうがないっす!」

響子「どうしよう…。プロデューサーに絵が見られちゃう」

沙紀「ん?もしかして響子ちゃんプロデューサーのこと好き――」

響子「~~っ!!なんでそういうところは鋭いんですかっ//」


・ ・ ・

キャーキャー

ミンナアリガトー

P「おっ!ライブお疲れ様」

沙紀「ふうー、何とか乗り切ったっす学園祭ライブ」

響子「でも大成功でしたね!」

P「急造だったのにすごい反響だな。これは正式にユニットにするか?」

沙紀「ユニット名もないのにっすか?」

P「まあそれはおいおい決めようか。そうだ、例のモザイクアート見に行くか?」

響子「そうですね!楽しみです♪」


P「……なんであんなに響子は乗り気なんだ?」

沙紀「絵の楽しさに目覚めたっすよ」

P「いやでもあの絵は……、いやもしかして新しい売り方に……」

響子「あっ!あれですね!」


沙紀「おおー!でっかいハートの絵っすね!」

P「見事だな」

響子「あっ!近くでみるとみんな色んな絵をかいてるんですね」

P「そうだな。個性豊かな絵でもこうやって集まると調和のとれた絵になるんだからすごいよな」

沙紀「調和……ハーモナイズっすね」

響子「ハーモナイズですか?」

沙紀「調和を英語で言うと確かそうっす」


響子「へえー」

響子「……あっ!いいユニット名、思いついた!」

沙紀「奇遇っすね。アタシもっす」

P「??どんなんだ?」

響子「えっとですね…、あっ!そうだどうせならせーので言いましょうか!」

沙紀「いいっすよ!」

響子「せーの!」


綺麗好きで世話好きの普通の女の子と、物臭で自由奔放な芸術家

真逆のふたりでもこころが通えば調和する

ふたりはまた共にアイドルとして駆け抜けるだろう

またその日まで



響子・沙紀「「ハートハーモナイズ!」」


おしまいっ!


響子っぱい(81)と沙紀っぱい(86)に挟まれたい。
あと沙紀ちゃんの声が聞こえない不具合を早く修正して欲しいです。

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