男「入社五年目、無遅刻無欠勤の俺が有給休暇を取ることにした」 (29)


俺はある大手電子部品メーカーに勤める、入社五年目の会社員だ。

自分でもいうのもなんだが、会社には尽くしてきたつもりだ。


同期の中では優秀な方だと自負している。
つい先日も競合に打ち勝ち、最新型の液晶テレビに自社製品が採用されることになった。

五年間無遅刻無欠勤、多少の熱でも病院など行かず、会社へ行くことを優先する。

頼まれれば休日出勤は必ずするし、急な呼び出しや飲み会の類も断ったことはない。


そんな俺が、有給休暇を取ろうと決心した。


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思い立った理由はいくつかある。

単純に疲れが溜まってきたというのもあるし、
頑張った自分へのご褒美、という意味合いももちろんある。


しかし、一番の理由は、今このタイミングで有給休暇を取らなければ、
俺は一生休暇を取れない気がしたからなのだ。


もし、ここで取らなければ、おそらく俺は無遅刻無欠勤記録を伸ばしたくなってしまう。
たとえるなら皆勤賞に固執する児童のように。

さらに、会社や同僚も「こいつは休まない人間」と判断するだろう。


それが俺にはイヤだった。
いわゆる「社畜」にはなりたくない。


休みたい時には休める人間にならなければ……という思いが俺にこの決心をさせた。


さて、有給休暇を取る上において、考慮しなければならないことが二つある。

一つは「いつ休むか」、そしてもう一つが「休む理由」だ。


いつ休むか――既に社内や取引先での予定が入っている日は論外だし、
色々とドタバタする週明けも避けたい。

週末に休めば本来の休日と合わせて連休にすることができるが、
休んだ状態で週末に突入すると、不安のせいで休日を満喫できなくなるかもしれない。
これもやめておいた方がいいだろう。

以上の理由により、俺は木曜日に休むことにした。


今日は火曜日、ターゲットは明後日の木曜日だ。


次に考えなければならないのが理由だ。

休みの理由として最もポピュラーなのが、病気であるが――


「明後日の木曜日、病気になるので休んでもいいですか?」


こんなもの、ギャグにもならない。

俺はどこの予言者だ。


他にありがちな理由としては、「法事」であるが、
法事ならかなり前から予定が分かっているはずであり、二日前に休みをもらう理由としては不適当だ。


それに「法事で一日潰れることはないだろ。半休にしろ」と返されるおそれがある。

これもやめておいた方がいいだろう。


俺が悩んでいると、同じ課の先輩が話しかけてきた。


「なに悩んでんだ? トラブルか?」


「トラブルか?」の声がなぜかちょっと楽しそうだ。

二歳年上のこの先輩は、世話焼きでおしゃべり好きで、たまにうっとうしいと感じる時もあるが、
基本的にはいい人である。

俺のミスで客先を怒らせた時、自分は関係ないのに一緒に謝りに行ってくれたこともある。

この人の後輩になれてよかった、と思える人物なのは間違いない。


少し悩んだが、俺は胸の内を打ち明けた。


「バッカ、んなもん“私用”でゴリ押せばいいんだよ」

「そんなもんですか」

「そんなもんだよ」


先輩はあわただしく出かけていった。

私用でゴリ押せ。先輩らしい答えであった。
事実、先輩は半年に1~2回ぐらいの割合で有給を取っている。


だが、俺の場合、「私用」が通用するだろうか。

先輩は「遠慮なく有給を取る人」としてキャラクターが確立されているからいいが、
俺の場合、そうではない。

入社以来、というか生まれて初めて取る有給、きっと課長は「なんで?」と思うことだろう。

私用でゴリ押そうとしても、「私用ってなんだよ」と切り返される可能性が高い。

その時、俺は上手くかわせるだろうか。


……出来る気がしない。


そこで先輩なら「プライベートなことなのでいえません」ときっぱりいえる人だし、
課長も「こういう奴だもんな」と認識してるから、話はそれで終わる。

ところが、俺の場合はそうもいかないだろう。


「私用ってなんだよ」

「プライベートなことなので……」

「いいじゃないか、教えろよ」

「えっ、あの、その」


脳内でシミュレートしただけで、胃に縮み上がる。

これもやめといた方がよさそうだ。


ならば、私的な用事をでっちあげるのはどうか。


たとえば、旅行とか――

いや、だめだ。


休んだ後、「旅行はどうだった」みたいな話を振られるのは確実、
お土産買わなきゃならない流れになるかもしれない。

有給休暇取るだけで精一杯なのに、これ以上余計なものを背負いたくない。

よって、これも却下。


いっそ、なにもかもブチ撒けてしまうか。
五年目だし、リフレッシュ休暇の一つや二つ欲しかった、と。

課長からはどういう返事が来るだろうか。

課長は決して部下に理解のない人間ではない。
案外、「リフレッシュ? いいじゃないか、休め休め」と快くオーケーしてくれるかもしれない。


だが、一方で課長は「社会人とはかくあるべき」と説教じみたモードになることがある。

他の課で入社したての新人がすぐに辞めた時、
「今の若いのはこらえ性がねえな」なんてこぼしてたこともあった。


課長がリフレッシュ休暇という考え方に対してどう反応するか……読めない。

これもやめておくのが無難だろう。


考えれば考えるほど、思考の袋小路にはまっていく。

立案、シミュレート、破棄を繰り返し、仕事が全く手につかない。

時間もどんどん過ぎていく。



いかん、このままでは、と俺はついに席を立った。


課長は自分の席で、たどたどしい手つきでノートパソコンに向かっていた。

「課長!」

「ん……どうした?」

「実は明後日、休暇をいただきたいのですが」

「今は忙しくないし、かまわんが……一応理由を聞かせてもらえるか」

「はい、どうやって有給休暇を取るか、一日家でじっくり考えてみたいと思いまして……」





― 終 ―

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