佐久間まゆ「あの人の結婚式で」 (39)

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―――都内某所チャペル 新郎控室

まゆ「凛ちゃん……プロデューサーさんの様子は……?」

P「……」

凛「……さっきまで、しゃっくりが止まらなかったけど……今はなんとか落ち着いたみたい」

まゆ「そう……ですか……」

凛「……式場の方は?」

まゆ「なんとか騒ぎもおさまって、参加者の人たちも大体……」

凛「そっか……」

P「……」

まゆ「……」

凛「……」

凛「私は、まだ納得したわけじゃないから」

まゆ「凛ちゃん……その話は……」

凛「まゆだって……割り切れたわけじゃないでしょ!なのに、こんな……」

まゆ「やめましょうよ、凛ちゃん……」

凛「プロデューサーの結婚式の当日になって新婦の人が置手紙を残して別の男の人と失踪するなんて……!」

P「……っ!」ヒックヒック

まゆ「ほら、思い出させるからしゃっくりがまた……」

凛「あっ、ごめん……」

まゆ「プロデューサーさんのことはスタッフさんに任せて一度外に出てましょう……」

―――チャペル廊下

まゆ「凛ちゃんの気持ちもわかりますけど……今は言っちゃいけませんよぉ」

凛「でも、まゆは許せるの……?プロデューサーの奥さんのこと……」

まゆ「奥さんっていうべきなんでしょうか」

凛「本当にややこしいタイミングだね……籍は入れていたらしいけど」

まゆ「でも、あんなことがあってまだみんな気持ちの整理もできていないし……」

凛「置手紙が見つかったって言われた時はみんなドッキリか何かだと笑ってたよね……」

凛「それにしても気持ちの整理……私はそれをつける日が今日だと思ってたんだけど……」

まゆ「凛ちゃん……」

凛「覚えてる?まゆが初めて事務所に来た日。プロデューサーに一目ぼれしてついてきたって……」

凛「その時はプロデューサーに特別な感情はなかったから、ただ変わった子だなって思った」

凛「でも、いろんなことをプロデューサーと一緒に乗り越えるうちにどんどん心の中に彼が入り込んできた」

凛「そうして、いつの間にか、まゆが最大のライバルになっていった。アイドルでも、恋でも……」

まゆ「……」

凛「プロデューサーが結婚するって言った日の夜、ふたりで散々泣いたよね」

凛「お互いに絶対に負けられないと思っていた勝負。それが引き分け……いや、ふたりとも土俵にさえ上がれていなかったってはっきり気づかされちゃったんだから」

凛「……不思議だね。あんなことがあって初めてまゆのことをライバルでも恋敵でもない、本当の友達だと思えた」

まゆ「……まゆも、そうです……」

凛「昨日もふたりでずっと電話して、ふたりでずっと泣いて……こんな気持ちを共有できるのはまゆだけだったから……。ドラマみたいでちょっとおかしいけど……」

まゆ「……」

凛「そして泣き疲れて眠っちゃて、目が覚めたらもう式の時間にぎりぎりで……。本当にドラマみたい」

凛「……ドラマだったらさ、こうして式に参加して、プロデューサーや花嫁さんの晴れ姿を見て吹っ切れるとか。そういうふうになるよね……」

凛「……それが、こうなる?」

まゆ「『こうなる?』とか言うのやめてください」

凛「わからない?私たちは気持ちの整理をつけるための区切りの場面を前にして、新しく気持ちの整理をつけなければいけない場面に出会ってしまったんだよ」

まゆ「そうなんですけれど、そうやって小気味よくまとめるのもやめてください」

凛「これが不謹慎だけど、例えば式から時間が経って、プロデューサー夫婦がうまくいかなくて……とかならわかるよ。ひょっとしたら『チャンスがきた』って思ってしまうかもしれない」

まゆ「……」

凛「でも、今日この日にこんなふうになると……ちょっとどうしていいかわからないというか……」

まゆ「だから、この悲劇を『こんな』の三文字で片づけないでください」

「ふたりとも、何を騒いでるんですか……Pさんの控室の前で」

まゆ「あっ、ありすちゃん……」

凛「どうしたの?プロデューサーに何か用事?」

ありす「用事というわけではないですけれど……ちょっと様子を見に」

まゆ「やっぱり心配なの?」

ありす「……心配なんかしてないですよ。あんな人のことなんか……いい気味です。あんな目にあって」ジワッ

凛「ありす……」

ありす「ひくっ……ううっ……ふええ……」ポロポロ

まゆ「ありすちゃん、落ち着いて……」

ありす「……初めてだったんです。こんな、不愛想な私のことをしっかり見てくれる大人に出会ったのは」

まゆ「ありすちゃん……」

ありす「スカウトの時に散々冷たい言葉をかけても、デビューまでにそっけない態度を取り続けても、あの人は私を見守り続けてくれました」

ありす「そして、あんなふうに煌びやかなステージまで導いてくれて……」

ありす「私が失敗して落ち込んでいるときも、私がステージを成功させた時も、あの人は優しく声をかけてくれました」

ありす「……そんなの、ズルいです……好きになっちゃうに決まってるじゃないですか……」

ありす「……Pさんだけは、大人の中でも特別。絶対に私のことを裏切らないし、見捨てない……そう思ってしまったんです」

ありす「いつだったか……私がウェディングドレスを着るお仕事をしたとき、聞いたんです。『待てますか?』って」

ありす「Pさん……なんて答えたと思いますか?……いえ、今となってはどうでもいいことです。あの人は待ってくれなかったんですから」

凛「……そんなことがあったんだ」

ありす「だから、あの人の結婚式が決まってから、結婚式の当日には本人に言ってやろうとしたんです。小説に登場するかっこよくて強い女の人みたいに」

ありす「『私を選んでくれなかったこと、あなたが後悔するような女になって見せます』って」

ありす「小説だったら憧れの女性を演じることでこの気持ちにけりをつけられたはずなんですけれど……」

ありす「……それが、こうなりますか?」

まゆ「『こうなりますか?』とか言うのやめてください」

ありす「わかりませんか?私たちは小説やドラマの登場人物のように気持ちを整理しようとしたら、その上をいく小説やドラマみたいな展開を見せられたんですよ」

まゆ「そうなんですけれど、そうやって小気味よくまとめるのもやめてください。流行ってるんですかぁ……?」

凛「腕を上げたね、ありす……」

まゆ「凛ちゃんの差し金だったんですか……」

ありす「まゆさん……凛さん……私はこの、Pさんの結婚式が決まった時以上に釈然としない気持ちをどこに持っていけばいいんでしょうか」

凛「私たちもどうしようもなくて悩んでたところだよ」

ありす「……おふたりと話してちょっとだけ気分が晴れました。失礼します」スタスタ

まゆ「行っちゃいましたね……」

凛「ありすもまさか私たちと同じ気持ちになっているとはね……」

まゆ「……」

凛「まゆは思わなかった?プロデューサーが何かの間違いで結婚しないでこれまでと同じようにプロデュースしてくれないかって……」

まゆ「……思わなかったって言ったら、ウソになっちゃいます……」

凛「でも、わからないね……人間いざその『何かの間違い』に直面すると何も考えられなくなっちゃうんだね」

まゆ「間違いも間違いですからねぇ……」

凛「……あれ、あそこのベンチに座っているのは……」

「ああ、まゆちゃんに凛ちゃん……もう大丈夫?あんなことがあって……」

まゆ「……美優さんこそ、顔色が悪いですよぉ……大丈夫ですか?」

凛「……プロダクション職員だった新婦さんと仲が良くて、新婦友人代表挨拶の打ち合わせをしようとしたときにに置手紙を見つけたのは美優さんなんですよね……」

美優「……あの人がこんなことをするなんて……今でも信じられなくて……」

まゆ「……」

美優「でも、それだけじゃなくて……」

美優「プロデューサーさんは、私に新しい世界を見せてくれたの。こんな、普通だった私に」

美優「人見知りだった私にどんどん露出の多い格好や、人前に出るようなお仕事をさせて……」

美優「……今では、初めて彼と出会った時とは別人のようになったと……自分でも思っていて……」

まゆ「美優さん……」

美優「……私がこんなに変われたのは、彼のおかげ。あの人が見てくれているのなら、どんなふうにだって変われるはず……」

美優「そう信じていたの……。叶うなら、ずっとそばで見守っていてほしいって……」

美優「そんな私の思いは、彼の結婚報告で砕かれた……砕かれて、初めてその思いが恋慕によるものだったって気づいたの」

美優「しかも、その相手が彼女で……二人の共通の『友人』ということでスピーチを頼まれた日は、どうやって家に帰ったのかも覚えていなくて……」

凛「……」

美優「スピーチは何回も、何回も練習したっけ……迷いを振り払うように、本番で気持ちが押しつぶされないように……」

美優「いつか映画で見た、結ばれたヒロインと主人公を、泣き顔の上に笑顔の仮面をかぶって祝福する主人公に恋心を持った女の子と気持ちを重ね合わせて……」

美優「映画だったら、今日だけその女の子を演じ切ることができれば、アルバムの一ページとしてしまい込んで忘れることができるのに……」

美優「……それが、こうなる?」

まゆ「ですからなんでみんな揃って『こうなる?』ってまゆに聞くんですか」

美優「プロデューサーさんと彼女を笑顔の仮面で祝福するはずが、その破局の手紙をみんなの前で読み上げることになるなんて……」

まゆ「小気味よく言っても笑えませんよぉ……」

凛「感情が入りすぎていて、手紙の結びの『探さないでください』を読みあげたとき内容以上に美優さんが心配されたからね。新婦じゃなくて美優さんがどこかいっちゃいそうで……」

まゆ「美優さん、体調とかは……?」

美優「大丈夫……私はもう少し休んでるから、ふたりはプロデューサーさんのところにいて励ましてあげて……きっと、私よりももっとつらい思いをしているだろうから……」

凛「そうだ、プロデューサー……」

まゆ「もう落ち着いたんでしょうか……」

―――チャペル 新郎控室

P「……おう、ふたりか」

まゆ「Pさん、もう大丈夫なんですか?」

P「……ああ、なんとか……みんなはどうしてる?」

凛「今日の式に向けて、みんななりにけじめをつけようとしたところでこうなったから混乱してるみたい」

P「けじめ、か……思えば俺がはっきりけじめをつけることができなかったから、彼女もどこかへ行ってしまったんだろうな」

まゆ「Pさん……」

P「……お前たちを含めた一部のアイドルに信頼以上の情を寄せられていたのはわかっていた」

P「だが、時にはとぼけて、時にははぐらかして、時にはなだめすかして……見ないふりを続けてきた」

P「アイドルにそういった話は厳禁……こうすることがお前たちのためになる。俺はそう信じつづけた」

P「そんなふうに気を使って過ごしていた時、社内で彼女に出会った」

P「異性の立場からアイドルとの接し方についてアドバイスしてもらったり、そのお礼に食事に誘ったりしているうちに俺は彼女に引かれていった」

まゆ「……」

凛「……」

P「いつだったかに告白して、しばらく交際して……結婚の話を切り出したのは俺だ。彼女も満更ではないように見えた」

P「……俺は、間違いなく彼女を好きだった。だけど、心の奥底……自分でも気づかないところではその気持ちさえもプロデュースに利用してやろうと思っていたのかもしれない」

P「……よく言うだろ?女の人が繁華街を歩くときに、未婚でも薬指に指輪をはめるとか……」

P「……隠れ蓑……自分でも気づかないうちに、そう言う物を欲していたんじゃないか。それを気取られてしまったんじゃないか……さっきからそんなことばかり考えてるんだ」

P「……誓って言おう。彼女への想いは嘘じゃない……」

P「だから、今日この式でけじめをつけるつもりだった」

P「……それが、こうなるか?」

まゆ「……今日初めてちゃんとした文脈でそう振られました」

まゆ「今のお話を聞いて、今日の新婦さんはもったいないことをしたって思います……」

まゆ「こんなに思ってくれている男性の前から姿を消すなんて……まゆには考えられません」

まゆ「……今のPさんは全てを失ったように思っているかもしれません。でも、もう少し、心の整理ができたらきっと気づくはずです」

まゆ「Pさんの周りには、アイドルやプロデューサーという関係を越えてあなたを思っている人がいること」

まゆ「そして、いつでもあなたを待っているアイドルがここにいることを……」ニコッ

P「……」

P「……ありがとうな、まゆ……吹っ切れそうだよ」

まゆ「お役に立てれば何よりです♪」

P「さて、そうなればやることは山積みだな。ご祝儀の返却や、迷惑かけた人への謝罪や……」

凛「ねえ、プロデューサー。それはいいんだけど、式場のスタッフの方がお話があるって……」

P「……ああ、ありがとうな……はい、こちらはもう大丈夫です……え?そうじゃなくて……?」

P「……」

まゆ「どうしたんですかぁ?固まって……」

凛「渡された書類……式場のキャンセル料だって……こんなにかかるんだ……」

まゆ「やっぱり人間予想外の事態に直面すると、固まっちゃうんですねぇ……」

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