草野仁「全人類をボッシュートです!」 (29)


20XX年――

人類という存在そのものに絶望した草野仁は、こう宣言した。



「全人類をボッシュートです!」


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ボッシュートとは、対象を地の底に沈めることを意味する。

沈められた者は、地面にうずまったまま、まるで眠るように永久に生き続けることになる。

考えようによっては、天国とも地獄ともとれる末路だ。



草野仁は全人類をボッシュートするため、
自身の使い魔である「ミステリーハンター」を全世界に解き放った。


無数のミステリーハンター達は、人々に「クエスチョン」を与えた。


どうすれば地球は平和になるのか――

どうしたら人は優しくなれるのか――

いったいいつになれば人々は分かり合えるのか――


誰も答えられない問い。
答えられない者、あるいは適当に答えた者は、次々とボッシュートされていった。


無論、人類も手をこまねいているわけではなかった。

全世界の戦力を結集させた軍隊が、草野仁に戦いを挑む。



地球上に存在するありとあらゆる兵器が、草野仁に叩き込まれた。


ところが――


「やれやれ、こんなものが私の肉体に通用するわけないでしょう?」


どんな弾丸も、どんな毒ガスも、核兵器や生物兵器でさえも――
草野仁の頑強な肉体に傷一つ負わせることはできなかった。

太陽に水をぶっかけて火を消そうとするような試みであった。


「では、ボッシュートです!」


草野仁の号令とともに、兵士たちは大地にずぶずぶと沈んでいく。


「Nooooooo!」

「うわぁぁぁぁぁっ!」

「助けてくれぇぇぇっ!」


沈みゆく軍勢を、草野仁はどこか悲しそうな表情で眺めていた。


全人類ボッシュート宣言から、はや一ヶ月――

この頃になると、人類の八割ほどが、草野仁らによってボッシュートされてしまっていた。



残り二割がミステリーハンター達によって狩られるのも時間の問題、と思われた。


ここで意外な事態が発生する。
地球上に突如、巨大な黒い大陸が現れたのである。

残る人類はワラにもすがる気持ちで、この“暗黒大陸”に避難した。

特別な結界が張られているため、ミステリーハンターはこの大陸に近づけない。


「どうやら、私が出るしかなさそうですね」


ミステリーハンター達を退避させると、草野仁がついに自ら動き出した。


結界をやすやすと突破した草野仁は、残る人類、ではなく大陸そのものに話しかける。


「なぜ、私の邪魔をするのですか?」


次の瞬間、草野仁はかつての同胞の名を口にした。


「……黒柳さん」


暗黒大陸が動く。
そう、この黒い陸地の正体は、黒柳徹子の“頭”だったのだ。


草野仁と正体を現した黒柳徹子が対峙する。


「まずあたしから質問してもよろしいかしら? 草野さん」

「どうぞ」

「どうしてあなたは全人類に絶望してしまったのかしら?」


草野仁は少し沈黙した後、口を開いた。


「私は世界のふしぎを次々と発見するうち、それ以上に人類の汚さ、醜さというものを
 発見してしまいました」


黒柳徹子は黙って聞いている。


「いつまでたってもなくならない戦争やテロ、飢える子供たち、加速する環境汚染、広がる格差、
 増え続ける核兵器……挙げようと思えばキリがありません」


草野仁はゆっくり首を振った。


「だから私は決心したのです。人類はボッシュートした方がいいのだと。
 それが地球のため、ひいては人類のためなのだと……」


黒柳徹子も大きくうなずく。


「たしかにあたしもあなたのおっしゃること、もっともだと思いますわ。
 あたしもユニセフで活動している時、あなたのおっしゃるようなことを思わない、というと
 ウソになりますもの」

「そうでしょう?」

「でもね、だからってボッシュートはよくありませんわよ、あなた。
 あなたが醜いとボッシュートした人達の中にも、清らかな心を持ってる人はいくらでもいるし、
 そうでない人だって清らかになる可能性はあるんですもの」


草野仁はしばし考えてから、こう告げた。


「では黒柳さん、これから私はどうすべきだと思いますか? 回答をどうぞ!」


草野仁を納得させられる回答をしなければ、即ボッシュートであろう。
しかし、黒柳徹子に恐れも迷いもなかった。

黒柳徹子の回答が、上空のモニターに映し出される。



『人類を信じて!』



陳腐といえば陳腐な回答である。
信じる者は救われる、のならば苦労はない。
草野仁が全人類ボッシュートを決断するような世の中にはなっていないはずだ。

だが、一笑に付すことのできない迫力を秘めているのも事実だった。


しかも、黒柳徹子の手元には――


「スーパーひとし君……!」


赤い帽子と赤いマントを身につけた、自身の人形があった。

汗をかく草野仁。
スーパーひとし君を出すこと、それすなわち、確信ともいえる自信の表れ。

黒柳徹子は、それほどまでに人類を信じているのだ。


黒柳徹子の回答から、およそ一時間後。


「……分かりました、黒柳さん」


草野仁は微笑んだ。


「全人類をボッシュート宣言は撤回いたします」

「まぁ、どうもありがとうございます」

「お騒がせをしてしまいました。また来週からは番組でよろしくお願いします」

「いえいえ、ごめんあそばせ」


こうして、草野仁によってボッシュートされた人類は、地上へと戻された。

全ては元に戻ったのである。

相変わらず、人類は解決の目処が立たない課題を無数に抱えているが――
ボッシュート以前よりは事態が好転したのでは……と思われる場面も多々見られるようになった。



そして、草野仁は時々ふと思うのだ。

あの時、黒柳徹子の回答から感じ取ることができた、あの希望の光。


あれもまさしく、世界の“ふしぎ”の一つではないかと……。







― 終 ―

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