高垣楓「おいしい酒」 (21)


モバマスSSです。プロデューサーはP表記。
一応地の文形式です。



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「楓さんって、普段どういうところでお酒を飲むんですか?」


よく、テレビ番組やイベントの打ち上げの途中で尋ねられる質問です。

「あんまり、こういうところでは飲まないんじゃないですか?」

続けてやってくる一言も、打ち上げの会場が居酒屋の座敷で催されていると、大体お約束。

楓「いえ、いつもはこうした居酒屋で飲んでますよ?大体、向こうのカウンターの方で」

そう言って、おじさんたちがガヤガヤと騒ぐカウンター席の方を指差すと、大抵の人は目を大きく見開いて驚いた反応をします。

「ええっ、本当ですか?何だか意外」

「高垣さんって、何だかお洒落なバーとか神楽坂の小料理屋さんで、一人静かに飲んでいるイメージありますよねー」

楓「あ、あはは…そういう所ではあまり飲まないですね。」 

よく言われるけど、私のイメージとは一体何なのだろうかと苦笑しながら、今回もそうした会話をやり過ごしました。



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昨日あった、TVドラマの打ち上げのやり取りを思い出しながら、街中を歩きます。

私に若干ミステリアスで落ち着いた印象があるからなのか、どうも飲むときもそうしたイメージが持たれているようです。

バーなんて、川島さんや真奈美さんが時々行くのについていくことが主であって、一人でなんて一、二度しかないのに。

そうしてバーに行ったときは、目の前に広がる酒瓶の煌めく壁をぼんやりと眺めながら、ぼんやりとお酒を口に含んでいることがしばしば。

ぼんやりと、ぼーっと…バーで、ぼーっと…ふふっ。

楓「ひゃっ…」

不意に吹いた冷たい北風で、私は我に戻ります。

マフラーを巻いていても首元が冷えてきそうな、そんな真冬模様。

天気が悪ければ雪になりそうなほどの寒さですが、空には雲一つなく、月が澄み切った光を放ちながら浮かんでいます。

少し待たせているかもしれないから、歩調は気持ち速めで。楽しみな気持ちも、歩みをはやらせているのかもしれません。

こうした寒い日には熱燗が合うなあと、私は口元を緩めます。


事務所から歩いて10分程して、今夜の目的地に到着しました。

軒下にぶら下がる赤提灯は、ぶらりぶらりと風で少し揺れています。

風で跳ねた髪の毛を直し、コートの皺やショルダーバッグの紐のねじれはないかを確認。

そして一度息を整えてから、引き戸に手をかけました。

店の中に飛び込むと、「いらっしゃい。おお、楓ちゃん!」という威勢の良い大将の声。

そして、カウンターで座りながら手を振る、プロデューサーの姿が見えました。

大将の声には会釈をして応え、私は彼の隣の席に座ります。

今日は、彼とささやかな慰労会。


楓「ごめんなさいプロデューサー、お待たせしてしまって…」

P「いえ、そんなことないですよ。俺も10分前に来ましたから、ねえ大将?」

そう彼が尋ねると、大将は「おうよ」と言って応えます。

P「俺だって、先に飲んじゃってますから」

「そうですね」と私が笑いながら言うと、彼もくすくすと笑います。

今日、こうして二人で飲むことになったのは、突然のこと。午前中に、何とはなしに「今日飲みに行きませんか?」と彼に聞いてみたら、「いいですね」という返事が返ってきたから。

あんまりにも二つ返事でOKが出たので、私の方が聞いた手前、ビックリしてしまったけど。

しかし、夕方までお仕事があったので、私は少しだけ遅れてしまう羽目になってしまいました。

「何だかご機嫌ですけど、何かいいことでもありましたか?」と、スタイリストさんに聞かれたけど、この夜の飲み会が楽しみで仕方ないという気持ちが滲み出ていたのかもしれません。


注文した生のジョッキが運ばれてきて、私は手に取ります。

彼もまた、三分の一ほどビールの減ったジョッキを少し掲げました。

P「では、今日も一日お疲れ様でした」

楓「はいっ。それじゃあ…」

「「乾杯!!」」

鈍くも明るい、ジョッキ同士をぶつけた特有の音が、静かに鳴りました。

グラスを口に傾けると、喉に炭酸がはじける感覚が、そして爽やかな風味が口いっぱいに広がります。

ぷはっと一息つき、美味しいなと思うこの瞬間、私は言葉に表せられない多幸感に包まれます。

隣の彼に視線を向けると、「楓さんは相変わらず美味しそうに飲みますよね」と言って笑う彼の姿がありました。

まだ酔ったわけでもないのに、ちょっと顔が赤くなってしまいます。


「はいお待ち」と、大将がいくつかお皿を出してきました。

どうやら、私が来る前にいくつか注文していたようです。

ほうれん草の白和えと、鶏せせりのポン酢和え、里芋のから揚げ。

ビールに、そしてその後のお酒にも十分合うような、丁度良い組み合わせ。

せせり特有のシャッキリした食感と鶏の旨味が、橙の爽やかさとマッチしています。

そして、白和えのほのかな甘みが私の箸を進ませます。

楓「んっ…熱っ、でも美味しい」

P「ほんと、この里芋のから揚げ美味いですね」

「それはな、里芋を一度煮て味付けしてから、揚げてんだよ」と、大将は得意げに言います。

薄くパリッとした揚げ衣の中には、甘めに煮てムッチリした食感の里芋。これは本当に美味しい。

P「なるほどなあ、ビールにもぴったりですよ」

楓「そうですね。ついジョッキに手が伸びーる、なんて」

P「早速絶好調ですね」

そう言って彼は肩を揺らします。大将と私も、つられて笑います。


楓「そういえば」

しばらく会話と食事を楽しみ、お酒はビールから日本酒に、お肴もおでんとホッケの開きへとバトンタッチしました。

お酒は熱燗。しかも大将一押しの出羽桜の山廃ときた。ではではと口に含むと、独特の薫香が心地良く口に広がります。

おでんは、お店に入った時から店中にお出汁の香りが充満していて、ずっと気になっていた代物。大将が太鼓判を押す大根は芯まで味が染み込んでいて、噛む毎にじわりと出汁の味が出てきます。
 
P「どうしましたか?」

彼は練り物をつつきながら尋ねます。

楓「昨日の打ち上げでも言われちゃいました。私って、バーみたいなお洒落なところで一人静かーに飲んでそうだ、って」

P「ふむ、そうですか」

「少なくとも週一はこの小汚い店で飲んでるってのになあ」

P「小汚いって…、大将がそれ言いますか?」

「事実は事実だから、仕方ないさ」と大将が言って大笑いします。



楓「でも私、このお店の雰囲気好きですよ?」

調理場の方にある換気扇のファンは、しばらく掃除をしていないからか、油を吸って少し茶色くなっています。

一枚板の長いカウンターテーブルも年季が入っていて、傷やシミがちらほら。

そしてカウンターの目の前にある、野菜やお肉、魚の切り身を入れたホシザキ製のケースは、曇りガラスのように結露しています。

悪く言えばボロく、良く言えば味があって乙な雰囲気のお店です。もちろん、私が感じるのは後者。

奥のテーブル席の方は仕事帰りのサラリーマンらで埋まっています。

話も積もりに積もって、ガヤガヤと楽しげな声が聞こえます。

常連たちによって埋められるカウンター席は、私たち以外はまだ座っていません。

「嬉しいこと言ってくれるなあ…よし、楓ちゃんには出羽桜のお銚子、もう一本サービスしておくか」

楓「あら、ありがとうございます♪」

P「ああっ、ずるいですよ!」

「悪いが先着一名様だよ」と言う大将に対して、おべんちゃらを言って食い下がろうとする彼。

その光景がおかしくて、つい吹き出してしまいます。

こうした温かみのある光景が、私たちをこの店に惹きつける一つの理由なのかもしれません。


P「はあ、もう…。でも、こんなお店で楓さんが飲んでるって知ったら、みんなビックリしてしまうかもしれないですね?」

楓「ふふっ、そうかもしれませんね」

P「そういう風に、普段の自分とは違うイメージを持たれるのは、嫌ですか?」

一気に私の懐へ飛び込んでくるような質問を、彼は投げかけました。嫌だとか、そういうふうなことは思ってなかったはずだけど、心の奥底で気にしていたからこそ、昨日の話題を持ち出したのかもしれません。

ちょっと考えて、私は答えました。

楓「どうなのでしょう。…ただ、みんながイメージで抱いているような一人静かにバーで飲んでるかもしれない私も、今こうして飲んでいる私も、同じ高垣楓なのかもしれませんね」


P「両方とも同じ楓さんか、うーん…」

そう言って、彼は腕を組み目をぎゅっと閉じました。仕事中に物事を深く考える時に彼が良くする行動です。

その真剣な表情が、私は密かに好きだったり。でも…。

楓「私が話題を振った手前で申し訳ないですけど、お酒の席なんですから、お仕事モードはメッ、ですよ?」

私は皺の寄った彼の眉をぐいと抑えました。

P「ああ、バレちゃいました?すみません」

楓「でもひとつ言うとしたら、世間一般がイメージしている私の姿というのを、私は誇りに思ってますよ。その姿があって、今の私があるんですから。だからこそ、プロデューサーには感謝しています」

彼は「ありがとうございます」と言って、頬を掻きました。

自分というものを極力抑えるモデルという仕事から、自分を魅せるアイドルへと導いてくれたのは、まさしく彼なのです。そうして魅せた結果が、お淑やかであったり、ミステリアスな印象の私が新たに生まれただけなのですから。

お酒は、三井の寿の熱燗にシフトチェンジ。福岡のお酒で、このお酒を好きなある漫画家さんが、登場人物にその名前を使ったのだとか。辛口のお酒らしい、飲みやすく飽きの来ない味です。

彼は猪口に入ったお酒をくいと飲み、一息ついてから私の方に視線を向けました。

P「でも、この店でお喋りしながら飲む、等身大の楓さんのことを俺は知ってますし、その楓さんのことを俺が一番知ってますから」

「だから安心してください」と彼は表情を和らげながら言いました。

...ちょっとクサいけど、そういう言葉はズルいです。


しばらくすると、大将が一杯の冷酒を彼の目の前に置きました。グラスを枡の中に入れ、お酒をグラスから溢れるまでなみなみと注いだ、いわゆる「もっきり」スタイル。

P「大将、これは?」

「何も言わねえから、一杯やるよ」

P「楓さんの分は?」

「この酒は、お前さんのための酒だよ」と大将は首を振ります。

それなら、と彼は追加で出汁巻き玉子を注文し、大将は出汁巻きを作る作業に取り掛かりました。

一杯のもっきりを目の前に、私と彼は二人で首をかしげました。


・・・・・・・・・・


楓「それじゃあ大将、お会計お願いします」

お酒も十分に頂きお腹も満たされた私たちは、ふうと一息つきました。

私は立ち上がって、勘定を済ませに行きます。

二人で飲む際は、交代でその代金を支払うというのが私たちのルール。今回は私の番です。

会計を済ませる間に、彼は手洗い場へ行きました。

「楓ちゃんと兄ちゃんのお酒は一杯ずつ、サービスしてるよ」

楓「ありがとうございます」

私はぺこりとお辞儀をします。


「それでよ」

楓「はい」

「さっき兄ちゃんにやった酒の名前、『くどき上手』って言うんだ。あいつにピッタリだろう?」

私はプッと噴き出してしまいました。

「まあしかし、あんなクサい台詞をなあ…。楓ちゃん、あの兄ちゃんに泣かされんよう気を付けなよ」

楓「ふふっ、ありがとうございます」

「まあ、そんなことが万一にもあったら、俺が兄ちゃんを締めあげて泣かせてやるけどな」

「それは頼もしいですね」と言って、私はくすくす笑います。大将もケラケラと笑います。手洗い場から出てきた彼は、何だろうかと疑問の表情を浮かべていました。


ガラリと戸を開けて外に出ると、一層冷え込んだ空気が流れていました。しかし、お酒で温まった体がその寒さを和らげてくれます。

P「楓さん、今日はご馳走さまでした」

楓「いえいえ。今度はプロデューサーがよろしくお願いしますね」

「そうですね」と彼は応え、私たちは歩き出します。

楓「私、飲みながらちょっと考えてたことがあるんです」

P「何をですか?」

楓「やはり、一人で飲むよりは誰かと飲む方が楽しいなあ、って」

P「そうですね。一人だと余計なことも考えちゃいますし、友人と飲んで話してワイワイした方が楽しいですからね」

楓「そう考えると、一番の肴は人なのかもしれませんね」

「確かに」と言って、彼は笑います。

P「どんなに美味しいお酒でも、飲む相手次第で味も変わっちゃいますから」


P「それじゃあ楓さん、また明日」

楓「はいっ。プロデューサー明日も頑張りましょうね」

駅に着くと、彼とここでお別れ。改札へと向かう彼を、私は手を振って見送ります。

美味しかったなあ、楽しかったなあ、と先程までのひと時を噛みしめながら、私はもう五分ほど歩いて女子寮へ戻ります。

お酒の一番の肴は人だ、というのは我ながら良いことを思いついたものです。

しかし、この考えには続きが。彼には言わなかった、いや言えなかった続きが。



その肴が、好きな人だったら、一番好きな人だったら、お酒もとびきり美味しくなりますね、って



こんなことは言えないな、と私は苦笑します。秘密の続きとして、私の心の中に収めておきます。彼もそう思っていると嬉しいな、と願いながら。

楓「次にあの人と一緒に飲むのは、いつになるかなあ」

月は、彼に会う前よりもさらに高く上ったところに浮かんでいました。





おわり

楓さんと二人で、古ぼけた居酒屋で飲みたいですね。
楓さんにお酌して、楓さんにお酌されたい。

タイトルはボサノヴァの「おいしい水」をちょっともじりました。
年の瀬ですね、では皆さんよいお年を。

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