マシュ・キリエライト「わたしの、先輩」 (10)


「せーんぱい。せんぱい、先輩!」

すぅすぅと寝息を立てる先輩を揺り起こします。

とても安らかで、穏やかで、温かいその寝顔を壊してしまうのはもったいなかったけれど。

「……マシュ?」

「お休みのところ、すみません。やはり、お疲れなのですね」

「ううん、大丈夫。マシュの顔を見たら元気になったよ」

なんて、何でもない先輩のひとことで、胸がどきんと跳ねます。


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首をもたげ、まだ眠そうな瞳で真っ直ぐとわたしを見つめる先輩に手を差し出しました。

「お疲れなら、こんなところではなく、ベッドでお休みになられるのが良いかと」

「あれ。ここは?」

「ここは、正面ゲートから中央管制室に向かう通路です」

「ああ。カルデア正面ゲート前、か」

「はい。……ふふ、いつかを思い出しますね」

「そうだね。あのときもこうして、オレは、マシュに」

先輩が初めてカルデアにやってきた日、わたしは今日と同じように、この場所で眠っている先輩を揺り起こしました。


「何もすることがない、というのは初めての体験ですが、先輩となら悪くないどころか、良いとすら言えます」

「……じゃあ。明日には忙しくなるらしいけど、今まで頑張った分、ちょこっとだけ休んでも罰は当たらないかな」

「はい、きっと。この時間は、わたしと先輩の勝ち取ったものですから」

わたしがそう言うと、先輩はにっこり微笑んで私の手を掴んで立ち上がりました。

「行こうか」

どこへ行くのかは問いません。

何より、わたしは、先輩のサーヴァントです。

先輩があるところに、わたし在り。です。

攻撃を受けたカルデアの損害は、大きく、修復作業に取り掛かっているスタッフの方々の間を手を繋いで闊歩するという行為には、少し、抵抗と罪悪感を抱きましたが、それはそれ。

どうせ、恥ずかしいのならば、もっと、傍に。

わたしは、ぐいっと先輩の手を引き、そのまま抱き抱えました。


「わ」

「……迷惑、でしたでしょうか」

「ぜんぜん」

先輩は仕返し、と言わんばかりに、わたしの腰を抱き、額と額をこつんとぶつけます。

いじわるな視線に焼かれ、わたしの顔は真っ赤に焦がされてしまいました。

もちろん、スタッフの方々の面前であることは、言うまでもなく。

「……その、せんぱい。恥ずかしいです」

「嫌?」

「……嫌というわけでは」

「なら、問題なしだよ」

『えー、おほん。そこのお二人さん。そこまでだ』

電子音が通信が入ったことを告げ、ダヴィンチちゃんの声が響きます。

それを聞いて、先輩は悪びれもせず、べぇと舌を出し「残念」と言うとまた、わたしの手を引いて歩き始めました。

無言のまま、カルデア内を手を繋いだまま、てくてくと歩きます。

気まずさはなく、心地良い沈黙です。

言葉にしなくても、先輩の手のひらの温かさが伝わってくるのです。






そうして、わたしと先輩はある部屋にやってきました。

先輩のお部屋です。

お部屋に着くなり、先輩は「ふわぁ」と大きく口を開け、欠伸をします。

「……さっきは、元気になったって言ったけど。やっぱり疲れてるみたい」

「では、お休みになられるのが良いかと。先輩が眠りにつかれるまで、お傍にいますね」

「マシュもどう、かな」

「…………喜んで」

カルデアのベッドが一人用であることは言うまでもありません。

ひとりのスペースにふたり。

わたしは先輩の腕に頭を預け、スペースを圧迫しないようにできるだけ小さく丸くなります。

先輩は、そんなわたしをぎゅうっと抱き寄せました。

窮屈ですが、しあわせでした。






部屋は、時計がかちこちと時を刻む音とどくんどくんとやかましく跳ねる心臓の音で満たされています。

「ねぇ、マシュ。どうして、オレを先輩って呼ぶのか、マシュの口から聞いてもいいかな」

「……誰かからは聞いている、そんな口ぶりですね」

「マシュから聞きたい」

「他人を傷つけず、自分を弛めないひとだから、です」

「……オレが?」

「はい。先輩はいつも最善を求めて、まっすぐにここまで、来たではありませんか」

「……そうなのかな」

「そうなんです。……だから、先輩はわたしの、最高の先輩です」

「……そっか。ありがとうマシュ。大好きだよ」

「ふふ。例え先輩と言えども、その気持ちは負けませんよ」

「なら、マシュに負けないくらいオレがマシュのことが大好きって証明してあげる」

「ええ。望むところです」

「でも、今は、お昼寝しよう。マシュも疲れてるでしょ?」

「そうですね。先輩の腕枕もまだまだ堪能し足りませんし」

「起きたら、覚悟しといて」

「はい。お手柔らかに」

だから、それまでは。

おやすみなさい。



おわり

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