女「来年は一緒に桜を見ようね」【オリジナル】 (15)

シングルクリスマスに捧げるショートストーリーです。
全体的に深い意味はありません。
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「来年は一緒に桜を見ようね」

そんな彼女の言葉を聞いたのは既に桜は散り、青々とした葉が生い茂っていた頃だった。
付き合いたての僕らは、何回目かのデートの帰りに一つ前の駅で降りて、時期が時期なら綺麗な桜並木になるであろう通りを並んで歩いていた。

「そうだね」

桜の花びらが舞う中2人で見上げている、そんな幸せな情景を浮かべながら答えた。
その時の僕は、幸せを顔全体で表現していた事だろう。
だが、次の春に思いを馳せる余り、僕は見逃していた。
彼女がどんな表情でその言葉を口にしたのか、何を思って僕の手を強く握りしめたのかを。

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一年と少し前の約束を思い出して、つい桜の木を見上げる。

「桜…散っちゃったな…」

あの日、彼女と歩いた道を、今は1人で歩いている。
着込んでいるとは言え、日が傾いてきており、流石に少し肌寒い。
右の掌を撫でる風が更に体感気温を下げている様な気がして、強く握りしめた。

「君はあの時、何を考えていたんだい」

力を入れすぎて白くなった拳を見つめ、独りごちてしまう。
あの言葉を発した時の彼女の気持ちが、未だに僕には解らなかった。
ふわりと風が吹くと、枯葉が舞う。
つい目を瞑ると、別の思い出が蘇る。

まだ寒さも完全に抜けきっていない、けれど日差しの暖かさに木々が芽吹き始めていた頃だ。

「実はね、この間告白されちゃって」

僕の隣を歩く女の子は、何の気なしに呟いた。
不随意に歩みが止まる。
揺れるショートヘアのつむじを、気付けば眺めていた。
彼女は前だけを向いていて、僕が置いていかれてる事に気付いていない。

「…そっか」

少し離れた位置からの返事を不思議に思ったのか、キョトンとした顔で振り向く。

「どうしたの?」

僕は我に返ると、精一杯の笑顔を貼り付け、彼女に追い付く。

「いや、まさか君からそんな浮いた話が聴けるとは思っても見なかったからさ」

少し早口になってしまったか。
焦っているのを悟られまいと、イタズラっぽい笑みを浮かべてみる。

「…そう?前も貴方に1人追っ払って貰った覚えがあるけど?」

彼女が言っているのは、年明け前くらいの話だ。
突然電話が掛かってきたと思えば、共通の知り合いから勝手に電話番号を漏らされ、その男に言い寄られて困ってる、と打ち明けられたのだ。

「いや、あれはあれで驚いたけど…。まさかまたあの男じゃないだろうな」

ちょっと語気が強くなる自分に驚いた。
彼女も少し驚いた様だったが、面白そうに笑う。

「あはは、あの人はあれ以来音沙汰無し処か、私とすれ違っても目線逸らすくらいだよ」

よっぽどこんな男に邪魔されたのが効いたんだろうね、と僕の肩を突いている。
ちょっと苛ついたので肩を回し彼女の突っつきから逃れる。

「それより、あいつじゃ無いなら一体誰が…?」

こんな面倒な女に告白する何て物好きが他にも居たのか、と気になった。
いや、自分を誤魔化しても仕方ないか。
この時既に、僕は彼女に惹かれていたのだ。

「うーん…貴方は知らない人、だね。でも面白い人だよ?」

知らない人。その言葉はより僕を苛立たせた。
僕の知らない交友関係があったっておかしくない、寧ろ普通だ、何てことは解っていた。
けれど、お互いの共通認識を持たない以上、話題に上ることはないので、僕は勝手に彼女と一番仲がいいと思い込んでいたのだ。

「そうか…。で?どうすんの?」

自然と言葉数が少なくなる。
彼女は、うーん、と少し考える素振りを見せる。

「…どう思う?」

唇に当てていた人差し指を浮かせ、僕の方を指すと問題を丸投げにしてきた。
思いも寄らぬ質問に、躓きそうになる。

「…どうしたの」

クスクスと笑いながらも、驚いた様に目を見開いて僕を見ている。

「…どうもこうもないだろ。僕はそいつの事知らないんだし」

恥ずかしさや、その他の色々の感情を隠す様に、ふいと顔を背ける。
その為、彼女の表情は見えないが、先程のクスクス笑いは聞こえない。

「…それもそうだよね。うん、貴方に聴く前から受けようかと考えてたんだ」

それはつまり。もう僕が彼女の隣を歩けないという事で。

「だって私の好きな人は、私のこと見てないみたいだから」

ここに来てまた彼女の知らない一面。
ずっと隣に居るつもりだったのに。
僕は彼女の事を何も見ていなかったみたいだ。

「…っ」

言葉が詰まる。自分でも解るくらい表情が歪む。
この表情を、彼女に見せるわけにはいかない。
所が、そんな僕の気遣いを無視して、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。

「どーしたのそんな顔して?お腹痛いの?」

そんな瑣末な事ならどれだけ良いか。
目線だけでも彼女から逸らそうとする。

「…」

何を思ったのか、彼女も歩みを止めて黙り込む。

「…はぁー」

沈黙に耐えきれず、ため息が漏れる。
諦めた様に彼女に向き直ると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「で?何だったのさっきの顔は?」

きっと彼女は最初から僕の気持ちなんて知っていたのだろう。

「ったく、敵わないな…」

その上で、保留にした告白を、僕に打ち明けて来た。
自意識過剰でなければ、そういう事なんだろう。
その証拠に、彼女は今の僕を見て、嬉しそうに笑っている。

「…さっきの話だけどさ____」

一陣の風が吹いた。
ちゃんと僕の声は聞こえただろうか。
彼女は目を潤ませて笑っている。
大丈夫そうだ。

目を開けると、寒々しい桜並木が戻ってくる。
良い加減家に帰ろう。
この道に居ても、余計なことばかり思い出すだけだ。
このままでは、嫌な事まで思い出しそうだ。
そう思い、先を見据えると、小さな男の子と女の子が駆けてくるのが見えた。
楽しそうだ。

「あ、もうこんなじかんだ!かえらないと」

「えー、でも…ちゃん、まだあかるいよ」

今時の子は、あんな歳でも携帯デバイスを持っているらしい。
ポケットから取り出したそれで、時間を確認する。

「うん…でもごめんね?まだあそびたいけどかえらないとおこられちゃう」

「そっか…じゃあ、またあしたね!」

そう言うと2人は抱きしめ合って別れた。

「何か…色々と進んでるなぁ…」

僕なんて最後に異性と抱きしめあったのは随分前の話なのに。
…あぁ、やっぱり余計な事を思い出した。
多分、あれが最期になるんだろう。
少なくとも彼女と抱きしめ合うのはそうだ。

あと1週間で夏休み。
そんな時期だから、じっとしているだけでも暑い。
静かな教室には蝉の鳴き声が響き渡る。
普段ならば運動部の掛け声が聞こえてくるはずだが、テスト期間ということもあり、部活は休みなので、元気な声は聞こえてこない。
そんな教室に1人、教卓に体重を預けて時計を見上げていた。

「アイツ…人の事呼んどいて待たせんなよなぁ」

放課後、皆が連れ立って帰る中、適当に誤魔化してここに残ったのだが、僕を呼び出した本人が現れない。
何故呼ばれたのかも定かではない中、待ち続けるのは存外に苦痛だった。
もうすぐ夏休みという事もあって、デートに誘われるのか。
だが期待の反面、不安もある。
付き合い始めて3ヶ月程、何度か別れ話をされた。
その度に何とか関係を修復してきてはいたが、どうも彼女の態度が気にはなっていた。

そんな事を考えていると、背後からガララと引戸が開かれる音が聞こえた。

「…全く、呼び出しといて遅ぇよ」

待ってました!とばかりに振る舞うのは少し気恥ずかしくて、つい振り向きもせず文句を垂れる。
顔を見せてしまえば、かなり嬉しそうなのがバレてしまう。

「…」

だがそれに対して、彼女からの返答はなかった。
人違いだったか、と思い振り返ろうとした所で、ポスっと背中に体重がかけられた。
腕は前に回されており、後ろから抱きしめられている形になった。

「…どうした?」

僕から彼女を抱きしめる事は良くあった。
その度に抱きしめ返してはくれていたが、彼女から僕を抱きしめる事は今までなかった。
だからこそ、何故急に、何も言わずに抱きしめてきたのか、とても不思議だった。

「…お願いがあるの」

何となく、今日呼び出された時からこうなるのではないか、と思っていた。

「…何?」

だけど、これから夏休みで、しかも来年には僕はこの街を離れるかも知れない。
それに、高校最後の夏になる。

「今度こそ…本当に今度こそ、ね」

だから、今年の夏は、勉強もしっかりするけれど、それと同じくらい、いやそれ以上に彼女との夏を楽しむつもりでいた。

「うん」

相槌だけ打って先を促す。
彼女が何を言いたいかは分かっていたけれど。

「別れよう?」

やっぱりだ。
でも、同じ様に彼女も僕が何を言うか、分かっているだろう。
それでも、口にせずにはいられない。

「…どうしてかは、やっぱり教えてくれないのか?」

今まで別れ話を切り出された時もそうだった。
理由は言えない、けど別れよう、その一点張りだった。

「…ごめんね。まだ、貴方の事、好きだけど…でも、別れよう?」

これが僕を一番悩ませる。
好きじゃなくなった、とか、他に好きな人ができた、とかなら僕もどうしようもない。
辛いけれど、諦めもつく。
だが。

「…ごめん、やっぱり、意味が分からない」

「…」

相変わらず、蝉は煩いし、彼女は僕の背後から抱きついたままだ。
暫く無言が続く。
だが、雰囲気でわかる。
彼女は泣いていた。
背中にジワリと広がる熱が、それを証明していた。

「…はぁ。泣きたいのはこっちだけどね」

つい、刺々しい物言いになる。

「っ…ごめんね?」

それ以上、彼女は何も言わなかった。
僕は彼女の手に自分の手を重ねる。

「分かったよ。いや、解んないけど、君も頑固だからね」

僕より一回り小さい手を掴むと、僕の体から引き剥がす。

「つ」

一瞬、彼女が息を詰まらせたが、僕は構わず腕から抜け出す。
振り向くと、ボロボロと涙を流し酷い顔をしている。

「…だから、泣きたいのはこっちだっての」

言葉は相変わらずぶっきら棒になってしまったが、行動はそれとは相反していた。
強く、強く、彼女を抱きしめ、そのつむじ辺りに顔を埋める。
それに呼応する様に僕の体にも腕が巻きつく。
不思議と、涙は出なかった。
目の前で号泣しているバカが居たからだろうか。

「…今までありがとうな。短い間だったけど、君と過ごせて楽しかったよ」

そう言って腕の力を緩めると、肩を押して距離を取ろうとする。
しかし、彼女の腕は未だ力強く僕を捉えており、見上げてきた顔は、涙の他に鼻水も垂らしており、先程よりもっと酷い有様だった。

「おい…。まぁこの際制服は洗えばいいとしてもだな、やってる事と言ってることが真逆だぞ?」

「今日が…最後だから、もう少し…」

もう一つ、大きく溜息を吐くと彼女の頭をポンポン、と軽く撫でる。

「…気が済んだら言えよ」

そうして蒸し暑い教室内は、別の熱気に侵されている様だった。
いつの間にか、蝉の声も耳には届かない程に二人の空間が生まれていた。

「…あぁー、我ながら女々しいな」

もう一年ちょっと前になる話だ。
今更蒸し返す自分に少し情けなさを感じた。
ガリガリ、と後頭部を書くと歩き出す。
余り間は空いていないとは言え、未だ子離れできない母にはとても長かった様で、恐らく今晩は気合の入った晩飯が用意されている事だろう。
さっさと帰らないと不貞腐れて面倒かも知れない。
もう一度だけ、花も葉も無い桜並木を振り返る。
ふっ、と小さな笑みが零れる。
その笑みを合図に、ヒラヒラと白い物が空から降ってきた。

「…ホワイトクリスマス、か」

今度の笑みは、どんな感情から来たのだろう。
恐らくそれは、彼女になら解るのだろう。

end

短いですが終わりです

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